(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2019-168106(P2019-168106A)
(43)【公開日】2019年10月3日
(54)【発明の名称】複層摺動部材
(51)【国際特許分類】
F16C 33/20 20060101AFI20190906BHJP
C10M 107/32 20060101ALI20190906BHJP
C10M 125/24 20060101ALI20190906BHJP
C10M 125/10 20060101ALI20190906BHJP
C10M 125/26 20060101ALI20190906BHJP
C10M 125/04 20060101ALI20190906BHJP
C10M 147/02 20060101ALI20190906BHJP
F16C 33/14 20060101ALI20190906BHJP
F16C 33/12 20060101ALI20190906BHJP
F16C 33/10 20060101ALI20190906BHJP
C08K 3/32 20060101ALI20190906BHJP
C08K 3/34 20060101ALI20190906BHJP
C08K 3/22 20060101ALI20190906BHJP
C08K 3/08 20060101ALI20190906BHJP
C08L 27/18 20060101ALI20190906BHJP
C08L 71/10 20060101ALI20190906BHJP
C10N 30/06 20060101ALN20190906BHJP
C10N 40/02 20060101ALN20190906BHJP
【FI】
F16C33/20 A
C10M107/32
C10M125/24
C10M125/10
C10M125/26
C10M125/04
C10M147/02
F16C33/14 A
F16C33/12 B
F16C33/10 Z
C08K3/32
C08K3/34
C08K3/22
C08K3/08
C08L27/18
C08L71/10
C10N30:06
C10N40:02
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2018-58734(P2018-58734)
(22)【出願日】2018年3月26日
(71)【出願人】
【識別番号】000103644
【氏名又は名称】オイレス工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100098095
【弁理士】
【氏名又は名称】高田 武志
(72)【発明者】
【氏名】中丸 隆
(72)【発明者】
【氏名】大野 亘
(72)【発明者】
【氏名】石田 晃一
(72)【発明者】
【氏名】柳瀬 澄英
【テーマコード(参考)】
3J011
4H104
4J002
【Fターム(参考)】
3J011AA06
3J011AA20
3J011DA01
3J011DA02
3J011JA02
3J011KA01
3J011LA01
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3J011PA10
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3J011SB03
3J011SB05
3J011SB15
3J011SB19
3J011SB20
3J011SC01
3J011SC05
3J011SC20
3J011SE10
4H104AA08C
4H104AA13C
4H104AA20C
4H104AA21C
4H104CB12A
4H104CD02C
4H104LA03
4H104PA01
4J002BD152
4J002CH091
4J002DA078
4J002DA088
4J002DA108
4J002DC008
4J002DE077
4J002DH036
4J002DJ007
(57)【要約】
【課題】被覆層を形成する合成樹脂組成物の主成分をなすポリアリールケトン樹脂の摩擦摩耗特性を大幅に向上させることができ、流体潤滑、境界潤滑又は混合潤滑など潤滑油の存在する湿式潤滑条件下においても優れた摩擦摩耗特性を発揮する複層摺動部材を提供すること。
【解決手段】複層摺動部材1は、裏金2と、裏金2の表面3に一体的に接合された多孔質金属焼結層5と、多孔質金属焼結層5の孔隙6を充填しかつ多孔質金属焼結層5を被覆した表面7を有した被覆層8とを含んでおり、被覆層8は、ポリアリールケトン樹脂とリン酸塩とからなる合成樹脂組成物から形成されている。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
裏金と、この裏金の一方の表面に形成された多孔質金属焼結層と、この多孔質金属焼結
層の孔隙及び表面に充填被着された合成樹脂組成物の被覆層とを含んでおり、合成樹脂組成物は、リン酸塩を1〜30質量%含むポリアリールケトン樹脂からなる複層摺動部材。
【請求項2】
ポリアリールケトン樹脂は、ポリエーテルケトン樹脂又はポリエーテルエーテルケトン樹脂である請求項1に記載の複層摺動部材。
【請求項3】
リン酸塩は、アルカリ金属又はアルカリ土類金属の第二リン酸塩、第三リン酸塩、ピロリン酸塩及びメタリン酸塩の群のうちのいずれか一つから選択される請求項1又は2に記載の複層摺動部材。
【請求項4】
リン酸塩は、第三リン酸リチウム、第三リン酸カルシウム、リン酸水素カルシウム、リン酸水素マグネシウム、ピロリン酸リチウム、ピロリン酸カルシウム、ピロリン酸マグネシウム、メタリン酸アルミニウム、メタリン酸カルシウム及びメタリン酸マグネシウムから選択される請求項3に記載の複層摺動部材。
【請求項5】
合成樹脂組成物は、酸化マグネシウム、合成ケイ酸マグネシウム、合成ケイ酸アルミニウム及び合成ケイ酸カルシウムから選択される潤滑油と親和性を有する無機粒子を3〜12質量%の割合で含有する請求項1から4のいずれか一項に記載の複層摺動部材。
【請求項6】
合成樹脂組成物は、銅、亜鉛及びニッケルから選択される金属単体粉末又は黄銅、青銅、Cu−31Ni−2P−5Sn合金及びCu−20Ni−2P−10Sn合金から選択される金属合金粉末を50質量%以下の割合で含有する請求項1から5のいずれか一項に記載の複層摺動部材。
【請求項7】
合成樹脂組成物は、ポリテトラフルオロエチレン樹脂を20質量%以下の割合で含有する請求項1から6のいずれか一項に記載の複層摺動部材。
【請求項8】
湿式潤滑用である請求項1から7のいずれか一項に記載の複層摺動部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、流体潤滑、境界潤滑あるいは混合潤滑など潤滑油の存在する湿式潤滑条件下において優れた摩擦摩耗特性を発揮する複層摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車エンジンの高性能化、高機能化に伴い、特にハイブリッド車のように、エンジンの起動、停止が頻繁に繰り返される環境下では、軸受などの摺動部材にとってはより過酷な状況に曝されることになり、摺動部材における摩擦摩耗特性のより一層の向上が要求される。そのためには、境界潤滑域での摩擦摩耗特性の向上とともに、流体潤滑域、混合潤滑域における摺動面間の油膜形成状態においても摩擦摩耗特性の向上が重要となる。
【0003】
自動車エンジン等の高温環境下では、例えばポリアリールケトン樹脂、中でもポリエーテルエーテルケトン樹脂(以下「PEEK」と表記する)は融解開始温度が300℃以上と高く、耐熱性や耐薬品性に優れ、摺動性能も比較的良好であることから軸受などの摺動部材に使用されている。しかしながら、PEEK単独からなる摺動部材は、摩擦係数が高く、耐摩耗性や耐荷重性に劣るため、摺動部材の使用用途に応じて、PEEKに、(a)ポリテトラフルオロエチレン樹脂(以下「PTFE」と表記する)及び黒鉛等の固体潤滑剤と炭素繊維及びガラス繊維等の繊維補強材とのうちの少なくとも一方を含有したり、(b)鋼裏金上に形成された多孔質金属焼結層の孔隙及び表面にPEEKを充填被覆したりしてPEEKの欠点を補っている。
【0004】
上記(a)の態様からなる摺動部材としては、例えば、PEEK及びフッ素樹脂を含有し、樹脂組成物中に分散したフッ素樹脂の平均粒子径が0.1〜30μmである樹脂組成物(特許文献1)、PEEKとフッ素樹脂と炭素繊維とからなる潤滑性樹脂組成物(特許文献2)、PEEKとフッ素樹脂とホウ酸アルミニウムウィスカーとよりなるポリエーテル芳香族ケトン系樹脂組成物(特許文献3)などが提案されている。
【0005】
特許文献1ないし特許文献3に提案された摺動部材は、いずれも乾式(無潤滑)摺動部材として適用されるものであり、これらを潤滑油の存在する湿式潤滑条件下に適用しても摩擦摩耗特性の観点からは必ずしも満足のいくものではない。
【0006】
また、上記(b)の態様からなる摺動部材としては、所謂複層摺動部材と称されるものであり、鋼裏金上に形成された多孔質金属焼結層の孔隙及び表面にPEEKを充填被覆した複層摺動部材(特許文献4)などが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006−274073号公報
【特許文献2】特開昭58−179262号公報
【特許文献3】特開平4−258663号公報
【特許文献4】特開平8−210357号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献4に提案された複層摺動部材は、潤滑油の存在する湿式潤滑条件下で使用される摺動部材であって、表面のPEEK層の面粗度を2μm以下とすることで摺動面間に発生する騒音を著しく小さくすることができると共に摩擦特性を高めることができるとされている摺動部材であるが、異なった湿式潤滑条件下での使用において、特に摩擦摩耗特性の観点からは必ずしも満足のいくものではない。
【0009】
本発明者らは、上記諸点に鑑みポリアリールケトン樹脂に対する充填剤について、鋭意検討した結果、リン酸塩、特にメタリン酸金属塩は、ポリアリールケトン樹脂に分散含有されると共に被覆層として形成されると、摺動面に潤滑油をトラップ(捕捉)して常時、摺動面に潤滑油を介在させる性質を発現し、ポリアリールケトン樹脂の摩擦摩耗特性を向上させることを見出した。
【0010】
本発明は、上記知見に基づきなされたもので、その目的とするところは、流体潤滑、境界潤滑又は混合潤滑など潤滑油の存在する湿式潤滑使用条件下においても優れた摩擦摩耗特性を発揮する複層摺動部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の複層摺動部材は、裏金と、この裏金の一方の表面に形成された多孔質金属焼結層と、この多孔質金属焼結層の孔隙及び表面に充填被着された合成樹脂組成物の被覆層とを含んでおり、合成樹脂組成物は、リン酸塩を1〜30質量%含有するポリアリールケトン樹脂からなる。
【0012】
本発明の複層摺動部材によれば、被覆層は、ポリアリールケトン樹脂からなるマトリックス中に1〜30質量%の割合で分散含有されたリン酸塩が潤滑油をトラップ(捕捉)して常時、摺動面に潤滑油を介在させるので、流体潤滑、境界潤滑又は混合潤滑など異なった湿式潤滑条件下での使用においても優れた摩擦摩耗特性を発揮し、而して、本発明の複層摺動部材は、湿式潤滑用として好適である。
【0013】
本発明の複層摺動部材において、被覆層を形成する合成樹脂組成物に、追加成分として、酸化マグネシウム、合成ケイ酸マグネシウム、合成ケイ酸アルミニウム及び合成ケイ酸カルシウムなど少なくとも潤滑油と親和性を有すると共に好ましくは潤滑油を吸着保持する性質をも有する無機粒子を3〜12質量%含有させてもよい。
【0014】
これらの無機粒子は、ポリアリールケトン樹脂と該ポリアリールケトン樹脂中に分散含有されたリン酸塩とからなる被覆層に分散含有されることにより、摺動面において潤滑油を吸着保持して潤滑油との親油性を高め、油膜保持性能を向上させる。これら無機粒子のうち、酸化マグネシウムは熱伝導性に優れているので被覆層の温度上昇及び油膜粘度の低下を抑制する効果を発揮することから無機粒子として特に好ましい。
【0015】
本発明の複層摺動部材において、被覆層を形成するポリアリールケトン樹脂及びリン酸塩からなる合成樹脂組成物又は該合成樹脂組成物に無機粒子を含有した合成樹脂組成物に、更に追加成分として、熱伝導性に優れた金属粉末(粒子)を50質量%以下、好ましくは20〜40質量%の割合で含有させてもよい。
【0016】
金属粉末(粒子)としては、銅、亜鉛及びニッケルなどから選択される金属単体又は青銅、黄銅(真鍮)、Cu−31Ni−2P−5Sn合金及びCu−20Ni−2P−10Sn合金などから選択される金属合金粉末が挙げられる。これら金属粉末は、ポリアリールケトン樹脂と該ポリアリールケトン樹脂中に含有されたリン酸塩からなる樹脂組成物又はこれらに更に無機粒子を含有した樹脂組成物からなる被覆層に分散含有されることにより、被覆層の温度上昇及び油膜粘度の低下を抑制する効果を発揮する。
【0017】
本発明の複層摺動部材において、被覆層を形成するポリアリールケトン樹脂及びリン酸塩からなる合成樹脂組成物又は該合成樹脂組成物に無機粒子及び金属粉末のうちの少なくとも一方を含有した合成樹脂組成物に、更に追加成分として、PTFEを20質量%以下、好ましくは3〜16質量%の割合で含有させてもよい。
【0018】
このPTFEは、これら合成樹脂組成物からなる被覆層に低摩擦性を付与するもので、PTFEの含有割合が20質量%を超えて含有すると、被覆層に含有されたPTFEの撥油性により潤滑油が摺動面からはじき出され、摩擦摩耗特性を低下させる虞がある。
【0019】
本発明の複層摺動部材の製造方法は、(a)裏金の一方の表面に多孔質金属焼結層を一体的に接合する工程と、(b)ポリアリールケトン樹脂とリン酸塩又はこれらに更に無機粒子、金属粒子、PTFEの少なくとも一つとを混合して合成樹脂組成物を作製する工程と、(c)裏金の多孔質金属焼結層に合成樹脂組成物を散布供給し、当該合成樹脂組成物をローラで圧延して多孔質金属焼結層の孔隙に充填すると共に多孔質金属焼結層の表面に一様な厚さの該合成樹脂組成物からなる被覆層を形成する工程と、(d)合成樹脂組成物からなる被覆層を備えた裏金を380〜410℃の温度に加熱された加熱炉に導入して数分間加熱する工程、(e)加熱された被覆層を備えた裏金を一対のローラ間に通してローラ処理する工程とを具備している。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、被覆層を形成する合成樹脂組成物の主成分をなすポリアリールケトン樹脂の摩擦摩耗特性を大幅に向上させることができ、流体潤滑、境界潤滑又は混合潤滑など潤滑油の存在する湿式潤滑条件下においても優れた摩擦摩耗特性を発揮する複層摺動部材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】
図1は、本発明の好ましい一例の複層摺動部材の断面説明図である。
【
図2】
図2は、スラスト試験におけるスラスト試験片と相手材との関係を示す平面説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明及びその実施の形態を詳細に説明する。なお、本発明はこれらの実施の形態に何等限定されないのである。
【0023】
本発明の複層摺動部材1は、
図1に示すように、鋼板からなる裏金2と、裏金2の表面3に一体的に接合された多孔質金属焼結層5と、多孔質金属焼結層5の孔隙6を充填しかつ多孔質金属焼結層5を被覆した表面7を有した合成樹脂組成物からなる被覆層8とを含んでおり、被覆層8は、ポリアリールケトン樹脂とリン酸塩とからなる合成樹脂組成物又は該合成樹脂組成物に更に無機粒子、金属粒子、PTFEの少なくとも一つの充填材を含む合成樹脂組成物から形成されている。なお、裏金2には、必要に応じて銅メッキ、ニッケルメッキ等の被膜4を施して耐食性を向上させてもよく、この場合には、斯かる被膜4を介して裏金2の表面3に多孔質金属焼結層5を一体的に接合させるとよい。
【0024】
本発明の複層摺動部材1における被覆層8を形成する合成樹脂組成物において、マトリックスを形成するポリアリールケトン樹脂は、ベンゼン環がパラの位置で、リジッドなカルボニル基と、フレキシブルなエーテル結合によって連結されたポリマー構造を持つ結晶性の芳香族系熱可塑性樹脂であり、優れた耐熱性、耐衝撃性、耐摩耗性等を有する。その代表例である下記(I)式にポリエーテルケトン樹脂(以下「PEK」と表記する)の構造を、下記(II)式にPEEKの構造を、下記(III)式にポリエーテルケトンケトン樹脂の構造をそれぞれ示す。
【0028】
これらのポリアリールケトン樹脂としては、本発明では、特にPEEKが耐熱性、機械的強度の観点から好ましい。
【0029】
ポリアリールケトン樹脂に配合されるリン酸塩は、ポリアリールケトン樹脂からなる被覆層のマトリックスに分散含有されることにより、潤滑油をトラップ(捕捉)して常時、摺動面に潤滑油を介在させる効果を発現し、該被覆層の摩擦摩耗特性を向上させる。
【0030】
リン酸塩としては、第二リン酸塩、第三リン酸塩、ピロリン酸及びメタリン酸の金属塩の群のうちのいずれか一つから選択される金属塩及びこれらの混合物を好ましい例として挙げることができる。中でも、ピロリン酸及びメタリン酸の金属塩が好ましい。金属としては、アルカリ金属及びアルカリ土類金属が好ましく、とくにリチウム(Li)、カルシウム(Ca)及びマグネシウム(Mg)が好ましい。具体的には、リン酸塩として、第三リン酸リチウム(Li
3PO
4)、第三リン酸カルシウム〔Ca
3(PO
4)
2〕、リン酸水素カルシウム〔CaHPO
4・2H
2O〕又はその無水物(CaHPO
4)、リン酸水素マグネシウム(MgHPO
4・3H
2O)又はその無水物(MgHPO
4)、ピロリン酸リチウム(Li
4P
2O
7)、ピロリン酸カルシウム(Ca
2P
2O
7)、ピロリン酸マグネシウム(Mg
2P
2O
7)、メタリン酸アルミニウム〔Al(PO
3)
3〕、メタリン酸カルシウム〔Ca(PO
3)
2〕及びメタリン酸マグネシウム〔Mg(PO
3)
2〕などが挙げられる。
【0031】
リン酸塩は、ポリアリールケトン樹脂に対して少量、例えば1質量%配合することにより、潤滑油をトラップ(捕捉)する効果が現れ始め、30質量%まで当該効果は維持される。しかしながら、30質量%を超えて配合すると、被覆層の摩擦摩耗特性を低下させる虞がある。したがって、リン酸塩の配合量は、1〜30質量%、好ましくは、3〜25質量%である。
【0032】
ポリアリールケトン樹脂及びリン酸塩からなる合成樹脂組成物に配合される潤滑油と親和性を有する無機粒子は、被覆層に分散含有されることにより潤滑油を吸着保持する性質を有しており、摺動面に常時、潤滑油を介在させて当該被覆層の摩擦摩耗特性を向上させる。
【0033】
無機粒子としては、酸化マグネシウム(以下「MgO」と表記する)、合成ケイ酸マグネシウム(2MgO・6SiO
2・mH
2O)、合成ケイ酸アルミニウム(Al
2O
3・9Si0
2・mH
2O)、合成ケイ酸カルシウム(CaO・mSiO
2・nH
2O)などが挙げられる。中でも、MgOは、それ自体熱伝導性に優れているので被覆層に分散含有されることにより、該被覆層の温度上昇及び油膜粘度の低下を抑制する効果を発揮することから好ましい。これら無機粒子の配合量は3〜12質量%が適当である。
【0034】
MgOは、ポリアリールケトン樹脂及びリン酸塩からなる合成樹脂組成物に配合される前に予めカップリング剤で表面処理されていることが分散性の面で好ましい。カップリング剤としては、リン酸エステルあるいはシラン系化合物が好ましい。
【0035】
ポリアリールケトン樹脂及びリン酸塩からなる合成樹脂組成物又は該合成樹脂組成物に無機粒子が含有された合成樹脂組成物に配合される金属粉末(粒子)は、被覆層に分散含有されることにより当該被覆層に熱伝導性を付与し、被覆層の温度上昇及び油膜粘度の低下を抑制する効果を発揮する。
【0036】
金属粉末としては、銅(Cu)、亜鉛(Zn)及びニッケル(Ni)などの金属単体粉末並びに黄銅(70Cu−30Zn)、青銅(75Cu−25Sn)、Cu−31Ni−2P−5Sn合金及びCu−20Ni−2P−10Sn合金などの銅合金粉末が挙げられる。この金属粉末(粒子)の配合量は、50質量%以下、好ましくは20〜40質量%が適当である。
【0037】
ポリアリールケトン樹脂及びリン酸塩からなる合成樹脂組成物又は該合成樹脂組成物に無機粒子及び又は金属粉末が含有された合成樹脂組成物に配合されるPTFEは、被覆層に分散含有されることにより当該被覆層に低摩擦性を付与するものであるが、該合成樹脂組成物に20質量%を超えて配合すると、被覆層に含有されたPTFEが摺動面への潤滑油の侵入を阻害し、摩擦摩耗特性を低下させる虞がある。PTFEの配合量は20質量%以下、好ましくは3〜16質量%が適当である。
【0038】
本発明の複層摺動部材は、以下の(a)から(c)の工程を経て製造される。
【0039】
(a)表面に銅メッキ被膜が施された鋼板からなる裏金に一体的に形成された多孔質金属(青銅)焼結層上に少なくともポリアリールケトン樹脂及びリン酸塩を含む合成樹脂組成物を散布供給し、レベラーにて合成樹脂組成物の厚さを一様な厚さに調整する工程と、(b)(a)工程で処理された裏金をポリアリールケトン樹脂の融点(PEEK:343℃、PEK:373℃)以上の380〜410℃の温度に加熱された加熱炉内に5〜6分間保持し、ついで加熱炉から取り出し、一対のローラ間に通して該合成樹脂組成物を多孔質金属焼結層の孔隙に充填すると共に該多孔質金属焼結層上に被覆して被覆層を形成する工程と、(c)ついで、合成樹脂組成物の被覆層が形成された裏金に矯正ローラ処理を施して寸法調整された複層摺動部材とする工程とからなる。
【0040】
(a)〜(c)工程を経て得られた複層摺動部材において、多孔質金属焼結層の厚さは0.23〜0.25mm、合成樹脂組成物から形成された被覆層の厚さは0.05〜0.30mmとされる。このようにして得られた複層摺動部材は、適宜の大きさに切断されて平板状態ですべり板として使用され、また、丸曲げされて円筒状の巻きブッシュとして使用される。
【実施例】
【0041】
以下、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。なお、以下の例において、複層摺動部材の摩擦摩耗特性は、次のスラスト摺動試験により評価した。
【0042】
<スラスト摺動試験>
試験方法:表1に示す摺動条件下で、
図2に示すように、幅15mm、長さ30mmの長方形状の軸受試験片9(複層摺動部材1)をオイルバスに設けた試験台に固定し、内径20mm、外径25.6mm、長さ30mmの円筒体からなる相手材10を軸受試験片9の被覆層8に、当該被覆層8に直交する方向に所定の荷重を掛けながら、相手材10を当該相手材10の軸心Oの周りで円周方向Yに回転させ、軸受試験片9と相手材10の間の摩擦係数及び試験後の軸受試験片9の被覆層8の摩耗量を測定した。摩擦係数については、試験を開始してから1時間経過以降、試験終了までの安定時の摩擦係数を示し、また摩耗量については、試験時間5時間後の被覆層の寸法変化量(μm)で示した。
【0043】
[表1]
滑り速度 20m/min
荷重 39.2MPa(400kgf/cm
2)
試験時間 5時間
潤滑 エンジンオイル(オイルバス)(SAE粘度グレード:5W−30)
油温 130℃
相手材 機械構造用炭素鋼(S45C)
相手材表面粗さ Ra(中心線平均粗さ)0.02
【0044】
以下の諸例において、ポリアリールケトン樹脂、リン酸塩、無機粒子、金属粉末及びPTFEは、以下に示す材料を使用した。
<ポリアリールケトン樹脂>
(1)PEK
(2)PEEK
<リン酸塩>
(1)第三リン酸リチウム
(2)リン酸水素カルシウム
(3)ピロリン酸カルシウム
(4)メタリン酸マグネシウム
<無機粒子>
(1) MgO(シランカップリング剤による表面処理)
(2) 合成ケイ酸アルミニウム
(3) 合成ケイ酸マグネシウム
(4) 合成ケイ酸カルシウム
<金属粉末>
(1)青銅(75Cu−25Sn)粉末
(2)Cu−31Ni−2P−5Sn合金粉末(平均粒径45μm水アトマイズ粉末)
<PTFE>
PTFE
<裏金>
表面に銅メッキの被膜を備えた厚さ0.70mmの鋼板と、該鋼板の一方の表面に銅メッキ被膜を介して一体的に接合された厚さ0.25mmの青銅合金からなる多孔質金属焼結層とを含む裏金
【0045】
実施例1〜28
PEK又はPEEKと表2ないし表7に示される充填材とを混合機内に供給し、撹拌混合して合成樹脂組成物を作製し、該合成樹脂組成物を前記裏金の多孔質金属焼結層上に散布供給し、レベラーにて合成樹脂組成物の厚さを一様な厚さに調整した。ついで、一様な厚さの合成樹脂組成物を備えた裏金をPEK又はPEEKの融点以上の温度に加熱した加熱炉に供給すると共に当該加熱炉内において5分間保持したのち、加熱炉から取り出し、ローラによって圧延し、該合成樹脂組成物を多孔質金属焼結層の孔隙に充填すると共に該多孔質金属焼結層上に被覆して該合成樹脂組成物の被覆層を形成すると共に該被覆層を機械加工して被覆層の厚さを0.1mmとした複層摺動部材を作製した。この複層摺動部材から幅15mm、長さ30mmの長方形状の軸受試験片を得た。
【0046】
比較例1
PEEK単体からなる合成樹脂組成物を前記裏金の多孔質金属焼結層上に散布供給し、レベラーにて合成樹脂組成物の厚さを一様な厚さに調整した。以下、前記実施例と同様にして被覆層の厚さを0.1mmとした複層摺動部材を作製した。この複層摺動部材から幅15mm、長さ30mmの長方形状の軸受試験片を得た。
【0047】
比較例2
PEEK80質量%とPTFE20質量%とを混合機内に供給し、撹拌混合して合成樹脂組成物を作製した。この合成樹脂組成物前記裏金の多孔質金属焼結層上に散布供給し、レベラーにて合成樹脂組成物の厚さを一様な厚さに調整した。以下、前記実施例と同様にして被覆層の厚さを0.1mmとした複層摺動部材を作製した。この複層摺動部材から幅15mm、長さ30mmの長方形状の軸受試験片を得た。
【0048】
【表2】
【0049】
【表3】
【0050】
【表4】
【0051】
【表5】
【0052】
【表6】
【0053】
【表7】
【0054】
試験結果から、本発明の実施例の複層摺動部材は、試験時間を通して安定した性能を発揮し、摩耗量は極めて少なく優れた摩擦摩耗摺動特性を有しているものであった。これは、被覆層に分散含有されたリン酸塩が潤滑油をトラップ(捕捉)して常時、摺動面に潤滑油を介在させるという効果によるものと推察される。一方、比較例の複層摺動部材は、摩耗量が多孔質金属焼結層まで達しており、潤滑油の存在する湿式潤滑条件下では使用に耐え難いということを確認した。
【0055】
以上説明したように、本発明によれば、高温環境下であって、流体潤滑、境界潤滑あるいは混合潤滑など潤滑油の存在する湿式潤滑条件下において優れた摩擦摩耗特性を発揮する複層摺動部材を提供することができる。
【符号の説明】
【0056】
1 複層摺動部材
2 裏金
3 表面
4 被膜
5 多孔質金属焼結層
6 孔隙
7 表面
8 被覆層