【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、国立研究開発法人、科学技術振興機構、研究成果展開事業、大学発新産業創出プログラム、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【発明を実施するための形態】
【0009】
上述のごとく、本発明は、1の態様において、キチンナノファイバーまたは表面キトサン化キチンナノファイバーを含む乳化剤を提供する。
【0010】
本発明の乳化剤に使用されるキチンナノファイバーまたは表面キトサン化キチンナノファイバーは、幅(または径)が約2nm〜約200nm、好ましくは約2nm〜約100nm、より好ましくは約2nm〜約50nm、例えば、約5nm〜約20nm、約2nm〜約20nm等である。
【0011】
本発明の乳化剤に使用されるキチンナノファイバーまたは表面キトサン化キチンナノファイバーのアスペクト比(繊維の長さ/繊維の幅)は約50以上、好ましくは約100以上である。
【0012】
本発明の乳化剤に使用されるキチンナノファイバーの平均脱アセチル化度は約10%以下、好ましくは約5%以下である。本発明において用いられる表面キトサン化キチンナノファイバーは平均脱アセチル化度が約10%よりも高いものである。表面キトサン化キチンナノファイバー(表面脱アセチル化キチンナノファイバーともいう)は当該分野において公知である(例えば、抗菌技術と市場動向2016(シーエムシー出版)104〜106ページ、およびS. Ifuku et al., The Royal Society of Chemistry Adv., 2014, 4, 19246-19250等参照)。
【0013】
本発明において用いられる表面キトサン化キチンナノファイバーの平均脱アセチル化度は高いほうが好ましいが、約20%未満であっても十分な乳化力が得られる。好ましくは、表面キトサン化キチンナノファイバーの平均脱アセチル化度は約20%以上、例えば約20%〜約30%、あるいは約30%以上であってもよい。キチンナノファイバーの平均脱アセチル化度は元素分析、電気伝導度滴定、FT−IRなどによって測定することができる。平均脱アセチル化度の計算式の例としては以下の式が挙げられる:
平均脱アセチル化度(%)=[(キチンナノファイバーに含まれるアミノ基数)/(キチンナノファイバーに含まれるアミノ基数+アセトアミド基数)]x100
【0014】
本発明の乳化剤に使用されるキチンナノファイバーまたは表面キトサン化キチンナノファイバーの結晶状態はα型の伸びきり鎖微結晶である。「伸び切り鎖微結晶」とは無数のキチン分子が伸び切った状態で規則的に配列して結晶化した状態のことをいう。
【0015】
本明細書において、例えば、「キチンナノファイバーまたは表面キトサン化キチンナノファイバーの幅(または径)が約2nm〜約20nm」とは、幅(または径)が約2nm〜約20nmであるキチンナノファイバーまたは表面キトサン化キチンナノファイバーが全体の約50%以上、好ましくは約60%以上、さらに好ましくは約70%以上を占める状態をいう。また例えば、「キチンナノファイバーまたは表面キトサン化キチンナノファイバーのアスペクト比が約100以上」とは、アスペクト比が約100以上であるキチンナノファイバーまたは表面キトサン化キチンナノファイバーが全体の約50%以上、好ましくは約60%以上、さらに好ましくは約70%以上を占める状態をいう。
【0016】
特に断らない限り、本明細書における用語は乳化剤の分野において通常に理解されている意味に解される。
【0017】
本発明の乳化剤に用いるキチンナノファイバーは天然界から、例えばキチン含有生物由来の材料から得ることができる。キチン含有生物としては、エビ、カニなどの甲殻類、昆虫類またはオキアミなどが例示されるが、これらに限定されない。好ましくは、キチン含量の多い生物、例えばエビ、カニなどの甲殻類の殻および外皮からキチンナノファイバーを得てもよい。ただし、生体中のキチンナノファイバーは、その周囲および間隙に存在する蛋白および炭酸カルシウムを含むマトリクスを有しているので、脱マトリクス処理を行わなければ得ることができない。上で説明した工程によりナノファイバー化されるキチンは、カニ殻やエビ殻由来のキチンなどのα型の結晶構造を有するキチンであってもよく、イカの甲由来のキチンなどのβ型の結晶構造を有するキチンであってもよい。
【0018】
本発明の乳化剤に使用されるキチンナノファイバーはいずれの方法・手段にて製造されたものであってもよい。本発明の乳化剤に使用されるキチンナノファイバーの好ましい製造方法としては、例えば国際公開WO2010/073758の明細書(参照により本明細書にその内容を一体化させる)に記載された方法、あるいは高圧湿式粉砕機(スギノマシン製)、湿式超高圧微粒化装置(ナノヴェイタ、吉田機械工業製)ブレンダー(バイタミックス製)、コロイドミル(IKA製あるいはマウンテック製)、ビーズミル(アシザワ・ファインテック製)、ボールミル(フリッチュ製)などを用いる方法などがある。
【0019】
本発明に使用される表面キトサン化キチンナノファイバーは、上記キチンナノファイバーの製造工程のいずれかにおいてキチン材料を脱アセチル化することにより、あるいは上記工程で得られたキチンナノファイバーを脱アセチル化することにより得ることができる。脱アセチル化方法はいくつかの方法が公知であるが、例えばアルカリ処理法が挙げられる。
【0020】
本発明に用いるキチンナノファイバーまたはキトサンナノファイバーは修飾または誘導体化されていてもよい。例えば、糖の3位の水酸基、6位の水酸基、または糖鎖の末端の水酸基の水素が、アルキル基などの他の基に置換されていてもよい。あるいはキチンの糖の2位のアセチル基中のメチル基が、エチル基などの他の基に置換されていてもよい。あるいはキトサンの糖の2位のアミノ基の水素はアルキル基などの他の基で置換されていてもよく、ハロゲン化物イオンなどの陰イオンとの間で塩を形成してもよい。これらの修飾体、誘導体および塩はあくまでも例示であり、限定的なものではない。本明細書では、これらの修飾体、誘導体および塩もキチンナノファイバーまたは表面キトサン化キチンナノファイバーに包含されるものとする。このような誘導体および修飾体は当業者に知られており、それらの製造方法も公知である。
【0021】
得られたキチンナノファイバーまたは表面キトサン化キチンナノファイバーを適当な分散媒や賦形剤と混合して、あるいはそのまま乳化剤として用いることができる。
【0022】
本発明の乳化剤の形状はいずれの形状であってもよい。本発明の乳化剤を液状または半固形としてもよい。キチンナノファイバーまたは表面キトサン化キチンナノファイバーを適当な分散媒に添加して均一な分散液、ペースト、クリームなどの形状とすることにより、本発明の乳化剤を製造してもよい。分散媒としては水、エタノール、プロピレングリコール、グリセリン、およびこれらの2種以上の混合物などが例示されるが、特に限定されない。分散媒へのキチンナノファイバーまたは表面キトサン化キチンナノファイバーの添加量は任意であるが、一般的には約0.1〜約90重量%である。あるいは、本発明の乳化剤は粉末、顆粒、フレークなどの固形であってもよい。キチンナノファイバーまたは表面キトサン化キチンナノファイバーを公知の方法にて乾燥させたもの、あるいは上記の分散液から公知の方法にて分散媒を除去したものを本発明の乳化剤としてもよい。これらの乳化剤には適当な賦形剤が添加されていてもよい。固形乳化剤の場合の賦形剤としては澱粉分解物、エルスリトール、乳糖などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0023】
本発明は、もう1つの態様において、水相と油相と本発明の乳化剤とを混合し、均質化することを含む、乳化物の製造方法を提供する。上記製造方法において、水相と油相の混合物に本発明の乳化剤を添加し、混合し、均質化してもよい。あるいは、本発明の乳化剤を添加した油相に水相を添加し、混合し、均質化してもよい。あるいは、本発明の乳化剤を添加した水相に油相を添加し、混合し、均質化してもよい。混合や均質化には公知の手段を用いることができる。均質化手段としては例えば高圧ホモジナイザーを用いることができるが、これに限定されることはない。水相を構成する物質は特に限定されないし、油相を構成する物質も特に限定されない。本発明の乳化剤の添加量は、水相および油相の量や成分などに応じて適宜変更することができる。一般的には、水相および油相の全量に対して約0.02〜約2重量%の本発明の乳化剤を添加する。例えば、水相および油相の全量に対して約0.2〜約1.0重量%の本発明の乳化剤を添加してもよい。
【0024】
本発明の乳化剤の乳化力は、既存の乳化剤(例えば、例えばショ糖脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、レシチン、ソルビタン脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステルなど)と比較して非常に強い。そのため本発明の乳化剤の使用量は少なくて済む。例えばショ糖脂肪酸エステルなどの一般的な乳化剤の使用量は、約0.2%〜約1%(w/w)であることが多いが、本発明の乳化剤は、約0.02%(w/w)でこれらの乳化剤と同等またはそれ以上の乳化力が得られる。また、本発明の乳化剤の乳化力は、酸性条件下でも強力である。したがって、ドレッシング、マヨネーズ等の酸性食品の製造などにおいても本発明の乳化剤は非常に有用である。
【0025】
本発明の乳化剤は、飲食品、化粧品、医薬品のみならず、殺虫剤や除草剤等の農薬および塗料などにも使用することができる。キチンナノファイバーまたは表面キトサン化キチンナノファイバーは無味無臭であり、しかも天然由来の素材であるので、安全性が極めて高い。したがって、本発明の乳化剤は食品、化粧品、医薬品などに好適に用いられる。本発明の乳化剤を食品や化粧品に用いた場合、風味や食感および使用感を損ねることがなく、安全性を損なうこともない。
【0026】
本発明の乳化剤の飲食品への使用例としては、チョコレート、クリーム、ケーキ、クッキー、マーガリン、コーヒー、ココア、紅茶、緑茶、抹茶、乳、豆乳、果汁、スープ、ゼリー、チーズ、プリン、ソース、ドレッシングなどの飲食物や調味料などが挙げられるが、これらに限定されない。本発明の乳化剤は、クリームやローションなどの形態の化粧品あるいは皮膚外用剤などにも使用することができるが、これらの化粧品への使用に限定されない。また、本発明の乳化剤は、塗り薬、貼り薬、経口剤などの医薬品にも使用することができるが、これらの医薬品への使用に限定されない。
【0027】
本発明は特別な態様において、上記乳化剤の製造方法により得られた乳化物を配合することを含む、肌荒れ防止剤の製造方法を提供する。乳化物の配合は、基剤や担体と本発明の乳化物を混合することにより行うことができる。基剤や単体は当業者に公知であり、混合方法も当業者に公知である。肌荒れ防止剤には医薬品、医薬部外品、化粧品、サプリメント等が包含されるが、これらに限定されない。肌荒れ防止剤は液体、固体、半固体等いずれの形態であってもよく、特に限定されない。本発明により得られた肌荒れ防止剤は、長期間にわたって分離せず外観が良好であり、使用時に振り混ぜる手間が省ける。
【0028】
本発明の乳化剤を他の乳化剤と併用してもよい。また、本発明の乳化剤に他の乳化剤が含まれていてもよい。
【0029】
本発明は、さらなる態様において、キチンナノファイバーまたは表面キトサン化キチンナノファイバーを含む乳化補助剤を提供する。本発明の乳化補助剤を乳化剤に添加する、あるいは乳化剤と併用することにより、乳化剤の使用量を少なくすることができ、かつ乳化剤の欠点を補うことができる。また本発明は、さらなる態様において、本発明の乳化補助剤を乳化剤に添加する、あるいは乳化剤と併用することを特徴とする、乳化物の製造方法を提供する。本発明の乳化補助剤の使用量は適宜調節できるが、通常は、使用する乳化剤の量よりもキチンナノファイバーまたは表面キトサン化キチンナノファイバーの量を少なくする。
【0030】
以下に実施例を示して本発明をさらに詳細かつ具体的に説明するが、実施例は本発明を限定するものではない。
【実施例1】
【0031】
実施例1 キチンナノファイバーの乳化効果
キチンナノファイバー(国際公開WO2010/073758の明細書に記載された方法ならびに湿式超高圧微粒化装置(ナノヴェイタ、吉田機械工業製)を用いて調製)、デカグリセリンジステアレート(市販品)、ポリグリセリンポリリシノレート(市販品)、モノパルミチン酸エステル(市販品)、酵素分解レシチン(市販品)およびレシチン(市販品)の添加濃度と乳化度の関係について調べた。実験系(全重量150g)の組成は、水相(70重量%の水)、油相(30重量%のなたね油)および0.02〜0.6重量%のキチンナノファイバーまたは0.2〜1重量%の上記乳化剤であった。油相はSudan IIIにて着色した。上記組成の系をULTRA−TURRAX T25 basic(IKA社製)ホモジナイザー(S25N−25Gジェネレーターで駆動)にて9500rpmで5分間均質化し、1日後に乳化度を測定した。乳化度は下式(1)にて算出した。
乳化度(%)=[(液高−水相高)/液高]x100 (1)
【0032】
結果を
図1に示す。市販の乳化剤はいずれも添加濃度を増加させても乳化度はほとんど上昇しなかったのに対して、キチンナノファイバーは添加濃度を増加させると乳化度が上昇し、0.05重量%添加で53%、0.2重量%添加で67%、0.4重量%で88%、0.6重量%で96%となった。キチンナノファイバーの乳化度は市販の乳化剤の乳化度を大きく上回り、しかも少量でも極めて高い乳化度が得られることがわかった。
【0033】
図2は、各乳化剤を0.4重量%添加したときの乳化の様子を示す。0.4重量%は一般的な乳化剤の添加濃度範囲内である。
図2の結果から、キチンナノファイバーを用いた場合は極めて高い乳化力が発揮され(1日後の乳化度88%)、長時間乳化状態が維持されることがわかった。
【実施例2】
【0034】
実施例2 表面キトサン化キチンナノファイバーの脱アセチル化度が乳化度に及ぼす影響
水相(70重量%の水)、油相(30重量%のなたね油)および0.2重量%のキチンナノファイバー(国際公開WO2010/073758の明細書に記載された方法により調製)または表面キトサン化キチンナノファイバー(平均脱アセチル化度約20%および30%)をULTRA−TURRAX T25 basic(IKA社製)ホモジナイザーにて9500rpmで5分間均質化し、1日後に乳化度を測定した。ホモジナイザーの駆動には、平均脱アセチル化度約20%の表面キトサン化キチンナノファイバーの場合はS25N−25Fジェネレーターを用い、平均脱アセチル化度約30%の表面キトサン化キチンナノファイバーおよびキチンナノファイバーの場合はS25N−25Gジェネレーターを用いた。油相はSudan IIIにて着色した。乳化度の計算式は実施例1と同じであった。
【0035】
この実験に用いた表面キトサン化キチンナノファイバーを以下のようにして調製した。
平均脱アセチル化度20%の表面キトサン化キチンナノファイバーは次の方法により製造した。カニ殻より抽出したキチンを20重量%濃度の水酸化ナトリウム水溶液に浸漬し、撹拌しながら100度に加熱し6時間反応を行った。水で洗浄後、固形分を回収し、固形分が1%になるよう、酢酸水溶液(濃度:0.5%)を添加し、粉砕機(国際公開WO2010/073758の明細書に記載された方法に従う)で処理した。平均脱アセチル化度30%の表面キトサン化キチンナノファイバーの製造方法は、キチンを30重量%濃度の水酸化ナトリウム水溶液に浸漬したこと以外作は平均脱アセチル化度20%の表面キトサン化キチンナノファイバーの製造方法と同様である。キチンナノファイバーを含む水相として蒸留水を使用した。表面キトサン化キチンナノファイバーを含む水相として蒸留水に酢酸を0.5%濃度になるよう添加したものを使用した。
【0036】
結果を
図3に示す。平均脱アセチル化度が約20%のものよりも約30%のもののほうが高い乳化度が得られた。キチンナノファイバー系の乳化度は67%、平均脱アセチル化度20%の表面キトサン化キチンナノファイバーの系の乳化度は72%、平均脱アセチル化度30%の表面キトサン化キチンナノファイバーの系の乳化度は89%であった。
【実施例3】
【0037】
実施例3 酸性条件下におけるキチンナノファイバーおよび表面キトサン化キチンナノファイバーの乳化効果
水相(70重量%の水)、油相(30重量%のなたね油)および0.2重量%のキチンナノファイバー(国際公開WO2010/073758の明細書に記載された方法により調製)または表面キトサン化キチンナノファイバー(平均脱アセチル化度20%)をULTRA−TURRAX T25 basic(IKA社製)ホモジナイザー(S25N−25Gジェネレーターで駆動)にて9500rpmで5分間均質化し、1日後に乳化度を測定した。油相はSudan IIIにて着色した。乳化度の計算式は実施例1と同じであった。
【0038】
この実験において、キチンナノファイバーあるいは表面キトサン化キチンナノファイバーを含む水相は蒸留水あるいは蒸留水に0.5%濃度になるよう酢酸を添加したものを使用した。
【0039】
この実験に用いた表面キトサン化キチンナノファイバーは、実施例2と同様にして製造した。平均脱アセチル化度は約20%であった。
【0040】
結果を
図4に示す。キチンナノファイバーは、中性条件下(乳化度:67%)のみならず酸性条件下(乳化度:59%)においても乳化度が高かった。また、表面キトサン化キチンナノファイバーは、酸性条件下において、キチンナノファイバーよりも乳化度が高かった(乳化度:72%)。セルロースナノファイバーの乳化度は、中性条件下において、キチンナノファイバーよりも低かった(乳化度:50%)。
【実施例4】
【0041】
実施例4 脂肪酸トリグリセライドと水との乳化に対する表面キトサン化キチンナノファイバー濃度の影響
油として中鎖脂肪酸トリグリセライドを用いて、水との乳化に対する表面キトサン化キチンナノファイバー濃度の影響を調べた。
【0042】
1.実験方法
1−1 表面キトサン化キチンナノファイバーの調製
市販のカニ殻由来乾燥キチン粉末(甲陽ケミカル株式会社)45gを30wt%水酸化ナトリウム水溶液1500gの入った2L三つ口平底ステンレス反応容器に加えた。窒素雰囲気下、450rpmで撹拌しながら6時間還流し、冷めるまで静置した。
【0043】
上澄みを捨て沈殿した固形物(表面キトサン化キチン)を取り出した。得られた固形物を純粋で洗浄し、高速冷却遠心機(himac CR20GIII、日立工機株式会社)を用いて10000rpmで10分間脱水した。この操作を上澄みが中性になるまで繰り返した。洗浄した表面キトサン化キチンに、0.5wt%酢酸1000gを加え、500rpmで1時間撹拌し、高速冷却遠心機で10分間脱水を行った。この操作を3回行い、酸可溶分(キトサン、ナトリウム塩)を除去した。
【0044】
酸可溶分を除去した表面キトサン化キチンを10g量りとり、水分計(ベーシック水分計MA35、ザルトリウス・ジャパン株式会社)を用いて乾燥重量%を求めた。次いで、表面キトサン化キチンの濃度が1.2 wt%、酢酸の濃度が0.5wt%の懸濁液を調製した。この懸濁液を石臼式摩砕機(MKCA6−2、増幸産業株式会社)に2度通すことにより解繊し、表面キトサン化キチンナノファイバー水分散液を得た。得られた表面キトサン化キチンナノファイバー分散液の濃度は水分計を用いて求めた。得られた表面キトサン化キチンナノファイバーの平均脱アセチル化度は約30%であった。
【0045】
1−2 表面キトサン化キチンナノファイバー乳化物の調製
0.4、0.6、0.8wt%の表面キトサン化キチンナノファイバーを含む水分散液59.5mLをホモジナイザー(T25 basic、IKAジャパン株式会社)で撹拌しながら、ココナードMT−N(花王ケミカル)25.5mLを滴下した。表面キトサン化キチンナノファイバーとMT−Nの混合比が7:3(v/v)とした。MT−N添加完了後、13500rpmで5分間混合し、超音波ホモジナイザー(SONIFIER 250、BRANSON)を用いて5分間分散させた。さらにホモジナイザーを用いて9500rpmで3分間混合した。それぞれ室温および37℃に設定したインキュベーター(i−CUBE Culture Incubator、アズワン株式会社)で28日間静置した。
【0046】
1−3 乳化物の視覚的評価
調製した乳化物を室温で静置し、調製1、2、3、7、14、21、28日後に乳化度を測定した。乳化度は実施例1にて説明した式(1)を用いて算出した。
【0047】
2.実験結果
図5の上段に室温で1、14、28日間静置した乳化物の外観を示す。また、それぞれの乳化物の液高と分離した水相の割合から乳化度を求めた結果を
図5の下段に示す。表面キトサン化キチンナノファイバー濃度が0.4wt%の乳化物は調製14日後に水相と油相が分離しはじめた。このときの乳化度は97%であった。表面キトサン化キチンナノファイバー濃度が0.6wt%以上の乳化物は、28日間分離することなく安定に存在していた。乳化力は表面キトサン化キチンナノファイバー濃度に依存することがわかった。以上の結果から、本発明の乳化剤を用いることにより、乳化物が極めて安定に保持されることがわかった。
【実施例5】
【0048】
実施例5 37℃における表面キトサン化キチンナノファイバーの乳化効果
体温付近の温度である37℃における表面キトサン化キチンナノファイバーの乳化効果について調べた。
【0049】
1.実験方法
実施例4に記載した方法に準じて実験を行った。
【0050】
2.実験結果
図6の上段に37℃で1、14、28日間静置した乳化物の外観を示す。また、それぞれの乳化物の一定日数経過後の乳化度を
図6の下段に示す。表面キトサン化キチンナノファイバー濃度が0.4wt%の乳化物は、調製28日後に水相の分離が観察された。このときの乳化度は98%であった。室温で静置した乳化物と同じく、表面キトサン化キチンナノファイバー濃度が0.6wt%以上の乳化物は28日間水相と油相が分離することなく、安定に存在していた。以上の結果から、本発明の乳化剤を用いることにより、体温付近の温度においても乳化物が極めて安定に保持されることがわかった。このことは、本発明の乳化剤を用いて得られる乳化物がヒト等の動物への適用に適していることを示す。
【実施例6】
【0051】
実施例6 表面キトサン化キチンナノファイバーの乳化効果に及ぼすpHの影響
表面キトサン化キチンナノファイバーを用いて得られた乳化物の安定性をいくつかのpHにおいて調べた。
【0052】
1.実験方法
0.6wt%の表面キトサン化キチンナノファイバー水分散液(酢酸の濃度が0.5wt%)の懸濁液を1M NaOHでpH4、6、8、10に調整し、実施例4にて説明したように乳化物を調製し、室温で28日間静置した。表面キトサン化キチンナノファイバーは実施例4にて説明したようにして調製した。
【0053】
2.実験結果
図7上段に室温で1、14、28日間静置した乳化物の外観を示す。また、それぞれの乳化物の乳化度を
図7下段に示す。pH8およびpH10の乳化物は1日後に水相の分離が観察された。それぞれ乳化度は97%であった。pH10の乳化物は14日後に93%となり、その後乳化度は28日後まで維持された。pH6の乳化物は14日後に水相の分離が観察され、そのときの乳化度は84%であった。乳化度は低くなり、28日後には80%となった。一方、pH4の乳化物は28日間水相と油相が分離することなく安定に存在していた。これらの結果から、pHによって乳化物の安定性に差はあるものの、総じて乳化物の安定性が高いことが示された。
【実施例7】
【0054】
実施例7 表面キトサン化キチンナノファイバーを用いて調製した乳化物の肌荒れに対する効果
人工的に肌荒れ状態にした動物の皮膚に乳化物を塗布し、肌荒れに対する効果を調べた。
【0055】
1.実験方法
1−1 試験系
種:マウス
品種:Hos:HR−1
供給源:日本エスエルシー株式会社より6週齢のものを購入
性別および使用数:メス、各群5匹
開始時年齢:7週齢(1週間気候順応期間)
【0056】
1−2 飼育条件
鳥取大学鳥取地区動物実験施設、マウス飼育室
(室温22−25℃、湿度50−70%、明暗サイクル12/12時間(AM7:00/PM7:00))
【0057】
1−3 飼料および飲料水
名称:実験動物用粉末飼料CE−2
供給源:日本クレア株式会社より購入
給餌方法:自由飲食(CE−2)、自由飲水(水道水)
【0058】
1−4 試験群
試験群は以下の6群で行った。各群マウスは5匹ずつ使用した。
a コントロール群
b 油群
c 表面キトサン化キチンナノファイバー水分散液(pH4)群
d 表面キトサン化キチンナノファイバー水分散液(pH6)群
e 表面キトサン化キチンナノファイバー乳化物(pH4)群
f 表面キトサン化キチンナノファイバー乳化物(pH6)群
表面キトサン化キチンナノファイバーは実施例4にて説明したようにして調製した。乳化物も実施例4にて説明したようにして調製した。表面キトサン化キチンナノファイバーの濃度は0.6wt%とした。
【0059】
1−5 肌荒れマウスの作製および皮膚試料
試験開始を0日目とした。ストリッピングは、2−3%イソフルレン吸入下にてセロハンテープ(1.5×2cm)にて背部に15回実施した。ストリッピングは週3回のペースで行った。7日目以降、各試料を同じく週3回のペースで背部に150μLずつ塗布した。21日目に後頚椎脱臼にて安楽死処分し、皮膚を得た。
【0060】
1−6 体重推移
マウスの体重を試験期間中0、7、14、21日目に測定した。
【0061】
1−7 組織学的評価
背部の皮膚を21日目に採取した。皮膚は組織学的検査のために10%ホルムアルデヒド緩衝液中に保存された。札幌病理研究所に委託し、すべての群の皮膚を4μmの薄切片にし、ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色を行った。それぞれの切片を顕微鏡により観察し、組織学的スコアリングを行った。項目は表皮(上皮)に対して(1)肥厚、(2)角化、(3)炎症細胞の浸潤の3点を評価した。各項目は0−3点で評価した。
【0062】
2.実験結果
2−1 体重推移
どの群も体重が順調に増加し、群間で大きな差は見られなかった。したがって、 塗布による副作用はなかったと考えられる。
【0063】
2−2 組織学的評価
染色した切片の画像を
図8に示す。すべての群において、表皮の肥厚や角化が観察され、炎症細胞の浸潤が確認されたが、表面キトサン化キチンナノファイバー水分散液(pH6)群(
図8d)および表面キトサン化キチンナノファイバー乳化物(pH6)群(
図8f)では症状が顕著に抑制されていた。
【0064】
表皮の肥厚、表皮の角化および炎症細胞の浸潤を定量的に示すためにスコア評価を行った。スコア評価の結果を
図9に示す。
図9の縦軸の組織学的スコアが低いほど肌の状態が良好であることを示している。コントロール群のスコアは6.2点、表面キトサン化キチンナノファイバー水分散液(pH6)群は4.6点、表面キトサン化キチンナノファイバー乳化物(pH6)群は4.2点であった。表面キトサン化キチンナノファイバー水分散液(pH6)群およびキトサン化CNF乳化物(pH6)群はコントロール群と比較して有意差を確認でき、肌荒れの症状を抑制していることがわかった。また、
図9より、コントロール群と比較すると、表面キトサン化キチンナノファイバー乳化物(pH6)群は、表面キトサン化キチンナノファイバー水分散液(pH6)群よりもより低い危険率で肌荒れの症状を抑制していたことが示された。