【解決手段】基材層3,7と該基材層の上に形成される合金オーバーレイ層9とを備える摺動部材1であって、該合金オーバーレイ層はアルミニウムからなる金属の母相中に析出されたスズからなる軟質金属相を備え、該軟質金属相はその平均アスペクト比をAとし、その標準偏差をAσとしたとき、A+Aσが3.0以下となる摺動部材。これにより、軟質金属層が特定の方向に長くならず球形に近くなる。
前記母相はアルミニウム、銅若しくはそれらの合金から選ばれ、前記軟質金属相はスズ、鉛及びビスマスから選ばれる1種又は2種以上が選ばれる、請求項1〜3の何れかに記載の摺動部材。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明者らは、合金オーバーレイ層をスパッタリングにより形成する際、特に、アルミニウム等からなる母相中にスズ等からなる軟質金属相を析出させるとき次なる課題に気がついた。
即ち、析出させる軟質金属相が母相中で凝集してつながり、ある特定の方向に長さをもった状態になることがしばしばみられた。そもそも微細化を目指した軟質金属相がつながって長くなると、所謂ナイフのような形状となり、合金オーバーレイ層に荷重がかかったときその応力がナイフ形状の部分に集中し、合金オーバーレイ層の強度に制限が生じる。昨今の摺動部材にはより高い耐疲労性が求められているので、かかる強度の制限は耐疲労性向上の足かせとなりかねない。
【課題を解決するための手段】
【0005】
かかる観点から、発明者らは合金オーバーレイ層の耐疲労性を向上させるべく鋭意検討を重ねてきた。その結果、下記の本発明に想到した。
本発明の第1の局面は次のように規定される。即ち、
基材層と該基材層の上に形成される合金オーバーレイ層とを備える摺動部材であって、
該合金オーバーレイ層は金属の母相中に析出された軟質金属相を備え、
該軟質金属相はその平均アスペクト比をAとし、その標準偏差をAσとしたとき、A+Aσが3.0以下になる、摺動部材。
【0006】
このように規定される第1の局面の摺動部材によれば、軟質金属相の形状が特定の方向に長くならず球形に近くなる。合金オーバーレイ層に荷重がかかったとき、このように球形に近い軟質金属相に対しては応力が均等にかかって、分散される。よって、合金オーバーレイ層に高い機械的強度を確保でき、もってその耐疲労性が向上する。
【0007】
この発明の第2の局面は次のように規定される。即ち、第1の局面の摺動部材において、前記合金オーバーレイ層の断面画像を処理して得られた前記軟質金属相のボロノイ多角形の面積の標準偏差をBσとしたとき、該Bσが0.80μm
2以下である。
ボロノイ多角形の面積が整っているということは、ある一定領域内にある母点が均一に等間隔で配置していることを意味する。即ち、良好な分散性を表している。この第2の局面では、合金オーバーレイ層の断面画像を処理して、当該画像中の軟質金属相を母点とするボロノイ多角形を形成し、得られたボロノイ多角形の面積の標準偏差Bσを0.80μm
2以下としている。このようにボロノイ多角形の面積の偏差Bσを小さくした、即ち、軟質金属相を均一に分散させた合金オーバーレイ層によれば、その表面においても、軟質金属相が均一に表出する。その結果、合金オーバーレイ層に摺接する相手部材の全面に均等に軟質金属相が接触する。また、分散が不均一の場合(即ち、軟質金属相がダマになっている場合)に比べて、相手部材に接触する軟質金属相の面積が増大する。
合金オーバーレイ層に表出した軟質金属相は相手部材に摺接した際、その接触面が瞬間的に高温になって溶解する。溶解した軟質金属は潤滑剤として働くので、その後は接触面の昇温が抑制される。これにより、合金オーバーレイ層自体の昇温が抑制されてその硬度低下が防止される。よって、その機械的強度が維持され、耐疲労性の低下が防止される。この発明の第2の局面によれば合金オーバーレイ層に表出する軟質金属相の面積が増大するので、その潤滑剤としての機能が確保される。
また、軟質金属相が均等に分散していると、合金オーバーレイ層に荷重がかけられたときの軟質金属相に対する合金オーバーレイ層の応力集中が緩和される。よって、第1の局面の規定の要件(軟質金属相の球形化)と相まって、合金オーバーレイ層により高い機械的強度を確保でき、もってその耐疲労性も更に向上する。
【0008】
この発明の第3の局面は次のように規定される。即ち、第1又は第2の局面に規定の摺動部材において、前記軟質金属相の平均粒子径をCとし、その標準偏差をCσとしたとき、C+Cσが0.70μm以下とする。
このように規定される第3の局面の摺動部材によれば、その軟質金属相の平均粒径がC+Cσ≦0.70μmのように小さくされている。軟質金属相は、母相の結晶粒界に析出するため、軟質金属相の粒径微細化は、母相の結晶粒微細化を意味している。よって、Hall−Petchの法則に従い、母相の機械的強度が高くなるため、合金オーバーレイ層の機械的強度が高くなる。よって、合金オーバーレイ層に高い耐疲労性を確保できる。
【0009】
この発明の第4の局面は次のように規定される。即ち、第1〜第3の何れか局面に規定の摺動部材において、前記母相はアルミニウム、銅若しくはそれらの合金からなり、前記軟質金属相はスズ、鉛及びビスマスから1種又は2種以上とすることが好ましい。
このように規定される第4の局面の摺動部材によれば、各相成形材料の選択及びその組み合わせが適切であるので、車両用など厳しい環境で使用される摺動部材の合金オーバーレイ層として好適なものとなる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は本発明の第1実施形態の摺動部材を示す断面図である。
【
図2A】
図2A〜Dは軟質金属相のアスペクト比特性を説明するための模式図であり、
図2Aは第1の局面に規定の条件を満足する合金オーバーレイ層の断面画像を示す。
【
図2B】
図2Bは当該断面画像に現れた軟質金属相のアスペクト比分布を示すヒストグラムである。
【
図2C】
図2Cは第1の局面に規定の条件を満足しない合金オーバーレイ層の断面画像を示す。
【
図2D】
図2Dは当該断面画像に現れた軟質金属相のアスペクト比分布を示すヒストグラムである。
【
図4A】
図4A〜Eはボロノイ多角形の面積の標準偏差に基づく特性を説明するための模式図であり、
図4Aは第2の局面に規定の条件を満足する合金オーバーレイ層の断面画像を示す。
【
図4B】
図4Bは当該断面画像に現れた軟質金属相のボロノイ多角形の面積の分布を示すヒストグラムである。
【
図4C】
図4Cは第2の局面に規定の条件を満足しない合金オーバーレイ層の断面画像を示す。
【
図4D】
図4Dは当該断面画像に現れた軟質金属相のボロノイ多角形の面積の分布を示すヒストグラムである。
【
図5A】
図5A,Bは軟質金属相の平均粒子直径特性を示す模式図であり、
図5Aは第3の局面に規定の条件を満足する合金オーバーレイ層の断面画像から得られた軟質金属相の粒子径の分布を示すヒストグラムである。
【
図5B】
図5Bは第3の局面に規定の条件を満足しない合金オーバーレイ層の断面画像から得られた軟質金属相の粒子径の分布を示すヒストグラムである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を実施形態に基づき更に詳細に説明する。
本発明の第1実施形態の摺動部材としてのすべり軸受1の層構成を
図1に示す。
このすべり軸受1は基材層としての裏金層3、軸受合金層7及び合金オーバーレイ層9を備えてなる。
裏金層3は筒状又は半円筒状に賦形された鋼板からなる。裏金層3の上面にはAl,Cu,Sn等の合金からなる軸受合金層7が焼結、鋳造、圧接等の方法で積層される。
軸受合金層7と合金オーバーレイ層9との接着性を向上させるため、軸受合金層7を表面処理することが好ましい。表面処理の方法として、例えばアルゴンボンバードのようなイオンミーリングを採用できる。
【0012】
合金オーバーレイ層9は、
図2Aに示すように、母相10に軟質金属相11を分散させてなる。
母相10にはアルミニウムやアルムニウム、銅若しくはそれらの合金を採用できる。
軟質金属相11と併せてケイ素等からなる硬質相を併用することもできる。
軟質金属相11の材料には、母相の金属材料に比べて、同等若しくはそれ以下の硬度を備え、かつそれよりも低い融点を持つ金属材料を採用できる。かかる金属材料としてスズ、鉛、ビスマス等が挙げられる。
母相に対する軟質金属相の量は、摺動部材の用途に応じて適宜選択可能であるが、例えば10wt%〜40wt%とする。
合金オーバーレイ層9の膜厚も摺動部材の用途に応じて適宜選択可能であるが、例えば5〜40μmとする。
【0013】
軟質金属相11はその平均アスペクト比をAとし、その標準偏差をAσとしたとき、A+Aσが3.0以下とする。
ここに、アスペクト比は次のようにして特定できる。
即ち、合金オーバーレイ層9をその厚さ方向に切断し、切断面の画像を電子顕微鏡で撮影する。得られた画像を解析し、軟質金属相の相当楕円を抽出する。処理後の画像において所定の領域(例えば10×10μm)の範囲に含まれるすべての相当楕円を抽出し、各相当楕円の短軸をa、長軸をbとして、それぞれのアスペクト比b/aを演算する。抽出された全楕円のアスペクト比から平均アスペクト比Aと標準偏差Aσを演算する。
この発明では、平均アスペクト比Aと標準偏差Aσとの和を3.0μm以下とする。より好ましくは、その和を2.0μm以下とする。
【0014】
平均アスペクト比A+標準偏差Aσが3.0μm以下である場合のヒストグラムの例を
図2Bに示す。図に示すように、A+Aσ≦3.0μmには2つパターンのヒストグラムが該当するが、いずれの場合もアスペクト比の分布は狭くなる。よって、母相10中の軟質金属相11は球形に近いものとなる。
従来みられたように軟質金属がつながってある特定の方向に長さを持つようになった状態は(
図2C参照)、A+Aσ>3.0μmで表される。なお、A+Aσ>3.0μmには2つパターンのヒストグラムが該当するが(
図2D参照)、いずれの場合も大きなアスペクト比の軟質金属相21が多く含まれることとなる。このように、特定方向に長さをもった軟質金属相が存在すると、そのナイフ形状の部分に母相の応力が集中して好ましくないのは既述の通りである。
【0015】
図3は、軟質金属相11の重心を中心にしたボロノイ多角形による領域分けをした結果を示している。この処理は汎用的な画像処理ソフトにより実行され、各ボロノイ多角形の面積も併せて演算される。そして、所定の画像領域内で得られた全てのボロノイ多角形から、その面積の標準偏差Bσを演算する。
この発明では、当該標準偏差Bσを0.80μm
2以下とする。更に好ましいBσの値は0.45μm
2以下である。
このようにボロノイ多角形の面積の標準偏差が小さくなることは軟質金属相11の重心間距離が均等であることを意味する。即ち、軟質金属相が母相内において均一に分散されていることを意味する。
【0016】
図4Aは母相10内に軟質金属相11(球形に近いもの)が均等に分散した状態を示している。その場合のボロノイ多角形の面積のヒストグラムを
図4Bに示す。
他方、ボロノイ多角形の面積Bのヒストグラムの標準偏差が0.80μm
2を超えたときの軟質金属相11の分散の様子(ダマになっている)を
図4Cに模式的に示す。この場合のボロノイ多角形の面積のヒストグラムは
図4Dの様になる。
図4A及び
図4Cにおいて符号20は、摺動部材が摺接する相手部材を指す。
図4Aと
図4Cとを比較すれば、前者において合金オーバーレイ層9に表出する軟質金属相11に多くの面積を確保できることがわかる。特に、球形に近い軟質金属相を採用するときは、これが表出する面積は表出する個数に比例するので、
図4Aのように高い分散性を確保することにより、軟質金属の表出面積の最大化を図れる。
また、母相10の応力も軟質金属相11へ均等に分配されることとなり、合金オーバーレイ層9はその全域にわたり安定した機械強度が得られ、即ち、脆弱な部分がなくなるので、結果としてその機械的強度が増大する。
【0017】
既述のようにして得られた断面画像から軟質金属相粒子の外周の2点を結び、かつ重心を通る径を2°刻みに測定した平均値から平均粒子径Cとその標準偏差Cσを演算する。
この発明では、平均粒子径Cとその標準偏差Cσの和を0.70μm以下とする。より好ましくはその和を0.55μm以下とする。
平均粒子径C+標準偏差Cσが3.7μm以下である場合のヒストグラムの例を
図5Aに示す。図に示すように、C+Cσ≦0.70μmには2つパターンのヒストグラムが該当するが、いずれの場合も平均粒子径は小さいものとなる。よって、ホールピッチ効果により合金オーバーレイ層の機械的強度が向上し、もってこれに高い耐疲労性が付与される。
他方、当該条件をはずれて、C+Cσ>0.70μmのときには2つのパターンのヒストグラムが該当するが(
図2D参照)、いずれの場合も大きな粒子径の軟質金属相21が多く含まれることとなる。
【0018】
母相に析出する軟質金属相は、それ自体が単独に存在すれば、表面張力などの関係から球形に近づく。したがって、軟質金属相を球形に近づけるには、析出時に軟質金属相どうしの連結を防止すればよい。本発明者らの検討によれば、合金オーバーレイ層9の成膜速度をある程度早くする(例えば15μm/分)ことで、軟質金属相どうしの連結を防げることがわかった。また、合金オーバーレイ層9の成膜中及び成膜後に熱履歴が加えられると母材より融点の低い軟質金属相が相互に連結するおそれもある。
かかる観点から、母相中に球形に近い軟質金属相を分散させた合金オーバーレイ層9を成膜する方法として成膜速度の速い電子ビーム蒸着法やボート加熱蒸着法を採用できるが、熱源からの放射熱影響(すなわち成膜中および成膜後の熱履歴)を軽減するため、ボート型発熱源の形状を調整して、その表面の仮想法線がワークに交差しないようにすることが好ましい。当該熱源の放射熱が成膜中のワークへ直接照射されることを防止し、ワークに過度の熱履歴が加わることを防止するためである。
【0019】
上記のようにして合金オーバーレイ層を製造した結果、軟質金属相どうしの連結が防止されるばかりでなく、特に、成膜速度を上げることにより、軟質金属相の高分散とその微細化も達成できる。
【実施例】
【0020】
実験例
以下、実験例について説明する。
実施例及び比較例のすべり軸受は次のように形成される。
鋼裏金層3の上にCu基の軸受合金層7をライニングしていわゆるバイメタルを製造した。このバイメタルを、半円筒状に賦形して、軸受合金層7の表面をボーリング加工して表面仕上げを行った。
次に、合金オーバーレイ層9を形成する前処理として、アルゴンボンバードを実施した。
【0021】
このようにして得られたワークに対してボート加熱蒸着法で合金オーバーレイ層を成膜した。成膜条件において下記は実施例及び比較例で共通する。
(蒸着材料)
蒸着材料はアルミニウムスズ合金であり、その組成はAl:Sn=75:25(質量%)である。
(蒸着源温度)
蒸着源温度は1300℃とした。
(雰囲気圧力)
雰囲気圧力は5.0×10
−3Paとした。
【0022】
(ワークの温度)
実施例1,2:170〜190℃
実施例3,4:140〜160℃
実施例5,6:70〜90℃
比較例1,2:240〜260℃
このように、ワークの温度が合金オーバーレイ層における軟質金属相のプロファイルに大きく影響することがわかった。
【0023】
結果を表1に示す。
【表1】
なお、比較例3は従来例に沿って成膜速度の遅いスパッタリング法により作成した。
スパッタ源にはAlSn合金(75:25wt%)を用い、ワークの温度は140℃とした。
【0024】
次のようにして耐疲労試験を行った。
摺動部材として各実施例及び比較例の軸受は幅15mm、外径55mm、肉厚1.5mmとした。ここにおいて、合金オーバーレイ層の厚さは15μmとした。
軸受の相手部材として高炭素鋼(S55C)製の回転軸を選択し、これに所定の面圧をかけつつ、給油温度を100℃、回転数を3250ppmとして20時間回転させた。試験終了後に摺動部材の合金オーバーレイ層にクラックが発生したか否かを目視で判断した。
上記において、回転軸にかける面荷重は100MPaから10MPaずつ上げていった。合金オーバーレイ層にクラックが発生しなかった最大の面圧を耐疲労性評価の値とした。
【0025】
合金オーバーレイ層における軟質金属相の各特性(アスペクト比特性、分散性特性、平均粒子径特性)は次のようにして得た。
実施例及び比較例の軸受を軸方向に湿式カッターで切断し、合金オーバーレイ層9の断面を電子顕微鏡で撮影した。得られた画像をMedia Cybernetics社製の画像ソフトImage−Proで処理し、平均アスペクト比A及び同標準偏差Aσ、ボロノイ多角形面積の標準偏差Bσ、平均粒子径C及び同標準偏差Cσの各特性を得た。なお、処理の対象となる画像領域は10μm×10μmとした。
【0026】
この発明は、上記発明の実施形態の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。本発明の摺動部材を用いた内燃機関等の軸受機構使用装置は、優れた摺動特性を発揮する。
実施の形態では、摺動部材としてすべり軸受を例にとり説明をしてきたが、平板形状のスラストワッシャ等その他の摺動部材にも適用できる。