【課題】実際の産業(医療現場)利用に適したClostridium difficileの菌株識別法を提供すること、およびそれに用いるプライマーセットを提供すること。
【解決手段】Clostridium difficileの染色体上の、(1)genomic isletを構成するORFおよび(2)genomic island中に存在するhyper variableなORFを構成するORFの有無を任意の順で検出し、これらORFの有無の組み合わせによるClostridium difficileの菌株識別のための方法。
前記(1)のgenomic isletを構成するORFがCD196_0620、CD630_36250、CD196_1458、CD630_33700、CD196_1802、CD630_25270、CD630_06080、CD630_31360、配列番号1、CD196_2957、CD196_0710および配列番号2からなる群より選ばれる少なくとも1種の遺伝子であり、前記(2)のgenomic island中に存在するhyper variableなORFがCD196_0825、CD630_09400、CD630_09720、CD630_09290、CD196_1456、CD630_09360、CD630_09380、CD196_2048、CD630_09120、配列番号3、CD630_09270、CD630_09310、CD196_1456およびCD196_1096からなる群より選ばれる少なくとも1種の遺伝子である請求項1に記載のClostridium difficileの菌株識別のための方法。
前記(1)のORFにおけるgenomic islandがCD196_0620、CD630_36250、CD196_1458、CD630_33700、CD196_1802、CD630_25270、CD630_06080、CD630_31360、配列番号1、CD196_2957、CD196_0710および配列番号2からなる群より選ばれる少なくとも4種の遺伝子であり、前記(2)のgenomic island中に存在するhyper variableなORFがCD196_0825、CD630_09400、CD630_09720、CD630_09290、CD196_1456、CD630_09360、CD630_09380、CD196_2048、CD630_09120、配列番号3、CD630_09270、CD630_09310、CD196_1456およびCD196_1096からなる群より選ばれる少なくとも4種の遺伝子である請求項1に記載のClostridium difficileの菌株識別のための方法。
前記(1)のORFにおけるgenomic islandがCD196_0620、CD630_36250、CD196_1458、CD630_33700、CD196_1802、CD630_25270、CD630_06080、CD630_31360、配列番号1およびCD196_2957からなる10種の遺伝子であり、前記(2)のgenomic island中に存在するhyper variableなORFがCD196_0825、CD630_09400、CD630_09720、CD630_09290、CD196_1456およびCD630_09360からなる6種の遺伝子である請求項1に記載のClostridium difficileの菌株識別のための方法。
配列表の配列番号4と5、配列番号6と7、配列番号8と9、配列番号10と11、配列番号12と13、配列番号14と15、配列番号16と17、配列番号18と19、配列番号20と21、配列番号22と23に示された10組の塩基配列の組み合わせ(但し、上記塩基配列は、2塩基以下の塩基の付加、置換、欠失及び/又は挿入を有していてもよい)からなる10組のプライマーを用いて、PCR法により前記(1)のORFの検出を行い、配列番号24と25、配列番号26と27、配列番号28と29、配列番号30と31、配列番号32と33、配列番号34と35に示された6組の塩基配列の組み合わせ(但し、上記塩基配列は、2塩基以下の塩基の付加、置換、欠失及び/又は挿入を有していてもよい)からなる6組のプライマーを用いて、PCR法により前記(1)および(2)のORFの検出を行う、請求項2から4の何れか1項に記載のClostridium difficileの菌株識別のための方法。
前記(1)及び(2)のORF有無の検出結果を、それぞれ1(有)と0(無)に置き換えて2進法コード化する、請求項1〜7の何れか1項に記載のClostridium difficileの菌株識別のための方法。
配列表の配列番号4と5、配列番号6と7、配列番号8と9、配列番号10と11、配列番号12と13、配列番号14と15、配列番号16と17、配列番号18と19、配列番号20と21、配列番号22と23に示された10組の塩基配列の組み合わせ(但し、上記塩基配列は、2塩基以下の塩基の付加、置換、欠失及び/又は挿入を有していてもよい)からなる10組のプライマーと、配列番号24と25、配列番号26と27、配列番号28と29、配列番号30と31、配列番号32と33、配列番号34と35に示された6組の塩基配列の組み合わせ(但し、上記塩基配列は、2塩基以下の塩基の付加、置換、欠失及び/又は挿入を有していてもよい)からなる6組のプライマーを含むClostridium difficileの菌株識別のためのプライマーセット。
上記塩基配列が、塩基の付加、置換、欠失及び/又は挿入を有していない、請求項10に記載のClostridium difficileの菌株識別のためのプライマーセット。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明について具体的に説明する。
本発明に係るClostridium difficileは菌株識別のための方法は、Clostridium difficileの染色体上の、(1)genomic isletを構成するORF、および(2)染色体上のgenomic island中に存在するhyper variableなORFの有無を任意の順で検出し、これらORFの有無の組み合わせにより遺伝子型別分類を行うステップを含む、これら2種類の由来の異なるORFの保有の有無の組み合わせにより遺伝子型別分類を行うステップを有することを特徴としている。以下、これらのORFについて説明する。
【0023】
[(1)genomic isletを構成するORF]
(Clostridium difficileの遺伝的特徴)
Clostridium difficileの遺伝的バックグラウンドを系統的に分類する方法として、PCR-ribotypingやmultilocus sequence typing(MLST)解析が利用されている。
【0024】
MLST解析では7カ所のハウスキーピング遺伝子(adk, atpA, dxr, glyA, recA, soda, tpi)の塩基配列を決定し、sequence type (ST)を決めることでクローンの同定を行う。また近縁なSTの集団を集めたclonal complex (CC)としてクローンを同定することもある。なお、ST型またはCCを推定するにはgenomic isletの保有パターンを検出することが有効であることが黄色ブドウ球菌、緑膿菌、アシネトバクター属菌および大腸菌では示されていたが、Clostridium difficileでも同様の手法が有効であるか否かはこれまでは不明であった。
【0025】
Clostridium difficileにはさまざまな遺伝的バックグラウンドを持つものが存在する。実際の野生株における遺伝的バックグラウンドの調査結果(種々のORFの検出結果を含む)は文献として個々の研究施設における断片的な情報として利用できるが、それのみでは、最低限のORFを検出することによりClostridium difficileの菌株識別法を開発するには十分でない。
【0026】
そこで本発明者は、臨床分離されたClostridium difficileを収集しMLST解析を行い、それらの遺伝的バックグラウンドの調査を行った。その結果、日本で臨床分離されるClostridium difficileには多様なST型に分類される株が存在することが判明し、流行クローン同定のためにはST型を識別できる程度の菌株識別能を実現する必要がある。
【0027】
(genomic isletを構成するORF)
前記のST型を区別するためには、Clostridium difficileにおいてもgenomic isletを構成するORFを検出することが有用であることがわかった(下記表1参照)。genomic isletとは、細菌のゲノム同士を比較した場合に、5kbp程度、またはそれ以下の大きさで配列が異なる部分を言い、これはゲノム全体に散在しており、個体の生存確率に影響せず、進化の過程で取り残されたものと考えられる。
【0028】
臨床分離株におけるgenomic islet保有状況を調査した結果を表1に示す。
【表1】
【0029】
表1は臨床分離株のST型およびPCR-ribotyping型と(1)genomic isletを構成するORFの関係を調査した結果である。表1からわかるように、Clostridium difficileのST型またはPCR-ribotyping型の異なる株ではgenomic islet (CD196_0620〜配列番号2)の保有パターンが異なっている。
【0030】
Clostridium difficileにおいては多様なクローンが臨床分離されることが示されており、集団感染の解析においては、主にgenomic islet検出によるタイピングによって菌株識別能が得られる。
【0031】
なお、たとえばCD196_0620は、GenBankにおいて公開されているCD196株の620番目の遺伝子である、ということを意味するが、この遺伝子はCD196株のみにしか存在しないわけではなく、例えば菌株番号3においても検出され、それから派生した菌株や、それとは異なる系統のClostridium difficileにおいても存在する可能性がある。
【0032】
なお、遺伝子CD196_0620は、配列表の配列番号4(フォワード)および5(リバース)のプライマーを使用することで、PCRにより検出可能であり、
遺伝子CD630_36250は、配列表の配列番号6(フォワード)および7(フォワード)のプライマーを使用することで、PCRにより検出可能であり、
遺伝子CD196_1458は、配列表の配列番号8(フォワード)および9(リバース)のプライマーを使用することで、PCRにより検出可能であり、
遺伝子CD630_33700は、配列表の配列番号10(フォワード)および11(リバース)のプライマーを使用することで、PCRにより検出可能であり、
遺伝子CD196_1802は、配列表の配列番号12(フォワード)および13(リバース)のプライマーを使用することで、PCRにより検出可能であり、
遺伝子CD630_25270は、配列表の配列番号14(フォワード)および15(リバース)のプライマーを使用することで、PCRにより検出可能であり、
遺伝子CD630_06080は、配列表の配列番号16(フォワード)および17(リバース)のプライマーを使用することで、PCRにより検出可能である。
【0033】
遺伝子CD630_31360は、配列表の配列番号18(フォワード)および19(リバース)のプライマーを使用することで、PCRにより検出可能であり、
遺伝子配列番号1は、配列表の配列番号20(フォワード)および21(リバース)のプライマーを使用することで、PCRにより検出可能であり、
遺伝子CD196_2957は、配列表の配列番号22(フォワード)および23(リバース)のプライマーを使用することで、PCRにより検出可能であり、
遺伝子CD196_0710は、配列表の配列番号36(フォワード)および37(リバース)のプライマーを使用することで、PCRにより検出可能であり、
遺伝子配列番号2は、配列表の配列番号38(フォワード)および39(リバース)のプライマーを使用することで、PCRにより検出可能である。
上記ORFを検出することで、容易にST型の区別ができる。
【0034】
またこれらを、後述するPCRおよび電気泳動を利用して検出した場合には、DNAが増幅しやすく、またエクストラバンドが現れにくい。
【0035】
以上では、PCR法によりgenomic isletのORF(1)を検出することを主に説明してきたが、genomic isletのORF(1)はその他の方法によっても検出可能であり、たとえばハイブリダイゼーションによって検出可能である。
【0036】
[(2)genomic islandを構成するORF]
Clostridium difficileの中には、比較的分離頻度の高いクローンが存在することが知られている。分離頻度の高いクローンは関連性の見いだされない事例間においても分離されることがしばしばあるため、クローン識別より高い識別能力が必要な菌株識別法が必要となる。
【0037】
近年ゲノムの解読が進み、Clostridium difficileには5〜100個の外来遺伝子からなる遺伝子クラスターが見いだされる。このクラスターをgenomic islandという。genomic islandには溶原ファージや病原アイランド、耐性アイランドに加え機能が不明なものが含まれる。個々のgenomic islandはおよそ5kbp程度、またはそれ以上の大きさで、5〜100個のORFから構成されている。genomic islandにはモザイク状にORFが組み合わされ、genomic island内のORFの構成に多様性が見られる場合と、株が異なってもORF構成がほとんど同じで多様性が見られない場合がある。
【0038】
しかし、Clostridium difficileにはさまざまな株が存在する。実際の野生株における遺伝子型の調査結果(種々のORFの検出結果を含む)は文献あるいはゲノム塩基配列データベースとして個々の断片的な情報として利用できるが、それのみでは最低限のORFを検出することによるClostridium difficileの菌株同定法を開発するには十分でない。
【0039】
そこで本発明者はGenBankのClostridium difficileについての公開遺伝子情報および臨床分離株のドラフトゲノムデータを利用し、多くのgenomic islandのORFを検出するためのプライマーを設計し、多様な遺伝的バックグラウンドを持つClostridium difficileについて、それらの保有するgenomic island遺伝子のORFの構成について検討した。
【0040】
ゲノムデータベース登録株における全ゲノムデータの精査、および臨床分離株によるORF保有確認実験を繰り返した結果、genomic island遺伝子のORFをいくつか組み合わせて検出することが、Clostridium difficileの菌株識別に有効であることが明らかとなった。
【0041】
その結果CD196_0825、CD630_09400、CD630_09720、CD630_09290、CD196_1456、CD630_09360を検出の対象とすると、Clostridium difficileの菌株を高精度で分類することができることを本発明者は見出した(下記表2参照)。上記のORFを検出することによって、比較的分離頻度の高いクローンにおいて高い菌株識別能力が得られる。これらのgenomic islandを構成するORFをすべて検出することで最大の菌株識別能力を実現する。
【0042】
なお、たとえば前記CD196_0825は、GenBankにおいて公開されているCD196株の825番目の遺伝子ということを意味するが、この遺伝子はそれぞれCD196株のみにしか存在しないわけではなく、例えばCD196_0825は菌株番号1においても見いだされるなど、菌株によって保有している場合と、保有していない場合がある。
【0043】
なお、genomic islandは複数のORFから構成されるが、Clostridium difficileではgenomic islandするORFのうち、限られたものだけが菌株間において保有状態に十分な差が見られる傾向が、臨床分離株を利用した実験から明らかになった。これを染色体上のgenomic island中に存在するhyper variableなORFとした。hyper variableなORFの中から、そのサイズやプライマーの作りやすさ、増幅のしやすさについて、臨床分離株を用いて検討し、決定した。
【0044】
臨床分離株におけるgenomic island保有状況を調査した結果を表2に示す。臨床分離株においても菌株に特異的なORF保有パターンとなった。
【0046】
なお、遺伝子CD196_0825は、配列表の配列番号24(フォワード)および25(リバース)のプライマーを使用することで、PCRにより検出可能であり、
遺伝子CD630_09400は、配列表の配列番号26(フォワード)および27(リバース)のプライマーを使用することで、PCRにより検出可能であり、
遺伝子CD630_09720は、配列表の配列番号28(フォワード)および29(リバース)のプライマーを使用することで、PCRにより検出可能であり、
遺伝子CD630_09290は、配列表の配列番号30(フォワード)ならびに31(リバース)および22(リバース)のプライマーを使用することで、PCRにより検出可能であり、
遺伝子CD196_1456は、配列表の配列番号32(フォワード)および33(リバース)のプライマーを使用することで、PCRにより検出可能であり、
遺伝子CD630_09360は、配列表の配列番号34(フォワード)および35(リバース)のプライマーを使用することで、PCRにより検出可能であり、
遺伝子CD630_09380は、配列表の配列番号40(フォワード)および41(リバース)のプライマーを使用することで、PCRにより検出可能であり、
遺伝子CD196_2048は、配列表の配列番号42(フォワード)および43(リバース)のプライマーを使用することで、PCRにより検出可能であり、
遺伝子CD630_09120は、配列表の配列番号44(フォワード)および45(リバース)のプライマーを使用することで、PCRにより検出可能であり、
遺伝子配列番号3は、配列表の配列番号46(フォワード)および47(リバース)のプライマーを使用することで、PCRにより検出可能であり、
遺伝子CD630_09270は、配列表の配列番号48(フォワード)および49(リバース)のプライマーを使用することで、PCRにより検出可能であり、
遺伝子CD630_09310は、配列表の配列番号50(フォワード)および51(リバース)のプライマーを使用することで、PCRにより検出可能であり、
遺伝子CD196_1456は、配列表の配列番号52(フォワード)および53(リバース)のプライマーを使用することで、PCRにより検出可能であり、
遺伝子CD196_1096は、配列表の配列番号54(フォワード)および55(リバース)のプライマーを使用することで、PCRにより検出可能である。
【0047】
またこれらを、後述するPCRおよび電気泳動を利用して検出した場合には、DNAが増幅しやすく、またエクストラバンドが現れにくい。
【0048】
以上では、PCR法によりgenomic islandを構成するORF(2)を検出することを主に説明してきたが、genomic islandを構成するORF(2)はその他の方法によっても検出可能であり、たとえばハイブリダイゼーションによって検出可能である。
【0049】
[ORF検出手段]
上述した、Clostridium difficileの染色体上の、genomic isletを構成するORF(1)およびgenomic islandを構成するORF(2)の保有の有無の検出は、任意の順で行うことができる。具体的には、これらORFを各ORF毎に任意の順に検出してもよく、または、複数のORF毎に任意の順にまとめて検出してもよく、あるいは、全てのORFを同時に検出してもよい。ORFを検出する手段としては、PCRおよびハイブリダイゼーションが挙げられる。
【0050】
<PCR>
各ORF毎に別々に検出する場合には、たとえば、検出対象のORF毎にそれぞれ対応する1組のプライマー(フォワードプライマーおよびリバースプライマー)を用いて、独立した系で、Clostridium difficileのDNA抽出サンプルとともに、real time PCR反応などを行い、PCR増幅産物の生成シグナル蛍光などをリアルタイムに検出する。
【0051】
また、複数のORF毎にまとめて検出する場合には、たとえば、Clostridium difficileマーカーとしてCD196_0948を検出するプライマー(配列表の配列番号56と57)、binary toxin (cdtA) を検出するプライマー(配列表の配列番号58と59)、toxin A (tcdA)を検出するプライマー(配列表の配列番号60と61)およびtoxin B (tcdB)を検出するプライマー(配列表の配列番号62と63)を加えた、複数のORFにそれぞれ対応する複数組のプライマー(フォワードプライマーおよびリバースプライマーの組)を混合し、同一の反応系に入れてPCR反応を行うマルチプレックスPCRが実施可能である。この場合には、各ORFに対応するPCR増幅産物の有無は、反応後の液を電気泳動、たとえば、アガロースゲル電気泳動、キャピラリー電気泳動などで泳動して得られたバンドの有無によって確認する。
【0052】
全てのORFを同時に検出する場合には、たとえばmicro arrayを応用してORFを検出する。micro arrayによる検出では、各ORFとハイブリダイズするプローブをmicro arrayの各wellに作成しておき、培養菌からカラム抽出あるいはフェノール−クロロホルム抽出によって精製されたDNAをハイブリダイズさせ、未反応のDNAを洗浄した後、2本鎖DNAと結合する蛍光色素でラベルし、蛍光を捉える機械で測定することで目的のORFが検出可能となる。
これらのうちでは、複数のORFを簡便な手法で効率よくまとめて検出できる点から、マルチプレックスPCRが好ましい。
【0053】
(プライマーの設計)
Clostridium difficileゲノムはATリッチであるため、メルティング温度が低く、マルチプレックスPCRに適したプライマーを設計するには、GC比が比較的高い領域から、プライマーを設計し、実際にPCRおよびマルチプレックスPCRに使用し、機能することを確認しながら設計を進める必要がある。さらに、上記genomic isletを構成するORF(1)およびgenomic islandを構成するORF(2)については塩基配列が90%程度相同なORFが臨床分離株やデータベース上に見られることから、これらの相同なORFも検出できるよう変異の少ない部分にプライマーを設計することで、臨床分離されることの多いほとんどのClostridium difficileに汎用的に使用できるとともに突然変異の影響を受けにくいプライマーとする。
【0054】
上記genomic isletを構成するORF(1)およびgenomic islandを構成するORF(2)に加え、Clostridium difficile共通マーカーとしてのCD196_0948を検出するプライマー、binary toxin (cdtA) を検出するプライマー、toxin A (tcdA)を検出するプライマーおよびtoxin B (tcdB)を検出するプライマーの設計にあたっては、プライマー自身が折れ曲がって相補的になっている部分が結合して2重鎖を形成したり、異なるプライマー同士が、互いに相補的になっている部分において結合して2量体またはそれ以上の結合体を形成したりしないような配列にする。
【0055】
さらに、マルチプレックスPCRで検出することを考慮し、プライマーのGC比をおよそ50%とし、Tm値を合わせるよう工夫することが好ましい。また、増幅効率と、電気泳動の際に短時間で分離可能なよう、PCR増幅産物サイズがおよそ50bp〜700bp、好ましくは70bp〜600bpとなるように調整することが望ましい。なお、同じ反応系で検出するORFにおいては、PCR増幅産物のサイズが同じにならないようにプライマーを設計することが重要である。
【0056】
上記のような条件を設定することでマルチプレックスPCRにおいて再現性の高い増幅結果が得られるプライマーおよびプライマーセットを得ることができる。このようなプライマーの設計は、市販のソフトウェアあるいはウエブを通じて自由に入手し利用可能なソフトウェアにより行うことができるが、実際にPCRを行い、増幅を確認することで、実用的なプライマーとなる。
【0057】
具体的には、上記(1)〜(2)のORFの項目でそれぞれ述べたように、
(1)genomic isletを構成するORFのためのプライマーとして10組のプライマー、
(2)genomic island中に存在するhyper variableなORFためのプライマーとして6組のプライマー、
の合計16組のプライマー(配列表の配列番号4〜35)を本発明者は設計した。
【0058】
なお、上記プライマーセットを用いてマルチプレックスPCRを行う場合には、下記表3にprimer mixtureとして示すように、10組のプライマーセットにClostridium difficileのマーカーとしてCD196_0948を検出するプライマー(配列表の配列番号56と57)を加えた11組のプライマーを組み合わせて混合した反応系、および下記表4にprimer mixtureとして示すように、6組のプライマーセットにClostridium difficileのマーカーとしてCD196_0948を検出するプライマー(配列表の配列番号56と57)、binary toxin (cdtA) を検出するプライマー(配列表の配列番号58と59)、toxin A (tcdA)を検出するプライマー(配列表の配列番号60と61)およびtoxin B (tcdB)を検出するプライマー(配列表の配列番号62と63)を加えた10組のプライマーを組み合わせて混合した反応系にてPCRを実施することが望ましい。なお、Clostridium difficileのクローン識別と菌株識別は同時に実施しても、別々に実施しても良い。
【0059】
なお、配列番号56および57で示された増幅ORFのCD196_0948とは、機能は未確認だがアミノ酸への翻訳が予想される遺伝子であり、Clostridium difficileに普遍的に見出されるので、Clostridium difficileを識別する共通マーカーとして用いることができる。
【0062】
以上に示した具体的なプライマーは、標的ORFを増幅するために最適化された配列であり、これらのプライマーに2塩基程度の付加、置換、欠失及び/又は挿入といった変更があっても、プライマーとしての機能は失われず、PCRによって標的ORFを増幅することができる。付加とは、表に示されたプライマーの5’側または3’側の末端に塩基が追加されることをいい、挿入とは、前記の末端ではなく、プライマーの内側において、塩基と塩基の間に塩基が追加されることを言う。但し、塩基配列の3’末端に2塩基以下の塩基の付加又は置換を有する場合は、付加又は置換後の塩基配列の3’末端の塩基は標的ORFと相補的であることが好ましい。
【0063】
プライマーとして高い性能を発揮する観点からは、前記変更は、2塩基以下の付加、置換、欠失、挿入であることが好ましく、2塩基以下の付加または2塩基以下の5’側または3’側の末端における欠失であることがより好ましく、1塩基以下の標的ORFと相補的な塩基の付加または5’側または3’側の末端における1塩基以下の欠失であることが特に好ましい。一般的に、5’側の変更はプライマーとしての機能を失わせにくく、3’側の変更はプライマーの機能を失わせやすい傾向がある。
【0064】
<ハイブリダイゼーション>
ハイブリダイゼーションによりORFを検出する場合には、まず培養菌(Clostridium difficile)からカラム抽出あるいはフェノール−クロロホルム抽出によって精製されたDNAをアルカリ変性し、ナイロンメンブレン、セルロースメンブレンあるいはマイクロプレートに定着させる。本発明で検出する各々のORFとハイブリダイズするプローブを作成する。プローブは人工合成DNAでも、上記で説明したプライマーを利用したPCRで作成しても良い。プローブはビオチン、ジゴキシゲニン、蛍光色素などを用いてラベルしておく。菌抽出DNAとプローブをハイブリダイズし、プローブのラベルに応じて、酵素付加、発色、発光などさせ、シグナルを捉える。これを各々の検出ORFについて実施する。
【0065】
[ORF検出菌種同定およびクローン同定、並びに菌株識別法の実施方法]
以下、マルチプレックスPCRを行い、上記(1)〜(2)のORFのうち、上述した検出対象として好ましいORFを検出する場合を一例とし、本発明のClostridium difficileのクローン同定法及び菌株同定の手順を説明する。
【0066】
(菌種の同定)
便などの患者由来の検体から、CCMA培地などのClostridium difficileを分離可能な培地を用いてClostridium difficileを分離する。その後、グラム染色による形態の確認、および毒素産生性の確認により、Clostridium difficileと同定する。
【0067】
Clostridium difficileであると同定された菌株を、Clostridium difficileを増殖可能な液体培地、あるいは寒天培地(ブルセラHK培地、CCMA培地等)を用いて37℃で二晩培養する。
【0068】
(DNA抽出)
培養した菌体から、熱抽出、フェノール抽出、市販のDNA抽出キットによるDNA抽出、あるいは蒸留水またはTris-EDTAバッファーなどに菌体を懸濁し加熱して得られる熱抽出法などの方法でDNAを抽出し、PCR反応用の試料(テンプレート)とする。
【0069】
(PCR反応)
マルチプレックスPCRで上記表3および4に記載の、genomic isletを構成するORF 10個、genomic islandを構成するORF 6個に加え、Clostridium difficileマーカーとしてのCD196_0948、及びbinary toxin (cdtA)、toxinA (tcdA)、toxinB (tcdB)の検出を行う。具体的には、検出対象のORF群に対応する数のプライマーの組(フォワードプライマー及びリバースプライマー)を、11組および10組の2群に分け、それぞれの組毎に同一の反応チューブに入れ一括してPCR反応を行う。なお、菌種同定およびクローン同定と菌株識別は同時に実施しても、別々に実施しても良い。
【0070】
(電気泳動)
およそ50bp〜600bpのDNA断片が充分に分離されるような条件下でアガロースゲルなどのゲルを用い、PCR増幅産物を電気泳動する。泳動距離は約5〜6 cmでよく、ミニゲルの場合100V、50分程度で充分分離可能である。電気泳動後、エチジウムブロマイドやサイバーグリーンなどで染色して写真撮影を行う。また、たとえばAgilent 2100 バイオアナライザや島津製作所MultiNAのような各種のキャピラリー型電気泳動装置等を用いてPCR産物を分離し画像化することも可能である。
【0071】
(結果判定)
最大11本または10本のバンドが現れる。本発明の遺伝子型タイピング法ではバンドサイズがあらかじめわかっているため、それぞれの菌株及び反応系において目的のサイズのバンドがあるか否かを判定する。場合によっては目的のサイズ以外の非特異的なバンドが現れることがあるが、非特異バンドは無視する。目的のサイズのバンド(各ORFに対応するバンドおよびポジティブコントロールに対応するバンド)が増幅していれば1、増幅が見られない場合を0として2進法のコードを作成する。
【0072】
このコードは(1)〜(2)の各ORFおよびbinary toxin (cdtA)、toxinA (tcdA)、toxinB (tcdB)ごとに作成してもよいし、または、すべてをまとめて一つのコードとして作成してもよいし、あるいは(1)〜(2)のORFおよびbinary toxin (cdtA)、toxinA (tcdA)、toxinB (tcdB)をまとめて作成するなどしてもよい。本発明の菌種同定およびクローン同定法が実際の医療の現場で使用される場合には、(1)〜(2)のORFおよびbinary toxin (cdtA)、toxinA (tcdA)、toxinB (tcdB)すべてをまとめて一つのコードとして作成すると、桁数が大きくなって見にくいことから、いくつかのORFの結果はまとめて一つのコードとして作成することが好ましい。
【0073】
ここで上述のとおり、(1)のORFの保有パターンはST型との相関が高く、ST型を推定するのに役立つ。(2)のORFの保有パターンを比較することで菌株識別が可能となる。
【0074】
したがって、(1)のORF検出結果を一つのコードとして作成することが好ましく、(2)のORF検出結果は一つコードとして作成することが好ましい。
【0075】
そして、たとえばこのようにして作成された2進法のコードを、より桁数を少なくして見やすくするため、たとえば10進法に変換し、遺伝子型コードとする。以上のコード作成の一例を下記表5に示す。表5の例は
図1の分離株番号1のものである。
【0077】
まず、適切なプライマーを使用したPCRおよび電気泳動により、試験対象のClostridium difficileにおける各ORFの有無を検出し、それを2進法によりコード化する。そして、このコードを10進法に変換し、遺伝子型コードを得る(コード)。
【0078】
表5に示された例において、コード1は(1)のORFの検出結果をまとめたものであるので、複数のClostridium difficileについて遺伝子型コードを作成した場合に、Clostridium difficileのST型に相当する数値となる。この数値から世界流行クローンであるかどうかを判断することができる。コード2は菌株に固有のコードであり、計算上512種類の遺伝子型に分けることが可能である。コード2はほとんどのClostridium difficileにおける菌株識別能が高くなるようORFが選択されている。
【0079】
具体的には、たとえば、Clostridium difficile臨床分離株16株における16個のORF(CD196_0620〜CD630_09360)およびbinary toxin (cdtA)、toxinA (tcdA)、toxinB (tcdB)の保有の有無を、上記と同様にして2進法コード化、さらに10進法コード化すると、下記表6のとおりである。
【0081】
表6において、一番上の行は菌株の番号、上から2番目の行はMLST解析によるSequence type (ST)型、3番目の行はPCR-ribotyping型である。
このように得られた遺伝子型コード同士を比較することで、異なる時期や施設で分離された菌株の特定であっても、容易かつ客観的に行うことができる。
【0082】
さらに、本発明で検出の対象としているORFの大部分は、Clostridium difficileの病原性等に関連しないORFである。病原性に関連するなど、特定の機能を有する遺伝子は、そのClostridium difficileが宿主内で増殖する確率を上げたり、あるいはその遺伝子産物が宿主の免疫システムのターゲットとなり、反対に生存確率を下げることがある。つまりこのような遺伝子は、Clostridium difficileの多くが持っている、あるいは反対にほとんど持っていないと考えられる。本発明では、このようなバイアスがかからないように適切なORFを選択して遺伝子型別分類を行っているのである。
以下、実施例に基づいて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0083】
実施例1
ある病院で臨床分離されたClostridium difficile16株について、下記の手順により、ORF検出による遺伝子型別分類を行った。
【0084】
(Clostridium difficileの培養)
Clostridium difficileであると同定された16の菌株を、ブルセラHK寒天培地を用いて37℃で二日間培養した。
【0085】
(DNA抽出)
培養した菌から、市販のカラムDNA抽出キットを用いてDNAを抽出し、その20倍液をテンプレートDNAとした。
【0086】
(PCR反応液の調製)
RocheのFastStart DNA polymeraseを説明書に従って使用した。その際、反応液量は20μlとした。反応液20μlの組成は、10×FastStart Taq Buffer 2μl、10mM dNTP Mix 0.4μl、FastStart Taq DNA polymerase 0.16μl、蒸留水15.24μlおよびprimer mixtureを0.2μlである。これに、上記のDNA熱抽出サンプルを2μl(反応液の1/10量)加えた。
【0087】
プライマーは11組及び10組を組み合わせ2本の反応チューブを使用し、21個のORFについて、マルチプレックスPCRを行った。プライマーの組み合わせ、及びその最終濃度は下記表7及び8のとおりである。
【0088】
【表7】
【0089】
【表8】
【0090】
(PCR反応)
サーマルサイクラー(ASTEC社製、GeneAtlas G02)に抽出DNAと反応液の混合液をセットし、最初に95℃で10分間処理し、その後、95℃ 30秒、57℃ 30秒、72℃ 2分のサイクルを30回繰り返した。サイクル反応終了後、PCR産物を15℃で保存した。
【0091】
(電気泳動)
アガロースゲル(4% NuSieve 3:1 in TBE buffer)を用い、ミニゲルを作成し、100Vで65分間、3μlのPCR産物を電気泳動した。泳動距離は約5cmであった。電気泳動後、エチジウムブロマイドで染色し、写真撮影を行った。
【0092】
(結果判定)
1反応につき最大11本のバンドが現れた。それぞれの菌株及び反応系において目的のサイズのバンドがあるか否かを判定し、目的のサイズのバンドが増幅していれば1、増幅が見られない場合を0として、上記表5と同様の2進法のコードを作成した。さらに2進法のコードを10進法に変換し、遺伝子型コードとした。
結果を
図1および表6に示す。
【0093】
表6において、前述のようにコード1からST型が判明するが、コード2によって同一ST型の株がさらに識別されていることがわかる。
【0094】
実施例2
以下、プライマー配列に2塩基程度の変更があった場合の実施例についてさらに具体的に説明する。
先の実施例と同じ、ある病院で臨床分離されたClostridium difficile16株について、下記の手順により、ORF検出による遺伝子型別分類を行った。
【0095】
(Clostridium difficileの培養)
Clostridium difficileであると同定された16の菌株を、ブルセラHK寒天培地を用いて37℃で二日間培養した。
【0096】
(DNA抽出)
培養した菌から、市販のカラムDNA抽出キットを用いてDNAを抽出し、その20倍液をテンプレートDNAとした。
【0097】
(PCR反応液の調製)
RocheのFastStart DNA polymeraseを説明書に従って使用した。その際、反応液量は20μlとした。反応液20μlの組成は、10×FastStart Taq Buffer 2μl、10mM dNTP Mix 0.4μl、FastStart Taq DNA polymerase 0.16μl、蒸留水15.24μlおよびprimer mixtureを0.2μlである。これに、上記のDNA熱抽出サンプルを2μl(反応液の1/10量)加えた。
【0098】
プライマーは11組及び10組を組み合わせ2本の反応チューブを使用し、21個のORFについて、マルチプレックスPCRを行った。プライマーの組み合わせ、及びその最終濃度は下記表9及び10のとおりである。
【0099】
【表9】
【0100】
【表10】
【0101】
なお、配列番号64は配列番号4に対して3塩基を付加したものであり、配列番号65は配列番号5に対して1塩基を置換したものであり、配列番号66は配列番号6に対して2塩基を置換したものであり、配列番号67は配列番号7に対して1塩基を置換したものであり、配列番号68は配列番号8に対して1塩基を置換したものであり、配列番号69は配列番号9に対して3塩基を付加したものであり、配列番号70は配列番号10に対して3塩基を付加したものであり、配列番号71は配列番号11に対して1塩基を挿入したものであり、配列番号72は配列番号12に対して1塩基を挿入したものであり、配列番号73は配列番号13に対して2塩基を付加したものであり、配列番号74は配列番号14に対して2塩基を欠失したものであり、配列番号75は配列番号15に対して2塩基を欠失したものであり、配列番号76は配列番号16に対して3塩基を付加したものであり、配列番号77は配列番号17に対して1塩基を挿入させたものであり、配列番号78は配列番号18に対して3塩基を付加させたものであり、配列番号79は配列番号19に対して3塩基を付加したものであり、配列番号80は配列番号20に対して1塩基を欠失したものであり、配列番号81は配列番号21に対して2塩基を置換したものであり、配列番号82は配列番号22に対して1塩基を挿入したものであり、配列番号83は配列番号23に対して1塩基を欠損させたものである。
【0102】
配列番号84は配列番号24に対して2塩基を付加したものであり、配列番号85は配列番号25に対して1塩基を置換したものであり、配列番号86は配列番号26に対して2塩基を挿入したものであり、配列番号87は配列番号27に対して2塩基を置換したものであり、配列番号88は配列番号28に対して2塩基を付加したものであり、配列番号89は配列番号29に対して2塩基を置換したものであり、配列番号90は配列番号30に対して2塩基を欠失したものであり、配列番号91は配列番号31に対して2塩基を置換したものであり、配列番号92は配列番号32に対して3塩基を付加したものであり、配列番号93は配列番号33に対して2塩基を付加したものであり、配列番号94は配列番号34に対して1塩基を挿入したものであり、配列番号95は配列番号35に対して2塩基を置換したものである。
【0103】
(PCR反応)
サーマルサイクラー(ASTEC社製、GeneAtlas G02)に抽出DNAと反応液の混合液をセットし、最初に95℃で10分間処理し、その後、95℃ 30秒、54℃ 30秒、72℃ 2分のサイクルを30回繰り返した。サイクル反応終了後、PCR産物を15℃で保存した。
【0104】
(電気泳動)
アガロースゲル(4% NuSieve 3:1 in TBE buffer)を用い、ミニゲルを作成し、100Vで65分間、3μlのPCR産物を電気泳動した。泳動距離は約5cmであった。電気泳動後、エチジウムブロマイドで染色し、写真撮影を行った。
【0105】
(結果判定)
1反応につき最大11本のバンドが現れた。それぞれの菌株及び反応系において目的のサイズのバンドがあるか否かを判定し、目的のサイズのバンドが増幅していれば1、増幅が見られない場合を0として、上記表5と同様の2進法のコードを作成した。さらに2進法のコードを10進法に変換し、遺伝子型コードとした。
【0106】
表6において、前述のようにコード1からST型が判明するが、コード2によって同一ST型の株がさらに識別されていることがわかる。
結果を
図2に示す。
図1および表6と同様の結果が得られた。