(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2019-65329(P2019-65329A)
(43)【公開日】2019年4月25日
(54)【発明の名称】光学素子成形用型材
(51)【国際特許分類】
C23C 8/26 20060101AFI20190329BHJP
C23C 8/24 20060101ALI20190329BHJP
C23C 8/38 20060101ALI20190329BHJP
C23C 8/36 20060101ALI20190329BHJP
【FI】
C23C8/26
C23C8/24
C23C8/38
C23C8/36
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2017-190408(P2017-190408)
(22)【出願日】2017年9月29日
(71)【出願人】
【識別番号】599016431
【氏名又は名称】学校法人 芝浦工業大学
(71)【出願人】
【識別番号】512071293
【氏名又は名称】株式会社東海エンジニアリングサービス
(74)【代理人】
【識別番号】100096002
【弁理士】
【氏名又は名称】奥田 弘之
(74)【代理人】
【識別番号】100091650
【弁理士】
【氏名又は名称】奥田 規之
(72)【発明者】
【氏名】相澤 龍彦
(72)【発明者】
【氏名】福田 達也
【テーマコード(参考)】
4K028
【Fターム(参考)】
4K028AA02
4K028AB01
4K028AB02
4K028BA02
4K028BA12
4K028BA14
4K028BA15
4K028BA21
(57)【要約】
【課題】光学素子成型用型材として、表面から切削面まで十分な硬度を有し、成形時に傷がつきにくく、300℃以上の高温成形でも十分な耐熱性を有する光学素子成形用型材を提供する。
【解決手段】ステンレスよりなる金属基材10の表面に、加工による鏡面形成用の窒化層14を、10μm以上の深さに形成した光学素子形成用型材16。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属基材の表面に、鏡面形成用の窒化層を所定の深さに形成したことを特徴とする光学素子形成用型材。
【請求項2】
上記窒化層が、窒素を0.5mass%以上含有すると共に、表面から10μm以上の深さを備えていることを特徴とする請求項1に記載の光学素子形成用型材。
【請求項3】
上記金属基材が、鉄系合金、チタン系合金、アルミ系合金の何れかよりなることを特徴とする請求項1または2に記載の光学素子成形用型材。
【請求項4】
上記窒化層が、窒化物生成をほとんど伴わない低温イオン注入処理、低温プラズマ窒化処理、低温ガス窒化処理の何れかによって形成されることを特徴とする請求項1〜3の何れかに記載の光学素子成形用型材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、光学素子成形用型材に係り、特に、金属材料の表面に窒素を固溶させた型材の形成技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自由曲面形状や微細格子形状等のプラスチックレンズの成形においては、成形用金型として、超精密切削が可能なNiとPからなる無電解ニッケルメッキ層をダイヤモンド工具により切削加工を行い、表面を鏡面化したものが用いられている。また、さらに高精度な光学面が必要なものについては、鏡面形成後に研磨加工が施される。
【0003】
【非特許文献1】日東光学株式会社/金型製造/光学駒 インターネットURL: https://www.nittohkogaku.co.jp/re/zoom/metal/optical.php 検索日:2017年5月18日
【特許文献1】特開2001−353729
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、ニッケルリン非晶質メッキは硬度が低く(ビッカース硬度で500程度)容易に傷がつくために、ハンドリングが難しく、研磨に際して高度な技術が要求される。
また、カルコゲナイドガラスの成形など、200℃台後半以上の高温成形では結晶化が起こり、亀裂が入るなどの不具合が発生し、鏡面成形に使用できなくなるなど、使用温度にも大きな制約がある。
【0005】
したがって本発明は、光学素子成型用型材として、表面から切削面まで十分な硬度を有し、成形時に傷がつきにくく、300℃以上の高温成形でも十分な耐熱性を有しており、加工により容易に鏡面が実現できる光学素子成形用型材を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の目的を達成するため、本発明では、基材金属に対し、低温イオン注入処理、低温プラズマ窒化処理、低温ガス窒化処理等により、原子状窒素を高濃度(例えば0.5mass%以上)に過飽和に拡散・固溶させる。
これにより、金型材料を構成する金属結晶格子中の空孔位置に窒素原子を配位させるとともに、結晶粒を微細化させる。
この過飽和窒化処理された所定深さ(例えば10μm以上)の金型表層部位を加工することにより、高硬度な微細結晶粒表面を保持した鏡面を実現するプロセスをとる。
【発明の効果】
【0007】
以上により、表面硬度は1000HV程度に上昇するために傷がつきにくく、かつ、500℃での高温硬さは700HV以上を保持しており、カルコゲナイドガラスの成形など、保持温度が300℃を超える高温光学素子成形においても、ニッケルリン非晶質メッキなどで見られる結晶化によるひび割れが生じることなく、損傷も生じない型材が得られる。
【0008】
なお、特開平11−197762号において金型の表面に窒化処理を施す技術が開示されてはいるが、これは形状の完成した金型の表面に圧縮残留応力を備えた窒化処理層を形成することにより、金型表面の亀裂や損傷を低減することを目的とする技術である。
これに対し、この発明の場合には、金型の「材料」金属の表面に窒化処理層を形成することにより、鏡面加工を容易化することを目的としており、窒化処理の位置付け(プロセス)が全く異なっているといえる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
図1は、この発明に係る光学素子成形用型材の形成過程を模式的に示す断面図である。
まず、同図(a)に示すように、ステンレス等の金属よりなる基材10を準備する。
【0010】
この基材10の表面には、レンズの最終形状に比較的近似した凹部12が予め形成されている。
つぎに、同図(b)に示すように、基材10の表面に対して、低温高密度プラズマ窒化処理を施す。
【0011】
この結果、同図(c)に示すように、表面から一定の深さの窒化層(窒素過飽和層)14が形成され、型材16として完成する。
この型材16の窒化層14に対して、工具18による精密切削加工を施すことにより、所望の非球面かつ鏡面を備えた金型が形成される。
【0012】
図2は、低温高密度プラズマ窒化処理に用いるRF−DC低温プラズマ窒化装置20の構造を示す模式図であり、真空チャンバ22と、その内部に配置されたDCバイアス24と、このDCバイアス24上に載置された基材10と、DCバイアス24内に装着されたヒータ28と、一対のRF電極30と、真空チャンバ22の外部に配置された出力2MHzのRF発振器32とを備えている。
図示は省略したが、真空チャンバ22の外部には、RF発振器32の制御装置と、DCバイアスの制御装置と、冷却装置が設置されている。
【0013】
この真空チャンバ22の給気口(図示省略)から原料となるN
2とH
2の混合ガスを内部に導入し、RF電極30, 30間に高周波を印加すると同時にDCバイアス用電圧を印加し、さらにヒータ28に給電して真空チャンバ22内を400℃以下に加熱すると、混合ガスがプラズマ化し、
図1(b)に示したように、高密度の窒素イオン及びNHラディカルが発生し、窒素原子が基材10の表面に浸透する。
【0014】
この装置20の場合、RFプラズマとDCプラズマとを独立に制御できるため、20Pa〜1kPaの広い高圧力範囲(メゾ圧力領域)で窒化を行うことができる。
このメゾ圧力範囲での窒素イオン、NHラディカルの密度は、10
17m
-3以上(好ましくは5×10
17m
-3以上、より好ましくは10
18m
-3)であり、その高窒素イオン・高NHラディカル状態で窒化を行うため、比較的低い保持温度でも基材10中に窒素原子を溶質原子として投入できる。
また、従来のプラズマ装置と異なり、入出力パワーのマッチングを周波数領域で行うため、投入エネルギーは無駄なく、迅速にプラズマに投入される。この結果、基材10の表面にムラなく安定的に窒素を固溶させることができる。
以上の処理を所定時間継続すると、基材10の表面に窒素が高濃度で固溶される。
【0015】
具体的には、400℃以下における低温状態で、窒素原子をステンレス鋼に、平衡状態図上での最大窒素固溶量(0.1〜0.2mass%)以上に導入する。
図3は、この結果を示す拡大断面写真であり、400℃、2時間の低温プラズマ窒化プロセスによって、表面から深さ50μmを超える領域まで高濃度の窒素導入部(窒化層14)が形成されていることが看取できる。
このように、400℃以下の低温で窒化処理が行われるため、鏡面仕上げの妨げとなる窒化物の生成を抑制することが可能となる。
【0016】
図4は、上記基材10の断面に対する、EDX(Energy dispersive X-ray spectrometry/エネルギー分散型X線分光法)による元素分析結果を示している。
図示の通り、窒素(N)以外の元素濃度は概ね深さ依存性を持たないが、窒素は表面から60μmを超える深さまで高濃度に存在しており、表面からの深さが30μmの箇所において3 mass%を超える高い窒素濃度が確認された。
これは、ステンレス鋼の400℃における最大窒素固溶量(0.1〜0.2mass%に対し、15〜30倍の高濃度といえる。
【0017】
図5は、上記基材10の断面に対する、マイクロビッカース試験装置による硬さ分析結果を示している。
すなわち、上記基材10の断面の硬さ分布を、マイクロビッカース試験装置で表面から10μmおきに測定した。
図示の通り、表面硬度は約1800HVであり、また50μm深さにおいてもなお、1000HVを超えている。
熱処理したステンレス鋼母材の硬さ250HVと比較すると、4倍以上の硬さを50μmの深さまで保持していることになる。
【0018】
つぎに、以下の解析条件にて、上記基材10の断面組織に対するEBSD(Electron BackScatter Diffraction/後方散乱電子回折)解析を行った結果を、
図6に示す。
このEBSD解析により、結晶粒の方位分布など微細組織情報を定量的に得ることができる。
■加速電圧 15kV
■分解能 0.15μm
■解析範囲 幅:40μm
深さ:120μm
【0019】
図より明らかなように、窒素導入部内外を比較すると、窒素導入部外(表面から80μm深さ)では、ほぼ未処理のステンレス鋼と同等の粗い結晶構造となっている。
これに対し、窒素導入部内では、結晶粒の微細化が生じ、しかも隣接する結晶方位も異なるような均質な微細化が進行している。特に表面から10〜20μmでは、EBSDの空間分解能(0.2μm以下)と同等の微細化が進行している。
これは、EBSD解析の対象となる断面の方向(ND/RD/TD)を変えても断面微細構造分布に大きな差異はないことから、過飽和窒素導入による微細組織変化が均一に生じていることがわかる。
【0020】
つぎに、過飽和窒化処理した金型試料の耐熱性を評価するために、高温硬さ試験を行った。比較基材として、鏡面性は有しないが、十分な高温強度をもつニッケル超合金材を用いた。
この高温硬さ試験では、容器内に各基材を設置後、高真空に脱気し、アルゴン置換した後に室温より昇温した。
所定温度(500℃、600℃、700℃、800℃)に達した後に、1kg(10N)の負荷を30分行い、30分保持後の硬さをその温度の硬さとした。
この結果、
図7に示すように、700℃までは当過飽和窒化処理を施したステンレス鋼材がニッケル超合金のそれを凌駕していることがわかる。
【0021】
つぎに、SUS316の試料(縦50mm×横50mm、厚み10mm)を2枚用意し、一方には上記の低温高密度プラズマ窒化処理を施し、他方はそのままで、以下の鏡面加工をそれぞれの表面に施した結果を、
図8に示す。
(1) ♯2000(粒度)のダイヤモンド砥石で研削
(2) 1μm(粒径)のダイヤモンドスラリーをラップ材として用い、同一条件、同一時間でラップ研磨
【0022】
図示の通り、未処理品に比べて窒化処理品の方が、遙かに良好な鏡面化が実現されている。
窒化処理品の方は組織微細化がなされていることと、高硬度化したためにスクラッチが発生しにくくなったことが、上記の顕著な効果に寄与しているものと考えられる。
【0023】
つぎに、上記窒化処理品と未処理品に対し、それぞれ成分分析(EDX)を行った結果を、
図9に示す。
同図(a)及び(b)より明らかなように、窒化処理品と未処理品とでは、窒素(N)含有比率に大きな差異が生じている。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】光学素子成形用型材の形成過程を模式的に示す断面図である。
【
図2】RF−DC低温プラズマ窒化装置の構造を示す模式図である。
【
図3】過飽和窒化処理した金属試料の断面組織および窒素分布を示す電子顕微鏡写真である。
【
図4】過飽和窒化処理した金属試料の表面から深さ方向の元素分布解析結果を示す表である。
【
図5】過飽和窒化処理した金属試料の深さ方向の硬さ分布を示す折れ線グラフである。
【
図6】過飽和窒化処理した金属試料の断面の微細組織分布を示すEBSD解析図である。
【
図7】ニッケル超合金及び過飽和窒化処理ステンレス鋼材に対する高温硬さ試験の結果を示す棒グラフである。
【
図8】窒化処理品と未処理品に鏡面加工を施した結果を示す表である。
【
図9】窒化処理品及び未処理品に対する元素分布解析結果を示す表である。
【符号の説明】
【0025】
10 基材
12 凹部
14 窒化層
16 型材
18 工具
20 低温プラズマ窒化装置
22 真空チャンバ
24 バイアス
28 ヒータ
30 電極
32 発振器