【実施例】
【0020】
本発明は以下の実施例によってさらに例示されるが、これらはさらなる限定として解釈されるべきではない。
【0021】
実施例1:T細胞性悪性リンパ腫細胞移植マウスの呼気からの一酸化炭素 (CO) 検出
1 実験方法
(1) 動物
6週齢のマウスscid/scid(日本クレア)を18匹用いた。それらのマウスを6匹ずつ,コントロール群,EL4-TK群,EL4-TK+ZnPP群に分けた。コントロール群にはPBS (Phosphate Buffered Saline,SIGMA)を,EL4-TK群にはEL4-TK細胞(T細胞性悪性リンパ腫細胞,東北大学加齢医学研究所由来)を,EL4-TK+ZnPP群にはEL4-TK細胞に加えてヘム酸化酵素 (HO-1) の阻害剤であるZnPPを投与した。実験手順は
図1に示した。培養したEL4-TK細胞を室温で3分間遠心(1000 rpm) し,PBSで洗浄した後に1.0 × 10
7 cells /0.1 mlになるようにPBSを加え,懸濁した。マウスに移植するまで氷冷した。細胞をマウスの尾静脈から0.1 ml導入した。なお,コントロールにはPBSを0.1 ml導入した。阻害剤にはZnPPを用い,粉末を溶かした後にpH 7.4に調節し,その後5 mg/kgになるように調製し,濾過滅菌した。ZnPPは,EL4-TK+ZnPP群に対し,細胞移植の翌日と8日目に腹腔内投与した。体重は当初は一日おきに,その後毎日測定した。マウスからの呼気採取は次のように行った。マウスを100 mlのポリプロピレンボトル(サンプラテック)に入れて蓋をした。蓋には注射針が通る穴を空けておき,注射針を入れるとき以外はテープで蓋をした。10分後,容器内の空気を50 ml注射筒を用いて,蓋をしたまま穴から注射針を差し込み14 ml採取した。2 ml のシリンジバイアル(日電理化硝子)の蓋をビンの口からずらし,その隙間から針を差し込んでその空気を押しだし,素早く蓋を閉めた。呼気採取を行うときには,実験を行った実験室の空気も採取した。
【0022】
(2) 成分解析
バイアルからガラス製シリンジで空気を1 ml取り,トライライザー mBA-3000(タイヨウ)に注入して濃度を測定した。
【0023】
(3) 統計処理
それぞれの成分の値から実験室内の空気の値を引いた値を用いた。統計処理はMann-WhitneyのU検定を行った後にBonferroni法によって補正した。EXCEL VBA MACRO FOR WINDOWS ノンパラメトリック統計2012に付属のソフトを利用した。
【0024】
2.研究成果
(1) マウスの体重変化と容体
scidマウスの呼気を採取し,翌日尾静脈からT細胞性悪性リンパ腫細胞株EL4-TK細胞を1.0 × 10
7 個導入した。EL4-TK細胞がCOを産生するHO-1(ヘム酸化酵素)を発現していることは確認してある。HO-1は,ヘムを酸化的に分解してCO,鉄,ビリベルジンをつくる酵素である。EL4-TK群では,9日目にマウスが動かない状態になり,10日目にマウスの平均体重が増えなくなった。そこで10日目に呼気を採取した。翌日には体重は落ちた。コントロール群,EL4-TK+ZnPP群のマウスは10日目でも元気であった。
【0025】
(2) 呼気COの濃度変化
呼気のCO濃度を測定した結果,EL4-TK群のCO濃度は有意に増加していた(
図2)。0日目と10日目を比べると,コントロール群のCO濃度は減少傾向にあったが,EL4-TK群では有意に増えていた。そして,10日目で比較するとコントロール群では0.19 ppm,細胞移植群では0.70 ppmであり,3.7倍で有意に高かった。これらから,EL4-TK 細胞導入によりマウスの呼気中のCO濃度が上昇したことがわかった。またEL4-TK+ZnPP群は10日目にほぼ0 ppmであり,EL4-TK群と比較すると有意に低かった。
【0026】
一方,H
2に関しては,いずれの群も10日には増加しており,EL4-TK 細胞に依存しないことがわかった。
【0027】
(3) 呼気CO濃度についての考察
呼気中のCO濃度は,0日目に比べて10日目には2.1倍になっていた。EL4-TK細胞は血液中に存在し,その細胞にはHO-1が発現していたため,血液中のCO濃度が上昇すると考えられる。そして,血液の成分は肺から呼気に移行するものがある。COは気体であり呼気に移行することも知られているため,呼気中のCO濃度が増加したことは矛盾がない。
【0028】
また10日目についても,CO濃度はEL4-TK群がコントロール群と比較して3.7倍と有意に増えていた。すなわち,マウスの成長と共に増えたのではないことがわかった。また,EL4-TK+ZnPP群と比較しても有意に濃度が高かった。HO-1の阻害剤ZnPPをマウスの腹腔内に導入すると,血液を介して全身に作用すると考えられる。したがって,ZnPPが血液中のEL4-TK細胞のHO-1のみならず,内在性(マウス個体)のHO-1を抑制したためにほぼ0 ppmになったと考えられる。
【0029】
さらに,同じ気体のH
2に関してはEL4-TK群に特異的な増加はなかったため,悪性腫瘍とは関係ないことがわかった。つまり,CO産生が悪性腫瘍に特異的であると言える。
【0030】
実施例2:担癌マウスの皮膚からの一酸化炭素 (CO) 検出
1 実験方法
(1) 細胞株
移植細胞には結腸がん細胞株Colon-26(東北大学加齢医学研究所付属医用細胞資源センターより供与)を用いた。この細胞を10% FBS (BioSera),100 units/ml Penicillin,100 μg/ml Streptomycin (Gibco) 含有RPMI 1640培地(ナカライテスク)を用いて,37℃,5% CO2環境下で培養し,Luna
TM(エル・エム・エス)を用いて細胞数を計測した。
【0031】
(2) 動物
8週齢のマウスBalb/c(日本クレア)8匹を用いた。これらのマウスを,PBSを導入するPBS群4匹,およびColon-26細胞を導入するColon-26群4匹に分けた。培養したColon-26細胞は室温で3分間遠心(1000 rpm) し,PBSで洗浄した後に5.0 × 10
6 cells /0.1 mlになるようにPBSを加え,懸濁した。マウスに移植するまで氷冷した。移植前に右背中の毛を刈った。麻酔したBalb/cマウスの右背部の皮下に懸濁した細胞を0.1 ml導入した。一方,PBS群に対してPBSを0.1 ml導入した。PBSおよび細胞を導入後一週間程度放置し,Colon-26群のColon-26細胞を導入した部分が膨らむのを待った。ふくらみはノギスで測定し,長径が約10 mmになった段階で経皮的な成分の回収を行った。成分を集める容器は,5 mlの注射筒(テルモ)を6の目盛のところで切断した,針をつけない側を用いた。その容量は約2 mlであった。それにパラフィルムを被せて,さらにテープでマウスの腫瘍部位に被せた。60分放置した後に,1 mlのプラスチック製注射器で気体を採取した。
【0032】
(3) 成分解析
1 mlの注射器の針を外し,パラフィルムで針を外した部分を塞いだ。それらの注射筒を株式会社タイヨウに送付し,H
2およびCOの濃度測定を依頼した。結果のそれぞれの濃度の値は,環境中(空気中)の濃度を引いたものである。統計処理はMann-Whitney U-testを用いた。p<0.05で有意差ありと判定した。
【0033】
(4) 免疫組織化学染色
PBS群の右背部皮膚,およびColon-26群の腫瘍部位を摘出し,ホルマリン固定した後にパラフィン包埋を経て組織標本を作製した。免疫染色法としては,EnVision Detection System/HRP (DAKO)を利用した酵素抗体法を用いた。一次抗体には抗HO-1抗体 (Enzo Life Science) を500倍希釈して,二次抗体にはLabelled Polymer-HRP Anti-Rabbitを用いた。発色はDABによって,核染色はマイヤーのヘマトキシリンによって行った。
【0034】
2.研究成果
(1) COの経皮的測定の結果
経皮的に集めた気体のCO濃度を測定した結果,Colon-26群の腫瘍部位のCO濃度はPBS群に比べて高かった(
図3)。PBS群の右背中から集めた気体のCO濃度の平均は0.21 ppmであり,Colon-26群の腫瘍部位の右背中から集めた気体のCO濃度は0.86 ppmであった。2群のCO濃度は4倍の開きがあり,有意にColon-26群の方が高かった。一方,COの陰性コントロールであるH
2は2群でほとんど同じであり,有意差は認められなかった。
【0035】
(2) 腫瘍部位の免疫組織化学染色の結果
Colon-26群の腫瘍部位のCO濃度がPBS群に比べて高かったため,Colon-26群の腫瘍部位にHO-1(ヘム酸化酵素)が存在しているのかどうか確かめた。その結果,染まっている細胞を確認できた(
図4)。一方,腫瘍のできてない皮膚細胞にはHO-1は存在しなかった(染まっている小さな細胞は組織球であり白血球の一種である)。
【0036】
(3) COの経皮的測定および腫瘍部位の免疫組織化学染色の考察
腫瘍部位の体表から経皮的に採取された気体を測定すると,CO濃度が腫瘍のない体表からの気体に比べて有意に高かった。このことから腫瘍で産生されたCOは体表に向かって出てきていることがわかった。なお,この腫瘍部位にはCOを産生するHO-1(ヘム酸化酵素)が存在していることが確認できた。つまりCOはHO-1により産生された後,分子量が小さいため細胞膜を通過して四方八方へ拡散し,皮膚側に向かったものを検出したと考えられる。一方,同じ気体のH
2は腫瘍部位と腫瘍でない部位の体表から同程度しか排出されていなかった。つまり,COが腫瘍特異的に排出されていると判断できる。したがって,腫瘍部位から出てくるCOを検出できれば悪性腫瘍の検出が行えることが明らかになった。そして,検出する場所によっておおよそどこの悪性腫瘍か判断できる可能性がある。
【0037】
実施例3:ヒトの悪性腫瘍におけるHO-1(ヘム酸化酵素)の検出
1 実験方法
(1) 材料と方法
材料はテストスライドA701V-Various cancer tissues with corresponding normal ti
ssues (AccuMax)を使用した。このスライドにはパラフィン包埋切片として,ヒトの皮膚,甲状腺,食道,胃,肺,乳房,肝臓,膵臓,腎臓,大腸,卵巣,前立腺の腫瘍組織とその周囲の非腫瘍組織が載っている。肝臓,肺については正常臓器を用いた。
【0038】
免疫染色法としては,EnVision Detection System/HRP (DAKO)を利用した酵素抗体法を用いた。一次抗体には抗HO-1抗体 (Enzo Life Science) を1000倍希釈して,二次抗体にはLabelled Polymer-HRP Anti-Rabbitを用いた。発色はDABによって,核染色はマイヤーのヘマトキシリンによって行った。
【0039】
2.研究成果
(1) ヒトの各種悪性腫瘍におけるHO-1(CO産生酵素)の免疫組織化学染色の結果
ヒトの各種悪性腫瘍について,COを産生する酵素 HO-1 が発現していることがわかった(
図5)。基本的に非腫瘍部位ではHO-1は発現していない。ただ,大腸,腎臓,胃,乳房のような腺組織を持つ臓器の腺においてはHO-1の発現が見られた。一方,悪性腫瘍組織においては発現の多少はあるものの,いずれの組織も非腫瘍組織よりも濃くなっていたため,HO-1発現の亢進が見られた。非腫瘍組織に発現が認められる腺組織においても,色が濃くなり発現がさらに強くなっていることがわかった。つまり悪性腫瘍ではHO-1がより強く発現するようになることがわかった。
【0040】
(2) ヒトの各種悪性腫瘍におけるHO-1(CO産生酵素)の免疫組織化学染色の考察
調べたすべての悪性腫瘍において,程度の違いはあるがHO-1の発現が強くなっていることがわかった。つまり,悪性腫瘍になると発現が上昇したHO-1によってCOが産生されることになると考えられる。
【0041】
(3) 実施例1から3までの結果の総括
実施例1および2から,マウスにおいて悪性腫瘍にはCO産生酵素であるHO-1が発現していた。そして,それらの細胞,組織から出てくるCOを呼気,または経皮的に検出することができた。一方,H
2は悪性腫瘍と関連はなかった。つまり悪性腫瘍からはCOが特異的に排出されていると考えられる。このことは悪性腫瘍,HO-1,CO産生を一般的に関連付けることができると考えられる。そして,ヒトの悪性腫瘍にもHO-1の発現が見られた。つまり,ヒトにおいても悪性腫瘍からCOが産生されると考えられるため,ヒトからも呼気,および経皮的にCOの検出が可能になると予測できる。最終的に,悪性腫瘍の検査にCOを利用することができると考えられる。