(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2017-25358(P2017-25358A)
(43)【公開日】2017年2月2日
(54)【発明の名称】複層摺動部材
(51)【国際特許分類】
B22F 7/04 20060101AFI20170113BHJP
C22C 9/06 20060101ALI20170113BHJP
C22C 19/03 20060101ALI20170113BHJP
B22F 3/11 20060101ALI20170113BHJP
F16C 33/12 20060101ALI20170113BHJP
F16C 33/10 20060101ALI20170113BHJP
F16C 33/20 20060101ALI20170113BHJP
【FI】
B22F7/04 H
C22C9/06
C22C19/03 Z
B22F3/11 A
F16C33/12 B
F16C33/10 D
F16C33/20 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2015-142524(P2015-142524)
(22)【出願日】2015年7月16日
(71)【出願人】
【識別番号】000103644
【氏名又は名称】オイレス工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100098095
【弁理士】
【氏名又は名称】高田 武志
(72)【発明者】
【氏名】白坂 康弘
(72)【発明者】
【氏名】大野 正人
【テーマコード(参考)】
3J011
4K018
【Fターム(参考)】
3J011AA06
3J011AA20
3J011CA05
3J011DA01
3J011JA01
3J011LA01
3J011MA01
3J011MA02
3J011QA03
3J011QA05
3J011SB02
3J011SB03
3J011SB15
3J011SB19
3J011SC03
3J011SC04
3J011SC13
3J011SC20
3J011SE04
4K018AA04
4K018AA08
4K018BA02
4K018BA04
4K018BA20
4K018CA45
4K018DA31
4K018FA25
4K018HA08
4K018JA25
4K018KA02
4K018KA03
4K018KA22
4K018KA58
(57)【要約】
【課題】硫黄等を含むの極圧添加剤を含有する潤滑油の使用条件下においても、硫化腐食の進行を抑えることができると共に摩擦摩耗特性及び耐荷重性に優れた多孔質焼結合金層を備えた複層摺動部材を提供すること。
【解決手段】複層摺動部材1は、鋼板を有したからなる裏金2と、裏金2の一方の面に一体的に接合されていると共に銅に加えてニッケル25〜60質量%、及び燐2〜7質量%及び残部銅からなるを含む多孔質焼結合金層3とを具備している。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板を有した裏金と、この裏金の一方の面に一体的に接合されていると共にニッケル25〜60質量%、燐2〜7質量%及び残部銅からなる多孔質焼結合金層とを具備した複層摺動部材。
【請求項2】
鋼板を有した裏金と、この裏金の一方の面に一体的に接合されていると共にニッケル25〜60質量%、燐2〜7質量%、錫3〜8質量%及び残部銅からなる多孔質焼結合金層とを具備した複層摺動部材。
【請求項3】
鋼板は、フェライト系、オーステナイト系又はマルテンサイト系のステンレス鋼板からなり、裏金の一方の面は、このステンレス鋼板の一方の面である請求項1又は2に記載の複層摺動部材。
【請求項4】
鋼板は、フェライト系、オーステナイト系又はマルテンサイト系のステンレス鋼板からなり、裏金は、このステンレス鋼板の一方の面を被覆したニッケル皮膜を更に有しており、裏金の一方の面は、このニッケル皮膜の一方の面である請求項1又は2に記載の複層摺動部材。
【請求項5】
鋼板は、一般構造用圧延鋼板又は冷間圧延鋼板からなり、裏金は、この一般構造用圧延鋼板又は冷間圧延鋼板の一方の面を被覆したニッケル皮膜を更に有しており、裏金の一方の面は、このニッケル皮膜の一方の面である請求項1又は2に記載の複層摺動部材。
【請求項6】
多孔質焼結合金層は、銅−ニッケル合金を含むマトリックスと、このマトリックスの粒界に晶出したニッケル−燐合金相とを含んでおり、マトリックスは、少なくともマイクロビッカース硬度(HMV)170を有しており、ニッケル−燐合金相は、少なくともマイクロビッカース硬度(HMV)600を有している請求項1から5のいずれか一項に記載の複層摺動部材。
【請求項7】
多孔質焼結合金層の孔隙及び一方の面に充填固着されていると共に合成樹脂を含む被覆層を更に具備している請求項1から6のいずれか一項に記載の複層摺動部材。
【請求項8】
合成樹脂は、フッ素樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリアミド樹脂、ポリフェニレンサルファイド樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂及びポリアミドイミド樹脂から選択される少なくとも一つを含んでいる請求項7に記載の複層摺動部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼板を有した裏金とこの裏金の一方の面に一体的に形成された多孔質焼結合金層とを又はこれらに更に多孔質焼結合金層の孔隙及び一方の面に充填固着されている被覆層を備えた複層摺動部材に関し、更に詳しくは、内燃機関又はトランスミッション等の摺動部において塩素又は硫黄等を含む極圧添加剤を含有する潤滑油の存在下で用いられて好適な複層摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼板からなる裏金と、この裏金の一方の面に一体的に形成されていると共に青銅、鉛青銅又は燐青銅等の青銅系銅合金からなる多孔質焼結合金層とを具備した複層摺動部材が提案されており(特許文献1から3参照)、この多孔質焼結合金層の耐摩耗性、耐焼付性及びなじみ性を向上させるべく、多孔質焼結合金層に例えば燐、アルミニウム及びビスマス等を添加したりする提案もなされている(特許文献4及び5参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭50−43006号公報
【特許文献2】特開昭53−117149号公報
【特許文献3】特開平11−173331号公報
【特許文献4】特開平10−330868号公報
【特許文献5】特開2005−163074号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、複層摺動部材は、多くの異なった条件下、例えば乾燥摩擦条件又は油中若しくは油潤滑条件等の条件下で使用されるが、油中又は油潤滑条件下の使用、特に摩擦面での面圧が高く、油膜の破断に起因する焼付きを生じやすい極圧条件下であって、塩素、硫黄(S)、燐(P)等、特に硫黄を含む極圧添加剤を含有する油中又は油潤滑条件下の使用では、複層摺動部材の切削加工による切削面又は摺動面に露出した多孔質焼結合金層の銅(Cu)と、極圧添加剤として含有されている潤滑油中の硫黄との反応により硫化物(Cu
2S、CuS等)の生成に伴う青銅系銅合金からなる多孔質焼結合金層に硫化腐食を生じさせ、この生成された硫化物は、多孔質焼結合金層の強度を低下させ、かつ被覆層の摩耗を促進させる。
【0005】
本発明は、前記諸点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、硫黄等を含む極圧添加剤を含有する潤滑油の使用条件下においても、硫化腐食の進行を抑えることができると共に摩擦摩耗特性及び耐荷重性に優れた多孔質焼結合金層を備えた複層摺動部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の複層摺動部材は、鋼板を有した裏金と、この裏金の一方の面に一体的に接合されていると共にニッケル25〜60質量%、燐2〜7質量%及び残部銅からなる多孔質焼結合金層とを具備している。
【0007】
本発明は、亜鉛と同様に硫化腐食環境下において硫化物の生成を抑制する効果を有するニッケル(Ni)に着目してなされたものであり、主成分をなす銅(Cu)に対して所定量のニッケルと燐とを含む多孔質焼結合金層を具備した複層摺動部材では、硫黄等を含む極圧添加剤を含有する潤滑油を用いた油中又は油潤滑条件下においても、多孔質焼結合金層の硫化腐食の進行が極力抑えられ、硫化腐食に起因する硫化物の生成による多孔質焼結合金層の裏金からの脱落が生じない。
【0008】
本発明の複層摺動部材は、多孔質焼結合金層に低摩擦性を追加するべく、多孔質焼結合金層の孔隙及び一方の面に充填固着されていると共に少なくとも合成樹脂を含む被覆層を更に具備していてもよく、斯かる被覆層を具備している本発明の複層摺動部材では、多孔質焼結合金層からの被覆層の剥離が生じない。
【0009】
合成樹脂は、好ましい例では、フッ素樹脂(ポリテトラフルオロエチレン樹脂等)、ポリアセタール樹脂、ポリアミド樹脂、ポリフェニレンサルファイド樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂及びポリアミドイミド樹脂から選択される少なくとも一つの主成分と、ポリイミド樹脂、焼成フェノール樹脂、ポリフェニレンスルホン樹脂及びオキシベンゾイルポリエステル樹脂から選択される有機材料からなる少なくとも一つの追加成分とを含んでおり、また、被覆層は、これらに燐酸塩、硫酸バリウム及び固体潤滑剤から選択される少なくとも一つの無機材料を含んでいてもよい。
【0010】
被覆層のより具体例としては、硫酸バリウム5〜40質量%、燐酸塩1〜30質量%、ポリイミド樹脂、焼成フェノール樹脂及びポリフェニレンスルホン樹脂から選択される1種又は2種以上の有機材料1〜10質量%、残部ポリテトラフルオロエチレン樹脂からなる合成樹脂又はオキシベンゾイルポリエステル樹脂1〜25体積%、燐酸塩1〜15体積%、硫酸バリウム1〜20体積%、残部ポリテトラフルオロエチレン樹脂からなる合成樹脂、更には、飽和脂肪酸と多価アルコールとから誘導される多価アルコール脂肪酸エステル0.5〜5重量%と、ホホバ油0.5〜3重量%と、残部ポリアセタール樹脂とからなる合成樹脂等を例示することができる。
【0011】
本発明の複層摺動部材において、多孔質焼結合金層は、裏金の一方の面に一体的に接合されていると共にニッケル25〜60質量%、燐2〜7質量%、錫3〜8質量%及び残部銅からなっていてもよく、斯かる錫は、多孔質焼結合金層の硫化腐食の進行に対する抑制作用を発揮する。
【0012】
本発明の複層摺動部材において、鋼板は、複層摺動部材の用途に応じて、フェライト系、オーステナイト系又はマルテンサイト系のステンレス(SUS)鋼板からなって、裏金の一方の面は、このステンレス鋼板の一方の面であってもよく、また、裏金は、このステンレス鋼板と当該ステンレス鋼板の一方の面を被覆したニッケル皮膜とからなって、裏金の一方の面は、このニッケル皮膜の一方の面であってもよく、更には、裏金は、鋼板としてのJISG3101に規定されている一般構造用圧延鋼板(SS400等)又はJISG3141に規定されている冷間圧延鋼板(SPCC)とこの一般構造用圧延鋼板又は冷間圧延鋼板の一方の面を電解ニッケルめっき等で被覆したニッケル皮膜とからなる所謂ニッケルトップ鋼板であって、裏金の一方の面は、このニッケル皮膜の一方の面であってもよく、斯かる裏金のステンレス鋼板は、その両面が通常不働態皮膜によって覆われて、その両面の耐食性が安定に維持されることから、その両面にニッケル皮膜を通常必要としないが、この不働態皮膜は、極薄で壊れやすいため、上記のように、ステンレス鋼板の一方の面には、当該不働態皮膜の補強を目的としてニッケルめっきによるニッケル皮膜が形成されていてもよく、これらのニッケル皮膜の厚さは、概ね3〜50μmであることが好ましい。
【0013】
ステンレス鋼板には、冷間圧延ステンレス鋼板が好適であり、このうち、フェライト系ステンレス鋼板のJIS鋼種としては、例えば、SUS405、SUS410L、SUS429、SUS430、SUS434、SUS436L、SUS444及びSUS447J1等が挙げられ、オーステナイト系ステンレス鋼板のJIS鋼種としては、例えば、SUS301、SUS302、SUS303、SUS304、SUS305、SUS309S、SUS310S、SUS316、SUS317、SUS321、SUS347及びSUS384等が挙げられ、更に、マルテンサイト系ステンレス鋼板のJIS鋼種としては、例えば、SUS403、SUS410、SUS416、SUS420J1、SUS431及びSUS440A等が挙げられる。
【0014】
ニッケルは、多孔質焼結合金層の主成分をなす銅と全率固溶であることから、ニッケルが銅中に、また銅がニッケル中に拡散する所謂相互拡散現象による焼結が進行して緻密な銅−ニッケル合金(CuNi)を含むマトリックスを多孔質焼結合金層に形成する。この銅−ニッケル合金を含むマトリックスは、多孔質焼結合金層の耐摩耗性、耐荷重性、耐食性及び強度の向上に寄与すると共に硫化腐食の進行を抑制する効果を発揮する。また、ニッケルは、焼結時に裏金の一方の面に拡散してその界面を合金化し、多孔質焼結合金層の裏金の一方の面への接合強度を向上させると共に燐と一部合金化してニッケル−燐合金(NiP)の液相を形成し、裏金と親和性の良いニッケル−燐合金が多孔質焼結合金層の裏金の一方の面との界面に介在して、界面でニッケルの拡散による合金化と相俟って多孔質焼結合金層を裏金の一方の面に強固に接合一体化させる作用をなす。更に、ニッケルは、焼結時に銅に拡散する際に多孔質焼結合金層に空隙を形成して多孔性を増大させる効果がある。
【0015】
ニッケルは、25質量%未満では、多孔質焼結合金層の耐摩耗性、耐荷重性、耐食性及び強度の向上に十分な効果が発現せず、また硫化腐食の進行を抑制する効果が十分発揮されず、硫化腐食に起因する多孔質焼結合金層の重量減少が発現する虞があり、60質量%を超えると、多孔質焼結合金層の耐食性は向上するが、多孔質焼結合金層の強度を低下させる虞がある。したがって、多孔質焼結合金層でのニッケルは、25〜60質量%、就中25〜50質量%含んでいるとよい。
【0016】
本発明の好ましい例では、多孔質焼結合金層は、銅−ニッケル合金を含むマトリックスと、このマトリックスの粒界に晶出したニッケル−燐合金相とを含んでおり、マトリックスは、少なくともマイクロビッカース硬度(HMV)(以下、硬度という)170を有しており、ニッケル−燐合金相は、少なくとも硬度600を有している。
【0017】
燐は、主成分をなす銅とニッケルの一部と合金化して銅−ニッケル−燐合金としてマトリックスの強度を高めると共に875℃付近の温度でニッケル−燐合金の液相を生成して銅−ニッケル合金相を含むマトリックスの粒界に該マトリックスの硬度よりも高い硬度のニッケル−燐合金相を晶出させ、多孔質焼結合金層の耐摩耗性を一層向上させる効果を発揮する。また、燐は、還元力が強いため、裏金の一方の面をその還元作用により清浄化し、ニッケルの裏金の一方の面への拡散による合金化を助長する効果を発揮する。
【0018】
多孔質焼結合金層において、燐は、2質量%未満では、上記効果が十分発揮されない一方、7質量%を超えるとニッケル−燐合金相のマトリックスの粒界への晶出割合が多くなり、相手材の表面を損傷させる虞がある。したがって、燐は、多孔質焼結合金層に2〜7質量%、就中3〜5質量%含んでいるとよい。
【0019】
多孔質焼結合金層は、主成分をなす銅に対して、ニッケル及び燐に加えて更に錫を含んでいてもよい。錫は、主成分をなす銅と合金化して銅−錫合金(CuSn)を形成し、焼結を促進して多孔質焼結合金層の地の強度、靭性及び耐摩耗性の向上に寄与すると共にニッケルと同様、硫化腐食の進行に対する抑制作用を発揮する。多孔質焼結合金層において、錫は、3質量%未満では上記効果が十分発揮されず、また8質量%を超えていると、多孔質焼結合金層の孔隙を消失させ、多孔質焼結合金層の孔隙に充填される被覆層の保持力、所謂アンカー効果を低下させる上に、硬い銅−ニッケル−錫の金属間化合物を生成して多孔質焼結合金層の地の強度や靭性を低下させる虞がある。従って、錫は、多孔質焼結合金層に、3〜8質量%、就中5〜7質量%含んでいるとよい。
【0020】
本発明の複層摺動部材の製造において、多孔質焼結合金層の主成分をなす銅は、銅の単体粉末の形態又は銅−ニッケル合金粉末若しくは銅−燐合金(CuP)粉末の形態で用いられてもよく、ニッケルは、主成分をなす銅に対し、通常、銅−ニッケル合金粉末、例えば銅−20〜40質量%ニッケルのアトマイズ銅−ニッケル合金粉末の形態で又はニッケルの単体粉末の形態で用いられてもよく、また、燐は、ニッケル−燐合金粉末、例えばニッケル−4質量%燐のアトマイズニッケル−燐合金粉末又は銅−燐合金粉末、例えば銅−15質量%燐のアトマイズ銅−燐合金粉末の形態で、錫は、錫単体粉末の形態で又は銅−錫合金粉末、例えば銅−10質量%錫のアトマイズ銅−錫合金粉末の形態で用いられてもよく、更に、銅−ニッケル−燐又は銅−ニッケル−燐−錫が予め所望の含有量となるように、各単体粉末及び合金粉末を適宜組み合わせ、これらを溶解して合金溶湯を作製したのち、当該合金溶湯をガスアトマイズ法により粉末化したアトマイズ銅−ニッケル−燐合金(CuNiP)粉末又はアトマイズ銅−錫−ニッケル−燐合金(CuSnNiP)粉末の形態で用いられてもよく、このアトマイズ銅−ニッケル−燐合金粉末又はアトマイズ銅−錫−ニッケル−燐合金粉末の形態で使用すると、銅、錫、ニッケルを単体粉末で使用する際の粉末にかたよりを生じて不均一となる所謂偏析を回避できるという利点を有する。
【0021】
本発明において、好ましくは、多孔質焼結合金層は、概ね0.1〜0.5mm、就中0.3〜0.4mmの厚さを有しており、被覆層は、0.02〜0.1mmの厚さを有している。
【0022】
本発明による複層摺動部材は、平板の滑り板として、また、多孔質焼結合金層を、多孔質焼結合金層に加えて被覆層を備えている場合には、被覆層を内側にして丸曲げした円筒状の巻きブッシュとして使用され得る。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、潤滑油中、特に硫黄等を含む極圧添加剤を含有する潤滑油を用いた油中又は油潤滑条件下においても、多孔質焼結合金層に生じる硫化腐食の生成が低く、かつ硫化腐食の進行を抑制することができ、硫化腐食に起因する硫化物の生成による多孔質焼結合金層の脱落を生じることがなく、また、多孔質焼結合金層に充填固着された被覆層の剥離を生じることがない複層摺動部材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】
図1は、本発明の複層摺動部材の実施の形態の好ましい例の縦断面説明図である。
【
図2】
図2は、本発明の複層摺動部材の他の実施の形態の好ましい例の縦断面説明図である。
【
図3】
図3は、実施例1に基づく多孔質焼結合金層の顕微鏡写真の説明図である。
【
図4】
図4は、実施例3に基づく多孔質焼結合金層の顕微鏡写真の説明図である。
【
図5】
図5は、実施例5に基づく多孔質焼結合金層の顕微鏡写真の説明図である。
【
図6】
図6は、スラスト試験方法を説明するための斜視説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
次に、本発明及びその実施の形態を、図に示す好ましい実施例に基づいて更に詳細に説明する。なお、本発明はこれらの実施例に何等限定されないのである。
【0026】
まず、
図1に示すような本発明に係る複層摺動部材1の製造方法の一例について説明する。
【0027】
裏金2として、コイル状に巻いてフープ材として提供される厚さ0.3〜1.0mmの連続条片からなるステンレス鋼板を準備する。準備するステンレス鋼板は、必ずしも連続条片に限らず、適当な長さに切断した条片でもよい。
【0028】
150メッシュ(97μm)の篩を通過する電解銅粉末と、250メッシュ(60μm)の篩を通過する電解ニッケル粉末と、200メッシュ(74μm)の篩を通過する銅−25〜40質量%ニッケルのアトマイズ銅−ニッケル合金粉末と、350メッシュ(44μm)の篩を通過するニッケル−4〜11質量%燐のアトマイズニッケル−燐合金粉末と、350メッシュ(44μm)の篩を通過する銅−15質量%燐のアトマイズ銅−燐合金粉末と、350メッシュの篩を通過するアトマイズ錫粉末を準備すると共にこれらの粉末を適宜組み合わせて使用し、配合割合がニッケル25〜60質量%、燐2〜7質量%及び残部銅又はニッケル25〜60質量%、燐2〜7質量%、錫3〜8質量%及び残部銅となるように調整した後、V型ミキサーに投入し20〜60分間混合して混合粉末を作製する。
【0029】
この混合粉末を裏金2の一方の面に一様な厚さに散布し、これを真空中又は水素ガス、水素・窒素混合ガス(25vol%H
2−75vol%N
2)、アンモニア分解ガス(AXガス:75vol%H
2、25vol%N
2の混合ガス)等の還元性雰囲気に調整された加熱炉内で870〜950℃の温度で5〜10分間焼結し、この焼結で、裏金2の一方の面にニッケル25〜60質量%、燐2〜7質量%及び残部銅又はニッケル25〜60質量%、燐2〜7質量%、錫3〜8質量%及び残部銅を含む多孔質焼結合金層3を一体的に拡散接合した複層摺動部材1を得ることができる。
【0030】
多孔質焼結合金層3は、硬度(HMV)が170以上を呈する軟質な銅−ニッケル合金を含むマトリックスと、このマトリックスの粒界に硬度(HMV)が600以上を呈する硬質なニッケル−燐合金相とが分散して晶出していることを顕微鏡により観察した。
【0031】
斯かる多孔質焼結合金層3に更に
図2に示すような被覆層4を備えた複層摺動部材1aの製造方法の一例について説明する。
【0032】
硫酸バリウム5〜40質量%と、燐酸塩1〜30質量%と、ポリイミド樹脂、焼成フェノール樹脂及びポリフェニレンスルホン樹脂から選択される1種又は2種以上の有機材料からなる樹脂1〜10質量%と残部ポリテトラフルオロエチレン樹脂とをヘンシェルミキサーで撹拌混合したポリテトラフルオロエチレン樹脂と硫酸バリウムと燐酸塩と有機材料からなる樹脂とを含む混合物100重量部に対し石油系溶剤を15〜30重量部配合し、ポリテトラフルオロエチレン樹脂の室温転移点以下の温度(15℃)で混合して合成樹脂を作製し、この作製した合成樹脂を多孔質焼結合金層3の一方の面に散布供給し、合成樹脂の厚さが所定の厚さになるようにローラで圧延して多孔質焼結合金層3の孔隙及び一方の面に合成樹脂を充填固着し、ついで、これを200〜250℃の温度に加熱した熱風乾燥炉中に数分間保持して溶剤を除去した後、乾燥した合成樹脂を所定の厚さになるように300〜600kgf/cm
2の加圧下で加圧ローラ処理する。そして、これを加熱炉に導入して360〜380℃の温度で数分乃至10数分間加熱して焼成した後、炉から取り出し、再度ローラ処理によって寸法のばらつきを調整し、裏金2の一方の面に一体的に拡散接合された多孔質焼結合金層3の孔隙及び一方の面に充填固着された被覆層4を備えた複層摺動部材1aとする。
【0033】
以下、実施例1から8並びに比較例1及び2について説明する。
【0034】
実施例1
幅170mm及び長さ600mmに切断した厚さ0.65mmのフェライト系ステンレス鋼板(SUS430)からなる裏金2を用いた。
【0035】
銅粉末55質量%と、ニッケル粉末25質量%と、銅−15質量%燐合金粉末20質量%とを溶解して得た合金溶湯をガスアトマイズ法により粉末化して得られた合金粉末(ニッケル25質量%、燐3質量%及び銅72質量%)からサテライトを減らすべくローラミルを使用して摩砕した後、分級して200メッシュの篩を通過する合金粉末を作製した。
【0036】
この合金粉末を、予めトリクレンにて脱脂清浄した裏金2の一方の面に一様な厚さに散布し、これを水素・窒素混合ガス(25vol%H
2−75vol%N
2)の還元性雰囲気に調整した加熱炉内で910℃の温度で10分間焼結し、裏金2と、裏金2の一方の面に一体的に拡散接合されていると共に厚さ0.3mmのニッケル25質量%、燐3質量%及び残部銅からなる多孔質焼結合金層3とを具備した複層摺動部材1を作製した。作製した複層摺動部材1における多孔質焼結合金層3は、
図3から明らかなように、ニッケルと銅との相互拡散による焼結が進行して緻密な銅−ニッケル合金を含むマトリックス5の粒界にニッケル−燐合金相6が分散して晶出した組織を呈している。マトリックス5の硬度は、174を示し、ニッケル−燐合金相6の硬度は、629を示した。
【0037】
実施例2
実施例1と同様の裏金を用いた。
【0038】
銅−40質量%ニッケル合金粉末75質量%と、銅−15質量%燐合金粉末20質量%と、銅粉末5質量%とから実施例1と同様にして銅合金粉末(ニッケル30質量%、燐3質量%及び銅67質量%)を作製した。
【0039】
この銅合金粉末を900℃の温度で焼結する以外は、実施例1と同様にして、裏金2と多孔質焼結合金層3とを具備した複層摺動部材1を作製した。作製した複層摺動部材1における多孔質焼結合金層3は、実施例1と同様の組織を呈していた。銅−ニッケル合金を含むマトリックスの硬度は、214を示し、ニッケル−燐合金相の硬度は、630を示した。
【0040】
実施例3
実施例1と同様のフェライト系ステンレス鋼板(SUS430)の両面を含む全面に電解ニッケルめっきによる厚さ20μmのニッケル皮膜を施した裏金2を用いた。
【0041】
銅−25質量%ニッケル合金粉末80質量%とニッケル−11質量%燐合金粉末20質量%から混合粉末(ニッケル37.8質量%、燐2.2質量%及び銅60質量%)を作製した。
【0042】
フェライト系ステンレス鋼板(SUS430)に施されたニッケル被膜のうちのフェライト系ステンレス鋼板(SUS430)の一方の面に施されたニッケル皮膜の一方の面をトリクレンにて脱脂清浄し、この脱脂清浄したニッケル皮膜の一方の面に、作製した混合粉末を一様な厚さに散布して実施例2と同様にして裏金2と多孔質焼結合金層3とを具備した複層摺動部材1を作製した。作製した複層摺動部材1において、裏金2のニッケル皮膜の一方の面に一体的に拡散接合された多孔質焼結合金層3は、
図4から明らかなように、ニッケルと銅との相互拡散による焼結が進行して緻密な銅−ニッケル合金を含むマトリックス5の粒界にニッケル−燐合金相6が分散して晶出した組織を呈している。マトリックス5の硬度は、222を示し、ニッケル−燐合金相6の硬度は、632を示した。
【0043】
実施例4
実施例3と同様の裏金2を用いた。
【0044】
ニッケル−8質量%燐合金粉末43.5質量%と銅粉末56.5質量%とから混合粉末(ニッケル40質量%、燐3.5質量%及び銅56.5質量%)を作製した。
【0045】
この混合粉末から実施例3と同様にして裏金2と多孔質焼結合金層3とを具備した複層摺動部材1を作製した。作製した複層摺動部材1において、裏金2のニッケル皮膜の一方の面に一体的に拡散接合された多孔質焼結合金層3は、ニッケルと銅との相互拡散による焼結が進行して緻密な銅−ニッケル合金を含むマトリックスの粒界にニッケル−燐合金相が分散して晶出した組織を呈していた。マトリックスの硬度は、243を示し、ニッケル−燐合金相の硬度は、633を示した。
【0046】
実施例5
フェライト系ステンレス鋼板(SUS430)に代えて、冷間圧延鋼板(SPCC)を使用した以外、実施例3と同様の裏金2を用いた。
【0047】
銅粉末30質量%と、ニッケル粉末50質量%と、銅−15質量%燐合金粉末20質量%とから実施例1と同様にして銅合金粉末(ニッケル50質量%、燐3質量%及び銅47質量%)を作製した。
【0048】
この銅合金粉末を895℃の温度で焼結する以外は、実施例1と同様にして、裏金2と多孔質焼結合金層3とを具備した複層摺動部材1を作製した。作製した複層摺動部材1において、裏金2のニッケル皮膜の一方の面に一体的に拡散接合された多孔質焼結合金層3は、
図5から明らかなように、ニッケルと銅との相互拡散による焼結が進行して緻密な銅−ニッケル合金を含むマトリックス5の粒界にニッケル−燐合金相6が分散して晶出した組織を呈している。マトリックス5の硬度は、259を示し、ニッケル−燐合金相6の硬度は、636を示した。
【0049】
実施例6
実施例5と同様の裏金2を用いた。
【0050】
ニッケル−4質量%燐合金粉末60質量%と、銅粉末40質量%とから混合粉末(ニッケル57.6質量%、燐2.4質量%及び銅40質量%)を作製した。
【0051】
この混合粉末から実施例3と同様にして裏金2と多孔質焼結合金層3とを具備した複層摺動部材1を作製した。作製した複層摺動部材1における多孔質焼結合金層3は、ニッケルと銅との相互拡散による焼結が進行して緻密な銅−ニッケル合金を含むマトリックスの粒界にニッケル−燐合金相が分散して晶出した組織を呈していた。マトリックスの硬度は、262を示し、ニッケル−燐合金相の硬度は、639を示した。
【0052】
実施例7
実施例1と同様の裏金2を用いた。
【0053】
ニッケル−11質量%燐合金粉末40質量%と、錫粉末6質量%及び銅粉末54質量%とから混合粉末(ニッケル35.6質量%、燐4.4質量%、錫6質量%及び銅54質量%)を作製した。
【0054】
この混合粉末から実施例3と同様にして裏金2と多孔質焼結合金層3とを具備した複層摺動部材1を作製した。作製した複層摺動部材1において、裏金2の一方の面に一体的に拡散接合された多孔質焼結合金層3は、ニッケルと銅との相互拡散による焼結が進行して緻密な銅−ニッケル合金を含むマトリックスの粒界にニッケル−燐合金相が分散して晶出した組織を呈していた。多孔質焼結合金層3の錫はマトリックスの銅と合金化して銅−錫合金を形成していた。マトリックスの硬度は、237を示し、ニッケル−燐合金相の硬度は、633を示した。
【0055】
実施例8
硫酸バリウム15質量%、ピロリン酸カルシウム10質量%、ポリイミド樹脂2質量%、黒鉛0.5質量%及び残部ポリテトラフルオロエチレン樹脂をヘンシェルミキサー内に供給して攪拌混合し、得られた混合物100重量部に対し石油系溶剤20重量部を配合し、PTFEの室温転移点以下の温度(15℃)で混合した合成樹脂を、実施例1と同様の複層摺動部材1の多孔質焼結合金層3の一方の面に散布供給し、ローラで圧延して多孔質焼結合金層3の孔隙および一方の面に合成樹脂を充填固着した。ついで、200℃の温度に加熱した熱風乾燥炉中に5分間保持して溶剤を除去した後、乾燥した合成樹脂をローラによって加圧力400kgf/cm
2にて圧延し、多孔質焼結合金層3の孔隙及び一方の面に厚さ0.05mmの被覆層4を形成した後、これを加熱炉で370℃、10分間加熱焼成した後、再度、ローラで加圧処理し、寸法調整およびうねり等の矯正を行なって、裏金2の一方の面に、厚さ0.3mmのニッケル25質量%、燐3質量%及び残部銅からなる多孔質焼結合金層3が一体的に拡散接合されていると共に多孔質焼結合金層3の孔隙及び一方の面に硫酸バリウム15質量%、ピロリン酸カルシウム10質量%、ポリイミド樹脂2質量%、黒鉛0.5質量%及び残部ポリテトラフルオロエチレン樹脂からなる被覆層4を備えた複層摺動部材1aを作製した。
【0056】
比較例1
350メッシュの篩を通過するアトマイズ錫粉末10重量%と、150メッシュの篩を通過する電解銅粉末90質量%とをV型ミキサーで20分間混合した混合粉末を、実施例5と同様の裏金2の一方の面に一様な厚さに散布し、これを水素ガス雰囲気に調整した加熱炉内で860℃の温度で10分間焼結し、裏金2の一方の面に、厚さ0.3mmの錫10質量%及び残部銅からなる多孔質焼結合金層3が一体的に拡散接合された複層摺動部材1を作製した。
【0057】
比較例2
比較例1と同様の複層摺動部材1の多孔質焼結合金層3の孔隙及び一方の面に充填固着された厚さ0.05mmの実施例8と同様の合成樹脂からなる被覆層4を備えた複層摺動部材1aを作製した。
【0058】
以上の実施例1から8並びに比較例1及び2の複層摺動部材1及び1aについて、耐硫化腐食性及び摩擦摩耗特性を試験した。
【0059】
<耐硫化腐食性についての試験方法>
ベースオイルに優れた極圧添加剤、金属腐食防止剤、清浄分散剤等が添加されたギヤオイルとして、JX日鉱日石エネルギー社製のエネオスギヤオイルGL−5(商品名)を使用し、このギヤオイルを容器に収容し、150℃の温度に保持されたこのギヤオイル中に実施例1から8並びに比較例1及び2の複層摺動部材1及び1aを500時間浸漬し、100時間毎に取出して当該複層摺動部材1及び1aの多孔質焼結合金層3の質量変化率(%)を測定した。
【0060】
<摩擦係数及び摩耗量についての試験条件及び試験方法>
<試験条件>
速度 1.3m/min
荷重(面圧) 200〜800kgf/cm
2
試験時間 20時間
相手材 機械構造用炭素鋼(S45C)
潤滑 油(出光興産社製の商品名「ダフニースーパーマルチオイル#32」)中条件
<試験方法>
図6に示すように、実施例1から8並びに比較例1及び2の夫々の複層摺動部材1及び1aから作製された一辺が30mmの方形状の板状軸受試験片11を試験台に固定し、相手材となる円筒体12から板状軸受試験片11の一方の面13に、当該面13に直交する方向Aの所定の荷重をかけながら、円筒体12を当該円筒体12の軸心14の周りで方向Bに回転させ、板状軸受試験片11と円筒体12との間の摩擦係数及び20時間試験後の面13の摩耗量を測定した。
【0065】
比較例1の複層摺動部材1は、摩擦係数及び摩耗量についての試験(スラスト試験)において、面圧200kgf/cm
2の条件で摩擦係数が0.36を示したため、それ以上の面圧条件下での試験を中止した。また、実施例8の複層摺動部材1aにおいては、多孔質焼結合金層3の硫化腐食に起因する被覆層4に剥離等の不具合は観察されなかった。一方、比較例2の複層摺動部材1aは、極圧添加剤を含むギヤオイル中に100時間浸漬後、一方の面の被覆層4に硫化腐食による硫化物(CuS等)が斑状に生成されていることが観察されたので、それ以上の試験を中止した。
【0066】
表1及び表2に示す試験結果から、本発明に係る複層摺動部材1及び1aは、極圧添加剤を含むギヤオイル中への浸漬による耐硫化腐食性の試験において、硫化腐食の進行を抑制することができ、また、面圧が800kgf/cm
2の高面圧条件下においても優れた摺動特性と、大幅に向上した耐荷重性とを有することが分かる。
【符号の説明】
【0067】
1、1a 複層摺動部材
2 裏金
3 多孔質焼結合金層
4 被覆層