【実施例】
【0168】
本発明は、以下の実施例によってさらに例示されるが、下記の実施例に限定されるものではない。
【0169】
〔実施例1〕既存のFcgRIIbに対する結合を増強したFcを有する抗体の血小板凝集能の評価
参考例4の表16に示されるように、ヒト天然型IgG1のEUナンバリング267番目のSerをGluに、328番目のLeuをPheに置換する改変を導入する既存のFcgRIIb増強技術(非特許文献28)は、IgG1と比較してFcgRIIbへの結合を408倍増強し、FcgRIIaHに対する結合を0.51倍に減弱する一方で、FcgRIIaRへの結合が522倍増強する。「背景技術」において述べたように、FcgRIIbに対する結合が増強されていたとしても、FcgRIIaのみを発現する血小板のような細胞に関しては、FcgRIIaに対する増強効果のみが影響すると考えられる。つまり、FcgRIIaRに対する結合が増強された既存の技術は、血小板凝集活性が増強され、血栓症を発症するリスクを高める危険がある。これを確認するために、実際に抗体のFcgRIIaに対する結合を増強した場合に、血小板凝集活性が増強されるかどうかを検証した。
【0170】
IgEに結合するヒトIgG1抗体の重鎖としてomalizumab_VH-G1d(配列番号:25)、軽鎖としてomalizumab_VL-CK(配列番号:26)を参考例1の方法を用いて作製した。また、omalizumab_VH-G1dに対して、ヒトFcγRIIbに対する結合活性を増強するために、EUナンバリングで表される267位のSerをGluに、328位のLeuをPheに置換したomalizumab_VH-G1d-v3を作製した。参考例1の方法を用いて、omalizumab_VH-G1d-v3を重鎖として含み、omalizumab_VL-CKを軽鎖として含む、omalizumab-G1d-v3を作製した。この抗体を使って、血小板凝集能の評価を実施した。
【0171】
血小板凝集は、血小板凝集能測定装置ヘマトレーサー712(株式会社エル・エム・エス)を用いて測定した。まず、約50 mLの全血を、0.5 mLの3.8%クエン酸ナトリウムを含む4.5 mL真空採血管に一定分量ずつ採取した。血液を200 gで15分間、遠心分離し、上清を回収してPlatelet Rich Plasma(PRP)とした。得られたPRPは緩衝液1(137 mM NaCl、2.7 mM KCl、12 mM NaHCO
3、0.42 mM NaH
2PO
4、2 mM MgCl
2、5 mM HEPES、5.55 mM dextrose、1.5 U/mL apyrase、0.35 % BSA)を用いて洗浄した後、さらに緩衝液2(137 mM NaCl、2.7 mM KCl、12 mM NaHCO
3、0.42 mM NaH
2PO
4、2 mM MgCl
2、5 mM HEPES、5.55 mM dextrose、2 mM CaCl
2、0.35 % BSA)に置換して、1 μL当たり約300,000個の洗浄血小板を調整した。血小板凝集能測定装置に、攪拌棒を含む測定用キュベットをセットし、そこに洗浄血小板を156 μL分注した。機器内ではキュベットは37.0℃に維持され、攪拌棒は1000 rpmで血小板を攪拌した。そこにmol比1:1のomalizumab-G1d-v3とIgEの免疫複合体(最終濃度がそれぞれ600 μg/mL及び686 μg/mLとなるように調製)を44 μL加え、5分間反応させた。さらに、2次凝集を起こさない濃度のアデノシン2リン酸(ADP、SIGMA)を加え、凝集が増強されるかを確認した。
【0172】
このアッセイで得られた、FcγRIIaの遺伝子多型(H/HまたはR/H)のドナーごとの結果を
図1、
図2に示す。
図1の結果から、FcγRIIaの多型(R/H)では、免疫複合体を添加した場合に血小板凝集を増強させることが示された。一方、
図2に示した通り、FcγRIIa多型(H/H)では、血小板凝集を増強しなかった。
【0173】
次に血小板の活性化を活性化マーカーを使って評価した。血小板の活性化は、CD62p(p-selectin)もしくは活性型インテグリンといった活性化マーカーの血小板膜表面における発現増加によって測定することができる。先述の方法により調整した洗浄血小板7.7μLに免疫複合体を2.3μL添加し室温で5分間反応させた後、さらに最終濃度が30μMになるようにADPを添加して活性化を惹起し、免疫複合体によってADPによる活性化が増強されるかを確認した。陰性対照には免疫複合体の代わりにリン酸緩衝液(pH7.4、Gibco)を添加したサンプルを用いた。反応後の各サンプルはPE標識抗CD62抗体(BECTON DICKINSON)、PerCP標識抗CD61抗体、FITC標識PAC-1抗体(BD bioscience)を用いて染色し、フローサイトメーター(FACS CantoII、 BD bioscience)で各蛍光強度を測定した。
【0174】
このアッセイ法で得られたCD62p発現の結果を
図3に、活性化インテグリン発現の結果を
図4に示す。洗浄血小板はFcγRIIaの多型がR/Hである1名の健常人から得たものを使用した。ADP刺激により血小板膜表面に発現誘導されるCD62p及び活性型インテグリンは、免疫複合体存在下においていずれも増強された。
【0175】
これらの結果から、IgG1のFcにEUナンバリングで表される267位のSerをGluに、328位のLeuをPheに置換したFc を有する既存のヒトFcγRIIbに対する結合を増強したFcを有する抗体では、FcγRIIaの遺伝子多型のうち131番目のアミノ酸がRである場合には、131番目のアミノ酸がHである場合と比べて血小板凝集活性が増強することが明らかとなった。すなわち、既存のヒトFcγRIIbに対する結合を増強したFcを有する抗体はFcγRIIa R型を有するヒトにおいては血小板凝集による血栓症発症のリスクを高める危険性が示唆され、この問題点を克服したよりFcγRIIbに対して選択的に結合を増強したFcの有用性が明らかとなった。
【0176】
〔実施例2〕FcgRIIbへの結合を増強した改変体の作製
実施例1で示したように、FcgRIIbへの結合を増強する際には、他の活性型FcgRに対する結合を可能な限り抑制したうえで、FcgRIIbへの結合を増強する必要がある。そこで、FcgRIIbへの結合増強、あるいは選択性を増す効果がある改変同士を組み合わせ、さらにFcgRIIbへの結合あるいは選択性を増強した改変体の作製を検討した。具体的には、FcgRIIbへの結合増強、選択性向上の両方において優れた効果を示すP238D改変をベースとし、参考例6、参考例8、参考例9においてP238Dと組み合わせることで効果が見られた改変同士をさらに組み合わせた。
抗体H鎖可変領域としてWO2009/125825に開示されているヒトインターロイキン6レセプターに対する抗体の可変領域であるIL6R-Hの可変領域(配列番号:18)を、抗体H鎖定常領域としては、ヒトIgG1のC末端のGlyおよびLysを除去したG1dを有するIL6R-G1d(配列番号:19)を作製した。さらに、IL6R-G1dに対してK439Eを導入したIL6R-B3(配列番号:23)を作製した。これに対し、参考例6、参考例8、参考例9においてP238Dと組み合わせて効果が認められた改変である、E233D, L234Y, G237D, S267Q, H268D, P271G, Y296D, K326D, K326A, A330R, A330Kを組み合わせた改変体を作製した。抗体L鎖としてはIL6R-L(配列番号:21)を共通して用いた。参考例1の方法に従い、これらの改変体から抗体を発現、精製し、参考例2の方法により各FcgR (FcgRIa、FcgRIIaH型、FcgRIIaR型、FcgRIIb、FcgRIIIaV型)に対する結合を評価した。
【0177】
各改変体の各FcgRに対するKDを表1に示す。なお、表中の改変とはIL6R-B3(配列番号:23)に対して導入した改変を示す。ただし各改変体を作製する際の鋳型としたIL6R-B3/IL6R-Lについては*として示した。表中の「KD(IIaR)/KD(IIb)」とは、各改変体のFcgRIIaRに対するKDを各改変体のFcgRIIbに対するKDで割った値であり、この値が大きいほどFcgRIIbへの選択性が高いことを示す。「親ポリペプチドのKD(IIb)/改変ポリペプチドのKD(IIb)」は、IL6R-B3/IL6R-LのFcgRIIbに対するKD値を各改変体のFcgRIIbに対するKD値で割った値を指す。また、「親ポリペプチドのKD(IIaR)/改変ポリペプチドのKD(IIaR)」は、IL6R-B3/IL6R-LのFcgR IIaRに対するKD値を各改変体のFcgR IIaRに対するKD値で割った値を指す。なお、表1中灰色で塗りつぶしたセルは、FcgRのIgGに対する結合が微弱であり、速度論的な解析では正しく解析できないと判断されたため、参考例2に記載の
〔式2〕
の式を利用して算出した値である。
【0178】
【表1】
【0179】
ヒト天然型IgG1の配列を有するIL6R-G1d/IL6R-Lは、これに対してK439Eを導入したIL6R-B3/IL6R-Lの各FcgRに対する結合を1とした場合に、FcgRIaへの結合が1.3倍、FcgRIIaRへの結合が1.1倍、FcgRIIaHへの結合が1.1倍、FcgRIIbへの結合が1.2倍、FcgRIIIaVへの結合が0.9倍であり、これら全てのFcgRに対する結合がIL6R-G1d/IL6R-Lと同等であった。従って各改変体の結合を改変導入前のIL6R-B3/IL6R-Lと比較することは、各改変体をヒト天然型IgG1の配列を有するIL6R-G1d/IL6R-Lと比較することと同等であると考えられる。そこでこれ以降の実施例においては各改変体の結合活性を改変導入前のIL6R-B3/IL6R-Lと比較することとした。
【0180】
表1から、いずれの改変体も、改変導入前のIL6R-B3と比較してFcgRIIbへの親和性が向上しており、最も低かったIL6R-BF648/IL6R-Lで2.6倍、最も高かったIL6R-BP230/IL6R-Lで147.6倍であった。また、選択性を示すKD(IIaR)/KD(IIb)の値は、最も低かったIL6R-BP234/IL6R-Lで10.0、最も高かったIL6R-BP231/IL6R-Lで32.2となり、いずれの改変体も改変導入前のIL6R-B3/IL6R-Lの0.3と比較して選択性が向上していた。なお、いずれの改変体も、FcgRIa、FcgRIIaH、FcgRIIIaVへの結合は改変導入前のIL6R-B3/IL6R-Lよりも低かった。
【0181】
〔実施例3〕FcγRIIbに対する結合を増強したFc とFcγRIIb細胞外領域との複合体およびFcγRIIaR型細胞外領域との複合体のX線結晶構造解析
実施例2において最もFcgRIIbへの結合を増強した改変体IL6R-BP230/IL6R-Lは、改変導入前のIL6R-B3/IL6R-Lと比較してFcgRIIbへの結合が約150倍に増強され、FcgRIIaR型への結合も1.9倍程度に抑えられている。従ってIL6R-BP230/IL6R-LはFcgRIIbへの結合、選択性共に優れた改変体であるが、さらに優れた改変体を作製するためには、可能な限りFcgRIIaRへの結合を抑制したうえでFcgRIIbへの結合をさらに増強できることが好ましい。
【0182】
参考例7の
図28に示したように、P238D改変を含むFcでは、CH2ドメインBのEUナンバリング270番目のAspとFcγRIIbの131番目Argとの間で強固な静電相互作用を形成するが、この131番目の残基がFcγRIIIaやFcγRIIaH型ではHisであるのに対し、FcγRIIaR型においてはFcγRIIbと同じArgであり、結果、この部分での相互作用に差が生じず、これがFcγRIIaR型との選択性が出にくい要因となっている。
【0183】
一方で、FcγRIIaとFcγRIIbは細胞外領域のアミノ酸配列の93%が一致し、非常に高い相同性を有している。天然型IgG1のFc (以下Fc (WT))とFcγRIIaR型の細胞外領域複合体の結晶構造(J. Imunol. 2011, 187, 3208-3217)を分析すると、両者の相互作用界面付近においては、FcγRIIaR型とFcγRIIbとの間でわずか3アミノ酸(Gln127, Leu132, Phe160)の違いしか見いだせておらず、FcγRIIaR型との選択性の改善には相当な困難が予想された。
そのため、さらなるFcγRIIbに対する結合活性増強と選択性の向上を図るためには、FcγRIIbに対する結合を増強したFc とFcγRIIb細胞外領域との複合体の立体構造だけではなく、選択性の改善が最も困難と予想されるFcγRIIaR型細胞外領域との複合体の立体構造を同時に取得し、レセプターの違いによる相互作用の微妙な差異を立体構造的に明らかにした上で、導入するアミノ酸変異を詳細に検討することが必要と考えた。そこでIL6R-BP230/IL6R-Lの作製においてベースとなった改変体であるIL6R-BP208/IL6R-L(参考例9において作製) のFcからK439Eの改変を除いたFc(P208) を対象にFcγRIIb細胞外領域、ならびにFcγRIIaR型細胞外領域との複合体のX線結晶構造解析をおこなった。
【0184】
3−1. Fc(P208)とFcγRIIb細胞外領域との複合体のX線結晶構造解析
構造解析の結果、Fc(P208)/FcγRIIb細胞外領域複合体の立体構造を分解能2.81Åで決定、その解析の結果取得された構造を
図5に示す。2つのFc CH2ドメインの間にFcγRIIb細胞外領域が挟まれるように結合しており、これまで解析された天然型IgGのFcであるFc(WT)とFcγRIIIa(Proc.Natl.Acad.Sci.USA, 2011, 108, 12669-126674)、FcγRIIIb(Nature, 2000, 400, 267-273; J.Biol.Chem. 2011, 276, 16469-16477)、FcγRIIaの各細胞外領域との複合体の立体構造と類似していた。
【0185】
しかし細部を見ると、Fc(P208) /FcγRIIb細胞外領域複合体では、G237DならびにP238Dの変異の導入の影響により、Fc(WT)/FcγRIIaR型細胞外領域複合体と比較して、Fc CH2ドメインAのヒンジ領域から続くEUナンバリング233番目から239番目のループ構造が変化していた(
図6)。この結果、Fc(P208) のEUナンバリング237番目Aspの主鎖とFcγRIIbの160番目Tyr側鎖との間に強固な水素結合の形成が認められた(
図7)。このTyr160はFcγRIIaにおいてはH型、R型ともにPheであり、水素結合の形成は不可能なことから、本水素結合はFcγRIIbに対する結合活性の向上ならびにFcγRIIaに対する結合活性の低減という選択性の獲得に重要な寄与をしていると考えられた。
【0186】
一方で、Fc(P208)のEUナンバリング237番目のAspの側鎖自体はFcγRIIbとの間でとくに目立った相互作用は形成しておらず、Fc内部の残基との相互作用も見られなかった。このEUナンバリング237番目のAspの周囲には、Fc内のEUナンバリング332番目のIle、EUナンバリング333番目のGlu、EUナンバリング334番目のLysが近傍に位置していた(
図8)。これらの部位を親水性残基に置換することでEUナンバリング237番目のAsp側鎖と相互作用を形成させ、本ループ構造を安定化できれば、FcγRIIbの160番目のTyrとの水素結合形成にともなうエントロピー的なエネルギー損失を軽減することにつながり、結合自由エネルギーの増加、つまり結合活性の向上につながる可能性が考えられた。
【0187】
参考例7において示されたP238D改変をもつFc(P238D)とFcγRIIb細胞外領域複合体のX線結晶構造とFc(P208)とFcγRIIb細胞外領域複合体のX線結晶構造を比較すると、Fc(P208)はFc(P238D)と比較し新たに5個の変異を含んでいるが、その多くは側鎖レベルの変化にとどまっていた。ただし、FcのCH2ドメインBにおいてはEUナンバリング271番目ProをGlyへと改変したことで、主鎖レベルでの位置変化が見られるとともに、あわせて手前のEUナンバリング266-270番のループの構造変化がおきていた(
図9)。参考例8に示したように、Fc(P238D)においてはEUナンバリング270番目のAspがFcγRIIbの131番目Argと強固な静電相互作用を形成する際に、このEUナンバリング271番目Pro部分に立体化学的なストレスがかかっている可能性が示唆されていた。今回EUナンバリング271番目へのGly導入により見られた構造変化は、改変前のPro部分にたまっていた構造的なひずみが解消された結果と考えられ、その解消分がFcγRIIbとの結合自由エネルギーの改善、つまり結合活性の向上につながったと推察している。
【0188】
さらにこのEUナンバリング266-271番目のループの構造変化に起因して、EUナンバリング292番目のArgが二状態をとりつつ構造変化をおこしていることが確認された。その際、このEUナンバリング292番目のArgは、Fc(P208)における別の改変残基の一つであるEUナンバリング268番目のAspと静電相互作用を形成(
図9)、本ループ構造の安定化に寄与している可能性が考えられた。本ループ中のEUナンバリング270番目のAspとFcγRIIbの131番目のArgとの間で形成される静電相互作用は、FcγRIIbとの結合活性に大きく寄与していることから、H268D改変の導入は、本ループ構造をFcγRIIbの結合時のコンフォメーションに安定化させることで、結合にともなうエントロピー的なエネルギー損失を軽減し、結合自由エネルギーの増加つまり結合活性の向上につながった可能性がある。
【0189】
また、本構造解析結果をもとに、さらなる活性向上を目指した改変の可能性を精査したところ、改変導入部位の候補のひとつとしてEUナンバリング239番目のSerが見出された。
図10に示す通り、FcγRIIbの117番目のLysが構造的に見てもっとも自然な形で伸びる方向に、このCH2ドメインBのEUナンバリング239番目のSerは位置している。ただ、今回の解析ではFcγRIIbの117番目のLysの電子密度は確認されておらず、本Lys残基は一定の構造をとっていないことから、現状ではFc (P208)との相互作用へのこのLys残基の関与は限定的であると考えられるが、このCH2ドメインBのEUナンバリング239番目のSerを負電荷を有するAspまたはGluへと改変した場合、正電荷をもつFcγRIIbの117番目のLysとの間に静電相互作用が期待でき、その結果としてFcγRIIbへの結合活性の向上が期待された。
【0190】
一方、CH2ドメインAにおけるEUナンバリング239番目Serの構造を見てみると、本アミノ酸側鎖は、EUナンバリング236番目のGlyの主鎖と水素結合を形成し、ヒンジ領域から続き、FcγRIIb Tyr160側鎖と水素結合を形成するEUナンバリング237番目Aspを含む233番目から239番にかけてのループ構造を安定化させていると考えられた(
図7)。本ループ構造を結合時のコンフォメーションに安定化させることは、結合にともなうエントロピー的なエネルギー損失を軽減し、結果として結合自由エネルギーの増加つまり結合活性の向上につながる。一方、このCH2ドメインAのEUナンバリング239番目をAspまたはGluへと改変した場合、EUナンバリング239番目Gly主鎖との水素結合が失われ、さらにすぐ近くに存在するEUナンバリング265番目Aspと静電反発をも招く可能性があり、大きなループ構造の不安定化が起きる可能性が考えられた。この不安定化された分のエネルギーは、FcγRIIbとの結合自由エネルギーの減少に働くため、結果として結合活性の低下を招く可能性がある。
【0191】
[Fc(P208) の発現精製]
Fc(P208)の調製は以下のように行った。まず、IL6R-BP208(配列番号:24)の、EUナンバリング439番目のGluを天然型ヒトIgG1の配列であるLysにしたIL6R-P208を作製した。次にEUナンバリング220番目のCysをSerに置換し、EUナンバリング216番目のGluからそのC末端をPCRによってクローニングした遺伝子配列Fc(P208)を参考例1に記載の方法にしたがって発現ベクターの作製、発現、精製を行った。なお、EUナンバリング220番目のCysは通常のIgG1においては、L鎖のCysとdisulfide bondを形成しているが、Fcのみを調製する場合、L鎖を共発現させないため、不要なdisulfide bond形成を回避するためにSerに置換した。
【0192】
[FcγRIIb細胞外領域の発現精製]
参考例2の方法にしたがって調製した。
【0193】
[Fc(P208) FcγRIIb細胞外領域複合体の精製]
結晶化用に得られたFcγRIIb細胞外領域サンプル 1.5mgに対し、glutathione S-transferaseとの融合蛋白として大腸菌により発現精製したEndo F1(Protein Science 1996, 5, 2617-2622) 0.15mgを加え、0.1M Bis-Tris pH6.5のBuffer条件で、室温にて3日間静置することにより、N型糖鎖をAsnに直接結合したN-acetylglucosamineを残して切断した。次にこの糖鎖切断処理を施したFcγRIIb細胞外領域サンプルを5000MWCOの限外ろ過膜により濃縮し、20mM HEPES pH7.5, 0.1M NaClで平衡化したゲルろ過カラムクロマトグラフィー(Superdex200 10/300)により精製した。さらに得られた糖鎖切断FcγRIIb細胞外領域画分にFc (P208) をモル比でFcγRIIb細胞外領域のほうが若干過剰となるよう加え、10000MWCOの限外ろ過膜により濃縮後、25mM HEPES pH7.5, 0.1M NaClで平衡化したゲルろ過カラムクロマトグラフィー(Superdex200 10/300)により精製し、Fc(P208) / FcγRIIb細胞外領域複合体のサンプルを得た。
【0194】
[Fc(P208)/FcγRIIb複合体細胞外領域複合体の結晶化]
Fc(P208) / FcγRIIb細胞外領域複合体のサンプルを10000MWCOの限外ろ過膜 により約10mg/mlまで濃縮し、ハンギングドロップ蒸気拡散法にてSeeding法を併用しつつ結晶化をおこなった。結晶化にはVDXmプレート(Hampton Research)を用い、0.1M Bis-Tris pH6.5、19%(w/v) PEG3350, 0.2M Potassium Phosphate dibasicのリザーバー溶液に対し、リザーバー溶液:結晶化サンプル=0.85μl:0.85μlで混合して結晶化ドロップを作成、そこに同様な条件で得られた同複合体の結晶をSeed Bead(Hampton Research)を用いて砕いた種結晶溶液から作成した希釈溶液0.15μlを添加し、リザーバーの入ったウェルに密閉、20℃に静置したところ、板状の結晶を得ることに成功した。
【0195】
[Fc(P208)/FcγRIIb細胞外領域複合体結晶からのX線回折データの測定]
得られたFc(P208) / FcγRIIb細胞外領域複合体の単結晶一つを0.1M Bis-Tris pH6.5, 24%(w/v) PEG3350, 0.2M Potassium Phosphate dibasic, 20%(v/v) Ethylene glycolの溶液に浸した後、微小なナイロンループ付きのピンで溶液ごとすくいとり、液体窒素中で凍結させ、Spring-8のBL32XUにてX線回折データの測定をおこなった。なお、測定中は常に-178℃の窒素気流中に置くことで凍結状態を維持し、ビームライン備え付けのCCDディテクタMX-225HE(RAYONIX) により、結晶を0.6°ずつ回転させながらトータル300枚のX線回折画像を収集した。得られた回折画像からの格子定数の決定、回折斑点の指数付け、ならびに回折データの処理には、プログラムXia2(J. Appl. Cryst. 2010, 43, 186-190)、XDS Package(Acta Cryst. 2010, D66, 125-132)ならびにScala(Acta Cryst. 2006, D62, 72-82)を用い、最終的に分解能2.81Åまでの回折強度データを得た。本結晶は、空間群C222
1に属し、格子定数a=156.69Å、b=260.17Å、c=56.85Å、α=90°、β=90°、γ=90°であった。
【0196】
[Fc(P208) / FcγRIIb細胞外領域複合体のX線結晶構造解析]
構造決定は、プログラムPhaser(J. Appl. Cryst. 2007, 40, 658-674)を用いた分子置換法によりおこなった。得られた結晶格子の大きさとFc(P208) / FcγRIIb細胞外領域複合体の分子量から非対称単位中の複合体の数は一個と予想された。Fc(WT) / FcγRIIIa細胞外領域複合体の結晶構造であるPDB code:3SGJの構造座標から、A鎖239-340番ならびにB鎖239-340番のアミノ酸残基部分を別座標として取り出し、それぞれをFcのCH2ドメインの探索用モデルとした。同じくPDB code:3SGJの構造座標から、A鎖341-444番とB鎖341-443番のアミノ酸残基部分を一つの座標として取り出し、Fc CH3ドメインの探索用モデルとした。最後にFcγRIIb細胞外領域の結晶構造であるPDB code:2FCB の構造座標からA鎖6-178番のアミノ酸残基部分を取り出しFc(P208) の探索用モデルとした。Fc CH3ドメイン、FcγRIIb細胞外領域、Fc CH2ドメインの各探索用モデルの結晶格子内での向きと位置を、回転関数および並進関数から決定しようとしたところ、CH2ドメインのひとつについてはその位置決定がうまくいかなかった。そこで残りの3つの部分から計算された位相をもとに計算した電子密度マップに対し、Fc(WT) / FcγRIIIa細胞外領域複合体の結晶構造構造を参考にしながら最後のCH2ドメインの位置を決定、Fc(P208) / FcγRIIb細胞外領域複合体結晶構造の初期モデルを得た。得られた初期モデルに対し2つのFcのCH2ドメイン、2つのFcのCH3ドメインならびにFcγRIIb細胞外領域を動かす剛体精密化をおこなったところ、この時点で25-3.0Åの回折強度データに対し、結晶学的信頼度因子R値は42.6%、Free R値は43.7%となった。さらにプログラムREFMAC5(Acta Cryst. 2011, D67, 355-367)を用いた構造精密化と、実験的に決定された構造因子Foとモデルから計算された構造因子Fcならびにモデルから計算された位相をもとに算出した2Fo−Fc、Fo−Fcを係数とする電子密度マップを見ながらのモデル修正をプログラムCoot(Acta Cryst. 2010, D66, 486-501)でおこない、これらを繰り返すことでモデルの精密化をおこなった。最後に2Fo-Fc、Fo-Fcを係数とする電子密度マップをもとに水分子をモデルに組み込み、精密化をおこなうことで、最終的に分解能25-2.81Åの27259個の回折強度データを用い、4786個の非水素原子を含むモデルに対し、結晶学的信頼度因子R値は24.5%、Free R値は28.2%となった。
【0197】
3−2. Fc(P208)とFcγRIIaR型細胞外領域との複合体のX線結晶構造解析
構造解析の結果、Fc(P208)/FcγRIIaR型細胞外領域複合体との結晶構造を分解能2.87Åで決定した。Fc(P208)/FcγRIIaR型細胞外領域複合体の結晶構造を、実施例3−1に示したFc(P208)/FcγRIIb細胞外領域複合体との結晶構造と比較したところ、両レセプターの非常に高いアミノ酸相同性を反映し、全体構造については、ほとんど差異は見られなかった(
図11)。しかし、電子密度レベルで構造を詳細に見てみると選択性改善に使える可能性のある差異が見出された。FcγRIIaR型においては、160番目の残基はTyrではなくPheであり、
図12に示したとおり、P238D改変を含むFcとFcgRIIbとの結合時に存在したFc CH2ドメインAのEUナンバリング237番目のアミノ酸残基の主鎖との間の水素結合は形成できない。これがP238D改変の導入によるFcγRIIaR型との選択性改善の主要因と考えられるが、さらに電子密度レベルで比較してみると、FcγRIIbとの複合体では、Fc CH2ドメインAにおいて、EUナンバリング235番目のLeuやEUナンバリング234番目のLeuの側鎖の電子密度が確認可能であるのに対し、FcγRIIaR型との複合体ではこれら側鎖の電子密度が明確ではなく、EUナンバリング237番目の近辺のループが、この付近でのFcgRIIaR型との相互作用の低下にともない、ゆらいでいると考えられる。一方、CH2ドメインBについて同じ領域の構造を比較してみると(
図13)、FcγRIIbとの複合体構造ではEUナンバリングの237番目のAspまでの電子密度が確認できるのに対し、FcγRIIaR型との複合体では、EUナンバリングの237番目のAspより手前3残基程度まで電子密度を確認することが可能であり、FcgRIIb結合時と比較し、より広い領域を使って相互作用を形成していると考えられる。以上から、Fc(P208)のEUナンバリング234番目から238番目の領域においては、FcγRIIbとの結合の際はCH2ドメインA側の寄与が、FcγRIIaRとの結合の際はCH2ドメインB側の寄与が大きくなっている可能性が示唆された。
【0198】
[FcγRIIaR型細胞外領域の発現精製]
参考例2の方法にしたがって調製した。
【0199】
[Fc (P208)/FcγRIIaR型細胞外領域複合体の精製]
精製されたFcγRIIa R型細胞外領域サンプル 1.5mgに対し、glutathione S-transferaseとの融合蛋白として大腸菌により発現精製したEndo F1(Protein Science 1996, 5, 2617-2622) 0.15mgと20μlの5U/ml Endo F2(QA-bio)ならびに20μlの5U/ml Endo F3(QA-bio) を加え、0.1M Na Acetate pH4.5のBuffer条件で、室温にて9日間静置した後、さらに、glutathione S-transferaseとの融合蛋白として大腸菌により発現精製したEndo F1(Protein Science 1996, 5, 2617-2622) 0.07mgと7.5μlの5U/ml Endo F2(QA-bio)ならびに7.5μlの5U/ml Endo F3(QA-bio)を追加、さらに3日間静置することにより、N型糖鎖をAsnに直接結合したN-acetylglucosamineを残して切断した。次にこの糖鎖切断処理を施したFcγRIIaR型細胞外領域サンプルを10000MWCOの限外ろ過膜により濃縮し、25mM HEPES pH7, 0.1M NaClで平衡化したゲルろ過カラムクロマトグラフィー(Superdex200 10/300)により精製した。さらに得られた糖鎖切断FcγRIIaR型細胞外領域画分にFc(P208) をモル比でFcγRIIaR型細胞外領域のほうが若干過剰となるよう加え、10000MWCOの限外ろ過膜により濃縮後、25mM HEPES pH7, 0.1M NaClで平衡化したゲルろ過カラムクロマトグラフィー(Superdex200 10/300)により精製し、Fc(P208)/FcγRIIaR型細胞外領域複合体のサンプルを得た。
【0200】
[Fc(P208)/FcγRIIaR型細胞外領域複合体の結晶化]
Fc(P208)/FcγRIIa R型細胞外領域複合体のサンプルを10000MWCOの限外ろ過膜 により約10mg/mlまで濃縮し、シッテイングドロップ蒸気拡散法にて結晶化をおこなった。0.1M Bis-Tris pH7.5、26%(w/v) PEG3350, 0.2M Ammonium Sulfaeのリザーバー溶液に対し、リザーバー溶液:結晶化サンプル=0.8μl:1.0μlで混合して結晶化ドロップを作成後、シールで密閉、20℃に静置したところ、板状の結晶を得ることに成功した。
【0201】
[Fc(P208)/FcγRIIaR型細胞外領域複合体結晶からのX線回折データの測定]
得られたFc(P208)/FcγRIIaR型細胞外領域複合体の単結晶一つを0.1M Bis-Tris pH7.5, 27.5%(w/v) PEG3350, 0.2M Ammonium Sulfate, 20%(v/v) Glycerolの溶液に浸した後、微小なナイロンループ付きのピンで溶液ごとすくいとり、液体窒素中で凍結させ、高エネルギー加速器研究機構の放射光施設フォトンファクトリーBL-17AにてX線回折データの測定をおこなった。なお、測定中は常に-178℃の窒素気流中に置くことで凍結状態を維持し、ビームライン備え付けのCCDディテクタQuantum 315r (ADSC)により、結晶を0.6°ずつ回転させながらトータル225枚のX線回折画像を収集した。得られた回折画像からの格子定数の決定、回折斑点の指数付け、ならびに回折データの処理には、プログラムXia2(J. Appl. Cryst. 2010, 43, 186-190)、XDS Package(Acta Cryst. 2010, D66, 125-132)ならびにScala(Acta Cryst. 2006, D62, 72-82)を用い、最終的に分解能2.87Åまでの回折強度データを得た。本結晶は、空間群C222
1に属し、格子定数a=154.31Å、b=257.61Å、c=56.19Å、α=90°、β=90°、γ=90°であった。
【0202】
[Fc(P208)/FcγRIIaR型細胞外領域複合体のX線結晶構造解析]
構造決定は、プログラムPhaser(J. Appl. Cryst. 2007, 40, 658-674)を用いた分子置換法によりおこなった。得られた結晶格子の大きさとFc(P208)/FcγRIIaR型細胞外領域複合体の分子量から非対称単位中の複合体の数は一個と予想された。実施例3-1で得られたFc(P208)/FcγRIIb細胞外領域複合体の結晶構造を探索用モデルとし、結晶格子内での向きと位置を、回転関数および並進関数から決定、さらに得られた初期モデルに対し2つのFcのCH2ドメイン、2つのFcのCH3ドメインならびにFcγRIIaR型細胞外領域を動かす剛体精密化をおこなったところ、この時点で25-3.0Åの回折強度データに対し、結晶学的信頼度因子R値は38.4%、Free R値は38.0%となった。さらにプログラムREFMAC5(Acta Cryst. 2011, D67, 355-367)を用いた構造精密化と、実験的に決定された構造因子Foとモデルから計算された構造因子Fcならびにモデルから計算された位相をもとに算出した2Fo−Fc、Fo−Fcを係数とする電子密度マップを見ながらのモデル修正をプログラムCoot(Acta Cryst. 2010, D66, 486-501)でおこない、これらを繰り返すことでモデルの精密化をおこなった。最後に2Fo-Fc、Fo-Fcを係数とする電子密度マップをもとに水分子をモデルに組み込み、精密化をおこなうことで、最終的に分解能25-2.87Åの24838個の回折強度データを用い、4758個の非水素原子を含むモデルに対し、結晶学的信頼度因子R値は26.3%、Free R値は29.8%となった。
【0203】
〔実施例4〕結晶構造に基づいて改変箇所を決定したFc改変体
実施例3において示したように、FcgRIIb結合増強改変体Fc(P208)のCH2ドメインBでは、P271G改変の導入にともなう周囲の構造変化の結果としてEUナンバリング268番目Aspが、EUナンバリング292番目Argと静電相互作用を形成していることが示唆された(
図9)。この相互作用形成がEUナンバリング266-271番目のループ構造の安定化に働き、結果としてFcγRIIbへの結合増強に寄与した可能性が考えられる。そこでこのEUナンバリング268番目のAspをGluに改変することで、FcγRIIb292番目のArgとの静電相互作用を強化し、本ループ構造をさらに安定化させることで、FcgRIIbとの相互作用増強につながるか検討を行った。また
図8に示した通り、FcgRIIbのEUナンバリング160番目Tyrは、Fc(P208) CH2ドメインAのEUナンバリング237番目Aspの主鎖と水素結合を形成し、FcgRIIbとの結合に重要な役割を果たしている。一方EUナンバリング237番目Aspの側鎖部分は特定の相互作用は形成していないものの、分子内でEUナンバリング332番目Ile、EUナンバリング333番目Glu、EUナンバリング334番目Lysが近傍に位置している。これらの部位を親水性残基に置換することでEUナンバリング237番目Aspと相互作用を強めて、本残基近傍のループ構造を安定化することで、FcγRIIbの160番目のTyrとの相互作用が増強されるか、併せて検証した。
【0204】
実施例2において作製したIL6R-BP230/IL6R-L(配列番号:27/配列番号:21)に対して、H268E、I332T、I332S、I332E、I332K、E333K、E333R、E333S、E333T、K334S、K334T、K334Eをそれぞれ導入した改変体を作製した。抗体L鎖としてはIL6R-L(配列番号:21)を共通して用いた。参考例1の方法に従い、これらの改変体から抗体を発現、精製し、参考例2の方法により各FcgR (FcgRIa、FcgRIIaH型、FcgRIIaR型、FcgRIIb、FcgRIIIaV型)に対する結合を評価した。
【0205】
各改変体の各FcgRに対するKDを表2に示す。なお、表中の改変とはIL6R-B3(配列番号:23)に対して導入した改変を示す。ただしIL6R-BP230を作製する際の鋳型としたIL6R-B3/IL6R-Lについては*として示した。表中の親ポリペプチドのKD(IIb)/改変ポリペプチドのKD(IIb)は、IL6R-B3/IL6R-LのFcgRIIbに対するKD値を各改変体のFcgRIIbに対するKD値で割った値を指す。また、親ポリペプチドのKD(IIaR)/改変ポリペプチドのKD(IIaR)は、IL6R-B3/IL6R-LのFcgR IIaRに対するKD値を各改変体のFcgR IIaRに対するKD値で割った値を指す。KD(IIaR)/KD(IIb)とは、各改変体のFcgRIIaRに対するKDを各改変体のFcgRIIbに対するKDで割った値であり、この値が大きいほどFcgRIIbへの選択性が高いことを示す。なお、表2中灰色で塗りつぶしたセルは、FcgRのIgGに対する結合が微弱であり、速度論的な解析では正しく解析できないと判断されたため、参考例2に記載の
〔式2〕
の式を利用して算出した値である。
【0206】
【表2】
【0207】
IL6R-BP230/IL6R-Lに対してH268Eを導入したIL6R-BP264/IL6R-L、E333Kを導入したIL6R-BP465/IL6R-L、E333Rを導入したIL6R-BP466/IL6R-L、E333Tを導入したIL6R-BP470は、IL6R-BP230/IL6R-Lと比較してFcgRIIbへの結合、選択性共に向上していた。またI332Tを導入したIL6R-BP391/IL6R-Lは、IL6R-BP230/IL6R-Lと比較してFcgRIIbへの選択性は低下するものの、FcgRIIbへの結合が向上していた。
【0208】
〔実施例5〕EUナンバリング271番目周辺への網羅的改変の導入
P238D改変をもつFc(P238D)とFcγRIIb細胞外領域複合体のX線結晶構造とFc(P208)とFcγRIIb細胞外領域複合体のX線結晶構造を比較すると、最も構造的に大きな変化が見られるのは、EUナンバリング271番目の近傍の構造となっている(
図9)。参考例8に示したようにFc (P238D)では、EUナンバリング270番目AspがFcγRIIbの131番目Argと強固な静電相互作用を形成する際に、EUナンバリング271番目Pro部分に立体化学的なストレスがかかっている可能性が示唆された。Fc (P208)/FcγRIIbの構造においては、P271Gの改変導入により、この構造的なひずみを解消するように主鎖レベルでの位置変化がおきており、その結果、EUナンバリング271番目の近傍の構造が大きく変化したと考えられる。この変化した構造をさらに安定化できるよううまく改変を導入できれば、FcγRIIb 131番目Argとの静電相互作用形成にともなうエントロピー的なエネルギー損失をさらに軽減でき、結合活性向上につながる可能性がある。そこで、EUナンバリング271番目の周辺に対して網羅的な改変を導入し、FcgRIIbに対する結合増強あるいは選択性の向上効果を示す改変を探索した。
網羅的な改変を導入する鋳型としては、IL6R-B3(配列番号:23)に対して、E233D、G237D、P238D、H268E、P271Gを導入したIL6R-BP267(配列番号:29)を作製し用いた。IL6R-BP267に対し、EUナンバリング264番目、265番目、266番目、267番目、269番目、272番目のアミノ酸を元のアミノ酸とCysを除く18種類のアミノ酸にそれぞれ置換した。抗体L鎖としてはIL6R-L(配列番号:21)を共通して用いた。参考例1の方法に従い、これらの改変体から抗体を発現、精製し、参考例2の方法により各FcgR (FcgRIa、FcgRIIaH型、FcgRIIaR型、FcgRIIb、FcgRIIIaV型)に対する結合を評価した。得られた改変体の中から、改変を導入する前のIL6R-BP267/IL6R-Lと比較してFcgRIIbへの結合を増強するもの、あるいはFcgRIIbへの選択性を向上させるものについて表3にまとめた。
【0209】
【表3】
【0210】
各改変体の各FcgRに対するKDを表3に示す。なお、表中の「IL6R-BP267に加えた改変」とは、鋳型としたIL6R-BP267(配列番号:29)に対して導入した改変を示す。ただしIL6R-B3を作製する際の元となるIL6R-B3/IL6R-Lについては*として示した。表中の親ポリペプチドのKD(IIb)/改変ポリペプチドのKD(IIb)は、IL6R-B3/IL6R-LのFcgRIIbに対するKD値を各改変体のFcgRIIbに対するKD値で割った値を指す。また、親ポリペプチドのKD(IIaR)/改変ポリペプチドのKD(IIaR)は、IL6R-B3/IL6R-LのFcgR IIaRに対するKD値を各改変体のFcgR IIaRに対するKD値で割った値を指す。KD(IIaR)/KD(IIb)とは、各改変体のFcgRIIaRに対するKDを各改変体のFcgRIIbに対するKDで割った値であり、この値が大きいほどFcgRIIbへの選択性が高いことを示す。なお、表3中灰色で塗りつぶしたセルは、FcgRのIgGに対する結合が微弱であり、速度論的な解析では正しく解析できないと判断されたため、参考例2に記載の
〔式2〕
の式を利用して算出した値である。
【0211】
表3に示した改変体はいずれも、IL6R-B3/IL6R-Lと比較してFcgRIa、FcgRIIaH、FcgRIIIaVへの結合が維持または減少していた。また、IL6R-BP267/IL6R-Lに対してそれぞれS267A、V264I、E269D、S267E、V266F、S267G、V266Mを加えた改変体は、改変を加える前のIL6R-BP267/IL6R-Lと比較してFcgRIIbへの結合が増強されていた。また、IL6R-BP267/IL6R-Lに対してそれぞれS267A、S267G、E272M、E272Q、D265E、E272D、E272N、V266L、E272I、E272Fを加えた改変体は、改変を加える前のIL6R-BP267/IL6R-Lと比較してKD(IIaR)/KD(IIb)の値が増加しており、FcgRIIbへの選択性を向上させる効果を示した。
【0212】
〔実施例6〕CH3領域への改変導入によるFcgRIIbへの結合増強
EUナンバリング396番目のProをLeuに置換する改変はFcgRIIbへの結合を増強することが報告されている(Cancer Res., 2007, 67, 8882-8890)。EUナンバリング396番目はFcgRとの相互作用には直接関与しない部位であるが、抗体の構造を変化させることでFcgRとの相互作用に影響を与えると考えられる。そこで、EUナンバリング396番目に網羅的改変を導入することにより、FcgRIIbへの結合あるいは選択性が向上するかどうかについて検証を行った。
IL6R-B3(配列番号:23)に対し、E233D, G237D, P238D, S267A, H268E, P271G, A330Rを導入したIL6R-BP423(配列番号:33)を作製し、鋳型とした。IL6R-BP423に対し、EUナンバリング396番目を元のアミノ酸とシステインを除く18種類のアミノ酸に置換した改変体を作製した。抗体L鎖としてはIL6R-L(配列番号:21)を共通して用いた。参考例1の方法に従い、これらの改変体から抗体を発現、精製し、参考例2の方法により各FcgR (FcgRIa、FcgRIIaH型、FcgRIIaR型、FcgRIIb、FcgRIIIaV型)に対する結合を評価した。得られた改変体の各FcgRへの結合を表4にまとめた。
【0213】
【表4】
【0214】
なお、表中の「IL6R-BP423に加えた改変」とはIL6R-BP423に対して導入した改変を示すが、IL6R-BP423を作製する際の鋳型としたIL6R-B3/IL6R-Lについては*として示した。表中の親ポリペプチドのKD(IIb)/改変ポリペプチドのKD(IIb)は、IL6R-B3/IL6R-LのFcgRIIbに対するKD値を各改変体のFcgRIIbに対するKD値で割った値を指す。また、親ポリペプチドのKD(IIaR)/改変ポリペプチドのKD(IIaR)は、IL6R-B3/IL6R-LのFcgR IIaRに対するKD値を各改変体のFcgR IIaRに対するKD値で割った値を指す。KD(IIaR)/KD(IIb)とは、各改変体のFcgRIIaRに対するKDを各改変体のFcgRIIbに対するKDで割った値であり、この値が大きいほどFcgRIIbへの選択性が高いことを示す。なお、表4中灰色で塗りつぶしたセルは、FcgRのIgGに対する結合が微弱であり、速度論的な解析では正しく解析できないと判断されたため、参考例2に記載の
〔式2〕
の式を利用して算出した値である。
【0215】
表4の結果より、IL6R-BP423/IL6R-Lに対してP396Mを導入したIL6R-BP456/IL6R-L、P396Lを導入したIL6R-BP455/IL6R-L、P396Yを導入したIL6R-BP464/IL6R-L、P396Fを導入したIL6R-BP450/IL6R-L、P396Dを導入したIL6R-BP448/IL6R-L、P396Qを導入したIL6R-BP458/IL6R-L、P396Iを導入したIL6R-BP453/IL6R-L、P396Eを導入したIL6R-BP449/IL6R-L、P396Kを導入したIL6R-BP454/IL6R-L、P396Rを導入したIL6R-BP459/IL6R-Lはいずれも改変を導入する前のIL6R-BP423/IL6R-Lと比較してFcgRIIbへの結合が向上していた。またKD(IIaR)/KD(IIb)の値から、IL6R-BP423/IL6R-Lに対してP396Mを導入したIL6R-BP456/IL6R-Lは、改変を導入する前のIL6R-BP423/IL6R-Lと比較してKD(IIaR)/KD(IIb)の値が大きく、FcgRIIbへの選択性が向上していた。表4中で作製した改変体はいずれもFcgRIa, FcgRIIaH, FcgRIIIaVへの親和性は親ポリペプチドであるIL6R-B3/IL6R-Lよりも低かった。
【0216】
〔実施例7〕サブクラス配列の利用によるFcgRIIb増強改変体の作製
ヒトIgGにはサブクラスが存在し、FcgRへの結合プロファイルが異なる。ここでは、IgG1とIgG4の各FcgRへの親和性の違いを、FcgRIIbへの結合、選択性の向上に利用できないか検証した。
まずはじめに、IgG1とIgG4の各FcgRへの親和性を解析した。抗体H鎖としては、ヒトIgG4 のEUナンバリング228番目のSerをProに置換し、C末端のGlyおよびLysを除去したG4dを有するIL6R-G4d(配列番号:30)を作製した。抗体L鎖としてはIL6R-L(配列番号:21)を共通して用いた。参考例1の方法に従い、IL6R-G1d/IL6R-LおよびIL6R-G4d/IL6R-Lを発現、精製し、参考例2の方法により各FcgR (FcgRIa、FcgRIIaH型、FcgRIIaR型、FcgRIIb、FcgRIIIaV型)に対する結合を評価した。得られた改変体の各FcgRへの結合を表5にまとめた。
【0217】
【表5】
【0218】
IL6R-G4d/IL6R-Lは、IL6R-G1d/IL6R-Lと比較してFcgRIIbへの結合が1.5倍強く、FcgRIIaRへの結合が2.2倍弱いことが分かった。また、FcgRIa、FcgRIIaH、FcgRIIIaVへの親和性に関してもIL6R-G4d/IL6R-Lは、IL6R-G1d/IL6R-Lと比較して弱かった。以上の結果から、IL6R-G4dはIL6R-G1dと比較してFcgRIIbへの結合、選択性共に優れていることが明らかとなった。
【0219】
図14はG1dとG4dのCH1からC末端までの配列(EUナンバリング118番目から445番目)を比較したものである。
図14中の枠で囲まれたアミノ酸はG1dとG4dで異なる残基であることを示している。これらの異なるアミノ酸の中から、FcgRとの相互作用に関与すると予想される部位をいくつか選択し、FcgRIIbへの結合、選択性共にすぐれているG4dの配列をFcgRIIb増強改変体に移植することで、更なる結合、選択性の向上が可能であるかどうかを検証した。
【0220】
具体的には、IL6R-BP230に対して、A327Gを導入したIL6R-BP473、A330Sを導入したIL6R-BP472、P331Sを導入したIL6R-BP471、A330SとP331Sを導入したIL6R-BP474、A327GとA330Sを導入したIL6R-BP475、A327G、A330S、P331Sを導入したIL6R-BP476、A327GとP331Sを導入したIL6R-BP477を作製した。またIL6R-BP230のEUナンバリング118番目のAlaから225番目のThrまでをG4dの配列(EUナンバリング118番目のAlaから222番目のProまで)に置換したIL6R-BP478(配列番号31)を作製した。抗体L鎖としてはIL6R-L(配列番号:21)を共通して用いた。参考例1の方法に従い、これらの改変体から抗体を発現、精製し、参考例2の方法により各FcgR (FcgRIa、FcgRIIaH型、FcgRIIaR型、FcgRIIb、FcgRIIIaV型)に対する結合を評価した。
【0221】
各改変体の各FcgRに対するKDを表6に示す。なお、表中の「親ポリペプチドのKD(IIb)/改変ポリペプチドのKD(IIb)」は、IL6R-B3/IL6R-LのFcgRIIbに対するKD値を各改変体のFcgRIIbに対するKD値で割った値を指す。「IL6R-BP230に加えた改変」とはIL6R-BP230に対して導入した改変を示すが、IL6R-BP230を作製する際の鋳型としたIL6R-B3/IL6R-Lについては*1として、またIL6R-BP230のEUナンバリング118番目のAlaから225番目のThrまでをG4dの配列(EUナンバリング118番目のAlaから222番目のProまで)に置換したIL6R-BP478(配列番号31)については*2として示した。「親ポリペプチドのKD(IIaR)/改変ポリペプチドのKD(IIaR)」は、IL6R-B3/IL6R-LのFcgR IIaRに対するKD値を各改変体のFcgR IIaRに対するKD値で割った値を指す。KD(IIaR)/KD(IIb)とは、各改変体のFcgRIIaRに対するKDを各改変体のFcgRIIbに対するKDで割った値であり、この値が大きいほどFcgRIIbへの選択性が高いことを示す。なお、表6中灰色で塗りつぶしたセルは、FcgRのIgGに対する結合が微弱であり、速度論的な解析では正しく解析できないと判断されたため、参考例2に記載の
〔式2〕
の式を利用して算出した値である。
【0222】
【表6】
【0223】
表6に記載した改変体のうち、A327Gを導入したIL6R-BP473/IL6R-LはIL6R-BP230/IL6R-Lと比較してFcgRIIbへの結合が1.2倍増強されていた。また、IL6R-BP230のEUナンバリング118番目のAlaから225番目のThrまでをG4dの配列(EUナンバリング118番目のAlaから222番目のProまで)に置換したIL6R-BP478/IL6R-LはIL6R-BP230/IL6R-Lと比較してFcgRIIbへの結合、FcgRIIaRへの結合共に1.1倍増強していた。いずれの改変体もFcgRIa, FcgRIIaH, FcgRIIIaVへの親和性は親ポリペプチドであるIL6R-B3/IL6R-Lよりも低かった。
【0224】
また
図14に示すように、G1dとG4dでこの他に異なるアミノ酸となっている部位としてEUナンバリング268番目、274番目、296番目、355番目、356番目、358番目、409番目、419番目、445番目が挙げられる。従ってこれらの部位をIgG4由来のアミノ酸に置換することでFcgRIIbへの結合および選択性が向上する可能性が考えられる。
ここまでの検討において、改変体IL6R-BP230/IL6R-Lに対してヒトIgG4の配列であるA327Gを移植することで、FcγRIIbへの結合活性が増強されることが示された。そこでIgG4とIgG1の配列で異なる部位についてさらに検討を行った。
具体的には、抗体H鎖としてIL6R-BP230に対して、K274Qを導入したIL6R-BP541、Y296Fを導入したIL6R-BP542、H268Qを導入したIL6R-BP543、R355Qを導入したIL6R-BP544、D356Eを導入したIL6R-BP545、L358Mを導入したIL6R-BP546、K409Rを導入したIL6R-BP547、Q419Eを導入したIL6R-BP548を作製した。抗体L鎖としてはIL6R-Lを共通して用いた。参考例1の方法に従い、前記の重鎖の改変体とIL6R-Lの軽鎖を含む抗体が精製された。精製された抗体の各FcγR(FcγRIa、FcγRIIaH、FcγRIIaR、FcγRIIb、FcγRIIIaV)に対する結合が参考例2の方法により評価された。
各改変体の各FcγRに対するKDを表7に示した。なお、表中の、「親ポリペプチドのKD (IIb)/改変ポリペプチドのKD (IIb)」は、IL6R-B3/IL6R-LのFcγRIIbに対するKD値を各改変体のFcγRIIbに対するKD値で除した値を指す。表中の「IL6R-BP230に加えた改変」とはIL6R-BP230に対して導入された改変を示した。ただし、IL6R-BP230を作製する際の鋳型としたIL6R-B3/IL6R-Lは*1として示した。「親ポリペプチドのKD (IIaR)/改変ポリペプチドのKD (IIaR)」は、IL6R-B3/IL6R-LのFcγR IIaRに対するKD値を当該改変体のFcγR IIaRに対するKD値で除した値を指す。KD (IIaR)/KD (IIb)とは、各改変体のFcγRIIaRに対するKDを当該改変体のFcγRIIbに対するKDで除した値であり、この値が大きいほどFcγRIIbへの選択性が高いことを示す。なお、表7において灰色で塗りつぶされたセル中の数値は、FcγRのIgGに対する結合が微弱であり、速度論的な解析では正しく解析できないと判断されたため、参考例2に記載された
〔式2〕
の式を利用して算出された数値である。
【表7】
表7に示すように、IL6R-BP230/IL6R-Lに対してK274Qを導入したIL6R-BP541/IL6R-L、R355Qを導入したIL6R-BP544/IL6R-L、D356Eを導入したIL6R-BP545/IL6R-L、L358Mを導入したIL6R-BP546/IL6R-L は改変導入前のIL6R-BP230/IL6R-Lと比較してFcγRIIbへの結合が増強されていた。またこの中で、IL6R-BP230/IL6R-Lに対してR355Qを導入したIL6R-BP544/IL6R-L、D356Eを導入したIL6R-BP545/IL6R-L、L358Mを導入したIL6R-BP546/IL6R-Lは改変導入前のIL6R-BP230/IL6R-Lと比較してKD(IIaR)/KD(IIb)の値が増加しており、FcγRIIbへの選択性についても向上する改変であることが示された。
【0225】
〔実施例8〕FcgRIIbへの結合増強、選択性の向上をもたらす改変の組み合わせ検討
これまでの検討において見出されたFcγRIIbへの結合活性あるいは選択性を向上させる改変の組み合わせについて検討し、さらなる最適化を試みた。
IL6R-B3に対してこれまでの検討の中でFcγRIIbへの結合の増強、および/または選択性の向上をもたらした改変の組合せが導入された。また比較対照として既存のFcγRIIbへの結合を増強する改変(Seungら(Mol. Immunol. (2008) 45, 3926-3933))である、S267E、およびL328Fの改変がIL6R-B3に導入されたIL6R-BP253が作製された。抗体L鎖としてはIL6R-Lが用いられた。参考例1の方法に従い発現した、前記の重鎖の改変体とIL6R-Lの軽鎖を含む抗体が精製された。精製された抗体の各FcγR(FcγRIa、FcγRIIaH、FcγRIIaR、FcγRIIb、FcγRIIIaV)に対する結合が、参考例2の方法によって評価された。
各改変体の各FcγRに対するKDを表8に示した。なお、表中の改変とはIL6R-B3に対して導入された改変を示した。ただし各改変体を作製する際の鋳型としたIL6R-B3/IL6R-Lは*として示した。親ポリペプチドのKD (IIb)/改変ポリペプチドのKD (IIb)は、IL6R-B3/IL6R-LのFcγRIIbに対するKD値を各改変体のFcγRIIbに対するKD値で除した値を指す。また、親ポリペプチドのKD (IIaR)/改変ポリペプチドのKD (IIaR)は、IL6R-B3/IL6R-LのFcγR IIaRに対するKD値を当該改変体のFcγR IIaRに対するKDで除した値を指す。KD (IIaR)/KD (IIb)とは、各改変体のFcγRIIaRに対するKDを当該改変体のFcγRIIbに対するKDで除した値であり、この値が大きいほどFcγRIIaRと比較してFcγRIIbへの選択性が高いことを示す。またKD (IIaH)/KD (IIb)とは、各改変体のFcγRIIaHに対するKDを当該改変体のFcγRIIbに対するKDで除した値であり、この値が大きいほどFcγRIIaHと比較してFcγRIIbへの選択性が高いことを示す。なお、表8において灰色で塗りつぶされたセル中の数値は、FcγRのIgGに対する結合が微弱であり、速度論的な解析では正しく解析できないと判断されたため、参考例2に記載された
〔式2〕
の式を利用して算出した数値である。
【0226】
【表8】
【0227】
表8に記載された改変体のうち、FcγRIIbへの結合を増強する既存の改変が加えられたIL6R-BP253/IL6R-LのFcγRIIbおよびFcγRIIaRに対する結合活性は、改変導入前のIL6R-B3/IL6R-Lのそれと比較して、それぞれ277倍、および529倍増強された。また、IL6R-BP253/IL6R-LのFcγRIaへの結合活性もIL6R-B3/IL6R-Lのそれよりも増強されていた。一方、IL6R-BP253/IL6R-LのFcγRIIaHおよびFcγRIIIaVへの結合はIL6R-B3/IL6R-Lのそれと比較して減弱していた。その他の改変体のうち、IL6R-BP436/IL6R-L、IL6R-BP438/IL6R-L、IL6R-BP567/IL6R-L、IL6R-BP568/IL6R-LのFcγRIaへの結合が、改変導入前のIL6R-B3/IL6R-Lのそれと比較してわずかに増強されたが、それ以外の改変体のFcγRIaへの結合はいずれも減弱していた。また、いずれの改変体もFcγRIIaH、およびFcγRIIIaVへの結合は、IL6R-B3/IL6R-Lのそれと比較して減弱していた。
本検討で作製された改変体と、既存のFcγRIIbへの結合増強改変体であるIL6R-BP253/IL6R-Lを比較すると、KD(IIaH)/KD(IIb)の値は、最も低かったIL6R-BP480/IL6R-Lで107.7、最も高かったIL6R-BP426/IL6R-Lで8362であり、いずれの改変体もIL6R-BP253/IL6R-Lの107.1と比較して高かった。またKD(IIaR)/KD(IIb)の値は、最も低かったIL6R-BP479/IL6R-Lで16.1、最も高かったIL6R-BP567/IL6R-Lで64.4であり、いずれの改変体もIL6R-BP253/IL6R-Lの0.2と比較して高かった。これらの結果から、表8に記載された改変体はいずれも、既存のFcγRIIbに対する結合増強改変が加えられた改変体と比較してFcγRIIbへの選択性が向上した改変体であることが示された。特に、IL6R-BP559/IL6R-L、IL6R-BP493/IL6R-L、IL6R-BP557/IL6R-L、IL6R-BP492/IL6R-L、IL6R-BP500/IL6R-L、IL6R-BP567/IL6R-LはいずれもFcγRIIaRへの結合をIL6R-B3/IL6R-Lと比較して1.5倍以下に維持しつつ、FcγRIIbへの結合活性が100倍以上に増強されていることから、FcγRIIaRへの結合を増強してしまうことによる副作用を回避しながらFcγRIIbへの結合増強による効果を示すことが期待される。
またIL6R-BP489/IL6R-L、IL6R-BP487/IL6R-L、IL6R-BP499/IL6R-L、IL6R-BP498/IL6R-L、IL6R-BP503/IL6R-L、IL6R-BP488/IL6R-L、IL6R-BP490/IL6R-L、IL6R-BP445/IL6R-L、IL6R-BP552/IL6R-L、IL6R-BP507/IL6R-L、IL6R-BP536/IL6R-L、IL6R-BP534/IL6R-L、IL6R-BP491/IL6R-L、IL6R-BP553/IL6R-L、IL6R-BP532/IL6R-L、IL6R-BP506/IL6R-L、IL6R-BP511/IL6R-L、IL6R-BP502/IL6R-L、IL6R-BP531/IL6R-L、IL6R-BP510/IL6R-L、IL6R-BP535/IL6R-L、IL6R-BP497/IL6R-L、IL6R-BP533/IL6R-L、IL6R-BP555/IL6R-L、IL6R-BP554/IL6R-L、IL6R-BP436/IL6R-L、IL6R-BP423/IL6R-L、IL6R-BP440/IL6R-L、IL6R-BP538/IL6R-L、IL6R-BP429/IL6R-L、IL6R-BP438/IL6R-L、IL6R-BP565/IL6R-L、IL6R-BP540/IL6R-L、IL6R-BP426/IL6R-L、IL6R-BP437/IL6R-L、IL6R-BP439/IL6R-L、IL6R-BP551/IL6R-L、IL6R-BP494/IL6R-L、IL6R-BP537/IL6R-L、IL6R-BP550/IL6R-L、IL6R-BP556/IL6R-L、IL6R-BP539/IL6R-L、IL6R-BP558/IL6R-L、IL6R-BP425/IL6R-L、IL6R-BP495/IL6R-LのFcγRIIbへの結合は、FcγRIIbへの結合を増強する既存の改変が加えられたIL6R-BP253/IL6R-Lのそれと比較して上回っており、最も低かったIL6R-BP495/IL6R-Lから、最も高かったIL6R-BP489/IL6R-Lまでの増強の幅は、IL6R-B3/IL6R-Lの結合を1とした場合に321倍から3100倍までであった。従ってこれらの改変体は、FcγRIIbへの結合、選択性の両面で既存技術よりも優れた改変体であると言える。
ここで、FcγRIIbへの選択性の観点から最も優れていると考えられるIL6R-BP567/IL6R-Lと関連する改変体について、免疫原性の観点から考察した。最も選択性の高かったIL6R-BP567/IL6R-Lおよび、FcγRIIaRへの結合が天然型と比較して全く同等でFcγRIIbへの結合を147倍増強したIL6R-BP493/IL6R-LはY296D改変が導入されている。Y296はTregitope配列に含まれることが報告されており(De Grootら(Blood (2008) 112, 3303-3311))、この部位への改変導入は本来天然型IgG1が有する免疫抑制的な機能が損なわれる可能性がある。従って免疫原性の観点からは、Y296D改変を含まない改変体がより好ましい。IL6R-BP568/IL6R-LおよびIL6R-BP492/IL6R-Lは、それぞれIL6R-BP567/IL6R-LおよびIL6R-BP493/IL6R-Lから、Y296D改変を抜いたものである。FcγRIIbに対する結合活性および選択性についてみると、IL6R-BP492/IL6R-LおよびIL6R-BP568/IL6R-LはY296D改変を抜くことにより選択性、結合活性共にY296Dを含む場合よりも低下してしまっていた。しかしながら、IL6R-BP568/IL6R-Lは天然型と比較してFcγRIIaRへの結合が1.6倍、FcγRIIbへの結合が211倍であり、また、IL6R-BP492/IL6R-LはFcγRIIaRへの結合が1.2倍、FcγRIIbへの結合が131倍と依然として高い選択性と結合活性を維持していた。これらの結果から、IL6R-BP568/IL6R-L およびIL6R-BP492/IL6R-L は、FcγRIIbへの結合活性、選択性に加えて免疫原性の面からも優れた改変体であると言える。
【0228】
〔実施例9〕ヘテロ二量化抗体によるFcgRIIbへの結合増強
9−1. P238Dを片鎖にのみ導入した検討
参考例7の
図26に示すように、Fc(P238D)がFcgRIIbへの高いFcgRIIbへの結合を獲得した要因は、P238D改変を導入することによって、Proでは周辺残基と疎水性コアを形成していたものが、Aspに変化することで疎水性コアに存在できなくなり溶媒側を向いた結果、ドメインAのループ構造が大きく変化したことに起因する。しかしながら、両方の鎖に対してP238D改変を導入する必要があるのか、また、片方の鎖に対してP238Dを導入し、もう片方の鎖に対しては他の改変でも良いのかという点については検討の余地がある。そこで抗体の各H鎖に異なる改変を導入したヘテロ二量化抗体を利用してこれらの点について検証を行った。
抗体H鎖には、WO2009/041062に開示されている血漿中動態が改善した抗グリピカン3抗体であるGpH7のCDRを含むグリピカン3抗体の可変領域(配列番号:15)を使用した。GpH7を可変領域に持つIgG1のC末端のGlyおよびLysを除去したGpH7-G1d(配列番号:34)に対し、D356KおよびH435Rの改変を導入したGpH7-A5(配列番号:35)、GpH7-G1dにK439Eの改変を導入したGpH7-B3(配列番号:17)を利用した。それぞれのH鎖に導入したD356KおよびK439Eの改変は、2つのH鎖からなるヘテロ二量化抗体を産生する際に、各H鎖のヘテロ体を効率的に形成させるために導入した(WO2006/106905)。H435RはProteinAへの結合を妨げる改変であり、異なる改変が導入された二つのH鎖からなる二量体であるヘテロ体と同じ改変が導入された二つのH鎖からなる二量体であるホモ体を効率よく分離するために導入した。一方のH鎖として、参考例1で作製したGpH7-B3(配列番号:17)に対し、EUナンバリング236番目、237番目、238番目のアミノ酸を元のアミノ酸とCysに置換した改変体を用いた。またもう一方の鎖としては、GpH7-A5(配列番号:35)に対してP238Dを導入したGpH7-AP001を作製した。抗体L鎖には、WO2009/041062に開示される血漿中動態が改善したグリピカン3抗体のGpL16-k0(配列番号:16)を共通に使用した。これらの改変体を参考例1の方法により発現、精製し、参考例2の方法により各FcgRIIaR型、FcgRIIbに対する結合を評価した。各改変体のFcgRに対する結合量を
図15に示す。
【0229】
図15に示した改変G237W, G237F, G236N, P238G, P238N, P238E, P238DはGpH7-B3に導入した改変を指す。また、A5/B3はどちらの鎖にも改変を導入していない、GpH7-A5/GpH7-B3/GpL16-k0を示し、片鎖にのみP238Dを含む改変体とは、GpH7-A5/GpH7-BF648/GpL16-k0を示す。また、これらの結果を表9に示す。
【0230】
【表9】
【0231】
表9中の「FcgRIIbへの結合量/FcgRIIaRへの結合量」とは、各改変体のFcgRIIbに対する結合量を各改変体のFcgRIIaRに対する結合量で割った値であり、この値が大きいほどFcgRIIbに対する選択性が高いことを示す。また、「GpH7-A5に導入した改変」および「GpH7-B3に導入した改変」は、それぞれGpH7-A5およびGpH7-B3に導入した改変を示すが、GpH7-A5およびGpH7-B3を作製する際の鋳型としたGpH7-G1dについては*として示した。表9の結果から両方の鎖にP238D改変を有するGpH7-AP001/GpH7-BF648/GpL16-k0が最もFcgRIIbへの選択性が高かった。また、もう片方の鎖にP238E、P238N、P238GをもつGpH7-AP001/GpH7-BP061/GpL16-k0、GpH7-AP001/GpH7-BP069/GpL16-k0、GpH7-AP001/GpH7-BP063/GpL16-k0はFcgRIIbへの結合量/FcgRIIaRへの結合量がそれぞれ2.9、2.2、1.7であり、両方の鎖にP238D改変を有するGpH7-AP001/GpH7-BF648/GpL16-k0と比較してもFcgRIIbへの高い選択性を維持していた。また、FcgRIIbへの親和性についても両方の鎖にP238D改変を有するGpH7-AP001/GpH7-BF648/GpL16-k0の69%以上を維持していたことから、片方の鎖にP238D改変が存在すれば、もう片方の鎖についてはP238E, P238N, P238Gに代替可能であると言える。また、FcgRIIbへの結合に着目すると、両方の鎖にP238Dを含むGpH7-AP001/GpH7-BF648/GpL16-k0と比較して、片方の鎖にのみP238Dを含み、もう片方の鎖には改変を含まないGpH7-A5/GpH7-BF648/GpL16-k0の方がFcgRIIbに対して強く結合し、片方の鎖にP238Dを含み、もう片方の鎖にそれぞれG236N、G237F、G237Wを含むGpH7-AP001/GpH7-BP032/GpL16-k0、GpH7-AP001/GpH7-BP044/GpL16-k0、GpH7-AP001/GpH7-BP057/GpL16-k0の方が、より強くFcgRIIbに結合することが明らかとなった。
【0232】
9-2. Fc(P208)/FcgRIIbの構造情報を基にした改変の検証
図10に示したように、Fc(P208)/FcgRIIbの結晶構造においてはFcgRIIbの117番目Lysの電子密度が観察されておらず、本残基はFc(P208)との結合に大きくは関与していないと考えられ、近傍に位置するCH2ドメインBのEUナンバリング239番目SerをAspもしくはGluに置換することで、このFcgRIIbの117番目Lysとの間に静電相互作用を形成できる可能性がある。一方、
図7に示したようにCH2ドメインAにおいては、EUナンバリング239番目Serは、EUナンバリング236番目Glyと水素結合を形成し、EUナンバリング233番目から239番目のループ構造を安定化することで、FcgRIIbのEUナンバリング160番目Tyrとの結合強化に寄与していると考えられ、この部位の置換はCH2ドメインAにおいてループ構造の不安定化とそれにともなう結合活性の低下を招くことが予想され、ホモ改変ではこれらが相殺しあうことが予想された。そこで本検討では、ヘテロ二量化により片方の鎖にのみS239DもしくはS239Eの改変を導入し、FcgRIIbへの結合増強効果を検証した。
【0233】
片方の抗体H鎖としてIL6R-BP208(配列番号:24)に対してS239Dを導入したIL6R-BP256およびS239Eを導入したIL6R-BP257を作製した。同様に、IL6R-BP230(配列番号:27)に対してS239Dを導入したIL6R-BP259および、S239Eを導入したIL6R-BP260を作製した。もう一方の抗体H鎖として、IL6R-A5(配列番号:69)に対してIL6R-BP208のCH2に含まれるものと同じ改変であるE233D, G237D, P238D, H268D, P271G, A330Rを導入したIL6R-AP002および、IL6R-BP230のCH2に含まれるものと同じ改変であるE233D, G237D, P238D, H268D, P271G, Y296D, A330Rを導入したIL6R-AP009を作製し、用いた。また比較対象として既存のFcgRIIb増強技術(非特許文献28)である、S267E、L328FをIL6R-B3に導入したIL6R-BP253(配列番号:32)を作製した。抗体L鎖としてはIL6R-L(配列番号:21)を共通して用いた。参考例1の方法に従い、これらの改変体から抗体を発現、精製し、参考例2の方法により各FcgR (FcgRIa、FcgRIIaH型、FcgRIIaR型、FcgRIIb、FcgRIIIaV型)に対する結合を評価した。
【0234】
各改変体の各FcgRに対するKDを表10に示す。表中の「親ポリペプチドのKD(IIb)/改変ポリペプチドのKD(IIb)」は、IL6R-B3/IL6R-LのFcgRIIbに対するKD値を各改変体のFcgRIIbに対するKD値で割った値を指す。また、「親ポリペプチドのKD(IIaR)/改変ポリペプチドのKD(IIaR)」は、IL6R-B3/IL6R-LのFcgR IIaRに対するKD値を各改変体のFcgR IIaRに対するKD値で割った値を指す。「KD(IIaR)/KD(IIb)」とは、各改変体のFcgRIIaRに対するKDを各改変体のFcgRIIbに対するKDで割った値であり、この値が大きいほどFcgRIIbへの選択性が高いことを示す。なお、表10中灰色で塗りつぶしたセルは、FcgRのIgGに対する結合が微弱であり、速度論的な解析では正しく解析できないと判断されたため、参考例2に記載の
〔式2〕
の式を利用して算出した値である。
【0235】
【表10】
【0236】
表10の結果から、IL6R-BP208/IL6R-Lに対して片鎖にS239Dを導入したIL6R-AP002/IL6R-BP256/IL6R-L、S239Eを導入したIL6R-AP002/IL6R-BP257/IL6R-Lは、いずれもIL6R-BP208/IL6R-Lと比較してFcgRIIbへの結合が増強されていた。またKD(IIaR)/KD(IIb)の値もIL6R-BP256/IL6R-Lを上回っており、FcgRIIbへの選択性においても向上していた。一方、IL6R-BP208/IL6R-Lの両方の鎖に対してS239Dを導入したIL6R-BP256/IL6R-Lおよび、両方の鎖にS239Eを導入したIL6R-BP257/IL6R-LはFcgRIIbへの結合、選択性共にIL6R-BP208/IL6R-Lと比較して大幅に低下した。このように一方の鎖にのみS239DもしくはS239Eを導入した場合にはFcgRIIbへの結合増強効果が見られたのに対し、両方の鎖に導入した場合にFcgRIIbに対する結合が大幅に低下した理由としては、前述の通り、CH2ドメインAにおけるループ構造の不安定化が要因であると考えられる。IL6R-BP230/IL6R-Lを鋳型としてS239D、S239Eを導入した場合においても同様の結果が見られた。IL6R-BP230/IL6R-Lの片方の鎖にそれぞれS239D、S239Eを導入したIL6R-AP009/IL6R-BP259/IL6R-L、IL6R-AP009/IL6R-BP260/IL6R-LはFcgRIIbへの結合、選択性ともにIL6R-BP230/IL6R-Lを上回ったが、両方の鎖にそれぞれS239D、S239Eを導入したIL6R-BP259/IL6R-L、IL6R-BP260/IL6R-LはいずれもFcgRIIbへの結合、選択性共にIL6R-BP230/IL6R-Lと比較して大幅に低下した。また、IL6R-BP208/IL6R-LおよびIL6R-BP230/IL6R-Lの片方の鎖にS239D、もしくはS239Eを導入した改変体は、いずれも既存のFcgRIIb増強技術を利用したIL6R-BP253/IL6R-Lと比較してFcgRIIbへの結合、選択性共に上回っていた。
【0237】
9-3. Fc(P208)/FcgRIIaRの構造情報を基にした改変の検証
実施例3においてFc(P208)のFcgRIIbとの結晶構造とFcgRIIaRとの結晶構造を比較したところ、FcgRIIb160番目Tyrと水素結合を形成するEUナンバリング237番目付近において電子密度上に差が見られ、FcgRIIbとの結合にはCH2ドメインA側の、FcgRIIaRとの結合にはCH2ドメインB側の寄与が大きいことが示唆された(
図12、
図13)。たとえば、電位密度の見え方からみて、FcgRIIaR型との結合においては、CH2ドメインBの EUナンバリング234番目Leu、235番目Leuがレセプターとの結合に関与していると考えられるが、一方で、FcgRIIbとの結合においては、これら残基の関与は少ないと考えられる。そこで、これら2つの残基を疎水性以外の残基へ置換することで、FcgRIIaR型との相互作用の方をより大きく低減できる可能性が考えられる。ただし、CH2ドメインA側においては、EUナンバリング234番目Leu、235番目Leuの残基は、EUナンバリング237番目付近のループ構造の安定化に寄与していると考えられ、特にFcgRIIbとの結合により大きく関与している可能性が高い。このため、これら残基を疎水性以外の残基へ置換することはCH2ドメインAにおけるFcgRIIbとの相互作用をより低下させる可能性がある。特にEUナンバリング235番目LeuはFcgRIIbとの複合体構造のCH2ドメインAにおいて良好な疎水相互作用を形成しており、EUナンバリング237番目付近のループ構造安定化への寄与が大きいと考えられるため、本残基については片方の鎖のみ疎水性以外の残基に置換する検討を行った。また、両鎖のEUナンバリング235番目のLeuをそれ以外の疎水性アミノ酸に置換することで、特にCH2ドメインAでの疎水性相互作用をより強化し、EUナンバリング237番目付近のループ構造をより安定化できれば、FcgRIIb 160番目Tyrとの水素結合形成にともなうエントロピー的なエネルギー損失の軽減につながり、FcgRIIbへの結合および選択性が向上する可能性があるのでそれについても併せて検討を行った。
【0238】
抗体H鎖としてはIL6R-B3(配列番号:23)に対し、E233D, G237D, P238D, H268E, P271G, Y296D, A330Rを導入したIL6R-BP264(配列番号:28)を作製し、鋳型として用いた。IL6R-BP264のEUナンバリング234番目のLeuをAsn, Ser, Asp, Gln, Glu, Thr Arg, His, Gly, Lys, Tyrにそれぞれ置換した改変体を作製した。また、IL6R-BP264のEUナンバリング235番目のアミノ酸を元のアミノ酸とCysを除く18種類のアミノ酸に置換した改変体を作製した。もう一方の抗体H鎖として、IL6R-A5(配列番号:69)に対し、E233D, G237D, P238D, H268E, P271G, Y296D, A330Rを導入したIL6R-AP029(配列番号:42)を作製した。抗体L鎖としてはIL6R-L(配列番号:21)を共通して用い、IL6R-BP264に対しL234N, L234S, L234D, L234Q, L234E, L234T, L234R, L234H, L234G, L234K, L234Yを導入した改変体と、L235W, L235M, L235P, L235F, L235A, L235V, L235Iを導入した改変体については両鎖に同じ改変を含むホモ体として、L235N, L235S, L235D, L235Q, L235E, L235T, L235R, L235H, L235G, L235K, L235Yを導入した改変体についてはIL6R-AP029と組み合わせたヘテロ二量化抗体として検討を行った。
参考例1の方法に従い、これらの改変体から抗体を発現、精製し、参考例2の方法により各FcgR (FcgRIa、FcgRIIaH型、FcgRIIaR型、FcgRIIb、FcgRIIIaV型)に対する結合を評価した。各改変体のFcgRIIbに対するKDを横軸に、FcgRIIaRに対するKDを縦軸に示したグラフを
図16に示す。
【0239】
図16に示すように、IL6R-BP264/IL6R-Lに対して両鎖にL234Yを導入したIL6R-BP404/IL6R-Lは、改変導入前のIL6R-BP264/IL6R-Lと比較してFcgRIIbへの結合がわずかに増強した。
【0240】
これらの改変体の中から、FcgRIIbへの結合が増強したIL6R-BP404/IL6R-Lおよび、FcgRIIbへの選択性が向上していた改変体について表11にまとめた。表中の親ポリペプチドのKD(IIb)/改変ポリペプチドのKD(IIb)は、IL6R-B3/IL6R-LのFcgRIIbに対するKD値を各改変体のFcgRIIbに対するKD値で割った値を指す。また、親ポリペプチドのKD(IIaR)/改変ポリペプチドのKD(IIaR)は、IL6R-B3/IL6R-LのFcgR IIaRに対するKD値を各改変体のFcgR IIaRに対するKD値で割った値を指す。KD(IIaR)/KD(IIb)とは、各改変体のFcgRIIaRに対するKDを各改変体のFcgRIIbに対するKDで割った値であり、この値が大きいほどFcgRIIbへの選択性が高いことを示す。なお、表11中灰色で塗りつぶしたセルは、FcgRのIgGに対する結合が微弱であり、速度論的な解析では正しく解析できないと判断されたため、参考例2に記載の
〔式2〕
の式を利用して算出した値である。
【0241】
【表11】
【0242】
表11に示した通り、IL6R-BP264/IL6R-Lに対して両鎖にL234Yを導入したIL6R-BP404/IL6R-Lは、改変導入前のIL6R-BP264/IL6R-Lと比較してFcgRIIbへの結合が1.1倍上昇した。IL6R-BP264/IL6R-Lの両鎖にL235Qを導入したIL6R-BP408/IL6R-L、両鎖にL235Fを導入したIL6R-BP419/IL6R-L、片鎖にL235Dを導入したIL6R-AP029/IL6R-BP407/IL6R-L、片鎖にL235Qを導入したIL6R-AP029/IL6R-BP408/IL6R-L、片鎖にL235Eを導入したIL6R-AP029/IL6R-BP409/IL6R-L、片鎖にL235Tを導入したIL6R-AP029/IL6R-BP410/IL6R-LはいずれもKD(IIaR)/KD(IIb)の値が改変導入前のIL6R-BP264/IL6R-Lと比較して大きく、FcgRIIbへの選択性が向上した改変体であった。
【0243】
〔実施例10〕FcgRIIb結合増強Fc改変体のin silico免疫原性予測ツールによる免疫原性の評価
本実施例に記載のFc改変体を抗体医薬品として用いる場合には、その薬理作用を減弱する抗医薬品抗体の産生を誘導しないことが好ましい。免疫原性の高い抗体は抗医薬品抗体の産生を誘導しやすいことから、抗体医薬品の免疫原性はできるだけ低いことが好ましい。改変体の免疫原性をできるだけ増大させないようにするために、Epibase、EpiMatrix等のT-cell epitopeを予測するin silico免疫原性予測ツールが利用できる。Epibase Light (Lonza)はFASTER algorism (Expert Opin Biol Ther. 2007 Mar;7(3):405-18.)を用いて、9-merペプチドとmajor DRB1アレルを含むMHC classIIとの結合能を計算するin silico免疫原性予測ツールである。本ツールはMHC classIIに対する強い結合を有するT-cell epitope(Strong epitopes)および中程度の結合を有するT-cell epitope (Medium epitopes) を同定することができる。
計算にはDRB1アロタイプの存在比が反映され、これには以下の表12に示すCaucasianにおける存在比が使用できる。
【表12】
このツールを用いることで、これまでに報告のある各種Fc改変体と本実施例に記載のFcgRIIb選択的に結合を増強したFc改変体の配列中(EUナンバリング118位からC末端までの配列)に含まれる強い結合と中程度の結合を有する全てのT-cell epitope数を比較した。具体的には、過去にFcgRIIIaに対する結合を増強すると報告されている (Proc Natl Acad Sci U S A. 2006,103:4005-10.) S239D、A330L、I332Eの改変を導入した抗体のFc領域であるFc (DLE) (配列番号:78)、過去にFcRnに対する結合を増強すると報告されている (J Biol Chem. 2006, 281:23514-24.) M252Y、S254T、T256Eの改変を導入した抗体のFc領域であるFc (YTE) (配列番号:79)、FcgRIIbに対する結合を増強すると報告されている (Mol Immunol. 2008, 45:3926-33.) S267E、L328Fの改変を導入した抗体のFc領域であるFc (EF) (配列番号:80)、WO2012/115241に記載されているFcgRIIbに対する結合を増強すると報告されているE233D、G237D、P238D、H268D、P271G、A330Rの改変を導入した抗体のFc領域であるFc (P208)(配列番号:81)を、既存技術を評価するための比較対象として作製し、本実施例に記載されているFcgRIIbに対する結合を増強する改変体BP568と同様にE233D、P238D、S264I、S267A、H268E、P271Gの改変を導入した抗体のFc領域であるFc (P587)(配列番号:70)およびBP492と同様にP238D、S264I、S267A、H268E、P271Gの改変を導入した抗体のFc領域であるFc(P588) (配列番号:71)を作製し、Epibaseを用いてこれらのFc改変体の強い結合と中程度の結合の全てのエピトープ数を比較した。その結果を表13に示す。
【表13】
この結果から、本実施例に記載の改変体のFc領域であるFc(P587)およびFc (P588)は既存のFc改変体の中でも、T-cell epitope数が少なく、免疫原性リスクが低いことが示された。この性質は医薬品として用いる上で、抗医薬品抗体を誘導する可能性が低減されており、優れていることを示している。
【0244】
〔実施例11〕ヒトFcgRIIbトランスジェニックマウスを用いたヒトFcgRIIb結合増強Fc改変体の血中動態の評価
(11−1)試験の概要
WO2013/047752で示されているように、pH酸性域の条件下でヒトFcRnに対する結合活性を有し、イオン濃度の条件によって抗原に対する抗原結合分子の結合活性が変化する抗原結合ドメインを有し、かつEUナンバリング297位に結合した糖鎖がフコース含有糖鎖である天然型ヒトIgGのFc領域のFcgRに対する結合ドメインよりもFcgRにする結合活性が高いFcgR結合ドメインを含む抗原結合分子を投与することで、天然型ヒトIgGと比較して、生体中におけるその標的となる可溶性抗原の血漿中濃度を大幅に低下させることが可能である。FcgRの中でも、特にFcgRIIbに対する結合活性を増強させた抗原結合分子が生体内に投与された場合、血漿中の可溶性抗原の消失を早め、血漿中の可溶性抗原の濃度を効果的に低下させることが可能であることも報告されている。本実施例では、ヒトFcgRIIbを遺伝子改変により導入したトランスジェニックマウスに、ヒトFcgRIIbに対して結合を増強したFc改変体を投与することで、本明細書に記載した実際にヒトFcgRIIbに対する結合を増強したFc改変体で、その標的となる可溶性抗原の消失速度を速めることができるのかを検証した。
(11−2)FcgRIIbに対して結合を増強した抗体の調製
ヒトFcgRIIbに対して結合を増強したFc改変体としては以下の抗体を用いた。WO2009/125825に開示されているヒトインターロイキン6レセプター(ヒトIL-6R)に対する抗体の可変領域と、ヒトIgG1のC末端のGlyおよびLysを除去したG1dの定常領域からなるIL6R-G1d (配列番号:19)に、BP568と同様にE233D、P238D、S264I、S267A、H268E、P271Gの改変を導入したIL6R-P587を作製した。抗体H鎖としてIL-6R-P587を、抗体L鎖としてはWO2009/125825に開示されているヒトIL-6Rに対する抗体のL鎖であるIL6R-L2(配列番号:74)を有するFv4-P587を参考例1の方法に従って調製した。また、比較対象として、IL6R-G1d(配列番号:19)とIL6R-L2(配列番号:74)とをそれぞれ抗体H鎖、L鎖として有するFv4-IgG1を同様に参考例1の方法に従って調製した。ここで調製したFv4-G1dおよびFv4-P587はWO2009/125825に記載の通り、酸性pH条件下では中性pH条件下と比較して抗原であるヒトIL-6Rに対して弱く結合するという、プロトンイオン濃度の条件によって抗原に対する抗原結合分子の結合活性が変化する抗原結合ドメインを有している。
(11−3)ヒトFcgRIIbトランスジェニックマウスの作出
ヒトFcgRIIbトランスジェニックマウスを以下の方法により作製した。
C57BL/6(B6)マウスに、ヒトFcgRIIb遺伝子を導入したトランスジェニックマウスを作出した。トランスジェニックマウスの作出は「Nagyら(Manipulating the mouse embryo, CSHL press. (2003) 399-506)」および「上田ら(ジーンターゲティングの最新技術, 羊土社. (2000) 190-207)」に記載される手順に則り実施された。すなわち、B6マウスの受精卵前核に、ヒトFcgRIIb遺伝子(GeneBank # NW_004077999:18,307,411-18,381,603)のゲノム領域がクローニングされている大腸菌人工染色体(Bacterial artificial chromosome)を、マイクロインジェクションする事により作出した。得られたマウスのうち、ヒトFcgRIIb遺伝子が導入されたマウスを、ヒトFcgRIIb遺伝子に特異的にハイブリダイズするプローブを用いたサザンブロット法およびPCRにより選抜した。ヒトFcgRIIbトランスジェニックマウスから血液および肝臓を採取し、ヒトFcgRIIb遺伝子を特異的に増幅させるプライマーを用い、ヒトFcgRIIb遺伝子の発現をRT-PCR(Reverse Transcription Polymerase Chain Reaction)にて確認した。その結果、ヒトFcgRIIb遺伝子の発現が検出された。また、ヒトFcgRIIbトランスジェニックマウスの血液よりマウスPBMC(Peripheral Blood Mononuclear Cell)を単離し、PBMC中のヒトFcgRIIbの発現をFACS(Fluorescence Activated Cell Sorting)解析により確認した。その結果、ヒトFcgRIIbの発現が検出された。以上のことから、ヒトFcgRIIbを発現するヒトFcgRIIbトランスジェニックマウスが樹立できたことを確認した。
(11−4)ヒトFcgRIIbトランスジェニックマウスを用いた抗原と抗体を同時投与したin vivo試験
(11−3)で作出したヒトFcgRIIbトランスジェニックマウスを用いて、抗原である可溶型ヒトIL-6Rと(11−2)で調製された抗ヒトIL-6R抗体とを同時に投与し、その投与後の血漿中可溶型ヒトIL-6R濃度および抗ヒトIL-6R抗体濃度が評価された。
可溶型ヒトIL-6Rおよび抗ヒトIL-6R抗体の混合溶液(それぞれ5μg/mL、0.1 mg/mL)を尾静脈に10 mL/kgで単回投与した。このとき、可溶型ヒトIL-6Rに対して抗ヒトIL-6R抗体は十分量過剰に存在することから、可溶型ヒトIL-6Rはほぼ全て抗体に結合していると考えられる。投与5分後、1時間後、4時間後、7時間後、1日後、3日後、7日後、14日後、21日後、28日後に血液を採取した。採取した血液は直ちに4℃、15,000 rpmで15分間遠心分離し、血漿を得た。分離した血漿は、測定を実施するまで-20℃以下に設定された冷凍庫に保存した。抗ヒトIL-6R抗体としては、上述のFv4-P587、Fv4-IgG1を使用した。
(11−5)血漿中抗ヒトIL-6R抗体濃度のELISA法による測定
マウス血漿中の抗ヒトIL-6R抗体濃度はELISA法にて測定した。まず抗ヒトIgG(γ鎖特異的)F(ab')2抗体断片(Sigma) をNunc-ImmunoPlate, MaxiSorp (Nalge Nunc International)に分注し、4℃で一晩静置し抗ヒトIgG固相化プレートを調製した。血漿中濃度として0.8、0.4、0.2、0.1、0.05、0.025、0.0125μg/mLの検量線試料と100倍以上希釈したマウス血漿測定試料を調製し、これら検量線試料および血漿測定試料100μLに20 ng/mLの可溶型ヒトIL-6Rを200μL加え、室温で1時間攪拌した。その後抗ヒトIgG固相化プレートに分注しさらに室温で1時間攪拌した。その後ビオチン化抗ヒトIL-6 R抗体(R&D)を室温で1時間反応させ、さらにStreptavidin-PolyHRP80 (Stereospecific Detection Technologies)を室温で1時間反応させ、TMB One Component HRP Microwell Substrate (BioFX Laboratories)を基質として用い発色反応を行い、1N硫酸(Showa Chemical)で反応停止後、マイクロプレートリーダーにて450 nmの吸光度を測定した。マウス血漿中濃度は検量線の吸光度から解析ソフトウェアSOFTmax PRO(Molecular Devices)を用いて算出した。この方法で測定した静脈内投与後のヒトFcgRIIbトランスジェニックマウスにおける血漿中抗体濃度推移を
図33に示した。
(11−5)電気化学発光法による血漿中ヒトIL-6R濃度測定
マウスの血漿中ヒトIL-6R濃度は電気化学発光法にて測定した。血漿中濃度として12.5, 6.25, 3.13, 1.56, 0.781, 0.391, 0.195 ng/mLに調整したヒトIL-6R検量線試料および50倍以上希釈したマウス血漿測定試料を調製し、SULFO-TAG NHS Ester(Meso Scale Discovery)でルテニウム化したMonoclonal Anti-human IL-6R Antibody(R&D)およびBiotinylated Anti-human IL-6 R Antibody (R&D)およびトシリズマブ溶液を混合し37℃で1晩反応させた。その後、0.5%BSA(w/v)を含有したPBS-Tween溶液を用いて5℃で1晩BlockingしたStreptavidin Gold Multi-ARRAY Plate(Meso Scale Discovery)に分注した。さらに室温で2時間反応させ洗浄後、Read Buffer T(×2)(Meso Scale Discovery)を分注し、ただちにSECTOR Imager 2400 (Meso Scale Discovery)で測定を行った。hSIL-6R濃度は検量線のレスポンスから解析ソフトウェアSOFTmax PRO(Molecular Devices)を用いて算出した。この方法で測定した静脈内投与後のヒトFcgRIIbトランスジェニックマウスにおける血漿中可溶型ヒトIL-6R濃度推移を
図34に示した。
(11−6)ヒトFcgRIIb結合増強の効果
Fv4-IgG1とヒトFcgRIIbに対する結合を増強したFv4-P587のin vivo試験の結果を比較した。
図33に示したとおり、両者の抗体血漿中滞留性はほぼ同等であったが、
図34に示すとおり、ヒトFcgRIIbに対する結合を増強したFv4-P587と同時に投与したヒトIL-6Rのほうが、Fv4-IgG1と同時に投与したヒトIL-6Rと比較して、ヒトIL-6Rの消失が速くなっていることが確認された。すなわち、pH依存的にヒトIL-6Rに結合する抗体がヒトFcgRIIb結合能を増強することによって、可溶型ヒトIL-6R濃度を低減できることが見出された。
特定の理論に拘束されるものではないが、この結果から
図35に示したメカニズムに従い、ヒトFcγRIIbを介してFcγRIIbを発現する細胞に取り込まれることによって、当該抗体に結合する血漿中の可溶型抗原が消失していると考察することも可能である。
可溶型ヒトIL-6Rに結合する抗体に結合した可溶型ヒトIL-6Rは、抗体とともにFcRnによって血漿中にリサイクルされるのに対して、pH依存的に可溶型ヒトIL-6Rに結合する抗体であるFv4-IgG1は、エンドソーム内の酸性条件下において抗体に結合した可溶型ヒトIL-6Rを解離する。解離した可溶型ヒトIL-6Rはライソソームによって分解されるため、可溶型ヒトIL-6Rの消失を大幅に加速することが可能となり、さらにpH依存的に可溶型ヒトIL-6Rに結合する抗体であるFv4-IgG1はエンドソーム内でFcRnに結合した後に血漿中にリサイクルされる。リサイクルされた当該抗体は再び可溶型ヒトIL-6Rに結合することができるため、抗原(可溶型ヒトIL-6R)に対する結合とFcRnによる血漿中でのリサイクルが繰り返される。その結果、ひとつの抗体分子が複数回繰り返し可溶型ヒトIL-6Rに結合することが可能となると考えられる。更にpH依存的に抗原に結合するFv4-IgG1のFcgRIIb結合活性を増強することにより、可溶型ヒトIL-6Rに結合する抗体と可溶型ヒトIL-6Rの複合体とがFcgRIIbを介して素早く細胞内に取り込まれることにより、可溶型ヒトIL-6R濃度をより効率的に低減することが可能であると考えられる(
図35)
【0245】
〔実施例12〕ヒトFcgRIIbおよびヒトFcRnトランスジェニックマウスを用いたヒトFcgRIIb結合増強Fc改変体の血中動態の評価
(12−1)試験の概要
WO2013/047752で示されているように、FcγRに対する結合活性が天然型IgGのFc領域の結合活性より高く、pH酸性域の条件下におけるヒトFcRn結合活性が増強された抗原結合分子を用いることで、pH酸性域の条件下におけるヒトFcRn結合活性が増強されていない抗原結合分子と比較して、血漿中滞留性の向上が確認された。一方で、FcγRに対する結合活性が天然型ヒトIgGのFc領域の結合活性より高く、pH酸性域の条件下におけるヒトFcRn結合活性が増強された抗原結合分子のほうが、FcγRに対する結合活性が天然型ヒトIgGのFc領域の結合活性より高く、pH酸性域の条件下におけるヒトFcRn結合活性が増強されていない抗原結合分子と比較して、血漿中の標的抗原濃度が低下していたことも報告されている。そこで、本実施例に記載のヒトFcgRIIbに対する結合を増強させたFc領域改変体を有する抗原結合分子が同様の性質を有するかを検証した。
(12−2)FcγRに対する結合活性が天然型ヒトIgGのFc領域の結合活性より高く、pH酸性域の条件下におけるヒトFcRn結合活性が増強された抗原結合分子の作製
実施例11−2に記載されているFv4-IgG1、Fv4-P587に加えて、抗体H鎖としてFv4-P587のH鎖であるIL6R-P587に対して過去に抗体の血中動態を改善すると報告されている(Nat. Biotechnol. 2010. 28; 157-159)EUナンバリングで表される428位のMetのLeuへの置換と、434位のAsnのSerへの置換からなる改変を導入したIL6R- P587-LS(配列番号:73)と抗体L鎖としてIL6R-L2を有するFv4-P587-LSを参考例1の方法に従い調製した。
(12−3)ヒトFcRnに対する相互作用解析
調製した抗体のヒトFcRnに対する相互作用解析をBiacore T200を用いて以下に記載のセンサーチップCM4 (GE Healthcare) 上にアミンカップリング法でプロテインL (BioVision) を適当量固定化し、そこへ目的の抗体を捕捉させた。次に、FcRn希釈液とランニングバッファー(参照対照溶液として)とをインジェクトし、センサーチップ上に捕捉させた抗体にヒトFcRnを相互作用させた。ランニングバッファーには50 mmol/Lリン酸ナトリウム、150 mmol/L NaCl、0.05% (w/v) Tween20、pH6.0を用い、FcRnの希釈にもランニングバッファーを使用した。チップの再生には10 mmol/Lグリシン-HCl, pH1.5を用いた。測定は全て25℃で実施した。測定で得られたセンサーグラムから、カイネティクスパラメーターである結合速度定数 ka (1/Ms)、および解離速度定数 kd (1/s) を算出し、その値をもとに各抗体のヒトFcRnに対する KD (M) を算出した。各パラメーターの算出にはBiacore T200 Evaluation Software (GE Healthcare)を用いた。この方法で測定したときの、今回調製した抗体のヒトFcRnに対するKD値を表14に示した。表14に示されているように、Fv4-P587-LSはFv4-P587と比較してFcRnに対する結合が酸性条件下で増強していることが確認された。
【表14】
(12−4)ヒトFcgRIIbおよびヒトFcRnトランスジェニックマウスの作出
ヒトFcgRIIb、ヒトFcRnトランスジェニックマウス、およびマウスFcRnノックアウトマウスを、以下の方法により作製した。
まず、マウスFcRnノックアウトマウスを作出した。ノックアウトマウスの作出は「Nagyら(Manipulating the mouse embryo, CSHL press. (2003) 399-506)」に記載される手順に則り実施された。すなわち、マウスFcRn遺伝子を破壊するためのターゲティングベクターを作製し、そのベクターをES細胞(C57BL/6マウス由来)に導入し、相同組み換えによりマウスFcRnの遺伝子を破壊した。樹立したマウスFcRnノックアウトマウスの肝臓からRNAを抽出し、RNAから合成したcDNAを鋳型に、マウスFcRnを特異的に増幅するプライマーを用いてRT-PCRを実施した。その結果、マウスFcRnノックアウトマウスでは、マウスFcRn遺伝子が検出されなかった。次いで、マウスFcRnノックアウトマウスに、ヒトFcgRIIbとヒトFcRn遺伝子を導入したトランスジェニックマウスを作出した。トランスジェニックマウスの作出は「Nagyら(Manipulating the mouse embryo, CSHL press. (2003) 399-506)」および「上田ら(ジーンターゲティングの最新技術, 羊土社. (2000) 190-207)」に記載される手順に則り実施された。すなわち、マウスFcRnノックアウトマウスの受精卵前核に、ヒトFcRn遺伝子(GeneBank #NC_000019.9:50,000,108-50,039,865)およびヒトFcgRIIb遺伝子(GeneBank # NW_004077999:18,307,411-18,381,603)のゲノム領域がクローニングされている大腸菌人工染色体(Bacterial artificial chromosome)を、マイクロインジェクションする事により作出した。得られたマウスのうち、ヒトFcRn遺伝子およびヒトFcgRIIb遺伝子が導入され、かつマウスFcRnノックアウトアレルがホモ接合体化されたマウスを、各遺伝子に特異的にハイブリダイズするプローブを用いたサザンブロット法およびPCRにより選抜した。ヒトFcgRIIb、ヒトFcRnトランスジェニックマウス、およびマウスFcRnノックアウトマウスから血液を採取し、ヒトFcRn遺伝子およびヒトFcgRIIb遺伝子を特異的に増幅させるプライマーを用い、ヒトFcRn遺伝子およびヒトFcgRIIb遺伝子の発現をRT-PCRにて確認した。その結果、ヒトFcRn遺伝子およびヒトFcgRIIb遺伝子の発現が検出された。以上のことから、ヒトFcRnおよびヒトFcgRIIbを発現し、マウスFcRnの発現がない、ヒトFcgRIIb、ヒトFcRnトランスジェニックマウス、およびマウスFcRnノックアウトマウスが、樹立できたことを確認した。
(12−5)pH酸性域の条件下におけるヒトFcRn結合活性を増強することによる薬物動態の改善
ヒトFcgRIIbおよびヒトFcRnトランスジェニックマウスにそれぞれFv4-IgG1、Fv4-P587およびFv4-P587-LSを投与したin vivo試験が実施例11の方法と同様に実施され、当該マウス群の血漿中可溶型IL-6Rおよび血漿中抗ヒトIL-6R抗体濃度が測定された。血漿中抗ヒトIL-6R抗体濃度および血漿中可溶型IL-6Rの測定結果をそれぞれ
図36、
図37に示した。
Fv4-P587のpH酸性域におけるヒトFcRnへの結合活性を増強したFv4-P587-LSが投与されたマウス群において、Fv4-P587が投与されたマウス群に比べて、抗体の血漿中滞留性の向上が確認された。加えて、Fv4-P587-LSはFv4-IgG1よりも血漿中滞留性が向上していた。一方で、Fv4-P587-LSが投与されたマウス群の血漿中可溶型IL-6R濃度はFv4-P587が投与されたマウス群のそれと同等であった。Fv4-P587-LSまたはFv4-P587が投与されたマウス群は、Fv4-IgG1が投与されたマウス群に比べて、血漿中可溶型IL-6R濃度が低下していた。
以上のことから、ヒトFcγRIIbに対する結合活性が天然型ヒトIgGのFc領域の結合活性より高い抗原結合分子のpH酸性域の条件下におけるヒトFcRn結合活性が増強している抗体の投与により、当該投与を受けた生体における投与した抗原結合分子の血漿中滞留性の向上が可能であることが示された。さらに、抗原結合分子が投与された生体の血漿中滞留性が向上しても、当該生体における抗原消失効果は減弱することはなく、むしろ抗原消失効果を持続させることが可能であることが示された。
pH酸性域の条件下におけるヒトFcRn結合活性を増強させるための改変としては、特に限定されず、IgG抗体のEUナンバリングで表される428位のMetをLeuに置換し、434位のAsnをSerに置換する方法(Nat. Biotechnol. (2010) 28, 157-159)、434位のAsnをAlaに置換する方法(Drug Metab. Dispos. (2010) 38 (4) 600-605)、252位のMetをTyrに置換し、254位のSerをThrに置換し、256位のThrをGluに置換する方法(J. Biol. Chem. (2006) 281, 23514-23524)、250位のThrをGlnに置換し、428位のMetをLeuに置換する方法(J. Immunol. (2006) 176 (1), 346-356)、434位のAsnをHisに置換する方法(Clin. Pharmcol. Ther. (2011) 89 (2) 283-290)、ならびにWO2010/106180、WO2010/045193、WO2009/058492、 WO2008/022152、WO2006/050166、WO2006/053301、WO2006/031370、WO2005/123780、WO2005/047327、WO2005/037867、WO2004/035752、WO2002/060919などにおいて記載されるような改変も用いられる。
【0246】
〔参考例1〕抗体の発現ベクターの作製および抗体の発現と精製
抗体の可変領域のH鎖およびL鎖の塩基配列をコードする全長の遺伝子の合成は、Assemble PCR等を用いて、当業者公知の方法で作製した。アミノ酸置換の導入はPCR等を用いて当業者公知の方法で行った。得られたプラスミド断片を動物細胞発現ベクターに挿入し、H鎖発現ベクターおよびL鎖発現ベクターを作製した。得られた発現ベクターの塩基配列は当業者公知の方法で決定した。作製したプラスミドをヒト胎児腎癌細胞由来HEK293H株(Invitrogen社)、またはFreeStyle293細胞(Invitrogen社)に、一過性に導入し、抗体の発現を行った。得られた培養上清を回収した後、0.22μmフィルターMILLEX(R)-GV(Millipore)、または0.45μmフィルターMILLEX(R)-GV(Millipore)を通して培養上清を得た。得られた培養上清から、rProtein A Sepharose Fast Flow(GEヘルスケア)またはProtein G Sepharose 4 Fast Flow(GEヘルスケア)を用いて当業者公知の方法で、抗体を精製した。精製抗体濃度は、分光光度計を用いて280 nmでの吸光度を測定し、得られた値からPACE等の方法により算出された吸光係数を用いて抗体濃度を算出した(Protein Science 1995 ; 4 : 2411-2423)。
【0247】
〔参考例2〕FcγRの調製方法および改変抗体とFcγRとの相互作用解析方法
FcγRの細胞外ドメインを以下の方法で調製した。まずFcγRの細胞外ドメインの遺伝子の合成を当業者公知の方法で実施した。その際、各FcγRの配列はNCBIに登録されている情報に基づき作製した。具体的には、FcγRIについてはNCBIのアクセッション番号NM_000566.3の配列、FcγRIIaについてはNCBIのアクセッション番号NM_001136219.1の配列、FcγRIIbについてはNCBIのアクセッション番号NM_004001.3の配列、FcγRIIIaについてはNCBIのアクセッション番号NM_001127593.1の配列、FcγRIIIbについてはNCBIのアクセッション番号NM_000570.3の配列に基づいて作製し、C末端にHisタグを付加した。またFcγRIIa、FcγRIIIa、FcγRIIIbについては多型が知られているが、多型部位についてはFcγRIIaについてはJ. Exp. Med., 1990, 172: 19-25、FcγRIIIaについてはJ. Clin. Invest., 1997, 100 (5): 1059-1070, FcγRIIIbについてはJ. Clin. Invest., 1989, 84, 1688-1691を参考にして作製した。
【0248】
得られた遺伝子断片を動物細胞発現ベクターに挿入し、発現ベクターを作製した。作製した発現ベクターをヒト胎児腎癌細胞由来FreeStyle293細胞(Invitrogen社)に、一過性に導入し、目的タンパク質を発現させた。なお、結晶構造解析用に用いたFcγRIIbについては、終濃度10 μg/mLのKifunesine存在下で目的タンパク質を発現させ、FcγRIIbに付加される糖鎖が高マンノース型になるようにした。培養し、得られた培養上清を回収した後、0.22μmフィルターを通して培養上清を得た。得られた培養上清は原則として次の4ステップで精製した。第1ステップは陽イオン交換カラムクロマトグラフィー(SP Sepharose FF)、第2ステップはHisタグに対するアフィニティカラムクロマトグラフィー(HisTrap HP)、第3ステップはゲルろ過カラムクロマトグラフィー(Superdex200)、第4ステップは無菌ろ過、を実施した。ただし、FcγRIについては、第1ステップにQ sepharose FFを用いた陰イオン交換カラムクロマトグラフィーを実施した。精製したタンパク質については分光光度計を用いて280 nmでの吸光度を測定し、得られた値からPACE等の方法により算出された吸光係数を用いて精製タンパク質の濃度を算出した(Protein Science 1995 ; 4 : 2411-2423)。
【0249】
Biacore T100(GEヘルスケア)、Biacore T200(GEヘルスケア)、Biacore A100、Biacore 4000を用いて、各改変抗体と上記で調製したFcγレセプターとの相互作用解析を行った。ランニングバッファーにはHBS-EP+(GEヘルスケア)を用い、測定温度は25℃とした。Series S Sensor Chip CM5(GEヘルスケア)またはSeries S sensor Chip CM4(GEヘルスケア)に、アミンカップリング法により抗原ペプチド、ProteinA(Thermo Scientific)、Protein A/G(Thermo Scientific)、Protein L(ACTIGENまたはBioVision)を固定化したチップ、あるいはSeries S Sensor Chip SA(certified)(GEヘルスケア)に対して予めビオチン化しておいた抗原ペプチドを相互作用させ、固定化したチップを用いた。
【0250】
これらのセンサーチップに目的の抗体をキャプチャーさせ、ランニングバッファーで希釈したFcγレセプターを相互作用させ、抗体に対する結合量を測定し、抗体間で比較した。ただし、Fcγレセプターの結合量はキャプチャーした抗体の量に依存するため、各抗体のキャプチャー量でFcγレセプターの結合量を除した補正値で比較した。また、10 mM glycine-HCl、pH1.5を反応させることで、センサーチップにキャプチャーした抗体を洗浄し、センサーチップを再生して繰り返し用いた。
【0251】
また、各改変抗体のFcγRに対するKD値を算出するため速度論的な解析は以下の方法にしたがって実施した。まず、上記のセンサーチップに目的の抗体をキャプチャーさせ、ランニングバッファーで希釈したFcγレセプターを相互作用させ、得られたセンサーグラムに対してBiacore Evaluation Softwareにより測定結果を1:1 Langmuir binding modelでglobal fittingさせることで結合速度定数ka (L/mol/s)、解離速度定数kd(1/s)を算出し、その値から解離定数KD (mol/L) を算出した。
【0252】
また、各改変抗体とFcγRとの相互作用が微弱で、上記の速度論的な解析では正しく解析できないと判断された場合、その相互作用についてはBiacore T100 Software Handbook BR1006-48 Edition AEに記載の以下の1:1結合モデル式を利用してKDを算出した。
1:1 binding modelで相互作用する分子のBiacore上での挙動は以下の式1によって表わすことができる。
〔式1〕
R
eq:a plot of steady state binding levels against analyte concentration
C: concentration
RI:bulk refractive index contribution in the sample
R
max:analyte binding capacity of the surface
この式を変形すると、KDは以下の式2のように表わすことができる。
〔式2〕
この式にR
max、RI、Cの値を代入することで、KDを算出することが可能である。RI、Cについては測定結果のセンサーグラム、測定条件から値を求めることができる。R
maxの算出については、以下の方法にしたがった。その測定回に同時に評価した比較対象となる相互作用が十分強い抗体について、上記の1:1 Langmuir binding modelでglobal fittingさせた際に得られたR
maxの値を、比較対象となる抗体のセンサーチップへのキャプチャー量で除し、評価したい改変抗体のキャプチャー量で乗じて得られた値をR
maxとした。
【0253】
〔参考例3〕Fc改変体のFcγRに対する結合の網羅的解析
IgG1と比較して、活性型FcγR、特にFcγRIIaのH型およびR型のいずれの遺伝子多型に対してもFcを介した結合が減少し、かつFcγRIIbに対する結合が増強した抗体を作製するために、IgG1抗体に変異を導入し、各FcγRに対する結合の網羅的解析を実施した。
【0254】
抗体H鎖には、WO2009/041062に開示されている血漿中動態が改善した抗グリピカン3抗体であるGpH7のCDRを含むグリピカン3抗体の可変領域(配列番号:15)を使用した。同様に、抗体L鎖には WO2009/041062に開示される血漿中動態が改善したグリピカン3抗体のGpL16-k0(配列番号:16)を共通に使用した。また、抗体H鎖定常領域として、IgG1のC末端のGlyおよびLysを除去したG1dに、K439Eの変異を導入したB3を利用した。このH鎖をGpH7-B3(配列番号:17)、L鎖をGpL16-k0(配列番号:16)と呼ぶ。
【0255】
GpH7-B3に対して、FcγRの結合に関与すると考えられるアミノ酸とその周辺のアミノ酸(EUナンバリングで234番目から239番目、265番目から271番目、295番目、296番目、298番目、300番目、324番目から337番目)を元のアミノ酸とCysを除く18種類のアミノ酸にそれぞれ置換した。これらのFc変異体をB3 variantと呼ぶ。B3 variantを参考例1の方法により発現、精製し、参考例2の方法により各FcγR(FcγRIa、FcγRIIa H型、FcγRIIa R型、FcγRIIb、FcγRIIIa)に対する結合を網羅的に評価した。
それぞれのFcγRとの相互作用解析結果について、以下の方法に従って図を作製した。各B3 variantに由来する抗体のFcγRに対する結合量の値を、B3に変異を導入していない比較対象となる抗体(EUナンバリングで234番目から239番目、265番目から271番目、295番目、296番目、298番目、300番目、324番目から337番目がヒト天然型IgG1の配列を有する抗体)のFcγRに対する結合量の値で割った。その値を更に100倍した値を、各変異体のFcγRに対する相対的な結合活性の指標とした。横軸に各変異体のFcγRIIbに対する相対的な結合活性の値、縦軸に各変異体の活性型FcγRであるFcγRIa、FcγRIIa H型、FcγRIIa R型、FcγRIIIaに対する相対的な結合活性の値をそれぞれ表示した(
図1、2、3、4)。
その結果、
図1〜4にラベルで表示したように、全改変のうち、mutation A(EUナンバリングで238番目のProをAspに置換する改変)という変異およびmutation B(EUナンバリングで328番目のLeuをGluに置換する改変)という変異のみが導入すると、導入前に比べて、FcγRIIbに対する結合を顕著に増強し、FcγRIIaの両タイプに対する結合を顕著に抑制する効果があることを見出した。
【0256】
〔参考例4〕FcγRIIb選択的結合改変体のSPR解析
実施例1で見出したEUナンバリング238番目のProをAspに置換した改変について各FcγRに対する結合をより詳細に解析した。
【0257】
抗体H鎖可変領域としてWO2009/125825に開示されているヒトインターロイキン6レセプターに対する抗体の可変領域であるIL6R-Hの可変領域(配列番号:18)を、抗体H鎖定常領域としてヒトIgG1のC末端のGlyおよびLysを除去したG1dを有するIL6R-G1d(配列番号:19)をIgG1のH鎖として用いた。IL6R-G1dのEUナンバリング238番目のProをAspに置換したIL6R-G1d-v1(配列番号:20)を作製した。次に、IL6R-G1dのEUナンバリング328番目のLeuをGluに置換したIL6R-G1d-v2を作製した。また、比較のため非特許文献28に記載されているIL6R-G1dのEUナンバリング267番目のSerをGluに置換し、EUナンバリング328番目のLeuをPheに置換したIL6R-G1d-v3を作製した。抗体L鎖としてはtocilizumabのL鎖であるIL6R-L(配列番号:21)を共通に用い、それぞれのH鎖と共に参考例1の方法に従い、抗体を発現、精製させた。ここで得られた抗体H鎖としてIL6R-G1d、IL6R-G1d-v1、IL6R-G1d-v2、IL6R-G1d-v3に由来するアミノ酸配列を有する抗体をそれぞれIgG1、IgG1-v1、IgG1-v2、IgG1-v3と呼ぶ。
【0258】
次に、これらの抗体とFcγRとの相互作用の速度論的な解析をBiacore T100(GE Healthcare)を用いて実施した。ランニングバッファーにはHBS-EP+(GE Healthcare)を用い、測定温度は25℃とした。Series S Sensor Chip CM5(GE Healthcare)に対してアミンカップリング法によりProtein Aを固定化したチップを用いた。このチップへ目的の抗体をキャプチャーさせ、ランニングバッファーで希釈した各FcγRを相互作用させ、抗体に対する結合を測定した。測定後は10 mM glycine-HCl、pH1.5を反応させることで、チップにキャプチャーした抗体を洗浄し、チップを再生して繰り返し用いた。Biacore Evaluation Softwareにより測定結果として得られたセンサーグラムを1:1 Langmuir binding modelで解析することで結合速度定数ka (L/mol/s)、解離速度定数kd(1/s)を算出し、その値から解離定数KD (mol/L) を算出した。
【0259】
今回、IgG1-v1とIgG1-v2のFcγRIIa H型とFcγRIIIaに対する結合は微弱なため、上記の解析法ではKD等の速度論的パラメターを算出できなかった。これらの相互作用については、Biacore T100 Software Handbook BR1006-48 Edition AEに記載の以下の1:1結合モデル式を利用してKDを算出した。
1:1結合モデルで相互作用する分子のBiacore上での挙動は以下の式1によって表わすことができる。
【0260】
〔式1〕
R
eq:a plot of steady state binding levels against analyte concentration
C: concentration
RI:bulk refractive index contribution in the sample
R
max:analyte binding capacity of the surface
この式を変形すると、KDは以下の式2のように表わすことができる。
〔式2〕
【0261】
この式にR
max、RI、Cの値を代入することで、KDを算出することが可能である。今回の測定条件からはRI=0、C=2 μmol/Lとすることができる。また、R
maxには各FcγRに対するIgG1の相互作用解析結果として得られたセンサーグラムに対して1:1 Langmuir binding modelでglobal fittingさせた際に得られたR
maxの値をIgG1のキャプチャー量で除し、IgG1-v1、IgG1-v2のキャプチャー量で乗じて得られた値とした。これはIgG1に変異を導入したいずれの改変体においても、IgG1と比較して各FcγRが結合できる限界量には変化がなく、測定時のR
maxはその測定時にチップ上に結合している抗体の量に比例するという仮定に基づいた計算である。R
eqは測定時に観察された各FcγRのセンサーチップ上の各改変体に対する結合量とした。
【0262】
今回の測定条件では、FcγRIIa H型に対するIgG1-v1、IgG1-v2の結合量(R
eq)はそれぞれ約2.5、10 RU、FcγRIIIaに対するIgG1-v1、IgG1-v2の結合量(R
eq)はそれぞれ約2.5、5 RUであった。FcγRIIa H型に対する相互作用解析時のIgG1、IgG1-v1、IgG1-v2のキャプチャー量は452、469.2、444.2 RUであり、FcγRIIIaに対する相互作用解析時のIgG1、IgG1-v1、IgG1-v2のキャプチャー量は454.5、470.8、447.1 RUであった。また、FcγRIIa H型、FcγRIIIaに対するIgG1の相互作用解析結果として得られたセンサーグラムに対して1:1 Langmuir binding modelでglobal fittingさせた際に得られたR
maxはそれぞれ69.8、63.8 RUであった。これらの値を使うと、FcγRIIa H型に対するIgG1-v1、IgG1-v2のR
maxはそれぞれ72.5、68.6 RU、FcγRIIIaに対するIgG1-v1、IgG1-v2のR
maxはそれぞれ66.0、62.7 RUと算出された。これらの値を
〔式2〕
の式に代入して、IgG1-v1、IgG1-v2のFcγRIIa H型およびFcγRIIIaに対するKDを算出した。
【0263】
IgG1、IgG1-v1、IgG1-v2、IgG1-v3の各FcγRに対するKD値を表1(各抗体の各FcγRに対するKD値)に、またIgG1の各FcγRに対するKD値をIgG1-v1、IgG1-v2、IgG1-v3の各FcγRに対するKD値で割ったIgG1-v1、IgG1-v2、IgG1-v3の相対的なKD値を表2(各抗体の各FcγRに対する相対的なKD値)に示した。
【0264】
【表15】
【0265】
上記表15中、*はFcγRのIgGに対する結合が十分に観察されなかったため、
〔式2〕
の式を利用して算出したKDを意味する。
【0266】
【表16】
【0267】
表16から、IgG1と比べてIgG1-v1はFcγRIaに対して結合活性が0.047倍に低下し、FcγR IIaのR型に対しては0.10倍に低下し、FcγRIIa H型に対して結合活性が0.014倍に低下し、FcγRIIIaに対しては結合活性が0.061倍に低下していた。一方で、FcγRIIbに対しては結合活性が4.8倍向上していた。
【0268】
また、表16からIgG1と比べてIgG1-v2はFcγRIaに対して結合活性が0.74倍に低下し、FcγR IIaのR型に対しては0.41倍に低下し、FcγRIIa H型に対して結合活性が0.064倍に低下し、FcγRIIIaに対する結合活性は0.14倍に低下していた。一方で、FcγRIIbに対しては結合活性が2.3倍向上していた。
【0269】
すなわち、この結果から、EUナンバリング238番目のProをAspに置換した改変を有するIgG1-v1およびEUナンバリング328番目のLeuをGluに置換した改変を含むIgG1-v2は、FcγRIIaの両遺伝子多型を含む活性型の全FcγRに対する結合を減弱させる一方で、抑制型FcγRであるFcγRIIbに対する結合を上昇させる性質があることが明らかとなった。
【0270】
次に、FcγRIIbに対する結合活性とFcγRIIa R型又はH型に対する結合活性の比率を指標にして、得られた改変体のFcγRIIbに対する選択性を評価した。具体的には、FcγRIIa R型又はH型に対するKD値をFcγRIIbに対するKD値で割った値であるI/A (R)又はI/A (H)を各FcγRIIaに対するFcγRIIbの選択性の指標として用いた。この指標はFcγRIIbに対するKD値が小さくなるほど、あるいはFcγRIIaに対するKD値が大きくなるほど大きな値を示す。すなわち、より大きな値を示す改変体の方がFcγRIIaと比較したFcγRIIbに対する相対的な結合活性が向上していることを示す。各改変体について、この指標を表17にまとめた。
【0271】
【表17】
【0272】
表17の結果から、IgG1と比較して既存技術を適用したIgG1-v3はI/A (H)についてはIgG1よりも大きな値を示し、FcγRIIbに対してより選択的であるが、I/A (R)についてはIgG1よりも小さな値を示し、FcγRIIbに対する選択性は改善していた。一方で、本実施例で見出したIgG1-v1とIgG1-v2はI/A (R)およびI/A (H)のいずれもIgG1より大きな値を示しており、FcγRIIbに対する選択性がFcγRIIaのいずれの遺伝子多型に対しても改善していた。
このような性質を持つ改変はこれまでに報告が無く、実際に
図18、19、20、21に示すように極めて希有である。EUナンバリング238番目のProをAspに置換した改変やEUナンバリング328番目のLeuをGluに置換した改変は免疫炎症性疾患等の治療薬の開発に極めて有用である。
【0273】
また、表2から非特許文献28に記載されているIgG1-v3は確かにFcγRIIbに対する結合を408倍増強し、FcγRIIa H型に対する結合は0.51倍に減少しているが、その一方でFcγRIIa R型に対する結合を522倍増強している。この結果から、IgG1-v1およびIgG1-v2はFcγRIIa R型およびH型の両方に対する結合を抑制し、かつFcγRIIbに対する結合を増強することから、IgG1-v3と比べてFcγRIIbに対してより選択的に結合する改変体であると考えられる。すなわち、EUナンバリング238番目のProをAspに置換した改変やEUナンバリング328番目のLeuをGluに置換した改変は免疫炎症性疾患等の治療薬の開発に極めて有用である。
【0274】
〔参考例5〕FcγRIIb選択的結合改変と他のFc領域のアミノ酸置換の組み合わせによる効果
参考例3および参考例4で見出したFcγRIIbに対する選択性が向上されたEUナンバリング238番目のProをAspに置換した改変体を元にしてFcγRIIbに対する選択性を更に増強することを試みた。
まず、IL6R-G1dにEUナンバリング238番目のProをAspに置換した改変を導入したIL6R-G1d_v1(配列番号:20)に対して、参考例4に記載したFcγRIIbに対する選択性を増強するEUナンバリング328番目のLeuのGluへの置換を導入した改変体IL6R-G1d-v4を作製し、IL6R-L (配列番号:21)と合わせて、参考例1の方法にしたがって調製した。ここで得られた抗体H鎖としてIL6R-G1d-v4に由来するアミノ酸配列を有する抗体をIgG1-v4とする。IgG1、IgG1-v1、IgG1-v2、IgG1-v4のFcγRIIbに対する結合活性を参考例2の方法にしたがって評価し、その結果を表18に示した。
【0275】
【表18】
【0276】
表18の結果から、L328EはFcγRIIbに対する結合活性をIgG1と比べて2.3倍向上することから、同じくFcγRIIbに対する結合活性をIgG1と比べて4.8倍向上するP238Dと組み合わせると、FcγRIIbに対する結合活性の向上の程度が更に増すことが期待されたが、実際にはそれらの改変を組み合わせた改変体のFcγRIIbに対する結合活性はIgG1と比べて0.47倍に低下してしまうことが明らかとなった。この結果はそれぞれの改変の効果からは予測できない効果である。
【0277】
同様にして、IL6R-G1dにEUナンバリング238番目のProをAspに置換した改変を導入したIL6R-G1d-v1(配列番号:20)に対して、参考例4に記載したFcγRIIbに対する結合活性を向上するEUナンバリング267番目のSerのGluへの置換およびEUナンバリング328番目のLeuのPheへの置換を導入した改変体IL6R-G1d-v5を参考例1の方法にしたがって調製した。ここで得られた抗体H鎖としてIL6R-G1d-v5に由来するアミノ酸配列を有する抗体をIgG1-v5とする。IgG1、IgG1-v1、IgG1-v3、IgG1-v5のFcγRIIbに対する結合活性を参考例2の方法にしたがって評価し、その結果を表19に示した。
P238D改変体に対して、参考例4でFcγRIIbに対する増強効果のあったS267E/L328Fを導入して、改変導入前後でのFcγRIIbに対する結合活性を評価し、その結果を表19に示した。
【0278】
【表19】
【0279】
表19の結果から、S267E/L328FはFcγRIIbに対する結合活性をIgG1と比べて408倍向上することから、同じくFcγRIIbに対する結合活性をIgG1と比べて4.8倍向上するP238Dと組み合わせると、FcγRIIbに対する結合活性の向上の程度が更に増すことが期待されたが、実際には先の例と同様に、それらの改変を組み合わせた改変体のFcγRIIbに対する結合活性はIgG1と比べて12倍程度しか向上していないことが明らかとなった。この結果もそれぞれの改変の効果からは予測できない効果である。
【0280】
これらの結果から、EUナンバリング238番目のProのAspへの置換はそれ単独ではFcγRIIbに対する結合活性を向上させるものの、その他のFcγRIIbに対する結合活性向上改変と組み合わせた場合には、その効果を発揮しないことが明らかとなった。この一つの要因としてFcとFcγRとの相互作用界面の構造がEUナンバリング238番目のProのAspへの置換を導入することによって変化してしまい、天然型抗体において観察された改変の効果を反映しなくなってしまったことが考えられる。このことから、EUナンバリング238番目のProのAspへの置換を含むFcを鋳型にして、更にFcγRIIbに対する選択性に優れたFcを創出することは、天然型抗体で得られた改変の効果の情報を活用することができず、極めて困難であると考えられた。
【0281】
〔参考例6〕P238D 改変に加えてhinge部分の改変を導入した改変体のFcγRIIbに対する結合の網羅的解析
参考例5で示したように、ヒト天然型IgG1に対してEUナンバリング238番目のProをAspに置換したFcに対し、さらにFcγRIIbへの結合を上げると予測される他の改変を組み合わせても、期待される組み合わせ効果は得られなかった。そこで、EUナンバリング238番目のProをAspに置換したFc改変体を元にして、そのFcに対して改変を網羅的に導入することにより、さらにFcγRIIbへの結合を増強する改変体を見出す検討を実施した。抗体H鎖としては、IL6R-G1d(配列番号:19)に対し、EUナンバリング252番目のMetをTyrに置換する改変、EUナンバリング434番目のAsnをTyrに置換する改変を導入したIL6R-F11(配列番号:22)を作製し、これに対してさらにEUナンバリング238番目のProをAspに置換する改変を導入したIL6R-F652を作製した。IL6R-F652に対し、EUナンバリング238番目の残基の近傍の領域(EUナンバリング234番目から237番目、239番目)を元のアミノ酸とシステインを除く18種類のアミノ酸にそれぞれ置換した抗体H鎖配列を含む発現プラスミドをそれぞれ用意した。抗体L鎖にはIL6R-L(配列番号:21)を共通して用いた。これらの改変体を参考例1の方法により発現、精製し、発現させた。これらのFc変異体をPD variantと呼ぶ。参考例2の方法により各PD variantのFcγRIIa R型およびFcγRIIbに対する相互作用を網羅的に評価した。
【0282】
それぞれのFcγRとの相互作用解析結果について、以下の方法に従って図を作成した。各PD variantの各FcγRに対する結合量の値を、コントロールとした改変導入前の抗体(EUナンバリング238番目のProをAspに置換した改変であるIL6R-F652/IL6R-L)の各FcγRに対する結合量の値で割り、さらに100倍した値を各PD variantの各FcγRに対する相対的な結合活性の値とした。横軸に各PD variantのFcγRIIbに対する相対的な結合活性の値、縦軸に各PD variantのFcγRIIa R型に対する相対的な結合活性の値をそれぞれ表示した(
図22)。
【0283】
その結果、11種類の改変が、改変導入前の抗体と比較してFcγRIIbに対する結合を増強し、FcγRIIa R型に対する結合を維持または増強する効果があることを見出した。これらの11種類の改変体のFcγRIIbおよびFcγRIIa Rに対する結合活性をまとめた結果を表20に示す。なお、表中の改変とはIL6R-F11(配列番号:22)に対して導入した改変を表す。
【0284】
【表20】
【0285】
この11種類の改変をP238Dが導入された改変体に対して、さらに追加で導入した場合の相対的なFcγRIIbに対する結合活性の値、参考例3においてこれらの改変をP238Dを含まないFcに導入した際の相対的なFcγRIIbに対する結合活性の値を
図23に示した。これら11種類の改変は、P238D改変に更に導入すると、導入前に比べてFcγRIIbに対する結合量を増強していたが、G237F, G237W, S239Dを除く8種類の改変ではそれとは反対に参考例3で用いたP238Dを含まない改変体(GpH7-B3/GpL16-k0)に導入した場合にはFcγRIIbへの結合を下げる効果を示していた。
参考例5とこの結果から、天然型IgG1に対して導入した改変の効果からP238D改変をFcに含む改変体に対して同改変を導入したときの効果を予測するのは困難であることが明らかとなった。また言いかえれば今回見出した8種類の改変は、本検討を行わなければ見出すことが不可能な改変である。
【0286】
表20に示した改変体のFcγRIa, FcγRIIaR, FcγRIIaH, FcγRIIb, FcγRIIIaVに対するKD値を参考例2の方法で測定した結果を表21にまとめた。なお、表中の改変とはIL6R-F11(配列番号:22)に対して導入した改変を表す。ただし、IL6R-F11を作製する際の鋳型としたIL6R-G1d/IL6R-Lについては、*として示した。また、表中のKD(IIaR)/KD(IIb)およびKD(IIaH)/KD(IIb)はそれぞれ、各改変体のFcγRIIaRに対するKD値を各改変体のFcγRIIbに対するKD値で割った値、各改変体のFcγRIIaHに対するKD値を各改変体のFcγRIIbに対するKD値で割った値を示す。親ポリペプチドのKD(IIb)/改変ポリペプチドのKD(IIb)は、親ポリペプチドのFcγRIIbに対するKD値を各改変体のFcγRIIbに対するKD値で割った値を指す。これらに加えて、各改変体のFcγRIIaRおよびFcγRIIaHに対する結合活性のうち強い方のKD値/親ポリペプチドのFcγRIIaRおよびFcγRIIaHに対する結合活性のうち強い方のKD値を表21に示した。ここで親ポリペプチドとは、IL6R-F11(配列番号:22)をH鎖に持つ改変体のことを指す。なお、表21中灰色で塗りつぶしたセルは、FcγRのIgGに対する結合が微弱であり、速度論的な解析では正しく解析できないと判断されたため、参考例2に記載の
〔式2〕
の式を利用して算出した値である。
【0287】
表21から、いずれの改変体もIL6R-F11と比較してFcγRIIbに対する親和性が向上し、その向上の幅は1.9倍から5.0倍であった。各改変体のFcγRIIaRに対するKD値/各改変体のFcγRIIbに対するKD値の比、および各改変体のFcγRIIaHに対するKD値/各改変体のFcγRIIbに対するKD値の比は、FcγRIIaRおよびFcγRIIaHに対する結合活性に対する相対的なFcγRIIbに対する結合活性を表す。つまり、この値は各改変体のFcγRIIbへの結合選択性の高さを示した値であり、この値が大きければ大きいほどFcγRIIbに対して結合選択性が高い。親ポリペプチドであるIL6R-F11/IL6R-LのFcγRIIaRに対するKD値/FcγRIIbに対するKD値の比、およびFcγRIIaHに対するKD値/FcγRIIbに対するKD値の比はいずれも0.7であるため、表21のいずれの改変体も親ポリペプチドよりもFcγRIIbへの結合選択性が向上していた。改変体のFcγRIIaRおよびFcγRIIaHに対する結合活性のうち強い方のKD値/親ポリペプチドのFcγRIIaRおよびFcγRIIaHに対する結合活性のうち強い方のKD値が1以上であるとは、その改変体のFcγRIIaRおよびFcγRIIaHに対する結合活性のうち強い方の結合が親ポリペプチドのFcγRIIaRおよびFcγRIIaHに対する結合活性のうち強い方の結合と同等であるか、より低減していることを意味する。今回得られた改変体ではこの値が0.7から5.0であったため、今回得られた改変体のFcγRIIaRおよびFcγRIIaHに対する結合活性のうち強い方の結合は親ポリペプチドのそれと比較してほぼ同等か、それよりも低減していたと言える。これらの結果から、今回得られた改変体では親ポリペプチドと比べて、FcγRIIa R型およびH型への結合活性を維持または低減しつつ、FcγRIIbへの結合活性を増強しており、FcγRIIbへの選択性を向上させていることが明らかとなった。また、FcγRIaおよびFcγRIIIaVに対しては、いずれの改変体もIL6R-F11と比較して親和性が低下していた。
【0288】
【表21】
【0289】
〔参考例7〕P238Dを含むFcとFcγRIIb細胞外領域との複合体のX線結晶構造解析
先の参考例5に示した通り、P238Dを含むFcに対して、FcγRIIbとの結合活性を向上する、あるいはFcγRIIbへの選択性を向上させる改変を導入しても、FcγRIIbに対する結合活性が減弱してしまうことが明らかとなり、この原因としてFcとFcγRIIbとの相互作用界面の構造がP238Dを導入することで変化してしまっていることが考えられた。そこで、この現象の原因を追及するためP238Dの変異をもつIgG1のFc(以下、Fc(P238D))とFcγRIIb細胞外領域との複合体の立体構造をX線結晶構造解析により明らかにし、天然型 IgG1のFc (以下、Fc(WT)) とFcγRIIb細胞外領域との複合体と立体構造ならびに結合様式を比較することとした。なお、FcとFcγR細胞外領域との複合体の立体構造については、すでに複数の報告があり、Fc(WT) / FcγRIIIb細胞外領域複合体(Nature, 2000, 400, 267-273; J.Biol.Chem. 2011, 276, 16469-16477)、Fc(WT) / FcγRIIIa細胞外領域複合体(Proc.Natl.Acad.Sci.USA, 2011, 108, 12669-126674)、Fc(WT) / FcγRIIa細胞外領域複合体(J. Imunol. 2011, 187, 3208-3217)の立体構造が解析されている。これまでにFc(WT) / FcγRIIb細胞外領域複合体の立体構造は解析されていないが、Fc(WT)との複合体の立体構造が既知であるFcγRIIaとFcγRIIbでは細胞外領域においてアミノ酸配列の93%が一致し、非常に高い相同性を有していることから、Fc (WT) / FcγRIIb細胞外領域複合体の立体構造はFc(WT) / FcγRIIa細胞外領域複合体の結晶構造からモデリングにより推定した。
【0290】
Fc(P238D) / FcγRIIb細胞外領域複合体についてはX線結晶構造解析により分解能2.6Åで立体構造を決定した。その解析結果の構造を
図24に示す。2つのFc CH2ドメインの間にFcγRIIb細胞外領域が挟まれるように結合しており、これまで解析されたFc(WT)とFcγRIIIa、FcγRIIIb、FcγRIIaの各細胞外領域との複合体の立体構造と類似している。
次に詳細な比較のため、Fc(P238D) / FcγRIIb細胞外領域複合体の結晶構造とFc(WT) / FcγRIIb細胞外領域複合体のモデル構造とを、FcγRIIb細胞外領域ならびにFc CH2ドメインAに対しCα原子間距離をもとにした最小二乗法により重ね合わせた(
図25)。その際、Fc CH2ドメインB同士の重なりの程度は良好でなく、この部分に立体構造的な違いがあることが明らかとなった。さらにFc(P238D) / FcγRIIb細胞外領域複合体の結晶構造ならびにFc(WT) / FcγRIIb細胞外領域複合体のモデル構造を使い、FcγRIIb細胞外領域とFc CH2ドメインBとの間でその距離が3.7Å以下の原子ペアを抽出し比較することで、FcγRIIbとFc CH2ドメインBとの間の原子間相互作用の違いをFc(WT)とFc(P238D)とで比較した。表22に示すとおり、Fc(P238D)とFc(WT)では、Fc CH2ドメインBとFcγRIIbとの間の原子間相互作用は一致していない。
【0291】
【表22】
【0292】
さらにFc(P238D) / FcγRIIb細胞外領域複合体のX線結晶構造とFc(WT) / FcγRIIb細胞外領域複合体のモデル構造について、Fc CH2ドメインAならびにFc CH2ドメインB単独同士でCα原子間距離をもとにした最小二乗法により重ね合わせをおこない、P238D付近の詳細構造を比較した。Fc(P238D)とFc(WT)では変異導入位置であるEUナンバリング238番目のアミノ酸残基の位置が変化し、それにともないヒンジ領域から続くこの近辺のループ構造がFc(P238D)とFc(WT)では変化していることがわかる(
図26)。もともとFc(WT)においてはEUナンバリング238番目のProは蛋白の内側にあり、周囲の残基と疎水性コアを形成しているが、これが電荷をもち非常に親水的なAspに変化した場合、そのまま疎水性コアにいることは脱溶媒和の点でエネルギー的に不利となってしまう。そこでFc(P238D)ではこのエネルギー的な不利を解消するため、EUナンバリング238番目のアミノ酸残基が溶媒側を向く形に変化しており、それがこの付近のループ構造の変化をもたらしたと考えられる。さらに、このループはS-S結合で架橋されたヒンジ領域から続いていることから、その構造変化が局所的な変化にとどまらず、Fc CH2ドメインAとドメインBの相対的な配置にも影響し、結果、FcγRIIbとFc CH2ドメインBとの間の原子間相互作用に違いをもたらしたと推察される。このためP238D改変を既に有するFcに、天然型IgGにおいてFcγRIIbに対する選択性、結合活性を向上させる改変を組み合わせても予測される効果が得られなかったと考えられる。
【0293】
また、P238Dの導入による構造変化の結果、Fc CH2ドメインAにおいては、隣のEUナンバリング237番目のGlyの主鎖とFcγRIIbの160番目のTyrとの間に水素結合が認められる(
図27)。このTyr160に相当する残基はFcγRIIaではPheであり、FcγRIIaとの結合の場合ではこの水素結合は形成されない。160番目のアミノ酸は、Fcとの相互作用界面におけるFcγRIIaとFcγRIIbの間の数少ない違いの一つであることをあわせると、FcγRIIbに特有となるこの水素結合の有無が、Fc(P238D)のFcγRIIbに対する結合活性の向上と、FcγRIIaに対する結合活性の低減を招き、選択性向上の原因になったと推測される。また、Fc CH2ドメインBについてはEUナンバリング270番目のAspとFcγRIIbの131番目のArgとの間に静電的な相互作用が認められる(
図28)。FcγRIIaのアロタイプの一つFcγRIIa H型では、対応する残基がHisとなっており、この静電相互作用を形成できない。このことからFcγRIIa R型と比較してFcγRIIa H型ではFc(P238D)に対する結合活性が低減している理由が説明できる。このようなX線結晶構造解析の結果に基づく考察から、P238Dの導入によるその付近のループ構造の変化とそれに伴うドメイン配置の相対的な変化が天然型IgGにはない新たな相互作用を形成し、P238D改変体のFcγRIIbに対する選択的な結合プロファイルにつながっていることが明らかとなった。
【0294】
[Fc(P238D)の発現精製]
P238D改変を含むFcの調製は以下のように行った。まず、hIL6R-IgG1-v1(配列番号:20)のEUナンバリング220番目のCysをSerに置換し、EUナンバリング216番目のGluからそのC末端をPCRによってクローニングした遺伝子配列Fc(P238D)を参考例1に記載の方法にしたがって発現ベクターの作製、発現、精製を行った。なお、EUナンバリング220番目のCysは通常のIgG1においては、L鎖のCysとdisulfide bondを形成しているが、Fcのみを調製する場合、L鎖を共発現させないため、不要なdisulfide bond形成を回避するためにSerに置換した。
【0295】
[FcγRIIb細胞外領域の発現精製]
参考例2の方法にしたがって調製した。
【0296】
[Fc(P238D) / FcγRIIb細胞外領域複合体の精製]
結晶化用に得られたFcγRIIb細胞外領域サンプル 2mgに対し、glutathione S-transferaseとの融合蛋白として大腸菌により発現精製したEndo F1(Protein Science 1996, 5, 2617-2622) 0.29mgを加え、0.1M Bis-Tris pH6.5のBuffer条件で、室温にて3日間静置することにより、N型糖鎖をAsnに直接結合したN-acetylglucosamineを残して切断した。次にこの糖鎖切断処理を施したFcγRIIb細胞外領域サンプルを5000MWCOの限外ろ過膜により濃縮し、20mM HEPS pH7.5, 0.05M NaClで平衡化したゲルろ過カラムクロマトグラフィー(Superdex200 10/300)により精製した。さらに得られた糖鎖切断FcγRIIb細胞外領域画分にFc(P238D)をモル比でFcγRIIb細胞外領域のほうが若干過剰となるよう加え、10000MWCOの限外ろ過膜により濃縮後、20mM HEPS pH7.5, 0.05M NaClで平衡化したゲルろ過カラムクロマトグラフィー(Superdex200 10/300)により精製、Fc(P238D) / FcγRIIb細胞外領域複合体のサンプルを得た。
【0297】
[Fc (P238D) / FcγRIIb細胞外領域複合体の結晶化]
Fc(P238D) / FcγRIIb細胞外領域複合体のサンプルを10000MWCOの限外ろ過膜 により約10mg/mlまで濃縮し、シッティングドロップ蒸気拡散法により結晶化をおこなった。結晶化にはHydra II Plus One (MATRIX)を用い、100mM Bis-Tris pH6.5、17% PEG3350, 0.2M Ammonium acetate, 2.7%(w/v) D-Galactoseのリザーバー溶液に対し、リザーバー溶液:結晶化サンプル=0.2μl:0.2μlで混合して結晶化ドロップを作成し、シール後、20℃に静置したところ、薄い板状の結晶を得ることに成功した。
【0298】
[Fc(P238D) / FcγRIIb細胞外領域複合体結晶からのX線回折データの測定]
得られたFc(P238D) / FcγRIIb細胞外領域複合体の単結晶一つを100mM Bis-Tris pH6.5, 20% PEG3350, Ammonium acetate, 2.7%(w/v) D-Galactose, Ethylene glycol 22.5%(v/v) の溶液に浸した後、微小なナイロンループ付きのピンで溶液ごとすくいとり、液体窒素中で凍結させ、高エネルギー加速器研究機構の放射光施設フォトンファクトリーBL-1AにてX線回折データの測定をおこなった。なお、測定中は常に-178℃の窒素気流中に置くことで凍結状態を維持し、ビームライン備え付けのCCDディテクタQuantum 270(ADSC)により、結晶を0.8°ずつ回転させながらトータル225枚のX線回折画像を収集した。得られた回折画像からの格子定数の決定、回折斑点の指数付け、ならびに回折データの処理には、プログラムXia2(CCP4 Software Suite)、XDS Package(Walfgang Kabsch)ならびにScala(CCP4 Software Suite)を用い、最終的に分解能2.46Åまでの回折強度データを得た。本結晶は、空間群P2
1に属し、格子定数a=48.85Å、b=76.01Å、c=115.09Å、α=90°、β=100.70°、γ=90°であった。
【0299】
[Fc(P238D) / FcγRIIb細胞外領域複合体のX線結晶構造解析]
Fc(P238D) / FcγRIIb細胞外領域複合体の結晶構造決定は、プログラムPhaser(CCP4 Software Suite)を用いた分子置換法によりおこなった。得られた結晶格子の大きさとFc(P238D) / FcγRIIb細胞外領域複合体の分子量から非対称単位中の複合体の数は一個と予想された。Fc(WT) / FcγRIIIa細胞外領域複合体の結晶構造であるPDB code:3SGJの構造座標から、A鎖239-340番ならびにB鎖239-340番のアミノ酸残基部分を別座標として取り出し、それぞれFc CH2ドメインの探索用モデルとした。同じくPDB code:3SGJの構造座標から、A鎖341-444番とB鎖341-443番のアミノ酸残基部分を一つの座標として取り出し、Fc CH3ドメインの探索用モデルとした。最後にFcγRIIb細胞外領域の結晶構造であるPDB code:2FCBの構造座標からA鎖6-178番のアミノ酸残基部分を取り出しFcγRIIb細胞外領域の探索用モデルとした。Fc CH3ドメイン、FcγRIIb細胞外領域、Fc CH2ドメインの順番に各探索用モデルの結晶格子内での向きと位置を、回転関数および並進関数から決定し、Fc(P238D) / FcγRIIb細胞外領域複合体結晶構造の初期モデルを得た。得られた初期モデルに対し2つのFc CH2ドメイン、2つのFc CH3ドメインならびにFcγRIIb細胞外領域を動かす剛体精密化をおこなったところ、この時点で25-3.0Åの回折強度データに対し、結晶学的信頼度因子R値は40.4%、Free R値は41.9%となった。さらにプログラムRefmac5(CCP4 Software Suite)を用いた構造精密化と、実験的に決定された構造因子Foとモデルから計算された構造因子Fcならびにモデルから計算された位相をもとに算出した2Fo-Fc、Fo-Fcを係数とする電子密度マップを見ながらのモデル修正をプログラムCoot(Paul Emsley)でおこない、これらを繰り返すことでモデルの精密化をおこなった。最後に2Fo-Fc、Fo-Fcを係数とする電子密度マップをもとに水分子をモデルに組み込み、精密化をおこなうことで、最終的に分解能25-2.6Åの24291個の回折強度データを用い、4846個の非水素原子を含むモデルに対し、結晶学的信頼度因子R値は23.7%、Free R値は27.6%となった。
【0300】
[Fc(WT) / FcγRIIb細胞外領域複合体のモデル構造作成]
Fc(WT) / FcγRIIa細胞外領域複合体の結晶構造であるPDB code:3RY6の構造座標をベースに、プログラムDisovery Studio 3.1(Accelrys)のBuild Mutants機能を使い、FcγRIIbのアミノ酸配列と一致するように構造座標中のFcγRIIaに変異を導入した。その際、Optimization LevelをHigh、Cut Radiusを4.5とし、5つのモデルを発生させ、その中から最もエネルギースコアが良いものを採用し、Fc(WT) / FcγRIIb細胞外領域複合体のモデル構造とした。
【0301】
〔参考例8〕結晶構造に基づいて改変箇所を決定したFc改変体のFcγRに対する結合の解析
参考例7で得られたFc (P238D)とFcγRIIb細胞外領域との複合体のX線結晶構造解析の結果に基づき、EUナンバリング238番目のProをAspに置換したFc改変体上で、FcγRIIbとの相互作用に影響を与えることが予測される部位(EUナンバリング233番目、240番目、241番目、263番目、265番目、266番目、267番目、268番目、271番目、273番目、295番目、296番目、298番目、300番目、323番目、325番目、326番目、327番目、328番目、330番目、332番目、334番目の残基)に対して網羅的な改変を導入し、さらにFcγRIIbとの結合を増強する組み合わせ改変体を検討した。
【0302】
参考例4で作製したIL6R-G1d(配列番号:19)に対し、EUナンバリング439番目のLysをGluに置換した改変を導入したIL6R-B3(配列番号:23)を作製した。次に、IL6R-B3に対し、EUナンバリングで238番目のProをAspに置換した改変を導入したIL6R-BF648を作製した。抗体L鎖としてはIL6R-L(配列番号:21)を共通に用いた。これらの改変体を参考例1の方法に従い、抗体を発現、精製し、参考例2の方法により各FcγR(FcγRIa、 FcγRIIa H型、FcγRIIa R型、FcγRIIb、FcγRIIIa V型)に対する結合を網羅的に評価した。
【0303】
それぞれのFcγRとの相互作用解析結果について、以下の方法に従って図を作成した。各改変体の各FcγRに対する結合量の値を、コントロールとした改変導入前の抗体(EUナンバリング238番目のProをAspに置換したIL6R-BF648/IL6R-L)の各FcγRに対する結合量の値で割り、さらに100倍した値を各改変体の各FcγRに対する相対的な結合活性の値とした。横軸に各改変体のFcγRIIbに対する相対的な結合活性の値、縦軸に各改変体のFcγRIIa R型に対する相対的な結合活性の値をそれぞれ表示した(
図29)。
その結果、
図29に示すように、全改変中24種類の改変において、改変導入前の抗体と比較してFcγRIIbに対する結合を維持または増強する効果があることを見出した。これらの改変体のそれぞれのFcγRに対する結合を表23に示す。なお、表中の改変とはIL6R-B3(配列番号:23, 表23中のIL6R-2B999)に対して導入した改変を表す。ただし、IL6R-B3を作製する際の鋳型としたIL6R-G1d/IL6R-Lについては、*として示した。
【0304】
【表23】
【0305】
表23に示した改変体のFcγRIa, FcγRIIaR, FcγRIIaH, FcγRIIb, FcγRIIIa V型に対するKD値を参考例2の方法で測定した結果を表24にまとめた。表中の改変とはIL6R-B3(配列番号:23)に対して導入した改変を表す。ただし、IL6R-B3を作製する際の鋳型としたIL6R-G1d/IL6R-Lについては、*として示した。また、表中のKD(IIaR)/KD(IIb)およびKD(IIaH)/KD(IIb)はそれぞれ、各改変体のFcγRIIaRに対するKD値を各改変体のFcγRIIbに対するKD値で割った値、各改変体のFcγRIIaHに対するKD値を各改変体のFcγRIIbに対するKD値で割った値を示す。親ポリペプチドのKD(IIb)/改変ポリペプチドのKD(IIb)は、親ポリペプチドのFcγRIIbに対するKD値を各改変体のFcγRIIbに対するKD値で割った値を指す。これらに加えて、各改変体のFcγRIIaRおよびFcγRIIaHに対する結合活性のうち強い方のKD値/親ポリペプチドのFcγRIIaRおよびFcγRIIaHに対する結合活性のうち強い方のKD値を表24に示した。ここで親ポリペプチドとは、IL6R-B3(配列番号:23)をH鎖に持つ改変体のことを指す。なお、表24中灰色で塗りつぶしたセルは、FcγRのIgGに対する結合が微弱であり、速度論的な解析では正しく解析できないと判断されたため、参考例2に記載の
〔式2〕
の式を利用して算出した値である。
【0306】
表24から、いずれの改変体もIL6R-B3(表24中のIL6R-2B999)と比較してFcγRIIbに対する親和性が向上し、その向上の幅は2.1倍から9.7倍であった。各改変体のFcγRIIaRに対するKD値/各改変体のFcγRIIbに対するKD値の比、および各改変体のFcγRIIaHに対するKD値/各改変体のFcγRIIbに対するKD値の比は、FcγRIIaRおよびFcγRIIaHに対する結合活性に対する相対的なFcγRIIbに対する結合活性を表す。つまり、この値は各改変体のFcγRIIbへの結合選択性の高さを示した値であり、この値が大きければ大きいほどFcγRIIbに対して結合選択性が高い。親ポリペプチドであるIL6R-B3/IL6R-LのFcγRIIaRに対するKD値/FcγRIIbに対するKD値の比、およびFcγRIIaHに対するKD値/FcγRIIbに対するKD値の比はそれぞれ0.3、0.2であるため、表24のいずれの改変体も親ポリペプチドよりもFcγRIIbへの結合選択性が向上していた。改変体のFcγRIIaRおよびFcγRIIaHに対する結合活性のうち強い方のKD値/親ポリペプチドのFcγRIIaRおよびFcγRIIaHに対する結合活性のうち強い方のKD値が1以上であるとは、その改変体のFcγRIIaRおよびFcγRIIaHに対する結合活性のうち強い方の結合が親ポリペプチドのFcγRIIaRおよびFcγRIIaHに対する結合活性のうち強い方の結合と同等であるか、より低減していることを意味する。今回得られた改変体ではこの値が4.6から34.0であったため、今回得られた改変体のFcγRIIaRおよびFcγRIIaHに対する結合活性のうち強い方の結合は親ポリペプチドのそれよりも低減していたと言える。これらの結果から、今回得られた改変体では親ポリペプチドと比べて、FcγRIIa R型およびH型への結合活性を維持または低減しつつ、FcγRIIbへの結合活性を増強しており、FcγRIIbへの選択性を向上させていることが明らかとなった。また、FcγRIaおよびFcγRIIIaVに対しては、いずれの改変体もIL6R-B3と比較して親和性が低下していた。
【0307】
【表24】
【0308】
得られた組み合わせ改変体のうち、有望なものについて、結晶構造からその効果の要因を考察した。
図30にはFc (P238D) / FcγRIIb細胞外領域複合体の結晶構造を示した。この中で、左側に位置するH鎖をFc Chain A、右側に位置するH鎖をFc Chain Bとする。ここでFc Chain AにおけるEUナンバリング233番目の部位は、FcγRIIbのEUナンバリング113番目のLysの近傍に位置することが分かる。ただし、本結晶構造においては、E233の側鎖はその電子密度がうまく観察されておらず、かなり運動性の高い状態にある。従ってEUナンバリング233番目のGluをAspに置換する改変は、側鎖が1炭素分短くなることによって側鎖の自由度が小さくなり、その結果、FcγRIIbのEUナンバリング113番目のLysとの相互作用形成時のエントロピーロスが低減され、結果、結合自由エネルギーの向上に寄与しているものと推測される。
【0309】
図31には同じくFc (P238D) / FcγRIIb細胞外領域複合体の構造のうち、EUナンバリング330番目の部位近傍の環境を示した。この図から、Fc (P238D) のFc Chain AのEUナンバリング330番目の部位周辺はFcγRIIbのEUナンバリング85番目のSer、86番目のGlu、163番目のLysなどから構成される親水的な環境であることが分かる。従って、EUナンバリング330番目のAlaをLys、あるいはArgに置換する改変は、FcγRIIbのEUナンバリング85番目のSer、ないしEUナンバリング86番目のGluとの相互作用強化に寄与しているものと推測される。
【0310】
図32にはFc(P238D) / FcγRIIb細胞外領域複合体および、Fc(WT) / FcγRIIIa細胞外領域複合体の結晶構造を、Fc Chain Bに対しCα原子間距離をもとにした最小二乗法により重ね合わせ、EUナンバリング271番目のProの構造を示した。これら二つの構造は、良く一致するが、EUナンバリング271番目のProの部位においては異なる立体構造となっている。また、Fc(P238D) / FcγRIIb細胞外領域複合体結晶構造においては、この周辺の電子密度が弱いことを考え合わせると、Fc(P238D)/FcγRIIbにおいては、EUナンバリング271番目がProであることで、構造上、大きな負荷がかかっており、それによってこのループ構造が最適な構造をとり得ていない可能性が示唆された。従って、EUナンバリング271番目のProをGlyに置換する改変は、このループ構造に柔軟性を与え、FcγRIIbと相互作用するうえで最適な構造をとらせる際のエネルギー的な障害を軽減することで、結合増強に寄与しているものと推測される。
【0311】
〔参考例9〕P238Dと組み合わせることによりFcγRIIbへの結合を増強する改変の組み合わせ効果の検証
参考例6、参考例8において得られた改変の中で、FcγRIIbへの結合を増強する効果もしくはFcγRIIbへの結合を維持し、他のFcγRへの結合を抑制する効果が見られた改変同士を組み合わせ、その効果を検証した。
参考例8の方法と同様に、表19,22から特に優れた改変を選択し、抗体H鎖IL6R-BF648に対して組み合わせて導入した。抗体L鎖には共通してIL6R-Lを用い、参考例1の方法に従い、抗体を発現、精製させ、参考例2の方法により各FcγR(FcγRIa、 FcγRIIa H型、FcγRIIa R型、FcγRIIb、FcγRIIIa V型)に対する結合を網羅的に評価した。
それぞれのFcγRとの相互作用解析結果について、以下の方法に従って相対的結合活性を算出した。各改変体の各FcγRに対する結合量の値を、コントロールとした改変導入前の抗体(EUナンバリング238番目のProをAspに置換したIL6R-BF648/IL6R-L)の各FcγRに対する結合量の値で割り、さらに100倍した値を各改変体の各FcγRに対する相対的な結合活性の値とした。横軸に各改変体のFcγRIIbに対する相対的な結合活性の値、縦軸に各改変体のFcγRIIa R型に対する相対的な結合活性の値をそれぞれ表示した(表25)。
なお、表中の改変とはIL6R-B3(配列番号:23)に対して導入した改変を表す。ただし、IL6R-B3を作製する際の鋳型としたIL6R-G1d/IL6R-Lについては、*として示した。
【0312】
【表25】
【0313】
表25に示した改変体のFcγRIa, FcγRIIaR, FcγRIIaH, FcγRIIb, FcγRIIIa V型に対するKD値を参考例2の方法で測定した結果を表26にまとめた。表中の改変とはIL6R-B3(配列番号:23)に対して導入した改変を表す。ただし、IL6R-B3を作製する際の鋳型としたIL6R-G1d/IL6R-Lについては、*として示した。また、表中のKD(IIaR)/KD(IIb)およびKD(IIaH)/KD(IIb)はそれぞれ、各改変体のFcγRIIaRに対するKD値を各改変体のFcγRIIbに対するKD値で割った値、各改変体のFcγRIIaHに対するKD値を各改変体のFcγRIIbに対するKD値で割った値を示す。親ポリペプチドのKD(IIb)/改変ポリペプチドのKD(IIb)は、親ポリペプチドのFcγRIIbに対するKD値を各改変体のFcγRIIbに対するKD値で割った値を指す。これらに加えて、各改変体のFcγRIIaRおよびFcγRIIaHに対する結合活性のうち強い方のKD値/親ポリペプチドのFcγRIIaRおよびFcγRIIaHに対する結合活性のうち強い方のKD値を表26に示した。ここで親ポリペプチドとは、IL6R-B3(配列番号:23)をH鎖に持つ改変体のことを指す。なお、表26中灰色で塗りつぶしたセルは、FcγRのIgGに対する結合が微弱であり、速度論的な解析では正しく解析できないと判断されたたため、参考例2に記載の
〔式2〕
の式を利用して算出した値である。
【0314】
表26から、いずれの改変体もIL6R-B3と比較してFcγRIIbに対する親和性が向上し、その向上の幅は3.0倍から99.0倍であった。各改変体のFcγRIIaRに対するKD値/各改変体のFcγRIIbに対するKD値の比、および各改変体のFcγRIIaHに対するKD値/各改変体のFcγRIIbに対するKD値の比は、FcγRIIaRおよびFcγRIIaHに対する結合活性に対する相対的なFcγRIIbに対する結合活性を表す。つまり、この値は各改変体のFcγRIIbへの結合選択性の高さを示した値であり、この値が大きければ大きいほどFcγRIIbに対して結合選択性が高い。親ポリペプチドであるIL6R-B3/IL6R-LのFcγRIIaRに対するKD値/FcγRIIbに対するKD値の比、およびFcγRIIaHに対するKD値/FcγRIIbに対するKD値の比はそれぞれ0.3、0.2であるため、表26のいずれの改変体も親ポリペプチドよりもFcγRIIbへの結合選択性が向上していた。改変体のFcγRIIaRおよびFcγRIIaHに対する結合活性のうち強い方のKD値/親ポリペプチドのFcγRIIaRおよびFcγRIIaHに対する結合活性のうち強い方のKD値が1以上であるとは、その改変体のFcγRIIaRおよびFcγRIIaHに対する結合活性のうち強い方の結合が親ポリペプチドのFcγRIIaRおよびFcγRIIaHに対する結合活性のうち強い方の結合と同等であるか、より低減していることを意味する。今回得られた改変体ではこの値が0.7から29.9であったため、今回得られた改変体のFcγRIIaRおよびFcγRIIaHに対する結合活性のうち強い方の結合は親ポリペプチドのそれと比較してほぼ同等か、それよりも低減していたと言える。これらの結果から、今回得られた改変体では親ポリペプチドと比べて、FcγRIIa R型およびH型への結合活性を維持または低減しつつ、FcγRIIbへの結合活性を増強しており、FcγRIIbへの選択性を向上させていることが明らかとなった。また、FcγRIaおよびFcγRIIIaVに対しては、いずれの改変体もIL6R-B3と比較して親和性が低下していた。
【0315】
【表26】
【0316】
なお、各配列番号の配列における可変領域および定常領域を下表にまとめた。表中、「B3」は「2B999(B3)」、「omlizH」は「omalizumab_VH」、「omlizL」は「omalizumab_VL」を表す。
【表27】