特開2018-204117(P2018-204117A)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2015.5.11 β版

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特開2018-204117延性、伸びフランジ性、および溶接性に優れた引張強度が980MPa以上、且つ、0.2%耐力が700MPa未満の高強度冷延鋼板または高強度溶融亜鉛めっき鋼板
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  • 特開2018204117-延性、伸びフランジ性、および溶接性に優れた引張強度が980MPa以上、且つ、0.2%耐力が700MPa未満の高強度冷延鋼板または高強度溶融亜鉛めっき鋼板 図000007
  • 特開2018204117-延性、伸びフランジ性、および溶接性に優れた引張強度が980MPa以上、且つ、0.2%耐力が700MPa未満の高強度冷延鋼板または高強度溶融亜鉛めっき鋼板 図000008
  • 特開2018204117-延性、伸びフランジ性、および溶接性に優れた引張強度が980MPa以上、且つ、0.2%耐力が700MPa未満の高強度冷延鋼板または高強度溶融亜鉛めっき鋼板 図000009
  • 特開2018204117-延性、伸びフランジ性、および溶接性に優れた引張強度が980MPa以上、且つ、0.2%耐力が700MPa未満の高強度冷延鋼板または高強度溶融亜鉛めっき鋼板 図000010
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2018-204117(P2018-204117A)
(43)【公開日】2018年12月27日
(54)【発明の名称】延性、伸びフランジ性、および溶接性に優れた引張強度が980MPa以上、且つ、0.2%耐力が700MPa未満の高強度冷延鋼板または高強度溶融亜鉛めっき鋼板
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20181130BHJP
   C22C 38/14 20060101ALI20181130BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20181130BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20181130BHJP
【FI】
   C22C38/00 301S
   C22C38/00 301T
   C22C38/14
   C22C38/58
   C21D9/46 G
   C21D9/46 J
【審査請求】有
【請求項の数】6
【出願形態】OL
【全頁数】23
(21)【出願番号】特願2018-163266(P2018-163266)
(22)【出願日】2018年8月31日
(62)【分割の表示】特願2015-15867(P2015-15867)の分割
【原出願日】2015年1月29日
(31)【優先権主張番号】特願2014-73442(P2014-73442)
(32)【優先日】2014年3月31日
(33)【優先権主張国】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100067828
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 悦司
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100162765
【弁理士】
【氏名又は名称】宇佐美 綾
(72)【発明者】
【氏名】経澤 道高
(72)【発明者】
【氏名】中屋 道治
【テーマコード(参考)】
4K037
【Fターム(参考)】
4K037EA01
4K037EA02
4K037EA05
4K037EA06
4K037EA09
4K037EA11
4K037EA13
4K037EA16
4K037EA17
4K037EA19
4K037EA20
4K037EA23
4K037EA25
4K037EA28
4K037EA31
4K037EA32
4K037EB05
4K037EB09
4K037EB11
4K037EB12
4K037FA03
4K037FC04
4K037FD03
4K037FD04
4K037FE03
4K037FE05
4K037FG00
4K037FG01
4K037FH00
4K037FJ01
4K037FJ05
4K037FJ06
4K037FK02
4K037FK03
4K037FK08
4K037FM02
4K037GA05
4K037JA06
(57)【要約】
【課題】引張強度980MPa以上、且つ、0.2%耐力700MPa未満(好ましくは、500MPa以上)の領域において、延性、伸びフランジ性に加えて溶接性に優れた高強度冷延鋼板を提供する。
【解決手段】本発明の高強度冷延鋼板は、化学成分組成が質量%で、C:0.07〜0.15%、Si:1.1〜1.6%、Mn:2.0〜2.8%、P:0%超0.015%以下、S:0%超0.005%以下、Al:0.015〜0.06%、Ti:0.010〜0.03%、およびB:0.0010〜0.004%を含有し、残部が鉄および不可避不純物である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C :0.07〜0.15%、
Si:1.1〜1.6%、
Mn:2.0〜2.8%、
P :0%超0.015%以下、
S :0%超0.005%以下、
Al:0.015〜0.06%、
Ti:0.010〜0.03%、および
B :0.0010〜0.004%
を含有し、残部が鉄および不可避不純物である高強度冷延鋼板。
【請求項2】
鋼板の板厚の1/4位置において下記組織の面積率が、
焼戻しマルテンサイト:10面積%以上30面積%未満、
ベイナイト:70面積%超、
焼戻しマルテンサイトとベイナイトの合計:90面積%以上、
フェライト:0面積%以上5面積%以下、および
残留オーステナイト:0面積%以上4面積%以下を満足する引張強度が980MPa以上、且つ、0.2%耐力が700MPa未満である、請求項1に記載の高強度冷延鋼板。
【請求項3】
更に、
Cu:0%超0.3%以下、
Ni:0%超0.3%以下、
Cr:0%超0.3%以下、
Mo:0%超0.3%以下、
V :0%超0.3%以下、および
Nb:0%超0.03%以下よりなる群から選ばれる1種以上を含有するものである請求項1または2に記載の高強度冷延鋼板。
【請求項4】
更に、Ca:0%超0.005%以下を含有するものである請求項1〜3のいずれかに記載の高強度冷延鋼板。
【請求項5】
前記鋼板の最表層部から板厚方向20μmの表層部位において下記組織の面積率が、
フェライト:80面積%以上、および
マルテンサイトとベイナイトの合計面積率:0面積%以上20面積%以下を満足する請求項1〜4のいずれかに記載の高強度冷延鋼板。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の高強度冷延鋼板を用いて得られる高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、延性、伸びフランジ性、および溶接性に優れた引張強度が980MPa以上、且つ、0.2%耐力が700MPa未満の高強度冷延鋼板または高強度溶融亜鉛めっき鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車用鋼板や輸送機械用鋼板等の部材の高強度化に伴い、延性、伸びフランジ性といった加工性が低下しており、複雑形状の部材をプレス成形することは困難であった。よって、高強度鋼板であっても、上記加工性に優れた技術の提供が求められている。また、自動車用鋼板等は、スポット溶接によって上記部材を組み込んで製造することが主流であり、溶接性に優れることも要求される。一般に高強度鋼板の溶接部の品質として、同じ鋼板同士をスポット溶接し、剥離方向に十字引張試験を行って得られる十字引張強度(CTS(Cross Tension Test))が採用されている。
【0003】
上記要求特性のうち、高強度鋼板の加工性向上技術として、下記特許文献が提案されている。
【0004】
特許文献1では、特にBを含有させるとともに、Ti含有量とN含有量の比率を適切に調整した上で、鋼組織を、焼戻しマルテンサイト主体とし、残留オーステナイト、或いは更にフェライトおよびマルテンサイトを所望の面積率としている。その結果、鋼板の高強度化と、成形性(伸びおよび伸びフランジ性)の向上を両立できることが示されている。そのうち、残留オーステナイトを5面積%以上含有させることにより、全伸び(EL)が確保されることが示されている。しかし、特許文献1は、高強度化および上記成形性について検討されているに留まり、溶接性については、考慮されていない。
【0005】
特許文献2では、マルテンサイトの体積率を増加させずにマルテンサイト組織の強度を高め、延性確保に寄与するフェライト体積の減少を最小限に抑え、フェライトの体積率を50%以上に制御している。その結果、延性と、耐遅れ破壊特性を確保できるとともに、引張最大強度900MPa以上の高い強度を確保できる高強度冷延鋼板および高強度亜鉛めっき鋼板が示されている。しかし、上記特許文献1と同様、溶接性については、検討されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2012−31462号公報
【特許文献2】特開2011−111671号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前述したように、上記特許文献1および2では、引張強度、延性、伸びフランジ性について検討されているが、いずれも溶接性については検討されていない。
【0008】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、引張強度980MPa以上、且つ、0.2%耐力700MPa未満(好ましくは、500MPa以上)の高強度領域において、延性、伸びフランジ性に加えて溶接性に優れた高強度鋼板を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成することのできた本発明の引張強度が980MPa以上、且つ、0.2%耐力が700MPa未満の高強度冷延鋼板は、質量%で、C:0.07〜0.15%、Si:1.1〜1.6%、Mn:2.0〜2.8%、P:0%超0.015%以下、S:0%超0.005%以下、Al:0.015〜0.06%、Ti:0.010〜0.03%、およびB:0.0010〜0.004%を含有し、残部が鉄および不可避不純物であって、鋼板の板厚の1/4位置において下記組織の面積率が、焼戻しマルテンサイト:10面積%以上30面積%未満、ベイナイト:70面積%超、焼戻しマルテンサイトとベイナイトの合計:90面積%以上、フェライト:0面積%以上5面積%以下、および残留オーステナイト:0面積%以上4面積%以下を満足するところに要旨を有する。
【0010】
本発明の好ましい実施形態において、前記高強度冷延鋼板は、更に、Cu:0%超0.3%以下、Ni:0%超0.3%以下、Cr:0%超0.3%以下、Mo:0%超0.3%以下、V:0%超0.3%以下、およびNb:0%超0.03%以下よりなる群から選ばれる1種以上を含有してもよい。
【0011】
本発明の好ましい実施形態において、前記高強度冷延鋼板は、更に、Ca:0%超0.005%以下を含有してもよい。
【0012】
本発明の好ましい実施形態において、前記高強度冷延鋼板は、前記鋼板の最表層部から板厚方向20μmの表層部位において下記組織の面積率が、フェライト:80面積%以上、およびマルテンサイトとベイナイトの合計面積率:0面積%以上20面積%以下を満足するものであってよい。
【0013】
また、上記目的を達成することのできた本発明の高強度溶融亜鉛めっき鋼板は、前記高強度冷延鋼板を用いて得られるところに要旨を有する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、鋼中成分および組織が適切に制御されているため、延性、伸びフランジ性、および溶接性に優れた引張強度980MPa以上、且つ、0.2%耐力700MPa未満(好ましくは、500MPa以上)の高強度鋼板を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、実施例における熱間圧延後の熱処理条件を示す概略図である。
図2図2は、実施例において、ナイタール腐食後のSEM観察で黒色に近い灰色の部分が存在したときのマルテンサイトを説明する概略模式図である。
図3図3は、実施例において、ナイタール腐食後のSEM観察で黒色に近い灰色部分の部分が存在したときのベイナイトを説明する概略模式図である。
図4図4は、実施例において、EBSD測定におけるIQのヒストグラムを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者らは、引張強度が980MPa以上、且つ、0.2%耐力が700MPa未満(好ましくは、500MPa以上)の高強度鋼板であっても、延性、および伸びフランジ性(以下では、加工性と呼ぶ場合がある)に優れると共に溶接性も改善された高強度鋼板を提供するため、特に鋼中成分および金属組織に着目して鋭意検討を重ねてきた。その結果、鋼中成分については、溶接性を確保するためにC量を低く適切に制御することが有効であること、そしてこのような低C量であっても、優れた加工性を確保するには、鋼板の板厚tの最表層部から1/4の部位(以下、t/4部と呼ぶ場合がある)において下記組織の面積率を、焼戻しマルテンサイト:10面積%以上30面積%未満、ベイナイト:70面積%超、焼戻しマルテンサイトとベイナイトの合計:90面積%以上、フェライト:0面積%以上5面積%以下、および残留オーステナイト:0面積%以上4面積%以下に制御すれば良いことを突き止めた。
【0017】
更に、本発明者らは、好ましくは良好な曲げ加工性を確保するためには、鋼板の最表層部から板厚方向20μmの表層部位において下記組織の面積率を、フェライト:80面積%以上、および、マルテンサイトとベイナイトの合計面積率:0面積%以上20面積%以下に制御すれば良いことを見出し、本発明を完成した。
【0018】
なお、マルテンサイトについて、本発明では鋼板のt/4部では、焼戻しマルテンサイトの比率を規定し、表層部では、焼戻しマルテンサイトを含むマルテンサイトの比率を規定した。これは、表層部には、焼入れままマルテンサイトが残っているため、これも含むように規定する必要があるが、t/4部では、焼入れままマルテンサイトは全て焼戻しされて、焼戻しマルテンサイトになるため、焼入れままマルテンサイトを考慮する必要がないからである。
【0019】
本明細書において高強度とは、引張強度が980MPa以上、且つ、0.2%耐力が700MPa未満を意味する。なお、引張強度の上限、および0.2%耐力の下限は本発明の要件を満足する限り特に限定されず、例えば、引張強度が1370MPa程度、0.2%耐力が500MPa程度のものも本明細書における高強度に含まれる。
【0020】
まず、本発明を最も特徴付ける金属組織について詳細を説明する。各金属組織の面積率は、フェライト、ベイナイト、およびマルテンサイトについては点算法、残留オーステナイトについてはX線回折法により測定した。なお、フェライトの有無は、上記点算法に加えて、EBSD(Electron Back Scatter Diffraction、電子線後方散乱回折像)パターンの鮮明度に基づくIQ(Image Quality、イメージクオリティー)によっても確認した。これらの測定方法の詳細は後述する実施例の欄で説明する。
【0021】
(1)鋼板の板厚の1/4位置における金属組織
本発明の鋼板の板厚をtとしたとき、最表層部から1/4の部位における金属組織は、所望とする強度(引張強度および0.2%耐力)および加工性(延性および伸びフランジ性)を両立するために重要である。
【0022】
[焼戻しマルテンサイト:10面積%以上30面積%未満]
焼戻しマルテンサイトは強度の確保に重要な組織である。焼戻しマルテンサイトが、10面積%未満であると引張強度が低下し、好ましい0.2%耐力の下限も達成できなくなるおそれがある。このような効果を発揮させるために、焼戻しマルテンサイトの面積率の下限は、10面積%以上とする。好ましくは15面積%以上、より好ましくは17面積%以上である。しかし、焼戻しマルテンサイトの面積率が大きくなりすぎると、0.2%耐力が700MPa以上になってしまう。更に、相対的にベイナイトの面積率が減少し、延性、伸びフランジ性が低下する場合がある。そのため、上限は、30面積%未満とする。好ましくは25面積%以下、より好ましくは23面積%以下である。
【0023】
[ベイナイト:70面積%超]
ベイナイトは焼戻しマルテンサイトより延性に優れる組織であり、延性、更には伸びフランジ性の向上に寄与する。ベイナイトが、70面積%以下であると延性が低下する。そのために、ベイナイトの下限を70面積%超とする。好ましくは75面積%以上、より好ましくは77面積%以上である。しかし、ベイナイトの面積率が大きくなりすぎると、相対的に焼戻しマルテンサイトの面積率が減少し、引張強度が低下し、好ましい0.2%耐力の下限も達成できなくなるおそれがある。そのため、上限は、好ましくは90面積%以下、より好ましくは85面積%以下である。
【0024】
[焼戻しマルテンサイトとベイナイトの合計:90面積%以上]
焼戻しマルテンサイトとベイナイトの合計が90面積%未満であると、引張強度、および伸びフランジ性が低下し、好ましい0.2%耐力の下限も達成できなくなるおそれがある。そのために、焼戻しマルテンサイトとベイナイトの合計面積率の下限を、90面積%以上とする。好ましくは95面積%以上、より好ましくは98面積%以上である。最も好ましくは100面積%である。
【0025】
[フェライト:0面積%以上5面積%以下]
フェライトは、延性を向上させる組織であるが、伸びフランジ性を低下させる組織でもある。詳細には、フェライトの面積率が大きくなると、ミクロ組織間の硬度差変動部が大きくなり、打ち抜き加工時のミクロクラックが発生しやすくなり、伸びフランジ性が低下する。更に、フェライトの面積率が大きくなると、引張強度が低下し、好ましい0.2%耐力の下限も達成できなくなるおそれがある。そのため、フェライトの面積率の上限を、5面積%以下とする。好ましくは3面積%以下、より好ましくは1面積%以下とする。最も好ましくは0面積%である。
【0026】
[残留オーステナイト:0面積%以上4面積%以下]
残留オーステナイトは、伸びフランジ性を低下させる組織である。詳細には、残留オーステナイトは、穴広げ試験での打ち抜き加工をした際に、硬質なマルテンサイトに変態して、その結果、組織間の硬度差が増加し、ミクロクラックが発生しやすくなり伸びフランジ性が低下する。残留オーステナイトの面積率が大きくなると、引張強度、および伸びフランジ性が低下し、好ましい0.2%耐力の下限も達成できなくなるおそれがある。そのため、残留オーステナイトの面積率の上限を4面積%以下とする。好ましくは2面積%以下、より好ましくは1面積%以下とする。最も好ましくは0面積%である。
【0027】
鋼板のt/4部における金属組織は上記のとおりであり、本発明の鋼板は、上記金属組織のみから構成されていても良い。ただし、製法上、不可避的に含み得る残部組織を例えば、3面積%以下の範囲で含んでいてもよい。このような残部組織として、例えば、パーライトなどが挙げられる。
【0028】
(2)鋼板の最表層部から板厚方向20μmの表層部位における金属組織
更に、鋼板の最表層部から板厚方向20μmの表層部位(以下では、単に表層部と呼ぶ場合がある。)における鋼板内部の金属組織は、上記特性に加えて更に曲げ加工性を向上させるために重要である。
【0029】
[フェライト:80面積%以上]
曲げ変形時の表層の最大引張歪発生部である表層部の組織について、延性の高いフェライトの面積率を多くすることで、表層部の局部伸び、即ちくびれを抑制でき、曲げ加工性を向上することができる。このような効果を有効に発揮させるために、フェライトの面積率の下限は、好ましくは80面積%以上、より好ましくは85面積%以上、更に好ましくは90面積%以上でする。最も好ましくは100面積%である。
【0030】
[マルテンサイトとベイナイトの合計面積率:0面積%以上20面積%以下]
マルテンサイトとベイナイトの合計面積率が大きくなると、フェライトの面積率が小さくなり、曲げ加工性が低下するため、上限は、好ましくは20面積%以下、より好ましくは15面積%以下、更に好ましくは10面積%以下とする。最も好ましくは0面積%である。
【0031】
鋼板の表層部における金属組織は上記のとおりであり、本発明の鋼板は、上記金属組織のみから構成されていても良い。ただし、製法上、不可避的に含み得る残部組織を例えば、3面積%以下の範囲で含んでいてもよい。このような残部組織として、例えば、パーライトなどが挙げられる。
【0032】
更に、本発明では上記のように金属組織を制御することに加えて、鋼板中の化学成分を下記の通り制御する必要がある。
【0033】
[C:0.07〜0.15%]
Cは、鋼板の強度を確保するために必要な元素であり、C量が不足すると、引張強度が低下し、好ましい0.2%耐力の下限も達成できなくなるおそれがある。そのためにC量の下限を0.07%以上とする。C量の下限は、好ましくは0.08%以上である。しかし、C量が過剰になると溶接性の指標である十字引張強度(CTS)が低下するため、C量の上限を0.15%以下とする。C量の上限は、好ましくは0.13%以下である。
【0034】
[Si:1.1〜1.6%]
Siは固溶強化元素として知られており、延性の低下を抑えつつ、引張強度を向上させることに有効に作用する元素である。更に、曲げ加工性を向上させる元素でもある。このような効果を有効に発揮させるために、Si量の下限を1.1%以上とする。Si量の下限は、好ましくは1.2%以上である。しかし、過剰に添加しても上記効果が飽和し、無駄であるため、Si量の上限を1.6%以下とする。Si量の上限は、好ましくは1.55%以下である。
【0035】
[Mn:2.0〜2.8%]
Mnは焼入れ性を向上させて鋼板の高強度化に寄与する元素である。このような効果を有効に発揮させるために、Mn量の下限を2.0%以上とする。Mn量の下限は、好ましくは2.1%以上とする。しかしながら、Mn量が過剰になると、加工性が劣化することがあるため、Mn量の上限を2.8%以下とする。Mn量の上限は、好ましくは2.6%以下である。
【0036】
[P:0%超0.015%以下]
Pは不可避的に含有する元素であり、粒界に偏析して粒界脆化を助長する元素であり、穴広げ性を劣化させるため、P量はできるだけ低減することが推奨される。そのため、P量の上限は、0.015%以下とする。P量の上限は、好ましくは0.013%以下である。なお、Pは鋼中に不可避的に含まれる不純物であり、その量を0%にすることは工業生産上不可能である。
【0037】
[S:0%超0.005%以下]
SもPと同様に不可避的に含有する元素であり、介在物を生成し、加工性を劣化させるため、S量はできるだけ低減することが推奨される。そのため、S量の上限は、0.005%以下とする。S量の上限は、好ましくは0.003%以下、より好ましくは0.002%以下である。なお、Sは鋼中に不可避的に含まれる不純物であり、その量を0%にすることは工業生産上不可能である。
【0038】
[Al:0.015〜0.06%]
Alは脱酸剤として作用する元素である。こうした作用を有効に発揮させるには、Al量の下限を0.015%以上とする。Al量の下限は、好ましくは0.025%以上である。しかしながら、Al量が過剰になると鋼板中にアルミナなどの介在物が多く生成し、加工性を劣化させることがあるため、Al量の上限を0.06%以下とする。Al量の上限は、好ましくは0.050%以下である。
【0039】
[Ti:0.010〜0.03%]
Tiは、炭化物や窒化物を形成して強度を向上させる元素である。また、Bの焼入れ性を有効に活用するための元素でもある。詳細には、Ti窒化物形成により鋼中Nを低減し、B窒化物の形成を抑制し、Bが固溶状態となり、有効に焼入れ性を発揮できる。このように、Tiは焼入れ性を向上させることにより、鋼板の高強度化に寄与する。このような効果を有効に発揮させるために、Ti量の下限を、0.010%以上とする。Ti量の下限は、好ましくは0.015%以上である。しかしながら、Ti量が過剰になると、Ti炭化物やTi窒化物が過剰となり、延性、伸びフランジ性、および曲げ加工性を劣化させるため、Ti量の上限を0.03%以下とする。Ti量の上限は、好ましくは0.025%以下である。
【0040】
[B:0.0010〜0.004%]
Bは焼入れ性を向上させて鋼板の高強度化に寄与する元素である。このような効果を有効に発揮させるために、B量の下限を0.0010%以上とする。B量の下限は、好ましくは0.0020%以上である。しかし、B量が過剰になると、その効果が飽和し、コストが増加するだけであるため、B量の上限を0.004%以下とする。B量の上限は、好ましくは0.0035%以下である。
【0041】
本発明の鋼板は、上記成分組成を満足し、残部は鉄および不可避不純物である。
【0042】
更に本発明では、以下の選択成分を含有しても良い。
【0043】
[Cu:0%超0.3%以下、Ni:0%超0.3%以下、Cr:0%超0.3%以下、Mo:0%超0.3%以下、
V:0%超0.3%以下、およびNb:0%超0.03%以下よりなる群から選ばれる1種以上]
Cu、Ni、Cr、Mo、V、およびNbはいずれも強度向上に有効な元素である。これらの元素は、夫々単独でまたは適宜組み合わせて含有させても良い。
【0044】
[Cu:0%超0.3%以下]
Cuは、更に鋼板の耐食性向上に有効な元素であり、必要に応じて添加しても良い。このような効果を有効に発揮させるために、Cu量の下限を、好ましくは0.03%以上、より好ましくは0.05%以上とする。しかし、Cu量が過剰になると、その効果が飽和し、コストが増加するだけである。そのため、Cu量の上限は、好ましくは0.3%以下、より好ましくは0.2%以下である。
【0045】
[Ni:0%超0.3%以下]
Niは、更に鋼板の耐食性向上に有効な元素であり、必要に応じて添加しても良い。このような効果を有効に発揮させるために、Ni量の下限を、好ましくは0.03%以上、より好ましくは0.05%以上とする。しかしながら、Ni量が過剰になると、その効果が飽和し、コストが増加するだけである。そのため、Ni量の上限は、好ましくは0.3%以下、より好ましくは0.2%以下である。
【0046】
[Cr:0%超0.3%以下]
Crは、更に高温からの冷却中に生成するフェライトを抑制する元素であり、必要に応じて添加しても良い。このような効果を有効に発揮させるために、Cr量の下限を、好ましくは0.03%以上、より好ましくは0.05%以上とする。しかしながら、Cr量が過剰になると、その効果が飽和し、コストが増加するだけである。そのため、Cr量の上限は、好ましくは0.3%以下、より好ましくは0.2%以下である。
【0047】
[Mo:0%超0.3%以下]
Moは、更に高温からの冷却中に生成するフェライトを抑制する元素であり、必要に応じて添加しても良い。このような効果を有効に発揮させるために、Mo量の下限を、好ましくは0.03%以上、より好ましくは0.05%以上とする。しかしながら、Mo量が過剰になると、その効果が飽和し、コストが増加するだけである。そのため、Mo量の上限は、好ましくは0.3%以下、より好ましくは0.2%以下である。
【0048】
[V:0%超0.3%以下]
Vは、更に組織を微細化して強度と靭性を向上させる元素であり、必要に応じて添加しても良い。このような効果を有効に発揮させるために、V量の下限は、好ましくは0.03%以上、より好ましくは0.05%以上である。しかしながら、V量が過剰になると、その効果が飽和し、コストが増加するだけである。そのため、V量の上限は、好ましくは0.3%以下、より好ましくは0.2%以下である。
【0049】
[Nb:0%超0.03%以下]
Nbは、更に組織を微細化して強度と靭性を向上させる元素であり、必要に応じて添加しても良い。このような効果を有効に発揮させるために、Nb量の下限を、好ましくは0.003%以上、より好ましくは0.005%以上とする。しかしながら、Nb量が過剰になると、加工性を劣化させる。そのため、Nb量の上限は、好ましくは0.03%以下、より好ましくは0.02%以下である。
【0050】
[Ca:0%超0.005%以下]
Caは、鋼中の硫化物を球状化し、伸びフランジ性を高めることに有効な元素である。このような効果を有効に発揮させるために、Ca量の下限を、好ましくは、0.0005%以上、より好ましくは0.001%以上とする。しかしながら、Ca量が過剰になると、その効果が飽和し、コストが増加するだけである。そのため、Ca量の上限は、好ましくは0.005%以下、より好ましくは0.003%以下である。
【0051】
本発明の鋼板は、引張強度980MPa以上、且つ、0.2%耐力700MPa未満(好ましくは、500MPa以上)の領域において、延性、伸びフランジ性、および溶接性のすべてに優れている。
【0052】
次に、本発明鋼板を製造する方法について説明する。
【0053】
上記要件を満足する本発明鋼板は、熱間圧延、冷間圧延、および焼鈍(均熱および冷却)の工程において、特に冷間圧延後の焼鈍工程を適切に制御して製造するところに特徴がある。以下、本発明を特徴付ける工程を、熱間圧延、冷間圧延、その後の焼鈍の順に説明する。
【0054】
熱間圧延の好ましい条件は、例えば以下のとおりである。
【0055】
熱間圧延前の加熱温度が低いと、オーステナイト中への、TiCなどの炭化物の固溶が低下するおそれがあるため、熱間圧延前の加熱温度の下限は、好ましくは1200℃以上、より好ましくは1250℃以上である。熱間圧延前の加熱温度が高いとコストアップとなるため、熱間圧延前の加熱温度の上限は、好ましくは1350℃以下、より好ましくは1300℃以下である。
【0056】
熱間圧延の仕上げ圧延温度が低いと、オーステナイト単相域で圧延することができず、ミクロ組織を均質化できないおそれがあるため、仕上げ圧延温度は、好ましくは850℃以上、より好ましくは870℃以上である。仕上げ圧延温度が高いと組織が粗大化するおそれがあるため、好ましくは980℃以下、より好ましくは950℃である。
【0057】
熱間圧延の仕上げ圧延から巻取りまでの平均冷却速度は、生産性を考慮し、好ましくは10℃/s以上、より好ましくは20℃/s以上である。一方、平均冷却速度が速いと設備コストが高くなるため、100℃/s以下、より好ましくは50℃/s以下である。
【0058】
以下では、熱間圧延後の工程の好ましい条件について説明する。
【0059】
[熱間圧延後の巻取り温度CT:好ましくは660℃以上]
熱間圧延後の巻取り温度CTが、660℃未満になると、熱延板の表層が脱炭するか、もしくは、表層の固溶Mn、Crの減少により、焼鈍板の表層にも元素濃度分布が形成され、表層のフェライトが増加し、曲げ加工性が改善する。そのため、CTの下限を、好ましくは660℃以上、より好ましくは670℃以上とする。一方、CTが、高くなりすぎるとスケール除去のための酸洗性が劣化する。そのため、CTの上限は、好ましくは800℃以下、より好ましくは750℃以下である。
【0060】
[冷延率:好ましくは20%以上60%以下]
熱間圧延鋼板は、スケール除去のために酸洗を施し、冷間圧延に供する。冷間圧延の冷延率が20%未満になると、所定厚さの鋼板を得るために熱間圧延工程で板厚を薄くしなければならず、熱間圧延工程で薄くすると鋼板長さが長くなるため、酸洗に時間がかかり、生産性が低下する。そのため、冷延率の下限を、好ましくは20%以上、より好ましくは25%以上とする。一方、冷延率が60%を超えると、高い冷間圧延機の能力が必要となる。そのため、冷延率の上限は、好ましくは60%以下、より好ましくは55%以下、更に好ましくは50%以下である。
【0061】
[焼鈍時の平均加熱速度:好ましくは1℃/s以上20℃/s以下]
上記冷間圧延後の焼鈍時の平均加熱速度が1℃/s未満となると、生産性が悪化する。そのため、上記平均加熱速度の下限を、好ましくは1℃/s以上、より好ましくは3℃/s以上、更に好ましくは5℃/s以上とする。一方、上記平均加熱速度が20℃/sを超えると、鋼板温度が制御し難くなり、設備コストも増加する。そのため、上記平均加熱速度の上限は、好ましくは20℃/s以下、より好ましくは18℃/s以下、更に好ましくは15℃/s以下である。
【0062】
[焼鈍時の均熱温度T1:Ac3点以上Ac3点+25℃未満]
上記冷間圧延後の焼鈍時の均熱温度T1がAc3点未満になると、フェライトが増加し、強度の確保が難しくなる。そのため、T1の下限は、Ac3点℃以上、好ましくはAc3点+5℃以上とする。一方、上記T1がAc3点+25℃以上となると、焼戻しマルテンサイトが増加して、ベイナイトが減少し、0.2%耐力が700MPa以上となる。そのため、T1の上限は、Ac3点+25℃未満、好ましくはAc3点+20℃以下である。
【0063】
ここで、上記Ac3点温度は、下式に基づいて算出される。式中(%)は各元素の含有量(質量%)である。この式は、「レスリー鉄鋼材料学」(丸善株式会社発行、William C. Leslie著、p.273)に記載されている。
Ac3=910−203√(%C)−15.2(%Ni)+44.7(%Si)+104(%V)+31.5(%Mo)+13.1(%W)−30(%Mn)−11(%Cr)−20(%Cu)+700(%P)+400(%Al)+120(%As)+400(%Ti)
【0064】
[均熱時間:好ましくは1s以上100s以下]
上記均熱温度T1での均熱時間が1s未満となると、上記均熱の効果が十分に発揮できない。そのため、上記均熱時間の下限は、好ましくは1s以上、より好ましくは10s以上とする。一方、上記均熱時間が100sを超えると、生産性が悪化する。そのため、上記均熱時間の上限は、好ましくは100s以下、より好ましくは80s以下である。
【0065】
次に、上記均熱後に室温まで冷却する。室温まで冷却するにあたっては、冷却条件を以下の(1)および(2)のように二段階に分けて制御する。
【0066】
(1)均熱温度T1から、冷却停止保持温度T2までの1次冷却工程について
[冷却停止保持温度T2:460℃以上550℃以下]
まず、均熱温度T1から、冷却停止温度(460℃以上550℃以下)まで冷却した後、当該冷却停止温度にて所定時間(後記するt2)保持する。本明細書では、冷却停止温度にて保持するため、冷却停止温度と保持温度をまとめて冷却停止保持温度T2と呼ぶ場合がある。冷却停止保持温度T2が、460℃未満になると、残留オーステナイトが増加し、伸びフランジ性が劣化する。そのため、T2の下限は、460℃以上、好ましくは480℃以上とする。一方、550℃を超えると、ベイナイトが減少し、加工性が劣化する。そのため、T2の上限は、550℃以下、好ましくは520℃以下である。
【0067】
[平均冷却速度:好ましくは1℃/s以上50℃/s以下]
上記均熱温度から上記冷却停止保持温度T2までの平均冷却速度が、1℃/s未満になると、生産性が悪化する。そのため、上記平均冷却速度の下限は、好ましくは1℃/s以上、より好ましくは5℃/s以上とする。一方、上記平均冷却速度が50℃/sを超えると、鋼板温度を制御し難くなり、設備コストが増加する。そのため、上記平均冷却速度の上限は、好ましくは50℃/s以下、より好ましくは40℃/s以下、更に好ましくは30℃/s以下である。
【0068】
[冷却停止保持時間t2:20s以上100s以下]
冷却停止保持温度T2での保持時間をt2としたとき、上記t2が20s未満になると、ベイナイトが減少し、加工性が劣化する。そのため、t2の下限は、20s以上、好ましくは25s以上とする。一方、上記t2が100sを超えると、焼戻しマルテンサイトが減少し、強度が達成し難くなる。そのため、t2の上限は、100s以下、好ましくは80s以下である。
【0069】
(2)上記冷却停止保持温度T2から室温までの2次冷却工程について
[平均冷却速度:好ましくは1℃/s以上20℃/s以下]
次に、冷却停止保持温度T2から室温まで冷却する。この2次冷却工程における平均冷却速度が1℃/s未満になると、生産性が劣化する。そのため、2次冷却工程における平均冷却速度の下限は、好ましくは1℃/s以上、より好ましくは3℃/s以上とする。一方、上記平均冷却速度が20℃/sを超えると、設備コストが増加する。そのため、上記平均冷却速度の上限は、好ましくは20℃/s以下、より好ましくは15℃/s以下、より更に好ましくは10℃/s以下である。
【0070】
また、本発明には、上記製造方法によって製造された高強度冷延鋼板を用いて得られる高強度溶融亜鉛めっき鋼板も含まれる。
【実施例】
【0071】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記実施例によって制限されず、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含有される。
【0072】
下記表1に示す成分組成の鋼塊を真空溶製した。その後、1250℃まで加熱し、板厚2.8mmまで熱間圧延を施した。仕上げ圧延温度は900℃、熱間圧延の仕上げ圧延から巻取りまでの冷却速度は20℃/s、巻取温度CTは、下記表2および表3に示す温度で行った。次いで得られた熱間圧延鋼板を酸洗した後、板厚2.0mmtまで冷間圧延した。その後、図1、表2、および表3に示す条件で熱処理を行った。更に、伸び率0.2%の調質圧延を施した。なお、表1中、「−」は0%を意味する。
【0073】
【表1】
【0074】
【表2】
【0075】
【表3】
【0076】
このようにして得られた各冷延鋼板について、組織の分率および各種特性を以下のようにして測定した。
【0077】
[組織の分率]
本実施例では、鋼板のt/4部に存在するマルテンサイト、ベイナイト、フェライト、残留オーステナイトの分率、および鋼板の最表層部から20μm位置(表層部)に存在するマルテンサイト、ベイナイト、フェライトの分率を以下のようにして測定した。本実施例の製造方法によれば、各領域において、上記以外の組織が存在する可能性は極めて低いため、上記以外の組織は測定していない。そこで、鋼板のt/4部ではマルテンサイト、ベイナイト、フェライト、残留オーステナイトの合計が100面積%、鋼板の表層部ではマルテンサイト、ベイナイト、フェライトの合計が100面積%になるように算出した。
【0078】
なお、マルテンサイトについては、前述したように本発明では鋼板の存在位置によってマルテンサイトの詳細を区別しており、鋼板のt/4部に存在するものは焼戻しマルテンサイト、鋼板の表層部に存在するものは焼戻しマルテンサイトと焼入れマルテンサイトの両方を含むマルテンサイトと判断した。この「組織の分率」の欄では、これらを区別せず単に「マルテンサイト」と表記する。
【0079】
詳細には、残留オーステナイトは、上記鋼板から2mm×20mm×20mmの試験片を切り出し、板厚のt/4部まで研削した後、化学研磨してからX線回折法により残留オーステナイト量を測定した(ISIJ Int.Vol.33.(1933),No.7,P.776)。本実施例において、各領域に含まれ得る上記組織のうち残留オーステナイトのみX線回折法で測定し、それ以外のフェライトなどの組織は後述するようにナイタール腐食後に点算法で測定したのは、ナイタール腐食を行うと、残留オーステナイトとセメンタイトなどの炭化物はいずれも、白色または灰色の組織として観察され、両者を区別できないからである。
【0080】
また、フェライト、ベイナイト、マルテンサイトは、以下のように点算法により測定した。
【0081】
まず、上記鋼板から2mm×20mm×20mmの試験片を切り出し、圧延方向と平行な断面を研磨し、ナイタール腐食を施した後、板厚tの1/4部および表層部の各組織を、SEM(Scanning Electron Microscope)写真(倍率3000倍)で観察した。観察は、1視野当たり20μm×20μmについて、2μm間隔の格子を用いて行い、粒の色やサイズなどに基づき、フェライト、ベイナイト、マルテンサイトを区別して、各面積率を測定した。測定は合計5視野について行い、その平均値を求めた。
【0082】
詳細には、ナイタール腐食後のSEM写真において、(i)白色に見える組織はマルテンサイト、残留オーステナイト、またはセメンタイトであり、(ii)黒色に見える組織はベイナイト、またはフェライトである。
【0083】
上記(i)において、本実施例では、サイズが約5μm2以上のものをマルテンサイトと判断した。
【0084】
また、上記(ii)において、黒色に見える組織の内部を観察したとき、黒色組織内に存在する白色または灰色の部分(ほぼセメンタイトと考える)が3個未満のものをフェライト、3個以上のものをベイナイトと判断した。
【0085】
基本的には上記(i)および(ii)の方法によって各組織を区別することはできるが、組織が黒色に近い灰色の場合、マルテンサイトとベイナイトを区別し難い場合がある。その場合は図2および図3に示すように、黒色に近い灰色の組織の内部を観察し、当該内部に存在する白色または灰色の部分(以下、白色部分と記載する。)に着目して、そのサイズまたは個数によって、これらを区別することにした。
【0086】
詳細には、図2に示すように、黒色に近い灰色部の内部に存在する白色部分が微細且つ多数存在しているものをマルテンサイトとした。具体的には、隣接する白色部分と白色部分について、白色部分の中心位置間距離を測定したとき、当該距離が最も短い距離(最近接距離)が0.5μm未満のものをマルテンサイトとした。
【0087】
一方、図3に示すように、黒色に近い灰色部の内部に存在する白色部分が疎で且つ少数存在しているものをベイナイトした。具体的には、上記白色部分が3個以上存在しており、マルテンサイトと同様にして隣接する白色部分の最近接距離を測定したとき、0.5μm以上のものをベイナイトと判断した。
【0088】
以上、詳述したように、本実施例では、残留オーステナイトと、それ以外の組織(フェライト、ベイナイト、マルテンサイト)を異なる方法で測定しているため、これら組織の合計は、必ずしも100面積%とならない。そこで、フェライト、ベイナイト、マルテンサイトの各面積分率を決定するに当たっては、全組織の合計が100面積%となるように調整を行った。具体的には、100%から、X線回折法で測定された残留オーステナイトの分率を引き算して得られた数値に、点算法で測定されたフェライト、ベイナイト、マルテンサイトの各分率を比例配分し直して、最終的に、フェライト、ベイナイト、マルテンサイトの各分率を決定した。
【0089】
更に本発明では、フェライトの有無をEBSDパターンの鮮明度に基づくIQを用いて確認した。まず、上記指標を採用した理由について説明する。
【0090】
前述したとおり本発明の鋼板は、焼戻しマルテンサイトとベイナイトを主体とし、フェライトの比率が低減されたものであり、フェライトはゼロである(存在しない)ことが最も好ましい。前述した点算法によってフェライトの分率を測定できるが、フェライトと、それ以外のベイナイトなどの組織とを、必ずしも明確に識別することが困難な場合がある。そのため、本実施例では、点算法に加えて、フェライトの存在の有無をIQに基づいて評価することにした。
【0091】
ここでIQとは前述したとおり、EBSDパターンの鮮明度である。また、IQは結晶中の歪量に影響を受けることが知られており、IQが小さいほど、結晶中に歪が多く存在する傾向にある。よって、高転位密度のマルテンサイトは結晶構造の乱れを含むためにIQ値が低下し、フェライトは低転位密度のため、IQ値が高くなる傾向にある。そのため、従来では、IQ値の絶対値を指標として、例えばIQ値が4000以上の組織をフェライトと判定する方法などが提案されている。しかしながら、本発明者らの検討結果によれば、IQの絶対値に基づく方法は、組織観察のための研磨条件や検出器などの影響を受け易く、IQの絶対値が変動し易いことが分かった。
【0092】
そこで本発明者らは、本発明の要件を満足する鋼板(フェライトなし)と、フェライトの多い鋼板を用意して、IQとフェライトの有無との関係を詳細に検討した。その結果、フェライトの有無を判定するに当たっては、IQmin(IQ全データの最小値)およびIQmax(IQ全データの最大値)を用いて相対化することが有効であり、IQの全測定点数に対する、一定以上のIQを満足する測定点数の割合はフェライトの有無と相関があることを突き止めた。具体的には、フェライト(F)のIQ値[IQ(F)]を下記式(1)に基づいて算出し、IQが下記式(1)以上である測定点数の合計を全測定点数で除して100を掛けた値が5%以下の場合、フェライトが存在しないと判定できることを突き止めた。
IQ(F)=0.91×(IQmax−IQmin)+IQmin・・・(1)
式中、IQminはIQ全データの最小値、IQmaxはIQ全データの最大値をそれぞれ意味する。
【0093】
ここでIQ値の測定は以下のようにして行った。まず、鋼板の板厚をtとしたとき、t/4部位における圧延方向に平行な断面を機械研磨した試料を用意した。次いで、この試料を、テクセムラボラトリーズ社製OIMシステムにセットして70°傾斜させた状態で、100μm×100μmの領域を測定視野とし、加速電圧:20kV、1ステップ:0.25μmで18万点のEBSD測定を行い、体心正方格子(BCT:Body Centered Tetragonal)を含む体心立方格子(BCC:Body Centered Cubic)結晶のIQ値を測定した。ここで体心正方格子は、C原子が体心立方格子内の特定の侵入型位置に固溶することで格子が一方向に伸長したものであり、構造自体は体心立方格子と同等であり、EBSDでも、これらの格子を区別することはできない。そこで本実施例では、体心立方格子の測定には体心正方格子を含むものとした。
【0094】
参考のため、図4に、上記方法によって得られるIQのヒストグラムの一例を示す。図4中、横軸[(IQ(F)−IQmin)/(IQmax−IQmin)×100]は上記式(1)を以下のように変形した式(1A)の左辺であり、縦軸は頻度(測定点数の合計)である。全測定点数に対する、図4の横軸の値が91%以上の領域を、図4の右欄に矢印で示している。すなわち、この矢印で表される領域は、上記式(1)以上の領域である。該領域の測定点数の合計を全測定点数で除して100を掛けた値が5%以下であることは、フェライトが存在しないことを意味している。
(IQ(F)−IQmin)/(IQmax−IQmin)×100≧91・・・(1A)
【0095】
[引張特性]
引張強度(TS)、0.2%耐力(YS)、および伸び(El)については、上記冷延鋼板の圧延方向と垂直方向が試験片の長手となるように、JIS5号試験片(標点距離50mm、平行部幅25mm)を採取し、JIS Z 2241に従って試験した。更に、伸びフランジ性(λ)については、上記冷延鋼板から2mm×90mm×90mmの試験片を採取し、JIS Z 2256に従って試験した。
【0096】
[溶接性]
溶接性の評価として、JIS Z 3137に従って、上記冷延鋼板から試験片を採取し、同じ鋼板同士をスポット溶接し、十字引張強度(CTS)を測定した。詳細には、電極として先端径8mmφのドームラジアス型Cu−Cr電極を用い、溶接時間は20サイクル/60Hz、加圧力は400kgfとし、電流値を変化させて溶接径(JIS Z 3137参照)6mmとなる条件のCTSを測定した。
【0097】
[曲げ加工性]
曲げ加工性(R/t)は、圧延方向と垂直方向が試験片の長手となるように、上記冷延鋼板から2mm×40mm×100mmの試験片を採取し、JIS Z 2248のVブロック法に従って試験を行い、割れや亀裂が発生しない最小曲げ半径Rを測定した。なお、曲げ方向は試験片長手方向である。曲げ試験により判明したRを公称板厚2mmで割った値をR/tとした。
【0098】
(i)引張強度が980MPa以上1180MPa未満、且つ、0.2%耐力が500MPa以上700MPa未満の鋼板について、伸び(El)は、15%以上、伸びフランジ性(λ)については、15%以上を合格とした。曲げ加工性(R/t)については、2.5以下を良好とした。溶接性は、CTSが20000N以上を合格とした。各領域において、El、λ、CTSは高いほどよく、R/tは小さいほど良い。
【0099】
(ii)一方、引張強度が1180MPa以上1370MPa以下、且つ、0.2%耐力が600MPa以上700MPa未満の鋼板については、伸び(El)は、12%以上、伸びフランジ性(λ)については、15%以上を合格とした。曲げ加工性(R/t)については、2.5以下を良好とした。溶接性は、CTSが20000N以上を合格とした。各領域において、El、λ、CTSは高いほどよく、R/tは小さいほど良い。これらの結果を表4および表5に示す。
【0100】
【表4】
【0101】
【表5】
【0102】
表4より、以下のように考察することができる。表4の試験No.1〜15は、それぞれ、本発明の組成を満足する表1の鋼種1〜12を用い、表2の試験No.1〜15の本発明の好ましい熱処理条件で製造した本発明例である。これらは、板厚内部(t/4)の焼戻しマルテンサイトとベイナイトの合計面積率、焼戻しマルテンサイトの面積率、ベイナイトの面積率、フェライトの面積率、および残留オーステナイトの面積率のいずれも、本発明の要件を満足しているため、引張強度が980MPa以上、且つ、0.2%耐力が700MPa未満(好ましくは、500MPa以上)であって、延性(El)、伸びフランジ性(λ)、および溶接性(CTS)に優れているものが得られている。
【0103】
そのうち、試験No.1〜12、15は、本発明の組成およびt/4部の組織を満足し、且つ表層部の好ましい組織を満足する例である。一方、試験No.13、14は、本発明の組成およびt/4部の組織を満足するが、CT(℃)を低くしたため、表層部のマルテンサイトおよびベイナイトの合計面積率が好ましい範囲より大きくなり、更にフェライトの面積率が好ましい範囲より小さくなった例である。上記試験No.1〜12、15と上記試験No.13、14を対比すると、試験No.1〜12、15の方が、試験No.13、14に比べて曲げ加工性(R/t)に優れていた。特に試験No.1、15と試験No.13、14は、同じ組成の鋼種1を用いていることより、曲げ加工性(R/t)の向上には、表層部のマルテンサイトおよびベイナイトの合計面積率を小さくし、フェライトの面積率を大きくすることが有効であることが分かる。
【0104】
これに対し、本発明のいずれかの要件を満足しない下記の例は、所望とする特性が得られないことが確認された。
【0105】
表4の試験No.16〜23は、本発明の組成を満足しない表1の鋼種13〜20を用い、表2の試験No.16〜23の熱処理条件で製造した例である。
【0106】
試験No.16は、C量が少ない表1の鋼種13を用いた例であり、ベイナイトは生成せず、焼戻しマルテンサイトとベイナイトの合計面積率が小さくなった。その結果、引張強度(TS)が低くなった。また、フェライトの面積率が大きくなり、ベイナイトは生成しなかったが、焼戻しマルテンサイトの面積率は確保できたため、伸びフランジ性(λ)は低下しなかった。また、ベイナイトの面積率は小さくなったが、フェライトの面積率が大きくなり伸び(El)は低下しなかった。
【0107】
試験No.17は、C量が多い表1の鋼種14を用い、T1(℃)を高くして製造した例であり、ベイナイトは生成せず焼戻しマルテンサイトのみ生成したため、引張強度(TS)および0.2%耐力(YS)が著しく高くなった。その結果、延性(El)、伸びフランジ性(λ)が低くなった。また、C量が多くなったため、溶接性(CTS)も低くなった。更に、引張強度(TS)および0.2%耐力(YS)が著しく高くなったために、表層部は本発明の好ましい組織を満足していたものの、曲げ加工性(R/t)が低下した。
【0108】
試験No.18は、Si量が少ない表1の鋼種15を用いた例であり、引張強度(TS)が低くなった。更に、Si量が少ないために、表層部は本発明の好ましい組織を満足していたものの、曲げ加工性(R/t)が低下した。
【0109】
試験No.19は、Mn量が少なく、P量が多い表1の鋼種16を用いた例であり、引張強度(TS)が低くなった。
【0110】
試験No.20は、Mn量が多い表1の鋼種17を用い、T1(℃)を高くして製造した例であり、ベイナイトは生成せず焼戻しマルテンサイトのみ生成したため、引張強度(TS)および0.2%耐力(YS)が著しく高くなった。その結果、延性(El)および伸びフランジ性(λ)が低くなった。更に、引張強度(TS)および0.2%耐力(YS)が著しく高くなったために、表層部は本発明の好ましい組織を満足していたものの、曲げ加工性(R/t)が低下した。
【0111】
試験No.21は、Ti量が少ない表1の鋼種18を用いた例であり、焼戻しマルテンサイトの面積率が大きくなったが、ベイナイトの面積率は小さくなったため、焼戻しマルテンサイトとベイナイトの合計面積率が小さくなり、その結果、引張強度(TS)と伸びフランジ性(λ)が低下した。また、ベイナイトの面積率は小さくなったが、フェライトの面積率が大きくったため、伸び(El)は低下しなかった。
【0112】
試験No.22は、Ti量が多い表1の鋼種19を用い、T1(℃)を高くして製造した例であり、焼戻しマルテンサイトの面積率が大きくなり、ベイナイトの面積率が小さくなったため、引張強度(TS)および0.2%耐力(YS)が著しく高くなった。その結果、延性(El)および伸びフランジ性(λ)が低くなった。更に、引張強度(TS)および0.2%耐力(YS)が著しく高くなったために、表層部は本発明の好ましい組織を満足していたものの、曲げ加工性(R/t)が低下した。
【0113】
試験No.23は、B量が少ない表1の鋼種20を用いた例であり、フェライトの面積率は大きくなり、ベイナイトの面積率が小さくなり、焼戻しマルテンサイトとベイナイトの合計面積率が小さくなったため、引張強度(TS)および伸びフランジ性(λ)が低くなった。
【0114】
表5の試験No.24〜43は、本発明の組成を満足する表1の鋼種1〜12を用い、表3の試験No.24〜43の熱処理条件で製造した例である。そのうち表5の試験No.24〜29は、本発明の組成を満足する表1の鋼種1を用い、表3の試験No.24〜29の熱処理条件で製造した例である。
【0115】
試験No.24は、本発明の組成を満足する表1の鋼種1を用いた例であり、T2(℃)が低く、残留オーステナイト(γ)の面積率が大きくなり、その結果、引張強度(TS)、および伸びフランジ性(λ)が低くなった。
【0116】
試験No.25は、本発明の組成を満足する表1の鋼種1を用いた例であり、T1(℃)が高く、t2秒が短いために、焼戻しマルテンサイトの面積率が大きくなり、ベイナイトの面積率が小さくなり、その結果、0.2%耐力(YS)が高くなり、延性(El)が低くなった。
【0117】
試験No.26は、本発明の組成を満足する表1の鋼種1を用いた例であり、T1(℃)が低いために、焼戻しマルテンサイトの面積率が大きくなったが、ベイナイトは生成しなかったため、焼戻しマルテンサイトとベイナイトの合計面積率が小さくなり、その結果、引張強度(TS)と伸びフランジ性(λ)が低下した。また、ベイナイトは生成しなかったが、フェライトの面積率が大きくなったため、伸び(El)は低下しなかった。
【0118】
試験No.27は、本発明の組成を満足する表1の鋼種1を用いた例であり、T2(℃)が高く、焼戻しマルテンサイトの面積率が大きくなり、ベイナイトの面積率が小さくなり、その結果、0.2%耐力(YS)が高くなり、延性(El)が低くなった。
【0119】
試験No.28は、本発明の組成を満足する表1の鋼種1を用いた例であり、t2(秒)が長く、焼戻しマルテンサイトの合計面積率が小さくなり、その結果、引張強度(TS)が低下した。ベイナイトの面積率は確保できていたため、伸びフランジ性(λ)は低くならなかった。
【0120】
表5の試験No.29〜43は、本発明の組成を満足する表1の鋼種1〜12を用いた例であり、表3の試験No.29〜43の熱処理条件で製造した例であり、T1(℃)が高いために、ベイナイトの面積率が小さくなり、焼戻しマルテンサイトの面積率が大きくなったために、0.2%耐力(YS)が高くなった。
【0121】
そのうち、試験No.31、32、35、36、および38は、本発明の組成を満足する表1の鋼種3、4、7、8、10を用い、表3の試験No.31、32、35、36、および38の熱処理条件で製造した例であり、引張強度(TS)が高くなり、延性(El)が低くなった。
【0122】
そのうち、試験No.41および42は、本発明の組成を満足する表1の鋼種1を用い、表3の試験No.41および42の熱処理条件で製造した例であり、CT(℃)が低いために、表層部の焼戻しマルテンサイトとベイナイトの合計面積率が大きくなり、フェライトの面積率が小さくなり、その結果、曲げ加工性が低下した。
図1
図2
図3
図4