【課題】ステンレス鋼箔の薄肉化によりその表面性状が変化しても、耐電解液性に優れ、かつ表面処理被膜上に樹脂等を形成しても、当該樹脂と良好な密着性を有する表面処理ステンレス鋼箔の提供。
【解決手段】厚み100μm以下のステンレス鋼箔10の表面に、厚み2〜500nmの表面処理皮膜20を形成した表面処理ステンレス鋼箔1であり、当該箔において、表面処理皮膜20を形成した面が、先端部の曲率半径が6〜15nmである探針により測定されたRaが30〜100nmであり、当該面上の一辺30μmの四角形領域において探針により測定されたPcが20以上である表面性状を有し、表面処理皮膜20が、P、Zr、Ti及びNから選ばれる1つ以上から構成される元素群AとCとOとCrとFとを、モル比で、A:C:O:Cr:F=1〜5:3〜15:30〜50:15〜35:15〜35の比率で含有する表面処理ステンレス鋼箔。
前記表面処理皮膜が、三価クロム化合物と、ポリオレフィン系樹脂、ウレタン系樹脂、ビニル系樹脂およびアクリル系樹脂から選ばれる少なくとも1つまたは2つ以上の樹脂と、リン酸基および/またはホスホン基を有するリン化合物、アミノ基および/またはアミド基を有する窒素化合物、ジルコニウム化合物、チタン化合物から選ばれる1つまたは2つ以上の架橋性化合物と、を有することを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の表面処理ステンレス鋼箔。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を、図面に示す実施形態に基づき、以下の順序で詳細に説明する。
1.表面処理ステンレス鋼箔
1−1 ステンレス鋼箔
1−2 表面処理皮膜
1−3 ポリオレフィン系樹脂層
2.ステンレス鋼箔の表面性状の測定方法
2−1 算術平均粗さRa
2−2 ピークカウントPc
3.表面処理皮膜の分析方法
4.表面処理ステンレス鋼箔の製造方法
5.本実施形態の効果
6.変形例
【0017】
(1.表面処理ステンレス鋼箔)
本実施形態に係る表面処理ステンレス鋼箔1は、
図1に示すように、ステンレス鋼箔10の一方の面に表面処理皮膜20が形成され、さらにその上にポリオレフィン系樹脂層30が形成されている構成を有している。この表面処理ステンレス鋼箔は、耐電解液性に優れるとともに樹脂層との密着性が良好であるため、2次電池を収容する容器の材料として好適である。以下、各構成要素について詳細に説明する。
【0018】
(1−1 ステンレス鋼箔)
本実施形態では、ステンレス鋼箔を構成するステンレス鋼としては特に制限されず、オーステナイト系ステンレス鋼、フェライト系ステンレス鋼、マルテンサイト系ステンレス鋼、オーステナイト−フェライト系の二相ステンレス鋼のいずれであってもよい。
【0019】
また、ステンレス鋼箔の厚みは、2次電池の容量増大を実現するために、100μm以下であり、好ましくは10〜60μmである。本実施形態において、ステンレス鋼箔は、このような非常に薄い箔であるため、ステンレス鋼を加工して箔とする際に、ステンレス鋼の表面性状が変化する。そして、本発明者らは、100μm以下の極めて薄い箔とした場合のステンレス鋼箔の表面性状が特殊であり、この表面性状に応じて表面処理皮膜を形成しなければ、耐電解液性と、樹脂層との密着性と、を両立できないことを見出した。
【0020】
本実施形態では、ステンレス鋼箔の表面性状は、算術平均粗さRaおよびピークカウントPcにより規定される。具体的には、Raは30〜100nmの範囲内であり、好ましくは35〜70nmの範囲内である。ステンレス鋼箔の一辺が30μmの四角形の領域におけるPcが20以上好ましくは25以上である。Pcの上限は特に制限されないが、Pcはステンレス鋼をステンレス鋼箔とする際の圧延等の加工条件に依存するパラメータであり、薄い箔とするための加工条件は限られるため、Pcの上限は100程度である。
【0021】
上記のように、本実施形態では、ステンレス鋼箔の表面性状は、ナノスケールの凹凸から形成されているため、非常に小さな探針を用いて測定しなければ、探針が当該凹凸に追従できず、測定結果に凹凸が正確に反映されない。したがって、上記のRaおよびPcは、先端部の曲率半径が6nm以上15nm以下である探針(プローブ)を用いて測定される値である。具体的な測定方法については後述する。
【0022】
このような表面性状を有する面に対し、後述する表面処理皮膜を形成することにより、本発明の効果が得られるので、表面処理皮膜が形成される面の表面性状が上記の表面性状を有していればよい。したがって、表面処理皮膜が形成されない面については、上記の表面性状を有していてもよいし、有していなくてもよい。なお、この表面性状は、後述する表面処理皮膜の形成前後でほとんど変化しない。
【0023】
(1−2 表面処理皮膜)
本実施形態では、表面処理皮膜20は、ステンレス鋼箔の表面を表面処理することにより形成される皮膜であり、以下に示す元素を特定の範囲内で含む。すなわち、表面処理皮膜20は、リン(P)、ジルコニウム(Zr)、チタン(Ti)および窒素(N)から選ばれる少なくとも1つまたは2つ以上から構成される元素群Aと、炭素(C)と、酸素(O)と、クロム(Cr)と、フッ素(F)と、を、モル比で、A:C:O:Cr:F=1〜5:3〜15:30〜50:15〜35:15〜35の比率で含む。好ましくは、A:C:O:Cr:F=2〜4:3〜10:35〜45:20〜30:20〜30である。
【0024】
元素群Aを構成する元素は、当該元素を含む化合物の造膜性が高いため、表面処理皮膜20において、緻密な膜を形成することができる。元素群Aを構成する元素としては、リン(P)が好ましい。リンが表面処理皮膜20中に存在することにより、当該皮膜中のリンの活量を上げることができ、リンを含有する電解液が、表面処理皮膜20に進入してくるのを抑制することができる。
【0025】
炭素(C)は、主に、有機化合物由来の成分であり、炭素のモル比を上記の範囲とすることにより、表面処理皮膜20中に存在するべき有機化合物の量を規定することができる。上述したように、本実施形態に係る表面処理ステンレス鋼箔において、ステンレス鋼箔の表面性状は特殊である。したがって、炭素量が少なすぎる場合、すなわち、有機化合物由来の膜が少ない場合、無機化合物由来の膜だけでは、その特殊な表面性状に追従できず、当該皮膜に割れ、欠陥等が生じ、電解液に含まれる腐食性物質に対するバリア性を担保することができない。一方、炭素量が多すぎる場合、すなわち、有機化合物由来の膜が多すぎる場合、相対的に無機化合物成分が少なくなるため、耐食性が悪化してしまう。また、当該皮膜のイオン透過性が上昇するため、バリア性が悪化する傾向にある。したがって、炭素量は上記の範囲内に制御する。
【0026】
酸素(O)、クロム(Cr)およびフッ素(F)は、主に、酸化クロムおよびフッ化クロムの混合皮膜を形成し、これらの元素量を上記の範囲内とすることにより、ステンレス鋼箔の表面を効果的に保護することができる。
【0027】
したがって、本実施形態では、表面処理皮膜20は、上記の元素が上記の比率で含まれていることにより、無機化合物からなる膜と、有機化合物からなる膜と、の複合膜となっていると考えられる。具体的には、無機化合物由来のネットワーク構造と、有機化合物由来のネットワーク構造と、が複合的に形成されていると考えられる。このような構成を有していることにより、ステンレス鋼箔の特殊な表面性状に、割れ等が生じることなく追従でき、しかも電解液に含まれる腐食性物質の進入を十分に抑制することができる。
【0028】
なお、上記の元素以外の元素が、表面処理皮膜に含まれていてもよいが、上記の元素以外の元素の合計モル数(水素(H)のモル数を除く)が、表面処理皮膜全体の元素の合計モル数100%に対して、好ましくは10モル%以下、より好ましくは5モル%以下とする。なお、上記の元素(元素群A、C、O、Cr、F)のモル比率は、上記の元素以外の元素の含有量は考慮せずに算出される。
【0029】
表面処理皮膜20が形成される前の塗工液には、種々の無機化合物および有機化合物が含まれている。具体的には、三価クロム化合物と、ポリオレフィン系樹脂、ウレタン系樹脂、ビニル系樹脂およびアクリル系樹脂から選ばれる少なくとも1つまたは2つ以上の樹脂と、リン酸基および/またはホスホン基を有するリン化合物、アミノ基および/またはアミド基を有する窒素化合物、ジルコニウム化合物、チタン化合物から選ばれる1つまたは2つ以上の架橋性化合物と、が含まれていることが好ましい。
【0030】
後述するが、表面処理皮膜20は、塗工液が熱処理されることにより形成される。したがって、塗工液中に含まれる上記元素の化合物は、表面処理皮膜20中において変質している可能性もあるが、たとえば、FTIR等の分析手法を用いることにより、表面処理皮膜20中に含まれる化合物を特定することができる。
【0031】
そのため、表面処理皮膜20に含まれる炭素は、少なくともその一部が、樹脂成分等の有機化合物に由来する。また、表面処理皮膜20に含まれるクロムは、少なくともその一部が、三価クロム化合物に由来する。
【0032】
上記の表面処理皮膜20における各元素の比率は、XPS(X-ray Photoelectron Spectroscopy)による深さ方向分析の結果から得られる各元素の濃度プロファイルに基づき算出される。元素の含有比率の算出方法は後述する。
【0033】
本実施形態では、表面処理皮膜20の厚みは、2nm以上500nm以下、好ましくは5nm以上100nm以下である。厚みが薄すぎると、表面処理皮膜が、ステンレス鋼箔を実際に覆っている割合(被覆率)が下がり、電解液中に含まれる腐食性物質が当該皮膜内に進入しやすくなり、耐電解液性が悪化する傾向にある。表面処理皮膜20の厚みは、元素の含有比率と同様に、XPS(X-ray Photoelectron Spectroscopy)による深さ方向分析の結果から算出される。厚みの測定方法については後述する。
【0034】
(1−3 ポリオレフィン系樹脂層)
ポリオレフィン系樹脂層30は、表面処理皮膜20上に形成されており、単層であってもよいし、複数の層から形成されていてもよい。ポリオレフィン系樹脂層30は、表面処理皮膜20を介してステンレス鋼箔10と密着することにより、表面処理ステンレス鋼箔1が2次電池用容器の材料として用いられた場合であっても、当該2次電池に用いられる電解液に対して良好な耐食性を示すことができる。
【0035】
ポリオレフィン系樹脂層30を構成するポリオレフィン系樹脂としては、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリブテン、ポリペンテン、ポリヘキセン、ポリオクテニレン、ポリイソプレン、ポリブタジエン、脂肪族ポリオレフィン、芳香族ポリオレフィン等が例示される。脂肪族ポリオレフィンとしては、エチレン−プロピレン共重合体、エチレン−ブテン共重合体、エチレンープロピレンーヘキサジエン共重合体、エチレン−プロピレン−5−エチリデン−2−ノルボルネン共重合体等が例示される。また、芳香族ポリオレフィンとしては、スチレン系共重合体等が例示される。さらに、電解液に対する耐食性が維持される程度において、アクリル酸およびその誘導体、メタクリル酸およびその誘導体、イミドおよびその誘導体、塩化ビニル等が含まれていてもよい。
【0036】
本実施形態では、ステンレス鋼箔との良好な密着性を実現するために、ポリオレフィン系樹脂層30は極性を有する官能基を含んでいる。極性を有する官能基とは、ポーリングの電気陰性度の差が0.33eV
0.5以上ある元素が結合した官能基である。具体的には、酸無水基、水酸基、カルボキシル基、アミド基、アミノ基、ウレタン基、エステル基、イミド基、マレイミド基、ハロゲン基、エーテル基、チオール基、エポキシ基等が例示される。
【0037】
ポリオレフィン系樹脂層30の厚みは、10〜100μmの範囲内であることが好ましい。
【0038】
(2.ステンレス鋼箔の表面性状の測定方法)
上記のステンレス鋼箔の表面性状を測定する方法について以下に具体的に説明する。
【0039】
(2−1 算術平均粗さRa)
本実施形態では、算術平均粗さRaは、JIS B601の規定に準じて算出される。すなわち、Raを算出する際に、JIS B601に規定されている定義等に基づいてもよいが、JIS B601に規定されている数値条件は必ずしも用いなくてよい。
【0040】
上述したように、上記のステンレス鋼箔の表面性状は、非常に小さい凹凸から構成されるため、ステンレス鋼箔における算術平均粗さRaはナノメートルレベルである。このようなナノメートルレベルのRaを測定するには、先端部がミクロンメートルレベルの曲率半径である探針では、ナノメートルレベルの凹凸を正確にトレースすることができず、先端部がナノメートルレベルの曲率半径である探針を用いる必要がある。具体的には、先端部が6〜15nmの曲率半径である探針を用いて、Raを測定する。
【0041】
本実施形態では、上記の先端部が6〜15nmの曲率半径である探針を有する測定装置であれば、特に制限されないが、現実的には、走査型プローブ顕微鏡(Scanning Probe Microscope)を用いて測定を行う。以下では、走査型プローブ顕微鏡として、原子間力顕微鏡(AFM:Atomic Force Microscope)を用いる説明を行う。
【0042】
原子間力顕微鏡では、試料表面をX軸およびY軸を用いてXY平面として表した場合、表面の凹凸はXY平面に垂直なZ軸方向の変位として表すことができる。すなわち、原子間力顕微鏡では、試料の凹凸を3次元(X,Y,Z)形状として測定することができる。したがって、原子間力顕微鏡では、断面プロファイルとして2次元データ(X−Z面およびY−Z面)が得られるため、このデータに基づき、JIS B601に規定されている方法に準じて、算術平均粗さRaを算出すればよい。このとき、原子間力顕微鏡に付属の解析ソフトウェアあるいは市販の解析ソフトウェアを用いてデータ処理を行って、Raを算出してもよい。
【0043】
得られた測定データには、ステンレス鋼箔の表面性状以外のノイズ、たとえば、ステンレス鋼箔のたわみ、ステンレス鋼箔表面の疵等に起因する形状データも含まれている。そのため、この測定データは、ステンレス鋼箔の表面性状を正しく反映しているわけではない。そこで、このようなノイズを除去することにより、ステンレス鋼箔の表面性状が反映された精度の高いRaを算出することができる。ノイズを除去する方法としては、公知の方法を用いればよいが、Raを算出する場合、平坦化(Flatten:フラテン)処理等が例示される。
【0044】
平坦化処理では、断面プロファイルを構成する断面曲線に対し、多項式(0次から3次程度)をフィットさせて、最もフィットする多項式を選択する。そして、当該断面曲線から最もフィットする多項式を引くことで、断面曲線に対し平坦化処理を行う。この操作を、断面プロファイルを構成する断面曲線全体に適用することで、ノイズが除去され平坦化処理された断面プロファイルが得られる。
【0045】
Raを測定する領域のサイズについては、特に制限されないが、後述するピークカウントPcの測定において、一辺が30μmの四角形の領域を走査して測定するため、Raを測定する領域のサイズについても、一辺が30μmの四角形の領域とすることが好ましい。
【0046】
本実施形態では、ステンレス鋼箔表面において、任意に選択した、一辺が30μmの四角形の領域を1視野として、5視野について表面性状の測定を行い、Raを算出する。すなわち、各視野において算出されたRaの平均値を、当該ステンレス鋼箔表面の算術平均粗さRaとする。
【0047】
(2−2 ピークカウントPc)
本実施形態では、ピークカウントPcは、JIS B601の規定に準じて算出される。すなわち、Pcを算出する際に、JIS B601に規定されている定義等に基づいてもよいが、JIS B601に規定されている数値条件は必ずしも用いなくてよい。
【0048】
ピークカウントPcの測定においても、Raの測定と同様に、先端部が6〜15nmの曲率半径である探針を用いて測定を行うので、以下では、原子間力顕微鏡(AFM:Atomic Force Microscope)を用いる説明を行う。
【0049】
本実施形態では、
図2に示すように、ピークカウントPcは所定の領域において設定された閾値(Threshold)を超えるピーク領域(凸部)の数をいう。このPcが大きいほど、一定周期において、凸部の数が多いことを示し、凹凸が短い周期で形成されていることを示す。本実施形態では、所定の領域として、一辺が30μmの四角形を設定する。また、閾値(Threshold)は、平均高さ線(Average Height Line)とは異なり、本発明では50nmとする。これ以下の高さの起伏は、表面処理ステンレス鋼箔としての性能に寄与しないことを、経験的に見出し、さらに、この閾値を設けることで、当該性能と良く相関する値を得られることを見出したからである。上述したように、本実施形態に係るステンレス鋼箔表面のピークカウントPcは20以上、好ましくは25以上である。
【0050】
Raと同様に、断面プロファイルとして2次元データが得られるため、このデータに基づき、JIS B601の規定に準じて、ピークカウントPcを算出すればよい。このとき、原子間力顕微鏡に付属の解析ソフトウェアあるいは市販の解析ソフトウェアを用いてデータ処理を行って、Pcを算出してもよい。
【0051】
また、Pcは、ステンレス鋼箔表面の疵など、ステンレス鋼箔の表面性状以外の因子による影響を受けやすいので、これらの因子を除去することが好ましい。具体的には、上記の平坦化処理に加えて、メディアン(Median)処理を行うことが好ましい。メディアン処理では、まず、Z軸方向の変位を数値情報(ピクセル値)として有し、XY平面上に位置が規定されている任意のピクセルについて、当該ピクセルを中心とする所定数(たとえば、7×7、11×11)のマトリックスを想定し、マトリックス内の全てのピクセルのピクセル値について中央値(メディアン値)を算出する。そして、算出された中央値を、マトリックスの中心に位置する当該ピクセルのピクセル値に置き換える。この操作を測定領域内の全てのピクセルについて行う。このような処理を行うことにより、特定の範囲において異常なピクセル値を示すピクセルを除去することができる。すなわち、ステンレス鋼箔の表面性状以外の因子をノイズとして除去することができる。
【0052】
さらに、測定領域(一辺が30μmの四角形)の周縁部までの全ての領域を考慮して、ピークカウントPcを算出する場合、データ処理上、周縁部の変位が実際よりも大きく考慮されてしまう。このようにして算出されたPcは、実際の表面性状を反映していない。そこで、
図3に示すように、測定領域の一部である周縁部Eについては、Pcを算出する際に考慮にいれない処理を行うことができる。すなわち、本実施形態では、0.5μm程度の周縁部Eを考慮に入れずにPcを算出する。この場合、Pcが算出される実際の領域は一辺が29μmの四角形となる。
【0053】
(3.表面処理皮膜の分析方法)
本実施形態では、表面処理皮膜の厚みおよび成分組成が特定の範囲内に規定されている。そこで、表面処理皮膜の厚みおよび成分組成を分析する方法について詳細に説明する。
【0054】
本実施形態では、表面処理皮膜の厚みおよび成分組成は、X線光電子分光法(XPS:X-ray Photoelectron Spectroscopy)による深さ方向分析により測定する。XPSは、試料にX線を入射し、光電効果によって励起された光電子の運動エネルギーを解析することで、試料表面(表面から数nmの深さ領域)の元素情報およびその結合状態の情報を取得できる分析法である。
【0055】
一方、スパッタリングは、Ar原子等をイオン化して、電圧を印加して加速させて試料の表面に衝突させ、試料の表面を削り取る手法である。
【0056】
このXPSとスパッタリングとを組み合わせることで、深さ方向分析を行うことができる。すなわち、一定時間スパッタリングを行った後に試料表面にXPS測定を行うという操作を繰り返すことで、深さ方向分析を行うことができる。分析後には、表面処理ステンレス鋼箔の深さ方向に、
図4に示すような各元素のプロファイルを得ることができる。
図4においては、縦軸が試料に含まれる元素比率、横軸がスパッタリング時間で表される。
【0057】
なお、横軸のスパッタリング時間を深さに換算するには、厚みが既知の標準試料(たとえば、SiO
2)を用いてスパッタリングを行い、単位時間にスパッタリングされる深さ(スパッタレート)を算出し、このスパッタレートにスパッタリング時間を掛けて換算すればよい。厳密には、標準試料のスパッタレートと、標準試料と異なる物質から構成される表面処理皮膜のスパッタレートと、は異なる。しかしながら、本発明では、表面処理皮膜の正確な厚みを求めるのではなく、表面処理皮膜の厚みを所定の基準に基づいて特定することが重要である。したがって、本発明では、表面処理皮膜の厚みを上記の方法により算出しても問題ない。
【0058】
まず、得られた
図4に基づき、表面処理皮膜の厚みを算出する。本実施形態では、
図4に示すように、ステンレス鋼箔の主成分であるFeの濃度が、表面処理皮膜の最表面から深さ方向に向かって増加し当該濃度が飽和してほぼ一定になったときの濃度に対してその半分の濃度を示す深さを、表面処理皮膜の厚みとする。すなわち、当該深さを示す領域が表面処理皮膜とステンレス鋼箔との境界に相当する。
【0059】
ステンレス鋼箔の主成分であるFeは、表面処理皮膜にはほとんど拡散しないため、
図4では、Fe濃度は、ステンレス鋼箔と表面処理皮膜との界面において急激に増加することが期待されるが、実際には、
図4に示すように、Feの濃度は所定の傾きを持って増加する。これはXPS測定において照射されるX線スポット径が比較的に大きいため、スポット径の範囲内でステンレス鋼箔自体が平らではなく凹凸が生じていると考えられる。その結果、測定深さ方向において当該界面の位置が変化しているためだと考えられる。
【0060】
表面処理皮膜の厚みを算出した後、表面処理皮膜の構成成分であるリン(P)、ジルコニウム(Zr)、チタン(Ti)および窒素(N)から選ばれる少なくとも1つまたは2つ以上から構成される元素群Aと、炭素(C)と、酸素(O)と、クロム(Cr)と、フッ素(F)と、の含有比率を算出する。
【0061】
具体的には、深さ方向において、表面処理皮膜の表面から上記で求められた当該皮膜とステンレス鋼箔との界面までに測定された各元素の結合エネルギーのピーク強度と感度係数とから、元素群Aと炭素(C)と酸素(O)とクロム(Cr)とフッ素(F)との合計が100モル%となるように、各元素のモル比を算出する。
【0062】
なお、このとき、表面処理皮膜の最表面および表面処理皮膜とステンレス鋼箔との境界における各元素の濃度情報は考慮しない。表面処理皮膜の最表面には、通常、有機物質等の汚染物質が付着しておりこれを完全に除去することは困難である。したがって、表面処理皮膜の最表面での各元素のモル比を算出すると、特に、最表面に付着した汚染物質を構成する炭素と、表面処理皮膜に含まれる炭素と、の両方が検出され、表面処理皮膜の最表面における炭素量として、実際よりも多く検出されてしまう。そのため、この最表面における各元素の濃度情報は考慮しない。
【0063】
一方、表面処理皮膜とステンレス鋼箔との界面における各元素の濃度情報についても、当該界面では当該元素の濃度が急激に変化している可能性があるので、当該界面における各元素の濃度情報は考慮しない。
【0064】
また、表面処理皮膜に含まれる化合物を特定する方法としては、以下のような方法が例示される。
【0065】
炭素および酸素を含む化合物については、たとえば、RAS(反射吸収)法による高感度のフーリエ変換赤外分光法(FTIR)で得られるIRスペクトルから当該化合物を特定することができる。
【0066】
三価クロム化合物、リン化合物、窒素化合物、ジルコニウム化合物、チタン化合物については、たとえば、XPSにおける各元素のピークシフトから価数を見積もり、推定することが出来る。また、結晶性の化合物を形成している場合は、透過電子顕微鏡により元素と結晶構造を特定して、当該化合物を特定することができる。
【0067】
(4.表面処理ステンレス鋼箔の製造方法)
以下では、上記の表面処理ステンレス鋼箔を製造する方法について説明する。
【0068】
まず、上述した表面性状を有するステンレス鋼箔を製造する。当該ステンレス鋼箔の製造工程は、通常のステンレス鋼箔の製造工程と概ね同じである。即ち、ステンレス鋼帯を箔圧延し、その後表面洗浄をし、最終アニールを行い、必要に応じて調質圧延(テンションレベラー)を行うことにより、上述した表面性状を有するステンレス鋼箔が得られる。
【0069】
通常のステンレス鋼箔を製造する場合、ステンレス鋼帯の圧延において、通常、幅が1000mm以上の被圧延材を形状制御性良く圧延するため、直径100mm以上のワークロールを用い、長手方向に200〜300N/mm
2程度の張力を負荷して行われる。
【0070】
一方、上述した表面性状を有するステンレス鋼箔を製造する場合には、上記に比べて非常に小さな直径30〜60mm程度のワークロールを用い、長手方向の張力は500N/mm
2程度の条件にて圧延が行われる。これは圧延での変形抵抗が大きいステンレス鋼の場合、厚み100μm以下のステンレス鋼箔を高い生産性で得るためには、被圧延材とワークロールの接触面積を小さくして、できるだけ多くの圧延荷重を被圧延材に伝え、且つ、圧延方向の張力を高く設定する必要があるためである。
【0071】
なお、圧延機は、KTミル、ゼンジミアミル等を使用することができるが、特に圧延機の種類、ロールの本数は限定されるものではない。また、圧延のワークロールの材質はハイス鋼、超硬合金、セラミックスを使用することができ、表面粗さ(Ra)は0.1〜0.4μmであることが好ましい。表面粗さが0.1μm以下の場合には、得られるステンレス鋼箔の表面粗さが平滑になり積層される樹脂層との密着強度が低下する。表面粗さが0.4μm以上の場合には、圧延時のステンレス鋼箔の変形抵抗が大きくなり生産性が低下するからである。
【0072】
このようにステンレス鋼帯を加工して箔とする際に、ステンレス鋼の表面性状が変化する。そのため、直径が小さなワークロールを用い、高い張力を負荷する箔圧延を行う量がステンレス鋼箔の表面性状と関係する。
【0073】
上述したように、ステンレス鋼箔の厚みは、2次電池の容量増大を実現するために、100μm以下であり、好ましくは10〜60μmであるのに対し、この箔圧延に供する素材のステンレス鋼帯の板厚は200μm以上であり、好ましくは300μm以上である。この範囲の圧下量であれば、前述のような特殊な表面性状を有するステンレス鋼箔が得られる。
【0074】
なお、箔圧延に供する素材のステンレス鋼帯の板厚に応じて、箔圧延工程を複数回に分け(多段圧延)、各箔圧延工程の間に中間アニールを行ってもよい。
【0075】
次に、得られたステンレス鋼箔の一方、あるいは、両方の面に、形成される表面処理皮膜中の各元素のモル比が上述した範囲内となるように成分組成が調製された塗工液を公知の塗工手段により塗工する。その後、所定の温度で乾燥することにより、ステンレス鋼箔の表面に表面処理皮膜が形成される。乾燥する温度は、塗工液の成分組成に応じて適宜決定すればよい。また、塗工量は、所望の表面処理皮膜の厚みに応じて適宜変更すればよい。
【0076】
塗工液には、上記の元素の供給源となる化合物として以下の化合物を含有させることができる。
【0077】
(元素群A)
リン(P)については、リン酸基および/またはホスホン基を有するリン化合物が例示され、架橋性化合物であることが好ましい。具体的には、トリポリリン酸、リン酸クロム(III)、アミノトリ(メチレンホスホン酸)、1−ヒドロキシエタン−1,1−ジホスホン酸、1−ヒドロキシエチリデン−1,1−ジホスホン酸、エチレンジアミン−N,N,N’,N’−テトラ(メチレンホスホン酸)、ヘキサメチレンジアミン−N,N,N’,N’−テトラ(メチレンホスホン酸)、ジエチレントリアミン−N,N,N’,N’’,N’’−ペンタ(メチレンホスホン酸)、2−ホスホノブタン−1,2,4−トリカルボン酸等が例示される。このような化合物を用いる場合、リン源だけでなく、窒素源、炭素源、クロム源、酸素源も兼ねることができる。
【0078】
ジルコニウム(Zr)については、ジルコニウムの炭酸塩、酸化物、水酸化物、硝酸塩、硫酸塩、リン酸塩、フッ化物、フルオロ酸(塩)、有機酸塩、有機錯化合物等が例示され、架橋性化合物であることが好ましい。具体的には、塩基性炭酸ジルコニウム、オキシ炭酸ジルコニウム、炭酸ジルコニウムアンモニウム(NH
4)
2[Zr(CO
3)
2(OH)
2]、酸化ジルコニウム(IV)(ジルコニア)、硝酸ジルコニウム、硝酸ジルコニルZrO(NO
3)
2、硫酸ジルコニウム(IV)、硫酸ジルコニル、オキシリン酸ジルコニウム、ピロリン酸ジルコニム、リン酸2水素ジルコニル、フッ化ジルコニウム、ヘキサフルオロジルコニウム酸H
2ZrF
6、ヘキサフルオロジルコニウム酸アンモニウム[(NH
4)
2ZrF
6]、酢酸ジルコニル、ジルコニウムアセチルアセトネートZr(OC(=CH
2)CH
2COCH
3)
4等を挙げることができる。このような化合物を用いる場合、ジルコニウム源だけでなく、リン源、窒素源、炭素源、酸素源、フッ素源も兼ねることができる。
【0079】
チタン(Ti)については、チタンの炭酸塩、酸化物、水酸化物、硝酸塩、硫酸塩、リン酸塩、フッ化物、フルオロ酸(塩)、有機酸塩、有機錯化合物等が例示され、架橋性化合物であることが好ましい。具体的には、酸化チタン(IV)(チタニア)、硝酸チタン、硫酸チタン(III)、硫酸チタン(IV)、硫酸チタニルTiOSO
4、フッ化チタン(III)、フッ化チタン(IV)、ヘキサフルオロチタン酸H
2TiF
6、ヘキサフルオロチタン酸アンモニウム[(NH
4)
2TiF
6]、チタンラウレート、ジイソプロポキシチタニウムビスアセトン(C
5H
7O
2)
2Ti[OCH(CH
3)
2]
2、チタニウムアセチルアセトネートTi(OC(=CH
2)CH
2COCH
3)
3等を例示することができる。このような化合物を用いる場合、チタン源だけでなく、リン源、窒素源、炭素源、酸素源、フッ素源も兼ねることができる。
【0080】
窒素(N)については、アミノ基および/またはアミド基を有する窒素化合物が例示され、架橋性化合物であることが好ましい。具体的には、エチレンジアミン、N,N−ジメチルホルムアミド、1,3−ジアミノ−2−プロパノール−N,N,N’,N’−四酢酸、アミノトリ(メチレンホスホン酸)、1−ヒドロキシエタン−1,1−ジホスホン酸、1−ヒドロキシエチリデン−1,1−ジホスホン酸、エチレンジアミン−N,N,N’,N’−テトラ(メチレンホスホン酸)、ヘキサメチレンジアミン−N,N,N’,N’−テトラ(メチレンホスホン酸)、ジエチレントリアミン−N,N,N’,N’’,N’’−ペンタ(メチレンホスホン酸)等を例示することができる。このような化合物を用いる場合、窒素源だけでなく、リン源、炭素源、酸素源も兼ねることができる。
【0081】
炭素(C)については、ポリオレフィン系樹脂、ウレタン系樹脂、ビニル系樹脂およびアクリル系樹脂が例示される。このような樹脂を用いる場合、炭素源だけでなく、窒素源、酸素源も兼ねることができる。また、他の元素源である化合物由来の成分も例示される。
【0082】
酸素(O)については、炭素源として添加される種々の樹脂あるいはリン源として添加されるリン酸化合物等が例示される。また、塗工液に含まれる水に由来する酸素であってもよい。
【0083】
クロム(Cr)については、環境問題の観点から、六価クロムを含まないクロム化合物が例示され、本実施形態では、三価クロム化合物である。具体的には、硫酸クロム、硝酸クロム、フッ化クロム、燐酸クロム、蓚酸クロム、酢酸クロム、重燐酸クロム、クロムアセチルアセトネート(Cr(C
5H
7O
2)
3)等が例示される。このような化合物を用いる場合、クロム源だけでなく、リン源、窒素源、炭素源、酸素源、フッ素源も兼ねることができる。
【0084】
フッ素(F)については、上述した他の元素源の化合物のうち、フッ素を含む化合物を用いることが好ましい。具体的には、フッ化クロムが例示される。
【0085】
塗工液に用いる溶剤としては、水が主成分であることが好ましい。また、必要に応じてアルコール系、ケトン系、又はセロソルブ系の水溶性有機溶剤を用いてもよい。また、上述した表面処理皮膜を形成でき、本発明の効果が得られる範囲内であれば、公知の界面活性剤、消泡剤、レベリング剤、防菌防ばい剤、着色剤および硬化剤等を添加してもよい。
【0086】
形成された表面処理皮膜上にポリオレフィン系樹脂層を形成する場合には、所定の厚みのポリオレフィン系樹脂フィルムを準備し、これを表面処理皮膜上に積層して、熱圧着すればよい。
【0087】
このようにすることで、本実施形態に係る表面処理ステンレス鋼箔を製造することができる。
【0088】
(5.本実施形態の効果)
本実施形態では、特殊な表面性状を有するステンレス鋼箔に対して、特定の成分組成を有する表面処理皮膜を形成している。このように、従来は着目されていなかったステンレス鋼箔の表面性状を特定し、この表面性状に適した成分組成を最適化して表面処理皮膜を形成することにより、耐電解液性を向上させることができる。
【0089】
特に、厚みが100μm以下のステンレス鋼箔に上記の表面処理皮膜を形成することにより、表面処理皮膜に含まれる有機化合物成分と無機化合物成分とが協働して複合ネットワーク構造が形成される。この複合ネットワーク構造に起因して、電解液に含まれる腐食性物質に対する高いバリア性と、ステンレス鋼箔の変形に柔軟に対応できる追従性とを両立することができる。
【0090】
(6.変形例)
上記の実施形態では、ステンレス鋼箔の一方の面に表面処理皮膜が形成されているが、表面処理皮膜が、ステンレス鋼箔の両方の面に形成されていてもよい。
【0091】
以上、本発明の実施形態について説明してきたが、本発明は、上述した実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々に改変することができる。
【実施例】
【0092】
以下、本発明をさらに詳細な実施例に基づき説明するが、本発明は、これら実施例に限定されない。
【0093】
(試験1)
ステンレス鋼箔は、新日鐵住金ステンレス社製の0.3mm(300μm)厚みのステンレス鋼(SUS304、SUS316L、SUS444、SUS430)を、以下の条件で箔圧延することで、下記に示す表2の比較例31以外は、30μmの厚みを有するステンレス鋼箔を作製した。比較例31は、ステンレス鋼箔として、厚みが300μmの冷延SUS304鋼板を用いた。
【0094】
圧延機として、KTミルを用い、ワークロールの直径は30〜60mmとし、長手方向の張力は400〜600N/mm
2とした。また、圧延材の加工硬化による生産性の低下を回避するため中間アニールを適宜行った。
【0095】
箔圧延した材料には、表面粗さがRaで0.25μmのワークロールを使用した。ただし、比較例32のみ、表面粗さが0.02μmのワークロールを使用した。
【0096】
(ステンレス鋼箔の表面性状測定)
得られたステンレス鋼箔に対し、以下のようにして表面性状の測定を行った。測定装置としては、原子間力顕微鏡(ブルカーAXS社製ナノスコープ5)を用いた。カンチレバーは同社製のMPP11100を用い、プローブの先端部の曲率半径は8nmであった。
【0097】
原子間力顕微鏡の測定モードをタッピングモードとし、ステンレス鋼箔が本来有している表面性状が反映された測定データを得るために、ステンレス鋼箔上において、疵のないように見える領域から、一辺が30μmの正方形の領域を任意に選択し、当該領域に対して測定を行った。測定は5回繰り返した。すなわち、ステンレス鋼箔上の任意の5領域について測定を行った。
【0098】
なお、原子間力顕微鏡に付属のソフトウェアを用いて、得られた5領域の測定データに対してフラテン(flatten)処理を行い、各領域での算術平均粗さRaを算出した。さらに、11×11マトリックスでメディアン(Median)処理を行い、Thleshold値を50nmとし、各領域でのピークカウントPcを算出した。なお、ピークカウントPcを算出する際には、一辺が30μmの正方形の領域から、0.45μmの幅で周縁部を切り取って行った、すなわち、一辺が29.1μmの正方形の領域においてピークカウントPcを算出した。得られた各領域でのRaおよびPcの平均値を、ステンレス鋼箔の算術平均粗さRaおよびピークカウントPcとした。結果を表1に示す。また、
図5に、本発明例31と比較例31とについて、原子間力顕微鏡での観察画像およびピークカウントPcを算出するために画像処理を行った画像を示す。
【0099】
(表面処理皮膜の形成)
上記で得られたステンレス鋼箔の一方の面に、スピンコーターを用いて塗工液を塗工した。塗工時の付着量はスピンコーターの回転数により調整した。塗工後、170〜200℃の温度範囲で10〜30秒加熱することにより、表面処理皮膜を形成した。なお、加熱には、所定の温度に設定した一辺が25cm以上の大きさの概略立方体形状の空間を持つ、箱型加熱炉を用いた。
【0100】
塗工液は、塗工後に形成される表面処理皮膜における元素比が表1に示す値となるように以下に示す化合物(元素供給源)の添加量を制御して調製した。
【0101】
(元素群A)
リン(P):トリポリリン酸(P1)、リン酸クロム(III)(P2)、1−ヒドロキシ−エチリデン−1,1−ジホスホン酸(HEDP)(P3)
上記の化合物は全て酸素の供給源でもある。また、リン酸クロムはクロムの供給源でもあり、HEDPは炭素の供給源でもある。
【0102】
ジルコニウム(Zr):炭酸ジルコニウムアンモニウム(Z)
なお、炭酸成分およびアンモニウム成分は表面処理皮膜中には取り込まれないため、必要なZrモル量と同モル量を使用した。
【0103】
チタン(Ti):チタニウムアセチルアセトナート(T)
上記の化合物は炭素および酸素供給源にもなる。
【0104】
窒素(N):1,3−ジアミノ−2−プロパノール−N,N,N’,N’−四酢酸(DPTA)(N)
【0105】
炭素(C):ポリオレフィン樹脂(PO)、ポリウレタン樹脂(PU)、ポリビニル樹脂(PV)、ポリアクリル樹脂(PA)
なお、添加量は、他の添加物から加わる量を除いて計算した量とした。
【0106】
ポリオレフィン樹脂としては、エチレン(80質量%)とアクリル酸(20質量%)の共重合体(平均分子量:100000、アンモニア中和品)を用いた。
【0107】
ポリウレタン樹脂としては、以下に示す手順により作製したものを用いた。すなわち、ポリエステルポリオール(アジピン酸/3−メチル−1,5−ペンタンジオール、数平均分子量1000、官能基数2、水酸基価112.2)100部、トリメチロールプロパン3部、ジメチロールプロピオン酸2部、イソホロンジイソシアネート85部をメチルエチルケトン中で反応させて、ウレタンプレポリマーを得た。これにトリエチルアミン9.4部を混合し、水に投入し、ウレタンプレポリマーを水に分散させ、エチレンジアミンで伸長させて、分散体を得た。メチルエチルケトンを留去して、不揮発分を30質量%含むウレタン樹脂水性分散体を得て、これを用いた。
【0108】
ポリビニル樹脂としては、ポリ酢酸ビニルの部分ケン化物(平均分子量:50000、5質量%アセトアセチル化)を用いた。当該ポリビニル樹脂は、酢酸ビニルを重合し、90%部分ケン化し、その後、共重合体100質量%に対して5質量%アセトアセチル化して作製した。
【0109】
ポリアクリル樹脂としては、以下に示す手順により作製したものを用いた。すなわち、モノマー組成として、メタクリル酸メチル20部、ブチルアクリレート40部、2−ヒドロキシプロピルメタクリレート10部、スチレン10部、N,N−ジメチルアミノプロピルメタクリレート20部を用いた。合成方法は、反応性ノニオン乳化剤とポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテル(HLB17.9)とを6:4で混合した10質量%乳化剤水溶液100部に、上記のモノマーを混合し、ホモジナイザーを用いて、5000rpmで10分間乳化し、モノマー乳化液を得た。続いて、攪拌機、還流冷却器、温度計及びモノマー供給ポンプを備えた四つ口フラスコに、乳化剤水溶液を150部加え、40〜50℃に保ち、過硫酸アンモニウムの5質量%水溶液(50部)およびモノマー乳化液をそれぞれ滴下ロートに収め、フラスコの別の口に装着させて、約2時間かけて滴下し、温度を60℃まで昇温して約1時間攪拌した。攪拌しながら室温まで冷却し、アクリル樹脂の水分散液を得て、これを用いた。
【0110】
酸素(O):他の元素の添加物に由来する量に加えて、不足分が塗工液中の水から取り込まれるため、他の元素の添加物の添加量が決定すれば、酸素のモル比も決定する。
【0111】
クロム(Cr):硫酸クロム・n水和物、硝酸クロム9水和物、ふっ化クロム3水和物、リン酸クロム(III)6水和物から選ばれる1つまたは2つ以上
水和水、硫酸塩、硝酸塩のアニオン成分は表面処理皮膜中にほとんど取り込まれないので、考慮する必要がない。フッ化クロムはフッ素の供給源でもあり、リン酸クロムは、リンの供給源でもある。
【0112】
フッ素(F):フッ化クロム
【0113】
(表面処理皮膜の分析)
(表面処理皮膜の厚み)
表面処理皮膜の厚みは、X線光電子分光法(XPS)により測定した。PHI社製Quantum2000型XPS分析装置を用い、Al KαのX線源による、15kV、25WのX線を線源とした。測定領域は0.1mm平方の領域とし、周囲2mm平方の領域を、標準試料であるSiO
2をスパッタリングした場合に4.26nm/分のスパッタレートとなる速度でスパッタリングしながら、各深さのXPS測定をした。各成分元素のピーク強度と感度係数を元に、元素比を計算した。スパッタリングがステンレス鋼箔まで達し、ステンレス鋼箔に含まれるFe強度がほぼ一定となるまでスパッタリングを実施した。
【0114】
本実施例では、Fe強度が安定したところのFe濃度が、表面処理皮膜中で半分の濃度に低下するスパッタリング深さを便宜上、表面処理皮膜とステンレス鋼箔との界面とした。そして、表面処理皮膜の最表層から当該界面までのスパッタリング時間と、標準試料のスパッタレートと、から求めたスパッタリング深さを表面処理皮膜の厚みとした。結果を表1に示す。
【0115】
(各元素のモル比)
表面処理皮膜に含まれる元素のモル比を算出する分析にもXPSを用いた。表面処理皮膜の厚みにおいて、最表層と、表面処理皮膜とステンレス鋼箔との界面の間に、5点以上のXPS測定点が得られるように、深さ方向分析を行った。得られた測定データのうち、表面処理皮膜の最表層での測定データおよび界面での測定データを除き、元素群A、炭素(C)、酸素(O)、クロム(Cr)およびフッ素(F)について、これら元素の合計が100モル%となるように元素比を計算した。結果を表1に示す。
【0116】
(有機化合物の特定)
表面処理皮膜中に含有されている有機化合物を特定するために、RAS法のFTIRを用いて行った。その結果、表面処理皮膜には塗工液に添加した有機化合物が含有されていることが確認できた。
【0117】
(ポリオレフィン系樹脂層のラミネート)
表面処理皮膜の上に、ポリオレフィン系樹脂層を形成して、樹脂被覆ステンレス鋼箔を得た。具体的には、厚み30μmのポリオレフィン系樹脂フィルム(三井化学東セロ社製アドマーQE060)を表面処理皮膜上に積層し、温度:200℃、圧力:1MPaの条件で10秒間保持し、表面処理ステンレス鋼箔とポリオレフィン系樹脂フィルムとを熱圧着した。
【0118】
得られた樹脂被覆ステンレス鋼箔に以下に示す特性評価を行った。
【0119】
(一次密着性)
樹脂被覆ステンレス鋼箔から、15mm×100mmのサンプルを2枚一組で切り出し、2枚の被覆した樹脂同士の端を合わせて、熱圧着し、Tピール試験片を作成し、密着強度をTピール試験(23℃、Tピール:JIS K6854−3と同形式、引っ張り速度300mm/min)で測定した。各水準N数5で測定し、5つのデータを平均して密着強度とした。[N/15mm]を単位として、40以上を評点4、40未満30以上を評点3、30未満20以上を評点2、20未満の密着強度を評点1とした。結果を表1に示す。
【0120】
(耐電解液性)
耐電解液性の評価として、樹脂被覆ステンレス鋼箔から、10mm×100mmのサンプルを切り出し、密閉容器中で模擬劣化電池用電解液に完全に浸漬して、85℃で7日間保持した。模擬劣化電池用電解液として、六フッ化リン酸リチウム(LiPF
6)を電解質として、エチレンカーボネートとジエチルカーボネートとを1:1に混合した溶媒に、1mol/Lの濃度に希釈し、イオン交換水を0.1質量%添加した物を使用した。
【0121】
保持後、サンプルを電解液から取り出して、下記のピール試験によりピール強度を測定し、浸漬前のサンプルのピール強度と比較した。ピール強度は、浸漬前のものと浸漬後のものを、N数5でピール試験し、5つのデータを平均して密着強度とした。ピール試験は、23℃、180度ピール:JIS K6854−2と同形式で、引っ張り速度20mm/minで行った。
【0122】
得られた浸漬後のピール強度と、浸漬前のピール強度と、を比較して、強度低下を計算し、強度維持率として評価した。強度低下が無ければ100%、浸漬後に引っ張り強度が0であれば、0%となる。95%以上を評点5、90%以上を評点4、70%以上を評点3、50%以上を評点2、50%に満たないものを評点1とした。結果を表1に示す。
【0123】
【表1】
【0124】
表1は、本発明の効果に対する表面処理皮膜に含まれる成分組成の影響を示している。すなわち、各元素のモル比が本発明の範囲内である場合には、耐電解液性が良好であることが確認できた。また、各元素のモル比を特に好ましい範囲とした場合には、さらに優れた耐電解液性を示すことが確認できた。
【0125】
これに対し、各元素のモル比が本発明の範囲から外れる場合には、耐電解液性が得られないことが確認できた。また、リン(P)のみが本発明の範囲より高い比較例では、最低限の耐電解液性は確保できるものの、一次密着強度が低いことが確認できた。
【0126】
(試験2)
鋼種、焼鈍の有無、箔圧延条件等を変化させて、ステンレス鋼箔を作製した以外は、試験1の本発明例2と同様にして、樹脂被覆ステンレス鋼箔を作製し、試験1と同様にして、得られた樹脂被覆ステンレス鋼箔の特性評価を行った。なお、Pcが100を超えるような圧延条件は現実的には得られなかった。結果を表2に示す。
【0127】
【表2】
【0128】
表2は、本発明の効果に対するステンレス鋼箔の表面性状が与える影響を示している。試験1において、耐電解液性が良好であった試料であっても、ステンレス鋼箔の表面性状の変化により、耐電解液性に差が生じることが確認できた。特に、本発明において規定するステンレス鋼箔の表面性状から外れる場合には、良好な耐電解液性が得られず、しかも一次密着強度も若干低いことが確認できた。
【0129】
(試験3)
塗工時の付着量を調整して、表面処理皮膜の厚みを変化させた以外は、試験1の本発明例2と同様にして、樹脂被覆ステンレス鋼箔を作製し、試験1と同様にして、得られた樹脂被覆ステンレス鋼箔の特性評価を行った。結果を表3に示す。
【0130】
【表3】
【0131】
表3は、本発明の効果に対する表面処理皮膜の厚みが与える影響を示している。表面処理皮膜の厚みが薄い場合、耐電解液性が劣化する傾向にあり、厚みが2nmを下回ると十分な耐電解液性が得られないことが確認できた。
【0132】
一方、表面処理皮膜の厚みが厚い場合、耐電解液性は良好なものの、一次密着強度が低くなる傾向にあることが確認できた。なお、表面処理皮膜の厚みが厚くなると、表面処理皮膜の形成時において、塗工液の濃度を上げなければ塗工ムラが発生した。一方、ムラが発生しないような濃度の塗工液は、2週間程度で沈殿が生じ、ポットライフには課題がある場合があった。厚みが500nmを超えると、一次密着強度も得られないことに加えて、そもそも塗工ムラが生じて、耐電解液性が劣化することが確認できた。