特開2018-118891(P2018-118891A)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特開2018-118891高性能のリチウムイオン電池用正極活物質及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2018-118891(P2018-118891A)
(43)【公開日】2018年8月2日
(54)【発明の名称】高性能のリチウムイオン電池用正極活物質及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C01G 53/00 20060101AFI20180706BHJP
   H01M 4/525 20100101ALI20180706BHJP
   H01M 4/505 20100101ALI20180706BHJP
【FI】
   C01G53/00 A
   H01M4/525
   H01M4/505
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2017-13313(P2017-13313)
(22)【出願日】2017年1月27日
(71)【出願人】
【識別番号】502270497
【氏名又は名称】ユミコア
(74)【代理人】
【識別番号】100072039
【弁理士】
【氏名又は名称】井澤 洵
(74)【代理人】
【識別番号】100123722
【弁理士】
【氏名又は名称】井澤 幹
(74)【代理人】
【識別番号】100157738
【弁理士】
【氏名又は名称】茂木 康彦
(74)【代理人】
【識別番号】100158377
【弁理士】
【氏名又は名称】三谷 祥子
(72)【発明者】
【氏名】小島 卓
(72)【発明者】
【氏名】乾 貫一郎
【テーマコード(参考)】
4G048
5H050
【Fターム(参考)】
4G048AA04
4G048AB02
4G048AC06
4G048AD04
4G048AD06
4G048AE05
5H050AA07
5H050BA16
5H050BA17
5H050CA08
5H050CB12
5H050GA02
5H050GA05
5H050GA10
5H050HA02
5H050HA05
5H050HA13
5H050HA14
5H050HA20
(57)【要約】      (修正有)
【課題】低アルカリかつ、サイクル特性に優れたリチウムニッケル金属複合酸化物粉体、これを含むリチウムイオン電池正極活物質、該活物質を用いたリチウムイオン電池正極、この正極を有するリチウムイオン電池の提供
【解決手段】リチウムニッケル金属複合酸化物中に含まれる該一次粒子の結晶粒径及び組成比を制御することにより、優れたサイクル特性を示し、且つ低アルカリ性のリチウムニッケル金属複合酸化物の製造ならびに正極活物質として機能する該粉体の製造方法。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の特徴(i)及び(ii)を有する、リチウムニッケル金属複合酸化物粉体。
(i)組成が以下の式(1)で表される。
【化1】
(式(1)中、0.9<a<1.0、1.7<b<2.0、0.01<x≦0.15、かつ0.005<y<0.10であり、MはAl元素を含み、さらにMn、W、Nb、Mg、Zr、及びZnから選ばれる1以上の元素を含んでもよい金属元素である。)
(ii)X線回折プロファイルにおける[003]面に帰属する回折ピークについて、シェラー(Scherrer)の式で算出された結晶径が、70nm未満である。
【請求項2】
特徴(i)の式(1)における金属元素Mが、アルミニウム(Al)のみからなる、請求項1に記載のリチウムニッケル金属複合酸化物粉体。
【請求項3】
請求項1または2に記載のリチウムニッケル金属複合酸化物粉体を含む、リチウムイオン電池用正極活物質。
【請求項4】
請求項3に記載のリチウムイオン電池用正極活物質を含む、リチウムイオン電池用正極。
【請求項5】
請求項4に記載のリチウムイオン電池用正極を備える、リチウムイオン電池。
【請求項6】
ニッケル金属複合水酸化物からなる前駆体と、アルミニウム及びリチウムを含む化合物とを含む混合物を焼成することによって、以下の特徴(i)及び(ii):
(i)組成が以下の式(1)で表される;
【化2】
(式(1)中、0.9<a<1.0、1.7<b<2.0、0.01<x≦0.15、かつ0.005<y<0.10であり、MはAl元素を含みさらにMn、W、Nb、Mg、Zr、及びZnから選ばれる1以上の元素を含んでもよい金属元素である。);
(ii)X線回折プロファイルにおける[003]面に帰属する回折ピークについて、シェラー(Scherrer)の式で算出された結晶径が、70nm未満である;
を有するリチウムニッケル金属複合酸化物粉体の製造方法であって、
上記混合物が、
ニッケル金属複合水酸化物からなる前駆体と、アルミニウム化合物及びリチウム化合物、必要に応じて追加されるMn、W、Nb、Mg、Zr、及びZnから選ばれる1以上の元素を含む化合物とを、該混合物におけるリチウム以外の金属元素の総モル量(Mm)に対するリチウム元素のモル量(Lm)の比(Lm/Mm)が1未満となる量割合で配合し、得られる配合物をせん断力下に混合してなる物であり、
上記焼成が、
以下の第1焼成工程と第2焼成工程;
(第1焼成工程)上記混合物を690℃以上740℃以下の温度で2時間から15時間かけて焼成し、得られた焼成物を解砕する工程;
(第2焼成工程)上記第1焼成工程を経た混合物を690℃以上740℃以下の温度で3時間から20時間かけて焼成し、得られた焼成物を解砕する工程;
からなる、リチウムニッケル金属複合酸化物粉体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は低アルカリかつ、サイクル特性に優れたリチウムニッケル金属複合酸化物粉体、これを含むリチウムイオン電池正極活物質、該活物質を用いたリチウムイオン電池正極、この正極を有するリチウムイオン電池及び、該リチウムニッケル金属複合酸化物粉体の製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
スマートフォン、タブレット型パソコン等の小型電子機器の普及により、電源である電池には長時間の使用に耐える高容量の電池であることが求められている。これら携帯機器類に用いられる電源はもっぱらリチウムイオン電池が用いられるため、近年のリチウムイオン電池の性能向上は目を見張るものがある。一方で、スマートフォン、タブレット型パソコン等の小型電子機器の更なる高機能化、高性能化による消費電力の増大が不可避である。したがって、電池の高性能化への要求がますます高まっている。
【0003】
また、近年は、エネルギー受給に対する危機意識や環境志向の高まりよって、風力発電、メガソーラー発電、家庭用太陽光発電と言った、従来型の集中型発電所とは異なる独立分散型発電設備の設置が増えている。しかしながら、風力発電、太陽光発電等の自然エネルギーを利用した発電設備が従来の発電施設に比べて電気供給の安定性に劣るという問題は、未だ解決されていない。2011年3月11日に発生した東日本大震災、その後に引き起こされた原子力発電所停止にかかる給電状況の悪化以来、地震等の災害発生時に事業所や家庭単位の電力確保が重要であることが広く認識されるようになってきた。このため、消費地点単位で電源確保を確保する定置用蓄電池に注目が集まっている。しかしながら、現在の技術によれば、このような定置用蓄電池によって電気容量を確保するためには非常に大きな蓄電設備が必要とされ、日本の住宅環境においてはそのような蓄電設備は、現時点では実用性を欠く。
【0004】
他方、自動車産業においては内燃機関を超えるエネルギー効率は電気自動車をおいて他にないことから電気自動車、ハイブリッド自動車、プラグインハイブリッド自動車、燃料電池自動車等の電気自動車の開発が盛んに行われている。しかしながら、電池のみを動力源とする電気自動車の一般的な航続距離は、内燃機関自動車のそれよりも短く、加えて市中における充電設備の不足という公共設備上の問題もあり、2016年時点では電気エネルギーだけで動く電気自動車は、ハイブリッド自動車ほどには普及していない。
【0005】
上述のような、電子機器、電力確保、電気自動車などの産業を支える共通の製品が電池であり、更に現時点でこれらの要求を満たすことが出来る可能性を有するのはリチウムイオン電池のみである。しかしながら、そのリチウムイオン電池においても性能は十分に満足できるものでは無く、とりわけ単位体積当たりの放電容量は自動車へ応用するには未だもって十分ではない。この原因を更にひもとくとリチウムイオン電池の正極活物質の単位体積当たりの放電容量が小さいことに他ならない。
【0006】
歴史的な経緯として、リチウムイオン電池の正極活物質にはコバルト酸リチウム(LCO)に代表されるコバルト系正極活物質が用いられてきた。コバルト酸リチウムは、高電圧に対応するため活物質へのコーティング、電解液の改善、充放電管理システムのチューニング等の検討により高性能な正極活物質として使用されているが、コバルト自体が希少金属であり高コストであることはほぼ改善の余地がない。
【0007】
他方、高容量である利点を持つニッケル系複合酸化物も盛んに検討されており、一部でノートパソコンや電気自動車に応用されている。ニッケルはコバルトと異なり希少金属には該当せず、コストの面で本質的な問題はない。初期容量もニッケル系複合酸化物の代表であるLNCAOの単位重量当たりの放電容量はコバルト系正極活物質よりも大きく、190mAh/gを超える。このように大きい初期放電容量を持つニッケル系複合酸化物ではあるが、コバルト酸リチウムやマンガン酸リチウムといった既存の正極活物質と比較してサイクル特性が劣るという問題があった。この主たる原因は、充放電を繰り返すことにより不活性な物質が活物質表面に堆積してイオンの拡散パス、導電パスを遮断することによる劣化、充電された正極は強烈な酸化雰囲気にあるため電解液成分を酸化分解することによる劣化、活物質が膨張収縮を繰り返すことによりバインダー他正極を構成する他の成分と剥離して孤立することによる劣化、更には、膨張収縮が活物質粒子に歪みを生じさせ、活物質粒子に機械的破壊をもたらす劣化等が知られている。
【0008】
加えて、ニッケル系複合酸化物からなる正極活物質では、活物質調製及び電池作成に当たり以下のように、特にカチオンミキシングとゲル化の抑制が望まれている。
【0009】
(カチオンミキシング)ニッケル系正極活物質はニッケルイオンが存在する3bサイトとリチウムイオンが存在する3aサイトのカチオンが相互に交換するいわゆるカチオンミックスが容易に発生し、電池性能を低下させる一因となっている。これを防止するためニッケル系正極活物質を調製する場合、リチウムに対する他の金属のモル比(Li/M比)を1以上にすることによってカチオンミキシングを抑制し、より完全な空間群R−3mの結晶製造を志向するのが一般的である。Li/M比を1以上とすることで結晶自体は完全なものに近づく一方、一次粒子を構成する結晶子は大きくなる。大きな結晶子は小さな結晶子と比較して充放電に伴うc軸方向への膨張収縮が大きくなり二次粒子内での大きなゆがみとなる結果、二次粒子の割れを誘発するという問題がある。
【0010】
(ゲル化)LNCAOをリチウムイオン電池用正極として調製する際の問題も指摘されている。すなわち、正極を調製する際にLNCAOを活物質として用いると活物質とバインダーとからなるスラリーがゲル化してスラリーの塗布性を悪化させるという問題がある。ゲル化の原因は、LCOと比較して強いアルカリ性を示すニッケル系複合酸化物が、バインダーとして用いられるPVDF(ポリビニリデンフルオライド系重合体)からフッ化水素を脱離させ、PVDF樹脂鎖の架橋が起こることに起因すると考えられている。この問題は電池性能とは直接関係はないが、電池を製造する際の効率が悪くなることから生産コストの問題として非常に大きい。この問題を解決するため、ニッケル系正極活物質に含まれるアルカリ性物質を低減することも、放電容量の向上と同様に求められていた。
【0011】
このような課題を念頭に、これまでに例えば以下のような技術が提案されている。特許文献1には、リチウムイオン電池用正極活物質のサイクル特性を向上させる方法として、一般式Li(但し、Nは、Ni1−y−zであり、MはCo又はMnの少なくとも一種からなる。0.9≦p≦1.1、0.9≦x<1.1、0.2≦y≦0.9、0≦z≦0.3)で表されるリチウム含有複合酸化物粒子であり、その表面層にアルミニウムが含有され、かつ該表面層5nm以内におけるアルミニウム含有量が、Niと元素Mの合計に対して、原子比率で1.2以上である表面修飾リチウム含有複合酸化物粒子からなることを特徴とする非水電解質二次電池用正極活物質を用いる方法が開示されている。
【0012】
特許文献2には、組成式がLi(Ni1−y−w−z−vCoMnMaMb)O(0.9≦x≦1.1、0.05≦y≦0.25、0≦w≦0.25、0<z≦0.15、0≦v≦0.03、Maは両性金属であって、Al、Zn、Snから選ばれる少なくとも1種の金属であり、且つMbはBi、Sb、Zr、B、Mgから選ばれる少なくとも1種の金属)であるLi−Ni複合酸化物粒子粉末において、BET比表面積が0.05〜0.8m/gであり、粒子の最表面における両性金属の濃度とNiの濃度との原子比(Ma/Ni)が2〜6であり、かつ粒子の最表面における両性金属の濃度は粒子の最表面から中心方向に向かって50nmの位置における両性金属の濃度よりも高いことを特徴とするLi−Ni複合酸化物粒子粉末が開示されている。
【0013】
これらの技術はニッケル系正極活物質のサイクル性能の改善に一定程度寄与している。しかしながら、何れの方法においても、リチウム金属複合酸化物を調製する際、前駆体の焼成を行った後に他の金属を被覆させる工程、或いは、硫酸を加えながら水洗を行う工程が追加され煩雑な工程を取らざるを得ず、コストアップが不可避であった。
【0014】
一方、正極活物質のpHを低減する手段としては、例えば、特許文献3には、正極活物質に特定の化合物を接触させて、正極活物質中に残存するアルカリ性化合物をアルカリ性の低い化合物に変換する方法が記載されている。特許文献4には、焼成後のニッケル酸リチウム粉末を高純度二酸化炭素ガスで処理する方法が記載されている。しかし、このような手段も前記同様、従来の製造工程に加え新たな工程を必要とするためにコスト面で問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開2012−79703号公報
【特許文献2】特開2012−230898号公報
【特許文献3】特開2010−177030号公報
【特許文献4】特開平9−153360号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明は、リチウムニッケル金属複合酸化物中に含まれる該リチウムニッケル金属複合酸化物粒子の一次粒子径を制御することにより、優れたサイクル特性を示し、かつ低アルカリ性のリチウムニッケル金属複合酸化物を同時に提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らは、LNCAOに代表されるリチウムニッケル金属複合酸化物粉末の結晶粒径及び組成比を制御することにより、サイクル特性に優れ低アルカリの正極活物質として機能するリチウムニッケル金属複合酸化物粉体の製造に成功した。
【0018】
すなわち本発明は以下のものである。
(発明1)以下の特徴(i)及び(ii)を有する、リチウムニッケル金属複合酸化物粉体。
(i)組成が以下の式(1)で表される。
【0019】
【化1】
【0020】
(式(1)中、0.9<a<1.0、1.7<b<2.0、0.01<x≦0.15、かつ0.005<y<0.10であり、MはAl元素を含み、さらにMn、W、Nb、Mg、Zr、及びZnから選ばれる1以上の元素を含んでもよい、金属元素である。)
(ii)X線回折プロファイルにおける[003]面に帰属する回折ピークについて、シェラー(Scherrer)の式で算出された結晶径が、70nm未満である。
【0021】
(発明2)特徴(i)の式(1)における金属元素Mが、アルミニウム(Al)のみからなる、発明1のリチウムニッケル金属複合酸化物粉体。
【0022】
(発明3)発明1または2のリチウムニッケル金属複合酸化物粉体を含む、リチウムイオン電池用正極活物質。
【0023】
(発明4)発明3のリチウムイオン電池用正極活物質を含む、リチウムイオン電池用正極。
【0024】
(発明5)発明4のリチウムイオン電池用正極を備える、リチウムイオン電池。
【0025】
(発明6)ニッケル金属複合水酸化物からなる前駆体と、アルミニウム及びリチウムを含む化合物とを含む混合物を焼成することによって、以下の特徴(i),(ii):
(i)組成が以下の式(1)で表される;
【0026】
【化2】
【0027】
(式(1)中、0.9<a<1.0、1.7<b<2.0、0.01<x≦0.15、かつ0.005<y<0.10であり、MはAl元素を含みさらにMn、W、Nb、Mg、Zr、及びZnから選ばれる1以上の元素を含んでもよい金属元素である。);
(ii)X線回折プロファイルにおける[003]面に帰属する回折ピークについて、シェラー(Scherrer)の式で算出された結晶径が、70nm未満である;
を有するリチウムニッケル金属複合酸化物粉体の製造方法であって、
上記混合物が、
ニッケル金属複合水酸化物からなる前駆体と、アルミニウム化合物及びリチウム化合物、必要に応じて追加されるMn、W、Nb、Mg、Zr、及びZnから選ばれる1以上の元素を含む化合物とを、該混合物におけるリチウム以外の金属元素の総モル量(Mm)に対するリチウム元素のモル量(Lm)の比(Lm/Mm)が1未満となる量割合で配合し、得られる配合物をせん断力下に混合してなる物であり、
上記焼成が、
以下の第1焼成工程と第2焼成工程;
(第1焼成工程)上記混合物を690℃以上740℃以下の温度で2時間から15時間かけて焼成し、得られた焼成物を解砕する工程;
(第2焼成工程)上記第1焼成工程を経た混合物を690℃以上740℃以下の温度で3時間から20時間かけて焼成し、得られた焼成物を解砕する工程;
からなる、リチウムニッケル金属複合酸化物粉体の製造方法。
【発明の効果】
【0028】
本発明のリチウムニッケル金属複合酸化物粉体は、サイクル特性に優れ低アルカリ性であるリチウムイオン電池用正極活物質を提供する。本発明によって、サイクル特性に優れ放電容量の高いリチウムイオン電池が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1】本発明のリチウムニッケル金属複合酸化物粉体の1例のX線回折パターンである。
図2】本発明のリチウムニッケル金属複合酸化物粉体の1例の電子顕微鏡像である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
[リチウムニッケル金属複合酸化物粉体]
本発明のリチウムニッケル金属複合酸化物粉体は、金属元素としてリチウム、ニッケルと、少量のコバルトと、微量のアルミニウムとを含み、さらに他の微量の金属元素としてMn、W、Nb、Mg、Zr、及びZnから選ばれる1以上の元素を含んでもよい、複合酸化物からなる粉体である。このような本発明のリチウムニッケル金属複合酸化物粉体の組成は、以下の式(1)で表される。
【0031】
【化3】
【0032】
(式(1)中、0.9<a<1.0、1.7<b<2.0、0.01<x≦0.15、かつ0.005<y<0.10であり、MはAl元素を含みさらにMn、W、Nb、Mg、Zr、及びZnから選ばれる1以上の元素を含んでもよい金属元素である。このような式(1)における金属元素Mは好ましくはアルミニウム(Al)からなる。)
【0033】
本発明のリチウムニッケル金属複合酸化物粉体をはじめとするいわゆるLNCAO粉体は、一次粒子の集合体である球形の二次粒子からなり、この一次粒子はリチウムと酸素からなる八面体層と、ニッケル、コバルト、上記式(1)中の金属元素M、酸素からなる八面体層が積層した、空間群R-3mの結晶構造をとることが知られている。このような一次粒子を構成する結晶の大きさを、シェラー(Scherrer)の式で算出することができる。シェラーの式は、粉末X線回折法における回折線幅と粉末結晶の大きさ(結晶径)との関係を示す以下の式である。この式は1918年に提唱され、現在でも実際に使われることが多い。
【0034】
【数1】
【0035】
シェラーの式において、Dは結晶の大きさ(結晶径)、Kはシェラーの定数(Scherrer constant)、λはX線の波長、βは回折線ピークの半値幅(full−width at half maximum, FWHM)、θはブラッグ角(回折角2θの半分)を表す。本発明のリチウムニッケル金属複合酸化物粉体の結晶径の算出には、X線回折プロファイルにおける[003]面に帰属される回折ピークについてシェラーの式を適用する。ここでは波長(λ)が0.15402nmのCuKα線を用い、シェラーの式におけるKとして0.9を用いる。
【0036】
本発明のリチウムニッケル金属複合酸化物粉体は、上記シェラーの式により求めた結晶径が70nm未満、典型的には55nm未満であることを特徴とする。
【0037】
[リチウムニッケル金属複合酸化物粉体の製造方法]
本発明のリチウムニッケル金属複合酸化物粉体は、ニッケル金属複合水酸化物からなる前駆体と、アルミニウム化合物及びリチウムを含む化合物とを含む混合物を焼成することによって得られる。
【0038】
上記前駆体を構成するニッケル金属複合水酸化物は、通常は、アルカリ性水溶液中の水酸化ニッケルと水酸化コバルトの共沈反応を用いて得られる。
【0039】
前駆体に添加されるアルミニウム化合物としては通常は水酸化アルミニウムが用いられる。前駆体に添加されるリチウム化合物としては通常は水酸化リチウムが用いられる。
【0040】
本発明のリチウムニッケル金属複合酸化物粉体がアルミニウムの他にさらに任意の微量元素としてMn、W、Nb、Mg、Zr、及びZnから選ばれる1以上の元素を含む場合には、これらの微量元素を含む化合物をアルミニウム化合物及びリチウム化合物と共に前駆体に添加する。
【0041】
上記混合物は、ニッケル金属複合水酸化物からなる前駆体と、アルミニウム化合物及びリチウム化合物、場合によって用いられる上記微量元素を含む化合物とを、最終的にリチウム以外の金属元素の総モル量(Mm)に対するリチウム元素のモル量(Lm)の比(Lm/Mm)が1未満となる量割合で配合し、この配合物をせん断力下に混合することによって得られる。
【0042】
また本発明のリチウムニッケル金属複合酸化物粉体の製造方法では、上記焼成を特定の2工程、すなわち、第1焼成工程:上記混合物を690℃以上740℃以下、好ましくは700℃以上740℃以下の温度で、3時間から15時間、好ましくは6時間から12時間かけて焼成し、得られた焼成物を解砕する工程と、これに続く第2焼成工程:上記第1焼成工程を経た混合物を690℃以上740℃以下の温度、好ましくは700℃以上740℃以下で、3時間から20時間、好ましくは15時間から20時間かけて焼成し、得られた焼成物を解砕する工程とで行う。
【0043】
[LiNi1-x-yCoAl粉末の製造方法]
本発明のリチウムニッケル金属複合酸化物粉体の組成が、前述の式(1)で金属元素Mがアルミニウム(Al)を示す場合である。この場合のリチウムニッケル金属複合酸化物粉体の製造方法を以下に示す。以下の製造手順は本発明のリチウムニッケル金属複合酸化物粉体の典型的かつ単純な一例として理解されるものである。
【0044】
(原料の溶解)前駆体の原料としては、式(1)を構成する金属の、硫酸塩、硝酸塩などの可溶性金属塩を用いることができる。硝酸塩を用いた場合、硝酸性窒素を含む廃液処理にコストがかかるため、硝酸塩の使用は工業的には好ましくない。通常は式(1)を構成する金属の硫酸塩が用いられる。典型的には原料として硫酸ニッケルと硫酸コバルトを用意し、それぞれを水に溶解する。
【0045】
(沈殿)硫酸ニッケル水溶液、硫酸コバルト水溶液、沈殿剤としての水酸化ナトリウムと錯化剤のアンモニア水を沈殿槽内で混合する。水酸化ニッケルと水酸化コバルトの共沈殿物が生成する。
【0046】
(ろ過・洗浄)沈殿物をろ過し、水分を除去して水酸化物ケーキを分離する。水酸化物ケーキを水酸化ナトリウム水溶液で洗浄し、硫酸イオンを除去する。さらに水酸化物ケーキを純水で洗浄して水酸化ナトリウムを除去する。こうして水酸化ニッケルと水酸化コバルトからなる前駆体ケーキが得られる。
【0047】
(乾燥)前駆体ケーキを乾燥する。乾燥方法は、大気圧下での熱風乾燥、赤外線乾燥、真空乾燥などのいずれでもよい。真空乾燥を行うことにより短時間で乾燥することができる。前駆体中の水分が1重量%程度になるまで乾燥する。
【0048】
(粉体混合)乾燥後の前駆体粉末に、水酸化アルミニウム粉末と水酸化リチウム粉末を加え、せん断力をかけて混合する。この際、前駆体、水酸化アルミニウム粉末、水酸化リチウム粉末を、最終的にリチウム以外の金属の総モル量(Mm)に対するリチウムのモル量(Lm)の比(Lm/Mm)が1未満となる量割合で配合する。本発明ではこのような比(Lm/Mm)にすることによって、後述の焼成におけるリチウムニッケル金属複合酸化物の結晶成長を抑制し、得られるリチウムニッケル金属複合酸化物粉体の一次粒子を構成する結晶径を一定の範囲に留めることができる。得られた配合物にせん断力を加える手段は特に限定されない。ここでは、粉状物や粒状物の混合や粉砕に用いられる各種ミキサーを使用することができる。
【0049】
(第1焼成工程)上述の手順で得られた混合物を690℃以上740℃以下、好ましくは700℃以上740℃以下の温度で、2時間から15時間、好ましくは2時間から6時間かけて焼成する。得られた焼成物をジェットミル、サイクロンミル、ボールミル等の解砕機により解砕する。この解砕によって続く第2焼成における粒子の凝集を抑制することが出来る。
【0050】
(第2焼成工程)上記第1焼成工程を経た混合物を690℃以上740℃以下の温度、好ましくは700℃以上740℃以下で、3時間から20時間、好ましくは6時間から10時間かけて焼成する。得られた焼成物をジェットミル、サイクロンミル、ボールミル等の解砕機により解砕する。この解砕によって焼成物が適度に細粒化される。
【0051】
こうして得られる本発明のリチウムニッケル金属複合酸化物粉体は、均一で塗布性に優れる正極剤スラリーを与える。このような正極剤スラリーにより、正極電極の生産効率が向上し、電極調製時のゲル化が抑制される。しかも、正極活物質のイオン放出性も安定化され、電池性能も向上する。本発明のリチウムニッケル金属複合酸化物粉体を用いたリチウムイオン電池では特にサイクル特性が改善される。
【0052】
本発明のリチウムニッケル金属複合酸化物粉体のみでリチウムイオン電池の正極活物質を構成してもよいし、本発明のリチウムニッケル金属複合酸化物粉体に、その長所が発現する程度の量で他のリチウムイオン二次電池用正極活物質を混合してもよい。例えば、本発明のリチウムニッケル金属複合酸化物粉体50重量部と、本発明以外のリチウムイオン二次電池用正極活物質50重量部とを混合したものを正極活物質として用いることができる。リチウムイオン電池の正極を製造する場合には、上述の本発明のリチウムニッケル金属複合酸化物粉体を含む正極活物質、導電助剤、バインダー、分散用有機溶媒を加えて正極用合剤スラリーを調製し、電極に塗布する。
【実施例】
【0053】
[実施例1]
硫酸ニッケルと硫酸コバルトの水溶液の共沈反応、ろ過、洗浄、乾燥を経て、前駆体を調製した。この前駆体は水酸化ニッケルおよび水酸化コバルトで構成され、メジアン径(D50)が5.8μmであった。
【0054】
この前駆体に、水酸化アルミニウムと水酸化リチウムを加え、得られた混合物をミキサーでせん断をかけて混合した。なお、上記混合物の製造では、前駆体量に対してアルミニウム元素が5モル%となるように水酸化アルミニウムを加えた。また上記混合物の製造では、ニッケル元素、コバルト元素、アルミニウム元素の総モル量(Mm)に対してリチウム元素のモル量(Lm)の比(Lm/Mm)が0.980となるように水酸化リチウムの量を調整した。
【0055】
(第1焼成工程)得られた混合物をムライト製のセラミック鞘に入れて炉内温度を730℃に設定したローラーハースキルン炉に導入し、2.5時間かけて焼成した。焼成物を炉から取り出して解砕した。
【0056】
(第2焼成工程)解砕された焼成物を、更に炉内温度を730℃に設定したローラーハースキルン炉に導入し、8.5時間かけて焼成した。焼成物を炉から取り出して解砕した。こうしてリチウムニッケル金属複合酸化物粉体が得られた。
【0057】
得られたリチウムニッケル金属複合酸化物粉体を以下の方法で分析・評価し、結果を表1に示す。
【0058】
(組成)
得られたリチウムニッケル金属複合酸化物粉体0.3gに濃硝酸3ml、濃塩酸6mlを加え200℃に加熱溶解させた。液の全量を100mlのメスフラスコへ移し、100mlまで希釈した。希釈物のうち3ml量を取り、100mlまで再希釈した。得られた希釈物の元素含有量を誘導結合プラズマ発光分光分析計(サーモフィッシャー製、iCAP6000)で測定した。測定結果から、リチウムニッケル金属複合酸化物の組成と、リチウム以外の金属元素の総モル量(Mm)に対するリチウム元素のモル量(Lm)の比(Lm/Mm)を求めた。
【0059】
(結晶構造)
X線回折装置(パナリティカル X’PERT−MPD、波長(λ)が0.15402nmのCuKα線を照射)にて得られたリチウムニッケル金属複合酸化物粉体のX線回折分析を行った。得られたX線回折パターンの[003]面に帰属する回折ピークについて以下のシェラーの式から結晶径(D)を算出した。結果を表1に示す。
【0060】
【数2】
【0061】
(Dは結晶の大きさ(結晶径)、Kはシェラーの定数(Scherrer constant)で本分析では0.9、λはX線の波長、βは回折線ピークの半値幅(full−width at half maximum, FWHM)、θはブラッグ角(回折角2θの半分)を表す。)
【0062】
(アルカリ強度)
得られたリチウムニッケル金属複合酸化物粉体を用いて正極を製造する場合の正極剤スラリーのゲル化の程度を予想するために、得られたリチウムニッケル金属複合酸化物粉体のアルカリ強度を測定した。すなわち、得られたリチウムニッケル金属複合酸化物粉体2gを25℃の純水100mlに加え、マグネチックスターラーで3分間かくはんし、その後吸引ろ過した。得られた濾液のpHを堀場製作所製pHメーターで測定した。結果を表1に示す。
【0063】
(粒度分布)
得られたリチウムニッケル金属複合酸化物粉体をJIS Z 8801−1:2006に規定される公称目開き53μmの標準篩を通過させた。篩を通過したリチウムニッケル金属複合酸化物粒子の粒度分布を粒度分布計(堀場製作所製レーザー散乱型粒度分布測定装置LA−950)にて測定し、メジアン径D50を求めた。結果を表1に示す。
【0064】
(初期放電容量)
得られたニッケルリチウム金属複合酸化物粉体100重量部に対し、デンカ製アセチレンブラック1重量部、日本黒鉛製グラファイトカーボン5重量部、クレハ製ポリフッ化ビニリデン4重量部を添加し、さらにN−メチルピロリドンを分散溶媒として加え、スラリーを調製した。このスラリーを集電体であるアルミニウム箔に塗工し、乾燥、プレスを行ったものを正極、リチウム金属箔を負極、エチレンカーボネートとジエチルカーボネートの等量混合溶媒(EC:DEC=1:1)に1モル/LのLiPFを溶解させたものを電解液として2032型コイン電池を作成した。この電池の0.1C充電−0.1C放電を行った際の初期放電容量を測定した。結果を表1に示す。
【0065】
(サイクル特性)
初期放電容量を測定した後、0.5C充電−1.0C放電を1サイクルとして、50サイクルの充放電を繰り返した。充放電終了時の放電容量(50サイクル経過時放電容量)を測定した。50サイクル経過時放電容量の初期放電容量に対する割合(放電容量維持率)を算出した。結果を表1に示す。
【0066】
[実施例2]
実施例1と同様の方法でD50が6.0μmの前駆体を製造した。この前駆体を用いた点以外は実施例1と同じ条件でリチウムニッケル金属複合酸化物粉体を製造し、分析・評価した。結果を表1に示す。
【0067】
[実施例3]
実施例1と同様の方法でD50が5.9μmの前駆体を製造した。この前駆体を用いた点以外は実施例1と同じ条件でリチウムニッケル金属複合酸化物粉体を製造し、分析・評価した。結果を表1に示す。
【0068】
[比較例1]
実施例1と同じ条件で製造した前駆体に、水酸化アルミニウムと水酸化リチウムを加え、得られた混合物をミキサーでせん断をかけて混合した。なお、上記混合物の製造では、前駆体量に対してアルミニウム元素が5モル%となるように水酸化アルミニウムを加えた。また上記混合物の製造では、ニッケル元素、コバルト元素、アルミニウム元素の総モル量(Mm)に対してリチウム元素のモル量(Lm)の比(Lm/Mm)が1.005となるように水酸化リチウムの量を調整した。
【0069】
(第1焼成工程)得られた混合物をムライト製のセラミック鞘に入れて炉内温度を730℃に設定したローラーハースキルン炉に導入し、4時間かけて焼成した。焼成物を炉から取り出して解砕した。
【0070】
(第2焼成工程)解砕された焼成物を、更に炉内温度を770℃に設定したローラーハースキルン炉に導入し、10時間かけて焼成した。焼成物を炉から取り出して解砕した。こうしてリチウムニッケル金属複合酸化物粉体が得られた。
これを実施例1と同様に分析・評価した。結果を表1に示す。
【0071】
[比較例2]
実施例1と同様の方法でD50が12.2μmの前駆体を製造した。この前駆体に、水酸化アルミニウムと水酸化リチウムを加え、得られた混合物をミキサーでせん断をかけて混合した。なお、上記混合物の製造では、前駆体量に対してアルミニウム元素が2モル%となるように水酸化アルミニウムを加えた。また上記混合物の製造では、ニッケル元素、コバルト元素、アルミニウム元素の総モル量(Mm)に対してリチウム元素のモル量(Lm)の比(Lm/Mm)が1.020となるように水酸化リチウムの量を調整した。
【0072】
得られた混合物をムライト製のセラミック鞘に入れて炉内温度を790℃に設定したローラーハースキルン炉に導入し、5時間かけて焼成を行った。焼成物を炉から取り出して解砕した。こうして比較用のリチウムニッケル金属複合酸化物粉体が得られた。これを実施例1と同様に分析・評価した。結果を表1に示す。
【0073】
【表1】
【0074】
表1が示すように、本発明のリチウムニッケル金属複合酸化物粉体は前述の式(1)で表される組成を有し、ニッケル元素、コバルト元素、アルミニウム元素の総モル量(Mm)に対してリチウム元素のモル量(Lm)の比(Lm/Mm)が比較的低く制御されている。またその結晶径は70nm未満に制御されている。このような本発明のリチウムニッケル金属複合酸化物粉体は、比較用のリチウムニッケル金属複合酸化物粉体に比べてアルカリ強度が低く、放電容量維持率が高い。このことは、本発明のリチウムニッケル金属複合酸化物粉体を用いた正極スラリーのゲル化が起こりにくいこと、さらに本発明のリチウムニッケル金属複合酸化物粉体を用いたリチウムイオン電池のサイクル特性が優れることを意味する。
【0075】
さらに、図1に実施例1で得られたリチウムニッケル金属複合酸化物粉体のX線回折パターンを示す。図1から、実施例1で得られたリチウムニッケル金属複合酸化物粉体の結晶構造が空間群R-3mをとることが確認できる。
【0076】
また、実施例1で得られたリチウムニッケル金属複合酸化物粉体を導電性粘着テープに塗布し、電子顕微鏡(キーエンス社製 VE−9800)にて観察した結果を図2に示す。図2から、実施例1で得られたリチウムニッケル金属複合酸化物粉体は球状粒子であり、個々の球状粒子がさらに小さい一次粒子からなることが確認できる。
【産業上の利用可能性】
【0077】
本発明は、高性能のリチウムイオン電池用正極活物質を供給する手段として有益である。本発明で得られたリチウムニッケル金属複合酸化物粉体とこれを利用したリチウムイオン電池は、携帯情報端末や電池搭載車両の性能向上に貢献する。
図1
図2