特開2019-203496(P2019-203496A)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社豊田中央研究所の特許一覧 ▶ トヨタ自動車株式会社の特許一覧

<>
  • 特開2019203496-ハイブリッド車用内燃機関 図000005
  • 特開2019203496-ハイブリッド車用内燃機関 図000006
  • 特開2019203496-ハイブリッド車用内燃機関 図000007
  • 特開2019203496-ハイブリッド車用内燃機関 図000008
  • 特開2019203496-ハイブリッド車用内燃機関 図000009
  • 特開2019203496-ハイブリッド車用内燃機関 図000010
  • 特開2019203496-ハイブリッド車用内燃機関 図000011
  • 特開2019203496-ハイブリッド車用内燃機関 図000012
  • 特開2019203496-ハイブリッド車用内燃機関 図000013
  • 特開2019203496-ハイブリッド車用内燃機関 図000014
  • 特開2019203496-ハイブリッド車用内燃機関 図000015
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2019-203496(P2019-203496A)
(43)【公開日】2019年11月28日
(54)【発明の名称】ハイブリッド車用内燃機関
(51)【国際特許分類】
   F02F 1/00 20060101AFI20191101BHJP
   B60K 6/24 20071001ALI20191101BHJP
   C10M 135/18 20060101ALI20191101BHJP
   C10M 137/10 20060101ALI20191101BHJP
   F02F 3/10 20060101ALI20191101BHJP
   F16C 33/16 20060101ALI20191101BHJP
   C23C 14/06 20060101ALN20191101BHJP
   C10N 10/12 20060101ALN20191101BHJP
   C10N 30/06 20060101ALN20191101BHJP
   C10N 40/04 20060101ALN20191101BHJP
   C10N 40/08 20060101ALN20191101BHJP
   C10N 40/25 20060101ALN20191101BHJP
【FI】
   F02F1/00 G
   B60K6/24ZHV
   C10M135/18
   C10M137/10 A
   F02F3/10 B
   F16C33/16
   C23C14/06 N
   C10N10:12
   C10N30:06
   C10N40:04
   C10N40:08
   C10N40:25
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2019-55879(P2019-55879)
(22)【出願日】2019年3月25日
(31)【優先権主張番号】特願2018-94477(P2018-94477)
(32)【優先日】2018年5月16日
(33)【優先権主張国】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】堀田 滋
(72)【発明者】
【氏名】遠山 護
(72)【発明者】
【氏名】森 広行
(72)【発明者】
【氏名】奥山 勝
(72)【発明者】
【氏名】林 圭二
(72)【発明者】
【氏名】眞鍋 和幹
【テーマコード(参考)】
3D202
3G024
3J011
4H104
4K029
【Fターム(参考)】
3D202EE01
3G024AA24
3G024EA01
3G024FA07
3G024GA18
3G024HA08
3J011AA20
3J011DA01
3J011JA02
3J011MA02
3J011MA22
3J011RA03
3J011SE02
4H104BG10C
4H104BH07C
4H104FA06
4H104LA03
4H104PA02
4H104PA03
4H104PA05
4H104PA41
4K029AA02
4K029BA07
4K029BA34
4K029BB02
4K029BD04
4K029CA05
4K029CA06
4K029DC39
(57)【要約】
【課題】省燃費性能に優れたハイブリッド車用の内燃機関を提供する。
【解決手段】本発明は、相対移動し得る対向した摺動面を有する一対の摺動部材と、対向する摺動面間に介在する潤滑油とを備えたハイブリッド車に用いられる内燃機関である。摺動面の少なくとも一方は、炭素マトリックス中に炭化クロム粒子(CrC粒子)が分散したクロム炭素膜(Cr−C膜)で被覆された被覆面からなる。潤滑油は、モリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)またはモリブデンジチオフォスフェート(MoDTP)の少なくとも一方からなる油溶性モリブデン化合物を含む。Cr−C膜は、膜全体を100原子%としてCr:2〜39原子%を含む。本発明によれば、低油温域で運転されるハイブリッド車用内燃機関の摺動部の低摩擦化や高耐摩耗化を図ることができる。
【選択図】図2A
【特許請求の範囲】
【請求項1】
相対移動し得る対向した摺動面を有する一対の摺動部材と、
該対向する摺動面間に介在する潤滑油と、
を備えたハイブリッド車に用いられる内燃機関であって、
前記摺動面の少なくとも一方は、炭素マトリックス中に炭化クロム粒子(「CrC粒子」という。)が分散したクロム炭素膜(「Cr−C膜」という。)で被覆された被覆面からなり、
前記潤滑油は、モリブデンジチオカーバメイト(「MoDTC」という。)またはモリブデンジチオフォスフェート(「MoDTP」という。)の少なくとも一方からなる油溶性モリブデン化合物を含み、
前記Cr−C膜は、該膜全体を100原子%(単に「%」という。)としてCr:2〜39%を含む内燃機関。
【請求項2】
前記Cr−C膜は、さらに、Hを3〜30%含む請求項1に記載の内燃機関。
【請求項3】
前記CrC粒子は、粒径が2〜15nmであると共に前記Cr−C膜全体に対して占める面積率が4〜30%である請求項1または2に記載の内燃機関。
【請求項4】
前記潤滑油は、前記油溶性モリブデン化合物を、該潤滑油全体に対するMoの質量割合で100〜850ppm含む請求項1〜3のいずれかに記載の内燃機関。
【請求項5】
前記油溶性モリブデン化合物は、少なくともMoDTPを含む請求項1〜4のいずれかに記載の内燃機関。
【請求項6】
前記MoDTPは、前記潤滑油全体に対するMoの質量割合で350〜800ppm含まれる請求項5に記載の内燃機関。
【請求項7】
前記摺動面にMo-が生成されている請求項1〜6のいずれかに記載の内燃機関。
【請求項8】
前記ハイブリッド車は、車両の駆動源となる電動機を備える請求項1〜7のいずれかに記載の内燃機関。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハイブリッド車に用いられる内燃機関に関する。
【背景技術】
【0002】
環境意識の高揚により、内燃機関を備える車両には優れた省燃費性が要求される。内燃機関は、高速で摺動する部材が多いため、その省燃費化には摺動部における摩擦係数の低減が重要となる。低摩擦化を図るため、摺動面の表面改質(被膜)や潤滑油(エンジンオイル)の添加剤等に関する提案が数多くなされてきた。これらに関連する記載が、例えば下記の特許文献にある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2014−98184号公報
【特許文献2】特開2016−149881号公報
【特許文献3】特開2016−17174号公報
【特許文献4】特開2017−160899号公報
【特許文献5】特開2004−339486号公報(欧州特許EP1462508B1号公報)
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】遠山護、大森俊英 R&Dレビュー 32,4(1997)35-43 低摩擦ガソリンエンジン油 Mo-DTCおよびMo-DTPを添加した低粘度エンジン油によりエンジン摺動部の摩擦低減
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、現在、車両の駆動源は内燃機関から電動機に変化しつつある。しかし、電動機のみを駆動源とする(つまり内燃機関を搭載しない)完全な電気自動車は走行可能距離が不十分なこともあり、内燃機関と電動機を搭載するハイブリッド車が多用されているのが実情である。このため、省燃費化のためには、非ハイブリッド車の内燃機関よりもハイブリッド車の内燃機関の省燃費化を図ることが重要となってきた。
【0006】
非ハイブリッド車とハイブリッド車とでは、内燃機関の運転状況が大きく相違する。例えば、非ハイブリッド車の内燃機関は、潤滑油の温度(単に「油温」という。)が80〜100℃となる範囲で主に長時間運転される。しかし、ハイブリッド車の内燃機関は、油温が上昇し難く、30〜70℃という低油温域で運転される時間が長い。従って、ハイブリッド車の内燃機関の省燃費化を実現するためには、低油温域において各摺動部の低摩擦化を図ることが必要である。
【0007】
しかし、上述した各文献の提案はいずれも、高油温域(例えば80〜110℃)で運転される非ハイブリッド車の内燃機関を前提としたものであり、ハイブリッド車の内燃機関に特化したものではない。
【0008】
本発明はこのような事情に鑑みて為されたものであり、ハイブリッド車に搭載されて低油温域で運転される場合でも、摺動部における摩擦係数の低減や耐摩耗性の確保を図れる内燃機関を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究した結果、特定の被膜と、特定の油溶性モリブデン化合物を含有した潤滑油との新たな組合わせにより、摺動面間において、摩擦係数の低減と耐摩耗性の確保を両立できることを見出した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0010】
《内燃機関》
(1)本発明は、相対移動し得る対向した摺動面を有する一対の摺動部材と、該対向する摺動面間に介在する潤滑油と、を備えたハイブリッド車に用いられる内燃機関であって、
前記摺動面の少なくとも一方は、炭素マトリックス中に炭化クロム粒子(「CrC粒子」という。)が分散したクロム炭素膜(「Cr−C膜」という。)で被覆された被覆面からなり、前記潤滑油は、モリブデンジチオカーバメイト(「MoDTC」という。)またはモリブデンジチオフォスフェート(「MoDTP」という。)の少なくとも一方からなる油溶性モリブデン化合物を含み、前記Cr−C膜は、該膜全体を100原子%(単に「%」という。)としてCr:3〜39%を含む内燃機関である。
【0011】
(2)本発明の内燃機関によれば、Cr−C膜により被覆された摺動面と、特定の油溶性モリブデン化合物(MoDTCおよび/またはMoDTP)を含む潤滑油とを組合わせることにより、低油温域下の過酷な条件下(例えば、境界潤滑〜混合潤滑の条件下)でも、摺動面間における低摩擦化や高耐摩耗化が可能となる。従って、本発明の内燃機関を用いることにより、ハイブリッド車の省燃費化等がさらに向上し得る。
【0012】
なお、本発明の内燃機関がそのような優れた効果を発揮し得る理由は定かではない。現状では、Cr−C膜とMoDTPまたはMoDTPとの組み合わせにより、低油温域において、摺動特性(低せん断特性)に優れるMo化合物(例えば、Mo-、MoS2-等)が摺動面に生成されるためと考えられる。
【0013】
《その他》
(1)本発明に係るMoDTCはジアルキルジチオカルバミン酸モリブデンとも呼ばれ、MoDTPはジアルキルジチオリン酸モリブデンとも呼ばれる。参考までに、それらの化学構造を図7に示した。なお、図7中に示したRは、炭化水素基(特にアルキル基)である。一分子中における各Rは、それぞれ同じでも異なっていてもよい。通常、一分子中の各Rは、同炭素数のアルキル基(C=6〜18、好ましくはC=6〜12)からなる。
【0014】
(2)特に断らない限り本明細書でいう「x〜y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a〜b」のような範囲を新設し得る。また、特に断らない限り、本明細書でいう「x〜yppm」はxppm〜yppmを意味する。他の単位系(GPa、nm、%等)についても同様である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】試料2と試料3のCr−C膜に係るSTEM像とEDX像である。
図2A】各試料に係る摩擦係数を示す棒グラフである(油温:40℃)。
図2B】各試料に係る摩擦係数を示す棒グラフである(油温:80℃)。
図2C】試料2と試料C0に係る摩擦係数を示す棒グラフである(油温:40℃と80℃)。
図3A】各試料に係る摩耗深さを示す棒グラフである(油温:40℃)。
図3B】摩擦試験後の各試料の摺動面を観察した立体図である。
図4】摩擦試験後の各試料の摺動面をTOF―SIMSで分析して得られた二次イオン像である(油温:40℃)。
図5A】摩擦試験後の各試料の摺動面をTOF―SIMSで分析して得られた二次イオン像である(油温:40℃)。
図5B】摩擦試験後の各試料の摺動面をTOF―SIMSで分析して得られた二次イオン像である(油温:40℃)。
図6】潤滑油中のMo量(MoDTP)と試料2に係る摩擦係数の関係を示すグラフである(油温:40℃)。
図7】MoDTCとMoDTPの分子構造図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。本明細書で説明する内容は、本発明の内燃機関全体としてのみならず、それを構成する摺動部材や潤滑油にも該当し得る。製造方法に関する構成要素も物に関する構成要素ともなり得る。いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0017】
《Cr−C膜》
(1)構造
Cr−C膜は、CrC粒子が分散した炭素膜からなる。CrC粒子は、CrとCが原子比で1:1で結合したCrCに限らず、原子比でCrがCより多くてもよいし(Cr、Cr等)、逆にCrがCより少なくてもよい。また、各CrC粒子は、同一組成でなくてもよい。
【0018】
CrC粒子は、粒径が2〜15nm、3〜9nmさらには4〜6nmでもよい。CrC粒子の粒径は、Cr−C膜を(走査型)透過電子顕微鏡(TEMまたはSTEM)で観察して得られた観察像に基づいて任意に選んだ代表的な大きさの粒子10個の粒子について、測定した各サイズ(最大長)の相加平均値として求まる平均粒径である。
【0019】
またCrC粒子は、Cr−C膜全体に対して占める面積率が4〜30%、5〜20%さらには6〜10%でもよい。CrC粒子の面積率は、上述した観察像の画像解析により求まる各粒子の面積の総和(Σs)を観察域内の膜全体の総面積(S)で除して求まる(100×Σs/S)。CrC粒子の粒径または面積率が過小または過大になると、摩擦係数または摩耗深さが増加傾向となる。
【0020】
Cr−C膜を構成する炭素膜は、不活性で安定した状態であると好ましい。このような炭素膜として、例えば、非晶質炭素膜がある。炭素膜が非晶質であることは、例えば、TEMによる電子線回折像やX線回折像で、ブロードなハローパターンが得られることからわかる。
【0021】
(2)全体組成
Cr−C膜は、膜全体(100at%)に対してCrを2〜39%、3〜15%さらには4〜10%含むとよい。Cr−C膜は、さらに、Hを3〜30%、10〜27%さらに16〜24%含むとよい。このような組成のCr−C膜は、摩擦係数や摩耗深さが低減され易い。なお、Cr−C膜は、Cr、H、残部:Cと(不可避)不純物からなってもよいし、低摩擦化や高耐摩耗化に貢献し得る他の改質元素(例えばN、O等)を微量または少量(例えば1〜5%)含んでもよい。
【0022】
本明細書でいう膜の組成割合(%)は、特に断らない限り、原子%を意味する。膜中のHは、弾性反跳粒子検出法(ERDA)により定量される。その他の元素は、電子線マイクロアナライザー(EPMA)により定量される。
【0023】
(3)成膜
Cr−C膜の成膜は、その方法を問わないが、例えば、スパッタリング(SP)法(特にアンバランスドマグネトロンスパッタリング(UBMS)法、アークイオンプレーティング(AIP)法等の物理蒸着(PVD)法により可能である。
【0024】
SP法は、ターゲットを陰極側、被覆面を陽極側として電圧を印加し、グロー放電により生じた不活性ガス原子(Ar等)のイオンをターゲット表面に衝突させて、飛び出したターゲットの粒子(原子・分子)を被覆面に堆積させて成膜する方法である。ターゲットとして、金属クロムや炭化クロム等を用いることができる。放出されたCr等の原子(イオン)と導入した炭化水素ガス(Cガス等)との反応により、Cr−C膜が形成されてもよい。
【0025】
AIP法は、例えば、反応ガス(プロセスガス)中で、ターゲット(蒸発源)を陰極としてアーク放電を起こし、ターゲットから生じたイオンと反応ガス粒子を反応させて、バイアス電圧(負圧)を印加した被覆面に、緻密な膜を成膜する方法である。この場合も、金属クロムや炭化クロム等をターゲットとして用いることができる。また、炭化水素ガス(Cガス等)を反応ガスとして用いることもできる。
【0026】
《潤滑油》
本発明に係る潤滑油は、MoDTCおよび/またはMoDTPを含む限り、基油の種類や他の添加剤の有無等を問わない。通常、エンジンオイル等の潤滑油には、S、P、Zn、Ca、Mg、Ca、BaまたはCu等を含む種々の添加剤が含まれる。このような潤滑油中でも、MoDTCは、Cr−C膜で被覆された摺動面(被覆面)上に優先的に作用し、摩擦係数の低減に有効な硫化モリブデン化合物(Mo、MoS、Mo、Mo、Mo等の一種以上)を生成させると考えられる。一方、MoDTPは、Cr−C膜で被覆された摺動面上に、摩擦係数を高めるP系化合物と摩耗を促すMo系化合物とを殆ど生成しないことによって、低摩擦化や高耐摩耗化を両立させていると考えられる。なお、高耐摩耗化には、Cr−C膜が硬質(硬さが10〜30GPaさらには14〜28GPa)であることも相乗的に影響していると考えられる。
【0027】
MoDTCおよび/またはMoDTP(単に「Mo化合物」という。)が過少では効果が乏しいが、過多でも問題はない。但し、Moはレアメタルの一種であり、少ない方が好ましい。Mo化合物は、例えば、潤滑油全体に対するMoの質量割合で100〜850ppm、150〜800ppm、300〜700ppmさらには400〜600ppm含まれるとよい。MoDTPなら、潤滑油全体に対するMoの質量割合で350〜800ppm、400〜700ppmさらには450〜600ppm含まれてもよい。
【0028】
なお、潤滑油全体に対するX(元素)の質量割合をppmで表すときは「ppmX」と表記する。本発明に係る潤滑油は、MoDTC、MoDTP以外のMo系化合物(例えばMo三核体等)を含んでもよいが、その場合でも、Mo総量の上限値は、潤滑油全体に対して1000ppmMoさらには800ppmMoとするとよい。
【0029】
Cr−C膜との組み合せにおいて、MoDTCとMoDTPは共に、摺動部における低摩擦化と高耐摩耗化に有効であるが、敢えていうと、MoDTCは摩擦係数の低減に有効であり、MoDTPは摩耗深さの低減に有効である。ハイブリッド車またはその内燃機関の要求仕様に応じて、MoDTCとMoDTPの両方を潤滑油に配合(添加)してもよいし、MoDTCとMoDTPの一方だけを潤滑油に配合してもよい。
【0030】
Mo化合物以外の添加剤が、潤滑油全体に対するMoの質量割合で、例えば、Pなら200〜1500ppmPさらには500〜1200ppmP、Sなら500〜3500ppmSさらには800〜2700ppmS、Nなら200〜2000ppmNさらには600〜1700ppmNとなる範囲で含まれてもよい。このような添加剤として、含リン化合物(例えば、ジアルキルジチオリン酸亜鉛の他、亜リン酸エステル類、チオ亜リン酸エステル類、ジチオ亜リン酸エステル類、トリチ亜リン酸エステル類、リン酸エステル類、チオリン酸エステル類、ジチオリン酸エステル類、トリチオリン酸エステル類、これらのアミン塩、これらの金属塩、これらの誘導体などの摩耗防止剤等)、含硫黄化合物(例えば、ジアルキルジチオリン酸亜鉛の他、チオ亜リン酸エステル類、ジチオ亜リン酸エステル類、トリチ亜リン酸エステル類、チオリン酸エステル類、ジチオリン酸エステル類、トリチオリン酸エステル類、これらのアミン塩、これらの金属塩、これらの誘導体、ジチオカーバメート、亜鉛ジチオカーバメート、ジサルファイド類、ポリサルファイド類、硫化オレフィン類、硫化油脂類などの摩耗防止剤、さらにはアルカリ金属スルホネート又はアルカリ土類金属スルホネート、アルカリ金属フェネート又はアルカリ土類金属フェネートなどの金属清浄剤等)、含窒素化合物(例えば、上述した各リン化合物のアミン塩、ジチオカーバメート、亜鉛ジチオカーバメートの他、炭素数6〜30のアルキル基またはアルケニル基を分子中に少なくとも1個有する、アミン化合物、脂肪酸アミドなどの無灰摩擦調整剤、さらにはアルケニル基を分子中に少なくとも1個有するコハク酸イミドやそのホウ素変性体等の無灰分散剤、アルキル化ジフェニルアミン、フェニル−α−ナフチルアミン、アルキル化−α−ナフチルアミンなどのアミン系酸化防止剤等)がある。
【0031】
《摺動部材》
内燃機関を構成する摺動部材は、例えば、シリンダ(ライナー)、ピストン(特にピストンスカート)、ピストンリング、ピストンピン、ロータ、ロータハウジング、カム、バルブ、バルブガイド、バルブリフタ、フォロワ、シム、クランクシャフト、カムまたはカムシャフト、ポンプ、各種軸受(メタル)等である。
【0032】
《ハイブリッド車》
ハイブリッド車は、低油温域(例えば30〜80℃さらには40〜70℃)における内燃機関の運転時間が長くなるものであれば、その形式を問わない。例えば、電動機のみを車両の駆動源とし発電のみに内燃機関を使用するシリーズ方式(直列方式)、内燃機関と電動機の両方を車両の駆動源とするパラレル方式(並列方式)またはスプリット方式(動力分割方式)等のいずれでもよい。また、シリーズ方式は、内燃機関による発電が補助的に行われる方式(レンジエクステンダー)でもよい。
【0033】
さらに、ハイブリッド車は、電動機のみで自走可能なもの(内燃機関を備えた電動化車両/例えばプラグインハイブリッド車等のフルハイブリッド車)でも、電動機(オルタネーター等)を内燃機関の駆動補助として用いるだけのもの(マイルドハイブリッド車)でもよい。但し、本発明に係るハイブリッド車は、短時間でも電動機が単独で車両を駆動できるフルハイブリッド車であると好ましい。駆動源である電動機による駆動時間が長いほど、内燃機関の低油温域における運転時間も長くなるからである。
【0034】
《その他》
本発明は、Cr−C膜と特定のMo化合物(MoDTC・MoDTP)の組み合わせにより、低油温域で優れた摺動特性が得られることに基づいて完成された。この観点からすると、本発明はハイブリッド車専用の内燃機関に留まらず、低油温域で作動する変速機(自動変速機または手動変速機)等、内燃機関以外の各種駆動系機械(ユニット・システム)にも拡張できる。その際、エンジン油の他、ギヤ油または作動油(ATF、CVTF等)を潤滑油として用いることができる。なお、高荷重が作用する駆動系ユニットでは、高耐摩耗化による信頼性や耐久性の確保が特に重要である。この場合、Cr−C膜で被覆された摺動面を有する摺動部材とMoDTPを含む潤滑油との組み合わせが特に好ましい。
【実施例】
【0035】
《概要》
複数の試料(摺動部材)と複数の潤滑油を用意し、それらを種々組合わせて、多数の摺動試験(ブロックオンリング摩擦試験)を行った。このような具体例に基づいて本発明をより詳細に説明する。
【0036】
《試料の製作》
(1)基材
焼入れ処理した鋼材(JIS SUS440C)からなるブロック状(6.3mm×15.7mm×10.1mm)の基材を複数用意した。各基材の表面(被覆面)は鏡面仕上げして表面粗さRa:0.08μmとした。ちなみに、鋼材(SUS440C)はC:0.95〜1.2質量%、Cr:16〜18質量%、残部:Feおよび不純物からなる。
【0037】
成膜せずに浸炭処理した鋼材(JIS SCM420)からなる比較試料(表1の試料C0)も用意した。その浸炭面(硬さHV700)も同様な表面粗さに鏡面仕上げした。
【0038】
(2)成膜
上述した基材(SUS440C)の被覆面に、アンバランスドマグネトロンスパッタリング装置を用いて成膜した。具体的にいうと、チャンバー内を予備排気した後、純CrターゲットをArガスでスパッタリングし、基材表面にCr中間層(厚さ約0.5μm)を形成した。これに続けて、Cガスをさらに装置内へ導入して成膜(Cr−C膜の合成)を行った。この際、基材表面とターゲット表面の距離(100〜800mm)と、Arガスに対するCガスのガス流量比(体積比率:2〜30%)を調整して、膜中のCr組成を調整した。こうして表1に示す試料1〜4を得た。
【0039】
また、特開2004−115826号公報等に記載されているアークイオンプレーティング法(カソードアーク法)により、HフリーDLC膜(非晶質炭素膜)を基材表面に成膜した。こうして表1に示す試料C1を得た。
【0040】
試料1〜4はいずれも膜厚:2μm、試料C1は膜厚:1μmであった。試料1〜4およびC1は、いずれも表面粗さRa:0.01〜0.02μmであった。膜厚はCMS社製Calotestで測定した。表面粗さは後述の非接触表面形状測定機で測定した。
【0041】
《膜測定》
(1)膜組成
膜組成は次のように測定した。Hは、ラザフォード後方散乱分析装置(National Electrostatics Corporation製 Pelletron 3SDH)を用いてERDA法により定量した。具体的には、2MeVのヘリウムイオンビームを膜表面に照射して、その膜からはじき出される水素を半導体検出器により検出して水素濃度を測定した。Crは、EPMA(日本電子社製JXA−8200)により特定した。こうして得られた各膜組成を表1に示した。
【0042】
(2)膜構造
試料2および試料3に係る膜を走査型透過電子顕微鏡(STEM) とエネルギー分散型X線分析装置(EDX)を用いて、観察・分析した。膜表面について得られたSTEM像とEDX像を図1に併せて示した。STEM像として、明視野(BF)像と環状暗視野(ADF)像の両方を示した。EDX像はCとCrについて示した。
【0043】
STEM−BF像に基づく画像解析(画像処理ソフト:JTrim)により、各像に現れた粒状物(CrC粒子)の粒径(面積相当径の平均値)と、観察域に対して粒状物が占める総面積の割合(面積率)を算出した。その結果を表1に併せて示した。
【0044】
また、STEMを用いて、試料2の粒状物以外の部分(マトリックス)について、膜厚方向の断面中央部へ電子線を照射したところ、ブロードなハローパターンの電子線回折像を得た。このことから、マトリックスはアモルファス構造であることが確認された。
【0045】
(3)膜硬さ、表面粗さ
膜硬さは、ナノインデンター試験機(TRIBOSCOP,HYSITRON社製)で測定した。得られた結果を表1に併せて示した。
【0046】
表面粗さは、白色干渉法非接触表面形状測定機(Zygo社製NewView5022)により測定した。
【0047】
《潤滑油》
(1)調製
表2に示すように、炭化水素系ベースオイル(SK lubricants社製YUBASE 8)からなる基油(潤滑油N)に、各添加剤を所定割合(質量%)で配合し、60℃×30分間の加熱撹拌することにより、各潤滑油(潤滑油A、B1〜B3)を調製した。ここで用いたセカンダリーアルキルタイプのZnDTP(摩耗防止剤/酸化防止剤、Lubrizol社製1371)、塩基価が300mgKOH/gの過塩基性カルシウムスルホネート(金属清浄剤 Lubrizol社製6477C)およびポリブテニルコハク酸イミド(無杯分散剤、Lubrizol社製6412)は、いずれも市販エンジン油に一般的に配合されている代表的な添加剤である。これらの配合量は、いずれの潤滑油でも同じにした。
【0048】
また、表2に示すように、MoDTCまたはMoDTPを含む添加剤は、潤滑油全体に対するMo含有量が100、300または500ppmMo相当となるように配合した。MoDTC含有添加剤は株式会社ADEKA製S−165(SAKURA-LUBE 165)、MoDTP含有添加剤は株式会社ADEKA製S−300(SAKURA-LUBE 300)を用いた。
【0049】
(2)組成
調製した各潤滑油の組成は表2に併せて示した。潤滑油の組成は、各種添加剤の代表組成情報とそれらの配合量割合から計算した。
【0050】
《摺動試験》
(1)摩擦係数
ブロックオンリング摩擦試験(単に「摩擦試験」という。)を行い、各潤滑油下における各試料(供試材)の摺動面における摩擦係数(μ)をそれぞれ測定した。この際、各試料の供試材(摺動面幅6.3mm)をブロック試験片とし、浸炭鋼材(AISI4620)から成るFALEX社製S−10標準試験片(硬さHV800、表面粗さ1.7〜2.0μmRzjis)をリング試験片(外径φ35mm、幅8.8mmの)とした。
【0051】
また、試験荷重:133N(ヘルツ面圧:210MPa)、すべり(摺動)速度:0.3m/s、油温:40℃(一定)または80℃(一定)、試験時間:30分間とした。摩擦係数は、摩擦試験終了直前の1分間に測定したμの平均値とした。こうして得られた各試料に係る摩擦係数を対比して、図2A(MoDTC、MoDTP/油温:40℃)、図2B(MoDTC/油温:80℃)および図2C(MoDTP/油温:40℃、80℃)に示した。これらを併せて単に「図2」という。なお、特に断らない限り、摩擦試験には、MoDTCまたはMoDTPが500ppmMo相当含まれた潤滑油(表2の潤滑油A、B1)を用いた。
【0052】
さらに、試料2について、MoDTPの配合量(0〜500ppmMo)を変えた各潤滑油(表2の潤滑油B1〜B3、N)を用いて同様な摩擦試験を行った。これにより得られたMoDTP量(Mo相当量)による摩擦係数の変化を図6に示した。
【0053】
(2)摩耗深さ
摩擦試験後の各摺動面に形成された摩耗痕(摩耗深さ)を、既述した非接触表面形状測定機を用いて、表面粗さと同様に測定した。摩耗深さは、摩耗痕の最大深さにより特定した。こうして得られた各摩耗深さを対比して図3A(MoDTC、MoDTP/油温:40℃)に示した。それらの一部の試料について、摩耗痕の様子を図3Bに示した。両図を併せて単に「図3」という。
【0054】
(3)摺動面の分析
摩擦試験後の各摺動面を、飛行時間型2次イオン質量分析装置(TOF−SIMS/Ion-Tof社製)を用いて分析した。この際、1次イオンとして30keVのBi+ビームを用いて、領域100μm×100μmで高分解能スペクトル測定を実施した。摩擦試験後の一部の試料について得られた代表的な元素の二次イオン像を図4(潤滑油A:MoDTC/油温:40℃)と、図5A図5B(潤滑油B1:MoDTP/油温:40℃)とに示した。なお、図5A図5Bを併せて単に「図5」という。
【0055】
《評価》
(1)膜特性(Cr−C膜)
図1から明らかなように、ADF像で観られる白い斑点は原子番号が大きいものを示しており、EDX像に観られるCrを示す斑点とほぼ対応している。この事実と、STEMによる電子回折結果とを併せて考えると、その斑点部分は炭化クロム(CrC)であるといえる。従って、試料2〜4に係る膜は、微細なCrC粒子が均一的に分散した炭素膜であることがわかった。なお、Cr含有量の少ない試料1では、CrC粒子は観察されなかった。
【0056】
表1から明らかなように、CrC粒子は、Cr量の増加に伴い、粒径と面積率が増加する傾向となった。また、試料2〜4の膜硬さは、HフリーDLC膜よりも小さいが、鋼材よりも遙かに硬いものであった。
【0057】
(2)摩擦係数
図2Aから明らかなように、MoDTCまたはMoDTPを含む潤滑油A、B1を用いて、油温を40℃としたとき、試料C0、C1の摩擦係数は0.06以上となった。これに対して、試料1〜4の摩擦係数は、同条件下でもかなり低くなった。特に、Crを2%以上さらには3%以上含む試料2〜4は摩擦係数が0.03〜0.04となり、十分に摩擦係数を低減できることがわかった。また、その傾向は、MoDTCとMoDTPのいずれの添加剤を用いたときもほぼ同様であった。
【0058】
図2Bから明らかなように、MoDTCを含む潤滑油Aを用いて油温を80℃としたときでも、やはり、試料2と試料3は摩擦係数は0.025〜0.03となり、十分に小さくなった。試料C0の摩擦係数は油温の上昇により0.04程度まで低下したが、試料C1の摩擦係数は油温の高低に拘わらず、高いままであった。
【0059】
図2Cから明らかなように、MoDTPを含む潤滑油B1を用いた場合、試料C0の摩擦係数は、油温が高くなれば低下するものの、油温が低いときはかなり高かった。一方、試料2では、その潤滑油の油温が高いときは勿論、油温が低いときでも、摩擦係数が安定して低くなった。つまり、MoDTPは、一般的に摩擦係数が上昇し易い低温下でも、Cr−C膜との相乗作用により、十分な低摩擦特性を発揮することがわかった。
【0060】
(3)耐摩耗性(摩耗深さ)
図3Aから明らかなように、潤滑油A、B1を用いて、油温を40℃としたとき、試料C0の摩耗深さは0.9μm以上となり非常に大きくなった。このことは図3Bからも明らかである。
【0061】
これに対して、試料1〜4の摩耗深さは、同条件下でも小さくなった。MoDTCを含む潤滑油Aを用いた場合、Crが多い試料2〜4では、摩耗深さが相応に小さくなった。これらのことも図3Bからも明らかである。
【0062】
特に、MoDTPを含む潤滑油B1を用いた場合、試料1〜4は、摩耗深さが硬質な試料C1の摩耗深さと同程度となり、殆ど摩耗しなかった(潤滑油Aを用いたときの1/10以下)。つまり、MoDTPとCr−C膜は、それらが相乗的に作用して、低温下でも、低摩擦特性のみならず、優れた高耐摩耗性も発揮することがわかった。この傾向は、Crが比較的少ない(10at%以下)である試料1、2で顕著であった。
【0063】
(4)摺動面
図4および図5から次のことがわかる。なお、図中の明い部位ほど、各イオンを含む化合物の吸着・反応量が多いことを意味している。また、各図にしめした( )内の数値は、最大イオンカウント数によるカラーイメージのフルスケール値である。
【0064】
図4から明らかなように、潤滑油A(40℃)を用いた摩擦試験後の各摺動面における各物質の吸着状況は様々であった。試料2の摺動面には、MoS-以外に、Mo三核体を含まないにもかかわらずMo-が比較的多く吸着していった。その吸着量は、MoDTCを添加せずにMo三核体を添加した場合よりも多かった。一方、試料C0、試料C1では、MoS-の吸着が多いが、Mo-の吸着は殆ど吸着していなかった。
【0065】
また、試料C1の摺動面にはCa+やFe+が、試料C0の摺動面にはCa+やZn+がそれぞれ吸着していた。一方、試料2の摺動面にはCa+、Zn+、Fe+は殆ど吸着していなかった。なお、Fe+は相手材からの移着と考えられる。
【0066】
図5から次のことがわかる。なお、図中に示したS-は硫黄元素を含有するカルシウムスルホネート、ZnDTP、MoDTPまたはMoDTCのいずれか1種以上に主に由来し、P系化合物イオンおよびZn+はZnDTPに主に由来し、Ca+はオイル添加剤であるカルシウムスルホネートに主に由来し、Fe+は相手材(移着物)に主に由来していると考えられる。
【0067】
MoDTPを含む潤滑油B1(油温:40℃)を用いた場合、低摩擦特性を示した試料1、2の摺動面は、試料C1の摺動面と比較すると明らかなように、Fe+、Zn+、Mo+、S-、P系化合物イオン(PO-、PSO-)、Mo系化合物イオン(MoO-、MoS-、Mo-)等の吸着が少なかった。この傾向は、潤滑油B1(油温:40℃)の下で、摩擦係数がより小さかった試料2の方が顕著であった。
【0068】
また、試料2の摺動面でも、潤滑油B1(MoDTP)を用いた場合の方が、潤滑油A(MoDTC)を用いた場合よりも、Mo+、S-、P系化合物イオン、Mo系化合物イオン等の吸着が少なかった。
【0069】
逆に、Ca+は、潤滑油B1(MoDTP)を用いた場合の方が、潤滑油A(MoDTC)を用いた場合よりも多かった。この傾向は、潤滑油B1(油温:40℃)の下で、摩擦係数がより小さかった試料2の方が顕著であった。
【0070】
これらのことから、MoDTPとCr−C膜は、少なくとも低温域において反応性が低く、そのことが低摩擦化や高耐摩耗化に影響していると考えられる。また、MoDTPを含む潤滑油下でCr−C膜上に、Ca系反応膜が生成されることも、低摩擦化や高耐摩耗化に影響していると考えられる。これらは、従来の知見と異なり、新たな機構による摺動または摺動面の生成が生じていると推察される。
【0071】
(5)Mo相当量
図6から明らかなように、潤滑油に含まれるMoDTPが増加するにつれて、試料2の摩擦係数が低下することがわかる。特に、潤滑油中のMoDTP量が300ppmMo以上、400ppmMo以上さらには500ppmMo以上になると、摩擦係数が顕著に低減することがわかった。
【0072】
(6)考察
以上のことから、CrC粒子が分散した炭素膜(Cr−C膜)とMoDTCまたはMoDTPを含む潤滑油との組合わせにより、優れた摺動特性(低摩擦化と高耐摩耗化)が得られることが確認された。その理由は次のように考察される。
【0073】
Cr−C膜は、MoDTCを含有した潤滑油の存在下において、微細に分散したCrC粒子の作用により、摺動面上に、硫化モリブデン化合物を多く吸着するようになる。この硫化モリブデン化合物は層状構造で低せん断特性を示す結果、摩擦係数や摩耗深さが大幅に低減するに至ったと推察される。
【0074】
特に本実施例の場合、摺動面に吸着される硫化モリブデン化合物として、添加剤には本来含まれていないMo-が、MoS-と同等以上に多く摺動面に生成された点が大きく従来と異なっていた。詳細なメカニズムは不明であるが、その点が優れた摺動特性の発現要因の一つと考えられる。
【0075】
一方、Cr−C膜は、MoDTPを含有した潤滑油の存在下(特に低温域下)において、反応性が低く、低摩擦化に有効といわれているMo系化合物等を摺動面上に殆ど生成しない。この場合、詳細なメカニズムは不明であるが、従来と異なる作用により、低摩擦化と高耐摩耗化の両立が実現されていると推察される。
【0076】
【表1】
【0077】
【表2】
図1
図2A
図2B
図2C
図3A
図3B
図4
図5A
図5B
図6
図7