(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2017-3550(P2017-3550A)
(43)【公開日】2017年1月5日
(54)【発明の名称】ホイールアライメントの検査方法
(51)【国際特許分類】
G01M 17/007 20060101AFI20161209BHJP
B62D 17/00 20060101ALI20161209BHJP
B60S 5/00 20060101ALI20161209BHJP
【FI】
G01M17/00 R
B62D17/00 Z
B60S5/00
【審査請求】有
【請求項の数】2
【出願形態】OL
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2015-121206(P2015-121206)
(22)【出願日】2015年6月16日
(11)【特許番号】特許第5894318号(P5894318)
(45)【特許公報発行日】2016年3月23日
(71)【出願人】
【識別番号】515138757
【氏名又は名称】有限会社島田自動車工業
(74)【代理人】
【識別番号】110001841
【氏名又は名称】特許業務法人梶・須原特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】島田 敏文
【テーマコード(参考)】
3D026
3D203
【Fターム(参考)】
3D026BA02
3D026BA25
3D203DA72
3D203DA73
3D203DA75
3D203DA83
3D203DA89
(57)【要約】
【課題】ホイールアライメントに不具合を生じている原因を適切に検査できる。
【解決手段】Tf1とTf2がほぼ等しくTr1とTr2がほぼ等しい状態で、セットバック並びに右前輪のキャスター角γ1及び左前輪のキャスター角γ2を測定する。そして、セットバックが所定の大きさ以上である場合、|γ1−γ2|が所定の大きさ以上であることに基づき、前側懸架装置10及び後側懸架装置20のいずれにセットバックの原因があるかを評価する。また、γ1及びγ2のいずれに異常があるかに基づき、前側懸架装置10の部品の左側部位及び右側部位のいずれに問題があるかを評価する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
前輪及び後輪の個別トーの左右差がいずれも発生していない状態においてセットバック並びに左前輪及び右前輪のキャスターを測定すると共に、セットバックが所定の大きさ以上である場合に、前輪のキャスターに左右差が生じているか否かと、左前輪及び右前輪のいずれのキャスターに異常があるかとの少なくともいずれかに基づいてセットバックが生じていることの原因を評価することを特徴とするホイールアライメントの検査方法。
【請求項2】
前輪のキャスターに左右差がある場合に、前記原因が前側の懸架装置にあると評価することを特徴とする請求項1に記載のホイールアライメントの検査方法。
【請求項3】
左前輪及び右前輪のいずれのキャスターに異常があるかに基づいて、前記原因が前側の懸架装置における左右いずれの部位にあるかを評価することを特徴とする請求項2に記載のホイールアライメントの検査方法。
【請求項4】
前輪のキャスターに左右差がない場合に、前記原因が後側の懸架装置にあると評価することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のホイールアライメントの検査方法。
【請求項5】
左前輪及び右前輪のキャスターを測定する前に、前輪及び後輪の少なくともいずれかの個別トーに左右差がある場合にはその左右差がなくなるようにトーを調整することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のホイールアライメントの検査方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホイールアライメントの検査方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車などの四輪を有する車両においてホイールアライメントを調整することは、走行時の安定性を確保したりタイヤの偏摩耗を抑制したりするために重要である。特許文献1は、仮定上の後輪の向きに基づいて前輪の向きを調整しつつステアリングホイールを水平位置に位置決めしてステアリングシャフトに取り付け、その後、前輪及び後輪のトーを調整している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2012−122900号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明者は、特許文献1のようにホイールアライメントを調整しても、走行時の安定性を確保できない場合があることに気付いた。そして、このように一見、ホイールアライメントを適切に調整できたように見えても、走行時の安定性を確保できないのは、ホイールアライメントに不具合を生じている原因を適切に把握できず、不具合の原因を適切に排除できないためであることに到達した。
【0005】
本発明の目的は、ホイールアライメントに不具合を生じている原因を適切に検査できるホイールアライメントの検査方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、従来、ホイールアライメントに不具合がある場合、その原因を詳しく検査することなく、前輪や後輪のトー、セットバックやキャスター等を見かけ上、正常値の範囲に調整してしまうことに問題があると考えた。そこで、ホイールアライメントに不具合がある原因を適切に検査するべく鋭意研究した結果、以下の発明に到達した。
【0007】
本発明のホイールアライメントの検査方法は、前輪及び後輪の個別トーの左右差がいずれも発生していない状態においてセットバック並びに左前輪及び右前輪のキャスターを測定すると共に、セットバックが所定の大きさ以上である場合に、前輪のキャスターに左右差が生じているか否かと、左前輪及び右前輪のいずれのキャスターに異常があるかとの少なくともいずれかに基づいてセットバックが生じていることの原因を評価する。
【0008】
従来のホイールアライメント調整の考え方によると、見かけ上、トーやセットバック、キャスターをとりあえず調整してしまう。このため、セットバックが生じている原因がキャスターに表れていても、いたずらにキャスターを正常値に調整してしまうことで、原因を取得できなくなってしまっていた。これに対して本発明のホイールアライメントの検査方法によると、前輪及び後輪の個別トーに関してはその左右差がない状態を前提とする一方で、セットバック及びキャスターに関しては現状のままを測定する。そして、セットバックの大きさが所定値以上である場合に、前輪のキャスターに左右差が生じているか否か、及び、左前輪及び右前輪のいずれのキャスターに異常があるかの少なくともいずれかに基づいてセットバックが生じていることの原因を評価する。前輪のキャスターの左右差は、前側及び後側の懸架装置のいずれに問題があるのかを示す。左前輪及び右前輪のいずれのキャスターが基準値からずれているかは、前側の懸架装置に含まれている部品の右側部位及び左側部位のいずれに問題があるかを示す。このため、セットバックが生じている原因を把握できる。このように、前輪及び後輪のトーについては左右差が発生していない状態を前提とするが、セットバック及びキャスターについてはいたずらに調整せず、現状そのままを測定することにより、セットバックが生じている原因を適切に把握することができる。なお、「前輪及び後輪の個別トーの左右差がいずれもない状態」とは、個別トーの左右差がゼロである状態を示してもよいし、所定の基準値以下である状態を示してもよい。
【0009】
また、本発明においては、前輪のキャスターに左右差がある場合に、前記原因が前側の懸架装置にあると評価することが好ましい。これによると、前輪のキャスターに左右差があることに基づき、前側の懸架装置に問題があることを適切に評価できる。
【0010】
また、本発明においては、左前輪及び右前輪のいずれのキャスターに異常があるかに基づいて、前記原因が前側の懸架装置における左右いずれの部位にあるかを評価することが好ましい。これによると、前側の懸架装置に含まれている部品の右側部位及び左側部位のいずれに問題があるかを適切に評価できる。
【0011】
また、本発明においては、前輪のキャスターに左右差がない場合に、前記原因が後側の懸架装置にあると評価することが好ましい。これによると、前輪のキャスターに左右差がない場合に、後側の懸架装置に問題があることを適切に評価できる。
【0012】
また、本発明においては、左前輪及び右前輪のキャスターを測定する前に、前輪及び後輪の少なくともいずれかの個別トーに左右差がある場合にはその左右差がなくなるようにトーを調整することが好ましい。これによると、個別トーに左右差が生じている場合にはこれを修正してからキャスターを測定する。したがって、セットバックの原因を評価するために適切な測定値を取得できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の一実施形態に係るホイールアライメントの検査方法の検査対象となる自動車の概略平面図である。
【
図2】右前輪を左方から見た図であって、キャスター角を示す図である。
【
図3】本ホイールアライメントの検査方法の流れを示すフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の一実施形態に係るホイールアライメント検査方法(以下、本検査方法とする。)について
図1〜
図3を参照しつつ説明する。
図1は、本検査方法の対象となる自動車1の概略構成を示す。自動車1は、左前輪2L及び右前輪2R、左後輪3L及び右後輪3R、前側懸架装置10、並びに、後側懸架装置20を有している。
【0015】
前側懸架装置10は、例えば独立懸架式の懸架装置であり、前輪2L又は2Rを回転可能に支持するナックル、ナックルを車体フレームと接続して支持するアッパアームやロアアームなどからなる左右の車輪支持部、当該左右の車輪支持部同士を連結するスタビライザー、車輪支持部の左右それぞれに後端が接続されると共に、車体フレームに前端が接続されるテンションロッド等を有している。なお、このようにスタビライザーとテンションロッドが別体で構成されていてもよいし、これらが一体で構成され、1つの部材が両方の機能を兼ね備えていてもよい。
【0016】
後側懸架装置20は、例えば車軸懸架式の懸架装置であり、後輪3L又は3Rに固定された車軸を車体フレームと接続して支持するトルクロッドやロアアームなどからなる左右の車軸支持部等を有している。後側懸架装置20を構成する部材は、サスペンションメンバーを介して車体フレームに支持されていてもよい。
【0017】
左前輪2L及び右前輪2Rは、正常な状態において、前後方向に関して互いに同じ位置に配置されている。左後輪3L及び右後輪3Rも、正常な状態において、前後方向に関して互いに同じ位置に配置されている。一方、事故等が原因で前側懸架装置10や後側懸架装置20を構成する部品に変形が生じると、車輪が前後方向に位置ずれすることによるセットバックが生じることがある。例えば、
図1の破線Aは前輪2Rが正常な位置から後方にずれることによるセットバックを、
図1の破線Bは前輪2Rが正常な位置から前方にずれることによるセットバックをそれぞれ示している。これにより、自動車1の幾何学的中心線Cと直交する水平直線L0と、前輪2L及び2Rの同位置同士を結んだ直線L1又はL2との間に、
図1に示すように角度α又はβ(α>0,β>0)が生じる。以下、かかる角度をセットバック角とする。
【0018】
本検査方法ではアライメントテスター装置(以下、テスターという。)を用いてセットバック角等を測定する。本実施形態においては、セットバック角の他、前輪2L及び2Rの個別トーTf1及びTf2、後輪3L及び3Rの個別トーTr1及びTr2、並びに、キャスター角γを測定可能なテスターが使用される。
【0019】
本実施形態のテスターは、以下のようにセットバック角を測定する。本テスターは、前輪2L及び2R並びに後輪3L及び3Rのいずれが前後方向にずれている場合であっても、右前輪2Rのみの前後方向に関するずれとしてセットバック角を出力する。具体的には、本テスターは、左前輪2Lと左後輪3Lの間の前後方向に関する離隔距離Wを基準として、右前輪2Rと右後輪3Rの間の前後方向に関する離隔距離がこれより長いか短いかを判定する。そして、右前輪2Rと右後輪3Rの間の前後方向に関する離隔距離がWよりΔW1(>0)だけ短い場合には、仮想的に、右前輪2RのみがΔW1だけ後方にずれた仮想位置にあるとした上で、右前輪2Rのセットバック角を出力する。このとき、テスターは、出力値を負の値で出力する。例えば、右前輪2Rの仮想位置が
図1の破線Aに示す位置である場合、−αを出力する。また、右前輪2Rと右後輪3Rの間の前後方向に関する離隔距離がWよりΔW2(>0)だけ長い場合には、仮想的に、右前輪2RのみがΔW2だけ前方にずれた仮想位置にあるとした上で、右前輪2Rのセットバック角を出力する。このとき、テスターは、出力値を正の値で出力する。例えば、右前輪2Rの仮想位置が
図1の破線Bに示す位置である場合、+βを出力する。
【0020】
このように、本実施形態のテスターが出力するセットバック角の大きさは、前輪2L及び2R並びに後輪3L及び3Rのいずれかのずれの大きさを示す。また、セットバック角の正負は、左前輪2L及び左後輪3L間の距離と右前輪2R及び右後輪3R間の距離とのいずれが大きいかを示す。一方、本実施形態のテスターが出力するセットバックの測定値のみでは、前輪2L及び2R並びに後輪3L及び3Rのいずれにずれが発生しているのかまでは特定できない。例えば、セットバックが正であることのみからは、左前輪2L及び左後輪3L間の距離が右前輪2R及び右後輪3R間の距離より短いことが把握される。この状態は、左前輪2Lのみが後方にずれている状態、左後輪3Lのみが前方にずれている状態、右前輪2Rのみが前方にずれている状態、及び、右後輪3Rのみが後方にずれている状態のいずれでも成立する。また、セットバックが負であることのみからは、左前輪2L及び左後輪3L間の距離が右前輪2R及び右後輪3R間の距離より長いことが把握される。この状態は、左前輪2Lのみが前方にずれている状態、左後輪3Lのみが後方にずれている状態、右前輪2Rのみが後方にずれている状態、及び、右後輪3Rのみが前方にずれている状態のいずれでも成立する。
【0021】
本テスターによって測定される個別トーTf1及びTf2は、
図1に示すように、前輪2L及び2Rの前端と幾何学的中心線との間の距離である。また、個別トーTr1及びTr2は、後輪3L及び3Rの前端と幾何学的中心線との間の距離である。キャスター角γは、車輪を横方向(左右方向)から見た場合に、キングピンの中心軸と鉛直軸の間の角に相当する。キングピンは、実際には設けられていないことが多い。例えば、ストラット式の懸架装置が採用されている場合には、
図2に示すように、ストラットの中心軸と鉛直軸の間の角がキャスター角γに相当する。また、ダブルウィッシュボーン式等の懸架装置が採用されている場合には、ハンドルを切ることで車輪を回転させる際の回転中心軸と鉛直軸の間の角がキャスター角γに相当する。
【0022】
本検査方法では、まず、
図3のS1に示すように、自動車1をテスターに設置する。次に、テスターにより、後輪3L及び3Rの個別トーTr1及びTr2を測定する(S2)。そして、S2で測定された個別トーの左右差の大きさが0.5mm以上か否か、つまり、|Tr1−Tr2|≧0.5mmを満たすか否かを判定する(S3)。すなわち、後輪3L及び3Rの個別トーに左右差があるか否かを判定する。なお、個別トーに左右差があるか否かを0.5mm以外の数値に基づいて判定してもよい。後輪3L及び3Rの個別トーに左右差があると判定した場合(S3、Yes)、|Tr1−Tr2|<0.5mmを満たすように後輪3L及び3Rのトーを調整する(S4)。つまり、個別トーの左右差がなくなるように後輪3L及び3Rのトーを調整する。このとき、|Tr1−Tr2|ができる限りゼロになるようにトーを調整することが好ましい。トーの調整は、例えば、後輪3L及び3Rのトーを変更することとテスターで個別トーを測定することを個別トーの左右差がなくなるまで繰り返すことでなされる。一方、S3において後輪3L及び3Rの個別トーに左右差がないと判定した場合(S3、No)、S4を実行せず、S5に移る。なお、|Tr1−Tr2|≧0.5mmを満たさないと判定した場合であっても、|Tr1−Tr2|ができる限りゼロになるようにトーを調整してもよい。
【0023】
次に、テスターにより、前輪2L及び2Rの個別トーTf1及びTf2を測定する(S5)。そして、S5で測定された個別トーの左右差の大きさが0.5mm以上か否か、つまり、|Tf1−Tf2|≧0.5mmを満たすか否かを判定する(S6)。すなわち、前輪2L及び2Rの個別トーに左右差があるか否かを判定する。なお、個別トーに左右差があるか否かを0.5mm以外の数値に基づいて判定してもよい。前輪2L及び2Rの個別トーに左右差があると判定した場合(S6、Yes)、|Tf1−Tf2|<0.5mmを満たすように前輪2L及び2Rのトーを調整する(S7)。つまり、個別トーの左右差がなくなるように前輪2L及び2Rのトーを調整する。このとき、|Tf1−Tf2|ができる限りゼロになるようにトーを調整することが好ましい。前輪のトーを調整する方法は、後輪のトーを調整する方法と同様である。一方、S6において前輪2L及び2Rの個別トーに左右差がないと判定した場合(S6、No)、S7を実行せず、S8に移る。なお、|Tf1−Tf2|≧0.5mmを満たさないと判定した場合であっても、|Tf1−Tf2|ができる限りゼロになるようにトーを調整してもよい。
【0024】
次に、テスターにより、前輪2Lのキャスター角γ1及び前輪2Rのキャスター角γ2を測定する(S8)と共に、セットバック角を測定する(S9)。そして、S8及びS9の測定結果に基づき、セットバックが生じている場合にはその原因を判定する(S10)。
【0025】
S10の判定方法について詳細に説明する。まず、S9で測定されたセットバック角の大きさが10′(所定の大きさ)以上であるか否かに基づいて、セットバックが生じているか否かを判定する。なお、セットバックが生じているか否かの判定には、10′以外の別の値が用いられてもよい。セットバックが生じていると判定した場合には、キャスター角の左右差の大きさが30′以下であるか否か、つまり、|γ1−γ2|≦30′が成立するか否かに基づいて、セットバックが生じている原因が前側懸架装置10にあるのか後側懸架装置20にあるのかを判定する。|γ1−γ2|>30′が成立する場合には前側懸架装置10に原因がある蓋然性が高いと判定し、|γ1−γ2|≦30′が成立する場合には後側懸架装置20に原因がある蓋然性が高いと判定する。かかる条件を採用した理由は以下のとおりである。本発明者が過去に実施した多数の自動車整備の経験によると、(i)|γ1−γ2|が30′を超える車両は、30′を2〜3′超えるに過ぎない場合でも前側懸架装置10に問題がある。(ii)|γ1−γ2|が30′以下である場合には前側懸架装置10に問題がない。(iii)前側懸架装置10に問題がない車両でも|γ1−γ2|が30′に近接することがある。以上より、セットバックが生じている原因が前側懸架装置10にあるのか後側懸架装置20にあるのかを判定する条件として、|γ1−γ2|が30′を超えるか否かが採用されている。
【0026】
前側懸架装置10に問題がある場合、セットバックの原因として、前側懸架装置10を構成するテンションロッドやスタビライザー等の右側部位や左側部位に伸びや損傷が生じていることが考えられる。前側懸架装置10に問題がある場合には、左前輪2L及び右前輪2Rのいずれのキャスター角が正常値から大小いずれにずれているかに基づいてセットバックの原因を取得する。具体的には、下記表1に基づいてセットバックの原因を取得する。
【0028】
表1の2列目はセットバック角の測定値の正負を示している。表1の3列目は、左前輪2L及び右前輪2Rのいずれのキャスターに異常があるかを示している。
【0029】
キャスターに異常があるか否かは、以下のように判定される。キャスター角は、製造時点において、自動車1のメーカーが公表している初期設定値になっているはずである。したがって、キャスターの異常判定の時点が自動車1の製造時点に近いほど、正常なキャスター角は初期設定値と近い値になる。一方、自動車1の製造時点からの経過年数が大きいと、前側懸架装置10等に問題がなかったとしても、キャスター角が初期設定値とは異なる値に変化していることが想定される。例えば、自動車1の使用期間が長くなると、サスペンションの経年劣化等によって車体が低くなってくるのに伴い、キャスターが大きくなることがある。このため、キャスターの異常判定の時点が自動車1の製造時点からどの程度、経過しているかに応じ、キャスター角の正常値も初期設定値から大きいものとして捉える必要がある。したがって、このような経年劣化等に応じたキャスター角の変化を考慮した上で、前輪2L及び2Rのいずれのキャスター角が正常な値に相当するかを判定する。キャスター角が正常な前輪とは異なる前輪が、キャスター角に異常がある前輪である。
【0030】
本発明者が過去に実施した多数の自動車整備の経験によると、経年劣化等による通常のキャスター角の変化では、キャスター角の左右差にして30′もの違いを生むほどキャスターが大きく変化することはない。したがって、|γ1−γ2|が30′を超える場合には、左前輪2L及び右前輪2Rのいずれかのキャスターが、経年劣化等による通常のキャスター角の変化を大きく上回る値を示すことになる。よって、仮に、経年劣化等による正常値の予測精度がそれほど高くなかったとしても、左前輪2L及び右前輪2Rのいずれのキャスターに異常があるかは、おのずと明らかになりやすい。このことは、30′という基準値が経年劣化等による通常のキャスターの変化より大きいことによる。
【0031】
表1の4列目は、異常がある方のキャスターが正常値より大きいか小さいかを示している。表1の4列目は、前側懸架装置10の部品における左右いずれの部位にセットバックの原因があるかを示している。表1の5列目は、当該原因による前輪のずれ方向を示している。
【0032】
表1に基づく判定は以下のとおりである。セットバック角の測定値が負である場合、表1に示すように、右前輪2Rのキャスター角が正常値より小さい場合と、左前輪2Lのキャスター角が正常値より大きい場合とのいずれかが考えられる。前者が成立する場合、セットバックの原因としてテンションロッドやスタビライザー等の右側部位の伸びや損傷等により、右前輪2Rが後方にずれた蓋然性が高い。後者が成立する場合、セットバックの原因としてテンションロッド等の左側部位の曲りや損傷等により、左前輪2Lが前方にずれた蓋然性が高い。セットバック角の測定値が正である場合、表1に示すように、左前輪2Lのキャスター角が正常値より小さい場合と、右前輪2Rのキャスター角が正常値より大きい場合とが考えられる。前者が成立する場合、セットバックの原因としてテンションロッド等の左側部位の伸びや損傷等により、左前輪2Lが後方にずれた蓋然性が高い。後者が成立する場合、セットバックの原因としてテンションロッド等の右側部位の曲りや損傷等により、右前輪2Rが前方にずれた蓋然性が高い。以上は、前側懸架装置10に問題がある場合の判定方法である。
【0033】
一方、後側懸架装置20に問題がある場合、セットバックの原因として、後側懸架装置20を構成するトルクロッドやロアアーム、サスペンションメンバー等の左側部位又は右側部位に伸びや損傷が生じていることが考えられる。後側懸架装置20に問題がある場合には、セットバック角の測定値の正負に基づいてセットバックの原因を取得する。セットバック角の測定値が負である場合は、その原因として、トルクロッド等の左側部位の伸びや損傷により左後輪3Lが後方にずれたか、トルクロッド等の右側部位の曲りや損傷により右後輪3Rが前方にずれたかのいずれかである蓋然性が高い。セットバック角の測定値が正である場合は、その原因として、トルクロッド等の右側部位の伸びや損傷により右後輪3Rが後方にずれたか、トルクロッド等の左側部位の曲りや損傷により左後輪3Lが前方にずれたかのいずれかである蓋然性が高い。
【0034】
以上説明した本実施形態によると、前輪2L及び2Rの個別トーTf1及びTf2の左右差や、後輪3L及び3Rの個別トーTr1及びTr2の左右差がある場合には、これらの左右差がなくなるように調整する。一方で、セットバック及びキャスター角に関しては、何らの調整を加えることなく現状のままを測定する。そして、セットバックが生じている(セットバック角が所定の大きさ(10′)以上である)場合に、さらに前輪2L及び2Rのキャスター角に左右差が生じている(|γ1−γ2|≧30′が成立する)か否かに基づいて、セットバックが生じていることの原因が前側懸架装置10及び後側懸架装置20のいずれにあるのかを評価する。また、前輪2L及び2Rのいずれのキャスター角に異常があるかに基づいて、前側懸架装置10に含まれる部品の左側部位及び右側部位のいずれに問題があるかを取得する。
【0035】
このように、前輪2L及び2Rのトー並びに後輪3L及び3Rのトーについては左右差が発生していない状態を前提とするが、セットバック及びキャスターについてはいたずらに調整せず、現状そのままを測定することにより、セットバックが生じている原因を適切に把握することができる。
【0036】
以下、上述の実施形態の変形例について説明する。上述の実施形態では、キャスターの大きさを取得するためにキャスター角を測定している。しかし、それ以外の方法でキャスターの大きさを取得してもよい。例えば、キャスタートレールと車軸中心位置の高さを測定することにより、キャスターの大きさを取得してもよい。(キャスタートレール)/(車軸中心位置の高さ)を正接とする三角形の角度からキャスター角を取得できる。なお、(キャスタートレール)/(車軸中心位置の高さ)を直接用いて前輪2L及び2Rのキャスターに左右差が生じていること等を判定してもよい。この場合、判定に用いる基準値(上述の実施形態における30′等)は(キャスタートレール)/(車軸中心位置の高さ)に応じた値に代わる。
【0037】
また、上述の実施形態において、個別トーは各車輪と幾何学的中心線との距離である。しかし、個別トーが各車輪の角度で表されてもよい。この場合、個別トーに基づく判定に用いられる基準値(上述の実施形態における0.5mm)は、車輪の角度に応じた値に代わる。
【0038】
また、上述の実施形態では、前輪2L及び2Rのキャスターに左右差が生じている場合に、さらにいずれのキャスターに異常があるかに基づいて前側懸架装置10の部品の左右いずれの部位に問題があるかを評価している。しかし、前輪2L及び2Rのキャスターに左右差が生じているか否かに基づいて前側懸架装置10及び後側懸架装置20のいずれに問題があるかを評価することが単独で実施されてもよい。また、左右いずれのキャスターに異常があるかに基づいて前側懸架装置10の部品の左右いずれの部位に問題があるかを評価することが単独で実施されてもよい。なお、キャスター角と正常値との比較により、前輪2L及び2Rのいずれかのキャスターに異常があると判定した場合に、前側懸架装置10に問題があると評価してもよい。また、キャスター角と正常値との比較により、前輪2L及び2Rのいずれのキャスターにも異常がないと判定した場合に、後側懸架装置20に問題があると評価してもよい。
【符号の説明】
【0039】
1 自動車
2L 前輪(左前輪)
2R 前輪(右前輪)
3L 左後輪
3L 後輪(左後輪)
3R 後輪(右後輪)
10 前側懸架装置
20 後側懸架装置
C 幾何学的中心線
【手続補正書】
【提出日】2015年12月2日
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
前輪及び後輪の少なくともいずれかの個別トーに左右差がある場合にはその左右差がなくなるようにトーを調整した後に、前輪及び後輪の個別トーの左右差がいずれも発生していない状態においてセットバック並びに左前輪及び右前輪のキャスターを測定すると共に、セットバックが所定の大きさ以上である場合であって、前輪のキャスターに左右差が生じている場合に、左前輪及び右前輪のいずれのキャスターに異常があるかに基づいて、セットバックが生じていることの原因が前側の懸架装置における左右いずれの部位にあるかを評価することを特徴とするホイールアライメントの検査方法。
【請求項2】
前輪のキャスターに左右差がない場合に、前記原因が後側の懸架装置にあると評価することを特徴とする請求項1に記載のホイールアライメントの検査方法。
【手続補正2】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0007
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0007】
本発明のホイールアライメントの検査方法は、
前輪及び後輪の少なくともいずれかの個別トーに左右差がある場合にはその左右差がなくなるようにトーを調整した後に、前輪及び後輪の個別トーの左右差がいずれも発生していない状態においてセットバック並びに左前輪及び右前輪のキャスターを測定すると共に、セットバックが所定の大きさ以上である場合
であって、前輪のキャスターに左右差が生じている
場合に、左前輪及び右前輪のいずれのキャスターに異常があるかに基づいて、セットバックが生じていることの原因が前側の懸架装置における左右いずれの部位にあるかを評価する。
【手続補正3】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0009
【補正方法】削除
【補正の内容】
【手続補正4】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0010
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0010】
また、本発明においては、左前輪及び右前輪のいずれのキャスターに異常があるかに基づいて、前記原因が前側の懸架装置における左右いずれの部位にあるかを評価する
ので、前側の懸架装置に含まれている部品の右側部位及び左側部位のいずれに問題があるかを適切に評価できる。
また、個別トーに左右差が生じている場合にはこれを修正してからキャスターを測定する。したがって、セットバックの原因を評価するために適切な測定値を取得できる。
【手続補正5】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0012
【補正方法】削除
【補正の内容】