特開2020-101456(P2020-101456A)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 東洋ゴム工業株式会社の特許一覧

特開2020-101456X線吸収スペクトルの取得方法及び検量線の作成方法
<>
  • 特開2020101456-X線吸収スペクトルの取得方法及び検量線の作成方法 図000008
  • 特開2020101456-X線吸収スペクトルの取得方法及び検量線の作成方法 図000009
  • 特開2020101456-X線吸収スペクトルの取得方法及び検量線の作成方法 図000010
  • 特開2020101456-X線吸収スペクトルの取得方法及び検量線の作成方法 図000011
  • 特開2020101456-X線吸収スペクトルの取得方法及び検量線の作成方法 図000012
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2020-101456(P2020-101456A)
(43)【公開日】2020年7月2日
(54)【発明の名称】X線吸収スペクトルの取得方法及び検量線の作成方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/085 20180101AFI20200605BHJP
【FI】
   G01N23/085
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2018-240035(P2018-240035)
(22)【出願日】2018年12月21日
(71)【出願人】
【識別番号】000003148
【氏名又は名称】TOYO TIRE株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100076314
【弁理士】
【氏名又は名称】蔦田 正人
(74)【代理人】
【識別番号】100112612
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 哲士
(74)【代理人】
【識別番号】100112623
【弁理士】
【氏名又は名称】富田 克幸
(74)【代理人】
【識別番号】100163393
【弁理士】
【氏名又は名称】有近 康臣
(74)【代理人】
【識別番号】100189393
【弁理士】
【氏名又は名称】前澤 龍
(74)【代理人】
【識別番号】100203091
【弁理士】
【氏名又は名称】水鳥 正裕
(72)【発明者】
【氏名】城出 健佑
(72)【発明者】
【氏名】八木 伸也
【テーマコード(参考)】
2G001
【Fターム(参考)】
2G001AA01
2G001BA04
2G001BA13
2G001CA01
2G001FA02
2G001FA14
2G001FA18
2G001GA01
2G001JA17
2G001KA01
2G001LA05
2G001NA05
2G001NA06
2G001NA07
2G001NA08
2G001NA09
2G001NA10
2G001NA11
2G001NA13
2G001RA01
2G001RA03
(57)【要約】
【課題】蛍光法によるXAFS測定における自己吸収を抑制して精度の高いX線吸収スペクトルを得る。
【解決手段】対象元素(例えば硫黄)及び/又は該対象元素を含む化合物である対象元素物質とポリマーとを両者が反応しない温度で混合して、対象元素物質をポリマー中に分散させた測定試料を作製する。該測定試料にX線を照射して、対象元素に対する蛍光法によるXAFS測定を行うことによりX線吸収スペクトルを得る。測定試料として、対象元素の含有量が互いに異なる複数の測定試料を作製し、複数の測定試料にそれぞれX線を照射してX線吸収スペクトルを取得し、これら複数の測定試料についてのX線吸収スペクトルに基づいて検量線を作成する。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象元素及び/又は該対象元素を含む化合物である対象元素物質とポリマーとを両者が反応しない温度で混合して対象元素物質をポリマー中に分散させた測定試料を作製し、前記測定試料にX線を照射して前記対象元素に対する蛍光法によるXAFS測定を行うことによりX線吸収スペクトルを得る、X線吸収スペクトルの取得方法。
【請求項2】
前記対象元素が硫黄であり、前記対象元素物質と前記ポリマーとを100℃以下の条件で混合して前記ポリマー中に分散させる、請求項1に記載のX線吸収スペクトルの取得方法。
【請求項3】
対象元素及び/又は該対象元素を含む化合物である対象元素物質とポリマーとを両者が反応しない温度で混合して、対象元素物質をポリマー中に分散させた測定試料を作製すること、
前記測定試料として、前記対象元素の含有量が互いに異なる複数の測定試料を作製すること、
前記複数の測定試料にそれぞれX線を照射して、前記対象元素に対する蛍光法によるXAFS測定を行うことによりX線吸収スペクトルを取得すること、及び、
前記複数の測定試料についてのX線吸収スペクトルに基づいて検量線を作成すること、
を含む、検量線の作成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、X線吸収スペクトルの取得方法、及び、それを用いた検量線の作成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、例えば、加硫ゴムなどの硫黄架橋された高分子材料の物性を評価するために、高分子材料の硫黄架橋構造を解析する技術が求められている。硫黄架橋された高分子材料における硫黄架橋構造を分析する方法として、高分子材料にX線を照射してXAFS測定を行うことにより硫黄K殻吸収端のX線吸収スペクトルを取得し、得られたX線吸収スペクトルから硫黄架橋構造を解析する方法が提案されている(特許文献1)。
【0003】
このようにX線吸収スペクトルから硫黄架橋構造を解析し、例えば高分子材料中における架橋密度を算出するためには、得られたX線吸収スペクトルから高分子材料中の硫黄濃度を算出する必要があり、そのためにはX線吸収スペクトルにより得られる何らかの情報と硫黄濃度との関係を示す検量線を予め作成することが求められる。
【0004】
従来、検量線を作成するためには、硫黄のような測定対象とする物質を窒化ホウ素などの粉体に添加し、乳鉢で混合した後、ペレット状に成型して測定試料を作製している。そして、得られた測定試料にX線を照射してXAFS測定を行い、その測定結果に基づいて検量線を作成している。
【0005】
ところで、XAFS測定のうち、特に蛍光法による場合、X線の自己吸収が問題となり、精度の高いX線吸収スペクトルが得られないという問題がある。
【0006】
この点について詳述すると、蛍光法では、測定試料にX線を照射し、それにより発生する蛍光X線をX線検出器で検出する。その際、蛍光法では、測定対象の元素の吸収係数の変化が全体の吸収量の変化に影響し、当該吸収係数の変化が測定に関わる厚み(物質量)に影響を与えてしまう。すなわち、図5に示されるように、対象元素によるX線の吸収が始まる前の段階(a)では、測定試料の厚み全体にX線が到達して全体での吸収量が測定されているのに対し、対象元素の吸光係数が高くなるピーク付近(b)では、測定試料の一部の厚みまでしかX線が到達せず、測定に関わる厚み(蛍光X線を発する厚み)が小さくなってしまう。その際の測定に係わる厚みは、ピーク後の段階(c)での測定に関わる厚みとも異なる。このようにX線の吸収量の変化が、吸収係数の変化と物質量の変化の2つに依存するという厚み効果が生じてしまう。これにより、蛍光法では、図5において点線で示すようにピークの高さが本来の高さよりも低くなってしまう。
【0007】
XAFSの測定における定量性を向上し、検量線の精度を向上するためには、測定するX線エネルギー範囲の全体において、X線の吸収量の変化を抑えることが望まれる。
【0008】
上記のような乳鉢混合により測定試料を作製する場合に、蛍光法における自己吸収を抑えようとすると、長時間乳鉢で混合する必要があり、非常に時間がかかるだけでなく、自己吸収の抑制効果も十分に高いとはいえない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2017−198548号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の実施形態は、以上の点に鑑みてなされたものであり、蛍光法によるXAFS測定における自己吸収を抑制して精度の高いX線吸収スペクトルを得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の実施形態に係るX線吸収スペクトルの取得方法は、対象元素及び/又は該対象元素を含む化合物である対象元素物質とポリマーとを両者が反応しない温度で混合して対象元素物質をポリマー中に分散させた測定試料を作製し、前記測定試料にX線を照射して前記対象元素に対する蛍光法によるXAFS測定を行うことによりX線吸収スペクトルを得るものである。
【0012】
本発明の実施形態に係る検量線の作成方法は、対象元素及び/又は該対象元素を含む化合物である対象元素物質とポリマーとを両者が反応しない温度で混合して、対象元素物質をポリマー中に分散させた測定試料を作製すること、前記測定試料として、前記対象元素の含有量が互いに異なる複数の測定試料を作製すること、前記複数の測定試料にそれぞれX線を照射して、前記対象元素に対する蛍光法によるXAFS測定を行うことによりX線吸収スペクトルを取得すること、及び、前記複数の測定試料についてのX線吸収スペクトルに基づいて検量線を作成すること、を含むものである。
【0013】
これらの実施形態においては、前記対象元素が硫黄であり、前記対象元素物質と前記ポリマーとを100℃以下の条件で混合して前記ポリマー中に分散させてもよい。
【発明の効果】
【0014】
本発明の実施形態によれば、対象元素物質をポリマー中に両者が反応しない条件下で分散させ、これにより得られた測定試料を用いて対象元素に対する蛍光法によるXAFS測定を行うことにより、自己吸収を抑えた測定が可能となり、精度の高いX線吸収スペクトルを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】加硫ゴムに対する硫黄K殻吸収端のX線吸収スペクトルの一例を示す図
図2】硫黄−硫黄間成分に用いる非対称ガウス関数を示す図
図3】実施例1と比較例1のX線吸収スペクトルを示す図
図4】第2実施例における硫黄濃度とエッジジャンプとの関係を示すグラフ
図5】蛍光法によるXAFS測定での自己吸収のメカニズムを説明するための図
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施に関連する事項について詳細に説明する。
【0017】
本実施形態に係るX線吸収スペクトルの取得方法は、
・工程1:対象元素及び/又は該対象元素を含む化合物である対象元素物質とポリマーとを両者が反応しない温度で混合して対象元素物質をポリマー中に分散させた測定試料を作製する工程、及び、
・工程2:工程1で得られた測定試料にX線を照射して前記対象元素に対する蛍光法によるXAFS測定を行うことによりX線吸収スペクトルを得る工程、
を含む。このように、対象元素物質をポリマー中に混合して分散させることにより、均一な分散が可能になって、簡便に自己吸収を抑えた測定が可能となる。そのため、精度の高いX線吸収スペクトルを得ることができる。
【0018】
工程1において、対象元素物質とは、蛍光法によるXAFS測定の対象となる元素、又は、該元素を含む化合物であり、両者を組み合わせて用いてもよい。対象元素としては、蛍光法によるXAFS測定の対象となることができる各種元素が挙げられ、例えば、硫黄、亜鉛、ケイ素、リン、ナトリウム、カルシウム、マグネシウム、アルミニウム、銅、コバルト、バリウム、鉄などが挙げられる。
【0019】
対象元素が硫黄の場合、対象元素物質としては、例えば、硫黄(例えば、粉末硫黄、沈降硫黄、コロイド硫黄、不溶性硫黄、高分散性硫黄)、硫黄含有加硫促進剤(例えば、ジフェニルグアニジン、テトラメチルチウラムジスルフィド、テトラメチルチウラムモノスルフィド、ジメチルジチオカルバミン酸亜鉛、2-メルカプトベンゾチアゾール、ジベンゾチアジルジスルフィド、N−シクロヘキシル−2ベンゾチアゾールスルフェンアミド、N−t−ブチル−2−ベンゾチアゾールスルフェンアミド、テトラキス(2−エチルヘキシル)チウラムジスルフィド)、硫酸塩(例えば、ZnSO)などの硫黄酸化物、硫化亜鉛などの硫化物、硫黄含有加硫遅延剤(例えば、N−シクロヘキシルチフタルイミド)、硫黄含有老化防止剤(例えば、4,4’−チオビス(3−メチルー6−t−ブチルフェノール)、2-メルカプトベンズイミダゾール、2-メルカプトベンズイミダゾール亜鉛塩、ジブチルジチオカルバミン酸ニッケル、ジラウリル−3,3’−チオジプロピオネート、トリブチルチオウレア)、硫黄含有有機発泡剤(例えば、p,p’−オキシビス(ベンゼンスルホニルヒドラジド))、硫黄含有シランカップリング剤(例えば、ビス−(3−(トリエトキシシリル)プロピル)テトラスルフィド、ビス−(3−(トリエトキシシリル)プロピル)ジスルフィド)などが挙げられる。
【0020】
対象元素が亜鉛の場合、対象元素物質としては、例えば、亜鉛、酸化亜鉛、硫化亜鉛、ステアリン酸亜鉛、亜鉛含有加硫促進剤(例えば、ジメチルジチオカルバミン酸亜鉛)、亜鉛含有老化防止剤(例えば、2-メルカプトベンズイミダゾール亜鉛塩)などが挙げられる。
【0021】
対象元素がケイ素である場合、対象元素物質としては、例えば、ケイ素含有充填剤(例えば、シリカ(乾式シリカ、湿式シリカなど)、カオリナイト(AlSi10(OH))、ハロイサイト(AlSi(OH)・2HO)、パイロフィライト(AlSi10(OH))、焼成クレー、タルク)、シランカップリング剤(例えば、ビニルトリメトキシシラン、3−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、3−アミノプロピルトリメトキシシラン、3−メルカプトプロピルトリメトキシシラン、ビス−(3−(トリエトキシシリル)プロピル)テトラスルフィド、ビス−(3−(トリエトキシシリル)プロピル)ジスルフィド)などが挙げられる。
【0022】
対象元素がリンである場合、対象元素物質としては、例えば、トリス(ノニル化フェニル)フォスファイトなどのリン含有老化防止剤が挙げられる。
【0023】
対象元素がナトリウムである場合、対象元素物質としては、例えば、重炭酸ナトリウムなどのナトリウム含有無機充填剤が挙げられる。
【0024】
対象元素がカルシウムである場合、対象元素物質としては、例えば、極微細炭酸カルシウム、軽微性炭酸カルシウム、重質性炭酸カルシウム、胡粉などの炭酸カルシウムが挙げられる。
【0025】
対象元素がマグネシウムである場合、対象元素物質としては、例えば、塩基性炭酸マグネシウム、タルクなどのマグネシウム含有充填剤が挙げられる。
【0026】
対象元素がアルミニウムである場合、対象元素物質としては、例えば、水酸化アルミニウム、カオリナイト(AlSi10(OH))、ハロイサイト(AlSi(OH)・2HO)、パイロフィライト(AlSi10(OH))、窒化アルミニウム、アルミナ、アルニコなどのアルミニウム含有充填剤が挙げられる。
【0027】
対象元素がコバルトである場合、対象元素物質としては、例えば、ステアリン酸コバルトなどのコバルト塩、アルニコなどのコバルト含有充填剤が挙げられる。
【0028】
対象元素がバリウムである場合、対象元素物質としては、例えば、沈降性硫酸バリウムなどのバリウム含有充填剤が挙げられる。
【0029】
対象元素が鉄である場合、対象元素物質としては、例えば、希土類フェライト、バリウムフェライト、ストロンチウムフェライトなどの鉄含有充填剤が挙げられる。
【0030】
対象元素物質を分散させるポリマーとしては、特に限定されず、ゴムでも樹脂でもよい。好ましくは、ゴムポリマーであり、例えば、天然ゴム(NR)、イソプレンゴム(IR)、ブタジエンゴム(BR)、スチレンブタジエンゴム(SBR)、ニトリルゴム(NBR)、クロロプレンゴム(CR)、ブチルゴム(IIR)、ハロゲン化ブチルゴム(X−IIR)、スチレンイソプレンブタジエンゴム(SIBR)などのジエン系ゴムが挙げられ、これらはそれぞれ単独で又は2種類以上ブレンドして用いることができる。一実施形態において、対象元素物質と反応しにくいポリマーを用いてもよく、例えば、対象元素物質が硫黄の場合、ブチルゴムなどの二重結合が少ないゴムポリマーを用いてもよい。また、一実施形態において、対象元素物質と反応可能なポリマーを用いてもよく、例えば、対象元素物質が硫黄の場合、天然ゴム、イソプレンゴム、ブタジエンゴム、スチレンブタジエンゴム、ニトリルゴム、及びクロロプレンゴムからなる群から選択される少なくとも1種を用いてもよい。
【0031】
対象元素物質とポリマーとを混合する温度は、両者が反応しない温度であればよい。ポリマーは対象元素物質を均一に分散させるためのマトリックスとしての役割を持つものであり、対象元素物質とポリマーとが反応しない条件で混合することにより、対象元素物質をそのままの化学状態で測定することができる。そのため、得られるX線吸収スペクトルを検量線の作成に用いる場合に、検量線の精度を向上することができる。
【0032】
混合時における上記反応しない温度とは、例えば、対象元素が硫黄の場合、100℃以下であることが好まし、その他の対象元素の場合も、100℃以下であることが好ましい。
【0033】
対象元素物質とポリマーとの混合方法としては、例えば、ミキシングロールなどの開放型混練機や、バンバリーミキサーなどの密閉式混練機を用いた混合(混練)が挙げられ、せん断力を加えることで対象元素物質をポリマー中に均一に分散させることができる。また、溶剤に溶かしたポリマー中に対象元素物質を添加して混合することにより、対象元素物質をポリマー中に分散させてもよい。
【0034】
なお、ポリマーに対する対象元素物質の配合量は、特に限定されず、例えば、ポリマー100質量部に対して0.1〜10質量部でもよく、0.2〜5質量部でもよい。また、測定試料の形状は、特に限定されず、例えばシート状のものを用いることができる。
【0035】
工程2では、工程1で得られた対象元素物質とポリマーとが反応していない測定試料を用いて、対象元素物質とポリマーとが反応しない温度条件下で測定試料にX線を照射して、蛍光法によるXAFS測定を行う。
【0036】
XAFS測定とは、物体にX線を照射し、X線のエネルギーを変えながらX線吸収量を測定することにより、対象元素についてのX線吸収微細構造(XAFS:x-ray absorption fine structure)を測定する方法である。XAFSは、物体にX線を照射することで得られるX線吸収スペクトルにおいて、物体中に含まれる対象元素特有の急峻な立ち上がりである吸収端付近の微細な構造である。XAFSは、吸収端から数十eV程度までのX線吸収端構造(XANES:x-ray absorption near edge structure)領域と、それよりも高エネルギー側の1000eV程度までの範囲に現れるX線広域微細構造(EXAFS:extended x-ray absorption fine structure)領域からなる。本実施形態では、これら双方又は一方の領域を対象とすることができ、一実施形態としてXANES領域を対象としてもよい。
【0037】
XAFS測定には、透過法、蛍光法、電子収量法などがあるが、本実施形態では蛍光法(蛍光収量法ともいう。)を用いる。上記のように蛍光法においてX線の自己吸収が問題となるためである。蛍光法は、測定試料にX線を照射した際に発生する蛍光X線を、Lytle検出器や半導体検出器などのX線検出器を用いて検出する方法であり、X線吸収量と蛍光X線の強度に比例関係があることを用いて、蛍光X線の強度からX線吸収量を間接的に求める方法である。蛍光法によるXAFS測定自体は公知であり、公知の方法を用いて行うことができる。
【0038】
一実施形態として、対象元素が硫黄である場合について説明する。その場合、硫黄及び/又は硫黄含有化合物(例えば加硫促進剤)とポリマー(例えばゴムポリマー)とを、両者が反応しない温度、例えば100℃以下で混合して、硫黄及び/又は硫黄含有化合物をポリマー中に分散させ測定試料を作製する。そのため、測定試料は未加硫ゴムである。得られた未加硫ゴムの測定試料にX線を照射して硫黄に対する蛍光法によるXAFS測定を行う。XAFS測定としては、硫黄元素のK殻吸収端である硫黄K殻吸収端についてXANES領域における測定を行い、X線吸収スペクトルを取得する。
【0039】
硫黄K殻吸収端のX線吸収スペクトルを取得する際のX線の走査エネルギー範囲としては、2400〜3000eVであることが好ましく、2450〜2500eVでもよく、2460〜2490eVでもよい。
【0040】
XAFS法を行う際に使用するX線としては、例えば1010(photons/s/mrad2/mm2/0.1%bw)以上の高輝度X線であることが好ましい。また、X線の光子数は10(photons/s)以上であることが好ましく、より好ましくは10(photons/s)以上である。このようなX線を放射するシンクロトロンとしては、高輝度光科学研究センターのSPring−8、「知の拠点あいち」のあいちシンクロトロン光センターなどが挙げられる。
【0041】
次に、本実施形態に係る検量線の作成方法について説明する。
【0042】
検量線の作成方法は、上記のX線吸収スペクトルの取得方法を利用するものであり、上記工程1において測定試料として対象元素の含有量(以下、「元素濃度」ともいう。)が互いに異なる複数の測定試料を作製した上で、上記工程2において複数の測定試料のそれぞれについてX線吸収スペクトルを取得し、その後、工程3として、複数の測定試料についてのX線吸収スペクトルに基づいて検量線を作成する工程を行うものである。本実施形態によれば、上記のように自己吸収を抑えた測定が可能となり、精度の高いX線吸収スペクトルを得ることができるので、定量性が向上し、よって精度の高い検量線を作成することができる。
【0043】
検量線の作成方法において、上記工程1では、検量線を作成するのに必要な数で、元素濃度が互いに異なり且つそれぞれの元素濃度が既知の測定試料を作製する。
【0044】
工程2では、これら複数の測定試料のそれぞれについてX線を照射して蛍光法によるXAFS測定を行う。その際、X線検出器の位置を固定することが好ましい。すなわち、元素濃度が異なる複数の測定試料についてX線吸収スペクトルを取得する際に、測定試料とX線検出器との距離を一定にしてX線を照射して、X線吸収スペクトルを取得することが好ましい。測定試料にX線を照射し、それにより発生する蛍光X線をX線検出器で検出する蛍光法では、測定試料とX線検出器との距離によりX線吸収量の大きさが異なるためである。X線検出器を同じ位置に固定して測定することにより、元素濃度の違いをX線吸収量の大きさで表すことができる。
【0045】
工程3では、複数の測定試料に対するXAFS測定の結果であるX線吸収スペクトルに基づいて検量線を作成する。検量線としては、特に限定されず、例えば、対象元素の含有量である元素濃度と、X線吸収スペクトルのピーク高さやピーク面積などのスペクトルの特性値との関係を示すグラフでもよい。また、前記元素濃度と、X線吸収スペクトルを構成する成分のピーク高さやピーク面積などの特性値との関係を示すグラフでもよい。また、X線吸収スペクトルを構成する2つの成分の間の関係(例えば、特定の成分のピーク面積とシグモイド成分の高さとの関係)を示すグラフでもよい。
【0046】
一実施形態として、上記検量線の作成方法を利用した硫黄架橋密度を測定する方法について、以下に説明する。
【0047】
この硫黄架橋密度の測定方法は、以下の工程を含む。
・工程A:硫黄濃度が既知の試料にX線を照射して硫黄K殻吸収端のX線吸収スペクトルを取得することにより、硫黄濃度とエッジジャンプ(edge jump)の高さとの関係を示す検量線を作成する工程、
・工程B:硫黄架橋密度が未知の硫黄架橋された高分子材料にX線を照射して、硫黄K殻吸収端のX線吸収スペクトルを取得する工程、
・工程C:工程Bで得られたX線吸収スペクトルを、硫黄−硫黄間成分及び硫黄−炭素間成分を含む少なくとも2つの成分でフィッティングする工程、
・工程D:フィッティング結果から硫黄−硫黄間成分のピーク面積と硫黄−炭素間成分のピーク面積を算出して、前記硫黄−硫黄間成分と硫黄−炭素間成分のピーク面積比から架橋硫黄鎖連結長を算出する工程、及び、
・工程E:硫黄架橋密度が未知の前記高分子材料について、X線吸収スペクトルからエッジジャンプの高さを求め、求めたエッジジャンプの高さから工程Aの検量線に基づいて硫黄濃度を求め、求めた硫黄濃度と架橋硫黄鎖連結長から硫黄架橋密度を算出する工程。
【0048】
この測定方法において、硫黄架橋密度を測定する対象となる硫黄架橋された高分子材料(以下、「架橋高分子材料」という。)としては、硫黄架橋された樹脂やゴムなどの高分子であればよく、好ましくは加硫ゴムであり、ゴムポリマーに硫黄等の加硫剤を含む種々の配合剤を配合したゴム組成物を加硫してなる加硫ゴムを測定対象とすることができる。ここで、ゴムポリマーとしては、上記で列挙したものを用いることができる。
【0049】
架橋高分子材料には、加硫剤として硫黄が配合される。硫黄の配合量は、特に限定されず、ゴムポリマー100質量部に対して0.1〜10質量部でもよい。架橋高分子材料には、様々な配合剤を任意成分として配合してもよい。配合剤としては、充填剤、シランカップリング剤、オイル等の軟化剤、可塑剤、老化防止剤、亜鉛華、ステアリン酸、ワックス、加硫促進剤など、通常ゴム工業で使用される各種配合剤を用いることができる。充填剤としては、例えば、カーボンブラック、シリカなどの各種無機充填剤が挙げられる。充填剤の配合量は、ゴムポリマー100質量部に対して10〜200質量部でもよい。また、加硫促進剤の配合量は、ゴムポリマー100質量部に対して0.1〜7質量部でもよい。また、亜鉛華の配合量は、ゴムポリマー100質量部に対して0.1〜10質量部でもよい。架橋高分子材料は、バンバリーミキサーなどの混練機を用いて各成分を常法に従い混練し、得られた混練物を常法に従い加熱して加硫することにより得られ、シート状に加硫成形したゴムシートを用いてもよい。また、タイヤ等の加硫ゴム製品からシート状に切り出したものを用いてもよい。
【0050】
工程Aでは、上記工程1〜3の検量線の作成方法に従い、硫黄濃度が既知の測定試料を用いて、硫黄濃度とエッジジャンプの高さとの関係を示す検量線を作成する。すなわち、工程1において硫黄濃度が互いに異なりかつそれぞれ硫黄濃度が既知の複数の測定試料を作製する。次いで、工程2において、これら複数の測定試料のそれぞれについて、X線を照射して蛍光法によるXAFS測定を行うことにより、硫黄K殻吸収端のX線吸収スペクトルを取得する。次いで、工程3において、これら複数のX線吸収スペクトルからエッジジャンプの高さを求めて、硫黄濃度とエッジジャンプの高さとの関係を示す検量線を作成する。
【0051】
X線吸収スペクトルからエッジジャンプの高さを求める方法としては、特に限定されないが、例えば、X線吸収スペクトルからエッジジャンプの高さを直接読み取ってもよく、後述する工程Cと同様のフィッティングを行い、その結果得られる階段関数成分からエッジジャンプの高さを求めてもよい。
【0052】
X線吸収スペクトルからエッジジャンプの高さを読み取る場合、例えばX線エネルギーが2485〜3000eVの範囲内における特定のエネルギー値でのX線吸収量を読み取ればよい。エッジジャンプ高さを読み取るエネルギー値は、好ましくは2485〜2500eVの範囲であり、例えば2490eVでのX線吸収量を読み取るようにしてもよい。
【0053】
工程B〜Dについては、特許文献1に記載された方法を用いることができる。
【0054】
工程Bにおいて、硫黄K殻吸収端のX線吸収スペクトルを取得する方法は、測定試料として上記架橋高分子材料を用いる点を除き、上述した工程Aと同様であり、説明は省略する。なお、工程Bでは、架橋高分子材料とX線検出器との距離を、工程Aで検量線を作成したときの測定試料とX線検出器との距離と同じ距離に設定した上で、架橋高分子材料にX線を照射することが好ましい。これにより、後述する工程Eにおいて、エッジジャンプの高さから検量線を用いて硫黄濃度を算出することができる。
【0055】
工程Cでは、工程Bで得られたX線吸収スペクトルを、硫黄−硫黄間成分(以下、S−S成分という。)及び硫黄−炭素間成分(以下、S−C成分という。)を含む少なくとも2つの成分でフィッティングする。これにより、S−S成分とS−C成分の各ピーク面積を算出することができる。また、エッジジャンプの高さを求めるために、S−S成分、S−C成分及び階段関数成分を含む少なくとも3成分でフィッティングを行ってもよい。更に好ましくは、図1にその一例を示すように、S−S成分、S−C成分及び階段関数成分とともに、硫黄−亜鉛間成分(以下、S−Zn成分という。)と、多重散乱成分を用いて、フィッティングを行うことであり、各ピーク面積をより高精度に算出することができる。
【0056】
ここで、S−S成分は、架橋部分の硫黄原子間の結合であるS−S結合に基づくX線吸収成分であり、S−C成分は、高分子鎖の炭素原子と架橋部分の硫黄原子との結合であるS−C結合に基づくX線吸収成分である。S−Zn成分は、S−Zn結合に基づくX線吸収成分であり、ゴム組成物に添加された亜鉛華(ZnO)が反応することによって生成される硫化亜鉛(ZnS)によるX線吸収を考慮したものである。多重散乱成分は、XANES領域の光電子による多重散乱に基づくX線吸収成分である。階段関数成分は、連続帯への電子の遷移に基づくX線吸収成分である。
【0057】
X線吸収スペクトルをフィッティングする際に使用する関数としては、上記の各成分を表現できるものであればよく、種々の関数を用いることができる。
【0058】
例えば、S−C成分、S−Zn成分、及び多重散乱成分には、図1に示すように、ガウス関数を用いてもよい。ガウス関数としては、例えば、下記式(1)で表されるものを用いることができる。
【0059】
【数1】
【0060】
式(1)中、aはピーク高さ(ピーク強度)、bはピークトップでのX線エネルギー(eV)、cはピークの半値幅(eV)、xは照射X線エネルギー(eV)を示す。
【0061】
階段関数成分には、図1に示すように、シグモイド関数を用いてもよい。シグモイド関数としては、例えば、下記式(2)で表されるものを用いることができる。
【0062】
【数2】
【0063】
式(2)中、dはエッジジャンプの高さ、eは定数、fはイオン化ポテンシャル(eV)を示す。
【0064】
S−S成分については、左右対称な分布を持つガウス関数を用いて表現することもできるが、架橋硫黄鎖の熱振動によるS−S結合長の揺らぎを考慮して、左右非対称な分布を持つ非対称ガウス関数を用いることが好ましい。非対称ガウス関数は、上記式(1)で表される複数のガウス関数の足し合わせで表現することができる。図2に示すように、上記式(1)で表される基準ガウス関数(C関数)を定め、ピークトップがC関数の高エネルギー側に等間隔にシフトし且つピーク高さが等差に減少する複数のガウス関数(C関数:C、C、……。ここでmは1以上の整数)を定める。C関数では、上記a、b及びcを定数とし、C関数以降のC関数(m=2〜)については、ピークトップのシフト幅とピーク高さの等差減少値を定めて、m個のC関数を定義する。その際に、C関数の半値幅とピーク高さの積は一定とする。m個のC関数を足し合わせることにより、非対称ガウス関数が得られる。得られた非対称ガウス関数では、ピークトップでのX線エネルギー(eV)を定数とし、ピーク高さを変数として、上記のフィッティングを行うことが好ましい。
【0065】
以上の各成分を用いて、X線吸収スペクトルに対してフィッティングする方法としては、特に限定されず、一般的な方法を用いることができる。例えば、各成分の関数を足し合わせた関数と、X線吸収スペクトルの残差二乗和が0に近づくように、フィッティングを行えばよい。これにより、X線吸収スペクトルを各成分にピーク分離することができる。
【0066】
工程Dでは、工程Cで得られたS−S成分とS−C成分の各フィッティング曲線から、それぞれS−S成分のピーク面積とS−C成分のピーク面積を算出し、両者の比(ピーク面積比)を算出することにより、架橋高分子材料の架橋硫黄鎖連結長を算出する。ピーク面積は、測定範囲内において各フィッティング曲線により囲まれた部分の面積である。
【0067】
架橋高分子材料中での硫黄架橋構造は、架橋部分の硫黄の連結数をnとして「C−S−C」で表され、この硫黄の連結数(詳細には連結数の平均)が架橋高分子材料の架橋硫黄鎖連結長である。架橋硫黄鎖連結長は、例えば、S−S成分のピーク面積Sと、S−C成分のピーク面積Cから、両者の比R=C/(C+S)を算出し、下記式(3)から算出することができる。
【0068】
【数3】
【0069】
架橋硫黄鎖連結長としては、式(3)のLの代わりに、例えば、S−C成分のピーク面積Cに対するS−S成分のピーク面積Sの比(S/C)を算出してもよい。また、S−S成分とS−C成分の合計のピーク面積(S+C)に対するS−S成分のピーク面積比(S/(S+C))でもよい。
【0070】
工程Eでは、エッジジャンプの高さと、工程Dで算出された架橋硫黄鎖連結長から、硫黄架橋密度を算出する。
【0071】
エッジジャンプの高さを求める方法としては、工程Bで得られたX線吸収スペクトルからエッジジャンプの高さを読み取ってもよく、あるいはまた、工程Cにおいて階段関数成分を用いてフィッティングを行ったときの当該フィッティング後の階段関数成分におけるエッジジャンプの高さを用いてもよい。X線吸収スペクトルからエッジジャンプの高さを読み取る方法の詳細は、上記の工程Aと同様である。
【0072】
一般に、XAFS法により得られるスペクトルの形状は、吸収端より低エネルギー側のベースラインから高エネルギー側に向かって急激な信号強度の階段状ジャンプ(即ち、エッジジャンプ)となっており、このエッジジャンプの高さが測定対象原子の濃度に比例することが知られている(渡辺巌「XAFSを用いた気液界面における単分子膜へのイオン吸着挙動」、表面科学、第25巻第3号、139−145頁、2004年)。そのため、上記階段関数成分のエッジジャンプの高さは、X線の照射範囲に含まれる硫黄原子数(硫黄濃度)に比例する。
【0073】
工程Eでは、上記架橋高分子材料について、そのエッジジャンプの高さdから、工程Aで得られた検量線に基づいて、当該架橋高分子材料の硫黄濃度Pを求める。そして、求めた硫黄濃度Pと、工程Dで得られた架橋硫黄鎖連結長Lから、硫黄架橋密度Dを、D=P/Lにより算出することができる。硫黄架橋密度Dは、高分子材料の単位体積あたり(例えば1mLあたり)の、架橋本数(例えば本/mL)や架橋のモル数(例えばmol/mL)として、求めることができ、単位を持つ値として算出することができる。
【0074】
このように上記硫黄架橋密度の測定方法によれば、硫黄K殻吸収端のX線吸収スペクトルを用いて、架橋硫黄鎖連結長とエッジジャンプにより硫黄架橋密度を算出することができる。しかも、工程Aにおいて検量線を作成する際に、自己吸収を抑えて定量性を向上することで検量線の精度を向上することができるので、硫黄架橋密度の定量精度を向上することができる。
【実施例】
【0075】
以下、本発明の実施例を示すが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0076】
[第1実施例]
バンバリーミキサーを用いて、100質量部のSBR(JSR(株)製「JSR1502」)に、1.25質量部の硫黄(細井化学工業(株)製「ゴム用粉末硫黄150メッシュ」)を、100℃以下の条件で混練した後、100℃で低温プレスすることにより、厚さ1.0mmの未加硫ゴムシートを得た。得られた未加硫ゴムシートにおいて、硫黄の含有量は2.53体積%である。未加硫ゴムシートを測定試料として、蛍光法による硫黄K殻吸収端におけるXANES測定を実施して、実施例1に係るX線吸収スペクトルを得た。
【0077】
比較例1として、100質量部の窒化ホウ素の粉体(キシダ化学(株)製「ちっ化ほう素」)に、3.05質量部の硫黄(細井化学工業(株)製「ゴム用粉末硫黄150メッシュ」)を加え、乳鉢で15分間混合した後、厚さ1.0mmの薄板状に成型して比較例1の測定試料を得た。得られた測定試料において、硫黄の含有量は2.53体積%である。比較例1の測定試料を用いて、実施例1と同様のXANES測定を実施して、X線吸収スペクトルを得た。
【0078】
XANES測定は、「知の拠点あいち」のあいちシンクロトロン光センターにおいて、以下の測定条件により行った。
・X線の輝度:2.0×1012photons/s/mrad2/mm2/0.1%bw
・X線の光子数:〜3.0×1010photons/s
・分光器:結晶分光器
・X線検出器:シリコンドリフト検出器
・測定法:蛍光法
・X線のエネルギー範囲:2400〜2500eV。
【0079】
図3は、実施例1と比較例1のX線吸収スペクトルを示した図であり、乳鉢混合により測定試料を作製した比較例1に対し、ポリマーに混合分散させた実施例1では、スペクトルのピーク高さが高く、半値幅も狭いものであり、自己吸収の影響が顕著に抑えられ、精度の高いX線吸収スペクトルが得られた。また、実施例1では、長時間乳鉢で混合した比較例1に比べて、簡便にポリマーに分散させることができた。
【0080】
[第2実施例]
バンバリーミキサーを使用し、下記表1に示す配合(質量部)に従い、ゴムポリマーに配合剤を添加し混練した後、金型モールドでプレス加工(160℃、30分)することにより、厚さ1.0mmの加硫ゴムシート(ゴムシート1〜3)を作製した。得られたゴムシート1〜3について、硫黄K殻吸収端におけるXANES測定を実施して、X線吸収スペクトルを得た。X線吸収スペクトルの測定条件は、第1実施例と同じである。測定では、全ての測定対象について、X線検出器と測定対象との距離は一定とした。
【0081】
表1中の各成分の詳細は以下の通りである。
・SBR:JSR(株)製「JSR1502」
・亜鉛華:三井金属鉱業(株)製「亜鉛華1種」
・ステアリン酸:花王(株)製「ルナックS−20」
・硫黄:細井化学工業(株)製「ゴム用粉末硫黄150メッシュ」
・加硫促進剤:大内新興化学工業(株)製「ノクセラーCZ」。
【0082】
得られたX線吸収スペクトルを、S−S成分、S−C成分、S−Zn成分、多重散乱成分及び階段関数成分の5つの成分でフィッティングし、各成分のピーク面積を算出した。その際、S−C成分、S−Zn成分及び多重散乱成分については、式(1)のガウス関数を用いた。式(1)中のパラメータは、S−C成分については、a(ピーク高さ)を変数、b(ピークトップでのエネルギー)を2473eV(定数)、c(ピークの半値幅)を1.8eV(定数)とし、S−Zn成分については、a及びbを変数、cを1.8eV(定数)とし、多重散乱成分については、a及びbを変数、cを4eV(定数)に設定した。また、階段関数成分については、式(2)のシグモイド関数を用いた。式(2)中のパラメータは、d(エッジジャンプの高さ)は変数、e(定数)=0.7、f(イオン化ポテンシャル)=2476eV(定数)に設定した。
【0083】
また、S−S成分については、非対称ガウス関数を用いた。非対称ガウス関数は、式(1)を用いて、aを2、bを2471.1eVとしたC1関数を定め、またC1関数から順に、ピークトップが高エネルギー側に等間隔(0.015eV)にシフトし且つピーク高さが等差(0.003)に減少する100個のC関数(m=1〜100)を定めた。その際、C関数は、ピーク高さと半値幅の積が一定値(2.8)となるように定義した。これら100個のC関数を足し合わせることにより、S−S成分の非対称ガウス関数を得た。非対称ガウス関数のピークトップのエネルギー(eV)は2472eVに設定し、ピーク高さを変数とした。
【0084】
このようにして定義したS−S成分、S−C成分、S−Zn成分、多重散乱成分及び階段関数成分の5つの成分を足し合わせた関数と、測定スペクトルの残差二乗和が0に近づくように、フィッティングを行い、それぞれの成分のピーク面積を算出した。そして、上記式(3)により架橋硫黄鎖連結長Lを算出した。
【0085】
また、エッジジャンプの高さdから、図4に示す検量線を用いて、硫黄濃度Pを算出し、硫黄濃度Pと架橋硫黄鎖連結長Lから、硫黄架橋密度D(本/mL)=P/Lを算出した。その結果を表1に示す。
【0086】
ここで、図4の検量線は、ゴムシート1〜3の作製に先立ち、次のようにして求めた。
【0087】
バンバリーミキサーを用いて、100質量部のSBR(JSR(株)製「JSR1502」)に対して下記表2に示す質量部(phr)の硫黄(細井化学工業(株)製「ゴム用粉末硫黄150メッシュ」)を添加し100℃以下の条件で混練した後、100℃で低温プレスすることにより、厚さ1.0mmの未加硫ゴムシートを得た。得られた未加硫ゴムシートについて、配合組成から、硫黄濃度P、即ち単位体積あたりの硫黄原子数(個/mL)を算出した。また、未加硫ゴムシートにX線を照射して硫黄K殻吸収端のX線吸収スペクトルを取得した。X線吸収スペクトルの測定条件は、ゴムシート1〜3と同じである。得られたX線吸収スペクトルから、ゴムシート1〜3と同様のフィッティングを行い、その結果得られた階段関数成分から、各未加硫ゴムシートのエッジジャンプ高さdを求めた。このようにして求めたエッジジャンプ高さdと硫黄濃度Pから、両者の関係を示す検量線として、図4に示す検量線(d=5×10−22P+0.0081)を得た。
【0088】
上記で得られたゴムシート1〜3を用いて、JIS K6251に準じた引張試験(ダンベル状3号形)を行い、M100(100%引張応力)を測定した。
【0089】
結果は、表1に示す通りであり、硫黄の配合量が少ないほど、硫黄架橋密度Dが小さく、100%引張応力も小さかった。
【0090】
【表1】
【0091】
【表2】
図1
図2
図3
図4
図5