【実施例】
【0012】
<実施例1>
実施例1に係るツースクラッチについて
図1〜
図7に基づき説明する。
図1に示されるように、車両用ステアリング装置10は、車両のステアリングホイール11の操舵入力が生じる操舵部12と、左右の転舵車輪13,13を転舵する転舵部14と、操舵部12と転舵部14との間の操舵力伝達経路15に組み込まれたツースクラッチ50と、制御部16とを含む。
【0013】
より詳しく述べると、車両用ステアリング装置10は、操舵部12と転舵部14との間の操舵力伝達経路15にツースクラッチ50を組み込んでいる、いわゆるステアバイワイヤ式(steer-by-wire、略称「SBW」)を採用している。車両用ステアリング装置10は、通常時にはツースクラッチ50が開放状態であって、操舵部12と転舵部14との間を機械的に分離している。このため、通常時には、ステアリングホイール11の操舵量に応じて転舵用アクチュエータ39を作動させることにより、左右の転舵車輪13,13を転舵することができる。また、ツースクラッチ50が係合状態のときにのみ、操舵部12から転舵部14へ操舵力を伝達することができる。
【0014】
操舵部12は、運転手が操作するステアリングホイール11と、このステアリングホイール11に連結されているステアリング軸21と、ステアリングホイール11に対して操舵反力(反力トルク)を付加する反力付加アクチュエータ22と、を含む。この反力付加アクチュエータ22は、運転者がステアリングホイール11の操舵力に抵抗する操舵反力を発生することによって、運転者に操舵感を与える。この反力付加アクチュエータ22のことを、適宜「第1アクチュエータ22」と言い換える。
【0015】
反力付加アクチュエータ22は、操舵反力を発生する反力モータ23(第1モータ23)と、操舵反力をステアリング軸21に伝達する反力伝達機構24と、を含む。反力モータ23は、例えば電動モータによって構成される。反力伝達機構24は、例えばウォームギヤ機構によって構成される。このウォームギヤ機構24(反力伝達機構24)は、反力モータ23のモータ軸23aに設けられたウォームギヤ24aと、ステアリング軸21に設けられたウォームホイール24bとからなる。反力モータ23が発生した操舵反力は、反力伝達機構24を介して、ステアリング軸21に付加される。
【0016】
操舵力伝達経路15は、操舵部12のステアリング軸21と、転舵部14の操作力伝達機構35と、の間の経路である。例えば、操舵力伝達経路15は、ステアリング軸21に自在軸継手31,31及び連結軸32とによって連結されている第1軸33(入力軸33)と、この第1軸33からトルクを伝達される第2軸34(出力軸34)と、を含む。ツースクラッチ50は、第1軸33と第2軸34との間に介在している。
【0017】
転舵部14は、第2軸34に操作力伝達機構35によって連結されている転舵軸36と、この転舵軸36の両端にタイロッド37,37及びナックル38,38を介して連結されている左右の転舵車輪13,13と、転舵軸36に転舵用動力を付加する転舵用アクチュエータ39と、を含む。この転舵用アクチュエータ39のことを、適宜「第2アクチュエータ39」と言い換える。
【0018】
操作力伝達機構35は、例えばラックアンドピニオン機構によって構成される。このラックアンドピニオン機構35(操作力伝達機構35)は、第2軸34に設けられたピニオン35aと、転舵軸36に設けられたラック35bとからなる。転舵軸36は、軸方向(車幅方向)へ移動可能である。
【0019】
転舵用アクチュエータ39は、転舵用動力を発生する転舵動力モータ41(第2モータ41)と、転舵用動力を転舵軸36に伝達する転舵動力伝達機構42とからなる。転舵動力モータ41が発生した転舵用動力は、転舵動力伝達機構42によって転舵軸36に伝達される。この結果、転舵軸36は車幅方向にスライドする。転舵動力モータ41は、例えば電動モータによって構成される。
【0020】
転舵動力伝達機構42は、例えばベルト伝動機構43とボールねじ44とからなる。ベルト伝動機構43は、転舵動力モータ41のモータ軸41aに設けられた駆動プーリ45と、ボールねじ44のナットに設けられた従動プーリ46と、駆動プーリ45と従動プーリ46とに掛けられたベルト47とからなる。ボールねじ44は、回転運動を直線運動に変換する変換機構の一種であって、転舵動力モータ41が発生した駆動力を前記転舵軸36に伝達する。なお、転舵動力伝達機構42は、ベルト伝動機構43とボールねじ44の構成に限定されるものではなく、例えばウォームギヤ機構やラックアンドピニオン機構であってもよい。
【0021】
制御部16は、図示せぬ各種センサから信号を受けて、反力モータ23、転舵動力モータ41及びツースクラッチ50に電流を流す。
【0022】
以下、ツースクラッチ50について詳しく説明する。
図2に示されるように、ツースクラッチ50は、ケース51と、このケース51にそれぞれ収納されている、第1回転体52と第2回転体53と第3回転体54とアーマチュア55とロータ56と電磁石57とを、基本的な構成要素としている。これらの各回転体52〜54とアーマチュア55とロータ56と電磁石57と、前記第1軸33及び第2軸34は、第1回転体52の回転中心線CLに位置している。
【0023】
前記第1回転体52は、ケース51の外方へ延びている第1軸33と共に回転可能な、円盤状の部材である。例えば、第1回転体52は第1軸33に一体に構成されている。
【0024】
第1回転体52のなかの、第1軸33側の端面52aのことを「第1の盤面52a」といい、この第1の盤面52aとは反対側の端面52bのことを「第2の盤面52b」という。第1の盤面52aには、第1の歯61(入力歯61)が設けられている。この第1の歯61は、第1回転体52の回転中心線CLを基準として環状に配列された多数の山形(三角形や台形を含む)の歯部によって構成されている。
【0025】
前記第2回転体53は、ケース51の外方へ延びている第2軸34と共に回転可能な円盤状の部材である。例えば、第2回転体53は第2軸34に一体に構成されている。第2軸34は、ケース51に対して第1軸33とは反対側へ位置している。第2回転体53は、第2軸34側から第1回転体52の外周面を囲んでいる、有底環状の部材である。
【0026】
第2回転体53のなかの、第2軸34側の端面53aのことを「第1の盤面53a」といい、この第1の盤面53aとは反対側の端面53b(開放された環状の端面53b)のことを「第2の盤面53b」という。この第2回転体53の第2の盤面53bには、第2の歯62(入力歯62)が設けられている。この第2の歯62は、第1回転体52の回転中心線CLを基準として環状に配列された多数の山形(三角形や台形を含む)の歯部によって構成されており、第1の歯61と同じ方向を向いている。
【0027】
前記第3回転体54は、第1回転体52の回転中心線CLに沿って変位可能な、円盤状の非磁性体である。例えば第3回転体54は、第1軸33に相対回転可能且つ軸方向への相対移動可能に嵌合されている。以下、第3回転体54のなかの、第1の歯61に対向する端面54aのことを「第1の盤面54a」といい、この第1の盤面54aとは反対側の端面54bのことを「第2の盤面54b」という。第3回転体54の第1の盤面54aには、第3の歯63と第4の歯64が設けられている。これらの第3の歯63と第4の歯64は、第1回転体52の回転中心線CLを基準として環状に配列された多数の山形(三角形や台形を含む)の歯部によって構成されている。第3の歯63は、第1の歯61に噛み合い可能である。第4の歯64は、第2の歯62に噛み合い可能である。
【0028】
前記アーマチュア55は、第3回転体54の第2の盤面54bに一体に有しており、第1回転体52の回転中心線CLを基準とする環状の磁性体からなる。例えば、第3回転体54の第2の盤面54bの外縁には、回転中心線CLを中心とした環状の切り欠き部54cが形成されてなる。この切り欠き部54cは、第2の盤面54b方向に開放されている。アーマチュア55は、この切り欠き部54cに嵌合し且つ固定されている。アーマチュア55のなかの、第3回転体54の第2の盤面54b側の平坦な面55aのことを「アーマチュア面55a」という。このアーマチュア面55aは、第3回転体54の第2の盤面54bから突出している。
【0029】
前記ロータ56は、第1軸33に相対回転と軸方向への相対移動の両方を規制されて、取り付けられた、磁性体からなる。第1回転体52は、第1軸33に一体に構成されている。従って、ロータ56は、第1回転体52と共に回転可能且つこの第1回転体52に対する軸方向移動を規制されている。このロータ56のロータ面56aは、アーマチュア面55aに向かい合う平坦面である。
【0030】
前記電磁石57は、ロータ56に対し、アーマチュア55とは反対側に位置するとともに、ロータ56に対する変位を規制されており、第1回転体52の回転中心線CLを基準とする環状の部材である。詳しく述べると、この電磁石57は、ケース51に固定されたフィールドコア57aと、このフィールドコア57aに巻かれた電磁用コイル57bとからなる。
【0031】
電磁用コイル57bに通電していない状態(ツースクラッチ50の係合状態)では、第3の歯63は第1の歯61と噛み合い状態にあり、第4の歯64も第2の歯62と噛み合い状態にある。電磁用コイル57bに通電すると、フィールドコア57aとロータ56とアーマチュア55とを通る磁路が形成される。この結果、電磁石57の磁力によって、アーマチュア55はロータ56に吸着される。アーマチュア55と一体の第3回転体54はロータ56へ向かって変位する。第3回転体54に設けられている第3の歯63は、第1の歯61との噛み合い状態が解除される。同様に第4の歯64も、第2の歯62との噛み合い状態が解除される。つまり、ツースクラッチ50の開放状態となる。
【0032】
第1軸33は、軸受65によってケース51に回転可能に支持されている。第2軸34は、軸受66によってケース51に回転可能に支持されている。第1回転体52の外周面と第2回転体53の内周面とは、軸受67によって互いに相対回転が可能に支持している。
【0033】
図2に示されるように、ツースクラッチ50は、噛み合い状態保持解除部70を有していることを特徴とする。この噛み合い状態保持解除部70は、第1の歯61に対する第3の歯63の噛み合い状態と、第2の歯62に対する第4の歯64の噛み合い状態とを、安定的に維持するとともに、これらの各噛み合い状態を強制的に解除することが可能である。
【0034】
この噛み合い状態保持解除部70は、アーマチュア55よりも径方向内側に位置した少なくとも1つ(1組)からなり、好ましくは複数(複数組)、この実施例では
図3に示されるように3つ(3組)からなる。この3つの噛み合い状態保持解除部70は、第1回転体52の回転中心線CLを基準として放射状に、且つ等ピッチに配列されている。
【0035】
図2及び
図3に示されるように、各噛み合い状態保持解除部70は、それぞれ1つずつの、テーパ状空間部71と傾斜面72と係合部材74と付勢部材75とピン77とガイド部78とを含む。
【0036】
ここで、1つの噛み合い状態保持解除部70を代表し、
図4及び
図5を参照しつつ詳しく説明する。
図5(a)は、
図4の5部を拡大した図であって、第1及び第2の歯61,62に対して第3及び第4の歯63,64が噛み合っている状態(ツースクラッチ50の係合状態)を示している。
図5(b)は、
図5(a)に示されるテーパ状空間部71を表している。
【0037】
前記テーパ状空間部71は、第3回転体54の第2の盤面54bとロータ56のロータ面56aとの間隔が先細り状となるように形成されてなる。例えば、テーパ状空間部71は、回転中心線CLを基準として、第3回転体54の径外方へ向かって先細りとなる。
【0038】
より具体的に説明すると、第2の盤面54bに対してロータ面56aは平行である。しかし、第2の盤面54bとロータ面56aとの、少なくとも一方の面から他方の面へ向かって傾斜した傾斜面72を有している。以下、この傾斜面72のことを「第1の傾斜面72」と言い換える。この第1の傾斜面72によって、第2の盤面54bとロータ面56aとの間隔が先細りとなるように形成されてなるテーパ状空間部71を構成することができる。例えば、第2の盤面54bには、この第2の盤面54bからロータ面56aへ向かう上り勾配の第1の傾斜面72が形成されてなる。言い換えると、この第1の傾斜面72は、第2の盤面54bの中心(第1回転体52の回転中心線CL)から径方向外側に向かうにつれてロータ56へ向かって傾斜している。この第1の傾斜面72は、テーパ状空間部71を形成する一部である。
【0039】
この第1の傾斜面72は、例えば第2の盤面54bに有した凹部73に構成される。この凹部73は、第2の盤面54bから第1の盤面54aへ向かって窪んでいる。この凹部73の最も深い底面73a(第1の盤面54a側の面73a)は、回転中心線CLの近傍に位置しており、ロータ面56aに平行な面(略平行な面を含む)である。
【0040】
より詳しく述べると、前記第1の傾斜面72は、凹部73の底面73aからロータ面56aへ向かって上り勾配に構成されている。第3回転体54を第2の盤面54b側から見て、底面73aと第1の傾斜面72とは、回転中心線CLを基準として、第3回転体54の径外方へ一直線状に延びている(
図3も参照)。この第1の傾斜面72は2段階に傾斜している。つまり、第1の傾斜面72は、底面73aから上り勾配に傾斜した急傾斜の傾斜面72a(第1段の傾斜面72a)と、この急傾斜の傾斜面72aの上端から更に上り勾配に傾斜した緩い傾斜の傾斜面72b(第2段の傾斜面72b)と、からなる。
【0041】
以下、ロータ面56aと第1段の傾斜面72aとによって形成されてなる空間部71aのことを、適宜「テーパ状空間部71の後半部分71a」という。また、ロータ面56aと第2段の傾斜面72bとによって形成されてなる空間部71bのことを、適宜「テーパ状空間部71の先端部分71b」という。
【0042】
前記係合部材74は、テーパ状空間部71に介在しており、好ましくはこのテーパ状空間部71の中で転動可能な転動体によって構成されている。この転動体は、より好ましくは外周面が第1の傾斜面72に接する直径Drの丸棒状のローラによって構成されている。以下、係合部材74のことを、適宜「転動体74」または「ローラ74」と言い換えることにする。このローラ74は、第1の傾斜面72の傾斜に沿って転がり変位をすることが可能である。
【0043】
前記付勢部材75は、ローラ74を第1の傾斜面72に向かって付勢、つまり、ロータ面56aと第2段の傾斜面72bとに接するように、付勢している。この付勢部材75は、例えば圧縮コイルばねによって構成されている。第3回転体54の径方向の中央部には、環状のばね受け部76が設けられている。圧縮コイルばね75(付勢部材75)は、ローラ74とばね受け部76との間に介在している。
【0044】
付勢部材75に付勢されたローラ74は、テーパ状空間部71の先端部分71bに位置して、ロータ面56aと第2段の傾斜面72bとに対して「くさび」の役割を果たすことができる。このときの、ロータ面56aとローラ74との接触点P1のことを「第1接触点P1」といい、第2段の傾斜面72bとローラ74との接触点P2のことを「第2接触点P2」という。
【0045】
前記ピン77は、テーパ状空間部71の先端部分71bに位置しているローラ74を後半部分71a(非接触側)、つまり第1軸33における径方向内側へ押し出しつつ、ロータ56のロータ面56aへ向かって進出可能に第3回転体54に有している。このピン77は、丸棒状の磁性体からなる。
【0046】
アーマチュア55のアーマチュア面55aは、第1の隙間Cr1を有してロータ面56aを向いている。一方、ピン77のなかの、進出方向の先端面77aは、第2の隙間Cr2を有してロータ面56aを向いている。第1の隙間Cr1の大きさδ1と第2の隙間Cr2の大きさδ2は、電磁石57の磁力により、ロータ56に対してアーマチュア55よりも先にピン77が吸着されるように、設定されている。つまり、第2の隙間Cr2の大きさδ2は、第1の隙間Cr1の大きさδ1よりも小さく設定されている(δ2<δ1)。このように、第2の隙間Cr2の大きさδ2は、第1の隙間Cr1の大きさδ1よりも小さければよい。第2の隙間Cr2が小さいことにより、電磁石57の磁力によって、先にピン77がロータ面56aに吸着され、その後にアーマチュア55がロータ面56aに吸着される。
【0047】
第3回転体54には案内用の孔54dが形成されてなる。このピン案内用の孔54dは、第1回転体52の回転中心線CLに沿うとともに、ロータ面56aに向かって開口している。つまり、このピン案内用の孔54dは、第3回転体54を貫通した丸孔である。
【0048】
このピン案内用の孔54dの縁は、第2段の傾斜面72bの上端に隣接している。丸棒状のピン77は、ピン案内用の孔54dにスライド可能に位置しており、先端部77bが第3回転体54の第2の盤面54bから突出し、第2の隙間Cr2を有してロータ面56aに向かい合っている。
【0049】
ピン77のなかの、先端面77aとは反対側の面77c(後端面77c)が、第1回転体52の第2の盤面52bに接している。盤面52bからロータ面56aまでの間隔は一定である。このため、ピン77の長さを設定することによって、第2の隙間Cr2の大きさδ2が決まる。
【0050】
ピン77の先端部77bのなかの、少なくとも一部には押し出し面77dが形成されてなる。この押し出し面77dは、第2段の傾斜面72bの勾配と同方向に上り勾配の傾斜面である。ピン77がロータ面56aへ向かって進出したときに、テーパ状空間部71の先端部分71bに位置しているローラ74を、押し出し面77dによってテーパ状空間部71の後半部分71a(非接触側)へ押し出すことができる。以下、押し出し面77dのことを、適宜「第2の傾斜面77d」と言い換える。
【0051】
図3も参照すると、前記ガイド部78は、第3回転体54の第2の盤面54bに有しており、ローラ74をテーパ状空間部71に沿って案内することが可能である。例えば、ガイド部78は、凹部73の両側の側面73b,73bによって形成されてなる。従って、ローラ74は、凹部73の両側の側面73b,73bにより、第3回転体54の径方向へ案内されて、第1の傾斜面72上を転がることが可能である。
【0052】
次に、テーパ状空間部71とローラ74とピン77との関係について、
図5を参照しつつ説明する。
【0053】
ロータ面56aに対して平行な直線Lhを想定し、この直線Lhを「平行線Lh」という。この平行線Lh及びロータ面56aに対する、第1段の傾斜面72aの傾斜角α1のことを、「第1段傾斜角α1」という。第1段傾斜角α1は鋭角である。また、平行線Lh及びロータ面56aに対する、第2段の傾斜面72bの傾斜角α2のことを、「第2段傾斜角α2」という。第2段傾斜角α2は鋭角であり、第1段傾斜角α1よりも小さく設定されている(α2<α1)。
【0054】
ツースクラッチ50にトルクが作用したときに、第1の歯61と第3の歯63との噛み合い面に作用する軸方向の分力や、第2の歯62と第4の歯64との噛み合い面に作用する軸方向の分力が働く。これらの分力は、歯同士の噛み合いを解除する方向に働き、さらに、第2段の傾斜面72bとローラ74との第2接触点P2に作用する。この第2接触点P2には、ローラ74を入力軸33における径方向内側へ押し出す水平分力(回転中心線CLへ向かって押し出す水平分力)が働く。この水平分力を、付勢部材75によって打ち消している。
【0055】
第2段の傾斜面72bとローラ74との間にローラ74が嵌り込んだ、いわゆるロック状態において、このローラ74の一部74aは、ピン案内用の孔54dの真上に位置、つまり孔54dの延長上に位置する。以下、このローラ74の一部74aのことを、「はみ出し部分74a」という。
【0056】
平行線Lh及びロータ面56aに対する、押し出し面77dの傾斜角βのことを、「押し出し傾斜角β」という。この押し出し傾斜角βは鋭角である。この押し出し傾斜角βが鋭角であれば、ローラ74を押し出す分力が小さいので、ピン77を吸着するための磁力が小さくてすむ。
【0057】
第1段傾斜角α1と第2段傾斜角α2は、押し出し傾斜角βよりも小さい(α2<α1<β)。つまり、第1の傾斜面72は、第2の傾斜面77dよりも緩い傾斜に設定されている。このため、付勢部材75によって付勢されているローラ74を、ピン77によって押し出す力が小さくてすむ。
【0058】
次に、上記構成の噛み合い状態保持解除部70の作用について説明する。電磁石57(
図2参照)が非励磁状態のときには、
図4に示されるように、アーマチュア55とピン77がロータ面56aから離れている。付勢部材75に付勢されているローラ74は、テーパ状空間部71の先端部分71bに介在して、ロータ面56aと第2段の傾斜面72bとの間に係合(ロック)している。このときのツースクラッチ50は、第3の歯63が第1の歯61と噛み合い状態にあり、第4の歯64も第2の歯62と噛み合い状態にある、いわゆるツースクラッチ50の係合状態にある。
【0059】
ツースクラッチ50にトルクが作用することによって、両方の歯61,63同士と歯62,64同士の噛み合い面には、軸方向の分力が作用する。この軸方向の分力は、第2段の傾斜面72bによってローラ74を第1段の傾斜面72a側へ押し出す力の一部(水平分力)となる。しかし、第2段の傾斜面72bが第1段の傾斜面72aよりも緩い傾斜なので、ローラ74を第1段の傾斜面72a側へ押し出す力は、極めて小さい。しかも、この小さい押し出す力を、付勢部材75によって打ち消している。つまり、ローラ74はロータ面56aと、緩い傾斜の第2段の傾斜面72bと、の間に介在することによって、第3回転体54が軸方向へ変位しないように規制している。ツースクラッチ50に大きいトルクが作用した場合であっても、歯61,63同士と歯62,64同士の適切な噛み合い状態を確保することができる。従って、大きいトルクを伝達することが可能なツースクラッチ50を提供することができる。
【0060】
その後、電磁石57(
図2参照)が励磁状態に切り替わると、この電磁石57の磁力によって、
図6に示されるようにピン77が先にロータ面56aに吸着する。ピン77は、ロータ面56aへ向かって進出しつつ、ロータ面56aと第2段の傾斜面72bとの間に係合(ロック)しているローラ74を、付勢部材75の付勢力に抗して、テーパ状空間部71の後半部分71aへ押し出す。これで、ロータ面56aと第2段の傾斜面72bとの間に係合しているローラ74の、ロック状態が解除される。
【0061】
その直後に、電磁石57の磁力によって、アーマチュア55がロータ面56aに接近する。第3回転体54は、アーマチュア55と共にロータ面56aに接近しつつ、ローラ74を付勢部材75の付勢力に抗して凹部73の底面73a側へ押し出す。
【0062】
この結果、
図7に示されるように、ローラ74は第1段の傾斜面72aと凹部73の底面73aとの間まで押し出される。電磁石57(
図2参照)の磁力によって、アーマチュア55がロータ面56aに吸着した状態では、歯61,63同士と歯62,64同士の噛み合いは解除される。この結果、ツースクラッチ50は、歯61,63同士と歯62,64同士の噛み合いを解除された、開放状態に切り替わる。
【0063】
図3及び
図4に示されるように、3つのローラ74は、第1回転体52の回転中心線CLを基準として放射状に、且つ等ピッチに配列されている。このため、3つのテーパ状空間部71において、ロータ面56aと各第2段の傾斜面72bとに対し、各ローラ74がより安定して係合することができる。
【0064】
以上の説明をまとめると、次の通りである。
図2、
図4及び
図5に示されるように、ツースクラッチ50は、
盤面52a(第1の盤面52a)に第1の歯61を有している盤状の第1回転体52と、
前記第1回転体52の回転中心線CLに位置し前記第1回転体52に対して相対回転可能であって、前記第1の歯61と同じ方向を向いた第2の歯62を盤面53b(第2の盤面53b)に有している盤状の第2回転体53と、
前記回転中心線CLに位置し且つ前記回転中心線CLに沿って軸方向変位可能であって、前記第1回転体52及び前記第2回転体53に対して相対回転可能な盤状の第3回転体54と、
前記第1回転体52と共に回転可能且つ前記第1回転体52に対する軸方向移動を規制されて設けられる磁性体からなるロータ56と、
前記第3回転体54に対し前記ロータ56を挟んで向かい合い、通電又は非通電させることで、前記第3回転体54を軸方向変位させる電磁石57と、を有し、
前記第3回転体54は、
前記第1の歯61に噛み合い可能な第3の歯63と、前記第2の歯62に噛み合い可能な第4の歯64とが設けられた第1の盤面54aと、
前記第1の盤面54aとは反対側であり、前記ロータ56の前記第3回転体54側のロータ面56aに対し、第1の隙間Cr1を有して向かい合う磁性体からなる面55a(アーマチュア面55a)を有したアーマチュア55が設けられた第2の盤面54bと、を有し、
前記第3回転体54には、前記第1の盤面54aから前記第2の盤面54bへ連通する孔54d(ピン案内用の孔54d)が形成され、
前記第2の盤面54bには、前記第2の盤面54bの中心(第1回転体52の回転中心線CL)から径方向外側に向かうにつれて前記ロータ56へ向かって傾斜する第1の傾斜面72が形成され、
前記ロータ面56aと前記第2の盤面54bの間には、前記第1の傾斜面72によって、前記第2の盤面54bと前記ロータ面56aとの間隔が先細りとなるように形成されてなるテーパ状空間部71に介在する係合部材74と、
前記係合部材74を前記第1の傾斜面72に向かって付勢する付勢部材75と、を有し、
前記第3回転体54に形成された前記孔54d(ピン案内用の孔54d)に挿入され、前記電磁石57を通電させることで、前記ロータ面56aに吸着した際に、前記係合部材74を前記入力軸33における径方向内側へ押し出す第2の傾斜面77d(押し出し面77d)を有した磁性体からなるピン77を有し、
前記ピン77の先端部77bは、前記ロータ面56aに対して第1の隙間Cr1よりも小さい第2の隙間Cr2を有して配置されている。
【0065】
電磁石57の磁力によってピン77を進出させる力は、ロータ面56aと第1の傾斜面72(特に、第2段の傾斜面72b)との間に係合(ロック)している係合部材74を、入力軸33における径方向内側へ押し出す、いわゆる規制解除(ロック解除)のためだけの、小さい力ですむ。一方、電磁石57の磁力によってアーマチュア55を吸着する力は、単に歯同士61,62,63,64の噛み合いを解除するだけの、比較的小さい力ですむ。このように規制解除と、歯同士の噛み合い解除と、の2つに分離したので、電磁石57の磁力は比較的小さくてすむ。このため、電磁石57の小型化を図ることができる。この結果、ツースクラッチ50及びこれを用いた車両用ステアリング装置10の小型化を図ることができる。
【0066】
さらには、
図2及び
図5に示されるように、前記電磁石57の磁力により、前記ロータ56に対して前記アーマチュア55よりも先に前記ピン77が吸着されるように、前記第1の隙間Cr1と前記第2の隙間Cr2の各大きさδ1,δ2が設定されている。つまり、上述のように、第2の隙間Cr2の大きさδ2は、第1の隙間Cr1の大きさδ1よりも小さく設定されている(δ2<δ1)。
【0067】
このため、先に、ピン77によって、ロータ面56aと第1の傾斜面72(特に、第2段の傾斜面72b)との間に係合(ロック)している係合部材74を、入力軸33における径方向内側へ押し出す、いわゆる規制解除(ロック解除)をすることができる。その後に、アーマチュア55が軸方向へ変位することによって、歯同士61,62,63,64の噛み合いを解除することができる。このように、2段階の動作によって、確実に規制解除と、歯同士の噛み合い解除を行うことができる。
【0068】
図5に示されるように、前記係合部材74は、前記テーパ状空間部71の中で転動可能な転動体74によって構成されている。転動体74であればテーパ状空間部71の中、つまりロータ面56aと第1の傾斜面72との間を容易に転動することができる。
【0069】
図3及び
図4に示されるように、例え、ツースクラッチ50に衝撃荷重が作用した場合であっても、テーパ状空間部71(ロータ面56aや第1の傾斜面72)に対する転動体74の位置ズレを、発生しないことが求められる。転動体74が位置ズレをすると、第3回転体54が第1回転体52の回転中心線CLに沿って変位するからである。
【0070】
前記転動体74はローラ74によって構成されている。このローラ74は、ロータ面56aと第1の傾斜面72とに対して線接触することになる。線接触であるから、衝撃荷重が作用しても位置ズレを発生しにくい。つまりローラ74は、第1回転体52の回転中心線CLに沿う方向への位置ズレの発生を抑制し易い。
【0071】
さらに、
図3及び
図5に示されるように、前記ツースクラッチ50は、前記第3回転体54の前記第2の盤面54bに有しており、前記係合部材74を前記テーパ状空間部71に沿って案内することが可能なガイド部78を、更に含んでいる。このため、係合部材74をテーパ状空間部71に沿って、より円滑に移動させることができる。
【0072】
図1に示されるように、車両用ステアリング装置10は、ステアリングホイール11の操舵入力が生じる操舵部12と、転舵車輪13,13を転舵する転舵部14と、前記操舵部12と前記転舵部14との間の操舵力伝達経路15に組み込まれたツースクラッチ50と、を有していることを特徴とする。
【0073】
<実施例2>
実施例2に係るツースクラッチについて
図8に基づき説明する。実施例2のツースクラッチ50Aは、上記
図1〜
図7に示される実施例1のツースクラッチ50に対して、4つ(4組)の噛み合い状態保持解除部70を有していることを特徴とし、他の構成については実施例1と同じなので、説明を省略する。
【0074】
図8は、4つ(4組)の噛み合い状態保持解除部70を有しているツースクラッチ50Aを示しており、
図3に対応して表している。この4つの噛み合い状態保持解除部70は、回転中心線CLを基準として放射状に且つ等ピッチに配列されている。従って、4つの係合部材74は、回転中心線CLを基準として放射状に且つ等ピッチに配列される。このため、
図5及び
図8に示されるように、4つのテーパ状空間部71の先端部分71bに位置している各係合部材74は、ロータ面56aと第1の傾斜面72とに対し、より安定して係合することができる。他の効果については、上記実施例1の効果と同じである。
【0075】
<実施例3>
実施例3に係るツースクラッチについて
図9に基づき説明する。実施例3のツースクラッチ50Bは、上記
図1〜
図7に示される実施例1のツースクラッチ50と、上記
図8に示される実施例2のツースクラッチ50Aとに対して、転動体74を転動体74B(
図9参照)に変更したことを特徴とし、他の構成については実施例1と同じなので、説明を省略する。
【0076】
図9は、転動体74Bをボールによって構成したことを示しており、
図4に対応して表している。転動体74Bとしてボールを採用したので、このボールはロータ面56aと第1の傾斜面72とに対して点接触することになる。点接触であるから、第1の傾斜面72に対する摩擦抵抗を抑制することができる。他の効果については、上記実施例1〜2の効果と同じである。
【0077】
なお、本発明によるツースクラッチ50,50A,50B及びこれを用いた車両用ステアリング装置10は、本発明の作用及び効果を奏する限りにおいて、実施例に限定されるものではない。
【0078】
また、案内用の孔54dは丸孔に限定されるものではなく、ピン77は丸棒状に限定されるものではない。例えば、
図5に示されるように、押し出し面77dがピン77の先端部77bの外周面の一部のみに形成されてなる場合には、このピン77は、ピン案内用の孔54dに対する回転を規制されることが、より好ましい。そのためには、例えば、ピン案内用の孔54dとピン77とを断面角形状にすればよい。
【0079】
また、
図2及び
図4に示されるように、電磁用コイル57bに通電していない状態(ツースクラッチ50の係合状態)において、ピン77の後端面77cが、第1回転体52の第2の盤面52bに対して、より安定した接触状態を維持するためには、第2の盤面52bに対して後端面77cを付勢する何らかの付勢部材を有することがより好ましい。