【実施例】
【0048】
以下に説明する本発明の実施例は例示のみを目的とし、本発明の技術的範囲を限定するものではない。本発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載によってのみ限定される。本発明の趣旨を逸脱しないことを条件として、本発明の変更、例えば、本発明の構成要件の追加、削除及び置換を行うことができる。
【0049】
[実験材料及び方法]
コーティング剤は以下のものを用いた。
カゼイン:市販品(Wako社製)
アルブミン:市販品(Wako社製)
リゾチーム:市販品(Wako社製)
スキムミルク:市販品(Wako社製、カゼイン27重量%含有物)
タンニン酸:市販品(Aldrich社製)
ポリジアリルジメチルアミンクロライド:市販品(Aldrich社製、平均分子量36,000、極性官能基数222/1分子)
コンドロイチン硫酸:市販品(Wako社製、平均分子量144,000、極性官能基数1787/1分子)
PEG修飾カテコール:以下の方法により合成した。
【0050】
PEG修飾カテコールの合成方法
0.025mmolのPEG-NHS(分子量10,000 g/mol、SUNBRIGHT社)と0.040 mmolのカテコール(東京化成)を0.070 mmolの4-Nメチルモルフォリン存在下、ジメチルホルムアミド(DMF)中において一晩反応させた。その後、透析処理によって未反応分子を除去し、反応生成物である下記式に示すPEG修飾カテコール(平均分子量10,153、極性官能基数3個/1分子)を得た。なお、PEG-NHSの分子量はゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)による、PEG換算により求めた。
【化2】
n=223(平均値)
【0051】
また、カゼインは過去の報告(Tomishige M, Vale RD.(1998) J Cell Biol 151:1081-92)を参考にし、市販のカゼインを水酸化ナトリウムで一晩塩基処理をし、その後遠心操作によって沈殿物を取り除いたものを用いた。カゼイン以外のコーティング剤は、市販品をそのまま用いた。
【0052】
ポリジアリルジメチルアミンクロライドの分子量は、動的光散乱法(DLS)によって平均粒径を求めたところ4.17 nmであり、同程度の粒子半径を有するPEGの分子量への換算により求めた。
同様に、コンドロイチン硫酸の分子量は動的光散乱法(DLS)によって求めた平均粒径を求めたところ6.61 nmであり、同程度の粒子半径を有するPEGの分子量への換算により求めた。
【0053】
動的光散乱(DLS)によるナノシートの大きさ測定
装置:Zetasizer Nano ZSP(商品名、Malvern社製)
測定条件:室温
試料:酸化チタンナノシート重量が0.008重量%のナノシート分散液を測定に用いた。
【0054】
透過型電子顕微鏡(TEM)によるナノシートの観察
装置:JEM-1230(商品名、JEOL社製)
測定条件:室温、真空環境下
試料:酸化チタンナノシート重量が0.008重量%のナノシート分散液を測定に用いた。
【0055】
原子間力顕微鏡(AFM)によるナノシートの観察
装置:CypherS(商品名、Asylum Research社製)
測定条件:室温
【0056】
ゼータ電位測定
装置:Zetasizer Nano ZSP(商品名、Malvern社製)
測定条件:室温
試料:酸化チタンナノシート重量が0.008重量%のナノシート分散液を測定に用いた。
【0057】
X線小角散乱(SAX)
装置:BL45XU in SPring-8
試料:酸化チタンナノシート重量が0.4重量%のナノシート分散液を磁場で配向させた状態でハイドロゲル化によって固定し、測定に用いた。
【0058】
核磁気共鳴(NMR)測定
装置:JNM-ECA-500(商品名、JEOL社製)
測定条件:0℃〜90℃、ナノシートによる重水の四極子相互作用の測定
試料:酸化チタンナノシート重量が0.1~3.0重量%のナノシート分散液の測定に用いた。
装置:ACANCE-500(商品名、Bruker社製)
測定条件:0℃〜50℃、タンパク質の
1H−
15NのHSQC解析
試料:酸化チタンナノシート重量が1.5重量%のナノシートおよび15NでラベルされたGB1タンパク(4 mg/mL)分散液の測定に用いた。
装置:ACANCE-600(商品名、Bruker社製)
測定条件:65℃〜80℃、タンパク質の
1H−
15NのHSQC解析
試料:酸化チタンナノシート重量が1.5重量%のナノシートおよび15NでラベルされたGB1タンパク(4 mg/mL)分散液の測定に用いた。
【0059】
[ナノシートの製造]
参考例、実施例及び比較例で用いたナノシートを表1にまとめた。各例のナノシートの製造方法を以下に示す。
【表1】
【0060】
[参考例1]TiNSの製造
既報(Tanaka T, Ebina Y, Takada K, Kurashima K, Sasaki T.(2003) Chem Mater;15:3564-3568)に従い酸化チタンナノシート(「TiNS」と表記する、組成Ti
0.87O
2)を製造した。以下特段の記載がない限り、TiNSはテトラメチルアンモニウム(TMA)溶液(1mM)に分散させたものを各種測定に用いた。
【0061】
[参考例2]
smallTiNSの製造
実施例1で製造したTiNSに対して超音波発生機(商品名XL−2000 MicrosonTM、Qsonica社製)で超音波処理を3分間行い、酸化チタンナノシート(「
smallTiNS」と表記する)を製造した。以下特段の記載がない限り、
smallTiNSはテトラメチルアンモニウム(TMA)溶液(1mM)に分散させたものを各種測定に用いた。
【0062】
[参考例3]NbNSの製造
既報(Schaak RE, Mallouk T.(2002) Chem Mater 14:1455-1471)に従い酸化ニオブナノシート(「NbNS」と表記する、組成Ca
2Nb
3O
10)を製造した。以下特段の記載がない限り、NbNSはテトラブチルアンモニウム(TBA)溶液(1mM)に分散させたものを各種測定に用いた。
【0063】
[実施例1]TiNS
Casの製造
2.0重量%のカゼインを含有するトリス塩酸緩衝液(1mM、pH8.0)を500μLと、0.4重量%の参考例1のTiNSを含有する水溶液500μLとの混合液を作製した。該混合液を60分間静置した後、該混合液に10秒間超音波処理を行った。
未吸着のカゼインを除去するため、遠心分離機(商品名CT15RE、HITACHI社製)を用いて遠心操作(15,000rpm)を4℃で15分行った。
生じた沈殿物を1mLのトリス塩酸緩衝液(1mM、pH7.7)に再分散させた。この遠心操作と再分散による洗浄操作を3回行い、最終沈殿物を500μLのトリス塩酸緩衝液(1mM、pH7.7)に再分散させ、カゼインコートチタンナノシート(TiNS
Cas)分散液を得た。なお、分散液におけるTiNS
Casの濃度は、最終沈殿物を分散させる緩衝液量を調節して、各種測定に最適な濃度となるように調整した。また、以下特段の記載がない限り、TiNS
Casは再分散時の緩衝液に分散させたものを各種測定に用いた。
【0064】
[実施例2]TiNS
Albの製造
2.0重量%のカゼインの代わりに2.0重量%のアルブミンを用いた以外は実施例1と同様にして、アルブミンコートチタンナノシート(TiNS
Alb)分散液を得た。
【0065】
[実施例3]TiNS
Lysの製造
2.0重量%のリゾチームを含有するテトラメチルアンモニウム(TMA)溶液(2mM)500μLと、0.1重量%の参考例1のTiNSを含有する水溶液500μLとの混合液を作製した。該混合液を60分間静置した後、実施例1と同様の遠心操作によって未吸着のリゾチームを取り除いた。沈殿物を500μLのトリス塩酸緩衝液(1mM、pH2.3)に分散させ、リゾチームコートチタンナノシート(TiNS
Lys)分散液を得た。
【0066】
[実施例4]TiNS
Skimの製造
2.0重量%のカゼインの代わりに2.0重量%のスキムミルクを用いた以外は実施例1と同様にして、スキムミルクコートチタンナノシート(TiNS
Skim)分散液を得た。
【0067】
[実施例5]TiNS
Tanの製造
0.85重量%のタンニン酸を含有する水溶液1mLと、0.5重量%の参考例1のTiNSを含有する水溶液4mLとの混合液を作製した。該混合液を5分間静置した後、実施例1と同様の洗浄操作を再分散水溶液として純水を用いて10回行うことで、タンニン酸コートチタンナノシート(TiNS
Tan)分散液を得た。
【0068】
[実施例6]TiNS
PDDAの製造
0.1重量%のポリジアリルジメチルアミンクロライド(PDDA)を含有する水溶液1mLと、0.02重量%の参考例1のTiNSを含有する水溶液1mLとの混合液を作製した。該混合液を60分間静置した後、実施例3と同様の遠心操作によって未吸着のPDDAを取り除くことで、沈殿物を500μLのトリス塩酸緩衝液(1mM、pH2.3)に分散させ、PDDAコートチタンナノシート(TiNS
PDDA)分散液を得た。
【0069】
[実施例7]TiNS
Choの製造
0.2重量%のコンドロイチン硫酸(Cho)を含有する水溶液1mLと、0.01重量%の参考例1のTiNSを含有する水溶液1mLとの混合液を作製した。該混合液を60分間静置した後、実施例1と同様の洗浄操作を再分散水溶液として純水を用いて3回行うことで、コンドロイチン硫酸コートチタンナノシート(TiNS
Cho)分散液を得た。
【0070】
[実施例11]NbNS
Casの製造
参考例1のTiNSの代わりに参考例3のNbNSを用いた以外は実施例1と同様にして、カゼインコートニオブナノシート(NbNS
Cas)分散液を得た。
【0071】
[実施例12]GONS
Casの製造
参考例1のTiNSの代わりにGONS(商品名Rap eGO(TQ11)、NiSiNa material社製)を用いた以外は実施例1と同様にして、カゼインコート酸化グラフェンナノシート(GONS
Cas)分散液を得た。
【0072】
[比較例1]TiNS
Cateの製造
0.2重量%のPEG修飾カテコールを含有する水溶液1mLと、0.8重量%の参考例1のTiNSを含有する水溶液1mLとの混合液を作製した。該混合液を60分間静置した後、実施例1と同様の洗浄操作を10回行うことで、PEG修飾カテコールコートチタンナノシート(TiNS
Cate)分散液を得た。
【0073】
[ナノシートの構造評価]
(1)分散液の観察
各例で得られたナノシート分散液(ナノシート濃度0.4重量%)の写真を
図4Aに示す。いずれの実施例のナノシートも液中で分散していることが目視で確認できた。また、TiNSの分散液においてはTiNSのドメイン構造に由来する特徴的なもや状のテクスチャーがコート後の分散液においても確認できた。
【0074】
次に、TiNS、TiNS
Cas、TiNS
Alb、TiNS
Lys又はTiNS
Cate(ナノシート濃度0.8重量%)500μLと塩化ナトリウム水溶液(20mM)500μLを混合し、ナノシート分散液における塩濃度の影響を調べた。塩化ナトリウム水溶液添加後のナノシート分散液の写真を
図4Bに示す。
コーティング剤なしのTiNSでは、ナノシートの沈殿が確認された。一方、コーティング剤でコートされたナノシートでは、塩存在下でもナノシートの分散性を保持できることが確認されたが、比較例1のTiNS
Cateは塩存在下で沈殿が生じたことから、本発明においてナノシートとコーティング剤との多点的な相互作用が重要であることが確認された。
本発明のコーティング剤でコートされたナノシートは、塩存在下においても安定に分散していることから、タンパク質の溶液NMR測定用配向剤としての利用が期待された。
【0075】
以上各実施例のナノシートが分散していることを目視で確認した。さらに、各例のナノシートについて、各種構造解析を行った。
【0076】
(2)動的光散乱(DLS)法による大きさ測定
コーティング剤なしのナノシートのDLSによる大きさ分布を
図5Aに示す。DLSから算出される大きさは、TiNSは825nm、
smallTiNSは295nm、NbNSは325nmであった。
次に、コーティング剤によるコート前後における大きさ分布を
図5Bに示す。TiNS及びNbNS共にコーティング剤でコートされたナノシートの大きさがわずかに増大していることから、コーティング剤によってナノシートがコートされていることが示唆された。また、コーティング剤なしのナノシートと同様に、コーティング剤でコートされたナノシートも、溶液中で分散していることが確認できた。
【0077】
(3)透過型電子顕微鏡(TEM)によるナノシート分散液の観察
コーティング剤なしのナノシートのTEM画像を
図6Aに、コーティング剤でコートされたナノシートのTEM画像を
図6Bに示す。TEM画像中の点線はナノシートの輪郭を強調するために記したものである。
いずれのナノシートも凝集することなく分散しており、大きさもDLSの測定値を支持するものであることが確認できた。
【0078】
(4)原子間力顕微鏡(AFM)による観察とナノシートの平均厚さの算出
TiNSのAFM画像を
図7に示す。AFM画像の点線における断面プロファイルから、ナノシートの平均厚さを算出した。コーティング剤によるコート後のナノシートでは、コーティング剤なしのナノシートと比較して厚さが1.0〜5.0nm程増加しており、コーティング剤がTiNS表面に吸着していることが強く示唆された。
【0079】
(5)ゼータ電位測定
以下に示す実施例のナノシート分散液のゼータ電位を測定した。結果を表2に示す。
【0080】
【表2】
【0081】
TiNS
Casのゼータ電位は−43.6mVであり、アニオン性タンパク質であるカゼインがナノシート表面に吸着していることが示唆された。一方、TiNS
Lysのゼータ電位は+50.1mVであり、カチオン性タンパク質であるリゾチームがナノシート表面に吸着していることが示唆された。
同様に、ゼータ電位測定結果から、TiNS
PDDAの表面にはカチオン性高分子であるポリジアリルジメチルアミンクロライドが、TiNS
Choの表面にはアニオン性のコンドロイチン硫酸が、それぞれナノシート表面に吸着していることが示唆された。
【0082】
以上の構造解析により、ナノシート表面にコーティング剤が吸着していることが示唆された。さらに、クマシーブリリアントブルー(CBB)を用いてナノシートに対するタンパク質コーティング剤の吸着量を定量的に評価した。
【0083】
[コーティング剤吸着の評価]
(6)コーティング剤吸着確認
コーティング剤としてタンパク質を用いたナノシートにおいて、コートするタンパク質の量を変化させ(0〜2.0mg/mL)ナノシートを製造し、コート後のタンパク質の吸着量をCBB染色で定量した。その結果を
図8に示す。
いずれのタンパク質を用いた場合もナノシート上への吸着量が飽和しており、シートの全面がタンパク質でコーティングされていることが支持された。
なお、上述した実施例のナノシートの製造方法において、本実験で確認された飽和吸着量以上のコーティング剤を用いてナノシートの製造を行った。
【0084】
また、TiNS
Skim及びGONS
Casに対して同様にCBB染色を行い、タンパク質吸着の確認を行った。その結果を
図9に示す。いずれのナノシートにおいても、CBBのタンパク質への吸着に由来する585nm付近の吸収ピークが増加しており、TiNS及びGONSへタンパク質が吸着していることが確認できた。
【0085】
さらに、経時で安定してタンパク質がナノシートに吸着していることを確認するため、以下の方法によりナノシートへのタンパク質吸着量の経時変化を確認した。
まず、TiNS
Cas(0.7重量%)をトリス塩酸緩衝液(1mM、pH7.7)に分散させ、該分散液を室温下静置した。ナノシートの製造から0.5、1、2、5日間静置した後の各分散液に対して、遠心分離機(商品名CT15RE、HITACHI社製)を用いて遠心操作(15,000rpm)を4℃で15分行った。上澄み液に含まれるタンパク質をCBB染色によって定量した。
ナノシート製造直後の上澄み液に含まれるタンパク質量から算出したナノシート上から乖離したタンパク質量を0%として、0.5、1、2、5日間静置した後のナノシート上から乖離したタンパク質の割合を算出し、100%からその割合を引くことでナノシート上に吸着したタンパク質の量を算出した。
同様に、TiNS
Lys(0.9重量%)のトリス塩酸緩衝液(1mM、pH2.3)についても、ナノシート上に吸着したタンパク質の割合を算出した。結果を
図10に示す。
Cas及びLysは、いずれも5日後にもほとんどTiNS上から脱着しないことが確認された。
【0086】
また、モデル化合物として蛍光ラベルしたタンパク質を用い、ナノシート分散液と混合して静置した後、該ナノシート分散液を共焦点レーザー顕微鏡(CLSM)により観察し、ナノシートとモデル化合物との相互作用を確認した。
モデル化合物としては、アニオン性タンパク質として蛍光ラベルしたアルブミン(
FLAlb)を、カチオン性タンパク質として蛍光ラベルしたリボヌクレアーゼA(
FlRN−A)を用いた。
FLAlb(0.5mg/mL)をトリス塩酸緩衝液(1mM、pH7.7)中のTiNS(ナノシート濃度0.4重量%)と混合して、24時間後のナノシート分散液のCLSM画像を
図11(A)に示す。また、ナノシートとしてトリス塩酸緩衝液(1mM、pH7.7)中のTiNS
Casを用いた場合の結果を
図11(B)、トリス塩酸緩衝液(1mM、pH2.3)中のTiNS
Lysを用いた場合の結果を
図11(C)に示す。
同様に、
FlRN−A(0.5mg/mL)を用いて、TiNS、TiNS
Cas又はTiNS
Lysと混合した場合の結果をそれぞれ
図11(D)〜(F)に示す。
図11(B)及び(F)において蛍光強度が弱いことから、アニオン性の
FLAlbは、マイナス電荷を有するTiNS
Casへの吸着が大きく抑制されており、カチオン性の
FlRN−Aはプラス電荷を有するTiNS
Lysへの吸着が大きく抑制されていることが確認できた。
NMR測定対象分子がナノシートと強く相互作用することは、その配向性の妨げになるため、好ましくない。このため、NMR測定対象分子とナノシートの選定にあたって、本結果の
図11(B)及び(F)に示すような弱い蛍光強度が確認されるようなものの組み合わせとすることが好ましい。
【0087】
[磁場配向性の評価]
(7)X線小角散乱(SAX)
コーティング剤でコートされたナノシートの磁場配向性を調べるため、TiNS
Cas、TiNS
Alb及びTiNS
Lys(それぞれ0.4重量%)をジメチルアクリルアミドゲルに包埋した後にSAX解析を行った。
【0088】
図12(A)は、本測定の概略図を表すものであり、図中の記号Bは磁場ベクトルを表す。
図12(B)〜(D)に示したSAX解析結果より、タンパク質でコートされたナノシートもコーティング剤なしのTiNSと同様に磁場に対して垂直に配向していることが確認できた。
【0089】
(8)D
2O四極子相互作用の分裂ピークによる配向性評価
本発明のナノシートの磁場配向性を評価するにあたり、まず低分子である水を用いて、水の四極子分裂の分裂ピーク幅により評価した。このピーク幅が大きいほど、水分子が配向しており、配向性が高いことを表す。
【0090】
まず、コーティング剤なしのナノシートについて、測定温度を24℃に一定に保ち測定試料中のナノシート濃度を変えてナノシート濃度依存性を調べた。また、測定試料中のナノシート濃度を一定に保ち測定温度を変えて測定し、温度依存性を調べた。
各ナノシートの表3に示す溶液におけるD
2O四極子相互作用の分裂ピークを
図13に示す。
【0091】
【表3】
【0092】
既報のバイセル(Shapiro RA, Brindley AJ, Martin RW.(2010) J Am Chem Soc 132:11406-11407)は測定温度22℃の条件下でピークが分裂していないのに対し、本願発明のナノシートでは分裂ピークが観測され、磁場中でナノシート及び水分子が配向していることがわかった。
また、ナノシート濃度の上昇に伴いD
2O四極子相互作用の分裂ピーク幅が大きいことから、濃度依存的に配向性が高くなることがわかった。さらに、測定温度によらず0℃〜90℃まで広い温度範囲でD
2O四極子相互作用の分裂ピークがみられたことから、温度に対して安定的に配向性を有することがわかった。
【0093】
次に、コーティング剤でコートされたナノシートについて、各ナノシートの表4に示す溶液におけるD
2O四極子相互作用の分裂ピークを
図14に示す。
【0094】
【表4】
【0095】
コーティング剤なしのナノシート同様に分裂ピークが観測され、磁場中でナノシート及び水分子が配向していることがわかった。
【0096】
(9)グルコースの配向性評価
続いて、TiNS又はNbNSを用いて、
13Cラベルしたグルコースの
13C−NMR測定を行った。
NMR測定試料は、TiNS(1.5重量%)のTMA(1mM)溶液又はNbNS(4.0重量%)のTBA(1mM)溶液に、3重量%のグルコースを添加して得た。結果を
図15に示す。
図15(A)はナノシートを添加せずに
13Cラベルしたグルコースの測定結果、(B)はTiNSを添加した測定結果、(C)はNbNSを添加した結果測定である。
13Cのカップリングシフトから、TiNS及びNbNSのいずれを添加した場合も、ナノシートを添加しなかった場合に比べてシフトしており、βグルコース分子が配向していることが確認できた。
【0097】
(10)タンパク質の配向性評価
TiNS
Cas又はNbNS
Casを用いて、
15NラベルしたプロテインG β1ドメイン(
15N−GB1)のNMR測定を行った。
NMR測定試料は、TiNS
Cas(2.5重量%)又はNbNS
Cas(4.1重量%)のトリス塩酸緩衝液(10mM、pH6.8)(D
2O=10%)に、
15N−GB1(4.0mg/mL)を添加して得た。TiNS
Casは、5〜80℃の種々の測定温度で測定を行った。NbNS
Casは35℃で測定を行った。
【0098】
図16にIPAP−HSQCスペクトルを、
図17にIPAP−HSQCスペクトル解析から算出したアミノ酸骨格に由来する
1H−
15N結合の残余双極子結合(RDC)一覧を示す。
ナノシートの存在下でIPAP−HSQCスペクトル及びRDCが観察されることが確認された。
【0099】
さらに、TiNS
Casの実測されたRDCと既報の構造から計算されたRDCデータの相関関係を各測定温度(5〜65℃)についてまとめたグラフを
図18に示す。
【0100】
35℃と50℃において既報であるGB1(蛋白質構造データバンクPDB:2PLP)と高い相関が見られたのに対し、5、20、65℃においては低い相関を示し、GB1の構造変化が起こっていることがわかった。
本発明のナノシートは、従来の配向剤に比べて、広い温度範囲でタンパク質のNMR測定用配向剤として機能することが明らかとなった。
【0101】
次に、TiNS
Cas(2.5重量%)と
15N−GB1(4mg/mL)をトリス塩酸緩衝液(10mM、pH6.8)中で2時間混合し、遠心操作(15,000rpm)を行い、上澄み液を得た。
同様に、TiNS(1.5重量%)と
15N−GB1(4mg/ml)をトリス塩酸緩衝液(10mM、pH6.8)中で2時間混合し、遠心操作を行い、上澄み液を得た。
各上澄み液をSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)に供した。SDS−PAGEの結果を
図19に示す。レーン1がタンパク質マーカーであり、レーン2が
15N−GB1であり、レーン3がTiNS
Casの上澄み液であり、レーン4がTiNSの上澄み液である。
【0102】
TiNS
Casの上澄み液からは
15N−GB1に由来するバンドが検出され、
15N−GB1が回収可能であることが確認された。
本発明のコーティング剤ナノシートは、従来の配向剤では回収不可能であったNMR測定対象のタンパク質を簡便な遠心操作により回収でき、配向剤であるナノシート自体も再利用可能であることがわかった。