【解決手段】第一の細胞の細胞表面に存在する分子と第二の細胞の細胞表面に存在する分子の結合による細胞間相互作用を計測する方法であって、第一の分子と第一の蛍光タンパク質とが融合されて細胞膜上に発現された第一の細胞、および任意の蛍光分子で蛍光標識された第二の細胞を提供する工程であって、前記蛍光分子は前記第一の蛍光タンパク質と蛍光波長が異なる、工程、前記第一の細胞と前記第二の細胞とを接触させる工程、フローサイトメトリーを用いて前記第一の細胞からの蛍光および前記第二の細胞からの蛍光を検出する工程、および前記検出する工程で検出された蛍光強度から、前記第一の細胞と前記第二の細胞とが結合して形成された結合細胞を解析する工程を含む。
前記第二の細胞を蛍光標識する蛍光分子が、第二の分子と第二の蛍光タンパク質とが融合されて細胞膜上に発現された融合タンパク質分子である、請求項1に記載の方法。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について、必要に応じて、添付の図面を参照して例示の実施例により説明する。
【0013】
従来、細胞間の相互作用の測定は、単に細胞を蛍光標識し、光学的手法を用いて計測するものであった。例えば、非特許文献1では、体内の免疫反応を模倣した実験系、すなわち、抗体分子が結合した脾臓細胞(antibody-coated spleen cell)と、抗体を認識するレセプター分子(Fc-receptor)を発現する免疫細胞マクロファージ(mouse macrophage P388D1)を用いて、それらの細胞の結合をフローサイトメトリーにより検出している。各細胞は、蛍光低分子であるFITC(緑色蛍光)またはXRITC(赤色蛍光)と混合することにより蛍光標識された後、2群の細胞が混合されて、フローサイトメトリーのドットプロット上で結合細胞が検出される。また、非特許文献2では、好中球(neutrophil)の凝集を、LDS−751(緑色蛍光分子)などの蛍光標識の計測値の増大、前方散乱光の増大により測定している。
【0014】
このように、従来の手法は、単一細胞レベルでの光学的な分析が可能であるというフローサイトメトリーの特徴を利用して、蛍光標識した細胞を用いてバルク状態で細胞の結合・凝集を測定することに留まっていた。すなわち、従来の手法では、細胞間の相互作用に関係している細胞表面に存在する分子のレベルで、生理学的環境下での分子結合を定性的・定量的に分析したり、分子の結合が細胞間の結合をどのように制御しているかを分析したりすることは困難であった。
【0015】
本発明は、上記のような課題を解決したものであり、細胞間相互作用を計測するための手法としてこれまでに提案されていなかった新たなコンセプトを提供するものである。
【0016】
図1は、本発明に係る細胞表面に存在する分子の結合による細胞間相互作用の計測を説明するための概念図である。本発明では、細胞表面に存在する分子を蛍光標識した細胞を用いて、分子の結合による細胞間相互作用を光学的手法を用いて計測する。すなわち、本発明の例示的な一実施形態では、対象の分子(レセプター・リガンド等)にそれぞれ蛍光波長が異なる蛍光タンパク質を融合させた融合分子を細胞膜上に発現させた細胞を用いて、分子の結合による細胞間の結合を多色フローサイトメトリーによりバルク状態でリアルタイムに検出し、結合分子量と細胞結合量を同時に計測する。
【0017】
より具体的には、本発明の第一の実施形態では、第一の細胞の細胞表面に存在する分子と第二の細胞の細胞表面に存在する分子との細胞間相互作用を計測する方法であって、
第一の分子と第一の蛍光タンパク質とが融合されて細胞膜上に発現された第一の細胞、および任意の蛍光分子で蛍光標識された第二の細胞を提供する工程であって、前記蛍光分子は前記第一の蛍光タンパク質と蛍光波長が異なる、工程、
前記第一の細胞と前記第二の細胞とを接触させる工程、
フローサイトメトリーを用いて前記第一の細胞からの蛍光および前記第二の細胞からの蛍光を検出する工程、および
前記検出する工程で検出された蛍光強度から、前記第一の細胞と前記第二の細胞とが結合して形成された結合細胞を解析する工程
を含む。
【0018】
また、本発明の第二の実施形態では、前記第二の細胞を蛍光標識する蛍光分子が、第二の分子と第二の蛍光タンパク質とが融合されて細胞膜上に発現された融合タンパク質分子である。
【0019】
例えば、
図1に示すように、第一の細胞1の細胞表面には、第一の分子11(例えば、レセプター分子)と第一の蛍光タンパク質12(例えば、緑色蛍光タンパク質)とが融合されて細胞膜上に発現されている。また、第二の細胞2の細胞表面には、第二の分子21(例えば、リガンド分子)と第二の蛍光タンパク質22(例えば、青色蛍光タンパク質)とが融合されて細胞膜上に発現されている。ここで、第一の蛍光タンパク質12と第二の蛍光タンパク質22とは、互いに蛍光波長が異なっている。なお、第一の細胞1および第二の細胞2は、それぞれ別々に培養され、フローサイトメトリーで計測するための試料3を調製する際に混合されて接触する。
【0020】
試料3は、フローサイトメトリーの流路4に導入され、所定の励起波長のレーザー光を照射したときの蛍光が検出される。このとき、第一の細胞1の第一の分子11と第二の細胞2の第二の分子21とが結合して形成された結合細胞5からは、第一の蛍光タンパク質12の蛍光と第二の蛍光タンパク質22の蛍光との2色が検出される。一方、第一の分子11と第二の分子21とが結合していない、単独の第一の細胞1または第二の細胞2からは、それぞれ第一の蛍光タンパク質12の蛍光または第二の蛍光タンパク質22の蛍光の1色が検出される。
【0021】
ここで、検出された蛍光から、細胞表面に存在する結合分子の量を求めることができる。従って、以下で詳述するように適切なコンペンセーション(多色計測下における蛍光値補正)・キャリブレーション(蛍光計測値から分子密度への変換)を行うことにより、細胞膜上の結合分子の密度と、分子結合による細胞の結合の進行との相関関係の有無などを計測することができる。
【0022】
また、本実施形態では、フローサイトメトリーで継続的に経時計測することで、リアルタイムに細胞間結合を計測できる。なお、フローサイトメトリーでの計測時には、細胞の非特異的な凝集を防ぐ観点から、試料3に穏やかな振盪を与えながら計測を行うことが好ましく考慮される。
【0023】
また、本実施形態では、大量の細胞結合ペアを高速に計測でき、バルク測定に好適である。一方で、フローサイトメトリーのドットプロット上の一点は一つの細胞結合ペアに相当するので、一細胞ペアレベルでの結合の計測が可能である。
【0024】
また、細胞結合数の経時計測の結果を用いて、分子結合による細胞間の結合解離定数、結合速度(k
on、k
off)が求められる。これらは、細胞間の結合に関与する分子の本来の生理学的環境下(細胞間)における熱力学的・速度論的係数であると考えられる。
【0025】
なお、図示していないが、試料3には第一の分子11と第二の分子21との相互作用を阻害可能な結合阻害剤を添加することもできる。この場合には、細胞表面に存在する分子の細胞間相互作用に対する結合阻害剤の影響を定量的に計測することができる。
【0026】
例えば、任意のレセプター・リガンド分子のペア(例えば、以下の実施例4に示すようなPD−1とPD−L1)に、それぞれ蛍光波長の異なる蛍光タンパク質(AcGFP、TagBFPなど)を融合させて、それぞれ別々の細胞(Hek293細胞など)に遺伝子工学的に導入する。それらを別々に培養して、各蛍光タンパク質を発現させた細胞を得る。その後、両細胞を混合してフローサイトメトリーを用いて細胞間の結合を計測する際に、Anti PD−1抗体などの結合阻害剤を加えることにより、細胞間結合に対する結合阻害剤の影響を定量的に計測することができる。
【0027】
本実施形態において、第一の細胞および第二の細胞としては、計測対象となるレセプターやリガンド分子の発現量が十分に低く、蛍光タンパク質との融合遺伝子を導入しない状態では結合や凝集を生じない細胞である限りにおいて特に制限されず、例えば、Hek293細胞などを使用することができる。なお、Hek293細胞を用いると、PBS−EDTA(0.02%)の添加のみで細胞を培養プレートから簡単に剥離して、フローサイトメトリーに導入することできるので、計測の簡便さの観点などから好ましい。
【0028】
第一の蛍光タンパク質および第二の蛍光タンパク質としては、互いに蛍光波長が異なるものが選択される。例えば、TagBFP(青色蛍光タンパク質)、AcGFP(緑色蛍光タンパク質)、LSSmKate2(赤色蛍光タンパク質)、iRFP(近赤外蛍光タンパク質)などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0029】
第一の分子および第二の分子としては、例えばレセプター・リガンドのように、互いに相互作用することが知られている分子を用いることができる。例えば、レセプター・リガンドのペアとして、EphB1とephrinB2、PD−1とPD−L1などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0030】
また、第一の分子および第二の分子としては、免疫系、癌の免疫細胞療法、ウイルス感染など、細胞の(細胞膜間の)相互作用が重要となる系において役割を果たす分子を用いることができる。例えば、上述したPD−1、PD−L1や、CD19を標的とするキメラ抗原受容体(CAR)などは、癌免疫療法に関わる中心的な分子として知られている。
【0031】
ここで、本発明の別の実施形態では、
図1に示した第一の細胞1がさらに、第三の分子と第三の蛍光タンパク質とが融合されて細胞膜上に発現されており、第二の細胞2がさらに、第四の分子と第四の蛍光タンパク質とが融合されて細胞膜上に発現されている。ここで、前記第一から第四の蛍光タンパク質は互いに蛍光波長が異なっている。
【0032】
第三の分子および第四の分子としては、上述した第一の分子および第二の分子と同様に、レセプター・リガンドのように、互いに相互作用することが知られている分子を用いることができる。
【0033】
この実施形態では、例えば、第一の分子と第二の分子とを特定のレセプター・リガンドの組み合わせとし、第三の分子と第四の分子とを別のレセプター・リガンドの組み合わせとすることによって、2種類の異なるレセプター・リガンドの組み合わせが共存する条件下における、細胞間の結合の促進や形態変化を計測することができる。
【0034】
また、本発明の別の実施形態では、
図1に示した第一の細胞1がさらに、第二の分子21と第三の蛍光タンパク質とが融合されて細胞膜上に発現されている。ここで、第一から第三の蛍光タンパク質は互いに蛍光波長が異なっている。
【0035】
この実施形態では、例えば、第一の分子を特定のレセプターとし、第二の分子を当該レセプターと相互作用可能なリガンドとすることによって、同一細胞内におけるレセプター・リガンド結合が、細胞間におけるレセプター・リガンド結合を競争的に阻害する程度を定量的に計測することができる。
【0036】
また、本発明では、結合相手となるリガンド分子やレセプター分子が判明していない細胞膜上の分子(そのうちレセプターとして機能すると考えられる分子の場合はOrphanレセプターと呼ばれる、例えばADGRA1分子など)を第一の分子とし、第二の分子として、リガンド分子またはレセプター分子の候補を含む遺伝子ライブラリーまたは細胞のライブラリーを用いることもできる。
【0037】
例えば、Orphanレセプターに対する未知のリガンドを探索することを目的として、大量の細胞(Hek293細胞など)に任意の蛍光タンパク質(TagBFPなど)を融合した目的のOrphanレセプターを発現させる。一方、リガンドの発現が予想される組織を採取した後に単一細胞レベルまで剥離・分散させた後、これらの細胞をCalcein等の非特異的に細胞を染色できる蛍光分子で蛍光標識する。その後、両者を混合して、フローサイトメトリーによる計測を行い、Orphanレセプターに標識した蛍光分子と組織由来細胞を標識した蛍光分子の両者を含むシグナルをドットプロット上検出することで細胞間の結合を計測する。検出された結合細胞はセルソーター機能により分離し採取する。このようにして得られた結合細胞を手がかりに、当該Orphanレセプターに対するリガンド分子を調べることができる。なお、リガンド分子の調査手法は、得られる細胞数などの諸条件により適宜選択される。
【0038】
このように、本発明によれば、細胞表面に存在する分子による分子結合と、細胞間の分子結合を引き起こすまたは阻害する細胞表面に存在する分子の密度とを同時に、リアルタイムに、バルク状態で、かつ単一細胞結合ペアのレベルで計測することができる。
また、本発明によれば、従来の手法のようにタンパク質分子などのレセプター分子やリガンド分子の精製をすることなく、そして細胞表面(細胞膜上)という生理学的な(本来の)環境下におけるレセプター・リガンド分子の結合を計測することができる。加えて、複数の分子結合ペアによる協奏的な細胞結合、細胞内分子結合による細胞間相互作用の競争的阻害など、これまで計測が困難であった複雑な細胞間相互作用の計測が可能になる。
【0039】
すなわち、本発明の技術は、細胞表面(細胞膜上)という生理学的環境下における分子結合、およびその分子結合による細胞の結合(細胞間相互作用)を直接的かつ簡便に計測できるという特徴がある。それに加えて、生体内と同じく、複数のレセプター・リガンド分子が細胞膜上に共存するような場合に、どの分子結合ペアが優先され、または競合するのか、システムとしての細胞の動作・挙動を解析することが可能になる。
【0040】
また、本発明によれば、細胞結合に関係するレセプターやリガンド分子を十分量発現する細胞を一部用いて計測することも可能である。この場合、例えば免疫抑制遺伝子PD−L1を発現する癌細胞に対して、蛍光タンパク質を融合したPD−1タンパク質を異なる発現量で発現するHek293細胞を構築して、癌細胞に作用するために必要なPD−1分子の発現量を知ることや、その作用を阻害するために必要な阻害薬の量の計測などを行うことができる。そしてこの場合、癌細胞におけるPD−L1の発現量は、別途蛍光標識したPD−L1抗体を利用してフローサイトメトリーにより計測することができる。
【0041】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0042】
<実験プロトコルの記載>
[細胞材料]
Hek293細胞はDMEM培地中で培養した。Daudi細胞、Jurkat細胞はRPMI1640培地中で培養した。なお、これらの培地は、10%FBSを含む。
【0043】
[遺伝子材料]
EphB1、ephrinB2、PD−1、PD−L1、CD19は、NBRC(独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE) バイオテクノロジーセンター 生物資源課)から入手したcDNAを必要に応じて改変したものを用いた。キメラ抗原レセプター(Chimeric antigen receptor(CAR−anti CD19))は、遺伝子合成されたもの(IDT社)を用いた。
【0044】
CARの遺伝子配列は、Porter et al.,(2011), NEJMに記載されている配列と同じである。CD19細胞外ドメインを認識する一本鎖抗体(single chain antibody:scFv、クローン名FMC63)の遺伝子を細胞外(N末端側)に発現し、その下流(C末端側)にヒトCD8αの細胞貫通ドメイン、そして4−1−BB・CD3ζの細胞内ドメインを連結させた融合遺伝子である。
【0045】
それぞれの遺伝子の全長(または必要な一部)を、pAcGFP−N1(takara(旧Clonetech))、pTagBFP−N1(pAcGFP−N1のAcGFPをTagBFP(evrogen社)に置き換えたベクター)、pLSS−mKate2−N1(Vladislav Verkhusha博士から入手)、piRFP−N1 (Vladislav Verkhusha博士から入手)、pTagRFP−N1(pAcGFP−N1のAcGFPをTagRFP(evrogen社)に置き換えたベクター)、pTagRFP657−N1(Vladislav Verkhusha博士から入手)などの、蛍光タンパク質を有するプラスミドDNAベクターへ遺伝子工学的に導入した。目的とするレセプターやリガンドの分子と蛍光タンパク質が融合されて細胞膜上に発現するように遺伝子をデザインした。なお、蛍光タンパク質は細胞内に発現されるように予めデザインされている。
【0046】
[細胞培養およびトランスフェクション]
任意の細胞(主にHek293細胞)を培養用プレート等に播種する。
上記の細胞培養液中に、トランスフェクション用リポソーム剤(Lipofectamine2000(Thermo社)など)と1種または2種以上のプラスミドDNAとの混合溶液を添加する。DNA混合量(2種以上含む場合は混合比)を変えることで、発現するタンパク質の量が一定程度コントロールできる。
一定期間(遺伝子導入方法に依存する。例えば、1〜2日。)が経過すると、導入した遺伝子から細胞内にタンパク質が発現される。
【0047】
なお、DNA量やリポソーム量は細胞によって最適値は異なることが理解される。また、遺伝子導入の方法としては上記の方法に限られず、従来知られている遺伝子導入法を用いることができる。例えば、リン酸カルシウム法、またはウイルスによる遺伝子導入などが挙げられる。
【0048】
[細胞結合実験]
プレート(主として24ウェルマイクロプレートなど)に培養され遺伝子導入されたHek293細胞に対して、培地を吸引除去した後、適当量(24−well plate の場合は500uLなど)のPBS−EDTA(0.02%)を加えてピペッティングにより細胞を剥離する。
結合を計測したい細胞のペアをそれぞれ剥離して別々のチューブに採取する。
別々のチューブに採取した細胞のペアを混合して、フローサイトメトリーにセットして計測を行う。計測結果は、後述するコンペンセーションにより各タンパク質のシグナルに変換される。蛍光各チャネルと同時に、前方散乱光、後方散乱光も同時に計測する。
【0049】
計測時間中以外は、混合した細胞を含むチューブは、装置外において回転式チューブミキサーを用いて振盪を加え続けることで細胞の沈殿による凝集の誘導など、特異的分子間結合以外の理由による細胞の結合を防ぐ。その結果、分子−分子結合をチューブ内で計測する場合と類似した環境下で細胞−細胞結合を計測できる。従って、本発明の細胞−細胞結合の計測結果に対しても、これまでに分子結合を解析するために樹立された反応速度論や熱力学の計算手法や考え方を適用・援用して解析できると考えられる。
【0050】
なお、本発明では、フローサイトメトリーを使うことから、流路内における高速移動とそれに伴うせん断力が生じるため、試料中で弱い非特異的な分子結合による細胞の凝集が多少生じたとしても、フローサイトメトリーによる計測の前の地点でそのような細胞の凝集は解消されていると考えられる。このことは、以下の実施例に示すように、コントロールとして用いたHek293細胞(Null細胞)では、非特異的な結合が観察されなかったことからも支持される。
【0051】
また、フローサイトメトリーの装置構成として、セットしたチューブを適宜自動的に振盪するようなシステムがある場合(例えば、ソニー製セルソーターSH800の場合)、さらに非特異的な分子結合による細胞の凝集が抑制されると考えられる。一方、サンプルの振盪やフローサイトメトリー装置内で必要とされる流路内の高速流速の形成が、特異的な分子結合による細胞結合について阻害したり、一旦結合した細胞対を剥離したりする可能性も考えられる。しかし、以下の実施例に示す実験結果は、スタンダードなフローサイトメトリーの計測条件下において行われた場合に、この条件下におけるサンプルの振盪やフローサイトメトリー流路内における高速流速等が、上述した特異的な分子結合による細胞結合の阻害や一旦結合した細胞対の剥離の何れも起こさないことを示している。
【0052】
また、フローサイトメトリーにおいて、オートサンプラーなどロボット的な自動サンプル充填・混合・振盪システムを組み合わせることによって、大量サンプルのハイスループット計測に応用することも可能であると考えられる。
【0053】
[解析の基本操作1.コンペンセーションと色組み合わせ]
通常のフローサイトメトリー計測と同様、コンペンセーション(compensation)の操作を行う。この操作では、まず無色(遺伝子導入を行っていない細胞)、単色(各々の蛍光タンパク質融合遺伝子だけを含む細胞)を別々にフローサイトメトリーに導入して各々蛍光を計測する。その結果から形成される逆行列を用いて、実際のサンプルを用いた実験において全てのチャネルにおける実測結果から本来のタンパク質量を計算する。(予めコンペンセーションのための計測を行い、コンペンセーション用の逆行列を計算した後(計測ソフトウェアを用いて行う)は、計測結果が自動的に変換される)
【0054】
例えば、GFP(緑色蛍光タンパク質)の蛍光波長のピークは緑色(〜540nm付近)であるが、スペクトルにすると青色から赤色まで裾野が広がる。その結果、フローサイトメトリーの検出器においても、緑色蛍光のチャネルの他、青色や赤色蛍光を検出するためのチャネルでも信号が検出される、つまり蛍光Emissionスペクトルの裾野の部分が少しずつ漏れていくのである。これは全ての蛍光タンパク(またはタンパクに限らず殆ど全ての有機系の蛍光分子)に共通する。従って、それぞれの分子だけを含む系でどれだけ他のチャネルに漏れるか計測し、またバックグラウンド(無色)を計測しておくことで、複数の蛍光タンパク質が混在するような場合でも、逆算することで各々の実際のシグナルに分離できる。この操作がコンペンセーションである。
【0055】
本発明においては、サンプル調製の観点からは、TagBFP、AcGFP、Lss−mKate2およびiRFPの4種の蛍光タンパク質を、405nm、488nm、643nmのレーザーで励起するという実験条件が、幅広いダイナミックレンジでコンペンセーションが非常にうまくいく組み合わせとなることを見出した。また、別の組み合わせとして、同じレーザー光による励起により、TagBFP、AcGFP、TagRFP657、iRFPの4種の蛍光タンパク質の組み合わせも好ましい。
【0056】
なお、コンペンセーションは、数学的にはどんな場合でもうまくいくはずであるが、実際には、それぞれの蛍光タンパク質の明るさが全く異なることなどによりうまくいかない場合も多い。例えば、iRFPを含む近赤外波長域に蛍光を保つ分子の蛍光が比較的微弱であるので、緑色レーザーで励起される赤色蛍光タンパク質(TagRFPやmCherryなど。殆どの分子がiRFPに比べて圧倒的に明るい)を用いると、iRFPの蛍光シグナルを覆い隠してしまう、などの結果になることがある。一方、Lss−mKate2は、青色レーザーにより比較的微弱な赤色蛍光を発するため、上述したような問題は軽微である。
【0057】
[解析の基本操作2.蛍光強度のキャリブレーション]
細胞の蛍光強度を分子数に換算することを目的とする。
(前提)細胞で検出される蛍光の大半は、蛍光タンパク質由来である。また全てのレセプター・リガンドは蛍光タンパク質との融合体として細胞内に発現している。従って、レセプターもしくはリガンド分子数と蛍光タンパク質分子数との比は、1:1である。
(換算方法)リポソームを利用する。リン脂質(DOPC:dioleoylphosphatidylcholine)に、Perylene(青色蛍光の細胞膜導入性の疎水性分子)またはBODIPY−FL−DHPE(Thermo社、緑色蛍光標識した脂質分子)をそれぞれ一定割合で混合させて平均直径が130nmのリポソームを作製する。
そしてこれらのリポソームをフローサイトメトリーで蛍光強度を計測し、キャリブレーションに用いる。リポソームはそのサイズや表面積から平均的に含まれるリン脂質の分子数がわかるので、そこから各色素の含有割合に応じてリポソームに含まれる蛍光色素の分子数もわかる。その結果、フローサイトメトリーの計測値と蛍光分子数との関係値(キャリブレーション用の直線)が求められる。
最後に、フローサイトメトリーにおける検出器と同じ条件下で蛍光分光器を用いて、蛍光タンパク質(TagBFP、AcGFPなど)とperylene、BODIPY−FL−DHPEとをそれぞれ比較して、分子あたりの蛍光強度の比を求める。
以上を組み合わせると、TagBFP、AcGFPなどの蛍光タンパク質のフローサイトメトリーの計測値を、PeryleneやBODIPY−FL−DHPEあたりの蛍光値に変換し、それをリポソーム計測で求められた直線を利用してキャリブレーションすることで、各細胞あたりの分子数が求められる。
【0058】
[EphB1発現細胞とephrinB2発現細胞の細胞間結合の計測]
<実施例1>
EphB1にTagBFP(青色蛍光タンパク質)を融合させ、Hek293細胞に遺伝子工学的に導入した。この細胞を培養し、融合タンパク質を発現させたHek293細胞(EphB(B))を得た。
同様にして、EphB1にAcGFP(緑色蛍光タンパク質)を融合して発現させたHek293細胞(EphB(G))、ephrinB2にTagBFPを融合して発現させたHek293細胞(ephrinB(B))、ephrinB2にAcGFPを融合して発現させたHek293細胞(ephrinB(G))、およびEphB1もephrinB2も発現していないコントロールのHek293細胞(Null細胞)をそれぞれ別々に作製した。
【0059】
これらの細胞を、それぞれ細胞濃度0.5×10
6 cells/mLとなるようにサンプルを調製し、フローサイトメトリー(ソニー製セルソーターSH800)を用いて青色蛍光チャネルと緑色蛍光チャネルにて蛍光強度を計測した。結果を
図2Aに示す。
【0060】
図2Aのヒストグラム上に示した点線は、細胞における自家蛍光の値の上限値を表している。本実施例では、この上限値より大きいシグナルを、遺伝子導入により発現された蛍光タンパク質からの有意なシグナルと見積もった。
【0061】
図2Aの上段は、青色蛍光チャネルによる計測結果である。Null、EphB(G)、ephrinB(G)からはほとんど青色蛍光が検出されず、ヒストグラムの左側、細胞膜上のTagBFP分子密度換算で1/μm
2以下にシグナルが現れているのに対して、EphB(B)およびephrinB(B)は、ヒストグラムの右側にシグナルが現れている。
図2Aの下段は、緑色蛍光チャネルによる計測結果である。Null、EphB(B)およびephrinB(B)は、ヒストグラムの左側にシグナルが現れているのに対して、EphB(G)およびephrinB(G)は、ヒストグラムの右側にシグナルが現れている。
【0062】
このように、使用した蛍光タンパク質の色と計測された色とが対応していることから、対象の分子に蛍光タンパク質を融合して発現させた細胞を、フローサイトメトリーを用いた蛍光強度測定により計測することができることが確認された。
【0063】
なお、蛍光分子の実数は、フローサイトメトリーにおける細胞からの蛍光シグナル強度測定値を、標準サンプルの蛍光シグナル強度測定値を利用してキャリブレーションすることにより求めている。(その結果、AcGFP、TagBFP融合分子存在下の標準実験条件下では、それぞれの検出チャネルにおけるフローサイトメトリーの信号値1000に対して、AcGFPが7.1/μm
2、TagBFPが27.2/μm
2と求められた。なお、(/μm
2)の単位は、細胞表面積一平方マイクロメートルあたりのタンパク質数を意味する。すなわち、実験に用いたHek293細胞の平均細胞直径13μmから算出される細胞表面の分子密度に換算されている。
キャリブレーションに用いる標準サンプルとしてはリポソームを用いる。サイズと分子数の均一性が高く一定割合の蛍光標識分子を含む平均直径130nmのリポソームを、フローサイトメトリーで同一条件下計測する。3通り以上の異なる割合で蛍光脂質分子を含むリポソームを形成する。TagBFP、AcGFPのキャリブレーションのためには、両者に近い蛍光波長をもつPerylene、BodipyFL−DHPEを含むリポソームを用いる。蛍光標識脂質分子と精製されたTagBFP、AcGFP分子の蛍光強度は蛍光分光計を用いて、フローサイトメトリーのレーザー光(励起波長)・検出チャネル(蛍光波長)と同等の条件下で比較する。この比較値を、リポソームのフローサイトメトリー計測結果(各蛍光脂質分子あたりのフローサイトメトリーでの計測値)に適用し、タンパク分子蛍光強度に変換した結果をプロットした直線をキャリブレーションに用いる。
【0064】
<実施例2>
実施例1で作製した各細胞を、以下に示す4通りの組み合わせで最終細胞濃度0.5×10
6 cells/mLとなるように混合し、1分後および60分後に、フローサイトメトリーを用いて青色蛍光・緑色蛍光の2色同時測定を行った。
・EphB(B)とEphB(G)
・ephrinB(B)とephrinB(G)
・EphB(B)とephrinB(G)
・EphB(G)とephrinB(B)
また、対照として、EphB(B)およびephrinB(G)についても同様に2色同時測定を行った。結果を
図2Bに示す。
【0065】
図2B(ならびに実施例3以降の2色同時測定のドットプロット上)においては、
図2Aのヒストグラム上に示した点線を青色蛍光と緑色蛍光の両者に導入してドットプロット上を4つの区画に分割するが、その様子をグレーのボックスで表示する。
図2Bにおいて、EphB(B)、ephrinB(G)、EphB(B)とEphB(G)、ephrinB(B)とephrinB(G)では、右上の区画にはほとんどプロットが現れていない。これに対して、EphB(B)とephrinB(G)、およびEphB(G)とephrinB(B)では、1分後および60分後のいずれのドットプロットにおいても右上の区画にプロットが多数出現している。右上区画には青色蛍光と緑色蛍光の両方がポジティブとなる、すなわちTagBFP、AcGFPを発現する細胞の両方を含むサンプルがプロットとして検出されることから、これらのプロットが、EphB1とephrinB2の特異的分子結合によって形成された結合細胞であることがわかる。なおドットプロット上の右上区画に示す数値は、全プロット数における右上区画に検出されたプロット数の割合である。
【0066】
なお、本実施例では、混合後の細胞サンプル中に含まれる細胞総数のうち、EphB1発現細胞とephrinB2発現細胞をそれぞれ10%(合計で20%)とし、残りの80%は、EphB1もephrinB2も発現していないコントロールのHek293細胞(Null)とした。また、対照の細胞サンプルでは、EphB(B)、ephrinB(G)を細胞総数の20%とし、残りの80%をNull細胞とした。Null細胞は蛍光タンパク質も発現していないので、
図2Bの各ドットプロットでは左下の区画(青色蛍光と緑色蛍光の両方がネガティブ、すなわち細胞の自家蛍光以下の大きさで検出される)に現れているプロットに対応している。
【0067】
[細胞間結合の実効的な解離定数・結合速度定数の計測]
<実施例3>
実施例1と同様にして作製したEphB(B)とephrinB(G)を用いて、EphB1発現細胞の濃度を一定に保持して、リガンドであるephrinB2発現細胞の濃度を変化させることにより、EphB1発現細胞とephrinB2発現細胞とNull細胞の細胞数の比を、以下の表1に示す通りとした混合サンプルを調製した。各条件間においてサンプル中の細胞濃度は0.5×10
6 cells/mLで一定値とし、総細胞数も一定(0.5×10
6 cells)とした。
【0069】
これらの混合サンプルについて、フローサイトメトリーを用いて青色蛍光・緑色蛍光の2色同時測定を行い、EphB1発現細胞とephrinB2発現細胞の結合細胞数割合の経時変化を計測した。結果を
図3Aに示す。
【0070】
また、それぞれの混合サンプルにおける結合細胞数割合が結合の飽和状態で達する最大値を、EphB1発現細胞とephrinB2発現細胞の細胞数の比についてプロットした結果を
図3Bに示す。この結合細胞数割合の最大値は、表1に示した混合サンプルの各条件下での細胞間結合を1次反応と仮定して得られた近似曲線(
図3Aにおける近似曲線)から得られた外挿値である。なお、
図3Bにおいて、EphB1発現細胞とephrinB2発現細胞の細胞数の比を、b/Bと表記する。
【0071】
細胞膜上のレセプター分子に対して、濃度の異なる可溶性のリガンド分子を添加してその分子結合の飽和状態における結合量を計測した場合においても
図3Bと同様のプロットが得られ、分子結合を一次反応に近似した場合においてはプロットへの近似曲線から解離定数が求められる。
図3Bのプロットでは細胞間結合反応についても分子間結合反応と同様に計算することで、一次反応近似下における近似曲線(図の点線)から、細胞間結合に関わる実効的な解離定数が、46%細胞濃度(本実験の条件下、すなわち0.5×10
6 cells/mLの細胞濃度となるEphB(B)細胞を用いた場合、0.23×10
6 cells/mL)と求まる。ここで、実測値ではなく細胞濃度を基本単位としたのは、EphB1とephrinB2との結合による細胞結合では、以下の実施例5および
図5に示すように、本実施例における細胞濃度の数倍の範囲で結合速度に大きな差が見られなかったためである。すなわち、細胞濃度を基本単位とすることにより、細胞濃度が変化した場合であっても、その都度換算することができるようになる。以下で示す結果についても同様である。
【0072】
細胞膜上のレセプター分子に対して、濃度の異なる可溶性のリガンド分子を添加してその分子結合量の時間変化を計測した場合においても
図3Aと同様のプロットが得られ、分子結合を一次反応に近似した場合においてはプロットへの近似曲線からみかけの分子結合速度定数k
obsが求められる。
図3Cは、細胞間結合反応についても分子間結合反応と同様に、表1に示した混合サンプルの各条件下での結合反応を1次反応近似して得られた近似曲線(
図3Aにおける近似曲線)から、見かけの反応速度定数k
obs を各々の細胞数比の条件下で求めてプロットした結果である。k
obsのプロットに対する一次近似(直線)からk
on、k
offを求めると、細胞結合反応に関わる実効的な結合・解離の速度定数は、k
on = 0.39 (min
−1 細胞濃度単位
−1)、k
off, 〜 0.0 (min
−1)となる。この結果は、解離速度が非常に遅いことを意味している。
【0073】
図3Dは、表1に示した混合サンプルの各条件下で計測したフローサイトメトリーのドットプロット上における、全細胞と結合細胞(ドットプロット上の右上区画)それぞれの前方散乱光(フローサイトメトリーで同時計測)の平均値である。
図3Dでのプロットの図形は、それぞれ、
図3Aと対応している。
図3Dにおいて、下側に位置しているプロット(黒色、サイズ小)が全細胞、そして上側に位置しているプロット(灰色、サイズ大)が結合細胞のそれぞれの前方散乱光の平均値を示している。いずれの条件においても、結合細胞は共通に前方散乱光が大きくなる(物理的なサイズが大きいので散乱光が増す)が、その散乱光の平均値は時間が経っても大きく変化していないことから、0〜60分間の間では、形成された細胞結合塊のサイズには大きな変化が無いと考えられる。すなわち、本発明の計測方法では、細胞の巨大な凝集が形成されず、2〜3個程度の細胞による結合(細胞間相互作用)を計測できることが確認された。
【0074】
[PD−1発現細胞とPD−L1発現細胞の細胞間結合の計測]
<実施例4−1>
蛍光タンパク質に融合させる分子をPD−1およびPD−L1としたこと以外は実施例1と同様にして、PD−1にAcGFPを融合して発現させたHek293細胞(PD−1(G))、およびPD−L1にTagBFPを融合して発現させたHek293細胞(PD−L1(B))、をそれぞれ別々に作製した。
【0075】
これらの細胞を用いて、PD−1発現細胞の濃度を一定に保持して、リガンドであるPD−L1発現細胞の濃度を変化させることにより、PD−1発現細胞とPD−L1発現細胞とNull細胞の細胞数の比を、以下の表2に示す通りとした混合サンプルを調製した。各条件間においてサンプル中の細胞濃度は0.5×10
6 cells/mLで一定値とし、総細胞数も一定(0.5×10
6 cells)とした。
【0077】
これらの混合サンプルについて、フローサイトメトリーを用いて青色蛍光・緑色蛍光の2色同時測定を行い、PD−1発現細胞とPD−L1発現細胞の結合細胞数割合の経時変化を計測した。結果を
図4Aに示す。
【0078】
また、それぞれの混合サンプルにおける結合細胞数割合が結合の飽和状態で達する最大値を、PD−1発現細胞とPD−L1細胞の細胞数の比についてプロットした結果を
図4Bに示す。この結合細胞数割合の最大値は、表1に示した混合サンプルの各条件下での細胞間結合を1次反応と仮定して得られた近似曲線(
図3Aにおける近似曲線)から得られた外挿値である。なお、
図4Bにおいて、PD−L1発現細胞とPD−1発現細胞の細胞数の比を、PD−L1/PD−1と表記する。
【0079】
細胞膜上のレセプター分子に対して、濃度の異なる可溶性のリガンド分子を添加してその分子結合の飽和状態における結合量を計測した場合においても
図4Bと同様のプロットが得られ、分子結合を一次反応に近似した場合においてはプロットへの近似曲線から解離定数が求められる。
図4Bのプロットでは細胞間結合反応についても分子間結合反応と同様に計算することで、一次反応近似下における近似曲線(図の点線)から、細胞間結合に関わる実効的な解離定数が、68%細胞濃度(本実験の条件下、すなわち0.5×10
6 cells/mLの細胞濃度となるPD−1(G)細胞を用いた場合、0.34×10
6 cells/mL)と求まる。ここで、実測値ではなく細胞濃度を基本単位としたのは、PD−1とPD−L1との結合による細胞結合では、以下の実施例5および
図5に示すように、本実施例における細胞濃度の数倍の範囲で結合速度に大きな差が見られなかったためである。すなわち、細胞濃度を基本単位とすることにより、細胞濃度が変化した場合であっても、その都度換算することができるようになる。以下で示す結果についても同様である。
【0080】
細胞膜上のレセプター分子に対して、濃度の異なる可溶性のリガンド分子を添加してその分子結合量の時間変化を計測した場合においても
図4Aと同様のプロットが得られ、分子結合を一次反応に近似した場合においてはプロットへの近似曲線からみかけの分子結合速度定数k
obsが求められる。
図4Cは、細胞間結合反応についても分子間結合反応と同様に、表2に示した混合サンプルの各条件下での結合反応を1次反応近似して得られた近似曲線(
図4Aにおける近似曲線)から、見かけの反応速度定数k
obs を各々の細胞数比の条件下で求めてプロットした結果である。k
obsのプロットに対する一次近似(直線)からk
on、k
offを求めると、細胞結合反応に関わる実効的な結合・解離の速度定数は、k
on = 0.13 (min
−1 細胞濃度単位
−1)、k
off, 〜 1.30 (min
−1)となる。この結果は、解離速度が速いことを意味している。
【0081】
[CAR発現細胞と、B細胞およびT細胞との細胞間結合の計測]
<実施例4−2>
抗CD19を含むキメラ抗原レセプター(CAR)にTagBFPを融合して発現させたHek293細胞(293−CAR)を作製し、この293−CARと、B細胞由来細胞株(Daudi細胞)およびT細胞由来細胞株(Jurkat細胞)との結合を計測した。結果を
図4Dに示す。
【0082】
図4Dの左側に示したドットプロットでは、右上の区画にはほとんどプロットが現れていないため、293−CARとJurkat細胞とでは、細胞間結合がほとんど発生しないことがわかる。
【0083】
一方、
図4Dの右側に示したドットプロットでは、右上の区画に多数のプロットが現れており、293−CARとDaudi細胞との結合によって形成された結合細胞が計測された。
【0084】
なお、
図4Dにおいて、X軸は細胞膜上のCAR−TagBFP分子密度を示す。Y軸は細胞透過性分子(Calcein(カルセイン))により単純に染色したJurkat細胞またはDaudi細胞からのCalcein蛍光シグナル計測値であり、結合分子であるCD19の分子密度を示してはいない。
【0085】
[細胞間結合における細胞濃度依存性の検証]
<実施例5>
実施例1と同様にして作製した(EphB(B))と(ephrinB(G))、および実施例4−1と同様にして作製した(PD−1(G))と(PD−L1(B))を用いて、細胞間結合における細胞濃度依存性を確認した。結果を
図5に示す。
【0086】
図5に示す計測においては、細胞結合反応の溶液量を一定に保ちながら、溶液中の細胞濃度を変化させた。またそれぞれの反応において、(EphB(B))と(ephrinB(G))、(PD−1(G))と(PD−L1(B))の細胞は1:1となるように混合されている。
【0087】
図5の結果から理解されるように、細胞濃度が0.5×10
6 cells/mLの条件を中心に、細胞濃度が1/2〜2倍程度変化した場合でも、結合細胞の割合(フローサイトメトリーのドットプロット上における右上区画の結合細胞数の割合)に大幅な変化は見られない。また、時間経過における顕著な差は見られなかった。細胞の混合による反応開始直後(0.5分後)でも90分後でも、当該細胞濃度範囲においては、結合細胞数比における細胞濃度依存性は弱いと考えられる。
【0088】
[複数の結合分子ペアの共存下における分子結合速度と結合プロファイル]
<実施例6>
まず、共結合を形成する2つの結合分子ペア(Eph:ephrin、PD−1:PD−L1)について、それぞれの単独での結合プロファイルの検討を行った。
【0089】
図6Aの左側は、EphB1とephrinB2との結合を計測したドットプロットである。
図6Aの右側は、PD−1とPD−L1との結合を計測したドットプロットである。各々の結合反応の条件は実施例3および実施例4−1と同様とし、細胞の混合による反応開始から60分後に計測を行った。
【0090】
EphB1とephrinB2のペア、PD−1とPD−L1のペアを比較すると、PD−1とPD−L1との結合(
図6A(右))では、右上の区画に現れたプロットが直線状になっており、これは、PD−1の分子密度が低い細胞はPD−L1の分子密度が低い細胞との結合が優先され、PD−1の分子密度が高い細胞はPD−L1の分子密度が高い細胞との結合が優先されることを意味している。すなわち、PD−1とPD−L1との結合においては細胞膜上のタンパク質分子の分子密度依存性が顕著に現れることが確認された。
【0091】
この結果は、両者の解離速度定数(k
off)の違い(
図3C、
図4C)で説明できる。すなわちPD−1とPD−L1との結合による細胞間結合は比較的解離しやすいため、各細胞結合においてリガンドとレセプターの分子密度バランスを揃えることで系全体の自由エネルギーを低下させる方向へ進むが、EphB1とephrinB2とによる細胞間結合は解離しにくいため近接する細胞と一旦結合が生じるとそのままの結合状態が続き、系全体の自由エネルギーの低減は遅いと考えられる。
【0092】
次に、PD−1にTagBFPを融合させ、EphB1にLSSmKate2を融合して共発現させたHek293細胞(PD−1(B)/Eph(R))、およびPD−L1にAcGFPを融合させ、ephrinB2にiRFPを融合して共発現させたHek293細胞(PD−L1(G)/ephrin(P))を、それぞれ別々に作製した。
【0093】
これらの細胞を混合し、それぞれ細胞濃度0.5×10
6 cells/mLとなるようにサンプルを調製し、細胞の混合による反応開始から60分後にフローサイトメトリーを用いて細胞間の結合を計測した。結果を
図6Bに示す。
【0094】
図6Bから理解されるように、Eph:ephrin、およびPD−1:PD−L1の2つの結合分子ペアの共存下では、PD−1とPD−L1との結合様式(分子密度依存性)が優先されることがわかる。また、予測された通り、Ephとephrin、およびPD−1とPD−L1の共結合が可能であることにより、細胞間の結合速度自体が速くなることもわかる。
【0095】
[細胞内・細胞間結合の競合の計測]
<実施例7>
EphB1にTagBFPを融合させ、ephrinB2にAcGFPを融合して共発現させたHek293細胞(EphB(B)/ephrinB(G))、およびephrinB2にiRFPを融合して発現させたHek293細胞(ephrinB(P))を、それぞれ別々に作製した。
【0096】
これらの細胞を混合し、それぞれ細胞濃度0.5×10
6 cells/mLとなるようにサンプルを調製し、細胞の混合による反応開始から0.5、60分後にフローサイトメトリーを用いて細胞間の結合を計測した。これにより、同一細胞内におけるEphB1−ephrinB2の結合が、細胞間におけるEphB1−ephrinB2の結合を競争的に阻害する程度が計測される。
【0097】
本実施例では、EphB(B)/ephrinB(G)細胞において、それぞれの蛍光タンパク質と融合されたEphB1とephrinB2(同一細胞内)とが1:0、2:1、1:1、1:2の比で発現されるように遺伝子導入量を設計した細胞結合実験を行った。
図7Aおよび
図7Bは、これら同一細胞内に異なる発現量比を示す細胞に対して、同一量の細胞(ephrinB(P))を結合させて、0.5、60分後にフローサイトメトリーを用いて細胞間の結合を計測した結果である。
図7Aの各ドットプロットは、X軸側は青色蛍光(EphB(B))、Y軸側は近赤外蛍光(ephrinB(P))のシグナルを表す。また、
図7Bの棒グラフは、全プロット数における右上区画に検出された結合細胞プロット数の割合を、それぞれの条件下において求めたものである。
【0098】
図7Aおよび
図7Bより、同一細胞内のephrinB2量が増加するに従って、同一細胞膜表面上のEphB1、ephrinB2分子間の結合が生じることにより細胞間での分子結合の結合速度が著しく低下する(競合阻害が発生する)ことがわかる。特に、EphB(B):ephrinB(G)比が1:2となる細胞では0.5分後にはほとんど細胞間の結合が検出されない。しかしながら、60分後には同条件においても多くの細胞間結合が発生することがわかった。したがって、細胞同士の接触の後、時間が経過するにつれて、細胞内の分子結合に比べて、細胞間での結合がやがては優先されていく様子が確認された。
【0099】
以上、本発明の実施形態を詳述してきたが、具体的な形態はこれらの実施形態に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲における設計の変更等があっても本発明に含まれる。