【課題】 本発明の目的は、耐炎化処理工程での繊維間の融着や毛羽発生を抑制することができ、耐熱性、集束性を有し、さらには安定した操業性を得ることができるアクリル繊維処理剤、該処理剤を用いた炭素繊維製造用アクリル繊維及び該処理剤を用いた炭素繊維の製造方法を提供することにある。
【解決手段】 本発明のアクリル繊維処理剤は、一般式(1)において、n=0であるエステル化合物(A1)、n=1であるエステル化合物(A2)及びn=2であるエステル化合物(A3)を含有し、エステル化合物(A1)、エステル化合物(A2)及びエステル化合物(A3)の合計に占める、エステル化合物(A1)の重量割合が40〜60重量%であり、エステル化合物(A2)の重量割合が25〜45重量%であり、エステル化合物(A3)の重量割合が5〜25重量%である。
処理剤の不揮発分に占める前記エステル化合物(A1)、エステル化合物(A2)及びエステル化合物(A3)の合計の重量割合が10〜70重量%である、請求項1に記載の処理剤。
前記エステル化合物(A1)、エステル化合物(A2)及びエステル化合物(A3)の合計と、前記非イオン性界面活性剤(B)との重量比((A1+A2+A3)/B)が、45/55〜65/35である、請求項1〜3のいずれかに記載の処理剤。
炭素繊維製造用アクリル繊維の原料アクリル繊維に、請求項1〜6のいずれかに記載のアクリル繊維処理剤を付着させて製糸する製糸工程と、200〜300℃の酸化性雰囲気中で耐炎化繊維に転換する耐炎化処理工程と、前記耐炎化繊維をさらに300〜2000℃の不活性雰囲気中で炭化させる炭素化処理工程とを含む、炭素繊維の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0020】
[アクリル繊維処理剤]
本発明のアクリル繊維処理剤は、炭素繊維製造に用いられるアクリル繊維(炭素繊維のプレカーサー)に付与することを目的とした処理剤であり、特定のエステル化合物を特定の割合で含有するものである。以下、詳細に説明する。
【0021】
[エステル化合物(A1)、(A2)、(A3)]
本発明のアクリル処理剤は、エステル化合物(A1)、エステル化合物(A2)及びエステル化合物(A3)を必須に含有するものである。エステル化合物(A1)は、上記一般式(1)において、n=0であるエステル化合物である。エステル化合物(A2)は、上記一般式(1)において、n=1であるエステル化合物である。エステル化合物(A3)は、上記一般式(1)において、n=2であるエステル化合物である。このように、一般式(1)においてn=0、1、2となる3種のエステル化合物(A1)、(A2)、(A3)を含有することにより、それぞれ単独で含有するときと比べ、耐熱性、集束性、繊維間の融着防止、毛羽抑制、さらには操業性において、満足させることができる。
【0022】
一般式(1)において、R
1及びR
2は、それぞれ独立してアルキル基である。アルキル基の炭素数としては、6〜22が好ましく、8〜18がさらに好ましい。アルキル基の炭素数が6未満の場合、耐熱性不足となることがある。一方、該炭素数が22超の場合、水系乳化が困難となることがある。アルキル基は、分岐を有していてもよく、直鎖状であってもよい。
【0023】
一般式(1)において、R
7はアルキレン基である。アルキレン基の炭素数としては、2〜10が好ましく、3〜8がさらに好ましい。アルキレン基の炭素数が2未満の場合、耐熱性不足となることがある。一方、該炭素数が10超の場合、水系乳化が困難となることがある。アルキレン基は、分岐を有していてもよく、直鎖状であってもよい。
【0024】
一般式(1)において、R
3、R
4、R
5及びR
6は、それぞれ独立して水素原子又はメチル基である。好ましくは、メチル基である。
一般式(1)において、m
1及びm
2は、それぞれ独立して1〜5の数である。m
1及びm
2は、1〜4が好ましく、1〜3がより好ましく、1〜2がさらに好ましい。
【0025】
一般式(1)において、AO(OA)は炭素数2〜4のオキシアルキレン基を示す。AOの炭素数は2〜3が好ましく、2がさらに好ましい。(AO)
m1、(AO)
m2を構成するAOは、1種でもよく、2種以上であってもよい。2種以上の場合、ブロック付加体、交互付加体又はランダム付加体のいずれでもよい。AOは、オキシエチレン基を必須に含有することが好ましい。オキシアルキレン基全体に占めるオキシエチレン基の割合は、40モル%以上が好ましく、50モル%がより好ましく、60モル%以上がさらに好ましく、80モル%以上が特に好ましい。
【0026】
本願効果を発揮させるためには、エステル化合物(A1)、エステル化合物(A2)及びエステル化合物(A3)を所定の割合とする必要がある。具体的には、エステル化合物(A1)、エステル化合物(A2)及びエステル化合物(A3)の合計に占めるエステル化合物(A1)の重量割合は、40〜60重量%である。エステル化合物(A1)の重量割合が40重量%未満の場合、耐擦過性と集束性が不足する。一方、エステル化合物(A1)の重量割合が60重量%超の場合、耐熱性が不足し、融着を引き起こす。エステル化合物(A1)の重量割合は、42〜58重量%が好ましく、45〜55重量%がさらに好ましい。
【0027】
エステル化合物(A1)、エステル化合物(A2)及びエステル化合物(A3)の合計に占めるエステル化合物(A2)の重量割合は25〜45重量%である。エステル化合物(A2)の重量割合が25重量%未満の場合、目的とする性能のバランスがとれない。一方、エステル化合物(A2)の重量割合が45重量%超の場合、耐熱性と集束性の際立った効果が得られない。エステル化合物(A2)の重量割合は、27〜43重量%が好ましく、30〜40重量%がさらに好ましい。
【0028】
エステル化合物(A1)、エステル化合物(A2)及びエステル化合物(A3)の合計に占めるエステル化合物(A3)の重量割合は、5〜25重量%である。エステル化合物(A3)の重量割合が5重量%未満の場合、耐熱性不足となる。一方、エステル化合物(A3)の重量割合が25重量%超の場合、繊維束内部まで均一に油剤を付着させることができなくなり、集束性が不足する。エステル化合物(A3)の重量割合は、7〜23重量%が好ましく、10〜20重量%がさらに好ましい。
【0029】
(非イオン性界面活性剤(B))
本発明のアクリル繊維処理剤は、水系乳化安定性の点から、非イオン性界面活性剤(B)をさらに含むことが好ましい。非イオン性界面活性剤(B)は、1種又は2種以上を併用してもよい。
【0030】
非イオン性界面活性剤(B)としては、例えば、ポリオキシエチレンヘキシルエーテル、ポリオキシエチレンオクチルエーテル、ポリオキシエチレンデシルエーテル、ポリオキシエチレンラウリルエーテル、ポリオキシエチレンセチルエーテル等のポリオキシアルキレン直鎖アルキルエーテル;ポリオキシエチレン2−エチルヘキシルエーテル、ポリオキシエチレンイソセチルエーテル、ポリオキシエチレンイソステアリルエーテル等のポリオキシアルキレン分岐第一級アルキルエーテル;ポリオキシエチレン1−ヘキシルヘキシルエーテル、ポリオキシエチレン1−オクチルヘキシルエーテル、ポリオキシエチレン1−ヘキシルオクチルエーテル、ポリオキシエチレン1−ペンチルへプチルエーテル、ポリオキシエチレン1−へプチルペンチルエーテル等のポリオキシアルキレン分岐第二級アルキルエーテル;ポリオキシエチレンオレイルエーテル等のポリオキシアルキレンアルケニルエーテル;ポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンノニルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンドデシルフェニルエーテル等のポリオキシアルキレンアルキルフェニルエーテル;ポリオキシエチレントリスチリルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンジスチリルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンスチリルフェニルエーテル、ポリオキシエチレントリベンジルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンジベンジルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンベンジルフェニルエーテル等のポリオキシアルキレンアルキルアリールフェニルエーテル;ポリオキシエチレンモノラウレート、ポリオキシエチレンモノオレート、ポリオキシエチレンモノステアレート、ポリオキシエチレンモノミリスチレート、ポリオキシエチレンジラウレート、ポリオキシエチレンジオレート、ポリオキシエチレンジミリスチレート、ポリオキシエチレンジステアレート等のポリオキシアルキレン脂肪酸エステル;ソルビタンモノパルミテート、ソルビタンモノオレート等のソルビタンエステル;ポリオキシエチレンソルビタンモノステアレート、ポリオキシエチレンソルビタンモノオレート等のポリオキシアルキレンソルビタン脂肪酸エステル;グリセリンモノステアレート、グリセリンモノラウレート、グリセリンモノパルミテート等のグリセリン脂肪酸エステル;ポリオキシアルキレンソルビトール脂肪酸エステル;ショ糖脂肪酸エステル;ポリオキシエチレンひまし油エーテル等のポリオキシアルキレンひまし油エーテル;ポリオキシエチレン硬化ひまし油エーテル等のポリオキシアルキレン硬化ひまし油エーテル;ポリオキシエチレンラウリルアミノエーテル、ポリオキシエチレンステアリルアミノエーテル等のポリオキシアルキレンアルキルアミノエーテル;オキシエチレン−オキシプロピレンブロックまたはランダム共重合体;オキシエチレン−オキシプロピレンブロックまたはランダム共重合体の末端アルキルエーテル化物;オキシエチレン−オキシプロピレンブロックまたはランダム共重合体の末端ショ糖エーテル化物;ポリオキシエチレンラウリルアミド、ポリオキシエチレンステアリルアミド等のポリオキシアルキレンアルキルアミド;等を挙げることができる。
【0031】
これら非イオン性界面活性剤(B)の中でも、前述のエステル化合物の水系乳化力に特に優れるという理由で、ポリオキシアルキレン分岐第一級アルキルエーテル、ポリオキシアルキレン分岐第二級アルキルエーテル、ポリオキシアルキレンアルケニルエーテル、ポリオキシアルキレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシアルキレン硬化ひまし油エーテル、ポリオキシアルキレン脂肪酸エステル、オキシエチレン−オキシプロピレンブロック共重合体、オキシエチレン−オキシプロピレンブロック共重合体の末端アルキルエーテル化物が好ましく、更に焼成工程で、繊維上でタール化して繊維に損傷を与え難いという理由で、ポリオキシアルキレン分岐第一級アルキルエーテル、ポリオキシアルキレン硬化ひまし油エーテル、オキシエチレン−オキシプロピレンブロックまたはランダム共重合体、オキシエチレン−オキシプロピレンブロック共重合体の末端アルキルエーテル化物がより好ましい。
【0032】
(他の界面活性剤)
本発明のアクリル繊維処理剤は、本発明の効果を阻害しない範囲で、上記の非イオン性界面活性剤(B)以外の他の界面活性剤を含有してもよい。他の界面活性剤は、乳化剤、制電剤等として使用される。他の界面活性剤としては、特に限定されず、アニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤及び両性界面活性剤から、公知のものを適宜選択して使用することができる。他の界面活性剤は、1種又は2種以上を併用してもよい。
【0033】
アニオン性界面活性剤としては、例えば、オレイン酸、パルミチン酸、オレイン酸ナトリウム塩、パルミチン酸カリウム塩、オレイン酸トリエタノールアミン塩等の脂肪酸(塩);ヒドロキシ酢酸、ヒドロキシ酢酸カリウム塩、乳酸、乳酸カリウム塩等のヒドロキシル基含有カルボン酸(塩);ポリオキシエチレントリデシルエーテル酢酸(ナトリウム塩)等のポリオキシアルキレンアルキルエーテル酢酸(塩);トリメリット酸カリウム、ピロメリット酸カリウム等のカルボキシル基多置換芳香族化合物の塩;ドデシルベンゼンスルホン酸(ナトリウム塩)等のアルキルベンゼンスルホン酸(塩);ポリオキシエチレン2−エチルヘキシルエーテルスルホン酸(カリウム塩)等のポリオキシアルキレンアルキルエーテルスルホン酸(塩);ステアロイルメチルタウリン(ナトリウム)、ラウロイルメチルタウリン(ナトリウム)、ミリストイルメチルタウリン(ナトリウム)、パルミトイルメチルタウリン(ナトリウム)等の高級脂肪酸アミドスルホン酸(塩);ラウロイルサルコシン酸(ナトリウム)等のN−アシルサルコシン酸(塩);オクチルホスホネート(カリウム塩)等のアルキルホスホン酸(塩);フェニルホスホネート(カリウム塩)等の芳香族ホスホン酸(塩);2−エチルヘキシルホスホネートモノ2−エチルヘキシルエステル(カリウム塩)等のアルキルホスホン酸アルキルリン酸エステル(塩);アミノエチルホスホン酸(ジエタノールアミン塩)等の含窒素アルキルホスホン酸(塩);2−エチルヘキシルサルフェート(ナトリウム塩)等のアルキル硫酸エステル(塩);ポリオキシエチレン2−エチルヘキシルエーテルサルフェート(ナトリウム塩)等のポリオキシアルキレン硫酸エステル(塩);ジ−2−エチルヘキシルスルホコハク酸ナトリウム、ジオクチルスルホコハク酸ナトリウム等の長鎖スルホコハク酸塩、N−ラウロイルグルタミン酸ナトリウムモノナトリウム、N−ステアロイル−L−グルタミン酸ジナトリウム等の長鎖N−アシルグルタミン酸塩;等を挙げる事ができる。
【0034】
カチオン性界面活性剤としては、例えば、ラウリルトリメチルアンモニウムクロライド、ミリスチルトリメチルアンモニウムクロライド、パルミチルトリメチルアンモニウムクロライド、ステアリルトリメチルアンモニウムクロライド、オレイルトリメチルアンモニウムクロライド、セチルトリメチルアンモニウムクロライド、ベヘニルトリメチルアンモニウムクロライド、ヤシ油アルキルトリメチルアンモニウムクロライド、牛脂アルキルトリメチルアンモニウムクロライド、ステアリルトリメチルアンモニウムブロマイド、ヤシ油アルキルトリメチルアンモニウムブロマイド、セチルトリメチルアンモニウムメトサルフェート、オレイルジメチルエチルアンモニウムエトサルフェート、ジオクチルジメチルアンモニウムクロライド、ジラウリルジメチルアンモニウムクロライド、ジステアリルジメチルアンモニウムクロライド、オクタデシルジエチルメチルアンモニウムサルフェート、等のアルキル第四級アンモニウム塩;(ポリオキシエチレン)ラウリルアミノエーテル乳酸塩、ステアリルアミノエーテル乳酸塩、ジ(ポリオキシエチレン)ラウリルメチルアミノエーテルジメチルホスフェート、ジ(ポリオキシエチレン)ラウリルエチルアンモニウムエトサルフェート、ジ(ポリオキシエチレン)硬化牛脂アルキルエチルアミンエトサルフェート、ジ(ポリオキシエチレン)ラウリルメチルアンモニウムジメチルホスフェート、ジ(ポリオキシエチレン)ステアリルアミン乳酸塩等の(ポリオキシアルキレン)アルキルアミノエーテル塩;N−(2−ヒドロキシエチル)−N,N-ジメチル−N−ステアロイルアミドプロピルアンモニウムナイトレート、ラノリン脂肪酸アミドプロピルエチルジメチルアンモニウムエトサルフェート、ラウロイルアミドエチルメチルジエチルアンモニウムメトサルフェート等のアシルアミドアルキル第四級アンモニウム塩;ジパルミチルポリエテノキシエチルアンモニウムクロライド、ジステアリルポリエテノキシメチルアンモニウムクロライド等のアルキルエテノキシ第四級アンモニウム塩;ラウリルイソキノリニウムクロライド等のアルキルイソキノリニウム塩;ラウリルジメチルベンジルアンモニウムクロライド、ステアリルジメチルベンジルアンモニウムクロライド等のベンザルコニウム塩;ベンジルジメチル{2−[2−(p−1,1,3,3−テトラメチルブチルフェノオキシ)エトオキシ]エチル}アンモニウムクロライド等のベンゼトニウム塩;セチルピリジニウムクロライド等のピリジニウム塩;オレイルヒドロキシエチルイミダゾリニウムエトサルフェート、ラウリルヒドロキシエチルイミダゾリニウムエトサルフェート等のイミダゾリニウム塩;N−ココイルアルギニンエチルエステルピロリドンカルボン酸塩、N−ラウロイルリジンエチルエチルエステルクロライド等のアシル塩基性アミノ酸アルキルエステル塩;ラウリルアミンクロライド、ステアリルアミンブロマイド、硬化牛脂アルキルアミンクロライド、ロジンアミン酢酸塩等の第一級アミン塩;セチルメチルアミンサルフェート、ラウリルメチルアミンクロライド、ジラウリルアミン酢酸塩、ステアリルエチルアミンブロマイド、ラウリルプロピルアミン酢酸塩、ジオクチルアミンクロライド、オクタデシルエチルアミンハイドロオキサイド等の第二級アミン塩;ジラウリルメチルアミンサルフェート、ラウリルジエチルアミンクロライド、ラウリルエチルメチルアミンブロマイド、ジエタノールステアリルアミドエチルアミントリヒドロキシエチルホスフェート塩、ステアリルアミドエチルエタノールアミン尿素重縮合物酢酸塩等の第三級アミン塩;脂肪酸アミドグアニジニウム塩;ラウリルトリエチレングリコールアンモニウムハイドロオキサイド等のアルキルトリアルキレングリコールアンモニウム塩等を挙げることができる。
【0035】
両性界面活性剤としては、例えば、2−ウンデシル−N,N−(ヒドロキシエチルカルボキシメチル)−2−イミダゾリンナトリウム、2−ココイル−2−イミダゾリニウムヒドロキサイド−1−カルボキシエチロキシ2ナトリウム塩等のイミダゾリン系両性界面活性剤;2−ヘプタデシル−N−カルボキシメチル−N−ヒドロキシエチルイミダゾリウムベタイン、ラウリルジメチルアミノ酢酸ベタイン、アルキルベタイン、アミドベタイン、スルホベタイン等のベタイン系両性界面活性剤;N−ラウリルグリシン、N−ラウリルβ−アラニン、N−ステアリルβ−アラニン等のアミノ酸型両性界面活性剤等が挙げられる。
【0036】
(酸化防止剤(C))
本願のアクリル繊維処理剤は、処理剤成分に耐熱性を付与する点から、酸化防止剤をさらに含むことが好ましい。酸化防止剤(C)は、耐炎化処理工程における加熱によってアクリル繊維処理剤の熱分解を効果的に抑制し、繊維−繊維間の融着防止効果を高める成分である。
【0037】
酸化防止剤(C)としては、酸性リン酸エステルや、フェノール系、アミン系、硫黄系、リン系、キノン系等の有機系酸化防止剤等を挙げることができる。酸化防止剤としては、焼成炉汚染防止の観点から、有機酸化防止剤が好ましい。有機酸化防止剤としては、たとえば、4,4’−ブチリデンビス(3−メチル−6−t−ブチルフェノール、トリオクタデシルフォスファイト、N,N’−ジフェニル−p−フェニレンジアミン、トリエチレングリコールビス[3−(3−t−ブチル−4−ヒドロキシ−5−メチルフェニル)プロピオネート]、ジオレイル−チオジプロピオネート等を挙げることができる。これらの有機酸化防止剤は1種または2種以上を併用してもよい。
【0038】
(窒素原子を含む変性基を持つ変性シリコーン(D))
本発明のアクリル繊維処理剤は、繊維−繊維間に優れた平滑性を与える点から、窒素原子を含む変性基を持つ変性シリコーン(D)をさらに含有してもよい。
変性シリコーン(D)は窒素原子を含む変性基であれば変性基の種類は特に限定されない。窒素原子を含む変性基としては、アミノ結合やイミノ結合を含有する変性基(即ち、アミノ基)や、アミド結合を含有する変性基(即ち、アミド基)などが挙げられ、アミノ結合とアミド結合など異なる結合が複数存在する変性基でもよい。窒素原子を含む変性基は、主鎖であるシリコーンの側鎖と結合していてもよいし、末端と結合していてもよいし、また両方と結合していてもよい。また、分子中にポリオキシアルキレン基(例えば、ポリオキシエチレン基、ポリオキシプロピレン基、ポリオキシブチレン基等)を有していてもよい。
【0039】
窒素原子を含む変性基を持つ変性シリコーン(D)としては、例えば、アミノ変性シリコーン、アミノポリエーテル変性シリコーン、アマイド変性シリコーン、アマイドポリエーテル変性シリコーンなどが挙げられ、一種類の変性シリコーンを用いてもよいし、複数の変性シリコーンを併用してもよい。
【0040】
また、変性シリコーン(D)における窒素原子の含有量は、0.35〜3.2重量%が好ましく、0.37〜2.2重量%がより好ましく、0.40〜1.3重量%がさらに好ましい。窒素原子の含有量が0.35重量%より低い場合、水系乳化した際にエマルジョンの乳化安定性が悪くなることがある。一方、窒素原子の含有量が3.2重量%より高い場合、熱架橋により変性シリコーン(D)の粘着性が高くなり、ガムアップの原因となることがある。
【0041】
水系乳化した際のエマルジョンの乳化安定性に優れ、またエステル化合物(A1)、(A2)、(A3)との併用による効果が優れる点から、これら変性シリコーン(D)の中でも、アミノ変性シリコーンが好ましい。
【0042】
変性シリコーン(D)がアミノ変性シリコーンである場合、そのアミノ変性シリコーンの構造は特に限定されるものではない。即ち、変性基であるアミノ基は、主鎖であるシリコーンの側鎖と結合していてもよいし、末端と結合していてもよいし、また両方と結合していてもよい。また、そのアミノ基は、モノアミン型であってもポリアミン型であってもよく、1分子中に両者が併存していてもよい。
【0043】
アミノ変性シリコーンにおけるアミノ基(NH
2)の含有量(以下、「アミノ重量%」という)は、0.4〜3.7重量%が好ましく、0.42〜2.5重量%がより好ましく、0.46〜1.5重量%が更に好ましい。アミノ重量%が0.4重量%より低いと、水系乳化した際にエマルジョンの乳化安定性が悪くなることがある。一方、3.7重量%より高い場合、熱架橋によりアミノ変性シリコーンの粘着性が高くなり、ガムアップの原因となることがある。
【0044】
アミノ変性シリコーンの25℃における粘度については、特に限定はないが、低粘度過ぎると、処理剤が飛散しやすくなり、また水系乳化した際にエマルジョンの乳化安定性が悪くなり、処理剤を繊維へ均一に付与することが出来なくなることがある。その結果、繊維の融着を防止できないことがある。また逆に高粘度すぎると、粘着性に起因するガムアップが問題となることがある。アミノ変性シリコーンの25℃での粘度は、100〜15,000mm
2/sが好ましく、500〜10,000mm
2/sがより好ましく、1,000〜5,000mm
2/sがさらに好ましい。
【0045】
[その他成分]
本発明のアクリル繊維処理剤は、本発明の効果を阻害しない範囲で、上記した成分以外の他の成分を含有してもよい。他の成分としては、高級アルコール・高級アルコールエーテルの硫酸エステル塩、スルホン酸塩、高級アルコール・高級アルコールエーテルのリン酸エステル塩、;高級アルコールのアルキルエステル、高級アルコールエーテル、ワックス類等の平滑剤;抗菌剤;防腐剤;防錆剤;および吸湿剤等が挙げられる。
【0046】
また、本発明のアクリル繊維処理剤は、本発明の効果を阻害しない範囲で、窒素原子を含む変性基を持つ変性シリコーン(D)以外のシリコーン成分を含んでいてもよい。具体的には、ジメチルシリコーン、エポキシ変性シリコーン、アルキレンオキサイド変性シリコーン(ポリエーテル変性シリコーン)、エポキシポリエーテル変性シリコーン(例えば、特許4616934号参照)、カルボキシ変性シリコーン、カルビノール変性シリコーン、アルキル変性シリコーン、フェノール変性シリコーン、メタクリレート変性シリコーン、アルコキシ変性シリコーン、フッ素変性シリコーン等が挙げられる。
【0047】
また、本発明のアクリル繊維処理剤は、本発明の効果を阻害しない範囲で、エステル化合物を含有してもよい。エステル化合物としては、例えば、再公表WO2007/066517号公報に記載されている、分子内に3個以上のエステル基を有するエステル化合物や、国際出願PCT/JP2013/75081に記載されている含硫黄エステル化合物等を挙げることができる。
【0048】
[処理剤における各成分の割合]
本発明のアクリル繊維処理剤は、前述のエステル化合物(A1)、エステル化合物(A2)及びエステル化合物(A3)を必須に含有するものである。処理剤の不揮発分に占めるエステル化合物(A1)、エステル化合物(A2)及びエステル化合物(A3)の合計の重量割合は、10〜70重量%が好ましく、20〜65重量%がより好ましく、30〜62重量%がさらに好ましく、40〜60重量%が特に好ましい。当該重量割合が10重量%未満の場合、耐熱性、集束性、繊維間の融着防止、毛羽抑制、さらには操業性において、十分な効果が得られないことがある。一方、当該重量割合が70重量%超の場合、水系乳化が困難となることがある。
なお、本発明における不揮発分とは、処理剤を105℃で熱処理して溶媒等を除去し、恒量に達した時の絶乾成分をいう。
【0049】
本発明のアクリル繊維処理剤が非イオン性界面活性剤(B)を含有する場合、処理剤の不揮発分に占める非イオン性界面活性剤(B)の重量割合は、5〜60重量%が好ましく、20〜58重量%がより好ましく、30〜55重量%がさらに好ましく、35〜50重量%が特に好ましい。
水系乳化安定性の点から、エステル化合物(A1)、エステル化合物(A2)及びエステル化合物(A3)の合計と、非イオン性界面活性剤(B)との重量比((A1+A2+A3)/B)は、45/55〜65/35が好ましく、48/52〜62/38でより好ましく、50/50〜60/40でさらに好ましい。
【0050】
本発明のアクリル繊維処理剤が酸化防止剤(C)を含有する場合、処理剤の不揮発分に占める酸化防止剤(C)の重量割合は、1〜10重量%が好ましく、1〜8重量%がより好ましく、1〜7重量%がさらに好ましく、1〜5重量%が特に好ましい。
【0051】
変性シリコーン(D)を含有する場合、エステル化合物(A1)、エステル化合物(A2)及びエステル化合物(A3)の合計と変性シリコーン(D)の重量比((A1+A2+A3)/D)は、1/99〜99/1が好ましく、5/95〜95/5がより好ましく、10/90〜90/10がさらに好ましく、15/85〜85/15が特に好ましい。
【0052】
耐炎化処理工程における耐熱性および繊維−繊維間の融着防止効果の点から、本発明のアクリル繊維処理剤における空気中250℃にて1時間加熱処理後の重量減少率については、50重量%未満であると好ましく、45重量%未満がより好ましく、40重量%未満がさらに好ましい。重量減少率が50%以上の場合、耐炎化処理工程において繊維上に残存する処理剤皮膜が少なくなり、繊維−繊維間の融着防止効果が十分に得られないことがある。
【0053】
本発明のアクリル繊維処理剤は、前記エステル化合物(A1)、エステル化合物(A2)及びエステル化合物(A3)、必要に応じて変性シリコーン(D)が水に溶解、可溶化、乳化又は分散された状態であることが好ましい。
アクリル繊維処理剤全体に占める水の重量割合、不揮発分の重量割合については、特に限定はない。例えば、本発明のアクリル繊維処理剤を輸送する際の輸送コストや、エマルジョン粘度に因るところの取扱い性等を考慮して適宜決定すればよい。アクリル繊維処理剤全体に占める水の重量割合は、0.1〜99.9重量%が好ましく、10〜99.5重量%がさらに好ましく、50〜99重量%が特に好ましい。アクリル繊維処理剤全体に占める不揮発分の重量割合(濃度)は、0.01〜99.9重量%が好ましく、0.5〜90重量%がさらに好ましく、1〜50重量%が特に好ましい。
【0054】
本発明のアクリル繊維処理剤は、上記で説明した成分を混合することによって製造することができる。上記で説明した成分を乳化・分散させる方法については特に限定されず、公知の手法が採用できる。このような方法としては、たとえば、アクリル繊維処理剤を構成する各成分を攪拌下の温水中に投入して乳化分散する方法や、アクリル繊維処理剤を構成する各成分を混合し、ホモジナイザー、ホモミキサー、ボールミル等を用いて機械せん断力を加えつつ、水を徐々に投入して転相乳化する方法等が挙げられる。
【0055】
本発明のアクリル繊維処理剤は、炭素繊維製造用アクリル繊維(プレカーサー)の処理剤(プレカーサー処理剤)として好適に使用できる。プレカーサー以外のアクリル繊維の紡糸油剤として使用してもよい。
【0056】
[炭素繊維製造用アクリル繊維及び炭素繊維の製造方法]
本発明の炭素繊維製造用アクリル繊維(プレカーサー)は、プレカーサーの原料アクリル繊維に上記のアクリル繊維処理剤を付着させて製糸したものである。本発明のプレカーサーの製造方法は、プレカーサーの原料アクリル繊維に上記のアクリル繊維処理剤を付着させて製糸する製糸工程を含むものである。
本発明の炭素繊維の製造方法は、プレカーサーの原料アクリル繊維に上記のアクリル繊維処理剤を付着させて、プレカーサーを製糸する製糸工程と、その製糸工程で製造されたプレカーサーを200〜300℃の酸化性雰囲気中で耐炎化繊維に転換する耐炎化処理工程と、前記耐炎化繊維をさらに300〜2000℃の不活性雰囲気中で炭化させる炭素化処理工程とを含むものである。
【0057】
製糸工程は、プレカーサーの原料アクリル繊維にアクリル繊維処理剤を付着させてプレカーサーを製糸する工程であり、付着処理工程と延伸工程とを含む。
付着処理工程は、プレカーサーの原料アクリル繊維を紡糸した後、アクリル繊維処理剤を付着させる工程である。つまり、付着処理工程でプレカーサーの原料アクリル繊維にアクリル繊維処理剤を付着させる。またこのプレカーサーの原料アクリル繊維は紡糸直後から延伸されるが、付着処理工程後の高倍率延伸を特に「延伸工程」と呼ぶ。延伸工程は高温水蒸気をもちいた湿熱延伸法でもよいし、熱ローラーをもちいた乾熱延伸法でもよい。
【0058】
プレカーサーは、少なくとも95モル%以上のアクリロニトリルと、5モル%以下の耐炎化促進成分とを共重合させて得られるポリアクリロニトリルを主成分とするアクリル繊維から構成される。耐炎化促進成分としては、アクリロニトリルに対して共重合性を有するビニル基含有化合物が好適に使用できる。プレカーサーの単繊維繊度については、特に限定はないが、性能と製造コストのバランスから、好ましくは0.1〜2.0dTexである。また、プレカーサーの繊維束を構成する単繊維の本数についても特に限定はないが、性能と製造コストのバランスから、好ましくは1,000〜96,000本である。
【0059】
アクリル繊維処理剤は、製糸工程のどの段階でプレカーサーの原料アクリル繊維に付着させてもよいが、延伸工程前に一度付着させておくことが好ましい。延伸工程前の段階であればどの段階でも、例えば紡糸直後に付着させてもよい。さらに延伸工程後のどの段階で再度付着させてもよく、例えば、延伸工程直後に再度付着させてもよいし、巻取り段階で再度付着させてもよいし、耐炎化処理工程の直前に再度付着させてもよい。また、アクリル繊維処理剤とは別に、変性シリコーン(D)を給油してもよい。その場合、アクリル繊維処理剤と変性シリコーン(D)は同時に給油してもよく、どちらを先に給油してもよい。その付着方法に関しては、ローラー等を使用して付着してもよいし、浸漬法、スプレー法等で付着してもよい。
【0060】
変性シリコーン(D)をアクリル繊維処理剤とは別に給油する場合、変性シリコーン(D)は、上記の非イオン性界面活性剤(B)を用いて、水に溶解、可溶化、乳化又は分散された状態(変性シリコーン(D)含有処理剤という)であることが好ましい。
変性シリコーン(D)含有処理剤全体に占める水の重量割合、不揮発分の重量割合については、特に限定はない。例えば、本発明の変性シリコーン(D)含有処理剤を輸送する際の輸送コストや、エマルジョン粘度に因るところの取扱い性等を考慮して適宜決定すればよい。変性シリコーン(D)含有処理剤全体に占める水の重量割合は、0.1〜99.9重量%が好ましく、10〜99.5重量%がさらに好ましく、50〜99重量%が特に好ましい。変性シリコーン(D)含有処理剤全体に占める不揮発分の重量割合(濃度)は、0.01〜99.9重量%が好ましく、0.5〜90重量%がさらに好ましく、1〜50重量%が特に好ましい。
変性シリコーン(D)含有処理剤は、前述したアクリル繊維処理剤と同様な方法で製造することができる。
【0061】
付着処理工程において、アクリル繊維処理剤の付与率は、繊維−繊維間の膠着防止効果や融着防止効果を得ることと、炭素化処理工程において処理剤のタール化物によって炭素繊維の品質低下を防止することとのバランスからは、プレカーサーの重量に対して好ましくは0.1〜2重量%であり、さらに好ましくは0.3〜1.5重量%である。アクリル繊維処理剤の付与率が0.1重量%未満であると、単繊維間の膠着、融着を十分に防止できず、得られる炭素繊維の強度が低下することがある。一方、アクリル繊維処理剤の付与率が2重量%超であると、アクリル繊維処理剤が単繊維間を必要以上に覆うため、耐炎化処理工程において繊維への酸素の供給が妨げられ、得られる炭素繊維の強度が低下することがある。なお、ここでいうアクリル繊維処理剤の付与率とは、プレカーサー重量に対するアクリル繊維処理剤の付着した不揮発分重量の百分率で定義される。
【0062】
耐炎化処理工程は、アクリル繊維処理剤が付着したプレカーサーを200〜300℃の酸化性雰囲気中で耐炎化繊維に転換する工程である。酸化性雰囲気とは、通常、空気雰囲気であればよい。酸化性雰囲気の温度は好ましくは230〜280℃である。耐炎化処理工程では、付着処理後のアクリル繊維に対して、延伸比0.90〜1.10(好ましくは0.95〜1.05)の張力をかけながら、20〜100分間(好ましくは30〜60分間)にわたって熱処理が行われる。この耐炎化処理では、分子内環化および環への酸素付加を経て、耐炎化構造を持つ耐炎化繊維が製造される。
【0063】
炭素化処理工程は、耐炎化繊維をさらに300〜2000℃の不活性雰囲気中で炭化させる工程である。炭素化処理工程では、まず、窒素、アルゴン等の不活性雰囲気中、300℃から800℃まで温度勾配を有する焼成炉で、耐炎化繊維に対して、延伸比0.95〜1.15の張力をかけながら、数分間熱処理して、予備炭素化処理工程(第一炭素化処理工程)を行うのが好ましい。その後、より炭素化を進行させ、且つグラファイト化を進行させるために、窒素、アルゴン等の不活性雰囲気中で、第一炭素化処理工程に対して延伸比0.95〜1.05の張力をかけながら、数分間熱処理して、第二炭素化処理工程を行い、耐炎化繊維が炭素化される。第二炭素化処理工程における熱処理温度の制御については、温度勾配をかけながら、最高温度を1000℃以上(好ましくは1000〜2000℃)とすることがよい。この最高温度は、所望する炭素繊維の要求特性(引張強度、弾性率等)に応じて適宜選択して決定される。
【0064】
本発明の炭素繊維の製造方法では、弾性率がさらに高い炭素繊維が所望される場合は、炭素化処理工程に引き続いて、黒鉛化処理工程を行うこともできる。黒鉛化処理工程は、通常、窒素、アルゴン等の不活性雰囲気中、炭素化処理工程で得られた繊維に対して張力をかけながら、2000〜3000℃の温度で行われる。
【0065】
このようにして得られた炭素繊維には、目的に応じて、複合材料とした時のマトリックス樹脂との接着強度を高めるための表面処理を行うことができる。表面処理方法としては、気相または液相処理を採用でき、生産性の観点からは、酸、アルカリなどの電解液による液相処理が好ましい。さらに、炭素繊維の加工性、取り扱い性を向上させるために、マトリックス樹脂に対して相溶性の優れる各種サイジング剤を付与することもできる。
【実施例】
【0066】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、ここに記載した実施例に限定されるものではない。なお、以下の実施例に示されるパーセント(%)、部は特に限定しない限り、「重量%」、「重量部」を示す。各特性値の測定は以下に示す方法に基づいて行った。
【0067】
<耐擦過性>
TM式摩擦抱合力試験機TM−200(大栄科学精機社製)により、ジグザクに配置した鏡面クロムメッキステンレス針3本を介して50gの張力で炭素繊維ストランドを1000回擦過させ(往復運動速度300回/分)、炭素繊維ストランドの毛羽立ちの状態を下記基準で目視判定した。
◎:擦過前と同じく毛羽発生が全く見られない
○:数本の毛羽が見られるが耐擦過性良好
△:毛羽立ちがやや多く若干耐擦過性に劣る
×:毛羽立ちが多く、著しい単糸切れが見られる 耐擦過性不良
【0068】
<融着防止性>
炭素繊維から無作為に20カ所を選び、そこから長さ10mmの短繊維を切り出し、その融着状態を観察し、下記の評価基準で判定した。
◎:融着無し
○:ほぼ融着無し
△:融着少ない
×:融着多い
【0069】
<重量減少率>
直径φ60mmのアルミカップ上に不揮発分が1gとなるよう各処理剤エマルジョンを採取し、温風乾燥機にて105℃×3時間処理して水分を除去し、試料を精秤(W1)した。得られた試料をギヤオーブンにて250℃×60minで熱処理し、熱処理後の試料を精秤(W2)した。下記式にて重量減少率を算出した。
(W1−W2)/W1×100=重量減少率(wt%)
【0070】
<繊維束の集束性>
プレカーサー製糸工程での巻取り時、解舒時、および耐炎化工程での耐炎化炉の入口、出口において、繊維束の集束度合いを観察し、総合して下記の評価基準で目視判定した。
◎:均一な太さの繊維束で、単繊維のバラケも全く見られない。
○:均一な太さの繊維束で、単繊維のバラケもほぼ見られない。
△:均一な太さの繊維束であるが、バラケた単繊維がやや見られる。
×:バラケた単繊維も多く、単糸切れもみられる。
【0071】
<製糸操業性(ローラー汚れ)>
プレカーサー50kgに処理剤を付与した後の乾燥ローラーの汚染度合い(ガムアップ)を下記の評価基準で判定した。
◎ :ガムアップによるローラー汚染が無く、製糸操業性問題無し。
○ :ガムアップによるローラー汚染が少なく、製糸操業性問題無し。
△ :ガムアップによるローラー汚染があり、やや製糸操業性に劣る。
× :ガムアップによるローラー汚染が著しく、製糸時に単糸取られ、捲き付きあり。
【0072】
<炭素繊維強度>
JIS-R-7601に規定されているエポキシ樹脂含浸ストランド法に準じ測定し、測定回数10回の平均値を炭素繊維強度(GPa)とした。
【0073】
[エステル化合物の合成]
(合成例A1−1)
反応器中に窒素ガスを封入下、ビスフェノールAのエチレンオキサイド2モル付加物1.0モル、ラウリン酸2.0モルを仕込み、190℃で3時間脱水縮合反応させて、エステル化合物(A1−1)を得た。
(合成例A2−1)
反応器中に窒素ガスを封入下、ポリオキシエチレン(2モル)ビスフェノールAモノラウレート2.0モル、アジピン酸1.0モルを仕込み、190℃で3時間脱水縮合反応させて、エステル化合物(A2−1)を得た。
(合成例A3−1)
反応器中に窒素ガスを封入下、ポリオキシエチレン(2モル)ビスフェノールAモノラウレート1.0モル、アジピン酸1.0モルを仕込み、190℃で3時間脱水縮合反応させて、ついでビスフェノールAのエチレンオキサイド2モル付加物0.5モルを仕込み、さらに190℃で3時間脱水縮合反応させて、エステル化合物(A3−1)を得た。
【0074】
(合成例A1−2)
反応器中に窒素ガスを封入下、ビスフェノールAのエチレンオキサイド6モル付加物1.0モル、ラウリン酸2.0モルを仕込み、190℃で3時間脱水縮合反応させて、エステル化合物(A1−2)を得た。
(合成例A2−2)
反応器中に窒素ガスを封入下、ポリオキシエチレン(6モル)ビスフェノールAモノラウレート2.0モル、アジピン酸1.0モルを仕込み、190℃で3時間脱水縮合反応させて、エステル化合物(A2−2)を得た。
(合成例A3−2)
反応器中に窒素ガスを封入下、ポリオキシエチレン(6モル)ビスフェノールAモノラウレート1.0モル、アジピン酸1.0モルを仕込み、190℃で3時間脱水縮合反応させて、ついでビスフェノールAのエチレンオキサイド6モル付加物0.5モルを仕込み、さらに190℃で3時間脱水縮合反応させて、エステル化合物(A3−2)を得た。
【0075】
(合成例A1−3)
反応器中に窒素ガスを封入下、ビスフェノールAのエチレンオキサイド2モル付加物1.0モル、ステアリン酸2.0モルを仕込み、190℃で3時間脱水縮合反応させて、エステル化合物(A1−3)を得た。
(合成例A2−3)
反応器中に窒素ガスを封入下、ポリオキシエチレン(2モル)ビスフェノールAモノステアレート2.0モル、アジピン酸1.0モルを仕込み、190℃で3時間脱水縮合反応させて、エステル化合物(A2−3)を得た。
(合成例A3−3)
反応器中に窒素ガスを封入下、ポリオキシエチレン(2モル)ビスフェノールAモノステアレート1.0モル、アジピン酸1.0モルを仕込み、190℃で3時間脱水縮合反応させて、ついでビスフェノールAのエチレンオキサイド2モル付加物0.5モルを仕込み、さらに190℃で3時間脱水縮合反応させて、エステル化合物(A3−3)を得た。
【0076】
(合成例A4)
反応器中に窒素ガスを封入下、イソオクチルアルコール1.0モル、ステアリン酸1.0モルを仕込み、190℃で3時間脱水縮合反応させて、エステル化合物(A4)を得た。
(合成例A5)
反応器中に窒素ガスを封入下、ポリオキシエチレン(10モル)グリコール1.0モル、オレイン酸2.0モルを仕込み、190℃で3時間脱水縮合反応させて、エステル化合物(A4)を得た。
【0077】
[非イオン性界面活性剤(B)]
非イオン性界面活性剤(B):ポリオキシエチレン(18モル)硬化ヒマシ油エーテル/ポリオキシエチレン(9モル)アルキルエーテル(アルキル基はC12〜C14)=1/1で混合したもの。
[酸化防止剤(C)]
酸化防止剤(C):4,4’−ブチリデンビス(3−メチル−6−Tert−ブチルフェニル−ジ−トリデシルホスファイト)
[変性シリコーン(D)]
アミノ変性シリコーン(D1):(25℃粘度:1300mm
2/s、アミノ当量:2000g/mol、変性タイプ:ジアミン)
アミノ変性シリコーン(D2):(25℃粘度:4500mm
2/s、アミノ当量:1000g/mol、変性タイプ:ジアミン)
アミノ変性シリコーン(D3):(25℃粘度:120mm
2/s、アミノ当量:5000g/mol、変性タイプ:モノアミン)
【0078】
[実施例1〜13、比較例1〜11]
上記で調製したエステル化合物(A)、非イオン性界面活性剤(B)、酸化防止剤(C)、アミノ変性シリコーン(D)を用いて、表1、2に示す不揮発分組成になるよう水に混合撹拌して、処理剤に占める不揮発分の割合が20重量%の水系乳化物であるアクリル繊維処理剤をそれぞれ調製した。なお、表の数値は、処理剤の不揮発分に占める各成分の重量割合を示す。例えば、表のA1−1〜A3−3の数値は、処理剤の不揮発分に占めるエステル化合物A1−1〜A3−3の重量割合を示す。括弧内の数値は、エステル化合物(A1)、エステル化合物(A2)及びエステル化合物(A3)の合計に占める各エステル化合物の重量割合を示す。
次いで、調製した処理剤をさらに水で希釈し、不揮発分濃度が3.0重量%である処理液をそれぞれ得た。
各処理液をプレカーサー(単繊維繊度0.8dtex,24,000フィラメント)に付与率1.0重量%となるように付着させ、100〜140℃で乾燥して水分を除去した。処理液付着後のプレカーサーを250℃の耐炎化炉にて60分間耐炎化処理し、次いで窒素雰囲気下300〜1400℃の温度勾配を有する炭素化炉で焼成して炭素繊維に転換した。各特性値の評価結果を表1、2に示す。
【0079】
【表1】
【0080】
【表2】
【0081】
表1、2にあるように、実施例では、耐熱性、集束性に優れ、耐炎化処理工程での繊維間の融着や毛羽発生を抑制することができ、さらには安定して操業でき、高強度の炭素繊維を得ることができることがわかる。
一方、比較例では上記要求特性の全てを満足しているものはないことがわかる。例えば比較例2では毛羽抑制と集束性は満足できるものの、融着防止性と耐熱性が不足し、結果として炭素繊維の強度は低いものとなる。