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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2019-137890(P2019-137890A)
(43)【公開日】2019年8月22日
(54)【発明の名称】無限軌道帯用ピン
(51)【国際特許分類】
   C21D 9/00 20060101AFI20190726BHJP
   B62D 55/21 20060101ALI20190726BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20190726BHJP
   C22C 38/54 20060101ALN20190726BHJP
【FI】
   C21D9/00 E
   B62D55/21 Z
   C22C38/00 301Z
   C22C38/54
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2018-21620(P2018-21620)
(22)【出願日】2018年2月9日
(71)【出願人】
【識別番号】000110251
【氏名又は名称】トピー工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000431
【氏名又は名称】特許業務法人高橋特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】薛 衛 東
(72)【発明者】
【氏名】中 川 英 司
(72)【発明者】
【氏名】能 城 大 輔
【テーマコード(参考)】
4K042
【Fターム(参考)】
4K042AA25
4K042BA01
4K042BA03
4K042BA04
4K042BA09
4K042CA15
4K042DA01
4K042DB01
4K042DC02
4K042DC05
4K042DD04
4K042DE07
4K042DF01
(57)【要約】
【課題】5mm以上の硬化層厚さを有し、且つ、例えば550MPa以上の圧縮残留応力を有する無限軌道帯用ピンを提供する。
【解決手段】本発明の無限軌道帯用ピンは、硬化層厚さが5mm以上であり、硬さ分布の傾斜値(m)が7.5以上の領域を有する。そして、本発明の無限軌道帯用ピンにおいて、硬化層と非硬化層の境界領域の伝熱速度を(δt)、硬化層と非硬化層の境界における加熱直後の温度を(T1)、冷却直前の温度であってAc3変態点以上の温度を(T2)として、加熱後、熱伝導時間「(T2−T1)/δt」だけ加熱も強制冷却もせず、当該熱伝導時間を経過してから強制冷却することにより熱処理されるのが好ましい。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
硬化層厚さが5mm以上であり、硬さ分布の傾斜値が7.5以上の領域を有し、表面が研磨加工されていないことを特徴とする無限軌道帯用ピン。
【請求項2】
硬化層と非硬化層の境界領域の伝熱速度をδt、
硬化層と非硬化層の境界における加熱直後の温度をT1、
冷却直前の温度であってAc3変態点以上の温度をT2として、
加熱後、熱伝導時間(T2−T1)/δtだけ加熱も強制冷却もせず、当該熱伝導時間を経過してから強制冷却することにより熱処理される請求項1の無限軌道帯用ピン。
【請求項3】
誘導加熱工程と冷却工程を有し、
硬化層と非硬化層の境界領域の伝熱速度をδt、
硬化層と非硬化層の境界における加熱直後の温度をT1、
冷却直前の温度であってAc3変態点以上の温度をT2として、
加熱終了から冷却までの間に、熱伝導時間(T2−T1)/δtだけ加熱も強制冷却もされない伝熱工程を有することを特徴とする無限軌道帯用ピンの熱処理方法。
【請求項4】
加熱装置と冷却装置を備え、
硬化層と非硬化層の境界領域の伝熱速度をδt、
硬化層と非硬化層の境界における加熱直後の温度をT1、
冷却直前の温度であってAc3変態点以上の温度をT2として、
ラインを搬送する無限軌道帯用ピンの移動速度に、熱伝導時間(T2−T1)/δtを乗じた数値に相当する距離だけ、加熱装置と冷却装置が離隔していることを特徴とする無限軌道帯用ピンの熱処理システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無限軌道帯用ピンに関する。
【背景技術】
【0002】
建設機械等の履帯で用いられる無限軌道帯用ピンにはきわめて大きな荷重が作用するので、それに耐えるだけの強度が要求されるのみならず、耐摩耗性が要求され、且つ、疲労破壊強度が大きいことが要求されている。
そして、径寸法が比較的小さい、いわゆる「中小径」の無限軌道帯用ピンにおいては、摩耗すると強度が低下してしまうので、硬化層厚さ寸法を大きく(例えば5mm以上に)して、摩耗を防止し、強度の劣化を防止する必要がある。
しかし、硬化層厚さを大きく(例えば5mm以上に)設定した場合には、無限軌道帯用ピン表面における領域のみを誘導加熱しても、圧縮残留応力を大きく(例えば550MPa以上にする)ことが出来ず、必要な疲労強度を得ることが出来ない。
また、従来の無限軌道帯用ピンでは、研磨加工を施すことにより表面の粗さを除去して疲労強度を向上しているが、研磨加工を施すには多大な労力及びコストが必要になってしまう、という問題を有している。
【0003】
その他の従来技術として、本出願人は無限軌道帯用ブッシュの様な中空円筒形状ワークの熱処理方法であって、熱伝導によりワーク内部を加熱する技術を提案している(例えば特許文献1)。
また本出願人は、無限軌道帯用ピンの熱処理方法であって、熱伝導によりワーク内部を加熱する技術を提案している(例えば特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3880086号公報
【特許文献2】特許第5424298号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は上述した従来技術の問題点に鑑みて提案されたものであり、5mm以上の硬化層厚さを有し、且つ、例えば550MPa以上の圧縮残留応力を有する無限軌道帯用ピンを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
発明者は種々研究の結果、硬さ分布の傾斜値と圧縮残留応力が密接な関係を持つことに着目した。
本発明の無限軌道帯用ピンは、
硬化層厚さが5mm以上であり、
硬さ分布の傾斜値(m)が7.5以上の領域を有し、表面が研磨加工されていないことを特徴としている。
本発明は、中実円筒形状の無限軌道帯用ピンであるため、中空円筒形状の無限軌道帯用ブッシュは包含しない。
【0007】
本発明の無限軌道帯用ピンにおいて、
硬化層と非硬化層の境界領域の伝熱速度を(δt)、
硬化層と非硬化層の境界における加熱直後の温度を(T1)、
冷却直前の温度であってAc3変態点以上の温度を(T2)として、
加熱後、熱伝導時間「(T2−T1)/δt」だけ加熱も強制冷却もせず、当該熱伝導時間を経過してから強制冷却することにより熱処理されるのが好ましい。
【0008】
本発明の無限軌道帯用ピンの熱処理方法は、
(例えば加熱コイルによる)誘導加熱工程と(例えば冷却ジャケットによる)冷却工程を有し、
硬化層と非硬化層の境界領域の伝熱速度を(δt)、
硬化層と非硬化層の境界における加熱直後の温度を(T1)、
冷却直前の温度であってAc3変態点以上の温度を(T2)として、
加熱終了から冷却までの間に、熱伝導時間「(T2−T1)/δt」だけ加熱も強制冷却もされない伝熱工程を有することを特徴としている。
本発明の無限軌道帯用ピンの熱処理方法において、熱処理を施した無限軌道帯用ピンの硬化層厚さが5mm以上であり、硬さ分布の傾斜値(m)が7.5以上の領域を有し、表面が研磨加工されていないことが好ましい。
本発明の無限軌道帯用ピンの熱処理方法において、熱処理を施した無限軌道帯用ピンに、ショットピーニングや超音波衝撃処理を施して圧縮残留応力をさらに高めることも可能であるが、必須ではない。
本発明は、中実円筒形状の無限軌道帯用ピンの熱処理方法であるため、中空円筒形状の無限軌道帯用ブッシュの熱処理方法は包含しない。
【0009】
本発明の無限軌道帯用ピンの熱処理システム(10)は、
加熱装置(1:例えば加熱コイル)と冷却装置(2:例えば冷却ジャケット)を備え、
硬化層と非硬化層の境界領域の伝熱速度を(δt)、
硬化層と非硬化層の境界における加熱直後の温度(T1)、
冷却直前の温度であってAc3変態点以上の温度を(T2)として、
ラインを搬送する無限軌道帯用ピンの移動速度に、熱伝導時間「(T2−T1)/δt」を乗じた数値に相当する距離だけ、加熱装置と冷却装置が離隔していることを特徴としている。
本発明の熱処理システムにより熱処理がされた無限軌道帯用ピンは、硬化層厚さが5mm以上であり、硬さ分布の傾斜値(m)が7.5以上の領域を有していることが好ましい。
本発明は、中実円筒形状の無限軌道帯用ピンの熱処理に用いられる熱処理システム(10)であるため、中空円筒形状の無限軌道帯用ブッシュの熱処理に用いられる熱処理システムは包含しない。
【発明の効果】
【0010】
上述の構成を具備する本発明によれば、硬化層厚さが5mm以上であって、圧縮残留応力が550MPaの無限軌道帯用ピンが得られる。
5mm以上の硬化層厚さを確保することが出来るため、本発明の無限軌道帯用ピンによれば、耐摩耗性が向上し、いわゆる「中小径」の無限軌道帯用ピンであっても、摩耗により強度が劣化することが防止される。また、硬化層厚さ5mm以上を確保しているので、曲げ強度も大きい。
【0011】
そして、本発明によれば硬さ分布の傾斜値(m)が7.5以上の領域を有しているので、誘導加熱焼入れの急速加熱急速冷却の特性が発揮できる程度に加熱時間が短い。そのため、炉加熱により熱処理された製品とは異なり、無限軌道帯用ピンの表面と半径方向中央部(芯部)の温度差が大きく、冷却装置(2)による冷却工程の後、表面付近の領域における圧縮残留応力が550MPaよりも大きくなり、無限軌道帯用ピンの疲労強度が高くなる。
無限軌道帯用ピンの疲労強度が高くなるため、研磨加工をして疲労強度を向上しなくても、従来の研磨ピンと同程度以上の疲労強度を発揮することができる。それと共に、上述した様に硬化層厚さ5mm以上を確保しているので、従来の研磨ピンと同程度以上の曲げ強度を発揮することが出来る。
そのため、本発明によれば、無限軌道帯用ピンの研磨工程を省略することが出来る。そして、研磨加工をしなくても、従来の研磨ピンと同程度の疲労強度、曲げ強度を得ることが出来る。また、研磨加工が不要なので、研磨加工に関するコストを節減できる。
【0012】
また本発明の熱処理方法によれば、加熱終了から冷却までの間に実行される伝熱工程では、熱伝導時間「(T2−T1)/δt」だけ加熱も強制冷却もされない。しかし、当該伝熱工程の間は、伝熱により無限軌道帯用ピンの半径方向内方が加熱されるので、必要な硬化層深さ(5mm以上)に相当する半径方向位置までAc3変態点以上に昇温する。
そのため、必要な硬化層深さまで誘導加熱する必要が無く、熱伝導時間の分だけ誘導加熱時間が短縮され、誘導加熱焼入れの急速加熱急速冷却の特性を得ることができて、無限軌道帯用ピンの硬化層厚さが5mm以上であり、硬さ分布の傾斜値(m)が7.5以上の領域を有することになる。
同様に、本発明の熱処理システム(10)においても、加熱装置(1)と冷却装置(2)が離隔している距離は、加熱されたワークが冷却装置に到達するまでの時間が前記熱伝導時間「(T2−T1)/δt」に相当するように設定されているので、誘導加熱時間が短縮され、誘導加熱焼入れの急速加熱急速冷却の特性を得ることができる。それと共に、加熱時にオーバーヒートを防止することが出来るので、研磨工程も省略することが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の実施形態に係る熱処理システムの説明図である。
図2】無限軌道帯用ピンの加熱後の半径方向における温度分布特性を示す説明図である。
図3】無限軌道帯用ピンの表面から半径方向内方への距離と硬さとの特性を示す説明図である。
図4】軸方向残留応力と硬さ分布の傾斜値mとの関係を表として示す図である。
図5】硬さ分布の傾斜値mと軸方向残留応力との関係を示す特性図である。
図6】無限軌道帯用ピンの実験例の直径と材料を表として示す図である。
図7】無限軌道帯用ピンの実験例の材料成分を表として示す図である。
図8】無限軌道帯用ピンの実験例の硬化層厚さ、結晶粒度、圧縮残留応力の測定結果を表として示す図である。
図9】無限軌道帯用ピンの実験例の断面硬さ分布の測定結果を示す図である。
図10】無限軌道帯用ピンの実験例の表面付近(電解研磨深さ:0.1μm)の圧縮残留応力の測定結果を示す図である。
図11】無限軌道帯用ピンの実験例の三点曲げ疲労試験結果及び従来の炉加熱焼入れ研磨ピンの試験結果との比較を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、添付図面を参照して、本発明の実施形態について説明する。
図1では、実施形態に係る熱処理システムを示している。
図1において、全体を符号10で示す熱処理システムは、加熱コイル1(加熱装置)と冷却ジャケット2(冷却装置)を備えている。図示しない無限軌道帯用ピン(ワーク)は、加熱用コイル1によって加熱された後(誘導加熱工程において誘導加熱された後)、冷却ジャケット2により冷却される(冷却工程)。
熱処理システム10において、図示しないワーク(無限軌道帯用ピン)が移動(進行)する速度は一定(均一)である。熱処理システム10を熱処理ラインにおいて、ワーク移動速度が均一でない場合には、例えば、ワーク移動速度が遅い部分ではワークの滞留が生じてしまう。また、ワーク移動速度を速くすると、連続するワークの間隔が空いてしまい、加熱や冷却、熱伝導が不均一となりワークの品質が不均一になってしまう。そのため、ワーク移動速度は、熱処理システム10を含む熱処理ライン全体に亘って、或るワークについて均一となっている。
【0015】
図1で、符号Lhは加熱用コイル1の長さを示し、符号Lcは水噴射冷却ジャケット2の長さを示す。符号L1、L2は加熱用コイル1と冷却ジャケット2の間の距離である。そして、冷却ジャケット2が符号A、Bで示す位置にある場合には加熱用コイル1と冷却ジャケット2の間の距離はL1となり、冷却ジャケット2が符号(A)、(B)で示す位置にある場合には加熱用コイル1と冷却ジャケット2の間の距離はL2である。
ワークの移動する速度が一定であるため、加熱コイル1で加熱されたワークが冷却用ジャケット2まで到達する時間が定まれば、加熱コイル1から冷却用ジャケット2までの距離(例えばL1或いはL2)が決定される。
加熱コイル1で加熱されたワークが冷却用ジャケット2まで到達する時間については、図2を参照して後述する。
【0016】
各種実験の結果、加熱完了から水噴射冷却始めまでの時間は、長すぎると、無限軌道帯用ピンの中心付近へ伝導する熱量が多いため、硬化層と非硬化層との境界(硬化層境界)付近の温度は加熱完了直後に比べて殆ど上昇しないので、加熱時間を短縮することは期待できない。
一方、加熱完了から水噴射冷却始めまでの時間が短すぎると、無限軌道帯用ピンの表面から硬化層境界付近へ伝導される熱量が少ないため、硬化層境界付近の温度は加熱完了直後に比べて殆ど上昇しないので、加熱時間を短縮することは期待できない。
図2を参照して、誘導加熱完了から水噴射による冷却を開始するまでの時間をどのように制御すれば良いのか、換言すれば、所望の焼入れ特性(急速加熱急速冷却)を実行することが出来るのかについて、図2を参照して説明する。
【0017】
図2では、加熱コイル1で加熱された無限軌道帯用ピンが冷却用ジャケット2で冷却される直前までの温度分布特性と、熱処理後の硬さ分布を示しており、伝熱により硬化層深さをAc3変態点以上に加熱する場合の条件を説明している。以下の説明においては、図2における前記温度分布特性を主として述べている。
図2において、横軸は円周表面からの距離、縦軸は温度を示している。そして図2の横軸左端が無限軌道帯用ピンの円周表面を示し、右端が無限軌道帯用ピンの中心を表している。
そして図2において、必要な硬化層厚さ(ピン表面からの距離)を符号Dで示し、無限軌道帯用ピン表面からの距離Dにおける半径方向位置(必要な厚さを有する硬化層のピン中心側の位置)を符号Rcで示し、位置Rcにおける加熱完了直後の温度を符号T1で示し、位置Rcにおいて噴射冷却を開始する直前(噴射冷却始め直前)の温度を符号T2、温度T2と温度T1の温度差を符号△Tで示している。
【0018】
無限軌道帯用ピンの円周表面から位置Rcまでを硬化層にするためには(位置Rcを硬化層境界位置或いは硬化層内にするためには)、位置Rcの領域における噴射冷却始め直前の温度T2とAc3変態点(図示しない)は T2≧Ac3変態点 でなければならない。
また、位置Rcの領域(ピンの円周表面から距離Dだけ半径方向内側の領域)は熱伝導によって加熱される。そのため、加熱完了直後の位置Rcの領域の温度T1よりも、熱伝導後のRcの領域の温度T2(図2の「噴射冷却始め直前」の位置Rcの温度T2)の方が高温である。ここで、温度T1がAc3変態点よりも高温であるということは、加熱時間が長過ぎることを意味している。したがって、
T2≧Ac3(変態点)>T1
【0019】
伝熱による単位時間当たりの温度上昇(伝熱速度)を符号δtとすれば、誘導加熱直後における位置Rcの温度T1からAc3変態点以上の温度T2に昇温するのに必要な熱伝導時間Ntは、下式の様になる。
Nt=△T/δt=(T2−T1)/δt
ここで、伝熱による単位時間当たりの温度上昇(伝熱速度)δtは、無限軌道帯用ピンの材料、寸法、加熱条件が決まれば一定であり、予め計測しておくことが可能である。
したがって、熱処理ライン上を無限軌道帯用ピン(ワーク)が移動する速度を符号Vwとすれば、図1における距離L1(或いはL2)、すなわち誘導加熱コイル1から冷却ジャケット2までの距離は、次式の様に示すことが出来る。
L1(L2)=Vw×Nt=Vw×(T2−T1)/δt
【0020】
図示の実施形態では、無限軌道帯用ピンを熱処理するに際して、加熱コイル1による加熱(誘導加熱工程)が終了してから、冷却ジャケット2による冷却(冷却工程)までの間に、熱伝導時間「(T2−T1)/δt」だけ加熱も強制冷却もされない伝熱工程を有している。
そして、図1に示す実施形態の熱処理システム10において、誘導加熱コイル1から冷却ジャケット2までの距離L1或いはL2は、上述した通り、
L1(or L2)=Vw×Nt=Vw×(T2−T1)/δt である。
そのため、図2における半径方向位置Rcにおける温度は、無限軌道帯用ピンが誘導加熱コイル1で誘導加熱された後、冷却ジャケット2まで移動する間に、伝熱により、(冷却ジャケット2における噴射冷却の直前には)Ac3変態点以上の温度T2まで昇温している。
そのため、冷却ジャケット2で噴射冷却された際に、Ac3変態点以上の温度T2まで昇温している領域、すなわち、無限軌道帯用ピンの円周表面から半径方向位置Rcまでの領域は、焼入れされて硬化層となる。その旨は、図2における円周表面からの距離(横軸)と硬さ(縦軸)との特性(温度分布特性と共に示されている特性)からも明らかであり、無限軌道帯用ピンの円周表面から半径方向位置Rcまでの領域までは概略一定の硬さであり、位置Rcよりも半径方向内側(図2では右側)の領域では、硬さが急激に減少している。
【0021】
後述する様に、発明者の実験では、図示の実施形態で熱処理がされた無限軌道帯用ピンの圧縮残留応力は550MPa以上であった(図8図10参照)。
上述した様に、図1図2で説明した態様で熱処理を行うため、冷却ジャケット2で冷却する直前に、表面から必要な硬化層厚さ(図2の距離D)に相当する領域(硬化層境界Rcまでの領域)が、Ac3変態点以上に加熱されている。そのため、図示の実施形態では、表面から必要な硬化層厚さD(表面から半径方向内方へ5mm以上)の領域に図2における半径方向位置Rcを設定している。
冷却ジャケット2で冷却することにより、誘導加熱によりAc3変態点以上に加熱された領域、すなわち、表面から位置Rcまでの領域(必要な硬化層厚さに相当する領域:表面から半径方向内方へ5mm以上の領域)は焼入れされる。
その結果、図示の実施形態によれば、無限軌道帯用ピンは5mm以上の硬化層厚さを確保することが出来る。そのため耐摩耗性が向上し、いわゆる「中小径」の無限軌道帯用ピンであっても、摩耗により強度が劣化することが防止される。さらに、硬化層厚さ5mm以上を確保しているので、曲げ強度も大きい。
【0022】
図示の実施形態によれば、図2を参照して説明した様に、加熱コイル1で誘導加熱された後、伝熱により、必要な硬化層厚さ(5mm以上)に相当する領域、すなわち無限軌道帯用ピンの円周表面から半径方向位置Rcまでの領域がAc3変態点以上に昇温する。
換言すれば、伝熱により無限軌道帯用ピンの円周表面から半径方向位置Rcまでの領域がAc3変態点以上に昇温するので、加熱コイル1により、必要な硬化層厚さ(5mm以上)に相当する領域の全域をAc3変態点以上に誘導加熱する必要は無い。
そのため、加熱コイル1で誘導加熱する時間が短縮される。その結果、誘導加熱焼入れの急速加熱急速冷却の特性が発揮できる程度に加熱時間が短くなる。
【0023】
誘導加熱焼入れの急速加熱急速冷却の特性について、図3図5を参照して説明する。
発明者は、誘導加熱焼入れの急速加熱急速冷却の特性を得るためには、軸方向残留応力と硬さ分布の傾斜値mとの関係(特性)を考慮するべきであることを見出した。
無限軌道帯用ピンの表面(外周)から半径方向内方への距離と硬さとの特性を示す図3において、硬さを示す縦軸における符号「H1」は90%マルテンサイト組織の硬さ、符号「H2」は50%マルテンサイト組織の硬さであり、符号「H3」は「H1」と「H2」の差分だけ「H2」よりも低い硬さである。
H3=H2−(H1−H2)=2×H2−H1
図3において、外周からの距離を示す横軸における「x1」はH1以上の硬さの硬化層の厚さであり、「x2」はH2以上の硬さの硬化層の厚さであり、「x3」はH3以上の硬さの硬化層の厚さである。
図3から明らかな様に、硬さ分布の傾斜の値(傾斜値)mは、次式で示すことが出来る。
m=(H1−H3)/(x3−x1)
【0024】
無限軌道帯用ピンの直径と材質を変更したサンプル(試料)を7種類(図4における試料A〜G)用意して、図3を参照して上述したのと同様な態様で硬さ分布の傾斜値m(m値)を求め、試料の直径と、材料と、90%マルテンサイト組織の硬さH1と、50%マルテンサイト組織の硬さH2と、硬さ分布の傾斜値mと、サンプルの軸方向残留応力を、表として図4で示した。なお、表4では、硬さH3は H3=2×H2−H1 により容易に算出できるため、表示を省略している。
図4における軸方向残留応力と硬さ分布の傾斜値mとの関係を特性図として示すのが図5である。図5から明らかな様に、無限軌道帯用ピンとして必要な残留応力550MPa以上を得るためには、硬さ分布の傾斜値mは7.5以上が必要であり、望ましくは10以上である。
換言すれば、誘導加熱焼入れの急速加熱急速冷却の特性である残留応力550MPa以上を得るためには、硬さ分布の傾斜値mは7.5以上が必要であり、望ましくは10以上である。
【0025】
図1図2で説明した態様で熱処理された無限軌道帯用ピンにおいて、硬さ分布の傾斜値mが7.5以上の領域を有していれば、誘導加熱焼入れの急速加熱急速冷却の特性を有している。そのため、炉加熱と異なり、ピン表面とピンの半径方向中央部(芯部)の温度差が大きくなり、冷却後、無限軌道帯用ピンの表面付近における圧縮残留応力が大きくなると推定される。硬さ分布の傾斜値mが7.5以上の領域を有する無限軌道帯用ピンは、必要な硬化層深さ5mm以上を確保するに際して、熱伝導により加熱する分だけ加熱用コイル1による誘導加熱の時間が短縮されるので、誘導加熱焼入れの急速加熱急速冷却の特性を得ることが出来て、無限軌道帯用ピン表面付近の圧縮残留応力が大きい(550MPa以上)ため、疲労強度が向上する。後述する様に、研磨加工をして疲労強度を向上しなくても、従来の研磨ピンと同程度以上の疲労強度を発揮することが出来る。
また、上述した様に硬化層厚さ5mm以上を確保しているので、従来の研磨ピンと同程度以上の曲げ強度を発揮することが出来る。
【0026】
或いは、図示の実施形態によれば、無限軌道帯用ピンが硬さ分布の傾斜値mが7.5以上の領域を有しているので、誘導加熱焼入れの急速加熱急速冷却の特性が発揮できる程度に加熱時間が短い。そのため、炉加熱により熱処理された製品とは異なり、無限軌道帯用ピンの表面と半径方向中央部(芯部)の温度差が大きく、冷却装置2による冷却工程の後、表面付近の領域における圧縮残留応力が550MPaよりも大きくなり、無限軌道帯用ピンの疲労強度が高くなる。
無限軌道帯用ピンの疲労強度が高くなるため、研磨加工をして疲労強度を向上しなくても、従来の研磨ピンと同程度以上の疲労強度を発揮することができる。それと共に、上述した様に硬化層厚さ5mm以上を確保しているので、従来の研磨ピンと同程度以上の曲げ強度を発揮することが出来る。
そのため、無限軌道帯用ピンの研磨工程を省略することが出来、研磨加工をしなくても、従来の研磨ピンと同程度の疲労強度、曲げ強度を得ることが出来る。また、研磨加工が不要なので、研磨加工に関するコストを節減できる。
【0027】
また図示の実施形態によれば、加熱終了から冷却までの間に実行される伝熱工程では、熱伝導時間「(T2−T1)/δt」だけ加熱も強制冷却もされない状態で、無限軌道帯用ピンは熱処理ライン上を移動する。当該伝熱工程の間は、伝熱により無限軌道帯用ピンの半径方向内方が加熱されるので、必要な硬化層深さ(5mm以上)に相当する半径方向位置までAc3変態点以上に昇温する。
そのため、必要な硬化層深さまで加熱用コイル1で誘導加熱する必要が無く、熱伝導時間の分だけ誘導加熱時間が短縮され、誘導加熱焼入れの急速加熱急速冷却の特性を得ることができる。
【0028】
次に、図1図5を参照して説明した実施形態により熱処理された無限軌道帯用ピンの実験例について、図6図12を参照して説明する。
以下に記載する各種実験例では、実験例に係る試料としては、図6に示す直径、材料の異なる3種類の試料(無限軌道帯用ピン)を用いた。図6で示す3種類の試料(無限軌道帯用ピン:実験例)における材料とその組成分は、図7に示す通りである。図6図7で示す直径38mmの無限軌道帯用ピンは以下「試料1」と記載し、直径47.6mmの無限軌道帯用ピンは以下「試料2」と記載し、直径57mmの無限軌道帯用ピンは以下「試料3」と記載する。
各試料は図1図5の実施形態に基づいて熱処理された無限軌道帯用ピンであり、研磨加工をしていないピンである。
【0029】
図8には各試料(試料1〜試料3)の硬化層厚さ、結晶粒度、圧縮残留応力(軸方向及び円周方向)の測定結果を表として示しており、図9は各試料の硬さ分布の測定結果を示している。
図9図8)に示す様に、試料1〜3の硬化層厚さは何れも「5mm以上」である。
図10は、各試料の表面付近(電解研磨深さ:0.1μm)の圧縮残留応力の測定結果を示している。図10において、領域「実施例の測定値」で示すのが各試料の測定結果である。図10における特性線は、公知の硬化層厚さ−圧縮残留応力特性である。
図10における圧縮残留応力の測定は、PSPC−MSF−3M測定装置を使用して行った。X線照射面積は2mm×2mm、管電圧は30kV、管電流は10mAであった。圧縮残留応力は試料の軸方向及び円周方向の双方について測定した。
【0030】
実験例(試料1〜試料3)のオーステナイト結晶粒度番号の測定値は、それぞれ9.1、8.6、8.4であり、何れも目標値「7」以上である。
図8及び図10において、実験例(試料1〜試料3)の軸方向圧縮残留応力はそれぞれ691、605、656MPa、試料1〜試料3の円周方向圧縮残留応力はそれぞれ753、607、828MPaであり、何れも目標値「550MPa以上」を満たしている。
なお、図10には、日本機械学会論文集(A)(Vol.67、No.659、2001)に掲載された超急速加熱高周波焼入れした切欠材の疲労強度試験の結果(機論A−2001)、及び日本機械学会講演論文集(No.00−1、2000)に掲載された高周波焼入れした切欠材の疲労強度試験の結果(機講論2000)が併記されている。
【0031】
図11では、実験例(試料1〜3:「研磨レスピン」と表記する場合がある)と、従来の炉加熱焼入れで熱処理した後に研磨した無限軌道帯用ピン(「FQ研磨ピン」と表記する場合がある)を比較している。
図11に示す三点曲げ疲労試験において、試料1(直径38mm)、試料2(直径47.6mm)、試料3(直径57mm)は、何れも従来の炉加熱により焼入れを行ったFQ研磨ピンと同等以上の曲げ疲労強度を有することが確認出来た。
換言すれば、本発明の実験例に係る試料1〜試料3(研磨レスピン)は、従来の炉加熱により焼入れを行ったFQ研磨ピンと同等以上の疲労強度を有することが分かった。
また、前記熱伝導時間Ntを「(T2−T1)/δt」に設定して、加熱時のオーバーヒートを防止して、研磨工程を省略することが出来る。
【0032】
図示の実施形態はあくまでも例示であり、本発明の技術的範囲を限定する趣旨の記述ではないことを付記する。
【符号の説明】
【0033】
1・・・加熱コイル(加熱装置)
2・・・冷却ジャケット(冷却装置)
10・・・熱処理システム
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11