【解決手段】実施形態に係る硫黄化学状態解析方法は、硫黄を含有するゴム材料に対し、加熱しながらX線を照射して硫黄K殻吸収端のX線吸収スペクトルを取得することにより、硫黄の化学状態の変化を解析する方法である。
硫黄を含有するゴム材料に対し、加熱しながらX線を照射して硫黄K殻吸収端のX線吸収スペクトルを取得することにより、硫黄の化学状態の変化を解析する、硫黄化学状態解析方法。
前記X線吸収スペクトルを、硫黄−硫黄間成分及び硫黄−炭素間成分を含む少なくとも2つの成分でフィッティングし、硫黄−硫黄間成分のピーク面積と硫黄−炭素間成分のピーク面積との少なくとも一方を算出して当該少なくとも一方の変化をみる、請求項1に記載の硫黄化学状態解析方法。
前記X線吸収スペクトルを、硫黄−硫黄間成分、硫黄−炭素間成分及び硫黄−亜鉛間成分を含む少なくとも3つの成分でフィッティングし、硫黄−亜鉛間成分のピーク面積を算出して当該硫黄−亜鉛間成分の変化をみる、請求項1又は2に記載の硫黄化学状態解析方法。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施に関連する事項について詳細に説明する。
【0013】
本実施形態において、測定対象である硫黄を含有するゴム材料としては、硫黄を含有するものであれば、架橋(即ち、加硫)されていない未加硫ゴム材料でもよく、架橋された加硫ゴム材料でもよい。ここで、ゴム材料中に含まれる硫黄とは、硫黄単体でもよく、例えば加硫促進剤のように分子中に硫黄原子を含む化合物(硫黄含有化合物)における硫黄でもよい。
【0014】
一実施形態において、ゴム材料は、ゴムポリマーに硫黄等の加硫剤を含む種々の配合剤を配合してなるものである。ゴムポリマーとしては、例えば、天然ゴム(NR)、イソプレンゴム(IR)、ブタジエンゴム(BR)、スチレンブタジエンゴム(SBR)、ニトリルゴム(NBR)、クロロプレンゴム(CR)、ブチルゴム(IIR)、ハロゲン化ブチルゴム(X−IIR)、スチレンイソプレンブタジエンゴム(SIBR)などのジエン系ゴムが挙げられ、これらはそれぞれ単独で又は2種類以上ブレンドして用いることができる。
【0015】
ゴム材料には、加硫剤としての硫黄を配合してもよく、例えば、粉末硫黄、沈降硫黄、コロイド硫黄、不溶性硫黄、高分散性硫黄などの硫黄が挙げられる。一実施形態として、硫黄の配合量は、ゴムポリマー100質量部に対して0.1〜10質量部でもよく、0.5〜8質量部でもよい。
【0016】
ゴム材料には、硫黄とともに、又は硫黄の代わりに、硫黄含有化合物からなる加硫促進剤を配合してもよい。硫黄含有化合物ではない加硫促進剤を用いてもよい。加硫促進剤の配合量は、例えば、ゴムポリマー100質量部に対して0.1〜7質量部でもよく、0.5〜5質量部でもよい。
【0017】
ゴム材料には、また、酸化亜鉛、充填剤、シランカップリング剤、オイル等の軟化剤、可塑剤、老化防止剤、ステアリン酸、ワックス、加硫促進剤など、通常ゴム工業で使用される各種配合剤を配合することができる。酸化亜鉛の配合量は、例えば、ゴムポリマー100質量部に対して0.1〜10質量部でもよく、0.5〜5質量部でもよい。充填剤としては、例えば、カーボンブラック及び/又はシリカなどの各種無機充填剤が挙げられる。充填剤の配合量は、例えば、ゴムポリマー100質量部に対して10〜200質量部でもよく、20〜150質量部でもよい。
【0018】
未加硫ゴム材料は、例として、バンバリーミキサーなどの混合機を用いて各成分を常法に従い混練することにより作製することができる。また、該未加硫ゴム材料を常法に従い加熱して加硫してなる加硫ゴム材料を測定対象として用いてもよい。
【0019】
測定対象としてのゴム材料の形状は、特に限定されず、例えばシート状のものを用いることができる。一実施形態として、測定対象としては、シート状に成形した未加硫ゴムシートでもよく、該未加硫ゴムシートを加硫してなる加硫ゴムシートでもよく、あるいはまた、タイヤ等の加硫ゴム製品からシート状に切り出したものを用いてもよい。
【0020】
本実施形態では、上記ゴム材料に対し、加熱しながらX線を照射して硫黄K殻吸収端のX線吸収スペクトルを取得する。詳細には、上記ゴム材料を加熱しつつ、熱によるゴム材料の経時変化を調べるために、所定時間毎にゴム材料にX線を照射して、硫黄吸収端におけるXAFS法による測定を行う。
【0021】
一般に、物体にX線を照射することで得られるX線吸収スペクトルには、物体中に含まれる元素特有の急峻な立ち上がりが見られ、この立ち上がりは吸収端と呼ばれる。この吸収端付近の微細な構造は、X線吸収微細構造(XAFS:x-ray absorption fine structure)と呼ばれる。XAFSは、吸収端から数十eV程度までのX線吸収端構造(XANES:x-ray absorption near edge structure)と、それよりも高エネルギー側の1000eV程度までの範囲に現れるX線広域微細構造(EXAFS:extended x-ray absorption fine structure)からなる。そのうち、XANESは、電子状態などの化学状態に敏感であり、着目原子がどのような原子と結合しているかといった化学状態の解析に適用することができる。本実施形態の一態様によれば、硫黄元素のK殻吸収端である硫黄K殻吸収端についてXANES領域におけるX線吸収スペクトルを取得する。
【0022】
硫黄K殻吸収端のX線吸収スペクトルを取得する方法としては、XAFS法(特にはXANES法)を用いることができる。詳細には、上記ゴム材料にX線を照射し、X線のエネルギーを変えながらX線吸収量(吸収強度)を測定する。X線は、硫黄元素のK殻吸収端に対応するエネルギーにて照射され、これにより、硫黄K殻についてXANES領域におけるX線吸収スペクトルが得られる。X線の走査エネルギー範囲としては、2400〜3000eVであることが好ましく、2450〜2500eVでもよく、2460〜2490eVでもよい。
【0023】
硫黄K殻吸収端におけるXAFS法(以下、硫黄XAFS法ともいう。)においては、(1)試料を透過してきたX線強度を、フォトダイオードアレイ検出器等を用いて検出する透過法、(2)試料にX線を照射した際に発生する蛍光X線を、Lytle検出器や半導体検出器などを用いて検出する蛍光法、及び、(3)試料にX線を照射した際に流れる電流を検出する電子収量法などがあり、いずれを用いてもよい。好ましくは、蛍光法を用いることである。蛍光法は、より詳細には、試料にX線を照射した際に発生する蛍光X線を測定する方法であり、X線吸収量と蛍光X線の強度に比例関係があることを用いて、蛍光X線の強度からX線吸収量を間接的に求める方法である。
【0024】
硫黄XAFS法で使用するX線としては、例えば10
10(photons/s/mrad
2/mm
2/0.1%bw)以上の高輝度X線であることが好ましい。また、X線の光子数は10
7(photons/s)以上であることが好ましく、より好ましくは10
9(photons/s)以上である。このようなX線を放射するシンクロトロンとしては、高輝度光科学研究センターのSPring−8、「知の拠点あいち」のあいちシンクロトロン光センターなどが挙げられる。
【0025】
本実施形態では、このように硫黄XAFS法にてX線吸収スペクトルを取得する際に、上記ゴム材料を加熱しながら所定時間毎にX線を照射する。ゴム材料を加熱し温度を高くした状態でX線を照射することにより、得られるX線吸収スペクトルは、
図1に示すように、時間の経過とともに変化していく。すなわち、熱によるゴム材料の経時変化をX線吸収スペクトルで表すことができる。
【0026】
ゴム材料の加熱温度は、ゴム材料の種類や解析目的等により適宜に設定することができ、特に限定されないが、例えば80〜250℃でもよく、100〜200℃でもよい。また、室温から昇温しながら所定時間毎に硫黄XAFS法による測定を行い、これにより昇温時における硫黄化学状態の変化を解析してもよい。昇温速度は、特に限定されないが、例えば5〜20℃/分としてもよい。X線吸収スペクトルを取得する時間間隔についても、ゴム材料の種類や解析目的等により適宜に設定されるため特に限定されず、例えば、2〜20分毎に取得してもよく、3〜10分毎に取得してもよく、時間間隔は必ずしも一定でなくてもよい。
【0027】
ゴム材料を加熱する加熱装置としては、加熱しながらX線を照射できるものであればよく、特に限定されない。例えば、
図2に示すように、セラミックヒーターなどのヒーターの前面に測定試料であるシート状のゴム材料を固定し、ゴム材料の前面からX線を照射してもよい。ゴム材料には熱電対が取り付けられており、ゴム材料の内部の温度を熱電対でモニタリングしながら加熱することができる。
【0028】
また、より均一に加熱するために、シート状のゴム材料をその両側からヒーターで挟み込むようにしてもよい。例えば、
図3に示すように、一対の板状のヒーターを設けて、その間にシート状のゴム材料を挟み込むように固定する。前側のヒーターにはX線が通過するための開口部が設けられ、この開口部を通って入射したX線がゴム材料に照射され、それにより発生する蛍光X線が開口部を通って外部に放出される。
図2の場合と同様、ゴム材料には熱電対が取り付けられ、内部の温度を熱電対でモニタリングしながら加熱するように構成されている。
【0029】
本実施形態では、上記で得られた複数のX線吸収スペクトルを用いて、硫黄の化学状態の変化を解析する。例えば、測定試料として未加硫ゴム材料を用いて、架橋反応時における硫黄の化学状態の変化を調べてもよい。この場合、架橋反応を動的に追跡することができるため、in−situでの加硫反応解析を行うことができる。未加硫状態から加硫されるまでの変化を解析してもよく、更に適正加硫後のリバージョンを含めて解析してもよい。また、測定試料として未加硫ゴム材料を用い、比較的低温で加熱することにより、スコーチの解析に用いてもよい。また、測定試料として加硫ゴム材料を用いて、熱による劣化過程での硫黄の化学状態の変化を調べてもよい(熱劣化解析)。
【0030】
X線吸収スペクトルから硫黄の化学状態の変化を解析する際には、例えば、上記複数のX線吸収スペクトルのそれぞれについて、以下のようなフィッティングを行って解析の指標となるパラメータを算出し、その経時変化をみればよい。
【0031】
例えば、一実施形態として、X線吸収スペクトルを、硫黄−硫黄間成分(以下、S−S成分という。)及び硫黄−炭素間成分(以下、S−C成分という。)を含む少なくとも2つの成分でフィッティングし、硫黄−硫黄間成分のピーク面積と硫黄−炭素間成分のピーク面積との少なくとも一方を算出して当該少なくとも一方の変化をみてもよい。
【0032】
フィッティングは、より好ましくは、S−S成分、S−C成分及び硫黄−亜鉛間成分(以下、S−Zn成分という。)を含む少なくとも3つの成分を用いて行うことであり、更に好ましくは、
図4にその一例を示すように、S−S成分、S−C成分及びS−Zn成分とともに、多重散乱成分と階段関数成分を用いて、フィッティングを行うことである。
【0033】
硫黄K殻吸収端におけるX線吸収は、主としてS−S成分とS−C成分に起因するため、これら2成分を用いてX線吸収スペクトルをフィッティングすることが好ましく、これらの各ピーク面積を算出することができる。また、ゴム材料中に酸化亜鉛を添加した場合に酸化亜鉛が反応して硫化亜鉛になることによる架橋反応の進行度合いを把握するために、S−S成分及びS−C成分に加えて、S−Zn成分を用いてフィッティングしてもよく、これによりS−Zn成分のピーク面積を算出することができる。また、硫黄K殻吸収端におけるX線吸収には、S−S成分、S−C成分及びS−Zn成分の他に、多重散乱成分と階段関数成分の影響もあるため、これらも含めた5成分でX線吸収スペクトルをフィッティングすることにより、各ピーク面積をより高精度に算出することができる。
【0034】
ここで、S−S成分は、S−S結合に基づくX線吸収成分であり、S−C成分は、S−C結合に基づくX線吸収成分である。ゴム材料での硫黄架橋構造は、ゴムポリマー鎖の炭素(C)が硫黄(S)を介して結合した構造であり、架橋部分の硫黄原子間の結合がS−S結合であり、ゴムポリマー鎖の炭素原子と架橋部分の硫黄原子との結合がS−C結合である。
【0035】
S−Zn成分は、S−Zn結合に基づくX線吸収成分であり、ゴム材料に配合された酸化亜鉛(ZnO)が反応することによって生成される硫化亜鉛(ZnS)によるX線吸収を考慮したものである。
【0036】
多重散乱(multiple scattering)成分は、XANES領域の光電子による多重散乱に基づくX線吸収成分である。階段関数(step function)成分は、連続帯への電子の遷移に基づくX線吸収成分である。
【0037】
X線吸収スペクトルをフィッティングする際に使用する関数としては、上記の各成分を表現できるものであればよく、種々の関数を用いることができる。
【0038】
例えば、S−C成分、S−Zn成分、及び多重散乱成分には、ガウス関数を用いてもよい。ガウス関数としては、例えば、下記式(1)で表されるものを用いることができる。
【0040】
式(1)中、aはピーク高さ(ピーク強度)、bはピークトップでのX線エネルギー(eV)、cはピークの半値幅(eV)、xは照射X線エネルギー(eV)を示す。
【0041】
階段関数成分には、シグモイド関数を用いてもよい。シグモイド関数としては、例えば、下記式(2)で表されるものを用いることができる。
【0043】
式(2)中、dはエッジジャンプの高さ、eは定数、fはイオン化ポテンシャル(eV)を示す。
【0044】
S−S成分については、左右対称な分布を持つガウス関数を用いて表現することもできるが、架橋硫黄鎖の熱振動によるS−S結合長の揺らぎを考慮して、左右非対称な分布を持つ非対称ガウス関数を用いることが好ましい。非対称ガウス関数は、上記式(1)で表される複数のガウス関数の足し合わせで表現することができる。
図5に示すように、上記式(1)で表される基準ガウス関数(C
1関数)を定め、ピークトップがC
1関数の高エネルギー側に等間隔にシフトし且つピーク高さが等差に減少する複数のガウス関数(C
m関数:C
1、C
2、……。ここでmは1以上の整数)を定める。C
1関数では、上記a、b及びcを定数とし、C
1関数以降のC
m関数(m=2〜)については、ピークトップのシフト幅とピーク高さの等差減少値を定めて、m個のC
m関数を定義する。その際に、C
m関数の半値幅とピーク高さの積は一定とする。m個のC
m関数を足し合わせることにより、非対称ガウス関数が得られる。得られた非対称ガウス関数では、ピークトップでのX線エネルギー(eV)を定数とし、ピーク高さを変数として、上記のフィッティングを行うことが好ましい。
【0045】
以上の各成分を用いて、X線吸収スペクトルに対してフィッティング(曲線当てはめとも称される。)する方法としては、特に限定されず、一般的な方法を用いることができる。例えば、各成分の関数を足し合わせた関数と、X線吸収スペクトルの残差二乗和が0に近づくように、フィッティングを行えばよい。これにより、X線吸収スペクトルを各成分にピーク分離することができる。すなわち、それぞれの成分についてフィッティング処理後の曲線が得られる。
図4には、フィッティング処理後の上記5成分の各曲線と、これら5成分の合成曲線(フィッティングによる近似曲線)を示している。
【0046】
得られた各成分のフィッティング処理後の曲線から、各成分のピーク面積を算出することができる。ここで、ピーク面積は、測定範囲内において各フィッティング曲線により囲まれた部分の面積である。
【0047】
例えば、S−S成分とS−C成分の各フィッティング曲線から、それぞれS−S成分のピーク面積とS−C成分のピーク面積を算出することができるので、これらピーク面積の少なくとも一方の変化をみることにより、例えば、架橋反応を動的に追跡することができ、熱による劣化過程を解析することもできる。一実施形態として、S−S成分のピーク面積とS−C成分のピーク面積を算出して、それぞれの変化を調べるとともに、S−S成分のピーク面積とS−C成分のピーク面積との比率を求めてその変化を調べてもよい。
【0048】
また、S−Zn成分のフィッティング曲線から、S−Zn成分のピーク面積を算出してその変化をみてもよい。このピーク面積が大きいほど、酸化亜鉛から硫化亜鉛への反応が進んだことを意味するため、架橋反応の進行度合いを把握することができる。
【実施例】
【0049】
以下、本発明の実施例を示すが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0050】
バンバリーミキサーを使用し、SBR100質量部、酸化亜鉛2質量部、ステアリン酸1質量部、硫黄3質量部、加硫促進剤1質量部を混練した後、100℃で低温プレスすることにより、厚さ1.0mmの未加硫ゴムシートを得た。
【0051】
各成分の詳細は以下の通りである。
・SBR:JSR(株)製「JSR1502」
・酸化亜鉛:三井金属鉱業(株)製「亜鉛華1種」
・ステアリン酸:花王(株)製「ルナックS−20」
・硫黄:細井化学工業(株)製「ゴム用粉末硫黄150メッシュ」
・加硫促進剤:大内新興化学工業(株)製「ノクセラーCZ」。
【0052】
得られた未加硫ゴムシートを測定試料として、
図2に示すようにセラミックヒーターの前面に固定し、熱電対で温度をモニタリングしながら、セラミックヒーターにより未加硫ゴムシートを昇温速度:10℃/分にて140℃まで加熱し、140℃に到達後、そのまま140℃に維持した。140℃に到達した時点を0分として、硫黄K殻吸収端におけるXANES測定を実施し、以降3〜5分おきに硫黄K殻吸収端におけるXANES測定を実施した。XANES測定は、「知の拠点あいち」のあいちシンクロトロン光センターにおいて、以下の測定条件により行った。
・X線の輝度:2.0×10
12photons/s/mrad
2/mm
2/0.1%bw
・X線の光子数:〜3.0×10
10photons/s
・分光器:結晶分光器
・X線検出器:シリコンドリフト検出器
・測定法:蛍光法
・X線のエネルギー範囲:2400〜2500eV。
【0053】
XANES測定により得られた複数のX線吸収スペクトルについて、その一部を
図1に示した。得られた複数のX線吸収スペクトルのそれぞれについて、S−S成分、S−C成分、S−Zn成分、多重散乱成分及び階段関数成分の5つの成分でフィッティングした。その際、S−C成分、S−Zn成分及び多重散乱成分については、式(1)のガウス関数を用いた。式(1)中のパラメータは、S−C成分については、a(ピーク高さ)を変数、b(ピークトップでのエネルギー)を2473eV(定数)、c(ピークの半値幅)を1.8eV(定数)とし、S−Zn成分については、a及びbを変数、cを1.8eV(定数)とし、多重散乱成分については、a及びbを変数、cを4eV(定数)に設定した。また、階段関数成分については、式(2)のシグモイド関数を用いた。式(2)中のパラメータは、d(エッジジャンプの高さ)は変数、e(定数)=0.7、f(イオン化ポテンシャル)=2476eV(定数)に設定した。
【0054】
また、S−S成分については、非対称ガウス関数を用いた。非対称ガウス関数は式(1)の複数のガウス関数の足し合わせで表した。詳細には、式(1)を用いて、aを2(定数)、bを2471.1eV(定数)としたC
1関数を定め、またC
1関数から順に、ピークトップが高エネルギー側に等間隔(0.015eV)にシフトし且つピーク高さが等差(0.003)に減少する100個のC
m関数(m=1〜100)を定めた。その際、C
m関数は、ピーク高さと半値幅の積が一定値(2.8)となるように定義した。これら100個のC
m関数を足し合わせることにより、S−S成分の非対称ガウス関数を得た。なお、非対称ガウス関数のピークトップのエネルギー(eV)は2472eV(定数)に設定し、ピーク高さを変数とした。
【0055】
このようにして定義したS−S成分、S−C成分、S−Zn成分、多重散乱成分及び階段関数成分の5つの成分を足し合わせた関数と、測定スペクトルの残差二乗和が0に近づくように、フィッティングを行い、S−S成分、S−C成分及びS−Zn成分の各ピーク面積を算出した。また、S−S成分のピーク面積とS−C成分のピーク面積の割合(S−SとS−Cの結合割合:両者のピーク面積の合計を100%としたそれぞれのピーク面積の比率)を求めた。結果を
図6及び
図7に示す。
【0056】
図6では、上記未加硫ゴムシートと同様に調製した未加硫ゴムについてレオメーターを用いて測定したトルク値の変化も示す。レオメーターによる測定は、JIS K6300に準拠し、140℃×90分で測定した。
【0057】
図6及び
図7に示すように、測定開始から約10分経過するまでの段階で、S−C成分のピーク面積はやや減少したが、S−S成分のピーク面積はやや増加した。これは未加硫ゴムシート中に含まれる加硫促進剤が反応したことによるものと考えられる。
【0058】
測定開始から約10分経過した以降は、S−C成分のピーク面積が一旦減少した後にほぼ一定ないしやや増加傾向となったのに対し、S−S成分のピーク面積は大きく減少しており、S−C成分のピーク面積の比率が増加した。レオメーターの測定結果からこの段階で架橋が始まっており、架橋の進行によりS−S結合が減少し、S−C結合の割合が相対的に増加することが分かった。これは、架橋が始まると加硫剤である硫黄の8員環が切れるためと考えられる。
【0059】
また、測定開始から約30分経過した後は、S−S成分のピーク面積が大幅な減少から一旦はほぼ一定になったものの、約45分経過した後に漸減に転じており、過加硫によりリバージョン(加硫戻り)が生じて架橋の切断が生じていることが示唆された。
【0060】
一方、S−Zn成分については、S−S成分と比べると変化量は小さいが、レオメーターのトルクの立ち上がりとともに増加しており、硫化亜鉛(ZnS)が生成していることが示唆された。
【0061】
このように本実施例によれば、未加硫ゴムシートを加熱しながらin−situで硫黄XAFS測定することにより、架橋反応中における硫黄の化学状態の変化を解析することができた。