【課題】ベルトを高負荷かつ高速走行条件で長時間走行させても、ブロックの疲労破壊の発生を抑制できる、伝動ベルト、および伝動ベルトに用いられるインサート材の製造方法を提供する。
【解決手段】エンドレスの張力帯2と、張力帯2の長手方向に沿って所定ピッチで配列され、張力帯2が嵌合される嵌合溝14を有する複数のブロック10とを備え、複数のブロック10には、それぞれ、板状の金属からなるインサート材40が埋設されており、インサート材40は、それぞれ、張力帯2の少なくとも進行方向側の表面が、加工硬化された加工硬化層40Aを備えている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ここで、エンジンの高馬力化に対応するべく、伝動ベルトを高負荷、高速走行条件で、長時間走行させた場合に、上述(特許文献2に記載)のように、ブロック(特に上ビームの根元)が疲労破壊し、これが致命傷となり、伝動ベルトが目標時間よりも前に寿命に至ることが、解決すべき大きな問題点とされてきた。
【0007】
そこで、発明者は、伝動ベルトを高負荷、高速走行条件で、長時間走行させた場合に、ブロック(特に上ビームの根元)が疲労破壊し、伝動ベルトが目標時間よりも前に寿命に至る原因(作用)を、詳細に洗い出した。
【0008】
(ブロックの疲労破壊原因)
(1)無段変速装置において、伝動ベルトが駆動プーリと従動プーリに巻きかけられて走行する際に、プーリの出口(ベルト離脱部)において、ブロックの、特に上ビームには、
図9(a)に示すように、プーリの外周に設けられた溝の両側面からの側圧によってベルト幅方向に圧縮される力(側圧力)と、プーリとの摩擦力(向き:ベルトの反進行方向)に抗して、張力帯によって嵌合溝を介して張力帯の進行方向(以下、「ベルト進行方向」ともいう)に引っ張られる力(推力)との合力となる、曲げによる引張応力(曲げ応力)が作用する(作用1)。これは、詳細には、(i)プーリの出口において、伝動ベルトがプーリから本来のベルト進行方向に向かって直線的に離脱することはなく、ブロックがプーリの外周に設けられた溝に拘束されたままプーリの回転方向に少し向かった後に、張力帯によってプーリの外周に設けられた溝からブロックが引き抜かれて本来のベルト進行方向へ進行する、といった動きをしている(ベルトの逆曲げ)。(ii)次いで、伝動ベルトがプーリから引き出されて直線状態に戻る際に、上ビームがプーリの外周に設けられた溝に拘束されたまま、上ビームよりも先に、下ビームがプーリから離脱する(ブロックの揺動)。このとき、上ビームが、いわば、くさび状態(上ビームだけがプーリの外周に設けられた溝に挟まれた状態)となることによる。
【0009】
上記作用1は、駆動プーリと従動プーリ、双方の出口(ベルト離脱部)で起こり得る。ブロックの上ビーム(特にその根元部)は、プーリの出口において、上記曲げによる引張応力を繰り返し受けるため、その曲げ強度のみならず、その曲げ疲労強度が十分でない場合には、疲労破断に至る。
【0010】
(2)更に、上下ビームは、それぞれ、張力帯の弾性により、常時、張力帯の厚み方向の張力帯から離れる方向に、根元部を支点として引裂かれるように押圧されている(作用2)。これは、ベルト走行中に、張力帯とブロックとの間にがたつき(緩み)が発生しないよう、ブロックの嵌合溝(上下ビーム間)に張力帯に対する締め代を設け、張力帯がブロックの嵌合溝にベルト厚み方向に圧縮されて組み付けられているからである。なお、この張力帯の弾性により上下ビームを押圧する力は、ベルト走行(特には、高負荷かつ高速走行)に伴う張力帯の熱膨張によって、更に増大する。
【0011】
(3)特に上ビームに対する前述の作用1及び作用2(負荷の集中)は、ベルト巻き掛け径が大きい方のプーリ(以下、大径側プーリ)よりも、ベルト巻き掛け径が小さい方のプーリ(以下、小径側プーリ)で、顕著となる(作用3、
図8参照)。これは、小径側プーリの方が、大径側プーリよりも、プーリに巻き掛かり係合するブロックの数が少なく、1個あたりのブロックに作用する、プーリからの推力や負荷が増すからである。
【0012】
なお、無段変速装置において、走行条件に応じて、プーリに対するベルト巻き掛け径が変化する(
図1参照)。そのため、小径側プーリは、駆動プーリにも従動プーリにもなり得る。端的には、小径側プーリとは、高速(巡航)走行条件においては従動プーリであり、低速走行条件においては駆動プーリとなる。通常、より使用条件が厳しく、かつ、より使用頻度が高いとされるのは、高速走行条件の方である。
【0013】
(4)この高負荷、高速走行条件で長時間走行させた場合、上記作用1〜3により、特に小径側プーリの出口(
図8丸印部分)で、ブロックの上ビームに負荷が繰り返し集中し、曲げ疲労強度が十分でない場合には、ブロックの上ビームの疲労破壊が、より一層進み易くなる。この場合、ブロックの上ビームにおける疲労破壊の起点となる部分は、前述のように上ビームの根元部であるが、より詳細には、上ビーム根元部のベルト進行方向側表面である。これは、特に前述作用1により、上ビームにおいて、ベルト進行方向側の表面に近づくほど、張力帯に引っ張られて上ビームのベルト幅方向に沿う直断面が弓状(ベルト進行方向側に凸、
図9(a)二点鎖線参照)となる弧長が長くなる分、より大きい曲げによる引張応力がかかるためである。
【0014】
このように、近年の高馬力エンジンに対応していくためには、伝動ベルトを高負荷、高速走行条件で、長時間走行させた場合に、上記作用1〜3により、特に小径側プーリの出口で上ビームに負荷が繰り返し集中しても、ブロック(上ビーム)の疲労破壊を防止できる程に、ブロックに対し、従来(のブロック)よりも高い水準の疲労強度が求められる。
【0015】
そこで、発明者は、ブロックの金属補強材としてブロックに埋設されているインサート材に着目し、インサート材に改良を施すことで、ブロックを従来よりも高靱性、高疲労強度なるものとし、ベルトを高負荷、高速走行条件で、長時間走行させた場合のベルトの耐久性を底上げできないかを、鋭意検討することにした。
【0016】
例えば、従来から、金属板の表面に加工硬化層を生じさせて、圧縮残留応力を付与し、疲労強度を向上させ得る、汎用の表面処理技術として、ショットピーニング処理がある。つまり、予め、このショットピーニング処理をインサート材(単体)における、少なくともベルト進行方向側の表面に施すことにより、当該表面に加工硬化層および圧縮残留応力を付与させることにより、樹脂ブロックベルトを高負荷、高速走行条件で長時間走行させても、特に小径側プーリの出口で、インサート材、ひいてはブロックの、少なくともベルト進行方向側の表面近傍に繰り返し強く発生した、曲げによる引張応力が、この圧縮残留応力によって緩和されることで、ブロックの曲げに対する靱性、およびブロック(特には上ビーム)の曲げ疲労強度が向上し、ブロックの疲労破壊の発生を抑制できる可能性がある。
【0017】
しかしながら、一般に、金属板にショットピーニング処理を施した場合、表面に圧縮残留応力を付与することができるが、それと同時に、金属板に加工歪みを生じさせる場合がある。インサート材にこのような加工歪みが残ってしまうと、樹脂ブロックベルトの均質性を阻害する。そこで、この加工歪みは、アニール(熱処理)により除去するのが一般的であるが、加熱により、残留応力の開放が生じ、ショットピーニング(圧縮残留応力の付与)による疲労強度の向上効果は大きく失われてしまう。つまり、予め、インサート材における、張力帯の少なくとも進行方向側の表面に、従来のショットピーニングを施しても、ブロック(特には上ビーム)の曲げ疲労強度の向上効果が得られず、さらなる改良の余地があった。
【0018】
上記検討課題を踏まえ、本発明の目的は、インサート材に改良を施すことで、ベルトを高負荷かつ高速走行条件で長時間走行させても、ブロックの疲労破壊の発生を抑制できる、伝動ベルト、および伝動ベルトに用いられるインサート材の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上記課題を解決するために、本発明の伝動ベルトは、エンドレスの張力帯と、
該張力帯の長手方向に沿って所定ピッチで配列され、前記張力帯が嵌合される嵌合溝を有する複数のブロックと、を備え、
前記複数のブロックには、それぞれ、板状の金属からなるインサート材が埋設されており、
前記インサート材は、それぞれ、前記張力帯の少なくとも進行方向側の表面が、加工硬化されていることを特徴としている。
【0020】
上記構成によれば、伝動ベルトをプーリ間に巻き掛け、高負荷、高速走行条件で長時間走行させても、プーリの出口で、ブロックに埋設されているインサート材の、少なくともベルト進行方向側(つまり、ベルト走行時にブロックが疲労破壊しやすい側)の表面近傍に繰り返し強く発生する、曲げによる引張応力が、加工硬化によって付与された圧縮残留応力によって緩和されることで、ブロックの曲げ疲労強度が向上し、ブロックの疲労破壊の発生を抑制できる。その結果、伝動ベルトの耐久性を高めることができる。
【0021】
また、本発明は、上記伝動ベルトにおいて、前記インサート材は、それぞれ、前記張力帯の前記進行方向側の表面のみが、前記加工硬化されていることを特徴としている。
【0022】
上記構成によれば、ブロックにおいてインサート材に加工硬化された側が、伝動ベルトにとって、より使用条件が厳しく、かつ、より使用頻度が高いとされる、高負荷、高速走行条件でのベルト走行時にブロックが疲労破壊しやすい側(つまり、ベルト進行方向側)になるように、それぞれのブロックが張力帯に配列される。このため、高負荷、高速走行条件での長時間走行を強いられる高馬力エンジンに対応できる伝動ベルトとして好適である。
【0023】
また、本発明は、上記伝動ベルトにおいて、前記インサート材の前記進行方向側の表面への前記加工硬化が、
前記インサート材の原材料の移動を規制する規制手段を有する金型と原材料押え部との間に、前記インサート材の原材料を、前記インサート材の前記進行方向側の表面となる側が前記金型に対向するように固定し、固定された前記インサート材の原材料を前記原材料押え部側に配置したパンチと前記金型側に配置したカウンターパンチとの間に挟み、前記パンチ側から前記カウンターパンチ側に打ち抜く、ファインブランキングプレスによって施されていることを特徴としている。
【0024】
上記構成によれば、金型に、パンチによる打ち抜きの際にインサート材の原材料が移動するのを規制する規制手段が備わるため、この規制手段によってインサート材の原材料の移動が規制される側の表面(インサート材の進行方向側の表面となる側)に、加工硬化による圧縮残留応力を付与させることができる。このため、高負荷、高速走行条件での長時間走行を強いられる高馬力エンジンに対応できる伝動ベルトとして好適である。
【0025】
また、本発明は、上記伝動ベルトにおいて、前記インサート材の前記進行方向側の表面への前記加工硬化が、
金型と前記インサート材の原材料の移動を規制する規制手段を有する原材料押え部との間に、前記インサート材の原材料を、前記インサート材の前記進行方向側の表面となる側が前記原材料押え部に対向するように固定し、固定された前記インサート材の原材料を前記原材料押え部側に配置したパンチと前記金型側に配置したカウンターパンチとの間に挟み、前記パンチ側から前記カウンターパンチ側に打ち抜く、ファインブランキングプレスによって施されていることを特徴としている。
【0026】
上記構成によれば、原材料押え部に、パンチによる打ち抜きの際にインサート材の原材料が移動するのを規制する規制手段が備わるため、この規制手段によってインサート材の原材料の移動が規制される側の表面(インサート材の進行方向側の表面となる側)に、加工硬化による圧縮残留応力を付与させることができる。このため、高負荷、高速走行条件での長時間走行を強いられる高馬力エンジンに対応できる伝動ベルトとして好適である。
【0027】
また、本発明は、
エンドレスの張力帯と、
該張力帯の長手方向に沿って所定ピッチで配列され、前記張力帯が嵌合される嵌合溝を有する複数のブロックと、
前記ブロックに埋設されている、板状の金属からなるインサート材とを備えた伝動ベルトの前記インサート材の製造方法であって、
前記インサート材は、
前記インサート材の原材料の移動を規制する規制手段を有する金型と原材料押え部との間に、前記インサート材の原材料を、前記インサート材の進行方向側の表面となる側が前記金型に対向するように固定し、固定された前記インサート材の原材料を前記原材料押え部側に配置したパンチと前記金型側に配置したカウンターパンチとの間に挟み、前記パンチ側から前記カウンターパンチ側に打ち抜く、ファインブランキングプレスによって製造されることを特徴としている。
【0028】
上記ファインブランキングプレスによるインサート材の製造方法によれば、金型に、パンチによる打ち抜きの際にインサート材の原材料が移動するのを規制する規制手段が備わるため、この規制手段によってインサート材の原材料の移動が規制される側の表面(インサート材の進行方向側の表面となる側)に、加工硬化による圧縮残留応力を付与することができる。これにより、上記製造方法により得られたインサート材を用いた伝動ベルトは耐久性を高めることができる。
【0029】
また、本発明は、
エンドレスの張力帯と、
該張力帯の長手方向に沿って所定ピッチで配列され、前記張力帯が嵌合される嵌合溝を有する複数のブロックと、
前記ブロックに埋設されている、板状の金属からなるインサート材とを備えた伝動ベルトの前記インサート材の製造方法であって、
前記インサート材は、
金型と前記インサート材の原材料の移動を規制する規制手段を有する原材料押え部との間に、前記インサート材の原材料を、前記インサート材の進行方向側の表面となる側が前記原材料押え部に対向するように固定し、固定された前記インサート材の原材料を前記原材料押え部側に配置したパンチと前記金型側に配置したカウンターパンチとの間に挟み、前記パンチ側から前記カウンターパンチ側に打ち抜く、ファインブランキングプレスによって製造されることを特徴としている。
【0030】
上記ファインブランキングプレスによるインサート材の製造方法によれば、原材料押え部に、パンチによる打ち抜きの際にインサート材の原材料が移動するのを規制する規制手段が備わるため、この規制手段によってインサート材の原材料の移動が規制される側の表面(インサート材の進行方向側の表面となる側)に、加工硬化による圧縮残留応力を付与することができる。これにより、上記製造方法により得られたインサート材を用いた伝動ベルトは耐久性を高めることができる。
【発明の効果】
【0031】
ベルトを高負荷かつ高速走行条件で長時間走行させても、ブロックの疲労破壊の発生を抑制できる、伝動ベルト、および伝動ベルトに用いられるインサート材の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0033】
本発明の実施の形態について図面を参照して説明する。
【0034】
(ベルト式無段変速装置30の構成)
まず、
図1を参照しつつ、本実施形態に係る伝動ベルト1を採用したベルト式無段変速装置30について説明する。
図1に示すように、ベルト式無段変速装置30は、駆動プーリ31(以下プーリ31)と従動プーリ32(以下プーリ32)との間にエンドレスの伝動ベルト1が巻き掛けられた構造をしている。そして、伝動ベルト1の両側面が各プーリ31、32の外周に設けられたV溝と接触した状態で伝動ベルト1を二軸間で回転走行させ、さらに変速比を無段階で変化させるものである。
【0035】
各プーリ31、32は、軸方向に固定された固定プーリ片31a、32aと、軸方向に移動可能とされた可動プーリ片31b、32bとからなる。可動プーリ片31b、32bが軸方向に移動することで、固定プーリ片31a、32aと可動プーリ片31b、32bとの間で形成されるプーリ31、32のV溝の幅を連続的に変更できるようになっている。伝動ベルト1は、ベルト幅方向両端面が各プーリ31、32のV溝対向面と傾斜が合致するテーパ面で形成され、変更されたV溝の幅に応じて、V溝対向面の任意の位置に嵌まり込む。例えば、
図1(a)に示す状態から、
図1(b)に示す状態のように、駆動プーリ31のV溝の幅を狭く、従動プーリ32のV溝の幅を広くした状態に変更すると、伝動ベルト1は、駆動プーリ31側ではV溝中を外径側に向かって移動し、従動プーリ32側ではV溝中を内径側に向かって移動する。その結果、各プーリ31、32への巻き掛け半径が連続的に変化して、変速比が無段階で変えられる。
【0036】
(伝動ベルト1の構成)
次に、
図2〜
図7をさらに参照しつつ、伝動ベルト1の構成について説明する。なお、以下の説明では、伝動ベルト1においてプーリ31、32に巻き掛けられた際に、ベルト厚み方向の外周側となる方向を「上方」、ベルト厚み方向の内周側となる方向と「下方」と称することがある。
【0037】
図2に示すように、伝動ベルト1は、平行な2本のエンドレスの張力帯2の長手方向(
図2に示すベルト長手方向)に沿って、複数の板状のブロック10を所定間隔(所定ピッチ)で配列した樹脂ブロックベルトである。
【0038】
ブロック10は、上面10aがベルト厚み方向の外周側、下面10bがベルト厚み方向の内周側になるように配列されている。また、ブロック10は、側面10cが隣接するブロック10の側面10cと対向するように配列される。各ブロック10は、互いに同一形状を有しており、ベルト厚み方向の上方及び下方に並ぶ2本のビーム部(上側ビーム部11及び下側ビーム部12)をベルト幅方向の中央部でセンターピラー部13によって連結して略「H」形に形成されている(
図3参照)。上側ビーム部11、下側ビーム部12、及び、センターピラー部13は、一体成型されている。ブロック10は、嵌合溝14を有する。嵌合溝14は、上下のビーム部11、12、とセンターピラー部13とによって囲まれて形成されている。嵌合溝14は、ベルト幅方向の中央部を挟んだ両側に一対で設けられている。各張力帯2は、各ブロック10の各嵌合溝14にベルト幅方向の両側から圧入嵌合され、各ブロック10が2本の張力帯2と一体化されている。
【0039】
図5(a)に示すように、ブロック10のベルト幅方向の長さは、ベルト厚み方向の上方の端部が最も長く下方の端部に行くほど短くなっている。伝動ベルト1が各プーリ31、32に巻き掛けられたときに、各ブロック10の上側ビーム部11は張力帯2よりもベルト厚み方向の外周側に位置し、下側ビーム部12は張力帯2よりもベルト厚み方向の内周側に位置する。
【0040】
図2に示すように、各張力帯2の外周面2aと内周面2bには、それぞれベルト幅方向に延びる凹溝21a、21bがベルト長手方向に所定のピッチで設けられる。尚、張力帯2の外周面2aは、張力帯2のベルト厚み方向の外周側の面である。また、張力帯2の内周面2bは、張力帯2のベルト厚み方向の内周側の面である。また、各ブロック10における嵌合溝14のベルト厚み方向の対向面には、それぞれベルト幅方向に延びる凸条15a、15bが設けられている。各張力帯2の凹溝21a、21bに各ブロック10の凸条15a、15bを係合させることにより、各ブロック10がベルト長手方向に沿って所定ピッチで固定される。
図2に示すように、張力帯2の内周面2bの凹溝21bは、外周面2aの凹溝21aに比べて断面が緩やかな凹湾曲面となっている。
図5(b)に示すように、凹溝21bと係合する嵌合溝14の凸条15bは、凹溝21aと係合する凸条15aと比べてベルト長手方向の断面が緩やかな凸湾曲面とされている。
【0041】
また、
図5に示すように、各ブロック10のベルト長手方向に関する長さは、ベルト厚み方向の上方に位置する上側ビーム部11においては、ベルト厚み方向に一定の肉厚で形成されており、ベルト厚み方向の下方に位置する下側ビーム部12においては、ベルト厚み方向の下方となる下側に行くほど肉厚が漸減するように形成されている。
【0042】
(張力帯2)
図2に示すように、張力帯2は、心線4がベルト長手方向にスパイラル状に埋設されたゴム層5と、ゴム層5の上下面を被覆する補強布6とからなる。心線4としては、ポリエステル繊維、ポリアミド繊維、アラミド繊維、ガラス繊維、炭素繊維等からなるロープや、スチールワイヤ等が用いられる。心線4の替わりに、上記の繊維からなる織布や編布、または金属薄板等を埋設してもよい。ゴム層5は、クロロプレンゴム、天然ゴム、ニトリルゴム、スチレン−ブタジエンゴム、水素化ニトリルゴム(水素化ニトリルゴムと不飽和カルボン酸金属塩との混合ポリマーを含むなど)、エチレン−α−オレフィンエラストマー(エチレン−プロピレン共重合体(EPM)、エチレン−プロピレン−ジエン三元共重合体(EPDMなど)などのエチレン−α−オレフィン系ゴム)等の単一材もしくはこれらを適宜ブレンドしたゴム、またはポリウレタンゴムで形成される。
【0043】
補強布6は、ベルト走行時にゴム層5がブロック10との摩擦により摩耗するのを防止するためのものであり、平織り、綾織り又は朱子織り等の織布で形成される。その繊維材料としては、アラミド繊維、ナイロン繊維、ポリエステル繊維等が用いられる。なお、ブロック10と張力帯2の擦れによる摩耗を防止する観点では、耐摩耗性に優れるアラミド繊維が好ましいが、アラミド繊維に比べて耐摩耗性の劣るナイロン繊維を使用することもできる。また、ナイロン繊維はアラミド繊維に比べて伸縮性がよいので、ブロック10の嵌合溝14の形状に正確に沿わせることができる。
【0044】
(ブロック10の構成)
ここで、
図3〜
図7を参照しつつ、本実施形態に係る伝動ベルト1に用いられるブロック10の構成についてより詳細に説明する。
図7に示すように、ブロック10は、金属製のインサート材40と樹脂被覆層50とを備えている。インサート材40は、接着層60を介して、樹脂被覆層50によって被覆されている。即ち、各ブロック10には、金属からなるインサート材40が埋設された構造をしている。
【0045】
ブロック10は、例えば、ベルト厚み方向の長さが10〜17mm、ベルト幅方向の長さが20〜30mm、及びベルト長手方向の長さが2〜5mmであり、ベルト幅方向の両側部のなす角度、すなわち、ベルト角度は例えば24〜30°である。
【0046】
インサート材40は、
図7(a)、(b)に示すように、ブロック10と同様に、上側ビーム部41及び下側ビーム部42をベルト幅方向の中央部でセンターピラー部43によって連結して略「H」形に形成されている。上側ビーム部41、下側ビーム部42及びセンターピラー部43は、一体成型される。インサート材40のベルト幅方向に関する長さは、外周側の端部が最も長く内周側の端部に行くほど短くなっている。
【0047】
インサート材40は、耐熱性に優れ、高強度であるジュラルミン材(板状の金属材料)からなり、JIS規格における合金番号A2017、A2014、A2024、A7075等のアルミニウム合金からなる金属素材の時効処理材で構成されている。特に、耐熱性及び強度に一段と優れたJIS H A2024P T361のジュラルミン材が好適である。ここで、「A2024P」とはアルミニウム合金の圧延材であることを、「2024」とは金属組成を、「T361」とは「T3」の断面積減少率をほぼ6%にしたことをそれぞれ表す。「T3」とは溶体化処理後冷間加工を行い、さらに自然時効させたことである。この合金番号の圧延材は、高温に十分に耐え得て軟化し難いという性質を有している。
【0048】
更に、インサート材40は、
図5(c)及び
図7(b)に示すように、張力帯2のベルト進行方向側の表面に、加工硬化を生じさせるプレス成形(本実施形態では、ファインブランキングプレスによる打ち抜きせん断加工:詳細は後述)により、加工硬化層40Aが形成され、圧縮残留応力が付与されている。なお、本実施形態のように、インサート材40は、ベルト進行方向側の表面に加工硬化層40Aを設けるだけでなく、ベルト進行方向とは反対側の表面にも加工硬化層を設けてもよい。
【0049】
インサート材40は、例えば、上側ビーム部41のベルト厚み方向の長さが3.5〜7.0mm、センターピラー部43のベルト厚み方向の長さが3.5〜7.0mm、及び下側ビーム部42のベルト厚み方向の長さが3.5〜7.0mmである。
【0050】
樹脂被覆層50は、接着層60を介して、インサート材40の外表面を層状に被覆している。接着層60は、接着材料からなり、インサート材40側に配置される。接着剤として、例えば、シランカップリング剤(エポキシシランカップリング剤やアミノシランカップリング剤等)やイソシアネートが用いられる。
【0051】
接着層60の層厚さは、例えば0.5〜5μmである。
【0052】
なお、
図7(a)、(b)に示す樹脂被覆層50におけるインサート材40の上側ビーム部41及び下側ビーム部42のベルト幅方向両端面を被覆する部分は、プーリ31、32のV溝(
図1参照)との接触部となっている。
【0053】
樹脂被覆層50は、樹脂材料で形成される。ブロック10に、適度な摩擦係数を与え、耐摩耗性を向上させるために、樹脂被覆層50は、硬質樹脂材料で形成されることが好ましい。硬質樹脂材料は、例えば、マトリクス樹脂に短繊維の炭素繊維が添加された樹脂組成物である。マトリクス樹脂は、熱硬化性樹脂であってもよく、また、熱可塑性樹脂であってもよい。熱硬化性樹脂としては、特に限定されるものではなく、例えば、フェノール樹脂(例えば、ノボラック系フェノール樹脂)、エポキシ樹脂等が挙げられる。熱可塑性樹脂としては、特に限定されるものではなく、例えば、ポリアミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリカーボネート樹脂等が挙げられる。マトリクス樹脂は、熱硬化性樹脂のみで構成されていてもよく、また、熱可塑性樹脂のみで構成されていてもよく、さらに、熱硬化性樹脂と熱可塑性樹脂とがブレンドされたものであってもよい。マトリクス樹脂は、その他にゴム成分等を含んでいてもよい。
【0054】
樹脂被覆層50に含まれる炭素繊維は、平均繊維長が100μm以上であることが好ましく、150μm以上であることがより好ましい。なお、炭素繊維の平均繊維長は、樹脂被覆層50の表面観察写真の画像解析から任意の20本の炭素繊維の繊維長を測定して数平均し、それを2回繰り返した平均値として求められる。
【0055】
樹脂被覆層50を形成するマトリクス樹脂は、炭素繊維の他、パラ系のアラミド繊維、グラファイト粉末、フッ素樹脂、二硫化モリブデン、金属石鹸等の充填材を含んでいてもよい。パラ系のアラミド繊維は、短繊維のものが用いられ、例えば、繊維長が1mm〜3mmであり、マトリクス樹脂100質量部に対する添加量が2〜5質量部である。グラファイト粉末は、例えば、粒径が5μm〜10μmであり、マトリクス樹脂100質量部に対する添加量が15〜20質量部である。フッ素樹脂は、例えば、粒径が10〜150μmであるポリテトラフルオロエチレン等であり、マトリクス樹脂100質量部に対する添加量が5〜30質量部である。二硫化モリブデンは、例えば、粒径が0.5〜30μmであり、マトリクス樹脂100質量部に対する添加量が5〜30質量部である。金属石鹸は、例えば、粒径が0.5〜30μmであり、マトリクス樹脂100質量部に対する添加量が0.5〜3質量部である。
【0056】
樹脂被覆層50の層厚さは、例えば0.3〜1.5mmである。
【0057】
上記伝動ベルト1によれば、伝動ベルト1を駆動プーリ31と従動プーリ32との間に巻き掛け、高負荷、高速走行条件で長時間走行させても、駆動プーリ31・従動プーリ32の出口で、ブロック10に埋設されているインサート材40の、少なくともベルト進行方向側(つまり、ベルト走行時にブロック10が疲労破壊しやすい側)の表面近傍に繰り返し強く発生する、曲げによる引張応力が、加工硬化層40Aによって付与された圧縮残留応力によって緩和されることで、ブロック10の曲げ疲労強度が向上し、ブロック10の疲労破壊の発生を抑制できる。その結果、伝動ベルト1の耐久性を高めることができる。
【0058】
また、ブロック10においてインサート材40に加工硬化層40Aが形成された側が、伝動ベルト1にとって、より使用条件が厳しく、かつ、より使用頻度が高いとされる、高負荷、高速走行条件でのベルト走行時にブロック10が疲労破壊しやすい側(つまり、ベルト進行方向側)になるように、それぞれのブロック10が張力帯2に配列される。このため、高負荷、高速走行条件での長時間走行を強いられる高馬力エンジンに対応できる伝動ベルト1として好適である。
【0059】
(ブロック10の製造方法)
次に、本実施形態に係る伝動ベルト1に用いられるブロック10の製造方法について、ブロック10に埋設されるインサート材40の製造方法を踏まえて説明する。
【0060】
インサート材40は、ファインブランキングプレス装置100を使用したファインブランキングプレス(FBプレス)によって製造される(その輪郭形状が付与される)。
【0061】
(ファインブランキングプレス装置100)
ファインブランキングプレス装置100は、
図10(a―1)に示すように、ダイ101(金型)と、原材料押え部102と、パンチ103(可動刃型)と、カウンターパンチ104とを備えた構成をしている。
【0062】
ダイ101は、台座109上に配置されており、インサート材40の側面形状(略「H」形)を型取った型穴101Aが形成されている。
【0063】
原材料押え部102は、ダイ101に対し上下方向に対向して配置されており、パンチ103が挿通する穴102Aが形成されている。この原材料押え部102は、上方からの押さえ圧により、ダイ101上に載置された、インサート材40の原材料であるジュラルミン材140(板状の金属材料)を、ダイ101と原材料押え部102との間に固定する可動部である。
【0064】
ここで、ダイ101の、原材料押え部102に対向する表面には、断面がナイフエッジ状のV突起107が、型穴101Aを囲むように環状に設けられている。このV突起107は、打ち抜きの際に予めジュラルミン材140に食い込み、ジュラルミン材140が移動するのを規制する規制手段の役割を果たす。なお、V突起107の断面は、ジュラルミン材140に食い込み易い形状であれば、正三角形状でも直角三角形状であってもよい。また、規制手段としては、インサート材40に対する摩擦係数が高い素材(樹脂など)を型穴101Aの周辺に設けた構成にしてよいし、ダイ101の素材に原材料押え部102よりも摩擦係数が高い素材を採用することにより規制手段を有する構成としてもよい。
【0065】
なお、本実施形態では、V突起107を、ダイ101の、原材料押え部102に対向する表面にだけ設けた構成(
図10(a―1)参照)について説明しているが、このV突起107を、原材料押え部102の、ダイ101に対向する表面にだけ設けた構成にしてもよい(
図10(a―2)参照)。また、V突起107を、ダイ101の、原材料押え部102に対向する表面、及び、原材料押え部102の、ダイ101に対向する表面に設けた構成にしてもよい。
【0066】
パンチ103は、メイン圧(M圧)により、原材料押え部102の穴102Aを挿通可能に配置され、ダイ101と原材料押え部102との間に固定されたジュラルミン材140を、原材料押え部102側からダイ101側に打ち抜く可動部である。精度の高い精密打ち抜きを可能にするため、打ち抜き時におけるパンチ103とダイ101とのクリアランスは、比較的小(例えば板厚の3〜5%)に設定される。
【0067】
カウンターパンチ104は、パンチ103に対し上下方向に対向して配置され、カウンター圧(C圧)により、ダイ101側からジュラルミン材140を押さえる可動部である。なお、カウンターパンチ104はダイ101の型穴101Aを挿通可能に配置されている。
【0068】
また、ファインブランキングプレス装置100では、原材料押え部102による押さえ圧、パンチ103によるメイン圧(M圧)、および、カウンターパンチ104によるカウンター圧(C圧)を独立して設定でき、各可動部を動作させる駆動手段(油圧方式等)を備えている。
【0069】
(1)インサート材40の製造工程(インサート材40の製造方法)
(1−1)まず、V突起107が形成されたダイ101上にジュラルミン材140を載置する。このとき、ジュラルミン材140は、製造されるインサート材40の進行方向側の表面になる側がダイ101に対向するように、ダイ101上に載置される。
【0070】
(1−2)次に、原材料押え部102によって、上方からの押さえ圧により、ダイ101上に載置された、ジュラルミン材140を、ダイ101と原材料押え部102との間に固定する。この原材料押え部102による押さえ圧により、V突起107がジュラルミン材140に食い込んだ状態になる。
【0071】
(1−3)次に、
図10(a―1)に示すように、ダイ101と原材料押え部102との間に固定されたジュラルミン材140を、パンチ103とカウンターパンチ104とで挟みつつ、パンチ103に加えるメイン圧(M圧)とカウンターパンチ104に加えるカウンター圧(C圧)との差圧を付与することによって、ジュラルミン材140はパンチ103側からカウンターパンチ104側に打ち抜かれ、インサート材40がせん断加工される。
【0072】
このとき、ダイ101に設けられたV突起107が、ジュラルミン材140に食い込んだ状態であることから、パンチ103による打ち抜きの際に、V突起107が食い込んだジュラルミン材140の表面は、パンチ103の打ち抜きに伴う移動(流れ)が強く規制される。特に、ジュラルミン材140においてインサート材40になる製品部(パンチ103の下側)は、パンチ103に押されても、逃げや曲がりが発生せず、平面度も保持しつつ、動きが拘束される。その結果、ジュラルミン材140の移動(流れ)が強く規制される側の表面(製造されるインサート材40の進行方向側になる表面)に、加工硬化による加工硬化層40Aが形成され、圧縮残留応力が付与される。
【0073】
(2)インサート材40への化学エッチング処理工程(表面処理工程)
次に、アルカリ及び酸又は酸のみを使用して、上記ファインブランキングプレスによってせん断加工されたインサート材40の表面処理を行う(表面処理工程)。インサート材の金属部材の種類によって、アルカリ及び酸、又は、酸のみのいずれかを使用して、表面処理を行う。例えば、インサート材40がアルミニウムの場合、インサート材40を、アルカリ性溶液に浸漬した後、酸性溶液に浸漬する。インサート材40がアルミニウムの場合、酸性溶液に溶解しにくいため、アルカリ性溶液に浸漬することにより、インサート材40の表面が粗面化される。一方、インサート材40をアルカリ性溶液に浸漬することにより、インサート材40の表面に酸化被膜が形成されるため、その後、酸性溶液に浸漬することにより、インサート材40の表面に形成された酸化被膜を除去する。また、インサート材40が鉄である場合、インサート材40を、酸性溶液のみに浸漬する。インサート材40が鉄である場合、鉄は酸性溶液に溶解しやすいため、酸性溶液に浸漬することにより、インサート材40の表面が粗面化されると共に、インサート材40の表面に形成された酸化被膜が除去される。以上のように、インサート材40の表面処理を行うことにより、インサート材40の表面が粗面化されると共に、インサート材40の表面に形成された酸化被膜が除去される。
【0074】
(3)接着層形成工程
次に、表面処理が行われたインサート材40の表面に、液状の接着材料を付着させて、接着層60を形成する。具体的には、インサート材40をシランカップリング剤液に浸漬して、接着層60を形成する。
【0075】
(4)被覆工程
そして、接着層60の表面を被覆して、樹脂被覆層50を形成する。具体的には、接着層60が表面に積層されたインサート材40に対して、樹脂材料を射出成形することで、樹脂被覆層50を形成する。ここで、樹脂材料は、上述の通り、例えば、フェノール樹脂組成物である。
【0076】
上記工程を経て、伝動ベルト1に用いられるブロック10が製造される。製造されたブロック10に埋設されたインサート材40は、進行方向側の表面に、加工硬化を生じさせるファインブランキングプレスにより、加工硬化層40Aによる圧縮残留応力が付与されている。これにより、インサート材40において、圧縮残留応力が付与されている表面の加工硬化層40Aにおいては、インサート材40において、圧縮残留応力が付与されていない部分に比べて、金属内部の空隙がつぶれ、金属結晶が微細化している状態になる。そのため、高硬度(高強度)なるも、引張応力が強く作用する曲げに対し、破断に耐え得るほどに高靱性なる物性が付与される。
【0077】
これにより、ブロック10における、インサート材40に加工硬化層40Aが付与された側の表面近傍に、曲げによる引張応力が繰り返し強く作用しても、この圧縮残留応力によって緩和されることで、ブロック10の曲げに対する靱性が向上し、ブロック10の曲げ疲労強度(曲げ疲労破壊寿命)の向上効果が得られる。
【0078】
そして、
図5(c)に示すように、ブロック10に埋設されたインサート材40に加工硬化層40Aが付与された側の表面を、伝動ベルト1の走行時にブロック10が疲労破壊しやすい側(つまり、ベルト進行方向側)に位置するように、それぞれの複数のブロック10を張力帯2の長手方向に沿って配列(嵌合)させる。
【0079】
これにより得た伝動ベルト1を高負荷、高速走行条件で長時間走行させても、特に小径側プーリの出口で、ブロック10に埋設されているインサート材40の、ベルト進行方向側(つまり、走行時にブロック10が疲労破壊しやすい側:
図6参照)の表面近傍に繰り返し強く発生した、曲げによる引張応力が、加工硬化層40Aにより付与された圧縮残留応力によって緩和されることで、ブロック10の曲げ疲労強度が向上し、ブロック10(特には、上側ビーム部11)の疲労破壊の発生を抑制できる。
【0080】
また、インサート材40において一方側の表面(ベルト進行方向側)にのみ加工硬化層40Aを形成した場合、インサート材40の表裏で、硬さ及び強度に顕著な差を設けることができる。これにより、インサート材40の加工歪みを極小にすることができる。
【0081】
(ファインブランキングプレスとシェービングプレスとの相違点)
一般に、ブロック10が配列された樹脂ブロックベルト(伝動ベルト1)に使用されるインサート材40は、一般の金属板製品とは異なり、多数個の集合で一つの樹脂ブロックベルト製品を形成する補強部材であるため、それぞれ、高品質(高寸法精度、高均質性、加工歪み小、ダレやカエリのない滑らかな剪断面)でかつ高生産性を要求される。そのため、インサート材40は、従来一般的には、シェービングプレス(精密プレス加工の一種)により製造される。
【0082】
シェービングプレス(Sプレス)は、通常の打ち抜き加工(工程1)では得られない、ダレやカエリのない滑らかなせん断面(厚み方向に沿う面)が必要な場合に用いられ、金型の構成が異なる複数の工程で打ち抜き加工され、仕上げ加工時(工程2)に断面をわずかに(例えば、板厚の5%〜10%程度)削り、せん断面を滑らかにできる特徴を有する。
【0083】
シェービングプレスでは、
図11に示すように、第1ダイ上にワーク(ジュラルミン材など)を載置する。次に、第1ダイ上に載置されたワークを、パンチに加えるメイン圧(M圧)によって、ワークはパンチ側から第1ダイ側に打ち抜かれ、インサート材がせん断され粗加工される。次に、インサート材のせん断面を滑らかにするために、細かな削り面を持った第2ダイの上にインサート材を載置し、第2パンチに加える圧力によって、インサート材は第2パンチ側から第2ダイ側に押し込まれることにより、インサート材のせん断面が削り取られ、滑らかな仕上加工がなされる。
【0084】
シェービングプレスは、ファインブランキングプレス装置100に備わるカウンターパンチ104や原材料押え部102、並びに、ダイ101に備わるV突起107は無く、ワーク(ジュラルミン材)の動きを拘束する構造はない。そのため、第1パンチによる打ち抜き加工される際に、ワークのインサート材になる製品部が第1パンチに押されて逃げやすい。そのため、ファインブランキングプレスの場合と比べて、インサート材の表面に加工硬化を生じさせる程度は小さく、インサート材の表裏で、硬さ及び強度の差はほとんど生じない。そのため、インサート材の表面に、加工硬化層および圧縮残留応力が付与されることはない。なお、加工歪みの程度は、工程数を増すほど小さくなるので一概に比べられないが、
図11に示したように工程1及び工程2を経る場合(Sプレス(順送))、汎用プレスによる場合(工程1のみ:粗加工のみ)と比べて小さいが、ファインブランキングプレスによる場合と比べて大きい。
【0085】
その代わり、シェービングプレスは、ファインブランキングプレスに比べて、生産性が高く、ファインブランキングプレスのように専用のファインブランキングプレス装置100を用いなくても、安価な汎用プレス機械でシェービング加工を行うための金型(例えば、複数の金型からなる順送金型)を用いて、インサート材を製造することができる。
【0087】
(その他の実施形態1)
上記実施形態のインサート材40の製造工程では、V突起107を、ダイ101の、原材料押え部102に対向する表面にだけ設けた構成(
図10(a―1)参照)について説明しているが、このV突起107を、原材料押え部102の、ダイ101に対向する表面にだけ設けた構成(
図10(a―2))でのインサート材40の製造工程についても説明する。即ち、原材料押え部102の、ダイ101に対向する表面には、ナイフエッジ状のV突起107が、穴102Aを囲むように設けられたファインブランキングプレス装置を使用したインサート材40の製造工程の説明である。
【0088】
(1´−1)まず、ダイ101上にジュラルミン材140を載置する。このとき、ジュラルミン材140は、製造されるインサート材40の進行方向側の表面になる側が原材料押え部102に対向するように、ダイ101上に載置される。
【0089】
(1´−2)次に、穴102Aを囲むように設けられたV突起107が形成された原材料押え部102によって、上方からの押さえ圧により、ダイ101上に載置された、ジュラルミン材140を、ダイ101と原材料押え部102との間に固定する。この原材料押え部102による押さえ圧により、V突起107がジュラルミン材140に食い込んだ状態になる。
【0090】
(1´−3)次に、
図10(a―2)に示すように、ダイ101と原材料押え部102との間に固定されたジュラルミン材140を、パンチ103とカウンターパンチ104とで挟みつつ、パンチ103に加えるメイン圧(M圧)とカウンターパンチ104に加えるカウンター圧(C圧)との差圧を付与することによって、ジュラルミン材140はパンチ103側からカウンターパンチ104側に打ち抜かれ、インサート材40がせん断加工される。
【0091】
このとき、原材料押え部102に設けられたV突起107が、ジュラルミン材140に食い込んだ状態であることから、パンチ103による打ち抜きの際に、V突起107が食い込んだジュラルミン材140の表面は、パンチ103の打ち抜きに伴う移動(流れ)が強く規制される。その結果、ジュラルミン材140の移動(流れ)が強く規制される側の表面(製造されるインサート材40の進行方向側になる表面)に、加工硬化による加工硬化層40Aが形成され、圧縮残留応力が付与される。
【0092】
なお、V突起107を原材料押え部102側(メイン圧側)に設けるよりも、V突起107をダイ101側(カウンター圧側)に設ける方が、ジュラルミン材140の打ち抜きに伴う移動(流れ)に対する規制(動き止め)効果が大きく、インサート材40の表面に付与される圧縮残留応力の程度も大きい。
【0093】
(その他の実施形態2)
また、V突起107を、ダイ101の、原材料押え部102に対向する表面、及び、原材料押え部102の、ダイ101に対向する表面の両方に設けた構成も可能である。もっとも、この場合、V突起107をダイ101又は原材料押え部102の一方側にのみ設けた場合に比べ、金型費(初期費、ランニング費)が嵩む。
【実施例】
【0094】
加工硬化を生じさせるファインブランキングプレスにより、加工硬化層および圧縮残留応力が付与されているインサート材を採用したブロックにおける、当該インサート材の加工硬化層がある側の表面近傍に、曲げによる引張応力が繰り返し強く作用しても、この圧縮残留応力によって緩和されることで、ブロックの曲げに対する靱性が向上し、ブロックの曲げ疲労強度(曲げ疲労破壊寿命)の向上効果が得られる、ことをまずインサート材(単体)およびブロック(単体)を用いて評価、検証するために、一連の代用試験((1)インサート材に対する硬さ試験、(2)インサート材およびブロックに対する曲げ試験、(3)ブロックに対する曲げ疲労試験)と、それによるブロックの疲労破壊の発生を抑制できることを、伝動ベルト(樹脂ブロックベルト:最終製品)を用いて動的に実証評価する、(4)ベルト耐久走行試験を行った。
【0095】
まず、上記評価試験(1)〜(4)に供する供試体、つまり、インサート材(単体)、ブロック(単体)、および伝動ベルト、の各仕様、ならびに製造方法について、以下に詳細する。
【0096】
(供試体:インサート材(
図4、
図5))・材質:A2024T3のジュラルミン材・寸法
外寸:ベルト厚み方向の長さ12.5mm×ベルト幅方向の長さ(上側ビーム部最大部/下側ビーム部最大部)約25mm/約22mm×ベルト長手方向の長さ(板厚)約2mm
上側ビーム部のベルト厚み方向の長さ:3.5mm
センターピラー部のベルト厚み方向の長さ(上下ビーム間の間隙):5mm
下側ビーム部のベルト厚み方向の長さ:4mm
センターピラー部のベルト幅方向の長さ:4mm・製造方法○テスト品1(インサート材)※実施例1および参考例1のベルトに使用・上記実施形態で説明したファインブランキングプレス(FBプレス)によって製造した(
図10(a−1))。・規制手段(V突起)は、ダイ側のみに設けた。これは、インサート材の反メイン圧側(下側)表面に加工硬化層および圧縮残留応力が付与される設定である。○テスト品2(インサート材)※実施例2のベルトに使用・上記その他の実施形態1で説明したファインブランキングプレス(FBプレス)によって製造した(
図10(a−2))。・規制手段(V突起)は、原材料押え部側のみに設けた。これは、インサート材のメイン圧側(上側)表面に加工硬化層および圧縮残留応力が付与される設定である。○従来品(インサート材)※比較例1、2のベルトに使用・前述したシェービングプレス(Sプレス)によって製造した(
図11)。
【0097】
(供試体:ブロック(
図3、
図5))・樹脂被覆層:フェノール樹脂を短繊維の炭素繊維で補強した樹脂組成物(表1参照)を用いた。・インサート材への化学エッチング処理工程:上記FBプレス・Sプレスにより得られたインサート材をアルカリ液(15wt%水酸化ナトリウム水溶液)、酸液(5wt%硝酸水溶液)の順に30秒ずつ浸漬し、表面処理を行った(化学エッチング処理工程)。・インサート材への接着層形成工程:上記化学エッチング処理を施したインサート材を表2に示すシランカップリング剤液に10分間浸漬した後、100℃で10分間乾燥させ、インサート材の表面に接着材料からなる接着層を形成した(接着層形成工程)。ここで、シランカップリング剤として、エポキシシランカップリング剤(モメンティブ・パフォーマンス・マテリアルズ社製「A−187」)を用いた。・被覆工程:射出成形を行って、上記処理を施したインサート材を上述のフェノール樹脂を短繊維の炭素繊維で補強した樹脂組成物からなる樹脂被覆層で埋設し、その後、接着層および樹脂被覆層を二次硬化させるために、180℃で6時間アニールして、実施例1、実施例2、参考例1、及び比較例1、2の伝動ベルト(樹脂ブロックベルト)に用いるブロックを多数作製した(被覆工程)。
【0098】
【表1】
【0099】
【表2】
【0100】
(供試体:伝動ベルト(
図2、
図18))・張力帯へのブロックの組込工程〇実施例1、比較例1
インサート材のFBプレス・Sプレス時の抜き方向側の表面(反メイン圧側)が、ベルト進行方向側に一致するように、それぞれのブロックを張力帯に配列させて、伝動ベルトを作製した。〇実施例2、参考例1、比較例2
インサート材のFBプレス・Sプレス時の抜き方向と反対側の表面(メイン圧側)が、ベルト進行方向側に一致するように、それぞれのブロックを張力帯に配列させて、伝動ベルトを作製した。
【0101】
ここで、張力帯のゴム層は、「水素化ニトリルゴム」と「ジメタクリル酸亜鉛を配合した水素化ニトリルゴム」との混合物からなるゴム組成物で形成した。
また、心線にはアラミド繊維をRFL水溶液に浸漬した後に加熱する処理及びゴム糊に浸漬した後に乾燥させる処理を施した直径0.72mmの撚りコードを用いた。
また、ゴム層の上下面を被覆する補強布は、それぞれナイロン繊維の織布をRFL水溶液に浸漬した後に加熱する処理並びにゴム糊に浸漬及びゴム糊をコートした後に乾燥させる処理を施した厚み0.8mmの帆布を用いた。
【0102】
作製した伝動ベルトは、心線を中心としたピッチライン上のベルト周長を612mm、心線を中心としたピッチライン上のベルト幅を25mm、ブロックのベルト厚み方向の長さを13mm、ブロックのベルト長手方向の長さを2.95mm、ブロックのベルト長手方向のピッチ(ブロックの中心と隣接するブロックの中心間の距離)は3mmとした。なお、ブロックの嵌合溝(上下ビーム間)が最小となる隙間の大きさは3mmであり、張力帯に対する締め代は、0.1mmである。
【0103】
(1)インサート材に対する硬さ試験(
図13、
図14)
テスト品1及びテスト品2について、加工硬化を生じさせるFBプレスにより、インサート材の表面に加工硬化層が付与されていることを確認するために、従来品(Sプレス)と比較して、インサート材に対する硬さ試験を実施した。
【0104】
(評価項目)
インサート材の厚み方向(ベルト長手方向)に沿う断面における、ビッカース硬さ。
【0105】
(供試体)
前述した、プレス方式の異なる3種類のインサート材・テスト品1:FBプレス品(インサート材)※規制手段(V突起)は、ダイ側(反メイン圧側)のみ。・テスト品2:FBプレス品(インサート材)※規制手段(V突起)は、原材料押え部側(メイン圧側)のみ。・従来品:Sプレス品(インサート材)
【0106】
(評価方法)
各供試体について、疲労破断の起点となる上側ビーム根元部分(
図6矢印部分)近傍の断面(BUEHLER社製精密切断機による切断面)における、厚み方向5点(反メイン圧側表面、反メイン圧側表面から深さ100μmの内部、内部中央、メイン圧側表面から深さ100μmの内部、メイン圧側表面)の測定面について、マイクロビッカース硬さ試験機(ミツトヨ社製、品番:HM−220D)を用い、試験力0.01N(98.07mN)にて、ビッカース硬さ(HV0.01)を測定した(JISZ2244:2009準拠)。なお、測定面の表面粗さは、約0.25μmであった。
【0107】
(評価結果:
図13、
図14)
テスト品1及びテスト品2(FBプレス品)は、インサート材の一方側の表面近傍に、厚み方向中央部および他方側の表面と比べ、明らかに加工硬化した加工硬化層が付与されていることがわかった。
テスト品1(FBプレス品)の加工硬化層が付与されていた一方の表面近傍は、規制手段(V突起)が設けられていたダイ側(反メイン圧側、つまりカウンター圧側)であった。
テスト品2(FBプレス品)の加工硬化層が付与されていた一方の表面近傍は、規制手段(V突起)が設けられていた原材料押え部側(メイン圧側、つまり反カウンター圧側)であった。
テスト品1及びテスト品2(FBプレス品)それぞれの加工硬化層は、少なくとも測定した深さ100μmまでその存在が確認された。
また、この加工硬化層は、規制手段(V突起)の作用によって、FBプレス時に、ジュラルミン材の動き(流れ)が強く規制(拘束)されていた部分であるため、ジュラルミン材内部の空隙がつぶれ、金属結晶が微細化するほどに、圧縮残留応力が付与されていると考えられる。
一方、従来品(Sプレス品)は、インサート材の表面に加工硬化を生じさせる程度は小さく、インサート材の厚み方向中央部および表裏で、硬さの差はほとんど生じなかった。
【0108】
(2−1)インサート材に対する曲げ試験(
図12(a)、(c)、
図15(a)、(b))
インサート材に加工硬化層が付与された側の表面近傍に、曲げによる引張応力が強く作用しても、テスト品1、及び、テスト品2の方が、従来品と比べ、圧縮残留応力によって緩和されることで、インサート材の曲げに対する靱性が向上しないか、インサート材に対する曲げ試験によって、テスト品1、テスト品2、従来品とを曲げ方向による影響を含め、比較評価した。
【0109】
(評価項目)
・インサート材の、曲げ強さ(最大値)(N)※曲げ方向(正曲げ、逆曲げ)別
・インサート材の、曲げ破断時変位量(mm)※曲げ方向(正曲げ、逆曲げ)別
【0110】
(供試体)
前述の硬さ試験に供したインサート材と同じ、プレス成形方式の異なる3種類のインサート材・テスト品1:FBプレス品(インサート材)※規制手段(V突起)は、ダイ側(反メイン圧側)のみ。・テスト品2:FBプレス品(インサート材)※規制手段(V突起)は、原材料押え部側(メイン圧側)のみ。・従来品:Sプレス品(インサート材)
【0111】
(評価方法)
インサート材に対する曲げ試験は、オートグラフ試験機を用いて、
図12(a)に示すように、インサート材の下面(ベルト長手方向一方側表面)のベルト幅方向両端部分に当接する支持台の支点(2点とも線接触、かつ平行、ベルト厚み方向端から端まで)で、両端支持されたインサート材に対し、インサート材の上面(ベルト長手方向他方側表面)の上記支点間中央に、上方から圧子を垂直に当接(線接触、ベルト厚み方向端から端まで)させつつ集中荷重を加え、インサート材が破断するまで一定速度(3mm/分)でたわませ、その間のインサート材に負荷される最大荷重なる曲げ強さ(最大値)(N)、および、曲げ破断時の上記圧子の変位量なる曲げ破断時変位量(mm)を測定した。測定は、テスト品1、テスト品2、従来品について、それぞれ、後述する2つの曲げ方向(正曲げ、逆曲げ)について行い、この曲げ方向による影響も評価した。なお、支持台の支点間隔(2点間ピッチ)は18mmとした(
図12(a)のイメージ)。雰囲気温度は、テスト品1、テスト品2、従来品との比較評価のため、室温(23±2℃)とした。
なお、曲げ方向に関し、
図12(c)に示すように、曲げ試験における圧子の荷重方向が、インサート材のプレス時の抜き方向(メイン圧側→反メイン圧側)と同じ方向である場合を、便宜上「正曲げ」と呼び、インサート材のプレス時の抜き方向(メイン圧側→反メイン圧側)と逆の方向である場合を、便宜上「逆曲げ」と呼ぶことにする。
したがって、正曲げの場合は、曲げによる引張応力が反メイン圧側表面に強く作用する。逆曲げの場合は、曲げによる引張応力がメイン圧側表面に強く作用する。
【0112】
(評価結果)(
図15(a)、(b))
インサート材のテスト品1(FBプレス品)は、正曲げの場合、即ち、FBプレスで加工硬化層が付与された反メイン圧側(カウンター圧側)表面に曲げによる引張応力が強く作用する曲げ方向の場合は、テスト品1(FBプレス品)での逆曲げ、ならびに従来品(Sプレス品)での正及び逆曲げの場合と比べて、曲げ強さの水準および曲げ破断時変位量の水準がともに顕著に大きくなった。
これは、インサート材のテスト品1(FBプレス品)においては、FBプレス時に規制手段(V突起)が設けられていたダイ側と同じ側の反メイン圧側(カウンター圧側)表面に、加工硬化層および圧縮残留応力が付与された結果、当該表面近傍には、圧縮残留応力が付与されていない部分と比べて、高硬度(高強度)なるも、引張応力が強く作用する曲げに対し、破断に耐え得るほどに高靱性(曲げ破断時変位量が顕著に大)なる物性が付与されたことを裏付けるものであることがわかった。
インサート材のテスト品2(FBプレス品)は、逆曲げの場合、即ち、FBプレスで加工硬化層が付与されたメイン圧側表面に曲げによる引張応力が強く作用する曲げ方向の場合は、テスト品2(FBプレス品)での正曲げ、ならびに従来品(Sプレス品)での正及び逆曲げの場合と比べて、曲げ強さの水準および曲げ破断時変位量の水準がともに顕著に大きくなった。
これは、インサート材のテスト品2(FBプレス品)においては、FBプレス時に規制手段(V突起)が設けられていた原材料押え部側と同じ側のメイン圧側表面に、加工硬化層および圧縮残留応力が付与された結果、当該表面近傍には、圧縮残留応力が付与されていない部分と比べて、高硬度(高強度)なるも、引張応力が強く作用する曲げに対し、破断に耐え得るほどに高靱性(曲げ破断時変位量が顕著に大)なる物性が付与されたことを裏付けるものであることがわかった。
【0113】
(2−2)ブロックに対する曲げ試験(
図12(b)、(c)、
図16(a)、(b))
上記インサート材に対する曲げ試験の場合と同様に、ブロックの曲げに対する靱性が向上しないかを、ブロックに対する曲げ試験によって、テスト品1、テスト品2、従来品とを曲げ方向による影響を含め、比較評価した。
【0114】
(評価項目、供試体、評価方法)
評価項目、供試体、評価方法については、対象(供試体)が、前述の曲げ試験(インサート)に供したインサート材と同じく、プレス成形方式の異なる3種類のインサート材をそれぞれ埋設した3種類のブロックであること以外は、前述のインサート材に対する曲げ試験の場合と同様である。支持台の支点間隔(2点間ピッチ)についても、インサート材の場合と同じく、18mmとした(
図12(b)参照)。
【0115】
(評価結果)(
図16(a)、(b))
ブロックに対する曲げ試験の結果は、上記インサート材に対する曲げ試験結果と比べ、樹脂被覆層が介する分、曲げ強さおよび曲げ破断時変位量の絶対値が変化したものの、ブロックのテスト品1(FBプレス品)における正曲げの場合は、テスト品1(FBプレス品)での逆曲げ、ならびに従来品(Sプレス品)での正及び逆曲げの場合と比べて、曲げ強さの水準および曲げ破断時変位量の水準がともに顕著に大となる傾向に変わりはなかった。
これは、ブロックのテスト品1(FBプレス品)においては、ブロックにおける、当該インサート材に加工硬化層が付与された側(プレス成形時の反メイン圧側(カウンター圧側))の表面近傍に、曲げによる引張応力が強く作用しても、圧縮残留応力によって緩和されることで、ブロックの曲げに対する靱性が向上することを裏付けるものであることがわかった。
ブロックのテスト品2(FBプレス品)における逆曲げの場合は、テスト品2(FBプレス品)での正曲げ、ならびに従来品(Sプレス品)での正及び逆曲げの場合と比べて、曲げ強さの水準および曲げ破断時変位量の水準がともに顕著に大となる傾向に変わりはなかった。
これは、ブロックのテスト品2(FBプレス品)においては、ブロックにおける、当該インサート材に加工硬化層が付与された側(プレス成形時のメイン圧側)の表面近傍に、曲げによる引張応力が強く作用しても、圧縮残留応力によって緩和されることで、ブロックの曲げに対する靱性が向上することを裏付けるものであることがわかった。
【0116】
(3)ブロックに対する曲げ疲労試験(
図12(b)、(c)、
図17)
ベルト耐久走行試験の代用試験となり得る、ブロックの曲げ疲労試験を実施し、ブロックにおける、インサート材に加工硬化層が付与された側の表面近傍に、曲げによる引張応力が繰り返し強く作用しても、この圧縮残留応力によって緩和されることで、ブロックの曲げ疲労強度(曲げ疲労破壊寿命)の向上効果が得られるか、ブロックに対する曲げ疲労試験によって、テスト品1、テスト品2、従来品を曲げ方向による影響を含め、比較評価した。
【0117】
(試験機)
サーボパルサー(島津製作所社製)
【0118】
(評価項目)
ブロックの曲げ疲労破壊寿命曲線(破壊までの繰り返し回数と荷重振幅との関係線図)
【0119】
(供試体)
供試体は、前述のブロックに対する曲げ試験の場合と同じく、プレス成形方式の異なる3種類のインサート材(テスト品1、テスト品2、従来品)をそれぞれ表裏の向きを変えて埋設した2種類、合計6種類のブロックである。
【0120】
(評価方法)
前述のブロックに対する曲げ試験の場合と同じ支持台を用いた。支持台に対するブロックの位置関係も前述のブロックに対する曲げ試験の場合と同じである。
ブロックの曲げ疲労破壊寿命曲線の測定は、ロードセルに連結された圧子を30Hzで繰り返し上下動させ、ブロックが曲げ疲労破壊するまで、例えば設定入力する荷重振幅を250Nとし、最小荷重100N(固定値)と最大荷重600N(荷重振幅の値によって変動)の間を周期的に変動する集中荷重をブロック上面の支点間中央に鉛直下向きに繰り返し与え続けるものであり、荷重振幅は200N、250N、350Nの3通りとして、それぞれについて供試体(ブロック)を入れ替えて試験し、破壊までの繰り返し回数と荷重振幅との関係線図を得た。なお、雰囲気温度は、テスト品1、テスト品2、従来品の比較評価のため、室温(23±2℃)とした。
【0121】
(評価結果)(
図17)
ブロックのテスト品1(FBプレス品)における正曲げの場合は、テスト品1(FBプレス品)での逆曲げ、ならびに従来品(Sプレス品)での正及び逆曲げの場合と比べて、ブロックの曲げ疲労強度およびブロックの曲げ疲労破壊寿命の水準が顕著に大となった。
ブロックのテスト品2(FBプレス品)における逆曲げの場合は、テスト品2(FBプレス品)での正曲げ、ならびに従来品(Sプレス品)での正及び逆曲げの場合と比べて、ブロックの曲げ疲労強度およびブロックの曲げ疲労破壊寿命の水準が顕著に大となった。
これらの結果は、ブロックにおける、インサート材に加工硬化層が付与された側の表面近傍に、曲げによる引張応力が繰り返し強く作用しても、この圧縮残留応力によって緩和されることで、ブロックの曲げ疲労強度(曲げ疲労破壊寿命)の向上効果が得られることを裏付けるものであることがわかった。
【0122】
(4)ベルト耐久走行試験(
図2、
図8、
図9(b)、
図18、表3)
上記テスト品1及びテスト品2のインサート材を用いた、伝動ベルト(樹脂ブロックベルト)をプーリ間で高負荷かつ高速走行条件で長時間走行させても、ブロックの疲労破壊の発生を抑制できるかを、実施例1、実施例2、参考例1、比較例1、及び比較例2の5種類の伝動ベルト(
図18参照)について比較評価した。
【0123】
(試験機)
図8に示す、ベルト耐久走行試験機を使用した。
【0124】
(評価項目)
耐久走行寿命(故障に至るまでの走行距離)、その他にベルト側面温度、スリップ率を測定。
【0125】
(供試体)
実施例1、実施例2、参考例1、比較例1、比較例2、以上5種類の伝動ベルト(
図18参照)
【0126】
(評価方法)
ベルト耐久走行試験では、
図18に示す各伝動ベルト(樹脂ブロックベルト:実施例1、2、参考例1、比較例1、2)を高負荷、高速走行条件で長時間走行させるもので、
図8に示すように、各伝動ベルトを駆動プーリと従動プーリとに巻き掛けて、60℃の雰囲気下で駆動プーリを回転させた。
ここで、駆動プーリのピッチ径は120mm、従動プーリのピッチ径は70mmとし、プーリのV溝の角度はそれぞれ26°とした。無負荷の場合の駆動プーリの回転数が5000rpmとなるように設定し、耐久走行試験中の従動プーリの負荷は45kWとした。駆動プーリと従動プーリの軸荷重は、負荷に対してベルトがスリップしない程度とし、具体的には2000Nとした。尚、耐久走行試験中の軸荷重が一定となるように、両プーリの軸間距離は固定しなかった。
以上の走行試験条件の下で、走行時間500時間を上限として打ち切り、ベルト耐久走行試験を行った。走行時間500時間までにベルトが破損した場合は、その破損形態を評価した。
【0127】
(評価基準)
500時間経過でブロック折損等故障の兆候が全くないものは、実用性をほぼ満たしていると判断する(判定:○)。
500時間経過でブロック折損等走行不能な故障形態までは至らなかったが、ブロックの亀裂等故障の兆候が認められたものは、更なる耐久寿命の底上げが必要と判断する(判定:△)。
500時間未満でブロック折損等走行不能な故障に至ったものは、実用に供し得ないと判断する(判定:×)。
表3にベルト耐久走行試験結果を示す。
【0128】
(評価結果)
【表3】
【0129】
実施例1、及び、実施例2の伝動ベルトは、500時間経過でブロック折損等故障の兆候が全くなく、実用性をほぼ満たしていることが確認された。
つまり、
図9(b)(又は
図18(a−1)実施例1、
図18(a−2)実施例2)に示すように、インサート材に加工硬化層および圧縮残留応力が付与されている側の表面がベルト進行方向側(つまり、ベルト走行時にブロックが疲労破壊しやすい側)となるように、それぞれのブロックを張力帯に配列させた伝動ベルトは、500時間の高負荷、高速条件の走行に耐えることが確認された。
【0130】
参考例1の伝動ベルトのように、意図的に、インサート材に加工硬化層および圧縮残留応力が付与されている側の表面が、ベルト進行方向と反対側となるように、それぞれのブロックを張力帯に配列させた伝動ベルトは、500時間の高負荷、高速条件の走行に耐えることができなかった。300時間程度でのベルトの破損形態は、
図6に示す通りの、ブロック(上ビーム根元)折損であり、インサート材(上ビーム根元)の折損を伴うものであった。
【0131】
比較例1、及び、比較例2の伝動ベルトのように、インサート材のベルト進行方向どちらの側の表面にも、ほとんど加工硬化層および圧縮残留応力が付与されていない伝動ベルトは、500時間の高負荷、高速条件の走行に耐えることができなかった。ともに300時間程度でのベルトの破損形態は、
図6に示す通りの、ブロック(上ビーム根元)折損であり、インサート材(上ビーム根元)の折損を伴うものであった。
【0132】
(得られた効果)
上記ベルト耐久走行試験を含む一連の評価結果により、本実施形態(実施例1、実施例2)の伝動ベルト(樹脂ブロックベルト)を高負荷、高速走行条件で長時間走行させても、特に小径側プーリの出口で、ブロック(インサート材)の、ベルト進行方向側(つまり、ベルト走行時にブロックが疲労破壊しやすい側)の表面近傍に繰り返し強く発生した、曲げによる引張応力が、加工硬化を生じさせるFBプレスにより付与された圧縮残留応力によって緩和されることで、ブロックの曲げ疲労強度が向上し、ブロック(特には、上ビーム)の疲労破壊の発生を抑制できることがわかった。