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  • 特開2018171430-中空糸膜、中空糸膜型血液浄化器 図000005
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2018-171430(P2018-171430A)
(43)【公開日】2018年11月8日
(54)【発明の名称】中空糸膜、中空糸膜型血液浄化器
(51)【国際特許分類】
   A61M 1/18 20060101AFI20181012BHJP
【FI】
   A61M1/18 500
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2018-27308(P2018-27308)
(22)【出願日】2018年2月19日
(31)【優先権主張番号】特願2017-72497(P2017-72497)
(32)【優先日】2017年3月31日
(33)【優先権主張国】JP
(71)【出願人】
【識別番号】507365204
【氏名又は名称】旭化成メディカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】溝田 萌
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 亮
(72)【発明者】
【氏名】助川 威
【テーマコード(参考)】
4C077
【Fターム(参考)】
4C077AA05
4C077BB01
4C077BB02
4C077BB03
4C077EE01
4C077EE03
4C077HH10
4C077HH12
4C077KK03
4C077LL05
4C077LL23
4C077MM09
4C077NN20
4C077PP18
4C077PP21
(57)【要約】
【課題】血液循環ラインにおいては従来と同様の抗酸化性を有しつつ、これに加えて、透析液側からの酸化ストレスの亢進を抑制する効果、および、可塑剤吸着効果も併せ持った中空糸膜及び血液浄化器を提供すること。
【解決手段】脂溶性抗酸化剤を含む中空糸膜であって、有効膜面積1m2あたりの脂溶性抗酸化剤量が、50mg/m2以上600mg/m2以下であり、前記中空糸膜の切断面を両端から5μmを外して、残りの膜厚を3等分し、それぞれ内側領域、中間領域、外側領域とした場合の各領域におけるTOF−SIMS規格化ピーク強度を、各々、Ii、Ic及びIoとしたときに、Iiが0.18以上であり、Ic/Iiが0.80以上1.0以下であり、かつIo/Iiが0.70以上1.0以下である、中空糸膜。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
脂溶性抗酸化剤を含む中空糸膜であって、
有効膜面積1m2あたりの脂溶性抗酸化剤量が、50mg/m2以上600mg/m2以下であり、
前記中空糸膜の切断面を両端から5μmを外して、残りの膜厚を3等分し、それぞれ内側領域、中間領域、外側領域とした場合の各領域におけるTOF−SIMS規格化ピーク強度を、各々、Ii、Ic及びIoとしたときに、
Iiが0.18以上であり、
Ic/Iiが0.80以上1.0以下であり、かつ
Io/Iiが0.70以上1.0以下である、中空糸膜。
【請求項2】
ポリスルホン系樹脂及び親水性高分子を含む、請求項1に記載の中空糸膜。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の中空糸膜の束と、これを収容した容器を備えた血液浄化器。
【請求項4】
Iiが0.2以上である、請求項1〜3のいずれかに記載の中空糸膜型血液浄化器。
【請求項5】
Ic/Iiが0.85以上1.0以下である、請求項1〜4のいずれかに記載の中空糸膜型血液浄化器。
【請求項6】
Io/Iiが0.75以上1.0以下である、請求項1〜5のいずれかに記載の中空糸膜型血液浄化器。
【請求項7】
前記容器の酸素透過係数が1.8×10-10cm3・cm/(cm2・S・cmHg)以下である、請求項1〜6のいずれかに記載の中空糸膜型血液浄化器。
【請求項8】
前記容器が筒状形状を有し、その胴部の波長350nmにおける吸光度が0.35以上2.00以下である、請求項1〜7のいずれかに記載の中空糸膜型血液浄化器。
【請求項9】
前記脂溶性抗酸化剤が脂溶性ビタミンである、請求項1〜8のいずれかに記載の中空糸膜型血液浄化器。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれかに記載の中空糸膜型血液浄化器を含む持続緩徐式血液濾過器(CRRTフィルター)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、中空糸膜、中空糸膜型血液浄化器に関する。
【背景技術】
【0002】
これまでに、血液透析、血液濾過、血液濾過透析などの膜分離技術を利用した血液浄化法が考案されてきた。これらの血液浄化療法は、慢性腎不全患者のみならず、急性腎不全患者に対しても適応が広まり、近年では、救命救急やICU等でも広く施行されるに至っている。
【0003】
急性腎不全患者は、多臓器不全を併発していたり、循環動態が不安定であったりと、慢性腎不全患者と比較して重篤な病態であるケースが少なくない。そのため、膜分離による血液浄化治療を急性腎不全患者に対して施行する場合、通常の血液透析や血液濾過の治療条件よりも循環流量を低くし長時間かけて緩やかに体液補正を行う持続的腎機能代替療法(continuous renal replacement therapy:CRRT)と呼ばれる治療モードが主に採用されている。CRRTは、除水、老廃物除去、電解質バランスの補正といった腎機能の代替だけでなく、敗血症や多臓器不全等における病態関連物質の除去にも適応され、いずれの場合も血液流量50〜150mL/min、濾過速度5〜50mL/minといった条件で8〜24時間、あるいはそれ以上施行される。20時間〜数日間にわたるケースも珍しくない。
【0004】
血液浄化療法を施行するための中空糸膜型血液浄化器は、一般に、筒状容器と、当該筒状容器の長手方向に沿って充填され、両端部が前記筒状容器の両端に固定されている中空糸膜束とを有している。また、前記中空糸膜束を前記筒状容器の両端で包埋固定しているポッティング樹脂部を有している。また、前記中空糸膜の両端面に対向し、前記筒状容器の両端部設けられており、それぞれ流体の出入口となるノズルを具備するヘッダーと、前記筒状容器の側面部に設けられており、流体の出入口となるポートを有している。
【0005】
血液の体外循環を伴う血液浄化療法において懸念される事項として、血液循環ライン(血液浄化器、回路等)の材料や透析液の生体適合性、あるいは体外循環による酸化ストレスがある。
このうち酸化ストレスについて血液透析を例に取ってみると、透析患者においては、血液と透析膜の接触により活性化された白血球によるフリーラジカルの産出亢進や、ビタミンCやビタミンEなどの血中の抗酸化物質の減少、透析液中に含まれるブドウ糖の分解によって産出されるグリオキサールやメチルグリオキサールなどのブドウ糖分解産物(glucose degradation product:GDP)による酸化ストレスの惹起などにより、酸化ストレスが亢進した状態となることが知られている。CRRTの施行が長時間にわたることを考えると、長期的な治療ではないにしてもCRRT施行患者において酸化ストレスは無視できない。
【0006】
透析液中のブドウ糖の酸化は以下のような機構で進行することが考えられる。すなわち、血液体外循環治療を行う環境において、透析液が紫外光に曝されると、水分子の分解が起こり、ヒドロキシラジカル等の分解種が発生し、さらに水分解種が溶存している酸素と反応することにより、スーパーオキシドやヒドロペルオキシル、過酸化水素等の活性酸素種を生成する。これら活性酸素種がブドウ糖と反応することで、グリオキサールやメチルグリオキサールなどの人体に有害なアルデヒド類を含むブドウ糖分解産物が産出されるのである。
【0007】
このような背景から、血液循環ラインにおいては、生体内抗酸化作用、生体膜安定化作用、血小板凝集抑制などの種々の生理活性を有するビタミンEを透析器の血液流路内壁に固定化させる方法(特許文献1、2)が、また、透析液においては、透析液調製用水中の溶存水素を増加させるあるいは溶存酸素を減少させることにより透析液の酸化還元電位を下げる方法(特許文献3、4)が提案されている。
特許文献1、2の技術は、主にビタミンEを中空糸膜内表面に被覆するものであるが、効果は十分とはいえない。
【0008】
また、透析液について、特許文献3のように、透析液調製用水の酸化還元電位を低下させる方法は、原水の電気分解やそれにより得られた陰極水を精製する特殊な操作が必要となるうえ、高濃度の水素濃度を得ようとすると必然的にpHはアルカリ性(文献では好ましいpH8.5〜9.5)にならざるを得ない。透析液には重炭酸や酢酸緩衝作用でこれを是正する緩衝力はあるが、pH8.0以上の透析液を用いることは透析患者の酸塩基平衡の是正を目的とする上で、透析患者にとって好ましいことではない。
【0009】
また、特許文献4は、原水や透析液を脱気して溶存酸素濃度を低下させた後に水素をバブリングして溶存水素濃度を高める方法が開示されている。この方法においても、脱気装置やバブリング装置等、水素水作製のために専用の装置を必要とする。人工透析を頻繁に行うために透析液を連続的に調製している施設では導入しやすいが、CRRTが主に施行されるICU、CCU等の透析液あるいは補液を単回で使用する施設ではこのような装置を導入することは経済的に好ましくない。
【0010】
また、体外血液循環に関しては、塩化ビニル製血液回路からの可塑剤の溶出も問題になっている。代表的な可塑剤として、フタル酸ジエチルヘキシル(以下、DEHP)は、内分泌撹乱作用等があることが知られている。DEHPは親油性であるので、血液中に含まれるアルブミン等と結合して溶出するとされており、長時間回路と血液が接触するCRRTにおいては、DEHP溶出量も多くなることが懸念される。
この問題に対し、ハイパフォーマンス膜(HPM)がDEHP除去に有効であることが報告されている(非特許文献1)。この文献では、分子構造に親水性のヒドロキシ基をもつセルロース膜に対し、水酸基がアセチル基に置換された結果疎水性が高まったCTA膜や、疎水性部分と親水性部分を併せ持つPMMA、PS膜でDEHPの除去量が多いことが明らかにされており、そのメカニズムはDEHPが疎水結合により膜表面に吸着されることによると推察されている。しかしながら、DEHPの除去が膜表面への吸着によるため、比較的少量の吸着で吸着飽和に達する可能性があり、長時間血液との接触を伴うCRRTに使用されることを考えると、上記膜モジュールの性能は十分とは言えなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第4845417号公報
【特許文献2】特開2015−198708号公報
【特許文献2】特許第4004523号公報
【特許文献3】特許第5872321号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】大橋篤、日比谷信、中上寧、加藤政雄、芳川博人、鳥羽貴子、久志本浩子、勝又秀樹、村上和隆、長谷川みどり、富田亮、長谷川寛、鹿野昌彦、川島司郎、「血液回路から溶出する内分泌撹乱物質Di−(2−ethylhexyl)phthalateの溶出の実態とハイパフォーマンス膜による除去についての検討」、透析会誌32巻10号(1999)、p.1291−1297.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
以上述べた通り、CRRTのような長時間の体外循環治療において、血液循環ライン(中空糸膜内表面側)および透析液(中空糸膜外表面側)の双方から酸化ストレスの亢進を抑制する効果を持ち、なおかつ回路から溶出する可塑剤の除去効率が高い中空糸膜や血液浄化器は知られていなかった。
【0014】
本発明は、前記従来技術の問題点に鑑みて、血液循環ラインにおいては従来と同様の抗酸化性を有しつつ、これに加えて、透析液側からの酸化ストレスの亢進を抑制する効果、および、可塑剤吸着効果も併せ持った中空糸膜及び血液浄化器を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、上記事情に鑑みて鋭意検討した結果、膜表面に脂溶性抗酸化剤をコートした膜において、膜厚部の表面領域に十分な量の脂溶性抗酸化剤を保持させつつ、中間領域や外側領域にも必要量の脂溶性抗酸化剤を固定化することで、血液循環ラインの血液適合性・抗酸化作用を維持するとともに、透析液側から侵入する酸化性物質を抑制する効果を持ち、なおかつ膜自体の疎水性を高めることで回路から溶出する可塑剤の吸着量を増加させることができることを見出し、本発明に到達した。
【0016】
すなわち、本発明は、以下の通りである。
[1]脂溶性抗酸化剤を含む中空糸膜であって、
有効膜面積1m2あたりの脂溶性抗酸化剤量が、50mg/m2以上600mg/m2以下であり、
前記中空糸膜の切断面を両端から5μmを外して、残りの膜厚を3等分し、それぞれ内側領域、中間領域、外側領域とした場合の各領域におけるTOF−SIMS規格化ピーク強度を、各々、Ii、Ic及びIoとしたときに、
Iiが0.18以上であり、
Ic/Iiが0.80以上1.0以下であり、かつ
Io/Iiが0.70以上1.0以下である、中空糸膜。
[2]ポリスルホン系樹脂及び親水性高分子を含む、[1]に記載の中空糸膜
[3][1]又は[2]に記載の中空糸膜の束と、これを収容した容器を備えた血液浄化器。
[4]Iiが0.2以上である、[1]〜[3]のいずれかに記載の中空糸膜型血液浄化器。
[5]Ic/Iiが0.85以上1.0以下である、[1]〜[4]のいずれかに記載の中空糸膜型血液浄化器。
[6]Io/Iiが0.75以上1.0以下である、[1]〜[5]のいずれかに記載の中空糸膜型血液浄化器。
[7]前記容器の酸素透過係数が1.8×10-10cm3・cm/(cm2・S・cmHg)以下である、[1]〜[6]のいずれかに記載の中空糸膜型血液浄化器。
[8]前記容器が筒状形状を有し、その胴部の波長350nmにおける吸光度が0.35以上2.00以下である、[1]〜[7]のいずれかに記載の中空糸膜型血液浄化器。
[9]前記脂溶性抗酸化剤が脂溶性ビタミンである、[1]〜[8]のいずれかに記載の中空糸膜型血液浄化器。
[10][1]〜[9]のいずれかに記載の中空糸膜型血液浄化器を含む持続緩徐式血液濾過器(CRRTフィルター)。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、中空糸膜に脂溶性抗酸化剤をコートした中空糸膜において、血液循環ラインの抗酸化作用を維持しつつ、透析液側から侵入する酸化性物質についても除去する効果を持ち、なおかつ回路から溶出する可塑剤を十分吸着できる効果を併せ持った中空糸膜を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】中空糸膜切断面の内側領域、中間領域及び外側領域についての説明図である。
図2】実施例において、透析液の酸化抑制効果を評価するために使用した回路の概略図である。
図3】実施例において、DEHP除去効果を評価するために使用した回路の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を実施するための形態(以下、「本実施形態」という。)について以下詳細に説明する。なお、本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することができる。
【0020】
本実施形態の中空糸膜型血液浄化器は、本実施形態の中空糸膜が組み込まれている血液浄化器であって、血液透析、血液ろ過、血液ろ過透析、血液成分分画、酸素付与、及び血漿分離等の体外循環式の血液浄化療法に用いることができる。血液浄化器は、血液透析、血液ろ過、血液ろ過透析等において好ましく用いられ、これらの持続的用途である、持続式血液透析器、持続式血液ろ過器、持続式血液ろ過透析器として用いることがより好適である。各用途に応じて、中空糸膜の寸法や分画性等の詳細仕様が決定される。
【0021】
<中空糸膜>
本実施形態の中空糸膜の形状、寸法、分画特性は、特に限定されるものではなく、使用目的に照らして適切に選択することができる。例えば、内径は10μm以上300μm以下であってよく、膜厚は10μm以上100μm以下であってよく、長さは8cm以上40cm以下であってよい。
中空糸膜には、透過性能の観点からクリンプが付与されていることが好ましい。また、高い分子量分画性と高透水性を両立するために薄い緻密層(活性分離層)と中空糸膜強度を担う多孔質層(支持層)を有する、いわゆる非対称膜であることが望ましい。また、CRRT用に用いる場合においては、低分子量溶質のみならず、低分子量タンパク質の大分子まで積極的に除去される性能を持つことが望ましい。
<容器>
本実施形態の血液浄化器においては、中空糸膜は、複数本の中空糸膜が束となった中空糸膜束として、容器に充填されることが好ましい。
容器の形状に限定はないが、具体例としては、筒状容器が挙げられる。また、本実施形態においては、筒状容器の胴部の酸素透過係数は、1.8×10-10cm3・cm/(cm2・S・cmHg)以下であることが好ましい。
【0022】
中空糸膜の素材は特に限定されるものではないが、ポリスルホン(以下、「PSf」と記載する場合がある。)、ポリエーテルスルホン等のポリスルホン系樹脂に、ポリビニルピロリドン等の親水化剤を含ませた多孔質中空糸膜は、用途に応じた分画性の制御に適し、また、血液適合性の最適化も行いやすいため、血液浄化用の中空糸膜として広く用いられている。
また、中空糸膜は、グリセリンやポリエチレングリコール等の第二の親水化剤や、その他添加剤、表面改質剤等をさらに含んでいてもよい。
【0023】
<ポリスルホン系樹脂>
ポリスルホン系樹脂とは、式(1)に示される繰り返し単位を持つポリマーであるビスフェノール型ポリスルホン、及び、式(2)に示される繰り返し単位を持つポリマーであるポリエーテルスルホンの総称であり、中空糸膜の素材として広く用いられている。
(−Φ−SO2−Φ−O−C(CH32−Φ−O−)n (1)
(−Φ−SO2−Φ−O−)n (2)
ここで、Φはベンゼン環を、nはポリマーの繰り返しを表す。
【0024】
<親水性高分子>
親水性高分子とは、水に溶解するか、あるいは、水に親和性を示す合成高分子または天然高分子である。
本実施形態においては、前述の親水化剤として親水性高分子を用いることができ、このような親水性高分子としては、例えば、ポリビニルピロリドン(以下、「PVP」と記載する場合がある。)、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリプロピレングリコール、エチレン−ビニルアルコール共重合体等が挙げられる。紡糸の安定性や、ポリスルホン系樹脂との親和性の観点からは、特にPVPが好ましく用いられる。親水性高分子として、これらを単独で、または2種以上を組み合わせて使用してもよい。
PVPは、N−ビニルピロリドンをビニル重合させた水溶性の高分子化合物であり、親水化剤や孔形成剤として中空糸膜の素材として広く用いられている。
【0025】
<脂溶性抗酸化剤>
脂溶性抗酸化剤とは、還元性を有し、アルコール及び油脂に溶けるものをいい、一般に、水に溶けにくい。
脂溶性抗酸化剤としては、特に限定はないが、脂溶性ビタミン類やポリフェノール等が好ましく、生体に対する安全性・適用実績が豊かな点から脂溶性ビタミン類であることが好ましい。
【0026】
脂溶性ビタミンとしては、例えば、ビタミンA、ビタミンD、ビタミンE、ビタミンK等が挙げられるが、これらの中では、過剰摂取をしても障害を誘発しないという観点から、ビタミンEが好ましい。脂溶性ビタミンとしては、1種で用いてもよく、2種以上の混合物を用いてもよい。
ビタミンEとしては、α−トコフェロール、α−酢酸トコフェロール、α−ニコチン酸トコフェロール、β−トコフェロール、γ−トコフェロール、δ−トコフェロール及びそれらの混合物等が挙げられる。中でも、α−トコフェロールは生体内抗酸化作用、生体膜安定化作用、血小板凝集抑制作用等の種々の生理作用に優れており、酸化ストレスを抑制する効果が高いため好ましい。
【0027】
ポリフェノールとしては、例えば、カテキン、アントシアニン、タンニン、ルチン、イソフラボンなどのフラボノイド、クロロゲン酸などのフェノール酸、エラグ酸、リグナン、クルクミン、及びクマリン等が挙げられる。
【0028】
<中空糸膜の脂溶性抗酸化剤量>
本実施形態において、「脂溶性抗酸化剤量」とは、中空糸膜の表面(内表面、外表面、及び、膜厚部に存在する細孔の表面)に付着、吸着等により存在している脂溶性抗酸化剤の量をいい、例えば、実施例で後述するように中空糸膜を破壊又は溶解せずに溶媒によって抽出した脂溶性抗酸化剤の量によって定量することができる。
本実施形態において、脂溶性抗酸化剤量は、有効膜面積1m2あたりの量として規定しており、「有効膜面積」とは、中空糸膜の内表面の面積であって、中空糸膜の平均内径(直径)、円周率、本数、及び有効長の積から算出できる。
【0029】
本実施形態においては、中空糸膜の脂溶性抗酸化剤量は50mg/m2以上600mg/m2以下である。
脂溶性抗酸化剤量が50mg/m2以上であることにより、安定な抗酸化性能を有する中空糸膜とすることができ、600mg/m2以下であることにより、高いDEHP吸着量を維持しつつ、良好な血液適合性を有する中空糸膜とすることができ、さらに製造コストに優れる。
中空糸膜の脂溶性抗酸化剤量は、より好ましくは50mg/m2以上550mg/m2以下である。
【0030】
DEHPの吸着性能は、中空糸膜に脂溶性抗酸化剤が存在することによって向上するが、存在量が多すぎると逆に低下してしまう。
その理由としては、過剰の脂溶性抗酸化剤をコートすると多孔質部分の細孔が脂溶性抗酸化剤によって塞がれてしまい、DEHPが接触することができる有効面積が低下してしまうためだと推測する。ただし、機序はこれによらない。
【0031】
<中空糸膜厚部に存在する脂溶性抗酸化剤量>
中空糸膜厚部に存在する細孔の材料表面に存在する脂溶性抗酸化剤量は、TOF−SIMS(飛行時間型2次イオン質量分析法)測定で得られる親マスピークの規格化ピーク強度(I)を指標とすることができる。
本実施形態においては、中空糸膜の長さ方向に垂直な切断面において、両端(外表面側及び内表面側)から5μmを外して、残りの膜厚を3等分し、それぞれ内側領域、中間領域、及び、外側領域とした場合に、中空糸膜切断面の内側領域についてTOF−SIMS規格化ピーク強度(Ii)は、0.18以上であり、内側領域と中間領域各々についてTOF−SIMS規格化ピーク強度(IiとIc)の比(Ic/Ii)が0.80以上1.0以下であり、かつ内側領域と外側領域各々についてTOF−SIMS規格化ピーク強度(IiとIo)の比(Io/Ii)が0.70以上1.0以下である。
Iiが0.19以上であり、Ic/Iiが0.83以上1.0以下、かつIo/Iiが0.73以上1.0以下であればより好ましく、Iiが0.20以上であり、Ic/Iiが0.85以上1.0以下、かつIo/Iiが0.75以上1.0以下であればさらに好ましい。
【0032】
ここで、内側領域、中間領域及び外側領域について詳細に説明すると、各々、中空糸膜の外周部(長さ方向に垂直な断面の円)の半径をR(μm)、中空糸膜の中空部(長さ方向に垂直な断面における中空部の円)の半径をr(μm)としたときの以下の領域をいう(図1参照)。
内側領域:半径(r+5)μmの円の外側、かつ、
半径(r+5+(R−r−10)/3)μmの円の内側
中間領域:半径(r+5+(R−r−10)/3)μmの円の外側、かつ、
半径(r+5+2×(R−r−10)/3)μmの円の内側
外側領域:半径(r+5+2×(R−r−10)/3)μmの円の外側、かつ、
半径(R−5)μmの円の内側
【0033】
以下、必要最小限の脂溶性抗酸化剤量を有効に用いて目的とする機能を発揮させるために、中空糸膜厚部における最適な脂溶性抗酸化剤の分布についてより詳細に記述する。
第一に、中空糸膜を血液浄化器に使用する場合に重要なのは、血液循環ラインに対する抗酸化性である。この点、血液成分のうち、血球は膜内表面のみとしか接触しないが、タンパクなどの液性成分は拡散により内表面近傍の膜厚部を行き来することが分かった。そのため、血液循環ラインに対する抗酸化性及び生体適合性の点からは、内表面だけではなく、膜厚部の内側領域にも一定量の脂溶性抗酸化剤を存在させることが必要である。
【0034】
第二に、本発明の課題を達成するためには、回路等から溶出する可塑剤の吸着効果を持たせることが必要である。この点、一般に、回路中に含まれる可塑剤は、主にアルブミン等の脂溶性物質を含む血液に溶出し、血液循環経路を経て血液浄化器へ侵入するが、他の生体分子と比較すると分子サイズが小さいため、拡散により中空糸膜内表面から膜厚部へ移動することが考えられる。したがって、血液浄化器使用時の膜厚部における可塑剤の侵入量は、膜厚部の内側領域に最も多く、次いで中間領域、外側領域の順となる。そのため、この分布に合わせて脂溶性抗酸化剤を膜厚部に存在させることが望ましい。このような分布とすると、可塑剤を膜厚部においても吸着することとなるので、内表面のみで吸着する場合と比較して、吸着部位が増加し、吸着飽和値を高めることができるという点でも有利である。
【0035】
第三に、血液循環ラインからだけではなく、透析液側から侵入する酸化性物質の抑制も必要である。例えば、ヒドロキシラジカル等の酸素活性種は膜外表面側から膜厚部を経由して血液循環ラインへ侵入すると考えられる。そのため、膜厚部の外側領域や中間領域にも脂溶性抗酸化剤を存在させることが効果的である。
【0036】
以上の考察を踏まえ、本発明者らが行った検討によれば、中空糸膜切断面の内側領域に存在する脂溶性抗酸化剤量を示すTOF−SIMS規格化ピーク強度(Ii)が0.18以上必要であり、さらに透析液からの酸化性物質の侵入抑制効果と可塑剤の吸着効果を共に向上させるためには、内側領域と中間領域に存在する脂溶性抗酸化剤量を示すTOF−SIMS規格化ピーク強度IcとIiの比(Ic/Ii)が0.80以上1.0以下であり、かつ内側領域と外側領域に存在する脂溶性抗酸化剤量を示すTOF−SIMS規格化ピーク強度IoとIiの比(Io/Ii)が0.70以上1.0以下であると血液循環ライン及び透析液側双方の抗酸化性が高まり、しかも、可塑剤除去率も向上できることが分かった。
【0037】
<中空糸膜の製造方法>
中空糸膜を製造する方法は、以下に限定されないが、例えば、チューブインオリフィス型の紡糸口金を用い、紡糸口金のオリフィスから製膜原液を、該製膜原液を凝固させるための中空内液と同時に、チューブから空中に吐出させることによって中空糸膜を製造することができる。
【0038】
製膜原液は、ポリスルホン系樹脂とPVPを共通溶媒に溶解することによって調製することができる。共通溶媒としては、例えば、ジメチルアセトアミド(以下、DMAc)、ジメチルスルホキシド、N−メチル−2−ピロリドン、ジメチルホルムアミド、スルホラン、ジオキサン等の溶媒、あるいは上記2種以上の混合液からなる溶媒が挙げられる。
【0039】
製膜紡糸原液を用いて、通常用いられている方法により中空糸膜に製膜する。例えば、チューブインオリフィス型の紡糸口金を用い、該紡糸口金のオリフィスから製膜紡糸原液を、チューブから該製膜紡糸原液を凝固させる為の中空内液と同時に空中に吐出させる。中空内液は水、又は水を主体とした液体が使用でき、一般的には製膜紡糸原液に使った溶剤と水との混合溶液が好適に使用される。例えば、20wt%以上60wt%以下のジメチルアセトアミド水溶液等が用いられる。
【0040】
製膜紡糸原液吐出量と中空内液吐出量を調整することにより中空糸膜の内径と膜厚を所望の値に調整することができる。
【0041】
紡糸口金から中空内液とともに吐出された製膜紡糸原液は、必要に応じてエアーギャップ部を走行させ、紡糸口金下部に設置した水を主体とする凝固浴中へ導入され、そして、一定時間浸漬されて凝固が完了する。
エアーギャップとは、紡糸口金と凝固浴との間の空間を意味し、エアーギャップ走行中に製膜紡糸原液は、紡糸口金から同時に吐出された中空内液中の水等の貧溶媒成分によって、内表面側から凝固が開始する。
【0042】
凝固浴での浸漬を終えた中空糸膜は、次いで熱水などによる洗浄によって中空糸膜に残留している溶媒を除去した後、連続的に乾燥機内に導き、熱風などにより乾燥した中空糸膜を得ることができる。
【0043】
<血液浄化器の製造方法>
本実施形態の中空糸膜を用いて、血液浄化器を製造する方法に限定はなく、公知の方法によって製造することができる。
具体的には、まず、側面の両端部付近に2本のノズルを有する筒状容器に中空糸膜を充填し、その両端部をウレタン樹脂等のポッティング樹脂で包埋する。次に、硬化したポッティング樹脂部分を切断して中空糸膜が開口した端部が形成されるように加工を施す。この両端部に、血液や透析液などの液体導入(導出)用のノズルを有するヘッダーキャップを装着して血液浄化器の形状に組み上げる。
【0044】
<中空糸膜に脂溶性抗酸化剤を存在させる方法>
本実施形態において、中空糸膜に脂溶性抗酸化剤を所定の濃度分布で存在させる方法に限定はないが、例えば、従来方法と同様に、中空糸膜表面へ脂溶性抗酸化剤を固定化することによって実現することができる。
この際、中空糸膜表面へ脂溶性抗酸化剤を固定化する方法としては、基本的に公知の方法を用いることができる。中でもコート法は、既存の設備や製品ラインナップを利用して様々な条件で脂溶性抗酸化剤を固定化することができるという点で優れている。
【0045】
なお、中空糸膜を血液浄化器に組み込む場合、中空糸膜表面への脂溶性抗酸化剤の固定化は、血液浄化器の(一部)組み立て後に行ってもよい。
【0046】
コート法としては、脂溶性抗酸化剤溶液を、中空糸膜の内表面側の中空部に流入することにより、脂溶性抗酸化剤を中空糸膜表面に付着させる方法(例えば、特開2006−296931号公報)等が知られているが、これに限定されるものではない。
コート液中の脂溶性抗酸化剤の濃度は、好ましくは0.1wt%以上30wt%以下であり、より好ましくは0.1wt%以上20wt%以下であり、さらに好ましくは0.1wt%以上10wt%以下である。
【0047】
中空糸膜切断面の内側領域、中間領域及び外側領域に存在する脂溶性抗酸化剤量(各々、Ii、Ic及びIo)を、0.18≦Ii、0.8≦Ic/Ii≦1.0、0.7≦Io/Ii≦1.0を満たすようにするための条件に限定はなく、例えば、通液速度やコート液の組成(溶媒、脂溶性抗酸化剤濃度)を適宜調整することによって実現することができるが、以下に特に好ましい条件・方法について説明する。
【0048】
脂溶性抗酸化剤を含むコート溶液は、例えば、50〜80wt%のプロパノール等のアルコール水溶液に脂溶性抗酸化剤を0.25〜2wt%溶解することにより調製することがきる。
該コート液を流速825〜1875mL/minで中空糸膜に通液する。この際、通液方向に限定はないが、中空糸膜を縦にセットし、コート液を中空糸膜の下方向から上方向に向かって流すと、一般的な組成のコート液を用いて、通常の通液速度で通液を行っても膜厚部にまでコート液を十分に滲出させることができることが判明した。
なお、血液浄化器の(一部)組み立て後にコートを行う場合には、両端部がポッティング樹脂で包埋され、余分なポッティング樹脂が切断された(両端が開口した)中空糸膜束が容器内に充填された中空糸膜型血液浄化器を、脂溶性抗酸化剤溶液のコート装置に縦向きにセットして通液を行う。
【0049】
通液後、エアーブローによりコート液を吹き飛ばす。
この際、中空糸膜の被コート面の反対側(中空糸膜外側)から空気や不活性気体を0.1〜0.35MPa加圧した状態で、エアーブローによりコート液を吹き飛ばすと、中空糸膜内表面側に付着したコート液が外表面側に移動することを防ぐことができる。この観点からは、さらに、エアブロー停止後も、30秒〜60分間、中空糸膜の被コート面の反対側から空気等を0.1〜0.35MPaで加圧し続けることが好ましい。この場合、その加圧継続時間は、30秒〜30分であってもよいし、30秒〜10分であってもよい。
エアーブロー時、及び/又は、エアーブロー停止後における空気等による加圧の際の圧力は、0.1〜0.32MPaであってもよいし、0.1〜0.30MPaであってもよい。
【0050】
次いで、乾燥により溶媒を除去して、脂溶性抗酸化剤を固定化する。乾燥は、通常、血液流路域、透析液流路域、それぞれに乾燥空気を流入することにより行う。
この時、中空糸膜内表面及び外表面から乾燥が始まるが、その際の乾燥温度と乾燥時間の設定もIi、Ic及びIoに影響を及ぼすことが判明した。
これは、一般に湿っている材料内部では、含水率の高い点(中空糸膜内部)から低い点(中空糸膜内外表面)に、含水率の勾配に沿って液体(コート液)が移動する現象が起こるため、脂溶性抗酸化剤は徐々に内表面及び外表面に移動してしまい、中心部の固定化量(Ic)が低下してしまう。そのため、脂溶性抗酸化剤の分布をIi(内側領域)≧Ic(中間領域)≧Io(外側領域)とするためには、乾燥条件を適切に設定する必要があると考えられる。
もっとも、乾燥温度が高いほど脂溶性抗酸化剤の膜内部から内・外表面への移動速度が大きくなる傾向があり、乾燥時間が長いほど移動量は多くなるという傾向があるということが判明しているので、当業者であれば、このような傾向を考慮した上で、乾燥温度と乾燥時間を数点ずつ振った乾燥を何回か試行するなどして、Ii、Ic及びIoが、本実施形態の条件を満たすようになる乾燥温度と乾燥時間を容易に設定することができる。
例えば、コート液の溶媒が57wt%のアルコール水溶液である場合、乾燥空気温度が30℃の時は、乾燥時間を5〜10min、乾燥空気温度が40℃の時は、乾燥時間を3〜7min、乾燥空気温度が50℃の時は、乾燥時間を1〜3min、乾燥空気温度が60℃の時は乾燥時間を0.5〜1.5minとすると良い。こうすることで、中空糸膜内部の脂溶性抗酸化剤が中空糸膜内外表面に移動する前に溶媒を留去することができ、中空糸膜内部に必要量の脂溶性抗酸化剤を維持させることができる。
なお、乾燥空気による脂溶性抗酸化剤の酸化の観点から、乾燥温度が高い方が乾燥時間を短くし、脂溶性抗酸化剤と空気との接触時間を減らして、脂溶性抗酸化剤の酸化を抑制できるため、乾燥温度が30℃以上であることが好ましい。一方で、脂溶性酸化剤の流動性の観点から、乾燥温度が低い方が乾燥空気の圧や重力等によって膜厚部における脂溶性抗酸化剤の存在分布が変化するのを抑えることができるため、乾燥温度は60℃以下であることが好ましい。
【0051】
血液浄化器の一部組み立て後にコートを行った場合には、両端部に血液や透析液などの液体導入(導出)用のノズルを有するヘッダーキャップを装着して血液浄化器の形状に組み上げることで、中空糸膜型血液浄化器を完成させる。
【実施例】
【0052】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されない。本実施例に用いた評価方法および測定方法は以下の通りである。
【0053】
<中空糸膜の脂溶性抗酸化剤量(中空糸膜に存在する脂溶性抗酸化剤(ビタミンE)の総量)>
有効膜面積1.3m2の中空糸膜型血液浄化器の血液流路側および透析液流路側の充填液を排出後、常温の純水を流し、5分間洗浄を行った。0.05MPaの圧気を10秒かけて水分を除去し、さらに0.1MPaの圧気で6時間乾燥した。
中空糸膜型血液浄化器を分解して中空糸膜束を採取し、中空糸膜束を長さ5cmに裁断して、全量を十分に収容できる容積を有する金属製ジョッキに入れた。続いてジョッキに裁断した中空糸膜束全量がひたひたに浸る量(この場合400mL)の99.5%エタノール(和光純薬社製)を注ぎ、室温で60分間、超音波振動を加えながらビタミンEの抽出を行った。 定量は液体クロマトグラフ法により行い、ビタミンE標準溶液のピーク面積から得た検量線を用いて、抽出液のビタミンE量を求めた。すなわち、高速液体クロマトグラフ装置(JASCO社製UV−2075plus intelligent UV/VIS Detecter、PU−2080plusintelligent HPLC pump、CO−2065plus intelligent column oven、AS−2057plus intelligent sampler、データ処理:ChromNAV version 1.19.03)に、カラム(Shodex Asahipak社製 ODP−50 6E packed column for HPLC)を取り付け、カラム温度40℃において、移動相である高速液体クロマトグラフィー用メタノールを流量1ml/minで通液し、紫外部の吸収ピークの面積からビタミンE濃度を求めた。この濃度と有効膜面積1.3m2から、抽出効率を100%として中空糸膜に存在するビタミンE量(mg/m2)を求めた。
【0054】
<中空糸膜厚部のビタミンE規格化ピーク強度>
有効膜面積1.3m2の中空糸膜型血液浄化器の充填液を排出後、その血液流路側および透析液流路側に常温の純水を流し、5分間洗浄を行った。0.05MPaの圧気を10秒かけて水分を除去した。
前記血液浄化器を分解して中空糸膜を採取し、凍結乾燥させた。乾燥させた中空糸膜を長さ方向に垂直に凍結割断して、その断面をTOF−SIMS装置(nano−TOF,アルバック・ファイ社製)を用いて測定した。
測定条件は、一次イオンBi3++、加速電圧30kV、電流0.1nA(DCとして)、分析面積70μm×70μm、積算時間約60minとし、質量数2000までの全検出イオンの和のイメージ(以下、Total ion検出イメージ)を得た。
次いで、Total ion検出イメージ中の膜断面において、エッジ効果の影響を避けるため膜の両端(内表面側及び外表面側)から5μmを外した残りの膜厚部を三等分して、膜の内側領域、中間領域、及び、外側領域とし、各領域のスペクトルを抽出した(図1参照)。
具体的には、検出器により正イオン(m/z=430 の分子イオン)を検出イオンとして各領域のスペクトルを検出した。該スペクトルから得られたビタミンEピークのイオン強度(IV)を、プロトンのイオン強度IH、ナトリウムのイオン強度INa、及び、m/z=0.5〜2000の質量範囲について得られたイオン強度の総和である総イオン強度ITを用い、以下の式1により規格化ピーク強度に変換した。
式1:
(ビタミンEの規格化ピーク強度)=IV/(IT−IH−INa)×1000
【0055】
<透析液の酸化抑制効果>
溶液中の酸化還元平衡状態を知る指標の1つとして、酸化還元電位が知られている。本評価系では、同一バッチの試験溶液を各評価サンプル用に取り分け、試験後の各試験溶液の温度、pHを同一とした条件下で酸化還元電位を比較した。
【0056】
酸化還元電位とは、水溶液中で電子が受容される傾向にあるか供給される傾向にあるかを知るための指標であり、酸化力と還元力との差を測定して電圧(mV)で表される。酸化還元電位は、溶液中に存在する酸化剤(電子受容体)と還元剤(電子供与体)の量によって決定されるため、酸化還元電位が高い場合には、系内の物質は酸化的な状態であることを意味する。水溶液中では、水を介して溶質の酸化・還元反応が進行することから、水溶液中の酸化還元電位が高い状態では、ブドウ糖が酸化されてブドウ糖分解産物(GDP)が産生されやすく、酸化ストレスを惹起しやすい。
【0057】
表1の組成物を注射用蒸留水に溶解して試験溶液を調製し、4時間脱気して試験した。
【0058】
【表1】
【0059】
続いて、有効膜面積1.3m2の中空糸膜型血液浄化器の充填液を排出後、その血液流路域および透析液流路域を射用蒸留水で十分に洗浄し(流量 100mL/min)、図2に示す回路にセットした。試験溶液1000mLを金属ジョッキに入れ、血液流路域を試験溶液100mLで置換した後、透析液流路域の注射用蒸留水を廃棄した。流量を50mL/minに調整し、循環を開始してから24時間後、プールされた試験溶液の酸化還元電位を、ORP計(マザーツール、YK−23RP)を用いて測定した。
24時間の試験溶液の酸化還元電位が210mV以下である場合を酸化抑制効果が良好であるとして○とし、215mV以上である場合を酸化抑制効果が良好でないとして×とした。
【0060】
<DEHP溶液中のDEHP減少率>
DEHP 15mgを注射用蒸留水3.5Lに入れて室温で2時間以上撹拌した後、表面に残存しているDEHPを除き、DEHPの飽和水溶液を調製した。
続いて、有効膜面積1.3m2の中空糸膜型血液浄化器の充填液を排出後、その血液流路域および透析液流路域を注射用蒸留水で十分に洗浄し(流量:100mL/min)、図3に示す回路にセットした。DEHP飽和水溶液700mLを金属ジョッキに入れ、血液流路域をDEHP飽和水溶液100mLで置換した後、透析液流路域の注射用蒸留水を廃棄した。血液側流量(Qb)を100mL/min、透析液側流量(Qf)を10mL/minに、それぞれ調整した。循環を開始してから24時間後のDEHP水溶液中のDEHP濃度をJIS規格K0450−30−10に従って分析した。すなわち、DEHP水溶液500mLをメスシリンダーで測りとり、ヘキサン抽出により1mLに濃縮し、GC−MS(島津製作所、QP−2010)にて定量した。
DEHP減少率(%)は式2を用いて算出した。
式2:
(DEHP減少率)=(1−循環後DEHP濃度/循環前DEHP濃度)×100
【0061】
[実施例1]
製膜紡糸原液は、ジメチルアセトアミド(キシダ化学社製、特級試薬)79wt%にポリスルホン(ソルベイ社製、P−1700)17wt%及びポリビニルピロリドン(ビーエーエスエフ社製、K−90)4wt%を溶解して作製した。中空内液はジメチルアセトアミド60wt%水溶液を用いた。
チューブインオリフィス型の紡糸口金から、製膜紡糸原液及び中空内液を吐出させた。吐出時の製膜紡糸原液の温度は40℃とした。吐出した製膜紡糸原液をフードで覆った落下部を経て水よりなる60℃の凝固浴に浸漬して凝固させた。その際にエアーギャップ長を400mm、紡糸速度を30m/minとした。凝固後、水洗、乾燥を行い、血液浄化膜を得た。ここで、乾燥温度160℃、乾燥時間100秒とした。なお、乾燥後の膜厚が43μm、内径が200μmとなるように製膜紡糸原液及び中空内液の吐出量を調整した。
次に、乾燥後の膜束を、液体の導入及び導出用の2本のノズルを有する筒状容器に充填して両端部をウレタン樹脂で包埋後、硬化したウレタン樹脂部分を切断して中空糸膜が開口した端部に加工し、血液浄化器胴体部を組み立てた。
次に、この血液浄化器胴体部を縦にセットし、イソプロピルアルコール57wt%の水溶液に、α−トコフェロール(和光純薬工業 特級)を0.5wt%溶解したコート液を、24℃温度下で血液処理器胴体部の血液導入ノズルから体液流路表面側(中空糸膜の内表面)に流速1250mL/minで下方向から上方向に向かって通液して、中空糸膜の内表面にα−トコフェロールを接触させた。その後、中空糸膜の外側(被コート面の反対側)(から空気を0.30MPa加圧した状態で、エアーブローによりコート液を吹き飛ばした。エアーブロー停止後さらに、43秒、中空糸膜の被コート面の反対側から前述の圧力で加圧した後、40℃の乾燥空気を6分間通気して溶媒を乾燥除去することにより、α−トコフェロールを固定化した。
この両端部に血液導入(導出)用のノズルを有するヘッダーキャップを装填し、血液浄化器の形状に組み上げた。
湿潤化工程として、抗酸化剤である亜硫酸水素ナトリウムを0.06wt%含み、さらにpH調整のための炭酸ナトリウムを0.03wt%含む水溶液を血液浄化器の血液側流路及び濾液側流路に充填し、各ノズルを密栓した状態でγ線を25kGy照射滅菌することにより、血液浄化器を完成させた。
【0062】
[実施例2]
コート液のα−トコフェロール(和光純薬工業 特級)の濃度を0.25wt%に変更した以外は、実施例1と同じ方法により、実施例2の血液浄化器を得た。
【0063】
[実施例3]
コート液のα−トコフェロール(和光純薬工業 特級)の濃度を2.0wt%に変更した以外は、実施例1と同じ方法により、実施例3の血液浄化器を得た。
【0064】
[実施例4]
中空糸膜の外側からの加圧の際の圧力を0.35MPaに変更した以外は実施例1と同じ方法により、実施例4の血液浄化器を得た。
【0065】
[比較例1]
中空糸膜にα−トコフォロール含有コート液の通液、及び、これに伴う後工程(エアーブロー、加圧及び溶媒の乾燥除去)を行わなかった以外は実施例1と同様にして、血液浄化器を得た。
【0066】
[比較例2]
コート液のα−トコフェロール(和光純薬工業 特級)の濃度を0.02wt%に変更した以外は、実施例1と同じ方法により、比較例2の血液浄化器を得た。
【0067】
[比較例3]
コート液のα−トコフェロール(和光純薬工業 特級)の濃度を4.0wt%に変更した以外は、実施例1と同じ方法により、比較例3の血液浄化器を得た。
【0068】
[比較例4]
中空糸膜にコート液を通液する際のコート液の通液方向を逆にし(上方向から下方向にした)、エアーブロー時及びエアーブロー停止後の加圧をしなかった以外は実施例1と同様にして、血液浄化器を得た。
【0069】
[比較例5]
製膜紡糸原液は、ジメチルアセトアミド(キシダ化学社製、特級試薬)79wt%に、ポリスルホン(ソルベイ社製、P−1700)17wt%及びポリビニルピロリドン(ビーエーエスエフ社製、K−90)4wt%を溶解して得た溶液100重量部に、α−トコフェロール(和光純薬工業 特級)0.5重量部を添加して作成した。中空内液にはジメチルアセトアミド41wt%水溶液を用いた。
スリット幅50μmの紡糸口金から、製膜紡糸原液及び中空内液を吐出させた。この際、吐出時の製膜紡糸原液の温度は60℃とした。吐出した製膜紡糸原液をフードで覆った落下部を経て水よりなる90℃の凝固浴に浸漬し、凝固させた。その際にエアーギャップ長を500mm、紡糸速度を30m/minとした。凝固後、水洗、乾燥を行った。ここで、乾燥として、120℃で2分間減率乾燥後、さらに180℃で0.5分間の加熱処理を行った。その後、9984本の中空糸膜を巻き取った。なお、乾燥後の膜厚が45μm、内径が185μmとなるように製膜紡糸原液及び中空内液の吐出量を調整した。
次に、乾燥後の膜束を、液体の導入及び導出用の2本のノズルを有する筒状容器に充填して両端部をウレタン樹脂で包埋後、硬化したウレタン樹脂部分を切断して中空糸膜が開口した端部に加工し、血液浄化器胴体部を組み立てた。
この両端部に血液導入(導出)用のノズルを有するヘッダーキャップを装填し、血液浄化器の形状に組み上げた。
湿潤化工程として、抗酸化剤である亜硫酸水素ナトリウムを0.06wt%含み、さらにpH調整のための炭酸ナトリウムを0.03wt%含む水溶液を血液浄化器の血液側流路及び濾液側流路に充填し、各ノズルを密栓した状態でγ線を25kGy照射滅菌することにより、血液浄化器を完成させた。
【0070】
以下に結果を示す。
なお、製膜紡糸原液に脂溶性酸化剤を添加して中空糸膜を製造した比較例5の血液浄化器は、透析液の酸化抑制効果は良好であったが、可塑剤吸着効果(DEHP減少率)は小さかった。これは、中空糸膜表面における脂溶性抗酸化剤量が多いため酸化還元電位は低値を示したが、一方で、脂溶性抗酸化剤が多く分布している中空糸膜厚部および外表面側では、細孔が脂溶性抗酸化剤によって小さくなり、DEHPが接触することができる有効面積が減少したため、可塑剤吸着効果(DEHP減少率)が小さかったと考えられる。
【0071】
【表2】
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明の中空糸膜によれば、その内側及び外側(血液循環ライン及び透析液側)双方から侵入する酸化性物質を効率よく抑制でき、同時に回路から溶出する可塑剤も除去する事ができる。
そのため、本発明の中空糸膜型血液浄化器は、各種の血液の浄化に用いることができ、特に、血液透析器、血液濾過器または血液濾過透析器などの血液浄化器として好適に用いることができる。とりわけ、CRRTのように長時間に渡り血液を体外循環する血液浄化療法に好適に使用することができる。
図1
図2
図3