【実施例】
【0015】
以下で実施例を参照して本発明をさらに詳細に説明する。ここで実施例はあくまでも本発明の理解を助けるためのものであって、本発明をこれに限定する意図はないことに注意しなければならない。例えば、以下の実施例では受容体として使用される粒子はそこの説明に明記された成分だけしか含まないと理解されるかもしれないが、それ以外の成分を必要に応じて含んだり、あるいは不可避的不純物を含んだりしてよい。また、実施例では粒子を表面応力センサ表面にインクジェット方式で付与するとされているが、他の方式を用いて表面応力センサ表面に付与してもよい。また、この際に粒子だけを付与してもよいし、補助的な作用を達成するなどの目的で、これに限るわけではないが例えば粒子をその場に強固に付着させるためのバインダ、あるいは本発明に係る、または本発明以外で受容体の機能を提供する別の材料など、他の成分を混入してもよい。
【0016】
<材料>
チタン−テトライソプロポキシド(titanium tetraisopropoxide、TTIP)、テトラエトキシシラン(tetraethoxysilane、TEOS)、塩化ヘキサデシルトリメチルアンモニウム(hexadecyltrimethylammonium chloride、C16TAC)、及びステアリン酸は東京化成工業株式会社から購入した。2−プロパノール(IPA)、メタノール(MeOH)、及び28%アンモニア水溶液は関東化学株式会社から購入した。n−ヘキサン、エタノール、ベンゼン、及び酢酸は和光純薬工業株式会社から購入した。試薬は何れも購入後に更に精製することなく使用した。
【0017】
<チタニア−ステアリン酸コーティングされたC16TA
+複合球形粒子の作製>
サイズが約850nmのシリカ−C16TA
+複合球形粒子を従来報告されていた方法によって作製した(非特許文献1)。その概略を説明すれば、C16TAC(0.211g)、MeOH(100mL)、脱イオン水(17.7g)及び28%アンモニア水溶液(7.2g)を容積が250mLのポリプロピレン製のボトルに投入し、この混合物を強く振蕩して透明な溶液を得た。次に、そこにTEOS(1.84mL)を投入して3秒間強く振蕩した。この溶液を室温で24時間エージングして、シリカ−C16TA
+複合粒子を得た。エージング後、PTFE膜フィルタ(細孔サイズ0.2mm)を使用した吸引ろ過により生成物を集めてMeOHで数回洗浄した。ろ過物を60℃で一晩乾燥させてからチタニア−ステアリン酸コーティングを行った。
【0018】
コーティングを行うため、ステアリン酸(0.0787g)、IPA(98.6g)及び脱イオン水(10mL)を含む開始溶液を作製した。この溶液に様々な量のシリカ−C16TA
+複合球形粒子(50、100、200、400mg)を投入し、超音波処理によりシリカ−C16TA
+複合球形粒子を分散させた。なお、ここで目視によりいくらかの凝集物が認められた。分散処理の後、チタニア前駆体溶液を以下の手順で投入してチタニア−ステアリン酸層をシリカ−C16TA
+上に堆積させた。
【0019】
上記堆積手順では、先ずTTIP(0.458mL)/IPA(9.44g)溶液及びIPA(9.74g)水溶液(0.077mLの水)を夫々シリンジポンプ(株式会社ワイエムシィのMR2ポンプ)によりPFAチューブ(内径:1mm、外径1/16インチ)を通して20mLmin
-1 の一定の流量で流した。これらの溶液をポリ(テトラフルオロエチレン、PTFE)製のY形状のマイクロ流路(株式会社ワイエムシィのKeyCheミキサ、流路断面積:1mm
2)中で混合して加水分解を開始させ、核形成を誘起させた。各溶液の体積は12.5mLであり、混合液中でのTTIP:H
2Oのモル比は1:2.7であった。この溶液を更に長さ70cmのPFAチューブを通して流した。次にこの溶液をステアリン酸、IPA、及び脱イオン水を含むシリカ−C16TA
+複合球形粒子懸濁液中に投入した。室温で24時間のエージング後、生成物を遠心分離(3500rpm、10分間)によって回収し、60℃で一晩乾燥した。
【0020】
この生成物(150mg)を超音波処理によってエタノール(40mL)中に分散させた。次に、この懸濁液中に1mLの12M塩酸をマグネチックスターラーを用いて撹拌しながら投入し、この混合液をさらに1時間撹拌し続けた(非特許文献2)。この生成物を遠心分離(3500rpm、10分間)回収した。このHCl/エタノール洗浄−回収サイクルを2回繰り返して、ステアリン酸を除去した。最後に、洗浄された生成物を大気雰囲気下、60℃のオーブン内で一晩乾燥し、空気中で550℃で5時間焼成した後、昇温率を2.5℃/分とし、1000℃で1時間焼成した。これらの試料をS@Tと表記する。ここで、Sはシリカ−C16TA
+コアを有する粒子であることを意味し、@Tはチタニア−ステアリン酸複合コーティングを意味する。溶媒抽出後及び/または焼成後の試料は「S@T_ex」、「S@T_exc」、「S@T_excc」、「S@T_c」、及び「S@T_cc」のように、溶媒抽出を表すex及び/または焼成を表すc(焼成を2段階行った場合にはccで表す)をその名称の末尾に付加することにより表す。
【0021】
<チタニア−ステアリン酸コーティングされたC16TA
+複合球形粒子の特性解析>
日立S2380N走査型電子顕微鏡(SEM)を使用してSEM像を得た。測定の前に試料を20または30nm厚の金の層でコーティングした。SEM像から50あるいは100個の粒子を計測することで、平均粒子サイズ及び変動係数(CV)を求めた。日本電子株式会社の透過型電子顕微鏡(TEM)であるJEM−100CX及びJEM−2100Fを使用してTEM像を得た。走査型透過電子顕微鏡高角環状暗視野(scanning transmission electron microscopy high-angle annular dark-field、STEM HAADF)像及び元素マッピング像を、日本電子株式会社のJEM−2100及びJED−2300装置を使用し、加速電圧200kVで記録した。コア−シェル材料の懸濁液をCuグリッド(応研商事株式会社のSTEM100Cuグリッド及びSTEM Cu150Pグリッド上の高分解能炭素基材)に滴下し、真空(2.0×10
−5Pa)下で数日間乾燥させてから測定を行った。
【0022】
Rigaku GT−8120装置を使用し、気流中で昇温速度10℃/分としてまたαアルミナを基準材料として熱重量−示差熱分析(thermogravimetric-differential thermal analysis、TG−DTA)カーブを記録した。生成物中のステアリン酸対チタニアの比率を温度範囲150℃から600℃のTGカーブ中の重量減少から計算した。20mA、40kVで動作する単色Cu Kα線源を使用し、Rigaku RAD IIB粉末回折計生成物のX線回折(XRD)パターンを記録した。2θ=25.176°でのアナターゼ(101)及び2θ=27.355°でのルチル(110)半値全幅に基づいてScherrerの式を使用して結晶子サイズを計算した。Shimadzu UV−3100PC分光計によりMgOを基準として粉末試料のUV−Vis拡散反射スペクトルを記録した。1mgの試料粉末と5mgのMgOを乳鉢と乳棒で一様に混合してから測定を行った。日本ベル株式会社のBelsorp Mini測定装置により、HCl/EtOH洗浄及び焼成した試料の−196℃での窒素吸着/脱着等温線を得た。測定を行う前に、試料を窒素雰囲気下で140℃にて3時間乾燥した。Brunauer-Emmett-Teller(BET)法により、P/P
0=0.05〜0.20の範囲にわたって線形プロットを使用して、比表面積を計算した。ポアサイズ分布はBarrett-Joyner-Halenda(BJH)法により窒素吸着等温線から導いた。Shimadzu FT−8200フーリエ変換赤外分光器により分解能2.0cm
−1で記録した。試料粉末をKBrと一様に混合し、この混合物をプレスして透過率測定用のKBr円盤を形成した。
【0023】
<ガス検出試験についての詳細な手順及び条件>
このガス検出試験にはMSSを使用した。MSSチップの製造方法の詳細は本願発明者による非特許文献3、4で説明されている。6種類の異なるタイプのコア−シェル粒子を、S@T_ex、S@T_exc、S@T_excc、S@T_c、及びS@T_ccについては水中に、またS@TについてはIPA中に、1g/Lの濃度で分散させ、インクジェットによりそれぞれMSS表面にコーティングした。ここで使用したインクジェット装置(LaboJet−500sp)及びノズル(IJHBS−300)はMICROJET Corporationから購入した。インクジェットによって各材料について1000発の液滴をMSSの上に滴下し、受容体層コーティングを形成した。
【0024】
ガス検知試験は
図1に示す構成で行った。各種のコア−シェル粒子でコーティングされたMSS(図示せず)をセンサチャンバー(以下、単にチャンバーと称する)に取り付け、Oリングにより慎重にシールした。2台のマスフローコントローラ(MFC)(株式会社フジキンから購入したFCST1005C−4F2−F100−N2)を利用して流量100mL/分で窒素をチャンバー内に導入した。一方のMFC(MFC1)は試料ガスをキャリアガスとしての窒素とともに導入するためのものであり、他方(MFC2)はパージング(すなわち、吸着体の脱着を加速すること)のためのものである。ここでは、1mLの試料液体(水、n−ヘキサン、エタノール、ベンゼン、あるいは酢酸)を小さなバイアル瓶に入れる。バイアル瓶の口はゴム製の蓋で覆われ、PTFEチューブにそれぞれ接続された2本の注射針をゴム製の蓋を介してこのバイアル瓶のヘッドスペースに差し込んだ。PTFEチューブの一端をMFC1に接続し、PTFEチューブの他端を試料の入っているバイアル瓶とは別の空のバイアル瓶に接続した。この空のバイアル瓶は混合ガスを一様にするために用いられる、いわゆる「混合バイアル瓶」である。混合バイアル瓶にはもう一本のPTFEチューブを差し込むとともに、この他端をMSSが収容されているチャンバーに接続した。もう一つのMFCであるMFC2と空のバイアル瓶を同様にセットアップし、混合バイアル瓶に接続した。これら2つのMFCは30秒毎に切り替えられ、試料導入(30秒)−パージ動作(30秒)というサイクルを行った。MSSのブリッジ電圧を−0.5Vとし、サンプリングレートを20Hzとして、このサイクルを4回繰り返して得られたMSS出力を記録した。なお、ここでいうブリッジ電圧とは、MSSは電気的に見ればMSS表面の応力により抵抗値が変化する4個の抵抗素子がホイートストンブリッジとして相互接続されている構成を有するが、これらの抵抗素子で形成される四辺形の対抗する一対の頂点の間に印加する電圧のことを言う。ブリッジ電圧の印加により残りの一対の頂点間に現れる電圧をMSSの出力として測定・記録する。この出力を収集するプログラムはLabVIEW(National Instrument Corporation製)により作製した。すべての実験において、MSSが設置されたチャンバーは25℃に保たれた恒温槽に設置し、バイアルなどそれ以外のものは、概ね25℃に保たれた実験室に設置して測定を行った。
【0025】
<ガス検出試験についての結果及びその検討>
[チタニアでコーティングしたシリカ粒子の作製及び特性解析]
SEM像を
図2に示す、サイズが854nm(CV:3.6%)の単分散シリカ−C16TA
+複合球形粒子を、ステアリン酸を含むIPA水溶液中に投入して、凝集物が肉眼で観察できなくなるまで超音波処理して分散させた。次にTTIPと反応させることにより、白色の沈殿物を得た。白色の沈殿物のSEM像を
図2に示す。出発溶液中のシリカ−C16TA
+粒子の量がコーティングを一様にするために重要である。コア粒子の量が50mg(コア:シェル重量比が0.4に相当する)の場合には不規則な形状の粒子が形成された。出発溶液中のシリカ−C16TA
+粒子の量を多くしていくと不規則な形状の粒子の個数が減少した。コーティング対象として400mgのシリカ−C16TA
+粒子(コア対シェル重量比が3.2に相当する)を使用すると、不規則形状の粒子は
図2に示すSEM像中には見いだされなかった。これらの条件から、シリカ−C16TA
+複合球形粒子(粒子サイズ854nm)上に形成された、厚さの点で一様なチタニア−ステアリン酸のコーティングを有し、サイズが926nm(CV:4.3%)のコア−シェル粒子が得られた。このコーティング後の粒子サイズのCV値4.3%はコーティング前のシリカ−C16TA
+複合粒子のCV値である3.6%とほとんど同じである。これは付加されたTTIPはシリカ−C16TA
+複合球上に均一に分配されて消費され、その結果、コア粒子上に一様な層を形成したことを示唆している。
【0026】
添加されたシリカ−C16TA
+複合球の量が50mgであった場合には、チタン酸塩種の一様な核形成が起こり、シリカ−C16TA
+複合球上へのコーティングに加えて、チタニア−ステアリン酸複合粒子の形成が起こった。すなわち、溶液中の球表面でないところにも微細なチタニア―ステアリン酸複合粒子が形成され、このようなチタニア−ステアリン酸複合粒子のうちのあるものはシリカ−C16TA
+複合球粒子に付着し、これによって
図2に示すような不規則形状の粒子が形成された。他方、大量のシリカ−C16TA
+複合球形粒子が添加された場合(400mgまで)には、粒子表面で優先的に核形成が進行する不均一核形成が支配的に起こる。したがって、コーティングは各粒子上で均一に進行し、均一な厚さのコーティングが達成された。これは結果として出来上がるコア−シェル粒子の粒子サイズ分布が狭くなることに直接関連する。
【0027】
ナノポーラスチタニアでコーティングされたシリカ粒子を作製するため、合成されたままの状態の生成物(S@T)を酸エタノール溶液(acidic ethanol solution)で洗浄することにより、そこからステアリン酸を除去した。洗浄された生成物(S@T_ex)のTG−DTAカーブを
図3に示す。約7質量%の重量減少は対応するDTAカーブ中の2つの発熱反応に伴うものであるが、これはTGカーブ中の150℃から600℃の温度範囲で観察され、有機物種(ステアリン酸及びC16TA
+)の酸化分解によるものである。いくつかの有機物種の存在もまたFT−IR分光により確認された。2つの特徴的な吸収帯域が2920cm
−1及び250cm
−1に見られたが、これはC−H振動に帰着される。シリカ−C16TA
+複合球形粒子のTG−DTAカーブについては、C16TA
+の酸化分解が同じ温度範囲で観察された(非特許文献1)。シェル中のステアリン酸は、シリカ−C16TA
+複合球形粒子からのC16TA
+の除去に比べると、洗浄によって簡単に除去された。
【0028】
図3に示すTG−DTAの結果に基づいて、洗浄された生成物を空気中において550℃で5時間焼成して残余の有機化合物を除去し、これにより白色の粉末(S@T_exc)を得た。焼成前後の本生成物の窒素吸着/脱着等温線を
図4に示す。BJHポアサイズは約2nmであり、
図4の差し込み図からわかるように、焼成によっては変化しなかった。この値はナノポーラスシリカ球形粒子のBJHポアサイズ(非特許文献1)に帰着される。焼成前の試料について、3.5nmを中心とした小さなピークがBJHポアサイズ分布に見られた(図示せず)。この値はナノポーラスチタニアシェルのポアサイズを反映したものであると考えられる。焼成後の生成物の窒素吸着/脱着等温線は0.65よりも大きな相対圧力範囲中でわずかな増加を示した(図示せず)。これはアモルファスチタニアの結晶相転移を示唆している。
図5に示すXRDパターンはアモルファス構造の特徴であるブロードな回折を示していない。
【0029】
TEMを使った観察により、550℃で焼成された生成物(S@T_exc)のチタニアシェルは
図6に示すように結晶化していることが判明した。その結晶子のサイズは見積もることができる程度には明確でない。しかしながら、それは10nm程度であるように見える。S@T_cのTEM像は類似した表面モルフォロジーを示す。興味深いことに、S@T_cはユニークなコア−シェル構造を示した。そこでは、シリカコア粒子がチタニアシェル壁から分離されていて、「卵黄−卵殻構造(yolk-shell structure)」として知られているベル状の構造を形成している。この構造が形成されることの可能な理由としては、シリカとチタニア間で熱膨張係数が相違していることである。チタニア−ステアリン酸複合体のTG−DTAカーブ(図示せず)から、チタニア−ステアリン酸複合体は250℃付近で激しい発熱反応を示すことがわかった。この強い発熱反応がシリカコアに大きな熱収縮を引き起こし、チタニアの分離をもたらすと考えられる。S@T_exの場合は大部分のステアリン酸は酸エタノール洗浄によって除去され、従って昇温率2.5℃/分で550℃で焼成しても、シリカとチタニアとの界面を剥離させるのに十分なエネルギーが供給されなかった。
図7に示す紫外−可視拡散反射スペクトルもまたアモルファスチタニアからアナターゼへの結晶相転移を示唆している。吸着スペクトルから導かれたバンドギャップエネルギーは約3.2eVであったが、これはアナターゼのバンドギャップエネルギーに相当する。550℃で焼成された生成物(S@T_exc)をさらに加熱して1000℃で1時間焼成した場合(S@T_excc)、アナターゼに帰着される回折が
図4に示すXRDパターン中に明確に見られたが、S@T_ccの場合には、アナターゼとルチルの両者に帰せられる回折が観察された。TEM像及び紫外−可視拡散反射スペクトルから導かれたバンドギャップエネルギー(3.05eV)もルチル構造を示した。ここでのコア−シェル粒子の単分散性は、
図8に示すように、1000℃での焼成の後でも維持された。
【0030】
溶媒抽出が結晶相転移に与える影響を調べるため、S@T(被覆後に溶媒抽出や焼成を行っていない試料)を直接焼成した。本願発明者はすでにチタニア−オクタデシルアミン(チタニア−ODA)複合球形粒子の熱転移について報告した(非特許文献5)。チタニア−ODA複合粒子はODAを除去せずに600℃で焼成した場合、ルチル結晶が成長した。本願でのチタニア−ステアリン酸コーティングシリカ−C16TA
+複合粒子では、
図5に示す通り、550℃で5時間の焼成により(S@T_c)、またそれに引き続いて1000℃で1時間の焼成によっても(S@T_cc)、アナターゼとルチルの両者が形成された。ルチル結晶は、チタニア−ODA複合粒子を、ODAを除去せずに600℃で焼成した場合に成長する。他方、溶媒抽出後に同じシーケンスで焼成した場合、アナターゼ層だけが形成された(S@T_exc及びS@T_excc)。チタニア−ステアリン酸複合粒子(また、チタニア−ODA複合粒子中のODA)のTG−DTAカーブにより、以前のパラグラフで説明したとおり、250〜550℃の温度範囲でステアリン酸が酸化分解することが示された。この強い発熱反応により、アモルファス状のチタニアシェル(内側のシリカも同じ)は広範囲に加熱されて、より高い温度で安定な結晶相であるルチルが形成される。前もって形成されていたルチル結晶子は1000℃で1時間の焼成の間でのルチルの成長を助けたかもしれないが、アナターゼ相も出現した。シリカとチタニアとの界面での相互作用はある役割を果たすと考えられる。それは、溶媒抽出された試料については1000℃で1時間の焼成の後でもアナターゼだけが存在するという事実があるからである。コーティングプロセスの間にチタニアはシリカに共有結合し、アナターゼからルチルへの結晶相転移は安定な界面結合によって妨害されたのである。したがって、焼成後のナノポーラスチタニアコーティングの結晶相はナノ構造中でのステアリン酸の存在によって定まる。いずれの場合でも、チタニアコーティングされたシリカ粒子は1000℃で1時間の焼成後でも依然としてナノポーラスであるが、コアのシリカ粒子は焼成により非ポーラスとなる。これは、本願のコア−シェル粒子はナノ構造が重要な役割を果たすいくつかの用途には依然として有用であることを示す。
【0031】
[各種のナノ構造のチタニアコーティングシリカ粒子のガス検出特性]
異なるナノ構造を有するチタニアコーティングシリカ粒子が得られたので、そのガス検出特性を調べた。これら粒子の各々をMSSの表面に塗布した。ここで、MSSの詳細構造等は前述の先行文献を参照されたい。S@Tを除く本願のコア−シェル粒子を、塗布を行うために濃度1g/Lで水中に分散した。一方、S@Tについてはその表面が疎水性であることから、代替の分散媒体としてIPAを使用した。試料液滴の量を精密に制御できるインクジェット装置を使用して、すべてのコア−シェル粒子をMSS表面に塗布した。粒子が塗布されたMSSチップを、ガス入出力を有するPTFEチャンバーに搭載して、封止してからガス検知テストに使用した。
【0032】
本願のコア−シェル粒子の応答特性を確認するため、以下の5種類の物質の測定を行った:水、エタノール、ヘキサン、ベンゼン、及び酢酸。
図9及び
図10に示す結果から判断すると、ブリッジ電圧を−0.5Vとしたとき、S@T_exc、S@T_excc、及びS@T_ccは他の化学物質よりも水に大きく応答した。この結果は妥当である。というのは、3つのコア−シェル粒子すべての表面は、酸エタノール洗浄及び/または焼成によってステアリン酸を完全に除去した後は親水性になったからである。これと対照的に、S@Tは別の傾向を示した。ヘキサン及びベンゼンに対しても比較的大きな応答が観測されたが、これは取り込まれたステアリン酸が疎水性の種への親和性をもたらすことを示している。S@T_exはベンゼン及びヘキサンだけでなく、エタノール及び酢酸に対しても非常に強く反応した。これは
図3に示すTG−DTA、また図示しないFT−IRからわかったように、少量のステアリン酸がまだシェルの内部に残留していて、両親媒性の表面となっていることによるものかもしれない。最も重要な点はS@T_cの応答特性である。この材料は酢酸に対してとりわけ大きな応答を示し、またすべての脱着プロセス(脱着は通常は窒素パージの後1秒以内に開始する)を初期化するために10秒またはそれ以上の追加の時間を要することを示した。このことは、この材料が酢酸に強い親和性を有することを示唆している。また、酢酸についての絶対応答強度は約4mVであるが、これは本願の試験中で最大であることにも注意しなければならない。MSSの表面はこの粒子によって完全に覆われているわけではないが、それでもこのように大きな値が得られることは全く驚くべきことである。その上、応答の波形はユニークである。吸着及び脱着のプロセスで2つのスパイク状のピークが観察された。この種の応答は他のコア−シェル粒子を使用した他のいずれの試験でも観察されたことがない。このことは、ベル状の構造がこのようなターゲット固有の検出性能に何らかの影響を与えていることを意味している。
【0033】
S@T_cについては、コアであるシリカとシェルであるチタニアとの間に、
図6に示すTEM像からわかるように隙間が空いている。このベル状構造はいわゆる卵黄−卵殻構造であって、本願のとりわけ酢酸に対する大きくてユニークな応答の主な理由の一つとなっているはずである。可能な理由を説明するため、ナノメカニカルセンサの動作メカニズム(非特許文献6、7)を考慮に入れる必要がある。簡単に言えば、MSS上に塗布された材料は膨張するか縮小して、測定可能な信号として検出されるべき表面応力を発生しなければならない。
図11の上側に示すところの卵黄−卵殻構造を持っていないコア−シェル粒子の場合は、そのような体積変化はポーラスチタニアシェル層内のみで引き起こされ、その結果、信号が比較的小さくなる。一方、S@T_cの場合には、
図11の下側に示すように、体積膨張はこの隙間に集積した検体によって増強される。コア粒子から分離されたシェルの一部分は一層柔軟になるので、これにより正味の体積膨張が更に増大し、より大きな表面応力を生成する。
【0034】
チタニア表面へのカルボン酸の吸着の詳細な機構はまだ明らかになっていないが、両者の高い親和性はよく知られており、またたとえば色素増感太陽電池などの様々な目的のために利用されてきた。上述した2つのスパイク状のピークの原因は高い親和性に由来するものであろう。脱着で現れるピークは隙間からの酢酸の突然の除去により引き起こされる。最初の10秒ないしそれ以上の間、多孔質シェル中に吸着していた酢酸が次第に脱着する。シェルからの脱着の後、内部に蓄積されていた酢酸がシェルの比較的小さなポアを通して隙間から噴き出す。突然の放出により、スパイクはこの瞬間に出現する。この現象は毛細管濃縮によるメソポーラス材料からのガス脱着にヒステリシスループが観察される理由と同様であると考えられる。吸着の際に現れるスパイクは内部への高速な吸着及び集積に起因するであろう。S@T_ccの場合には明白な卵黄−卵殻構造は認められなかったが、この粒子はそれでも何らかの隙間を有していると考えられる。というのは、S@T_ccの応答カーブは小さなスパイク状のピークを示したからである。本願の2つのスパイク状のピークを有するユニークな応答カーブは単一の検体、ここでは酢酸、に特異的である。応答カーブ中のこのような特徴部分は、どのような種類の分子を測定しているのかを同定するために有用である。本発明はコア−シェル構造の材料や処理条件を変えることにより、例えば他の長さのアルキル基を有する酢酸以外の各種のカルボン酸などの高感度検出にも使用することができる。
【0035】
<まとめ>
ステアリン酸の存在下でのTTIPの加水分解及び縮合重合反応により、シリカ−C16TA
+複合球形粒子上にチタニア−ステアリン酸コーティングを作製した。TTIPに対するコアシリカ粒子の量の効果を調べ、最適化された合成条件下で、35nm厚のチタニア−ステアリン酸層が形成されることを見出した。コア−シェル粒子は、コア部分のシリカのポアサイズが2nm、シェル部分である酸エタノール洗浄(溶媒抽出)されたチタニアでは3.5nmの階層的なナノポーラス酸化物粒子に変換された。550℃で5時間及び1000℃で1時間の2段階焼成後の溶媒抽出された試料のチタニアシェルはナノポーラスアナターゼになった。これと対照的に、チタニア−ステアリン酸コーティングされたが溶媒抽出されていない試料は同一条件の焼成によりアナターゼ及びルチルとなった。溶媒抽出せずに550℃で5時間焼成された試料は、内部のシリカコアはチタニアシェルから分離されて隙間を形成する卵黄−卵殻(yolk-shell)構造を有することに注意しなければならない。異なるナノ構造を有するここでの多様なコア−シェル粒子でMSSの表面を被覆し、多様なガスに対する被覆済みセンサの応答特性を調べた。その結果、卵黄−卵殻構造粒子は酢酸に対して高い感度と選択性とを示した。したがって、階層的なナノポーラスシリカ@制御された結晶相のナノポーラスチタニア粒子を成功裏に作製し、ナノ構造によりもたらされるユニークな検出特性を見出した。