特開2018-143105(P2018-143105A)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特開2018-143105目的物質を高生産する微生物をスクリーニングする方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2018-143105(P2018-143105A)
(43)【公開日】2018年9月20日
(54)【発明の名称】目的物質を高生産する微生物をスクリーニングする方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/06 20060101AFI20180824BHJP
   G01N 27/62 20060101ALI20180824BHJP
【FI】
   C12Q1/06
   G01N27/62 V
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2017-38142(P2017-38142)
(22)【出願日】2017年3月1日
(71)【出願人】
【識別番号】504300181
【氏名又は名称】国立大学法人浜松医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100131705
【弁理士】
【氏名又は名称】新山 雄一
(74)【代理人】
【識別番号】100190621
【弁理士】
【氏名又は名称】崎間 伸洋
(72)【発明者】
【氏名】瀬藤 光利
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 孝
(72)【発明者】
【氏名】堀川 誠
(72)【発明者】
【氏名】山崎 文義
【テーマコード(参考)】
2G041
4B063
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041DA04
2G041EA01
2G041FA10
2G041GA06
2G041LA20
4B063QA01
4B063QA18
4B063QQ06
4B063QQ07
4B063QR75
4B063QR76
4B063QS39
4B063QX04
(57)【要約】
【課題】本発明は、目的とする生体分子の生産量を有用性の指標として微生物をスクリーニングする方法において、IMSを利用して当該生体分子の生産量の高い微生物を選抜する方法を提供することを課題とする。
【解決手段】(1)固体培地上に微生物のコロニーを形成する工程と、(2)前記固体培地上に形成されたコロニーを、膜又は導電性スライドガラスに転写する工程と、(3)コロニーを転写した膜又は導電性スライドガラスに対してMALDI−IMSを行い、イオン化された目的物質のスペクトルを検出する工程と、(4)前記膜上のコロニーから、前記目的物質のスペクトルが検出されたコロニーを選抜する工程と、(5)前記選抜されたコロニーを構成する微生物を、前記固体培地上に形成されたコロニー、又は前記コロニーを転写した膜若しくは導電性スライドガラスから回収する工程と、を有する、目的物質を高生産する微生物をスクリーニングする方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1) 固体培地上に微生物のコロニーを形成する工程と、
(2) 前記固体培地上に形成されたコロニーを、膜又は導電性スライドガラスに転写する工程と、
(3) コロニーを転写した膜又は導電性スライドガラスに対してMALDI法を用いたイメージング質量分析法を行い、イオン化された目的物質のスペクトルを検出する工程と、
(4) 前記膜上のコロニーから、前記目的物質のスペクトルが検出されたコロニーを選抜する工程と、
(5) 前記選抜されたコロニーを構成する微生物を、前記固体培地上に形成されたコロニー、又は前記コロニーを転写した膜若しくは導電性スライドガラスから回収する工程と、
を有する、目的物質を高生産する微生物をスクリーニングする方法。
【請求項2】
前記工程(4)において、前記目的物質のスペクトルが検出された複数のコロニーのうち、前記目的物質のスペクトルのスペクトル強度がより強いコロニーを選抜する、請求項1に記載の目的物質を高生産する微生物をスクリーニングする方法。
【請求項3】
前記目的物質が、分子量10,000以下の低分子化合物である、請求項1又は2に記載の目的物質を高生産する微生物をスクリーニングする方法。
【請求項4】
前記微生物が、原核生物又は真菌類である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の目的物質を高生産する微生物をスクリーニングする方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イメージング質量分析法(Imaging Mass Spectrometry:IMS)を用いて、目的物質を高生産する微生物のスクリーニングを行う方法に関する。
【背景技術】
【0002】
大腸菌などの原核生物や酵母などの真菌類は、酵素やペプチド、有機酸、糖類などの有用な生体分子の生産や、発酵食品の製造などに用いられており、バイオプラントとして幅広い用途に利用されている。微生物をバイオプラント等として利用する場合、生産効率等は当該微生物自体の特性が大きく影響するため、各用途により適した有用な微生物の開発が盛んである。現在、新しい菌種の開発や既存の菌の改良を行う手法としては、菌より抽出した物質を液体クロマトグラフィー質量分析法(LC/MS)やキャピラリー電気泳動質量分析法(CE/MS)で解析する方法が主流である。
【0003】
一方で、近年、組織試料上の生体分子を2次元に可視化できるイメージング質量分析(Imaging Mass Spectrometry:IMS)装置が開発されている。マトリクス支援レーザー脱離イオン化法(Matrix Assisted Laser Desorption / Ionization:MALDI)を利用した質量顕微鏡法(Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization-IMS:MALDI−IMS)では、組織切片等の解析対象の試料に対して、レーザー光を吸収し生体分子のイオン化を促す低分子化合物(マトリクス)を塗布し、ここに走査的にレーザー光を照射し各点で検出されたイオンの情報を基にイメージ像を再構成する。この方法では、組織切片を2次元のレーザー走査によってそのまま解析するため、組織試料上の生体分子をその位置情報を保持したままイオン化できる。イオン化された生体分子は、飛行時間型質量分析計によって分析され、質量対電荷比に従って同定される。これにより、MALDI−IMSでは、組織試料上の生体分子の分布を、測定ポイント間のシグナル強度の相対値によってイメージ化できる。マトリクスとしては、生体分子のイオン化に適した化合物が経験的に使われている。
【0004】
例えば特許文献1には、MALDI−IMSを利用して、乳腺組織中に存在する乳癌を検出する方法が開示されている。当該方法では、乳腺組織中の乳癌部位では、脂質代謝異常により正常部位よりも特定の分子種のホスファチジルコリンが多く存在していることを利用する。被検者の乳腺組織切片に対してMALDI−IMSを行って乳腺組織中のホスファチジルコリンの分子種の存在比率を調べ、乳癌患者に多く存在している特定の分子種の存在比率が高くなっている部位を乳癌部位として検出する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2014−149243号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、目的とする生体分子の生産量を有用性の指標として微生物をスクリーニングする方法において、IMSを利用して当該生体分子の生産量の高い微生物を選抜する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、以下の目的物質を高生産する微生物をスクリーニングする方法を提供するものである。
[1] (1)固体培地上に微生物のコロニーを形成する工程と、
(2)前記固体培地上に形成されたコロニーを、膜又は導電性スライドガラスに転写する工程と、
(3)コロニーを転写した膜又は導電性スライドガラスに対してMALDI法を用いたイメージング質量分析法を行い、イオン化された目的物質のスペクトルを検出する工程と、
(4)前記膜上のコロニーから、前記目的物質のスペクトルが検出されたコロニーを選抜する工程と、
(5)前記選抜されたコロニーを構成する微生物を、前記固体培地上に形成されたコロニー、又は前記コロニーを転写した膜若しくは導電性スライドガラスから回収する工程と、
を有する、目的物質を高生産する微生物をスクリーニングする方法。
[2] 前記工程(4)において、前記目的物質のスペクトルが検出された複数のコロニーのうち、前記目的物質のスペクトルのスペクトル強度がより強いコロニーを選抜する、前記[1]の目的物質を高生産する微生物をスクリーニングする方法。
[3] 前記目的物質が、分子量10,000以下の低分子化合物である、前記[1]又は[2]の目的物質を高生産する微生物をスクリーニングする方法。
[4] 前記微生物が、原核生物又は真菌類である、前記[1]〜[3]のいずれかの目的物質を高生産する微生物をスクリーニングする方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明に係る目的物質を高生産する微生物をスクリーニングする方法により、微生物の大量培養や微生物から当該目的物質を抽出する工程を要することなく、目的物質を高生産する微生物を選抜することができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明に係る目的物質を高生産する微生物をスクリーニングする方法(以下、「本発明に係るスクリーニング方法」ということがある。)は、MALDI−IMSを利用したスクリーニング方法である。MALDI−IMSにおいて、スペクトルの強度は、当該スペクトルが由来する分子の存在量に影響される。そこで、本発明に係るスクリーニング方法においては、微生物に対して直接MALDI−IMSを行って目的物質から得られるスペクトルの強度に基づいて、内包する目的物質の量が多い微生物を選抜する。
【0010】
目的の生体分子の高生産微生物を選抜する従来法においては、微生物から目的の生体分子を抽出した上でLC/MSやCE/MSで解析することによって、各微生物が産生する目的の生体分子の相対量を比較し、高生産微生物を選抜する。当該方法とは異なり、本発明に係るスクリーニング方法は、微生物から目的物質を抽出することなく、各微生物が生産する目的物質の量を比較することができる。このため、本発明に係るスクリーニング方法は、有用な微生物の開発や改良を効率よく、より迅速に実施することができる。微生物から生体分子を抽出する工程では通常は大量の液体培養を必要とするが、本発明に係るスクリーニング方法では、大量の微生物を培養する必要がないため、従来法に比べてコストと環境負荷をより抑えることもできる。
【0011】
本発明に係るスクリーニング方法における目的物質は、微生物が産生する物質であればよく、生体分子、具体的には、糖、核酸、蛋白質、脂質、有機酸、ビタミンなどの生体に含まれる有機化合物が挙げられ、医薬品や低分子化合物(ケミカルライブラリなど)などの人工化合物であってもよい。本発明に係るスクリーニング方法における目的物質としては、MALDI−IMSによる検出が比較的容易であることから、分子量が10,000以下の低分子の有機化合物が好ましいが、分子量が10,000超の有機化合物であってもよい。
【0012】
本発明に係るスクリーニング方法において、スクリーニングの対象とする微生物は、固体培地上にコロニーを形成するものであればよく、原核生物であってもよく、真核生物であってもよい。原核生物としては、大腸菌等の細菌、古細菌、放線菌、藍藻類等が挙げられる。真核生物としては、酵母、カビ等の真菌類、藻類、原虫等が挙げられる。本発明においてスクリーニングの対象とする微生物としては、コロニー形成の容易さや、産業上利用における利便性等の点から、原核生物又は真菌類が好ましい。
【0013】
本発明においてスクリーニングの対象とする微生物は、天然の微生物、すなわち、自然界に存在する微生物であってもよく、天然の微生物を人工的に改変した微生物であってもよい。例えば、土壌、汚泥、河川、湖沼などの自然界から採取されたサンプル中に含まれる微生物に対して本発明に係るスクリーニング方法を行うことによって、当該サンプルに含まれる多種多様な微生物の中から、目的物質の産生量が比較的高い微生物を選抜することができる。また、紫外線照射等の変異処理を行った微生物に対して本発明に係るスクリーニング方法を行うことによって、導入された遺伝子変異によって変異処理前の微生物よりも目的物質の産生量が向上した微生物を選抜することもできる。
【0014】
本発明に係るスクリーニング方法は、具体的には、固体培地上に微生物のコロニーを形成する工程と、前記固体培地上に形成されたコロニーを、膜に転写する工程と、コロニーを転写した膜に対してMALDI−IMSを行い、イオン化された目的物質のスペクトルを検出する工程と、前記膜上のコロニーから、前記目的物質のスペクトルが検出されたコロニーを選抜する工程と、前記選抜されたコロニーを構成する微生物を、前記固体培地上に形成されたコロニー又は前記コロニーを転写した膜から回収する工程と、を有する。複数種類の微生物を固体培地上にまいてそれぞれコロニーを形成させた後に膜に転写することにより、複数種類の微生物をコロニーごとに備えた膜が得られる。この膜に対してMALDI−IMSを行うと、目的物質を充分量含有している微生物のコロニーには、目的物質のイオン化物のスペクトルが検出される。そこで、目的物質のイオン化物のスペクトルが検出されたコロニーを構成する微生物を、目的物質を高産生する微生物として選抜する。また、膜転写の代替の操作として、IMS装置に設置する導電性スライドガラスへ直接コロニーを転写するような、膜を用いない別方法であってもよい。
【0015】
本発明において微生物のコロニーを形成する固体培地としては、微生物の培養に通常用いられる固体培地のいずれを用いてもよく、培養する微生物の栄養要求性等を考慮して公知の固体培地やその改変培地から適宜選択して用いることができる。当該固体培地としては、具体的には、LB培地、Davis培地、MS(Murashige-Skoog)培地、B5培地、TG(トリス−グルコース)培地、Spizizen培地、SD培地、YPD培地、YPAD培地、YPED培地、YM培地、アカパンカビ用完全培地、アカパンカビ用最少培地(Vogel培地N)、アカパンカビ交雑用最少培地、アスペルギルス用完全培地(ANA培地)等の液体培地に、寒天やゼラチン等を添加して固体化した固体培地が挙げられる。固体培地上に微生物を播いてコロニーを形成させることは、常法により行うことができる。
【0016】
本発明において固体培地上に形成されたコロニーを転写する膜としては、特に限定されるものではなく、微生物の種類等を考慮して、一般的に微生物を移す膜として使用されている膜の中から適宜選択して用いることができる。具体的には、当該膜としては、PVDF(ポリフッ化ビニリデン)膜、ニトロセルロース膜等の薄膜が挙げられる。薄膜を固体培地上に形成されたコロニーに接触させることによって、コロニーを当該薄膜に転写することができる。当該膜に代えて、導電性スライドガラスに直接コロニーを転写してもよい。
【0017】
コロニーを転写した膜又は導電性スライドガラスに対するMALDI−IMSは、常法により行うことができる。使用するマトリクスとしては、例えば、レーザー照射による励起が容易であることからMALDI−IMSにおいてマトリクスとして汎用されている化合物を用いることができる。当該化合物としては、例えば、3,5−メトキシ−4−ヒドロキシケイ皮酸、α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸、trans−4−ヒドロキシ−3−メトキシケイ皮酸、2,5−ジヒドロキシ安息香酸、3−ヒドロキシピコリン酸、9−アミノアクリジン、2,5−ジヒドロキシアセトフェノン、又は1,8−ジヒドロキシ−9,10−ジヒドロアントラセン−9−オン等が挙げられる。
【0018】
例えば、コロニーを転写した膜を、ITOコートされたスライドガラス等の導電性スライドガラス上にマウントする。次いで、蒸着装置を用い、常法に従って、導電性スライドガラスにマウントされた膜の表面にマトリックス層を形成する。導電性スライドガラス上に直接コロニーを転写した場合には、当該導電性スライドガラスのコロニーを転写した表面にマトリックス層を形成する。このスライドガラスを、イメージング質量分析装置に設置して、2次元のレーザー走査によって当該膜上の生体分子をその位置情報を保持したままイオン化し、生体分子のマススペクトルを取得する。
【0019】
装置に付属のソフトウェア又は市販のソフトフェアを用いて取得されたマススペクトルを解析し、生体分子のなかから、目的物質のイオン化物のスペクトルを検出する。予め、目的物質の標品を直接付着させた膜をサンプルとして同じ条件でMALDI−IMSを行って得られたスペクトルと比較することにより、目的物質のイオン化物のスペクトルを同定することができる。その他、目的物質のイオン化物のスペクトルの同定は、質量対電荷比に従って、公知のデータベース(例えば、(http://www.lipidmaps.org/data/structure/LMSDSearch.php)を参照して行うことができる。
【0020】
次いで、各コロニーから検出された目的物質のイオン化物のスペクトルの強度に基づいて、目的物質の含有量の多い微生物を選抜する。各コロニーを構成する微生物が内包している目的物質の量が多いほど、スペクトルの強度が強くなる。つまり、目的物質のイオン化物のスペクトルが検出されたコロニーを構成する微生物は、当該スペクトルが検出されなかったコロニーを構成する微生物よりも、目的物質の含有量が多い。そこで、目的物質のイオン化物のスペクトルが検出されたコロニーを構成する微生物を、目的物質を高生産する微生物として選抜する。
【0021】
目的物質を高生産する微生物として選抜する微生物は、1種類であってもよく、2種類以上であってもよい。例えば、目的物質のイオン化物のスペクトルが検出されたコロニーがMALDI−IMSに供した膜当たり複数あった場合には、目的物質のスペクトルのスペクトル強度がより強いコロニーを選抜することが好ましい。例えば、当該スペクトルの強度が最も高いコロニーを構成する微生物のみを目的物質を高生産する微生物として選抜してもよく、当該スペクトルの強度が高い順に複数個、例えば2〜10個のコロニーから、それぞれ構成する微生物を選抜してもよい。また、目的物質のイオン化物のスペクトルの強度について、予め所定の閾値を設定しておき、当該閾値以上の強度のスペクトルが検出されたコロニーについて、それぞれ構成する微生物を目的物質を高生産する微生物として選抜してもよい。なお、固体培地上に形成されたコロニーやコロニーを転写した膜若しくは導電性スライドガラスからの、目的物質を高生産する微生物のコロニーであると選抜されたコロニーを構成する微生物の回収は、常法により行うことができる。