【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成25〜26年度、独立行政法人科学技術振興機構、研究成果展開事業 研究成果最適展開支援プログラム(A−STEP)委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の接着性骨補填剤は、下記成分を含む:
a.末端にアミノ基を有する、多価アルコールのポリアルキレングリコールエーテル
b.クエン酸トリススクシンイミジル及び/又はクエン酸トリススルホスクシンイミジル
c.ヒドロキシアパタイト
d.α‐リン酸三カルシウム、及び
e.緩衝液。
以下、成分毎に説明する。
【0010】
<成分a.末端にアミノ基を有する、多価アルコールのポリアルキレングリコールエーテル>
成分a(以下「a.ポリエーテル」と示す場合がある)は、多価アルコールのポリエチレングリコールエーテルであって、該ポリエチレングリコール鎖の末端にアミノ基を備えるポリマーである。多価アルコールとしては、2〜6価のアルコール、例えばエチレングリコール、プロピレングリコール、ネオペンチルグリコール、グリセリン、トリメチロールプロパン、ペンタエリスリトール、及びソルビトールが挙げられ、これらのうち3価以上のアルコールが好ましく、グリセリン、ペンタエリスリトールが特に好ましい。
【0011】
ポリアルキレングリコールとしては、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、及びこれらの混合物が挙げられ、これのうちポリエチレングリコールが好ましい。
【0012】
末端のアミノ基は、各エーテル鎖の末端部に存在し、第一級、第二級、又は第三級アミノ基であってよい。反応性の点で、好ましくは第一級アミノ基である。
【0013】
成分aはその分子量(Mw)が、5,000〜100,000であることが好ましく、10,000〜30,000であることがより好ましい。なお、多価アルコールの各水酸基と反応して延びる各ポリアルキレングリコールエーテル鎖は、互いに同じ鎖長である必要はない。
【0014】
成分aとしては、例えばWO2010/070775号記載のテトラアミン‐ポリエチレングリコール(TAPEG)を使用することができ、そのうち下記式(1)で表されるポリマーが好ましい:
【化1】
式(1)において、n
1〜n
4は、25〜250の整数であり、好ましくは50〜150の整数である。n
1〜n
4は同一であってもよい。R
1〜R
4はC
2〜C
4アルキレン基であり、好ましくはC
3アルキレン基である。該ポリマーは生体親和性が高く臨床実績もある。
【0015】
<成分b.クエン酸トリススクシンイミジル及び/又はクエン酸トリススルホスクシンイミジル>
成分b(以下「b.クエン酸」と示す場合がある)は、成分a.ポリエーテルの架橋剤として作用すると共に、スクシンイミジル基もしくはスルホスクシンイミジル基が脱離した後に硬化促進剤として作用し、成分d.リン酸カルシウムの水和硬化を促進する。これらの化合物についても、生体親和性に優れることが確認されている。
【0016】
上述のとおり、成分bは架橋剤と硬化促進剤との両作用を有する。後述の実施例で示すように、成分bの配合量を上げていくと硬化物の接着性が顕著に増加する。但し、多くなり過ぎると、生体への刺激が懸念されるので、該刺激が起こらない範囲において、最大量含まれていることが好ましい。
【0017】
<成分c.α‐リン酸三カルシウム粒子>
α‐リン酸三カルシウム(以下「α‐TCP」と表す場合がある)は、式:Ca
3(PO
4)
2で表され、後述する成分e.緩衝液及び生体内の水分と反応してヒドロキシアパタイトを経由して水和硬化体となる。α‐リン酸三カルシウムの平均粒径(D
50)は小さいことが好ましいが、3.5μm未満となると入手困難であり、また、ハンドリングも若干難しくなる。従って、実際上、平均粒径は、3.5μm〜9μm、好ましくは3.5μm〜6μmである。なお、α‐TCP粒子は、本発明の目的を阻害しない範囲で、その表面がシラン化合物等で処理されていてもよい。
【0018】
<成分d.ヒドロキシアパタイトナノ粒子>
ヒドロキシアパタイト(以下「HAp」と表す場合がある)は、式:Ca
10(PO
4)
6(OH)
2で表され、骨の主成分でもある。本発明で使用するナノ粒子としては、球形状であり、平均粒径(D
50)が10nm〜100nmであるものが好ましく、より好ましくは10nm〜50nmである。
【0019】
該ナノ粒子には、骨形成能をより促進するために、金属が添加もしくはドープされていてよい。該金属としては、亜鉛、チタン、ストロンチウム、銅、及び銀が挙げられる。これらの金属は、塩の形態、例えばリン酸塩、の形態でナノ粒子上に添加され、その量としては、ヒドロキシアパタイトに対して、約0.01〜0.5mol%であることが好ましい。
【0020】
<成分e.緩衝液>
緩衝液は、成分c.α‐リン酸三カルシウム粒子を硬化させる作用だけでなく、骨補填剤に流動性を与えて、適用箇所への注入性(インジェクタビリティ)を向上する。該緩衝液としては、そのpHが5.8〜8.0、好ましくは7.0〜8.0であれば、任意のものであってよい。例えばリン酸緩衝液、Tris 緩衝液、HEPES緩衝液、ホウ酸緩衝液が挙げられ、好ましくはリン酸緩衝液が使用される。
【0021】
<その他添加剤>
上記成分に加えて、本発明の骨補填剤は、慣用の添加剤を本発明の目的を阻害しない量で含むことができる。該添加剤としては、界面活性剤、粘度調整剤、抗菌剤、色素、酸化防止剤等が挙げられる。
【0022】
上記各成分の配合量については以下のとおりである。先ず、成分c.α‐リン酸三カルシウム粒子及び成分d.ヒドロキシアパタイトナノ粒子は以下の関係:
[成分c+成分d](重量%)が骨補填剤総重量の55〜75重量%、且つ、
[成分d/成分c](重量比)が1/99〜15/85、
を満たす。
上記関係を満たす場合、圧縮強度及び接着強度に優れた硬化物となる。好ましくは、[成分c+成分d](重量%)が骨補填剤総重量の59〜67重量%であり、[成分d/成分c](重量比)が2/98〜4/96である。
【0023】
成分a.ポリエーテルの配合量は、骨補填剤総重量の5〜10重量%が好ましく、5〜8重量%であることがより好ましい。
【0024】
成分a.ポリエーテルと成分b.クエン酸は、[成分b/成分a](当量比)が0.8以上であれば硬化物を得ることができるが、好ましくは該当量比が1.5〜9であり、より好ましくは1.9〜9である。該当量比が1.5以上において、硬化物の接着強度が顕著に向上する。これは、ポリエーテルによる架橋密度の上昇と、α‐TCPの水和硬化の上昇の相乗効果が得られるためであると考えられる。
【0025】
成分e.緩衝液の配合量は、[成分c+成分d]を分散させたときの、骨補填剤の注入性(インジェクタビリティ)及び塗布性を考慮して、適宜調整することが好ましい。典型的には、[成分c+成分d]/[成分e](重量/体積)が、1.5/1〜3/1、好ましくは2/1〜2.5/1である。
【0026】
本発明の骨補填剤は上記各成分を上記量比となるように秤取り、公知の混合又は混練手段、例えば、ニーダー、ロール、エクストルーダー、プロペラミキサー、ハイスピードミキサー、ディゾルバー、ホモジナイザー等により混合することによって作ることができる。混合する順序に限定はなく、例えば成分a.ポリエーテルのみを成分e.緩衝液中に溶解し、他の成分を該溶液に添加して混練することにより調製してもよい。
【0027】
骨補填剤の調製から使用までの保存期間が長い場合には、2剤型として供することが好ましい。その場合、例えば成分aと成分eを液状の第一剤とし、成分bを、成分c及びdと共に紛体状の第二剤として供し、使用直前に両者を混合してもよい。或いは、成分e.緩衝液を第一剤と第二剤の双方に分けて配合し、第二剤も液状、例えば分散液の形態にして、両者を夫々シリンジによって、同時に患部に適用してもよい。
【0028】
該骨補填剤は、骨折部、骨欠損部に塗布又は注入することにより適用される。術後、X線検査等により目的とした箇所に補填されていることを確認する。骨欠損等の程度にも依存するが、接着強度の変化を見ると、5分で約70〜80%硬化し、約6時間で90%以上硬化し、17時間以上放置しても接着強度の有意な上昇はなかった。実際には組織中に水分が存在するので、数十分で問題のない硬度に達するものと考えられる。
【実施例】
【0029】
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0030】
[参考例1〜3]
成分c.α‐リン酸三カルシウムの平均粒径の影響を調べるために、成分dを配合せずに、成分cの粒径のみを変えたときの硬化物の圧縮強度の変化を調べた。
<骨補填剤の調製>
表1に示す組成で各成分を混合して骨補填剤を調製した。最初に、成分aを成分eに溶解して溶液とし、該溶液に残りの成分を添加して混合した。結果を表1及び
図1に示す。
各成分の詳細は以下のとおりである。
成分a.テトラアミン‐ポリエチレングリコール(TAPEG),Mw20,000
成分b.クエン酸トリススクシンイミジル
成分c.α‐リン酸三カルシウム、D
50:3.5μm、4.4μm、8.8μm
成分e.リン酸緩衝液、pH:7.0
【0031】
<圧縮強度の測定>
調製した骨補填剤を円柱形状の型に注入し、飽和水蒸気雰囲気の37℃のインキュベーター中で24時間放置した後、型から取り出し、直径6mm、高さ12mmの円柱形状の硬化試料を得た。オートグラフ(島津製作所製)を用いて、クロスヘッド速度0.5mm/分で、圧縮強度を測定した。結果を表1及び
図1に示す。
【表1】
【0032】
上記結果から、α‐リン酸三カルシウムの平均粒径が小さくなるにつれ急激に圧縮強度が増すことが分かる。しかし、取扱い性の点から、粒径が3.5μm以上であることが好ましいと判断された。従って、以下の全ての実験において、粒径が3.5μmのものを用いた。
【0033】
[実施例1〜6、比較例1〜18]
[成分c+成分d]及び[成分d/成分c]の、圧縮強度及び注入性(インジェクタビリティ)に対する影響について検討した。
<骨補填剤の調製>
表2〜4の各組成で各成分を混合して骨補填剤を調製した。最初に、成分aを成分eに溶解して溶液とし、該溶液に残りの成分を添加して混合した。
各成分の詳細は以下のとおりである。
成分a.テトラアミン‐ポリエチレングリコール(TAPEG),Mw20,000
成分b.クエン酸トリススクシンイミジル
成分c.α‐リン酸三カルシウム、D
50:3.5μm
成分d.ヒドロキシアパタイトナノ粒子、球状、D
50:40nm
成分e.リン酸緩衝液、pH:7.0
【0034】
圧縮強度については、上述のとおりに行い、注入性については以下の方法で評価した。
<注入性の測定>
調製した骨補填剤の1mLを2.5mLのプラスチック製ルアーロックシリンジに充填した。該シリンジをオートグラフにセットし、該シリンジのプランジャーをクロスヘッド速度24mm/分でプランジャーの押し出す力が250Nになるまでマイクロチューブ内に押し、排出された骨補填剤量の体積の割合(%)から注入性を求めた。結果を表2〜4に示す。表中、各データは3回繰り返した平均値であり、「−」は、データを取らなかったことを示す。
【0035】
【表2】
【表3】
【表4】
【0036】
圧縮強度の結果を
図2に、注入性の結果を
図3に示す。これらの図において、横軸は、[成分d/(成分c+成分d)](%)を表し、例えば10%は、[成分d/成分c]=10/90に相当する。これらの図から、 [d/c](重量比)が5/95以下である場合、圧縮強度及び注入性の両者の点で、優れることが分かる。
【0037】
[実施例7〜10、比較例19〜22]
成分b.クエン酸以外の成分の配合量をほぼ固定した状態で、[成分b/成分a](当量比)による硬化物の接着強度の変化を調べた。
<骨補填剤の調製>
表5に示す組成で各成分を混合して骨補填剤を調製した。最初に、成分aを成分eに溶解して溶液とし、該溶液に残りの成分を添加して混合した。
各成分の詳細は以下のとおりである。
成分a.テトラアミン‐ポリエチレングリコール(TAPEG),Mw20,000
成分b.クエン酸トリススクシンイミジル
成分c.α‐リン酸三カルシウム、D
50:3.5μm
成分d.ヒドロキシアパタイトナノ粒子、球状、D
50:40nm
成分e.リン酸緩衝液、pH:7.0
【0038】
さらに、比較例21として、バイオペックス(商品名:リン酸カルシウム系骨セメント)及び比較例22としてエンデュランス(商品名:ポリメタクリル系骨セメント)を用いた。
【0039】
<接着強度の測定>
直径6mmの象牙切片上に4×5×12mmのテフロン(登録商標)製の型を置き、その中に各骨補填剤を注入して、室温で24時間放置して、骨補填剤硬化物試験片を作製した。テクスチャーアナライザー(TA.XT Plus、英弘精機社製、剥離速度0.1mm/秒)を用いて、該硬化物試験片と象牙切片との接着強度を測定した。試験はn=6で行い、平均値を算出した。
【0040】
結果を表5及び
図4に示す。成分bを含まない骨補填剤(比較例19)では硬化物と象牙切片が接着しなかった。接着強度は、[b/a](当量比)が2を超えると急激に上がり、約8.5でほぼ飽和した。なお、バイオペックス(比較例3)及びエンデュランス(比較例4)は、象牙切片とほとんど接着せず、接着強度を測れなかった。
【表5】
【0041】
<剥離強度測定後の象牙切片の電子顕微鏡(SEM)観察>
接着試験後の象牙表面の電顕画像を
図5(×250)に、象牙切片の断面の電顕画像を
図6(×250)に示す。
図5より、成分bの量が低濃度から高濃度になるにつれ、残存する骨補填剤硬化物の形状が粒状から塊状へと変化し、塊の大きさも大きくなった。実施例9及び10では、象牙切片一面に硬化物が残存しており、骨補填剤硬化物の凝集破壊強度より接着強度が勝ったことが分かる。
一方、バイオペックス(比較例21)は、少量の硬化物が粒子の状態で残存しており、エンデュランス(比較例22)では、全く残存硬化物が見られなかった。
図6に示す断面のSEM観察においても同様の結果を示し、成分bが低濃度では粒状もしくは小さな塊状で接着し、硬化物が接着していない面も存在していた。成分bの濃度が上がるにつれ全面に硬化物が残存し、その厚さも増し、界面剥離から凝集破壊へと変化したことが分かる。