【実施例】
【0037】
以下では、本発明を実施例により更に詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例によって何ら限定されるものではない。
(合成例1)
<フタロニトリルATRPイニシエーター(Pn−i(1))合成工程>
図1は、フタロニトリルATRPイニシエーター(Pn−i(1))合成工程の反応式である(Scheme 1−1)。まず、メルカプトウンデセノール(HS−(CH
2)
11−OH)と、4−ニトロフタロニトリルを、DMSO中、炭酸カリウムとともに反応させて、OHを末端に有するウンデシルチオフタロニトリル(フタロニトリル−{S−(CH
2)
11−OH}
m(m=1))を合成した。
次に、これを2−ブロモイソブチリルブロミド(Br−C(=O)−C(CH
3)
2−Br)と反応させて、フタロニトリル−{S−(CH
2)
11−O−C(=O)−C(CH
3)
2−Br}
m(m=1)にて表記されるフタロニトリルATRPイニシエーター(Pn−i(1))を合成した。
【0038】
<フタロニトリル−ポリスチレン(Pn−PS(1))合成工程>
図2は、フタロニトリル−ポリスチレン(Pn−PS(1))合成工程の反応式である(Scheme 1−2)。アニソール中、70℃で、フタロニトリルATRPイニシエーター(Pn−i(1))を開始剤、CuBr/PMDETAを触媒系として用い、ATRP法により、スチレンからポリスチレンを合成し、さらにフタロニトリル−{S−(CH
2)
11−O−C(=O)−C(CH
3)
2−ポリスチレン(n)−Br}
m(m=1)にて表記されるフタロニトリル−ポリスチレン(Pn−PS(1))を合成した。
【0039】
ポリスチレン標準を用いたGPC(ゲル浸透クロマトグラフィー)により、重合度を見積もったところ、重合度は41となった。また、重クロロホルム中
1H NMRにより、重合度を見積もった。この重合度は42となった。
【0040】
このフタロニトリル−ポリスチレン(Pn−PS(1))のラジカル重合反応過程において、再結合による停止反応により、両末端にフタロニトリルを有するポリマーも生成した。この高分子量のポリマーは、次に続く環化反応の際にネットワーク構造を形成させる可能性があるため、次の精製工程を行い取り除いた。
【0041】
<フタロニトリル−ポリスチレン(Pn−PS(1))精製工程>
リサイクル分取GPC(ゲル浸透クロマトグラフィー)(JAIGEL 2H/2.5H、溶離液:テトラヒドロフラン)を用いて、フタロニトリル−ポリスチレン(Pn−PS(1))から高分子量のポリマーを取り除く精製を行い、精製フタロニトリル−ポリスチレン(精製Pn−PS(1))を得た。
【0042】
<スターポリマー合成工程>
図3は、スターポリマー合成工程の反応式である(Scheme 1−3)。
まず、ブタノール(沸点117℃)にトルエン(沸点110℃)を加えた混合溶媒を用意した。精製Pn−PSはアルコール溶媒に溶けないため、Pn−PSの溶解性を上げるためである。
次に、前記混合溶媒に精製Pn−PSを、CuCl
2、DBUとともに添加した。次いで、前記混合溶媒を加熱して、130℃として、この状態を12時間維持して、反応溶液を得た。このようにして、精製Pn−PS(1)を、CuCl
2、DBU存在下、ブタノール(BuOH)/トルエン(Toluene)中で反応させた。
【0043】
この反応溶液を室温に戻し、次いで、反応溶液をアルミナに通して触媒を取り除いた。次いで、メタノール中で再沈殿して、反応混合物固体を得た。その後、分取GPC(JAIGEL 2.5H/3H、溶離液:THF)を用いて、緑色粉末のPcのスターポリマーと、原料である白色粉末のPnのポリマーを分離した。これらの操作によって、銅フタロシアニンをコアに持つスターポリマー(Cu−Pc−(S−(CH
2)
11−(C(CH
3)
2−C(=O)=O−)−PS(n))
4、更にPc−(PS)
4と略記する。)を合成した。
【0044】
ポリスチレンスタンダードを用いたGPCにより、重合度を見積もった。その結果、4−armの分子量(PcPS
4)は、Pnのポリマーの分子量の約4倍から20%程度小さく見積もられた。
【0045】
(合成例2)
<フタロニトリルATRPイニシエーター(Pn−i(2))合成工程>
4−ニトロフタロニトリルの替わりに市販品(ジクロロフタロニトリル)を用いた他は、合成例1と同様にして、合成を行った。
図4は、フタロニトリルATRPイニシエーター(Pn−i(2))合成工程の反応式である(Scheme 2−1)。まず、メルカプトウンデセノールと、(4,5―ジクロロフタロニトリル)を、DMSO中、炭酸カリウムとともに反応させ、OHを末端に有するアルキルチオフタロニトリルを合成した。次に、これを2−ブロモイソブチリルブロミドと反応させて、フタロニトリル含有2官能性開始剤(Pn−i(2))を合成した。
【0046】
<フタロニトリル−ポリスチレン(Pn−PS(2))合成工程>
図5は、フタロニトリル−ポリスチレン(Pn−PS(2))合成工程の反応式である(Scheme 2−2)。アニソール中、70℃で、フタロニトリルATRPイニシエーター(Pn−i(2))を開始剤、CuBr/PMDETAを触媒系として用い、ATRP法により、スチレンからポリスチレンを合成し、さらにフタロニトリル−{S−(CH
2)
11−O−C(=O)−C(CH
3)
2−ポリスチレン(n)−Br}
m(m=2)にて表記される2分岐のフタロニトリル−ポリスチレン(Pn−PS(2))を合成した。この重合反応は、分析GPCにより追跡した。時間に伴うスチレン反応率の変化を示す一次速度論プロットから、重合がリビングで進行していたことが分かった。
【0047】
ポリスチレン標準を用いたGPCと、重クロロホルム中
1H NMRにより、生成物の重合度を見積もった。この重合度は、それぞれ、45と58と見積もった。
【0048】
<フタロニトリル−ポリスチレン(Pn−PS(2))精製工程>
リサイクル分取GPC(JAIGEL 2H/2.5H、溶離液:テトラヒドロフラン)を用いて、フタロニトリル−ポリスチレン(Pn−PS(2))から高分子量のポリマーを取り除く精製を行い、精製フタロニトリル−ポリスチレン(精製Pn−PS(2))を作製した。フタロニトリル−ポリスチレン(Pn−PS(2))のATRP直後のGPC分析結果とGPCによる精製後のGPC分析結果との比較により、GPCを行うことで精製できたことが確認された。
【0049】
<スターポリマー合成工程>
図6は、スターポリマー合成工程の反応式である(Scheme 2−3)。まず、ブタノール(沸点117℃)にトルエン(沸点110℃)を加えた混合溶媒を用意した。この混合溶媒に、精製Pn−PS(2)を、CuCl
2、DBUとともに添加した。次に、混合溶媒を加熱して130℃とし、この状態を12時間維持して、反応溶液を得た。このようにして、精製Pn−PS(2)を、CuCl
2、DBU存在下、ブタノール/トルエン中で反応させた。
【0050】
この反応溶液を室温に戻し、次いで、反応溶液をアルミナに通して触媒を取り除いた。次いで、メタノール中で再沈殿して、反応混合物固体を得た。その後、分取GPC(JAIGEL 2.5H/3H、溶離液:THF)を用いて、緑色粉末のPcのスターポリマーと、原料である白色粉末のPnのポリマーを分離した。これらの操作によって、銅フタロシアニンをコアに持つスターポリマー(Cu−Pc−(S−(CH
2)
11−(C(CH
3)
2−C(=O)=O−)−PS(n))
8、更にPc−(PS)
8と略記する。)を合成した。
ポリスチレンスタンダードを用いたGPC測定結果によれば、8−armの分子量(Pc−(PS)
8)は、Pn−PS(2)の分子量に対して4倍よりも約25%小さく見積もられた。
【0051】
表1にフタロニトリル−ポリスチレンの合成条件をまとめた。また、表2にスターポリマーの合成条件をまとめた。
ここで、M
Wは重量平均分子量、M
nは数平均分子量を示し、M
n(theor)は開始剤とモノマー比から計算した分子量の理論値を表す。
【0052】
【表1】
【0053】
【表2】
【0054】
<各種スターポリマーの調製>
また、スチレンの替わりにn−ブチルアクリレート(n−BA)を用いて、上記同様の合成法に従って、スターポリマーCuPc−PBA
4を得た。一方、比較のため、4官能性開始剤を用いたスチレンおよびn−ブチルアクリレートのATRPにより、CuPcコアを有しないアーム数が4のスターポリマー(PS
4およびPBA
4)を合成した。
CuPc−PS
4およびCuPc−PBA
4と併せて、PS
4およびPBA
4の化学構造を、以下に示す。
【0055】
また、ここまでに合成した4種の4本アーム・スターポリマーについて、化学的構造及び性質を以下の表3に示す。
【0056】
【化5】
【0057】
【表3】
【0058】
<スターポリマーの自己集合構造の調査>
CuPc−PS
4の溶解性は、ポリスチレンスターポリマー(PS
4)と同様であり、ジクロロメタン(CH
2Cl
2)、クロロホルム、テトラヒドロフラン(THF)、トルエンなどの有機溶媒によく溶け、メタノールなどの極性溶媒に難溶である。CuPc−PS
4のCH
2Cl
2中の吸収スペクトルは、チオアルキルフタロシアニンの文献値と実質的に合致する693nmに吸収極大を持つ吸収バンド(Q帯)および350nmにピークを持つ吸収バンド(ソーレー帯)を示した(
図7aの実線参照)。興味深いことには、CuPc−PS
4のドロップキャストフィルムは、溶液とは全く異なる吸収スペクトルを示し、698nmにショルダーピークを有すると共に、630nmにピークを有するより広いQバンドを与えた(
図7aの点線参照)。一方、CH
2Cl
2溶液に極性溶媒であるメタノールを添加し、更にその添加割合を増大させていくと、693nmでのピークは減少し、630nmに短波長シフトしたピークを持つより広がった吸収バンドを示した(
図7b参照)。このメタノール中のCuPc−PS
4のスペクトルは、CuPc−PS
4を石英基板にドロップキャストしたフィルムのスペクトルに類似していた。このようなQ帯が短波長シフトしたスペクトルは、隣接するPcの間の励起子相互作用(エキシトンカップリング)から生じるものであり、CuPcコア平面がπ−π相互作用によって重なり合った集合体を形成しているときの特徴である。CuPc−PBA
4も同様に、メタノール中および固体状態で短波長シフトしたスペクトルを示したことから、コアがPBAアームポリマー中πスタックした構造を形成することがわかった。
また、CuPc−PS
8のCH
2Cl
2溶液の吸収スペクトルを確認したところ、チオアルキルフタロシアニンの文献値と実質的に合致する711nmに吸収極大ピークが現れた。
【0059】
一方、CuPc−PS
4のガラス転移温度(Tg)を示差走査熱量測定(DSC)により調査したところ、2回目の昇温過程において、50℃のTgを示したが、これは、分子量の大きな相違にも関わらず、Pn−PSのガラス転移温度(49℃)とほぼ同じである(
図8a参照)。CuPcコアを有しないアーム数が4のスター型のPSであるPS
4(CuPc−PS
4と類似の分子量を有する)は、92℃のTgを示した(
図8a参照)。この結果は、CuPc−PS
4のセグメント運動が、個々のアームポリマーに類似していることを示した。それゆえ、CuPc−PS
4のCuPcコアは、π−π相互作用によりコアユニットを超分子的に結合させる架橋剤として作用し、ポリマー全体にミクロな配列を誘起し、スターポリマー間の絡み合いを抑止すると考えられた。さらに、DSCプロファイルに融解も液晶化も観察されず、偏光顕微鏡観察においてもテクスチャが確認されなかったことから、CuPcコアの集合体は、マイクロサイズの大きなドメインを形成することなく、PSマトリックス中に分散していると結論づけた。
【0060】
CuPc−PS
4の自己集合構造を調査するため、ガラス毛細管に封入したCuPc−PS
4の粉末サンプルを、室温の小角広角X線散乱(SWAXS)測定を用いて解析した(
図8b参照)。SWAXSプロフィールにてq=0.9nm
−1(d=7.0nm)の周辺に拡散した散乱を示した。これは、PSマトリックス中に分散したPc集合体の間の距離を示唆している。比較のため、PS
4についてSWAXS測定を用いて解析したが、そのような散乱は観測されなかった。CuPc−PBA
4も同様に、SWAXSプロフィールにてq=1nm
−1(d=6.3nm)の周辺に散乱を示した。
以上の結果から、CuPcコアを持つスターポリマーは、コア部位がπ相互作用によって集合化し、アーム部位のPSマトリックス中に分散しているこのような構造を形成することが分かった。このような構造はOFETメモリデバイスにおけるナノフローティングゲート構造に適切と考えられたため、引き続きデバイスについて調査した。
【0061】
<スターポリマー誘電体層を有するOFETデバイスの特徴>
図9に例示されているように、ボトム−ゲート/トップ−コンタクト構造を有するペンタセンOFETメモリデバイスの電荷蓄積層にCuPc−PS
4を適用することを試みた。CuPc−PBA
4及びPBA
4並びにPS
4スターポリマーもまた、比較のため電荷蓄積層として利用した。
ポリマーのトルエン溶液(5mg/ml)を、厚み100nmのSiO
2層を有するnドープしたシリコンウェハー上にそれぞれスピンコートし、減圧下40℃で2時間乾燥させ、残留溶媒を除去した。次いで、ペンタセン電荷輸送層を室温で真空下蒸着した。ポリマー層とペンタセン層の厚みは、それぞれ55nmおよび50nmであった。最後に、チャネル長(L)50μm、チャネル幅(W)1000μm、厚み80nmとなるようにマスクを通じて金を蒸着してソース・ドレイン電極を作成した。
これらのデバイスに関連した性質を、表4に要約する。表中、全てのデータは、少なくとも2つのバッチデバイスの異なる10カ所で測定した数値を平均化したものである。ここで、CuPc−PS
4層を有するデバイスの電荷移動度(mobility)は、0.41cm
2/V/sと見積もられ、ペンタセンを用いるOFETとして適切な値を示した。一方、CuPc−PBA
4層を有するデバイスの電荷移動度(9.9×10
−4cm
2/V/s)は、3桁も小さい値であった。
【0062】
【表4】
【0063】
原子間力顕微鏡(AFM)によるペンタセン層の表面観察により、それぞれのスターポリマー薄膜上でペンタセン結晶ドメイン構造に重大な相違があることが明らかになった(
図9)。
CuPc−PS
4薄膜上に蒸着されたペンタセンのAFM画像において、0.4μm程度の大きな結晶ドメインを持つペンタセン結晶を確認した(
図9a)。一方で、CuPc−PBA
4薄膜上に蒸着されたペンタセンにおいては、0.06μm程度の小さな粒子状の結晶ドメインを観察した(
図9b)。さらに、CuPc−PS
4が自乗平均面粗さ(RMS値)が0.19nmの非常に滑らかな薄膜表面を持つのに対し、CuPc−PBA
4はRMS値が1.32nmの比較的粗い薄膜表面を形成した。これはPBAのTgが約−50度と低く、均一で滑らかな表面を持つスピンコートフィルムを作製するのが困難であるためであり、それがペンタセン結晶の成長を阻害し、より小さい粒状のペンタセン結晶が得られたと考えられる。
また、ポリマー薄膜の表面エネルギーは、ポリマー表面でのペンタセン分子の拡散プロセスや結晶成長速度に影響し、ペンタセンの結晶ドメインサイズの差異に関係することが知られている。そこで、水およびジヨウドメタンの接触角を測定し、ペンタセンおよび各スターポリマーの薄膜の表面自由エネルギーを見積もったところ、ペンタセンは47.2mJ/m
2、CuPc−PS
4は、47.3mJ/m
2とほぼ同じ値であった。表面自由エネルギーに差がないことで、界面でペンタセン結晶が欠陥なく成長し、CuPc−PS
4薄膜上でより大きな結晶ドメインを形成したと考えられる。他方、CuPc−PBA
4の表面自由エネルギーは、39.6mJ/m
2と見積もられた。粗いポリマー表面と極性の高い高分子鎖の性質により、CuPc−PBA
4上でのペンタセンの結晶成長が阻害されたことが示唆された。一方で、CuPcコアを有しないスターポリマー、すなわちPS
4及びPBA
4は、相当するCuPcコアを有するスターポリマーとほぼ同じ表面自由エネルギーを有し、これは、ポリマー表面がCuPcコアではなくアームポリマーにより覆われていたことを意味する。
【0064】
ペンタセン結晶構造を調査するために、これらのフィルムについて、薄膜X線回折(XRD)測定を行った。
SiO
2基板、CuPc−PS
4またはPS
4薄膜上のペンタセンの面外XRD測定をしたところ、2θ=5.71°に面間隔が約15.5Åの鋭い(001)回折ピークを示した。これは「薄膜相」と呼ばれる準安定構造に由来し、この相では、ペンタセン分子の長軸方向が基板に垂直に配向し、隣り合う分子同士のπ−軌道が重なることにより効率的な電荷キャリア輸送を達成することが知られている。他方、CuPc−PBA
4またはPBA
4上のペンタセン蒸着膜のXRD回折では、(001)ピークが減少し、代わりに2θ=6.05°にショルダーピーク(001’)が現れた。このショルダーピークは、面間隔約14.6Åの熱力学的に安定な三斜晶相、いわゆる「バルク相」に起因するものであった。(001)構造のみからなる結晶構造と比べて、薄膜相(001)及びバルク相(001’)が混在すると、ペンタセン分子のπ軌道の重なり合いが阻害され、ペンタセン結晶内の電荷移動度を一般に悪化させる。従って、ポリマー表面の粗さおよび極性がペンタセン結晶の成長に影響し、CuPc−PS
4層またはCuPc−PBA
4層上に異なる結晶構造を与え、終局的に電荷キャリア性能に影響を与えたものと結論される。結果として、CuPc−PS
4電荷蓄積層を有するOFETデバイスは、CuPc−PBA
4層を有するOFETデバイスよりもずっと高い電荷移動度を与えた。
さらに、CuPc−PS
4組み込みデバイスは、ドレイン電流のON/OFF比が10
8と高いため、メモリデバイスへの高い潜在性が見込まれた。
【0065】
<OFETメモリデバイスの特徴>
CuPcコアのスターポリマーの電荷蓄積層を有するトランジスタメモリに対して、ドレイン電圧(V
d)を−50Vで一定とし、ゲート電極に−50V/+50Vのパルス電圧を1秒毎に印加し、メモリ特性を評価した。
図10aに図示されるように、CuPc−PS
4層を有するOFETデバイスに、ゲート電圧(V
g=−50V)を印加すると、伝達特性が大きく左(負)方向にシフトした(1
stP)。これは、チャネルに生成した正電荷(ホール)がCuPc−PS
4層へ移動し蓄積された結果であり、この過程を「書き込み」と定義する。逆に、消去操作(1
stE、1秒につきV
g=50V)では、スターポリマー層に蓄積されたホール電荷が、チャネルへと戻り、伝達特性が初期のものとほぼ同じ位置へ戻った。この書き込み・消去の際のしきい値の変化(ΔV
th)をメモリウィンドウと呼び、これはポリマー中に蓄積された電荷の量に比例する。CuPc−PS
4層を有するOFETデバイスは、メモリウィンドウが約21Vであることが分かった。また、書き込み/消去前後の最大電流ON/OFF比(メモリ比)は、Vgが−10Vで10
7以上であった。さらに、書き込みプロセス(2
ndP、1秒につきV
g=−50V)を続けて適用したとき、伝達特性は、再び負の方向にシフトし、一度目の書き込みと類似の特性を示した。これは、書き込み/消去が繰り返し可能なことを示し、フラッシュタイプのメモリデバイスであることを示唆した。
他方、ポリマー誘電体層としてPS
4を有するデバイスは、+50Vのゲート電圧をかけると正方向にシフトするI
d−V
g特性を示した。さらに逆の電圧(−50V)を印可すると元のヒステリシス曲線の位置近くに戻った。これはCuPc−PS
4層とは逆に、電子を貯蓄するフラッシュ型メモリと特徴づけられる。しかし、メモリウィンドウは3V程度、最大メモリ比は10
2程度であり、より高いゲート電圧を付与しないと明確なメモリ現象を発現しない。従って、CuPc−PS
4デバイスでのPSアームの影響は無視できる程度のものであることが明らかになった。
【0066】
また、CuPc−PBA
4デバイスのメモリ特性を、
図10bに図示されるように、同様の交互書き込み/消去操作を用いて調査した。
CuPc−PS
4埋め込みデバイスと同じく、最初の書き込みプロセス(1
stP、1秒につきV
g=−50V)後の伝達特性は、初期状態から負の方向への約29Vもの明確なシフトを与えた。しかし、続く消去パルス(1
stE、1秒につきV
g=50V)を印可しても、伝達特性は、初期の位置に移動しなかった。これは、ポリマー層に蓄えられたホールがチャネルに引き戻されなかったことを意味する。よって、CuPc−PBA
4デバイスは、ライトワンス・リードメニー(WORM)メモリと帰属される。2回目の書き込み動作(2
ndP、1秒につきV
g=−50V)を適用後にも伝達特性は維持された。これは、さらなるゲート電圧によってポリマー中により多くのホールを誘導しなかったことを意味する。
一方、PBA
4を有するOFETについても、類似のWORM型のトラップ挙動が見出され、そのメモリウィンドウは9.7Vと見積もられた。これによって、たとえポリマー中にCuPcユニットがない場合でさえも、PBA
4層はホールキャリアをトラップする能力を示すことが明らかにされた。
上で論じたように、PBA
4及びCuPc−PBA
4薄膜は、PBAの本質的な性質のため、粗い界面及びより高い極性を有しており、電荷伝導パスがフィルムの内部に形成し易く、容易に残留電荷や内部電界が誘導される可能性がある。CuPc−PBA
4を有するメモリデバイス中で生じるホールトラップ挙動は、CuPcコアによるものとPBAアームによるものの両方に因ると考えられた。
【0067】
以上のスターポリマーを電荷蓄積層に用いるメモリデバイスの性能を表5にまとめた。
【表5】
【0068】
次にメモリの保持性について調査した。
図11には、CuPcコアのスターポリマーが埋め込まれたペンタセンOFETデバイスの保持時間試験の結果が図示されている。−50Vの書き込みパルス電圧を1秒間印可し、その後ゲート電圧−10Vのドレイン電流をモニターしたところ、CuPc−PS
4のデバイスは、オン状態、オフ状態ともに10
4s超の間ほぼ一定の高い安定性と長い保持時間を示した。またその間のオンオフ電流比は、約10
6を示した。他方、CuPc−PBA
4を有するメモリデバイスについて、オフ状態の電流値は10
4秒に渡って維持されたが、オン状態の電流は徐々に低下し、3×10
3 秒後には、オン/オフ電流比が10
2以下まで低下した。これと同様の挙動が、スター型のPBA
4のデバイスについて観察された。PBA
4またはCuPc−PBA
4のメモリデバイスのこのような劣った保持特性は、ポリマー薄膜層中に存在する漏洩経路を通って電荷が消散することに起因すると推測される。PBA
4またはCuPc−PBA
4デバイスの伝達特性に現れるWORMタイプのメモリ挙動および電圧印加後のメモリ保持の劣化挙動を合わせて考えると、これらのデバイスは揮発性のスタティックランダムアクセスメモリ(SRAM)に帰属できる。
【0069】
デバイスの作動メカニズムをさらに調査するために、3電極セルを用い、窒素下の0.1Mの過塩素酸テトラブチルアンモニウム(TBAP)を含む無水アセトニトリル中で、CuPcコアのスターポリマー薄膜の、サイクリックボルタンメトリー(CV)測定を行った。CuPcコアのスターポリマーのHOMOおよびLUMOエネルギー準位は、以下の式により、フェロセン(4.8eV)を基準としてCVから見積もられた。
LUMO = − (E
redonset vs. Ag/AgCl + 4.8 eV − E
1/2, ferrocene);
HOMO = − (E
oxonset vs. Ag/AgCl + 4.8 eV − E
1/2, ferrocene)
【0070】
CV測定により見積もられたCuPc−PS
4のHOMOおよびLUMOエネルギー準位は、それぞれ、−5.21eVおよび−2.97eVであった。一方、CuPc−PBA
4は、−5.31eVのHOMO準位および−2.71eVのLUMO準位を示した。これらの見積りエネルギー準位によれば、2種のCuPcコアのスターポリマー、すなわちCuPc−PS
4およびCuPc−PBA
4は、ペンタセン(LUMOが−2.90eVであり、HOMOが−5.10eVである)のものと比べて、ほぼ同様のLUMOおよびHOMO準位を有する。
従って、観察されたメモリ効果のメカニズムは、以下のとおりである。負のゲート電圧が印加されると、ペンタセン層に誘導された正の電荷がポリマー層を通って、CuPcコアの集合体の内部にトラップされる。この場合のペンタセンおよびCuPc−PS
4のエネルギーバンドの概略を
図12aに示す。CuPc−PS
4の場合、CuPcコアの集合体がPS障壁包囲によって十分に隔離されているため、電圧を除いた後もこれらの正の電荷が残るナノフローティングゲートしての挙動を示す。
逆の電圧バイアスを適用すると、電子がペンタセン上に誘起され、それがPSアームへと移動し、CuPcコアにトラップされていたホールと再結合すると考えられる。この場合のペンタセンおよびCuPc−PS
4のエネルギーバンドの概略を
図12bに示す。さらに、キャパシタンスから見積もられたCuPc−PS
4の誘電率は2.51と比較的低い値である。このような低い誘電率は、ポリマーのトンネル層中でより高い電界を誘導し、従って、半導体ペンタセン層からCuPcコア集合体のトラップ位置までの正電荷キャリアの効率的な注入につながりうる。
一方、上で議論したように、CuPc−PBA
4は、柔らかいアームポリマーセグメントにより、ポリマー層中にて様々な電荷漏洩経路を形成すると推測される。従って、同じコアの化学構造および2.60と同様の誘電率であるにもかかわらず、異なるメモリ特性が観察された。
【0071】
電荷蓄積層としてCuPc−PS
4を用いるOFETメモリデバイスの書き込み/消去を繰り返したときの耐久性評価を、
図13に図示されるとおり、エンデュランステストを用いてさらに評価した。ライト・リード・イレーズ・リード(WRER)サイクルの操作を、ドレイン電流をV
d=−50Vとし、一方、書き込み、読み込み、および消去を、それぞれ−50、−5、50Vのゲート電圧下で繰り返した。100回のWRERサイクルの間、メモリデバイスは劣化することなく、10
5を超えるON/OFF電流比が達成された。
CuPc−PS
4を含むOFETメモリデバイスは、高いメモリ保持能力および信頼性の高い書き込み/消去の繰り返し動作を示し、フラッシュタイプメモリの新規ナノフローティングゲート材料としての高い潜在能力が明らかにされた。
【0072】
このように、CuPcコアを有するアーム数が4のスターポリマーが埋め込まれた新規なOFETメモリデバイスが実証された。
CuPcコアのスターポリマーのスピンコートフィルムは、電荷蓄積層として使用され、ペンタセンは電荷輸送層として使用された。CuPcコアは、ホール電荷を蓄積する挙動を示し、大きいメモリウインドウを与えた(>20V)。アームポリマーの性質により、PBAスターポリマー(CuPc−PBA
4)はSRAMタイプのメモリ特性を示した一方で、CuPc−PS
4は、高いON/OFF比率および長いデータ保持性を持つフラッシュタイプのメモリを与えた。CuPcコアを有するスターポリマーは、単にスピンコートするだけで、電荷トラップとなるコア部位をスターポリマー薄膜内に孤立・拡散させることができ、さらにそれらの密度は、アームポリマーの長さを変えることによって制御することができる。従って、本発明のスターポリマーに関するポリマーデザインは、メモリ性能を調節可能なナノフローティングゲート・メモリデバイスのための有望な候補と考えられる。
なお、これらの実施例にて実証された具体的な形態および効果によって、本発明の範囲が限定的に解釈されるべきではない。本発明の主要な目的は、有機電界効果トランジスタ(OFET)において、機能性有機分子をナノフローティングゲートに利用するための、新規な電荷蓄積材料およびこれに基づいて作成されたデバイスを提供することである。この目的を達成するための手段は、本願の特許請求の範囲によって確定される。当業者は、本明細書の開示事項および技術常識に基づいて、特許請求の範囲に包含される上記実施例以外の電荷蓄積材料を製造しかつ使用することができることを当然に理解するであろう。