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特開2019-131857Mg基複合材とその製造方法および摺動部材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2019-131857(P2019-131857A)
(43)【公開日】2019年8月8日
(54)【発明の名称】Mg基複合材とその製造方法および摺動部材
(51)【国際特許分類】
   C22C 32/00 20060101AFI20190712BHJP
   C22C 1/05 20060101ALI20190712BHJP
   B22F 5/00 20060101ALI20190712BHJP
   C22C 29/12 20060101ALI20190712BHJP
   C22C 29/16 20060101ALI20190712BHJP
   B22F 3/20 20060101ALI20190712BHJP
   B22F 3/17 20060101ALI20190712BHJP
   B22F 3/18 20060101ALI20190712BHJP
   C22C 23/00 20060101ALI20190712BHJP
【FI】
   C22C32/00 V
   C22C1/05 C
   B22F5/00 S
   C22C29/12 Z
   C22C29/16 Z
   B22F3/20 B
   B22F3/17 C
   B22F3/20 Z
   B22F3/18
   C22C23/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2018-14284(P2018-14284)
(22)【出願日】2018年1月31日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り ▲1▼日本金属学会2017年(第161回)秋期講演大会講演概要集の第199頁において発表 ▲2▼日本金属学会2017年(第161回)秋期講演大会において発表 ▲3▼軽金属学会第133回秋期大会講演概要の第297−298頁において発表 ▲4▼軽金属学会第133回秋期大会において発表
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(71)【出願人】
【識別番号】503027931
【氏名又は名称】学校法人同志社
(74)【代理人】
【識別番号】100190067
【弁理士】
【氏名又は名称】續 成朗
(72)【発明者】
【氏名】染川 英俊
(72)【発明者】
【氏名】淺野 真未
(72)【発明者】
【氏名】平山 朋子
(72)【発明者】
【氏名】松岡 敬
【テーマコード(参考)】
4K018
【Fターム(参考)】
4K018AA13
4K018AB01
4K018AB03
4K018AC01
4K018AD09
4K018AD10
4K018BA07
4K018BB04
4K018BB05
4K018CA02
4K018EA27
4K018EA34
4K018EA41
4K018EA60
4K018KA02
(57)【要約】
【課題】母相への粒子分散による優れた強度特性を有し、かつ高い摩擦摩耗特性を有するMg基複合材とその製造方法および摺動部材を提供する。
【解決手段】本発明のMg基複合材は、粒子分散型のMg基複合材であって、Mg基複合材の金属組織において平均径0.05μm以上の酸化物または窒化物の添加粉末の粒子がMg母相中に分散し、摩擦摩耗を受けた際に、この摩擦摩耗を受けた部分の摩擦係数が短時間で低下することにより、純マグネシウムよりも優れた摩擦摩耗特性を示す。
【選択図】図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
粒子分散型のMg基複合材であって、
前記Mg基複合材の金属組織において平均径0.05μm以上の酸化物または窒化物の粒子がMg母相中に分散し、摩擦摩耗を受けた際に、この摩擦摩耗を受けた部分の摩擦係数が短時間で低下するMg基複合材。
【請求項2】
前記Mg母相の結晶粒サイズが200μm以下である請求項1に記載のMg基複合材。
【請求項3】
前記酸化物または窒化物の粒子と前記Mg母相の結晶粒サイズとの比が1:4〜1:10の範囲内である請求項1または2に記載のMg基複合材。
【請求項4】
前記酸化物または窒化物の粒子の含有率が65質量%未満である請求項1〜3のいずれか一項に記載のMg基複合材。
【請求項5】
乾式摩擦摩耗試験によって得られる試験時間800秒経過後の前記摩擦摩耗を受けた部分の摩擦係数が0.20未満である請求項1〜4のいずれか一項に記載のMg基複合材。
【請求項6】
前記酸化物または窒化物が、MnO、SiまたはSiOである請求項1〜5のいずれか一項に記載のMg基複合材。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載のMg基複合材を含む摺動部材であって、
前記Mg基複合材からなる摺動面を有し、
前記摺動面が摩擦摩耗を受けた際に、この摩擦摩耗を受けた部分の摩擦係数が短時間で低下する摺動部材。
【請求項8】
乾式摩擦摩耗試験によって得られる試験時間800秒経過後の前記摺動面の摩擦摩耗を受けた部分の摩擦係数が0.20未満である請求項7に記載の摺動部材。
【請求項9】
請求項1〜6のいずれか一項に記載のMg基複合材の製造方法であって、
Mg粉末と、平均径0.05μm以上の酸化物または窒化物の粉末とを含有する混合粉末をビレット内に充填、封入する工程、および
前記混合粉末を充填、封入した前記ビレットに、50℃以上、550℃以下の温度で断面減少率50%以上の温間または熱間ひずみ付与加工を施す工程を含む、Mg基複合材の製造方法。
【請求項10】
前記混合粉末における前記酸化物または窒化物の粉末の含有率が、前記Mg粉末と前記酸化物または窒化物の粉末との合計量に対して65質量%未満である請求項9に記載のMg基複合材の製造方法。
【請求項11】
前記酸化物または窒化物が、MnO、SiまたはSiOである請求項9または10に記載のMg基複合材の製造方法。
【請求項12】
前記温間または熱間ひずみ付与加工が、押出加工、鍛造加工、圧延加工、または引抜加工である請求項9〜11のいずれか一項に記載のMg基複合材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Mg基複合材とその製造方法および摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
マグネシウム(Mg)は、地中埋蔵量が豊富で、実用金属材料で最軽量であることから、自動車をはじめとする移動用構造部材への適用が盛んに検討されている。一方で、部材として使用した場合、他部位と接触することは避けられず、強度および摩擦摩耗特性に優れたMgおよびMg合金の開発が必要とされている。一般的に、金属材料の高強度化は、結晶粒サイズの微細化が有効な手段であり、MgおよびMg合金に対しても同様の効果が発揮される。しかし、MgおよびMg合金の結晶粒微細化は、摩擦摩耗特性を改善させる手段としては有効でないことが知られている(非特許文献1)。Mgの大きな粒界拡散係数に起因し、容易に粒界すべりが起こるため、結晶粒サイズの微細化にともない、粒界体積率が増加し、粒界すべりが促進され、摩擦摩耗時に加工軟化が起こる。そのため、MgおよびMg合金の摩擦摩耗特性を更に向上するためには、母相の結晶粒粗大化が好ましいが、これにより強度特性の劣化が問題となる。
【0003】
結晶粒サイズの微細化以外に、素材を高強度化するために、母相への粒子分散がよく用いられている。なかでも、金属材料の場合、母相から析出または晶出した金属間化合物を分散させることが、高強度化に有効である。また、粒子分散は、粒界すべりを抑制する効果もある。本発明者らにより、球状または鋭角な角を持たない金属間化合物がMg母相内に分散し、摩擦特性に優れたMg合金が特許文献1に開示されている。Mg母相に金属間化合物を分散させることは、強度を向上させるためにも有効な手段であるが、特許文献1では、鋳造材から金属間化合物を析出および晶出させているため、Mg母相サイズが粗大であり、更なる高強度化が望まれる。
【0004】
金属材料の場合、析出や晶出した金属間化合物の分散だけではなく、金属に固溶しない物質や素材からなる粒子(例えば、黒鉛やセラミックスなど)を母相に分散させる、すなわち、複合化も強度改善に有効な手法である。しかし、Mgは、複合化を目的とする添加粒子と濡れ性が極めて乏しいため、鋳造法によって複合化素材を創製することができない。そのため、特許文献2、3に開示されているように、メカニカルアロイング法や、ひずみ付与行程を数十回以上必要とする繰返しせん断ひずみ付与法などを用いて、Mg粉末と添加粉末を固化し、Mg基複合材を創製しているが、いずれの手法も複雑で数多くの作業工程を要するため、素材コストの高騰が避けられない。
【0005】
一方で、素材自身の強度特性を維持し、摩擦摩耗特性を改善するために、Mg合金の表面層の改質が知られている。特許文献4には、Mg合金の表面に陽極酸化処理によって表面改質構造を形成し、この表面改質構造に固体潤滑剤である二硫化モリブデンを含浸させることが、Mgの摩擦摩耗特性の改善に有効な手法として開示されている。Mg母相の結晶粒サイズに依存せず、表面層のみの改質であるため、強度特性を維持することが可能である。しかし、素材使用時に、追加工程として陽極酸化処理を実施する必要があるため、コストの高騰が懸念される。
【0006】
本発明者らは、より簡便な創製法に着目し、SiC粉末とMg粉末を混合し、温間および熱間加工によりMg基複合材を創製している。これらの複合材では、SiC粒子がMg母相中に分散し、優れた強度特性を維持しながら、摩擦摩耗を受けた際に、この摩擦摩耗を受けた部分にSiC粒子が再凝集して自己被膜形成能を示すことが確認されている。一方で、Mg基複合材の更なる特性の改質や汎用性を指向する場合、Mg母相に分散させる粒子としてSiCのような炭化物のみに注目するだけなく、他の化合物を用いることについても検討する必要がある。
【0007】
金属基複合材の創製においては、金属母相と添加粉末との濡れ性が極めて重要である。Mg基複合材に関しては、母相のMgと濡れ性の異なる窒化物や酸化物を添加粉末として使用した場合、割れやクラックがなく、添加粉末がMg母相に偏析することなく均質に分散した健全なMg基複合材の創製が可能であるかどうか、これまで明らかになっていなかった。勿論、その摩擦摩耗特性については、言うまでもない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2008−240032号公報
【特許文献2】特開2008−75127号公報
【特許文献3】国際公開第2003/27342号
【特許文献4】特開2002−363679号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】松岡敬他 材料 51(2002)p1154.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、以上の事情に鑑みてなされたものであり、母相への粒子分散による優れた強度特性を有し、かつ高い摩擦摩耗特性を有するMg基複合材とその製造方法および摺動部材を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題を解決するために、本発明のMg基複合材は、粒子分散型のMg基複合材であって、Mg基複合材の金属組織において平均径0.05μm以上の酸化物または窒化物の粒子がMg母相中に分散し、摩擦摩耗を受けた際に、この摩擦摩耗を受けた部分の摩擦係数が短時間で低下することを特徴としている。
このMg基複合材は、Mg母相の結晶粒サイズが200μm以下であることが好ましい。
このMg基複合材は、酸化物または窒化物の粒子とMg母相の結晶粒サイズとの比が1:4〜1:10の範囲内であることが好ましい。
このMg基複合材は、酸化物または窒化物の粒子の含有率が65質量%未満であることが好ましい。
このMg基複合材は、乾式摩擦摩耗試験によって得られる試験時間800秒経過後の摩擦摩耗を受けた部分の摩擦係数が0.20未満であることが好ましい。
このMg基複合材は、酸化物または窒化物が、MnO、SiまたはSiOであることが好ましい。
【0012】
本発明の摺動部材は、前記Mg基複合材を含む摺動部材であって、Mg基複合材からなる摺動面を有し、摺動面が摩擦摩耗を受けた際に、この摩擦摩耗を受けた部分の摩擦係数が短時間で低下することを特徴としている。
この摺動部材は、乾式摩擦摩耗試験によって得られる試験時間800秒経過後の摺動面の摩擦摩耗を受けた部分の摩擦係数が0.20未満であることが好ましい。
【0013】
本発明のMg基複合材の製造方法は、Mg粉末と、平均径0.05μm以上の酸化物または窒化物の粉末とを含有する混合粉末をビレット内に充填、封入する工程、および、混合粉末を充填、封入したビレットに、50℃以上、550℃以下の温度で断面減少率50%以上の温間または熱間ひずみ付与加工を施す工程を含むことを特徴としている。
このMg基複合材の製造方法は、混合粉末における酸化物または窒化物の粉末の含有率が、Mg粉末と酸化物または窒化物の粉末との合計量に対して65質量%未満であることが好ましい。
このMg基複合材の製造方法は、酸化物または窒化物が、MnO、SiまたはSiOであることが好ましい。
このMg基複合材の製造方法は、温間または熱間ひずみ付与加工が、押出加工、鍛造加工、圧延加工、または引抜加工であることが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、母相への粒子分散による優れた強度特性を有し、かつ高い摩擦摩耗特性を有するMg基複合材とその製造方法および摺動部材が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】温間または熱間ひずみ付与加工に用いる代表的なビレットの形状の例を模式的に示した図。
図2】実施例におけるMg基押出複合材の(a)外観写真および(b)断面写真。
図3】実施例1〜3のMg基押出複合材の微細組織を光学顕微鏡により観察した写真。(a)Mg−Si(試料番号No.1)、(b)Mg−SiO(試料番号No.3)、(c)Mg−MnO(試料番号No.5)。
図4】比較例1のMg基複合材(試料番号No.6)の微細組織を光学顕微鏡により観察した写真。
図5】試料番号No.1、No.3、No.5とNo.6のBall−on−Disk試験(乾式摩擦摩耗試験)により得られた摩擦係数と摺動距離・試験時間との関係を示す図。
図6】レーザー顕微鏡によって計測された摩擦摩耗試験後の測定面の二次元断面像。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明のMg基複合材とその製造方法および摺動部材について、1.原料粉末の調製、2.ビレット準備と混合粉末の充填、3.温間または熱間ひずみ付与加工、4.Mg基複合材の微細組織および摺動部材の順に説明する。
【0017】
なお、本発明において、原料のMg粉末の平均径、酸化物または窒化物の粉末(以下、添加粉末とも称す)の平均径、Mg基複合材の金属組織における添加粉末粒子の平均径、Mg基複合材のMg母相の結晶粒サイズ(結晶粒径)は、次の方法で測定することができる。
<Mg粉末および添加粉末の平均径>
レーザー回折・散乱式粒度分布測定装置を用いて、レーザー回折・散乱法による粒度分布の測定値から、累積分布によるメディアン径(d50、体積基準)を平均径とする。
<添加粉末粒子の平均径>
添加粉末の個々の粒子の粒径は、SEMまたは光学顕微鏡で観察した像より、D=(L1+L2)/2(ただし、Dは粒径、L1は粒子の長径、L2は粒子の短径を示す。)の式を用いて求める。
平均径は、SEMまたは光学顕微鏡で観察した像より、100個以上の粒子を抽出して個々の粒子の粒径を上記式より求め、その平均値を算出する。
<Mg母相の結晶粒サイズ>
JIS H 0542:2008「マグネシウム合金圧延板の結晶粒度試験方法」記載の切片法により測定、算出する。
【0018】
1.原料粉末の調製
本発明のMg基複合材の製造に使用される原料粉末は、Mg粉末と、一種以上の酸化物または窒化物の粉末(添加粉末)を含む。
Mg粉末は、純マグネシウムからなり、粉末粒子の密度が1.74である。Mg粉末の平均径は、1μm以上であることが好ましい。Mgは酸素との反応性が高いため、Mg粉末の平均径が1μm以上であると、Mg粉末と添加粉末との混合中に発熱し、発火する危険性を低減でき、作業工程の安全性を高めることができる。Mg粉末は、通常の粉末の他、フライス加工や旋盤加工に代表される機械加工によってMgバルク材から生じる切削粉であってもよく、これらも本明細書では広義にMg粉末と表現する。Mg粉末の平均径の上限は、特に限定されないが、Mg粉末同士の結合・焼結を考慮すると1000μm以下が好ましい。
【0019】
添加粉末の酸化物または窒化物としては、特に限定されないが、例えば、Al、CuO、MnO、Si、SiO、Yなどが挙げられる。
添加粉末の平均径は、0.05μm以上であり、好ましくは0.1μm以上である。平均径が0.05μm未満であると、単位体積当たりの粉末の表面積が増大することにより、添加粉末粒子の表面に接触する酸素の割合が増加する。そのため、Mg粉末と添加粉末との界面や境界に、Mgからなる酸化物の形成および酸化物の取込みにより、摩擦係数の低下が抑制されてしまう。添加粉末の平均径の上限は、特に限定されないが、Mg基複合材の高強度化を考慮すると1000μm以下が好ましく、100μm以下がより好ましい。
【0020】
使用する添加粉末の質量、すなわち、Mg基複合材における添加粉末の含有率は、Mg粉末との混合粉末の合計質量に対して65質量%未満が好ましく、60質量%未満がより好ましく、50質量%未満が更に好ましい。混合粉末の合計質量に対して、添加粉末の質量が65質量%以上であると、温間または熱間ひずみ付与加工後のMg基複合材のMg母相内に、面積率として50質量%以上の添加粉末の粒子が分散することになり、Mg基材と言うことは難しい。
【0021】
Mg粉末と添加粉末の混合方法と混合粉末の状態について述べる。混合粉末は、Mg粉末と添加粉末が相互に偏析することがない状態が好ましい。混合粉末の状態で、いずれかの粉末が偏析している場合、Mg基複合材が摩耗摩擦を受けた際に、摩擦摩耗を受けた部分が応力集中のサイトになり、所望の摩耗摩擦特性を得ることが困難になる場合がある。Mg粉末と添加粉末が相互に偏析することがない状態にするためには、添加粉末を微量ずつ、すなわち、一度に追加する添加粉末の質量が50g以下となるよう混合することが好ましい。50gを超えると、混合が難しく、粉末の偏析が起こることが懸念される。
【0022】
混合時に用いる容器は、乳鉢に代表される、粉末を混合できる容器であれば、特に限定されない。Mg粉末と添加粉末の混合は、作業工程の簡略化から、大気中にて、乳鉢を用いて10分以内で混合することが好ましい。Mg粉末は酸素と反応しやすいため、10分を超えて混合すると、酸化物などが混合粉末中に取り込まれ健全な混合粉末を得ることが難しい。勿論、作業の安全性を考慮し、混合粉末をアルゴン雰囲気内や真空内で、メカニカルアロイング法のように、攪拌機を用いて混合してもよい。
【0023】
2.ビレット準備と混合粉末の充填
混合粉末を温間または熱間ひずみ付与加工用ビレットに充填する。代表的なビレットの形状の例を図1に模式的に示す。ビレットに用いる材質(素材)は、MgやMg合金などの温間または熱間ひずみ付与加工ができる金属材料であることが好ましい。勿論、MgやMg合金以外の金属材料、例えば、AlやAl合金であってもよい。
【0024】
図1において、ビレットの大きさ:Sは、ひずみ付与加工時に用いる総断面減少率によって変化するが、総断面減少率を好ましくは50%以上、より好ましくは60%以上、更に好ましくは70%以上とすることが可能な大きさとする。
【0025】
混合粉末を充填させるための、空隙の大きさ:Vは、ビレット総体積(図1のS×Lに対応)に対して、50%以上、95%以下であることが好ましく、50%以上、90%以下であることがより好ましく、55%以上、85%以下であることが更に好ましい。空隙の大きさ:Vが、50%未満の場合、充填できる混合粉末の量が僅かであるため、ひずみ付与加工後、得られた加工材の大部分がビレットに用いる材質となり、Mg基複合材とは言えなくなる場合がある。空隙の大きさ:Vが95%を超える場合、温間または熱間ひずみ付与加工中に、ビレットが割れてしまい、粉末が外部に漏れてしまう場合がある。
【0026】
ビレット内に混合粉末を入れる方法として、ハンドプレス機によって圧粉体を作製し、ビレット内に入れてもよい。勿論、スプーンに代表され、粉末をすくうことができる容器を用いてビレット内に入れてもよい。その際、全ての作業は、混合粉末と酸素との反応を抑制するため、アルゴン雰囲気内または真空内で実施することが好ましいが、作業上の簡便さから、大気内で行ってもよい。また、混合粉末の充填率を制御、向上させるために、ビレットに混合粉末を充填した後、ハンドプレスを用いて圧力を付与することが好ましい。ただし、Mg粉末と添加粉末を相互に偏析させないために、ビレットを過度にタッピングしたり、あるいは振動を付与したりすることは望ましくない。混合粉末をビレット内に充填した後、ビレットと同質素材からなる上蓋を用いて、混合粉末がこぼれ出ないように密閉する。
【0027】
混合粉末の充填率は、空隙の大きさ:Vに対して、好ましくは60%以上、より好ましくは70%以上、更に好ましくは80%以上である。充填率が低いほど、本発明のMg基複合材を作製するのに要する時間は短縮される。しかし、充填率が60%未満の場合、複合材内に存在する欠陥の割合が大きくなるため、構体や部材として使用することが難しい。
【0028】
3.温間または熱間ひずみ付与加工
温間または熱間ひずみ付与加工の目的は、Mg粉末を結合・焼結させ、健全なMg母相にすることと、添加粉末の粒子をMg母相内に偏析することなく均質に分散させることである。温間または熱間加工の温度は、50℃以上、550℃以下が好ましい。加工温度が50℃未満であると、加工温度が低いため、Mg粉末同士が結合・焼結しない場合がある。また、ビレットに用いた金属材料が加工中に割れてしまい健全な複合材を作製することができない場合がある。加工温度が550℃を超えると、Mg粉末が高温に曝され、局所溶融による発火の危険が懸念される。また、押出加工の場合に用いる金型寿命の低下の原因となり得る。
【0029】
温間または熱間加工時のひずみ付与は、総断面減少率を好ましくは50%以上、より好ましくは60%以上、更に好ましくは70%以上とする。総断面減少率が50%未満であると、ひずみ付与が不十分であるため、粉末同士の結合が促進されず、健全な複合材を作製することができない場合がある。温間または熱間加工の方法は、押出加工、鍛造加工、圧延加工、引抜加工などが代表的であるが、ひずみを付与できる塑性加工法であればいずれの加工法であってもよい。
【0030】
4.Mg基複合材の微細組織および摺動部材
本発明のMg基複合材の微細組織について説明する。Mg粉末は、温間または熱間ひずみ付与加工中に結合・焼結し、Mg母相を形成するが、Mg基複合材の強度特性を維持し、かつ優れた摩擦摩耗特性を得るために、Mg母相の大きさ、すなわち結晶粒サイズは、200μm以下であることが好ましく、100μm以下であることがより好ましく、50μm以下であることが更に好ましい。Mg母相の結晶粒サイズが200μmより粗大な場合、複合材に占める結晶粒界の割合が少ないため、転位運動が結晶粒界によって阻害されず、強度特性を維持することが難しい。
【0031】
また、酸化物または窒化物の添加粉末は、各々、当該酸化物または窒化物からなる粒子としてMg母相に偏析することなく均質に分散していることが好ましい。Mg基複合材の金属組織における添加粉末粒子の平均径は、0.05μm以上であり、好ましくは0.1μm以上である。添加粉末粒子の平均径が0.05μm以上であると、高い強度特性を有しながらも優れた摩擦摩耗特性を有するMg基複合材となる。
【0032】
また、酸化物または窒化物の粒子とMg母相の結晶粒サイズとの比は、1:4〜1:10の範囲内であることが好ましく、1:4〜1:9の範囲内であることがより好ましい。酸化物または窒化物の粒子とMg母相の結晶粒サイズとの比が上記の範囲内であると、高い強度特性を有しながらも優れた摩擦摩耗特性を有するMg基複合材となる。
【0033】
また、酸化物または窒化物の粒子は、Mg母相と良好でない濡れ性を有することが好ましく考慮される。濡れ性は、接触角と両物質の表面エネルギー差の関数として表現でき、表面エネルギー差が大きい程、接触角が大きくなり、濡れ性が悪い傾向にある。すなわち、マグネシウムと粒子との表面エネルギー差が大きい程、濡れ性が悪いため、摩擦摩耗試験中に、母相と粒子間で剥離が起こりやすく、本発明の効果が得られやすい。例えば、SiやSiCの表面エネルギーは、2500、2300dyn/cmで、マグネシウム(=560dyn/cm)に対して大きい値を示す。一方、Alの表面エネルギーは、1000dyn/cmと、マグネシウムと近い値を示す(例えば、小原嗣郎, 複合材料の界面と金属のぬれ性, 日本金属学会会報, Vol. 14, No. 8 (1975), pp.581-587;上垣外修己, 表面エネルギーから見たナノメータ複合材料組織の臨界寸法, 粉体粉末冶金協会, Vol. 37, No. 7 (1990) 等参照)。
【0034】
本発明によれば、Mg基複合材の金属組織において、酸化物または窒化物の粒子がMg母相に偏析することなく均質に分散したMg基複合材を作製できる。そして、本発明のMg基複合材は、摩擦摩耗を受けた際に、この摩擦摩耗を受けた部分の摩擦係数が短時間で低下する。すなわち、本発明のMg基複合材は、後述するような乾式摩擦摩耗試験において、試験開始から一定時間経過後に、急激な摩擦係数の低下が起こり、その後は一定の摩擦係数を示すことにより、優れた摩耗摩擦特性を発揮する。摩擦係数の低下の程度は試験条件によって変動し得るが、例えば、試験開始後150秒〜1000秒の間に、60秒間に半分以上の摩擦係数の低下が起こり、試験時間1000秒経過後の摩擦係数は0.20未満の値で安定する。例えば、本発明の一実施形態では、酸化物または窒化物の粒子がSiの場合、乾式摩擦摩耗試験開始時の摩擦係数が0.4であり、試験開始後250秒から急激に摩擦係数の低下が始まり、50秒後(すなわち、試験時間300秒経過後)には、摩擦係数が0.15を示す。
【0035】
このように、本発明によれば、摩擦摩耗特性に優れた材料を提供することができ、本発明のMg基複合材は、摺動部材として好適に用いることができる。この摺動部材は、本発明のMg基複合材を含み、Mg基複合材からなる摺動面を有し、摺動面が摩擦摩耗を受けた際に、この摩擦摩耗を受けた部分の摩擦係数が短時間で低下する。このように、定常的に摩擦摩耗を受ける摺動面の特性を改善できることから、本発明の摺動部材は、摺動を受ける部分がマグネシウム製の機械部品に好適であり、自動車部品、宇宙機器部品、航空機部品など各種の分野での適用が期待できる。
【0036】
また、押出をはじめとするMgおよびMg合金展伸材は、Mgの結晶構造(六方晶)に起因し、底面が加工方向に揃う。そのため、引張変形と圧縮変形では、降伏応力に大きな違いが生じ、三次元等方変形が難しいことで知られている。この降伏異方性は、低い変形応力で発生する変形応力が原因である。一方で、微細な粒子をMg母相に分散させることで、変形双晶の形成が抑制される、または、双晶変形の形成する応力が高くなる。そのため、本発明によれば、降伏異方性が低減し、三次元等方変形可能なMgおよびMg合金を提供することが可能である。
【実施例】
【0037】
以下に、実施例により本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
<実施例1>
市販の純Mg粉末(粉末径180μm)と、市販のSi粉末(粉末径2〜3μm)を用いた。Mg基複合材のMg母相に分散するSi粒子の含有率が10%となるように秤量し、乳鉢内にて、Mg粉末とSi粉末を乾式混合した。
【0038】
MgとSiの混合粉末を充填するために、外径40mm、長さ70mmからなる市販のMg合金(Mg−3Al−1Zn;AZ31)材を使用し、機械加工にて内径20mm、深さ55mmの穴を開け、図1に示すコップ型形状からなる押出ビレットを作製した。前記混合粉末を押出ビレット内に充填した後、直径20mm、厚さ5mmからなるMg合金(AZ31)材を用いて密閉した。その際、充填率を制御するため、図1の空隙;V(=内径20mm×深さ55mmの体積)に対して、混合粉末の体積が、95%または85%となるように充填した。その後、250℃に設定したコンテナ内で30分間以上保持した後、押出比16:1にて押出による熱間ひずみ付与加工を行い、直径10mmで、長さ500mm以上の形状からなる押出材(以下、Mg基押出複合材と称する)を作製した。
【0039】
<実施例2>
Si粉末を、市販のSiO粉末に代えたこと以外は実施例1と全く同じ手順で、混合粉末を作製し、混合粉末の体積が95%または85%となるように押出ビレット内に充填した後、実施例1と同様に押出加工を行ってMg基押出複合材を作製した。
【0040】
<実施例3>
Si粉末を、市販のMnO粉末に代えたこと以外は実施例1と全く同じ手順で、混合粉末を作製し、混合粉末の体積が95%となるように押出ビレット内に充填した後、実施例1と同様に押出加工を行ってMg基押出複合材を作製した。
【0041】
<比較例1>
添加粉末を用いなかったこと以外は実施例1と全く同じ手順で、Mg粉末の体積が90%となるように押出ビレット内に充填した後、実施例1と同様に押出加工を行ってMg基押出材を作製した。
【0042】
表1に、各Mg基押出複合材の創製条件をまとめている。図2に、押出ビレットへの混合粉末の充填率を95%として作製した典型的なMg基押出複合材の外観(a)および断面写真(b)を示す。図2(a)の外観写真から、Mg基押出複合材の表面にはき裂や欠陥などがなく、健全な長尺材の創製が確認できる。また、図2(b)の断面観察から、Mg基押出複合材の外周部は、Mg合金(AZ31)からなり、内部は、Mg粉末と添加粉末との混合粉末からなる複合材によって作製されていることが分かる。
【0043】
【表1】
【0044】
アルキメデスの法則によって計測されたMg基押出複合材の充填率を表1に示す。試料番号No.1〜No.5の混合粉末の充填率は、それぞれ、95%、86%、96%、85%、93%であった。押出ビレットへの充填時の制御により、混合粉末の充填率を調整することが可能である。
【0045】
Mg母相の平均結晶粒径(結晶粒サイズ)を求めるため、光学顕微鏡を用いて、作製したMg基押出複合材の微細組織観察を行った。図3に、各Mg基押出複合材の典型的な微細組織例を示す。図3(a)〜図3(c)において、明るい領域がMg母相で、暗い領域がSi粒子、SiO粒子、またはMnO粒子である。切片法によって求めた各Mg基押出複合材のMg母相の平均結晶粒径を表1にまとめている。Mg粉末との混合時の添加粉末径や、押出ビレットへの混合粉末の充填率に関係なく、Mg母相の平均結晶粒径は、約13.0μm〜約18.0μmであった。また、添加粉末径とMg母相の平均結晶粒径との比は、1:4.37〜1:8.95の範囲であった。
【0046】
図4は、光学顕微鏡を用いて観察した、比較例1のMg基押出材(試料番号No.6)の典型的な微細組織例である。切片法によって求めたMg母相の平均結晶粒径は、14.7μmであった。
【0047】
ビッカース硬さ試験機を用いて、Mg基押出複合材の切断面(図2(b))に対する硬さを測定した。得られた結果を表1にまとめている。混合粉末の充填率に関係なく、硬さは約48.0〜53.0(Hv)であった。複合材料の硬さは、一般的に、複合則で表記することができる。すなわち、母材金属と添加材の硬さ、および、含有率の和である。試料番号No.1〜No.5のMg母相の平均結晶粒径が約13.0μm〜約18.0μmであり、添加粉末の含有率が10%であったことから、充填率は、硬さに影響を及ぼしにくいことが分かる。なお、比較例1のMg基押出材の硬さは35.2(Hv)であり、実施例1〜3のMg基押出複合材よりも低かった。
【0048】
Ball−on−Disk型摩擦摩耗試験機を用いて、Mg基押出複合材の乾式摩擦摩耗特性を調査した。Mg基押出複合材を押出方向に対して垂直方向に切断した面(図2(b))を測定面とし、高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)からなる直径4.7mmのボールを用いて、ディスク中心からの距離、すなわち回転半径1mm、付加加重0.49N、回転速度9.5rpm、試験時間5000秒の条件にて、乾式摩擦摩耗試験を実施した。乾式摩擦摩耗試験によって得られた、実施例1(試料番号No.1)、実施例2(試料番号No.3)、実施例3(試料番号No.5)の摩擦係数と摺動距離・試験時間との関係を図5に示す。なお、試験時間;1000秒〜5000秒では摩擦係数は一定の値であったため、図5では、試験時間;1000秒までの結果を示す。
【0049】
図5より、試料番号No.1、試料番号No.3、試料番号No.5では、試験開始時から試験時間;約150秒までの摩擦係数は、いずれも0.25〜0.40程度の値を示すが、試験時間;約180秒〜約400秒において、摩擦係数が0.20未満(約0.03〜約0.18程度)まで急激な低下が起こり、その後、一定の値を示すことが確認できる(図5(c)、(e)、(d))。特に、試料番号No.3(Mg−SiO)、試料番号No.5(Mg−MnO)では、試験時間;約180秒〜約230秒の短い時間で、摩擦係数が0.07未満(約0.03〜約0.06程度)まで非常に急激な低下が起こり、その後、安定して一定の値を示すことが確認できる(図5(e)、(d))。一方、添加粉末を含有していないMg基押出材(試料番号No.6)では、試験開始時から摩擦係数の減少は見られず、試験時間が1000秒を経過後も摩擦係数の減少は確認されなかった(図5(a))。これらの結果より、添加粉末の有無によって、Mg基複合材の摩擦係数の減少に大きく影響を及ぼすことが分かる。なお、図5には、参考例として、純Mg粉末とAl粉末の混合粉末を用いて作製したMg基押出複合材の試験結果も示す。試験時間;約600秒において摩擦係数が約0.1まで急激に低下し、その後、実施例1〜3の試料と同様に、一定の値を示すことが確認できる(図5(b))。
【0050】
摩擦摩耗試験後、測定面の表面粗さをレーザー顕微鏡によって計測し、以下の式(1)によって摩耗量を求めた。ただし、摩耗量は、付与加重Pや、すべり距離Dなどによって変化するため、本実施例では、比摩耗量Kを用いて摩耗特性を評価した。
【0051】
(数1)
K=A・b/P/D (1)
【0052】
式(1)のAは、レーザー顕微鏡などから計測される断面積で、bは、Ball−on−Disk試験時のボールの回転円周(本実施例では6.2mm)である。レーザー顕微鏡によって計測された摩擦摩耗試験後の測定面の典型的な二次元断面像を図6に示す。図内中心部に矢印で示した部分が、摩擦摩耗試験によって形成され、式(1)のAに該当する。表1に、各Mg基押出複合材の比摩耗量をまとめている。Mg基押出複合材の比摩耗量はいずれも、添加粉末を含有していないMg基押出材(比較例1)と比べて小さい値を示し、摩耗特性に優れていることが分かる。このようなMg基押出複合材の優れた摩耗特性は、押出材の硬さと関連付けることができる。すなわち、押出材の硬さが大きい程、比摩耗量が小さく、摩擦特性に優れていることが分かる。これは、摩耗時のメカニズムに起因するもので、高硬度材であるほど、相手材(今回の実施例であればボール)への攻撃が盛んである。この様な状況下では、平滑な表面状態を形成するアブレシブ摩耗機構を誘発しやすく、摩耗の抑制が可能となるためである。
図1
図2
図3
図4
図5
図6