【解決手段】液滴処理方法は、液滴処理基板10の処理面11に形成された複数の液滴Dに、処理面11に対向する側から同時に接触体Dを接触させる接触工程、及び、液滴Dと接触体Dとの接触を利用した所定の処理を行う処理工程を含む。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年、革新的な細胞培養技術の発展を背景に、体外から細胞を投与することによる治療、例えば再生医療による治療への期待が高まっている。そして、このような再生医療の分野や創薬分野の発展を支える細胞培養技術へのMEMSの応用も試みられている。例えば、細胞培養技術のなかでも前記ハンギングドロップ等を用いた三次元培養技術は、従来の平面培養と比較して組織の構造に近いため、組織の細胞を模倣した細胞機能を発揮できる可能性が高いと考えられている。
【0008】
しかしながら、三次元培養細胞を用いて再生医療や創薬研究の産業化を行う際には、一定品質の細胞を安定的にかつ大量に供給することが必要となる。特に、液滴を用いた培養技術の場合、多数の液滴を用いて培養細胞を均一に大量生成することが必要となり、培地の交換や細胞の取り出しなどの種々の処理を多数の液滴に対して効率よく行うことが求められる。
【0009】
本発明は、複数の液滴に対して効率よく所定の処理を行うことができる液滴処理方法を提供すること、並びに、液滴処理方法に適用することができる液滴処理基板及び液滴接触用治具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
(1) 本発明に係る液滴処理方法は、
液滴処理基板の処理面に形成された複数の液滴に、前記処理面に対向する側から同時に接触体を接触させる接触工程、及び
前記液滴と前記接触体との接触を利用した所定の処理を行う処理工程を含む。
この液滴処理方法によれば、液滴処理基板上の複数の液滴に対して同時に接触体を接触させ、複数の液滴に対して所定の処理を同時に行うことができる。したがって、複数の液滴に対する処理を効率よく行うことができる。
【0011】
(2) 上記(1)の液滴処理方法において、前記接触体は他の液滴であることが好ましい。
このような構成によって、液滴処理基板上の複数の液滴に対して同時に他の液滴を接触させ、複数の液滴及び他の液滴に対して所定の処理を同時に行うことができる。
【0012】
(3) 本発明に係る液滴処理方法は、
液滴処理基板の処理面に形成された複数の液滴に、前記処理面に対向する側から他の液滴を接触させる接触工程、及び
前記液滴と前記他の液滴との接触を利用した所定の処理を行う処理工程を含む。
この液滴処理方法によれば、液滴処理基板上に複数の液滴が形成されるので、これらの液滴に他の液滴を接触させる操作、及び当該接触を利用した所定の処理を効率よく行うことができる。
【0013】
(4) 上記(2)又は(3)のいずれかの液滴処理方法において、
前記所定の処理は、前記液滴に前記他の液滴を混合する処理であることが好ましい。
液滴処理基板上の複数の液滴に他の液滴を接触させることによって、複数の液滴と他の液滴との混合処理を効率よく行うことができる。
【0014】
(5) 上記(2)又は(3)のいずれかの液滴処理方法において、
前記所定の処理は、前記液滴及び前記他の液滴の少なくとも一方に含まれた物体を他方に輸送する処理であってもよい。
液滴処理基板上の複数の液滴に他の液滴を接触させることによって、少なくとも一方の液滴に含まれる物体を他方の液滴に輸送する処理を効率よく行うことができる。
【0015】
(6) 上記(5)の液滴処理方法において、
前記物体は細胞であることが好ましい。
これにより液滴中で培養された細胞を他の液滴に輸送することができ、培地交換等に好適に利用することができる。なお、ここでいう「細胞」とは、単体の細胞だけでなく複数の細胞が凝集した細胞塊(細胞スフェロイド)や細胞組織をも含む。
【0016】
(7) 上記(2)〜(6)のいずれかの液滴処理方法において、
互いに接触させた液滴同士を分離させる分離工程をさらに含むことが好ましい。
このような工程を備えることによって、接触によって一体となった液滴を再び2つに分離することができる。
【0017】
(8) 上記(2)〜(7)のいずれかの液滴処理方法において、
前記複数の液滴が前記処理面に形成された第1の前記液滴処理基板と、複数の前記他の液滴が処理面に形成された第2の液滴処理基板とを備えており、
前記接触工程が、
前記第1の液滴処理基板と前記第2の液滴処理基板とを、互いに前記処理面を対向させた状態で接近させ、前記第1の液滴処理基板の前記複数の液滴に前記第2の液滴処理基板の前記複数の他の液滴を同時に接触させる工程であることが好ましい。
このような構成によって、第1の液滴処理基板の複数の液滴に、第2の液滴処理基板の複数の他の液滴を同時に接触させることができ、複数の液滴及び複数の他の液滴に対してより効率よく所定の処理を行うことができる。
【0018】
(9) 上記(8)の液滴処理方法において、
前記第1の液滴処理基板及び前記第2の液滴処理基板の前記処理面には、それぞれ複数の液滴形成領域が設けられており、
前記第1の液滴処理基板及び前記第2の液滴処理基板の少なくとも一方における前記各液滴形成領域は、液滴の形成の可否、又は、形成される液滴の高さが制御可能に構成されている。
このような構成によって、一方の液滴処理基板上における液滴形成領域で液滴を形成するか否かについての制御、又は、液滴形成領域における液滴の高さの制御を行うことができ、この制御によって、両液滴処理基板における液滴同士の接触の有無や接触状態を制御することが可能となる。
【0019】
(10) 上記(9)の液滴処理方法において、
前記液滴の形成の可否、及び、前記液滴の高さの制御が、前記液滴形成領域における界面状態の制御により行われることが好ましい。
【0020】
(11) 上記(10)の液滴処理方法において、
前記界面状態は、当該界面における濡れ性であることが好ましい。
濡れ性の程度によって液滴形成の可否及び液滴の高さの制御を行うことができる。
【0021】
(12) 上記(10)の液滴処理方法において、
前記界面状態が、当該界面における電気的エネルギー量である。
電気的エネルギー量の程度によって液滴形成の可否及び液滴の高さの制御を行うことができる。
【0022】
(13) 本発明における液滴処理基板は、
液滴を形成するための液滴形成領域を複数有しており、
各液滴形成領域における液滴の形成の可否、又は、形成される液滴の高さが制御可能に構成されている。
この液滴処理基板によれば、液滴形成領域における液滴の形成の可否、及び、液滴の高さの制御を行うことができる。
【0023】
(14) 本発明における液滴接触用治具は、
複数の液滴が第1の処理面に形成された第1の液滴処理基板を保持する第1の保持具と、
複数の他の液滴が第2の処理面に形成された第2の液滴処理基板を、前記第2の処理面を前記1の処理面に対向させた状態で保持する第2の保持具と、
前記第1の液滴処理基板が保持された前記第1の保持具と、第2の液滴処理基板が保持された前記第2の保持具とを、前記第1の処理面及び第2の処理面の対向方向に相対的に移動させる移動機構と、を備えている。
【0024】
このような液滴接触用治具によって、第1の液滴処理基板に形成された複数の液滴と、第2の液滴処理基板に形成された複数の他の液滴とを同時に接触させることができる。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、複数の液滴に対して効率よく所定の処理を行うことができる。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、図面を参照して本発明の実施形態を詳細に説明する。
[第1の実施形態]
図1は、本発明の第1の実施形態に係る液滴処理基板を示す概略的な斜視図である。
図1(a)に示すように、本実施形態の液滴処理基板10は、ガラス板等によって矩形状に形成され、一方の板面11(「表面」又は「処理面」とも言う)に複数の液滴Dが形成されている。また、複数の液滴Dは、縦横(図示例では3×3)に整列した配列パターンで形成されている。
【0028】
また、本実施形態の液滴処理方法は、2枚の液滴処理基板10を用いて液滴Dに所定の処理を行う。具体的には、
図1(b)に示すように、同一の配列パターンで複数の液滴が形成された2枚の液滴処理基板(第1の基板及び第2の基板)10A,10Bのうち、一方10Aを上下反転させ、2枚の液滴処理基板10A,10Bの処理面11を互いに対向させる。そして、2枚の液滴処理基板10A,10Bを相対的に接近させることによって各基板10A,10Bの複数の液滴D同士を同時に接触させ、この接触を用いた処理を行う。
【0029】
本実施形態では、液滴処理基板10の処理面11(液滴Dとの間の界面)における「濡れ性」を制御することによって液滴Dの形成を可能にしている。濡れ性は、固体表面に対する液体の付着しやすさを表し、固体表面の性質を表す指標として広く用いられている。濡れ性の程度は、固体表面の表面エネルギーと表面粗さにより決まる。固体表面の濡れ性は、接触角により定量的に表現される。接触角は、
図9に示すように、固体表面αと液体表面βとの間の0°から180°までの角度θで表される。濡れ性が高い表面は親水性と呼ばれ、例えば接触角がθ<45°である。そして、接触角が0°に近づくほど親水性が強くなり超親水性と呼ばれる。濡れ性が低い表面は撥水性と呼ばれ、例えば接触角がθ>90°である。そして、接触角が180°に近付くほど撥水性が強くなる。
【0030】
本実施形態では、
図1に示すように、液滴処理基板10の処理面11において、液滴Dを形成する領域(液滴形成領域)12は濡れ性の高い親水性領域とされ、その周りの液滴を形成しない領域13は濡れ性の低い撥水性領域とされている。以下、このような性質を有する液滴処理基板10の製造方法、及び、液滴処理基板10に対する液滴Dの形成方法について例示する。
【0031】
<液滴処理基板の製造方法>
図10は、液滴処理基板の製造方法の一例を示す説明図である。
図10(a)及び
図10(b)に示すように、液滴処理基板10の主構成部材であるガラス板等の基板本体21の表面には、光触媒材料22としての酸化チタン(TiO
2)の層が複数箇所に設けられる。例えば、酸化チタンは、スパッタリング法を用いて処理面上に成膜される。この光触媒材料22は、紫外線が照射されることによって表面の濡れ性が撥水性から親水性に変化する性質を有している。また、光触媒材料22としての酸化チタンは、親水性に変化した後、暗所で保存されることにより撥水性に戻る性質を有している。本実施形態では、このような性質を利用して液滴処理基板10の処理面11に、液滴形成領域12を形成する。
【0032】
また、基板本体21及び光触媒材料22の表面側には、さらに撥水性の高い膜(撥水性膜)23が設けられる。本実施形態では、撥水性膜23として、自己組織化単分子膜(Self-assembled monolayer:SAM膜)の一つであるODP−SAM膜が基板本体21の表面全体に成膜される。
【0033】
そして、
図10(c)に示すように、撥水性膜23の表面側から紫外線を照射することによって、光触媒材料22上の撥水性膜23を当該光触媒材料22の作用で光分解し、かつ光触媒材料22を撥水性から親水性に変化させる。これにより、光触媒材料22上(液滴形成領域12)が親水性領域となり、光触媒材料22の周囲の領域13が撥水性領域となる。このような製造方法を採用することによって、液滴処理基板10における液滴形成領域12の濡れ性を光によってワイヤレスに制御することができる。
【0034】
<液滴の形成方法>
図11は、液滴処理基板上に液滴を形成するための液滴形成装置を示す概略的な説明断面図である。この液滴形成装置31は、液滴処理基板10上にマイクロ流路32を形成する装置本体35と、この装置本体35に形成されたインレットポート33及びアウトレットポート34とを備えている。液滴形成装置31は、液滴Dを形成するための液体36をインレットポート33から流入させ、マイクロ流路32に液体を流した後、アウトレットポート34から液体36を排出させる。液滴Dは、液滴処理基板10上を流体が通過する過程で、親水性領域である液滴形成領域12上に形成される。
【0035】
このような液滴形成装置31を用いることによって、液滴処理基板10上の複数の液滴形成領域12に同時に液滴Dを形成することが可能である。しかし、液滴処理基板10には、ピペット等を用いて各液滴形成領域12に1つずつ液滴Dを形成してもよい。
また、後述するように液滴D内に粒子状の物体を含ませる場合には、マイクロ流路32に導入される液体に予め物体を導入しておいてもよい。
【0036】
<液滴に対する処理>
次に、2枚の液滴処理基板10A,10Bに形成された液滴Dに対する処理について具体的に説明する。
(混合処理)
図2は、2枚の液滴処理基板に形成した液滴同士を接触させる様子を示す断面説明図である。なお、
図2(b)及び(c)は、互いに接触する1組の液滴に注目しこれを拡大して示している。
【0037】
図2(a)に示すように、2枚の液滴処理基板10A,10Bにおける複数の液滴Dを接触させるには、一方の液滴処理基板10Aを上下反転させ、2枚の液滴処理基板10A,10Bの処理面11同士を上下方向に対向させる。そして、2枚の液滴処理基板10A,10Bを互いに接近する方向へ相対的に移動させ、処理面11上の液滴D同士を接触させる。
【0038】
図2(b)に示すように、互いに接触した2つの液滴Dは、それぞれ上下方向に拡散することによって混合される。
その後、
図2(c)に示すように、2枚の液滴処理基板10A,10Bを互いに離反する方向へ相対的に移動させる。各液滴処理基板10A,10Bの液滴形成領域12は、その親水性によって液滴Dが付着された状態に維持されるので、2枚の液滴処理基板10A,10Bを離反させると、それぞれの液滴形成領域12に液滴Dが付着したまま2つに分離する。
【0039】
したがって、2枚の液滴処理基板10A,10Bを接近させて2つの液滴Dを接触させることによって両者を混合することができ、さらに2枚の液滴処理基板10A,10Bを離反させることによって混合された液滴Dを再び2つに分離することができる。2枚の液滴処理基板10A,10Bに形成された液滴Dは、同種のものであってもよいし、異なる種類のものであってもよい。異なる種類の液体、例えば薬剤と水の場合、これらの液滴を混合させることによって、薬剤の濃度を調整することが可能となる。また、2つの液滴Dを接触させる時間を調整することで、2つの液滴Dの混合の程度を調整することができる。
【0040】
また、本実施形態では、2枚の液滴処理基板10A,10B上の複数の液滴D同士を同時に接触させることによって複数の液滴Dを同時に混合することができる。したがって、複数の液滴Dに対して短時間で効率よく混合処理を行うことができる。
【0041】
2枚の液滴処理基板10A,10Bにおける液滴形成領域12の親水性の程度を相対的に異ならせることによって、液滴Dを2つに分離させたときのそれぞれの分量を調整することも可能である。すなわち、液滴Dを2つに分離させたとき、親水性がより高い(撥水性がより低い)液滴形成領域12に、親水性がより低い(撥水性がより高い)液滴形成領域12よりも分量の大きい液滴を形成することができる。
【0042】
(液滴内の物体の輸送処理)
図3は、2枚の液滴処理基板に形成した液滴同士を接触させる様子を示す断面説明図である。なお、
図3(b)及び(c)は、互いに接触する1組の液滴に注目しこれを拡大して示している。
図3(a)に示すように、一方の液滴処理基板10Aに形成した複数の液滴D中には、粒子状の物体Mが含まれている。他方の液滴処理基板10Bに形成した複数の液滴D中には当該物体Mが含まれていない。そして、物体Mを含む液滴Dと含まない液滴Dとを接触させることによって、両液滴D間で物体Mの輸送を行うことができる。
【0043】
具体的には、
図3(a)に示すように、物体Mを含む液滴Dが形成された液滴処理基板10Aを上方に配置し、その処理面11を下方に向ける。また、物体Mを含まない液滴Dが形成された液滴処理基板10Bを下方に配置し、その処理面11を上方に向ける。そして、
図3(b)に示すように、2枚の液滴処理基板10A,10Bを互いに接近させることによって、液滴D同士を接触させる。この接触によって、物体Mは上の液滴Dから下の液滴Dへ自重によって移動する。そして、
図3(c)に示すように、2枚の液滴処理基板10A,10Bを互いに離反させることによって、接触した状態の液滴Dが2つに分離する。
【0044】
これにより、物体Mは下側の液滴Dに含まれた状態になる。したがって、2つの液滴を接触させることによって物体Mを移動させ、その後、一体となった液滴を2つに分離することで、一方の液滴Dに含まれていた物体Mを他方の液滴Dに輸送することが可能となる。
また、2枚の液滴処理基板10A,10Bに形成された複数の液滴D同士を接触させることで、複数の液滴Dにおいて同時に物体Mを輸送することができる。したがって、複数の液滴Dに対して短時間で効率よく輸送処理を行うことができる。
【0045】
また、上記の輸送処理は、第2の液滴処理基板10B側の液滴が、第1の液滴処理基板10Aの液滴中から物体Mを採取(サンプリング)しているということもできる。
【0046】
(物体輸送の細胞培養への適用)
以上のような粒子状の物体の輸送処理は、液滴を用いた細胞の三次元培養に適用することができる。具体的には、培地液体中で細胞を培養する場合、定期的に培地液体を新しいものに交換する工程が行われるが、この培地液体の交換に上述の輸送処理を適用することができる。なお、以下の説明における「細胞」は、単体の細胞だけでなく複数の細胞が凝集した細胞塊(細胞スフェロイド)や細胞組織であってもよく、これらを含む概念で「細胞」という用語を用いる。
【0047】
図4は、液滴を用いた細胞の三次元培養のサイクルを示す説明図である。このサイクルは、液滴処理基板10に形成された培地液滴D中で細胞Mcを培養する工程(I)、新しい培地液滴Dnに細胞Mcを輸送することで培地交換する工程(II)を含む。そして、培地交換を行った液滴処理基板10を反転させて細胞Mcを所定期間培養し、その後、再び新しい培地液滴Dnに交換する工程が繰り返し行われる。
【0048】
図5は、液滴を用いて細胞を培養する工程で使用する培養装置を示す断面説明図である。この培養装置41は、上方が開口した容器42を有し、この容器内に水43が収容される。また、この容器42内の水43の上方に、処理面11を下方に向けた液滴処理基板10が支持される。これにより容器42内の湿度が維持され、培地液滴Dの蒸発が防止される。そして、液滴処理基板10が支持された培養装置41を図示しないインキュベーター内に収容することによって細胞の培養工程が行われる。
【0049】
以上のように、液滴処理基板10上の複数の培地液滴Dで細胞Mcを培養することによって、複数の培地液滴Dを同時に新しい培地液滴Dnに交換することが可能となり、効率のよい培養が可能となる。したがって、多数の細胞Mcを均一かつ大量に生成することに役立てることができる。また、既に説明した液滴の混合処理を用いることによって、液滴D中で培養された細胞Mcに、液滴Dからなる薬剤等を供給すること等も可能となる。
【0050】
図6は、液滴間で細胞を輸送する様子を示す画像である。
図6では、左側から右側へ時系列に画像が並んでいる。また、各画像において液滴中の細胞が点線の円で囲まれている。
図6(a)は、液滴の接触前、(b)は液滴の接触直後(約1秒後)、(c)、(d)は液滴の接触中(それぞれ約3秒後、約10秒後)、(e)は、液滴の分離直後(約35秒後)を示す。2つの液滴を接触させた状態では、細胞が次第に上から下へ向けて移動し、2つの液滴を分離させることによって、下側の液滴に細胞が完全に輸送されていることが分かる。
【0051】
図7は、培養細胞を示す画像である。特に、
図7(a)は、液滴による培地交換を行った後に培養された細胞の画像、
図7(b)は、この細胞を蛍光染色試薬で染色した状態で撮像した蛍光画像である。また、
図7(c)は、比較対象としてディッシュ上で培養した細胞の画像、
図7(d)は、この細胞を蛍光染色試薬で染色した状態で撮像した蛍光画像である。
【0052】
図7における細胞は、MDCKII(Madin-Darby Cannie Kindney TypeII)であり、培地交換後の液滴中で24時間培養されたものである。蛍光染色試薬は、カルセインAMであり、生細胞のみを染色する蛍光色素である。
図7(a)に示される細胞は、
図7(b)で示されるように、生細胞として蛍光染色されていることが分かる。また、
図7(b)に示される細胞は、
図7(d)に示す比較例の細胞と同程度の蛍光が得られているため、培地交換後の液滴中で適切に細胞が培養されていることが分かる。
なお、蛍光染色試薬による細胞の染色は、
図2を参照して説明したように、培地液滴と試薬液滴とを接触・混合させることによって行ったものである。
【0053】
<液滴接触用治具>
図8は、液滴接触用治具を示す概略的な斜視図である。
以上に説明したような2枚の液滴処理基板10A,10Bに形成された液滴D同士の接触は、
図8に示す液滴接触用治具51を用いて好適に行うことができる。液滴接触用治具51は、第1の保持具52、第2の保持具53、及び移動機構54を備える。第1の保持具52は、2枚の液滴処理基板10A,10Bの一方10Bを保持するために用いられる。具体的に第1の保持具52は、処理面11が上方に向けられた液滴処理基板10Bを上面に載置した状態で保持する。
【0054】
第2の保持具53は、第1の保持具52の上方に間隔をあけて配置されている。この第2の保持具53は、平面視で略コの字形状に形成されている。第2の保持具53は、左右一対の腕部53aを備え、この腕部53aに他方の液滴処理基板10Bの左右両端部を載置することによって当該液滴処理基板10Bを保持する。液滴処理基板10Bは、処理面11が下方に向いた状態で保持される。
【0055】
移動機構54は、第2の保持具53を上下方向に昇降させる。移動機構54は、第2の保持具53を上下方向移動可能に支持する支柱54aと、支柱54aに内蔵され、第2の保持具53を上下方向に昇降させる駆動部とを有している。駆動部は、モーターによって動作するものや、流体圧シリンダや電磁ソレノイド等のアクチュエータによって動作するものを採用することができる。また、駆動部は、ハンドル等を用いて手動によって動作するものであってもよい。また、駆動部は、第2の保持具53を大きい移動量で素早く移動させるものと、小さい移動量でゆっくりと高精度に移動させるものとの組合せであってもよい。
【0056】
第2の保持具53を下方に移動させることによって、第1の保持具52に保持された液滴処理基板10Aと、第2の保持具53に保持された液滴処理基板10Bとを接近させ、それぞれの液滴D同士を接触させることができる。また、第2の保持具53を上方に移動させることによって、第1の保持具52に保持された液滴処理基板10Bと、第2の保持具53に保持された液滴処理基板10Aとを互いに離反させ、接触した液滴Dを2つに分離させることができる。
【0057】
この液滴接触用治具51を用いることによって、2枚の液滴処理基板10A,10Bの平行度を所定に維持した状態で液滴D同士を接触させることができる。また、モータやアクチュエータを有する駆動部を備えることによって培地交換や細胞輸送等の処理の自動化が可能となる。
【0058】
[第2の実施形態]
図12は、本発明の第2の実施形態に係る液滴処理基板を示す概略的な斜視図である。
図12(a)に示すように、本実施形態の液滴処理基板10には、縦横に整列された配列パターンで液滴形成領域12が設けられているが、そのうちの一部のみに液滴Dが形成可能とされている。具体的には、液滴形成領域12における濡れ性を制御することによって一部の液滴形成領域12のみに液滴Dが形成可能とされている。
【0059】
また、本実施形態では、
図12(b)に示すように、第1の実施形態における液滴処理基板10A、すなわち、全ての液滴形成領域12に液滴Dが形成された液滴処理基板(第1の基板)10Aと、一部の液滴形成領域12に液滴Dが形成された本実施形態の液滴処理基板(第2の基板)10Bとの処理面11を互いに対向させる。そして、
図13(a)に示すように、両基板10A,10Bを互いに接近させ、
図13(b)に示すように、両基板10A,10Bの液滴D同士を接触させる。その後、
図13(c)に示すように、両基板10A,10Bを相対的に離反させることによって接触した液滴Dを2つに分離する。これにより、第1の基板10Aに形成された複数の液滴Dのうちの一部の液滴Dを、第2の基板10Bに形成された液滴Dと混合させることができる。
【0060】
また、
図14(a)に示すように、第1の基板10Aの複数の培地液滴D中で細胞Mcを培養しておき、第2の基板10Bの一部の液滴形成領域12に薬剤の液滴Dを形成する。そして、第1の基板10Aと第2の基板10Bを互いに接近させ、両基板10A,10Bの液滴D同士を接触させることによって、第1の基板10Aの複数の液滴D中の細胞Mcに選択的に薬剤を供給することができる。また、複数の薬剤の液滴Dを互いに種類が異なるものとすれば、各細胞Mcに複数種類の薬剤を供給することができ、薬剤の評価等に活用することができる。
【0061】
なお、本実施形態において、第1の液滴処理基板10Aは、一部の液滴形成領域12に液滴Dが形成されたものであってもよく、第2の液滴処理基板10Bは、全ての液滴形成領域12に液滴Dが形成されたものであってもよい。また、第1及び第2の液滴処理基板10A,10Bの双方ともが、一部の液滴形成領域12に液滴Dが形成されたものであってもよい。この場合、第1の及び第2の液滴処理基板10A,10Bの全ての液滴が互いに対応する位置に形成されていてもよいし、一部の液滴が互いに対応した位置に形成されていなくてもよい。
【0062】
<液滴処理基板の製造方法>
図15は、第2の実施形態の液滴処理基板の製造方法を示す説明図である。
図15(a)に示すように、第1の実施形態と同様に、液滴処理基板10の処理面11には、光触媒材料22としての酸化チタン(TiO
2)の層と、撥水性膜23の層とが形成されている。そして、この液滴処理基板10にマスク24を介して紫外線を照射する。このマスク24は、液滴を形成したい液滴形成領域12のみに紫外線が照射されるように、紫外線を通過させる開口24aが形成されたものとなっている。したがって、
図15(b)に示すように、紫外線が到達した部分のみで光触媒材料22の作用により撥水性膜23が光分解されて親水性領域が形成され、それ以外の部分で撥水性領域が形成される。
【0063】
[第3の実施形態]
図16は、第3の実施形態に係る液滴処理基板を示す概略的な斜視図である。この液滴処理基板10は、液滴形成領域12の周囲に、微細な凹凸が多数形成された撥水性領域13が設けられたものである。また、液滴形成領域12は、その周囲の撥水性領域13よりも柱状に突出している。
【0064】
撥水性領域13に微細な凹凸構造を設けることによって、撥水性領域13の表面積が極めて大きくなり、また、複数の凸部間には空気層が形成されるため、高い撥水性を長期にわたり維持することができる。すなわち、上記の第1の実施形態のように、基板本体21の表面に撥水性膜23を成膜したものであると、液滴Dの性質によっては次第に撥水性が損なわれる可能性があるが、本実施形態のように微細な凹凸構造によって撥水性が付与されているので、液滴Dの性質にほとんど影響されることなく撥水性を維持することができる。
【0065】
本実施形態の液滴処理基板10は、基板本体21が単結晶シリコン基板からなり、この基板本体21の表面における液滴形成領域12以外の領域にドライエッチングを行うことで微細な凹凸構造が形成される。また、ドライエッチングを行うことによって液滴形成領域12は柱状に突出した形態となる。この液滴形成領域12の頂面に、第1の実施形態と同様に酸化チタン等の光触媒材料22を設け、さらに基板本体21の表面全体に撥水性膜23としてのODP−SAM膜を設ける。その後、基板本体21の表面に紫外線を照射することによって光触媒材料22上の撥水性膜23を光触媒材料22の作用によって分解し、光触媒材料22の頂面に親水性領域を形成することができる。
【0066】
[第4の実施形態]
図17は、第4の実施形態に係る液滴処理基板を示す断面説明図である。
上記第1〜第3の実施形態では、2枚の液滴処理基板に形成された液滴同士を接触させて混合や輸送等の所定の処理を行っていたが、本実施形態では、1枚の液滴処理基板10上の液滴Dに、他の接触体61を接触させることによって所定の処理を行うものである。
図17に示す例では、接触体61としての複数のセンサが設けられたセンサ基板62と、液滴処理基板10とを対向させ、両基板62,10を互いに接近させることで、センサ61に液滴Dを接触させる。これにより、液滴Dの性状をセンサ61によって計測することができる。また、センサ基板62には複数の液滴Dと同一の配列パターンでセンサ61が設けられており、複数の液滴Dを同時にセンサ61に接触させることができる。
【0067】
[第5の実施形態]
図18は、第5の実施形態に係る液滴処理基板を示す概略的な斜視図である。
本実施形態の液滴処理基板10の液滴形成領域12には、電極63が設けられ、液滴形成領域12以外の領域13には、電極63に接続された配線パターン64が設けられている。したがって、液滴形成領域12に形成された液滴Dの電気的な性質を計測するために活用することができる。
【0068】
[その他の実施形態]
本発明は、上記の実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された発明の範囲内において変更することができる。例えば、以下の(1)〜(6)のように変更することができる。
【0069】
(1)
図12及び
図13に示す第2の実施形態においては、第2の液滴処理基板10Bの液滴形成領域12の一部に対して選択的に液滴Dを形成することによって、第1の液滴処理基板10Aの複数の液滴Dのうちの一部に第2の液滴処理基板10Bの液滴Dを接触させていた。これに代えて、第2の液滴処理基板10Bの全ての液滴形成領域12に液滴Dを形成するが、その一部の液滴形成領域12には、他の液滴形成領域12よりも高さの低い液滴を形成してもよい。これによって、高さの低い液滴Dを、第1の液滴処理基板10Aの液滴Dに接触させず、高さの高い液滴Dのみを第1の液滴処理基板10Aの液滴Dに接触させることができる。
【0070】
このような液滴Dの高さの制御は、液滴形成領域における濡れ性の制御によって行うことができる。また、濡れ性の制御は、公知のエレクトロウェッティング技術を用いたものであってもよい。例えば、撥水性の誘電膜が成膜された電極と、誘電膜上にある液滴の間に電位差を与え、誘電膜における電気的な表面エネルギー量を制御することによって濡れ性を制御することができる。
【0071】
(2)2枚の液滴処理基板の液滴同士を接触させる場合、上側に配置される第1の基板と、下側に配置される第2の基板とは、それぞれ次の(a)〜(c)のいずれかとすることができる。
(a)所定のパターンで配列された液滴形成領域の全てに液滴が形成されている液滴処理基板
(b)所定のパターンで配列された液滴形成領域のうちの一部に、濡れ性の制御によって液滴が形成されていない液滴処理基板
(c)所定のパターンで配列された液滴形成領域の全てに液滴が形成されるが、そのうちの一部の液滴が、液滴形成領域の濡れ性の制御によって高さが低く(又は高く)されている液滴処理基板
【0072】
また、下側に配置される第2の基板は、上記(a)〜(c)の液滴処理基板に限らず、次の(d)又は(e)の液滴処理基板とすることができる。
(d)液滴は形成されていないが、液滴が形成できるように濡れ性が制御された所定の配列パターンの液滴形成領域を含む液滴処理基板
(e)液滴が形成されておらず、かつ液滴が形成できるように濡れ性が制御された液滴形成領域を備えていない液滴処理基板
【0073】
(3)上記(2)で例示する液滴処理基板の一つとして、又は、上記(2)で例示する液滴処理基板の他に、従来公知のハンギングドロップ技術(例えば、上記非特許文献2参照)を用いて液滴を形成した液滴処理基板を用いてもよい。
【0074】
(4)2枚の液滴処理基板における液滴形成領域の数や配列パターンは同一でなくてもよい。例えば、2枚の液滴処理基板は、液滴間の間隔を一致させた状態で、縦又は横の配列数を互いに異ならせてもよい。また、液滴処理基板には、縦又は横の一列のみに液滴形成領域が設けられていてもよい。
【0075】
(5)液滴処理基板10上の複数の液滴Dに対しては、例えば、ピペット等を用いて1つずつ他の液滴を接触させたり、ピペットアレイ(マルチチャンネルピペット)を用いて複数の他の液滴を接触させたりし、混合や輸送等の処理を行ってもよい。
【0076】
(6)本発明における処理は、上述した混合、輸送(採取)、計測に限られるものではなく、その他の処理であってもよい。例えば、液滴処理基板上の液滴を他の基板上の固体物質に接触させ、当該固体物質の成分を液滴内に取り込ませる処理であってもよい。また、液滴処理基板上の液滴を蒸発させることによって、液滴中に含まれる物質を液滴処理基板上に固定させることも可能である。
【0077】
(7)液滴の内部に含まれ、輸送等の処理がなされる粒子状の物体は、細胞に限られるものではなく、機能的粒子やデバイス等の種々の物体とすることができる。例えば、温熱療法(ハイパーサーミア)で近赤外線による発熱昇温に用いられる金ナノ粒子や、電磁波による発熱昇温に用いられるカーボンナノチューブ(CNT)又はカーボンマイクロコイル(CMC)、同じく電磁波による発熱昇温に用いられる磁性粒子等を液滴内部に含ませることができる。また、上記以外に、外部磁場によって回転する溶液撹拌用の撹拌子(スターラー)や、分子モーター等の分子機械を液滴内部に含ませることもできる。