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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2018-114539(P2018-114539A)
(43)【公開日】2018年7月26日
(54)【発明の名称】溶接トーチ、および、溶接システム
(51)【国際特許分類】
   B23K 9/10 20060101AFI20180629BHJP
   B23K 9/09 20060101ALI20180629BHJP
   B23K 9/073 20060101ALI20180629BHJP
   B23K 9/29 20060101ALI20180629BHJP
【FI】
   B23K9/10 A
   B23K9/09
   B23K9/073 530
   B23K9/29 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2017-7520(P2017-7520)
(22)【出願日】2017年1月19日
(71)【出願人】
【識別番号】000000262
【氏名又は名称】株式会社ダイヘン
(74)【代理人】
【識別番号】100086380
【弁理士】
【氏名又は名称】吉田 稔
(74)【代理人】
【識別番号】100168044
【弁理士】
【氏名又は名称】小淵 景太
(72)【発明者】
【氏名】大西 孝典
(72)【発明者】
【氏名】今町 弘希
【テーマコード(参考)】
4E001
4E082
【Fターム(参考)】
4E001LH02
4E001NA08
4E001QA01
4E082AA03
4E082AA04
4E082BA02
4E082BA04
4E082CA01
4E082EA04
4E082EC20
4E082EF02
4E082EF07
4E082EF11
(57)【要約】
【課題】溶接トーチの移動速度が推奨速度から変化しても、溶接の品質が低下することを抑制することができる溶接トーチ、および、当該溶接トーチを備えた溶接システムを提供する。
【解決手段】溶接電源装置1から電力を供給されてアーク溶接を行う溶接トーチ3において、溶接トーチ3の速度情報を検出するセンサ部35(および制御部36)と、センサ部35が検出した速度情報に適応した溶接情報を取得する制御部36と、制御部36が取得した溶接情報を溶接電源装置1に送信する通信部31とを備えた。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接電源装置から電力を供給されてアーク溶接を行う溶接トーチであって、
前記溶接トーチの速度情報を検出するセンサ部と、
前記センサ部が検出した前記速度情報に適応した溶接情報を取得する溶接情報取得部と、
前記溶接情報取得部が取得した前記溶接情報を前記溶接電源装置に送信する通信部と、
を備えていることを特徴とする溶接トーチ。
【請求項2】
前記センサ部は、前記溶接トーチの先端部分の移動速度を前記速度情報として検出する、
請求項1に記載の溶接トーチ。
【請求項3】
前記溶接情報取得部は、前記速度情報が複数の範囲のどの範囲に属するかを判別し、判別した範囲に対応付けられた値に基づいて前記溶接情報を取得する、
請求項1または2に記載の溶接トーチ。
【請求項4】
前記溶接情報取得部は、前記速度情報に応じて線形的に変化する値に基づいて前記溶接情報を取得する、
請求項1または2に記載の溶接トーチ。
【請求項5】
前記溶接情報は溶接電圧設定値である、
請求項1ないし4のいずれかに記載の溶接トーチ。
【請求項6】
前記溶接電源装置はパルス状の電流を出力し、
前記溶接情報は、パルスのベース電流設定値、ピーク電流設定値、ローレベル期間、ハイレベル期間、パルス周波数、パルスのデューティ比、または、パルスの立上りおよび立下りの傾斜のいずれかを含んでいる、
請求項1ないし4のいずれかに記載の溶接トーチ。
【請求項7】
前記溶接電源装置は交流電流を出力し、
前記溶接情報は、交流周波数、または、前記溶接トーチをプラスにする時間の割合を含んでいる、
請求項1ないし4のいずれかに記載の溶接トーチ。
【請求項8】
前記センサ部は、ジャイロセンサを備えている、
請求項1ないし7のいずれかに記載の溶接トーチ。
【請求項9】
請求項1ないし8のいずれかに記載の溶接トーチと、
前記溶接電源装置と、
を備えていることを特徴とする溶接システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アーク溶接に用いられる溶接トーチおよび溶接システムに関する。
【背景技術】
【0002】
溶接電源装置から供給される電力によって、溶接トーチと被加工物との間にアークを発生させて溶接を行うアーク溶接が知られている。半自動式のアーク溶接の場合、作業者が溶接トーチを把持して、溶接トーチの先端を被加工物に近づけて溶接を行う。半自動式のアーク溶接を行うための溶接システムについては、例えば特許文献1などに記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2013−184184号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
半自動式のアーク溶接における溶接トーチの移動速度は、被加工物Wの材質や、ワイヤ電極の材質、直径、送給速度などに応じて、推奨される速度が決まっている。作業者は、推奨速度を保つようにして溶接トーチを移動させながら溶接を行う。しかし、推奨速度を保って溶接トーチを移動させ続けるのは困難であり、実際には、溶接トーチの移動速度は、推奨速度より早くなったり遅くなったりする。溶接トーチの移動速度が推奨速度より早くなると、スパッタが発生しやすくなって溶接の品質が低下する。また、溶接トーチの移動速度が推奨速度より遅くなった場合にも、溶接の品質が低下する。
【0005】
本発明は上記した事情のもとで考え出されたものであって、溶接トーチの移動速度が推奨速度から変化しても、溶接の品質が低下することを抑制することができる溶接トーチ、および、当該溶接トーチを備えた溶接システムを提供することをその目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するため、本発明では、次の技術的手段を講じている。
【0007】
本発明の第1の側面によって提供される溶接トーチは、溶接電源装置から電力を供給されてアーク溶接を行う溶接トーチであって、前記溶接トーチの速度情報を検出するセンサ部と、前記センサ部が検出した前記速度情報に適応した溶接情報を取得する溶接情報取得部と、前記溶接情報取得部が取得した前記溶接情報を前記溶接電源装置に送信する通信部とを備えていることを特徴とする。「速度情報」とは、溶接トーチの移動速度を示す情報であって、例えば、溶接トーチの先端部分の移動速度などである。「溶接情報」とは、溶接電源装置が出力する溶接電力を制御するためのパラメータ値である。例えば、溶接電源装置が直流出力を行う場合は、溶接電流設定値、溶接電圧設定値、短絡時の電流の立上り変化速度などが溶接情報に相当する。また、溶接電源装置がパルス出力を行う場合は、パルスのベース電流設定値、ピーク電流設定値、ローレベル期間、ハイレベル期間、パルス周波数、パルスのデューティ比、パルスの立上りおよび立下りの傾斜などが溶接情報に相当し、溶接電源装置が交流出力を行う場合は、交流周波数、溶接トーチをプラスにする時間の割合などが溶接情報に相当する。この構成によると、センサ部が検出した速度情報に適応した溶接情報が、自動的に溶接電源装置に送信される。溶接電源装置が受信した溶接情報に応じて溶接電力を供給することで、溶接トーチは、移動速度に適応した溶接を行うことができる。したがって、溶接トーチの移動速度が推奨速度から変化しても、溶接の品質が低下することを抑制することができる。
【0008】
本発明の好ましい実施の形態においては、前記センサ部は、前記溶接トーチの先端部分の移動速度を前記速度情報として検出する。この構成によると、溶接途中に溶接トーチの姿勢が変化したとしても、適切な溶接情報を取得することができる。
【0009】
本発明の好ましい実施の形態においては、前記溶接情報取得部は、前記速度情報が複数の範囲のどの範囲に属するかを判別し、判別した範囲に対応付けられた値に基づいて前記溶接情報を取得する。この構成によると、速度情報に対応する溶接情報を容易に取得することができる。
【0010】
本発明の好ましい実施の形態においては、前記溶接情報取得部は、前記速度情報に応じて線形的に変化する値に基づいて前記溶接情報を取得する。この構成によると、速度情報が変化したときに、溶接情報が大きく変化することを抑制できる。
【0011】
本発明の好ましい実施の形態においては、前記溶接情報は溶接電圧設定値である。この構成によると、速度情報に適応した溶接電圧設定値を溶接電源装置に送信することができる。これにより、溶接電源装置は、受信した溶接電圧設定値を設定することで、溶接トーチの移動速度に適応した出力を行うことができる。
【0012】
本発明の好ましい実施の形態においては、前記溶接電源装置はパルス状の電流を出力し、前記溶接情報は、パルスのベース電流設定値、ピーク電流設定値、ローレベル期間、ハイレベル期間、パルス周波数、パルスのデューティ比、または、パルスの立上りおよび立下りの傾斜のいずれかを含んでいる。この構成によると、速度情報に適応したこれらの溶接情報を溶接電源装置に送信することができる。これにより、溶接電源装置は、受信した溶接情報を設定することで、溶接トーチの移動速度に適応した出力を行うことができる。
【0013】
本発明の好ましい実施の形態においては、前記溶接電源装置は交流電流を出力し、前記溶接情報は、交流周波数、または、前記溶接トーチをプラスにする時間の割合を含んでいる。この構成によると、速度情報に適応したこれらの溶接情報を溶接電源装置に送信することができる。これにより、溶接電源装置は、受信した溶接情報を設定することで、溶接トーチの移動速度に適応した出力を行うことができる。
【0014】
本発明の好ましい実施の形態においては、前記センサ部は、ジャイロセンサを備えている。この構成によると、検出された角速度に基づいて、速度情報を検出することができる。
【0015】
本発明の第2の側面によって提供される溶接システムは、本発明の第1の側面によって提供される溶接トーチと、前記溶接電源装置とを備えていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によると、センサ部が検出した速度情報に適応した溶接情報が、自動的に溶接電源装置に送信される。溶接電源装置が受信した溶接情報に応じて溶接電力を供給することで、溶接トーチは、移動速度に適応した溶接を行うことができる。したがって、溶接トーチの移動速度が推奨速度から変化しても、溶接の品質が低下することを抑制することができる。
【0017】
本発明のその他の特徴および利点は、添付図面を参照して以下に行う詳細な説明によって、より明らかとなろう。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】第1実施形態に係る溶接システムを説明するための図であり、(a)は全体構成を示す概要図であり、(b)は機能構成を示すブロック図である。
図2】第1実施形態に係る溶接トーチの一例の外観を示す図であり、(a)は正面図であり、(b)は平面図である。
図3】溶接トーチの移動速度と溶接電圧の違いによる溶接の状態を説明するための図である。
図4】溶接情報の設定処理を説明するためのフローチャートである。
図5】トーチ先端速度Veに応じて各溶接情報を変更した場合の出力電流波形を示している。
図6】トーチ先端速度Veに応じて各溶接情報を変更した場合の出力電流波形を示している。
図7】(a)はトーチ先端速度Veに対する各溶接情報の値を設定するテーブルの一例を示す図であり、(b)はトーチ先端速度Veおよび(a)に示すテーブルに応じて各溶接情報を変更した場合の出力電流波形を示している。
図8】トーチ先端速度Veに応じて各溶接情報を変更した場合の出力電流波形を示している。
図9】第2実施形態に係る溶接システムの機能構成を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態を、図面を参照して具体的に説明する。
【0020】
図1は、第1実施形態に係る溶接システムA1を説明するための図である。図1(a)は、溶接システムA1の全体構成を示す概要図である。図1(b)は、溶接システムA1の機能構成を示すブロック図である。
【0021】
図1に示すように、溶接システムA1は、溶接電源装置1、ワイヤ送給装置2、溶接トーチ3、パワーケーブル41,42、電力伝送線5、信号線8、ガスボンベ6、およびガス配管7を備えている。溶接電源装置1の一方の出力端子は、パワーケーブル41を介して、溶接トーチ3に接続されている。ワイヤ送給装置2は、ワイヤ電極を溶接トーチ3に送り出して、ワイヤ電極の先端を溶接トーチ3の先端から突出させる。溶接トーチ3の先端に配置されているコンタクトチップにおいて、パワーケーブル41とワイヤ電極とは電気的に接続されている。溶接電源装置1の他方の出力端子は、パワーケーブル42を介して、被加工物Wに接続される。溶接電源装置1は、溶接トーチ3の先端から突出するワイヤ電極の先端と、被加工物Wとの間にアークを発生させ、アークに電力を供給する。溶接システムA1は、当該アークの熱で被加工物Wの溶接を行う。
【0022】
溶接システムA1は、溶接時にシールドガスを用いる。ガスボンベ6のシールドガスは、ワイヤ送給装置2を通るように設けられているガス配管7によって、溶接トーチ3の先端に供給される。溶接電源装置1からワイヤ送給装置2へは、送給モータなどを駆動させるための電力(例えばDC24V)が、電力伝送線5を介して供給される。また、溶接電源装置1とワイヤ送給装置2とは、信号線8を介して通信を行っている。なお、溶接システムA1は、溶接トーチ3に冷却水を循環させるようになっていてもよい。
【0023】
溶接電源装置1は、アーク溶接のための電力を溶接トーチ3に供給するものである。溶接電源装置1は、電力系統Pから入力される三相交流電力をアーク溶接に適した電力に変換して出力する。また、溶接電源装置1は、電力系統Pから入力される三相交流電力を、ワイヤ送給装置2の送給モータなどを駆動するための直流電力に変換して、電力伝送線5を介してワイヤ送給装置2に出力する。
【0024】
溶接電源装置1は、溶接情報に応じて電力を出力するように制御されており、溶接情報は、図示しない操作部の操作に応じて変更される。また、溶接電源装置1は、信号線8を介して溶接トーチ3から入力される信号に応じて、溶接情報を変更する。
【0025】
ワイヤ送給装置2は、ワイヤ電極を溶接トーチ3に送り出すものである。ワイヤ電極は、トーチケーブル39および溶接トーチ3の内部に設けられているライナの内部を通って、溶接トーチ3の先端に導かれる。ワイヤ送給装置2は、電力伝送線5を介して溶接電源装置1から供給される電力で、送給モータなどを駆動させる。また、この電力は、ワイヤ送給装置2からトーチケーブル39内部に設けられている電力伝送線(図示なし)を介して、溶接トーチ3にも供給される。ワイヤ送給装置2は、信号線8を介して、溶接電源装置1と通信を行う。また、ワイヤ送給装置2は、トーチケーブル39内部に設けられている信号線(図示なし)を介して、溶接トーチ3と通信を行う。溶接トーチ3と溶接電源装置1とは、ワイヤ送給装置2を仲介することで、通信を行う。
【0026】
ワイヤ送給装置2と溶接トーチ3とは、トーチケーブル39によって接続されている。トーチケーブル39は、溶接トーチ3の基端に接続されたケーブルであり、ケーブル内部にパワーケーブル41、ガス配管7、ライナ、電力伝送線および信号線が配置されている。
【0027】
コネクタ21は、溶接トーチ3とワイヤ送給装置2とを接続するための接続用端子である。例えば、コネクタ21は、凹型の接続用端子であり、溶接トーチ3のトーチケーブル39の一端に備えられた凸型のトーチプラグ(図示しない)を差し込まれることで、溶接トーチ3とワイヤ送給装置2とを接続する。このコネクタ21を介して、ワイヤ送給装置2の内部のパワーケーブル41、ガス配管7、ライナ、電力伝送線5および信号線8が、それぞれ、トーチケーブル39の内部のパワーケーブル41、ガス配管7、ライナ、電力伝送線および信号線に接続される。
【0028】
溶接トーチ3は、溶接電源装置1から供給される溶接電力により、被加工物Wの溶接を行う。溶接トーチ3は、機能ブロックとして、通信部31、表示部32、操作部33、記憶部34、センサ部35、および制御部36を備えている。
【0029】
通信部31は、ワイヤ送給装置2との間で通信を行うためのものである。通信部31は、制御部36から入力される信号を、トーチケーブル39内部の信号線を介して、ワイヤ送給装置2に送信する。また、通信部31は、トーチケーブル39内部の信号線を介してワイヤ送給装置2から入力される信号を受信して、制御部36に出力する。通信の規格としては、例えばCAN(Controller Area Network)が使用される。
【0030】
表示部32は、各種表示を行うものであり、例えば液晶表示装置であるディスプレイ321(後述)を備えている。表示部32は、制御部36によって制御されており、記憶部34に記憶されている溶接情報の表示を行う。
【0031】
操作部33は、複数の操作手段を備えており、作業者による各操作手段の操作を操作信号として制御部36に出力するものである。操作手段としては、後述するように、トーチスイッチ331および操作ボタン332がある。なお、操作部33には、他の操作手段が設けられていてもよい。
【0032】
記憶部34は、溶接情報の各設定値や、総溶接時間などの情報を記憶するものである。
【0033】
センサ部35は、複数のセンサを備えており、各センサの検出値を制御部36に出力する。本実施形態において、センサ部35は、後述する加速度センサ351およびジャイロセンサ352を備えている。なお、センサ部35は、その他のセンサを備えていてもよい。
【0034】
制御部36は、溶接トーチ3の制御を行うものであり、例えばマイクロコンピュータなどによって実現されている。制御部36は、操作部33より入力される操作信号に応じて、所定の処理を行う。また、制御部36は、通信部31による通信や、記憶部34の情報の書き込みおよび読出し、表示部32での表示を制御する。また、制御部36は、センサ部35より入力される検出値に基づいて、所定の演算を行い、演算結果を処理に用いる。具体的には、制御部36は、加速度センサ351が検出した検出値、および、ジャイロセンサ352が検出した検出値に基づいて溶接トーチ3の速度情報を演算し、速度情報に適応した溶接情報の設定を行う。速度情報に適応した溶接情報の設定処理の詳細については後述する。
【0035】
図2は、溶接トーチ3の一例の外観を示す図である。同図(a)は正面図であり、同図(b)は平面図である。図2に示すように、溶接トーチ3は、トーチボディ37、ハンドル38、制御基板381、トーチスイッチ331、操作ボタン332、ディスプレイ321、加速度センサ351、ジャイロセンサ352およびトーチケーブル39を備えている。
【0036】
トーチボディ37は、金属製の筒状の部材であり、内部に、溶接ケーブルが挿通されたライナ、パワーケーブル41、およびガス配管7が配置されている。トーチボディ37の先端には、ノズル371が取り付けられている。トーチボディ37は、作業者が被加工物Wに対してノズル371を向けやすいように、湾曲部分を有している。
【0037】
ハンドル38は、作業者が把持するための部位であり、トーチボディ37の基端部を保持するように設けられている。作業者は、このハンドル38を把持して、溶接作業を行う。ハンドル38には、トーチスイッチ331、操作ボタン332、およびディスプレイ321が配置されている。また、ハンドル38の内部には、制御基板381が配置されている。制御基板381には、通信部31、表示部32、操作部33、記憶部34、センサ部35、および制御部36を構成する回路が搭載されている。
【0038】
トーチスイッチ331は、溶接の開始/停止操作を受け付けるための操作手段であり、ハンドル38を把持した作業者が、人差し指で押動操作しやすい位置に配置されている。トーチスイッチ331のオン操作(押下)により、操作信号が制御部36に出力され、当該操作信号が溶接電源装置1に入力されることで、溶接電源装置1は溶接電力の出力を行う。オン操作が解除されることで、溶接電源装置1は、溶接電力の出力を停止する。すなわち、トーチスイッチ331を押下している間だけ溶接が行われる。
【0039】
ディスプレイ321は、各種表示を行うものであり、ハンドル38を把持して溶接作業を行う作業者が画面を見やすいように、ハンドル38のトーチスイッチ331とは反対側に配置されている。
【0040】
操作ボタン332は、画面の切り替えや各種設定値を変更する操作を行うための操作手段であり、ハンドル38のディスプレイ321と同じ側の、ハンドル38の把持部分とディスプレイ321との間に配置されている。操作ボタン332は、上ボタン332a、下ボタン332b、左ボタン332c、および右ボタン332dからなる。各ボタン332a〜332dが押下されると、対応する操作信号が制御部36に出力され、制御部36は対応する処理を行う。左ボタン332cおよび右ボタン332dは、ディスプレイ321に表示される画面を切り替えるための操作手段である。上ボタン332aおよび下ボタン332bは、ディスプレイ321に表示されている設定値を変更するための操作手段である。
【0041】
各操作ボタン332の押下を検知するセンサは、制御基板381に搭載されている。また、ディスプレイ321は、同じ制御基板381上に配置されている。本実施形態においては、作業者がディスプレイ321の表示画面を見ながら各操作ボタン332の操作を行いやすいように、ディスプレイ321の表示画面が制御基板381に対して所定の角度を有するようになっている。なお、ディスプレイ321は、表示画面が制御基板381と平行になるように配置されていてもよい。制御基板381には、制御部36としてのマイクロコンピュータ、記憶部34としてのメモリ、通信部31としての通信モジュール、および各種電子部品も搭載されている。加速度センサ351およびジャイロセンサ352も制御基板381上に搭載されている。
【0042】
加速度センサ351は、3軸の加速度センサであり、各軸方向の加速度を検出して、検出値を制御部36に出力する。ジャイロセンサ352は、3軸のジャイロセンサであり、各軸周りの角速度を検出して、検出値を制御部36に出力する。制御部36は、センサ部35の加速度センサ351およびジャイロセンサ352より入力される検出値に基づいて、溶接トーチ3の速度情報を演算する。
【0043】
ジャイロセンサ352は、自身に設定されている互いに直交する3つの軸の各軸周りの角速度を検出する。制御部36は、これらの角速度を積分することで各軸周りの回転角を算出する。そして、各軸周りの回転角に基づいて、各軸方向の加速度を演算する。さらに、演算された各加速度から、ノズル371の先端部分を中心としたジャイロセンサ352の回転運動による加速度および重力加速度の要素を減じることで、ノズル371の先端部分における3軸方向の各加速度を演算する。制御部36は、各軸方向の加速度を積分することで各軸方向の速度を演算して、ノズル371の先端部分の移動速度(以下では、「トーチ先端速度」とする)を演算する。加速度センサ351は、自身に設定されている互いに直交する3つの軸の各軸方向の加速度を検出する。制御部36は、これらの加速度を、ジャイロセンサ352の各軸方向の加速度の補正に利用する。本実施形態においては、加速度センサ351、ジャイロセンサ352および制御部36の一部が本発明の「センサ部」に相当し、「トーチ先端速度」が本発明の「速度情報」に相当する。
【0044】
なお、制御部36によるトーチ先端速度の演算方法は限定されない。例えば、加速度センサ351を利用せず、ジャイロセンサ352による検出値のみから演算するようにしてもよい。また、ジャイロセンサ352を利用せずに、加速度センサ351による検出値のみから演算するようにしてもよい。また、溶接トーチ3に位置を検出するためのセンサを備えておき、溶接トーチ3の位置の変化から、トーチ先端速度を演算するようにしてもよい。また、溶接トーチ3に速度を検出するセンサを備えておき、当該センサの検出値からトーチ先端速度を演算するようにしてもよい。
【0045】
なお、溶接トーチ3の外観は上述したものに限定されない。例えば、トーチスイッチ331、操作ボタン332、およびディスプレイ321の配置場所や形状は限定されない。また、本実施形態においては、操作ボタン332が4つの独立したボタンである場合を示したが、1つの十字ボタンであってもよい。また、ボタンの数も限定されない。
【0046】
次に、速度情報に適応した溶接情報の設定処理について説明する。
【0047】
半自動式のアーク溶接における溶接トーチ3の移動速度は、被加工物Wの材質や、ワイヤ電極の材質、直径、送給速度などに応じて、推奨される速度が決まっている。作業者は、推奨速度を保つようにして溶接トーチ3を移動させながら溶接を行う。しかし、推奨速度を保って溶接トーチ3を移動させ続けるのは困難であり、実際には、溶接トーチ3の移動速度は、推奨速度より早くなったり遅くなったりする。
【0048】
図3は、溶接トーチ3の移動速度と溶接電圧の違いによる溶接の状態を説明するための図であり、溶接トーチ3の先端から突出したワイヤ電極Dの先端と、被加工物Wとの間でアークAを発生させて溶接を行っている状態を示している。
【0049】
同図(a)は、推奨速度で溶接トーチ3を移動させている状態を示している。この場合、被加工物Wに形成されるビードBの厚さは適切な厚さになっており、ワイヤ電極Dの先端とビードBの表面との間のアークAの長さも適切な長さになっている。
【0050】
同図(b)は、推奨速度より速い速度で溶接トーチ3を移動させている状態を示している。この場合、推奨速度で移動させた場合(同図(a)参照)と比べて、被加工物Wに形成されるビードBの厚さが薄くなっている。これにより、ワイヤ電極Dの先端とビードBの表面との間のアークAの長さが長くなり、スパッタが発生しやすくなる。
【0051】
同図(c)は、同図(b)と同様に推奨速度より速い速度で溶接トーチ3を移動させており、溶接電圧を設定された電圧より低くした状態を示している。この場合、ビードBの厚さは、同図(b)と同様に薄くなっている。しかし、溶接電圧を低くしたことで、ワイヤ電極Dが溶けにくくなって、溶接トーチ3の先端から突出したワイヤ電極Dの長さLが、同図(a)および(b)の場合より長くなっている。これにより、ワイヤ電極Dの先端とビードBの表面との間のアークAの長さは適切な長さとなり、スパッタの発生が抑制されている。
【0052】
逆に、推奨速度より遅い速度で溶接トーチ3を移動させた場合は、ビードBの厚さが厚くなるので、ワイヤ電極Dの先端とビードBの表面との間のアークAの長さが短くなる。この場合は、溶接電圧を高くすることで、ワイヤ電極Dの溶融が促され、溶接トーチ3の先端から突出したワイヤ電極Dの長さLが、同図(a)の場合より短くなる。これにより、アークAの長さは適切な長さとなる。
【0053】
このように、溶接トーチ3の移動速度に応じて溶接電圧を調整することで、アークAの長さを調整して、溶接の品質が低下することを抑制することができる。本実施形態では、溶接トーチ3は、ノズル371の先端部分の移動速度(トーチ先端速度)を検出し、検出されたトーチ先端速度に適応させて、自動的に溶接電圧を変化させる。
【0054】
制御部36は、記憶部34に記憶されている溶接電圧設定値を読み出してこれを基準電圧値とする。溶接電圧設定値は、溶接電源装置1で設定されたものが受信されて、記憶部34に記憶されている。制御部36は、加速度センサ351およびジャイロセンサ352より入力される検出値に基づいて、トーチ先端速度Veを演算する。そして、トーチ先端速度Veが推奨速度範囲の速度である場合、基準電圧値を溶接電圧設定値とする。推奨速度範囲は、推奨速度を中心とした所定の速度範囲であり、あらかじめ設定されている。例えば推奨速度が50[cm/min]の場合、例えば、40〜60[cm/min]が推奨速度範囲として設定されている。なお、これは一例であって、推奨速度範囲をどのように設定するかは限定されない。推奨速度は、被加工物Wの材質や、ワイヤ電極の材質、直径、送給速度などに応じて設定されており、溶接開始時にこれらの情報を設定することで自動的に設定される。
【0055】
また、制御部36は、演算されたトーチ先端速度Veが推奨速度範囲より小さい速度の場合、基準電圧値に所定値αを加算した値を溶接電圧設定値とする。一方、演算されたトーチ先端速度Veが推奨速度範囲より大きい速度の場合、基準電圧値から所定値βを減算した値を溶接電圧設定値とする。所定値αおよび所定値βは、基準電圧値に応じてあらかじめ設定されている。例えば、本実施形態では、基準電圧値が20Vの場合、所定値αおよび所定値βは0.2Vとして設定されている。したがって、トーチ先端速度Veが推奨速度範囲の場合(40≦Ve≦60)、溶接電圧設定値は基準電圧値である20Vとなり、トーチ先端速度Veが推奨速度範囲より小さい場合(Ve<40)、溶接電圧設定値は基準電圧値に所定値αを加算した20.2Vとなり、トーチ先端速度Veが推奨速度範囲より大きい場合(Ve>60)、溶接電圧設定値は基準電圧値から所定値βを減算した19.8Vとなる。なお、これは所定値αおよび所定値βの一例であって、これに限定されない。また、所定値を加減算するのではなく、割合である所定値を乗算するようにしてもよい(例えば小さい場合に1.01を乗算し、大きい場合に0.99を乗算する)。本実施形態においては、制御部36が本発明の「溶接情報取得部」に相当する。
【0056】
制御部36は、溶接電圧設定値を通信部31に出力して、溶接電源装置1に送信させる。通信部31から送信された溶接電圧設定値は、溶接電源装置1に受信されて設定される。溶接電源装置1は、出力電圧を設定された溶接電圧設定値になるように制御する。これにより、溶接電源装置1の出力電圧は、トーチ先端速度Veに適応した電圧に制御される。なお、制御部36は、通信部31から溶接電源装置1に溶接電圧設定値自体を送信させるのではなく、溶接電源装置1に設定されている溶接電圧設定値を所定値αだけ増加(またはβだけ減少)させるための信号を送信させるようにしてもよい。
【0057】
また、本実施形態では、トーチ先端速度Veに基づく情報がディスプレイ321に表示されるようになっている。具体的には、制御部36は、演算により算出したトーチ先端速度Veを表示部32に出力する。表示部32は、入力されたトーチ先端速度Veに基づく情報をディスプレイ321に表示させる。なお、トーチ先端速度Veをそのまま表示するようにしてもよいし、トーチ先端速度Veが推奨速度範囲であるか、速いか、遅いかを表示するようにしてもよい。作業者は、ディスプレイ321を見ることで、溶接トーチ3の移動が速まっている(遅れている)ことを知ることができるので、適切な速度となるように溶接トーチ3の移動速度を変化させることができる。なお、作業者は、ディスプレイ321の画面を切り替えて、現在設定されている溶接電圧設定値を表示させることができ、当該溶接電圧設定値を手動で変化させることもできる。例えば、溶接中に溶接状態を見て、もう少し電圧を上げたい(下げたい)と考えた場合は、左ボタン332cまたは右ボタン332dを押下することでディスプレイ321に表示される画面を切り替えて「溶接電圧設定」画面を表示させ、上ボタン332a(下ボタン332b)を押下することで、溶接電圧設定値を上げる(下げる)ことができる。
【0058】
作業者が未熟な場合などには、トーチの移動速度を一定に保てず、トーチ先端速度Veが大きく(小さく)なりすぎる場合がある。この場合、上述したようにトーチ先端速度Veに適応させて溶接電圧設定値を変更したとしても、溶接の品質が低下する。本実施形態では、トーチ先端速度Veが大きく(小さく)なりすぎた場合に、警告がディスプレイ321に表示されるようになっている。具体的には、制御部36は、トーチ先端速度Veが大きくなりすぎた場合(例えば、80[cm/min]を超えた場合)、および、トーチ先端速度Veが小さくなりすぎた場合(例えば、20[cm/min]未満になった場合)、表示部32に警告を表示する指示を出力する。なお、トーチ先端速度Veが大きく(小さく)なりすぎたことの判定のための閾値は限定されない。制御部36から指示を入力された表示部32は、所定の警告文(例えば、「トーチの移動速度が速すぎます」、「トーチの移動速度が遅すぎます」)をディスプレイ321に表示させる。この場合、表示部32が本発明の「報知部」に相当する。なお、警告の報知はディスプレイ321に表示する場合に限定されない。例えば、音声やブザー音で警告を報知するようにしてもよい。作業者は、警告によりトーチの移動速度が速すぎる(遅すぎる)ことに気付いて、適切な速度となるように溶接トーチ3の移動速度を変化させることができる。
【0059】
また、トーチ先端速度Veの変化が激しい場合、溶接欠陥が発生する場合がある。本実施形態では、トーチ先端速度Veが急変した場合にも、警告がディスプレイ321に表示されるようになっている。具体的には、制御部36は、所定時間でのトーチ先端速度Veの変化量ΔVeを演算しており、変化量ΔVeの絶対値が所定値を超えた場合(トーチ先端速度Veが急変した場合)に、表示部32に警告を表示する指示を出力する。本実施形態では、例えば、1秒間に20[cm/min]以上変化する場合に警告するようにしているが、これに限定されない。本実施形態においては、制御部36が本発明の「変化量演算部」に相当する。制御部36から指示を入力された表示部32は、所定の警告文(例えば、「溶接欠陥に注意して下さい。」)をディスプレイ321に表示させる。作業者は、溶接欠陥が発生している可能性があることを警告によって知ることができ、溶接欠陥に気付くことができる。なお、トーチ先端速度Veの変化量ΔVeを演算する代わりに、制御部36で演算された、ノズル371の先端部分における3軸方向の各加速度によってトーチ先端速度Veの急変を判定するようにしてもよい。
【0060】
図4は、制御部36が行う溶接情報の設定処理を説明するためのフローチャートである。当該処理は、溶接作業時(トーチスイッチ331が押下されている間)に、所定の時間間隔で、繰り返し実行される。
【0061】
まず、溶接電圧設定値が基準電圧値Vとして、記憶部34から読み出される(S1)。次に、加速度情報および角速度情報が検出され(S2)、トーチ先端速度Veが演算される(S3)。具体的には、制御部36は、加速度センサ351が検出した3軸の加速度検出値と、ジャイロセンサ352が検出した3軸の角速度検出値とを取得し、これらの検出値を用いて所定の演算によりトーチ先端速度Veを算出する。
【0062】
次に、トーチ先端速度Veに基づいて、溶接電圧設定値V’が設定される(S4〜S8)。まず、トーチ先端速度Veが40[cm/min]未満であるか否かが判別される(S4)。トーチ先端速度Veが40[cm/min]未満である場合(S4:YES)、基準電圧値Vに所定値αを加算した値が溶接電圧設定値V’として設定される(S5)。トーチ先端速度Veが40[cm/min]以上である場合(S4:NO)、トーチ先端速度Veが60[cm/min]以下であるか否かが判別される(S6)。トーチ先端速度Veが60[cm/min]以下である場合(S6:YES)、トーチ先端速度Veが推奨速度範囲であるとして、基準電圧値Vが溶接電圧設定値V’として設定される(S7)。トーチ先端速度Veが60[cm/min]より大きい場合(S6:NO)、基準電圧値Vから所定値βを減算した値が溶接電圧設定値V’として設定される(S8)。
【0063】
次に、溶接電圧設定値V’が溶接電源装置1に送信される(S9)。具体的には、制御部36は、溶接電圧設定値V’を通信部31に出力する。通信部31は、溶接電圧設定値V’を溶接電源装置1に送信する。溶接電源装置1は、溶接電圧設定値V’を受信して設定し、出力電圧を設定された溶接電圧設定値V’になるように制御する。これにより、溶接電源装置1の出力電圧は、トーチ先端速度Veに適応した電圧に制御される。
【0064】
次に、トーチ先端速度Veに基づく情報がディスプレイ321に表示される(S10)。具体的には、制御部36は、トーチ先端速度Veを表示部32に出力する。表示部32は、入力されたトーチ先端速度Veに基づく情報をディスプレイ321に表示させる。
【0065】
次に、トーチ先端速度Veが20[cm/min]未満であるか否かが判別される(S11)。トーチ先端速度Veが20[cm/min]未満の場合(S11:YES)、トーチ先端速度Veが小さすぎると判断され、警告が表示されて(S15)、処理は終了される。具体的には、制御部36は、表示部32に警告を表示する指示を出力する。当該指示を入力された表示部32は、所定の警告文をディスプレイ321に表示させる。一方、トーチ先端速度Veが20[cm/min]以上の場合(S11:NO)、トーチ先端速度Veが80[cm/min]より大きいか否かが判別される(S12)。トーチ先端速度Veが80[cm/min]より大きい場合(S12:YES)、トーチ先端速度Veが大きすぎると判断され、警告が表示されて(S15)、処理は終了される。一方、トーチ先端速度Veが80[cm/min]以下の場合(S12:NO)、ステップS13に進む。
【0066】
次に、トーチ先端速度Veの変化量ΔVeが演算される(S13)。具体的には、制御部36は、今回演算したトーチ先端速度Veと、前回演算されたトーチ先端速度Veとの差から、変化量ΔVeを演算する。そして、変化量ΔVeの絶対値が所定値ΔVe0以下であるか否かが判別される(S14)。変化量ΔVeの絶対値が所定値ΔVe0以下の場合(S14:YES)、処理は終了される。一方、変化量ΔVeの絶対値が所定値ΔVe0より大きい場合(S14:NO)、トーチ先端速度Veの変化が大きすぎると判断され、警告が表示されて(S15)、処理は終了される。
【0067】
なお、図4のフローチャートに示す処理は一例であって、制御部36が行う溶接情報の設定処理は上述したものに限定されない。例えば、警告表示のための処理(S11〜S15)は、溶接情報を設定する処理(S1〜S10)とは異なるタイミング(例えば、S1〜S10を所定回数行った時など)で実行するようにしてもよい。
【0068】
次に、溶接トーチ3の作用効果について説明する。
【0069】
本実施形態によると、制御部36は、加速度センサ351およびジャイロセンサ352より入力される検出値に基づいて、トーチ先端速度Veを演算し、算出したトーチ先端速度Veに応じて溶接電圧設定値を変更する(変更しない場合も含む)。溶接電圧設定値は、通信部31を介して送信されて、溶接電源装置1に設定される。溶接電源装置1は、出力電圧を設定された溶接電圧設定値になるように制御する。これにより、溶接電源装置1の出力電圧は、溶接トーチ3の移動速度に適応した電圧に制御される。したがって、溶接トーチ3の移動速度が推奨速度から変化しても、溶接の品質が低下することを抑制することができる。
【0070】
また、本実施形態によると、トーチ先端速度Veに基づく情報がディスプレイ321に表示される。これにより、作業者は、ディスプレイ321を見ることで溶接トーチ3の移動が速まっている(遅れている)ことを知ることができるので、適切な速度となるように溶接トーチ3の移動速度を変化させることができる。また、作業者は、溶接状態とトーチ先端速度Veから判断して、もう少し電圧を上げたい(下げたい)と考えた場合は、溶接電圧設定値を手動で変更することもできる。
【0071】
また、本実施形態によると、制御部36は、トーチ先端速度Veが大きく(小さく)なりすぎた場合に、表示部32に警告を表示させる。これにより、作業者は、トーチの移動速度が速すぎる(遅すぎる)ことに気付いて、適切な速度となるように溶接トーチ3の移動速度を変化させることができる。また、制御部36は、トーチ先端速度Veの変化量ΔVeを演算しており、変化量ΔVeの絶対値が所定値ΔVe0を超えた場合(トーチ先端速度Veが急変した場合)に、表示部32に警告を表示させる。これにより、作業者は、溶接欠陥が発生している可能性があることを警告によって知ることができ、溶接欠陥に気付くことができる。
【0072】
なお、本実施形態においては、加速度センサ351およびジャイロセンサ352が検出した検出値から制御部36が演算したトーチ先端速度Veに基づいて溶接電圧設定値を変更したが、これに限られない。例えば、加速度センサ351の検出加速度またはジャイロセンサ352の検出角速度に基づいて溶接電圧設定値を変更するようにしてもよい。この場合、加速度センサ351またはジャイロセンサ352が本発明の「センサ部」に相当し、加速度センサ351が検出した各軸方向の加速度、または、ジャイロセンサ352が検出した各軸周りの角速度が本発明の「速度情報」に相当する。
【0073】
本実施形態においては、トーチ先端速度Veが、40≦Ve≦60(推奨速度範囲)、Ve<40(推奨速度範囲より遅い)、Ve>60(推奨速度範囲より速い)のうちのいずれの範囲に属するかを判別しているが、これに限られない。例えば、各範囲の境界領域にヒステリシス特性を有する領域(過去のトーチ先端速度Veに依存して溶接電圧設定値を変更する領域)を設けてもよい。例えば、Ve<40(推奨速度範囲より遅い)、40≦Ve≦45(ヒステリシス領域)、45<Ve<55(推奨速度範囲)、55≦Ve≦60(ヒステリシス領域)、Ve>60(推奨速度範囲より速い)とした場合、トーチ先端速度Veが(推奨速度範囲より遅い)範囲から(ヒステリシス領域)に入ったときには、溶接電圧設定値を基準電圧値に所定値αを加算した値のままとし、(ヒステリシス領域)から(推奨速度範囲)に入ったときに、溶接電圧設定値を基準電圧値に変更する。一方、トーチ先端速度Veが(推奨速度範囲)から(ヒステリシス領域)に入ったときには、溶接電圧設定値を基準電圧値のままとし、(ヒステリシス領域)から(推奨速度範囲より速い)範囲に入ったときに、溶接電圧設定値を基準電圧値から所定値βを減算した値に変更する。これにより、トーチ先端速度Veが各範囲の境界で頻繁に上下することによる溶接電圧設定値の頻繁な切り替えを防ぐことができる。
【0074】
また、本実施形態においては、トーチ先端速度Veの判別のための範囲分けを、3つの範囲としているが、これに限られず、2つの範囲としてもよいし、4つ以上の範囲としてもよい。例えば、Ve<30(推奨速度範囲よりかなり遅い)、30≦Ve<40(推奨速度範囲より少し遅い)、40≦Ve≦60(推奨速度範囲)、60<Ve≦70(推奨速度範囲より少し速い)、Ve>70(推奨速度範囲よりかなり速い)の5つの範囲としてもよい。この場合、溶接電圧設定値を5段階で切り替えることができる。
【0075】
また、溶接電圧設定値をトーチ先端速度Veに応じて線形的に変化させるようにしてもよい。例えば、基準電圧値V、溶接電圧設定値V’の場合、aを所定の係数とすると、下記(1)式により、溶接電圧設定値V’を算出するようにしてもよい。この場合、a=0.01とすると、Ve=50(推奨速度)のときV’=Vとなり、Ve=30のときV’=V+0.2となり、Ve=70のときV’=V−0.2となり、これらの間は線形的に変化させることができる。

V’=V−a・(Ve−50) ・・・・ (1)
【0076】
本実施形態においては、制御部36がトーチ先端速度Veを演算し、これに基づいて溶接電圧設定値を変更したが、これに限られない。例えば、溶接トーチ3の姿勢があまり変わらないように溶接を行うのであれば、ノズル371の先端以外の部分の移動速度を用いても、トーチ先端速度Veを用いた場合と同様に、溶接電圧設定値の変更を行うことができる。この場合、加速度センサ351が検出した各軸方向の加速度から重力加速度の要素を減じたものを利用することができる。
【0077】
本実施形態においては、トーチ先端速度Veに基づいて溶接電圧設定値を変更する場合について説明したが、これに限られない。溶接電圧設定値の代わりに溶接電流設定値を変更するようにしてもよい。この場合は、トーチ先端速度Veが大きいほど、溶接電流設定値を小さくするように設定すればよい。また、短絡時の電流の立上り変化速度を変更するようにしてもよい。この場合は、トーチ先端速度Veが大きいほど、立上り変化速度を小さくするように設定すればよい。また、変更する溶接情報は複数であってもよい。また、トーチ先端速度Veに対する各溶接情報の値をテーブルとして記憶部34に記憶しておいてもよい。
【0078】
本実施形態においては、溶接電源装置1の出力が直流出力の場合について説明したが、これに限られない。溶接電源装置1の出力は、パルス電流出力であってもよい。この場合、トーチ先端速度Veが大きいほど、パルスのハイレベルの電流設定値(ピーク電流設定値)を小さくするように設定すればよい。図5(a)は、トーチ先端速度Veに応じてピーク電流設定値を変更した場合の出力電流波形を示している。図に示す破線の波形はトーチ先端速度VeがVe<40(推奨速度範囲より遅い)のものであり、一点鎖線の波形はトーチ先端速度Veが40≦Ve≦60(推奨速度範囲)のものであり、実線の波形はトーチ先端速度VeがVe>60(推奨速度範囲より速い)のものである。また、トーチ先端速度Veが大きいほど、パルスのローレベルの電流設定値(ベース電流設定値)を小さくするように設定してもよい。
【0079】
また、トーチ先端速度Veが大きいほど、パルスのハイレベル期間を短くするように設定してもよい。図5(b)は、トーチ先端速度Veに応じてハイレベル期間を変更した場合の出力電流波形を示している。図に示す破線の波形はトーチ先端速度VeがVe<40(推奨速度範囲より遅い)のものであり、一点鎖線の波形はトーチ先端速度Veが40≦Ve≦60(推奨速度範囲)のものであり、実線の波形はトーチ先端速度VeがVe>60(推奨速度範囲より速い)のものである。また、トーチ先端速度Veが大きいほど、パルスのローレベル期間を長くするように設定してもよい。図5(c)は、トーチ先端速度Veに応じてローレベル期間を変更した場合の出力電流波形を示している。図に示す破線の波形はトーチ先端速度VeがVe<40(推奨速度範囲より遅い)のものであり、一点鎖線の波形はトーチ先端速度Veが40≦Ve≦60(推奨速度範囲)のものであり、実線の波形はトーチ先端速度VeがVe>60(推奨速度範囲より速い)のものである。
【0080】
また、トーチ先端速度Veが大きいほど、パルス周波数を高くするように設定してもよい。図6(a)は、トーチ先端速度Veに応じてパルス周波数を変更した場合の出力電流波形を示している。図に示す破線の波形はトーチ先端速度VeがVe<40(推奨速度範囲より遅い)のものであり、一点鎖線の波形はトーチ先端速度Veが40≦Ve≦60(推奨速度範囲)のものであり、実線の波形はトーチ先端速度VeがVe>60(推奨速度範囲より速い)のものである。また、トーチ先端速度Veが大きいほど、パルスのデューティ比を小さくすように設定してもよい。図6(b)は、トーチ先端速度Veに応じてパルスのデューティ比を変更した場合の出力電流波形を示している。図に示す破線の波形はトーチ先端速度VeがVe<40(推奨速度範囲より遅い)のものであり、一点鎖線の波形はトーチ先端速度Veが40≦Ve≦60(推奨速度範囲)のものであり、実線の波形はトーチ先端速度VeがVe>60(推奨速度範囲より速い)のものである。
【0081】
また、トーチ先端速度Veが大きいほど、パルスの立上りおよび立下りの傾斜を緩やかにするように設定してもよい。図6(c)は、トーチ先端速度Veに応じてパルスの立上りおよび立下りの傾斜を変更した場合の出力電流波形を示している。図に示す破線の波形はトーチ先端速度VeがVe<40(推奨速度範囲より遅い)のものであり、一点鎖線の波形はトーチ先端速度Veが40≦Ve≦60(推奨速度範囲)のものであり、実線の波形はトーチ先端速度VeがVe>60(推奨速度範囲より速い)のものである。
【0082】
また、変更する溶接情報は複数であってもよい。この場合、トーチ先端速度Veに対する各溶接情報の値をテーブルとして記憶部34に記憶しておけばよい。図7(a)は、テーブルの一例を示す図である。図7(a)に示すテーブルでは、トーチ先端速度VeがVe<40(推奨速度範囲より遅い)の場合、ベース電流から所定値I1[A]だけ減算すること、および、ローレベル期間から所定値t1[ms]だけ減算すること(条件1)、トーチ先端速度Veが40≦Ve≦60(推奨速度範囲)の場合、ベース電流およびローレベル期間を変更しないこと(条件2)、トーチ先端速度VeがVe>60(推奨速度範囲より速い)の場合、ベース電流に所定値I2[A]だけ加算すること、および、ローレベル期間に所定値t2[ms]だけ加算すること(条件3)が記憶されている。図7(b)は、トーチ先端速度Veおよび図7(a)に示すテーブルに応じて、ベース電流設定値およびローレベル期間を変更した場合の出力電流波形を示している。図に示す破線の波形はトーチ先端速度VeがVe<40(推奨速度範囲より遅い)のものであり、一点鎖線の波形はトーチ先端速度Veが40≦Ve≦60(推奨速度範囲)のものであり、実線の波形はトーチ先端速度VeがVe>60(推奨速度範囲より速い)のものである。トーチ先端速度Veが大きいほど、ベース電流とピーク電流との差を小さくしてローレベル期間を長くすることで、供給される電力量を小さくするようにしている。
【0083】
また、溶接電源装置1の出力は、交流電流出力であってもよい。この場合、トーチ先端速度Veが大きいほど、交流周波数を高くするように設定すればよい。図8(a)は、トーチ先端速度Veに応じて交流周波数を変更した場合の出力電流波形を示している。図に示す破線の波形はトーチ先端速度VeがVe<40(推奨速度範囲より遅い)のものであり、一点鎖線の波形はトーチ先端速度Veが40≦Ve≦60(推奨速度範囲)のものであり、実線の波形はトーチ先端速度VeがVe>60(推奨速度範囲より速い)のものである。
【0084】
また、トーチ先端速度Veが大きいほど、溶接トーチ3をプラスにする時間の割合を小さくするように設定してもよい。溶接電源装置1が交流電流出力の場合、溶接トーチ3をプラスとし被加工物Wをマイナスとして電流を流す状態と、溶接トーチ3をマイナスとし被加工物Wをプラスとして電流を流す状態とが、交互に繰り返される。このうち、溶接トーチ3をプラスにする時間の割合を調整する。具体的には、溶接電源装置1の出力交流電流の制御目標Irefを示す下記(2)式において、オフセット値xを調整する。なお、Aは振幅であり、ωは角周波数、φは初期位相である。オフセット値xを小さくするほど、電流波形はマイナス側に移動し、溶接トーチ3をプラスにする時間の割合が小さくなり、被加工物Wをプラスにする時間の割合が大きくなる。溶接トーチ3をプラスにする時間の割合が小さくなると、ワイヤ電極が溶けにくくなる。逆に、オフセット値xを大きくするほど、電流波形はプラス側に移動し、溶接トーチ3をプラスにする時間の割合が大きくなり、被加工物Wをプラスにする時間の割合が小さくなる。溶接トーチ3をプラスにする時間の割合が大きくなると、ワイヤ電極が溶け易くなる。

Iref=A・sin(ωt+φ)+x ・・・・ (2)
【0085】
図8(b)は、トーチ先端速度Veに応じて溶接トーチ3をプラスにする時間の割合を変更した場合の出力電流波形を示している。図に示す破線の波形はトーチ先端速度VeがVe<40(推奨速度範囲より遅い)のものであり、一点鎖線の波形はトーチ先端速度Veが40≦Ve≦60(推奨速度範囲)のものであり、実線の波形はトーチ先端速度VeがVe>60(推奨速度範囲より速い)のものである。
【0086】
なお、上述したのは溶接情報のパラメータの一例である。トーチ先端速度Veに応じて変更する溶接情報のパラメータは、上述したものに限定されない。
【0087】
本実施形態においては、溶接電源装置1とワイヤ送給装置2とが信号線8を介して通信を行う場合について説明したが、これに限られない。例えば、パワーケーブル41,42または電力伝送線5に信号を重畳させて通信を行うようにしてもよい、この場合、溶接電源装置1とワイヤ送給装置2とを接続する信号線8を必要としない。
【0088】
図9は、本発明の他の実施形態を示している。なお、これらの図において、上記第1実施形態と同一または類似の要素には、上記第1実施形態と同一の符号を付している。
【0089】
図9は、第2実施形態に係る溶接システムA2の機能構成を示すブロック図である。
【0090】
図9に示す溶接システムA2は、溶接トーチ3が溶接電源装置1と無線通信を行う点で、第1実施形態に係る溶接システムA1と異なる。
【0091】
通信部31は、アンテナを介して信号の送受信を行う。通信部31は、制御部36より入力される信号を変調して、電磁波として送信する。また、通信部31は、アンテナが受信した電磁波を復調して、制御部36に出力する。通信部31は、溶接電源装置1の通信部11と無線通信を行う。
【0092】
第2実施形態においても、第1実施形態と同様の効果を奏することができる。
【0093】
本発明に係る溶接トーチおよび溶接システムは、上述した実施形態に限定されるものではない。本発明に係る溶接トーチおよび溶接システムの各部の具体的な構成は、種々に設計変更自在である。
【符号の説明】
【0094】
A1,A2:溶接システム
1 :溶接電源装置
11 :通信部
2 :ワイヤ送給装置
21 :コネクタ
3 :溶接トーチ
31 :通信部
32 :表示部(報知部)
321 :ディスプレイ
33 :操作部
331 :トーチスイッチ
332 :操作ボタン
332a :上ボタン
332b :下ボタン
332c :左ボタン
332d :右ボタン
34 :記憶部
35 :センサ部
351 :加速度センサ
352 :ジャイロセンサ
36 :制御部(センサ部、溶接情報取得部、変化量演算部)
37 :トーチボディ
371 :ノズル
38 :ハンドル
381 :制御基板
39 :トーチケーブル
41 :パワーケーブル
42 :パワーケーブル
5 :電力伝送線
6 :ガスボンベ
7 :ガス配管
8 :信号線
P :電力系統
W :被加工物
A :アーク
B :ビード
D :ワイヤ電極
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9