【解決手段】溶接ワイヤを送給し、溶接電源の外部特性の傾きKsを制御して溶接するパルスアーク溶接の出力制御方法において、給電チップ・母材間距離Lrを検出し、給電チップ・母材間距離Lrが長くなるほど外部特性の傾きKsの絶対値が小さくなるように変化させる。給電チップ・母材間距離Lrが短いときは、傾きKsを大きくすることで溶接状態は安定になる。給電チップ・母材間距離Lrが長いときは、傾きKsを小さくすることで、溶接状態は安定になる。
【背景技術】
【0002】
消耗電極式パルスアーク溶接(以下、単にパルスアーク溶接という)では、美しいビード外観、均一な溶込み深さ等の溶接品質を良好にするために、溶接中のアーク長を適正値に維持することが極めて重要である。一般的に、アーク長は溶接ワイヤの送給速度とアーク入熱による溶融速度とのバランスによって決まる。したがって、溶接電流の平均値に略比例する溶融速度が送給速度と等しくなるとアーク長は常に一定となる。しかし、送給モータの回転速度の変動、溶接トーチケーブルの引き回しによる送給経路の摩擦力の変動等によって、溶接中の送給速度が変動する。このために、溶融速度とのバランスが崩れてアーク長が変化することになる。さらには、溶接作業者の手振れ等による給電チップ・母材間距離の変動、溶融池の不規則な振動等によっても、アーク長は変動する。したがって、これらの種々の変動要因(以下、外乱という)によるアーク長の変動を抑制するためには、外乱に応じて常に溶融速度を調整してアーク長の変化を抑制するアーク長制御(出力制御)が必要となる。
【0003】
パルスアーク溶接を含むガスシールドアーク溶接において、上述した種々の外乱に起因するアーク長の変動を抑制する方法として、溶接電源の外部特性を所望値に出力制御する方法が慣用されている。この外部特性の例を
図5に示す。同図の横軸はアークを通電する溶接電流の平均値Iwであり、縦軸は溶接ワイヤと母材との間に印加する溶接電圧の平均値Vwである。特性L1は、傾きKs=0V/Aの完全な定電圧特性の場合である。また、特性L2は、傾きKs=−0.1V/Aと右下がりの傾きを有する定電圧特性の場合である。外部特性は直線として表わすことができるので、溶接電流基準値Isと溶接電圧基準値Vsとの交点P0を通り傾きがKsである外部特性は下式で表わされる。
Vw=Ks・(Iw−Is)+Vs ……(1)式
【0004】
上述したように、外部特性の傾きは0又は負の値となる。以下の説明において、傾きの大小とは、傾きの絶対値の大小を意味している。溶接電源の外部特性の傾きKsによってアーク長制御の安定性(自己制御作用と呼ばれる)が大きく影響されることが従来から知られている。すなわち、外乱に対してアーク長を安定化するためには、溶接法を含む溶接条件に応じて外部特性の傾きKsを適正値に制御する必要がある。例えば、傾きKsの適正値は、炭酸ガスアーク溶接法では0〜−0.03V/A程度の範囲であり、パルスアーク溶接法では−0.03〜−0.3V/A程度の範囲である。したがって、本発明の対象であるパルスアーク溶接法においては、アーク長制御を安定化するためには、同図に示す特性L1ではなく−0.03〜−0.3V/A程度の範囲内で予め定めた傾きKsを有する特性L2等を形成している。(例えば、特許文献1参照)
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
【0013】
[実施の形態1]
図1は、本発明の実施の形態1に係るパルスアーク溶接の出力制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。以下、同図を参照して各ブロックについて説明する。
【0014】
電源主回路PMは、3相200V等の商用電源(図示は省略)を入力として、後述する電流誤差増幅信号Eiに従って出力制御を行い、アーク溶接に適した溶接電流io及び溶接電圧voを出力する。電源主回路PMは、図示は省略するが、商用電源を整流する1次整流器、整流された直流を平滑するコンデンサ、平滑された直流を高周波交流に変換するインバータ回路、高周波交流をアーク溶接に適した電圧値に降圧する高周波変圧器、降圧された高周波交流を清流する2次整流器、整流された直流を平滑するリアクトル、後述する電流誤差増幅信号Eiに基づいてPWM変調制御を行い上記のインバータ回路を構成するトランジスタを駆動する駆動回路を備えている。
【0015】
送給速度設定回路FRは、予め定めた送給速度設定信号Frを出力する。送給制御回路FCは、上記の送給速度設定信号Frを入力として、送給速度設定信号Frによって定まる送給速度で溶接ワイヤ1を送給するための送給制御信号Fcを送給モータWMに出力する。
【0016】
溶接ワイヤ1は送給モータWMに結合された送給ロール5の回転によって溶接トーチ4内を送給されて、母材2との間にアーク3が発生する。アーク3中を溶接電流ioが通電し、溶接トーチ4の給電チップ(図示は省略)と母材2との間に溶接電圧voが印加される。
【0017】
電流検出回路IDは、上記の溶接電流ioを検出して、電流検出信号idを出力する。
【0018】
電圧検出回路VDは、上記の溶接電圧voを検出して、電圧検出信号vdを出力する。
【0019】
溶接電圧基準値設定回路VSは、予め定めた溶接電圧基準値信号Vsを出力する。溶接電流基準値設定回路ISは、予め定めた溶接電流基準値信号Isを出力する。
【0020】
給電チップ・母材間距離設定回路LRは、溶接を行うときの給電チップ・母材間距離を設定するための給電チップ・母材間距離設定信号Lrを出力する。この設定は、溶接電源のフロントパネルに設けられた給電チップ・母材間距離設定ツマミを溶接作業者が手動で行うようにしても良い。また、溶接ロボットを使用する場合には、ロボット制御装置から設定するようにしても良い。給電チップ・母材間距離設定信号Lrは、0〜50mmの数値データである。
【0021】
傾き設定回路KSは、上記の給電チップ・母材間距離設定信号Lrを入力として、予め定めた算出関数によって傾きを算出して、傾き設定信号Ksを出力する。算出関数の一例を以下に示す。
Ks=0.002×Lr−0.1
ここで、Lrの範囲は10〜40mm程度であるので、傾き設定信号Ksの設定範囲は、−0.08〜−0.02(V/A)となる。すなわち、給電チップ・母材間距離設定信号Lrが長くなるほど、傾き設定信号Ksの絶対値は小さくなる。上記においては、傾き設定信号Ksの値が連続的に変化する場合であるが、階段状に変化するようにしても良い。例えば、Lr≦25のときはKs=−0.06に設定し、Lr>25のときはKs=−0.02に設定するようにしても良い。
【0022】
積分値演算回路SVBは、上記の電流検出信号id、上記の電圧検出信号vd、上記の溶接電圧基準値信号Vs、上記の溶接電流基準値信号Is及び上記の傾き設定信号Ksを入力として、各パルス周期の開始時点から後述する(5)式によって積分演算を行い積分値信号Svbを出力する。
【0023】
比較回路CMは、上記の積分値信号Svbを入力として、以下の処理を行い、比較信号Cmを出力する。この比較信号Cmの周期がパルス周期となる。パルス周期は、下限時間と上限時間との間で変化する。例えば、下限時間はピーク期間よりも少し長い時間1.5msであり、上限時間は20msである。ピーク期間は所定値であるので、パルス周期はピーク期間よりも短くはなれないので、下限時間を設けている。また、パルス周期が上限時間よりも長くなると、溶接状態が不安定になるので、上限時間を設けている。
1)Svbの値が、予め定めた下限時間経過前に0以上となったときは、下限時間が経過した時点で短時間Highレベルとなる比較信号Cmを出力する。
2)Svbの値が、上記の下限時間経過後に0以上となったときは、その時点で短時間Highレベルとなる比較信号Cmを出力する。
3)Svbの値が、予め定めた上限時間経過しても0以上にならないときは、上限時間が経過した時点で短時間Highレベルとなる比較信号Cmを出力する。
【0024】
タイマ回路MMは、上記の比較信号CmがHighレベルに変化した時点から予め定めたピーク期間設定値Tpsによって定まる期間だけHighレベルとなるタイマ信号Mmを出力する。このタイマ信号MmがHighレベルのときがピーク期間となり、Lowレベルのときがベース期間となる。
【0025】
ピーク電流設定回路IPSは、予め定めたピーク電流設定信号Ipsを出力する。ベース電流設定回路IBSは、予め定めたベース電流設定信号Ibsを出力する。
【0026】
切換回路SWは、上記のタイマ信号MmがHighレベルのときはa側に切り換わり上記のピーク電流設定信号Ipsを電流制御設定信号Icsとして出力し、Lowレベルのときはb側に切り換わり上記のベース電流設定信号Ibsを電流制御設定信号Icsとして出力する。
【0027】
電流誤差増幅回路EIは、上記の電流制御設定信号Icsと上記の電流検出信号idとの誤差を増幅して、電流誤差増幅信号Eiを出力する。
【0028】
図2は、パルスアーク溶接の電流・電圧波形図である。同図(A)は溶接電流(瞬時値)ioの波形を示し、同図(B)は溶接電圧(瞬時値)voの波形を示す。以下,同図を参照して説明する。
【0029】
(1)時刻t1〜t2のピーク期間Tpの動作説明
図1の比較信号CmがHighレベルとなる予め定めたピーク期間Tp中は、同図(A)に示すように、溶接ワイヤを溶滴移行させるために大電流値の予め定めたピーク電流Ipが通電し、同図(B)に示すように、この期間中のアーク長に略比例したピーク電圧Vpが給電チップ・母材間に印加される。ピーク電流Ipは、
図1のピーク電流設定信号Ipsによって設定される。例えば、ピーク期間Tpは1.2ms程度であり、ピーク電流Ipは500A程度である。
【0030】
(2)時刻t2〜t3のベース期間Tbの動作説明
図1の比較信号CmがLowレベルとなるベース期間Tb中は、同図(A)に示すように、溶接ワイヤ先端の溶滴を成長させないために小電流値の予め定めたベース電流Ibが通電し、同図(B)に示すように、この期間中のアーク長に略比例したベース電圧Vbが印加される。ベース電流Ibは、
図1のベース電流設定信号Ibsによって設定される。ベース期間Tbは、アーク長制御によって刻々と変化する。例えば、ベース電流Ibは50A程度である。
【0031】
上記のピーク期間Tp及びベース期間Tbからなる時刻t1〜t3の期間を1パルス周期Tpbとして繰り返して溶接を行う。同図(A)に示すように、このパルス周期Tpbごとの溶接電流の平均値がIwとなり、同様に同図(B)に示すように、このパルス周期Tpbごとの溶接電圧の平均値がVwとなる。溶接電源の外部特性を形成するための出力制御は、パルス周期Tpbの時間長さを操作量としてフィードバック制御することで行われる。すなわち、ピーク期間Tpを一定値としてパルス周期Tpbを増減させることによって出力制御を行う。パルス周期Tpbの変化範囲は、3〜20ms程度である。
【0032】
図3は、外部特性を形成する出力制御方法を説明するための電流・電圧波形図である。同図(A)は溶接電流(瞬時値)ioの波形を示し、同図(B)は溶接電圧(瞬時値)voの波形を示す。以下,同図を参照して説明する。
【0033】
同図に示すように、時刻t(n)〜t(n+1)の第n回目のパルス周期Tpb(n)の溶接電流平均値がIw(n)となり、溶接電圧平均値がVw(n)となる。上述した
図5において、これらIw(n)とVw(n)との交点(動作点)P1が、設定された特性L2上に乗るように出力制御される。以下、所望の傾きKsを有する外部特性を形成するための溶接電源の出力制御方法について説明する。
【0034】
形成すべき目標の外部特性は、上述した(1)式の外部特性Vw=Ks・(Iw−Is)+Vsである。溶接電流ioの検出信号はidであり、溶接電圧voの検出信号はvdである。第n回目のパルス周期Tpb(n)における溶接電流平均値Iw及び溶接電圧平均値Vwは下式で表わすことができる
Iw=(1/Tpb(n))・∫id・dt ……(2)式
Vw=(1/Tpb(n))・∫vd・dt ……(3)式
但し、積分は第n回目のパルス周期Tpb(n)の間行う。
【0035】
これら(2)式及び(3)式を上記の(1)式に代入して整理すると下式となる。
∫(Ks・id−Ks・Is+Vs−vd)・dt=0 ……(4)式
但し、積分は第n回目のパルス周期Tpb(n)の間行い、上述したように、Ksは外部特性の傾き設定信号であり、Isは溶接電流基準値信号であり、Vsは溶接電圧基準値信号である。
【0036】
したがって、第n回目のパルス周期Tpb(n)が終了した時点においては上記(4)式が成立することになる。ここで、上記(4)式の左辺を積分値信号Svbとして定義すると下式となる。
Svb=∫(Ks・id−Ks・Is+Vs−vd)・dt ……(5)式
【0037】
第n回目のパルス周期Tpb(n)が開始した時点から上記(5)式の積分値信号Svbの演算を開始する。第n回目の予め定めたピーク期間が終了して第n回目のベース期間中に上記の積分値信号Svb≧0となった時点で第n回目のパルス周期Tpb(n)を終了する。この動作を繰り返すことによって、上記(1)式の外部特性を形成することができる。
【0038】
上述した外部特性形成方法を以下に整理して記載する。
1)給電チップ・母材間距離設定信号Lrを設定する。このLrを入力として、予め定めた算出関数によって傾き設定信号Ksが設定される。
2)上記の傾き設定信号Ks、予め定めた溶接電流基準値信号Is及び予め定めた溶接電圧基準値信号Vsによって目標の溶接電源の外部特性を予め設定する。
3)溶接中の溶接電圧voを検出して電圧検出信号vdを出力し、溶接電流ioを検出して電流検出信号idを出力する。
4)第n回目のパルス周期Tpb(n)の開始時点から積分値信号Svb=∫(Ks・id−Ks・Is+Vs−vd)・dtの積分を開始する。
5)第n回目の予め定めたピーク期間Tpに続く第n回目のベース期間Tb中の上記積分値信号Svbが零以上(Svb≧0)になった時点で第n回目のパルス周期Tpb(n)を終了する。
6)続けて第n+1回目のパルス周期Tpb(n+1)を開始して、上記3)〜4)の動作を繰り返し行うことによって、所望の外部特性を形成する。
【0039】
実施の形態1によれば、上述した出力制御によって、給電チップ・母材間距離が長くなるほど傾き(絶対値)が小さくなる外部特性を形成する。給電チップ・母材間距離が短いときは傾き(絶対値)は大きい方が、溶接状態は安定になる。他方、給電チップ・母材間距離が長くなると、傾き(絶対値)を小さくしないと、溶接状態は不安定になりやすい。したがって、実施の形態1では、給電チップ・母材間距離に応じて傾きが適正化されるので、常に溶接状態を安定に保つことができる。
【0040】
[実施の形態2]
実施の形態2の発明は、上記の給電チップ・母材間距離を検出して自動設定するものである。
【0041】
図4は、本発明の実施の形態2に係るパルスアーク溶接の出力制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。同図は、上述した
図1と対応しており、同一ブロックには同一符号を付して、それらの説明は繰り返さない。同図は、
図1に平均溶接電流検出回路IADを追加し、
図1の給電チップ・母材間距離設定回路LRを第2給電チップ・母材間距離設定回路LR2に置換したものである。以下、同図を参照してこれらのブロックについて説明する。
【0042】
平均溶接電流検出回路IADは、上記の電流検出信号idを入力として、平均値を算出して平均溶接電流検出信号Iadを出力する。
【0043】
第2給電チップ・母材間距離設定回路LR2は、上記の送給速度設定信号Fr及び上記の平均溶接電流検出信号Iadを入力として、予め定めた距離算出関数によって給電チップ・母材間距離を算出して、給電チップ・母材間距離設定信号Lr=f(Fr,Iad)として出力する。溶接ワイヤの材質及び直径が決まり、送給速度及び平均溶接電流値を検出すると、給電チップ・母材間距離を算出することができる。したがって、使用する溶接ワイヤの材質及び直径に応じて、上記の距離算出関数を予め実験によって定義しておく。
【0044】
実施の形態2におけるパルスアーク溶接の電流・電圧波形図は、上述した
図2と同一であるので、説明は繰り返さない。さらに、実施の形態2における外部特性を形成する出力制御方法を説明するための電流・電圧波形図も、上述した
図3と同一であるので、説明は繰り返さない。
【0045】
実施の形態2における外部特性形成方法を以下に整理して記載する。実施の形態1と異なる点は、1)項において、給電チップ・母材間距離設定信号Lrを自動的に設定することである。
1)送給速度設定信号Fr及び平均溶接電流検出信号Iadを入力として、予め定めた距離算出関数によって給電チップ・母材間距離設定信号Lrを算出して設定する。このLrを入力として、予め定めた算出関数によって傾き設定信号Ksが設定される。
2)上記の傾き設定信号Ks、予め定めた溶接電流基準値信号Is及び予め定めた溶接電圧基準値信号Vsによって目標の溶接電源の外部特性を予め設定する。
3)溶接中の溶接電圧voを検出して電圧検出信号vdを出力し、溶接電流ioを検出して電流検出信号idを出力する。
4)第n回目のパルス周期Tpb(n)の開始時点から積分値信号Svb=∫(Ks・id−Ks・Is+Vs−vd)・dtの積分を開始する。
5)第n回目の予め定めたピーク期間Tpに続く第n回目のベース期間Tb中の上記積分値信号Svbが零以上(Svb≧0)になった時点で第n回目のパルス周期Tpb(n)を終了する。
6)続けて第n+1回目のパルス周期Tpb(n+1)を開始して、上記3)〜4)の動作を繰り返し行うことによって、所望の外部特性を形成する。
【0046】
上述した実施の形態2によれば、給電チップ・母材間距離を検出して自動設定するものである。これにより、実施の形態2では、実施の形態1の効果に加えて、給電チップ・母材間距離を設定する作業を省略することができる。この結果、給電チップ・母材間距離を御設定することなく適正な外部特性の傾きを形成することができる。