【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度 国立研究開発法人科学技術振興機構「地域産学バリュープログラム」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【解決手段】本発明に係る抗菌剤は、銀イオンと、前記銀イオンに結合した配位子と前記配位子と結合した有機化合物とを含み、前記配位子は、チオール基と酸性官能基とを有し、前記有機化合物は、第四級ホスホニウムイオンである。
前記配位子が、2-メルカプトエタンスルホン酸イオン、2-メルカプト-5-ベンゾイミダゾールスルホン酸イオン、および3-メルカプト-1-プロパンスルホン酸イオンから選択される少なくとも1つを含む請求項1〜3のいずれか1項に記載の抗菌剤。
前記第四級ホスホニウムイオンは、テトラエチルホスホニウムイオン、テトラブチルホスホニウムイオン、テトラオクチルホスホニウムイオン、トリブチルドデシルホスホニウムイオン、トリブチルヘキサデシルホスホニウムイオン、トリブチル-n-オクチルホスホニウムイオン、テトラフェニルホスホニウムイオン、ベンジルトリフェニルホスホニウムイオン、メチルトリフェニルホスホニウムイオン、アミルトリフェニルホスホニウムイオン、およびヘキシルトリフェニルホスホニウムイオンからなる群から選択される、請求項1〜5のいずれか1項に記載の抗菌剤。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面に基づいて本発明の実施の形態を詳細に説明する。なお、以下の説明では、必要に応じて特定の方向や位置を示す用語(例えば、「上」、「下」、「右」、「左」及び、それらの用語を含む別の用語)を用いる。それらの用語の使用は図面を参照した発明の理解を容易にするためであって、それらの用語の意味によって本発明の技術的範囲が限定されるものではない。また、複数の図面に表れる同一符号の部分は同一の部分または部材を示す。
【0020】
<実施の形態1>
1.ハイブリッド型抗菌剤
本発明の抗菌剤は、銀イオンと、前記銀イオンに結合(配位結合)した配位子と、前記配位子と結合した有機化合物とを含んだ無機有機ハイブリッド型抗菌剤である(以下、本発明の抗菌剤を「ハイブリッド型抗菌剤」と称することがある)。
図1は、本発明に係るハイブリッド型抗菌剤の一例を示している。
本発明で有機化合物として使用する第四級ホスホニウムイオンは、ホスホニウムイオンがカチオンであることにより抗菌性を示す。つまり、本発明で使用する有機化合物は有機系抗菌化合物であり、即効性の抗菌剤として機能する。ハイブリッド型抗菌剤は、銀イオンが遅効性の抗菌剤として機能し、有機化合物が即効性の抗菌剤として機能するため、即効性および遅効性の両方の抗菌性を発揮する。
【0021】
本発明者らは、特許文献3に開示されたハイブリッド型抗菌剤では、耐熱性が十分ではないとして鋭意研究した結果、チオール基とスルホン酸塩を含む配位子を用いて銀イオン錯体を形成し、有機化合物として第四級ホスホニウムイオンを用いることにより、ハイブリッド型抗菌剤の耐熱性を著しく向上できることを見いだして、本発明を完成するに至った。
発明者らの検討の結果、特許文献3において有機系抗菌化合物として使用される脂肪族第四級アンモニウム塩に比べると、本発明で使用される第四級ホスホニウムイオンは、抗菌性能の点で劣るものの、耐熱性の観点では優れている。これは、第四級ホスホニウムイオンが、銀イオン錯体のスルホン酸塩と静電的に結合することで、耐熱性が著しく向上するものと考えられる。そのため、第四級ホスホニウムイオンを用いることにより、ハイブリッド型抗菌剤の耐熱性を向上できる一因であると考えられる。
【0022】
本発明のハイブリッド型抗菌剤は、例えば200℃以上の高い耐熱温度を有し、より好ましくは、250℃以上の耐熱性を有する。そのため、樹脂製品の製造工程中に、例えば200℃以上の処理工程が含まれていたとしても、ハイブリッド型抗菌剤が熱分解されるのを抑制することができる。よって、バルク内にハイブリッド型抗菌剤を含む樹脂製品を容易に製造することができる。
【0023】
また、本発明のハイブリッド型抗菌剤は、比較的低濃度でも十分な抗菌能を示し得る。これは、銀イオンによる抗菌性と、有機化合物カチオンによる抗菌性の相乗効果によるものと考えられる。
さらに、本発明のハイブリッド型抗菌剤は、可視光領域の吸収が少ないものを含む。そのため、樹脂製品にハイブリッド型抗菌剤を混錬しても、樹脂製品の発色性を妨げにくい。
【0024】
以下、本発明のハイブリッド型抗菌剤について詳述する。
【0025】
(銀イオン)
銀イオン(Ag
+)は無機系抗菌剤であり、その抗菌性は遅効性である。銀クラスターは、細菌、酵母等の多くの菌に対して抗菌性を示す。銀イオンは空気中の酸素(O)、硫黄(S)等と反応して黒色に変色しやすい。そのため、銀イオンを用いた抗菌製品は、経時変色することがある。
本発明のハイブリッド型抗菌剤では、銀イオンに配位子が結合して錯体を形成し、
その錯体が会合してミセルを形成して安定化しているため(
図2)、銀イオンの黒変が抑制される。よって、銀イオンを用いた抗菌剤であるにも拘わらず、経時変色しにくく、審美性の高い製品への適用に好適である。
【0026】
(配位子)
銀イオンに配位する配位子としては、チオール基と酸性官能基とを有する化合物を使用する。チオール基は、銀イオン錯体を形成する際に、銀イオンと結合する。酸性官能基は、有機化合物(第四級ホスホニウムイオン)と結合することができる。
酸性官能基は、スルホン酸であるのが好ましく、銀イオン錯体の耐熱性を向上し、ひいてはハイブリッド型抗菌剤の耐熱性を向上することができる。
チオール基とスルホン酸を含む有機化合物は、いわゆる有機チオールスルホン酸である。有機チオールスルホン酸は、以下の一般式で表すことができる。
【化1】
式中、Aは、適宜置換されていてもよいアルキレン、適宜置換されていてもよいヘテロアルキレン、適宜置換されていてもよいアリーレン、および適宜置換されていてもよいヘテロアリーレンからなる群から選択される。
【0027】
上記一般式中のAがアルキレンの場合、脂肪族チオールスルホン酸となる。
また、有機チオールスルホン酸は、水酸化ナトリウム等と反応して、有機チオールスルホン酸塩として提供されることがある。本願における「有機チオールスルホン酸」には、有機チオールスルホン酸およびその塩も含むものとする。
本発明に好適な有機チオールスルホン酸の具体例としては、2-メルカプト-5-ベンゾイミダゾールスルホン酸ナトリウム(MBISA)、3-メルカプト-1-プロパンスルホン酸ナトリウム(MPS)、2-メルカプトエタンスルホン酸ナトリウムが挙げられる。
図3(a)にMBISAの構造式、
図3(b)にMPSの構造式をそれぞれ示す。
【0028】
なお、配位子として反応系に添加する際は、配位子は化合物として存在しているが、ハイブリッド型抗菌剤に組み込まれる際には、イオンとして存在していると見なすことができる。そのため、ハイブリッド型抗菌剤の一部を構成する配位子として記載する場合には、「有機チオールスルホン酸イオン」、「脂肪族 チオールスルホン酸イオン」、「2-メルカプトエタンスルホン酸イオン」、「2-メルカプト-5-ベンゾイミダゾールスルホン酸イオン」、「3-メルカプト-1-プロパンスルホン酸イオン」のように、イオンとして記載することもある。
【0029】
(有機化合物)
銀イオン錯体と結合する有機化合物には、第四級ホスホニウムイオンを用いる。第四級ホスホニウムイオン(カチオン)は、一般的な有機系抗菌化合物に比べて耐熱温度が高いという特徴を有する。
第四級ホスホニウムイオンは、以下の一般式で表すことができる。
【化2】
式中、R
1、R
2、R
3およびR
4は炭素数4〜18の炭化水素基(C
4〜C
18)、Xはアニオン性基である。
【0030】
上記一般式のR
1、R
2、R
3およびR
4は、アルキル基(例えば、ブチル基、オクチル基)、芳香族環等の炭化水素基であってもよい。また、R
1、R
2、R
3およびR
4は、全て同じ官能基であっても、一部または全てが異なる官能基であってもよい。
【0031】
R
1、R
2、R
3およびR
4の全てがアルキル基の場合は、脂肪族第四級ホスホニウムである。脂肪族第四級ホスホニウムとしては、テトラエチルホスホニウム塩、テトラブチルホスホニウム塩、テトラオクチルホスホニウム塩、トリブチルドデシルホスホニウム塩、トリブチルヘキサデシルホスホニウム塩、およびトリブチル-n-オクチルホスホニウム塩が挙げられる。
図4(a)に、テトラブチルホスホニウムブロミド(TBPB)の構造式、
図4(b)にテトラオクチルホスホニウムブロミド(TOPB)の構造式をそれぞれ示す。
【0032】
R
1、R
2、R
3およびR
4の1つ以上にベンゼン環を含む場合は、芳香族第四級ホスホニウムである。芳香族第四級ホスホニウムとしては、テトラフェニルホスホニウム塩、ベンジルトリフェニルホスホニウム塩、メチルトリフェニルホスホニウム塩、アミルトリフェニルホスホニウム塩、およびヘキシルトリフェニルホスホニウム塩が挙げられる。
【0033】
上記一般式のXは、臭素、塩素、ヨウ素等のアニオン性基であってもよい。
なお、反応系に添加する際は、有機化合物は、臭化物、塩化物、ヨウ化物等の「塩」として存在しているが、ハイブリッド型抗菌剤に組み込まれる際には、イオンとして存在していると見なすことができる。そのため、ハイブリッド型抗菌剤の一部を構成する有機化合物として記載する場合には、「第四級ホスホニウムイオン」、「脂肪族チオールスルホン酸イオン」、「芳香族第四級ホスホニウムイオン」、「テトラブチルホスホニウム(TBP)イオン」、「テトラオクチルホスホニウム(TOP)イオン」のように、イオンとして記載することもある。
【0034】
(ハイブリッド型抗菌剤の具体例)
本発明に好適なハイブリッド型抗菌剤の具体例としては、
・AgイオンにMBISAが配位したAg(MBISA)錯体が、TOPBと反応して生成したTOP-Ag(MBISA)・AgイオンにMPSが配位したAg(MPS)錯体が、TOPBと反応して生成したTOP-Ag(MPS)
・AgイオンにMPSが配位したAg(MPS)錯体が、TBPBと反応して生成したTBP-Ag(MPS)
等が挙げられる。
なお、本発明のハイブリッド型抗菌剤は、これらに限定されるものではない。
【0035】
2.抗菌剤の製造方法
次に、ハイブリッド型抗菌剤の製造方法について説明する。
なお、製造工程は、使用する有機化合物(第四級ホスホニウム塩)の親水性の程度によって異なる。例えば、親水性が高い有機化合物としては、第四級ホスホニウム塩に結合する官能基が、炭素数4〜6(C
4〜C
6)のアルキル基であるものが挙げられる。親水性が低い(つまり、疎水性の)有機化合物としては、第四級ホスホニウム塩に結合する官能基が、芳香族官を含むもの、炭素数7〜18(C
7〜C
18)のアルキル基を含むものが挙げられる。
親水性の有機化合物を使用する場合と、疎水性の有機化合物を使用する場合に分けて、製造方法を説明する。
【0036】
製造方法(1):親水性の有機化合物を使用する場合
(工程(1)-1.銀イオン錯体の合成)
配位子を含む水溶液に、銀イオンを含む銀化合物水溶液を加え、1〜10時間撹拌する。水溶液中の配位子が銀イオンに配位して、銀イオン錯体が得られる。
【0037】
(工程(1)-2.銀イオン錯体と有機化合物(第四級ホスホニウム塩)との反応)
親水性を示す第四級ホスホニウム塩を蒸留水に溶解して、有機化合物水溶液を準備する。工程(1)-1.で得られた銀イオン錯体水溶液に、有機化合物水溶液を添加して3〜10分撹拌する。これにより、銀イオン錯体と第四級ホスホニウム塩が反応(より正確には、銀イオン錯体の配位子と第四級ホスホニウム塩が反応)して、ハイブリッド型抗菌剤が生成される。撹拌は、密閉容器に封入した状態で、手でしっかり振る、ボルテックスミキサーで撹拌する等により行うことができる。なお、この時点では、抗菌剤は水溶液の状態である。
【0038】
(工程(1)-3.水分の除去)
工程(1)-2.で得られた水溶液から水を除去して、ハイブリッド型抗菌剤を得る。水の除去には、凍結乾燥法を用いてもよい。
【0039】
製造方法(2):疎水性の有機化合物を使用する場合
(工程(2)-1.銀イオン錯体の合成)
上記の工程(1)−1.と同様である。すなわち、配位子を含む水溶液に、銀イオンを含む銀化合物水溶液を加え、1〜10時間撹拌する。水溶液中の配位子が銀イオンに配位して、銀イオン錯体が得られる。
【0040】
(工程(2)-2.銀イオン錯体と有機化合物(第四級ホスホニウム塩)との反応)
親水性を示す第四級ホスホニウム塩を有機溶剤(例えばトルエン)に溶解して、有機溶液を準備する。工程(2)-1.で得られた銀クラスター錯体水溶液に、有機溶液を添加して5〜10分撹拌する。これにより、銀イオン錯体と第四級ホスホニウム塩が反応(より正確には、銀イオン錯体の配位子と第四級ホスホニウム塩が反応)して、ハイブリッド型抗菌剤が生成される。撹拌は、密閉容器に封入した状態で、手でしっかり振る、ボルテックスミキサーで撹拌する等により行うことができる。
【0041】
ここで撹拌が十分ではないと、銀イオン錯体と第四級ホスホニウム塩が十分に反応せず、ハイブリッド型抗菌剤は得られない。そのため、撹拌するときは、十分な時間にわたって、激しく撹拌することが重要である。なお、銀イオン錯体と疎水性の第四級ホスホニウム塩とを共存させても、親水性の銀クラスター錯体と、疎水性の第四級ホスホニウム塩が近づくことは容易ではなく、反応が自然に進行することは殆どない。
【0042】
撹拌した溶液を静置して、水層(下層)と有機層(上層)に分離させる。疎水性の有機化合物を含むハイブリッド型抗菌剤は有機溶剤に溶解するため、有機層中に存在する。そこで、有機層(上層)を分取して、ハイブリッド型抗菌剤を含有する有機溶液を得る。
【0043】
(工程(2)-3.有機溶剤の除去)
工程(2)-2.で得られた有機層から、有機溶剤を除去して、ハイブリッド型抗菌剤を得る。有機溶剤の除去には減圧乾燥器(エバポレータ)を用いてもよい。
【0044】
上述した製造方法(1)または(2)によって得られたハイブリッド型抗菌剤は、高い抗菌性を有し、さらに有機系抗菌剤に特有の即効性と無機系抗菌剤に特有の遅効性の抗菌性を発揮する。
【実施例1】
【0045】
(ハイブリッド型抗菌剤の合成)
(1)TOP-Ag(MBISA)、(2)TOP-Ag(MPS)および(3)TBP-Ag(MPS)の3種類のハイブリッド型抗菌剤)を合成した。各抗菌剤の合成手順を詳述する。
【0046】
なお、抗菌剤の合成に用いた試薬の種類、純度、入手経路は以下の通りである。
・2-メルカプト-5-ベンゾイミダゾールスルホン酸ナトリウム(2-Mercapto-5-benzimidazolesulfoni acid sodium salt dehydrate(99%))は、Sigma Aldrich社から購入。
・トルエン (99.5%)、アセトニトリル、テトラオクチルホスホニウムブロミド(Tetraoctylammonium Bromide: TOAB)、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、テトラヒドロフラン(THF),0.1 mol/L 硝酸銀溶液(99.9%)は、和光純薬工業株式会社から購入。
・テトラオクチルホスホニウムブロミド(Tetra-n-octylphosphonium Bromide: TOPB)、テトラブチルホスホニウムブロミド(Tetrabutylphosphonium Bromide: TBPB)、3-メルカプト-1-プロパンスルホン酸ナトリウム(3-mercapto-1-propanesulfonic Acid Sodium Salt: MPS)は、東京化成工業株式会社から購入。
・蒸留水は、蒸留水製造装置(water distillation apparatus ,aquarius RFD250,ADVANTEC)で精製。
【0047】
(1) TOP-Ag(MBISA)の合成
(1-i) Ag(MBISA)錯体の合成
30 mLのスクリュー管に0.02 MのAgNO
3水溶液を5 mL(1×10
-4 mol)加えた(試料A)。さらに、2-メルカプト-5-ベンゾイミダゾールスルホン酸ナトリウム(MBISA) 86.5 mg(3×10
-4 mol)を純水5 mLに溶解した溶液を、試料Aに加えた。遮光するためアルミホイルを巻いたスクリュー管に、撹拌子を入れた。その後、その溶液をマグネチックスターラーJEIO THEC Multi-Channel Stirrerを用いて400 rpmで30分間攪拌した。溶液は白濁し、Ag(MBISA)錯体が生成した(試料A’)。
【0048】
(1-ii) TOP-Ag(MBISA)の合成
30 mLのスクリュー管に112.7 mgのテトラオクチルホスホニウムブロミド(TOPB)(モル比 TOPB /Ag = 2に相当する量)をトルエン5 mLに溶解させた(試料C)。30 mLのスクリュー管に、試料Cと、上記(1-i)で生成したAg(MBISA)錯体10 mL(試料A’)とを混合し、約3分間、ボルテックスミキサーVYX-3000Lを用いて混合した。また、エマルションとなって分散している水滴を分離するために、分取した上層のトルエン層を1.5 mLのマイクロチューブに1 mLずつ取り分け、SIGMAマイクロミニ遠心機を用いて回転数14800 rpm、5 分間遠心分離を行った。その後、上層のトルエン層を分取しナスフラスコに移した。分取したトルエン層をエバポレーターEYELA CCA-1110を用いてトルエンを留去すると、無色透明で粘度の高い試料が生成した。TOP-Ag(MBISA)錯体と試料の様子は目視では変わらなかった。ナスフラスコに付着した試料を完全に溶解させるため、アセトニトリル10 mLを3回に分けて加えて試料を溶かし、30 mLの透明のスクリュー管に移した。遮光するためアルミホイルをスクリュー管に巻き、その後、減圧乾燥機EYELA VOM-1000で固体化させた。TOP-Ag(MBISA)は80 mg収量を得た。
【0049】
(2) TOP-Ag(MPS)およびTBP-Ag(MPS)の合成
(2-i) Ag(MPS)錯体の合成
スクリュー管に0.02 MのAgNO
3水溶液を5 mL(1×10
-4 mol)加えた(試料D)。さらに、3-メルカプト-1-プロパンスルホン酸ナトリウム(MPS) 53.5 mg(3×10
-4 mol)を純水5 mLに溶解した溶液を、試料Dに加えた。遮光するためアルミホイルを巻いたスクリュー管に、撹拌子を入れた。その後、その溶液をマグネチックスターラーJEIO THEC Multi-Channel Stirrerを用いて400 rpmで30分間攪拌した。溶液は無色透明で、Ag(MPS)錯体が生成した(試料D’)。
【0050】
(2-ii) TOP-Ag(MPS)の合成
30 mLのスクリュー管に169.1 mgのテトラオクチルホスホニウムブロミド(TOPB)(モル比 TOPB / Ag = 3に相当する量)をトルエン5 mLに溶解させた(試料E)。30mLのスクリュー管に、試料Eと、上記(2-i)で生成したAg(MPS)錯体(試料D’)10 mLと、を混合し、約3分間、ボルテックスミキサーVYX-3000Lで混合した。静置して上層(トルエン層)と下層(水層)に分離したら、上層のトルエン層を分取した。分取したトルエン層をエバポレーターEYELA CCA-1110でトルエンを留去すると、無色透明で粘度の高い試料が生成した。TOP-Ag(MPS)は、TOP-Ag(MBISA)と比較すると粘度が低かった。ナスフラスコに付着した試料を完全に溶解させるため、アセトニトリル10 mLを3回に分けて少量ずつ加え、試料を溶かし、30 mLの透明のスクリュー管に移した。遮光するためアルミホイルをスクリュー管に巻き、その後、減圧乾燥機EYELA VOM-1000で固体化させた。TOP-Ag(MPS)は90 mg収量を得た。
【0051】
(3) TBP-Ag(MPS)の合成
30 mLのスクリュー管に101.8 mgのテトラブチルホスホニウムブロミド(TBPB)(モル比 TOPB / Ag = 3に相当する量)を純水5 mLに溶解させた(試料F)。30 mLのスクリュー管に、試料Fと、上記(2-i)で説明した方法で生成したAg(MPS)錯体10 mL(試料D’)と、混合し、3分間ほどボルテックスミキサーVYX-3000Lで混合した。溶液は無色透明で、この溶液をナスフラスコに移し、凍結乾燥機EYELA FDS-1000を用いて固体化させた。白色固体のTBP-Ag(MPS)は200 mg収量を得た。
【実施例2】
【0052】
<FT-IR測定>
抗菌剤中のAg
+、配位子(MPS)、有機化合物(TOPB、TBPB)の結合状態を確認するために、FT-IR測定を行った。
本実施例では、MPS、TOPB、TBPB、Ag(MPS)錯体、TOP-Ag(MPS)およびTBP-Ag(MPS)のFT-IR測定を行った。なお、Ag(MPS)錯体のFT-IR測定には、実施例1の(2-i)に記載した方法でAg(MPS)錯体(試料D’)水溶液を生成し、それを凍結乾燥で固体化させた試料を用いた。
測定試料(試薬あるいは固体試料)を少量とり,JASCO FT/IR-4200を用いてFT-IR測定を行った。
【0053】
(TOP-Ag(MPS)について)
図5に、MPS、TOPB、Ag(MPS)錯体およびTOP-Ag(MPS)のIRスペクトルを示す。また、
図6に、TOP-Ag(MPS)の構造式を示す。
MPSのIRスペクトルにおいて、2561 cm
-1、1341 cm
-1、1201 cm
-1、1036 cm
-1、721 cm
-1にピークが見られた。これらはそれぞれ、MPSが有するS-H、S-CH
2、R-SO
3、R-SO
3、C-Sに帰属される。
TOPBのIRスペクトルにおいて、2961 cm
-1、2927 cm
-1、2855 cm
-1、1380 cm
-1、852 cm
-1、811 cm
-1にピークが見られた。これらはそれぞれ、TOPBが有する-CH
3(伸縮)、-CH
3(伸縮)、-CH
2-(伸縮)、P-CH
3、P-CH
3、P-CH
3に帰属される。
図5のAg(MPS)錯体のIRスペクトルにおいては、MPSおよびTOPBのIRスペクトルで確認されたピークの殆どが確認されるが、MPSのS-Hのピーク(2561 cm
-1)は消滅している。このことから、
図5においては、錯体を形成する際に、MPSのS-H基(
図3(a)参照)と銀イオンAg
+が反応して、Ag-S結合が形成されたことが確認された。
【0054】
(TBP-Ag(MPS)抗菌剤について)
図7に、MPS、TBPB、Ag(MPS)錯体およびTBP-Ag(MPS)のIRスペクトルを示す。また、
図8に、TBP-Ag(MPS)の構造式を示す。
図5と同様に、MPSのIRスペクトルにおいて、2561 cm
-1、1341 cm
-1、1218 cm
-1、1199 cm
-1、1055 cm
-1、721 cm
-1にピークが見られた。これらはそれぞれ、MPSが有するS-H、S-CH
2、R-SO
3、R-SO
3、R-SO
3、C-Sに帰属される。
TBPBのIRスペクトルにおいて、2961 cm
-1、2927 cm
-1、2855 cm
-1、1341 cm
-1、852 cm
-1、811 cm
-1にピークが見られた。これらはそれぞれ、TBPBが有する-CH
3(伸縮)、-CH
3(伸縮)、-CH
2-(伸縮)、P-CH
3、P-CH
3、P-CH
3に帰属される。
図7のAg(MPS)錯体のIRスペクトルにおいては、MPSおよびTBPBのIRスペクトルで確認されたピークの殆どが確認されるが、MPSのS-Hのピーク(2561 cm
-1)は消滅している。このことから、
図7においても、錯体を形成する際に、MPSのS-H基(
図3(b)参照)と銀イオンAg
+が反応して、Ag-S結合が形成されたことが確認された。
【実施例3】
【0055】
<熱安定性>
抗菌剤の熱安定性を調べるため、熱重量示差熱分析(TG-DTA)測定を行った。
本実施例では、MPS、Ag(MPS)錯体、TOP-Ag(MPS)およびTBP-Ag(MPS)のTG-DTA測定を行ったTG-DTA測定には、Rigaku Thermo plus EVO TG8120を用いた。なお、Ag(MPS)錯体のTG-DTA測定には、実施例1の(2-i)に記載した方法でAg(MPS)錯体(試料D’)水溶液を生成し、それを凍結乾燥で固体化させた試料を用いた。
【0056】
(MPS、Ag(MPS)錯体について)
MPSおよびAg(MPS)錯体の固体試料を、それぞれ約7 mg取り、昇温速度5 ℃/ minに設定し、窒素フロー下(0.7 L / min)で、室温から900 ℃までTG-DTA測定を行った。
なお、TG測定における重量減少の開始温度を「熱分解開始温度」とした。
MPSおよびAg(MPS)錯体のTG曲線を
図9に、DTA曲線を
図10に示す。
図9において、MPSは、214℃付近から重量減少が確認された(つまり、MPSの熱分解開始温度は214℃であった)。Ag(MPS)錯体では、269℃付近から重量減少が確認された(つまり、MPSの熱分解開始温度は269℃であった)。このことから、Agと錯体化することにより、MPSの耐熱性が上昇したことが分かる。
図10において、MPSは229℃、Ag(MPS)錯体は290℃に吸熱反応が見られた。これは、分子量の増加により吸熱ピークが高温側にシフトしたと考えられる。
【0057】
(TOPB、TBPBについて)
TOPB、TBPBの固体試料を、それぞれ約7.0 mg取り取り、昇温速度を5 ℃/ minに設定し、窒素フロー下(0.7 L / min)で室温から500 ℃までTG-DTA測定を行った。
TOPBのTG曲線およびDTA曲線を
図11に、TBPBのTG曲線およびDTA曲線を
図12に示す。
図11から、TOPBの熱分解開始温度は326 ℃であることが分かった。また、
図12から、TBPBの熱分解開始温度は323 ℃であることが分かった。
【0058】
(TOP-Ag(MPS)、TBP-Ag(MPS)について)
TOP-Ag(MPS)、TBP-Ag(MPS)の固体試料を、それぞれ約7.5 mg取り、昇温速度を5 ℃/ minに設定し、窒素フロー下(0.7 L / min)で室温から500 ℃までTG-DTA測定を行った。
TOP-Ag(MPS)のTG曲線およびDTA曲線を
図13に、TBP-Ag(MPS)のTG曲線をに、DTA曲線を
図14に示す。
図13から、TOP-Ag(MPS)の熱分解開始温度は約295℃であることが分かった。また、
図14から、TBP-Ag(MPS)の熱分解開始温度は約290 ℃であることが分かった。
このことから、いずれの抗菌剤も、約290 ℃の耐熱性を有することが分かった。
【実施例4】
【0059】
(有機溶剤への溶解性)
実施例1の(2-ii)に記載した方法で生成したTOP-Ag(MPS)を、8本のマイクロチューブに約5 mgずつ入れた。各マイクロチューブに、純水、メタノール、エタノール、酢酸エチル、アセトン、THF、アセトニトリル、DMFをそれぞれ1 mLずつ加えて、それぞれの液体に対する溶解性を調べた。
同様に、実施例1の(3)に記載した方法で生成したTBP-Ag(MPS)についても、同様の試験を行った。
試験結果を表1に示す。固体試料が全て溶解した場合に「OK」、溶け残った場合は「NG」とした。
【0060】
【表1】
【0061】
TOP-Ag(MPS)は、酢酸エチル、アセトン、THF、アセトニトリル、DMFに溶解した。TOP-Ag(MPS)に含まれる有機化合物TOPに含まれるアルキル基がC
8で、炭素数が7以上であるため、比較的疎水性が高くなっているからである。このことから、TOP-Ag(MPS)は、有機溶媒に溶解して、樹脂材料に混錬するのに適していると考えられる。
【0062】
一方、TBP-Ag(MPS)は、純水、DMFに溶解し、その他の有機溶媒には溶解しなかった。TBP-Ag(MPS)に含まれる有機化合物TBPに含まれるアルキル基がC
4で、炭素数が6以下であるため、比較的疎水性が低くなっているからである。このことから、TBP-Ag(MPS)は、例えば、水溶性樹脂材料への混錬、医療分野等で使用可能な抗菌性水溶液への添加に適していると考えられる。
【実施例5】
【0063】
<樹脂材料への分散性(混錬)>
TOP-Ag(MBISA)、TOP-Ag(MPS)、TBP-Ag(MPS)の樹脂材料への分散性を調べた。
樹脂材料としては、光硬化性アクリル樹脂とポリビニルアルコール系樹脂(PVOH系樹脂)を用いた。
まず、樹脂材料を溶解した水溶液(樹脂水溶液)の調製方法を説明し、次いで、抗菌剤の樹脂材料への分散試験について説明する。
【0064】
(樹脂水溶液の調製)
ポリビニルアルコール系樹脂(PVOH系樹脂,型番AZF8035W)を、 1 g、2 g、3 gおよび4 g取って試験管に入れ、純水を加えて10 wt%,20 wt%,30 wt%,及び40 wt%のPVOH系樹脂水溶液を調製した。ジムロート冷却器を取り付け、500 rpmで60 ℃に設定し、パラレル反応装置SIBATA CP-100を用いて2時間撹拌した。40 wt%の樹脂水溶液は、さらに80 ℃で1時間撹拌した。これにより、PVOH水溶液を得た。
【0065】
各抗菌剤を、以下の組み合わせで樹脂材料に分散させた。
・TOP-Ag(MBISA):光硬化性アクリル樹脂、PVOH系樹脂
・TOP-Ag(MPS) :PVOH系樹脂
・TBP-Ag(MPS) :PVOH系樹脂
【0066】
(TOP-Ag(MBISA)+光硬化性アクリル樹脂について)
実施例1の(1-ii)に記載した方法で生成したTOP-Ag(MBISA)を、溶媒にエタノールを用いて、光硬化性アクリル樹脂溶液(株式会社 松風,レジングレーズリキッド,型番GS1-128)へ以下の手順で混合した。
まず、光硬化性アクリル樹脂溶液2000 mg×3回分を取り出した。次に、TOP-Ag(MBISA)が光硬化性アクリル樹脂溶液に対して0.3 wt%、1 wt%、3 wt%となるように、それぞれ6 mg、20 mg、60 mg取り出した。これらを、光硬化性アクリル樹脂溶液と重量比が1 : 0.2のエタノール(507 μL)で溶解し、最終的に、TOP-Ag(MBISA)がエタノールに対して15 wt%、5 wt%、1.5 wt%のTOP-Ag(MBISA)エタノール溶液を調製した。これらをそれぞれ、光硬化性アクリル樹脂溶液(2000 mg)に加え、あわとり練太郎(THINKY 自転・公転ミキサーあわとり練太郎 ARE-310)を用いて、5分間混錬、5分間脱泡を行った。
【0067】
TOP-Ag(MBISA)の分散性を調べるために、TOP-Ag(MBISA)を添加した光硬化性アクリル樹脂溶液を用いて樹脂フィルムを形成した。
5 cm角のガラス板をアセトンで洗浄した後、TOP-Ag(MBISA)を添加した光硬化性アクリル樹脂溶液200 μLをガラス板に滴下した。この溶液を46 μmのバーコーターを用いて、ガラス板全体に塗布した。これを、ホットスターラーREXIM RSH-1DNで70 ℃で5分加熱し乾燥させた。その後、青色光照射を2分間行って樹脂を硬化させて、樹脂フィルムを得た。
TOP-Ag(MBISA)の濃度が0.3 wt%、1 wt%、3 wt%の光硬化性アクリル樹脂のいずれから形成された樹脂フィルムも、凝集、着色は観察されず、目視で無色透明であった。このように、TOP-Ag(MBISA)の樹脂への分散性は良好であった。
【0068】
(TOP-Ag(MBISA)+PVOH系樹脂について)
実施例1の(1-ii)に記載した方法で生成したTOP-Ag(MBISA)を、溶媒にエタノールを用いて、PVOH系樹脂水溶液へ以下の手順で混合した。
まず、30 wt%のPVOH系樹脂水溶液を2000 mg×5回分を取り出した。
次に、TOP-Ag(MBISA)を18 mg、6 mg、3.6 mg、1.2 mg、0.3 mg量り取り,それぞれ9 mLのスクリュー管に入れた。各スクリュー管に、エタノール152 μLを添加して溶解した。得られたTOP-Ag(MBISA)エタノール溶液を、それぞれ、PVOH系樹脂水溶液2000 mgに添加した。これにより、TOP-Ag(MBISA)をPVOH系樹脂固体に対して3 wt%、1 wt%、0.6 wt%、 0.2 wt%、0.05 wt%添加したPVOH系樹脂混合溶液を調製した。溶液はいずれも白濁した。
【0069】
得られたPVOH系樹脂混合溶液を用いて、樹脂フィルムを形成した。
5 cm角のガラス板をアセトンで洗浄した後、PVOH系樹脂混合溶液500 μLをガラス板に滴下した。この溶液を100 μmのバーコーターを用いて、ガラス板全体に塗布した。これを、ホットスターラーREXIM RSH-1DNで70 ℃で5分加熱し乾燥させた。再度、PVOH系樹脂混合溶液500 μLをガラス板に滴下し、バーコーターを用いてガラス板全体に塗布し、ホットスターラーで70 ℃で5分加熱し乾燥させて、樹脂フィルムを得た。
【0070】
TOP-Ag(MBISA)の濃度が3 wt%、1 wt%、0.6 wt%、 0.2 wt%、0.05 wt%のPVOH系樹脂混合溶液のいずれから形成された樹脂フィルムも、加熱前は白濁していた。しかし、加熱することにより無色透明へと変化し、凝集、着色は観察されなかった。このように、TOP-Ag(MBISA)の樹脂への分散性は良好であった。
【0071】
(TOP-Ag(MPS)+PVOH系樹脂について)
実施例1の(2-ii)に記載した方法で生成したTOP-Ag(MPS)を、溶媒にTHFを用いて、PVOH系樹脂水溶液へ以下の手順で混合した。
まず、30 wt%のPVOH系樹脂水溶液を2000 mg×3回分を取り出した。
次に、TOP-Ag(MPS)を3.6 mg、1.2 mg、0.3 mg量り取り、それぞれ9 mLのスクリュー管に入れた。各スクリュー管に、135 μLのTHFを添加して溶解した。得られたTOP-Ag(MPS)THF溶液を、それぞれ、PVOH系樹脂水溶液2000 mgに添加した。これにより、TOP-Ag(MPS)をPVOH系樹脂固体に対して0.6 wt%、0.2 wt%、0.05 wt%添加したPVOH系樹脂混合溶液を調製した。
【0072】
得られたPVOH系樹脂混合溶液を用いて、樹脂フィルムを形成した。
5 cm角のガラス板をアセトンで洗浄した後、PVOH系樹脂混合溶液500 μLをガラス板に滴下した。この溶液を100 μmのバーコーターを用いて、ガラス板全体に塗布した。これを、ホットスターラーREXIM RSH-1DNで70 ℃で5分加熱し乾燥させた。再度、PVOH系樹脂混合溶液500 μLをガラス板に滴下し、バーコーターを用いてガラス板全体に塗布し、ホットスターラーで60 ℃で5分加熱し乾燥させて、樹脂フィルムを得た。
【0073】
TOP-Ag(MPS)の濃度が0.6 wt%、0.2 wt%、0.05 wt%のPVOH系樹脂混合溶液のいずれから形成された樹脂フィルムも、凝集、着色は観察されず、目視で無色透明であった。このように、TOP-Ag(MPS)の樹脂への分散性は良好であった。
【0074】
(TBP-Ag(MPS)+PVOH系樹脂について)
実施例1の(3)に記載した方法で生成したTBP-Ag(MPS)を、PVOH系樹脂水溶液へ以下の手順で混合した。
まず、30 wt%のPVOH系樹脂水溶液を2000 mg×3回分を取り出した。
次に、TBP-Ag(MPS)を3.6 mg、1.2 mg、0.3 mg量り取り、それぞれ9 mLのスクリュー管に入れた。各スクリュー管に、30 wt%PVOH系樹脂水溶液を2000 mg直接加えた。これにより、TBP-Ag(MPS)をPVOH系樹脂固体に対して0.6 wt%、0.2 wt%、0.05 wt%添加したPVOH系樹脂水溶液を調製した。
【0075】
得られたPVOH系樹脂混合溶液を用いて、樹脂フィルムを形成した。
5 cm角のガラス板をアセトンで洗浄した後、PVOH系樹脂混合溶液500 μLをガラス板に滴下した。この溶液を100 μmのバーコーターを用いて、ガラス板全体に塗布した。これを、ホットスターラーREXIM RSH-1DNで70 ℃で5分加熱し乾燥させた。再度、PVOH系樹脂混合溶液500 μLをガラス板に滴下し、バーコーターを用いてガラス板全体に塗布し、ホットスターラーで70 ℃で5分加熱し乾燥させて、樹脂フィルムを得た。
【0076】
TBP-Ag(MPS)の濃度が0.6 wt%、0.2 wt%、0.05 wt%のPVOH系樹脂混合溶液のいずれから形成された樹脂フィルムも、凝集、着色は観察されず、目視で無色透明であった。このように、TBP-Ag(MPS)の樹脂への分散性は良好であった。
【実施例6】
【0077】
<透過率の測定>
TOP-Ag(MBISA)、TOP-Ag(MPS)、TBP-Ag(MPS)の着色性を調べるために、透過率の測定を行った。
実施例5で作成したTOP-Ag(MBISA)+PVOH系樹脂混合溶液(TOP-Ag(MBISA)の濃度:0.6 wt%)、TOP-Ag(MPS)+PVOH系樹脂混合溶液(TOP-Ag(MPS)の濃度:0.6 wt%)、TBP-Ag(MPS)+PVOH系樹脂混合溶液(TBP-Ag(MPS)の濃度:0.6 wt%)を、実施例5に記載された方法でガラス板に塗布して樹脂フィルムを形成した。その後、樹脂フィルムが形成されたガラス板の透過率を測定した。測定は、紫外可視分光光度計JASCO V-670 spectrophotometerを用い、測定条件は、レスポンスFast、バンド幅2.0 nm、走査速度400 nm / min、開始波長900 nm、終了波長400 nm、データ取込間隔1.0 nmとした。
【0078】
透過率測定の測定条件を以下に示す。また、測定した透過スペクトルを
図15に示す。
図15に示す透過スペクトルから、可視光波長域(400nm以上)において、各試料とも透過率99%以上を維持していることが分かる。よって、TOP-Ag(MBISA)、TOP-Ag(MPS)、TBP-Ag(MPS)を樹脂に添加しても、樹脂が着色しないことが分かった。
【実施例7】
【0079】
<抗菌試験>
抗菌剤(TOP-Ag(MBISA)、TOP-Ag(MPS)およびTBP-Ag(MPS))の抗菌性を調べた。各抗菌剤の抗菌試験について、以下に詳述する。
【0080】
(1)TOP-Ag(MBISA)の抗菌性試験(黄色ブドウ球菌、肺炎桿菌)
抗菌試験用の試料は、抗菌剤を含む樹脂フィルムで被覆したガラス板を用いた。具体的には、実施例6に記載した手順で、TOP-Ag(MBISA)を添加した光硬化性アクリル樹脂溶液を準備し、ガラス板に塗布して試料を準備した。
【0081】
5 mLの普通ブイヨン培地(栄研化学(株))で黄色ブドウ球菌(Staphylococus aureus NBRC 12732) 、肺炎桿菌(Klebsiella pneumonie IAM 12015)をそれぞれ27℃で一晩振盪培養後、終濃度で1 / 50濃度の普通ブイヨン培地を含む滅菌水で希釈した。シャーレ内に試験片(抗菌剤被覆ガラス板)を配置し、その上に菌懸濁液0.4 mLを置いた。この菌懸濁液をポリエチレンシート(4 cm×4 cm)で覆ったあと、シャーレにふたをして、30℃で放置した。24時間後に、試験片上の菌懸濁液を、4.5 mLの滅菌生理食塩水中に回収し、10倍ずつ4段階希釈を行った。希釈液1 mL中の生菌数を測定した。
図16に、黄色ブドウ球菌に対するTOP-Ag(MBISA)の抗菌試験の実験結果を、
図17に、肺炎桿菌に対するTOP-Ag(MBISA)の抗菌試験の実験結果をそれぞれ示す。なお、各図における濃度は、樹脂フィルムを作成した光硬化性アクリル樹脂溶液中の抗菌剤の濃度である。
【0082】
(黄色ブドウ球菌に対する抗菌性)
図16に示すように、黄色ブドウ球菌の生菌数は、TOP-Ag(MBISA)を含まない試料(コントロール)では、接種時から24時間後に約4倍に増加した。
一方、TOP-Ag(MBISA)濃度0.3 wt%の樹脂フィルムでは、接種時に比べて、生菌数は1%以下に減少している。通常、接種時から24時間後の生菌数が1/100であれば抗菌性があると認められる。よって、TOP-Ag(MBISA)は、0.3 wt%以上の濃度であれば、黄色ブドウ球菌に対して抗菌性を示すことが確認された。
さらに、TOP-Ag(MBISA)濃度が1 wt%以上の樹脂フィルムでは、接種から24時間後には、生菌数が検出限界以下まで減少した。つまり、TOP-Ag(MBISA)は、1 wt%以上の濃度でであれば、黄色ブドウ球菌に対して殺菌力を示すことが確認された。
【0083】
(肺炎桿菌に対する抗菌性)
図17に示すように、肺炎桿菌の生菌数は、TOP-Ag(MBISA)を含まない試料(コントロール)では、接種時から24時間後に約10倍に増加した。
一方、TOP-Ag(MBISA)濃度が0.3 wt%、1 wt%、3 wt%の樹脂フィルムでは、接種から24時間後には、生菌数が検出限界以下まで減少した。つまり、TOP-Ag(MBISA)は、0.3 wt%以上の濃度であれば、肺炎桿菌に対して殺菌力を示すことが確認された。
【0084】
(2)TOP-Ag(MPS)およびTBP-Ag(MPS)の抗菌性試験(黄色ブドウ球菌)
抗菌試験用の試料は、抗菌剤を含む樹脂フィルムで被覆したガラス板を用いた。具体的には、実施例6に記載した手順で、TOP-Ag(MPS)、TBP-Ag(MPS)をそれぞれ添加したPVOH系樹脂溶液を準備し、ガラス板に塗布して試料(抗菌剤被覆ガラス板)を準備した。
比較用として、市販の銀系抗菌剤(銀ゼオライト)を用いて、実施例6に記載したのと同様の手順でPVOH系樹脂溶液を準備し、ガラス板に塗布した試料(比較用ガラス板)を準備した。
また、抗菌剤を含まないPVOH系樹脂溶液をガラス板に塗布した試料(コントロール用ガラス板)も準備した。
【0085】
5 mLの普通ブイヨン培地(栄研化学(株))で黄色ブドウ球菌(Staphylococus aureus NBRC 12732)を27℃で一晩振盪培養後、終濃度で1 / 50濃度の普通ブイヨン培地を含む滅菌水で希釈した。シャーレ内に試験片(抗菌剤被覆ガラス板、比較用ガラス板およびコントロール用ガラス板)をぞれぞれ配置し、その上に菌懸濁液0.4 mLを置いた。この菌懸濁液をポリエチレンシート(4 cm×4 cm)で覆ったあと、シャーレにふたをして、30℃で放置した。24時間後に、試験片上の菌懸濁液を、4.5 mLの滅菌生理食塩水中に回収し、10倍ずつ4段階希釈を行った。希釈液1 mL中の生菌数を測定した。
【0086】
得られた生菌数を以下の式に代入して、抗菌活性値を求めた。なお、抗菌活性が高いほど抗菌性が優れている。
抗菌活性値 = log(A / B)
ここで、
A:無加工品(ブランク用ガラス板)の24時間培養後の生菌数
B:抗菌加工品(抗菌剤被覆ガラス板、比較用ガラス板)の24時間培養後の生菌数
である。
【0087】
各試料の抗菌活性値を、
図18および
図19にまとめた。
図18は、樹脂フィルムを作成したPVOH系樹脂溶液中の抗菌剤濃度が0.05 wt%の試料の抗菌性を示しており、
図19は、抗菌剤濃度が0.2 wt%の試料の抗菌性を示している。
疎水性のTOP-Ag(MPS)は、抗菌剤濃度0.05 wt%(
図18)、0.2 wt%(
図19)のいずれにおいても、抗菌活性値が2.0以上(99%以上の死滅率)と優れた抗菌性を示した。このことから、TOP-Ag(MPS)は、0.05 wt%の濃度であれば、黄色ブドウ球菌に対して抗菌性を示すことが確認された。
また、TOP-Ag(MPS)は、いずれの濃度であっても市販の銀系抗菌剤よりも高い抗菌作用を発揮することが分かった。
【0088】
親水性のTBP-Ag(MPS)は、抗菌性は見られるが、細菌表面の疎水性脂質膜への溶解性が低いため、TOP-Ag(MPS)に比べて抗菌性が低いことがわかった。