(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2019-129692(P2019-129692A)
(43)【公開日】2019年8月1日
(54)【発明の名称】回転式進行波型振動波モータに於ける全回転領域速度制御方式
(51)【国際特許分類】
H02N 11/00 20060101AFI20190708BHJP
H04R 3/00 20060101ALI20190708BHJP
H04R 23/00 20060101ALI20190708BHJP
【FI】
H02N11/00 Z
H04R3/00 310
H04R23/00 310
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】書面
【全頁数】6
(21)【出願番号】特願2018-20481(P2018-20481)
(22)【出願日】2018年1月22日
(71)【出願人】
【識別番号】710011615
【氏名又は名称】根岸 廣和
(72)【発明者】
【氏名】根岸 廣和
(72)【発明者】
【氏名】大賀 寿郎
(72)【発明者】
【氏名】大石 邦夫
(72)【発明者】
【氏名】石井 孝明
【テーマコード(参考)】
5D021
5D220
【Fターム(参考)】
5D021DD00
5D220AA47
(57)【要約】 (修正有)
【課題】ゼロクロス領域を含む全回転領域を一括して速度制御を行うと言う新たな設計思想を確立し、更にその設計思想に基づき実用性のある制御方式を提供する。
【解決手段】全回転領域一括制御する為の技術思想確立とその実施方法開発の二つのアプローチからなる。前者は現行モータに対して複合信号制御により速度制御を行うと言う設計思想であり、具体的にはCW/CCW領域は従前方式を踏襲、ゼロクロス領域は境界付近の一定速度連続駆動信号に、音声変調PWM信号を重畳させる事により、全回転領域一括制御を達成する。後者はモータ自身の構成を変更し、他形式のモータで実績のある駆動方式を活用する技術思想であり、具体的には、非有機系駆動接触面の回転式進行波型振動波モータ+クーラント液使用+AM片変調方式で、全回転領域一体制御を行う。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転式進行波型振動波モータを外部指令信号で制御する速度制御方式に於いて、CW/CCW領域及びゼロクロス領域を包括する全回転領域を速度制御の対象とする統合型回転速度制御を行う事を特徴とする回転式進行波型振動波モータに於ける全回転領域速度制御方式。
【請求項2】
請求項1に於いて、CW/CCW領域は従来通りの連続駆動信号による制御を、ゼロクロス領域は境界領域付近の安定な作動速度を連続駆動信号として維持しつつ、入力信号に基づいたPWM信号を重畳させることを特徴とする回転式進行波型振動波モータに於ける全回転領域速度制御方式。
【請求項3】
請求項2に於いて、PWM信号生成に当たってエンコーダによるフィードバック制御を取り入れた事を特徴とする回転式進行波型振動波モータに於ける全回転領域速度制御方式。
【請求項4】
請求項2に於いて、重畳させるPWM信号の周波数を、目的とする再生周波数の上限に対して2倍以上の周波数とした事を特徴とする回転式進行波型振動波モータに於ける全回転領域速度制御方式。
【請求項5】
回転式進行波型振動波モータに於いて、駆動子及び回転子の接触駆動部分にクーラント液を介在させた事を特徴とする回転式進行波型振動波モータに於ける全回転領域速度制御方式。
【請求項6】
請求項5に於いて、クーラント液の存在により漏電・膨潤等による劣化防止、及びクーラント液の循環・清掃・交換・維持等の便を図った機構を備えている事を特徴とする回転式進行波型振動波モータに於ける全回転領域速度制御方式。
【請求項7】
請求項5に於いて、駆動力伝達機構部分に有機系材料を使用して居ない事を特徴とする回転式進行波型振動波モータに於ける全回転領域速度制御方式。
【請求項8】
請求項1から請求項4に於いて、請求項5、請求項6あるいは請求項7を併存させた事を特徴とする回転式進行波型振動波モータに於ける全回転領域速度制御方式。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は振動波モータ、特にはゼロクロス領域を含むCW/CCW全帯域に於ける線形性の良い回転式進行波型振動波モータ速度制御方式に関する。
【背景技術】
【0002】
振動波モータは指田の発明による回転式進行波型モータに端を発し、速度指令型モータとして従来の電磁モータとは異なる独自の世界を切り開いてきた。発明者達はその特徴に着目。従来から発音体の駆動源として業界標準となっていた電磁モータの一種であるボイスコイルモータスピーカ(VCSP)の原理的欠点である最低共振周波数での遅れと共振、及びそれ以下での非線形応答に対する解決策として、振動波モータ駆動スピーカ(USMSP)を1994年に提案。今日まで多くの研究を重ねてきた。
しかもこの研究は単に発音体駆動のみならず、非特許文献1に示されている如く、長年ロボット業界から期待されていた現行の電磁モータにはない諸特徴を持つ線形性の良いモーションコントロール駆動源を開発する事と同義でもある。
【0003】
だが当時は、実用性のある振動波モータは回転式進行波型のみだった。しかもその動特性の線形性は未だに多くの改善すべき領域が残って居る。特に発音体駆動源としてはゼロクロス歪みが課題であった。具体的にはゼロクロス領域に近づくと、駆動力が不安定になって高回転を維持したままで有ったり、あるいは停止したりと、不安定な作動が現れる為使用出来ない。実際メーカー推奨の作動領域はCW/CCW両領域に分断されており、ゼロクロス領域の作動は無保証である。
我々はこれまでに幾多の駆動方式を検討したが、結果として単独の回転式進行波型モータだけでは音響発音体駆動用には使用出来なかった。何故ならば、音声信号は速度ゼロを起点とする+/−両領域への振幅そのものであるからである。ガンガン鳴って居る時は目立たなくとも、静かになれば歪みはすぐ判る。
その為一つの方策として発明者達は非特許文献2に述べた如く、二つのモータを連動させた二重反転型を試作、速度ゼロを中心とする音響発音体使用速度領域での安定性と直線性を得た。特許文献2の請求項4に詳しく要件が示されており、現在でも更なる改良を続けている。
【0004】
一方我々は2010年当時に入手可能な振動波モータの内、線形性が良くしかも長寿命化の可能性が有るものを他の大学やメーカー等と連携して探索。結果として特許文献1の縦屈曲型複合振動子式モータが、その後の研究の中心となって来た。
このモータは直動型であり、ゼロ速度から前進後退の全稼働領域を一括して制御出来るので、音声信号で直接制御している。詳細については上記特許文献を参照されたい。だが同形式の駆動源は、音響発音源用としてはまだ安定的性能は得られておらず駆動力も不足。音響用製品レベルには未だに至っていなかった。
一方回転式進行波型モータに於いても、久しぶりに最近某メーカーに於いて長寿命化の新たな動きがあった。しかし上記ゼロクロス歪みに対しての解決策は未だに含まれていない事が判明した。
【0005】
そこで我々はユーザーとして上記の動きを見据えて、従来の発想に囚われず、新たな切り口で上記ゼロクロス問題を再検討した。その結果回転式進行波型モータの駆動方式に関しては、メーカー提供のCW/CCW切換型ドライバ及びその背景となる技術思想では、明らかに限界があった。
例えば本特許提案時点で使用中の回転式進行波型である新生工業製USR60用ドライバは、無負荷可変速範囲は30〜150rpmと明記されている。逆に言えばゼロ+/―30rpmは作動対象外である。更にエンコーダを使用した回路も、
図1に提示した通りゼロ+/−15rpmまでであり、ゼロクロス領域は対象外である。しかし音声信号は常に速度ゼロを中心として振動する。当然この技術思想に基づくモータとドライバの組み合わせ、及び同じ思想でメーカーが提案している外部駆動方式では、歪み無き音声再生は困難な事が自明となったのだ。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−067999 振動音響発生装置
【特許文献2】WO2012/063823 振動波モータ及び同モータを駆動源とする発音装置
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】日本ロボット学会誌Vol.21 No.1,pp.10〜14,2003
【非特許文献2】日本音響学会講演論文集 2009年春季 0330−2−P−28 進行波型超音波モータを用いた低音再生用スピーカに関する研究〜DMDSモデル〜*
【非特許文献3】新生工業社 超音波モータ USR60シリーズ取扱説明書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、回転式進行波型振動波モータに於いて上記の如きCW/CCW両領域のみを分割制御するという従来の設計思想ではなく、ゼロクロス領域を含む全回転領域を一括して速度制御を行うと言う新たな設計思想を確立する事。更にその設計思想に基づき実用性のある制御方式を提供する事である。
【課題を解決するための手段】
【0009】
以下に本発明を説明する。本発明は回転式進行波型振動波モータに於いて、CW/CCW、即ち従来の離散領域制御+新規のゼロクロス速度領域をも含む全回転領域を、正に一体のものとして連続制御する設計思想、及びその実現手段である。
この全回転領域一体駆動制御思想及び実現手段は、音声再生のみならずロボット駆動に於いても不可欠である。
図2は本発明の課題明確化の為に、従前の設計思想と本発明の設計思想を対比図解している。
【発明の効果】
本発明により、回転式進行波型振動波モータに於いても、音声信号で直接制御可能となるため、発音体駆動が歪みなく行える。またロボット駆動にも有用である。以下にこの全回転領域一体駆動制御方式の2つの実施例を述べる。
【図面の簡単な説明】
【
図1】 新生工業社製回転式進行波型振動波モータUSR60 特性例速度制御ドライバ:D6060E,D6060S使用時
【
図2】 CW/CCW分割制御 vs 全回転領域一括制御
【実施例1】
【0010】
第一の方式は従来の回転式進行波型振動波モータを使用する。まず通常のCW/CCW領域は従前のサイン波・コサイン波重畳による連続変調方式で駆動する。一方ゼロクロス領域は、境界領域速度の連続駆動信号による定速度駆動に加えてPWM、すなわちパルス幅変調信号を重畳させる事により、安定的にゼロクロス領域に於いても連続的に速度制御を行う事にある。
この方法は一見すると木に竹を接ぐ様に見えるかも知れない。しかし実は決して不連続な制御方法ではない。何故ならば見方を変えれば、従来から使用されているCW/CCW領域では、常に連続のPWM信号が出ている事とも等価だからである。
【0011】
上記の実施例1は、回転子の基本回転速度と回転子の実質回転速度間に於いて、ある有限時間領域内、あるいは単位時間内とも称する領域内で、速度と時間の間で等価交換を行っているとも見る事が出来る。
まず単純化する為に質量の存在によるイナーシャの影響を無視。机上計算上の基本原理を示すと、例えば基本回転速度が40rpmで接触時間が50%とすれば、単位時間内に於ける実質回転速度は20rpmとなるはず。すなわち実質接触時間が50%なら実質回転速度も50%となり、まさに等価交換していると言えよう。
この例えは20rpmの定速度回転実現方法であるが、当然音声再生に於いては絶え間なく変化する再生音源の波形に基づき、絶え間なく変化する事が求められている事は明白である。結果としてこの換算関係をゼロクロス領域およびその近傍で維持すれば、計算上はあたかもゼロクロス領域に伴う歪み現象は解消され、全回転領域に於いて歪みの少ない音声再生が原理上可能である。
【0012】
しかし実際の進行波モータの場合は必ず質量がある為、駆動子及び回転子ともそれぞれの時定数を持った立ち上がり/立下り特性、すなわちイナーシャ特性を有する。このイナーシャ特性に基づく歪みは原理上演算でも算出は可能であるが、音声は無限の変化を続けるもの故、結果の算出を待っての制御にはふさわしくない。
一方エンコーダは実際に生じている回転子の回転速度・位置情報を逐一発信する機構である。しかも振動波モータ特有の現象である入力信号に対する実質の速度・位置の遅延、即ちミリセックオーダーの遅れが常に生じている為、振動波モータが作り出す再生音の直前の状態を睨みながらの最適速度、従って最適パルス幅を順次算出する事により、歪を最小限にすることも可能となる。
因みにゼロクロスそのものはサイン波に対するコサイン波の正負を駆動信号レベルで切り替えるだけであり、質量は無関係の為イナーシャからの影響は一切受けない。従って見かけ上は定速回転方向転換と言うゼロクロス領域最大の技術課題は、実はイナーシャから生じる通常の遅延とは無関係。更なる遅延無しに対応出来る。
【0013】
以上実施例1の概要を述べたが、実際には駆動信号自身が数十kHzの連続したサイン波とコサイン波。一方上記連続波に重畳されるPWM信号は、発音体が受け持つ再生音声帯域上限周波数の2倍以上とする。これはCDのサンプリング周波数に代表されるナイキスト周波数に対応するもの。例えば低音用として100Hzまでを受け持つ場合には、200Hz以上のパルスとする。
一方ロボット用の場合にはPWM駆動領域は起動・停止時に対応するので、対人用途などの場合はアームが違和感なく起動・停止していると判断される程度のスムーズさが、従ってナイキスト周波数に対応するPWM信号の最低周波数が求められる。勿論これはアーム長やそれぞれの用途等にも左右される。
【実施例2】
【0014】
一方実施例2はモータを改良+駆動制御は実績のある方式とすると言う技術思想に基づく。上述の実施例1が従来型の回転式進行波型振動波モータ+新規な駆動方式適用と互いに真逆な関係にある。
まず駆動接触面部材を非有機系とする。またAM片変調を前提とする。因みに実施例1は有機系駆動接触部材、AM/FM両変調方式が利用可能であった。更に駆動子・回転子の接触界面に自動車エンジン用クーラント液を駆動面に介在させ、駆動力と直結する摩擦係数向上と駆動による発熱を抑制して長寿命化する。これらの活用により全回転領域一律制御を達成する。
【0015】
実施例2は、実施例1の信号制御とは全く異なる。ヒントは並行して実験している縦屈曲型複合振動子式との対比から得たもの。両者を比較した結果、回転式進行波型モータ特有の課題が浮かび上がってきた。それは妥協の産物とも言える接触駆動面での有機系潤滑材使用である。ここであえて妥協と表現したのは、結果としてゼロクロス領域の拡大や、精密な位置制御性の減少、発熱その他有機材料特有のハンデが見えるからである。
これは上述の縦屈曲型複合振動子式振動波モータがセラミック部材を駆動子・移動板に使用して居る事と好対照。先行する回転式進行波型モータを一桁上回る位置制御性を既に獲得している。加えて我々の用途に於いても力不足ながらも潤滑油を介しての駆動を実現している。
【0016】
所がこの縦屈曲型複合振動子式モータは、我々の実験ではすぐ駆動子や移動板が破損する。どちらもセラミックスと言う高剛性同士。そこで提案されたのが潤滑油の使用だった。しかし副作用である静止摩擦低下が認められ、これは駆動力低下そのものを意味している。更にしばらく稼働後、接触駆動部に発熱が主因と思われる破損がある事も確認した。そこで主に発熱温度を瞬時に下げる事を目指し、潤滑油より遥かに熱容量の高い水に着目した。
しかし水の持つ金属腐食性によりモータ内部が腐食する事を防止する為、実験には自動車エンジンのクーラント液を使用した。クーラント液はほとんど水であるが、少量のエチレングリコールおよび各種の保護剤を含んで居り防錆・防ゴム性能等は自動車エンジンで既に実証積みである。結果は驚くべきもので、予想もして居なかった無潤滑の二倍近い高摩擦係数も得られた。しかも目立った破損はまだ見られていない。
【0017】
加えて別の面でも縦屈曲型複合振動子式モータから学んだ事がある。それはこのモータの制御方式が縦振動を一定の振幅とし、曲げ振動をAM音声信号で制御。まさにAM片変調である。結果として全振動領域で直線性を得ている。
ここで思い出したのが前世紀末に行われた仲間の実験。今思えば全く同じ発想で回転式進行波型に於いて、サイン波を一定、コサイン波だけをAM音声信号により制御した事があった。しかしゼロクロス歪みの減少はあったものの、根本的な解消は出来なかった。それ以来ゼロクロス歪みを、回転式進行波型振動波モータ固有の欠陥と思って居たのだ。今回改めて比較検討したからこその発見である。