【解決手段】上部開口75および下部開口74を有して上下方向X1−X2に延びる筒状の被溶射体7、の内側面73に溶射を行うための溶射システムA1であって、溶射物を噴射する噴射部44を有し、被溶射体7に内挿され、且つ上下方向X1−X2に沿って移動可能な溶射ガン40と、被溶射体7の上部開口75に通じ、且つ外部空間から区画された上部通路61、および被溶射体7の下部開口74に通じ、且つ外部空間から区画された下部通路62、を有し、上部通路61の気体および下部通路62の気体を吸引する吸引機構5と、上部通路61における吸引力を調整する開閉弁64(吸引力調整機構)と、を備える。
上記吸引力調整機構は、上記噴射部が相対的に低い位置にあるときに上記上部通路における吸引力が相対的に小さくなるように当該吸引力を調整する、請求項2に記載の溶射システム。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、このような事情のもとで考え出されたものであって、溶射被膜の品質低下を抑制するのに適した溶射システムを提供することを主たる課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するため、本発明では、次の技術的手段を採用した。
【0008】
本発明によって提供される溶射システムは、上部開口および下部開口を有して上下方向に延びる筒状の被溶射体、の内側面に溶射を行うための溶射システムであって、溶射物を噴射する噴射部を有し、上記被溶射体に内挿され、且つ上下方向に沿って移動可能な溶射ガンと、上記被溶射体の上記上部開口に通じ、且つ外部空間から区画された上部通路、および上記被溶射体の上記下部開口に通じ、且つ外部空間から区画された下部通路、を有し、上記上部通路の気体および上記下部通路の気体を吸引する吸引機構と、上記上部通路における吸引力を調整する吸引力調整機構と、を備える。
【0009】
好ましい実施の形態においては、上記吸引機構は、上記被溶射体の上端面に隣接して設けられる遮蔽器を含み、上記遮蔽器の内部空間は、上記上部通路の一部を構成する。
【0010】
好ましい実施の形態においては、上記吸引力調整機構は、上記噴射部が相対的に低い位置にあるときに上記上部通路における吸引力が相対的に小さくなるように当該吸引力を調整する。
【0011】
好ましい実施の形態においては、上記噴射部の上下方向における位置を検出する位置検出センサを備え、上記吸引力調整機構は、上記位置検出センサによる検出値に応じて上記上部通路における吸引力を調整する。
【0012】
好ましい実施の形態においては、上記吸引力調整機構は、上記上部通路に設けられた、開度調整可能な開閉弁、を含み、上記上部通路における吸引力の調整は、上記開閉弁により行う。
【0013】
好ましい実施の形態においては、上記吸引機構は、上記上部通路および上記下部通路の両方につながる吸引部を含む。
【0014】
好ましい実施の形態においては、上記遮蔽器は、上下方向視において上記被溶射体の上記上端面に重なる底部と、当該底部に対して上方に離間し、且つ上記底部に対向する頂部と、を有し、上記底部および上記頂部には、上記噴射部を通過させる下部通過孔および上部通過孔が形成されており、上記頂部につながって上方に延び、上記溶射ガンを囲う筒状カバーを更に備え、上記筒状カバー、および、上記筒状カバーと上記溶射ガンとの間の少なくともいずれかには、通気孔が形成されている。
【0015】
本発明の他の側面によって提供される溶射システムは、上部開口および下部開口を有して上下方向に延びる筒状の被溶射体、の内側面に溶射を行うための溶射システムであって、溶射物を噴射する噴射部を有し、上記被溶射体に内挿され、且つ上下方向に沿って移動可能な溶射ガンと、上記被溶射体の上記上部開口に通じ、且つ外部空間から区画された上部通路、および上記被溶射体の上記下部開口に通じ、且つ外部空間から区画された下部通路、を有し、上記上部通路の気体および上記下部通路の気体を吸引する吸引機構と、上記被溶射体の上端面に隣接して設けられる遮蔽器と、を備え、上記遮蔽器は、上下方向視において上記被溶射体の上記上端面に重なる底部と、当該底部に対して上方に離間し、且つ上記底部に対向する頂部と、を有し、上記底部および上記頂部には、上記噴射部を通過させる下部通過孔および上部通過孔が形成されており、上記頂部につながって上方に延び、上記溶射ガンを囲う筒状カバーを更に備え、上記筒状カバー、および、上記筒状カバーと上記溶射ガンとの間の少なくともいずれかには、通気孔が形成されている。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、被溶射体の内側空間における上部開口と下部開口との間の中間位置では、上部通路側へ向かう吸引気流と下部通路側へ向かう吸引気流の境界領域が形成され、よどみ域が発生するところ、噴射部の上下方向における位置に応じて吸引力を適宜調整することで、被溶射体の内側空間において漂う異物(溶射物の一部)がよどみ域において滞留することを回避することができる。したがって、空間7Sにある異物を速やかに空間7S外に排出することができ、当該異物が被溶射体の内側面に付着することが防止されるので、溶射被膜の品質低下を抑制するのに適する。
【0017】
本発明のその他の特徴および利点は、添付図面を参照して以下に行う詳細な説明によって、より明らかとなろう。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の好ましい実施形態につき、図面を参照しつつ具体的に説明する。
【0020】
図1〜
図3は、本発明に係る溶射システムの一例を説明するための図である。
図1は、当該溶射システムの全体構成を模式的に示す図である。
図2は、当該溶射システムの要部拡大断面図である。
図3は、
図2のIII−III線に沿う断面図(内部構造は省略)である。
【0021】
図1に示す溶射システムA1は、被溶射体7に対し溶射を行うためのものである。被溶射体7に対し溶射を行い、溶射皮膜が形成された工業製品が製造される。被溶射体7は、上下方向(X1−X2方向)に延びる筒状であり、下端面71と、上端面72と、内側面73と、下部開口74と、上部開口75と、を有する。
【0022】
溶射システムA1は、溶射装置1、吸引機構5、ステージ9、および制御装置100を備えている。被溶射体7は、ステージ9に載置される。
【0023】
溶射装置1は、被溶射体7の内側面73に溶射を行うものであり、ワイヤ送給機構10、直線移動機構20、回転機構30、溶射ガン40、および筐体80を備えている。
【0024】
ワイヤ送給機構10は、溶射ワイヤW1,W2を溶射ガン40に向けて送り出すものである。ワイヤ送給機構10は、筐体80内に配置されている。
図1に示すように、ワイヤ送給機構10は、第1ワイヤ供給源11A、第2ワイヤ供給源11B、第1送給ローラ12A、および第2送給ローラ12Bを備えている。
【0025】
第1ワイヤ供給源11Aは、例えばワイヤリールであり、水平方向に延びる軸心回りに回転可能なリールに溶射ワイヤW1が巻き取られた形態を有しており、回転しながら溶射ワイヤW1を繰り出すことができる。第1ワイヤ供給源11Aから繰り出される溶射ワイヤW1は、溶射ガン40に至っている。また、第2ワイヤ供給源11Bも、第1ワイヤ供給源11Aと同様、ワイヤリールであって、リールに溶射ワイヤW2が巻き取られた形態を有しており、回転しながら溶射ワイヤW2を繰り出すことができる。第2ワイヤ供給源11Bから繰り出される溶射ワイヤW2は、溶射ガン40に至っている。なお、本実施形態では、第1ワイヤ供給源11Aおよび第2ワイヤ供給源11Bをワイヤリールとした場合を示しているが、これに限られず、パックワイヤとしてもよい。
【0026】
第1送給ローラ12Aおよび第2送給ローラ12Bは、それぞれ、対をなすローラの少なくとも一方が駆動部(図示略)によって駆動される。これにより、第1ワイヤ供給源11Aから繰り出される溶射ワイヤW1および第2ワイヤ供給源11Bから繰り出される溶射ワイヤW2を溶射ガン40に送り出す。本実施形態では、ワイヤ送給機構10の駆動により、溶射ワイヤW1、W2が対をなして溶射ガン40に供給される。
【0027】
溶射ガン40は、被溶射体7との関係で相対直線移動および相対回転移動しながら、被溶射体7の内側面73に溶射を行うものである。溶射ガン40は、筐体80に支持されている。溶射ガン40は、本体41、一対の給電チップ42A,42B、およびガス噴出孔43を備えている。
【0028】
本体41は、例えば真鍮などの金属製であり、X1−X2方向に延びる円筒形状とされている。本体41の外径寸法は、被溶射体7の内径寸法よりも小さい。これにより、本体41(溶射ガン40)は、被溶射体7に内挿可能である。方向X1および方向X2は互いに反対の方向である。本実施形態では、方向X2は重力下方に一致する。本実施形態とは異なり、方向X2は重力下方に限定されない。たとえばX1−X2方向が垂直方向に対して多少傾斜する方向であってもよい。
【0029】
本体41の内部には、ガス噴出孔43などから噴出させるガスを流すためのガス流路(図示略)、および、溶射ワイヤW1,W2を挿通させるワイヤ導管(図示略)が設けられている。なお、本体41の材質および形状は限定されない。また、絶縁性を高めるために、本体41を、円筒形状の内部本体と、当該内部本体が内挿される円筒形状の外部本体との二重構造にして、内部本体と外部本体との間に空気層を設けるようにしてもよい。
【0030】
給電チップ42A(
図2も参照)は、溶射ワイヤW1を所望の箇所へ案内するためのものである。給電チップ42Aには、溶射ワイヤW1を挿通するための挿通孔が形成されている。給電チップ42Bは、溶射ワイヤW2を所望の箇所へ案内するためのものである。給電チップ42Bには、溶射ワイヤW2を挿通するための挿通孔が形成されている。
図2に示すように、給電チップ42A,42Bは、それぞれ、本体41の中心軸Oxの方向に対して傾斜して配置されている。給電チップ42Aに案内された溶射ワイヤW1と、給電チップ42Bに案内された溶射ワイヤW2とは、本体41の先端側(方向X2側)に向かうほど近接している。また、給電チップ42A,42Bは、図示しない電源装置に接続されている。電源装置が電力を供給することで、給電チップ42Aに挿通された溶射ワイヤW1の先端と、給電チップ42Bに挿通された溶射ワイヤW2の先端との間に、電圧が印加される。これにより、溶射ワイヤW1の先端と溶射ワイヤW2の先端との間にアークが発生する。
【0031】
ガス噴出孔43は、アーク放電によって溶融した溶射ワイヤW1および溶射ワイヤW2の溶滴を飛散させるためのガスを噴出させるものである。ガス噴出孔43は、本体41の先端の下垂部分に形成されている。ガス噴出孔43は、X1−X2方向と略直交する方向を向いている。なお、ガス噴出孔43の数、配置場所、吐出方向は、上述したものに限定されない。ガス噴出孔43には、図示しないガス供給手段から、流量および圧力が制御されたガスが、本体41内部に配置されているガス流路を介して供給される。本実施形態にでは、ガス供給手段は、ガスとして圧縮空気を供給する。なお、ガス供給手段が供給するガスは、空気以外の気体であってもよい。本実施形態では、アークを発生させて、ガスで溶滴を飛散させる箇所を噴射部44とする(
図2参照)。
【0032】
直線移動機構20は、噴射部44(溶射ガン40)を被溶射体7に対して相対的に直線移動させる機構である。本実施形態では、直線移動機構20は、ガイドレール21とモータ23とを含む。ガイドレール21に沿って筐体80が移動可能になっており、筐体80に設けられた溶射ガン40も筐体80とともに移動可能となっている。そのため、モータ23が駆動することにより、溶射ガン40が方向X1や方向X2に移動する。溶射ガン40の方向X1や方向X2への移動に伴い、溶射ガン40における噴射部44が、方向X1や方向X2に移動する。なお、本実施形態とは異なり、噴射部44(溶射ガン40)を直線移動させる代わりに、被溶射体7が載置されたステージ9を方向X1や方向X2に直線移動させるようにしてもよい。
【0033】
本実施形態において、筐体80には、位置検出センサ81が設けられている。位置検出センサ81は、X1−X2方向における噴射部44の位置を検出するものである。位置検出センサ81は、たとえばガイドレール21に対する筐体80のX1−X2方向における位置を測定し、当該測定結果に基づいてX1−X2方向における噴射部44の位置を検出可能とされている。
【0034】
回転機構30は、溶射ガン40の本体41の中心軸Oxを中心として、被溶射体7に対して噴射部44(溶射ガン40)を相対回転させる機構である。本実施形態では、噴射部44の直線移動方向に沿って延びる軸は、溶射ガン40の本体41の中心軸Oxに一致する。なお、本実施形態とは異なり、噴射部44の直線移動方向に沿って延びる軸は、溶射ガン40の本体41の中心軸Oxに平行となっているものであってもよい。本実施形態では、回転機構30は、ステージ9を回転させるためのモータ31を含む。モータ31が駆動することにより、ステージ9が、中心軸Oxを中心として噴射部44(溶射ガン40)に対して回転する。この回転に伴い、ステージ9に載置された被溶射体7が、中心軸Oxを中心として噴射部44(溶射ガン40)に対して回転する。なお、本実施形態では、床面に対してステージ9(被溶射体7)が回転する場合について説明したが、これに限られない。床面に対して被溶射体7を回転させず、床面に対して噴射部44を回転させることで、被溶射体7に対して噴射部44を相対回転させるようにしてもよい。
【0035】
吸引機構5は、主に被溶射体7において内側面73で囲まれた空間7Sにおける気体を吸引して排出するための機構である。本実施形態において、吸引機構5は、遮蔽器50と、上部ダクト61と、下部ダクト62と、吸引部63と、を含む。
【0036】
遮蔽器50は、略直方体形状をなし、側部51と、底部52と、頂部53と、を有する。側部51は、方向X2視(平面視)において底部52および頂部53を囲む矩形枠状である。底部52は、遮蔽器50において方向X2側に位置しており、側部51につながっている。頂部53は、底部52に対して方向X1側に位置しており、底部52に対向し、且つ側部51につながっている。
【0037】
遮蔽器50は、溶射システムA1を使用する際、被溶射体7の上端面72に隣接して配置されており、被溶射体7に対して方向X1側に位置する。遮蔽器50において、側部51、底部52および頂部53によって規定された領域により、外部空間から区画された内部空間50Sが形成される。底部52には下部通過孔521が形成されており、頂部53には上部通過孔531が形成されている。また、側部51には、吸気用開口511が形成されている。なお、被溶射体7と遮蔽器50の底部52との間には、たとえばスラスト軸受およびシール部材(いずれも図示略)が介在させられる。
【0038】
下部通過孔521および上部通過孔531は、噴射部44(溶射ガン40)を通過させるためのものである。下部通過孔521は、方向X2に向かって開放しており、上部通過孔531は、方向X1に向かって開放している。上部通過孔531は、方向X2視(平面視)において下部通過孔521と重なっている。上部通過孔531の面積は、下部通過孔521の面積より小さくてもよい。本実施形態では、下部通過孔521および上部通過孔531は、たとえば中心軸Oxを中心とする円形状とされている。遮蔽器50の内部空間50Sは、下部通過孔521を介して被溶射体7の上部開口75(空間7S)に通じている。また、吸気用開口511は、内部空間50Sに通じている。
【0039】
上部ダクト61は、外部空間から区画された通路を構成しており、遮蔽器50の吸気用開口511に連結されている。これにより、上部ダクト61は、遮蔽器50の内部空間50Sに通じている。
【0040】
下部ダクト62は、外部空間から区画された通路を構成しており、その端部が被溶射体7の下部開口74に臨むように配置されている。これにより、下部ダクト62は、被溶射体7の空間7Sに通じている。また、下部ダクト62は、ステージ9の中央に設けられた貫通孔91に挿通している。当該貫通孔91と下部ダクト62の外周面との間には、たとえば軸受およびシール部材(いずれも図示略)が介在させられる。
【0041】
吸引部63は、内部空間50Sにおける気体および空間7Sにおける気体を吸引するためのものである。本実施形態において、吸引部63は、上部ダクト61および下部ダクト62の両方につながっている。吸引部63は、たとえば真空ポンプ等の駆動により、これにつながる上部ダクト61および下部ダクト62それぞれの内部の気体を所定の吸引力により吸引する。なお、上部ダクト61およびこれにつながる遮蔽器50は、本発明で言う上部通路を構成する。また、下部ダクト62は、本発明で言う下部通路を構成する。
【0042】
図1に示すように、本実施形態において、上部ダクト61には、開閉弁64が設けられている。詳細は後述するが、開閉弁64は、制御装置100からの指示により、全開状態から全閉状態の範囲でその開度が調整可能とされている。本実施形態において、開閉弁64の開度が全開である場合、上部ダクト61に通じる、遮蔽器50の内部空間50Sや被溶射体7の空間7Sにおける上部開口75付近の気体の吸引力と、下部ダクト62に通じる、被溶射体7の空間7Sにおける下部開口74付近の気体の吸引力とは、同程度である。
【0043】
図1、
図2に示すように、溶射装置1の筐体80と、遮蔽器50との間には、筒状カバー82が設けられている。筒状カバー82は、遮蔽器50の頂部53につながって上方に延びており、遮蔽器50の上部通過孔531から噴出した溶射物の粉塵や剥がれた付着物が外部空間にまき散らされないようにするための筒状構成部である。本実施形態において、筒状カバー82は、取付ベース83および筒状体84を有する。
【0044】
取付ベース83は、筐体80に取り付けられるとともに、溶射ガン40の上端部(方向X1における端部)付近を囲っている。本実施形態において、取付ベース83の内周面の適所には凹みが形成されており、取付ベース83が筐体80に取り付けられた状態において、当該凹み部分によって、取付ベース83と溶射ガン40との間には通気孔85が形成されている。
図3に示すように、本実施形態では、複数(たとえば4つ)の通気孔85が形成されており、これら通気孔85は、溶射ガン40の周方向において均等または略均等に配置されている。各通気孔85は、筐体80側において外部空間に通じている。なお、通気孔85の数、配置場所、吐出方向は、上述したものに限定されない。取付ベース83(筒状カバー82)自体に形成される貫通孔によって通気孔を構成してもよい。
【0045】
筒状体84は、その一方端が溶射ガン40を囲むようにして、取付ベース83の方向X2側の面に固定されている。また、筒状体84の他方端は、遮蔽器50の上部通過孔531を囲むようにして、頂部53の外側の面(
図1、
図2における方向X1側の面)に密着されている。筒状体84は、筐体80と遮蔽器50との距離の変化に対応できるように、X1-X2方向に伸び縮みする蛇腹構造となっている。筒状体84の素材は、溶射物の粉塵や剥がれた付着物が通らない素材であればよい。なお、筒状体84は、蛇腹構造とせずに、例えばゴムなどの伸び縮み可能な部材で形成されたものとしてもよい。本実施形態では、筒状体84のX1-X2方向に直交する面での断面形状を、溶射ガン40の断面形状および上部通過孔531の形状に合わせて、円形状としている。なお、筒状体84の上記断面形状は限定されず、たとえば、遮蔽器50の頂部53の外側の面の形状に合わせて、矩形状としてもよい。
【0046】
制御装置100は、溶射システムA1を制御するものであり、たとえばマイクロコンピュータなどによって実現されている。なお、制御装置100は、溶射装置1の筐体80内に収納されていてもよいし、溶射装置1とは別に配置されていてもよい。制御装置100は、溶射システムA1における溶射処理の処理手順を記憶しており、処理手順に従って、各構成に指示を出力する。制御装置100は、直線移動機構20(モータ23)に、噴射部44(溶射ガン40)を移動させる指示を出力し、回転機構30(モータ31)に、ステージ9(被溶射体7)を回転させる指示を出力する。制御装置100は、第1送給ローラ12Aおよび第2送給ローラ12Bを駆動させる各モータに、溶射ワイヤW1,W2を送り出す指示を出力し、電源装置に、給電チップ42A,42Bへの電力供給の指示を出力し、ガス供給手段に、ガス噴出孔43からガスを噴出させる指示を出力する。また、制御装置100は、吸引機構5の吸引部63に、吸引の指示を出力し、位置検出センサ81から受け取った、X1−X2方向における噴射部44の位置の情報に基づき、開閉弁64に、開度調整の指示を出力する。
【0047】
次に、
図4〜
図8を参照して、溶射システムA1を用いて行う溶射処理について説明する。
【0048】
まず、
図4に示すように、被溶射体7における上端面72の側に、内部空間50Sが形成された遮蔽器50を配置する。具体的には、方向X2視(平面視)において、遮蔽器50の下部通過孔521が被溶射体7の内側面73につながる上部開口75に重なるようにして、遮蔽器50を方向X2に移動させ、底部52の外側の面(方向X2側の面)を、被溶射体7の上端面72に重ねる。
【0049】
次に、吸引部63による吸引を開始する。吸引部63の吸引の開始時は、噴射部44からの溶射物の噴射開始前が好ましい。そして、図中矢印に示すように、噴射部44(溶射ガン40)を方向X2に移動させる。
【0050】
図5は、溶射ガン40を上部通過孔531から遮蔽器50に挿入させて、噴射部44を遮蔽器50の内部空間50Sの所定の位置まで移動させた状態を示している。次に、噴射部44を内部空間50Sに位置させた状態で、溶射ワイヤW1、W2の供給を開始し、溶射ワイヤW1、W2への電力の供給を開始することで、溶射ワイヤW1の先端と溶射ワイヤW2の先端との間にアークを発生させる。また、ガス噴出孔43からのガスの噴出を開始する。これにより、噴射部44からの溶射物の噴射が開始される。また、ステージ9(被溶射体7)の回転も開始される。
【0051】
なお、噴射部44からの溶射物の噴射は、噴射部44が内部空間50Sに位置する状態で開始するのが望ましいが、これに限られない。噴射部44が内部空間50Sから空間7Sまでの何処かに位置していればよい。たとえば、本実施形態とは異なり、噴射部44を空間7Sに位置させた状態で、噴射部44からの溶射物の噴射を開始してもよい。噴射部44から溶射物が噴射されると、溶射物の一部が異物となって、内部空間50S内に漂う。異物は、たとえば粉塵や溶射ヒューム等である。内部空間50S内に漂う異物は、吸引機構5(吸引部63)によって吸引される。吸引部63は、内部空間50Sにおける気体を、主に上部ダクト61を介して吸引する。これにより、内部空間50Sにおける異物が除去される。また、吸引部63は、空間7Sにおける気体を下部ダクト62を介して吸引する。
【0052】
また、内部空間50Sにおける気体および空間7Sにおける気体が吸引部63に吸引されることにより、本体41(溶射ガン40)と筒状体84との間の空間においては、上部の通気孔85を通じて外部から空気が流入する。当該外部から流入した空気は、溶射ガン40の外周付近に沿って方向X2(下方)に流れる。したがって、通気孔85を通じて本体41(溶射ガン40)と筒状体84との間に流入した空気により、下向きの気流が生じる。そして、下向きの気流に乗って移動する空気(気体)は、内部空間50Sおよび上部ダクト61を介して、吸引部63に吸引される。
【0053】
次に、
図6に示すように、噴射部44(溶射ガン40)を被溶射体7に対し相対回転させながら、噴射部44(溶射ガン40)を方向X2に移動させる。これにより、被溶射体7の内側面73に対し、噴射部44から溶射物が噴射されて、内側面73に対する溶射が行われる。噴射部44が溶射物を噴射している間は常に、噴射部44を、内部空間50Sから空間7Sまでの何処かに位置させておくとよい。
【0054】
本実施形態においては、噴射部44が空間7Sにおいて方向X2あるいは方向X1に移動する過程では、上部ダクト61に設けられた開閉弁64の開度が調整される。
図6に示すように噴射部44が上部開口75付近にあるとき、開閉弁64は全開状態となっている。このとき、上部ダクト61に通じる、内部空間50Sや空間7Sにおける上部開口75付近の気体の吸引力と、下部ダクト62に通じる、被溶射体7の空間7Sにおける下部開口74付近の気体の吸引力とは、同程度である。そのため、上部開口75付近では、内部空間50Sを介して上部ダクト61へ向かう吸引気流が生じる。これにより、上部開口75付近の気体は、主に内部空間50Sおよび上部ダクト61を介して吸引部63に吸引される。また、下部開口74付近では、下部ダクト62へ向かう吸引気流が生じる。これにより、下部開口74付近の気体は、下部ダクト62を介して吸引部63に吸引される。そして、
図6に示すように噴射部44が上部開口75付近にあるとき、上部開口75付近に浮遊する異物は、主に内部空間50Sおよび上部ダクト61を通過する。なお、
図6に示す状態において、空間7Sにおける上部開口75と下部開口74との間の中間位置では、上部ダクト61側(上方)へ向かう吸引気流と下部ダクト62側(下方)へ向かう吸引気流の境界領域が形成され、よどみ域Stが発生する。
【0055】
本実施形態において、上部ダクト61に設けられた開閉弁64については、X1−X2方向における噴射部44の位置に応じて、その開度が調整される。たとえば、噴射部44が空間7Sにおいて上部開口75付近から方向X2(下方)にシフトするにつれて、開閉弁64の開度が徐々に絞られる。
図7は、X1−X2方向における噴射部44の位置と開閉弁64の開度との関係を示している。
図6、
図7から理解されるように、噴射部44が上部開口75付近の第1位置P1にあるときに開閉弁64は全開状態であり、噴射部44が下部開口74付近の第2位置P2にあるときに開閉弁64は全閉状態である。そして、噴射部44がX1−X2方向において第1位置P1から第2位置P2まで変位する過程において、開閉弁64の開度は噴射部44の変位量に応じて線形的に変化させられる。なお、X1−X2方向における噴射部44の位置は、位置検出センサ81によって検出され、当該噴射部44の位置情報に基づき、開閉弁64の開度が調整される。
【0056】
なお、
図6に示すときも
図5に示す場合と同様に、通気孔85を通じて本体41(溶射ガン40)と筒状体84との間に外部から空気が流入し、下向きの気流が生じる。引き続き、当該下向きの気流に乗って移動する空気(気体)は、内部空間50S、上部ダクト61を介して吸引部63に吸引される。
【0057】
図6に示す状態から、噴射部44が方向X2(下方)に移動するのに伴って開閉弁64の開度が低下させられると、上部ダクト61を介しての空間7Sにおける上部開口75付近の気体の吸引力が減少する。一方、本実施形態では吸引部63が上部ダクト61および下部ダクト62の両方につながっているため、上部ダクト61側の吸引力が減少すると、下部ダクト62を介しての空間7Sにおける下部開口74付近の気体の吸引力が増加する。そして、上部ダクト61側の吸引力と下部ダクト62側の吸引力との差が大きくなるにつれて、
図6において示した、上部ダクト61側へ向かう吸引気流と下部ダクト62側へ向かう吸引気流の境界領域からなるよどみ域Stは、縮小してその後に消滅する。
【0058】
図8は、噴射部44が空間7Sにおいて下部開口74付近に位置する状態を示す。同図に示す場合、開閉弁64は全閉状態となっており、吸引部63は、下部ダクト62を介して空間7Sにおける気体を吸引する。このとき、内部空間50Sから上部ダクト61側への吸引力は生じない。その一方、下部ダクト62側の吸引力が最大となる。また、通気孔85を通じて本体41(溶射ガン40)と筒状体84との間に流入した空気により生じた下向きの気流は、内部空間50Sおよび下部通過孔521を介して空間7Sまで到達し、空間7Sにおいて下向きに流れ、下部ダクト62に導かれる。なお、本実施形態においては、噴射部44を方向X2(下方)に移動させながら溶射作業を行う場合について説明したが、これとは異なり、噴射部44を方向X1(上方)に移動させながら溶射作業を行ってもよい。
【0059】
次に、本実施形態に係る溶射システムA1の作用について説明する。
【0060】
本実施形態において、吸引機構5は、被溶射体7の上部開口75に通じる上部ダクト61内の気体を吸引し、また、被溶射体7の下部開口74に通じる下部ダクト62内の気体を吸引する。そして、上部ダクト61には当該上部ダクト61における気体の吸引力を調整可能な開閉弁64(吸引力調整機構)が設けられている。空間7Sにおける上部開口75と下部開口74との間の中間位置では、上部ダクト61側(上方)へ向かう吸引気流と下部ダクト62側(下方)へ向かう吸引気流の境界領域が形成され、よどみ域Stが発生するところ、上記構成によれば、噴射部44のX1−X2方向における位置に応じて吸引力を適宜調整することで、空間7Sにおいて漂う異物(溶射物の一部)がよどみ域Stにおいて滞留することを回避することができる。したがって、空間7Sにある異物を速やかに空間7S外に排出することができ、当該異物が被溶射体7の内側面73に付着することが防止されるので、溶射被膜の品質低下を抑制するのに適する。
【0061】
本実施形態においては、噴射部44が相対的に低い位置にあるときに上部ダクト61における吸引力が相対的に小さくなるように当該吸引力を調整する。具体的には、上述のように、噴射部44から噴射された溶射物の一部が異物となるが、当該異物は噴射部44の周辺において漂う。
図6に示した状態では、噴射部44が上部開口75付近にあるのに対し、よどみ域Stが上部開口75と下部開口74との間の中間位置に位置する。ここで、噴射部44とよどみ域Stとが離れており、噴射部44周辺にある異物がよどみ域Stにおいて浮遊することは殆ど無い。そして、噴射部44が方向X2(下方)に移動するにつれて、開閉弁64の開度調整によって上部ダクト61の気体の吸引力が低下する。そして、上部ダクト61側の吸引力と下部ダクト62側の吸引力との差が大きくなるにつれて、よどみ域Stは縮小ないし消滅する。したがって、噴射部44がX1−X2方向において移動しても当該噴射部44がよどみ域Stに進入することは回避される。これにより、空間7Sにある異物を速やかに空間7S外に排出することができ、溶射被膜の品質低下を抑制するうえで好ましい。
【0062】
本実施形態においては、被溶射体7の上端面72に隣接して遮蔽器50が設けられている。このような構成によれば、噴射部44による溶射物の噴射開始および噴射終了を当該噴射部44が遮蔽器50の内部空間50Sに位置する状態で行うことができる。これにより、被溶射体7の表面(内側面73)への溶射被膜の形成が安定し、溶射品質の向上に資する。
【0063】
本実施形態においては、噴射部44のX1−X2方向における位置を位置検出センサ81により検出し、当該位置検出センサ81による検出値(噴射部44のX1−X2方向における位置)に応じて、上部ダクト61における吸引力の調整を行う。また、当該吸引力の調整は開閉弁64の開度調整により行うため、噴射部44の位置に応じた吸引力の調整を正確に行うことができる。このことは、溶射品質の向上を図るうえで好ましい。
【0064】
本実施形態においては、吸引部63が上部ダクトおよび下部ダクトの両方につながっている。これにより、吸引部63による全体の吸引力が略一定であっても、上部ダクト61側の吸引力が減少すると、下部ダクト62側の吸引力が増加する。したがって、吸引部63による全体の吸引力を変えることなく、上部ダクト61側の吸引力と下部ダクト62側の吸引力とを効率よく増減させることができる。さらに、本実施形態においては、上部ダクト61における吸引力の調整は開閉弁64により行い、開閉弁64の開度は、噴射部44のX1−X2方向における変位量に応じて線形的に変化させられる。このような構成によれば、上部ダクト61側の吸引力および下部ダクト62側の吸引力について、バランスよくスムーズに増減変動させることができる。
【0065】
本実施形態においては、遮蔽器50の頂部53につながって延びる筒状カバー82を備え、取付ベース83(筒状カバー82)と溶射ガン40との間には通気孔85が形成されている。このような構成によれば、
図8を参照して説明したように、噴射部44が空間7Sにおいて下部開口74付近に位置するとき、内部空間50Sから上部ダクト61側への吸引力は生じず、通気孔85を通じて本体41(溶射ガン40)と筒状体84との間に流入した空気により生じた下向きの気流は、内部空間50Sおよび下部通過孔521を介して空間7Sまで到達し、空間7Sにおいて下向きに流れ、下部ダクト62に導かれる。したがって、噴射部44の周辺に漂う異物が上方へ舞い上がることが防止され、空間7Sにある異物を速やかに下部ダクト62側へ排出することができるので、溶射被膜の品質低下を抑制するうえでより好ましい。
【0066】
以上、本発明の実施形態を説明したが、本発明の範囲は上記した実施形態に限定されるものではなく、各請求項に記載した事項の範囲内でのあらゆる変更は、すべて本発明の範囲に包摂される。