(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2018-185173(P2018-185173A)
(43)【公開日】2018年11月22日
(54)【発明の名称】揮発性有機化合物の捕集速度の補正方法
(51)【国際特許分類】
G01N 1/22 20060101AFI20181026BHJP
G01N 30/88 20060101ALI20181026BHJP
G01N 30/00 20060101ALI20181026BHJP
G01N 30/04 20060101ALI20181026BHJP
G01N 30/86 20060101ALI20181026BHJP
【FI】
G01N1/22 L
G01N30/88 C
G01N30/00 J
G01N30/04 P
G01N30/86 G
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2017-85569(P2017-85569)
(22)【出願日】2017年4月24日
(71)【出願人】
【識別番号】000175272
【氏名又は名称】三浦工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099841
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 恒彦
(72)【発明者】
【氏名】石坂 閣啓
(72)【発明者】
【氏名】川嶋 文人
(72)【発明者】
【氏名】▲浜▼田 典明
【テーマコード(参考)】
2G052
【Fターム(参考)】
2G052AA01
2G052AA03
2G052AA39
2G052AB11
2G052AC02
2G052AC12
2G052AD02
2G052AD32
2G052AD42
2G052AD46
2G052BA17
2G052EB11
2G052ED06
2G052ED10
2G052ED11
2G052GA27
2G052JA08
(57)【要約】
【課題】揮発性有機化合物を受動的に捕集可能な捕集体を用いて環境中に含まれる揮発性有機化合物の濃度を測定する場合において、測定結果の信頼性を高める。
【解決手段】揮発性有機化合物を受動的に捕集可能な多孔質炭素材等の捕集材と、フルオロシクロヘキサン等の参照揮発性有機化合物を環境中へ徐放可能に保持した放出材とを所定時間、環境中に同時に配置し、捕集材により捕集された揮発性有機化合物の量と、捕集材への揮発性有機化合物の捕集速度とに基づき、環境中における揮発性有機化合物の濃度を算出する。この際、捕集速度として、捕集速度に影響する風速を独立変数としかつ捕集速度を従属変数とする第1の関数と、風速を独立変数としかつ放出材での参照揮発性有機化合物の残存率を従属変数とする第2の関数とから導かれる、残存率を独立変数としかつ捕集速度を従属変数とする第3の関数に基づいて求められる補正値を用いる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
環境中に含まれる揮発性有機化合物を受動的に捕集可能な捕集材により前記環境中から捕集された前記揮発性有機化合物の量に基づいて前記環境中に含まれる前記揮発性有機化合物の濃度を算出するために用いられる、前記捕集材への前記揮発性有機化合物の捕集速度を補正するための方法であって、
前記捕集材と、参照揮発性有機化合物を前記環境中へ徐放可能に保持した放出材とを所定時間、前記環境中に同時に配置する工程と、
前記環境中において前記所定時間配置した前記放出材における前記参照揮発性有機化合物の残存率に基づいて前記捕集速度を補正する工程と、
を含む揮発性有機化合物の捕集速度の補正方法。
【請求項2】
前記捕集速度に影響する環境要因を独立変数としかつ前記捕集速度を従属変数とする第1の関数と、前記環境要因を独立変数としかつ前記残存率を従属変数とする第2の関数とから導かれる、前記残存率を独立変数としかつ前記捕集速度を従属変数とする第3の関数に基づいて前記捕集速度を補正する、請求項1に記載の揮発性有機化合物の捕集速度の補正方法。
【請求項3】
環境中に含まれる揮発性有機化合物の濃度を測定するための方法であって、
前記揮発性有機化合物を受動的に捕集可能な捕集材と、参照揮発性有機化合物を前記環境中へ徐放可能に保持した放出材とを所定時間、前記環境中に同時に配置する工程1と、
工程1において前記捕集材により捕集された前記揮発性有機化合物の量と、前記捕集材への前記揮発性有機化合物の捕集速度とに基づき、前記環境中における前記揮発性有機化合物の濃度を算出する工程2とを含み、
前記捕集速度として、工程1において前記環境中に前記所定時間配置した前記放出材における前記参照揮発性有機化合物の残存率に基づく補正値を用いる、
環境中の揮発性有機化合物濃度の測定方法。
【請求項4】
前記補正値は、前記捕集速度に影響する環境要因を独立変数としかつ前記捕集速度を従属変数とする第1の関数と、前記環境要因を独立変数としかつ前記残存率を従属変数とする第2の関数とから導かれる、前記残存率を独立変数としかつ前記捕集速度を従属変数とする第3の関数に基づいて取得されるものである、請求項3に記載の環境中の揮発性有機化合物濃度の測定方法。
【請求項5】
前記環境要因が前記環境中の風速である、請求項4に記載の環境中の揮発性有機化合物濃度の測定方法。
【請求項6】
環境中に含まれる揮発性有機化合物の濃度を測定するために、前記環境中から前記揮発性有機化合物を捕集するための捕集器であって、
前記揮発性有機化合物を受動的に捕集可能な捕集材と、
参照揮発性有機化合物を前記環境中へ徐放可能に保持した放出材と、
を備えた揮発性有機化合物の捕集器。
【請求項7】
前記捕集材と前記放出材とが通気性を有する個別の容器内に収容されている、請求項6に記載の揮発性有機化合物の捕集器。
【請求項8】
前記捕集材と前記放出材とが通気性を有する単一の容器内に収容されている、請求項6に記載の揮発性有機化合物の捕集器。
【請求項9】
環境中に含まれる揮発性有機化合物を受動的に捕集可能な捕集材により前記環境中から捕集された前記揮発性有機化合物の量と、前記捕集材への前記揮発性有機化合物の捕集速度とに基づき、前記環境中における前記揮発性有機化合物の濃度を測定する場合において、前記環境中の環境要因が前記捕集速度に与える影響を評価するための評価体であって、
参照揮発性有機化合物を前記環境中へ徐放可能に保持した放出材を含む、
環境中における揮発性有機化合物濃度の測定時における環境要因による影響の評価体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、揮発性有機化合物の捕集速度の補正方法、特に、環境中に含まれる揮発性有機化合物を受動的に捕集可能な捕集材により環境中から捕集された揮発性有機化合物の量に基づいて環境中に含まれる揮発性有機化合物の濃度を算出するために用いられる、捕集材への揮発性有機化合物の捕集速度を補正するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
屋外や屋内の環境は、工場からの排出ガスや建築素材からの揮発ガスに由来の揮発性有機化合物により汚染されている場合がある。環境中の揮発性有機化合物は、生体に継続的に接触したり吸引されたりすることで、慢性障害や癌などの疾病の原因となる場合がある。そこで、揮発性有機化合物による環境汚染の評価が求められている。
【0003】
揮発性有機化合物による環境汚染の評価では、環境中の揮発性有機化合物を採取し、それを各種の方法により定性的または定量的に分析する。空気中の揮発性有機化合物濃度が比較的高濃度の場合、当該空気の適量を分析試料として採取し、この分析試料をガスクロマトグラフィー法などの高感度分離分析法に直接に適用することで揮発性有機化合物を分析可能である。しかし、環境中の揮発性有機化合物は一般にμg/m
3程度の極微量であることから、環境から採取した空気を高感度分離分析法に直接に適用しても、揮発性有機化合物の分析は極めて困難であるか、分析が可能であったとしても分析精度に疑いの生じる可能性がある。
【0004】
そこで、環境中の揮発性有機化合物の分析では、通常、環境中の揮発性有機化合物を捕集し、その揮発性有機化合物を分析する手法が採られている。例えば、特許文献1は、多孔性カーボン吸着剤を充填した多孔性フイルタを環境中に所定時間放置し、この多孔性フイルタに捕集された揮発性有機化合物を分離・抽出して分析する方法を開示している。
【0005】
ここで用いられる多孔性フイルタは、物質が濃度の高いところから濃度の低いところに拡散する現象である分子拡散を利用し、環境中の揮発性有機化合物を多孔性カーボン吸着剤により受動的に捕集するものであり、一般にパッシブサンプラと称される揮発性有機化合物捕集器の一つである。
【0006】
パッシブサンプラを用いて捕集された揮発性有機化合物の量から環境中における当該揮発性有機化合物の濃度を求める場合、捕集された揮発性有機化合物の量を環境中の濃度へ換算するための係数である捕集速度(サンプリングレートやアップテイクレート等とも称される場合がある。)を必要とする。捕集速度は、環境中の揮発性有機化合物がパッシブサンプラに捕集されるときの速度、すなわち、物質が濃度の高いところから濃度の低いところへ移動する速度であり、揮発性有機化合物の種類毎に異なる。そこで、パッシブサンプラを用いた揮発性有機化合物濃度の測定では、測定対象となる揮発性有機化合物毎の捕集速度を事前に取得しておく必要がある。捕集速度は、実験的に求める方法やFickの拡散第一則に従って理論的に算出する方法等、各種の方法により求めることができるが、パッシブサンプラの形状やその他の特性に応じて変動するものであることから、通常、パッシブサンプラのメーカーが提供するデータを使用することが多い。
【0007】
捕集速度を用いた環境中の揮発性有機化合物濃度の算出は、次の計算例による。
【0008】
【数1】
【0009】
ところが、捕集速度は、揮発性有機化合物の捕集現場の環境要因、例えば、風速、温度および湿度等の影響を受けることから、パッシブサンプラが実際に使用される環境において、既知の捕集速度と相違することがある。このため、既知の捕集速度に基づいて環境中の揮発性有機化合物濃度を算出すると、その算出結果は信頼性を欠く可能性がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2002−357517号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、揮発性有機化合物を受動的に捕集可能な捕集体を用いて環境中に含まれる揮発性有機化合物の濃度を測定する場合において、測定結果の信頼性を高めるものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、環境中に含まれる揮発性有機化合物を受動的に捕集可能な捕集材により環境中から捕集された揮発性有機化合物の量に基づいて環境中に含まれる揮発性有機化合物の濃度を算出するために用いられる、捕集材への揮発性有機化合物の捕集速度を補正するための方法に関するものである。この補正方法は、捕集材と、参照揮発性有機化合物を環境中へ徐放可能に保持した放出材とを所定時間、環境中に同時に配置する工程と、環境中において所定時間配置した放出材における参照揮発性有機化合物の残存率に基づいて捕集速度を補正する工程とを含む。
【0013】
本発明の補正方法では、例えば、捕集速度に影響する環境要因を独立変数としかつ捕集速度を従属変数とする第1の関数と、環境要因を独立変数としかつ残存率を従属変数とする第2の関数とから導かれる、残存率を独立変数としかつ捕集速度を従属変数とする第3の関数に基づいて捕集速度を補正する。
【0014】
他の観点に係る本発明は、環境中に含まれる揮発性有機化合物の濃度を測定するための方法に関するものである。この測定方法は、揮発性有機化合物を受動的に捕集可能な捕集材と、参照揮発性有機化合物を環境中へ徐放可能に保持した放出材とを所定時間、環境中に同時に配置する工程1と、工程1において捕集材により捕集された揮発性有機化合物の量と、捕集材への揮発性有機化合物の捕集速度とに基づき、環境中における揮発性有機化合物の濃度を算出する工程2とを含む。工程2では、捕集速度として、工程1において環境中に所定時間配置した放出材における参照揮発性有機化合物の残存率に基づく補正値を用いる。
【0015】
本発明の測定方法において用いられる上記補正値は、例えば、捕集速度に影響する環境要因を独立変数としかつ捕集速度を従属変数とする第1の関数と、環境要因を独立変数としかつ残存率を従属変数とする第2の関数とから導かれる、残存率を独立変数としかつ捕集速度を従属変数とする第3の関数に基づいて取得されるものである。環境要因は、例えば、環境中の風速である。
【0016】
さらに他の観点に係る本発明は、環境中に含まれる揮発性有機化合物の濃度を測定するために、環境中から揮発性有機化合物を捕集するための捕集器に関するものである。この捕集器は、揮発性有機化合物を受動的に捕集可能な捕集材と、参照揮発性有機化合物を環境中へ徐放可能に保持した放出材とを備える。
【0017】
本発明に係る捕集器の一形態において、捕集材と放出材とは通気性を有する個別の容器内に収容されている。また、本発明に係る捕集器の他の一形態において、捕集材と放出材とは通気性を有する単一の容器内に収容されている。
【0018】
さらに他の観点に係る本発明は、環境中に含まれる揮発性有機化合物を受動的に捕集可能な捕集材により環境中から捕集された揮発性有機化合物の量と、捕集材への揮発性有機化合物の捕集速度とに基づき、環境中における揮発性有機化合物の濃度を測定する場合において、環境中の環境要因が捕集速度に与える影響を評価するための評価体に関するものである。この評価体は、参照揮発性有機化合物を環境中へ徐放可能に保持した放出材を含む。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係る揮発性有機化合物の捕集速度の補正方法によると、環境中に含まれる揮発性有機化合物を受動的に捕集可能な捕集材により環境中から捕集された揮発性有機化合物の量に基づいて環境中に含まれる揮発性有機化合物の濃度を算出する場合において、算出結果の信頼性を高めることができる。
【0020】
本発明に係る環境中の揮発性有機化合物濃度の測定方法は、本発明の補正方法を用いることから、環境中に含まれる揮発性有機化合物の濃度測定において、測定結果の信頼性を高めることができる。
【0021】
本発明に係る揮発性有機化合物の捕集器は、参照揮発性有機化合物を環境中へ徐放可能に保持した放出材を備えていることから、放出材における参照揮発性有機化合物の残存率に基づいて捕集材への揮発性有機化合物の捕集速度を補正することができ、環境中に含まれる揮発性有機化合物の濃度測定のために用いたときに測定結果の信頼性を高めることができる。
【0022】
本発明に係る、環境中に含まれる揮発性有機化合物濃度の測定時における環境要因による影響の評価体は、参照揮発性有機化合物を環境中へ徐放可能に保持した放出材を含むことから、環境中に含まれる揮発性有機化合物を受動的に捕集可能な捕集材により環境中から捕集された揮発性有機化合物の量と、捕集材への揮発性有機化合物の捕集速度とに基づき、環境中における揮発性有機化合物の濃度を測定する場合において、環境要因による捕集速度への影響を放出材における参照揮発性有機化合物の残存率に基づいて評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】本発明の測定方法において用いられる捕集器の一形態に含まれる捕集体の縦断面図。
【
図2】本発明の測定方法において用いられる捕集器の一形態に含まれる放出体の縦断面図。
【
図3】本発明の測定方法において用いられる捕集器の他の形態の縦断面図。
【
図4】実施例で作製した捕集体および放出体について、それぞれ、トルエンの捕集速度と風速との関係およびフルオロシクロヘキサンの残存率と風速との関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0024】
環境中に含まれる揮発性有機化合物の濃度の測定において、揮発性有機化合物の捕集器を用いる。ここで用いる捕集器は、環境中に含まれる揮発性有機化合物の捕集体と、当該捕集体とは別体の、参照揮発性有機化合物を環境中へ徐放可能な放出体とを備えている。
【0025】
図1を参照し、捕集体の一形態を説明する。捕集体10は、開口部11を有する通気性容器12、第1蓋体13および通気性容器12内に収容された捕集材14を主に備えている。
【0026】
通気性容器12は、底部を有する円筒状に形成された通気性を有する部材であり、例えば、樹脂製、ガラス製または金属製の粒子の集合体を粒子相互が接着し得る程度に焼結させた成形体またはガラス繊維若しくはステンレスを用いたメッシュ状成形体などの成形体からなるものである。
【0027】
成形体を形成する粒子の集合体としては、環境中の揮発性有機化合物との反応性が低くかつ当該揮発性有機化合物の吸着性が低いものを用いるのが好ましい。特に、樹脂製の粒子を用いる場合、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリエステル樹脂またはフッ素樹脂を用いるのが好ましい。
【0028】
通気性容器12は、気孔率が30〜80%程度になるよう空隙を形成し、それによって通気性を付与するのが好ましい。ここで、気孔率は、通気性容器12の中空部分(捕集材14を収容するための内部空間部分)を除いた容積(V)と通気性容器12の重量(W)とから式W/Vにて求められる、通気性容器12の見かけ比重(A)と、通気性容器12を形成するために用いられる材料自体の真比重(B)とから、次の式により求められる。
【0030】
上述のような粒子の集合体の成形体からなる通気性容器12の気孔率は、通常、使用する粒子の径を制御することで上述の好ましい範囲に設定することができる。
【0031】
通気性容器12の開口部11は、通気性容器12に対して捕集材14を出し入れするためのものであり、第1蓋体13は、この開口部11を気密に閉鎖するためのものである。第1蓋体13は、通気性が低く、かつ、有機ガスの発生が少ない素材、例えば、ガラス、金属、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリエステル樹脂、フッ素樹脂またはこれらを組み合わせた材料を用いて形成された円柱状の部材であり、開口部11に挿入すると通気性容器12の弾性により開口部11を密栓することができる。
【0032】
通気性容器12および第1蓋体13を形成するために用いられるフッ素樹脂としては、例えば、四フッ化エチレン樹脂、四フッ化エチレン・パーフルオロアルコキシエチレン共重合体樹脂、四フッ化エチレン・六フッ化プロピレン共重合体樹脂、フッ化ビニリデン樹脂、三フッ化エチレン樹脂、三フッ化エチレン・エチレン共重合体樹脂およびフッ化ビニル樹脂などが挙げられる。
【0033】
捕集材14は、空気中の揮発性有機化合物を捕集可能なものであり、例えば、揮発性有機化合物を吸着可能であるとともに、吸着した揮発性有機化合物との反応性が低くかつ吸着した揮発性有機化合物を脱着しやすい多孔質材である。多孔質材としては、例えば、シリカゲル、活性炭やグラファイト等の炭素材、多孔性ポリスチレン、多孔性ポリエステル若しくは多孔性ポリビニルアルコール等の高分子系吸着材、硫酸カルシウム、炭酸カルシウム、アルミナ、珪藻土またはゼオライト等の各種の素材からなるものを用いることができるが、多孔質炭素材を用いるのが好ましい。また、多孔質材は、粉末状、粒子状または繊維状のいずれの形状のものであってもよく、異なる形状のものの混合物であってもよい。
【0034】
捕集体10を形成する通気性容器12は、四フッ化エチレン樹脂などの上述のフッ素樹脂を延伸することで形成した、両端に開口を有する多孔質チューブからなるものであってもよい。この形態の通気性容器12は、内部に捕集材14を充填した状態で両端の開口を第1蓋体13と同様の蓋体により気密に閉鎖すると、捕集体10として用いることができる。なお、この変形例においても、通気性容器12は、フッ素樹脂の延伸等を制御することで気孔率が上述の好ましい範囲になるよう設定するのが好ましい。
【0035】
捕集体10は、測定対象となる揮発性有機化合物の捕集速度(SR)が風速、温度または湿度等の環境要因(x)の影響を受け、変動し得る。そこで、捕集体10について、環境要因(x)による捕集速度(SR)の変動を予め調査し、環境要因(x)を独立変数としかつ捕集速度(SR)を従属変数とする第1の関数(SR=f(x))を設定する。
【0036】
図2を参照し、放出体の一形態(本発明の評価体の一形態でもある。)を説明する。放出体20は、開口部21を有する通気性容器22、第2蓋体23および通気性容器22内に収容された放出材24を主に備えている。
【0037】
通気性容器22の開口部21は、通気性容器22に対して放出材24を出し入れするためのものであり、第2蓋体23は、この開口部21を気密に閉鎖するためのものである。通気性容器22および第2蓋体23は、それぞれ、捕集体10において用いられる通気性容器12および第1蓋体13と同様のものである。
【0038】
放出材24は、吸着材に参照揮発性有機化合物を吸着させたものである。ここで用いられる吸着材は、吸着した参照揮発性有機化合物を経時的に徐々に脱着して放出可能なもの、すなわち、吸着した参照揮発性有機化合物を徐放可能なものであり、例えば、活性炭やグラファイト等の炭素材、シリカゲル、アルミナまたは珪藻土等である。この吸着材は、粉末状、粒子状または繊維状のいずれの形状のものであってもよく、異なる形状のものの混合物であってもよい。
【0039】
放出材24において用いられる参照揮発性有機化合物は、反応性、有毒性および有害性が低いとともに、測定対象となる揮発性有機化合物、好ましくは総揮発性有機化合物の定量を妨害しにくい揮発性の有機化合物である。このような参照揮発性有機化合物としては、例えば、フルオロシクロヘキサン、1−クロロ−3−メチルブタン、2−プロピルフラン、4−ヒドロキシピペリジン、3−フルオロトルエン、酪酸メチル、1−クロロペンタン、t−ブチルメチルスルフィド、ジイソブチレン、シクロペンチルメチルエーテル、蟻酸イソブチルまたは3−クロロ−2−ブタノン等が用いられる。
【0040】
放出体20を形成する通気性容器22は、捕集体10の通気性容器12と同様に、四フッ化エチレン樹脂などのフッ素樹脂を延伸することで形成した、両端に開口を有する多孔質チューブからなるものであってもよい。この形態の通気性容器22は、内部に放出材24を充填した状態で両端の開口を第2蓋体23と同様の蓋体により気密に閉鎖すると、放出体20として用いることができる。なお、この変形例においても、通気性容器22は、フッ素樹脂の延伸等を制御することで気孔率が上述の好ましい範囲になるよう設定するのが好ましい。
【0041】
放出体20の通気性容器22は、放出材24に吸着させた参照揮発性有機化合物が円滑に外部へ放出されるよう、捕集体10の通気性容器12と同じく気孔率が30〜80%程度になるよう設定するのが好ましい。
【0042】
放出体20は、環境中の揮発性有機化合物の濃度測定のために用いられる場合において、放出材24に吸着させた参照揮発性有機化合物が徐々に揮散し、通気性容器22外へ放出されることから、参照揮発性有機化合物の残存量が漸減する。ここで、参照揮発性有機化合物の揮散は、捕集体10での捕集速度(SR)と同じく風速、温度、湿度またはその他の環境要因(x)の影響を受けることから、放出材24における参照揮発性有機化合物の経時的な残存率(R)は、環境要因(x)により変動し得る。そこで、放出体20について、環境要因(x)による残存率(R)の変動を調査し、環境要因(x)を独立変数としかつ残存率(R)を従属変数とする第2の関数(R=f(x))を設定する。ここで、環境要因(x)は、捕集体10の捕集速度(SR)についての第1の関数を求める際に考慮する環境要因(x)と同じ要因を選択する。
【0043】
捕集速度(SR)および残存率(R)に影響する環境要因(x)は、上述のように風速、温度または湿度等であり、これらのうちのいずれの要因を選択してもよいが、通常は捕集速度(SR)および残存率(R)に最も影響しやすい要因、特に風速を選択するのが好ましい。また、数種類の環境要因が捕集速度(SR)および残存率(R)に複合的に影響する場合、当該数種類の環境要因を選択することもできる。
【0044】
捕集体10および放出体20は、それぞれ気密性の容器内に保存し、揮発性有機化合物の濃度測定において必要な場合に当該容器から取り出して使用する。このようにすることで、捕集体10は、非使用時に空気中の揮発性有機化合物により汚染されるのが防止され、また、放出体20は、放出材14に吸着された参照揮発性有機化合物の散逸が抑えられ、参照揮発性有機化合物の吸着量が維持される。
【0045】
次に、上述の捕集器を用いた環境中の揮発性有機化合物濃度の測定方法を説明する。
この測定方法では、捕集体10および放出体20をそれぞれ気密性の容器から取出し、両者を同時に環境中において所定時間放置する(工程1)。
【0046】
捕集体10および放出体20が放置された環境中において、環境中に含まれる揮発性有機化合物は、分子拡散により、揮発性有機化合物濃度が高い環境雰囲気から同濃度が低い捕集体10内へ移動し、捕集材14に吸着されて捕集される。一方、放出体20の放出材14に吸着された参照揮発性有機化合物は、分子拡散により、参照揮発性有機化合物濃度が高い放出材14から同濃度が低い環境中へ移動する。この結果、放出体20は、放出材14に吸着された参照揮発性有機化合物を環境中へ徐々に放出することになり、放出材14における参照揮発性有機化合物の残存量が経時的に減少する。
【0047】
所定時間経過後、捕集体10により捕集された揮発性有機化合物の量に基づき、環境中における揮発性有機化合物の濃度を算出する(工程2)。ここでは、先ず、捕集体10による揮発性有機化合物の捕集量を測定し、また、放出体20における参照揮発性有機化合物の残存量を測定する。
【0048】
捕集体10による揮発性有機化合物の捕集量の測定では、捕集材14から捕集した揮発性有機化合物を分離し、分離された揮発性有機化合物の量を測定する。捕集材14から揮発性有機化合物を分離する方法は特に限定されるものではないが、溶媒抽出法または熱脱着法を採用するのが好ましい。溶媒抽出法による場合、二硫化炭素、メタノール、アセトン、ジメチルスルホキシド、ジクロロメタン、ジエチルエーテルまたはジメチルエーテル等の溶媒を用いて公知の抽出法により捕集材14から揮発性有機化合物を抽出する。そして、この抽出液を必要により適宜濃縮して高感度検出器を備えた液体クロマトグラフやガスクロマトグラフに導入し、揮発性有機化合物の量を測定する。一方、熱脱着法による場合、高感度検出器を備えたガスクロマトグラフの試料導入部に対して接続した熱脱着装置に捕集材14を導入して加熱する。そして、捕集材14から揮発する揮発性有機化合物をそのままガスクロマトグラフに導入し、揮発性有機化合物の量を測定する。
【0049】
一方、放出体20に残留する参照揮発性有機化合物の量の測定では、放出材24に残留する参照揮発性有機化合物を分離し、分離された参照揮発性有機化合物の量を測定する。放出材24からの参照揮発性有機化合物の分離および分離された参照揮発性有機化合物量の測定は、捕集体10に捕集された揮発性有機化合物の分離および測定と同様に実施することができる。
【0050】
捕集体10および放出体20は、それぞれ、捕集量および残存量を測定するまでの間、雰囲気中の揮発性有機化合物による汚染または参照揮発性有機化合物の揮散による残存量の変動を抑えるために元の容器内で保存するのが好ましい。
【0051】
環境中における揮発性有機化合物の濃度の算出においては、当該濃度を算出するための捕集速度として、放出体20での参照揮発性有機化合物の残存率(R)に基づく補正値(SR’)を用いる。この補正値(SR’)は、捕集体10について予め求めた第1の関数(SR=f(x))と、放出体20について予め求めた第2の関数(R=f(x))とから導かれる、残存率(R)を独立変数としかつ捕集速度(SR)の補正値(SR’)を従属変数とする第3の関数(SR’=f(R))に基づいて求めることができる。
【0052】
環境中の揮発性有機化合物濃度は、捕集速度(SR)の補正値(SR’)を用いて次の計算式により求める。
【0054】
本発明の測定方法において用いる揮発性有機化合物の捕集器は、揮発性有機化合物の捕集体と参照揮発性有機化合物を環境中へ徐放可能な放出体とを一体化したものであってもよい。この形態の捕集器30の一例は、
図3に示すように、着脱可能な蓋体33により開口部31を閉鎖可能な単一の通気性容器32内に上述の捕集材14および放出材24が積層状態で収容されたものである。この形態の捕集器30において、捕集材14と放出材24とは混合状態で収容されていてもよい。
【実施例】
【0055】
気孔率が70%になるよう四フッ化エチレン樹脂を用いて形成された、両端が開口する延伸チューブ(内径5mm、長さ7mm)内にBET法により求めた比表面積が約1,600m
2/gの活性炭100mgを充填し、その両端の開口を四フッ化エチレン樹脂製の蓋体により密栓して捕集体を作製した。この捕集体について、トルエンの捕集速度(SR)と風速(x)との関係を次の方法により調査した。
【0056】
内圧が一定に維持されるよう既知濃度のトルエンガスを連続的に導入したチャンバ内に捕集体を吊して24時間放置し、捕集体によるトルエンの捕集量を測定した。ここでは、チャンバ内の温度および湿度をそれぞれ25℃および50%に維持し、チャンバ内の風速(x)が異なる条件での捕集量を求めた。トルエンの捕集量は、捕集体の活性炭からトルエンを溶媒で抽出し、この抽出液を濃縮してガスクロマトグラフィー法により測定した。
【0057】
結果を表1および
図4に示す。
【0058】
【表1】
【0059】
以上の結果より、トルエンの捕集速度(SR)と風速(x)との間には次の関数(1)が成立する。
【数4】
【0060】
一方、捕集体において用いたものと同様の延伸チューブ内に、参照揮発性有機化合物としてフルオロシクロヘキサン20μgを吸着させた炭素材(BET法により求めた比表面積が約100m
2/g)250mgを充填し、捕集体において用いたものと同様の蓋体により延伸チューブの両端の開口を密栓して放出体を作製した。この放出体について、フルオロシクロヘキサンの残存率(R)と風速(x)との関係を次の方法により調査した。
【0061】
内圧が一定に維持されるよう清浄な空気を連続的に導入したチャンバ内に放出体を吊して24時間放置し、その後に放出体におけるフルオロシクロヘキサンの残存量を測定した。そして、この残存量からフルオロシクロヘキサンの残存率を求めた(残存率(%)=残存量(μg)/20μg×100)。ここでは、チャンバ内の温度および湿度をそれぞれ25℃および50%に維持し、チャンバ内の風速(x)が異なる条件での残存率を求めた。放置後の放出体におけるフルオロシクロヘキサンの残存量は、活性炭に残存するフルオロシクロへキサンを溶媒で抽出し、この抽出液を濃縮してガスクロマトグラフィー法により測定した。
【0062】
結果を表2および
図4に示す。表2および
図4に示した残存率は、各風速条件での残存量の測定を3回実施し、それぞれの測定結果から求めた残存率の平均値である。
【0063】
【表2】
【0064】
以上の結果より、フルオロシクロヘキサンの残存率(R)と風速(x)との間には次の関数(2)が成立する。
【数5】
【0065】
関数(1)および(2)から導かれる、フルオロシクロヘキサンの残存率(R)に基づいて環境中におけるトルエンの濃度を算出するための捕集速度(SR)の補正値(SR’)を求めるための関数(3)は次のとおりである。当該関数(3)のグラフを
図5に示す。
【0066】
【数6】
【符号の説明】
【0067】
12、22、32 通気性容器
14 捕集材
24 放出材