【解決手段】本発明に係る動力伝達装置1は、円筒部材2と、円筒部材2と同軸上に配置され、かつ、円筒部材2と相対回転可能な軸部材4と、円筒部材2と軸部材4との間に形成され、粘性流体が充填される作動室5と、作動室5に配置され、円筒部材4と一体に回転する複数の第1摩擦板6と、第1摩擦板6と交互に配置され、軸部材4と一体に回転する複数の第2摩擦板7と、を備え、各第1摩擦板6及び各第2摩擦板7は、軸方向に移動自在に設けられ、作動室5は、各第1摩擦板6及び各第2摩擦板7が軸方向に離間可能なスペースTを有し、第2摩擦板7の外周側に位置し、高速回転時に第1摩擦板6を軸方向へ移動させる複数の移動部20を備えることを特徴とする。
【発明を実施するための形態】
【0014】
次に本発明の第1実施形態−第4実施形態を説明する。各実施形態の説明において、同一の構成要素に関しては同一の符号を付し、重複した説明は省略する。
【0015】
(第1実施形態)
図1に示すように、ビスカスカップリング1は、円筒部材2と、円筒部材2内に組み付けられたカバー3と、円筒部材2と同軸上に配置され、かつ、円筒部材2と相対回転可能な軸部材4と、円筒部材2と軸部材4との間に形成され、粘性流体が充填される作動室5と、作動室5に配置され、円筒部材2と一体に回転する複数のアウタープレート(第1摩擦板)6と、軸部材4と一体に回転する複数のインナープレート(第2摩擦板)7と、を備える。
また、特に図示しないが、本実施形態のビスカスカップリング1は、前輪駆動車をベースとした四輪駆動車に搭載されており、推進軸と終減速装置との間に配置されている。
【0016】
円筒部材2は、前後方向に開口する円筒状の部品である。円筒部材2の前端は、前方に配置された図示しない推進軸と連結しており、推進軸が回転すると円筒部材2が回転軸O回りに回転する。
円筒部材2の前部2aは、内径が軸部材4の外径と略同径に形成されている。
円筒部材2の後部2bは、内径が前部2aよりも大径に形成されている。
そして、円筒部材2の前部2aは、作動室5の前側を囲む壁部を構成し、円筒部材2の後部2bは、作動室5の外周側を囲む壁部を構成している。
また、円筒部材2の後部2bの内周には、回転軸O方向に延在する孔スプライン8と、カバー3が嵌合する嵌合孔10とが形成されている。
【0017】
カバー3は、円筒部材2の嵌合孔10内に嵌め込まれた環状の部品である。
カバー3は、サークリップにより抜け止めされ、作動室5の後側を囲む壁部を構成している。また、カバー3の外周面には周溝が形成されている。そして、その周溝内にOリング3aが組み付けられ、円筒部材2とカバー3との間が封止されている。
カバー3は、作動室5内にシリコーンオイルを充填するための充填孔12と、シリコーンオイルの充填時に作動室5内の空気を外部に逃がすための空気抜き孔13とを備える。
充填孔12は、雌ねじが螺設されており、作動室5内にシリコーンオイルを充填した後にボルト14が螺合して閉じられる。
空気抜き孔13は、作動室5内にシリコーンオイルを充填した後にボール15が圧入されて閉じられる。
なお、作動室5内には、充填された所定量のシリコーンオイルの他に、少量の空気が存在している。
【0018】
軸部材4は、円筒状の部品である。軸部材4は、後方に配置された図示しない終減速装置のドライブピニオンシャフトが内部に挿通され、回転軸O回りにドライブピニオンシャフトと一体に回転する。
軸部材4は、円筒部材2の前部2aに内嵌された軸受16及びカバー3に内嵌された軸受17により円筒部材2及びカバー3に対し相対回転可能に支持されている。
また、円筒部材2の前部2aの内周面とカバー3の内周面には、シール部材18が設けられており、円筒部材2の前部2aと軸部材4との間、並びにカバー3と軸部材4との間が封止されている。
軸部材4の外周面には、軸方向に延在する軸スプライン9が形成されている。
【0019】
各アウタープレート6及び各インナープレート7は、中央部に円孔が形成された薄板円盤部品であり、作動室5内で互いに回転軸O方向に交互に積層されており、全体が占める回転軸O方向の長さはL1となっている(
図1参照)。
【0020】
図2に示すように、アウタープレート6の外周縁部には、外歯スプライン6aが形成されている。この外歯スプライン6aは、円筒部材2の孔スプライン8内に挿通され、アウタープレート6と円筒部材2とがスプライン結合している。
また、インナープレート7の内周縁部には、内歯スプライン7aが形成されている。この内歯スプライン7a内に軸部材4の軸スプライン9が挿通し、インナープレート7と軸部材4とがスプライン結合している。
【0021】
各インナープレート7間には、断面円形状のスペーサリング19が設けられている。よって、各インナープレート7は、所定間隔を空けながらアウタープレート6と回転軸O方向に離間している。
なお、
図3に示すように、インナープレート7を基準として、前側(回転軸O方向一側)のアウタープレート6との間に形成される空間を前側空間S1と称し、後側(回転軸O方向他側)のアウタープレート6との間に形成される空間を後側空間S2と称する。
【0022】
作動室5は、円筒部材2とカバー3と軸部材4とに囲まれた環状の空間である。
作動室5内には、前記したようにシリコーンオイルが充填されており、アウタープレート6とインナープレート7との間の空間(前側空間S1及び後側空間S2)には、シリコーンオイルと少量の空気が介在する。
そして、車両の前輪が空転しアウタープレート6とインナープレート7とに回転差が生じると、前側空間S1及び後側空間S2のシリコーンオイルにせん断力が生じ、アウタープレート6からインナープレート7に動力が伝達され、後輪が駆動するようになる。
【0023】
なお、車両の走行時において、ビスカスカップリング1自体が回転し、作動室5内のシリコーンオイルに遠心力が作用する。特に、車両の高速走行時(ビスカスカップリング1の高速回転時)、前側空間S1及び後側空間S2のシリコーンオイルが径方向外側に移動することにより(
図3の矢印A1及びA2参照)、アウタープレート6からインナープレート7のトルク伝達半径が拡大し、伝達トルク特性が増大する、という性質を有している。
【0024】
図1に示すように、作動室5の前後方向の長さL2は、複数のアウタープレート6と複数のインナープレート7とが占める全体の長さL1よりも僅かに大きく、アウタープレート6及びインナープレート7が回転軸O方向に離間可能な離間スペースTを作動室5は有している。
また、円筒部材2の孔スプライン8と軸部材4の軸スプライン9は、作動室5の外周面及び内周面の回転軸O方向全域に亘って形成されている。このため、各アウタープレート6と各インナープレート7は、円筒部材2の孔スプライン8や軸部材4の軸スプライン9に沿って回転軸O方向に移動自在となっている。
なお、本実施形態の離間スペースTの前後方向の長さは、数mm程度に設定されている。また、説明の都合上、本実施形態の離間スペースTは、作動室5内の前寄りに位置している。
【0025】
図3に示すように、ビスカスカップリング1は、各インナープレート7の外周側に位置し、高速回転時にアウタープレート6を回転軸O方向へ移動させる複数の移動部20を備える。
第1実施形態の移動部20は、アウタープレート6の外周部6bにより構成されている。なお、アウタープレート6の外周部6bは、インナープレート7よりも径方向外側に位置する部位(
図3の破線H1参照)であり、円筒部材2の孔スプライン8に挿通する外歯スプライン6aも含まれる。
【0026】
アウタープレート6の外周部6bは、径方向外側に向うにつれて板厚に形成されている。詳細には、アウタープレート6の外周部6bにおいて、回転軸O方向の一側面のみが径方向外側に向うにつれて次第に回転軸O方向一側に膨出して傾斜面21となっている。また、アウタープレート6の外周部6bにおいて、回転軸O方向の他側面は径方向に膨出しておらず、平面22となっている。
なお、実施形態の傾斜面21は、アウタープレート6の前面又は後面に対し略10〜20度となっているが、本発明はこれに限定されず、傾斜角度を適宜変更してよい。
【0027】
傾斜面21は、インナープレート7の厚み方向の中心部(
図3の破線H2参照)を超えない程度に形成されている。このため、傾斜面21は、前側空間S1及び後側空間S2のうち、どちらか一方の径方向外側に位置している。
【0028】
複数のアウタープレート6(最前方に配置されるアウタープレート6を除く)は、傾斜面21が前方を向き、平面22が後方を向くように配置されている。
そして、車両の高速走行時、後側空間S2から径方向外側に移動するシリコーンオイル(
図3の矢印A2参照)が傾斜面21を押圧してアウタープレート6は後方への荷重を受ける(
図3の矢印A3参照)。
また、最前方に配置されるアウタープレート6は、傾斜面21が後方を向くように配置されており、車両の高速走行時、前側空間S1から径方向外側に移動するシリコーンオイル(
図3の矢印A1参照)から前方への荷重を受ける(
図3の矢印A4参照)。
この結果、離間スペースTの分だけ両端のアウタープレート6の間隔が増加し、これに伴ってアウタープレート6とインナープレート7との間隔が僅かに拡大し、シリコーンオイルによるせん断力が低下して伝達トルクが低下する。
【0029】
以上から、第1実施形態のビスカスカップリング1によれば、車両の高速走行時に引き摺りトルクが生じたとしても、そのトルク値は小さくなり燃費の悪化が抑制される。また、移動部20がアウタープレート6と一体に形成され、部品点数の増加を回避できる。
【0030】
つぎに、第2実施形態から第4実施形態のビスカスカップリング1A,1B,1Cについて説明するが、相違点である移動部30,40,50に絞って説明する。
【0031】
(第2実施形態)
図4に示すように、第2実施形態のビスカスカップリング1Aは、各インナープレート7の外周側に位置し、高速回転時にアウタープレート36を回転軸O方向へ移動させる複数の移動部30を備える。
また、第2実施形態の移動部30は、アウタープレート36の外周部36bにより構成されている。なお、外周部36bは、アウタープレート36においてインナープレート7よりも径方向外側に位置する部位であり、円筒部材2の孔スプライン8に挿通する外歯スプライン36aは含まれない。
【0032】
アウタープレート36の外周部36bは、回転軸O方向の一方側へ折り曲げられ、一側面が軸方向に傾斜する傾斜面31となっている。この傾斜面31は、インナープレート7の厚み方向の中心部を超えない程度に形成され、前側空間S1及び後側空間S2のうち、どちらか一方の径方向外側に位置するようになっている。
【0033】
複数のアウタープレート36(最前方に配置されるアウタープレート36を除く)は、傾斜面31が前方を向くように配置されている。
そして、車両の高速走行時、後側空間S2から径方向外側に移動するシリコーンオイル(
図4の矢印A2参照)が傾斜面31を押圧し、アウタープレート36が後方への荷重を受ける(
図4の矢印A5参照)。
また、最前方に配置されるアウタープレート36は、傾斜面31が後方を向くように配置されており、車両の高速回転時、前側空間S1から径方向外側に移動するシリコーンオイル(
図4の矢印A1参照)から前方への荷重を受ける(
図4の矢印A6参照)。
この結果、離間スペースTの分だけ両端のアウタープレート36の間隔が増加し、これに伴ってアウタープレート36とインナープレート7との間隔が僅かに拡大し、シリコーンオイルによるせん断力が低下して伝達トルクが低下する。
【0034】
以上から、第2実施形態のビスカスカップリング1Aによれば、車両の高速走行時に引き摺りトルクが生じたとしても、そのトルク値は小さくなり燃費の悪化が抑制されている。また、移動部30がアウタープレート36と一体に形成され、部品点数の増加を回避できる。
【0035】
(第3実施形態)
図5に示すように、第3実施形態のビスカスカップリング1Bは、各インナープレート7の外周側に位置し、高速回転時にアウタープレート46を回転軸O方向へ移動させる複数の移動部40を備える。
また、第3実施形態の移動部40は、アウタープレート46において外歯スプライン46a間に形成された折り曲げ片46bにより構成されている。
【0036】
折り曲げ片46bは、外歯スプライン46aの間に2つの切り込みを入れ、その2つの切り込みの間の部位を回転軸O方向の一方側へ折り曲げられることで形成されている。よって、折り曲げ片46bの一側面は、回転軸O方向に傾斜する傾斜面41となっている。
また、折り曲げ片46bの傾斜面41は、インナープレート7の厚み方向の中心部を超えない程度に形成され、前側空間S1及び後側空間S2のうち、どちらか一方の径方向外側に位置している。
【0037】
複数のアウタープレート46(最前方に配置されるアウタープレート46を除く)は、傾斜面41が前方を向くように配置されている。
そして、車両の高速走行時、後側空間S2から径方向外側に移動するシリコーンオイル(
図5の矢印A2参照)が傾斜面41を押圧し、アウタープレート46は後方への荷重を受ける(
図5の矢印A7参照)。
また、最前方に配置されるアウタープレート46は、傾斜面41が後方を向くように配置されており、車両の高速走行時、前側空間S1から径方向外側に移動するシリコーンオイル(
図5の矢印A1参照)により前方への荷重を受ける(
図5の矢印A7参照)。
この結果、離間スペースTの分だけ両端のアウタープレート46の間隔が増加し、これに伴ってアウタープレート46とインナープレート7との間隔が僅かに拡大し、シリコーンオイルによるせん断力が低下して伝達トルクが低下する。
【0038】
以上から、第3実施形態のビスカスカップリング1Bによれば、車両の高速走行時に引き摺りトルクが生じたとしても、そのトルク値は小さく燃費の悪化が抑制されている。また、移動部40がアウタープレート46と一体に形成され、部品点数の増加を回避できる
【0039】
(第4実施形態)
図6に示すように、第4実施形態のビスカスカップリング1Cは、各インナープレート7の外周側に位置し、高速回転時にアウタープレート56を回転軸O方向へ移動させる複数の移動部50を備える。
移動部50は、アウタープレート56間に介在するスペーサリング59により構成されている。よって、第4実施形態のビスカスカップリング1Cは、第1実施形態から第3実施形態においてインナープレート7間に設けられていたスペーサリング19を備えていない。
【0040】
スペーサリング59の断面形状は四角形を呈している。
前面は、径方向外側に向って次第に前方に突出する傾斜面51となっている。一方で、後面は平面52に形成されている。
なお、傾斜面51が占める前後方向の幅は、インナープレート7の厚み方向の中心部を超えない程度となっており、傾斜面51は前側空間S1の径方向外側に配置されている。
そして、車両の高速走行時において、前側空間S1から径方向外側に移動するシリコーンオイル(
図6の矢印A1参照)が傾斜面51を押圧し、移動部50及びアウタープレート56が後方への荷重を受ける(
図6の矢印A9参照)。
この結果、離間スペースTの分だけ両端のアウタープレート56の間隔が増加し、これに伴ってアウタープレート56とインナープレート7との間隔が僅かに拡大し、シリコーンオイルによるせん断力が低下して伝達トルクが低下する。
【0041】
以上から、第4実施形態のビスカスカップリング1Cによれば、車両の高速走行時に引き摺りトルクが生じたとしても、そのトルク値は小さくなり燃費の悪化が抑制されている。また、移動部50がスペーサリング59により構成され、部品点数の増加を回避できる。
【0042】
以上、第1実施形態−第4実施形態について説明したが、本発明はこれに限定されない。例えば、第1実施形態−第3実施形態において、複数のアウタープレート6,36,46の全てに移動部20,30,40を形成しているが、一部にのみ移動部20,30,40を形成してもよい。
さらに、第4実施形態において、複数のスペーサリング59の全てが移動部50を構成しているが、一部にのみ傾斜面51を形成してもよい。
【0043】
また、離間スペースTに軸方向に弾性復帰力を発揮する皿ばねなどの弾性体を配置してもよい。なお、皿ばねは、回転軸O方向に収縮させて、一端がカバー3の前面に当接し、他端が最後端に位置するアウタープレート6に当接した状態で組み付ける。
これによれば、アウタープレート6の傾斜面21に作用する押圧力が所定値以上の場合、つまり、車両の高速走行時の場合のみ伝達トルク特性が低減するように設定できる。
さらに、車両が高速走行から低速走行に移行した場合、弾性復帰力により皿ばねがアウタープレート6を軸方向に押圧し、前側空間S1及び後側空間S2を所定の間隔に復帰させることができる。
【0044】
また、作動室5内に、作動室5内が所定圧力以上の場合に収縮する収縮体(例えば蛇腹状の金属製容器)を配置してもよい。これによれば、車両の高速走行により粘性流体の温度が上昇し、作動室5の圧力が上昇すると、収縮体が収縮する。よって、作動室5内のスペースが拡張して伝達トルク特性が低下し、引き摺りトルクのトルク値がさらに小さくなるため、燃費の悪化をさらに抑制することができる。
さらに、この収縮体は、離間スペースTを占有するように配置するのが好ましい。これによれば、離間スペースTと収縮体を配置するためのスペースの両方を確保する必要がなく、ビスカスカップリング1の大型化を回避できる。
【0045】
また、上記以外に、作動室5内のスペースを拡張させて伝達トルク特性を低下させるための構成として、作動室5の軸方向一方側の壁部を構成する軸方向壁部(前壁又は後壁)が作動室5内の圧力が所定値以上の場合、軸方向一方側に移動するように構成してもよい。若しくは、作動室5の軸方向一方側の壁部を構成する軸方向壁部(前壁又は後壁)がシリコーンオイルの遠心力が所定値以上の場合、軸方向一方側に移動するように構成してもよい。
また、軸方向壁部(前壁又は後壁)が移動することで形成された空間が離間スペースTを構成するようにするのが好ましい。これによれば、離間スペースTと、移動する軸方向壁部が占有するスペースの両方を確保する必要がなく、ビスカスカップリング1の大型化を回避できる。
【0046】
また、実施形態では、本発明を適用したビスカスカップリング1について説明したが、本発明はビスカスカップリング1に限定されるものでなく、電磁コイルを用いた電磁式多板クラッチやポンプを用いた油圧式多板クラッチなどの動力伝達装置に適用してもよい。
また、離間スペースTの前後方向の長さは、実施形態で数mm程度に設定されているが、本発明はこれに限定されるものでなく、適宜好ましい長さに設定してよい。