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特開2017-75387疲労耐久性に優れた制振鋼及び該鋼を含んで構成される構造体
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2017-75387(P2017-75387A)
(43)【公開日】2017年4月20日
(54)【発明の名称】疲労耐久性に優れた制振鋼及び該鋼を含んで構成される構造体
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20170331BHJP
   C22C 38/38 20060101ALI20170331BHJP
   C21D 8/00 20060101ALI20170331BHJP
   F16F 15/02 20060101ALI20170331BHJP
【FI】
   C22C38/00 302T
   C22C38/00 301Z
   C22C38/38
   C21D8/00 D
   C21D8/00 A
   F16F15/02 Q
【審査請求】有
【請求項の数】14
【出願形態】書面
【全頁数】24
(21)【出願番号】特願2016-113902(P2016-113902)
(22)【出願日】2016年5月23日
(31)【優先権主張番号】特願2015-174167(P2015-174167)
(32)【優先日】2015年8月19日
(33)【優先権主張国】JP
(71)【出願人】
【識別番号】506223646
【氏名又は名称】有限会社TKテクノコンサルティング
(71)【出願人】
【識別番号】516371438
【氏名又は名称】ユーゲル株式会社
(72)【発明者】
【氏名】小舞 忠信
(72)【発明者】
【氏名】土井 良彦
【テーマコード(参考)】
3J048
4K032
【Fターム(参考)】
3J048BC08
3J048CB30
3J048EA38
4K032AA04
4K032AA12
4K032AA13
4K032AA17
4K032AA18
4K032AA21
4K032AA31
4K032AA32
4K032BA01
4K032BA02
4K032CF03
4K032CG01
(57)【要約】
【課題】優れた疲労耐久性と優れた制振性を兼備した鋼を提供する。
【解決手段】
炭素0.10質量%以下、シリコン0.10〜3.0質量%、マンガン3.0〜18.0質量%、クロム3.0〜20.0質量%、窒素0.10〜1.20質量%を含んで成る鋼であって、積層欠陥エネルギー(SFE)が20(mJ/m)以下の条件を満たす化学組成の鋼を溶製し、所定の熱処理条件、冷間加工条件を満たす製造方法によって、優れた疲労特性と優れた制振性を兼備した鋼を提供する。
【選択図】図10
【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素の質量百分率[%C]を0.001〜0.10[%]、
シリコンの質量百分率[%Si]を0.10〜3.0[%]、
マンガンの質量百分率[%Mn]を3.0〜18.0未満[%]、
クロムの質量百分率[%Cr]を3.0〜20.0[%]、
窒素の質量百分率[%N]を0.10〜1.20[%]、
残部が鉄及び不可避的不純物からなり、
数式1によって計算される積層欠陥エネルギー(SFE)(mJ/m)が、
数式2を満足し、
[数式1]
[数式2]
ここで、数式1において、[%Ni]は、ニッケルの質量百分率である。
JIS Z2279(ひずみ制御低サイクル疲労試験)に準拠した、±1.0%の歪制御で、0.1Hzのサイクル疲労試験(疲労試験A)において、
1000回まで破断しなく、破断したサンプルの透磁率(μ)が200Oeの磁界で、1.01以下、又は、
±350MPaの応力制御で、10Hzのサイクル疲労試験(疲労試験B)において、500,000回まで破断しなく、試験終了時のサンプルの透磁率(μ)が200Oeの磁界で、1.01以下であることを特徴とする耐疲労特性に優れた鋼。
【請求項2】
請求項1記載の鋼について疲労試験を行う際、破断以前に200℃以上に加熱することによって、疲労試験前の状態に修復することを特徴とする優れた耐疲労特性を有する鋼。
【請求項3】
請求項1又は2記載の鋼に、1000〜1100℃の溶体化熱処理を施した後に、断面積減少率、5〜50%の冷間加工を加えることによって、
X線回折法によって測定されたイプシロン・マルテンサイト相及び積層欠陥の合計体積パーセント[%ε−Ms相]が、数式3を満足し、
[数式3]
片持ち梁法によって測定した制振性を表す損失係数(η)が、数式4を満足することを特徴とする、優れた耐疲労特性と優れた制振性を兼ね備えた鋼。
[数式4]
【請求項4】
請求項1乃至3記載の鋼を含んで構成されることを特徴とする切削工具。
【請求項5】
請求項1乃至3記載の鋼を含んで構成されることを特徴とするチエーン伝動装置。
【請求項6】
請求項1乃至3記載の鋼を含んで構成されることを特徴とする建造物免震支持体。
【請求項7】
請求項1乃至3記載の鋼を含んで構成されることを特徴とするばね装置。
【請求項8】
請求項1乃至3記載の鋼を含んで構成されることを特徴とするHDDサスペンション。
【請求項9】
請求項乃至3記載の鋼を含んで構成されることを特徴とする超電導コイル支持体。
【請求項10】
請求項1乃至3記載の鋼を含んで構成されることを特徴とする発電機又は電動機の回転子固定ヨーク材。
【請求項11】
請求項1乃至3記載の鋼を含んで構成されることを特徴とするフライホイール式電力貯蔵装置。
【請求項12】
請求項1乃至3記載の鋼を含んで構成されることを特徴とする耐疲労水素貯蔵容器材料。
【請求項13】
請求項1乃至3記載の鋼を含んで構成されることを特徴とする超電導送電の液体窒素容器管。
【請求項14】
請求項乃至3記載の鋼を含んで構成されることを特徴とする耐疲労制振機能装置又は部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、疲労耐久性に優れた鋼、及びそれに熱処理又は冷間加工を加えて制振性を付与した鋼、及び該鋼を含んで構成される、切削工具、チエーン伝動装置、建造物免震支持体、ばね装置、HDDサスペンンョン、超電導コイル支持体、発電機又は電動機の回転子固定ヨーク、フライホイール式電力貯蔵装置、水素貯蔵容器、超電導送電ケーブル等に関するものである。
【背景技術】
【0002】
切削加工、例えば、高速バイト加工、或いは、エンドミルによる深穴加工は、工具断面寸法に対して突出し長さの長いホルダを用いるが、この場合、切削バイト先端での剛性は低下し、びびり振動が発生しやすくなり、加工精度・切削効率の低下等の悪影響を及ぼす。厚みの薄い円板状回転切削工具は、切削中に刃先が被切削材に食込んだときに円板の厚み方向の横振動が生じ、その結果、切削面を悪化させ、切削効率を低下させ、切削工具の寿命を低下させることになる。その対策として、切削加工時のびびりを抑制する手段として、例えば、超硬合金を複合させて制振性と剛性を発揮させる技術等が提案されているが、構造が複雑であり、コスト高である。このことから、材料自体が高強度で耐疲労特性に優れかつ振動吸収能をもつ切削工具ホルダが求められている。
【0003】
食品機械の分野では、耐食性や食品衛生の観点から、チェーン用材料にはSUS304(オーステナイト系ステンレス鋼)が用いられている。SUS304は、応力負荷によって加工誘起α’−マルテンサイトを生成して稼働中の摺動摩耗を促進させてチエーン寿命を低下させる問題点がある。チェーン伝動装置は、スプロケットとチエーンとのが噛み合う時に不可避的に発生する機械振動に起因する振動音が発生する。対策として、例えば、ローラーチェーンのローラー部の構造の工夫によって振動騒音を低減する技術が提案されているが、チエーンのコスト高となっている。チェーン用材料として、材料自体に振動吸収能があり、耐疲労特性に優れ、使用中の延伸を抑制できる材料が求められている。
【0004】
建造物支持体として用いる免震ダンパーは、風や地震により建物に加えられる振動エネルギーを吸収して、振動が構造物本体に及ばないようにする構造体である。この免震ダンパーとしては、性能及びコストの観点から、従来低降伏点鋼を用いた弾塑性ダンパーが普及している。しかし、この材料は、風や地震による繰返し弾塑性変形のための硬化によって機械的性質が変化し早期に破壊に至るという難点があるので、大きい歪での繰返し疲労耐久性の改善が求められている。また、建造物構造材には基本的特性として所定の低歪高サイクルの耐疲労特性が必要である。
【0005】
ばね装置は、加えられた大きな振動を、例えばコイル状にして、振動を吸収する構造体である。材料の側から見れば、この局部的歪は大きく、かつ、繰り返される場合がある。これに対応するには、高歪低サイクルでの疲労耐久性が求められる。特に、HDDは磁気による書込・読取が行われるが、HDは近年垂直磁気記録方式が一般となっているので、更なるHDDの高速読取書込みにおいては、検出端の振動対策が求められている。これに用いられる材料は繰返し振動でも非磁性のままであることが必須である。
【0006】
磁気浮上列車やフライホイール式電力貯蔵装置において、超電導磁石の周辺支持鋼材は、非磁性が必須である。この部分は、推力を発現するために、繰返し振動に曝されており、非磁性、制振性及び疲労耐久性が求められている。
【0007】
発電機又は電動機の回転子は、発電又は電動のために回転する回転子とステータとの間の磁気反発力による振動・騒音が発生する。この振動・騒音を抑制するために、非磁性鋼材の振動抑制材(例えば、SUS304)が配置されている。しかしながら、上記の振動抑制材は、材料の強度のみによって振動を抑制するものである。この材料自体が振動吸収能と所望の疲労耐久性を有する非磁性材料があれば、更なる、装置全体の軽量化と機能向上が可能となる。
【0008】
水素社会の到来に伴い、耐疲労と耐水素脆性に優れた水素貯蔵容器材料の研究が進められている。例えば、オーステナイト系ステンレス鋼(SUS316)がその有力候補であるが、材料自体が高価である。高マンガン・省ニッケル系ステンレス鋼は、Niを少なくした安価で耐疲労と耐水素脆性及び制振性に優れた材料として注目されている。
【0009】
長距離の送電時の送電損失を大幅に低減できる高温超電導送電の実用化が急速に進展している。超電導を得るための冷却媒体には、安価な液体窒素を用いることができる。液体窒素の容器にはステンレス鋼(SUS306又はSUS316)が用いられるが、ニッケルが高価なので、低ニッケルが望ましい。また、ケーブルには様々な応力が係るので耐疲労特性の優れた低温靱性の材料が求められる。
【0010】
制振性のある材料としては、鋳鉄、Mn−Cu合金、Mg−Zr合金、Mg−Ni合金、Al−Zn合金、Fe−Al−Cr合金、Ni−Ti合金、Cu−Al−Ni合金等が知られている。これらの内、鋳鉄やMg系合金は強度が低いという欠点がある。Mn−Cu系合金は、強度が低い上に100℃以上では減衰能が極端に減少する欠点がある。Fe−Al−Cr合金は、歪によって制振性が低下するという欠点がある。これらの材料は、制振性能は比較的優れているが、高価な元素を多く含んでいるため、合金材料の価格上昇となるので本願の用途には不適である。
【0011】
本発明者の一人は、特許文献1に示すような、制振性能に優れたFe−Si−Mn−Cr合金(以下、「制振性に優れた特許鋼」という。)を提案して特許登録されている。この「制振性に優れた特許鋼」は、炭素の質量パーセントが0.001〜0.20%、シリコンの質量パーセントが0.10〜3.0%、マンガンの質量パーセントが18.0未満%、クロムの質量パーセントが20.0%以下、アルミニウムの質量パーセントが0.001〜0.10%、残部が、鉄及び不可避的不純物を含んで成る鋼である。この鋼は、その機械的性質及び製造方法はステンレス鋼と同等であり、かつ、制振性に優れているので、参考に値する材料である。
【0012】
上記の「制振性に優れた特許鋼」は、溶体化熱処理後に急速冷却して更に冷間加工を加える工程を採用しているので、制振性と同時に強度が上昇するが、本願の用途に要請されている優れた耐びびり性、耐摩耗性又は軽量化を満足するには、まだ、強度が不足している。
【0013】
本発明者らは、この要請に対応するために、特許文献2に示すように、窒素を0.10〜1.20[%N]添加した高強度制振鋼の技術を開示している。
この鋼は、窒素含有量を高くすることによってオーステナイト相を安定にしている。そして、制振性発現に必要なε―Ms相及び積層欠陥は、溶体化熱処理の後に所要の冷間加工を加えることによって発現させることができる(非特許文献1参照)。
【0014】
特許文献3が開示する「制振合金」は、Fe−Mn‐(Cr、Ni)−Si系合金である。同特許は、準安定オーステナイトの範疇にあり、±1.0%の大きな歪を与える疲労試験においては、ε−マルテンサイト相に加えて、α‘−マルテンサイト相を生成し易いという問題点がある。
【0015】
耐疲労特性評価試験として、材料の用途から要請される特性に従って、高歪低サイクル疲労試験(以下、「疲労試験A」という。)及び低歪高サイクル疲労試験(以下、「疲労試験B」という。)がある(非特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【0016】
【特許文献1】特許第4984272号公報
【特許文献2】特許第5835677号公報
【特許文献3】特開2014−129567号公報
【非特許文献1】小舞忠信、(独)日本学術振興会、第133委員会、第226回研究会資料、平成27年4月25日、p.1−6.
【非特許文献2】JISZ2279(ひずみ制御低サイクル疲労試験)
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明は、優れた疲労耐久性と優れた制振性を兼ね備える鋼を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
以下に、課題を解決するための手段の要点を示す。
(1)本発明は、本発明者らが一貫して研究してきた高マンガン鋼において、熱誘起又は加工誘起イプシロン・マルテンサイト相(以下、「ε―Ms相」という。)又は積層欠陥(金属の結晶構造の形態を云う専門用語である。)を適切に生成させて制振性能を発現させる技術を提供することを基としている。ここで、[%ε−Ms相]はε−マルテンサイト相の体積分率と積層欠陥の体積分率の和と定義する。
(2)本発明は、窒素含有量を高くすることによって、外部からの振動歪によっても安定なオーステナイト相を有する技術を提供する。
(3)本発明は、疲労試験A又はBにおいて、優れた疲労特性を発現する鋼を提供する。
(4)本発明は、疲労試験A又はBにおいて、破断する前に200℃以上の温度に加熱することによって、疲労試験によって増殖したε‐Ms相又は積層欠陥を熱によって消滅させて、疲労試験前の状態に修復させる技術を開示する。
(5)本発明は、疲労試験A又はBにおいて優れた疲労特性を発現する鋼に冷間加工を加えることによって、優れた疲労耐久性と優れた制振性を兼ね備えた鋼を提供する。
【0019】
本出願に係る発明は、下記の[特許請求の範囲]の[請求項1]乃至[請求項14]に記載した事項により特定される。
[特許請求の範囲]
[請求項1]
炭素の質量百分率[%C]を0.001〜0.10[%]、
シリコンの質量百分率[%Si]を0.10〜3.0[%]、
マンガンの質量百分率[%Mn]を3.0〜18.0未満[%]、
クロムの質量百分率[%Cr]を3.0〜20.0[%]、
窒素の質量百分率[%N]を0.10〜1.20[%]、
残部が鉄及び不可避的不純物からなり、
数式1によって計算される積層欠陥エネルギー(SFE)(mJ/m)が、
数式2を満足し、
[数式1]
[数式2]
ここで、数式1において、[%Ni]は、ニッケルの質量百分率である。
JIS Z2279(ひずみ制御低サイクル疲労試験)に準拠した、±1.0%の歪制御で、0.1Hzのサイクル疲労試験(疲労試験A)において、
1000回まで破断しなく、破断したサンプルの透磁率(μ)が200Oeの磁界で、1.01以下、又は、
±350MPaの応力制御で、10Hzのサイクル疲労試験(疲労試験B)において、500,000回まで破断しなく、試験終了時のサンプルの透磁率(μ)が200Oeの磁界で、1.01以下であることを特徴とする優れた耐疲労特性を有する鋼。
[請求項2]
請求項1記載の鋼について疲労試験を行う際、破断以前に200℃以上に加熱することによって、疲労試験前の状態に修復することを特徴とする優れた耐疲労特性を有する鋼。
[請求項3]
請求項1又は2記載の鋼に、1000〜1100℃で1時間の溶体化熱処理を施した後に、900℃以下の温度領域で200℃/分以上の冷却速度で急速冷却、又は、溶体化熱処理を施し冷却後に、断面積減少率、2〜50%の冷間加工を加えることによって、
X線回折法によって測定されたイプシロン・マルテンサイト相及び積層欠陥の合計体積パーセント[%ε−Ms相]が、数式3を満足し、
片持ち梁法によって測定した制振性を表す損失係数(η)が、数式4を満足することを特徴とする優れた耐疲労特性と優れた制振性を兼ね備えた鋼。
[数式3]
[数式4]
[請求項4]
請求項1乃至3記載の鋼を含んで構成されることを特徴とする切削工具。
[請求項5]
請求項1乃至3記載の鋼を含んで構成されることを特徴とするチエーン伝動装置。
[請求項6]
請求項1乃至3記載の鋼を含んで構成されることを特徴とする建造物免震支持体。
[請求項7]
請求項1乃至3記載の鋼を含んで構成されることを特徴とするばね装置。
[請求項8]
請求項1乃至3記載の鋼を含んで構成されることを特徴とするHDDサスペンション。
[請求項9]
請求項1乃至3記載の鋼を含んで構成されることを特徴とする超伝導コイル支持体。
[請求項10]
請求項1乃至3記載の鋼を含んで構成されることを特徴とする発電機又は電動機の回転子固定ヨーク。
[請求項11]
請求項1乃至3記載の鋼を含んで構成されることを特徴とするフライホイール式電力貯蔵装置。
[請求項12]
請求項1乃至3記載の鋼を含んで構成されることを特徴とする水素貯蔵容器。
[請求項13]
請求項1乃至3記載の鋼を含んで構成されることを特徴とする超電導送電の液体窒素容器管。
[請求項14]
請求項1乃至3記載の鋼を含んで構成されることを特徴とする耐疲労特性に優れた非磁性低温靱性制振機能装置又は部品。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に、本発明に係わる優れた疲労耐久性と優れた制振性を兼ね備えた鋼について具体的に説明する。
【0021】
本発明の請求項1において、シリコンの質量百分率を0.10〜3.0[%Si]、マンガンの質量百分率を3.0〜18.0未満[%Mn]としている。これは、良好な制振性発現能を持ちながら、微量のシリコンを添加することによってマンガン含有量を低く抑えることができることを開示している。
即ち、熱処理或いは冷間加工によってε−Ms相が生成し易い度合いを示す積層欠陥エネルギーSFE(mJ/m)の関係式(数式1)において、マンガンの項は−1.2×[%Mn]であり、シリコンの項は−13×[%Si]であることから、シリコンはマンガンの約十倍のSFEの低下効果があることを示している。即ち、SFEを20mJ/m以下に保持する上で、微量の0.10〜3.0[%Si]のシリコン添加によってマンガン質量百分率を18.0未満[%Mn]と少なく抑えられている。これは、高マンガン鋼において、優れた熱間加工性及び冷間加工性を得るために極めて重要な発明である。即ち、マンガン質量百分率が18.0[%Mn]以上では熱間加工性及び冷間加工性が悪くなり製造コストが上がるためである。
【0022】
ここで、積層欠陥エネルギーを20mJ/m以下としたのは、急速冷却或いは冷間加工によるε−Ms相及び積層欠陥をより生成し易しくするためであり、この値が20 mJ/mを超えるとε−Ms相及び積層欠陥の生成が不十分となるためであり、好ましくは、10mJ/m以下である。更に、シリコンの質量百分率を0.10[%Si]以上としたのは、0.10[%Si]以下ではシリコン添加効果が見られないためであり、3.0[%Si]以上はシリコンによる固溶体硬化によって材料が硬くなり過ぎるためであり、好ましくはシリコン質量百分率0.5〜1.5[%Si]である。
【0023】
本発明の請求項1において、クロム質量百分率3.0〜20.0[%Cr]としている。これは、本発明の基本となるオーステナイト相(以下、「γ−相」という。)の生成に関するものである。クロム質量百分率が20.0[%Cr]を超える領域ではγ−相とフェライト相(以下、「α−相」という。)の2相が生成するので、クロム質量百分率を20.0[%Cr]以下、好ましくは、15.0[%Cr]以下とする。クロムの下限については、積層欠陥エネルギーSFE(mJ/m)(数式1)を20(mJ/m)以下とする条件を満たす範囲を設定すればよい。これによって、クロムとマンガンの相乗効果によって効果的にγ−相を生成させる領域を広くとることができる。ニッケルのγ−相生成の役割をシリコン、マンガン及びクロムが効果的に果しているので、制振性発現の観点からは高価なニッケルは必ずしも必要なくなっている。即ち、本発明においては、制振性発現以外の必要がない限り、ニッケルの意図的な添加の必要はない。
【0024】
本発明の請求項1において、窒素の質量百分率を0.10〜1.20[%N]としている。これは、窒素含有量を高くすることによってオーステナイトを安定にすると同時に、積層欠陥エネルギー(SFE)を低下させて、ε‐Ms相及び積層欠陥を生成しやすくするためである。疲労試験Aにおいて、1000回のサイクル試験においても破断を促進する、α‘−マルテンサイト相は生成しないことを確認している。窒素の含有量が、0.10[%N]未満では、窒素の効果が小さいためであり、1.20[%]を超えると窒素に起因するブローホールの欠陥が発生する恐れがあるためである。好ましくは、窒素の質量百分率は、0.3〜0.8[%N]である。
【0025】
本発明の請求項1において、炭素の質量百分率を0.001〜0.10[%C]としている。炭素の質量百分率が0.10[%C]を超えると、必要な量の[%ε―Ms相]が得られないためである。
【0026】
本発明の請求項2は、請求項1記載の鋼について疲労試験を行う際、破断以前に200℃以上に加熱することによって、疲労試験前の状態に修復する技術を開示している。加熱温度は200℃以上で500℃まで加熱すれば十分である。
それ以上はエネルギーの点で必ずしも得策ではない。加熱方法は、例えば、ガスによる外部からの加熱による方法があるが、請求項1記載の組成の鋼は比抵抗が高いので通電加熱が可能であり簡略なので推奨できる。
【0027】
本発明の請求項3は、本発明の請求項1又は2に記載した鋼に優れた制振機能を付与する方法を具体的に開示している。即ち、本発明の請求項1又は2に記載した鋼に、1000〜1100℃で1時間の溶体化熱処理を施した後に、900℃以下の温度領域で200℃/分以上の冷却速度で急速冷却、又は、溶体化熱処理を施し冷却後に、断面積減少率、2〜50%の冷間加工を加える方法を開示している。これは、結晶粒に歪を付与する手段であり、上記の急速冷却は熱収縮によるものであり、冷間加工によっても同様の歪を付与効果が可能である。
【0028】
本発明の請求項3において、X線回折法によって測定されたε−Ms相及び積層欠陥の体積百分率が5〜50体積%であることを開示している。これは、本発明の基本的な制振発現の必要条件である金属組織、即ち、ε−Ms相及び積層欠陥の定量的表現であり、5体積%未満では制振性が不十分となるためであり、50体積%を超えると ε−Ms相が相互に絡みあって逆に制振特性を低下させることが分かったものである。好ましくは、[%ε−Ms相]は、10〜30体積%である。
【0029】
本発明の請求項3において、片持ち梁方式によって測定された損失係数(η)が0.005〜0.10であることを開示している。これは制振性に優れた鋼材としての基本的な条件である。ここで、本発明になる鋼材の振動減衰能は振動歪依存が大きいので、損失係数(η)測定方法は、振動歪みを約10−4以上にする必要があるため、これを可能にする方法として片持ち梁方式を選択した。
測定値においては、損失係数(η)が0.005未満であると制振性鋼としての振動減衰機能が不十分であるためであり、0.10を超えるための製造条件では鋼材の機械的性質が上記記載の用途に適さなくなるためである。
【0030】
本発明の請求項4乃至請求項13において、本発明に係る鋼を含んで構成される、切削工具、チエーン伝動装置、建造物免震支持体、ばね装置、HDDサスペンション、発電機又は電動機の回転子固定ヨーク材、フライホイール式電力貯蔵装置、超電導コイル支持体、水素貯蔵容器、超電導送電の液体窒素容器管については実施例によって説明する。
【発明の効果】
【0031】
本発明に係る優れた疲労耐久性と優れた制振性を兼備する鋼を、切削工具、チエーン伝動装置、建造物免震支持体、ばね装置、HDDサスペンション、発電機又は電動機の回転子固定ヨーク、フライホイール式電力貯蔵装置、超電導コイル支持体、水素貯蔵容器、超電導送電ケーブル等適用すると、疲労耐久性に優れ、かつ、稼働中の振動を早期に収斂させる鋼材及び装置を提供できるので産業界に貢献できる。
【0032】
以下、本発明を実施例によって説明する。
【実施例1】
【0033】
実験例1として、表1に示す組成の鋼を溶製した。
ここで、表1に記載されていない元素について説明する。
不可避的不純物である、リン(P)及び硫黄(S)はいずれも0.01質量%以下とした。ニッケル(Ni)及びアルミニウム(Al)は、意図的には添加しなかった。比較例9(SUS304)は、表1の化学組成の他に、Niを8[%Ni]添加した市販品である。比較例10(SUS316)は、Niを12%添加した市販品である。比較例11(LY225)は、市販の免震ダンパー用低降伏点炭素鋼である。
この材料の積層欠陥エネルギー(SFE)を数式1によって計算した。
次に、真空中で1050℃、1時間の溶体化熱処理を行った後に冷却した。この材料より図1に示す疲労試験用試験片を作成した。一方、溶体化熱処理を行った材料に制振付与を目的にして、上記の材料に10%の冷間加工をして、切削加工により10mmφ×100mmLの損失係数(η)測定用の試験片を作成した。
【0034】
JIS Z2279に準拠した疲労試験の様子を図2に示す、インストロン製8802型疲労試験機によって、疲労試験A(±1.0%の歪制御で0.1Hzのサイクル疲労試験)によって、破断に至るまでの繰返し回数及びヒステリシス曲線を計測した。疲労試験B(±350MPaの応力制御で10Hzのサイクル疲労試験)においては、80万回まで試験を行い未破断の場合はその時点で試験終了として、表1の相当欄に80万回と記載した。
【0035】
図3に示す片持ち梁方式によって損失係数(η)を測定した。振動部の長さを50mmとして、先端に加速度センサを取付けて、衝撃を与え自由減衰時間及び振動周波数を測定して損失係数(η)を求めた。このときの振動歪は10−4レベルであった。その代表例を図4に示す。
図3に示す片持ち梁方式の振動試験装置によって、表1における本発明例1と比較例9(SUS304)の制振性の比較を行った。図4は、例示としての振動減衰の時間軸波形であり、同時に共振周波数を計測することができる。
この減衰波形より、損失係数(η)は5及び6式によって求めることができる。
対数減衰率(α) α=1/n・Ln(A/A) ・・・・(5)
損失係数(η) η=α/π ・・・・(6)
ここで、AはAからn周期目の振動振幅である。
【0036】
上記の結果を表1にまとめた。
総合評価として、良好(○)及び不可(×)の記号によって表わした。
【0037】
【表1】
【0038】
以下、表1について詳述する。
本発明例1〜13は、シリコンを本発明の請求範囲内である0.10〜3.0[%Si]、マンガンを3〜17[%Mn]、クロムを3〜19[%Cr]、窒素を0.10〜1.20[%N]を添加している。
本発明例1〜13は、窒素を0.10〜1.20[%N]を添加しているので、疲労試験においてもオーステナイト相が安定なので、疲労試験A及びBのいずれにおいても優れた疲労耐久性が確認できた。また、SFE値が20mJ/m以下であるので、ε−Ms相体積%は本発明の請求範囲内であり、10%の冷間加工した材料の損失係数(η)は良好である。
【0039】
ここで、本発明例8においては、シリコンを1.00[%Si]を添加しているので、マンガンが3.0[%Mn]、クロムが9.0[%Cr]でも、SFEの条件を満たしているので、良好な制振性を示すことが確認できた。
本発明例9においては、シリコンを1.00[%Si]を添加しているので、各々、マンガンが12.0[%Mn]、クロムが3.0[%Cr]でも、SFEの条件を満たしているので良好な制振性を示すことが確認できた。
【0040】
比較例1は、窒素が不足しているので、疲労耐久性が不良である。
比較例2〜7は、窒素を0.10[%N]以上であり、本特許請求範囲の例であるが、以下の理由によって総合評価は不可(×)である。
比較例2は、マンガン量が19[%Mn]と過大なので、冷間加工性が不良である。
比較例3は、シリコン量が0.08[%Si]と不足しているので制振性が不良である。
比較例4は、シリコン量が3.10[%Si]と過大なので、材料が硬く加工コスト高いので実生産ができない。
比較例5は、炭素量が0.11[%C]と過大のため、制振性が不良である。
比較例6は、マンガン量が2[%Mn]と不足しているため制振性が不良である。
比較例7は、クロム量が21[%Cr]と過大のため、母相がγ−相及びα−相の2相域となっているために、ε−Ms相の生成量が少ないので制振性が不十分である。
【0041】
比較例8は、窒素を1.30[%N]と添加しているが、鋼の凝固時に窒素に起因するブローホールが発生するので、鋼の内部に欠陥が発生し品質上問題がある。この種の欠陥は、表1に記載した評価指標には表れてこない。
【0042】
比較例9は、市販のSUS304であり、準安定オーステナイトであり、SFEは40(mJ/m)と高いので、制振性が悪く、疲労試験Aにおいて、疲労試験中にα‘−Ms相が生成して破断までのサイクル数は500回と著しく悪い。
比較例10は、市販のSUS316であり、Niによってオーステナイトを安定化しており、SFEが48(mJ/m)と高いので制振性が無い。
比較例11は、市販の低降伏点鋼であり、疲労試験Aにおいて、破断までのサイクル数は100回と不良である。
【0043】
更に、図5図6及び図7は、表1をグラフにしたものである。
図5は、SFEとε‐Ms相体積%との関係を示す。SFEが20(mJ/m)以下において所望のε‐Ms相体積%を示す。
図6は、SFEと損失係数(η)との関係を示す。SFEが20(mJ/m)以下において所望の制振性を示す。
図7は、SFEと疲労耐久性(破断までのサイクル数)との関係を示す。
SFEが20(mJ/m)以下において所望の疲労耐久性を示す。
【0044】
図8は、疲労試験Aにおける、本発明例1、比較例9及び比較例11の70回目のヒステリシス曲線である。このヒステリシス曲線に囲まれた部分が材料に加えられたエネルギー(J)である。表2は、疲労試験Aにおいて破断までに加えられたエネルギーを材料が吸収した全エネルギーを試算した結果である。
本発明例1が外から加えられた振動を効果的に吸収していることが判る。
【表2】
【0045】
図9は、疲労試験Bにおける、本発明例1及び比較例10の試験中の試験片標点間の変位(伸び)の推移を示す。図10は、該サンプルの破断近傍の光学顕微鏡組織である。
図9において、本発明例1は、100回以降では外力に応じて結晶粒内構造の変移(積層欠陥の増殖)によって外部振動エネルギーを吸収することによって、変位伸びは0.15mmに維持されたままで破断寸前まで持ち耐えて50万回で破断した。これに対して、比較例10は、外部振動を吸収することが出来なくて極めて早期の3000回で破断した。
図10において、本発明例1は積層欠陥を明瞭に確認できる。これは、本発明において、Mn、Si及びNによって、積層欠陥エネルギー(SFE)を20(mJ/m)以下にすることによって達成されたものである。
【実施例2】
【0046】
実施例2は、請求項2に記載されている疲労試験によって生成したε‐Ms相又は積層欠陥の加熱修復に関するものである。
図11は、オーステナイト・ステンレス鋼における、γ相、ε‐Ms相及びα‘‐Ms相の生成及び消滅の相転移とマンガン量、温度との関係の基礎的データであり、200℃以上で、ε‐Ms相からγ相に相転移する(ステンレス鋼便覧より抜粋)。図12は、表1の本発明例1の材料について、疲労試験における途中段階の試験片を実験室的にソルトバスによって、300℃、10分加熱した時の顕微鏡組織を示す。この熱処理によって、疲労試験によって生成した積層欠陥が消滅して、疲労試験前の状態に修復されていることが確認できた。
特に、請求項6にある応用例の建造物免震支持体では大変有効と考えられる。
建造物免震支持体では疲労試験Aの如く塑性領域を含むような過酷な疲労現象を伴うことがあり、疲労限度を小さくする原因となっている。このような場合、この疲労修復法を用いることにより支持体の使用期間の延長が期待できる。
【実施例3】
【0047】
実施例3は、請求項3に記載されている制振性付与に関するものである。
実施例1における本発明例1の組成の鋼を用いた。これを真空中で1050℃、1時間の溶体化熱処理を行った後に急速冷却、又は、通常冷却後に、2,5,10,20,30,40,50,60%の冷間加工を行った。表3は、上記の制振性付与操作を施した各々の試験片(10mmφに切削加工)の疲労試験Aの破断までのサイクル数及び損失係数(η)を測定した結果である。
溶体化熱処理後に900℃以下の温度領域で200℃/分以上の急速冷却した場合(No.3−0)は、冷却後に5%冷間加工(No3−3)に相当する制振性付与効果がある。制振性付与の操作は、最終製品に要求される制振性と疲労耐久性とに従って選択しなければならない。表3より、2〜50%の冷間加工において耐疲労特性、制振共に良好であるが、さらに好ましくは、5〜30%冷間加工が良好である。
【0048】
【表3】
【実施例4】
【0049】
実施例4は、本発明に係る鋼の冷間加工性の評価に関するものである。
表4は、表1における本発明例1(Mn:17[%Mn])、本発明例10(Mn:8[%Mn])、比較例2(Mn:19[%Mn])及び比較例9(SUS304、Mn:0.5[%Mn])のマンガン質量含有率[%Mn]の異なる鋼について、試験圧延機(ワークロール径85mmφの4段圧延機)によって、2.0mmから約0.03mm厚までの冷間圧延における中間熱処理回数と次の熱処理が必要となるまでの冷間圧延率を測定したものである。
本発明例1又は10は、2.0mmから約0.03mmまでに中間熱処理回数は3回であり、次の中間熱処理までの平均冷間圧延率は63〜70%である。
これはSUS304(比較例9)と同等であることが確認され、実生産可能との総合評価である。これに対して、比較例2(Mn:19[%Mn])は、9回の中間熱処理が必要となり、次の中間熱処理までの平均冷間圧延率は35%である。これは、実生産における冷間加工のコストが過大となるために実用化が阻害されていることが明白に示されている。
【0050】
【表4】
【実施例5】
【0051】
実施例5は、請求項4に関するものである。
表1に記載した本発明例1の素材を図13に示すボーリングバイトシャンクに加工した。比較例Aは、耐びびり性の優れた超硬合金、比較例Bは、一般の切削工具に用いられているクロム・モリブデン鋼(SCM440)である。この時の被削材は、S45C、切削条件としては、Vc=70mm/min、加工代ap=0.2mmである。切削工具は、10mm径(D)であり、突出し長さを3D〜7Dに変化させた時のびびり評価を行った。
切削加工におけるびびり評価を行った結果を表5に示す。
結果を表5に示すように、本発明例1は、突出し長さ60mm(6D)の条件において、比較例A(超硬合金)に匹敵する優れた耐びびり性を示すことが確認できた。本発明に係る高強度制振鋼を削岩支持具に適用すると、削岩びびりが軽減されたので、削岩効率が向上した。
【表5】
【実施例6】
【0052】
実施例6は、請求項5に関するものである。
表1における本発明1及び比較例9の素材を用いて、図14に示すチエーンを作成した。図15に示すチエーン伸び試験装置を作成した。500Nの張力を懸けて60m/minのライン速度にて稼働させてチエーンの伸びを計測した。表6に、疲労試験Bによる材料としての耐疲労特性を表1より転記した計測値、及び、1%チエーン伸びまでの所要時間を比較して記載した。本発明例1の材料によるチエーンは、従来のステンレス・チエーン(比較例9)より優れた耐伸び性を示すことが確認できた。
【表6】
【実施例7】
【0053】
実施例7は、請求項6に関するものである。
表1の本発明例1及び比較例11の材料を用いて20mmφ、1.0m長さ、4本を用いて図16に示す制振・免震ダンパーを作製した。その時の共振周波数はいずれも3.0Hzであった。表7は、制振・免震ダンパーの特性比較である。制振性評価はいずれも良好である。これは低周波振動を材料形状によって効果的に吸収していることを意味する。地震等で加えられる変形は塑性領域の場合が想定されるので、疲労試験Aによる評価が必要である。本発明例1は、比較例11(従来材)に比較して優れた疲労耐久性を示すことが確認できた。
【表7】
【実施例8】
【0054】
実施例8は、請求項7に関するものである。
表1における本発明1及び比較例9の素材を用いて、線径1.0mmφを用いて、図17に示すコイルばねを作成した。図18に高次周波数のサイジング現象を例示した。表8は、サージング発生の比較及び疲労耐久性を比較したものである。本発明例1は材料が振動を吸収するのでサージングが抑制されており、かつ、疲労耐久性にも優れている。
【表8】
【実施例9】
【0055】
実施例9は、請求項8に関するものである。
図19(左)は、HDD(ハードデイスク記録再生装置)の外観である。
図19(右)は、HDDサスペンションの外観である。近年、ハードデイスク記録再生機構が、従来の水平磁気記録方式から垂直磁気記録方式になりその機能は飛躍的に改善された。しかしながら、高密度記録及び高速回転するに従ってサスペンション自体の振動が阻害要因になっていることが分かってきた。
表1における本発明例1及び比較例9の素材を用いて図19(右)に示すサスペンションを作成した。図20は、模擬振動を加えて振動の周波数依存性を計測した結果の例示である。表9は、HDDサスペンションへの適用結果である。
本発明例1によるサスペンションの優れた制振性を確認した。これは、HDD装置の機能向上に役立つ。
【表9】
【実施例10】
【0056】
実施例10は、請求項9に関するものである。
例えば、磁気浮上列車(リニア鉄道)においては、500km/hrの高速度で走行する場合、約300Hzの振動が超電導磁石及びその支持部に発生する(図21参照)。この場合、一つには、液体ヘリウムや液体窒素の超電導維持用冷却媒体が振動エネルギーによって蒸発気体化する。この現実的な対策として、強力な冷凍機によって気化して冷媒を液化して冷却容器に戻す装置を稼働させている。二つには、巨大な推力振動が加わるので、車体と超電導磁石部を繋ぐ支持体材料には非磁性、低温靱性に加えて高い耐疲労特性が求められる。
表10に、本発明例1と比較例10(SUS316)との上記特性を比較した。
本願の発明になる鋼は、優れた疲労耐久性と制振性を兼備してかつアルミ合金やチタン系材料に較べて安価なので、更なる高機能化に役立つ。
【表10】
【実施例11】
【0057】
実施例11は、請求項10に関するものである。
図22に示すように、発電のために回転する回転子とステータの間の磁気反力による振動・騒音を抑制するために、非磁性鋼材の振動抑制体が設置されている。この振動抑制体は、凹型の複雑形状なので、高精度・高歩留りの効率的製造方法に加えて材料の高性能・軽量化が求められる。本願の発明になる鋼は、疲労耐久性と制振性を兼ね備えているので、更なる発電機の高性能・軽量化が期待できる。実施例11は、発電機への適用例であるが、電動機にも同じ技術的根拠によって適用可能である。用途としては、風力発電機の発電部分、電気自動車のモーター部分等多い。
【表11】
【実施例12】
【0058】
実施例12は、請求項11に関するものである。
太陽光や風力の自然エネルギーを利用する場合、発電電力の変動を負荷平準化するための大容量電力貯蔵設備が必要となる。このために、図23に示すような超電導磁気浮上フライホイール式電力貯蔵が提案されている。フライホイールの3000rpmの高速回転に起因する振動による蓄電効率の低減対策が求められている。フライホイールが回転時には、1kHz以上に振動が発生するに発生することが報告されている。図24に示すように、本発明例1は、耐疲労特性に優れた制振鋼であるので、上記の周波数領域への振動吸収能に優れていることが分っているので、例えば、フライホイール・シャフトへの適用によって、充発電効率の向上が期待できる。
【実施例13】
【0059】
実施例13は、請求項12に関するものである。
水素社会の到来に伴い、耐疲労と耐水素脆性に優れた水素貯蔵容器材料の研究が進められている。例えば、オーステナイト系ステンレス鋼(SUS316、従来材、比較例10)がその有力候補であるが、材料としての強度が不足しているので、容器に肉厚が大きく重くなっている(図25参照)。表12が適用した例である。本発明例1の疲労限は、比較例10より70MPa高いのでより軽量化が可能である。
【表12】
【実施例14】
【0060】
実施例14は、請求項13に関するものである。
図26は、超電導送電ケーブルの実物写真及びその構造である。該ケーブルは、液体窒素によって極低温に保持されおりその容器は、従来は比較例10が使用されている。表13は、本発明例1と比較例10を適用した例である。
本発明例1は、図27に示すように疲労限が高く、かつ、Niを必要としないので安価である。
【表13】
【0061】
本願は、請求項14に記載しているように、請求項1乃至3記載の鋼を含んで構成されることを特徴とする耐疲労非磁性低温靱性制振機能装置又は部品に適用される。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明に係る優れた疲労耐久性と優れた制振性を兼備する鋼を、切削工具、チエーン伝動装置、建造物支持装置、ばね装置、HDDサスペンション、超電導コイル支持体、発電機・電動機の回転子、フライホイール式電力貯蔵装置、水素貯蔵容器、超電導送電の液体窒素容器管に適用すると、稼働中の振動を早期に収斂させて、かつ、疲労耐久性に優れた鋼材及び装置を提供できるので産業界に貢献できる。
【図面の簡単な説明】
【0063】
図1】本願疲労試験用試験片の図面と寸法
図2】疲労試験機
図3】片持ち梁方式の振動試験装置
図4】振動減衰時間軸波形、共振周波数(本発明例1及び比較例11)
図5】SFEとε‐Ms相との関係
図6】SFEと損失係数(η)との関係
図7】SFEと疲労試験Aのサイクル数との関係
図8】疲労試験Aにおける70サイクル目の歪―荷重ヒステリシス曲線
図9】疲労試験Bにおける試験中の変位の推移
図10】疲労試験Bにおける破断したサンプル断面の光学顕微鏡組織
図11】ε‐Ms相及び積層欠陥と加熱温度の関係
図12】加熱によるε‐Ms相及び積層欠陥の修復を示す光学顕微鏡組織
図13】切削工具の例
図14】チエーンの例
図15】チエーン伸び試験装置
図16】制振・免震ダンパーの例
図17】コイルばねの例
図18】コイルのサージング比較
図19】HDDサスペンションの例
図20】HDDサスペンションの振動計測
図21】磁気浮上列車の駆動部の例
図22】発電機の回転子と振動抑制体の例
図23】フライホイール式電力貯蔵装置の例
図24】フライホイールの回転時に発生する振動とモデル試験結果
図25】水素貯蔵容器の例
図26】超電導送電ケーブルの例
図27】オーステナイト系材料のS−N曲線
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24
図25
図26
図27