特開2019-76460(P2019-76460A)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 独立行政法人国立循環器病研究センターの特許一覧 ▶ 浜松ホトニクス株式会社の特許一覧

<>
  • 特開2019076460-脳血流量の測定方法及び測定装置 図000014
  • 特開2019076460-脳血流量の測定方法及び測定装置 図000015
  • 特開2019076460-脳血流量の測定方法及び測定装置 図000016
  • 特開2019076460-脳血流量の測定方法及び測定装置 図000017
  • 特開2019076460-脳血流量の測定方法及び測定装置 図000018
  • 特開2019076460-脳血流量の測定方法及び測定装置 図000019
  • 特開2019076460-脳血流量の測定方法及び測定装置 図000020
  • 特開2019076460-脳血流量の測定方法及び測定装置 図000021
  • 特開2019076460-脳血流量の測定方法及び測定装置 図000022
  • 特開2019076460-脳血流量の測定方法及び測定装置 図000023
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2019-76460(P2019-76460A)
(43)【公開日】2019年5月23日
(54)【発明の名称】脳血流量の測定方法及び測定装置
(51)【国際特許分類】
   A61B 5/0275 20060101AFI20190426BHJP
   A61B 10/00 20060101ALI20190426BHJP
【FI】
   A61B5/02 830J
   A61B10/00 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】20
【出願形態】OL
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2017-206365(P2017-206365)
(22)【出願日】2017年10月25日
(71)【出願人】
【識別番号】510094724
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立循環器病研究センター
(71)【出願人】
【識別番号】000236436
【氏名又は名称】浜松ホトニクス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100140442
【弁理士】
【氏名又は名称】柴山 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100174399
【弁理士】
【氏名又は名称】寺澤 正太郎
(72)【発明者】
【氏名】吉谷 健司
(72)【発明者】
【氏名】加藤 真也
(72)【発明者】
【氏名】江坂 真理子
(72)【発明者】
【氏名】尾崎 健夫
【テーマコード(参考)】
4C017
【Fターム(参考)】
4C017AA11
4C017AB06
4C017AC28
4C017BC07
4C017BC11
4C017CC02
4C017FF17
(57)【要約】
【課題】簡便な装置を用いて脳血流量を定量的に測定することができる脳血流量の測定方法及び測定装置を提供する。
【解決手段】この測定方法は、脳血流量を定量的に測定する方法であって、トレーサを血管内に導入するトレーサ導入ステップと、トレーサの吸収波長を含む測定光を頭部に照射する光照射ステップと、頭部の内部を伝搬した測定光を検出し、測定光の光強度に応じた検出信号を生成する光検出ステップと、検出信号に基づいて得られる、脳組織内におけるトレーサの濃度の時間的な相対変化量ΔQ、及び頭部の動脈内におけるトレーサの濃度Paと、脳血流量との所定の関係に基づいて脳血流量を算出する演算ステップと、を含み、演算ステップにおいて、相対変化量ΔQの脈波成分の振幅を用いて濃度Paを算出する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
脳血流量を定量的に測定する方法であって、
トレーサを血管内に導入するトレーサ導入ステップと、
前記トレーサの吸収波長を含む測定光を頭部に照射する光照射ステップと、
前記頭部の内部を伝搬した前記測定光を検出し、前記測定光の光強度に応じた検出信号を生成する光検出ステップと、
前記検出信号に基づいて得られる、脳組織内における前記トレーサの濃度の時間的な相対変化量ΔQ、及び頭部の動脈内における前記トレーサの濃度Paの時間変化と、脳血流量との所定の関係に基づいて脳血流量を算出する演算ステップと、
を含み、
前記演算ステップにおいて、前記相対変化量ΔQの脈波成分の振幅の時間変化を用いて前記濃度Paの時間変化を算出する、脳血流量の測定方法。
【請求項2】
前記演算ステップにおいて、所定周波数より小さい周波数成分を除去するフィルタ処理を前記検出信号に対して行うことにより前記脈波成分を抽出する、請求項1に記載の脳血流量の測定方法。
【請求項3】
前記演算ステップにおいて、所定周波数より小さい周波数成分を除去するフィルタ処理を前記相対変化量ΔQに対して行うことにより前記脈波成分を抽出する、請求項1に記載の脳血流量の測定方法。
【請求項4】
前記所定周波数は10Hz以上100Hz以下である、請求項2または3に記載の脳血流量の測定方法。
【請求項5】
前記相対変化量ΔQのサンプリング周波数が10Hzより大きい、請求項1〜4のいずれか1項に記載の脳血流量の測定方法。
【請求項6】
前記演算ステップにおいて、前記脈波成分の振幅の時間変化と、或るタイミングにおける頭部の動脈内の前記トレーサの絶対濃度とに基づいて前記濃度Paの時間変化を算出する、請求項1〜5のいずれか1項に記載の脳血流量の測定方法。
【請求項7】
頭部の動脈内の前記トレーサの絶対濃度を色素希釈法によって測定する、請求項6に記載の脳血流量の測定方法。
【請求項8】
動脈血中の絶対ヘモグロビン濃度を前記トレーサ導入ステップ前に予め測定するヘモグロビン測定ステップを更に含み、
前記光照射ステップにおいて、ヘモグロビンの吸収波長を含む前記測定光を前記頭部に照射し、
前記演算ステップにおいて、前記検出信号に基づいて脳組織内における相対ヘモグロビン濃度の時間変化を算出し、前記絶対ヘモグロビン濃度と、前記相対ヘモグロビン濃度の時間変化の脈波成分の振幅の時間変化と、前記相対変化量ΔQの脈波成分の振幅の時間変化とに基づいて前記濃度Paの時間変化を算出する、請求項1〜5のいずれか1項に記載の脳血流量の測定方法。
【請求項9】
前記トレーサとしてインドシアニングリーンを用いる、請求項1〜8のいずれか1項に記載の脳血流量の測定方法。
【請求項10】
前記トレーサの吸収波長は近赤外域に含まれる、請求項1〜9のいずれか1項に記載の脳血流量の測定方法。
【請求項11】
脳血流量を定量的に測定する装置であって、
血管内に導入されたトレーサの吸収波長を含む測定光を頭部に照射する光照射部と、
頭部の内部を伝搬した前記測定光を検出し、前記測定光の光強度に応じた検出信号を生成する光検出部と、
前記検出信号に基づいて得られる、脳組織内における前記トレーサの濃度の時間的な相対変化量ΔQ、及び頭部の動脈内における前記トレーサの濃度Paの時間変化と、脳血流量との所定の関係に基づいて脳血流量を算出する演算部と、
を備え、
前記演算部は、前記相対変化量ΔQの脈波成分の振幅の時間変化を用いて前記濃度Paの時間変化を算出する、脳血流量の測定装置。
【請求項12】
前記演算部は、所定周波数より小さい周波数成分を除去するフィルタ処理を前記検出信号に対して行うことにより前記脈波成分を抽出する、請求項11に記載の脳血流量の測定装置。
【請求項13】
前記演算部は、所定周波数より小さい周波数成分を除去するフィルタ処理を前記相対変化量ΔQに対して行うことにより前記脈波成分を抽出する、請求項11に記載の脳血流量の測定装置。
【請求項14】
前記所定周波数は10Hz以上100Hz以下である、請求項12または13に記載の脳血流量の測定装置。
【請求項15】
前記相対変化量ΔQのサンプリング周波数が10Hzより大きい、請求項11〜14のいずれか1項に記載の脳血流量の測定装置。
【請求項16】
前記演算部は、前記脈波成分の振幅の時間変化と、或るタイミングにおける頭部の動脈内の前記トレーサの絶対濃度とに基づいて前記濃度Paの時間変化を算出する、請求項11〜15のいずれか1項に記載の脳血流量の測定装置。
【請求項17】
頭部の動脈内の前記トレーサの絶対濃度を色素希釈法によって測定する測定部を更に備える、請求項16に記載の脳血流量の測定装置。
【請求項18】
動脈血中の絶対ヘモグロビン濃度を前記トレーサの導入前に予め測定する測定部を更に備え、
前記光照射部は、ヘモグロビンの吸収波長を含む前記測定光を前記頭部に照射し、
前記演算部は、前記検出信号に基づいて脳組織内における相対ヘモグロビン濃度の時間変化を算出し、前記絶対ヘモグロビン濃度と、前記相対ヘモグロビン濃度の時間変化の脈波成分の振幅の時間変化と、前記相対変化量ΔQの脈波成分の振幅の時間変化とに基づいて前記濃度Paの時間変化を算出する、請求項11〜15のいずれか1項に記載の脳血流量の測定装置。
【請求項19】
前記トレーサはインドシアニングリーンである、請求項11〜18のいずれか1項に記載の脳血流量の測定装置。
【請求項20】
前記トレーサの吸収波長は近赤外域に含まれる、請求項11〜19のいずれか1項に記載の脳血流量の測定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脳血流量の測定方法及び測定装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
脳血流量の測定は、例えばもやもや病やくも膜下出血といった脳疾患の診断に極めて有用である。従って、臨床現場においては、脳疾患の患者の脳血流量を簡便且つ正確に測定することが求められている。従来より、脳血流量の測定は、静脈に放射性同位元素を注入し、PET(Positron Emission Tomography)若しくはSPECT(Single Photon Emission Tomography)を用いて行われてきた。しかし、このような方法では、放射線科の施設まで患者を搬送する必要があり、重症の患者の測定は困難である。
【0003】
そこで、近赤外分光法(NIRS)を用いることが考えられる。すなわち、近赤外域に吸収波長を有するトレーサ(例えばインドシアニングリーン(ICG)など)を動脈又は静脈に注入し、近赤外光を頭部に照射して頭部の内部を伝搬した近赤外光を検出する(例えば非特許文献1〜6を参照)。トレーサの濃度変化の上昇率は脳血流速度に比例するので、この方法によれば、例えば血中ヘモグロビン濃度や酸素飽和度を測定するためのNIRS装置といった小型の装置を用いて簡便に測定することができる。故に、患者を搬送することなく、病室に居るとき、或いは手術やカテーテル検査のとき等に、ベッドの近傍に装置を置いて測定することも可能となる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】H. W. Schytz et al., “Changes in cerebral blood flow afteracetazolamide: an experimental study comparing near-infrared spectroscopy and SPECT”,Eur J Neurol. Author manuscript; available in PMC 2009 November 25
【非特許文献2】Bendicht P. Wagner et al., “Reproducibility of the blood flow indexas noninvasive, bedside estimation of cerebral blood flow”, Intensive Care Med29, pp. 196-200, (2003)
【非特許文献3】Christoph Terborg et al., “Noninvasive Assessment of CerebralPerfusion and Oxygenation in Acute Ischemic Stroke by Near-InfraredSpectroscopy”, European Neurology, Vol.62, pp.338-343, (2009)
【非特許文献4】Felix Gora et al., “Noninvasive Measurement of Cerebral Blood Flowin Adults Using Near-Infrared Spectroscopy and Indocyanine Green: A PilotStudy”, Journal of Neurosurgical Anesthesiology Vol. 14, No. 3, pp. 218-222
【非特許文献5】Kuebler WM, Sckell A and Habler O et al., “Noninvasive measurementof regional cerebral blood flow by near-infrared spectroscopy and indocyaninegreen”, J Cereb Blood Metab, Vol. 18, pp. 445-456 (1998)
【非特許文献6】Kato S, Yoshitani K and Ohnishi Y, “Cerebral Blood Flow Measurementby Near-Infrared Spectroscopy During Carotid Endarterectomy” Journal ofNeurosurgical Anesthesiology, Vol. 28(4), pp. 291-295 (2016)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、NIRSは光吸収物質の濃度の相対変化量を測定することにより光吸収物質の定性的な変化を観察するための方法であって、光吸収物質の絶対変化量(定量値)を測定する方法ではない。従って、上記のようにNIRSを用いて脳血流量を測定する場合、脳血流量の変化の傾向を知ることはできても、脳血流量を定量的に測定することが困難であるという問題がある。
【0006】
本発明は、このような問題点に鑑みてなされたものであり、簡便な装置を用いて脳血流量を定量的に測定することができる脳血流量の測定方法及び測定装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述した課題を解決するために、本発明による脳血流量の測定方法は、脳血流量を定量的に測定する方法であって、トレーサを血管内に導入するトレーサ導入ステップと、トレーサの吸収波長を含む測定光を頭部に照射する光照射ステップと、頭部の内部を伝搬した測定光を検出し、測定光の光強度に応じた検出信号を生成する光検出ステップと、検出信号に基づいて得られる、脳組織内におけるトレーサの濃度の時間的な相対変化量ΔQ、及び頭部の動脈内におけるトレーサの濃度Paの時間変化と、脳血流量との所定の関係に基づいて脳血流量を算出する演算ステップと、を含み、演算ステップにおいて、相対変化量ΔQの脈波成分の振幅の時間変化を用いて濃度Paの時間変化を算出する。
【0008】
また、本発明による脳血流量の測定装置は、脳血流量を定量的に測定する装置であって、血管内に導入されたトレーサの吸収波長を含む測定光を頭部に照射する光照射部と、頭部の内部を伝搬した測定光を検出し、測定光の光強度に応じた検出信号を生成する光検出部と、検出信号に基づいて得られる、脳組織内におけるトレーサの濃度の時間的な相対変化量ΔQ、及び頭部の動脈内におけるトレーサの濃度Paの時間変化と、脳血流量との所定の関係に基づいて脳血流量を算出する演算部と、を備え、演算部は、相対変化量ΔQの脈波成分の振幅の時間変化を用いて濃度Paの時間変化を算出する。
【0009】
前述したように、トレーサを血管内に導入すると、脳組織におけるトレーサ濃度が次第に上昇する。その上昇率は、脳血流速度に比例する。上記の測定方法および測定装置では、トレーサの吸収波長を含む測定光を頭部に照射し、頭部の内部を伝搬した測定光を検出する。このとき、脳組織内のトレーサ濃度に応じて測定光が吸収されるので、その吸収量と、トレーサ濃度の時間的な相対変化量ΔQとの所定の関係に基づいて、相対変化量ΔQを求めることができる。
【0010】
更に、脳組織内におけるトレーサ濃度の時間的な相対変化量ΔQ、頭部の動脈内におけるトレーサの濃度Paの時間変化、及び脳血流量の間には、後述する数式(1)といった関係が存在する(Fickの原理)。本発明者は、相対変化量ΔQの脈波成分の振幅の時間変化と、頭部の動脈内におけるトレーサの濃度Paの時間変化との間に密接な相関があることを見出した。上記の測定方法および測定装置では、相対変化量ΔQの脈波成分の振幅の時間変化を用いてトレーサ濃度Paの時間変化を算出するので、上記の脳血流量を算出することが可能になる。従って、上記の測定方法および測定装置によれば、簡便な装置を用いて脳血流量を定量的に測定することができる。更には、被測定部位において濃度Paの時間変化を直接測定することができるので、測定精度を向上できる。
【0011】
また、上記の測定方法及び測定装置では、演算ステップにおいて(演算部が)、所定周波数より小さい周波数成分を除去するフィルタ処理を検出信号に対して行うことにより脈波成分を抽出してもよい。或いは、演算ステップにおいて(演算部が)、所定周波数より小さい周波数成分を除去するフィルタ処理を相対変化量ΔQに対して行うことにより脈波成分を抽出してもよい。これらの何れかの方法(装置)により、相対変化量ΔQの脈波成分を容易且つ正確に抽出して脈波成分の振幅を得ることができる。この場合、所定周波数は10Hz以上100Hz以下であってもよい。本発明者の知見によれば、このような周波数より小さい周波数成分を除去することにより、脈波成分を精度良く抽出することができる。
【0012】
また、上記の測定方法及び測定装置では、相対変化量ΔQのサンプリング周波数が10Hzより大きくてもよい。一般的に、安静時の人の心拍数は1分間に60回〜75回程度(すなわち1Hz〜1.25Hz程度)である。従って、例えばこのように心拍数よりも十分に大きいサンプリング周波数(短いサンプリング周期)で相対変化量ΔQを測定することにより、相対変化量ΔQの脈波成分の振幅を好適に得ることができる。
【0013】
また、上記の測定方法及び測定装置では、演算ステップにおいて(演算部が)、脈波成分の振幅の時間変化と、或るタイミングにおける頭部の動脈内のトレーサの絶対濃度とに基づいてトレーサ濃度Paの時間変化を算出してもよい。これにより、トレーサ濃度Paの時間変化を好適に算出することができる。この場合、上記の測定方法では、頭部の動脈内のトレーサの絶対濃度を色素希釈法によって測定してもよい。同様に、上記の測定装置は、頭部の動脈内のトレーサの絶対濃度を色素希釈法によって測定する測定部を更に備えてもよい。
【0014】
また、上記の測定方法は、動脈血中の絶対ヘモグロビン濃度をトレーサ導入ステップ前に予め測定するヘモグロビン測定ステップを更に含み、光照射ステップにおいて、ヘモグロビンの吸収波長を含む測定光を頭部に照射し、演算ステップにおいて、検出信号に基づいて脳組織内における相対ヘモグロビン濃度の時間変化を算出し、絶対ヘモグロビン濃度と、相対ヘモグロビン濃度の時間変化の脈波成分の振幅の時間変化と、相対変化量ΔQの脈波成分の振幅の時間変化とに基づいて濃度Paの時間変化を算出してもよい。同様に、上記の測定装置は、動脈血中の絶対ヘモグロビン濃度をトレーサの導入前に予め測定する測定部を更に備え、光照射部は、ヘモグロビンの吸収波長を含む測定光を頭部に照射し、演算部は、検出信号に基づいて脳組織内における相対ヘモグロビン濃度の時間変化を算出し、絶対ヘモグロビン濃度と、相対ヘモグロビン濃度の時間変化の脈波成分の振幅の時間変化と、相対変化量ΔQの脈波成分の振幅の時間変化とに基づいて濃度Paの時間変化を算出してもよい。例えばこれらの装置及び方法によっても、トレーサ濃度Paの時間変化を好適に算出することができる。更に、トレーサの絶対濃度を色素希釈法によって測定する測定部が不要になるので、装置構成を簡略化できる。
【0015】
また、上記の測定方法では、トレーサとしてインドシアニングリーンを用いてもよい。同様に、上記の測定装置では、トレーサはインドシアニングリーンであってもよい。インドシアニングリーンは近赤外域に吸収波長を有し、従来より多種の検査に使用され、安全且つ安価である。従って、トレーサとしてインドシアニングリーンを用いることにより、脳血流量の測定を安全且つ安価に行うことができる。
【0016】
また、上記の測定方法及び測定装置において、トレーサの吸収波長は近赤外域に含まれてもよい。近赤外域の光は頭部の各組織を透過しやすいので、トレーサの吸収波長が近赤外域に含まれることにより、トレーサの濃度を精度良く測定することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明による脳血流量の測定方法及び測定装置によれば、簡便な装置を用いて脳血流量を定量的に測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明の一実施形態に係る測定装置の構成を概略的に示す図である。
図2】ICG濃度の相対変化量ΔQの時間変化の一例を表すグラフである。
図3】デジタルフィルタのフィルタ特性を示す図である。
図4図3に示されるデジタルフィルタを用いて、ICG濃度の時間的相対変化量ΔQに含まれる周波数成分のうち所定周波数より小さい周波数成分を除去し、心拍に起因する脈波成分を抽出した結果を示すグラフである。
図5】(a)(b)フィルタ処理の概念を説明するための図である。
図6】測定装置の作動方法(脳血流量の測定方法)の各ステップを示すフローチャートである。
図7】(a)PETを用いて測定された複数の被測定者の脳血流量をプロットしたグラフである。(b)同じ被測定者について本実施形態の測定装置及び測定方法を用いてPETと同時に測定された脳血流量をプロットしたグラフである。
図8】一変形例に係る測定装置の構成を概略的に示す図である。
図9】(a)相対変化量ΔOHbから抽出された脈波成分の時間変化を概念的に示すグラフである。(b)相対変化量ΔQから抽出された脈波成分の時間変化を概念的に示すグラフである。
図10】一変形例に係る測定装置の作動方法(脳血流量の測定方法)を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、添付図面を参照しながら本発明による脳血流量の測定方法及び測定装置の実施の形態を詳細に説明する。なお、図面の説明において同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。
【0020】
図1は、本発明の一実施形態に係る測定装置1Aの構成を概略的に示す図である。本実施形態の測定装置1Aは、脳血流量(CBF;Cerebral Blood Flow)を定量的に測定する装置であって、図1に示されるように、光源(光照射部)3、光検出器(光検出部)4、演算部10、及び測定部20を備える。光源3及び光検出器4はプローブ5に取り付けられており、演算部10及び測定部20は本体部6の筐体6aに収容されている。プローブ5は、被測定者の頭部Hにおける測定対象部位に貼り付けられる。なお、図では演算部10及び測定部20の双方が共通の筐体6aに収容されているが、演算部10及び測定部20がそれぞれ別体の筐体に収容されてもよい。また、光照射部は、光源3を本体部6の筐体6aに収容し、本体部6とプローブ5とを接続する光ファイバを介して、光源3から出力された測定光L1を頭部Hに照射する構成としてもよい。また、光検出部は、光検出器4を本体部6の筐体6aに収容し、本体部6とプローブ5とを接続する光ファイバを介して、頭部Hの内部を伝搬した測定光L1を光検出器4で検出する構成としてもよい。
【0021】
光源3は、例えばレーザダイオード(LD)或いは発光ダイオード(LED)といった発光素子と、発光素子を駆動する回路とを有する。光源3は、頭部Hに照射される測定光L1を出力する。また、光源3と本体部6とは、ケーブル7によって相互に接続されている。測定光L1は、血管内に導入されるトレーサの吸収波長を含む複数波長(例えば3つの波長)の光である。以下の説明において、測定光L1の波長をλ,λ,λ(但し、λ,λ,λは互いに異なる波長)とする。トレーサは、例えばインドシアニングリーン(ICG)といった色素であり、測定装置1Aによる測定の直前に、被測定者の頭部以外の動脈或いは静脈に注入される。ICGは、血管内に注入されたのち血液中の血漿タンパクに結合するので、血管内を循環し、血管の外に移動することはほぼ無い。ICGの吸収波長は、血漿タンパクに結合した状態では805nmであり、近赤外域に含まれる。従って、測定光L1の波長は805nm付近であり近赤外域に含まれる。具体的には、測定光L1の波長は700nm〜850nmの範囲内に含まれる。光源3の出力波長及び発光タイミングは、後述する演算部10によって制御される。なお、光源3は、無線通信を介して本体部6と相互に接続されてもよい。
【0022】
光検出器4は、頭部Hの内部を伝搬した測定光L1を検出し、測定光L1の光強度に応じた電気的な検出信号S1を生成する。光検出器4は、プローブ5において光源3から間隔をあけて配置されている。光検出器4は、例えば測定光L1の波長を含む波長域に感度を有する光検出素子41を有し、一例では近赤外域に感度を有する。光検出素子41は、例えばアバランシェフォトダイオード、シリコンフォトダイオードなどのフォトダイオードである。光検出器4は、プローブ5と本体部6とを相互に接続するケーブル7を介して、生成した検出信号S1を演算部10に提供する。なお、光検出器4は、光検出素子41から出力される光電流を積分し、増幅するプリアンプ42を更に有してもよい。これにより、微弱な信号を感度良く検出して検出信号S1を生成し、この検出信号S1を本体部6へケーブル7を介して伝送することができる。光検出素子41は一次元検出器もしくは二次元検出器であってもよい。また、光検出器4は、無線通信を介して本体部6と相互に接続されてもよい。
【0023】
演算部10は、検出信号S1に基づいて得られる、脳組織内におけるトレーサ濃度の時間的な相対変化量(初期量(時間0におけるトレーサ濃度)からの時間的な変動量)、及び頭部Hの動脈内におけるトレーサ濃度と、脳血流量との所定の関係に基づいて脳血流量を算出する。演算部10は、例えばコンピュータによって実現される。コンピュータは、CPU及びメモリを有し、プログラムを実行することにより動作する。コンピュータとしては、例えばパーソナルコンピュータ、マイクロコンピュータ、クラウドサーバ、スマートデバイス(スマートフォン、タブレット端末など)などが挙げられる。
【0024】
測定部20は、頭部Hの動脈内におけるトレーサの絶対濃度を色素希釈法によって測定する。測定部20は、例えばDDG(Dye Densito-Gram)アナライザによって好適に実現される。DDGアナライザとしては、例えば日本光電製のDDG−3000シリーズが挙げられる。また、測定部20に関しては、下記の文献に記載された測定方法を引用することができる。
【0025】
・Takehiko Iijima et al., “Cardiac Output And Circulating Blood VolumeAnalysis By Pulse Dye-Densitometry”, journal of Clinical Monitoring, Vol.13,No.2, pp.81-89, (1997)
・Takasuke Imai et al., “Measurement qf Cardiac Output by Pulse Dye DensitometryUsing Indocyanine Green”, Anesthesiology, Vol.87, No.4, (1997)
・Masaki Haruna et al., “Blood Volume Measurement at the Bedside UsingICG Pulse Spectrophotometry”, Anesthesiology, Vol.89, No.6, (1998)
・Takehiko Iijima et al., “Circulating Blood Volume Measured by Pulse Dye-Densitometry”,Anesthesiology,Vol.89, No.6, (1998)
・Takasuke Imai et al., “Measurement of Blood Concentration of IndogyanineGreen by Pulse Dye Densitometry Comparison with the Conventional SpectrophotometricMethod”, Journal of Clinical Monitoring and Computing, Vol.14, pp.477-484, (1998)
測定部20からは測定のためのプローブ21が延びており、プローブ21は被測定者の体の一部(例えば指若しくは鼻)に取り付けられる。なお、測定部20によるトレーサ絶対濃度の測定は、1回の脳血流量の測定毎に少なくとも1回行われる。
【0026】
ここで、演算部10における脳血流量の算出方法の詳細について述べる。なお、以下の説明では、トレーサとしてICGを用いるものとする。いま、Q(μmol/100g)を脳組織内におけるトレーサ濃度とし、Pa(μmol/ml)を頭部Hの動脈内における絶対トレーサ濃度とし、Pv(μmol/ml)を頭部Hの静脈内における絶対トレーサ濃度とし、F(ml/(100g・min))を脳血流量とすると、これらの間には以下の関係がある(Fickの原理)。
【0027】
【数1】

頭部H以外にトレーサを注入してから、トレーサ濃度の変化が頭部Hの静脈に現れない時間内(約10秒)であれば、Pv=0と考えることができるので、上式は
【数2】

となる。両辺を積分すると
【数3】

が成り立つ。従って、脳血流量Fは
【数4】

として求められる。
【0028】
脳組織内におけるトレーサ濃度の相対変化量ΔQは、時間0〜tにおけるトレーサ濃度の変化量であり、演算部10において以下のようにして算出される。時刻Tにおける検出光波長λ〜λそれぞれに応じた検出信号S1の値をDλ1(T)〜Dλ3(T)、同じく時刻Tにおける値をDλ1(T)〜Dλ3(T)とすると、時刻T〜Tにおける検出光強度の変化量は、次の(5)〜(7)式のように表される。
【数5】

【数6】

【数7】

ただし、(5)〜(7)式において、ΔOD(T)は波長λの検出光強度の時間的変化量、ΔOD(T)は波長λの検出光強度の変化量、ΔOD(T)は波長λの検出光強度の時間的変化量である。
【0029】
また、時刻Tから時刻Tまでの間における酸素化ヘモグロビン、脱酸素化ヘモグロビン、及びICGの濃度の時間的相対変化量をそれぞれΔOHb(T)、ΔHHb(T)、及びΔICG(T)とすると、これらは次の(8)式によって求めることができる。
【数8】
【0030】
(8)式において、係数b11〜b33は、波長λ、λ、及びλの光に対するOHb、HHb、及びICGの吸光係数から求まる定数である。(8)式においてΔOHb(T)及びΔHHb(T)が含まれるのは、ICGの吸収波長と酸素化ヘモグロビン及び脱酸素化ヘモグロビンの吸収波長とが極めて近く、これらの吸収による影響を考慮するためである。演算部10は、光検出素子41からの検出信号S1について上記の演算を繰り返し行い、ICG濃度の時間的相対変化量ΔQ(=ΔICG(T))を周期的に算出する。その際の算出周期は人の心拍周期よりも十分に短く、算出周期をサンプリング周波数に換算すると、10Hzより大きく、一例では20Hzである。
【0031】
ここで、図2は、ICG濃度の相対変化量ΔQの時間変化の一例を表すグラフである。図2において、縦軸は相対変化量ΔQ(単位:mg/l・cm)を表し、横軸は時間(単位:秒、ICGの注入時点を0秒とする)を表す。また、図2において、グラフG11は相対変化量ΔQの主要な変化を示し、グラフG12は相対変化量ΔQの脈波成分の変化を示す。グラフG11を参照すると、ICGの注入後暫くはICG濃度の相対変化量ΔQは0であるが、次第に相対変化量ΔQが増大し、或るタイミングでピークに達する。その後、相対変化量ΔQは徐々に低下し、或る一定の大きさに落ち着く。一方、グラフG12に示されるように、ICG濃度の相対変化量ΔQには心臓の拍動に起因する脈波成分が含まれる。この脈波成分の周期は、心拍周期と等しい。また、脈波成分の振幅は、相対変化量ΔQの上昇中にピークとなり、相対変化量ΔQがピークに達する頃には脈波成分の振幅は小さくなっている。なお、図中の破線A1は脈波成分の振幅の上限を結んだ線であり、破線A2は脈波成分の振幅の下限を結んだ線である。或る時間における脈波成分の振幅は、当該時間における破線A1と破線A2との間隔と同義である。
【0032】
本実施形態では、頭部Hの動脈内におけるトレーサ濃度Paを得る為に、この脈波成分を抽出し、その振幅の時間変化を測定する。具体的には、演算部10は、ICG濃度の相対変化量ΔQ若しくは検出信号S1に対して、所定周波数より小さい周波数成分を除去するフィルタ処理を行う。安静時の心拍周波数(1Hz〜1.25Hz)を鑑みて、所定周波数(サンプリング周波数)は、例えば10Hz以上100Hz以下であることが好ましい。演算部10により行われるフィルタ処理の例を以下に示す。なお、以下の例では、サンプリング周波数が20Hzの場合で説明する。
【0033】
(1)デジタルフィルタによるフィルタ処理
所定の周期で得られた、時間的相対変化量ΔQ若しくは検出信号S1に関するデータ列をX(n)とする。但し、nは整数である。このデータ列X(n)に対し、n=0を時間中心として、例えば以下のフィルタ係数A(n)を各データに乗ずることによって、非巡回型の線形位相デジタルフィルタが実現される。
A(0)=0.8875
A(1)=A(−1)=0
A(2)=A(−2)=−0.075
A(3)=A(−3)=0
A(4)=A(−4)=−0.0675
A(5)=A(−5)=0
A(6)=A(−6)=−0.0613
A(7)=A(−7)=0
A(8)=A(−8)=−0.06
A(9)=A(−9)=0
A(10)=A(−10)=−0.05
A(11)=A(−11)=0
A(12)=A(−12)=−0.0363
A(13)=A(−13)=0
A(14)=A(−14)=−0.0338
A(15)=A(−15)=0
A(16)=A(−16)=−0.0313
A(17)=A(−17)=0
A(18)=A(−18)=−0.0288
【0034】
更に詳細に説明すると、データ列X(n)の遅延演算子は、次の(9)式によって表される。なお、fは時間周波数である(単位は1/sec)。また、ωは角周波数であり、ω=2πfである。なお、Tはデータ列X(n)が得られる周期であり、毎分150回(2.5Hz)程度までの変動波形を測定する為に、例えば1/20秒といった周期に設定される。
【数9】

このとき、上述したフィルタ係数A(n)を用いた場合のデジタルフィルタ特性は、次の(10)式によって記述される。
【数10】

このように、デジタルフィルタは、データ列X(n)と対応する各係数との積和演算によって表される。そして、この(10)式の時間周波数fを、毎分での時間周波数F(単位は1/min)に変換すると、次の(11)式が求められる。
【数11】
【0035】
図3は、このR(F)をグラフ表示したものであり、デジタルフィルタのフィルタ特性を示している。図3において、横軸は1分間あたりの心拍数であり、縦軸はR(F)の値である。また、図4は、図3に示されるデジタルフィルタを用いて、ICG濃度の時間的相対変化量ΔQに含まれる周波数成分のうち所定周波数より小さい周波数成分を除去し(低減し)、心拍に起因する脈波成分を抽出した結果を示すグラフである。図4において、グラフG21はフィルタ処理によって抽出された脈波成分を示しており、グラフG22は脈波成分の振幅の時間変化を示しており、グラフG23は脈波成分が除かれた(すなわち静脈における)相対変化量ΔQを示している。また、左の縦軸は脈波成分及びその振幅の大きさ(単位:mg/l・cm)を表し、右の縦軸は脈波成分が除かれた相対変化量ΔQの大きさ(単位:mg/l・cm)を表し、横軸は時間(単位:秒)を表す。図4に示されるように、上述したデジタルフィルタによって、心拍に起因する脈波成分を好適に抽出することができる。
【0036】
(2)平滑演算(最小2乗誤差カーブフィッティング)によるフィルタ処理
上述したデータ列X(n)においてn=0を時間中心とし、その前後の所定時間(例えば3秒間、5拍分)の間に得られたデータ列X(n)に対して、高次関数(例えば4次関数)を用いた最小2乗誤差カーブフィッティングを行う。そして、得られた高次関数の定数項を、n=0における平滑成分(所定周波数より小さい周波数成分)と見なす。すなわち、この平滑化された周波数成分を元のデータX(0)から差し引くことによって、相対変化量に含まれる周波数成分のうち所定周波数より小さい周波数成分を除去し、心拍に起因する脈波成分を分離・抽出することができる。
【0037】
(3)変動の極大部分や極小部分を一定に揃えるフィルタ処理
図5(a)及び図5(b)は、本フィルタ処理の概念を説明するための図である。このフィルタ処理では、例えば相対変化量ΔQの時間変化における極大値を求め、図5(a)に示されるように、この時間変化グラフG51の極大値P1を一定値と見なすことにより、相対変化量ΔQに含まれる所定周波数より小さい周波数成分を除去する。或いは、例えば相対変化量ΔQの時間変化における極小値を求め、図5(b)に示されるように、この時間変化グラフG51の極小値P2を一定値と見なすことにより、相対変化量ΔQに含まれる所定周波数より小さい周波数成分を除去する。このように、極大値P1及び/又は極小値P2を一定値に近づけることによって、心拍に起因する脈波成分を好適に抽出することができる。
【0038】
上述した方法によって抽出された脈波成分は、相対変化量ΔQの成分であって絶対量(定量値)ではない。そこで本実施形態では、頭部Hの動脈内におけるトレーサの絶対濃度Paの時間変化をこの脈波成分から求めるために、測定部20によって測定されるトレーサの絶対濃度を利用する。すなわち、測定中の或るタイミング(例えばトレーサ濃度の相対変化量ΔQがピークとなるタイミング)で測定部20によりトレーサの絶対濃度を測定することで、トレーサの絶対濃度の時間変化のピーク値を求めることができる。そして、相対変化量ΔQの脈波成分の振幅の時間変化と、トレーサの絶対濃度のピーク値とを比較することにより、各時刻における脈波成分の振幅の絶対量が明らかとなる。これにより、頭部Hの動脈内におけるトレーサの絶対濃度Paの時間変化を定量的に知ることができ、上記数式(4)に基づいて脳血流量を算出することができる。
【0039】
続いて、本実施形態の測定装置1Aの作動方法(すなわち脳血流量の測定方法)について説明する。図6は、測定装置1Aの作動方法(脳血流量の測定方法)の各ステップを示すフローチャートである。
【0040】
まず、被測定者の血管内にトレーサを導入する(トレーサ導入ステップS11)。トレーサの導入は、被測定者の頭部H以外の部位への動脈注射或いは静脈注射により行われる。好適なトレーサの種類は前述した通りである。次に、光源3は、演算部10からの指示に基づいて、波長λ〜λの測定光L1を順次出力する。これらの測定光L1は、頭部Hの表面に達し、頭部H内へ照射される(光照射ステップS12)。頭部H内に入射した測定光L1は、頭部H内において散乱するとともにトレーサに吸収されながら伝搬し、一部の光が頭部Hの表面に達する。頭部Hの表面に達した測定光L1は、光検出素子41によって検出される(光検出ステップS13)。光検出素子41は、検出した測定光L1の強度に応じた光電流を生成する。これらの光電流は、プリアンプ42によって電圧信号(検出信号)に変換され、A/D変換回路によってデジタル信号に変換されたのち、本体部6の演算部10に送られる。
【0041】
続いて、演算部10が、デジタル信号に基づいて、脳組織内におけるトレーサ濃度の相対変化量ΔQの時間変化と、頭部Hの動脈内における絶対トレーサ濃度Paの時間変化とを演算する(演算ステップS14)。このとき、演算部10は、デジタル信号または相対変化量ΔQに対してフィルタ処理を行い、所定周波数より小さい周波数成分を除去することにより、脈波成分を抽出する。また、測定部20は、頭部Hの動脈内における絶対トレーサ濃度を少なくとも1回、色素希釈法によって測定する。演算部10は、相対変化量ΔQの脈波成分の振幅の時間変化と、或る時点での動脈の絶対トレーサ濃度とを用いて、絶対トレーサ濃度Paの時間変化を求める。なお、相対変化量ΔQ及び絶対トレーサ濃度Paの時間変化の算出方法、並びにフィルタ処理の詳細は前述した通りである。そして、相対変化量ΔQ、絶対トレーサ濃度Paの時間変化、及び脳血流量の所定の関係(数式(4)を参照)に基づいて、脳血流量を算出する(演算ステップS15)。
【0042】
以上に説明した本実施形態による測定装置1A及び測定方法によって得られる効果について説明する。トレーサを血管内に導入すると、脳組織におけるトレーサ濃度が次第に上昇する。その上昇率は、脳血流速度に比例する。本実施形態では、トレーサの吸収波長を含む測定光L1を頭部Hに照射し、頭部Hを透過した測定光L1の光強度を検出する。このとき、脳組織内のトレーサ濃度に応じて測定光L1が吸収されるので、その吸収量と、トレーサ濃度の時間的な相対変化量ΔQとの所定の関係(数式(8)を参照)に基づいて、相対変化量ΔQを求めることができる。
【0043】
更に、脳組織内におけるトレーサ濃度の時間的な相対変化量ΔQ、頭部Hの動脈内におけるトレーサの濃度Paの時間変化、及び脳血流量Fの間には、前述した数式(1)の関係が存在する。本発明者は、相対変化量ΔQの脈波成分の振幅の時間変化と、頭部Hの動脈内におけるトレーサの濃度Paの時間変化との間に密接な相関があることを見出した。本実施形態では、相対変化量ΔQの脈波成分の振幅の時間変化を用いてトレーサ濃度Paの時間変化を算出するので、上記の脳血流量Fを算出することが可能になる。従って、簡便な装置を用いて脳血流量を定量的に測定することができる。更には、被測定部位において濃度Paの時間変化を直接測定することができるので、測定精度を向上できる。なお、本発明者により、本実施形態の方法により得られる脳血流量は、PETを用いて測定される脳血流量と同程度の値となることが確認された。
【0044】
図7(a)は、PETを用いて測定された複数の被測定者の脳血流量をプロットしたグラフであり、図7(b)は、同じ被測定者について本実施形態の測定装置1A及び測定方法を用いてPETと同時に測定された脳血流量をプロットしたグラフである。図7(a)及び図7(b)において、左側のプロット列は脳疾患(もやもや病)を有する被測定者の測定結果を示し、右側のプロット列は同じ被測定者の健常部分での測定結果を示す。なお、これらの図において、縦軸は脳血流量(単位:ml/100g/min)を表す。図7(a)及び図7(b)を参照すると、PETを用いて測定した場合、脳疾患を有する場合の脳血流量は29.1±4.4(ml/100g/min)の範囲に収まっており、健康な場合の脳血流量は33.3±4.6(ml/100g/min)の範囲に収まっている。また、本実施形態の測定装置1A及び測定方法を用いて測定した場合、脳疾患を有する場合の脳血流量は39.3±18.3(ml/100g/min)の範囲に収まっており、健康な場合の脳血流量は46.5±21.7(ml/100g/min)の範囲に収まっている。従って、これらのグラフから、本実施形態の測定装置1A及び測定方法により患側と健側との違いを検出できており、脳血流量を精度良く測定し得ることがわかる。
【0045】
また、本実施形態のように、演算ステップS14において(演算部10は)、所定周波数より小さい周波数成分を除去するフィルタ処理を検出信号S1または相対変化量ΔQに対して行うことにより脈波成分を抽出してもよい。これにより、相対変化量ΔQの脈波成分を容易且つ正確に抽出して脈波成分の振幅を得ることができる。この場合、所定周波数は10Hz以上100Hz以下であってもよい。本発明者の知見によれば、このような周波数より小さい周波数成分を除去することにより、脈波成分を精度良く抽出することができる。
【0046】
また、本実施形態のように、相対変化量ΔQのサンプリング周波数は10Hzより大きくてもよい。一般的に、安静時の人の心拍数は1分間に60回〜75回程度(すなわち1Hz〜1.25Hz程度)である。従って、例えばこのように心拍数よりも十分に大きいサンプリング周波数(短いサンプリング周期)で相対変化量ΔQを測定することにより、相対変化量ΔQの脈波成分の振幅を好適に得ることができる。
【0047】
また、本実施形態のように、演算ステップS14において(演算部10が)、脈波成分の振幅の時間変化と、例えば色素希釈法によって測定された、或るタイミングでの頭部Hの動脈内のトレーサの絶対濃度とに基づいて、トレーサ濃度Paの時間変化を算出してもよい。これにより、トレーサ濃度Paの時間変化を好適に算出することができる。
【0048】
また、本実施形態のように、トレーサとしてICGを用いてもよい。ICGは近赤外域に吸収波長を有し、従来より多種の検査に使用され、安全且つ安価である。従って、トレーサとしてICGを用いることにより、脳血流量の測定を安全且つ安価に行うことができる。
【0049】
また、本実施形態のように、トレーサの吸収波長は近赤外域に含まれてもよい。近赤外域の光は頭部Hの各組織を透過しやすいので、トレーサの吸収波長が近赤外域に含まれることにより、トレーサの濃度を精度良く測定することができる。
【0050】
(変形例)
続いて、上記実施形態の一変形例について説明する。図8は、本変形例に係る測定装置1Bの構成を概略的に示す図である。本変形例の測定装置1Bは、上記実施形態の測定部20に代えて、測定部30を備える。測定部30は、動脈血中の絶対ヘモグロビン濃度をトレーサの導入前に予め測定するための部分である。測定部30は、動脈血中の絶対ヘモグロビン濃度を、例えば被測定者から採血された血液を分析することにより測定する。
【0051】
また、本変形例では、光源3が、ヘモグロビンの吸収波長を含む測定光L1を頭部Hに照射する。但し、ヘモグロビンの吸収波長はICGの吸収波長に近いため、上記実施形態において例示された波長がそのまま用いられ得る。
【0052】
更に、本変形例では、演算部10が、検出信号S1に基づいて、脳組織内における相対ヘモグロビン濃度の時間変化を更に算出する。具体的には、相対ヘモグロビン濃度は、数式(8)に示された、酸素化ヘモグロビン濃度の時間的相対変化量ΔOHb、及び脱酸素化ヘモグロビン濃度の時間的相対変化量ΔHHbである。すなわち、数式(8)に基づいて、相対ヘモグロビン濃度を算出することができる。
【0053】
そして、演算部10は、測定部30により測定された絶対ヘモグロビン濃度と、演算部10により算出された相対ヘモグロビン濃度の時間変化の脈波成分の振幅の時間変化と、相対変化量ΔQの脈波成分の振幅の時間変化とに基づいて、絶対トレーサ濃度Paを算出する。具体的には以下の通りである。
【0054】
測定装置1Bにおいては、近赤外分光法により、酸素化ヘモグロビン濃度及び脱酸素化ヘモグロビン濃度の相対変化量ΔOHb,ΔHHbを測定することができる。動脈血においては脱酸素化ヘモグロビンは比較的少なく、主に酸素化ヘモグロビンの相対変化量ΔOHbが測定される。この測定を高速で(例えば20Hz)行うと、相対変化量ΔOHbの時間変化には、拍動による脈波成分が含まれる。そして、この脈波成分は、動脈血流量の時間変化とみなすことができる。脈波成分は、前述したトレーサの相対変化量ΔQと同様のフィルタ処理を相対変化量ΔOHbに対して行うことにより、相対変化量ΔOHbから分離・抽出することができる。
【0055】
図9(a)は、相対変化量ΔOHbから抽出された脈波成分の時間変化を概念的に示すグラフである。図中において、直線A3は脈波成分の振幅の中心を表し、直線A4は脈波成分の振幅の上限を表し、直線A5は脈波成分の振幅の下限を表す。通常、プローブ5の位置に変化がなければ、同図に示されるように相対変化量ΔOHbの脈波成分の時間変化の振幅Aは時間によらず一定となる。
【0056】
一方、血管内にトレーサを注入すると、上記実施形態において述べたように、脳組織内のトレーサ濃度の時間変化量ΔQが脈波成分を含みながら増加する。そして、この脈波成分もまた、上記実施形態において述べたようにフィルタ処理によって分離・抽出される。図9(b)は、相対変化量ΔQから抽出された脈波成分の時間変化を概念的に示すグラフである。図中において、直線A6は脈波成分の振幅の中心を表し、曲線A7は脈波成分の振幅の上限を表し、曲線A8は脈波成分の振幅の下限を表す。同図に示されるように、相対変化量ΔOHbの脈波成分の時間変化の振幅B(t)は、動脈中のトレーサ濃度の増加と共に増加する。
【0057】
ここで、各時間tにおける振幅Aと振幅B(t)との比は、当該時間tにおける動脈血中ヘモグロビン濃度と絶対トレーサ濃度との比に一致する。つまり、振幅A及び振幅B(t)を測定することにより、時間tにおける絶対トレーサ濃度Pa(t)を測定することが可能となる。なお、動脈血中ヘモグロビン濃度は、測定部30により測定される。
【0058】
具体的には、次式が成り立つ。
A:B(t)=Hb/(Hb_M):Pa(t)/TR_M
但し、Hb(g/dl)は測定部30により測定される動脈血中ヘモグロビン濃度であり、Hb_Mはヘモグロビン分子量(64500)であり、Pa(t)(mg/dl)は時間tでの絶対トレーサ濃度であり、TR_Mはトレーサの分子量(ICGの場合775)である。従って、絶対トレーサ濃度Pa(t)は
Pa(t)=B(t)・(Hb・TR_M)/(A・Hb_M)
として求められる。
【0059】
図10は、本変形例に係る測定装置1Bの作動方法(脳血流量の測定方法)を示すフローチャートである。図10に示されるように、本変形例では、まず、測定部30により、動脈血中の絶対ヘモグロビン濃度をトレーサの導入前に予め測定する(ヘモグロビン測定ステップS10)。次に、上記実施形態と同様に、トレーサ導入ステップS11、光照射ステップS12及び光検出ステップS13を行う。続いて、演算ステップS16では、トレーサ濃度の時間的相対変化量ΔQに加えて、酸素化ヘモグロビン濃度の時間的相対変化量ΔOHbを求める。そして、相対変化量ΔQ及びΔOHbのそれぞれに対してフィルタ処理を行い、脈波成分を抽出する。これらの脈波成分の振幅A,B(t)と、測定部30により測定された動脈血中の絶対ヘモグロビン濃度とに基づいて、絶対トレーサ濃度Pa(t)を算出する。その後、上記実施形態と同様に演算ステップS15を行い、脳血流量を算出する。
【0060】
以上に説明した本変形例によれば、上記実施形態と同様に、簡便な装置を用いて脳血流量を定量的に測定することができる。加えて、本変形例によれば、上記実施形態の測定部20(例えばDDGアナライザ)が不要となり、装置構成の簡略化・小型化に寄与できる。
【0061】
本発明による脳血流量の測定方法及び測定装置は、上述した実施形態に限られるものではなく、他に様々な変形が可能である。例えば、上記実施形態ではトレーサとしてインドシアニングリーンを例示したが、トレーサはこれに限られず、特定波長の光を吸収するものであればよい。例えば、メチレンブルー、パテントブルー、インジコカルミンといった様々なトレーサを使用することができる。また、上記実施形態ではフィルタの例として各種のハイパスフィルタを例示したが、バンドパスフィルタによっても、相対変化量ΔQから脈波成分を好適に抽出することができる。
【符号の説明】
【0062】
1A,1B…測定装置、3…光源、4…光検出器、5…プローブ、6…本体部、6a…筐体、10…演算部、20…測定部、21…プローブ、30…測定部、41…光検出素子、42…プリアンプ、H…頭部、L1…測定光、S1…検出信号、S10…ヘモグロビン測定ステップ、S11…トレーサ導入ステップ、S12…光照射ステップ、S13…光検出ステップ、S14〜S16…演算ステップ。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10