(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2019-130467(P2019-130467A)
(43)【公開日】2019年8月8日
(54)【発明の名称】酸素吸蔵材の製造方法、酸素吸蔵材、酸素吸蔵成形物、及び酸素吸蔵成形物の製造方法
(51)【国際特許分類】
B01J 20/30 20060101AFI20190712BHJP
C01G 49/00 20060101ALI20190712BHJP
B01J 20/28 20060101ALI20190712BHJP
B01J 20/06 20060101ALI20190712BHJP
【FI】
B01J20/30
C01G49/00 C
B01J20/28 Z
B01J20/06 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2018-14330(P2018-14330)
(22)【出願日】2018年1月31日
(71)【出願人】
【識別番号】000002820
【氏名又は名称】大日精化工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100098707
【弁理士】
【氏名又は名称】近藤 利英子
(74)【代理人】
【識別番号】100135987
【弁理士】
【氏名又は名称】菅野 重慶
(74)【代理人】
【識別番号】100168033
【弁理士】
【氏名又は名称】竹山 圭太
(74)【代理人】
【識別番号】100161377
【弁理士】
【氏名又は名称】岡田 薫
(72)【発明者】
【氏名】土居 誠司
(72)【発明者】
【氏名】本田 泰平
(72)【発明者】
【氏名】川上 徹
(72)【発明者】
【氏名】林 孝三郎
【テーマコード(参考)】
4G002
4G066
【Fターム(参考)】
4G002AA08
4G002AB04
4G002AD04
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4G066AA16B
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4G066AC02C
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4G066BA36
4G066CA37
4G066DA04
4G066DA05
4G066FA03
4G066FA05
4G066FA21
4G066FA22
4G066FA27
4G066FA34
4G066FA37
4G066FA38
(57)【要約】
【課題】酸素吸蔵性能及び耐摩耗性に優れた酸素吸蔵材をより安価に製造することが可能な酸素吸蔵材の製造方法を提供する。
【解決手段】ペロブスカイト型の結晶構造を有する、Sr、Ca、及びFeを含む構成金属元素の複合酸化物である酸素吸蔵材の製造方法である。構成金属元素の塩の混合水溶液及びアルカリ水溶液を混合して前駆体を析出させる工程と、析出した前駆体を焼成して、酸素吸蔵量が3.0mL/g以上である複合酸化物を得る工程と、を有し、混合水溶液中の構成金属元素の割合が、Fe100モルに対して、Sr67.5〜77.0モル、及びCa23.0〜32.5モルである。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ペロブスカイト型の結晶構造を有する、Sr、Ca、及びFeを含む構成金属元素の複合酸化物である酸素吸蔵材の製造方法であって、
前記構成金属元素の塩の混合水溶液及びアルカリ水溶液を混合して前駆体を析出させる工程と、
析出した前記前駆体を焼成して、酸素吸蔵量が3.0mL/g以上である前記複合酸化物を得る工程と、を有し、
前記混合水溶液中の前記構成金属元素の割合が、Fe100モルに対して、Sr67.5〜77.0モル、及びCa23.0〜32.5モルである酸素吸蔵材の製造方法。
【請求項2】
前記前駆体を1,000〜1,400℃で焼成する請求項1に記載の酸素吸蔵材の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の酸素吸蔵材の製造方法により製造された酸素吸蔵材。
【請求項4】
請求項3に記載の酸素吸蔵材の成形物である酸素吸蔵成形物。
【請求項5】
請求項3に記載の酸素吸蔵材と成形材料を混合し、所定形状に成形した後、800〜1,400℃で焼成する工程を有する酸素吸蔵成形物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ペロブスカイト型の結晶構造を有する酸素吸蔵材の製造方法、この製造方法によって製造される酸素吸蔵材、酸素吸蔵材を用いた酸素吸蔵成形物、及び酸素吸蔵成形物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、製鉄所、非鉄金属の精錬所、化学工場、及びごみ焼却所などにおいて、酸素は必要不可欠な産業ガスとして用いられている。酸素の製造方法としては、深冷分離法、膜分離法、及び常温での圧力スウィング吸着(Pressure Swing Adsorption:PSA)法などが知られている。なかでも、深冷分離法は最も多く利用されているが、酸素製造単価が高いため、さらなる製造コストの削減が求められている。
【0003】
また、高純度の酸素を取り出す新たな方法が模索されている。なかでも、600℃程度に加温しながら圧力スウィングを行う、高温圧力スウィング吸着(High Temperature−Pressure Swing Adsorption:HT−PSA)法を用いた酸素分離方法が提案されている。この酸素分離方法では、高温条件下において酸素分圧に応じて酸素を可逆的に吸脱着可能なペロブスカイト型の結晶構造を有する酸化物が吸着材(酸素吸蔵材)として用いられている。さらに、蓄熱体を利用して高効率に熱回収するため、従来法に比して低コストに酸素を製造可能な方法として有望視されている。
【0004】
上記のPSA法等においては、吸着材の吸着性能を向上させることが、酸素の製造単価を下げるための重要な要素である。有用な酸素吸蔵材としては、これまでに、La−Sr−Co−Fe、Ba−Sr−Fe(特許文献1);Ba−Fe、Ba−Fe−Y、Ba−Fe−In(特許文献2);及びSr−Co−Fe(特許文献3)などのペロブスカイト型の結晶構造を有する複合酸化物が提案されている。また、ペロブスカイト型の結晶構造を有しない複合酸化物としては、例えば、Pr−Ce−Bi(特許文献4)などが提案されている。
【0005】
しかしながら、上記の複合酸化物の酸素吸蔵量は必ずしも十分に高いとは言えず、これらの複合酸化物を酸素吸蔵材として用いた場合であっても、酸素製造にかかるコストを十分に削減することはできていなかった。また、特許文献1〜4で提案された複合酸化物には、La、Y、Pr、Ceなどの希土類元素やCoなどの比較的高価な元素が含まれている。このため、酸素吸蔵材自体のコストが高いため、結果として酸素製造コストが上昇していた。
【0006】
そのような状況の下、従来の酸素吸蔵材によりも酸素吸蔵性能が高く、比較的安価な元素のみで構成されたSr−Ca−Fe系の複合酸化物が提案されている(特許文献5、非特許文献1)。なお、これらのSr−Ca−Fe系の複合酸化物は、Caの含有割合が、Feに対する比率で約20モル%である場合に、酸素吸蔵性能が最も高いとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第4721967号公報
【特許文献2】特許第5298291号公報
【特許文献3】特開2015−93251号公報
【特許文献4】特開2015−178070号公報
【特許文献5】特許第6028081号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】N.Miura,H.Ikeda,A.Tsuchida、Ind.Eng.Chem.Res.,2016,55,p3091−3096
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
非特許文献1においては、各原料硝酸塩を所定の割合で混合した後に焼成して複合酸化物を製造する方法が開示されている。しかし、この方法では環境負荷物質であるNO
Xが大量に大気中に放出されるため、必ずしも工業的に適しているとは言えない。
【0010】
また、特許文献5等に開示されている、固体の原料化合物を粉砕及び混合した後に焼成する固相法(乾式法)の場合、焼結やアルカリ土類金属の溶融が生じやすい。このため、得られる粒子が固く粗大になりやすく、しかも、粒子径が不揃いになりやすい等の課題があった。また、得られる複合酸化物を成形及び焼成して製造した成形物については、焼成後の一次粒子が大きいために緻密な組織になりにくく、強度が不足し、耐摩耗性等の特性が劣る傾向にあった。
【0011】
本発明は、このような従来技術の有する問題点に鑑みてなされたものであり、その課題とするところは、酸素吸蔵性能及び耐摩耗性に優れた酸素吸蔵材をより安価に製造することが可能な酸素吸蔵材の製造方法を提供することにある。また、本発明の課題とするところは、上記の製造方法によって製造される酸素吸蔵性能及び耐摩耗性に優れた酸素吸蔵材、酸素吸蔵成形物、及び酸素吸蔵成形物の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
すなわち、本発明によれば、以下に示す酸素吸蔵材の製造方法が提供される。
[1]ペロブスカイト型の結晶構造を有する、Sr、Ca、及びFeを含む構成金属元素の複合酸化物である酸素吸蔵材の製造方法であって、前記構成金属元素の塩の混合水溶液及びアルカリ水溶液を混合して前駆体を析出させる工程と、析出した前記前駆体を焼成して、酸素吸蔵量が3.0mL/g以上である前記複合酸化物を得る工程と、を有し、前記混合水溶液中の前記構成金属元素の割合が、Fe100モルに対して、Sr67.5〜77.0モル、及びCa23.0〜32.5モルである酸素吸蔵材の製造方法。
[2]前記前駆体を1,000〜1,400℃で焼成する前記[1]に記載の酸素吸蔵材の製造方法。
【0013】
また、本発明によれば、以下に示す酸素吸蔵材が提供される。
[3]前記[1]又は[2]に記載の酸素吸蔵材の製造方法により製造された酸素吸蔵材。
【0014】
さらに、本発明によれば、以下に示す酸素吸蔵成形物及びその製造方法が提供される。
[4]前記[3]に記載の酸素吸蔵材の成形物である酸素吸蔵成形物。
[5]前記[3]に記載の酸素吸蔵材と成形材料を混合し、所定形状に成形した後、800〜1,400℃で焼成する工程を有する酸素吸蔵成形物の製造方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、酸素吸蔵性能及び耐摩耗性に優れた酸素吸蔵材をより安価に製造することが可能な酸素吸蔵材の製造方法を提供することができる。また、本発明によれば、上記の製造方法によって製造される酸素吸蔵性能及び耐摩耗性に優れた酸素吸蔵材、酸素吸蔵成形物、及び酸素吸蔵成形物の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】実施例3で製造した酸素吸蔵成形物の粉砕物の粉末X線回折パターンである。
【
図2】実施例及び比較例で製造した酸素吸蔵成形物の粉砕物(複合酸化物)の、Caの割合と酸素吸蔵量との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の酸素吸蔵材の製造方法は、ペロブスカイト型の結晶構造を有する、Sr、Ca、及びFeを含む構成金属元素の複合酸化物である酸素吸蔵材の製造方法であり、構成金属元素の塩の混合水溶液及びアルカリ水溶液を混合して前駆体を析出させる工程(以下、「工程(1)」とも記す)と、析出した前駆体を焼成して、酸素吸蔵量が3.0mL/g以上である前記複合酸化物を得る工程(以下、「工程(2)」とも記す)と、を有する。そして、混合水溶液中の構成金属元素の割合が、Fe100モルに対して、Sr67.5〜77.0モル、及びCa23.0〜32.5モルである。以下、本発明の実施の形態について説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではない。
【0018】
従来、温度や圧力などの要因に応じて発生する酸素欠損により酸素を出し入れするペロブスカイト型の結晶構造を有する複合酸化物が酸素吸蔵材として用いられてきた。ペロブスカイト型の結晶構造は、AサイトとBサイトに異なる金属をそれぞれ含有する。Aサイトには、ストロンチウム(Sr)などのアルカリ土類金属やランタン(La)などの希土類元素が入ることが知られており、Bサイトには、主として遷移金属が入ることが知られている。本発明の酸素吸蔵材は、Aサイトにストロンチウム(Sr)及びカルシウム(Ca)を含有し、Bサイトに鉄(Fe)を含有する、ペロブスカイト型の結晶構造を有する複合酸化物である。いずれの元素も比較的安価であるため、本発明の酸素吸蔵材はコスト面で優れている。なお、本発明における「ペロブスカイト型の結晶構造」には、ペロブスカイト型の結晶構造に類似する結晶構造が含まれる。
【0019】
工程(1)では、構成金属元素の塩の混合水溶液を用意する。構成金属元素の塩(金属塩)としては、構成金属元素の無機塩などを用いることができる。金属塩としては、例えば、硝酸塩、塩化物、硫酸塩などの市販されているものを用いることができる。但し、硫酸塩を使用すると、硫酸カルシウム又は硫酸ストロンチウムが析出しやすくなることがある。このため、硫酸塩以外の塩を用いることが好ましい。構成金属元素の塩は、湿式合成法に最適化された処方となるように、水に溶解させた混合水溶液の状態で用いる。混合水溶液の金属塩の濃度は特に限定されないが、5〜50質量%程度とすることが適当である。
【0020】
混合水溶液中の構成金属元素のうち、Srの割合は、Fe100モルに対して、67.5〜77.0モル、好ましくは68.0〜74.0モルとする。また、混合水溶液中の構成金属元素のうち、Caの割合は、Fe100モルに対して、23.0〜32.5モル、好ましくは26.0〜32.0モルとする。構成金属元素の割合を上記の範囲内となるように調整した混合水溶液を用いることで、構成金属元素の割合が所望とする比率に制御され、かつ、酸素吸蔵量が所定の範囲以上である複合酸化物を製造することができる。なお、混合水溶液中の構成金属元素の割合は、最終的に調製される複合酸化物(酸素吸蔵材)中の構成金属元素の割合と実質的に同一である。
【0021】
また、工程(1)では、アルカリ沈殿剤を水に溶解させたアルカリ水溶液を析出用の水溶液として用いる。アルカリ沈殿剤としては、例えば、苛性ソーダ、ソーダ灰、重曹、アンモニア、尿素などを挙げることができる。アルカリ水溶液のアルカリ沈殿剤の濃度は特に限定されないが、5〜50質量%程度とすることが適当である。
【0022】
混合水溶液とアルカリ水溶液を混合して相互に接触させることで、各構成金属元素の水酸化物や炭酸塩を複合酸化物の前駆体として析出させることができる。混合水溶液とアルカリ水溶液を混合する方法については特に限定されないが、例えば、水を入れた沈殿槽に混合水溶液とアルカリ水溶液を同時に滴下して撹拌することが好ましい。また、混合水溶液とアルカリ水溶液を、pH6.5〜8の範囲内で混合することが好ましく、pH6.5〜7.5の範囲内で混合することがさらに好ましい。混合時のpHが8を超えると、析出する粒子の粒径が小さくなりやすいとともに、析出速度が速くなるために凝集しやすくなる。このため、得られる前駆体の一次粒子径が過度に大きくなる場合がある。さらに、析出する粒子の大きさが不揃いになって反応性が低下する傾向にあるため、その後に焼成して得られる複合酸化物の結晶性が低下しやすくなる場合がある。一方、混合水溶液とアルカリ水溶液を混合する際のpHが6.5未満であると、前駆体を析出させることがやや困難になる場合がある。
【0023】
混合水溶液とアルカリ水溶液を混合して前駆体を析出させる際の温度は、室温(25℃)〜70℃とすることが好ましく、40〜50℃とすることがさらに好ましい。室温(25℃)未満であると、アルカリ土類金属(Ca、Sr)の析出物の生成が遅くなりやすいため、最終的に形成される複合酸化物の組成が変動する原因となりやすい。一方、70℃超であると、経済性が低下するとともに、沈殿が速くなりすぎることがあり、析出物の粒径が大きくなる場合がある。
【0024】
混合水溶液とアルカリ水溶液を混合した後、50〜80℃前後に加温した状態で0.5〜2時間程度放置して熟成することが好ましい。このような条件下で熟成することで、目的とする前駆体を十分に析出させることができる。析出物は、ゆるく凝集した状態で存在し、徐々に沈降する。このため、デカンテーションして析出物を沈降させた後、水洗することができる。沈殿した析出物を水洗することで、副生した塩を除去することができる。なお、洗浄液の電気伝導度が300μS/cm以下となるまで水洗することが好ましい。また、副生した塩は中性物質であることから、処分が容易であり、環境に対する負荷が小さい。水洗終了後には、ヌッチェ(ブフナーロート)などを用いてろ過する。次いで、80〜140℃で5〜30時間程度乾燥すれば、複合酸化物の前駆体(クルード)を得ることができる。
【0025】
工程(1)で得た前駆体は結晶化しておらず、無定形の粒子又は粉末である。工程(2)では、この前駆体を焼成する。これにより、酸素吸蔵量が3.0mL/g以上、好ましくは3.8mL/g以上、さらに好ましくは5.5mL/g以上である、ペロブスカイト型の結晶構造を有する複合酸化物である本発明の複合酸化物を得ることができる。前駆体を焼成する温度により、得られる複合酸化物の酸素吸蔵能や耐摩耗性が変動する。複合酸化物の表面積が大きくなると、酸素吸蔵能は向上する一方、耐摩耗性が低下する傾向にある。また、複合酸化物の表面積が小さくなると、酸素吸蔵能は低下する一方、耐摩耗性は向上する傾向にある。このため、前駆体を焼成する温度(焼成温度)は、得られる酸素吸蔵材の酸素吸蔵能を重視する場合には、900〜1,150℃とすることが好ましく、1,000〜1,100℃とすることがさらに好ましい。一方、得られる酸素吸蔵材の耐摩耗性を重視する場合に、焼成温度は1,100〜1,400℃とすることが好ましく、1,200〜1,300℃とすることがさらに好ましい。また、酸素吸蔵能と耐摩耗性のバランスを重視する場合には、焼成温度は1,030〜1,180℃とすることが好ましく、1,050〜1,150℃とすることがさらに好ましい。本発明の酸素吸蔵材は単独で用いることもできるが、必要に応じて、酸素吸蔵能が高いものと、耐摩耗性が高いものとを混合して用いることもできる。すなわち、物性の異なる複数の酸素吸蔵材を組み合わせて用いることで、いずれの物性にも優れた酸素吸蔵材とすることができる。
【0026】
本発明の製造方法は、いわゆる湿式合成法であるため、いわゆる乾式合成法に比して焼成温度を低くすることが可能であり、コスト面で優れている。焼成温度が低すぎると、ペロブスカイト型の結晶構造を形成することがやや困難になる場合がある。一方、焼成温度が高すぎると、焼結がやや激しくなる場合があり、成形やペレット化などの加工が困難になることがある。なお、本発明の製造方法は、NO
Xなどの環境への負荷が高い物質が発生しないため、工業的な製造方法として好適である。
【0027】
また、本発明の製造方法では、工程(1)における前駆体の析出条件を適宜設定することで、非常に微細な粒子状の前駆体を析出させて、沈殿物として得ることができる。このため、本発明の製造方法によれば、ペロブスカイト型のより緻密な結晶構造を有する複合酸化物である酸素吸蔵材を、より低温で焼成することによって製造することができる。
【0028】
本発明の酸素吸蔵材は、上記の製造方法によって製造される、ペロブスカイト型の結晶構造を有する複合酸化物である。また、本発明の酸素吸蔵材に含まれる構成金属元素のうち、Srの割合は、Fe100モルに対して、通常67.5〜77.0モル、好ましくは68.0〜74.0モルである。さらに、Caの割合は、Fe100モルに対して、通常23.0〜32.5モル、好ましくは26.0〜32.0モルである。本発明の酸素吸蔵材は、構成金属元素の割合が上記の範囲内に制御されているため、酸素吸蔵量が3.0mL/g以上であり、優れた酸素吸蔵性能及び耐摩耗性を示す。なお、酸素吸蔵材(複合酸化物)がペロブスカイト型の結晶構造を有するか否かについては、粉末X線回折の測定結果から、ハナワルト法により確認することができる。
【0029】
上記の酸素吸蔵材を適当な成形材料と混合し、所望とする形状に成形した後、焼成することで、所望とする形状を有する酸素吸蔵成形物を得ることができる。前述の酸素吸蔵材の製造方法は、いわゆる湿式合成法であることから、ナノレベルの微細な沈殿粒子が生成している。このため、製造される複合酸化物である酸素吸蔵材は、非常に緻密で結晶性が高く、耐摩耗性に優れている。そして、このような酸素吸蔵材を用いて製造される酸素吸蔵成形物も、酸素吸蔵材と同様に、緻密で結晶性が高く耐摩耗性に優れている。これは、湿式合成法により非常に微細な沈殿粒子が生成しており、反応性が向上したことが大きく影響していると考えられる。緻密で結晶性の高い本発明の酸素吸蔵成形物は、酸素吸蔵に伴う体積変化によっても破損しにくく、酸素吸蔵能が安定的に発現されるため、極めて有用である。
【0030】
酸素吸蔵材と混合する成形材料の種類は特に限定されないが、焼成することで実質的に消失する(焼き飛ばすことができる)成形材料や、焼成しても実質的に消失しない(焼き飛ばすことができない)成形材料を用いることができる。焼成することで実質的に消失する成形材料としては、例えば、メチルセルロース、結晶性セルロース粉末、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシプロポキシルメチルセルロース、カルボキシルメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコール、加水分解澱粉、ポリエチレンオキシド、ポリビニルピロリドン、ポリアクリルアミド、デキストリンなどを挙げることができる。また、焼成しても実質的に消失しない成形材料としては、例えば、溶融シリカ、ヒュームドシリカ、アルミナ、アルミナケイ酸塩、アルミナホウケイ酸、塩可溶性ケイ酸塩、可溶性アルミン酸塩、可溶性リン酸塩、カルシウムセメント、タルク、球状粘土、カオリン、ベントナイト、コロイド状シリカ、コロイドアルミナ、リン酸ホウ素などを挙げることができる。焼成温度は800〜1,400℃であり、好ましくは900〜1,350℃である。さらに、焼成時間は、焼成温度などを考慮して適宜設定すればよく、通常、0.5〜4時間である。
【実施例】
【0031】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、実施例、比較例中の「部」及び「%」は、特に断らない限り質量基準である。
【0032】
<酸素吸蔵材(複合酸化物)及び酸素吸蔵成形物の製造>
(実施例1)
塩化ストロンチウム六水和物(266.6g/mol)381.8部、塩化カルシウム二水和物(147.0g/mol)62.9部、及び塩化第一鉄四水和物(198.8g/mol)369.7部を水1,800部に溶解して、混合水溶液を調製した。また、ソーダ灰(無水炭酸ナトリウム)450部を、水1,400部に溶解して析出用のアルカリ水溶液を調製した。ビーカーに水3,400部を入れて50℃に保温した。調製した混合水溶液とアルカリ水溶液を、pHを7.1に保持しながらビーカー内に同時に滴下して混合し、混合スラリーを得た。滴下終了後、混合スラリーを70℃に加温し、そのままの状態で1時間放置した。
【0033】
デカンテーションした後、電気電導度が300μS/cm以下になるまで水洗して副生した塩を除去した。ヌッチェでろ過して得たケーキ(固形物)を120℃で12時間乾燥して前駆体(赤褐色粉末)を得た。得られた前駆体を電気炉に入れて1,050℃で焼成し、複合酸化物(黒色粉末)を得た。得られた黒色粉末の粉末X線回折を測定し、ハナワルト法により、非常に結晶性の高いペロブスカイト型の結晶構造を有することを確認した。原料の配合比から算出した、複合酸化物を構成するSr、Ca、及びFeの割合は、Fe100モルに対して、Sr77.0モル、及びCa23.0モルであった。
【0034】
得られた黒色粉末150部、メチルセルロース1.5部、結晶性セルロース粉末10部、及び水40部を、小型混練機を使用して混合した後、押出成形機を使用して、太さ3mmのペレット状の成形物を得た。得られた成形物を電気炉に入れて1,300℃で60分焼成し、ペレット状の黒色成形物(酸素吸蔵成形物)を得た。得られた黒色成形物の粉砕物の粉末X線回折を測定し、ハナワルト法により、非常に結晶性の高いペロブスカイト型の結晶構造を有することを確認した。
【0035】
(実施例2)
塩化ストロンチウム六水和物359.5部、塩化カルシウム二水和物75.2部、及び塩化第一鉄四水和物369.7部を原料として用いたこと以外は、前述の実施例1と同様にして複合酸化物(黒色粉末)を得た。得られた黒色粉末の粉末X線回折を測定し、ハナワルト法により、非常に結晶性の高いペロブスカイト型の結晶構造を有することを確認した。原料の配合比から算出した、複合酸化物を構成するSr、Ca、及びFeの割合は、Fe100モルに対して、Sr72.5モル、及びCa27.5モルであった。
【0036】
さらに、得られた黒色粉末を用いたこと以外は、前述の実施例1と同様にしてペレット状の黒色成形物(酸素吸蔵成形物)を得た。得られた黒色成形物の粉砕物の粉末X線回折を測定し、ハナワルト法により、非常に結晶性の高いペロブスカイト型の結晶構造を有することを確認した。
【0037】
(実施例3)
塩化ストロンチウム六水和物347.1部、塩化カルシウム二水和物82.0部、及び塩化第一鉄四水和物369.7部を原料として用いたこと以外は、前述の実施例1と同様にして複合酸化物(黒色粉末)を得た。得られた黒色粉末の粉末X線回折を測定し、ハナワルト法により、非常に結晶性の高いペロブスカイト型の結晶構造を有することを確認した。原料の配合比から算出した、複合酸化物を構成するSr、Ca、及びFeの割合は、Fe100モルに対して、Sr70.0モル、及びCa30.0モルであった。
【0038】
さらに、得られた黒色粉末を用いたこと以外は、前述の実施例1と同様にしてペレット状の黒色成形物(酸素吸蔵成形物)を得た。そして、得られた黒色成形物の粉砕物の粉末X線回折を測定し、ハナワルト法により、非常に結晶性の高いペロブスカイト型の結晶構造を有することを確認した。得られた黒色成形物の粉砕物の粉末X線回折パターンを
図1に示す。
【0039】
(実施例4)
塩化ストロンチウム六水和物334.7部、塩化カルシウム二水和物88.9部、及び塩化第一鉄四水和物369.7部を原料として用いたこと以外は、前述の実施例1と同様にして複合酸化物(黒色粉末)を得た。得られた黒色粉末の粉末X線回折を測定し、ハナワルト法により、非常に結晶性の高いペロブスカイト型の結晶構造を有することを確認した。原料の配合比から算出した、複合酸化物を構成するSr、Ca、及びFeの割合は、Fe100モルに対して、Sr67.5モル、及びCa32.5モルであった。
【0040】
さらに、得られた黒色粉末を用いたこと以外は、前述の実施例1と同様にしてペレット状の黒色成形物(酸素吸蔵成形物)を得た。得られた黒色成形物の粉砕物の粉末X線回折を測定し、ハナワルト法により、非常に結晶性の高いペロブスカイト型の結晶構造を有することを確認した。
【0041】
(比較例1)
炭酸ストロンチウム(147.6g/mol)192.2部、炭酸カルシウム(100.1g/mol)55.8部、及び酸化第二鉄(159.7g/mol)297.0部を、直径5mmのアルミナビーズを充填した遊星ボールミルに入れ、1時間粉砕処理した。得られた粉砕処理物を電気炉に入れ、1,300℃で焼成して焼結物を得た。クラッシャーを使用して得られた焼結物を粗砕した後、遊星ボールミルを使用して30分間粉砕処理し、複合酸化物(黒色粉末)を得た。得られた黒色粉末の粉末X線回折を測定し、ハナワルト法により、ペロブスカイト型の結晶構造を有することを確認した。原料の配合比から算出した、複合酸化物を構成するSr、Ca、及びFeの割合は、Fe100モルに対して、Sr70.0モル、及びCa30.0モルであった。
【0042】
<評価>
(酸素吸蔵量の測定)
熱分析装置を使用し、空気中における酸素吸蔵量と、窒素中における酸素吸蔵量との違いから、製造した酸素吸蔵成形物を粉砕した黒色粉末(複合酸化物)の酸素吸蔵量を測定した。具体的には、設定温度600℃、常圧下において、空気(酸素21%、窒素79%)と窒素(100%)を流量400mL/分で交互に流し、空気下での酸素吸蔵による質量増加と、窒素下での酸素放出による質量減少を測定し、酸素吸蔵量を算出した。結果を表1及び
図2に示す。
【0043】
【0044】
(酸素吸蔵能に対する焼成温度の影響の評価)
900〜1,300℃の範囲で、50℃刻みで焼成温度を変えて前駆体を焼成したこと以外は、前述の実施例3と同様にして、酸素吸蔵成形物の粉砕物である黒色粉末(複合酸化物)を得た。前述の「酸素吸蔵量の測定」と同様の方法により、得られた酸素吸蔵成形物の粉砕物の酸素吸蔵量を測定し、1,300℃で焼成したものの酸素吸蔵量を「100」とする相対値を算出した。結果を表2に示す。
【0045】
【0046】
表2に示すように、焼成温度を1,000〜1,150℃とした場合に、得られた酸素吸蔵成形物の酸素吸蔵量が特に高くなったことがわかる。
【0047】
(耐摩耗性試験)
1,000〜1,300℃の範囲で、100℃刻みで焼成温度を変えて前駆体を焼成したこと以外は、前述の実施例3と同様にして、ペレット状の黒色成形物(酸素吸蔵成形物)を得た。得られたペレット状の酸素吸蔵成形物の耐摩耗性を、摩耗強度測定法(JIS K 1464)に準拠し、以下に示す手順にしたがって評価した。受皿、目開き710μmのマイクロメッシュシーブ、及び目開き355μmのマイクロメッシュシーブを下からこの順に積層した。最上段のマイクロメッシュシーブ上に、ペレット状の酸素吸蔵成形物50g及び10円硬貨5枚を乗せ、30分間振動を加えた。受皿に堆積した粉体の質量(g)を測定し、下記式にしたがって「摩耗率(%)」を算出した。結果を表3に示す。
「摩耗率(%)」={受皿に堆積した粉体の質量(g)/50(g)}×100
【0048】
【0049】
表3に示すように、焼成温度を1,000℃とした場合には摩耗率が若干高いことがわかる。そして、焼成温度を1,100℃以上とした場合に摩耗率が顕著に低下したことがわかる。