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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2019-89962(P2019-89962A)
(43)【公開日】2019年6月13日
(54)【発明の名称】高分子成形体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08J 7/14 20060101AFI20190524BHJP
   A61L 31/04 20060101ALI20190524BHJP
   A61L 31/06 20060101ALI20190524BHJP
   A61L 31/14 20060101ALI20190524BHJP
   A61L 15/24 20060101ALI20190524BHJP
   A61L 15/26 20060101ALI20190524BHJP
   A61K 8/81 20060101ALI20190524BHJP
   A61K 8/88 20060101ALI20190524BHJP
【FI】
   C08J7/14CER
   C08J7/14CEZ
   A61L31/04 110
   A61L31/06
   A61L31/14 300
   A61L15/24 100
   A61L15/26 100
   A61L31/14 400
   A61K8/81
   A61K8/88
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2017-220557(P2017-220557)
(22)【出願日】2017年11月16日
(71)【出願人】
【識別番号】000002820
【氏名又は名称】大日精化工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100098707
【弁理士】
【氏名又は名称】近藤 利英子
(74)【代理人】
【識別番号】100135987
【弁理士】
【氏名又は名称】菅野 重慶
(74)【代理人】
【識別番号】100161377
【弁理士】
【氏名又は名称】岡田 薫
(74)【代理人】
【識別番号】100168033
【弁理士】
【氏名又は名称】竹山 圭太
(72)【発明者】
【氏名】礒野 康幸
【テーマコード(参考)】
4C081
4C083
4F073
【Fターム(参考)】
4C081AA02
4C081AC16
4C081CA021
4C081CA031
4C081CA081
4C081CA231
4C081DA01
4C081DA02
4C081DA03
4C081DA04
4C081DA11
4C081DA16
4C083AD021
4C083AD071
4C083AD091
4C083AD111
4C083CC01
4F073AA32
4F073BA17
4F073BA18
4F073BB01
4F073BB04
4F073EA11
4F073EA21
4F073EA38
4F073HA05
4F073HA09
(57)【要約】
【課題】所望とする形状を有するポリアニオン性高分子からなる成形体を容易に製造することが可能な、高分子成形体の新規な製造方法を提供する。
【解決手段】ポリ(メタ)アクリル酸やアニオン変性ポリビニルアルコール等のポリアニオン性高分子(ポリアニオン性多糖類を除く)の水溶性塩からなる原料成形体を、無水酢酸等の酸無水物を含む処理液に接触させて、膜状やスポンジ状等の原料成形体の形状を維持したまま水溶性塩を中和して所望とする形状の高分子成形体を得る工程を有する、医療用材料や化粧品用材料として有用な高分子成形体の製造方法である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアニオン性高分子(ポリアニオン性多糖類を除く)の水溶性塩からなる原料成形体を、酸無水物を含む処理液に接触させて、前記原料成形体の形状を維持したまま前記水溶性塩を中和して高分子成形体を得る工程を有する高分子成形体の製造方法。
【請求項2】
前記ポリアニオン性高分子が、ポリ(メタ)アクリル酸、アニオン変性ポリビニルアルコール、ポリスチレンスルホン酸、ポリスチレンリン酸、ポリビニルスルホン酸、ポリグルタミン酸、ポリアスパラギン酸、及びこれらの誘導体からなる群より選択される少なくとも一種である請求項1に記載の高分子成形体の製造方法。
【請求項3】
前記原料成形体の形状が、膜状、塊状、繊維状、棒状、管状、粉末状、粒子状、又はスポンジ状である請求項1又は2に記載の高分子成形体の製造方法。
【請求項4】
前記酸無水物が、無水酢酸、無水プロピオン酸、無水コハク酸、無水酪酸、無水フタル酸、及び無水マレイン酸からなる群より選択される少なくとも一種である請求項1〜3のいずれか一項に記載の高分子成形体の製造方法。
【請求項5】
前記処理液が、水及び水溶性有機溶媒の少なくともいずれかの媒体をさらに含む請求項1〜4のいずれか一項に記載の高分子成形体の製造方法。
【請求項6】
前記水溶性有機溶媒が、メタノール、エタノール、プロパノール、ジメチルスルホキシド、アセトニトリル、及びテトラヒドロフランからなる群より選択される少なくとも一種である請求項5に記載の高分子成形体の製造方法。
【請求項7】
前記高分子成形体が、医療用材料又は化粧品用材料として用いられる請求項1〜6のいずれか一項に記載の高分子成形体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子成形体の新規な製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体組織に対する適応性を有する高分子ハイドロゲルは、癒着防止材、創傷被覆材、止血材、又は薬物放出基材などへの応用が幅広く研究されている。このようなハイドロゲルとして用いられる高分子にはいくつかの種類がある。例えば、コラーゲンに代表されるタンパク由来の高分子がある。また、多糖類及びその架橋体を用いたハイドロゲルも知られている。但し、タンパク由来のハイドロゲルは、ウイルス等の病原体の感染や、アレルギー反応などに配慮する必要がある。また、多糖類を架橋したハイドロゲルは柔軟性に乏しく、生体吸収性が低いといった課題がある。
【0003】
また、近年、合成高分子化合物からなるハイドロゲルを用いた報告もある。但し、合成高分子化合物は、一般的に生体適合性が低いとともに、調製が煩雑であるといった問題が生ずる場合がある。
【0004】
ハイドロゲルを構成する合成高分子化合物として、ポリアクリル酸やポリビニルピロリドンなどが知られている。例えば、アクリル酸重合体を含有する粘着剤で形成された粘着層を有する医療用の粘着シートが提案されている(特許文献1)。しかし、アクリル酸重合体を不溶化するために化学架橋剤を用いることから、化学架橋剤の残留分や分解物の影響が懸念される。
【0005】
一方、ポリアクリル酸等の合成高分子化合物及びその膜状成形物(フィルム、シート)が、医薬品(外用剤)原料や化粧品材料として用いられることが知られている。このようなポリアクリル酸のフィルム等は、例えば、ポリアクリル酸の水溶液を薄くキャスティングした後、乾燥することで得ることができる(特許文献2及び3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005−152602号公報
【特許文献2】特開2002−212221号公報
【特許文献3】国際公開第2014/065291号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、ポリアクリル酸は必ずしも水に溶けやすいものではなく、特に、高分子量のポリアクリル酸の高濃度水溶液を調製することは困難な場合があった。このため、特許文献2及び3で開示されたポリアクリル酸フィルムを製造する方法は、必ずしも汎用性の高い製造方法であるとは言えなかった。
【0008】
本発明は、このような従来技術の有する問題点に鑑みてなされたものであり、その課題とするところは、所望とする形状を有するポリアニオン性高分子からなる成形体を容易に製造することが可能な、高分子成形体の新規な製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
すなわち、本発明によれば、以下に示す高分子成形体の製造方法が提供される。
[1]ポリアニオン性高分子(ポリアニオン性多糖類を除く)の水溶性塩からなる原料成形体を、酸無水物を含む処理液に接触させて、前記原料成形体の形状を維持したまま前記水溶性塩を中和して高分子成形体を得る工程を有する高分子成形体の製造方法。
[2]前記ポリアニオン性高分子が、ポリ(メタ)アクリル酸、アニオン変性ポリビニルアルコール、ポリスチレンスルホン酸、ポリスチレンリン酸、ポリビニルスルホン酸、ポリグルタミン酸、ポリアスパラギン酸、及びこれらの誘導体からなる群より選択される少なくとも一種である前記[1]に記載の高分子成形体の製造方法。
[3]前記原料成形体の形状が、膜状、塊状、繊維状、棒状、管状、粉末状、粒子状、又はスポンジ状である前記[1]又は[2]に記載の高分子成形体の製造方法。
[4]前記酸無水物が、無水酢酸、無水プロピオン酸、無水コハク酸、無水酪酸、無水フタル酸、及び無水マレイン酸からなる群より選択される少なくとも一種である前記[1]〜[3]のいずれかに記載の高分子成形体の製造方法。
[5]前記処理液が、水及び水溶性有機溶媒の少なくともいずれかの媒体をさらに含む前記[1]〜[4]のいずれかに記載の高分子成形体の製造方法。
[6]前記水溶性有機溶媒が、メタノール、エタノール、プロパノール、ジメチルスルホキシド、アセトニトリル、及びテトラヒドロフランからなる群より選択される少なくとも一種である前記[5]に記載の高分子成形体の製造方法。
[7]前記高分子成形体が、医療用材料又は化粧品用材料として用いられる前記[1]〜[6]のいずれかに記載の高分子成形体の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、所望とする形状を有するポリアニオン性高分子からなる成形体を容易に製造することが可能な、高分子成形体の新規な製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】比較例1で得たポリアクリル酸ナトリウム膜(処理前)の赤外吸収スペクトルである。
図2】実施例1で得た水不溶性膜(処理後)の赤外吸収スペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態について説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではない。
【0013】
<高分子成形体の製造方法>
本発明の高分子成形体の製造方法(以下、単に「製造方法」とも記す)は、ポリアニオン性高分子(ポリアニオン性多糖類を除く)の水溶性塩からなる原料成形体を、酸無水物を含む処理液に接触させて、原料成形体の形状を維持したまま水溶性塩を中和して高分子成形体を得る工程(処理工程)を有する。以下、その詳細について説明する。
【0014】
処理工程で用いる原料成形体は、ポリアニオン性多糖類以外のポリアニオン性高分子の水溶性塩を用いて形成される。ポリアニオン性高分子は、カルボキシ基やスルホン酸基等の負電荷を帯びた1以上のアニオン性基をその分子構造中に有する高分子化合物である。また、ポリアニオン性高分子の水溶性塩は、ポリアニオン性高分子中のアニオン性基の少なくとも一部が塩を形成したものである。
【0015】
ポリアニオン性高分子の具体例としては、ポリ(メタ)アクリル酸、カルボキシ変性やスルホン変性などのアニオン変性ポリビニルアルコール、ポリスチレンスルホン酸、ポリスチレンリン酸、ポリビニルスルホン酸、ポリグルタミン酸、及びポリアスパラギン酸等を挙げることができる。これらのポリアニオン性高分子は、アニオン性官能基が存在する範囲で誘導体化されたもの(誘導体)であってもよい。これらのポリアニオン性高分子は、一種単独で又は二種以上を組み合わせて用いることができる。
【0016】
ポリアニオン性多糖類の水溶性塩としては、無機塩、アンモニウム塩、及び有機アミン塩等を挙げることができる。無機塩の具体例としては、ナトリウム、カリウム等のアルカリ金属塩;カルシウム塩等のアルカリ土類金属塩;亜鉛、鉄等の金属塩等を挙げることができる。
【0017】
ポリアニオン性高分子の分子量については特に限定されない。但し、分子量が比較的高い(より高分子量の)ポリアニオン性高分子を用いることで、水難溶性又は水不溶性の高分子成形体を得ることができる。一方、分子量が比較的低い(より低分子量の)ポリアニオン性高分子を用いることで、水溶性の高分子成形体を得ることができる。水難溶性又は水不溶性の高分子成形体を製造しようとする場合、用いるポリアニオン性高分子の重量平均分子量は、例えば、500,000以上であることが好ましく、1,000,000以上であることがさらに好ましく、2,000,000以上であることが特に好ましい。一方、水溶性の高分子成形体を製造しようとする場合、用いるポリアニオン性高分子の重量平均分子量は、例えば、300,000以下であることが好ましく、100,000以下であることがさらに好ましく、25,000以下であることが特に好ましい。
【0018】
原料成形体は、例えば、ポリアニオン性高分子の水溶性塩を水に溶解させて得た水溶液を所望の形状に成形した後、乾燥等させることによって得ることができる。原料成形体の形状としては、例えば、膜状、塊状、繊維状、棒状、管状、粉末状、粒子状、及びスポンジ状等を挙げることができる。これらの形状の原料成形体を、酸無水物を含む処理液に接触させて処理することによって、膜状、塊状、繊維状、棒状、管状、粉末状、粒子状、及びスポンジ状等の用途に応じた形状の高分子成形体を得ることができる。なお、必要に応じて、得られた高分子成形体をさらに成形して所望の形状に加工してもよい。
【0019】
例えば、ポリアニオン性高分子の水溶性塩の水溶液を適当な容器に流し入れた後、乾燥又は凍結乾燥することによって、膜状(シート状)又は塊状(ブロック状、スポンジ状)の原料成形体を得ることができる。また、ポリアニオン性高分子の水溶性塩の水溶液をノズルから貧溶媒中に押し出すことによって、繊維状の原料成形体を得ることができる。ポリアニオン性高分子の水溶性塩の水溶液を適当な管に充填した後、乾燥又は凍結乾燥することによって、棒状の原料成形体を得ることができる。また、乾燥したポリアニオン性高分子を粉砕して粉体化することによって、粉末状又は粒子状の原料成形体を得ることができる。このように、本発明の製造方法によれば、ポリアニオン性高分子を所望とする形状に成形した後に酸無水物を含む処理液に接触させて処理するため、用途に応じた形状の高分子成形体を得ることができる。
【0020】
原料成形体を処理するために用いる処理液は、酸無水物を含有する。酸無水物の具体例としては、無水酢酸、無水プロピオン酸、無水コハク酸、無水酪酸、無水フタル酸、及び無水マレイン酸等を挙げることができる。なかでも、無水酢酸及び無水プロピオン酸が好ましい。これらの酸無水物は、一種単独で又は二種以上を組み合わせて用いることができる。
【0021】
処理液は、水及び水溶性有機溶媒の少なくともいずれかの媒体をさらに含むとともに、この媒体中に酸無水物が溶解又は分散していることが好ましい。このような媒体中に酸無水物が溶解又は分散した処理液を使用することで、原料成形体を十分かつ速やかに処理し、水溶性塩を中和して高分子成形体を得ることができる。
【0022】
水溶性有機溶媒の具体例としては、メタノール、エタノール、プロパノール、ジメチルスルホキシド(DMSO)、アセトニトリル、及びテトラヒドロフラン等を挙げることができる。なかでも、メタノール、エタノール、及びジメチルスルホキシドが好ましい。これらの水溶性有機溶媒は、一種単独で又は二種以上を組み合わせて用いることができる。
【0023】
処理液中の酸無水物の濃度は、通常、1〜80質量%であり、5〜50質量%であることが好ましい。酸無水物の濃度が1質量%未満であると、水溶性塩の中和の程度が不十分になる、或いは中和に長時間を要する傾向にある。一方、酸無水物の濃度が80質量%を超えると、効果が頭打ちになる傾向にある。
【0024】
ポリアニオン性高分子は親水性が高いため、その水溶性塩をより十分かつ速やかに中和して水難溶性、水不溶性、又は水溶性の成形体を得る観点から、処理液が媒体として水を含有することが好ましい。処理液中の水の含有量は、原料成形体が溶解又は膨潤しない程度とすることが好ましい。具体的には、処理液中の水の含有量は、0.01〜50質量%であることが好ましく、0.1〜15質量%であることがさらに好ましい。処理液中の水の含有量が0.01%未満であると、水溶性塩の中和の程度が不十分となる場合がある。また、処理液中の水の含有量が50%超であると、得られる高分子成形体の形状維持が困難となる場合がある。
【0025】
処理工程においては、酸無水物を含む処理液に原料成形体を接触させる。原料成形体を処理液に接触させることで、原料成形体の形状を維持したまま水溶性塩が中和されて高分子成形体が形成される。処理液に原料成形体を接触させる方法は特に限定されないが、原料成形体の全体に処理液が接触するとともに、原料成形体の内部にまで処理液が浸透するように処理することが好ましい。具体的な方法としては、原料成形体を処理液中に浸漬する、原料成形体に処理液を塗布又は吹き付ける(噴霧する)等の方法を挙げることができる。
【0026】
粉末状又は粒子状の原料成形体を処理する場合には、まず、粉末状又は粒子状の原料成形体を、原料成形体を構成するポリアニオン性高分子の水溶性塩の貧溶媒に分散させる。次いで、処理液を添加し、貧溶媒中に分散させた状態の粉末状又は粒子状の原料成形体と処理液を接触させ、原料成形体を処理液で処理すればよい。貧溶媒としては、メタノール、エタノール、プロパノール、ジメチルスルホキシド、アセトニトリル、及びテトラヒドロフラン等を用いることができる。これらの貧溶媒は、一種単独で又は二種以上を組み合わせて用いることができる。なお、この貧溶媒は、粉末状又は粒子状の原料成形体が溶解しない程度の微量な水を含有していてもよい。
【0027】
処理の際の温度は、処理液の沸点を超えない温度であればよく、特に限定されない。ポリアニオン性高分子の分解変性を抑制する観点、及び媒体や副生成物等の揮散を抑制する観点からは、処理の際の温度は0〜90℃とすることが好ましく、10〜80℃とすることがさらに好ましく、25℃〜60℃とすることが特に好ましい。また、処理時間は60分以下とすることが好ましい。処理工程の後、必要に応じて水や水溶性有機溶媒等を用いて洗浄すること等によって、難水溶性、水不溶性、又は水溶性の高分子成形体を得ることができる。
【0028】
ポリアニオン性高分子のナトリウム塩を用いて形成した原料成形体を、無水酢酸のアルコール溶液で処理した場合に想定される反応を以下に示す。なお、本発明は、想定される以下の反応によって何ら限定されるものではない。
【0029】
無水酢酸はアルコール存在下で開裂する際に、ポリアニオン性高分子中のナトリウムを奪い、カルボキシ基等のアニオン性基がナトリウム塩型から酸型となる。この点については、得られる高分子成形体中のNa含量の測定、又は高分子成形体のアルカリ溶液による滴定によって確認することができる。なお、得られる水不溶性成形体は、分子中のすべてのアニオン性基が酸型となっている必要はない。
【0030】
ポリアニオン性高分子の水溶性塩を用いて形成した原料成形体を塩酸等の無機酸や酢酸等の有機酸に浸漬しても、水溶性塩を十分に中和することは極めて困難である。また、処理液中の酸無水物を、この酸無水物に対応する酸に置き換えても、水溶性塩が十分に中和された、目的とする高分子成形体を得ることはできない。このことから、ポリアニオン性高分子のアニオン性基が酸型に変化する以外の要因も加わり、高分子成形体が得られると予想される。
【0031】
本発明の製造方法においては化学的架橋剤を用いる必要がないため、得られる高分子成形体を構成する分子中に化学的架橋剤に由来する官能基等の構造が取り込まれることがない。このため、上記の製造方法によって製造される高分子成形体は、原料であるポリアニオン性高分子本来の特性が保持されているとともに、安全性が高い。したがって、本発明の製造方法により製造される高分子成形体は、医療用材料の他、化粧品用材料として好適である。
【0032】
本明細書における「水不溶性」とは、水に容易に溶解しない性質を意味する。より具体的には、本発明の製造方法によって製造される高分子成形体のうち、水不溶性の高分子成形体は、水により膨潤状態になるが溶解することはなく、成形体の原形をとどめている。
【0033】
高分子成形体は、ポリアニオン性高分子の水溶性塩からなる原料成形体から塩を構成するカチオン種の少なくとも一部を除去することで製造される。製造される高分子成形体のうち、水不溶性のもの(水不溶性成形体)の膨潤率は、6,000質量%以下であることが好ましく、900質量%以下であることがさらに好ましく、100〜500質量%であることが特に好ましく、150〜350質量%であることが最も好ましい。
【0034】
水不溶性成形体のうち、膨潤率が十分に低いものについては、医療用材料の他、化粧品用材料として好適である。本明細書における「膨潤率」とは、「水分保持前(膨潤前)の水不溶性成形体の質量」に対する、「水分保持後(膨潤後)の水不溶性成形体の質量」の割合(質量%)を意味する。
【0035】
本発明の製造方法によって製造される高分子成形体は、化学的架橋剤を用いることなく、酸無水物を含む処理液でポリアニオン性高分子の水溶性塩からなる原料成形体を処理して得られたものである。このため、得られる高分子成形体は、それを構成するポリアニオン性高分子の分子が実質的に架橋されていない。さらに、ポリアニオン性高分子には、新たな共有結合が実質的に形成されていない。但し、高分子成形体を構成するポリアニオン性高分子の分子間には、水素結合、疎水結合、及びファンデルワールス力などの物理的結合が形成されていると推測される。そのような物理的結合がポリアニオン性高分子の分子間で形成されている点については、赤外吸収スペクトル等の物理的測定法により確認することができる。
【0036】
高分子成形体のうち、水不溶性成形体は、酸性からアルカリ性までの広範なpH域において安定して水不溶性なものである。但し、水不溶性成形体は、例えばpH12以上の水性媒体に接触又は浸漬等した場合には、分子間同士の物理的結合が解離して容易に溶解する場合がある。
【0037】
以下、本発明の製造方法によって製造された高分子成形体の利用の形態について説明するが、本発明は以下の利用の形態に限定されるものではない。
【0038】
高分子成形体のうち、水不溶性成形体は、例えば医療用の処置材として使用することができる。具体的には、外科手術や受傷時における出血に対しての止血材、又は創傷に対して保護や治癒促進の目的での創傷被覆材として好適に使用することができる。
【0039】
その形状がフィルム、スポンジ、シート、又は粉末である高分子成形体には、使用目的に応じて、抗菌剤、抗炎症剤、血液凝固剤、抗凝固剤、局所麻酔剤、血管収縮剤、又は血管拡張剤などの薬剤を配合することができる。
【0040】
その形状がフィルム、スポンジ、シート、又は粉末である高分子成形体は、創傷の被覆材として使用することができる。さらに、創傷部位からの出血に対する止血材や、創傷部位からのリンパ液漏出に対する体液吸収材などとして使用することも可能である。
【0041】
薬学的に許容される有効成分を高分子成形体に含有させることで、徐放性製剤を構成することができる。高分子成形体は、前述の通り、化学的架橋剤を用いることなく製造されうるものである。このため、原料であるポリアニオン性高分子本来の特性が保持されており、安全性に優れているとともに、有効成分を徐々に放出することができる。なお、有効成分の種類は薬学的に許容されるものであれば特に限定されない。
【実施例】
【0042】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、実施例、比較例中の「%」は、特に断らない限り質量基準である。
【0043】
(比較例1)
ポリアクリル酸ナトリウム(重合度(公称値):2.5万、和光純薬社製)2.0gと水98.0gを混合し、ビーカー中で撹拌して均一な水溶液を得た。得られた水溶液をステンレス製バットに流し入れ、30℃で乾燥してポリアクリル酸ナトリウム膜を得た(比較例1)。
【0044】
(実施例1)
上記の比較例1で得たポリアクリル酸ナトリウム膜を100mLの処理液(5体積%無水酢酸/90%エタノール溶液)に浸漬し、50℃で1時間放置した。放置後の膜をエタノール、80体積%エタノール水溶液、及び水の順で洗浄して、水不溶性膜を得た(実施例1)。
【0045】
FT−IR装置(商品名「Frontier」、Perkin Elmer社製)を使用し、実施例1及び比較例1で得た膜の赤外吸収スペクトルを測定した。具体的には、FT−IR装置に付属したATR(商品名「Universal ATR Sampling Accessory」、Perkin Elmer社製)に試料を挟み、4,000〜600cm-1の範囲を4回スキャンした。図1は、比較例1で得たポリアクリル酸ナトリウム膜(処理前)の赤外吸収スペクトルである。また、図2は、実施例1で得た水不溶性膜(処理後)の赤外吸収スペクトルである。図1及び2に示すように、ポリアクリル酸ナトリウム膜を処理液に接触させて処理したことで、ナトリウム塩型である解離したカルボキシ基に由来する1,400cm-1(矢印1(図1))及び1,600cm-1(矢印2(図1))の吸収が減少するとともに、酸型である非解離のカルボキシ基に由来する1,220cm-1(矢印3(図2))及び1,730cm-1(矢印4(図2))の吸収が増加したことが分かる。
【0046】
また、原子吸光分析装置(AAS)(商品名「Z−5310」、日立製作所社製)を使用し、実施例1及び比較例1で得た膜中のナトリウム(Na)含有量を原子吸光分析により測定した。具体的には、まず、膜(約0.2g)に硫酸を加え、マイクロ波により有機物を分解除去して灰化させた後、イオン交換水に溶解させた。次いで、測定元素が検量線濃度範囲内に入るようにイオン交換水で希釈し、原子吸光分析に供した。測定結果を表1に示す。なお、原料として用いたポリアクリル酸ナトリウムについての分析結果も表1に示す。
【0047】
【0048】
表1に示すように、ポリアクリル酸ナトリウム膜を処理液に接触させて処理することで、ナトリウム含有量が1/4程度にまで減少したことがわかる。これにより、処理液に接触させることで膜中のナトリウムが奪われ、カルボキシ基がナトリウム塩型から酸型となって膜が水不溶化したと考えられる。
【0049】
(比較例2)
ポリアクリル酸ナトリウムに代えて、カルボキシ変性ビニルアルコールのナトリウム塩(商品名「AF−17」、日本酢ビ・ポバール社製、4%水溶液の粘度:30±3mPa・s)を用いたこと以外は、前述の比較例1と同様にしてカルボキシ変性ビニルアルコールのナトリウム塩からなる膜を得た(比較例2)。
【0050】
(実施例2)
上記の比較例2で得たカルボキシ変性ビニルアルコールのナトリウム塩からなる膜を用いたこと以外は、前述の実施例1と同様にして水不溶性膜を得た(実施例2)。
【0051】
(評価1:水不溶性の評価)
2cm角に切断した膜を直径3.5cm、深さ1.5cmの容器に入れ、PBS緩衝液(pH6.8)5mLを加えた。この容器を37℃に調整した振盪機に入れ、10〜20rpmで振盪した。経時的な膜の状態変化を目視観察し、以下に示す評価基準にしたがって膜の水不溶性を評価した。結果を表2に示す。
◎:膜は水不溶化されており、原形が保持されていた。
○:膜は水不溶化されていたが、断片化していた。
△:膜は水不溶性のゲルとなっており、原形は保持されていなかった。
×:膜は水不溶化されておらず、溶解していた。
【0052】
(評価2:膨潤率の測定)
以下の手順によって膜の膨潤率を測定した。乾燥状態の膜の質量を測定し「膨潤前質量」とした。次に、膜を十分な量の水に浸漬し、室温で1時間静置した。十分膨潤した膜の表面に付着した余分な水分を紙タオル等で除去し、質量を測定して「膨潤後質量」とした。「膨潤率」とは、「膨潤前質量」に対する「膨潤後質量」の割合(質量%)を意味する。結果を表1に示す。なお、比較例1及び2で得た膜は、浸漬した水から持ち上げること、及びその表面に付着した余分な水分を除去することが困難であったため、膨潤率を測定することができなかった。
【0053】
【0054】
(実施例3)
ポリアクリル酸ナトリウム(重合度(公称値):3,000、和光純薬社製)2.0gと水98.0gを混合し、ビーカー中で撹拌して均一な水溶液を得た。得られた水溶液をステンレス製バットに流し入れ、30℃で乾燥してポリアクリル酸ナトリウム膜を得た。得られたポリアクリル酸ナトリウム膜を100mLの処理液(5体積%無水酢酸/90%エタノール溶液)に浸漬し、50℃で1時間放置した。放置後の膜をエタノール、80体積%エタノール水溶液、及び水の順で洗浄して処理膜を得た。実施例1と同様の方法で測定した処理膜のNa残留率は27.7%であった。また、評価1と同様の方法で処理膜の水不溶性を評価したところ、膜は水不溶化されておらず、溶解することがわかった。
【0055】
(実施例4)
比較例1で用いたポリアクリル酸ナトリウムの水溶液をステンレス製バットに流し入れ、−30℃で凍結させた後、棚加熱温度120℃で凍結乾燥した。これにより、ポリアクリル酸ナトリウムからなるスポンジ状の原料成形体を得た。得られた原料成形体を100mLの処理液(20体積%無水酢酸/90%エタノール溶液)に浸漬し、50℃で1時間放置した。放置後の成形体をエタノール、80体積%エタノール水溶液、及び水の順で洗浄して、水不溶性のスポンジ状成形体を得た。得られた水不溶性のスポンジ状成形体について、前述の「水不溶性の評価」を実施したところ、スポンジ状の原形が72時間以上保持されることがわかった。
【0056】
(実施例5)
実施例4で製造した水不溶性のスポンジ状成形体を繭型に切り出し、市販の化粧水を含浸させた。繭型のスポンジ状成形体は、化粧水に溶解することはなかった。また、肌への貼り付き性が高いため、目元貼付用の化粧材などとして使用することができた。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明の製造方法によれば、医療用材料及び化粧品用材料等として有用な高分子成形体を得ることができる。
図1
図2