【実施例】
【0055】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0056】
本発明の回収方法においては、原料溶液中の放射性の白金族金属イオンを反応液中で微生物と接触させてバイオ処理工程を実施する。ただし、放射性の白金族金属イオンに対してバイオ処理工程を実際に実施するためには、放射性物質を取り扱うための特別な設備が必要となる。このため、以下の実施例1および実施例2では、放射線照射施設において微生物(菌体懸濁液のみ)に所定量の放射線を照射した後に、微生物を放射線照射施設から取り出して、通常の実験室においてバイオ処理工程を実施した。また、実施例3では、反応液(非放射性の原料溶液と菌体懸濁液の混合液)に対して放射線を照射しつつ、バイオ処理工程を実施した。
【0057】
このような実験において、放射線照射後の微生物によって(非放射性の)白金族金属が回収可能であれば、本発明の回収方法において、放射性の白金族金属イオンから照射される放射線を受けた状態でも、微生物による白金族金属の回収が可能であると考えられる。
【0058】
[実施例1:酵母による白金族金属の回収実験]
以下では、放射線照射後の酵母を用いて、白金族金属(Pd)イオンを含む原料溶液から白金族金属(Pd)を回収する実験を行った。
【0059】
酵母の菌体懸濁液に対して、線量率3kGy/hの放射線(
60Coガンマ線)を線量(被爆量)1.0kGy(
図1(a))または3.0kGy(
図1(b))となる時間照射した。なお、放射線の線量は、原子力発電による高レベル放射性廃棄物のガラス固化体表面の放射線量を模擬する放射線量率(1.5kGy/h程度)を目安に設定した。また、放射線の照射は、下記の放射線照射施設において行った。
【0060】
<放射線照射施設>
公立大学法人大阪府立大学内の放射線研究センター
線源:
60Co(350TBq)
線量率:0.5〜17kGy/h
(なお、配置(線源からの距離)を調整することで、非照射体に対する放射線の線量を調整することができる。)
照射温度:室温。
【0061】
酵母としては、S.cerevisia(NBRC2044株)を用いた。なお、酵母の懸濁液は次の操作によって調製した。まず、指数増殖末期に達した酵母の培養液を、窒素ガスにより嫌気状態にしたグローブボックス内で採取し、遠心分離機で集菌した。次に、集菌した菌液をイオン交換水で再懸濁し所定の細胞濃度(0.7×10
15cells/m
3)となるように調整した。
【0062】
これとは別に、塩化Pd(PdCl
2)を希塩酸溶液に溶解させて、2mol/m
3のPd(II)イオン(以下、単に「Pdイオン」と記載する。)を含む原料溶液(溶媒:水)を調製した。
【0063】
(1) 中性反応液、電子供与体添加あり
次に、上記の原料溶液を対象に、バイオ処理工程を回分操作で行った。すなわち、原料溶液、KH
2PO
4/NaOH緩衝溶液(pH7)、および、50mMの電子供与体(ギ酸ナトリウム)を混合し、放射線照射後の上記菌体懸濁液を添加することで反応液(pH6.7)を調製した。なお、反応液中の細胞濃度が5.0×10
14cells/m
3となるように、緩衝溶液の添加量を調整した。また、反応液中のPdイオンの初期濃度が1.0mol/m
3となるように各溶液の配合量を調整した。バイオ処理工程は、室温下および嫌気環境下で実施した。
【0064】
また、反応液を調製した後(菌体懸濁液を添加した後)から120分経過後までの所定時間毎(10分、30分、60分および120分経過時)に反応液をサンプリングし、反応液中のPdイオンの濃度をICP発光分光法により測定した。
【0065】
液相Pd濃度の測定値と処理時間との関係を、
図1(a)および(b)に黒丸でプロットしたグラフで示す。なお、
図1(a)は、線量1.0kGyの放射線を照射したときの結果であり、このときのPd回収率は約80質量%であった。また、
図1(b)は、線量3.0kGyの放射線を照射したときの結果であり、このときのPd回収率は約50質量%であった。
【0066】
図1(a)および(b)に示される結果から、線量1.0kGyまたは3.0kGyの放射線を照射した後の酵母であっても、十分な白金族金属の回収能を有していることが分かる。
【0067】
なお、このように、反応液のpHを中性範囲に調整し、反応液中に電子供与体を添加した場合、
図1(a)および(b)の「実験開始60分」の写真(黒丸が付された右側の写真)において、反応液が黒色化していることから、Pdイオンの還元およびPdの析出(バイオミネラリゼーション)が起こっていることが分かる。
【0068】
ただし、放射線の線量が3.0kGyであるとき(
図1(b))にPd回収率が低下している。この結果から、酵母によるバイオミネラリゼーションによって白金族金属を回収する場合、酵母に照射される放射線の量が多すぎると、何らかの要因により酵母のバイオミネラリゼーション能力が低下する可能性があると考えられる。また、Pdの回収は約1時間で平衡に達していることから、放射性の白金族金属イオンの放射線量が3kGy以下であることが好ましいと考えられる。
【0069】
(2) 酸性反応液、電子供与体なし
上記(1)とは別に、塩酸を用いて反応液のpHを酸性(pH1.8)となるように調整し、電子供与体(ギ酸ナトリウム)を添加しなかったこと以外は、本実施例の上記(1)と同様にして、バイオ処理工程を実施した。結果を
図1(a)および(b)に黒四角でプロットしたグラフで示す。
【0070】
図1(a)および(b)に示される結果から、反応液が酸性である場合(電子供与体の添加なし)でも、線量1.0kGyまたは3.0kGyの放射線を照射した後の酵母は、十分な白金族金属イオンの回収能(捕集能)を有していることが分かる。
【0071】
また、反応液が酸性の場合、
図1(a)および(b)の「実験開始60分」の写真(黒四角が付された左側の写真)において、反応液が黒色化していないことから、Pdイオンの還元およびPdの析出が起こらず、Pdイオンがイオンのまま菌体に捕集されるバイオソープションが起こっていることが分かる。なお、この場合、回収工程において焼成等を行うことで、Pdイオンを還元し金属Pdを回収することができる。
【0072】
[実施例2:金属イオン還元細菌による白金族金属の回収実験]
以下では、放射線照射後の金属イオン還元細菌を用いて、白金族金属(Pd)イオンを含む原料溶液から白金族金属(Pd)を回収する実験を行った。
【0073】
具体的には、酵母の代わりに金属イオン還元細菌(S.algae)を用いたこと以外は、実施例1と同様にして、(1)中性反応液(電位供与体添加あり)および(2)酸性反応液(ただし、pHは3.0に調整)を用いたPdの回収実験を実施した。なお、菌体懸濁液への放射線の照射線量は、1.0kGy、1.5kGyまたは3.0kGyとした。
【0074】
金属イオン還元細菌としては、S.algae(ATCC51181株)を用いた。なお、金属イオン還元細菌の懸濁液は次の操作によって調製した。まず、指数増殖末期に達した金属イオン還元細菌の培養液を、窒素ガスにより嫌気状態にしたグローブボックス内で採取し、遠心分離機で集菌した。次に、集菌した菌液をイオン交換水で再懸濁し所定の細胞濃度(7×10
15cells/m
3)となるように調整した。なお、反応液中のPdイオンの初期濃度は、実施例1と同様に1.0mol/m
3である。
【0075】
また、反応液を調製した後(菌体懸濁液を添加した後)から120分経過後までの所定時間毎(5分、10分、30分、60分および120分経過時)に反応液をサンプリングし、反応液中のPdイオンの濃度をICP発光分光法により測定した。
【0076】
液相Pd濃度の測定値と処理時間との関係を、
図2(a)(中性反応液を用いた場合)および
図2(b)(酸性反応液を用いた場合)にグラフで示す。なお、各線量(白丸:1.0kGy、黒三角:1.5kGy、白菱形:3.0kGy)の放射線を照射したときの120分経過後のPd濃度減少量と回収率を
図2において別途表で示した。
【0077】
図2(a)に示される結果から、線量1.0kGy、1.5kGyまたは3.0kGyの放射線を照射した後の金属イオン還元細菌であっても、十分な白金族金属の回収能を有していることが分かる。
【0078】
なお、このように、反応液のpHを中性範囲に調整し、反応液中に電子供与体を添加した場合、120分経過時の反応液が黒色化していた(図示せず)ことから、Pdイオンの還元およびPdの析出(バイオミネラリゼーション)が起こっていることが分かる。
【0079】
図2(b)に示される結果から、反応液が酸性である場合(電子供与体の添加なし)でも、線量1.0kGy、1.5kGyまたは3.0kGyの放射線を照射した後の金属イオン還元細菌は、十分な白金族金属イオンの回収能(捕集能)を有していることが分かる。なお、この場合、回収工程において焼成等を行うことで、白金族金属イオンを還元し金属Pdを回収することができる。
【0080】
図3(a)に、実施例2における金属イオン還元細菌(S.algae)細胞とPdナノ粒子の電子顕微鏡写真を示す。この写真は、実施例2において、菌体懸濁液に3.0kGyの放射線を照射して中性反応液を用いた場合の120分経過後の金属イオン還元細菌(S.algae)細胞を撮影したものである。なお、
図3において、(b)は(a)の一部分Aの拡大図であり、(c)は(a)の一部分Bの拡大図であり、(d)は(c)の一部分Cの拡大図である。
【0081】
図3から、バイオ処理工程によって粒子(Pd粒子)が析出し、菌体に捕集されていることが分かる。なお、バイオ処理工程によって析出したPd粒子は、菌体内全体に捕集されていることが分かる。また、析出したPd粒子の粒径は10nm程度以下(2〜7nm程度)であった。
【0082】
図4は、実施例2における電子線回折分析の回折パターンを示す図である。
図4に示されるように、電子線回折分析によって求めたPd粒子の格子面間隔(実測値)は、標準試料の金属Pdの格子面間隔(Pd文献値)とほぼ一致した。これにより、菌体に捕集された粒子がPd粒子であることが確認された。
【0083】
上記の実施例1および実施例2の結果から、金属イオン還元細菌(S.algae)または酵母(S.cerevisiae)の懸濁液に対して1kGy〜3kGy程度の線量範囲の放射線(ガンマ線)照射を行った場合でも、これらの微生物は十分なPd回収能力を有していることが分かる。
【0084】
[実施例3:酵母による白金族金属の回収実験(反応液に放射線照射)]
実施例1および実施例2では、菌体懸濁液のみに対して放射線を照射したのに対して、本実施例3では、原料溶液と菌体懸濁液を含む反応液に対して放射線を照射した。それ以外の点は、基本的に実施例1と同様にしてPd回収実験を行った。
【0085】
まず、原料溶液としては、初期Pd濃度0.5mol/m
3(0.5mM)のPdCl
2水溶液を実施例1と同様にして調製した。また、実施例1と同様にしてS.cerevisiaeの菌体懸濁液を調製した。その原料溶液と菌体懸濁液を別々の容器に入れて放射線設備に持参した。
【0086】
上記原料溶液に、菌体懸濁液と、緩衝溶液(KH
2PO
4/NaOH緩衝溶液(pH7))とを、細胞濃度5.0×10
14cells/m
3、pH6.7(中性)となる量で添加し、反応液を調製した。なお、反応液中に電子供与体は添加しなかった。
【0087】
このようにして調製した反応液に対して、一定の線量率(3.0kG/h)の放射線(
60Coガンマ線)を20分間だけ照射した。すなわち、反応液(微生物)に照射された放射線の線量は1.0kGである。
【0088】
反応液への放射線照射を停止した後すぐに、その現場で反応液をミクロフィルターを用いて濾過し、微生物と溶液を固液分離した。その濾液を実験室に持ち帰り、Pdイオンの濃度をICP発光分光法により測定し、反応液中の測定された液相Pd濃度の初期濃度に対する減少量を回収量とみなして、Pd回収率を算出した。
【0089】
なお、
図5に示すように、反応液中の酵母濃度(菌体濃度)と放射線照射(1.0kGy)の有無を変化させた試験1〜5(
図5のグラフ横軸の番号および下欄の枠内の番号に対応)を行った。ただし、試験5では、酵母を添加しない無菌対照の反応液に放射線照射を行った。
【0090】
図5は、実施例3の試験1〜5におけるPd回収率を示すグラフである。
図5の試験2および4の結果から、反応液が中性であり、電子供与体が添加されていない場合は、放射線が照射されない環境下では、Pdの回収が難しいと考えられる。これに対して、原料溶液(Pdイオン含有液)および微生物(S.cerevisiae)を含む反応液に対して放射線(
60Coガンマ線:1.0kGy)が照射された場合(試験1および3)は、反応液が中性であり、電子供与体が添加されていない場合でも、Pdの回収が可能であることが分かる。
【0091】
さらに、
図5の右上に示した試験1および3におけるバイオ処理工程後の反応液の写真から、電子供与体が添加されていないにも関わらず、反応液が黒色化しており、Pdイオンの還元およびPd粒子の析出が起こっていることが分かる。
【0092】
図6(a)に、実施例3におけるバイオ処理工程後のS.cerevisiae細胞の電子顕微鏡写真を示す。なお、
図6において、(b)は(a)の一部分Aの拡大図であり、(c)は(b)の一部分Bの拡大図である。
【0093】
図6から、バイオ処理工程によって粒子(Pd粒子)が析出し、菌体に捕集されていることが分かる。なお、バイオ処理工程によって析出したPd粒子は、10nm以下のものが多く、細胞表面(細胞壁周辺)に多く捕集されていた。
【0094】
図7は、実施例3における電子線回折分析の回折パターンを示す図である。
図7に示されるように、電子線回折分析によって求めたPd粒子の格子面間隔(実測値)は、標準試料の金属Pdの格子面間隔(Pd文献値)とほぼ一致した。これにより、菌体に捕集された粒子がPd粒子であることが確認された。
【0095】
実施例3における以上の結果から、原料溶液(白金族金属イオン含有液)および微生物(S.cerevisiae)を含む反応液に対して放射線が照射された場合は、電子供与体(ギ酸塩)を反応液中に添加しなくとも、Pdイオンが還元されて析出したPd粒子が微生物に捕集されることが分かる。
【0096】
実際の本発明の回収方法において、放射性の白金族金属イオンは、バイオ処理工程の前から、原料溶液自体に対して放射線を照射しているため、本実施例3は実施例1よりも実際の本発明の回収方法に近い条件での実験であると言える。したがって、実際の本発明の回収方法においては、電子供与体を添加していない場合でも、実施例1のように白金族金属イオンの還元が生じないとは限らず、本実施例のように白金族金属イオンの還元が生じる可能性が高いと考えられる。
【0097】
なお、この理由として、放射線照射によって電子供与体の役割を果たす何らかの物質が反応液中に生成した可能性が高いと考えられる。したがって、実施例3は、S.cerevisiaeを用いた試験結果であるが、金属イオン還元細菌を用いた場合でも、同様に電子供与体を添加しなくとも、Pdイオンの還元およびPdの析出が可能であると考えられる。
【0098】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。