【課題】従来に比べて、起動トルクを低減でき、また、作動トルクの低減を図ることができ、低温性を改善することができるボールジョイント用グリース組成物を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明のグリース組成物は、ボールジョイント用のグリース組成物であって、基油としてのフェニル変性シリコーン油と、添加剤としてのカルボキシル変性シリコーン油及びシリコーンレジンと、を含有することを特徴とする。カルボキシル変性シリコーン油の含有量は、0質量部より大きく10質量部以下であることが好ましい。
前記シリコーンレジンの含有量は、0質量部より大きく20質量部以下であることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれかに記載のボールジョイント用グリース組成物。
前記シリコーンレジンの含有量は、前記カルボキシル変性シリコーン油の含有量よりも大きいことを特徴とする請求項1から請求項5のいずれかに記載のボールジョイント用グリース組成物。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の一実施形態(以下、「実施形態」と略記する。)について、詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することができる。
【0017】
本発明者は、ボールジョイントの継手内部の潤滑用として使用されるグリース組成物について鋭意研究を重ねた結果、基油としてフェニル変性シリコーン油を用い、添加剤として、カルボキシル変性シリコーン油及びシリコーンレジンを含有することで、起動トルク、及び低温時の作動トルクを改善するに至った。
【0018】
(ボールジョイント用グリース組成物)
本実施形態におけるボールジョイント用グリース組成物は、基油としてのフェニル変性シリコーン油と、添加剤としてのカルボキシル変性シリコーン油及びシリコーンレジンとの3成分を必須成分として含む。
【0019】
フェニル変性シリコーン油は、ジメチルポリシロキサン骨格を有し、メチル基の一部が、フェニル基に置換されたものを指す。添加するフェニル変性シリコーン油は、1種でもよいし2種以上であってもよい。
【0020】
カルボキシル変性シリコーン油は、ジメチルポリシロキサン骨格を有し、メチル基の一部が、カルボキシル基に置換されたものを指す。添加するカルボキシル変性シリコーン油は、1種でもよいし2種以上であってもよい。また、ポリシロキサン骨格の末端、或いは側鎖の一部が、カルボキシル基に置換されていることが好ましい。なお、ポリシロキサン骨格の側鎖の一部が、カルボキシル基に置換された構成であることが効果的であると考えられる。
【0021】
カルボキシル変性シリコーン油は、以下の一般式(1)、一般式(2)、及び一般式(3)のいずれかで表されることが好ましい。
【0025】
上記のうち、一般式(2)で表されるカルボキシル変性シリコーン油を選択することが好ましい。
【0026】
シリコーンレジンは、有機珪素化合物であり、例えば、(CH
3)
2SiO単位と(CH
2)
2(CH
3)SiO単位、或いは、CH
2CH(CH
3)(CH
3)SiO単位を有することが好ましい。
【0027】
グリース組成物中における、フェニル変性シリコーン油、カルボキシル変性シリコーン油及びシリコーンレジンの作用について説明する。
【0028】
フェニル変性シリコーン油は、他の基油に比べて粘度指数が高く、温度が変化しても粘度が変化しにくい特性を有する。このため、低温下でも、グリース組成物の流動性を維持することができる。例えば、基油粘度は、25℃において、100〜3000mm
2/s程度のものを使用でき、1000〜3000mm
2/sであることが好ましい。
【0029】
添加剤としてのカルボキシル変性シリコーン油は、カルボキシル基の部分が、ボールジョイントの金属部分に吸着しやすい。これにより、ボールジョイントの潤滑性を向上させることが可能である。このように、潤滑性が上がるため、カルボキシル変性シリコーン油の添加は、作動トルクの低減に寄与する。
【0030】
また、添加剤としてのシリコーンレジンは、基油であるフェニル変性シリコーン油には不溶であるが、添加剤のカルボキシル変性シリコーン油には可溶である。シリコーンレジンをカルボキシル変性シリコーン油とともに配合することで、金属表面への油膜の形成力を高めることができる。この結果、ボールジョイントが停止した状態において、油膜破断を防ぐことができる。このように、ボールジョイントの停止状態での油膜破断を防ぐことができ、シリコーンレジンは、起動トルクの低減に寄与する。
【0031】
なお、添加剤の粘度は、25℃において、3000mm
2/s以下であることが好ましい。例えば、上記に挙げた一般式に記載の繰り返し数によって粘度の調整が可能である。
【0032】
なお、起動トルクは、ボールジョイントの起動時のトルクであり、作動トルクは、起動後における揺動の際のトルクである。
【0033】
本実施形態のボールジョイント用グリース組成物によれば、起動トルクを低減でき、更に、起動後の作動トルクの低減を図ることができ、特に、低温性を改善することができる。
【0034】
よって、本実施形態のボールジョイント用グリース組成物を、自動車等で使用されるボールジョイントの潤滑剤として好適に用いることができる。
【0035】
本実施形態では、グリース組成物として、フェニル変性シリコーン油、カルボキシル変性シリコーン油及びシリコーンレジンとの3成分以外に、増ちょう剤等、グリース組成物として従来から含まれるものを、適宜添加することができる。
【0036】
本実施形態のボールジョイント用グリース組成物に含まれる増ちょう剤は、特に限定されるものではないが、例えば、リチウム石けん、カルシウム石けん、ナトリウム石けん、アルミニウム石けん、リチウム複合石けん、カルシウム複合石けん、アルミニウム複合石けん、ウレア化合物、有機化ベントナイト、ポリテトラフルオロエチレン、シリカゲル、ナトリウムテレフタラメート、脂肪酸アマイド、のうち、少なくとも1種から選択することができる。なお、リチウム石けんは、脂肪酸又はその誘導体と水酸化リチウムとのけん化反応物である。用いられる脂肪酸は、炭素数が2〜22の飽和又は不飽和の脂肪酸及びそれらの誘導体からなる群から選ばれる少なくとも1種である。また、前記の脂肪酸又はその誘導体と水酸化リチウムとを反応させた「石けん」が市販されており、これを用いることもできる。
【0037】
また、必要に応じて、酸化防止剤、防錆剤、金属腐食防止剤、油性剤、耐摩耗剤、極圧剤、固体潤滑剤などを添加することができる。これら添加物の含有量は、0.01重量部〜20重量部程度の範囲内に収められる。酸化防止剤としては、ヒンダードフェノール、アルキル化ジフェニルアミン、フェニル−α−ナフチルアミン等から選択することができる。防錆剤としては、ステアリン酸などのカルボン酸、ジカルボン酸、金属石鹸、カルボン酸アミン塩、重質スルホン酸の金属塩、又は多価アルコールのカルボン酸部分エステル等から選択することができる。金属腐食防止剤としては、ベンゾトリアゾール又はベンゾイミダゾール等から選択することができる。油性剤としては、ラウリルアミンなどのアミン類、ミリスチルアルコールなどの高級アルコール類、パルミチン酸などの高級脂肪酸類、ステアリン酸メチルなどの脂肪酸エステル類、又はオレイルアミドなどのアミド類等から選択することができる。耐摩耗剤としては、亜鉛系、硫黄系、リン系、アミン系、又はエステル系等から選択することができる。極圧剤としては、ジアルキルジチオリン酸亜鉛、ジアルキルジチオリン酸モリブデン、硫化オレフィン、硫化油脂、メチルトリクロロステアレート、塩素化ナフタレン、ヨウ素化ベンジル、フルオロアルキルポリシロキサン、又は、ナフテン酸鉛等から選択することができる。また、固体潤滑剤としては、黒鉛、フッ化黒鉛、ポリテトラフルオロエチレン、メラミンシアヌレート、二硫化モリブデン、硫化アンチモン等から選択することができる。
【0038】
本実施形態では、カルボキシル変性シリコーン油の含有量は、作動トルクの低減効果を考慮して、0質量部より大きく10質量部以下であることが好ましい。また、カルボキシル変性シリコーン油の含有量は、3質量部以上10質量部以下であることがより好ましい。また、カルボキシル変性シリコーン油の含有量は、3質量部以上8質量部以下であることが更に好ましい。ここで、「質量部」は、フェニル変性シリコーン油、カルボキシル変性シリコーン油及びシリコーンレジンを合わせた100質量部に対する割合を意味する。以下、同じである。
【0039】
カルボキシル変性シリコーン油の添加により作動トルクの低減効果を図ることが可能であるが、より効果的に、作動トルクを低減すべく、カルボキシル変性シリコーン油の添加量は、上記したように、3質量部以上とすることがより好ましい。
【0040】
本実施形態では、シリコーンレジンの添加量は、起動トルクの低減効果を考慮して、0質量部より大きく20質量部以下であることが好ましい。また、シリコーンレジンの含有量は、5質量部以上20質量部以下であることがより好ましい。また、シリコーンレジンの含有量は、5質量部以上17質量部以下であることが更に好ましい。また、シリコーンレジンの含有量は、7質量部以上15質量部以下であることが更により好ましい。
【0041】
シリコーンレジンの添加により起動トルクの低減効果を図ることが可能であるが、より効果的に、起動トルクの低減効果を図ると共に、グリース組成物のハンドリング性を向上させるべく、シリコーンレジンの添加量は、上記したように、5質量部以上とすることがより好ましい。
【0042】
また、本実施形態では、シリコーンレジンの含有量は、カルボキシル変性シリコーン油の含有量よりも大きいことが好ましい。これにより、起動トルクの低減効果と作動トルクの低減効果を両立させやすい。シリコーンレジンの含有量は、カルボキシル変性シリコーン油の含有量の1倍より大きく4倍以下程度であることが好ましい。
【0043】
シリコーンレジンの含有量の範囲を、カルボキシル変性シリコーン油の含有量の範囲よりも広げることができる。このため、起動トルクの低減効果を図りやすくなっている。
【0044】
ベースグリースとしてのフェニル変性シリコーン油の含有量は、カルボキシル変性シリコーン油とシリコーンレジンの合計含有量を除いた質量部となるが、具体的には、70質量部以上99質量部以下であることが好ましく、75質量部以上95質量部以下であることがより好ましく、77質量部以上90質量部以下であることが更に好ましく、80質量部以上88質量部以下であることが更により好ましい。
【0045】
ボールジョイント用グリース組成物のちょう度に関しては、200〜500程度、好ましくは、200〜400程度、より好ましくは、200〜300程度とすることができる。なお、ちょう度の測定方法については、後述する実施例の欄に記載する。
【0046】
(ボールジョイント)
本実施形態のグリース組成物を用いたボールジョイントは、例えば、自動車のサスペンション、ロアアーム、タイロッドエンドなどの可動部分に用いることができる。
【0047】
図1に示すように、ボールジョイント10は、球状部12と、球状部12を受ける受け部材14と、球状部12の表面を覆う表層(シート)13と、を有して構成される。表層13は、受け部材14にて保持される。球状部12の表面には、軸部11が一体的に設けられている。
【0048】
そして、球状部12と、表層13との間に、本実施形態のグリース組成物15が充填される。ここで、球状部12や受け部材14は、例えば、金属で形成され、表層13は、例えば、樹脂で形成される。材質を限定するものではないが、樹脂としては、ポリアセタール樹脂や、ポリエステル樹脂等を例示することができる。
【0049】
このように、本実施形態では、金属と、樹脂との間に、基油として粘度指数の高いフェニル変性シリコーン油と、添加剤としてカルボキシル変性シリコーン油及びシリコーンレジンとを含有するグリース組成物15を充填する。例えば、球状部12と表層13の両方が、金属である場合等に比べて、基油としてフェニル変性シリコーン油を含有するグリース組成物は、金属と樹脂との間で、効果的に、低温下でもグリースの流動性を発揮し得る。特に、ボールジョイント10の小型化に伴い、従来にて使用されていた鉱油や合成炭化水素油では、低温下におけるグリース粘度の変化が無視できないレベルとなるのに対し、本実施形態では、それを克服し、低温度下でのグリース組成物の粘度上昇を抑え、グリース組成物の流動性を適切に維持することができる。
【0050】
加えて、添加剤として用いられるカルボン酸変性シリコーンは、カルボキシル基の部分が、金属材に吸着しやすく、これにより、ボールジョイント10の潤滑性を向上させ、作動トルクの低減や、スティックスリップの抑制を図ることが可能になる。更に、本実施形態では、グリース組成物中に、シリコーンレジンを配合したことで、金属表面への油膜の形成力を高めることができる。このような油膜の形成により、ボールジョイント10が停止した状態での油膜破断を防止することができる。これにより、球状部12が表層13に対して揺動を開始する起動時において、油膜が適切に形成されているため、起動トルクを低減することが可能になる。
【0051】
本実施形態では、ボールジョイント10の起動トルクを、5500mN・m以下に小さくすることができる。また、本実施形態では、起動トルクを、好ましくは、5000mN・m以下に小さくすることができ、より好ましくは、4500mN・m以下に小さくすることができ、更に好ましくは、4000mN・m以下に小さくすることができ、更により好ましくは、3500mN・m以下に小さくすることができる。
【0052】
なお、起動トルクの測定は、回転速度を0.2rpm、回転角度を45度、グリース塗布量を0.5g、放置時間16時間、温度25℃として測定した結果である。なお、放置時間とは、前回の作動を終了した時点からの時間経緯である。
【0053】
また、ボールジョイント10の低温時の作動トルクを適切に低減することができる。後述する実験では、−40℃での作動トルクを測定した。その結果、本実施形態では、−40℃の作動トルクを、6000mN・m以下にでき、好ましくは、5000mN・m以下にでき、より好ましくは、4000mN・m以下にでき、更に好ましくは、3000mN・m以下にでき、更により好ましくは、2500mN・m以下にすることができる。
【0054】
以上のように、本実施形態のグリース組成物15を、ボールジョイント10の球状部12と表層13との間に介在させることで、ボールジョイント10の起動トルクを低減でき、更に、作動トルクの低減を図ることができ、特に、低温性の改善を図ることができる。
【0055】
したがって、本実施形態のボールジョイント10を用いることで、自動車の操舵性を改善することができる。
【実施例】
【0056】
以下、本発明の効果を明確にするために実施した実施例により本発明を詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施例によって何ら限定されるものではない。
【0057】
実験では、表1に示す組成からなるグリース組成物を生成した。実施例1から実施例5では、いずれも、フェニル変性シリコーン油、カルボキシル変性シリコーン油、及び、シリコーンレジンを添加し、これら3成分の含有量を調整した。
【0058】
なお、実験では、基油のフェニル変性シリコーン油として、信越シリコーン社製のKF50−3000csを用いた。また、カルボキシル変性シリコーン油として、信越シリコーン社製のX−22−3701Eを用いた。また、シリコーンレジンとして、SILTECH社製のSilmer G−100を用いた。
【0059】
また、比較例として市販品のグリースを用いた。この市販品には、フェニル変性シリコーン油、カルボキシル変性シリコーン油、及び、シリコーンレジンがいずれも添加されておらず、本実施例とは異なる基油がベースとなっている。
【0060】
また、実施例及び比較例の各グリース組成物を、
図1に示すボールジョイント10の球状部12と表層13との間に充填し、起動トルク及び、−40℃の作動トルクを測定した。
【0061】
起動トルクは、グリース組成物の塗布量を、0.5g、回転速度を、0.2rpm、回転角度を45度として測定した。なお、前の作動終了時点から16時間後に起動トルクの測定を行った。また、測定時の温度は25℃であった。
【0062】
また、−40℃の作動トルクは、グリース組成物を塗布したボールジョイント10を−40℃の恒温槽で4h静置した後、測定した。なお、測定の際のグリース組成物の塗布量を、0.5g、回転速度を、0.2rpm、回転角度を45度(往復動作)とした。
【0063】
また、表1に示すちょう度は、JIS K2220に規定されたちょう度試験方法により測定した。
【0064】
また、本実験では、静摩擦係数を測定した。静摩擦係数の実験条件は以下の通りである。
【0065】
<静摩擦係数の実験条件>
試験片:SPCC鋼板/φ10 POM球
荷重:10kgf
グリース塗布膜厚: 0.05mm
試験温度:室温
摺動速度:1mm/sec
摺動幅:1mm
【0066】
図2は、静摩擦係数の試験方法を説明するための模式図である。
図2に示す符号3は、POM球を示し、符号4は、SPCC鋼板を示す。そして、SPCC鋼板4を、B方向に荷重をかけながら、A方向に移動させ、直ちに、静摩擦係数を測定した。
【0067】
【表1】
【0068】
表1に示すように、実施例ではいずれも、比較例より起動トルク及び静摩擦係数が低くなった。
【0069】
本実施例では、起動トルクを、5500mN・m以下に低くできることがわかった。また、起動トルクを、好ましくは、5000mN・m以下に小さくすることができ、より好ましくは、4500mN・m以下に小さくすることができ、更に好ましくは、4000mN・m以下に小さくすることができ、更により好ましくは、3500mN・m以下に小さくすることができることがわかった。
【0070】
また、本実施例では、静摩擦係数を、0.02以下にでき、好ましくは、0.018以下にでき、より好ましくは、0.017以下にできることがわかった。静摩擦係数を低くできることで、起動トルクを低減することができた。
【0071】
また、本実施例では、−40℃での作動トルクを、6000mN・m以下にでき、好ましくは、5000mN・m以下にでき、より好ましくは、4000mN・m以下にでき、更に好ましくは、3000mN・m以下にでき、更により好ましくは、2500mN・m以下にすることができることがわかった。
【0072】
本実施例の実験結果により、ボールジョイント用グリース組成物は、基油としてフェニル変性シリコーン油と、添加剤としてカルボキシル変性シリコーン油及びシリコーンレジンと、を含有することで、起動トルクを低減できることがわかった。
【0073】
また、本実施例の実験結果により、カルボキシル変性シリコーン油の含有量は、0質量部より大きく10質量部以下であることが好ましいとわかった。また、カルボキシル変性シリコーン油の含有量は、3質量部以上であることがより好ましいとわかった。
【0074】
また、本実施例の実験結果により、シリコーンレジンの含有量は、0質量部より大きく20質量部以下であることが好ましいとわかった。また、シリコーンレジンの含有量は、5質量部以上であることがより好ましいとわかった。
【0075】
また、本実施例の実験結果により、シリコーンレジンの含有量は、カルボキシル変性シリコーン油の含有量よりも大きいことが好ましいとわかった。