【実施例】
【0058】
以下、試験例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明は下記の試験例に何ら限定されるものではない。
【0059】
(試験A)
(試験A1)細胞構造体の製造
(試験A1a)細胞培養用組成物の調製
(A1a−1)温度応答性ポリマーの合成
容量50mLの軟質ガラス製の透明なバイアル瓶に、2−(N,N−ジメチルアミノエチル)メタクリレート7.0gを加えて、磁気撹拌器を用いて撹拌した。そして、この混合物(液体)に対してG1グレードの高純度(純度:99.99995%)の窒素ガスを10分間パージ(流速:2.0L/分)することにより、この混合物を脱酸素した。
その後、この反応物に対して、丸型ブラック蛍光灯(NEC社製、型番:FCL20BL、18W)を用いて、21時間紫外線照射することにより、上記反応物を、溶媒を用いることなく(すなわち、ニート条件下で)、重合させた。反応物は、5時間後に粘性を帯び、15時間後に固化して、重合体が、反応生成物として得られた。この反応生成物を、クロロホルムに溶解させ、その後、n−ヘキサンを用いて再沈殿させた。クロロホルム/n−ヘキサンを用いた上記再沈殿を、計6回繰り返すことにより、反応生成物を精製した。
精製した重合体をエバポレーションすることにより、その中に残留する溶媒を除去した。その後、重合体を150mLのベンゼンに溶解させ、PTFE製の0.45μmフィルター(ポール社製、型番:Ekicrodisk 25CR)で濾過し、得られた濾液を凍結乾燥させることにより、カチオン性の温度応答性(ホモ)ポリマーが得られた(収量:4.3g、転化率:61.4%)。このポリマーの数平均分子量(Mn)を、GPC(島津社製、型番:LC−10vpシリーズ)を用いて、ポリエチレングリコール(Shodex社製、TSKシリーズ)を標準物質として測定し、Mn=97,000(Mw/Mn=4.1)と決定した。
また、このポリマーの核磁気共鳴スペクトル(NMR)を、核磁気共鳴装置(Varian社製、型番:Gemini300)を用いて、重水(D
2O)中で測定した。結果は下記の通りである。
1H-NMR (in D
2O) δ 0.8-1.2 (br, 3H, -CH
2-C(CH
3)-), 1.6-2.0 (br, 2H, -CH
2-C(CH
3)-), 2.2-2.4 (br, 6H, -N(CH
3)
2), 2.5-2.7 (br, 2H, -CH
2-N(CH
3)
2), 4.0-4.2 (br, 2H, -O-CH
2-)
【0060】
(A1a−2)温度応答性ポリマーの曇点の測定
以下、DNase及びRNaseフリーの無菌水を用いた。
(A1a−1)で合成した温度応答性ポリマーの3%水溶液を調製し、この水溶液の660nmにおける吸光度を、20℃〜40℃の間で測定した。
その結果、20℃〜30℃では、水溶液は透明であり、吸光度がほぼ0であったが、31℃付近から水溶液中に白濁が見られるようになり、32℃で吸光度が急激に上昇した。これにより、上記ポリマーは、約32℃の曇点を有することを確認した。
【0061】
(A1a−3)ポリマー/トリス混合物の調製
(A1a−2))で調製した温度応答性ポリマー1%水溶液を4℃まで冷却することにより、この溶液を液体状態とした。冷却下で、この溶液に、2−アミノ−2−ヒドロキシメチル−1,3−プロパンジオール(トリス)(和光純薬製、Tris999)の顆粒を加えて、速やかに溶解させた。そして、0.2μm混合セルロース膜フィルターでろ過し、この混合物に水を加えて、ポリマー/トリス混合物の水溶液(最終濃度は、ポリマー:100μg/mL、トリス:100μg/mL)を得た。
【0062】
(A1a−4)ポリマー/トリス混合物の曇点の測定
(A1a−3)で調製したポリマー/トリス混合物の水溶液の、660nmにおける吸光度を、20℃〜40℃の間で測定した。
その結果、20℃〜28℃では、水溶液は透明であり、吸光度がほぼ0であったが、29℃付近から水溶液中に白濁が見られるようになり、30℃付近から吸光度が急激に上昇した。これにより、上記ポリマーは、約30℃の曇点を有することを確認した。
また、冷蔵庫中で冷却して透明な水溶液に戻した、(A1a−3)で調整した混合物水溶液を37℃まで昇温させると、混合物水溶液は、良好な応答性で、懸濁し、その後、水溶液全体が固化した。この固化物を室温(25℃)で維持したところ、24時間〜48時間の間、固化した状態のままであったが、その後、固化物が徐々に溶解して、均質な水溶液に変化した。これにより、室温付近における固相から液相への相転移の速度が小さくなっていることが確認された。
上記(A1a−2)における、温度応答性ポリマー単体の曇点の測定では、温度変化(昇温及び降温速度は共に1℃/分)に対して良好な応答性で、相転移が生じたことを考慮すると、応答性の遅延が顕著であった。
【0063】
(A1a−5)ポリマー/トリス/アニオン性物質混合物の調製
アニオン性物質として、ホタルルシフェラーゼレポーターベクター(DNA)(プロメガ社製、型番:E1741)を用い、このDNAを無菌水に溶解させた(最終濃度:33μg/mL)。このDNA溶液300μLに、上記ポリマー/トリス混合物の水溶液400μLを少しずつ滴下して混合した。
そして、この混合物を水1,300μLで希釈して、溶液の全量が約2,000μLとなるように調整し、ポリマー/トリス/アニオン性物質混合物、すなわち、本発明の細胞構造体の製造方法に用いる細胞培養用組成物の水溶液(最終濃度、ポリマー:20μg/mL、トリス:20μg/mL、DNA:5μg/mL)を得た。
この細胞培養用組成物のC/A比(正電荷/負電荷)は、8.0であった。
【0064】
(A1a−6)ポリマー/トリス/アニオン性物質混合物の曇点の測定
(A1a−4)で調製したポリマー/トリス/アニオン性物質混合物の水溶液の、660nmにおける吸光度を、20℃〜40℃の間で、低温側から高温側に向かって測定した。
その結果、温度応答性に関して、アニオン性物質を混合しない場合、すなわち、(A1a−4)の場合とほぼ同様の挙動を示した。
【0065】
(A1a−7)細胞培養器に対する細胞培養用組成物の被覆
(A1a−5)で調整した細胞培養用組成物の水溶液を4℃まで冷却することにより、この溶液を液体状態とし、ポリスチレン製の24ウェル細胞培養プレート(イワキ社製、マイクロプレート、型番:3815−024、1ウェル当たりの底面積:200mm
2)の各ウェルに、この溶液を200μLずつ、室温下で加えて、素早く穴の底面の全面に流延させた。そして、この細胞培養皿を、細胞培養インキュベーター(37℃、5%CO
2)中で6時間インキュベートした。
こうして、培養面であるウェルに細胞培養用組成物を被覆してなる24ウェル細胞培養プレート(細胞培養器)が得られた。
【0066】
(試験A1b)管腔状(チューブ状)細胞の培養
(試験A1b−1)プレートでの管腔状(チューブ状)細胞の培養
室温条件下において、上記試験(1)の(A1a−7)で得られた24ウェル細胞培養プレートの各ウェルに、ラット皮下脂肪由来の血管内皮細胞(初代培養細胞)を、完全培地(ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)+10%ウシ胎児血清(FCS)溶液、DMEM:ギブコ社製、型番11965、FCS:インビトロゲン社製、ロット番号852546)中に浮遊させ、細胞密度を10×10
4個/mLに調整した培養液を1mLずつ加えた(細胞密度:5.0×10
2個/mm
2)。播種初期の状態の顕微鏡写真の撮影も含めてこの操作には、5分〜10分を要した。そして、この細胞を37℃の細胞培養インキュベーター中で培養した(試験例A1)。
70時間後に、細胞はコンフルエントの状態となった。更に培養を続けたところ、一部の細胞がプレート上を移動し、細胞が互いに集まる現象が生じて、プレート表面の露出が確認されるようになった。
5日目に、上記露出する領域は、肉眼で確認できるようになり、一方、互いに集まった細胞は、二次元平面で見て網目状の構造を形成した。この網目状の構造を、更に詳細に観察したところ、細胞の集合体は、管腔状(チューブ状)の構造を形成していることが確認され(
図1)、これらの細胞が、あたかも血管を形成するかのように自発的に集合していることを示した(試験例A1)。
【0067】
(試験A1b−2)管腔状(チューブ状)細胞を用いた血管様細胞構造体の培養
プレート表面に、互いにほぼ並行な複数本の溝を設け、培養細胞の遊走及び移動に制限を加えた。具体的には、溝幅は約0.03mm、溝深さは約0.05mmとした。0.1mm〜10mmの範囲の溝と溝との間隔(以下、「溝間距離」ともいう)を有するプレートを準備した(
図2(a)、(b)及び(c)参照)。
これらのプレートに、(試験A1b−1)と同様に、ラット皮下脂肪由来の血管内皮細胞
(初代培養細胞)を播種し、細胞を培養した(試験例A35、試験例A36、試験例A37)。詳細な条件は表1に示す。
【0068】
6日目に細胞を観察した図を
図2(a)、(b)及び(c)に示す。
図2の(a)は溝間距離を約200μmとした場合、
図2の(b)は溝間距離を約400μmとした場合、
図2の(c)は溝間距離を約1,400μmとした場合の、各溝間領域に接着した細胞を蛍光顕微鏡を用いて観察した写真を示す。
細胞は、溝には接着せず溝間領域にのみ接着し、増殖することがわかった。後述の(試験C2)に記載したように、市販のポリスチレン製の細胞培養プレートは、アンモニア及び酸素を含む混合ガス中でプラズマ放電を行うことによって調製され、この処理により、アンモニア由来のアミノ基(−NH
2)及び酸素由来のカルボキシル基(−COOH)が導入されたものである。溝に細胞が接着しない現象や、細胞自体が溝(表面凹凸)を認識して溝から遠ざかるように遊走する現象は、本実施例において細胞培養皿の表面を彫って形成した溝では、表面プラズマ処理がされていない基材深部のポリスチレン部分が露出しているためである可能性がある。また、溝間距離が0.5mm以上の場合、細胞は溝間領域で管腔を形成し、該管腔は無秩序に四方に伸展した。溝間距離が0.2mm以下の場合、細胞は溝間領域で1本の管腔を形成し、該管腔は一方向に伸展した。
これらの結果から、溝を設けたプレートを用いることによって1本の血管様の細胞構造体を形成することができたと言える。これらは、より長く、より太い線状の血管を作製することができる可能性、及び分岐状の血管(例えば、Y字状構造を有する血管)を作製することができる可能性を示したものと言える。
【0069】
(試験A1c)ペレット状細胞の培養
上記試験(1)の(A1a−7)で得られた24ウェル細胞培養プレートの各ウェルに、ラット皮下脂肪由来の血管内皮細胞(初代培養細胞)を、完全培地(ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)+10%ウシ胎児血清(FCS)溶液、DMEM;ギブコ社製、型番:11965、FCS;インビトロジェン社製、ロット番号:852546)中に浮遊させ、細胞密度を15×10
2個/mm
2に調整した、培養液を1mLずつ加えた(細胞密度:30×10
4個/mL)。播種初期の状態の顕微鏡写真の撮影も含めてこの操作には、5分〜10分を要した。そして、この細胞を37℃の細胞培養インキュベーター中で培養した(試験例A2)。
70時間後に、細胞はコンフルエントの状態となった。更に培養を続けたところ、培養5日目に、培養皿の端部から全ての細胞が一度に剥離して、まるでシートが丸まりながら収縮して行くような動作で、細胞が互いに一箇所に凝集する現象が生じた。上記現象は、肉眼で十分に視認可能であった。互いに集まった細胞は、立体的なペレット状の構造を形成した(
図3)。この構造を、位相差顕微鏡で更に詳細に観察すると、これらの細胞が、あたかも何らかの組織を形成するかのように自発的に集合していることを示した(試験例A2)。
【0070】
得られたペレット状の構造体を、コーティング処理が施されていない通常の24ウェル細胞培養プレートに移して、更に培養を続けたところ、ペレット状の構造体から無数の繊維芽細胞様の細胞が、ブリードするように放射状に拡散して、培養皿の全面に広がって接着した。これにより、肉眼で視認できるほどの大きさの細胞塊では、通常、内部の細胞がネクローシスを生じ、死滅してしまうこととは対照的に、ペレット状の構造体中の細胞は、生存していることが確認された(
図4)。
【0071】
(試験A2)トリスの割合の検討
下記に示す条件以外は、試験1と同様とした。詳細な条件は表1に示す。
(試験A2a)細胞培養用組成物の調製、細胞培養器の調製
トリスの含有量のみを変えることにより、重合体に対するトリスの割合を、0、1、2、4、8とした、ポリマー/トリス混合物の水溶液を、試験A1aの(A1a−3)と同様に、調製した(それぞれ、試験例A3、試験例A4、試験例A5、試験例A6、試験例A7)。
【0072】
(試験A2b)チューブ状細胞の培養
接着性のラット皮下脂肪由来の血管内皮細胞(初代培養細胞)を用いた以外は、試験A1bと同様に、細胞培養を行った。ここで、細胞密度は、7.5×10
2個/mm
2(15×10
4個/mL)とした。
図6に、位相差顕微鏡で観察した図を示す。
5日目に、試験例A3及びA4では、細胞の集合体は、管腔状(チューブ状)の構造を形成していることが確認された(
図6)。一方、試験例A5〜A7では、形態の良くない細胞の比率が多く、また、一部はネクローシスを起こしていた(
図6)。
【0073】
(試験A3)アニオン性物質の割合の検討(C/A比の検討)
下記に示す条件以外は、試験1と同様とした。詳細な条件は表1に示す。
(試験A3a)細胞培養用組成物の調製、細胞培養器の調製
細胞培養用組成物の調製(調整工程)
アニオン性物質として、GFP発現ベクターpQBI25(DNA)を用いた。また、重合体に対するトリスの割合を0.1とした。
アニオン性物質の含有量のみを変えることにより、細胞培養用組成物中のC/A比(正電荷/負電荷)を、0.5、2、4、8、16として、ポリマー/トリス/アニオン性物質混合物を、試験A1aの(A1a−2)と同様に、調製した(それぞれ、試験例A8、試験例A9、試験例A10、試験例A11、試験例A12)。
【0074】
(試験A3b)チューブ状細胞の培養
接着性のラット皮下脂肪由来の血管内皮細胞(初代培養細胞)を用いた以外は、試験1bと同様に、細胞培養を行った。ここで、細胞密度は、7.5×10
2個/mm
2(15×10
4個/mL)とした。
図7に、位相差顕微鏡で観察した図を示す。
5日目に、試験例A11では、細胞の集合体は、管腔状(チューブ状)の構造を形成していることが確認された(
図7)。一方、試験例A8及び試験例A9では、接着した細胞が、通常の培養をした場合に観察されるような良好な接着伸展性を示し(
図7)、試験例A10では、一部の細胞がプレート上を移動し、細胞が互いに集まる現象が生じて、多くの小さな凝集体が形成され(
図7)、試験例A12では、ほとんどの細胞が死滅した(
図7)。
【0075】
(試験A4)細胞密度の検討
下記に示す条件以外は、試験A1と同様とした。詳細な条件は表1に示す。
(試験A4a)細胞培養用組成物の調製、細胞培養器の調製
トリスの含有量のみを変えることにより、重合体に対するトリスの割合を0.1とした、ポリマー/トリス混合物の水溶液を、試験A1aの(A1a−3)と同様に、調製した。
この細胞培養用組成物のC/A比を8.4とした。
【0076】
(試験A4b、A4c)チューブ状細胞/ペレット状細胞の培養
接着性のラット皮下脂肪由来の血管内皮細胞(初代培養細胞)を用いた。そして、細胞密度を、3.8×10
2個/mm
2(7.5×10
4個/mL)、7.5×10
2個/mm
2(15×10
4個/mL)、15×10
2個/mm
2(30×10
4個/mL)とした(それぞれ、試験例A13、試験例A14、試験例A15)。
上記以外は、試験A1b、A1cと同様に、細胞培養を行った。
図8に、位相差顕微鏡及び肉眼で観察した図を示す。
70時間後に、細胞はコンフルエントの状態となった。更に培養を続けたところ、5日目に、試験例A13及び試験例A14では、一部の細胞がプレート上を移動し、細胞が互いに集まる現象が生じ、その細胞の集合体は、管腔状(チューブ状)の構造を形成した(
図8)。一方、試験例A15では、培養5日目に、培養皿の端部から全ての細胞が一度に剥離して、まるで細胞シートが丸まりながら収縮して行くような動作で、細胞が互いに一箇所に凝集する現象が生じた。上記現象は、肉眼で十分に視認可能であった。互いに集まった細胞は、立体的なペレット状の構造を形成した(
図8)。この構造を、位相差顕微鏡で更に詳細に観察すると、これらの細胞が、あたかも何らかの組織を形成するかのように自発的に集合していることを示した。
【0077】
(試験A5)細胞培養用組成物の水溶液中に含まれるポリマーの含有量の検討
下記に示す条件以外は、試験1と同様とした。詳細な条件は表1に示す。
(試験A5a)細胞培養用組成物及び細胞培養器の調製
トリスの含有量のみを変えることにより、重合体に対するトリスの割合を0.1とした、ポリマー/トリス混合物の水溶液を、試験A1aの(A1a−3)と同様に、調製した。
この細胞培養用組成物のC/A比を8.4とした。
【0078】
ポリスチレン製の24ウェル細胞培養プレートの各ウェルに加える細胞培養用組成物の水溶液中に含まれる温度応答性ポリマーの含有量を、1.0、2.0、4.0、8.0μgとして、試験例A1aの(A1a−7)と同様に、細胞培養器に対して細胞培養用組成物を被覆した(ウェルが単位面積当たりに有する温度応答性ポリマーの量は、それぞれ、5.0、10、20、40ng/mm
2)。そして、培養面に細胞培養用組成物を被覆してなる24ウェル細胞培養プレート(細胞培養器)が得られた(それぞれ、試験例A16、試験例A17、試験例A18、試験例A19)。
【0079】
(試験A5b、A5c)チューブ状細胞/ペレット状細胞の培養
接着性のラット皮下脂肪由来の血管内皮細胞(初代培養細胞)を用いた。そして、細胞密度を3.8×10
2個/mm
2(7.5×10
4個/mL)とした。
上記以外は、試験A1bと同様に、細胞培養を行った。
図9に、位相差顕微鏡で観察した図を示す。
5日目に、試験例A18及びA19では、細胞の集合体は、管腔状(チューブ状)の構造を形成した(
図9)。試験例17では、細胞の集合体は、ペレット状の構造を形成した(
図9)。一方、試験例A16では、接着した細胞が、通常の培養をした場合に観察されるような良好な接着伸展性を示した(
図9)。
【0080】
(試験A6)アニオン性物質の検討(ヘパリンを用いた場合)
下記に示す条件以外は、試験A1と同様とした。
(試験A6a)細胞培養用組成物及び細胞培養器の調製
アニオン性物質としてヘパリンを用いた。ポリマー/トリス/アニオン性物質混合物は、30〜32℃の曇点を有することが確認でき、また、37℃まで昇温させて固化させた上記混合物を室温(25℃)で維持したところ、数分〜24時間の間、固化した状態のままであったが、その後、固化物が徐々に溶解して、均質な水溶液に変化することが確認できた。
そして、培養面に上記混合物を被覆してなる細胞培養器が得られた。この細胞培養器は、高い細胞親和性を有し、また、抗血栓性を示した。
発明者らは、上記試験A6に係る細胞培養用組成物について、非特許文献“Nakayama, Y., Yamaoka, S., Nemoto, Y., Alexey, B., Uchida, K., Thermoresponsive Heparin Bioconjugate as Novel Aqueous Anti throrombogenic Coating Material, Bioconjugate Chem., 2011, 22, 193-199.”に報告した。
【0081】
(比較試験A1)非被覆の細胞培養器
下記に示す条件以外は、試験1と同様とした。詳細な条件は表1に示す。
未処理の、又はフィブロネクチンを被覆した、ポリスチレン製の24ウェル細胞培養プレートの各ウェルに、試験A1b、A1cと同様に、細胞播種(細胞密度:7.5×10
2個/mm
2(15×10
4個/mL))を行い、この細胞を細胞培養インキュベーター中で培養した。
3日後に、細胞はコンフルエントの状態となった。更に培養を続けたところ、大部分の細胞は増殖を止めたものの、ごく一部の細胞は、培養面に接着した細胞の上に重なるように増殖した。そして、ネクローシス、融合、剥離浮遊等を生じる細胞が増加して、多くの細胞が死滅した(この細胞死は、死細胞から放出された分解酵素やHSP(ヒートショックプロテイン)の影響であると推測される)(下記の
図11に示す結果と同様の結果が得られた)。試験例A1bのように、プレート表面の露出や、細胞の管腔状(チューブ状)やペレット状の構造は、確認されなかった。
【0082】
(比較試験A2)アニオン性物質を含まない組成物で被覆した細胞培養器
下記に示す条件以外は、試験1と同様とした。詳細な条件は表1に示す。
アニオン性物質を含まない、(A1a−3)で調製したポリマー/トリス混合物の水溶液を用いて、試験A1aの(A1a−7)と同様に、細胞培養器に対して細胞培養用組成物を被覆した。そして、培養面に細胞培養用組成物を被覆してなる24ウェル細胞培養プレート(細胞培養器)が得られた。
【0083】
ラット皮下脂肪由来の血管内皮細胞(初代培養細胞)を用いた。そして、細胞密度を7.5×10
2個/mm
2(15×10
4個/mL)とした。
上記以外は、試験A1b、A1cと同様に、細胞培養を行った。培養初期(培養6時間後)に、ほとんどの細胞は接着しておらず、培養2日目には、ほとんどの細胞がネクローシスしていることが確認された(
図11)。
【0084】
(試験A10)細胞構造体の製造
(試験A10a)細胞培養用組成物の調製
(A10a−1)ポリマー/アニオン性物質混合物の調製
アニオン性物質として、ポリアクリル酸ナトリウム(PAANa)を用いた。ポリアクリル酸(数平均分子量Mn=4.0×10
6g/moL)を秤量し、これに分子中のカルボキシル基と化学量論的に等モル数の水酸化ナトリウムを混合し、更に水を加えて水溶液とした。この水溶液を72時間攪拌した後に凍結乾燥させることにより粉末を得て、この粉末を以下の実験に用いた。この粉末の調整方法は当業者に周知である。20μLのポリマーの水溶液(85μg/mL)、30μLのポリアクリル酸ナトリウム水溶液(33μg/mL)、及び生理食塩水を調整した。試験A1と同様に、これらを混合し、C/A比を0.5、1、2、4、6とした混合物を、異なるポリマー及びポリアクリル酸ナトリウム量について、調整した。そして、この混合物をそれぞれの条件において適量の生理食塩水で希釈して、溶液の全量が200μLとなるように調整し、ポリマー/アニオン性物質混合物、すなわち細胞培養用組成物の水溶液を得た。詳細な条件は表1に示す。
【0085】
(A10a−2)細胞培養器に対する細胞培養用組成物の被覆
(A10a−1)で調整した細胞培養用組成物の水溶液を用いて、(A1a−7)と同様に、ポリスチレン製の24ウェル細胞培養プレート(1ウェル当たりの底面積:200mm
2)の各ウェルを被覆した。
こうして、培養面であるウェルに細胞培養用組成物を被覆してなる24ウェル細胞培養プレート(細胞培養器)が得られた。
【0086】
(試験A10b)管腔状(チューブ状)細胞の培養
ラット皮下脂肪由来の間質細胞(初代培養細胞)を用いて、細胞密度を10×10
4個/mL(細胞密度:5.0×10
2個/mm
2)とした以外は、(試験A1b)と同様に、細胞培養を行った(試験例A20〜A34)。
6日後に、細胞を観察した。C/A比を0.5とした試験例A20では細胞に変化は見られず、C/A比を1、2とした試験例A21、A22では、細胞の集合体は多数の小さな凝集体を形成し、C/A比を4とした試験例A23では、細胞の集合体は管腔状(チューブ状)の構造を形成し、C/A比を6とした試験例A24では、ほとんどの細胞が死滅した(
図10、上段)。また、C/A比を0.5とした試験例A25では細胞に変化は見られず、C/A比を1とした試験例A26では、細胞の集合体は多数の小さな凝集体を形成し、C/A比を2とした試験例A27では、細胞の集合体は管腔状(チューブ状)の構造を形成し、C/A比を4、6とした試験例A28、A29では、ほとんどの細胞が死滅した(
図10、中段)。更に、C/A比を0.5とした試験例A30では細胞に変化は見られず、C/A比を1とした試験例A31では、細胞の集合体は多数の小さな凝集体を形成し、C/A比を2、4、6とした試験例A32、A33、A34では、ほとんどの細胞が死滅した(
図10、下段)。
【0087】
(試験A10c)ペレット状細胞の培養
ラット皮下脂肪由来の間質細胞(初代培養細胞)、及びGFP発現ベクターpQBI 25(DNA)を用いて、細胞密度を10.0×10
4個/mL(細胞密度:5.0×10
2個/mm
2)とした以外は、(試験A1c)と同様に、細胞培養を行った(試験例A38)。詳細な条件は表1に示す。1日後に、(試験A1c)と同様に、ペレット状の細胞構造体(直径約1mm)が形成した。
100mm径の細胞培養皿に10mLの培地を入れ、ここにバイオチューブを沈めた。上記(試験A1c)で得たペレット状の細胞構造体をピンセットで掴み、これをバイオチューブ上に載せたところ、5分後に細胞構造体はバイオチューブに接着して剥がれなくなった(
図5(a)参照)。そのまま37℃で7日間インキュベートすると、ペレット状の細胞構造体は、その体積を減少させて、バイオチューブとの境界が実体顕微鏡を用いた観察では区別できなくなった。このバイオチューブを共焦点レーザー顕微鏡を用いて、バイオチューブのX−X’に沿ってクロスセクション観察したところ、GFP陽性の細胞がバイオチューブ中へ浸潤して生着していることが分かった。(
図5(b)。上記現象は、ペレット状の細胞構造体からブリードした細胞が速やかに接着したものと考えられる。
これらの結果から、ペレット状の細胞構造体を、(1)培養細胞の層に載せることによって簡単に異種細胞の共培養を行える可能性、(2)生体組織と接触させることによって、細胞構造体を形成する細胞を組織に向かって浸潤させて接着させる可能性、(3)生体組織の欠損部位へ載せたり被覆したりすることによって、欠損部位に細胞を補填できる可能性が示された。
【0088】
なお、本実施例で用いたバイオチューブ(人工血管とも言う)は、コラーゲンを主成分とするものであり、特開平2004−261260号公報、の実施例に記載される方法で作成されたものであるが、単にコラーゲンフィルムを巻いて作成したチューブを用いた場合にも同様の現象が生じる。
【0089】
上記試験例A及び比較試験例Aの結果を表1に示す。また、本発明の細胞培養用組成物及び細胞培養器を用いて培養された細胞の構造と、培養条件との相関を
図12に示す。
【0090】
【表1-1】
【表1-2】
【表1-3】
【表1-4】
【0091】
(試験B)ポリマー/トリス混合物の解析
(試験B1)ポリマー/トリス混合物の曇点の測定
ポリマーの最終濃度を0.1%、重合体に対するトリスの割合を0、0.5、1、2、4、8として、(試験A)の(試験A1a)(A1a−3)と同様に、ポリマー/トリス混合物の水溶液を調整した(それぞれ、試験例B1、試験例B2、試験例B3、試験例B4、試験例B5、試験例B6)。
【0092】
(試験A)の(試験A1a)(A1a−3)で調製したポリマー/トリス混合物の水溶液の、600nmにおける吸光度を、20℃〜37℃の間で測定した。
具体的には、上記の各水溶液2mLを、10mm×10mmの角型石英セル(厚さ1mm)にそれぞれ加えた。そして、初期温度20℃から1℃ずつ昇温させながら、各温度における吸光度を測定した。ここで、各温度における吸光度は、ポリマーの温度応答性の影響を受けないように、その温度を30分間維持した後の吸光度を測定することによって決定した。
その結果、トリスを含まない場合(試験例B1)には、ポリマーの曇点は、32℃であり、ポリマー/トリス混合物(試験例B2〜試験例B6)の曇点は、31.0℃〜30.5℃に低下した。
【0093】
また、上記ポリマー/トリス混合物の水溶液の温度応答性について解析を行った。具体的には、上記各ポリマー/トリス混合物の水溶液を37℃で30分間静置して白濁させ、その後すぐに25℃で維持し、水溶液の透過率が100%(対照は水)となるまでに要する時間を測定した。
図13に結果を示す。ポリマーに対するトリスの割合が増加するほど、固相から液相への相転移の速度が小さくなっていることが確認された。
【0094】
(試験B2)ポリマー/トリス混合物の
1H NMRによる解析
ポリマーの最終濃度を4.1mg/mL、重合体に対するトリスの割合を1、2、4、8として、(試験A)の(試験A1a)(A1a−3)に記載した方法に準拠してポリマー/トリス混合物の重水(D
2O)溶液を調製した(それぞれ、試験例B7、試験例B8、試験例B9、試験例B10)。
このポリマー/トリス混合物の核磁気共鳴スペクトル(NMR)を、核磁気共鳴装置(Varian社製、型番:Gemini300)を用いて、4℃、25℃、37℃の条件で測定した。詳細な条件は表2に示す。
【0095】
図14に結果を示す。ポリマーの
1H NMRシグナルの積分値とはポリマー側鎖の−N(CH
3)
2基のプロトンの積分値を指し、トリスの積分値とは−C(CH
2OH)
3基のプロトンの積分値を指す。4℃では、ポリマーに対するトリスの重量比(相対比)と、ポリマーに対するトリスの
1H NMRシグナルの積分値の比とが、ほぼ理論値通りの値を示した。25℃では、ポリマーに対するトリスの重量比(相対比)が増大するにつれて、ポリマーに対するトリスの
1H NMRシグナルの積分値の比が急激に増大した。37℃では、ポリマー側鎖のプロトンのピークは検出されなかった。これらの結果から、ポリマー/トリス混合物は25℃付近を超えると、疎水凝集により凝集塊を形成し、これにより温度応答性に凝集するポリマーが磁場環境から遮蔽されること、またその一方で、水溶性のポリマー/トリス混合物では、いかなる温度においてもトリスはポリマーと比較して溶媒中に存在している割合が多いことがわかった(無論、トリス分子の一部はポリマーとの水素結合によりポリマーと共に凝集塊の内部に取り込まれていると考えられる)。
【0096】
(試験B3)ポリマー/トリス混合物の示差走査熱量計による解析
ポリマーの最終濃度を4.1mg/mL、重合体に対するトリスの割合を0、0.5、1、2、4、8として、(試験A)の(試験A1a)(A1a−3)と同様に、ポリマー/トリス混合物の水溶液を調整した(それぞれ、試験例B11、試験例B12、試験例B13、試験例B14、試験例B15、試験例B16)。
以下に記載する温度制御は熱分析装置のプログラムを使用して行なった。ポリマー/トリス混合物の水溶液を40℃まで加熱して3分間維持し、密閉式測定セル内で沈殿を生じさせた後、この混合物を瞬時に25℃まで冷却し、そのまま25℃で維持した。そして、この混合物を、示差走査熱量計(島津製作所製、型番:DSC60)を用いて、微分示差走査熱量測定(dDSC)に供した。詳細な条件は表2に示す。
【0097】
図15に結果を示す。ポリマー/トリス混合物は25℃付近で溶解し、この際に吸熱が生じるところ、ポリマーに対するトリスの重量比が増大するにつれて、25℃に冷却してから吸熱が生じるまでの時間が長くなることがわかった。
【0098】
そして、(試験B1)〜(試験B3)の結果から、温度応答性を有するポリマーにトリスを加えることによって、ポリマーを含む組成物の温度応答性に変化が生じることが明らかとなった。より詳細には、トリスを加えることによって、一度37℃で培養皿の底面にポリマーを含む組成物を、凝集、沈殿させて塗布することによって調製した細胞培養器に対して、室温(約25℃)で(例えば、クリーンベンチ内で)細胞播種の操作を行う際に、細胞培養器に被覆したポリマー層がその温度応答性により再溶解して流失してしまうことを防ぐことができる。
【0099】
上記試験例B及び比較試験例Bの結果を表2に示す。
【0100】
【表2-1】
【表2-2】
【表2-3】
【0101】
(試験C)細胞培養器表面のゼータ電位の測定
(試験C1)細胞培養器表面(固体表面)のゼータ電位の測定
(試験C1−1)細胞培養器に対する細胞培養用組成物の被覆
ポリスチレン製の細胞培養プレート(Nunc社、Nunclon(登録商標) Δ Surface、100mm径)を、35mm×14mm×1mmのサイズの小片に裁断した。なお、上記細胞培養プレートは、アンモニア及び酸素を含む混合ガス中でプラズマ放電を行うことによって調製され、この処理により、アンモニア由来のアミノ基(−NH
2)及び酸素由来のカルボキシル基(−COOH)が導入されたものである。
ここで、(試験A)の(試験A3)と同様に、C/A比を0.5、2、4、8、16として、ポリマー/トリス/アニオン性物質混合物を調製し、そして、(試験A)の(試験A1)(A1a−7)と同様に、各ポリマー/トリス混合物を、上記裁断された細胞培養プレートに対して被覆した(それぞれ、試験例C1、試験例C2、試験例C3、試験例C4、試験例C5)。
具体的には、ポリマー/トリス/アニオン性物質混合物の水溶液を、上記小片の細胞接着面の全表面に流延させ、この細胞培養プレートの小片を別の細胞培養プレート内に置き蓋をした。
加湿用水の存在下で乾燥を防ぎながら細胞培養インキュベーター(37℃、5%CO
2)中で6時間インキュベートを行い、その後、加湿用水の使用をやめると同時に細胞培養プレートの蓋を外すことによりインキュベーター内は乾燥条件にして、24時間インキュベートを行った。その結果、約21時間後には、混合物を流延させた面の水分は、ほとんど蒸発していた。走査型電子顕微鏡による観察により、ポリマー/トリス混合物の水溶液を流延した小片のほぼ全面に、ポリマー/トリス/アニオン性物質混合物による被覆層が均質に形成されていることがわかった。
【0102】
(試験C1−2)ゼータ電位の測定1
(試験C1−2a)C/A比との関係について
上記被覆された小片の被覆表面のゼータ電位を、ゼータ電位計(大塚電子社製、型番:ELSZ)及び平板試料用セルユニットを用いて測定した。
具体的には、石英セルの下面に小片の試料を密着させ、セル内部にモニター粒子懸濁液を注入した。ここで、標準のモニター粒子として、ポリスチレンラテックス(粒子径:約500nm)をヒドロキシプロピルセルロース(Mw=30,000)で被覆した粒子(ゼータ電位:−5mV〜+5mV)を用いた。また、溶媒として、10mMの塩化ナトリウム水溶液をpH=7、37℃の条件下で用いた。そして、ゼータ電位は、Smoluchowski式を用いて算出した。
非被覆の細胞培養プレートの表面のゼータ電位は−68mVであり、一般的な熱可塑性樹脂の固体表面のゼータ電位として当業者に周知の値であった(比較試験例C1)。
一方、ポリマー/トリス/アニオン性物質混合物により被覆された細胞培養プレートの表面のゼータ電位は、正の値を示し、また、C/A比依存的に増加することがわかった。具体的には、C/A比=0.5の試験例C1では、−28mV、C/A比=2の試験例C3では、0.5mV、C/A比=4の試験例C3では、19mV、C/A比=8の試験例C4では、20mV、C/A比=16の試験例C5では、22mVであった。
この結果を(試験A)の(試験A3)の結果と比較することによって、細胞培養器の表面のゼータ電位が細胞の分化に影響を及ぼす可能性が示唆された。
なお、当業者に周知の通り、現在の技術では、固体表面のゼータ電位の測定値は、±10%程度のバラツキを有するものであり、また、試料の調製工程においても、コーティング操作自体にバラツキが存在するものであるため、上記ゼータ電位の測定値はある程度の誤差を有し得る。
図16に結果を示す。細胞培養器表面全体のゼータ電位は、C/A比が増大するにつれて飽和する傾向が見られた。
(試験C1−2b)pHとの関係について
(試験C1−2a)と同様に、上記被覆された小片の被覆表面のゼータ電位を測定した。
モニター粒子懸濁液の溶媒をpH=5の条件下で用いた。まず、非被覆の細胞培養プレートの表面のゼータ電位を測定したところ、−40mVであった(比較試験例C2)。これは、酸性条件とすることにより、培養プレート表面に導入されたカルボキシル基(−COOH)のプロトンの解離が抑制されると共に、アミノ基(−NH
2)のプロトン化が促進されて、陽電荷が増加した結果であると推測される。一方、ポリマー/トリス/アニオン性物質混合物により被覆された細胞培養プレートの表面のゼータ電位は、正の値を示し、また、C/A比依存的に増加することがわかった。具体的には、C/A比=2の試験例C6では、36mVであった。試験例C2の結果(pH=7、0.5mV)と比較すると、電位が大きく高まった。
この結果は、ポリマーが有する三級アミノ基のプロトン化が促進されて、陽電荷が増加した結果であると推測される。なお、pH=5、C/A比=2の条件における36mVというゼータ電位は、pH=7、C/A比=16の条件における(試験例C5)22mVというゼータ電位と比較して高い。
なお、モニター粒子懸濁液の溶媒をpH=9の条件下で用いたところ、非被覆の細胞培養プレートの表面のゼータ電位は−71mVであり(比較試験例C3)、ポリマー/トリス/アニオン性物質混合物により被覆された細胞培養プレートの表面のゼータ電位は、C/A比=2の試験例C10では、−12mVとなり、負の値に転じた。
これらの結果より、細胞の分化に影響を及ぼす可能性がある、細胞培養器の表面のゼータ電位は、細胞培養用組成物のpHによっても調製することが可能であることが示された。
【0103】
(試験C1−3)ゼータ電位の測定2
標準のモニター粒子として、FCS(ウシ胎児血清、インビトロジェン社製、オーストラリア産、ロット番号852546)溶液中のタンパク粒子を用いた以外は、(試験C2)と同様にゼータ電位を測定した。
なお、FCSは当業者に周知の通り混合物であるため、FCS溶液にレーザー光を照射した際に中性域で一番強い光散乱のピークが観察された(ほとんどの場合単一ピークとして観察される)粒子をモニター粒子とした。
10%FCS水溶液中で測定した上記標準のモニター粒子のゼータ電位は、約−20mVであった。
非被覆の細胞培養プレートの表面のゼータ電位は−19mVであり(比較試験例C4)、一方、ポリマー/トリス/アニオン性物質混合物により被覆された細胞培養プレートの表面のゼータ電位は、いずれのC/A比においても約−14mVであった(試験例C11〜C14)。
非被覆の細胞培養プレートの場合には、その表面のゼータ電位は、FCSのモニター粒子のゼータ電位とほぼ同程度であることから、プレート表面にFCSに含まれるタンパク質成分が吸着していることが示唆された。一方、細胞培養用組成物で被覆した細胞培養プレートの場合には、その表面のゼータ電位は、FCSのモニター粒子のゼータ電位と比較して、絶対値が小さい値であることから、FCSに含まれるタンパク質成分のプレート表面への吸着の阻害、又は一部のタンパク質成分のプレート表面への選択的吸着が生じていることが示唆された。
【0104】
(試験C2)細胞培養器表面の微粒子のゼータ電位の測定
上記(A1a−5)ポリマー/トリス/アニオン性物質混合物の調製の記載に準拠してポリマー/アニオン性物質混合物、すなわち、本発明の細胞構造体の製造方法に用いる細胞培養用組成物の水溶液を調製した。
アニオン性物質として、ホタルルシフェラーゼレポーターベクター(DNA)(プロメガ社製、型番:E1741)を当業者に周知の方法で脱塩し、DNaseフリー水にDNAを溶解させた(最終濃度:33μg/mL)。
ポリマーの水溶液は最終濃度100μg/mLに調整し、50μL、100μL、200μL、400μL、800μLを前記DNA溶液300μLに少しずつ滴下して混合した。そして、この混合物を水で希釈して、いずれの溶液も全量が約2,000μLとなるように調整し、ポリマー/アニオン性物質混合物、すなわち、本発明の細胞構造体の製造方法に用いる細胞培養用組成物の水溶液を得た(それぞれ、試験例C15、試験例C16、試験例C17、試験例C18、試験例C19)。CA比としては、それぞれ1、2、4、8、16となる。調製した溶液をゼータ電位計(シスメックス社、ゼーターサイザーナノ)を使用して溶液中でブラウン運動している微粒子のゼータ電位を測定した。
【0105】
図17に結果を示す。細胞培養器表面に凝集して沈殿する前の微粒子についても、そのゼータ電位は、C/A比が増大するにつれて飽和する傾向が見られた。この結果は、細胞培養器表面全体のゼータ電位の測定結果と相関を有していた。
【0106】
上記試験例C及び比較試験例Cの結果を表3に示す。
【0107】
【表3-1】
【表3-2】
【0108】
(試験D)細胞培養器の表面構造解析
(試験D−1)原子間力顕微鏡(AFM)による表面構造解析
図18(a)に、非被覆又は細胞培養用組成物で被覆した細胞培養プレートの表面を、ダイナミックタッピングモードで測定した画像を示す。この結果から、プレートの表面のナノスケールでの凹凸が、C/A比により変化する様子が確認された(試験例D1、試験例D2、試験例D3、試験例D4)。
図18(b)に、非被覆又は細胞培養用組成物で被覆した細胞培養プレートの表面を、位相モードで画像化したものを示す。この結果から、プレートの表面の粘弾性的又は吸着的性質も、プレート表面のナノスケールでの凹凸と同様に、C/A比により変化する様子が確認された(試験例D1、試験例D2、試験例D3、試験例D4)。
【0109】
(試験D−2)蛍光顕微鏡による表面観察
アニオン性物質として、Cy3で蛍光標識した2.7kbのDNA(Mirus Bio、型番:MIR7904)を用いた。(A0a)と同様に、C/A比を2、4、8、16(それぞれ、試験例D5、試験例D6、試験例D7、試験例D8)としたポリマー/アニオン性物質混合物を調整した。そして、(A1a−7)と同様に、ポリスチレン製の24ウェル細胞培養プレート(1ウェル当たりの底面積:200mm
2)の各ウェルを被覆した。プレートを37℃で6時間インキュベーションした後、各ウェルを蛍光顕微鏡(ニコン社製、商品名:TE2000−U)を用いて観察した(励起波長:488nm、蛍光波長:570nm)。詳細な条件は表4に示す。
図19に、観察結果を示す。C/A比を2とした試験例D5から、C/A比を16とした試験例D8に向かって、蛍光強度が低くなる傾向が見られた。この結果は、C/A比が大きい場合にはCy3標識DNAがポリマーに被覆されるため、レーザー光がポリマーに遮断されたことを示唆している。
【0110】
(試験D−3)水中AFMによる表面観察
アニオン性物質として、ホタルルシフェラーゼレポーターベクター(DNA)(プロメガ社製、型番:E1741)を当業者に周知の方法で脱塩し、DNaseフリー水へ溶解して用いた。(A1a−5)と同様に、C/A比を2、4、8、16(それぞれ、試験例D9、試験例D10、試験例D11、試験例D12)としたポリマー/アニオン性物質混合物を調整した。そして、(A1a−7)と同様に、ポリスチレン製の24ウェル細胞培養プレート(1ウェル当たりの底面積:200mm
2)の各ウェルを被覆した。プレートを37℃で3時間インキュベーションした後、各ウェルを原子間力顕微鏡(島津製作所社製、SPM−9700)を用いて観察した(共振周波数75kHz〜145kHz、バネ定数0.1N/m、窒化ケイ素)。詳細な条件は表4に示す。
図20に、観察結果を示す。
図20上段は、ダイナミックタッピングモードによる画像を示し、
図20下段は、位相モードでの画像を示す。C/A比を2とした試験例D9から、C/A比を16とした試験例D12に向かって、微粒子の数(密度)が増大する傾向が見られた。微粒子は直径50nm〜500nmであった。この結果から、ポリマー/アニオン性物質混合物は、被覆時に流延してフィルムになることなく、培養皿の底面に微粒子として沈殿して堆積していること、これによりウェルにポリスチレンが露出する領域が存在することが確認された。
【0111】
上記試験例D及び比較試験例Dの結果を表4に示す。
【0112】
【表4】