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特開2018-201440細胞培養容器、細胞培養装置及び細胞培養方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2018-201440(P2018-201440A)
(43)【公開日】2018年12月27日
(54)【発明の名称】細胞培養容器、細胞培養装置及び細胞培養方法
(51)【国際特許分類】
   C12M 3/00 20060101AFI20181130BHJP
【FI】
   C12M3/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2017-112203(P2017-112203)
(22)【出願日】2017年6月7日
(71)【出願人】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100098660
【弁理士】
【氏名又は名称】戸田 裕二
(72)【発明者】
【氏名】丸山 優史
(72)【発明者】
【氏名】多田 靖彦
【テーマコード(参考)】
4B029
【Fターム(参考)】
4B029AA02
4B029AA21
4B029BB11
4B029CC02
4B029GB09
(57)【要約】
【課題】
細胞の3次元培養において簡便性、増殖性、接着性、カスタマイズ性を向上する。
【解決手段】
本発明に係る細胞培養容器は、細胞支持体を備え、前記細胞支持体は細胞と接する表面の少なくとも一部を流動性材料で構成し、流動性材料の含水率は比較的低い。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞支持体を備えた細胞培養容器であって、
前記細胞支持体は細胞と接する表面の少なくとも一部を、流動性を有する流動性材料で構成し、
前記流動性材料の粘度が37℃において1×10mPa・s以上1×10mPa・s以下であり、
前記流動性材料の含水率が20%以下であることを特徴とする細胞培養容器。
【請求項2】
請求項1に記載の細胞培養容器であって、
前記流動性材料の粘度が37℃において2×10mPa・s以上1×10mPa・s以下であることを特徴とする細胞培養容器。
【請求項3】
請求項1に記載の細胞培養容器であって、
前記流動性材料の粘度が37℃において5×10mPa・s以上1×10mPa・s以下であることを特徴とする細胞培養容器。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか一項に記載の細胞培養容器であって、
前記流動性材料の含水率が10%以下であることを特徴とする細胞培養容器。
【請求項5】
請求項4に記載の細胞培養容器であって、
前記流動性材料の含水率が5%以下であることを特徴とする細胞培養容器。
【請求項6】
請求項1乃至5に記載の細胞培養容器であって、
前記流動性材料の比重1g/mL未満であることを特徴とする細胞培養容器。
【請求項7】
請求項6に記載の細胞培養容器であって、
前記流動性材料は、ポリブテン、ポリイソブチレン、水添ポリブテン、水添ポリイソブチレンのうちのいずれかを含むことを特徴とする細胞培養容器。
【請求項8】
請求項7に記載の細胞培養容器であって、
基材を有し、
前記流動性材料を前記基材の表面にコーティングし、
前記基材は、ポリアルキレンを含むことを特徴とする細胞培養容器。
【請求項9】
請求項1乃至8のいずれか一項に記載の細胞培養容器を備えることを特徴とする細胞培養装置。
【請求項10】
細胞支持体を備えた細胞培養容器を用いて細胞を培養する細胞培養方法であって、
前記細胞支持体に細胞を接着させて細胞を培養する工程を有し、
前記細胞支持体は細胞と接する表面の少なくとも一部を、流動性を有する流動性材料で構成し、
前記流動性材料の粘度が37℃において1×10mPa・s以上1×10mPa・s以下であり、
前記流動性材料の含水率が20%以下であることを特徴とする細胞培養方法。
【請求項11】
請求項10に記載の細胞培養方法であって、
前記細胞支持体から細胞を剥離する工程を有し
前記細胞培養容器は基材を有し、
前記流動性材料を前記基材の表面にコーティングし、
前記基材は、ポリアルキレンを含むことを特徴とする細胞培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養容器に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞培養は多くの場合ポリスチレンのような剛直な固体表面を足場(固体足場)として平面培養されて来た。しかし、このような培養環境は生体内の環境とは大きく異なるため、必ずしも細胞本来の機能が十分には発現されない。これに対して、種々の3次元培養手法や細胞凝集化手法、例えばパターニングされた表面での培養(特許文献1)、低接着表面上での培養、液滴内での培養、ハイドロゲル上での培養、積層による3次元化などが提案されている。しかし、これらの手法には、操作が煩雑である、細胞の増殖が遅く3次元化に長時間を要する、3次元化された細胞塊の接着性が悪く流出しやすい、細胞に合わせた物性制御が困難である、などの課題があり、必ずしも平面培養と同等の高い細胞の生産性は得られない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2016−63779号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
細胞の3次元培養において簡便性、増殖性、接着性、カスタマイズ性を向上する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明に係る細胞培養容器は、細胞支持体を備え、前記細胞支持体は細胞と接する表面の少なくとも一部を流動性材料で構成し、流動性材料の含水率は比較的低い。
【発明の効果】
【0006】
細胞の3次元培養において簡便性、増殖性、接着性、カスタマイズ性を向上することが可能な細胞培養容器を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】細胞培養容器の模式図である。
図2】流動性材料に所定の処理を施した細胞培養容器の模式図である。
図3】流動性材料が不安定である場合に進行し得る変形モードの模式図である。
図4】流動性材料を基材にコーティングした状態の例の模式図である。
図5】流動性材料をフィルム状基材にコーティングした例の模式図である。
図6】実施例および比較例における細胞の培養結果の表である。
図7】流動性材料の表面に細胞を接着させる一般的な方法を示す図である。
図8】流動性材料の表面から細胞を剥離させる一般的な方法を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、図面等を用いて、本発明の実施形態について説明する。以下の説明は本発明の内容の具体例を示すものであり、本発明がこれらの説明に限定されるものではなく、本明細書に開示される技術的思想の範囲内において当業者による様々な変更および修正が可能である。また、本発明を説明するための全図において、同一の機能を有するものは、同一の符号を付け、その繰り返しの説明は省略する場合がある。
【0009】
本実施形態の細胞培養容器を用いた細胞培養は、細胞増殖時には従来の固体培養容器と同等に扱えるため、簡便性が高く、また、増殖性も高い。さらに、細胞の自発的な集合によって形成された3次元塊は細胞培養容器の表面と接着性が高い。流動性材料の粘度や表面修飾の制御によって、細胞に応じて細胞容器の構成のカスタマイズが容易に可能である。
【0010】
図1は本実施形態に係る提供する細胞培養容器を示す。細胞培養容器1は、細胞を接着する細胞支持体2を有し、その細胞支持体2は細胞と接する面の全面もしくは一部に流動性を有する流動性材料3を備える。
【0011】
一般に細胞は、表面張力、細胞内骨格の重合・脱重合、細胞と足場の接着、細胞と細胞の接着、などの複数の力が関わる複雑な環境内にて活動している。従来から、ポリスチレン培養容器のような固体足場での細胞培養に関する知見は多く、高い生産性が得られる培養条件が多く知られている。
【0012】
細胞が流動性を有する足場(以下、流動性足場という)を固体足場と同等に感じるためには、細胞が流動性足場の表面から受ける力が固体足場と同等である必要がある。例えば粘性が十分に高い流動性足場では、細胞が表面に対して作用させる力に対して足場の変位が十分に遅いため、流動性足場の表面から細胞が受ける力と、固体足場の表面から細胞が受ける力は同等となると考えられる。このように、流動性足場でも、条件次第では固体足場と同等に振舞うことができる。
【0013】
一方、細胞が足場表面に対して作用する力は、細胞密度によって異なる。細胞が単一で存在する場合には細胞間の相互作用は存在しないが、細胞密度が増大して細胞間の相互作用が増えると細胞どうしが凝集する方向の運動を開始しようとし、足場表面に作用する力は増大する。
【0014】
流動性足場上にて細胞を培養する場合、細胞密度の増大に伴い、細胞が生じさせる力に応じた足場の変位の度合いが大きくなり、相対的に流動性の寄与が増大する。
【0015】
以上より、適切な条件下では、流動性足場を用いることにより、細胞密度の低い培養初期には固体足場と同等に振る舞い、細胞密度が増大する培養後期には流動性の寄与の大きい変形可能な足場として振舞う細胞支持体を実現することができる。
【0016】
なお、細胞が生じさせる力は細胞の種類、フェノタイプ、培養条件などによっても異なる。また、足場表面の接着因子や、ECMによっても影響される。そのため、培養する対象によって適切な条件は異なる可能性がある。ここで言う適切な条件とは、例えば流動性を有する細胞支持体の粘性、表面官能基、表面状態、密度等である。これらの詳細に関しては後述する。
【0017】
また、足場の流動性によって、細胞が受けるメカノバイオロジカルな刺激が従来の固体足場と異なることが十分に考えられる。変形可能な足場による細胞の凝集化の促進だけでなく、メカノバイオロジカルな制御によって細胞骨格の代謝や遺伝子発現パターン、細胞の遊走性、などが変化し、細胞の特性が変化する可能性がある。これについても細胞の種類、フェノタイプ、培養条件などによって異なるが、本実施形態に係る流動性足場の材料を、細胞の3次元培養ではなくメカノバイオロジー的な細胞特性制御に用いることも可能である。
【0018】
本実施形態の培養容器を適用可能な細胞の種類は、接着性の細胞であれば制限はない。また、細胞の由来(初代細胞、培養細胞、株化細胞、遺伝子組換えされた細胞、等)や、生物種に関しても制限はない。細胞間相互作用が強い細胞や、細胞の形態変化・運動が重要な細胞であれば、特に流動性材料の影響は大きいが、これらに限定されない。接着性の細胞としては、例えば、幹細胞(間葉系幹細胞、ES細胞、iPS細胞、等)、上皮細胞(血管上皮細胞、胆管上皮細胞、等)、内皮細胞(血管内非細胞、リンパ管内皮細胞、等)、線維芽細胞(NIH3T3、等)、肝細胞、膵島細胞、神経細胞、心筋細胞、筋芽細胞、がん細胞、マクロファージ、HeLa細胞、CHO細胞、などが考えられるが、これらに限定されない。また、培養する細胞は1種類である必要はなく、共培養系に適用してもよい。
【0019】
なお、細胞支持体の表面物性や表面官能基によって細胞表面分子や細胞膜と相互作用可能な場合は、浮遊性の細胞も細胞支持体に付着した状態で培養することができる。ただし、その場合には、足場の流動性の効果は、接着細胞において得られる効果よりも小さくなると考えられる。また、接着細胞であっても、細胞間の相互作用が小さい細胞では流動性の効果は小さくなると考えられる。
【0020】
流動性を有する細胞支持体は、培地に対して不溶性もしくは難溶性の液状もしくは半固体状の高分子 (以下、流動性材料) を用いることで実現可能できる。細胞毒性が十分に低い流動性材料を用いる場合には、培地に対して必ずしも不溶性である必要はないが、細胞アッセイや移植のような用途の際に影響が出る可能性があるため、培地への溶解度は低い方が望ましい。また、流動性材料は培地中に含まれる場合のある両親媒性成分によって乳化されないことが望ましい。
【0021】
低弾性率のハイドロゲルを用いた細胞培養の研究は多く知られているが、含水率の高いハイドロゲルでは表面が親水的過ぎて、一般に接着因子を化学結合によって導入しなければ細胞が接着しにくいため取り扱いやカスタマイズ性に難がある。また、ハイドロゲルは調製に手間がかかる、機械的強度が低い、乾燥に弱い、などの問題からも製造・輸送・培養時の取り扱いなどに難がある。
【0022】
これに対し、流動性を有する細胞支持体は、機械的強度は低いものの、傷、割れ、欠損などが発生してもその流動性によって修復されるため、取り扱いが容易である。
【0023】
また、含水率の低い材料では、乾燥の問題が少なく取り扱いが容易である。このような観点からは、含水率は低いほど問題は少なく、好ましくは20%以下、より好ましくは5%以下、さらに好ましくは1%以下、である。
【0024】
流動性材料はバルクで使用しても構わないし、何らかの基材の表面にコーティングして使用しても構わない。また、流動性材料の表面を物理・化学的手法によって処理しても構わない。物理・化学的手法とは、例えば、光照射、プラズマ処理、コロナ放電処理、UV/O3処理、界面活性剤処理、化学物質の吸着、生体分子の吸着、粒子状物質やファイバー状物質の添加、パターニング、それらの任意の組み合わせ、等を含むが、それらに限定されない。
【0025】
図2は流動性材料に所定の処理を施した細胞培養容器の模式図である。上記処理により、流動性材料3の上側に流動性材料とは異なる表面成分4が生じる。
【0026】
流動性材料の表面に、細胞の接着を助ける官能基や成分、もしくは細胞の接着を助ける成分の吸着を助ける官能基や成分が存在している場合、細胞の接着に対して有利に働く。例えば、細胞接着因子やECMを含む溶液を接触させる、血清を接触させる、培地を接触させる、などの手法により、そのような表面とすることができる。
【0027】
流動性材料は、単一成分であってもよいし、複数成分の混合系であってもよい。また、分子量分布も流動性が担保される限り、限定されない。
【0028】
流動性材料は透明度が高ければ細胞を観察しやすいため好ましい。しかし、必ずしも透明である必要はない。
【0029】
流動性材料の粘度は、細胞が伸展可能であること、細胞密度が高い状態で発生する細胞間の凝集力に対して変形が容易であること、という範囲を満たす必要がある。この範囲は、細胞やフェノタイプにも依存するが、我々の実験結果によると、好ましくは1×10mPa・s以上1×10mPa・s以下、より好ましくは2×10mPa・s以上1×10mPa・s以下、さらに好ましくは5×10mPa・s以上1×10mPa・s以下、である。
【0030】
流動性材料は、ニュートン流体であっても、非ニュートン流体であっても構わない。しかし、細胞の運動は一般に非常に遅く、非ニュートン流体で十分な効果を得るためには、細胞の運動速度に対して適切な粘度となるように物性の精密な調整が必要となる。
【0031】
流動性材料の比重は培地より大きくても、同等でも、小さくても構わない。しかし、流動性材料を基材の表面にコーティングして用いる場合には、流動性材料が基材から剥離しないことが望ましいので、流動性材料と基材の親和性が十分に高く、表面張力や浮力・重力のような流動性材料を変形させ得る力に対して拮抗できる必要がある。流動性材料の比重が培地よりも重い場合は、ディッシュ底面のような部位に用いる限り、容易に取り扱える。ただし、何らかの立体的な形状を有する基材の表面にコーティングして用いる場合には、コーティングの落下を防ぐために流動性材料と基材の間に十分な相互作用が必要となる。
【0032】
培地、流動性材料、基材の3つの成分の間において、貯蔵エネルギーや運動エネルギーは無視できるとして、表面エネルギーの和とポテンシャルエネルギーの和が極小値周りに存在する場合に流動性材料が安定に基材表面にコーティングされた状態が保たれると表現することができる。流動性材料のコーティングが不安定である場合、流動性材料が変形してより安定な状態に移行するが、その際には、変形によって培地と基材の接触面積が変化しないモード(1)と、増大するモード(2)の2つに分類することができる(図3)。流動性培養容器が安定に存在できるためには、これらのどちらも進行しないことが必要となる。
【0033】
まず、モード(1)は、一例としてディッシュ底面に比重が培地6より小さい流動性材料3がコーティングされている場合、流動性材料3が変形して、コーティングの一部が浮き上がるような変形である。流動性材料の変形部位7と、培地6の接触面積が増加している。
【0034】
モード(1)に対して、流動性材料が安定にコーティングされている状態とは、流動性材料と培地の接触面積が自発的に増加しない状態である。すなわち、流動性材料と培地の接触面積が増大する変形に対して、全エネルギーの変化が正でありエネルギー的な損失が発生する状態である。このような状態は式1にて表現できる。ΔVΔh/ΔSは変形部位の形状に依存する項であり、εやρやgは定数であるため、この式は実質的に、自発的に進行し得る変形の形状について記述したものと言える。定性的には、流動性材料と培地の親和性が低く、流動性材料と培地の密度差が大きく、広い範囲で体積変化を伴う変形の方が進行しやすいことを示唆している。
【0035】
【数1】
【0036】
次に、モード(2)は、一例としてディッシュ底面に比重が培地より小さい流動性材料がコーティングされている場合、流動性材料が変形して、コーティングの基材が露出するような変形である。基材5と、培地6の接触面積が増加している。
【0037】
モード(2)に対して、流動性材料が安定にコーティングされている状態とは、培地と基材の接触面積が自発的に増加しない状態である。すなわち、培地と基材の接触面積が増大する変形に対して、全エネルギーの変化が正でありエネルギー的な損失が発生する状態である。このような状態は式2にて表現できる。ポテンシャルエネルギーに関しては式1と同様であるが、表面エネルギーに関しては、流動性材料と培地、培地と基材、流動性材料と基材の接触面積の変化があり3つの項から成るが、培地と基材の接触面積の増加分は、流動性材料と基材の接触面積の減少分に等しいため式2のように単純化される。定性的には、式1の議論に加えて、流動性材料と基材の親和性が低い方が変形が進行しやすいことを示唆している。
【0038】
【数2】
【0039】
これらを踏まえ、モード(1)も(2)も進行しにくい流動性培養容器の形状としては、一例として培地と親和性の低い基材に流動性材料を薄くコーティングしたものが挙げられる。コーティングが薄いことでポテンシャルエネルギーのみによって変形するモード(1)を抑制でき、培地と基材の親和性が低いことで培地と基材の接触面積増加による表面エネルギー利得によって変形するモード(2)を抑制できるためである。
【0040】
なお、式1、式2が成り立たない範囲においても、流動性材料の粘度が非常に高く、浮力や表面張力などによる時間当たりの変位が十分に小さい場合、厳密には安定状態でなかったとしても細胞培養期間の中で流動性材料の変形が十分に小さいため、細胞培養に使用できる。これは例えばコーティングが十分に薄くないためモード(1)を完全には抑制できないものの、浮力が小さいため変位が十分に遅い状態などである。このような状態は、流動性培養容器の製造時のコーティングのムラや品質のブレなどによって発生し得る。また、別の例として、流動性材料と基材の親和性が十分に高くない場合においても表面張力の寄与が小さく変位が十分に遅い状態も考えられる。
【0041】
また、何らかの原因によって準安定状態になっている場合も、安定状態への遷移が十分に遅い場合は、細胞培養に使用できる。培養中に一時的に安定状態でなくなる可能性がある場合なども、安定状態への遷移が十分に遅い場合は、細胞培養に使用できる。
【0042】
他にも、培地成分の流動性材料表面への吸着、細胞の運動や流動性材料への沈み込みによる変位、などによって、培養開始時には最安定状態であったものが、培養の経過とともに最安定状態でなくなることも考えられる。このような場合においても、細胞培養期間の中で流動性材料の変形が十分に小さい場合は、細胞培養に十分に使用できる。
【0043】
水中での流動性材料の安定性を判断する簡便な方法は、37℃において流動性材料を水中で24時間静置することである。安定性が不十分であれば、上述のモード(1)やモード(2)の変形が観察される。安定な場合や、時間当たりの変位が十分に小さい場合には明確な変形は観察されない。
【0044】
培地成分や流動性材料の表面の組成は時間とともに変化するので、長期間の安定な培養には、予想される物性変化の幅に対してロバストなデザインを考える必要がある。
【0045】
細胞毒性が低く、培地に対して不溶性の流動性材料としては、例えば、ポリブテン、ポリイソブチレン、水添ポリブテン、水添ポリイソブチレン、これらを含むブロック共重合体、流動パラフィンのような炭化水素系、シリコーンのようなシロキサン系、ペルフルオロカーボンやペルフルオロエーテルのようなハロゲン系、等の高分子材料を用いることが出来るが、これらに限定されない。また、このような高分子材料の末端官能基や分岐・架橋構造、タクティシティ等は流動性を示す限り限定されない。流動性材料としては、粘度が分子量や成分の混合比に依存する材料系が、細胞支持体の流動性の制御が容易であるため望ましいが、それらに限定されない。培地に対して不溶性のイオン液体も流動性材料の候補となり得るが、細胞毒性の低いイオン種である必要があること、流動性の制御が困難であること、などから必ずしも細胞支持体としては適していない。
【0046】
我々の検討によると、粘度範囲や表面エネルギーの観点から、ポリブテン、ポリイソブチレンのような非直鎖の炭化水素系材料が、流動性材料として特に好ましいことが判明している。ポリブテン、ポリイソブチレンは、水に対する溶解性が非常に低く、培地への混入がほぼないこと、混入があったとしても除去が容易であること、食品原料、化粧品原料、医療用粘着剤などに用いられる非常に安全性の高い素材であり、たとえ微小量の培地への混入があっても悪影響が少ないと期待できること、からも有用である。なお、このような非直鎖の炭化水素系材料は一般に密度が1g/mL未満である。
【0047】
流動性材料を基材の表面にコーティングして使用する場合、流動性材料と基材の組み合わせが重要になる。一例として、流動性材料としてポリブテンを用い、基材として低密度ポリエチレンを用い、厚さ30μmのポリブテン層を低密度ポリエチレン上に形成することで、式1および式2を満たすことができるが、それらに限定されない。基材としては、ポリエチレンだけでなく、ポリプロピレンやポリブテン共重合体のようなポリエチレン以外のポリアルキレン、ポリアルキレンがグラフトされた表面を有する材料、なども使用できるが、これらに限定されない。
【0048】
流動性材料をコーティングする場合、膜の流動性は膜厚にも依存する場合があるため、材料組成だけでなく膜厚によって物性を制御できる可能性がある。また、膜厚が薄い場合には、流動性材料の体積に対する基材や培地と接触する面の比表面積が大きくなるため、浮力や重力の影響が相対的に大きくなり、流動性材料の層がより安定に存在しやすくなる。
【0049】
流動性材料をコーティングする基材の形状は問わない。例えば、平面、局面、フィルム、メッシュ、ファイバー、布、粒子、ピラー、凹凸のある面、等が考えられる。図4ではフィルム状基材8、メッシュ状基材9、ピラー状基材10の例を示す。
【0050】
コーティング方法としては、バルクの流動性材料を塗布する手法や、流動性材料の溶液を塗布し溶媒を乾燥する手法、気化された流動性材料を蒸着させる手法、等が考えられるが、これらに限定されない。
【0051】
一例として、流動性材料をフィルム状の基材にコーティングして、それを培養ディッシュ底面に貼り付けることで、通常の培養ディッシュと同様の取り扱いが出来る流動性培養容器となる。このようなケースでは、細胞が接着したフィルムを底面から剥離することで、細胞の移動を容易に行うことが出来る。また、フィルムの切断による細胞の分割、観察用切片の調製が容易であることから、利便性が高い(図5)。流動性材料に十分な粘着性がある場合には、流動性材料を用いてフィルム状基材を培養ディッシュにそのまま貼り付けることができるため、簡便に製造可能である。
【0052】
また、別の例として、伸縮性を有するフィルム状の基材にコーティングした場合、培養中に基材を伸縮・圧縮などすることで、流動性材料の層に対して積極的に流動を与えることができる。それによって細胞にも力学的な刺激を培養中に与えることができ、動的にメカノバイオロジカルな制御をすることもできる。
【0053】
さらに、別の例として、流動性材料と低接着性表面がパターニングされた形状のディッシュを用いることで、再現性よく細胞塊のサイズを揃えた3次元培養をすることができる。
【0054】
流動性材料の滅菌方法は、流動性材料の特性によって選ばれるべきである。滅菌方法としては、γ線、エチレンオキサイドガス、UV照射、エタノール、乾燥加熱、飽和水蒸気加熱、などが考えられる。
【0055】
流動性材料の表面に細胞を接着させる際には、細胞の懸濁液を流動性培養容器に導入するなどの一般的な方法を用いることができる(図7)。
【0056】
流動性材料の表面に接着した状態の細胞を剥離する際には、一般に用いられるタンパク分解酵素を用いることができる(図8)。また、流動性材料の表面が刺激応答性分子のようなもので被覆されている場合には、刺激応答による細胞剥離もできる。また、固体足場を用いる場合と比較して、流動性材料を用いる場合には、液流によって細胞を剥離した際に細胞への侵襲性が低い。
【0057】
以下で培養容器上で製造の具体例について説明する
【実施例1】
【0058】
実施例1では、粘度が37℃において2.0×10mPa・sであるポリブテン(以下、ポリブテン1という)を流動性材料として用いて、フィルム状基材にて流動性培養容器を製造した。
【0059】
上記ポリブテン1の33wt%トルエン溶液に、低密度ポリエチレンフィルムを浸漬し、引き上げた後に風乾することで、フィルム状基材に流動性材料をコーティングした。得られたフィルムをTCPS培養容器の底面に貼り付け、減圧下で1日乾燥することで揮発性成分を除去した。得られた流動性培養容器を大気圧に戻し、室温で1日もしくは40℃で半日静置することで表面をアニーリングした。上記流動性培養容器を培養容器1とする。
【0060】
培養容器1は水中37℃にて24時間静置したが、コーティングは安定であり、剥離等は見られなかった。24時間静置後のポリブテン1の含水率は0.5%以下であった。
【実施例2】
【0061】
実施例2では、粘度が37℃において7.5×10mPa・sであるポリブテン(以下、ポリブテン2という)を流動性材料として用いて、フィルム状基材にて流動性培養容器を製造した。
【0062】
上記ポリブテン2の33wt%トルエン溶液に、低密度ポリエチレンフィルムを浸漬し、引き上げた後に風乾することで、フィルム状基材に流動性材料をコーティングした。得られたフィルムをTCPS培養容器の底面に貼り付け、減圧下で1日乾燥することで揮発性成分を除去した。得られた流動性培養容器を大気圧に戻し、室温で1日もしくは40℃で半日静置することで表面をアニーリングした。上記流動性培養容器を培養容器2とする。
【0063】
培養容器2は水中37℃にて24時間静置したが、コーティングは安定であり、剥離等は見られなかった。24時間静置後のポリブテン2の含水率は0.5%以下であった。
【実施例3】
【0064】
実施例3では、ポリブテン1を流動性材料として用いて、メッシュ状基材にて流動性培養容器を製造した。
【0065】
ポリブテン1の10wt%トルエン溶液に、ポリプロピレンメッシュを浸漬し、引き上げた後に風乾することで、メッシュ状基材に流動性材料をコーティングした。得られたメッシュを低接着性培養容器の底面に設置し、減圧下で1日乾燥することで揮発性成分を除去した。得られた流動性培養容器を大気圧に戻し、室温で1日もしくは40℃で半日静置することで表面をアニーリングした。上記流動性培養容器を培養容器3とする。
【0066】
培養容器3は水中37℃にて24時間静置したが、コーティングは安定であり、剥離等は見られなかった。24時間静置後のポリブテン1の含水率は0.5%以下であった。
【実施例4】
【0067】
実施例4では、ポリブテン2を流動性材料として用いて、フィルム状基材にて流動性培養容器を製造した。
【0068】
ポリブテン2の33wt%ヘキサン溶液に、低密度ポリエチレンフィルムを浸漬し、引き上げた後に風乾することで、フィルム状基材に流動性材料をコーティングした。得られたフィルムをTCPS培養容器の底面に貼り付け、減圧下で1日乾燥することで揮発性成分を除去した。得られた流動性培養容器を大気圧に戻し、室温で1日もしくは40℃で半日静置することで表面をアニーリングした。上記流動性培養容器を培養容器4とする。
【0069】
培養容器4は水中37℃にて24時間静置したが、コーティングは安定であり、剥離等は見られなかった。24時間静置後のポリブテン2の含水率は0.5%以下であった。
【実施例5】
【0070】
実施例5では、ポリブテン1とポリブテン2の混合物を流動性材料として用いて、フィルム状基材にて流動性培養容器を製造した。
【0071】
ポリブテン1とポリブテン2の1:1混合物の33wt%トルエン溶液に、低密度ポリエチレンフィルムを浸漬し、引き上げた後に風乾することで、フィルム状基材に流動性材料をコーティングした。得られたフィルムをTCPS培養容器の底面に貼り付け、減圧下で1日乾燥することで揮発性成分を除去した。得られた流動性培養容器を大気圧に戻し、室温で1日もしくは40℃で半日静置することで表面をアニーリングした。上記流動性培養容器を培養容器5とする。
【0072】
培養容器5は水中37℃にて24時間静置したが、コーティングは安定であり、剥離等は見られなかった。24時間静置後のポリブテン1とポリブテン2の混合物の含水率は0.5%以下であった。
【実施例6】
【0073】
実施例6では、ポリブテン1を流動性材料として用いて、テフロン(登録商標)上に流動性培養容器を製造した。
【0074】
ポリブテン1の33wt%トルエン溶液を表面に微細な凹凸を有するテフロン(登録商標)容器にコーティングし、風乾した後に、減圧下で1日乾燥することで揮発性成分を除去した。得られた流動性培養容器を大気圧に戻し、室温で1日もしくは40℃で半日静置することで表面をアニーリングした。上記流動性培養容器を培養容器6とする。
【0075】
培養容器6は水中37℃にて24時間静置したが、コーティングは安定であり、剥離等は見られなかった。24時間静置後のポリブテン1の含水率は0.5%以下であった。
【実施例7】
【0076】
実施例7では、分子の吸着による培養容器1の表面修飾を検討した。
【0077】
培養容器1に、ステアリン酸ナトリウム水溶液、コラーゲン水溶液、フィブロネクチン水溶液をそれぞれ入れ、30分間インキュベートした。その後、溶液を取り除き、純水で洗浄した後に乾燥させた。表面分析によって、作用させた分子の存在が確認された。また濡れ性の増大も確認された。
【実施例8】
【0078】
実施例8では、粒子等の吸着による培養容器1の表面修飾を検討した。
【0079】
培養容器1に、架橋アガロースビーズ、ポリスチレンビーズ、セルロースナノファイバーの分散溶液をそれぞれ入れ、30分間インキュベートした。その後、溶液を取り除き、純水で洗浄した後に乾燥させた。表面分析によって、作用させた粒子等の存在が確認された。
【実施例9】
【0080】
実施例9では、含水率が4%のポリブテン−ポリアクリル酸ブロック共重合体を流動性材料としてコーティングした流動性培養容器を製造した。ポリブテン−ポリアクリル酸ブロック共重合体の10wt%THF溶液を表面に微細な凹凸を有するテフロン(登録商標)容器にコーティングし、風乾した後に、減圧下で1日乾燥することで揮発性成分を除去した。得られた流動性培養容器を大気圧に戻し、室温で1日もしくは40℃で半日静置することで表面をアニーリングした。上記流動性培養容器を培養容器9とする。
【0081】
培養容器9は水中37℃にて24時間静置したが、コーティングは安定であり、剥離等は見られなかった。24時間静置後のポリブテン1の含水率は4%以下のままであった。
【0082】
<比較例1>
比較例1では、粘度が37℃において7・0×10mPa・sであるポリブテン3を流動性材料として用いて、実施例1と同様にしてフィルム状基材にて流動性培養容器を製造した。上記流動性培養容器を比較容器1とする。
【0083】
比較容器1は水中37℃にて24時間静置したが、コーティングは安定であり、剥離等は見られなかった。24時間静置後のポリブテン3の含水率は0.5%以下であった。
【0084】
<比較例2>
比較例2では、ポリブテン2を流動性材料として用いて、ガラス上に流動性培養容器を製造した。
【0085】
ポリブテン2の33wt%トルエン溶液をガラスシャーレにコーティングし、風乾した後に、減圧下で1日乾燥することで揮発性成分を除去した。得られた流動性培養容器を大気圧に戻し、室温で1日もしくは40℃で半日静置することで表面をアニーリングした。上記流動性培養容器を比較容器2とする。
【0086】
比較容器2を水中37℃にて24時間静置したところ、コーティングが剥離した。24時間静置後のポリブテン2の含水率は0.5%以下であった。
【0087】
<比較例3>
比較例3では、粘度が37℃において1×1010mPa・sであるポリブテン4を流動性材料として用いて、実施例4と同様にしてフィルム状基材にて流動性培養容器を製造した。上記流動性培養容器を比較容器3とする。
【0088】
比較容器3は水中37℃にて24時間静置したが、コーティングは安定であり、剥離等は見られなかった。24時間静置後のポリブテン4の含水率は0.5%以下であった。
【0089】
<比較例4>
比較例4では、粘度が37℃において6×10mPa・sあるシリコーンオイル5を流動性材料として用いて、実施例4と同様にしてフィルム状基材にて流動性培養容器を製造した。上記流動性培養容器を比較容器4とする。
【0090】
比較容器4を水中37℃にて24時間静置したところ、コーティングが剥離した。24時間静置後のシリコーンオイル5の含水率は1%以下であった。
【0091】
<比較例5>
比較例5では、粘度が37℃において2×10mPa・sであり含水率が80%であるアクリルアミドハイドロゲルを流動性材料として用いて、TCPSの流動性培養容器を製造した。上記流動性培養容器を比較容器5とする。
【0092】
比較容器5は水中37℃にて24時間静置したが、コーティングは安定であり、剥離等は見られなかった。24時間静置後のアクリルアミドハイドロゲルの含水率は80%のままであった。
【0093】
以下で流動性培養容器上での細胞培養について説明する。
【実施例10】
【0094】
実施例10では、培養容器1〜5、9を用いて細胞培養を実施した。細胞培養に先立ち、各培養容器は使用する培地もしくは培養する細胞に適した接着因子の溶液を入れて30分間インキュベートすることで、表面の細胞接着性を向上させた。培地や播種条件は培養する細胞種に推奨されているものを用いた。その結果、いずれの例でも、初期には細胞が伸展し、後期には細胞が自発的に凝集する挙動が観察され、流動性の効果が認められた(図6)。図6に示す通り、粘度が細胞形態に与える影響は大きい。
【0095】
<比較例6>
比較例6では、比較容器1、3、5、TCPSを用いて実施例10と同様に細胞培養を実施した。その結果、流動性が高過ぎる比較容器1では細胞の伸展が見られなかった一方で、流動性が低すぎる比較容器3や固体であるTCPSでは細胞が伸展するものの単層状態が維持され、適切な流動性の範囲内でなければ細胞の自発的な凝集は進行しないことが確認された。また、含水率の高い比較容器5では、細胞が流動性材料内に浸潤し、流動性に起因する自発的な凝集は観察されなかった。
【0096】
<実施例と比較例>
流動性材料を保持するために基材を用いる場合は、培養容器として機能するためには粘度が所定の範囲内(37℃において1×10mPa・s以上1×10mPa・s以下)であることだけではなく、流動性材料が基材から剥離しない必要がある。比較例2に記載した通り、粘度が上述の所定の範囲内にあるポリブテン2を用いても基材がガラスである場合にはコーティングされた状態が水中でエネルギー的に極小値付近になく、剥離がエネルギー的に有利であり、コーティングは剥離する。このように流動性材料と基材の材質の組合せ(材質に由来する表面エネルギーの組合せ)が重要であり、実施例では流動性材料が剥離しない組合せを例示するために複数の事例を記載した。比較例においては、比較例2が流動性材料が剥離する組合せ、それ以外が粘度や含水率が上述の所定の範囲外のためNGとなる事例である。
【符号の説明】
【0097】
1…細胞培養容器、2…細胞支持体、3…流動性材料、4…表面成分
5…基材、6…培地、7…流動性材料の変形部位、
8…フィルム状基材、9…メッシュ状基材、10…ピラー状基材
11…細胞、12…フィルム移動先の支持体
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8