【解決手段】おがみ形状を有するアルミニウム合金製のはさみ本体と、前記はさみ本体における少なくとも刃の表面に設けられたダイヤモンドライクカーボン膜と、を備えるアルミニウム合金製はさみである。
前記はさみ本体における前記ダイヤモンドライクカーボン膜が設けられる表面のJIS B 0601:2013の規定に準拠して測定される算術平均粗さRaが、0.5μm以下である請求項1〜4のいずれか1項に記載のアルミニウム合金製はさみ。
前記ダイヤモンドライクカーボン膜は、前記はさみ本体における少なくとも刃の表面に、中間層を介して、厚さ1.0〜6.0μmで形成された水素含有ダイヤモンドライクカーボン膜であり、
前記中間層は、前記はさみ本体側に設けられた、実質的にチタン、クロム、又はタングステンのいずれかの純金属からなる厚さ0.6μm以上の第1の中間層と、前記第1の中間層上に設けられた、炭化ケイ素を主体とする厚さ0.01〜0.5μmの第2の中間層とを備える請求項1〜5のいずれか1項に記載のアルミニウム合金製はさみ。
前記ダイヤモンドライクカーボン膜を設ける工程は、前記はさみ本体における少なくとも刃の表面上に、実質的にチタン、クロム、又はタングステンのいずれかの純金属からなる厚さ0.6μm以上の第1の中間層を設ける工程と、
前記第1の中間層上に、炭化ケイ素を主体とする厚さ0.01〜0.5μmの第2の中間層を設ける工程と、
前記第2の中間層上に、厚さ1.0〜6.0μmの水素含有ダイヤモンドライクカーボン膜を設ける工程と、を含む請求項12に記載の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態について説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではない。
【0012】
<アルミニウム合金製はさみ>
本発明の一実施形態のアルミニウム合金製はさみ(以下、単に「はさみ」と記載することがある。)は、おがみ形状を有するアルミニウム合金製のはさみ本体と、はさみ本体における少なくとも刃の表面に設けられたダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜とを備える。
図1〜3に、本発明の一実施形態のはさみに用いることが可能なはさみ本体の一例を模式的に示す。
図1は、そのはさみ本体の一例を模式的に示す斜視図であり、
図2は、
図1のA−A線断面を模式的に示す断面図である。
図3は、そのはさみ本体の一例を側面から見た1枚の刃の部分の模式図である。
【0013】
(はさみ本体)
本明細書において、「はさみ本体」とは、DLC膜、及びDLC膜をより良好に密着させるための素材(例えば後述する中間層等)が設けられる前のはさみをいい、少なくとも刃を備えるものをいう。はさみは、通常、少なくとも2枚の刃22と、各刃を接合する接合部24と、各刃に設けられた持ち手部分26とを備えるため、はさみ本体2は、刃22に加えて、接合部24及び持ち手部分26を備えていてもよい。
【0014】
また、本明細書において、「アルミニウム合金製はさみ」及び「アルミニウム合金製のはさみ本体」とは、はさみ又ははさみ本体2における少なくとも刃22を構成する部材の材質がアルミニウム合金であることを意味する。例えば、はさみ又ははさみ本体2における持ち手部分26等には、アルミニウム合金が用いられていてもよいし、用いられていなくてもよい。
【0015】
はさみ本体2の材質であるアルミニウム合金は、アルミニウムを主成分とする合金であれば、特に限定されない。本明細書において、アルミニウムを主成分とする合金とは、当該合金中にアルミニウム(Al)を50質量%以上含有する合金をいう。アルミニウム合金に含有されるアルミニウム以外の金属としては、例えば、ケイ素、鉄、銅、マンガン、マグネシウム、クロム、亜鉛、チタン、バナジウム、ビスマス、鉛、ジルコニウム、及びニッケル等を挙げることができる。アルミニウム合金としては、例えば、Al−Cu系合金、Al−Cu−Mg系合金、Al−Mn系合金、Al−Si系合金、Al−Si−Cu系合金、Al−Mg系合金、Al−Mg−Si系合金、及びAl−Zn−Mg系合金等を挙げることができる。
【0016】
一般的に、はさみは切断道具であるため、切れ味及び耐久性等の観点から、その材質には硬い鋼が用いられることが多く、その中でも耐蝕性に優れたステンレス鋼が主に用いられている。ステンレス鋼は、その組成や加工手法等によっても異なるが、磁性を有するものが多く、また、オーステナイト系ステンレスのように非磁性であっても、磁力の影響を受け易い場合がある。そのため、例えば超電導電磁石等を利用した強い磁力を発生させる装置が置かれた場において、ステンレス鋼製のはさみを用いると、はさみが磁場に急に引き寄せられ、飛んでいくとの懸念もある。そのような懸念から、強力な磁場が発生する付近では、安全性及び作業性の観点から、磁場に引き寄せられないはさみが求められている。そこで、本発明の一実施形態のはさみでは、はさみ本体の材質として、アルミニウム合金を用いることとしている。
【0017】
一方、アルミニウム合金製のはさみ本体2は、一般的に、ステンレス鋼製のはさみに比べて、切れ味及び耐久性が劣る。その理由として、アルミニウム合金はステンレス鋼に比べて硬度が低いことが考えられる。例えばアルミニウム合金のヤング率(例:A2017材のヤング率:約69GPa)は、ステンレス鋼のヤング率(例:SUS410材のヤング率:約200GPa)のおよそ1/3程度と低い。そのため、本発明の一実施形態のはさみは、はさみとして機能し得る切れ味及び耐久性を得るために、アルミニウム合金製のはさみ本体2におがみ形状が設けられているとともに、はさみ本体2における少なくとも刃22の表面に後述するDLC膜が設けられている。はさみ本体2におがみ形状を設けることでせん断力を発揮させ、はさみ本体2における少なくとも刃22にDLC膜を設けることでヤング率を高めることができる。このように、おがみ形状とDLC膜との組み合わせにより、はさみの切れ味及び耐久性を向上させることができる。
【0018】
おがみ形状とは、
図3に示されているように、はさみにおける2枚の刃22が接する内側(刃の裏側)の表面22aに付けられている内側への曲がり(反り)形状である。はさみ本体2の刃22がおがみ形状を有することで、2枚の刃22が開いた状態から閉じていく過程で、はさみ本体2の両刃22が接する位置が移動しながら良好な切れ味の切断を実現することができる。おがみ形状とDLC膜との組み合わせにより、切れ味及び耐久性を向上させる観点から、はさみ本体2のおがみ量yは、50〜500μmであることが好ましく、より好ましくは80〜500μm、さらに好ましくは100〜300μmである。なお、従来の通常のステンレス鋼製のはさみにおがみ形状を設ける場合、そのおがみ量は通常、20μm程度である。
【0019】
図2に示すように、はさみ本体2は、刃22において、小刃部222及び大刃部224を有することが好ましい。はさみ本体2の刃22における小刃部222の角度θ1は大刃部224の角度θ2に比べて小さく、大刃部224の角度θ2は小刃部222の角度θ1に比べて大きい。小刃部222の角度θ1は0〜3°であること好ましく、より好ましくは0.5〜2.5°、さらに好ましくは1.0〜2.0°である。2枚の刃22が接する内側(刃の裏側)の表面22aには、R状のくぼみ(いわゆる裏スキ)226を有していてもよい。小刃部の角度とは、刃22の断面形状において、刃22の裏側の表面22aにおける上端22bと下端22cを結ぶ仮想直線L1に対する垂線L2と、小刃部222とがなす角度θ1をいう。その垂線L2と大刃部224とがなす角度(大刃部の角度)θ2は、特に限定されず、例えば、30〜60°とすることができる。
【0020】
はさみ本体2はダイカスト品(アルミニウム合金ダイカスト製)であることが好ましい。はさみ本体2の材質は、アルミニウム合金であるため、金型鋳造法の一種であるダイカストによりはさみ本体2を作製することも可能である。はさみ本体2をダイカストにより作製することで、プレス加工では難しい曲線や高い寸法精度で短時間に鋳物(はさみ本体2の基礎)を作製することが可能である。また、アルミニウム合金素材のため、ダイカスト原料のリサイクル(再利用)が可能で省資源化に貢献できるという利点がある。アルミニウム合金ダイカストとしては、JIS H5302:2006に規定される、Al−Si系合金、Al−Si−Mg系、Al−Mg系、Al−Mg−Mn系合金、Al−Si−Cu系合金、及びAl−Si−Cu−Mg系合金が好ましく、Al−Si−Cu系合金がより好ましい。
【0021】
はさみ本体2におけるDLC膜が設けられる表面は、後述する中間層を介したDLC膜との密着性が高まる観点から、平滑であることが好ましい。具体的には、はさみ本体2におけるDLC膜が設けられる表面の算術平均粗さRaは、0.5μm以下であることが好ましく、より好ましくは0.3μm以下である。この算術平均粗さRaは、JIS B 0601:2013の規定に準拠して測定される値である。
【0022】
(DLC膜)
本発明の一実施形態のはさみには、はさみ本体2における少なくとも刃22の表面にダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜が設けられている。この構成により、はさみ本体2における2枚の刃22が接し、摺動する内側(刃の裏側)の面22a、並びに前述の小刃部222及び大刃部224を有する場合にはそれらの部分を含む刃22の表面にDLC膜が設けられることとなる。そのため、前述のはさみ本体2に付けられたおがみ形状との組み合わせにより、はさみの切れ味及び耐久性を向上させることができる。はさみ本体2における持ち手部分26には、DLC膜が設けられていてもよく、設けられていなくてもよい。
【0023】
DLC膜は、ダイヤモンド構造とグラファイト構造が混在した非晶質膜である。一般的に、DLC膜は、硬度が高く、耐摩耗性、熱伝導性、及び化学的安定性等に優れ、また、低い摩擦係数を有するなどの特性を有するため、例えば、摺動部材、耐摩耗性機械部品、磁気・光学部品、切削工具類、及び金型等の表面層として、広く利用されている。
【0024】
また、一般的に、DLC膜には、水素を含み、グラファイト構造の炭素の割合が比較的多いDLC膜(水素化非晶質炭素膜;a−C:H膜)と、水素を含まず、ダイヤモンド構造の炭素の割合が比較的多いDLC膜(テトラヘドラル非晶質炭素膜;ta−C膜)とがある。本発明の一実施形態のはさみでは、DLC膜は、水素を含有するDLC膜でもよいし、水素を含有しないDLC膜でもよい。アルミニウム合金製のはさみ本体2に対し、密着し易いことから、水素を含有するダイヤモンドライクカーボン膜(水素含有DLC膜)が好ましい。この水素含有DLC膜は、水素化アモルファスカーボン(a−C:H)の構造を有する膜である。
【0025】
アルミニウム合金に対しては、DLC膜を良好に密着させることは難しく、特に、鋳造で得られたアルミニウム合金、すなわち、アルミニウム合金製の鋳物に対して、DLC膜を良好に密着させることは難しい。DLC膜の密着性が劣る場合、はさみの繰り返し使用により、はさみの切れ味や耐久性も劣ってくるため、切れ味及び耐久性の観点から、はさみ本体とDLC膜との密着性を高めることが望ましい。
【0026】
本発明の一実施形態のはさみにおいては、DLC膜は、はさみ本体2における少なくとも刃22の表面に、中間層を介して厚さ1.0〜6.0μmで形成された水素含有DLC膜であることが好ましい。中間層は、はさみ本体2側に設けられた、実質的にチタン、クロム、又はタングステンのいずれかの純金属からなる厚さ0.6μm以上の第1の中間層と、第1の中間層上に設けられた、炭化ケイ素を主体とする厚さ0.01〜0.5μmの第2の中間層とを備える層であることが好ましい。はさみ本体2に対し、はさみ本体2側から、第1の中間層、第2の中間層、及び水素含有DLC膜がこの順で設けられていることで、アルミニウム合金製のはさみ本体2やアルミニウム合金ダイカスト製のはさみ本体2に対して、より良好に密着したDLC膜を形成することが可能である。
【0027】
以下に、本発明の一実施形態のはさみにおける第1の中間層、第2の中間層、及び水素含有DLC膜の各構成について、
図4及び
図5に付した符号を示しつつ詳述する。
図4及び
図5は、本発明の一実施形態のはさみ1の層構成の一例を模式的に示す断面図である。
【0028】
(第1の中間層)
アルミニウム合金製のはさみ本体2における少なくとも刃22の表面上に設けられた第1の中間層4は、実質的にチタン(Ti)、クロム(Cr)、又はタングステン(W)のいずれかの純金属からなる厚さ0.6μm以上の金属層である。第1の中間層4は、Ti、Cr、又はWのいずれかの純金属からなり、かつ、厚さが0.6μm以上であることにより、後述する第2の中間層6及び水素含有DLC膜8とともに、DLC膜8の密着性を高めることが可能となる。
【0029】
本明細書において、第1の中間層4が、実質的にチタン、クロム、又はタングステンのいずれかの純金属からなることは、第1の中間層4において、チタン、クロム、又はタングステンの含有量が98〜100質量%であり、不純物が2質量%以下の割合で含まれていてもよいことを意味する。DLC膜8の密着性がより高まる観点から、第1の中間層4を形成する純金属は、クロムであることがより好ましい。第1の中間層4に含まれていてもよい不純物としては、例えば、Si、Al、及びFe等を挙げることができる。
【0030】
また、DLC膜8の密着性をより高める観点から、第1の中間層4の厚さは、0.7μm以上であることが好ましく、より好ましくは0.8μm以上、さらに好ましくは1.0μm以上である。DLC膜8の密着性を高める観点からは、第1の中間層4の厚さの上限は特に限定されない。第1の中間層4の厚さが厚くなるほど、製造コストは高くなるため、製造コストを抑える観点からいえば、第1の中間層4の厚さは、5.0μm以下であることが好ましく、より好ましくは4.0μm以下、さらに好ましくは3.0μm以下である。
【0031】
第1の中間層4は、物理蒸着層であることが好ましい。本明細書において、物理蒸着層とは、物理蒸着(PVD)法により成膜された層であることを意味する。第1の中間層4は、物理蒸着層のうち、スパッタリング層であることがより好ましく、非平衡マグネトロンスパッタリング層であることがさらに好ましい。
【0032】
(第2の中間層)
上述の第1の中間層4上には第2の中間層6が設けられている。第2の中間層6は、第1の中間層4を介して、はさみ本体2に設けられている。第2の中間層6は、炭化ケイ素を主体とし、厚さが0.01〜0.5μmである。この構成を有する第2の中間層6により、前述の第1の中間層4及び後述するDLC膜8と相俟って、DLC膜8の密着性を高めることが可能となる。第2の中間層6は、実質的に、SiCx(X:1.0〜1.5)で表される炭化ケイ素からなることが好ましい。また、第2の中間層6は、テトラメチルシランガスを原料として形成されることが好ましい。第2の中間層6には、炭化ケイ素以外に、水素及び酸素等の不純物が含まれていてもよい。
【0033】
第2の中間層6の厚さは、DLC膜8の密着性を高める観点から、0.01μm以上であることが好ましく、より好ましくは0.02μm以上、さらに好ましくは0.05μm以上である。また、第2の中間層6の厚さは、0.5μm以下であることが好ましく、より好ましくは0.4μm以下である。
【0034】
第2の中間層6は、化学蒸着層でもよく、物理蒸着層でもよい。本明細書において、化学蒸着層とは、化学蒸着(CVD)法により成膜された層であることを意味する。第2の中間層6は、化学蒸着層であることが好ましい。
【0035】
(水素含有DLC膜)
上述の第2の中間層6上には、厚さ1.0〜6.0μmで形成された、水素を含有するダイヤモンドライクカーボン膜(水素含有DLC膜)8が設けられている。水素含有DLC膜8は、前述の第1の中間層4及び第2の中間層6を介して、はさみ本体2に設けられている。
【0036】
水素含有DLC膜8は、
図4に示すように単層で形成されていてもよいが、
図5に示すように、複数の水素化非晶質炭素層(以下、「a−C:H層」と記載することがある。)から形成されていることが好ましい。複数のa−C:H層を有する構成の好適な態様例として、炭素濃度の異なる複数のa−C:H層を備える水素含有DLC膜を挙げることができる。また、はさみ本体2側(第2の中間層6側)とは反対側(すなわち、表層側)に他のa−C:H層よりも密度が低いa−C:H層を備える水素含有DLC膜や、表層側にケイ素(Si)がドープされたa−C:H層を備える水素含有DLC膜等を挙げることもできる。以下、好適な水素含有DLC膜について、具体的に説明する。
【0037】
複数のa−C:H層を有する構成の一態様例として、
図4に示すように、水素含有DLC膜8は、第2の中間層6側から、第1の水素化非晶質炭素層(第1のa−C:H層)81、第2の水素化非晶質炭素層(第2のa−C:H層)82、及び第3の水素化非晶質炭素層(第3のa−C:H層)83をこの順で備えることが好ましい。
【0038】
第2の中間層6上に設けられた第1のa−C:H層81は、第2のa−C:H層82及び第3のa−C:H層83よりも、炭素濃度が低い層である。このような相対的に炭素濃度の低い第1のa−C:H層81を第2の中間層(炭化ケイ素主体層)6上に設けることにより、第2の中間層6と水素含有DLC膜8との密着性を高めることができる。
【0039】
第1のa−C:H層81上に設けられた第2のa−C:H層82は、第1のa−C:H層81よりも炭素濃度が高い層である。また、第2のa−C:H層82上に設けられた第3のa−C:H層83は、第1のa−C:H層81よりも炭素濃度が高く、かつ第2のa−C:H層82よりも密度が低い層である。第1のa−C:H層81上に、第1のa−C:H層81よりも相対的に炭素濃度の高い、第2のa−C:H層82と、第2のa−C:H層82よりも相対的に密度の低い第3のa−C:H層83とを設けることにより、密着性及び耐摩耗性がより良好な水素含有DLC膜8を形成することができる。
【0040】
第2のa−C:H層82の炭素濃度及び第3のa−C:H層83の炭素濃度は、第1のa−C:H層81の炭素濃度よりも、20〜30%程度高いことが好ましい。また、第3のa−C:H層83の密度は、第2のa−C:H層82の密度よりも、5〜10%程度低いことが好ましい。
【0041】
第3のa−C:H層83の炭素濃度と、第2のa−C:H層82の炭素濃度との関係に特に制限はないが、製造上の観点から、同等程度とすることが好ましい。また、第1のa−C:H層81の密度と第2のa−C:H層82の密度との関係も特に制限はないが、製造上の観点から、同等程度とすることが好ましい。
【0042】
複数のa−C:H層を有する構成の別の一態様例として、上述の第3のa−C:H層83を、ケイ素を含有する水素化非晶質炭素層(以下、「Si含有a−C:H層」と記載することがある。)84に変更した構成例を挙げることもできる。すなわち、水素含有DLC膜8は、第2の中間層6上に設けられた第1のa−C:H層81と、第1のa−C:H層81上に設けられた、第1のa−C:H層81よりも炭素濃度が高い第2のa−C:H層82と、第2のa−C:H層82上に設けられたSi含有a−C:H層84とを備えることも好ましい。
【0043】
第2の中間層6上に、相対的に炭素濃度の低い第1のa−C:H層81を設けることにより、第2の中間層82と水素含有DLC膜8との密着性を高めることができる。また、第1のa−C:H層81上に、第1のa−C:H層81よりも相対的に炭素濃度の高い第2のa−C:H層82を設け、かつ、その上にSi含有a−C:H層84を設けることにより、密着性及び耐摩耗性がより良好な水素含有DLC膜8を形成することができる。さらに、はさみ1の表層側をSi含有a−C:H層84とすることにより、表面の摩擦係数が小さいはさみ1とすることができる。
【0044】
Si含有a−C:H層84のSi含有量は、Si含有a−C:H層84の密着力及び耐摩耗性を高める観点から、1〜20原子%であることが好ましく、5〜15原子%であることがより好ましい。Si含有a−C:H層84中のSi含有量(原子%)は、オージェ電子分光法により測定することができる。
【0045】
水素含有DLC膜8の厚さは、1.0〜6.0μmであり、好ましくは1.0〜5.0μmである。この水素含有DLC膜8の厚さは、水素含有DLC膜8が複数のa−C:H層を備える場合、各a−C:H層の厚さの合計である。上述の第1のa−C:H層81及び第2のa−C:H層82の各厚さは、0.01〜0.5μmであることが好ましく、より好ましくは0.01〜0.4μmである。第3のa−C:H層83及びSi含有a−C:H層84の各厚さは、0.98〜5.0μmであることが好ましく、より好ましくは1.0〜5.0μmである。
【0046】
水素含有DLC膜8は、化学蒸着層でもよく、物理蒸着層でもよく、これらを組み合わせた層でもよい。これらのうち、化学蒸着層が好ましい。水素含有DLC膜8が複数のa−C:H層を備える場合、成膜条件を変えることにより、炭素濃度及び密度等の異なる複数のa−C:H層を形成することが可能である。
【0047】
はさみ本体に設けることが可能な上述の各層の厚さは、はさみ1の側面又は断面を走査型電子顕微鏡で観察することにより、確認し、測定することができる。また、例えば、上述の各層の水素量は、ERDA(Erastic Recoil Detection Analysis)により、シリコン量は、オージェ電子分光法により、分析し、確認することができる。
【0048】
本発明の一実施形態のはさみ1は、はさみ本体(はさみ本体における少なくとも刃)の材質がアルミニウム合金であるため、強磁場環境及びその付近においても、はさみが磁場に急激に引き寄せられることなく、安全に使用することができる。強磁場環境及びその付近の場としては、例えば、超電導電磁石等を利用した強い磁力を発生させる装置が置かれた場を挙げることができる。より具体的には、例えば、病院等における核磁気共鳴画像(MRI)装置が置かれた室内、並びに工場及び研究所等における核磁気共鳴分光(NMR)装置が置かれた室内や強磁場発生装置が置かれた室内等を挙げることができる。特に病院等における医療現場においては、包帯、湿布、テープ、及びチューブ等の医療用品をはさみで切断する状況が発生することがあり、しかも、その性質上、その作業を素早く行うことが求められる。このような実情から、本発明の一実施形態のはさみは、医療用として、より好適である。
【0049】
本実施形態のアルミニウム合金製はさみを製造する方法は特に限定されない。その製造方法の好適な一実施形態について、以下に説明する。
【0050】
<アルミニウム合金製はさみの製造方法>
本発明の一実施形態のアルミニウム合金製はさみの製造方法は、ダイカスト金型を用いて、はさみ本体の基礎となるアルミニウム合金製の鋳物を作製する工程と、その鋳物を加工しておがみ形状を有するアルミニウム合金製のはさみ本体を作製する工程と、そのはさみ本体における少なくとも刃の表面にダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜を設ける工程とを含む。
【0051】
まず、アルミニウム合金製のはさみ本体2の作製は、ダイカスト金型を用いて行う。このダイカスト法では、ダイカスト金型に溶融したアルミニウム合金を圧入することにより、高い寸法精度の鋳物(はさみ本体2の基礎)を短時間に作製することができる。ダイカストにより形成されたはさみ本体2の基礎となる鋳物をマシニングセンターやNCフライス盤等の切削加工機や回転砥石等の研磨機を用いて切削、研磨し、前述の小刃部222及び大刃部224等を有する所望の形状となるように加工することが好ましい(
図2参照)。
【0052】
また、本実施形態の製造方法は、ダイカストにて作製した鋳物(はさみ本体2の基礎)を加工しておがみ形状を有するアルミニウム合金製のはさみ本体2を作製する工程を含む。この工程では、ハンドプレス等のプレス機を用いて、はさみ本体2における刃におがみ形状を付けることができる。
【0053】
本実施形態の製造方法は、作製したはさみ本体2における少なくとも刃22の表面にDLC膜を設ける工程を含む。DLC膜を設ける工程は、PVD法により行うことも可能であるし、プラズマCVD法により行うことも可能である。PVD法によりDLC膜を設ける場合、いわゆる水素フリーDLC膜と称されるテトラヘドラル非晶質炭素膜(ta−C膜)を成膜することも可能である。プラズマCVD法によりDLC膜を設ける場合、水素化非晶質炭素膜(a−C:H膜)を成膜することができる。
【0054】
本発明の一実施形態の製造方法では、アルミニウム合金製のはさみ本体2における刃22に対して、DLC膜を良好に密着させるために、DLC膜を設ける工程は次の工程を含むことが好ましい。すなわち、DLC膜を設ける工程は、はさみ本体2における少なくとも刃22の表面上に、実質的にチタン、クロム、又はタングステンのいずれかの純金属からなる厚さ0.6μm以上の第1の中間層4を設ける工程と、第1の中間層4上に、炭化ケイ素を主体とする厚さ0.01〜0.5μmの第2の中間層6を設ける工程と、第2の中間層6上に、厚さ1.0〜6.0μmの水素含有DLC膜8を設ける工程とを含むことが好ましい。なお、各層の厚さは、各工程における成膜時間を調整することにより、調整することができる。
【0055】
はさみ本体2における少なくとも刃22の表面上に、実質的にTi、Cr、又はWのいずれかの純金属からなる厚さ0.6μm以上の第1の中間層4を設ける工程は、物理蒸着(PVD)法の一種であるスパッタリング法により行うことが好ましい。例えば、スパッタ装置の真空槽内に、第1の中間層4を形成する金属材料(Ti、Cr、又はW)のターゲットと、被着対象であるはさみ本体2の少なくとも刃22(以下、単に「はさみ本体2」と記載することがある。)を配置し、Arガス等の不活性ガスを導入する。そして、ターゲットに負電圧を印加して不活性ガスのプラズマを発生させ、不活性ガス原子のイオンをターゲットに衝突させることにより、金属材料をスパッタすることができる。
【0056】
第1の中間層4を設ける工程では、第1の中間層4を非平衡マグネトロンスパッタリング法(UBMS法)により成膜することがさらに好ましい。UBMS法は、スパッタカソードの磁場を意図的に非平衡にし、その非平衡磁場を用いることで、被着対象へのプラズマ照射を強化したスパッタリング方式である。第1の中間層4をUBMS法により成膜することで、はさみ本体2と第1の中間層4との密着性をより高めることができる。
【0057】
なお、第1の中間層4を設ける工程では、第1の中間層4を成膜する前(すなわち、金属材料をスパッタする前)に、スパッタ装置の真空槽内に不活性ガスのプラズマを発生させ、イオン化した不活性ガス原子によって、はさみ本体2の表面をイオンボンバードすることが好ましい。これにより、はさみ本体2に第1の中間層4を形成する金属が着きやすくなる。
【0058】
第1の中間層4上に炭化ケイ素を主体とする第2の中間層6を設ける工程は、PVD法及びCVD法のいずれでも行うことができる。これらのうち、CVD法が好ましく、プラズマCVD法がより好ましい。
【0059】
CVD法によって第2の中間層6を成膜する場合、プラズマCVD法によって行うことが好ましい。プラズマCVD法では、直流、高周波、又はマイクロ波等を供給することで、原料ガスをプラズマ化して分解させ、被着対象(はさみ本体2上の第1の中間層4上)に第2の中間層6を成膜することができる。原料ガスとしては、気体状の有機ケイ素化合物を用いることができる。有機ケイ素化合物とは、Si−C結合を有する化合物であり、例えば、Si原子にメチル基及びエチル基等の有機官能基が結合した化合物、及びSi原子にO原子を介して有機官能基が結合した化合物等を挙げることができる。原料ガスとして使用する有機ケイ素化合物は、ガス化できれば特に限定されない。有機ケイ素化合物としては、例えば、モノメチルシラン、モノエチルシラン、ジエチルシラン、トリメチルシラン、テトラメチルシラン、テトラエトキシシラン、及びヘキサメチルジシロキサン等を挙げることができる。
【0060】
第2の中間層6上に、水素含有DLC膜8を設ける工程は、PVD法により行うことも可能であるし、プラズマCVD法により行うことも可能である。PVD法では、固体カーボンを原料に使用し、固体カーボンを蒸発させて被着対象に成膜することができる。CVD法では、炭化水素ガスを原料に使用し、チャンバー内で炭化水素ガスを分解させて被着対象に成膜することができる。炭化水素ガスとしては、例えば、メタン、エチレン、プロパン、ブタン、ヘキサン、アセチレン、ベンゼン、及びトルエン等を挙げることができる。本発明の一実施形態の製造方法では、プラズマCVD法により、水素含有DLC膜8を成膜することが好ましい。
【0061】
水素含有DLC膜8を設ける工程は、第2の中間層6上に第1のa−C:H層81を設ける工程と、第1のa−C:H層81上に、第1のa−C:H層81よりも炭素濃度を高くした第2のa−C:H層82を設ける工程とを含むことが好ましい。さらに、第2のa−C:H層82上に、第1のa−C:H層81よりも炭素濃度を高くし、かつ第2のa−C:H層82よりも密度を低くした第3のa−C:H層83を設ける工程、又はケイ素を含有する水素化非晶質炭素層(Si含有a−C:H層)84を設ける工程を行うことが好ましい。
【0062】
上述のように複数のa−C:H層によって水素含有DLC膜8を形成する場合、成膜条件を変えることにより、炭素濃度や密度の異なる複数のa−C:H層を形成することが可能である。例えば、炭化水素ガスを原料として使用するプラズマCVD法により、水素含有DLC膜(各a−C:H層)を成膜する場合、使用する炭化水素ガスの種類等を変えることにより、炭素濃度の異なる複数のa−C:H層を形成することが可能である。また、プラズマCVD法において、プラズマの生成に直流電圧等を用いる場合、例えば、印加する電圧等を変えることにより、密度の異なる複数のa−C:H層を形成することが可能である。
【0063】
より具体的には、第2の中間層6上に、メタン(CH
4)ガスを原料に使用して第1のa−C:H層81を成膜し、次いで、第1のa−C:H層81上に、アセチレン(C
2H
2)ガスを原料に使用して第2のa−C:H層82を成膜することがより好ましい。このような方法により、第2の中間層82上に、炭素濃度が相対的に低い第1のa−C:H層81と、炭素濃度が相対的に高い第2のa−C:H層82とをこの順で容易に成膜することができる。
【0064】
また、第3のa−C:H層83の成膜には、第2のa−C:H層82の成膜に使用した炭化水素ガスと同じ原料を用いることが好ましい。これにより、第3のa−C:H層83の炭素濃度を、第1のa−C:H層81の炭素濃度よりも高くでき、かつ、第2のa−C:H層82の炭素濃度と同程度にすることができる。さらに、第3のa−C:H層83を成膜する際のプラズマ生成条件を、第2のa−C:H層82を成膜する際のプラズマ生成条件よりも弱くすること(例えば印加電圧の絶対値を下げること等)が好ましい。これにより、第3のa−C:H層83の密度を、第2のa−C:H層82の密度よりも低くすることができる。
【0065】
Si含有a−C:H層84を設ける工程では、炭化水素ガスに加えて、前述の有機ケイ素化合物のガスを原料として用いることにより、Si含有a−C:H層84を容易に成膜することができる。
【0066】
本発明の一実施形態の製造方法では、プラズマCVD法の一種であるプラズマイオン注入・成膜法(PBII&D法)により、前述の第2の中間層6及び水素含有DLC膜8を設ける工程を行うことがさらに好ましい。PBII&D法によって、はさみ本体2に対して、付き回り良く、第2の中間層6及び水素含有DLC膜8を成膜することができる。
【0067】
PBII&D法におけるプラズマの生成方法は特に限定されない。例えば、高電圧パルスをはさみ本体2に印加してプラズマを生成する方法や、高電圧パルスと高周波パルスを重畳させてはさみ本体2に印加してプラズマを生成する方法を挙げることができる。また、高電圧パルスを印加するはさみ本体2とは別に誘導結合型プラズマ(ICP)源等のプラズマ源を有してプラズマ生成を行う方法を挙げることもできる。本発明の一実施形態の製造方法では、高電圧パルスと高周波パルスを重畳させてはさみ本体2に印加し、プラズマを生成させることが好ましい。PBII&D法によるDLC膜の成膜方法は、例えば特開2004−323973号公報を参照することができる。
【0068】
本発明の一実施形態の製造方法では、プラズマイオン注入・成膜装置(PBII&D装置)におけるチャンバーに、非平衡マグネトロンスパッタリング装置(UBMS装置)を備え付けた複合成膜装置を用いることが特に好ましい。この複合成膜装置を用いることにより、はさみ本体2に対し、前述の第1の中間層4、第2の中間層6、及び水素含有DLC膜8を同じチャンバー内で一貫して成膜することが可能である。以下に、UBMS装置が備え付けられたPBII&D装置(複合成膜装置)を用いる好適な製造方法の一例を説明する。
【0069】
まず、PBII&D装置におけるチャンバー内でフィードスルー(試料保持器)にはさみ本体2を取り付け、チャンバー内を真空状態にする。そして、チャンバー内にArガス等の不活性ガスを導入してイオンボンバードメントを行い、はさみ本体2の表面に付着した微細な汚れや水分の除去を行う。
【0070】
次に、チャンバーに備え付けられたUBMS装置を用い、チャンバー内にセットしたはさみ本体2に高電圧パルスを印加し、チャンバー内にセットした金属材料(Ti、Cr、又はW)のターゲットをスパッタすることで、第1の中間層4を成膜する。
【0071】
第1の中間層4が所望の厚さとなるような時間にわって成膜した後、チャンバー内に有機ケイ素化合物のガスを導入し、第1の中間層4が設けられたはさみ本体2に高電圧パルスを印加し、第1の中間層4上に炭化ケイ素主体の第2の中間層6を成膜する。
【0072】
第2の中間層6が所望の厚さとなるような時間にわって成膜した後、チャンバー内に炭化水素ガスを導入し、第1の中間層4及び第2の中間層6が設けられたはさみ本体2に高電圧パルスを印加して、第2の中間層6上に第1のa−C:H層81を成膜する。そして、第1のa−C:H層81よりも炭素濃度が高い層が得られるように、チャンバー内に導入する炭化水素ガスの種類を変更し、同様の手順で、第1のa−C:H層81上に第2のa−C:H層82を成膜する。
【0073】
第2のa−C:H層82の成膜後、第2のa−C:H層82上に第3のa−C:H層83又はSi含有a−C:H層84を成膜する。第3のa−C:H層83を成膜する場合には、チャンバー内に第2のa−C:H層82の成膜に用いた炭化水素ガスを導入し、第2のa−C:H層82の成膜条件における高電圧パルスの電圧絶対値よりも低い高電圧パルスをはさみ本体2に印加する。Si含有a−C:H層84を成膜する場合には、チャンバー内に炭化水素ガス及び有機ケイ素化合物のガスを導入し、はさみ本体2に高電圧パルスを印加する。
【0074】
上述のように、UBMS装置が備え付けられたPBII&D装置(複合成膜装置)を用いることで、前述の第1の中間層4、第2の中間層6、及び水素含有DLC膜8を同じ装置(チャンバー)内で成膜することが可能であるため、生産性を高めることができる。
【0075】
以上詳述した本実施形態のアルミニウム合金製はさみ1は、その材質上、軽量であり、また、強力な磁場が発生する付近においても、磁場の影響を受け難い点で、安全性が高く、かつ使い易い。なおかつ、アルミニウム合金製はさみ1は、おがみ形状を有するアルミニウム合金製のはさみ本体2と、はさみ本体2における少なくとも刃22の表面に設けられたDLC膜とを備えるため、はさみとして機能し得る切れ味及び耐久性を備えることができる。
【0076】
また、はさみ本体2の少なくとも刃22の表面に、厚さ0.6μm以上の第1の中間層4と、厚さ0.01〜0.5μmの第2の中間層6とを介して、厚さ1.0〜6.0μmで形成された水素含有DLC膜8を設けることにより、DLC膜の密着性を高めることができる。さらに、第2の中間層6側から、第1のa−C:H層81と、それよりも炭素濃度が高い第2のa−C:H層82と、それよりも密度が低く、かつ第1のa−C:H層81よりも炭素濃度が高い第3のa−C:H層83又はSi含有a−C:H層84とをこの順で備える水素含有DLC膜8とすることで、はさみ本体2に対するDLC膜の密着性をさらに高めることができる。
【0077】
以上の通り、本発明の一実施形態のアルミニウム合金製はさみは、以下の構成をとることも可能である。
[1]おがみ形状を有するアルミニウム合金製のはさみ本体と、前記はさみ本体における少なくとも刃の表面に設けられたDLC膜と、を備えるアルミニウム合金製はさみ。
[2]前記はさみ本体のおがみ量が50〜500μm、より好ましくは80〜500μm、さらに好ましくは100〜300μmである前記[1]に記載のアルミニウム合金製はさみ。
[3]前記はさみ本体の小刃部の角度が0〜3°、より好ましくは0.5〜2.5°、さらに好ましくは1.0〜2.0°である前記[1]又は[2]に記載のアルミニウム合金製はさみ。
[4]前記はさみ本体がダイカスト品である前記[1]〜[3]のいずれかに記載のアルミニウム合金製はさみ。
[5]前記はさみ本体における前記DLC膜が設けられる表面のJIS B 0601:2013の規定に準拠して測定される算術平均粗さRaが、0.5μm以下、より好ましくは0.3μm以下である前記[1]〜[4]のいずれかに記載のアルミニウム合金製はさみ。
[6]前記DLC膜は、前記はさみ本体における少なくとも刃の表面に、中間層を介して、厚さ1.0〜6.0μmで形成された水素含有DLC膜であり、前記中間層は、前記はさみ本体側に設けられた、実質的にチタン、クロム、又はタングステンのいずれかの純金属からなる厚さ0.6μm以上の第1の中間層と、前記第1の中間層上に設けられた、炭化ケイ素を主体とする厚さ0.01〜0.5μmの第2の中間層とを備える前記[1]〜[5]のいずれかに記載のアルミニウム合金製はさみ。
[7]前記第1の中間層は、実質的にクロムからなる前記[6]に記載のアルミニウム合金製はさみ。
[8]前記水素含有DLC膜は、前記第2の中間層上に設けられた第1のa−C:H層と、前記第1のa−C:H層上に設けられた、前記第1のa−C:H層よりも炭素濃度が高い第2のa−C:H層と、前記第2の第1のa−C:H層上に設けられた、前記第1のa−C:H層よりも炭素濃度が高く、かつ前記第2のa−C:H層よりも密度が低い第3のa−C:H層とを備える前記[6]又は[7]に記載のアルミニウム合金製はさみ。
[9]前記水素含有DLC膜は、前記第2の中間層上に設けられた第1のa−C:H層と、前記第1のa−C:H層上に設けられた、前記第1のa−C:H層よりも炭素濃度が高い第2のa−C:H層と、前記第2のa−C:H層上に設けられたSi含有a−C:H層とを備える前記[6]又は[7]に記載のアルミニウム合金製はさみ。
[10]前記Si含有a−C:H層のSi含有量が、1〜20原子%、より好ましくは5〜15原子%である前記[9]に記載のアルミニウム合金製はさみ。
[11]医療用である前記[1]〜[10]のいずれかに記載のアルミニウム合金製はさみ。
【0078】
また、本発明の一実施形態のアルミニウム合金製はさみの製造方法は、以下の構成をとることも可能である。
[12]ダイカスト金型を用いて、はさみ本体の基礎となるアルミニウム合金製の鋳物を作製する工程と、前記鋳物を加工して、おがみ形状を有するアルミニウム合金製のはさみ本体を作製する工程と、前記はさみ本体における少なくとも刃の表面に、DLC膜を設ける工程とを含むアルミニウム合金製はさみの製造方法。
[13]前記DLC膜を設ける工程は、前記はさみ本体における少なくとも刃の表面上に、実質的にTi、Cr、又はWのいずれかの純金属からなる厚さ0.6μm以上の第1の中間層を設ける工程と、前記第1の中間層上に、炭化ケイ素を主体とする厚さ0.01〜0.5μmの第2の中間層を設ける工程と、前記第2の中間層上に、厚さ1.0〜6.0μmの水素含有DLC膜を設ける工程とを含む前記[12]に記載の製造方法。
[14]前記第1の中間層を、非平衡マグネトロンスパッタリング法により成膜する前記[13]に記載の製造方法。
[15]前記水素含有DLC膜を、プラズマイオン注入・成膜法により成膜する前記[13]又は[14]に記載の製造方法。
[16]前記水素含有DLC膜を設ける工程は、前記第2の中間層上に、第1のa−C:H層を設ける工程と、前記第1のa−C:H層上に、前記第1のa−C:H層よりも炭素濃度を高くした第2のa−C:H層を設ける工程と、前記第2のa−C:H層上に、前記第1のa−C:H層よりも炭素濃度を高くし、かつ前記第2のa−C:H層よりも密度を低くした第3のa−C:H層を設ける工程とを含む前記[13]〜[15]のいずれかに記載の製造方法。
[17]前記水素含有DLC膜を設ける工程は、前記第2の中間層上に、第1のa−C:H層を設ける工程と、前記第1のa−C:H層上に、前記第1のa−C:H層よりも炭素濃度を高くした第2のa−C:H層を設ける工程と、前記第2のa−C:H層上にSi含有a−C:H層を設ける工程とを含む前記[13]〜[15]のいずれかに記載の製造方法。
[18]前記第1のa−C:H層を、メタンガスを原料に使用して成膜し、前記第2のa−C:H層を、アセチレンガスを原料に使用して成膜する前記[16]又は[17]に記載の製造方法。
【実施例】
【0079】
以下、本発明の一実施形態のはさみについて、実施例に基づいてさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0080】
(はさみ本体の作製)
実施例1〜5、並びに比較例2及び3では、アルミニウム合金材(JIS−ADC12材)、及びダイカスト用の金型を用いて、ダイカストにて、はさみ本体の基礎となるアルミニウム合金製のはさみ本体素材(鋳物)を作製した。具体的には、溶解炉にてアルミニウム合金インゴットを約700℃で溶解した後、溶湯をラドルによってコールドチャンバーダイカストマシンに充填し、金型に射出することで鋳造した。比較例1では、ステンレス材(SUS304材)製のはさみ本体を使用した。
【0081】
各例において、作製したはさみ本体素材を回転砥石(電動刃物水研機である商品名「ヨコ型水研機No.180S」、ナニワ研磨工業社製)により、専用の治具で角度を固定して研磨して、小刃部及び大刃部を要求形状となるように加工し、小刃部の角度を2°、大刃部の角度を45°とした(
図1及び
図2参照)。そして、実施例1〜5、並びに比較例1及び3では、ハンドプレスを用いて、刃を後記表1に示すおがみ量のおがみ形状に加工した。比較例2では、刃におがみ形状を施さなかった。以上のようにして、各例において、
図1に示すような形態のはさみ本体を作製した。なお、上記例では回転砥石を用いて研磨を行ったが、別試験において、マシニングセンターにより、専用治具と小刃部に付ける角度を予めつけた専用工具を使用することでも、研磨加工できたことが確認された。また、上記例では小刃部の角度を2°としたが、小刃部の角度を0〜5°の範囲で1°刻みでそれぞれ作製したところ、2°が最も良好な結果であったため、上記例では小刃部の角度を2°とした。
【0082】
(DLC膜の成膜工程)
比較例1及び3では、作製したはさみ本体に対して、DLC膜を成膜せずに、はさみ本体をそのまま、はさみとした。実施例1〜5及び比較例2では、作製したはさみ本体に対し、DLC膜を成膜した。DLC膜の成膜には、PBII&D装置におけるチャンバーにUBMS装置を備え付けた複合成膜装置を用いた。この装置におけるPBII&D装置には、栗田製作所社製の「PEKURIS−PBIID−PAT−01型」を用いた。UBMS装置のスパッタガンには、J&L Tech社製のSPUTTER 700×100を用いた。
【0083】
上記PBII&D装置は、チャンバーと、チャンバーに取り付けられたフィードスルー(試料保持器)と、フィードスルーに接続されたプラズマ発生用高周波電源及び高電圧パルス発生用電源等を備える(特開2004−323973号公報参照)。このPBII&D装置を使用する際には、チャンバー内ではさみ本体をフィードスルーに取り付け、プラズマ発生用高周波電源と高電圧パルス発生用電源とをフィードスルーを介してはさみ本体に接続する。そして、はさみ本体に対し、CPUによる制御に基づいてプラズマ発生用高周波電源から高周波パルスを印加することではさみ本体の外形に沿ってパルスプラズマを発生させることが可能である。加えて、そのプラズマ中又はアフターグロープラズマ中に、CPUによる制御に基づいて高電圧パルス発生用電源からはさみ本体に負の高電圧パルスを印加することで、イオン注入及び成膜プロセスを行うことが可能である。
【0084】
(実施例1)
上記PBII&D装置のフィードスルーにはさみ本体を取り付け、チャンバーに取り付けられた真空装置により、チャンバー内を1.33×10
-3Paまで真空状態にした。その後、チャンバーに取り付けられたガス供給装置により、チャンバー内にアルゴンガスを導入してイオンボンバードメントを行い、はさみ本体表面に付着した微細な汚れ及び水分を除去した。
【0085】
(第1の中間層の成膜工程)
PBII&D装置のチャンバーに備え付けたUBMS装置を用い、高電圧パルスを−15kVの電圧で印加し、チャンバー内に取り付けられたCrターゲットをスパッタし、はさみ本体上に第1の中間層を成膜した。この成膜を75分かけて行い、実質的にCrからなる厚さ0.6μmの第1の中間層を得た。
【0086】
(第2の中間層の成膜工程)
次に、チャンバー内にテトラメチルシラン(TMS)ガスを導入し、高電圧パルスを−20kVの電圧で印加し、第1の中間層上に、炭化ケイ素を主体とする厚さ0.01μmの第2の中間層を成膜した。
【0087】
(DLC層の成膜工程)
次に、チャンバー内にメタン(CH
4)ガスを導入し、高電圧パルスを−20kVの電圧で印加し、第2の中間層上に、厚さ0.1μmの第1のa−C:H層を成膜した。
その後、チャンバー内にアセチレン(C
2H
2)ガスを導入し、高電圧パルスを−20kVの電圧で印加し、第1のa−C:H層上に、第1のa−C:H層よりも炭素濃度が高い、厚さ0.3μmの第2のa−C:H層を成膜した。
そして、チャンバー内にC
2H
2ガスを導入し、高電圧パルスを−5kVの電圧で印加し、第2のa−C:H層上に、第1のa−C:H層よりも炭素濃度が高く、かつ、第2のa−C:H層よりも密度が低い、厚さ4.6μmの第3のa−C:H層を成膜した。
このようにして、はさみ本体上に、第1の中間層、第2の中間層、第1のa−C:H層、第2のa−C:H層、及び第3のa−C:H層をこの順で設けたはさみを作製した。
【0088】
(実施例2)
実施例2では、実施例1における第1の中間層、第2の中間層、第1のa−C:H層、第2のa−C:H層、及び第3のa−C:H層の各層を成膜する時間及び各層の成膜に使用した高電圧パルスの印加電圧を変更したこと以外は、実施例1と同様にして、はさみ本体に第1の中間層、第2の中間層、及びDLC膜をこの順で形成し、はさみを作製した。
【0089】
(実施例3)
実施例3では、実施例1で行ったDLC層の成膜工程における第3のa−C:H層の成膜を、Si含有a−C:H層の成膜に変更したこと以外は、実施例1と同様にして、はさみ本体に第1の中間層、第2の中間層、及びDLC膜をこの順で形成し、はさみを作製した。Si含有a−C:H層の成膜は、第2のa−C:H層の成膜工程後、チャンバー内にC
2H
2ガス及びTMSガスを導入し、高電圧パルスを−5kVの電圧で印加することにより行い、これにより、第2のa−C:H層上に、厚さ2.0μmのSi含有a−C:H層を成膜した。
【0090】
(実施例4)
実施例4では、実施例3における第1の中間層、及びSi含有a−C:H層の各層を成膜する時間及び各層の成膜に使用した高電圧パルスの印加電圧を変更したこと以外は、実施例3と同様にして、はさみ本体に第1の中間層、第2の中間層、及びDLC膜をこの順で形成し、はさみを作製した。
【0091】
(実施例5)
実施例5では、実施例3における第1の中間層、第2のa−C:H層、及びSi含有a−C:H層の各層を成膜する時間及び各層の成膜に使用した高電圧パルスの印加電圧を変更したこと以外は、実施例3と同様にして、はさみ本体に第1の中間層、第2の中間層、及びDLC膜をこの順で形成し、はさみを作製した。
【0092】
(比較例2)
比較例2では、実施例1における第1の中間層、及び第3のa−C:H層の各層を成膜する時間及び各層の成膜に使用した高電圧パルスの印加電圧を変更したこと以外は、実施例1と同様にして、はさみ本体に第1の中間層、第2の中間層、及びDLC膜をこの順で形成し、はさみを作製した。
【0093】
なお、上記各例で作製した金属構造体における各層の厚さは、金属構造体の断面を走査型電子顕微鏡で観察することにより、測定した。各金属構造体における各層の厚さを表1に示す。
【0094】
(渦電流の影響)
アルミニウムの透磁率はステンレスの透磁率よりも小さいため、発生する渦電流が小さくなる。したがって、この電流で形成される磁場が弱くなり、はさみに発生する力が抑制され、磁場によるはさみの動きの悪影響を低減できることにつながる。よって、はさみ本体の材質がアルミニウム合金である実施例1〜5並びに比較例2及び3のはさみは、渦電流の影響がなく、はさみ本体の材質がステンレスである比較例1のはさみは、渦電流の影響がある。
【0095】
(はさみの切れ味及び耐久性の評価試験)
作製したはさみを用いて、包帯、湿布、及び布テープを繰り返し切断できる回数を調査した。各品について、目標値を500回と設定した。包帯にはピップ社製のサイズ60mm×4500mmの包帯を用いた。湿布には大石膏盛堂社製の製品名「冷感パステルパップMS」を用いた。布テープにはニチバン社製の製品名「H25」を用いた。また、下記式1で算出される値を切れ味指数と称して、評価に用いた。これらの結果を表1に示す。
[式1]
切れ味指数=包帯の切断回数×10+湿布の切断回数×5+テープの切断回数×1
【0096】
【0097】
実施例1〜5では、軽量であり、強力な磁場が発生する付近においても、磁場の影響を受け難い点で作業性及び安全性が高く、かつ、はさみとして機能し得る切れ味及び耐久性を備えたアルミニウム合金製はさみが得られた。比較例2のアルミニウム合金製はさみは、はさみ本体にDLC膜を設けたが、はさみ本体におがみ形状を設けなかったため、切れ味が非常に劣っていた。比較例3のアルミニウム合金製はさみは、はさみ本体におがみ量が200μmであるおがみ形状を設けたが、はさみ本体にDLC膜を設けなかったため、切れ味が非常に劣っていた。これらの結果から、アルミニウム合金製のはさみ本体におがみ形状を設けるとともに、はさみ本体の少なくとも刃の表面にDLC膜を設けることで、切れ味及び耐久性を著しく向上させることができることが確認された。