【実施例】
【0029】
材料と方法
1.解析システム(本発明にかかる設備)に使用するマウス飼育ケージ(コンパートメント)
通常マウス用飼育ケージ(品番:KE-3101、セオービット株式会社、東京都、日本)に、マウス用の餌(商品名:CE-2、日本クレア株式会社、東京、日本)2個(1個:3.5g)とマウス用飲料水(ヒト飲料水である上水道の水を、濾過精度 0.5μmのフィルター(メーカー:アイオン、商品名:KANEFIEL、型番:FD-005)を使用して濾過した水を使用)約5mlを注いだガラス容器(商品名:BT-500の蓋、松浪硝子工業株式会社、和田、大阪、日本)を置いた113mm×81mm×15mm(高さ)の紙でできた箱(餌・水箱)(誘引物)を置き、さらにマウス用玩具(商品名:K3570・Mouse Igloo(Blue)、Bio Serv社、フレミントン、ニュージャージー、米国)(行動制限用具)を配置した。このケージには厚さ1cm程の床敷(商品名:ピュアチップ、清水実験材料株式会社、京都、日本)が敷き詰められており、餌および水箱とマウス用玩具はこの上に設置した。
【0030】
2.解析システムに使用する撮影用Box装置
解析用マウス飼育ケージに加えて、撮影用Box装置(外寸=縦:240mm、横:351mm、高さ:700mm、厚さ:10mmのポリカーボネート製)を設置した。撮影用Box装置の天板にカメラ(商品名:Kinect for Windows センサー L6M-00005、製造会社:Microsoft Corporation、レイモンド、ワシントン、米国)を取り付けるための穴を2か所あけ、カメラをはめ込んだ。撮影用Box装置を安定化するために、撮影用Box装置の4側面の下方にアルミ製の錘(1つ当たりの重さ:500g)をそれぞれ取り付けた。この撮影用Box装置は、通常マウス用飼育ケージである解析用マウス飼育ケージに被せて使用した。
【0031】
3.解析システムに使用する周辺装置
使用する汎用のパソコン([型式:ASPIRE V3-571-H54D/K、製造会社:Acer Incorporated、新北、中華民国]、[OS:Windows 7 Home Premium、製造会社:Microsoft Corporation、レイモンド、ワシントン、米国])に、カメラデータの取り込み用ソフト(商品名:Microsoft Visual Studio、製造会社:Microsoft Corporation、レイモンド、ワシントン、米国)を修正して、撮影環境を整えた。当該システムでは、パーソナルコンピューター(パソコン)からの操作で自動的にカメラが起動し、10分間撮影できる。撮影動画は解析ソフト(商品名:Smart 3.0、Panlab S.L.U.、バルセロナ、スペイン)を使用して、解析した。本実施例における動画撮影記録は、マウスを置いてから10分間であり、撮影のトータル容量は1記録あたり約20MBとなるように設定した。このデータはすべてパソコンに自動的に記録できるように設定した(
図2)。解析システムに使用する周辺装置は、
図2に示した様に設置した。
解析用マウス飼育ケージの設置は、上から見て左上に通常マウス飼育ケージの短辺と餌および水箱の長辺が重なるように置き、マウス用玩具は飼育ケージの右端から2.5cm〜3.5cmの間になるように設置した。また、水用ガラス容器は箱の内に設置したが、飼育ケージの長辺に出来るだけ近づけて設置するのが望ましい。餌は水用ガラス容器を置いた位置とは反対側の餌・水箱の短辺近くに置いた(
図3および4)。
【0032】
4.マウス用玩具を設置した通常飼育ケージ(With Toy)におけるZone(区画)の設定
With Toy条件における通常飼育ケージでは
図4の様に5つのZone(区画)を設定した。Zone2:マウスが餌を食べることができるZone(餌ゾーン;誘引物ゾーン)、Zone3:玩具を置いているZone、Zone4:自然界では巣穴に相当すると思われるZone(Comfortable Zone:マウスにとって心地よく安心感を与えると想定されるZone;安心ゾーン)で、正常マウスであればもっとも落ち着くであろうと考えられるZone、Zone5:餌を食べられるほどには近くはないが、餌および水に対して興味を示していると思われるZone、Zone1:以上のZone2〜Zone5を全底面(Total)から差し引いたZone、とそれぞれ設定した。本実施例においては、マウス体毛の色とマウス用玩具の色との色彩の違いに合わせて設定(=Detection Settings)を最適化した。Smart 3.0の詳細設定値は以下の如くとした。マウス用玩具が赤色で体毛がグレーもしくはブラックの場合:Brightness & Contrast-Brightness:255, Contrast:176、Use special lighting conditions for this zone : no check the box 、Track Detection-Detection=Threshold:87, Erosion:3, Subjects:1、Activity Detection=8。玩具が青色で体毛がグレーもしくはブラックの場合:Brightness & Contrast-Brightness:231, Contrast:231、Use special lighting conditions for this zone : check the box、zone : Zone3 Brightness:101 & Contrast : 115、Track Detection-Detection=Threshold:87, Erosion:3, Subjects:1、Activity Detection=8。
【0033】
5.実験動物
アルツハイマー病モデルマウスとして、系統:Tg(APPSWE)2576KhaTg(Pmp-MAPT*P301L)JNPL3HImcマウス(Taconic社、ニューヨーク、米国)を3匹使用し、正常対象マウスとして、当該マウスの同腹子マウス(Taconic社、ニューヨーク、米国)を4匹使用した。
Tg(APPSWE)2576KhaTg(Pmp-MAPT*P301L)JNPL3HImcマウスは、ヒトアミロイドプレカーサープロテイン(APP)の遺伝子の670番目のリジンがメチオニン、また671番目のアスパラギンがロイシンに点変異したヒト変異APP遺伝子(スウェーデン家系遺伝性アルツハイマー病原因遺伝子)と、ヒトタウタンパクの遺伝子の301番目のプロリンがロイシンに点変異したヒトタウ変異遺伝子をそれぞれ導入して作製したダブルトランスジェニックマウスである。このアルツハイマー病モデルマウスは、およそ1歳時には老人斑と神経原繊維が発現している。
【0034】
6.統計的解析法
マウス用玩具を設置した場合のZone1〜Zone5までの各Zone間におけるアルツハイマー病モデルマウスと正常同腹仔マウスの定量的数値は、平均値±標準偏差で示した。すべての統計解析は、マッキントッシュソフトウェアのスタットビュー:Version 5.0(SAS Inc.、ケーリー、ノースカロライナ、米国)を用いて実施した。有意差検定には、マン・ホイットニーU(Mann−Whitny U)検定を用い、危険率p<0.05未満であることをもって、統計的有意差があるとした。
【0035】
7.病理組織学的解析
老人斑の形成および神経原線維の形成を抑制しうる化合物Kとプラセボ(化合物Kの溶媒)を実験動物に投与した。経口投与の方法は、プラスチックシリンジにて正確に容量を測量し、プラスチックシリンジに直接マウス用胃ゾンデをつなげ、経口・経食道的に確実に投与した。
実験動物として、特に、ヒトアルツハイマー病型認知症モデルマウス(例えば、アミロイドβ(Aβ)前駆体タンパク質の695アミノ酸をコードする遺伝子のスウェーデン変異を有する遺伝子、及びヒトタウタンパク質遺伝子の301番目のプロリンがロイシンに変異した(P301L)の変異遺伝子の両ヒト遺伝子を高発現するTg(APPSWE)2576KhaTg(Prnp- MAPT*P301L)JNPL3HImc系統のアルツハイマー病モデルダブルトランスジェニックマウスなど)のように、疾患に特徴的な病理組織学的特徴を有するモデル動物を使用する。同様に、正常同腹仔マウスも使用した。
【0036】
実験動物に出現する老人斑と神経原線維の同定に関しては、 組織化学的染色と免疫組織化学的染色により行った。組織化学的染色としては、例えば、ヘマトキシリン・エオシン(hematoxylin and eosin: HE)染色を行った。免疫組織化学染色に関しては、老人斑のコア蛋白質であるアミロイドβプロテインの検出と神経原線維変化のコア蛋白質であるリン酸化タウ蛋白の検出を実施した。例えば、アミロイドβプロテイン検出方法として、アミロイドβプロテイン免疫組織化学染色キット(Code No.299-56701、和光純薬工業株式会社、大阪)を使用した。Aβ40の検出には、キット内の抗アミロイドβプロテイン(1-40)マウスモノクローナル抗体(クローンNo.BA27)を使用した。Aβ42の検出には、キット内の抗アミロイドβ-プロテイン(1-42)マウスモノクローナル抗体(クローンNo.BC05)を使用した。最終的には、発色剤として、3,3’-diaminobenzidine tetrahydrochloride (DAB; Dako, Glostrup, Denmark)を使用して可視化した。また、リン酸化タウ蛋白の検出方法として、以下の一次抗体とABC(avidin-biotin-immunoperoxidase complex)法との組み合わせによって施行した。一次抗体としては、抗リン酸化タウ蛋白(phosphorylated tau protein; PHF-tau) マウスモノクローナル抗体(クローン:AT8、Innogenetics: 現在社名富士レビオ(Fujirebio)株式会社、東京)を使用した。ABCキットは、Vectastain ABC Kit (Vector Laboratories, Burlingame, CA、米国)を使用した。最終的には、DABを発色剤として可視化した。HE染色・Aβ40免疫染色・Aβ42免疫染色・AT8免疫染色の各染色標本を画像イメージ解析ソフト(FLVFS-LS Ver. 1.12: オリンパス、東京) 搭載の3CCD デジタルカメラシステム(FX380: オリンパス)装備の光学顕微鏡(BX41: オリンパス) にて検鏡し、当該装置にて写真撮影と共に画像解析を実施した。
以上の実験は、鳥取大学動物実験委員会の承認を得て行った。
【0037】
結果
1.飼育ケージ(コンパートメント)に餌および水箱のみを設置した場合(Open field条件)の結果
マウス用玩具(行動制限用具)を設置しないOpen field条件での解析は、通常飼育ケージに、長辺:113mm×短辺:81mm×高さ:15mmの箱にマウス用飲料水約5mlと1個当たり3.5gの餌2個を入れたもの(餌・水箱)(誘引物)のみを、上から見て左上のコーナーに置く状態で解析した。
【0038】
1−1.Open field条件の正常同腹仔マウスの行動解析結果。
正常同腹仔マウスの行動に関しては、餌および水の設置位置と反対方向の位置から実験を開始した(
図5A)。まず、強い本能刺激物である餌および水近傍に接近していった(
図5B)。そして、餌および水近傍に到達すると、餌のにおいを嗅ぎ、興味を示した(
図5CおよびD)。しかしながら、この状態が続くわけではなく、短時間でそこから離れ、餌および水の設置位置とは反対方向に移動したり、また反転して再度、餌および水の近傍方向に移動したりと、一定の行動傾パターンを示さなかった。
Open field条件の正常同腹仔マウスの10分間解析におけるActivity(活動性)とTrajectory(重心軌跡)を
図6に示した。餌の周囲と、それと離れた逆方向の右上の角付近での2ヶ所においてActivityが高かった(
図6A)。また、Trajectoryは、Activityと対応するように、餌および水の設置位置とは反対側のケージの右上角付近のあたりに集積していた(
図6B)。
【0039】
1−2.Open field条件のアルツハイマー病モデルマウスの行動解析結果。
アルツハイマー病モデルマウスの行動を示す画像は、対比しやすいよう正常同腹仔マウスの場合と同様に、餌および水の設置位置と反対方向の位置から開始した(
図7A)。アルツハイマー病モデルマウスは、本能刺激物である餌および水の近傍に接近し(
図7B)、餌および水に対してにおいを嗅ぐなどの関心を示した(
図7CおよびD)。しかし、比較的短時間で、餌および水から一旦離れ、餌および水の設置位置と反対方向に移動した。移動後の位置から、再び餌および水が設置されている位置の方向に移動した。このような行動を繰り返して、一定の行動パターンを示さなかった。
Open field条件のアルツハイマー病モデルマウスの10分間解析におけるActivityとTrajectoryを
図8に示す。正常同腹仔マウスのTrajectoryパターンとよく類似しており、餌および水の設置付近と、餌および水の設置位置とは逆方向のケージの短辺近くの2ヶ所に高いActivityが認められた(
図8A)。また、Trajectoryは、正常同腹仔マウスと同様に、餌および水の近傍と、そことは逆方向のケージ短辺近くにおいて、Trajectoryが多く集積していた(
図8B)。
【0040】
1−3.Open field条件における正常同腹仔マウス群とアルツハイマー病モデルマウス群との2群間の統計的比較結果。
上述したように、Open field条件においても、マウス用玩具(行動制限用具)を設置した場合(With Toy条件)と同様に5つのゾーンを仮想的に設定して検討を行った。
Open field条件における正常同腹仔マウス群(n=4匹)のActivityの解析結果は、Zone1=25.58±3.06(平均値±標準偏差)、Zone2=27.94±3.66、Zone3=18.14±3.76、Zone4=18.39±1.73、Zone5=9.96±0.54であった。他方、アルツハイマー病モデルマウス群(n=3匹)のActivityの解析結果は、Zone1=22.32±2.28、Zone2=29.94±10.83、Zone3=24.55±3.53、Zone4=17.80±10.44、Zone5=5.37±1.75であった。
正常同腹仔マウス群とアルツハイマー病モデルマウス群における、Zone1、Zone2、Zone3、Zone4、Zone5の各2群間の有意差を検定したところ、いずれにおいても有意差は認められなかった。
また、Trajectoryの集積結果についても、正常同腹仔マウス群とアルツハイマー病モデルマウス群とで差異は認められなかった(
図6Bおよび
図8B)。
【0041】
2.Open field条件にマウス用玩具(行動制限用具)を追加設置した場合(With Toy条件)の結果
餌および水(誘引物)の設置位置はOpen field条件と同じ位置に設置した。すなわち、上から見て左上のコーナーの位置に置いた。マウス用玩具(行動制限用具)は飼育ケージの右端から2.5cm〜3.5cmの間になるように設置した。
【0042】
2−1.With Toy条件における正常同腹仔マウスの行動解析結果。
正常同腹仔マウスに関し、本能刺激物である餌および水の設置位置とマウス用玩具を設置した位置との中間位置から実験を開始した。正常同腹仔マウスは、餌および水の方向を見て、餌および水であることは認識した(
図9A)。しかし、正常同腹仔マウスは、餌および水を認識したものの、その設置位置とは逆方向に移動し(
図9B)、餌および水の設置位置とは反対側のマウス用玩具と通常飼育ケージの壁の間の領域(Zone4(Comfortable zone;安心ゾーン))に移動し、そこに身を置いた(
図9CおよびD)。
本実施例における実験は、明視野で行ったが、Zone4は、野生の正常マウスが、明視野において外界の危険から身を守る巣穴に最も相同な場所(安心ゾーン)であると想定できる。そのため、正常同腹仔マウスは、Zone4に身を置いたと考えられる。
正常同腹仔マウスの10分間解析におけるActivityとTrajectoryを
図10に示す。
正常同腹仔マウスの10分間のActivityの解析結果(
図10A)から、Activityは、Zone4(安心ゾーン)において最も高く、餌および水箱が設置されているZone2(誘引物ゾーン)において低いことが分かった。
Trajectoryの10分間の集積画像においても、Activityの結果と同様に、Zone4(安心ゾーン)におけるTrajectoryの集積度が最も高かった(
図10B)。また、撮影画像から正常同腹仔マウスは通常飼育ケージの壁面に沿って移動する様子、Zone4(安心ゾーン)の通常時育ケージの壁に対してマウンティング(マウスが前肢を壁に挙げ、後肢を伸ばしていわゆる立ち上がりをする探索行動)をする様子が確認された。このような正常同腹仔マウスの行動は、Trajectoryの集積画像と対応している。
【0043】
2−2.With Toy条件におけるアルツハイマー病モデルマウスの行動解析結果。
アルツハイマー病モデルマウスの行動解析についても、正常同腹仔マウスと同様に、餌および水の設置位置とマウス用玩具の設置位置との中間位置から開始した(
図11A)。アルツハイマー病モデルマウスは、餌および水の方向に直ちに移動し(
図11B)、餌および水箱の設置位置であるZone2(誘引物ゾーン)に身を置いた。また、行動学的観点から観察すると、餌のにおいを嗅ぎ、餌を摂食するという行動を真っ先に行った(
図10CおよびD)。明視野における摂食行動は、自然界において餌や水に注意が向くため、野生動物が襲われやすく最も危険な行動時期に相当する。にもかかわらず、アルツハイマー病モデルマウスでは、この長期にわたる摂食行動の異常が撮影初期から認められることが判明した。
アルツハイマー病モデルマウスの10分間のActivityとTrajectoryの結果を
図12に示す。Activityは、餌および水の設置位置であるZone2(誘引物ゾーン)において高く、自然界における巣穴に相当すると想定されるZone4(安心ゾーン)において低かった(
図12A)。
また、Trajectoryは、Zone2(誘引物ゾーン)において集積度が高く、またZone4(安心ゾーン)ではマウス用玩具に沿った様な像を示した(
図12B)。正常同腹仔マウスでみられたような通常飼育ケージの壁面に沿ったTrajectoryの集積は認められなかった。
【0044】
2−3.With Toy条件における正常同腹仔マウス群とアルツハイマー病モデルマウス群間における、Activityの統計学的比較。
正常同腹仔マウス群(n=4匹)におけるWith Toy条件の解析結果はZone1=25.63±9.56、Zone2(誘引物ゾーン)=8.95±8.60、Zone3=3.09±1.13、Zone4(安心ゾーン)=56.53±17.35、Zone5=5.79±3.48であった。
アルツハイマー病モデルマウス群(n=3匹)におけるWith Toyの解析結果はZone1=24.35±1.46、Zone2(誘引物ゾーン)=48.37±5.24、Zone3=3.55±2.03、Zone4(安心ゾーン)=17.09±5.45、Zone5=6.65±4.20であった。
Zone2(誘引物ゾーン)において、アルツハイマー病モデルマウス群のActivityは、正常同腹仔マウス群のActivityに比べて有意に高かった(p<0.05)。Zone4(安心ゾーン)において、アルツハイマー病モデルマウス群のActivityは、正常同腹仔マウス群のActivityに比べて有意に低かった(p<0.05)。Zone1、Zone3、Zone5においては、正常同腹仔マウス群とアルツハイマー病モデルマウス群との間には有意差はなかった。
以上の結果を
図13に示す。
【0045】
2−4.With Toy条件における正常同腹仔マウス群とアルツハイマー病モデルマウス群間における、Trajectoryの比較。
Trajectoryの比較は、マウス1個体における、10分間のTrajectoryの描線の集積度の比較に基づいて行った。
正常同腹仔マウス群において、Zone4(安心ゾーン)におけるTrajectoryは、通常飼育ケージの壁面に多く集積していた(
図10B)。この結果は、自然界に存在する野生マウスが、壁面に沿って移動するという行動と同じ行動パターンが正常同腹仔マウスにも認められることを示す。また、正常同腹仔マウスが、壁面に対し、探索行動の1つであるマウンティングを行ってたという点も、野生マウスの典型的行動パターンに一致していた。
これに対し、アルツハイマー病モデルマウス群におけるZone4(安心ゾーン)のTrajectoryは、ケージの壁面に接する描線の集積を示さず、マウス用玩具の周囲に集積しており(
図12B)、正常同腹仔マウスが描くTrajectoryとは異なっていた。すなわち、アルツハイマー病モデルマウスにおいては、正常同腹仔マウスが示した警戒心を伴う行動(壁面に沿った移動やマウンティング探索行動など)の低下が認められた。この結果は、正常同腹仔マウスとアルツハイマー病モデルマウスのTrajectory集積度について、Zone4(安心ゾーン)の結果を比較するだけで、両者を区別できるということを示している。
また、餌および水が設置されている位置:Zone2(誘引物ゾーン)における解析結果に関しても、正常同腹仔マウス群とアルツハイマー病モデルマウス群の両群間において差が見られた。すなわち、アルツハイマー病モデルマウス群のTrajectoryは、正常同腹仔マウス群と比較して、Zone2(誘引物ゾーン)において強い集積が認められた。その他ゾーンにおけるTrajectoryの集積度については、正常同腹仔マウス群とアルツハイマー病モデルマウス群との間には明らかな差は認められなかった。
【0046】
2−5.アルツハイマー病モデルマウスのActivity %およびTrajectoryの結果と病理組織学的解析結果の対応関係。
図13に示すWith ToyのActivity %および
図12Bに示すようなTrajectoryの集積結果を示すアルツハイマー病モデルマウスの海馬割面における老人斑および神経原線維の病理組織像を、各々プロットした(
図14)。その結果、
図13の黒のグラフで示すように、ゾーン2におけるActivity %が高く、また、ゾーン2における Trajectoryの強い集積が認められた、アルツハイマー病モデルマウスにおいては、記憶を司る海馬とその周辺に老人班が、また情動のセンターとされる扁桃体付近に神経原線維がそれぞれ多数認められていた。
以上のことから、病理組織学的解析からアルツハイマー病の症状を呈するアルツハイマー病モデルマウスは、ゾーン2におけるActivity %の高値およびTrajectoryの強い集積を示すことが明らかとなった。
【0047】
2−6.老人斑の形成および神経原線維の形成を抑制しうる化合物K投与によるActivityおよびTrajectoryへの影響
アルツハイマー病モデルマウスに、老人斑の形成および神経原線維の形成を抑制する候補化合物Kまたはプラセボを、また、正常同腹仔マウスにプラセボを、365日間以上投与し、その後、本発明の実施形態にかかる評価方法によりこれらのマウスの自発行動の異常の有無を評価した(
図15)。Activityに関しては、アルツハイマー病モデルマウスと正常同腹仔マウスにプラセボを投与すると、前者においては誘引物ゾーンのActivityが高く(
図15上段左図)、後者においては安心ゾーンのActivityが高かった(
図15上段右図)。これに対し、化合物Kを投与したアルツハイマー病モデルマウスでは、誘引物ゾーンと安心ゾーンの中間のゾーンにおけるActivityが増加しており(
図15上段中央図)、認知症に特徴的な行動異常が正常な行動へ変化する兆候が認められた。また、Trajectoryについても、化合物Kを投与したアルツハイマー病モデルマウスのTrajectoryの集積度は(
図15下段中央図)、プラセボを投与したアルツハイマー病モデルマウスの集積度と正常同腹仔マウスの集積度の中間的な特徴を示していた。
【0048】
また、プラセボ投与したアルツハイマー病モデルマウスおよび正常同腹仔マウスと化合物K投与したアルツハイマー病モデルマウスの脳の病理組織学的解析を行った。その結果化合物K投与したアルツハイマー病モデルマウスの脳では、老人班(
図16上段中央図)および神経原繊維変化(
図16下段中央図)の形成箇所が減少して、プラセボ投与の正常同腹仔マウスの組織に近い状態になっており(
図16上段右図および下段右図)、化合物Kの治療効果を確認することができた。
以上の結果から、本発明の実施形態にかかる実験動物の評価方法は、自発行動異常を伴う疾患に対する治療剤のスクリーニングに使用可能であることが明らかになった。