特開2017-52725(P2017-52725A)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特開2017-52725歯科領域における開放創用遮断膜及びその形成方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2017-52725(P2017-52725A)
(43)【公開日】2017年3月16日
(54)【発明の名称】歯科領域における開放創用遮断膜及びその形成方法
(51)【国際特許分類】
   A61K 6/087 20060101AFI20170224BHJP
   A61C 8/00 20060101ALI20170224BHJP
【FI】
   A61K6/087
   A61C8/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2015-178477(P2015-178477)
(22)【出願日】2015年9月10日
(71)【出願人】
【識別番号】315014040
【氏名又は名称】田畑 雅士
(71)【出願人】
【識別番号】301000402
【氏名又は名称】株式会社白鵬
(74)【代理人】
【識別番号】100072039
【弁理士】
【氏名又は名称】井澤 洵
(74)【代理人】
【識別番号】100123722
【弁理士】
【氏名又は名称】井澤 幹
(74)【代理人】
【識別番号】100157738
【弁理士】
【氏名又は名称】茂木 康彦
(72)【発明者】
【氏名】田畑 雅士
【テーマコード(参考)】
4C089
4C159
【Fターム(参考)】
4C089AA06
4C089BA16
4C089BD07
4C089BE07
4C089CA04
4C159AA28
4C159AA29
4C159AA34
4C159AA62
(57)【要約】
【課題】歯科領域においてGBR法などを実施する場合に創を一時閉鎖する必要がなく、生体親和性が高く炎症反応の少ない、侵襲の小さい、術式が簡便な開放創用遮断膜及びその形成方法を提供する。
【解決手段】歯科領域における開放創にて使用される遮断膜であって、乳酸〜グリコール酸共重合体から成る、実質的に膜状の基材と、交互浸漬法によって上記基材の表面に積層したヒドロキシアパタイトを有し、それによって生体親和性を高めたことを特徴とする。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
歯科領域における開放創にて使用される遮断膜であって、
乳酸〜グリコール酸共重合体から成る、実質的に膜状の基材と、
交互浸漬法によって上記基材の表面に積層したヒドロキシアパタイトを有し、
それによって生体親和性を高めたことを特徴とする
歯科領域における開放創用遮断膜。
【請求項2】
遮断膜は実質的に膜状の基材の厚さが約1mm、積層したヒドロキシアパタイト量が、乾燥状態の基材1mg当たり5〜7mgの範囲にある
請求項1記載の歯科領域における開放創用遮断膜。
【請求項3】
歯科領域における開放創にて使用される遮断膜の形成方法であって、
乳酸〜グリコール酸共重合体から成る、実質的に膜状の基材を用い、
ポリアニオンとポリカチオンの溶液に上記基材を交互に浸漬する工程を繰り返して、
生体親和性が高められる厚さのヒドロキシアパタイトの層を基材表面に積層した
歯科領域における開放創用遮断膜の形成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯科領域における開放創にて使用可能な遮断膜及びその形成方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
GBR(Guided Bone Regeneration)と呼ばれる骨再生誘導法があり、歯科では、例えば、インプラント植立のために行なわれる。周知のように、インプラントの植立にはそれを支える顎骨の存在が前提になり、十分でない場合はインプラントの周囲に骨を再生することが必要なためである。
【0003】
GBR法では、抜歯後、インプラント埋入時又は埋入の前に抜歯窩中に骨等を充填し、メンブレンとも通称されている遮断膜を用いて歯肉の創を閉じるプロセスが実行される。上記メンブレンは組織の再生を促す膜状のものであり、非吸収性であるため事後取り外す必要がある。
【0004】
従来の上記遮断膜は感染症防止のために創を一時閉鎖する必要から適用されるもので、術後の疼痛、腫脹等に悩まされる事態も少なからず発生し、患者にとって侵襲が小さいとはいえないのが実情であった。また、医療向けメンブレンとしてシトプラスト(Cytoplast、商標:高密度フッ素樹脂を使用した非吸収性フッ素樹脂(PTFE))が知られており、一時閉鎖が必要でない膜として市販されている。しかし、歯科に適用した場合炎症反応が強く、瘢痕化が現れ、歯肉は腫脹した状態で経過する。このため、審美性を問題としないのであればともかく、多くの場合には使用がためらわれるであろう。
【0005】
また、吸収性膜として、従来は、コラーゲン膜が一般的に使用されて来た。ところが、コラーゲン膜は2週間程度で完全に吸収されてしまい、補填材として使用した移植骨β‐TCP(β‐リン酸三カルシウム)が顆粒のまま露出する結果になった。露出した補填材は流出してしまい、水平的なボリュームを保つことができず、歯槽骨は吸収されて患部は凹陥した。このため、審美性の問題を解決することができなかった。
【0006】
そこで、事後取り外す必要がないだけではなく、審美性についても問題のない生体吸収性の遮断膜が望まれるようになってきた。先行技術として特許第4164119号(特開2009−261582号)があり、その発明はヒドロキシアパタイトを含有する有機−無機ハイブリッドディスクの製造方法に関するもので、アガロース又は寒天を含む生体適合性の有機ポリマーがポリマー基体として使用される。
【0007】
上記アガロースは柔軟なゲル状の形態を取り得るので、前記抜歯窩にも容易に充填することができる。しかしアガロースゲルは可塑性のゲルであるため充填には適しているが、膜を形成してスペースを保持する機能はなく、従って、遮断膜としては適さない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2009−261582号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は前記の点に鑑みなされたもので、その課題は、歯科領域においてGBR法などを実施する場合に創を一時閉鎖する必要がなく、生体親和性が高く炎症反応の少ない開放創用遮断膜及びその形成方法を提供することである。また、本発明の他の課題は、術式が簡便であり、侵襲の小さい開放創用遮断膜及びその形成方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記の課題を解決するため、本発明は、歯科領域における開放創にて使用される遮断膜として、乳酸〜グリコール酸共重合体から成る、実質的に膜状の基材と、交互浸漬法によって上記基材の表面に積層したヒドロキシアパタイトを有し、それによって生体親和性が高められるようにするという手段を講じたものである。
【0011】
本発明に係る遮断膜は、歯科領域における開放創に用いられる。対象となる施術は、前記GBR法及びGTR法(Guided Tissue Regeneration)などである。ここで、開放創に用いるとは、創を一時閉鎖する必要がないこと、従って、事後遮断膜を取り外す手術を必要としないことを意味する。
【0012】
本発明に係る遮断膜に用いる、実質的に膜状の基材とは、患部の表面を覆うことができる膜状のもので、患部を覆うに適した大きさ、形状を有するもの、すなわち、片状の形態を実質的に有しているものである。「片」には切れはしの意味もあるとおり、比較的に薄っぺらな平面状のものである膜の小片を指す(よって、以下本書において、膜片状ということもある)。具体的には、基材には網(メッシュ)状ないしはフィルム又はシート状のものが含まれる。網(メッシュ)状のものは、いわゆる編織構造を持っている。しかし、フィルムとシートは一般的には厚さが100分の1インチを境に区別されるものの、構造的にはどちらも一枚の片状である(複数の層状構造を持つものであっても一枚の膜片状である。)。
【0013】
メッシュ状の基材の場合、ヒドロキシアパタイトの付着量はその編織構造にまで及ぶので、一枚の膜片状構造の基材におけるよりもヒドロキシアパタイトの付着量を多くできる可能性がある。逆に、一枚の膜片状構造であれば基材の厚さも薄くなるので、患部の状況等に応じて選択することができる。実質的に膜状とは以上のような膜片状であるが、さらに、使用前には、例えば液状を呈し、使用時に膜状になるようなものも、本発明における膜片状の概念の中に含まれる。
【0014】
実質的に膜状の基材は乳酸〜グリコール酸共重合体から成る。乳酸〜グリコール酸共重合体は生体吸収性又は生分解性ポリマーとも呼ばれ、優れた生体適合性が具わっている。この物質はポリグリコール酸(PGA)とポリ乳酸(PLA)から成るポリエステル共重合体として知られ、ポリマーの結晶化度を制御することができ、その分解速度は一般的にグリコリドの含有率に比例するとされる。
【0015】
遮断膜は実質的に膜状の基材の厚さが約1mm、積層したヒドロキシアパタイト量が、乾燥状態の基材1mg当たり5〜7mgの範囲にあることが望ましい。また、実験によって得られた最も好ましいヒドロキシアパタイト量は、乾燥状態の基材1mg当たり6.5mgである。このような数値は、製造上或いは使用上の観点からも妥当な範囲であると判断されている。
【0016】
本発明は、また、歯科領域における開放創にて使用される遮断膜の形成方法を含む。この開放創用遮断膜形成方法は、乳酸〜グリコール酸共重合体から成る、実質的に膜状の基材を用い、ポリアニオンとポリカチオンの溶液に上記基材を交互に浸漬する工程を繰り返して、生体親和性が高められる厚さのヒドロキシアパタイトの層を基材表面に積層することを特徴とする。
【0017】
交互浸漬法によるアパタイト形成の第一段階はCaイオン又はPOイオンを基材に表面に吸着させることであり、そのイオン吸着量は水酸基の量に依存するとされている(後述の表を参照のこと)。形成されるヒドロキシアパタイトの質量は、以下の数式から算出することができる。
HA質量=(交互浸漬後の凍結乾燥したヒドロキシアパタイト吸着乾燥基材)−(凍結乾燥基材)
後述する表1の数値は上記数式によって算出したものである(なお、HA及び基材とも、質量の単位はmgである。)。
【発明の効果】
【0018】
本発明は以上のように構成され、かつ、作用するものであるから、歯科領域においてGBR法などを実施する場合に創を一時閉鎖する必要がなく、生体親和性が高く、炎症反応の少ない、従って、審美性についても問題となることが少ない開放創用遮断膜を提供することができる。また、本発明によれば、術式が簡便であり、患者にとって侵襲の小さい開放創用遮断膜及びその形成方法を提供することができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1A】本発明に係る歯科領域における開放創用遮断膜を用いて実施したGBR法の一例を、段階a、b、cを追って示す説明図である。
図1B】同じく段階d、e、fを追って示す説明図である。
図1C】同じく段階g、hを追って示す説明図である。
図2A】本発明に係る歯科領域における開放創用遮断膜を用いて実施したGBR法の一例を示すもので、抜歯即時インプラントの例を、同様に段階a、bを追って示す説明図である。
図2B】同じく段階c、dを追って示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、実施形態を参照して本発明をより詳細に説明する。
<開放創用遮断膜>
網(メッシュ)状の基材から成るもの。
乳酸〜グリコール酸共重合体より成る合成樹脂繊維を編織した基材1を用いて、次表1に示す開放創用遮断膜を形成した。
表1

後述する交互浸漬法において12サイクルでプラトーとなり基材1mg当たり6.5mgのヒドロキシアパタイトを結晶化できることが分かった。なお、1サイクル2時間で行なった。
膜片(フィルム又はシート)状の基材から成るものについても、基材の形態が異なるだけであるので、上記メッシュ状遮断膜と余り変わらないものと考えられる。
【0021】
表1から、本発明に係る開放創用遮断膜として、1番目のサンプルではHA量がやや少なめであり、3番目のサンプルではHA量は2番目の12サイクルの場合よりも余り増えることはないことが分かる。従って、2番目のサンプルが最適であるが、しかし、1、3番目のものも患部の状況によって使用可能な範囲にあるといえる。本発明に係る開放創用遮断膜は図1Aのaに例示されている。図示の開放創用遮断膜は一例に過ぎないが、それは伸縮性を発揮する編織構造を持っており、従って、歯肉の曲面に合わせて曲げられ、立体的な形態にするのが容易である。
【0022】
上記遮断膜は次の方法によって形成した。
<開放創用遮断膜の形成方法>
NaHPO(リン酸水素二ナトリウム)の溶液とCaCl/HCl(塩化カルシウム塩酸)の溶液(4℃)をそれぞれポリアニオン、ポリカチオンとして、1リットル用意した。表1及び2に示したとおり基材1及び2を交互に60分間浸漬し(60分×2:1サイクル)、乾燥することを繰り返しながら、表1及び2に示した量のヒドロキシアパタイトの層が基材表面に積層された開放創用遮断膜を得た。なお、溶液の温度は室温で可能であるけれども、より低温が望ましく4〜10℃が好適な温度条件であった。
【0023】
得られた開放創用遮断膜は白色で、また、ガーゼ様の柔軟性をもっている。上記の開放創用遮断膜は、柔軟性を有しており、何れもハサミによって容易に切断することができ、従って、加工性は良好である。この開放創用遮断膜は、保存は室温で可能であるものの、念のため冷蔵を勧めたい。また、保存期間は全てを詳細に記録確認したわけではないが、1年ほどは使用可能であった。
【0024】
このようにして形成された、本発明に係る開放創用遮断膜の使用例について、図1A図1Cを参照して、以下説明する。
図1Aのaは上記の本発明に係る開放創用遮断膜を示すものである。
この使用例は左上顎1番に対するもので、左上顎1番の抜歯後欠損部(抜歯窩)に顆粒状のβ‐TCP(β‐リン酸三カルシウム)を移植骨として充填している(図1Aのb)。抜歯窩に充填されたβ‐TCPを覆うために、本発明に係る開放創用遮断膜が用いられる(図1Aのc)。その際、開放創用遮断膜を適切な大きさ、形状に切り取った上で患部を覆い、縫合糸を用いて遮断膜を固定する(図1Bのd)。この実施例は、網(メッシュ)状の遮断膜を用いたもので、図1Bのeは術後1週間の状態を示しており、開放創を覆っている遮断膜は完全に露出していることが分かる。
【0025】
本発明によってアパタイトコートが施された開放創用遮断膜は数週間スペースを保持しており、その間に炎症反応もなく、術後に十分なボリュームの歯槽骨を再生することができた。すなわち、開放創は二カ月を経て健康な状態を回復した(図1Bのf)。さらに経過を見て、抜歯後5カ月を経てインプラントを実施した(図1Cのg)。図1Cのhはインプラント後8年を経過した状態を示しており、順調であることが分かる。
【0026】
さらに、本発明の成果を確認するため、術後も引き続いて経過を観察したが、インプラント後8年を経ても問題は認められなかった。図1hでは、さらに次のインプラントが、右上顎2番に植立されていることが分かる。ただし、これは他院で行なっているため本発明とは無関係であるが、本発明に係る遮断膜を用いる術式を行っていないため歯肉に著明な退縮が見られ、本発明に係る遮断膜の有効性を、期せずして理解できる好例となっている。そして、本発明を適用したものは、インプラント後8年を経過しても、安定していることが確認された。
【0027】
図2A、Bは本発明に係る開放創用遮断膜の使用例その2を示すもので、手術術式は抜歯即時インプラントの例であるが、基本的な手法は図1の場合と同じである。図2Aのaは上顎左4番における抜歯後の状態であり、図2Aのbは抜歯即時にインプラントを植立し、唇側に欠損ができているためその欠損に顆粒状のβ‐TCP(β‐リン酸三カルシウム)を移植骨として充填した。図2Aのcは抜歯窩に上記β‐TCPを移植骨として充填した上で、患部を本発明に係る開放創用遮断膜を用いて覆った状態を示す。本発明に係る開放創用遮断膜は、これを適切な大きさ、形状(すなわち、膜片状)に切り取って覆い、遮断膜自体は前記の使用例1と同様、歯肉に縫合糸を用いて固定される。
【0028】
なお、この使用例2でも、網(メッシュ)状の遮断膜を用いている。この後6ヵ月を経過して最終補綴を行なった。図2Bのdは術後4年目の所見であり、そこから見て取れるように、補綴後の歯肉は、水平的、垂直的に保たれていることが分かる。
【0029】
このように、本発明によれば必要十分な生体親和性を呈し、患者にとって侵襲の小さい施術が可能になる。特に、歯科領域におけるGBR法、GTR法に好適な開放創用遮断膜を得ることができ、しかも、炎症反応もなく、術後に十分なボリュームの歯槽骨が再生されることから、瘢痕が形成されることもなく、審美性についても問題の無い発明を提供することができた。
図1A
図1B
図1C
図2A
図2B