(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2018-197827(P2018-197827A)
(43)【公開日】2018年12月13日
(54)【発明の名称】体鳴楽器
(51)【国際特許分類】
G10D 13/00 20060101AFI20181116BHJP
G10D 13/06 20060101ALI20181116BHJP
C22C 9/02 20060101ALI20181116BHJP
C22F 1/08 20060101ALI20181116BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20181116BHJP
【FI】
G10D13/00 160
G10D13/06 110
C22C9/02
C22F1/08 J
C22F1/00 604
C22F1/00 623
C22F1/00 630C
C22F1/00 630H
C22F1/00 630K
C22F1/00 673
C22F1/00 681
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 692A
C22F1/00 694A
C22F1/00 694B
【審査請求】有
【請求項の数】4
【出願形態】OL
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2017-103122(P2017-103122)
(22)【出願日】2017年5月24日
(11)【特許番号】特許第6347037号(P6347037)
(45)【特許公報発行日】2018年6月27日
(71)【出願人】
【識別番号】597107847
【氏名又は名称】株式会社 大阪合金工業所
(71)【出願人】
【識別番号】505268965
【氏名又は名称】株式会社小出製作所
(71)【出願人】
【識別番号】592029256
【氏名又は名称】福井県
(74)【代理人】
【識別番号】100111855
【弁理士】
【氏名又は名称】川崎 好昭
(72)【発明者】
【氏名】水田 泰次
(72)【発明者】
【氏名】水田 泰成
(72)【発明者】
【氏名】小川 渉
(72)【発明者】
【氏名】小出 俊雄
(72)【発明者】
【氏名】筧 瑞恵
(57)【要約】
【課題】本発明は、演奏音の減衰特性を調整して音響特性を調整することができる体鳴楽器を提供することを目的とするものである。
【解決手段】本発明に係る体鳴楽器であるシンバルM2は、金属材料を成形加工して形成されており、カップ部C2に対して冷間加工を行ってボウ部B2よりも硬度を高めるように処理されている。カップ部C2をボウ部B2よりも高硬度にすることで、カップ部C2においてボウ部B2の打撃による振動がボウ部B2よりも速く減衰するようになり、演奏音の減衰特性を変化させて様々な音響特性を実現することができる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属材料を成形加工してなるとともに打撃することで演奏音を発音する体鳴楽器であって、打撃部に連接して当該打撃部よりも硬度の高い弱音部が形成されており、前記弱音部において前記打撃部の打撃による振動が前記打撃部よりも速く減衰するように設定されている体鳴楽器。
【請求項2】
前記金属材料は、Sn:15質量%〜26質量%、Zr:0.0005質量%〜0.25質量%を含有し、残りがCu及び不可避不純物からなる成分組成を有する合金材料である請求項1に記載の体鳴楽器。
【請求項3】
前記金属材料は、Sn:15質量%〜26質量%、Zr:0.0005質量%〜0.25質量%を含有し、さらに、Ti:0.1質量%〜1.0質量%、P:0.001質量%〜0.25質量%の内の1種又は2種を含有し、残りがCu及び不可避不純物からなる成分組成を有する合金材料である請求項1に記載の体鳴楽器。
【請求項4】
さらに、Ag:0.005質量%〜0.1質量%、Fe:0.01質量%〜0.1質量%の内の1種又は2種を含有する成分組成を有する請求項2又は3に記載の体鳴楽器。
【請求項5】
前記金属材料は、Sn:15質量%〜26質量%、Zr:0.0005質量%〜0.25質量%を含有し、さらに、V、Mo、Mg、Cr、Ni、Co、Nb、Hf、Taの1種又は2種以上を総量で0.005質量%〜1質量%を含有し、残りがCu及び不可避不純物からなる成分組成を有する合金材料である請求項1に記載の体鳴楽器。
【請求項6】
さらに、B、Si、Ga、Alの1種又は2種以上を総量で0.005質量%〜1質量%を含有する成分組成を有する請求項5に記載の体鳴楽器。
【請求項7】
前記弱音部がカップ部分又はそれ以外の部分に形成されているシンバルである請求項1から6のいずれかに記載の体鳴楽器。
【請求項8】
前記弱音部は、冷間加工により加工率0.05%〜10%で成形加工されている請求項1から6のいずれかに記載の体鳴楽器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、金属材料を成形加工して形成された体鳴楽器に硬度の高い弱音部を形成することで、弱音部において打撃部の打撃による振動が打撃部よりも速く減衰する音響特性を備えるようにした体鳴楽器に関するものである。
【背景技術】
【0002】
銅(Cu)及びスズ(Sn)を主成分とするCu−Sn系銅合金は青銅として知られており、特にSn濃度が20質量%を超えるものは古来よりベルメタルと称され、体鳴楽器の素材として用いられてきている。伝統的な体鳴楽器としてはシンバルやチャーチベルがあり、古くから銀(Ag)や鉄(Fe)を含有させることで音質の向上が図られている。これまで、体鳴楽器の品質を改善しかつ異なる響きを得ようとする場合には、主に成形加工の過程や形状の改善で検討がなされてきたものの、素材自体の大きな改善は無く、Sn18質量%以上でかつ体鳴楽器への加工に適した素材は開発されてこなかった。
【0003】
本発明者らは、Cu−Sn合金材料を素材として用いた体鳴楽器の開発を進め、Sn濃度を高めて高音質を保ちつつ、加工性の改善及び割れ対策を行うため、ジルコニウム(Zr)、チタン(Ti)、Fe、リン(P)等の第3元素、第4元素を添加することで、高音質で結晶粒が微細な楽器用青銅合金を提案している(特許文献1、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第5928624号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】水田 泰次 外6名、「シンバルの素材国産化および品種多様化への連携事業」、一般社団法人素形材センター、素形材、2013年12月、vol.54、No.12、52頁〜58頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述した従来技術で説明したように、シンバル等の体鳴楽器に用いる素材の開発は進められてきているが、成形加工された体鳴楽器の音響特性に関しては、演奏するジャンル(クラシック、ジャズ等)で求められる音質に応じてハンマリング等の鍛造加工により音響特性を微調整することが行われている。こうした音響特性の微調整は、演奏者の要望や作業者の経験知に基づいて体鳴楽器を個別にハンマリングしながら実際に発音させて主観的に確認しているのが実状であり、成形加工後の体鳴楽器に対して音響特性を客観的に調整することは行われていなかった。
【0007】
そこで、本発明は、演奏音の減衰特性を調整して音響特性を調整することができる体鳴楽器を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る体鳴楽器は、金属材料を成形加工してなるとともに打撃することで演奏音を発音する体鳴楽器であって、打撃部に連接して当該打撃部よりも硬度の高い弱音部が形成されており、前記弱音部において前記打撃部の打撃による振動が前記打撃部よりも速く減衰するように設定されている。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係る体鳴楽器は、上記のような構成を有することで、打撃部より硬度の高い弱音部を形成しているので、打撃部の領域と弱音部の領域とを画定する境界位置を調整することで減衰特性を調整でき、求められる音質に応じて音響特性を調整することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】2種類のシンバルに関する外観斜視図である。
【
図2】
図1に示すシンバルの打撃による振動特性に関する振動モード解析結果を示す等高線図である。
【
図3】実施例1及び比較例1のFFT解析結果を示している。
【
図5】実施例1及び比較例1の半径方向の硬度の測定結果を示すグラフである。
【
図6】実施例1についてミクロ組織観察した撮影写真である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明について、以下に詳述する。本発明に係る体鳴楽器は、金属材料を成形加工して形成されており、打撃することで演奏音を発音するもので、打撃する部位である打撃部に連接して打撃部よりも硬度の高い弱音部を形成している。以下の説明では、体鳴楽器としてシンバルを例に説明する。
【0012】
図1は、2種類のシンバルM1及びM2に関する外観斜視図である。いずれのシンバルも同じ円形のサイズで同一形状に形成されており、中心にシンバルをスタンド等に取り付ける取付孔が穿設されている。シンバルは、取付孔を中心として中心部分にカップ部が盛り上がるようにドーム状に形成されており、カップ部の周囲にボウ(bow)部が連接されて形成されている。
図1(a)に示すシンバルM1は従来のシンバルで全体の硬度がほぼ均一に形成されており、カップ部C1及びボウ部B1はほぼ同じ硬度に設定されている。これに対して、
図1(b)に示すシンバルM2は本発明に係る体鳴楽器でカップ部C2がボウ部B2よりも高い硬度に設定されているとする。シンバルM1は、打撃により全体が同じように振動するのに対し、シンバルM2は、高硬度のカップ部C2が弱音部となり、ボウ部B2が打撃部となるため、カップ部C2及びボウ部B2の境界が弱音部及び打撃部の境界位置となっており、この境界位置で打撃による振動が異なるようになる。
【0013】
図2は、
図1に示すシンバルの打撃による振動特性に関する振動モード解析結果を示す等高線図である。
図2では、振動モード解析を有限要素法を用いて行い、シンバルの各点における変位の大きさを等高線で示している。
図2(a)はシンバルM1に関する解析結果であり、取付孔及びエッジに境界条件を設定している。これに対して、
図2(b)はシンバルM2に関する解析結果であり、取付孔及びエッジの他にカップ部C2及びボウ部B2の境界に硬度の違いによる境界条件を設定している。
図2(a)に示す解析結果では、打撃後0.15秒から0.33秒にかけてカップ部C1が変位することでシンバルM1全体が変位していることがわかる。これに対して、
図2(b)に示す解析結果では、打撃後0.15秒から0.33秒にかけてカップ部C2の変位がほとんどなく、リング状のボウ部B2が振動する節直径の振動モードが支配的となるため、発音に寄与しない振動モードとなり、
図2(a)に示す解析結果に比べて打撃音の減衰が速くなっている。
【0014】
本発明に係る体鳴楽器に用いる金属材料としては、Sn15質量%〜26質量%を含有するCu−Sn系銅合金に、Zr0.0005質量%〜0.25質量%を含有している合金材料が好ましい。こうした合金材料は、Zrが微細な金属間化合物として分散しているため、結晶粒が微細化している。結晶粒の大きさは、断面積でみた場合に、100μm
2〜300μm
2に微細化されていることが好ましく、結晶粒の微細化により、高強度で加工性を向上させることができ、割れにくい金属組織となる。そのため、冷間加工等の成形加工により硬度を高めて弱音部を形成することができ、打撃部に連接した弱音部を加工により形成して、用途に応じて様々な音響特性を備えるように調整することが可能となる。具体的には、プレス成形又は冷間鍛造といった冷間加工を行う場合、冷間加工率は、0.05%〜10%に設定することが好ましい。冷間加工率が0.05%未満では加工率が小さいため硬度を高める十分な効果が得られず、10%を超えると成形加工が困難となって割れてしまうため好ましくない。
【0015】
合金材料は、特許第3040768号公報に記載された水田方式により製造することができる。水田方式では、銅合金原料の溶解時に黒鉛坩堝内をアルゴンガスシールドすると共に、溶解開始後は、炭素小片若しくは炭素粉末または炭素系フラックスで溶湯表面を覆い、黒鉛坩堝中で銅合金原料を溶解した後、坩堝内で溶湯を底部から急冷して一方向凝固させることで合金材料を製造する。
【0016】
本発明では、Cu−Sn−Zrの上述した成分組成に、必要に応じて様々な元素を所定範囲の含有量で添加することで、高強度で加工性を有する音響特性に優れた合金材料を得ることができる。水田方式では、Cu−Sn系合金の融点(800℃〜900℃)より200℃〜250℃程度高温(1,050℃〜1,100℃)に保持して添加した元素をZrとともに完全溶解させる。そして、坩堝内で溶湯を底部から水冷して凝固させることで、様々な元素を含有させた状態で鋳造することができる。様々な元素を含有する合金材料としては、以下のものが挙げられる。
(1)Zrを含有する上記の成分組成に、さらにTi0.1質量%〜1.0質量%及びP0.001質量%〜1.0質量%の内の1種又は2種を含有する合金材料。
(2)Zrを含有する上記の成分組成又は(1)の成分組成に、さらに、Ag0.005質量%〜0.1質量%及びFe0.01質量%〜0.1質量%の内の1種又は2種を含有する合金材料。
(3)Zrを含有する上記の成分組成に、さらに、V、Mo、Mg、Cr、Ni、Co、Nb、Hf、Taの1種又は2種以上を総量で0.005質量%〜1質量%を含有する合金材料。
(4)(3)の成分組成に、さらに、B、Si、Ga、Alの1種又は2種以上を総量で0.005質量%〜1質量%を含有する合金材料。
【0017】
上記した様々な成分組成の合金材料に対して冷間加工により硬度を高めた弱音部を形成することで、打撃音の周波数成分のピーク値の大きさや周波数帯域とともに減衰特性を調整することができ、弱音部の形成により減衰を速めることが可能となる。
【0018】
本発明に好ましく用いることのできる上述の合金材料について成分組成を限定した理由を以下に説明する。
【0019】
Sn:
SnはCuに添加することにより機械的性質及び音質を向上させる作用を有するが、その含有量が15質量%未満では、音に複雑さや重厚感を与えないだけでなく振動が打撃部よりも速く減衰しにくくなり調整が難しくなるため好ましくない。一方、26質量%を超えて含有すると、合金材料の伸びが無くなり成形加工が困難となるため好ましくない。したがって、成形加工及び減衰特性の調整を容易にするために、Snの含有量を15質量%〜26質量%に設定することが好ましい。
【0020】
Zr:
Zrは、鋳造した青銅合金鋳物の結晶粒を微細化させるとともにZrが微細に分散された金属材料とすることで、機械的性質の改善及び冷間加工による硬度調整により発生する音の高調波成分を調整できる。Zrの含有量が0.0005質量%未満では結晶粒の微細化による十分な効果を発揮することがなく好ましくない。一方、0.25質量%を超えて含有すると、Zr化合物が分散して硬化しすぎてしまい成型加工が困難になるとともに音の減衰が速くなりすぎて音が鳴らなくなるので好ましくない。したがって、成形加工及び減衰特性の調整を容易にするために、Zrの含有量を0.0005質量%〜0.25質量%に設定することが好ましい。
【0021】
Ti:
Tiは、合金材料に添加することにより圧延といった成形加工性を向上させ、0Hz〜5,000Hzの周波数を多く発生させることで音に複雑性と重厚感を持たせるという作用を有するため必要に応じて添加する。Tiの含有量が0.1質量%未満では十分な効果が得られないので好ましくない。一方、1.0質量%を超えて含有すると、音に対する大きな効果がみられなくなり、溶解・鋳造時にTiの炭化物及び酸化物を生成してしまい機械的性質が低下するため好ましくない。したがって、成形加工の向上及び音響特性への十分な効果を得るために、Tiの含有量を0.1質量%〜1.0質量%に設定することが好ましい。
【0022】
P:
Pは、合金材料に添加することにより硬度を向上させ、Zrとともに含有されていることで音の減衰の速さを調整する作用を有するため必要に応じて添加する。Pの含有量が0.001質量%未満では十分な効果が得られないので好ましくない。一方、1.0質量%を超えて含有すると、硬いCu
3P金属間化合物を生成し脆化するとともに音の減衰が速くなりすぎて音が鳴らなくなるので好ましくない。したがって、硬度の調整及び音の減衰特性への十分な効果を得るために、Pの含有量を0.1質量%〜1.0質量%に設定することが好ましい。
【0023】
Ag及びFe:
さらにAg、Feといった従来の楽器用合金材料に含まれる周知の成分を必要に応じて含有させることができる。Agの含有量については、従来と同様に、0.005質量%〜0.1質量%であることが好ましく、Feの含有量についても、従来と同様に、0.01質量%〜0.1質量%であることが好ましい。
【0024】
その他成分:
V、Mo、Mg、Cr、Ni、Co、Nb、Hf及びTa(その他成分1)は、B、Si、Ga及びAl(その他成分2)と金属間化合物を容易に形成するため、上述した金属間化合物を生成する成分と同様の効果を発揮する。その他成分1の1種又は2種以上の含有量又はその他成分1の元素とともに含まれるその他成分2の1種又は2種以上の含有量(以下「その他成分の含有量」という)が総量で0.005質量%未満では金属間化合物の分散粒子の量が少ないので十分な効果が得られないので好ましくない。一方、その他成分の含有量が総量で1.0質量%を超えて含有すると、溶解鋳造時、熱間圧延時又は熱処理時に粗大な酸化物又は粗大な晶出物が散在してしまい、成型加工時及び打撃時の割れにつながってしまうので好ましくない。したがって、その他成分の含有量を総量で0.005質量%〜1質量%に設定することが好ましい。
【実施例】
【0025】
以下、本発明に係る体鳴楽器の実施例について説明する。実施例の成分組成を表1及び表2に示す。成分組成の単位は、質量%である。実施例1〜4は、Cu及びSnの他にZr及びFeを含有した例である。また、表2には、その他成分を含有する実施例が挙げられており、実施例5及び7は、Cu及びSnの他にZr、Fe及びその他成分を含有した例であり、実施例6は、Cu及びSnの他にZr、Ag、Fe及びその他成分を含有した例であり、実施例8は、Cu及びSnの他にZr、P、Fe及びその他成分を含有した例であり、実施例9は、Cu及びSnの他にZr、Ti、Fe及びその他成分を含有した例であり、実施例10は、Cu及びSnの他にZr、Ti及びその他成分を含有した例である。
【0026】
【表1】
【0027】
【表2】
【0028】
<合金材料の作製>
合金材料を製造する場合には、表1に示す成分組成の青銅合金材料(Cu、Sn)を高周波溶解炉(富士電機株式会社製)にて、大気中で、アルゴン(Ar)ガス雰囲気中及び木炭被膜下で溶解する。電気溶青銅温度が1,050℃〜1,100℃になった時点でZr及びTiを添加し、次にP、Ag及びFeを添加する。その後その他成分1に含まれる元素を添加し、最後にその他成分2に含まれる元素を添加して必要な成分組成に対応する材料を添加した青銅合金の溶湯を鋳造し、直径110mm及び高さ150mmの鋳塊(インゴット)からなる合金材料を作製した。
【0029】
作製した鋳塊を直径110mm及び高さ34mmの大きさに切り出して、熱間圧延機(有限会社トップラントエンジ製)により720℃で熱間クロス圧延し、直径430mm〜450mmで厚み約1.7mmの略円板状の素材を成形し、空冷した。
【0030】
<シンバルの成形加工>
次に、得られた素材を打楽器であるシンバルの形状とするため、中央部分のカップ形状を熱間プレス機(株式会社小出製作所製)により熱間プレスで成形し、約730℃で水中に投入して急冷した後、直径400mmの円板状となるように切り出した。得られた成形素材を冷間加工率0.1%〜5%の冷間加工でへら絞り加工によりシンバルに成形加工し、成形されたシンバルの表面に形成された酸化膜を切削により除去し、直径400mmで厚み1.5mmのシンバルを作製した。なお、実施例のシンバルでは、カップ部の冷間加工率を大きくすることで硬度を高め、弱音部を形成した。比較のため、カップ部をへら絞り加工せずボウ部のみをへら絞り加工したもの及び全体にへら絞り加工を行わずボウ部のみハンマリング加工を行ったものを作製した。
【0031】
[比較例]
比較例1から3として従来品の3種類のシンバルを準備した。比較例1から3の成分組成を表1に示す。また、比較例4として、表1に示す成分組成で作製した合金材料を用いて、カップ部をへら絞り加工せずボウ部のみをへら絞り加工したものを準備し、比較例5として、表1に示す成分組成で作製した合金材料を用いて、全体にへら絞り加工を行わずボウ部のみハンマリング加工を行ったもの準備した。
【0032】
<音響特性に関する試験>
表1及び表2に示す実施例及び比較例のシンバルについて音響特性に関する試験を行った。まず、無響室(福井県工業技術センターに設置)内に、PULSEオーディオアナライザ(ブリュエル・ケアー社製3560-C-T00)及びマイクロフォン(ブリュエル・ケアー社製4193及び2269)をセットした。シンバルを支持装置(ソナー・ドラム・ハードウェア)に取り付けて、マイクロフォンに向かってシンバルを配置した。シンバルを一定の力で打撃する装置(株式会社東洋テクニカ製)により打撃して打音を測定した。
【0033】
そして、打撃後の10秒間の打音について、時間−周波数でのスペクトログラム波形を出力し、FFT周波数特性分析を行い高調波成分の解析及び0.25秒毎の瞬時FFT解析を行い、残響時間単位での周波数成分を解析することで、減衰時間の長さ及び周波数との関連性を評価した。
図3は、実施例1及び比較例1のFFT解析結果を示している。
図3(a)では、上のグラフが比較例1の10秒間の周波数分析結果(横軸;周波数(kHz)、縦軸;音圧の強さ(振幅))で、下のグラフが比較例1のスペクトログラム波形(横軸;時間(秒)、縦軸;周波数(kHz))を示しており、
図3(b)では、同様に実施例1の10秒間の周波数分析結果及びスペクトログラム波形を示している。両者の解析結果を比較すると、実施例1では、4kHz以上の音のピークがほとんどなくなっているのに対し、比較例では10kHzの高周波領域でも音のピークがあるのがわかる。これは、実施例1が静かな音を発生させているのに対し、比較例1が華やかな音を発生させており、顕著な音響特性の違いが表れている。
【0034】
図4は、1/3オクターブ分析(中心周波数4kHz;打撃後4秒間)を示すグラフであり、横軸に時間(秒)をとり、縦軸に音圧レベルをとっている。実施例1では、比較例1に比べて打撃開始後から急速に減衰しており、減衰特性が明確に変化していることがわかる。また、表3に7.5kHzから20kHzまでの範囲の音の残響時間を示す。なお、残響時間については、打撃開始から音圧の強さのピーク成分がほとんどみられなくなるまでの時間を、残響時間として算出した。なお、比較例4及び5については、音の残響がほとんど測定されなかった。
【0035】
<硬度の測定>
表1及び表2に示す実施例及び比較例のシンバルについて半径方向に切断して、カップ部及びボウ部についてそれぞれ半径方向に20mmずつ切り出して複数の試験片を作成し、た。得られた試験片に対してビッカース硬度計(株式会社アカシ製)を用いて硬度を測定した。測定結果を表3に示す。なお、表3では、それぞれの部位で得られた試験片の硬度の平均値を算出した結果を示している。また、
図5は、実施例1及び比較例1の半径方向の硬度の測定結果を示すグラフである。横軸に中心から半径方向の距離(cm)をとり、縦軸に硬度(Hv)をとっている。実施例1では、カップ部がボウ部よりも高硬度となっており、境界位置で硬度が不連続に変化するように仕上げられているのに対し、比較例1では、カップ部からボウ部にかけて連続的に硬度が高くなるように仕上げられている。
【0036】
【表3】
【0037】
実施例では、比較例よりも残量時間が短くなっており、打撃音の減衰が速くなっていることが確認された。そして、打撃部よりも硬度を高めた弱音部の形成により減衰特性を調整することが可能となり、硬度の調整、弱音部の範囲設定及び成分組成の調整により様々な音響特性を実現することができる。
【0038】
<結晶粒径の測定>
表1及び表2に示す実施例のシンバルについて断面積を電子顕微鏡(日本電子株式会社製)により観察し、結晶粒の粒径を測定した。まず、成形加工したシンバルを半径方向に切り出し、切り出した試験片(10mm〜12mm角)をフェノール樹脂に埋め込んで固定した。樹脂に埋め込まれた試験片の断面を電子顕微鏡でミクロ組織観察し、Zrの金属間化合物の粒径を解析した。粒径は、金属間化合物の断面積と同じ面積の仮想円の直径として算出した。粒径の測定は電子顕微鏡のスケールから算出し、10箇所の測定結果を平均して粒径値とした。
図6は、実施例1についてミクロ組織観察した撮影写真である。
図6では、黒色部分がα相を示し、灰色部分がβ相を示している。点状の白色部分がZrの金属間化合物を示している。
【0039】
また、硫酸及び過酸化水素を水で希釈した処理液を用いて試験片の断面をエッチングし、マイクロスコープ(株式会社キーエンス製)でマクロ組織観察し、10mm
2当りの3箇所の結晶粒についてその粒径を解析した。粒径は、結晶粒の断面積と同じ面積の仮想円の直径として算出し、算出した粒径の平均値を平均結晶粒径とした。得られた平均結晶粒径は50μm〜300μmとなっており、微細な金属間化合物が分散して生成されていることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明に係る体鳴楽器としては、上述したシンバルに限定されることはなく、ベルメタルの代表であるチャーチベルを始め、タムタム、ゴング、クロテイルやお鈴といった様々な体鳴楽器へ適用することができる。また、硬度を高めた弱音部の形成により減衰特性を調整することが可能となり、金属材料の成分組成を調整するとともに弱音部を適宜設定して硬度の調整を行うことで様々な音響特性を実現することができるので、演奏者の要望にきめ細かく対応した体鳴楽器を提供することが可能となる。
【符号の説明】
【0041】
M1、M2・・・シンバル、C1、C2・・・カップ部、B1、B2・・・ボウ部
【手続補正書】
【提出日】2018年1月12日
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属材料を成形加工してなるとともに打撃することで演奏音を発音する体鳴楽器であって、打撃部に連接して当該打撃部よりもビッカース硬度の高い弱音部が形成されており、前記弱音部において前記打撃部の打撃による振動が前記打撃部よりも速く減衰するようになり、前記金属材料は、Sn:15質量%〜26質量%、Zr:0.0005質量%〜0.25質量%を含有し、さらに、V、Mo、Mg、Cr、Ni、Co、Nb、Hf、Taの1種又は2種以上を総量で0.005質量%〜1質量%を含有し、残りがCu及び不可避不純物からなる成分組成を有する合金材料である体鳴楽器。
【請求項2】
さらに、B、Si、Ga、Alの1種又は2種以上を総量で0.005質量%〜1質量%を含有する成分組成を有する請求項1に記載の体鳴楽器。
【請求項3】
前記弱音部がカップ部分又はそれ以外の部分に形成されているシンバルである請求項1又は2に記載の体鳴楽器。
【請求項4】
前記弱音部は、冷間加工により加工率0.05%〜10%で成形加工されている請求項1から3のいずれかに記載の体鳴楽器。
【手続補正2】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0008
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0008】
本発明に係る体鳴楽器は、金属材料を成形加工してなるとともに打撃することで演奏音を発音する体鳴楽器であって、打撃部に連接して当該打撃部よりも
ビッカース硬度の高い弱音部が形成されており、前記弱音部において前記打撃部の打撃による振動が前記打撃部よりも速く減衰するように
なり、前記金属材料は、Sn:15質量%〜26質量%、Zr:0.0005質量%〜0.25質量%を含有し、さらに、V、Mo、Mg、Cr、Ni、Co、Nb、Hf、Taの1種又は2種以上を総量で0.005質量%〜1質量%を含有し、残りがCu及び不可避不純物からなる成分組成を有する合金材料である。