【解決手段】不純物として亜鉛を含んでいることにより、330nmの波長を含む蛍光を発光可能なアルミナであるアルミナ蛍光体に対して、290nmまたはそれよりも短い波長の光である励起光を照射したときの蛍光の発光強度を低下させることができる強度のレーザ光を、記録すべき情報形状に基づいて定まる照射範囲に照射することで情報を記録する。このアルミナ蛍光体に、290nmの波長またはそれよりも短い波長を含む励起光を照射して、アルミナ蛍光体から発光される330nmの波長を含む紫外光を観測する読み出しステップ(S1)を備える。
不純物として亜鉛を含んでいることにより、330nmの波長を含む蛍光を発光可能なアルミナであるアルミナ蛍光体に対して、290nmまたはそれよりも短い波長の光である励起光を照射したときの前記蛍光の発光強度を低下させることができる強度のレーザ光を、記録すべき情報形状に基づいて定まる照射範囲に照射することで、前記アルミナ蛍光体を、前記励起光が照射された場合に、前記情報形状が表現された蛍光を発光する情報記録状態とする記録ステップ(S1)を備える情報記録方法。
前記記録ステップの前または後に、前記アルミナ蛍光体に、230nmより長く630nmより短い波長の蛍光減少光を照射して、前記励起光を照射したときの前記蛍光の発光強度を低下させる発光強度低下ステップ(S2)を備える請求項1または2に記載の情報記録方法。
不純物として亜鉛を含んでいることにより330nmの波長を含む蛍光を発光するアルミナであるアルミナ蛍光体であって、230nmより長く630nmより短い波長の光である蛍光減少光を前記蛍光が実質的に発光しなくなるまで照射した後で、290nmの波長またはそれよりも短い波長の光である励起光が照射された場合に、情報形状が表現された蛍光を発光する情報記録状態となっている前記アルミナ蛍光体に対して、前記励起光を照射し、前記アルミナ蛍光体から発光される330nmの波長を含む紫外光を観測する読み出しステップ(S11)を備える情報読み出し方法。
前記読み出しステップは、前記励起光として、230nm〜290nmの波長の光である励起蛍光減少光を前記アルミナ蛍光体に照射することで、前記情報形状が表現された蛍光を発光させつつ、前記情報形状が表現された蛍光の発光強度を減少させる、請求項4に記載の情報読み出し方法。
前記読み出しステップを実行後、290nmよりも長い波長であり、かつ、630nmよりも短い波長の光である非励起蛍光減少光を前記アルミナ蛍光体に照射することで、前記情報形状が表現された蛍光を発光させることなく、前記励起光が照射された場合の前記情報形状が表現された蛍光の発光強度を減少させる一時消去ステップ(S12)を備える請求項4〜6のいずれか1項に記載の情報読み出し方法。
不純物として亜鉛を含んでいることにより330nmの波長を含む蛍光を発光するアルミナであるアルミナ蛍光体であって、230nmよりも長く630nmよりも短い波長の光である蛍光減少光を前記蛍光が実質的に発光しなくなるまで照射した後で、230nmの波長またはそれよりも短い波長の光である回復光を照射したときに、相対的に前記蛍光の発光強度が相違する部分が生じることで、情報形状が表現されるアルミナ蛍光体。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載されているように、紫外線を照射して発光する蛍光体を用いて情報を記録しておけば、普段は情報を見ることができない。そのため、情報の秘匿性の観点で好ましい。しかし、蛍光が可視光であるので、情報読出者が情報を読み出している状況では、情報を読み出していること、および、記録された情報が第三者に知られやすい。
【0005】
情報読出者が情報を読み出しているときに記録された情報が第三者に知られやすい点で、情報の秘匿性が十分ではない。加えて、情報を読み出していることが知られるだけでも、情報の秘匿性の点で十分ではない。詳しく説明すると、情報読出者が情報を読み出している状況を第三者が見た場合、情報読出者が何らかの処置をすることで、可視光を発光させていることが分かる。その処置が紫外線照射であることまでは、第三者は分からないが、可視光を発光させるために紫外線を照射する技術は広く知られている。
【0006】
そのため、情報読出者が情報を読み出している状況を第三者に見られると、次に説明することを第三者が実行する恐れが生じる。すなわち、第三者は、その場では紫外線を照射して情報を読み出していることが推測できるに留まり、記録されている情報の内容までは知ることができなかったとしても、その後、紫外線を照射して、そこに記録されている情報を読み出してしまう恐れが生じる。よって、情報を読み出していることが第三者に分かることは、情報の秘匿性の観点で好ましくない。
【0007】
また、紫外線を照射して情報を読み出している状況を第三者に見られた恐れがある情報読出者は、第三者に情報を読み出されることを防止するために、その情報を消去することを考えることもある。しかし、情報を消去するために蛍光インクや蛍光体を除去する作業が必要であると、情報の除去が容易ではない。
【0008】
蛍光インクであれば完全に除去できる可能性もあるが、手間がかかる作業になってしまう。また、蛍光体であれば、物性に依存するので物性変更まで要求されることになる。よって、実質的に情報を消去することは不可能である。このように、蛍光インクや蛍光体で情報が記録されている場合、情報の消去は容易ではない。その結果、情報が容易に読み出し可能な状態で残っている場合が多くなる。情報が容易に読み出し可能な状態で残っていることは情報の秘匿性の点で十分ではない。
【0009】
さらには、蛍光インクや蛍光体で情報を記録している場合、基材の表面に、それら蛍光インクや蛍光体を塗布することになる。基材の表面への塗布では、表面の削れや傷により情報が読み取れなくなる恐れがある。
【0010】
本開示は、この事情に基づいて成されたものであり、その目的とするところは、秘匿性が高く、かつ、情報が毀損して読み取れない恐れも少ない情報記録方法、情報読み出し方法、および、それらの方法に用いるアルミナ蛍光体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的は独立請求項に記載の特徴の組み合わせにより達成され、また、下位請求項は更なる有利な具体例を規定する。特許請求の範囲に記載した括弧内の符号は、一つの態様として後述する実施形態に記載の具体的手段との対応関係を示すものであって、開示した技術的範囲を限定するものではない。
【0012】
上記目的を達成するための請求項1に記載の情報記録方法は、不純物として亜鉛を含んでいることにより、330nmの波長を含む蛍光を発光可能なアルミナであるアルミナ蛍光体に対して、290nmまたはそれよりも短い波長の光である励起光を照射したときの蛍光の発光強度を低下させることができる強度のレーザ光を、記録すべき情報形状に基づいて定まる照射範囲に照射することで、アルミナ蛍光体を、励起光が照射された場合に、情報形状が表現された蛍光を発光する情報記録状態とする記録ステップ(S1)を備える。
【0013】
この情報記録方法により情報記録状態としたアルミナ蛍光体は、励起光が照射された場合に、情報形状が表現された蛍光を発光する。この蛍光は330nmの波長を中心とする光すなわち紫外光である。また、励起光も紫外光である。
【0014】
よって、情報読出者が、この情報記録方法により情報記録状態となっているアルミナ蛍光体に対して励起光を照射して情報を読み出している状況を第三者が見ても、情報を読み出している作業をしているかどうかさえも分からない。したがって、情報の秘匿性が向上する。
【0015】
また、情報が記録される媒体が、硬い物質であるアルミナであり、かつ、そのアルミナにレーザ加工により情報が記録されているので、傷や汚れにより、読み取れない状態まで情報が毀損してしまう恐れも少ない。
【0016】
請求項2に記載の情報記録方法は、レーザ光としてフェムト秒レーザ光を照射する。フェムト秒レーザ光は高いエネルギーを持つので、フェムト秒レーザ光を照射することで、励起光を照射したときの蛍光の発光強度を、容易に低下させることができる。
【0017】
請求項3に記載の情報記録方法は、記録ステップの前または後に、アルミナ蛍光体に、230nmより長く630nmより短い波長の蛍光減少光を照射して、励起光を照射したときの蛍光の発光強度を低下させる発光強度低下ステップ(S2)を備える。
【0018】
発光強度低下ステップを実行した後のアルミナ蛍光体からは、励起光を短時間、照射するだけでは情報を読み出すことができない。情報を読み出したい場合には、230nmまたはそれよりも短い波長の光である回復光を照射する必要がある。
【0019】
回復光は励起光でもあるが、情報を読み出し可能な状態に回復させるための回復光の照射時間は、回復光による回復後に、その光を励起光として用いて蛍光を発光させる時間よりもずっと長い時間である。以下、情報を読み出すためには回復光を照射する必要がある状態を、一時消去状態とする。
【0020】
一時消去状態にしておけば、第三者がアルミナ蛍光体から情報を読み出すことが、より困難になる。したがって、情報の秘匿性がさらに向上する。一方、回復光を照射した後に励起光を照射すればよいことを知っている正規の利用者は、一時消去状態のアルミナ蛍光体から、容易に情報を読み出すことができる。
【0021】
上記目的を達成するための請求項4に記載の情報読み出し方法は、不純物として亜鉛を含んでいることにより330nmの波長を含む蛍光を発光するアルミナであるアルミナ蛍光体であって、230nmより長く630nmより短い波長の光である蛍光減少光を蛍光が実質的に発光しなくなるまで照射した後で、290nmの波長またはそれよりも短い波長の光である励起光が照射された場合に、情報形状が表現された蛍光を発光する情報記録状態となっているアルミナ蛍光体に対して、励起光を照射し、アルミナ蛍光体から発光される330nmの波長を含む紫外光を観測する読み出しステップ(S11)を備える。
【0022】
情報記録状態となっているアルミナ蛍光体に励起光を照射すると、情報形状が表現された蛍光を発光する。この蛍光は、330nmの波長を含む紫外光である。そこで、アルミナ蛍光体から発光される330nmの波長を含む紫外光を観測する。これにより、情報記録状態となっているアルミナ蛍光体から情報を読み出すことができる。
【0023】
このようにして情報を読み出す場合、情報読出者は、紫外光を照射して紫外光を観測しているので、情報を読み出している状況を第三者が見ても、情報を読み出している作業をしているかどうかさえも分からない。よって、秘匿性の高い情報読み出し方法が実現される。
【0024】
また、このアルミナ蛍光体は、すでに説明した通り、レーザ加工により、情報が記録されている。アルミナ蛍光体は硬い物質であり、その硬い物質にレーザ加工により情報が記録されているので、情報が毀損して読み取れない恐れも少ない。
【0025】
請求項5に記載の情報読み出し方法は、励起光として、230nmまたはそれよりも短い波長の光を照射する。前述した一時消去状態になっていても、回復光を照射すれば、再び情報を読み出すことができる。回復光は230nmまたはそれよりも短い波長の光であことから、励起光として、230nmまたはそれよりも短い波長の光が照射することは、同時に、回復光も照射することを意味する。したがって、励起光として、230nmまたはそれよりも短い波長の光を照射すれば、一時消去状態になっているアルミナ蛍光体から、情報を読み出すことができる。
【0026】
請求項6に記載の情報読み出し方法では、読み出しステップは、励起光として、230nm〜290nmの波長の光である励起蛍光減少光をアルミナ蛍光体に照射することで、情報形状が表現された蛍光を発光させつつ、情報形状が表現された蛍光の発光強度を減少させる。
【0027】
励起蛍光減少光を照射すると、蛍光を発光しつつも、その発光強度が減少する。よって、一時消去状態になるまでに情報を読み出すことができる回数を制限することができる。これにより、情報の秘匿性が向上する。
【0028】
請求項7に記載の情報読み出し方法では、読み出しステップを実行後、290nmよりも長い波長であり、かつ、630nmよりも短い波長の光である非励起蛍光減少光をアルミナ蛍光体に照射することで、情報形状が表現された蛍光を発光させることなく、励起光が照射された場合の情報形状が表現された蛍光の発光強度を減少させる一時消去ステップ(S12)を備える。
【0029】
この一時消去ステップを実行すると、アルミナ蛍光体は、前述した一時消去状態になる。これによって、さらに、情報の秘匿性が向上する。また、一時消去状態にするには、非励起蛍光減少光をアルミナ蛍光体に照射すればよいので、容易にアルミナ蛍光体を一時消去状態にすることができる。
【0030】
上記目的を達成するための請求項8に記載のアルミナ蛍光体は、不純物として亜鉛を含んでいることにより330nmの波長を含む蛍光を発光するアルミナであるアルミナ蛍光体であって、230nmよりも長く630nmよりも短い波長の光である蛍光減少光を蛍光が実質的に発光しなくなるまで照射した後で、230nmの波長またはそれよりも短い波長の光である回復光を照射したときに、相対的に蛍光の発光強度が相違する部分が生じることで、情報形状が表現されるアルミナ蛍光体である。
このアルミナ蛍光体は、上述した情報記録方法および情報読み出し方法で用いる。
【発明を実施するための形態】
【0032】
[1.アルミナ蛍光体の特性]
[1.1 蛍光特性]
アルミナに不純物として亜鉛(以下、Zn)を加えると、215nm、230nm、260nmに吸収スペクトルを持ち、波長330nmと420nmの蛍光を発光する。蛍光を確認する実験では、アルミナ結晶にZnを加えている。アルミナ結晶はサファイアと呼ばれることが多い。そこで、以下では、不純物としてZnを含んでいることにより330nmの波長を含む蛍光を発光するアルミナ結晶を、サファイア蛍光体とする。
【0033】
2つの発光波長のうち、330nmの発光は、215nm、230nm、260nmの励起光で観測できた。一方、420nmの発光は、260nmの励起光では非常に弱い、あるいは、発光しなかった。表1に、サファイア蛍光体の光吸収波長と、発光波長別のエネルギー比率を示す。
【表1】
表1から推定できるエネルギー準位の関係図を
図1に示している。
図1に示すように、準位Aと準位Bは相関があるが、準位Dと準位Bは相関が低くなっている。
【0034】
図2に、照射波長と発光波長の関係を示す。
図2は蛍光スペクトル測定により得た結果を示している。
図2に示すように、発光波長のピークが330nmとなっている山は、照射波長の長波長側の端が約290nmになっている。このことより、330nmの波長を含む蛍光を発光させるための照射波長の長波長側の境界は290nmであると推定する。
【0035】
一方、発光波長のピークが330nmとなっている山の、照射波長の短波長側の端は
図2において切れている下方にまで続いている。このことより、330nmの波長を含む蛍光を発光させるための照射波長の短波長側の境界は特にないと推定する。
【0036】
ただし、発光強度を考慮すると、330nmの波長を含む蛍光を発光させるための照射波長は200nm〜290nmの範囲が好ましく、220nm〜290nmの範囲がさらに好ましい。なお、330nmの波長を含む蛍光を発光させるために最も好ましい波長は260nmである。
【0037】
[1.2 発光強度の減少と回復]
330nmの発光は、太陽光、蛍光灯、白熱ランプなどの光を照射すると、励起光を照射したときの発光強度が減少することが分かった。ただし、330nmの発光強度は、215nm、230nmの波長の光を照射すると、回復することも分かった。一方、残りの励起波長である260nmでは、330nmの発光強度は、ほとんど回復しないことも分かった。
【0038】
表2に、励起波長と信号回復率の関係を示す。表2に示すデータは、晴天下で2時間の屋外暴露を行い、表2に示す照射波長、照射時間で照射を行った後、230nmの励起光を照射したときの330nmの発光強度を調べた表である。なお、215nmの波長は回復が早いため照射時間を5分としている。
【0039】
生データの回復比は、それぞれ、屋外暴露前に、230nmの波長を照射して測定した発光強度に対する、表2に示す各照射波長の光を表2に示す照射時間だけ照射した後に230nmの波長を照射して測定した発光強度の比率である。一方、照射時間補正後の各数値は、215nmの波長の生データに対して4を乗じた値である。215nmの波長の照射時間を他の波長と同じにする場合、照射時間を4倍にすることになるからである。
【0040】
【表2】
表2から分かるように、215nmあるいは230nmの光照射で、230nmの光照射による330nmの発光強度が回復する。回復比は、230nmよりも215nmの照射のほうが著しく大きい。表2の最右欄に示す回復比率を230nmと215nmで比較すると、215nmの回復比率は230nmの回復比率のおよそ9倍である。よって、215nmの波長の光を照射すると、サファイア蛍光体は、迅速に強い発光強度の蛍光を発光可能な状態に回復すると言える。また、215nmよりも短い波長の光でも215nmの準位に励起させることができる。よって、215nmまたは215nmよりも短い波長の光を照射すると、サファイア蛍光体を、迅速に強い発光強度の蛍光を発光可能な状態に回復させることができると言える。
【0041】
260nmの波長を照射した場合の回復比は表2の左から2列目に示されるように1.2である。つまり、260nmの波長を照射しても、330nmの発光強度はほとんど回復しない。
【0042】
[1.3 発光強度を減少させる波長]
太陽光照射により、330nmの発光強度が減少することを述べた。次に、具体的にどの波長が発光強度の減少に影響しているかを調べた実験結果を示す。表3は、215nmの光を2分間照射後、200nm〜700nmの光を10分間照射し、その後、260nmの励起光を照射して、330nmの蛍光を観察した結果を示している。また、
図3は、表3をグラフ化したものである。
【0043】
【表3】
これら表3、
図3から分かるように、発光強度の減少は、波長が230nmより長くなるあたりから急激に生じていることが分かる。そして、発光強度の減少は、波長が420nmよりも長くても生じていることが分かる。
【0044】
図3のグラフにおいて左端の発光強度が、発光強度減少前の発光強度であるとすると、少なくとも230nm〜630nmまでの波長域は、発光強度を減少させる波長域であると言える。蛍光の発光強度を減少させる光を、以下、蛍光減少光とする。230nm〜630nmの波長域の光が蛍光減少光である。
【0045】
一方、すでに説明したように、290nmよりも短波長であれば、サファイア蛍光体を励起状態にして330nmの波長を含む蛍光を発光させることができる。よって、230nm〜630nmの波長域の中で、230nm〜290nmの波長域は、サファイア蛍光体を励起状態にすることができる。230nm〜290nmまでの光を、蛍光減少光の中でも励起蛍光減少光とする。
【0046】
290nmよりも長い波長であって630nmよりも短い波長の光は、サファイア蛍光体を励起状態にしない。この波長範囲の光を、蛍光減少光の中でも非励起蛍光減少光とする。
【0047】
[1.4 発光可能状態の持続期間]
表2に示したように、215nmや230nmの光を照射すると、発光強度が回復する。励起光を照射すると、観測可能な発光強度の330nmの蛍光を発光可能な状態を、以下、発光可能状態とする。発光可能状態の持続期間は、暗所で保存した場合、55日以上あることが分かった。
【0048】
[1.5 蛍光に寄与する不純物]
次に、サファイア結晶に加える不純物の検討結果を説明する。不純物が加えられていないサファイア結晶は、260nmに吸収スペクトルはなく、また、330nmの蛍光を発光しない。不純物を加えることにより、330nmの蛍光を発光することになる。
【0049】
表4に、複数の不純物を加えたサンプルと発光強度との関係を示す。また、
図4に、表4に示すZnの濃度と発光強度とを示す。
【0050】
【表4】
これら
図4、表4に示す不純物の数値は、TOF−SIMSによる定性分析値である。また、発光強度は、屋外暴露を5分間行った後、215nmの光を5分間照射した後で測定した。測定では、260nmの波長で励起させ、330nmの蛍光の発光強度を測定している。
【0051】
図4に示すように、試料4はZnの濃度が高く、試料3はZnの濃度が低い。そして、試料4は発光強度が最も強く、試料3は発光強度がほとんどない。また、試料1、2は、Znの濃度が試料3と試料4の間であり、発光強度も試料3と試料4の間である。このことから、330nmの波長の発光には、Znが寄与していると推定できる。
【0052】
他の不純物、すなわち、Mg、Cr、Cu、Niには、Znのような発光強度との相関は見られなかった。このことから、330nmの蛍光の発光に最も寄与している不純物はZnであると推定できる。
【0053】
なお、330nmの発光強度が230nmよりも短い波長を照射することで回復する機能が、Znドープのみで達成されるのか、あるいは、他の不純物も寄与しているかは不明である。
【0054】
ただし、他の不純物としてMgが関与している可能性があると考察している。この考察の理由は次の通りである。Mgの添加量が多い試料はいずれも、発光強度が高めになっている試料が多い(試料1、2、4)。また、Mgは420nmの蛍光に関連していることが知られており、420nmの蛍光は、
図1に示したように、215nmの吸収スペクトルと関連している。したがって、Mgを添加すると、215nmの波長の光が励起されやすい。そして、表2を用いて説明したように、215nmは、励起光照射による330nmの発光強度を大きく回復させる波長だからである。
【0055】
[1.6 サファイア蛍光体の特性まとめ]
サファイア蛍光体の特性をまとめると、以下の特性を備えると言える。
・290nmまたはそれよりも短い波長の光である励起光を照射すると、サファイア蛍光体の電子は励起状態に遷移する。
・遷移した電子が基底状態に遷移するときの蛍光の波長は330nmと420nmである。
・330nmの蛍光は、230nm以上の波長の光である蛍光減少光の照射により、発光強度が減少する。
・蛍光減少光の波長範囲のうち励起光の波長範囲と重複する波長範囲の光は、励起するが蛍光の発光強度が減少する励起蛍光減少光である。
・蛍光減少光の波長範囲のうち、励起光の波長範囲と重複しない波長範囲の光は、蛍光が発光せずに、その後に励起光が照射された場合の蛍光の発光強度が低下する非励起蛍光減少光である。
・330nmの蛍光は、230nmまたはそれより短い波長の光を照射することで、その後の励起光の照射時の発光強度が回復する。230nmまたはそれより短い波長の光を回復光とする。
・一度、発光強度が回復すると、230nm以上の波長の光が照射されない環境に保存しておけば、励起光の照射時の発光強度が長期間維持される。
【0056】
[2.レーザ加工による変化]
上記サファイア蛍光体に対してレーザ加工を行うと、レーザ加工した部分は、励起光を照射したときの発光強度が低下する。このことを次に説明する。
【0057】
図5に、レーザ加工したサファイア蛍光体と、レーザ加工していないサファイア蛍光体に対して、励起光を照射した後の蛍光の発光強度を測定した結果を示す。レーザ加工にはフェムト秒レーザを用いた。
【0058】
試料には、表4に示した試料1を用いた。レーザ加工条件は、レーザ出力が1W、レーザ波長が800nm、パルス幅が50fs、走査速度が0.5mm/s、走査間隔は0.5μmである。発光強度は、260nmの波長の光を照射したときの蛍光の発光強度である。
【0059】
図5に示されるように、レーザ加工を行うと、レーザ加工をしていないサファイア蛍光体であれば330nmに強い発光を示す光を照射しても、ほとんど発光しない。この理由は、レーザ加工により組織が破壊され、レーザ加工部分はサファイア蛍光体でなくなっているからだと推定できる。
【0060】
また、レーザ加工した部分は、回復光を照射しても、その後に励起光を照射したときの330nmの発光強度は、レーザ加工をしていない場合ほどには回復しない。次に、このことを示す。
【0061】
図6に、
図5と同じ試料に対して、太陽光を2時間照射し、215nmの波長の光を照射した後に、260nmの波長の光を照射したときの330nmの波長の発光強度を示している。
【0062】
図6から、太陽光照射をした後、回復光を照射しても、レーザ加工した部分とレーザ加工していない部分とでは、330nmの波長の発光強度に差があることが分かる。
【0063】
図5に示した結果から、レーザ加工を、情報形状に基づいて定まる範囲に対して行うことで、励起光を照射したときの330nmの発光により情報形状を表現できることが分かる。
【0064】
また、レーザ加工により情報を記録する方法の場合、太陽光が照射されて、レーザ加工されていない部分も蛍光の発光強度が低なっても、
図6に示すように、励起光を照射することで、再び、レーザ加工された部分とレーザ加工されていない部分の蛍光の発光強度に違いが生じる。したがって、太陽光に晒されてしまった後でも、情報を読み出すことができる。
【0065】
[3.情報記録方法および情報読み出し方法]
次に、上述した特性を備えたサファイア結晶体を用いる情報記録方法および情報読み出し方法を説明する。
図7に情報記録方法の手順を示し、
図8に情報読み出し方法の手順を示す。
【0066】
[3.1 情報記録方法]
まず、
図7に示す情報記録方法から説明する。ステップ(以下、ステップを省略)S1は記録ステップであり、サファイア蛍光体に対して情報書き込みを行う。具体的には、フェムト秒レーザを使って、情報形状に基づいて定まる照射範囲にフェムト秒レーザ光を照射する。情報形状に基づいて定まる照射範囲は、その情報が文字であれば、たとえば、文字の範囲である。また、反対に、文字の周囲を照射範囲とすることもできる。発光強度の相対的な差により情報形状は認識できるので、照射範囲は、文字など情報形状の範囲でもよいし、その情報形状の周囲でもよい。
【0067】
レーザ光による加工条件は、励起光を照射したときに、レーザ光を照射した範囲と、レーザ光を照射していない範囲とで、330nmの波長の光の発光強度に差が生じる条件であればよい。レーザ加工条件は、予め実験して決定しておく。たとえば、レーザ光の強度は、0.1W〜1.0Wの範囲とする。
【0068】
S2は発光強度低下ステップである。S2では、アルミナ蛍光体に対して、情報形状が表現されている範囲を含むように蛍光減少光を照射して、回復光ではない励起光が照射されたときの330nmの蛍光の発光強度を十分に低下させておく。すなわち、アルミナ蛍光体を一時消去状態にしておく。
【0069】
蛍光減少光は、励起蛍光減少光および非励起蛍光減少光のいずれでもよい。たとえば、励起蛍光減少光である260nmの波長の光を照射する。また、260nmの光に代えて、290nm〜380nmの光を用いれば、
図3を用いて説明したように、260nmの光を同じ時間照射する場合に比較して、励起光を照射したときの発光強度を迅速に低くすることができる。照射時間は、予め決めておくことができる。また、励起蛍光減少光を照射する場合には、330nmの蛍光の発光強度を観測して、十分にその発光強度が低下した時点で照射を終了してもよい。
【0070】
このS2を実行した後のアルミナ蛍光体は、230nmまたはそれよりも短い波長の光である回復光が照射されなければ、330nmの蛍光の発光強度は回復しない。通常の環境では、230nmまたはそれよりも短い波長の光が、アルミナ蛍光体の蛍光発光強度を回復させるほどに強く照射されることは少ない。むしろ、230nm〜630nmの波長の光である蛍光減少光に曝露される可能性の方が高い。
【0071】
そのため、このS2を実行することで、230nmよりも長い波長の励起光が照射されても、情報を読み取ることができない。また、230nmまたはそれよりも短い波長の励起光でも、迅速には、情報を読み取ることができない状態である。一時消去状態になっているサファイア蛍光体を、330nmの蛍光を発光する状態(すなわち、発光可能状態)に回復させるには、表2に示したような時間、回復光を照射する必要があるからである。
【0072】
発光可能状態になっているときに330nmの蛍光を発光させるために励起光を照射する時間は数秒で十分であり、それに比較すると、サファイア蛍光体を一時消去状態から発光可能状態に回復させるために回復光を照射する時間は、有意に長い時間である。よって、S2を実行することで、アルミナ蛍光体から情報を容易に読み取ることが困難な状態にできる。
【0073】
[3.2 情報読み出し方法]
次に、
図8に示す情報読み出し方法を説明する。情報読み出し方法を実行する者は、通常、情報記録方法を実行した者とは別の者であるが、情報記録方法を実行した者が情報読み出し方法を実行してもよい。
【0074】
S11は読み出しステップである。読み出しステップでは、サファイア蛍光体に回復光を照射して、330nmの発光を観測する。330nmの光はCCDカメラで観測することができる。回復光を照射することで、一時消去状態になっていたアルミナ蛍光体が発光可能状態になる。また、回復光は励起光としても機能する。したがって、回復光を照射することで、一時消去状態になっていたアルミナ蛍光体は、330nmの蛍光を発光する。330nmの蛍光は、周囲の部分との発光強度の差により情報形状を表す。そこで、S11では、この情報形状を読取る。
【0075】
S12は一時消去ステップであり、非励起蛍光減少光を照射して、再び、アルミナ蛍光体を一時消去状態にする。アルミナ蛍光体を第三者に取得された場合を考慮して、情報を容易に読み取ることが困難な状態にしておくのである。なお、非励起蛍光減少光に代えて、励起蛍光減少光を照射してもよい。
【0076】
図9は、サファイア蛍光体に、文字「D」が観測できる状態を示している。この「D」は、レーザ加工部分10であり、レーザ加工部分10は情報形状を有している。その周囲が蛍光部分20である。蛍光部分20は、励起光が照射されたときの蛍光の発光強度がレーザ加工部分10よりも相対的に強い。この発光強度の相対的な差により情報形状が観測できる。つまり、この発光強度の相対的な差により情報形状が表現されていることになる。
【0077】
[情報記録方法および情報読み出し方法のまとめ]
図7に示した情報記録方法によりサファイア蛍光体に情報を記録しておき、その情報を
図8に示した情報読み出し方法で読み出す場合、情報読出者は、情報記録状態となっているアルミナ蛍光体に、回復光を照射する。これにより、サファイア蛍光体は、情報形状が表現された蛍光を発光する。情報読出者は、その蛍光を観測して情報を読み出す。
【0078】
この蛍光は、330nmの波長を含む紫外光である。また、回復光も紫外光である。よって、情報を読み出している状況を第三者が見ても、情報を読み出している作業をしているかどうかさえも分からない。よって、秘匿性の高い情報読み出し方法が実現される。
【0079】
また、非励起蛍光減少光である、290nmよりも長い波長であって630nmよりも短い波長の光を照射すると、励起光を照射しただけでは、発光可能状態ほど容易に発光を観測することができない一時消去状態にすることができる。これにより、情報の秘匿性がより向上する。
【0080】
また、サファイア蛍光体は、硬い物質であり、そのサファイア蛍光体にレーザ加工により情報が記録されているので、傷や汚れにより、読み取れない状態まで情報が毀損してしまう恐れも少ない。
【0081】
以上、実施形態を説明したが、開示した技術は上述の実施形態に限定されるものではなく、次の変形例も開示した範囲に含まれ、さらに、下記以外にも要旨を逸脱しない範囲内で種々変更して実施できる。
【0082】
<変形例1>
図7ではS2を実行して、発光強度を低下させていた。しかし、S1を実行後、サファイア蛍光体が太陽光に晒される環境に置かれることがわかっている場合には、S2を実行しなくてもよい。太陽光には、蛍光減少光が含まれているからである。
【0083】
<変形例2>
また、S1を実行後、S2を実行せずに、S1を実行したアルミナ蛍光体を、情報を読み出すまで、暗所に保管しておいてもよい。暗所に保管しておくことにより、励起光を少照射したときの330nmの蛍光の発光強度が経時的に低下してしまうことが抑制できる。
【0084】
したがって、励起光を照射したときの330nmの蛍光の発光強度を回復させるために、アルミナ蛍光体に回復光を照射する時間を短くできる。あるいは、回復光の照射を不要にできる。
【0085】
回復光の照射が不要である場合には、回復光の機能を備えていない励起光、すなわち、励起蛍光減少光を照射することでも、アルミナ蛍光体から情報を読み出すことができる。励起蛍光減少光を用いれば、読み出しと同時に、蛍光の発光強度を低下させることができる。したがって、一時消去状態になるまでに情報を読み出すことができる回数を制限することができる。この点でも秘匿性が向上する。
【0086】
<変形例3>
前述の実施形態では、アルミナ蛍光体の例として、サファイア蛍光体を示した。つまり、アルミナは結晶であった。しかし、アモルファスのアルミナ蛍光体を用いてもよい。
【0087】
<変形例4>
情報形状の表現態様は、情報形状の全体をレーザ加工部分10にする態様に限られない。
図10は、情報形状の輪郭部分を、レーザ加工部分10としている。また、
図11は、情報形状の周囲をレーザ加工部分10としている。
【0088】
<変形例5>
図7に示した記録ステップ(S1)と発光強度低下ステップは、順番を入れ替えてもよい。