【実施例1】
【0036】
垂直磁化膜構造として、MgO基板/Cr(40nm)/CFA(t
CFA)/Mg(0.2nm)/Mg−Al(t
MgAl)−プラズマ酸化/Ru(2nm)の構造を持つ多層膜をスパッタ成膜とプラズマ酸化により形成した例を示す。ここでt
CFAはCFA層膜厚、t
MgAlはMgAl膜厚を示す。もととなるCFA組成としてCo
0.5Fe
0.25Al
0.25、もととなるMg−Al組成としてMg
0.19Al
0.81を用いた。多層膜は特性改善のため、T
ex=200〜350℃の温度範囲で真空中アニール処理をおこなった。プラズマ酸化の条件として、酸素5PaとAr1Paを混合したガスを用い、2インチ径ターゲットにRF電力7Wを印加してターゲットと基板間に酸素プラズマを形成させた。プラズマ酸化時間は15sに固定した。
【0037】
図3(A)にt
CFA=1nm、t
MgAl=0.65nmとし、プラズマ酸化を用いて作製した垂直磁化膜構造の磁化曲線を示す。アニール温度T
exは200℃である。磁化曲線は外部磁場を膜面内方向(In−plane)および膜面直方向(Out−of−plane)に印加して測定している。また、磁化の大きさ(M)を飽和磁化の値(M
s)で規格化してある。膜面直方向に外部磁場を印加したときに、容易に磁化が反転し小さい磁界で磁化が飽和する様子が見られる。一方で、磁場が膜面内である場合は磁化させることが困難であり、この方向が磁化困難軸となっている。したがって、この多層膜構造は、膜面直方向に磁化容易軸方向を持つ垂直磁化膜であることを示している。垂直磁気異方性の大きさを示す垂直磁気異方性エネルギー密度(K
u)は膜面直方向と膜面内方向の2つの曲線が囲む面積とM
sの積に対応する。例えば、
図3(A)の試料におけるK
uの値は2.8×10
6erg/cm
3であった。
【0038】
図3(B)には
図3(A)の試料のT
exを変化させた場合の、膜面内方向に磁場印加した場合の磁化曲線を示した。T
ex=200−325℃ではいずれも垂直磁化膜であるため、面内方向が磁化困難軸である。一方、T
ex=400℃では面内方向が磁化容易軸となり、面内磁化膜となることがわかる。磁化困難軸方向において、磁化が飽和する磁場(H
k)の大きさはほぼK
uに比例するため、最もH
kが大きくなるT
ex=275℃においてK
uが最大となる。このときのK
uは4.2×10
6erg/cm
3であった。この値は、Mg−Al−Oの代わりにMgOを用いた垂直磁化膜構造であるCr/CFA(1nm)/MgO構造における報告値0.8×10
6erg/cm
3(非特許文献3)およびRu/CFA(1nm)/MgO構造における報告値3.1×10
6erg/cm
3(非特許文献5)と比較しても有意に大きい。
【0039】
図4はt
MgAl=0.65nmとし、プラズマ酸化を用いて作製した垂直磁化膜構造の単位面積あたりの飽和磁化の大きさ(M/A)をCFA膜厚t
CFA(0.6−1.8nm)に対して示している。T
ex=200℃および275℃の結果を示している。線形フィッティング直線がほぼ原点を通ることから、このCFA膜厚領域ではCr下地/CFA界面およびCFA/Mg−Al−O層界面には構造の乱れによる磁化が低下した磁気的不感層(Magnetic dead layer)がほとんど存在していないことを示している。フィッティング直線の傾きからM
sが得られ、T
ex=200℃および275℃ではそれぞれ1030emu/cm
3および1118emu/cm
3と求められた。この値はCFAのバルクにおけるMs〜1000emu/cm
3よりも有意に大きく、AlがCFA層から一部抜け出していることを間接的に示している。なおt
CFAはAlが拡散後においても実効的な膜厚が変化しないと仮定している。実際に透過電子顕微鏡を用いた解析からは設計t
CFAと実際の垂直磁化層の膜厚はほとんど差がないことがわかっている。
【0040】
次に垂直磁気異方性の起源がMg−Al−O界面にあることを確認するために磁気異方性とt
CFAとの依存性を測定した。
図5(A)はt
MgAl=0.65nm、T
ex=200℃とし、プラズマ酸化を用いて作製した試料のK
uとt
CFAの積をt
CFAに対してプロットしたグラフを示す。K
uとt
CFAの積が正の領域では垂直磁化膜であり、負の領域では面内磁化膜であることを表している。実線は以下の式を用いたフィッティング(CGS単位系を採用した場合)によって得られた直線である。
【数1】
【0041】
ここで、M
sは飽和磁化(単位:emu/cm
3)、K
Bは結晶磁気異方性エネルギー密度(単位:erg/cm
3)、K
sはCFA/Mg−Al−O界面の界面異方性エネルギー密度(単位:erg/cm
2)を示す。フィッティングからK
Bの値は負であることがわかり、CFA膜自体は面内磁化となろうとするように振る舞う。一方、K
sはフィッティングの直線の切片に対応することから、正の値であることがわかり、
図5(A)の例では垂直磁化が誘起されている。したがって、t
CFAが小さい場合に垂直磁化膜が得られる理由は、面内に磁化しようと働く結晶磁気異方性(K
B<0)と形状異方性(−2πM
s2<0)の和よりも、CFA/Mg−Al−O界面に誘起された垂直磁気異方性(K
s>0)の寄与が大きくなることによって垂直磁化を保つことが可能になるためである。この特徴はCFA/MgO界面に誘起される垂直磁気異方性と同一のメカニズムに起因するものと示唆される。
【0042】
図5(B)はフィッティングによって得られたK
s、K
B、形状異方性(−2πM
s2)および傾き(Slope=K
v−2πM
s2)のアニール温度T
ex依存性を示している。K
sはT
ex=275℃で最大となっており、この温度で最大のK
uが得られる。また、K
Bの値は負であるもののその絶対値はいずれのT
exにおいても5Merg/cm
3程度である。この挙動は、K
BのT
ex依存性が大きく、最大で9Merg/cm
3にも達するCFA/MgO構造(非特許文献5)とは異なっている。これはK
BがCFAよりもMgOの結晶格子が大きく、CFA層が、面内方向にひずむことに起因して面内磁化膜になろうとするように働くためである。一方、格子整合性が良好なCFA/Mg−Al−O界面ではこの効果は抑制されるため、より垂直磁化膜になりやすくなるためMgOを用いる場合よりも大きなK
uが得られる。
【0043】
次に、Mg−Al層の酸化強度による垂直磁気異方性への影響を確認するため、酸化プロセスを固定したままt
MgAlを変化させた。t
MgAlが大きくなると酸化不足条件となり、一方t
MgAlが小さい場合は酸化過多条件となる。
図6(A)は、t
CFA=1nm、T
ex=275℃とし、プラズマ酸化を用いて作製した試料について、外部磁場を膜面内方向へ印加して測定した磁化曲線のt
MgAl依存性を示している。t
MgAl=0.4nmでは垂直磁化であるもののH
kが小さい。t
MgAlが0.65nmでH
kが最大となり、さらにt
MgAlを増やして0.8nmに達すると面内磁化膜となることがわかる。したがって、酸化強度と垂直磁気異方性に強い相関が認められる。
図6(B)はK
uのt
MgAl依存性を示している。K
uが正となるt
MgAl<0.8nmでは垂直磁化膜であるが大きなt
MgAl依存性がある。H
kが最大となったt
MgAl=0.65nmでK
uは最大4.2×10
6erg/cm
3を示すことからこの条件が垂直磁化膜を得る最適なMg−Al酸化条件である。本発明形態の垂直磁化膜は、酸化強度の調整が可能であることから、垂直磁気異方性を最大化することが容易であることがわかる。
【0044】
また、これらの垂直磁化特性から、Mg−Al−O層をトンネルバリアとし、上部強磁性体を一般的な方法で作製することで、(001)方位に結晶化した垂直磁化型MTJ素子が形成することは、当業者にとって自明である。
【0045】
(D)微細構造
次に
図7ないし
図10を参照して、本形態の垂直磁化膜構造の結晶構造について説明する。
図7(A)はt
CFA=1nm、MgAl膜厚t
MgAl=0.65nm、T
ex=275℃とし、プラズマ酸化を用いて作製した垂直磁化膜構造素子断面の高角散乱環状暗視野走査電子透過顕微鏡像(HAADF−STEM像)を示したものである。
図7(B)は縦方向の結晶格子を強調するために
図7(A)の像について高速フーリエ変換(FFT)を用いて得たフィルター像を示す。Cr下地、CFA層、Mg−Al−O(図ではMAOと表記)層ははっきりと層状構造を持ち、さらに、(001)面方位に成長していることがわかる。また、
図7(B)から観察領域には面内方向に全く格子不整合が存在せず、完全に格子整合構造が得られていることがわかる。特にCFA/Mg−Al−O界面は非常に平坦であることがわかる。
【0046】
さらに、電子線回折像の解析からMg−Al−O層の結晶構造は特許文献1〜3に記述されたスピネル構造(MgAl
2O
4型)を有する領域と、スピネル構造の陽イオンサイトが不規則化した構造(陽イオン不規則化スピネル構造)を有する両方の場合が認められた。いずれの構造においても垂直磁気異方性が得られる。したがって、平坦膜であり、(001)面方位に成長していれば、Mg−Al−O層はスピネル構造もしくは陽イオン不規則化スピネル構造のいずれかを有すればよい。
【0047】
比較例として、
図8(A)にMg−Al−Oの代わりにMgOを用いて作製した垂直磁化膜素子断面のHAADF−STEM像を示した。また、
図8(B)は
図8(A)のFFTフィルター像を示した。
図8(A)から、この垂直磁化膜もCr下地、CFA層、MgO各層が層状構造として得られていること、(001)面方位に成長していることがわかる。しかし、
図8(B)からは面内格子不整合に起因するミスフィット転位(⊥記号)がみられていることから、格子整合という点からMg−Al−O層を用いたものと比べて劣っていることがわかる。
【0048】
図9には、
図7で示したCr/CFA/Mg−Al−O構造の垂直磁化膜構造についてエネルギー分散形X線分光(EDS)を用いて得られた元素分布を示している。
図9(A)は観察範囲を示した像である。
図9(B)−(F)にはそれぞれ(B)Cr、(C)Co、(D)Fe、(E)Al、(F)Mg、(G)O、(H)Ruの分布を示した像である。この図では明るい部分がより各元素の濃度が高いことを示している。
図9(C)、(D)、(E)の比較からCoとFeはほぼ同一の場所に存在している一方で、AlがこのCo、Feの領域にはほとんど存在していないことを示している。したがってAlがCFA層からMg−Al−O層へ大部分が抜け出していることを示唆している。
図9(E)、(F)、(G)からAl、Mg、O元素がほぼ同一の場所に存在することから、均質なMg−Al−O層を形成していることもわかる。
【0049】
この原子拡散状態をより詳細に確認するために、
図10(A)にEDSによる元素分布の深さ方向プロファイルを示した。この図では、Co原子の重心位置を2nmと固定している。元素ごとに示してある縦破線は各元素の重心位置を示す。また
図10(B)は対応する位置の高分解能HAADF−STEM像である。これらの図から、CFA層中のAl濃度はかなり低くなっており、Al原子の大部分はMg−Al−O層へ拡散移動していることが示唆される。したがって、実質的にCFA層は主としてCoとFeからなる層へと変化していることを示している。この変化は界面における固相拡散反応を制御性高く引き起こすことが可能であることを示しており、Mg−Al層への酸化プロセスが大きな影響を与えている。その一方で、
図10(B)の像からわかるとおり各層の結晶品位は非常に高く、界面における格子不整合も存在しないことから、垂直磁化膜として高いK
uおよびK
sが実現される。また、これらの分析結果は、CFA層のM
sが有意にバルクにおける値よりも大きいという事実と矛盾しない。
【0050】
したがって、本発明の垂直磁化膜製造方法である、Mg−Al層の酸化処理はCFAの構成元素であるAlを有効的にMg−Al−O層に移動させることで、界面の結晶性を損なわずに強い界面誘起磁気異方性を付与することができる手法といえる。この手法は、Alを含む立方晶強磁性体に対して一般的に期待できる上、酸化条件を制御することによって界面固相反応を精密に調整できることを意味している。
【実施例2】
【0051】
次に、Mg−Al層の酸化にプラズマ酸化法の代わりに自然酸化法を用いた場合の実施例を示す。自然酸化法の条件として、室温において6Paの純酸素ガスを用いて10分間酸化を行った試料について示す。
【0052】
図11(A)および(B)は、t
CFA=1nm、T
ex=250℃とし自然酸化法を用いて作製した素子について、それぞれ膜面内磁場、膜面直磁場を用いて測定した磁化曲線を示した。ここではt
MgAlを変化させている。これらの図から、自然酸化法で形成したMg−Al−O層を用いてもプラズマ酸化による方法と同様に垂直磁化膜が得られることを示している。プラズマ酸化よりも自然酸化では酸化力が低いため、垂直磁化となるt
MgAl膜厚領域がより小さいことがわかる。また、垂直磁気異方性はプラズマ酸化の場合と同様にT
ex=275℃で最大となった。
【0053】
図12にt
CFA=1nm、T
ex=275℃のK
uのt
MgAl依存性を示した。プラズマ酸化で作製した試料(
図6(B))と同様に、あるt
MgAlで最大値をとり、膜厚が増加し酸化不足条件において面内磁化に転ずることがわかる。また、t
MgAl=0.4nmにおいて、K
u=4.4×10
6erg/cm
3と最大となった。したがって、自然酸化法においても強い垂直磁化膜を作製することが可能であり、より薄いMg−Al−O層を有する低抵抗なMTJ素子用の垂直磁化膜構造に適している。
[比較例1]
【0054】
次に、本特許の実施形態であるMg−Al層の酸化処理の必要性を示すために、比較例としてMg−Al層の酸化を全く行わないで作製したMgO基板/Cr(40nm)/CFA(1nm)/Mg−Al(0.65nm)/Ru保護膜(2nm)の構造を持つ多層膜の磁化特性を
図13に示す。この図から明確に面内磁化膜であり、Mg−Al層の酸化を行わない場合、全く垂直磁化膜は得られないことがわかる。また、この膜のM
sは約800emu/cm
3と小さく、酸化によるMg−Al(−O)層へのAl原子拡散の促進が重要であることを示している。
【0055】
なお、本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、当業者にとって自明範囲で種々の変形実施例が含まれることは、言うまでもない。