(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2020-139183(P2020-139183A)
(43)【公開日】2020年9月3日
(54)【発明の名称】SmZrFeCo磁性化合物およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20200807BHJP
C22C 19/07 20060101ALI20200807BHJP
B22D 11/06 20060101ALI20200807BHJP
H01F 1/055 20060101ALI20200807BHJP
H01F 10/16 20060101ALI20200807BHJP
H01F 41/18 20060101ALI20200807BHJP
C01G 51/00 20060101ALI20200807BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20200807BHJP
C23C 14/34 20060101ALI20200807BHJP
【FI】
C22C38/00 303D
C22C19/07 E
B22D11/06 360B
H01F1/055 110
H01F10/16
H01F41/18
C01G51/00 C
C23C14/06 M
C23C14/34 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2019-34599(P2019-34599)
(22)【出願日】2019年2月27日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (1) 平成30年9月5日発行 公益社団法人日本金属学会発行2018年秋期(第163回)講演大会 日本金属学会講演概要集(記録用DVD) S7.13 (2) 平成30年9月19日〜21日 公益社団法人日本金属学会主催 2018年秋期(第163回)講演大会 東北大学川内北キャンパス・仙台国際センター (3) 平成30年12月7日 日本ボンド磁性材料協会発行 2018 BMシンポジウム 講演要旨 (4) 平成30年12月7日 日本ボンド磁性材料協会主催 2018 BMシンポジウム ホテルグランドウッド(東京都荒川区東日暮里5−50−5)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年、文部科学省、科学技術試験研究委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】小川 大介
(72)【発明者】
【氏名】ペリン トズマン
(72)【発明者】
【氏名】高橋 有紀子
(72)【発明者】
【氏名】広沢 哲
(72)【発明者】
【氏名】宝野 和博
【テーマコード(参考)】
4E004
4G048
4K029
5E040
5E049
【Fターム(参考)】
4E004DB02
4E004TA03
4G048AA01
4G048AB01
4G048AC03
4G048AD02
4K029AA02
4K029AA04
4K029AA06
4K029AA07
4K029AA08
4K029BA02
4K029BA21
4K029BB02
4K029BB09
4K029BC06
4K029BD03
4K029CA05
4K029DC03
4K029DC16
4K029DC34
4K029DC39
4K029GA00
5E040AA03
5E040AA06
5E040AA19
5E040CA01
5E040HB11
5E040NN01
5E040NN06
5E040NN18
5E049BA01
5E049DB04
5E049GC01
(57)【要約】 (修正有)
【課題】相安定化元素であるTiやVを添加することなく、熱的にも実用上安定なSmZrFeCo磁性化合物およびその製造方法の提供。
【解決手段】式(Sm
(1−x)Zr
x)
a(Fe
(1−y)Co
y)
12M
b(上式中、Mは不可避不純物元素並びにAl、Cr、Cu、Ga、Ag及びAuからなる群より選ばれる1種以上の元素であり、0≦x≦0.5、0≦y≦0.6、0.90≦a≦1.57、0≦b≦0.4である)により表される磁性化合物であって、ThMn
12型の結晶構造を有し、磁化が1.80T以上である磁性化合物。
【選択図】
図4A
【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(Sm(1−x)Zrx)a(Fe(1−y)Coy)12Mb
(上式中、Mは不可避不純物元素並びにAl、Cr、Cu、Ga、Ag及びAuからなる群より選ばれる1種以上の元素であり、
0≦x≦0.5、
0≦y≦0.6、
0.90≦a≦1.57、
0≦b≦0.4である)
により表される磁性化合物であって、ThMn12型の結晶構造を有し、磁化が1.80T以上である磁性化合物。
【請求項2】
式(Sm(1−x)Zrx)a(Fe(1−y)Coy)12Mb
(上式中、Mは不可避不純物元素並びにAl、Cr、Cu、Ga、Ag及びAuからなる群より選ばれる1種以上の元素であり、
0≦x≦0.3、
0≦y≦0.3、
0.97≦a≦1.57、
0≦b≦0.1である)
により表される磁性化合物であって、ThMn12型の結晶構造を有し、磁化が1.80T以上である磁性化合物。
【請求項3】
式(Sm(1−x)Zrx)a(Fe(1−y)Coy)12Mb
(上式中、Mは不可避不純物元素並びにAl、Cr、Cu、Ga、Ag及びAuからなる群より選ばれる1種以上の元素であり、
0.1≦x≦0.2、
0.1≦y≦0.2、
0.97≦a≦1.27、
0.01≦b≦0.1である)
により表される磁性化合物であって、ThMn12型の結晶構造を有し、磁化が1.80T以上である磁性化合物。
【請求項4】
式(Sm(1−x)Zrx)a(Fe(1−y)Coy)12Mb
(上式中、Mは不可避不純物元素並びにAl、Cr、Cu、Ga、Ag及びAuからなる群より選ばれる1種以上の元素であり、0≦x≦0.5、0≦y≦0.6、0.97≦a≦1.57、0≦b≦0.4である)
で表される組成の合金の溶湯を準備する工程と、
前記溶湯を1×102〜1×107K/secの速度で急冷する工程と、
を含む磁性化合物の製造方法。
【請求項5】
前記急冷工程後、800〜1300℃にて2〜120時間熱処理を行う工程をさらに含む、請求項4に記載の磁性化合物の製造方法。
【請求項6】
式(Sm(1−x)Zrx)a(Fe(1−y)Coy)12Mb
(上式中、Mは不可避不純物元素並びにAl、Cr、Cu、Ga、Ag及びAuからなる群より選ばれる1種以上の元素であり、0≦x≦0.5、0≦y≦0.6、0.97≦a≦1.57、0≦b≦0.4である)
で表される組成の合金を基板上に堆積させる磁性化合物の製造方法であって、
サマリウム(Sm)、ジルコニウム(Zr)、鉄(Fe)及びコバルト(Co)を前記基板上に供給する複数のスパッタリングターゲットを準備し、
高真空状態でアルゴンガスを前記スパッタリングターゲットに衝突させて、前記組成の合金を前記基板上に堆積させると共に、前記基板上に堆積した前記組成の合金を急冷する工程と、
を含む磁性化合物の製造方法。
【請求項7】
前記基板は、単結晶MgO(100)、Ta、Mo、Al2O3、石英ガラス、Si(100)、熱酸化膜付Siの何れかであることを特徴とする請求項7に記載の磁性化合物の製造方法。
【請求項8】
請求項1、2、3の何れか一項に記載の磁性化合物を用いた電動機、発電機、又は電動機及び発電機。
【請求項9】
請求項8に記載の電動機、発電機、又は電動機及び発電機を用いた電気自動車用モーター、内燃機関と蓄電池を併用したハイブリット自動車、若しくは電気製品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、異方性磁界が高くかつ飽和磁化の高いThMn
12型の結晶構造を有する磁性化合物に関し、特に相安定性を確保する添加元素を必要としないSmZrFeCo磁性化合物に関する。また、本発明は、上記のSmZrFeCo磁性化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在世界最強の磁石であるNd−Fe−B系磁石は、ハイブリット自動車や電気自動車用モーターや、様々な省エネ電化製品などに幅広く応用されている。しかし、Nd−Fe−B系磁石は耐熱性に問題があり、自動車のモーター用途での使用における200℃の温度環境下では、耐熱性向上のために資源の供給リスクのあるジスプロシウム(Dy)やテルビウム(Tb)を添加する必要がある。そこで重希土類フリーもしくは削減した新たな磁石材料開発が望まれている。
【0003】
他方で、希土類元素(R; rare earth)と強磁性遷移金属元素(TM; ferromagnetic transition metal element)で構成されたThMn
12型構造を有する希土類磁石化合物は、様々なR−TM化合物の中でもっとも希土類濃度が小さく、新たな高性能磁石化合物の候補として期待されている。このようなThMn
12型結晶構造を有する希土類−鉄系磁性化合物として、例えば特許文献1〜5に開示された化合物が知られている。
【0004】
例えば特許文献3に開示されているように、Sm(Fe
0.8Co
0.2)
12化合物は、熱的に不安定であるため、バルクでは相安定化元素であるTiやVを添加する必要がある。しかし、これらの相安定化元素はSm(Fe
0.8Co
0.2)
12化合物の磁化を下げるために、なるべく低い濃度に抑えることが好ましい。
【0005】
最近、Tiなどの非磁性構造安定化元素を全く含まないThMn
12型構造を有するSm(Fe
0.8Co
0.2)
12化合物が発見され、飽和磁化が1.78T、異方性磁場が12T、キュリー温度が859Kを有し、いずれもNd
2Fe
14Bを上回る値が報告されている(非特許文献1参照)。
【0006】
Tiなどの非磁性構造安定化元素を含む(Sm
1−xZr
x)
y(Fe
0.8Co
0.2)
12−zM
z(ここでMはTiやVなどの非磁性構造安定化元素)のバルクの作製はすでに報告があり、Zrを添加することでMを低減させても相安定性が保たれることが報告されている(非特許文献2参照)。一方で、(Sm
1−xZr
x)(Fe
0.8Co
0.2)
11.5Ti
0.5では、Zr濃度を0.1から0.3へ増加させると、磁化は1.61Tから1.52Tへと減少している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2001−189206号公報
【特許文献2】特開2004−265907号公報
【特許文献3】特開2017−057471号公報
【特許文献4】特開2017−112300号公報
【特許文献5】特開2018−157197号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Y. Hirayama, et al., Scr. Mater. 138 (2017) 62-65
【非特許文献2】K. Kobayashi et al., Journal of alloys and compounds 694、914 (2017)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記課題を解決するもので、Tiなどの非磁性構造安定化元素を全く含まないThMn
12型構造を有するSm(Fe
0.8Co
0.2)
12化合物を基礎として、飽和磁化、異方性磁場、キュリー温度がNd
2Fe
14Bを上回る値を有しながら、相安定化元素であるTiやVを添加することなく、熱的にも実用上安定なSmZrFeCo磁性化合物およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明のSmZrFeCo磁性化合物は、上記課題を解決するもので、以下の発明特定事項を有する。
[1]式(Sm
(1−x)Zr
x)
a(Fe
(1−y)Co
y)
12M
b
(上式中、Mは不可避不純物元素並びにAl、Cr、Cu、Ga、Ag及びAuからなる群より選ばれる1種以上の元素であり、0≦x≦0.5、0≦y≦0.6、0.97≦a≦1.57、0≦b≦0.4である)
により表される磁性化合物であって、ThMn
12型の結晶構造を有し、磁化が1.80T以上である磁性化合物である。
[2]式(Sm
(1−x)Zr
x)
a(Fe
(1−y)Co
y)
12M
b
(上式中、Mは不可避不純物元素並びにAl、Cr、Cu、Ga、Ag及びAuからなる群より選ばれる1種以上の元素であり、0≦x≦0.3、0≦y≦0.3、0.97≦a≦1.57、0≦b≦0.1である)
により表される磁性化合物であって、ThMn
12型の結晶構造を有し、磁化が1.80T以上である磁性化合物。
[3]式(Sm
(1−x)Zr
x)
a(Fe
(1−y)Co
y)
12M
b
(上式中、Mは不可避不純物元素並びにAl、Cr、Cu、Ga、Ag及びAuからなる群より選ばれる1種以上の元素であり、0.1≦x≦0.2、0.1≦y≦0.2、0.97≦a≦1.27、0.01≦b≦0.1である)
により表される磁性化合物であって、ThMn
12型の結晶構造を有し、磁化が1.80T以上である磁性化合物。
【0011】
[4]本発明のSmZrFeCo磁性化合物の製造方法は、上記課題を解決するもので、式(Sm
(1−x)Zr
x)
a(Fe
(1−y)Co
y)
12M
b
(上式中、Mは不可避不純物元素並びにAl、Cr、Cu、Ga、Ag及びAuからなる群より選ばれる1種以上の元素であり、0≦x≦0.5、0≦y≦0.6、0.97≦a≦1.57、0≦b≦0.4である)
で表される組成の合金の溶湯を準備する工程と、
前記溶湯を1×10
2〜1×10
7K/secの速度で急冷する工程と、
を含む磁性化合物の製造方法である。
[5]本発明のSmZrFeCo磁性化合物の製造方法において、好ましくは、前記急冷工程後、800〜1300℃にて2〜120時間熱処理を行う工程をさらに含むとよい。
[6]本発明のSmZrFeCo磁性化合物の製造方法は、式(Sm
(1−x)Zr
x)
a(Fe
(1−y)Co
y)
12M
b
(上式中、Mは不可避不純物元素並びにAl、Cr、Cu、Ga、Ag及びAuからなる群より選ばれる1種以上の元素であり、0≦x≦0.5、0≦y≦0.6、0.97≦a≦1.57、0≦b≦0.4である)
で表される組成の合金を基板上に堆積させる磁性化合物の製造方法であって、
サマリウム(Sm)、ジルコニウム(Zr)、鉄(Fe)及びコバルト(Co)を前記基板上に供給する複数のスパッタリングターゲットを準備し、
高真空状態でアルゴンガスを前記スパッタリングターゲットに衝突させて、前記組成の合金を前記基板上に堆積させると共に、前記基板上に堆積した前記組成の合金を急冷する工程と、を含む磁性化合物の製造方法である。
[7]本発明のSmZrFeCo磁性化合物の製造方法において、好ましくは、前記基板は、単結晶MgO(100)、Ta、Mo、Al
2O
3、石英ガラス、Si(100)、熱酸化膜付Siの何れかであることよい。
【0012】
[8]本発明の磁性化合物[1]、[2]、又は[3]の何れか1つを用いた電動機、発電機、又は電動機及び発電機。
[9]本発明の磁性化合物を用いた電動機、発電機、又は電動機及び発電機[8]を用いた電気自動車用モーター、内燃機関と蓄電池を併用したハイブリット自動車、若しくは電気製品。
【発明の効果】
【0013】
本発明のSmZrFeCo磁性化合物によれば、ThMn
12型の結晶構造を有する、式(Sm
(1−x)Zr
x)
a(Fe
(1−y)Co
y)
12M
bにより表される化合物において、スティーブンス因子が正である元素Smを用いることにより、希土類系磁石において必須な一軸結晶磁気異方性を付与することができ、磁化が1.80T以上という高い磁性特性が得られる。
本発明のSmZrFeCo磁性化合物の製造方法によれば、製造過程において溶湯の冷却速度を調整することにより、冷却の際に析出するα−(Fe、Co)相を減らし、ThMn
12型の結晶を多く析出させることにより異方性磁界を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の一実施例にかかる(Sm
0.74Zr
0.26)
0.96(Fe
0.8Co
0.2)
12エピタキシャル薄膜の面外およびΧ軸を調整して測定したXRDパターンを示す図で、(A)は面外、(B)はΧ軸を調整した場合を示してある。
【
図2A】本発明の一実施例にかかる(Sm
0.74Zr
0.26)
0.96(Fe
0.8Co
0.2)
12エピタキシャル薄膜の拡大図で、BF−TEMによる断面の明視野像である。
【
図2B】本発明の一実施例にかかる(Sm
0.74Zr
0.26)
0.96(Fe
0.8Co
0.2)
12エピタキシャル薄膜の拡大図で、HAADF−STEM像である。
【
図2C】本発明の一実施例にかかる(Sm
0.74Zr
0.26)
0.96(Fe
0.8Co
0.2)
12エピタキシャル薄膜の拡大図で、EDS分析による元素マップ像である。
【
図3】本発明の一実施例にかかる(Sm
0.74Zr
0.26)
0.96(Fe
0.8Co
0.2)
12エピタキシャル薄膜の面外および面内の磁化曲線を示す図である。
【
図4A】本発明の一実施例にかかる(Sm
1−xZr
x)a(Fe
0.8Co
0.2)
12エピタキシャル薄膜の磁化の値について、パラメータx、aの依存性を示す図である。
【
図5】ThMn
12型の結晶構造を模式的に示す斜視図である。
【
図6】ストリップキャスト法に用いる装置の概略図である。
【0015】
以下に、本発明のSmZrFeCo磁性化合物の組成およびその含有量を上記のように限定した理由を下記に記す。なお、以下の説明において、含有量を示す%はat%であり、ThMn
12型結晶構造の結晶相(Sm
(1−x)Zr
x)a(Fe
(1−y)Co
y)
12(以下、『1−12相』と称する場合がある)と定義した場合、パラメータaの範囲は次のように定めるとよい。
パラメータaについては、好ましくはa=0.90〜1.57の範囲((Sm、Zr)が約7〜12at%相当)、さらに好ましくはa=0.96〜1.57の範囲((Sm、Zr)が約7〜12at%相当)、最適な組成はa=0.96〜1.27の範囲((Sm、Zr)が約7〜10at%相当)である。パラメータaが0.90未満では、磁化が低く、1.80T未満である。パラメータaが1.57超えでは、磁化が低く、1.80T未満であると共に、希少な元素であるSmの含有量が増えて、量産に適さない。好ましい組成は、α−(Fe、Co)などの副相がかなり混在するが、1−12相の単相も得られている組成範囲である。さらに好ましい組成は、α−(Fe、Co)などの副相がほとんど存在せずに,ほぼ1−12相の単相が得られている組成範囲である。最適な組成は、Zr添加によって,無添加の磁化値1.78Tに対して磁化向上の効果があった組成範囲である。
なお、パラメータx、yについては、後で述べる。
【0016】
サマリウム(Sm)は、希土類元素の一種であり、永久磁石特性を発現するために本発明の磁性化合物に必須の成分である。Smの配合量(1−x)・aは4at%以上、12at%以下とする。4at%未満では、磁化が向上しないと共に、Fe相の析出が顕著になり、熱処理後にFe相の体積分率を下げることができず、12at%超では粒界相が多すぎるため、磁化が向上しないからである。Smは、スティーブン因子が正であるため、異方性を有する磁性相であることができる。
【0017】
ここでスティーブンス因子とは、4f電子の空間分布の幾何学的形状に依存するパラメータであり、希土類イオンR
3+の種類によって決まった値をとる。4f電子はその電子数に応じて特徴的な空間分布を示し、7個の4f電子を有するGd
3+イオンの場合、7つの4f軌道が7つの上向きスピンを有する4f電子で満たされるため、軌道磁気モーメントが打ち消しあってゼロになり、そのため4f電子の存在確率は球形の分布をとることになる。これに対し、例えばNd
3+やDy
3+の場合には、スティーブンス因子が負であるため、4f電子の空間分布は対称軸であるz軸に対して歪み、4f電子の存在確率は扁平状になる。これとは逆に、例えばSm
3+の場合には、スティーブンス因子が正であるため、4f電子の空間分布は対称軸であるz軸に対して伸び、4f電子の存在確率は縦長になる。
【0018】
ジルコニウム(Zr)は、スティーブン因子が負であり、希土類元素Smの一部を置換して、ThMn
12型結晶構造の結晶相の安定化に有効である。すなわち、Zr元素はThMn
12型結晶内のSm元素と置換し、結晶格子の収縮を生じる。これにより、合金を高温度に上げたり、窒素原子などを結晶格子ないに侵入させた場合に、ThMn
12型結晶相を安定に維持する作用がある。一方、磁気特性面ではSmに由来する強い磁気異方性をZr置換によって薄めるため、結晶の安定性と磁気特性の面でZr量を決める必要がある。ただし、Zrの置換量が0.5を超えると異方性磁界は著しく低下してしまう。SmのZrによる置換割合xは、好ましくは0≦x≦0.5、さらに好ましくは0≦x≦0.3である。Zrの置換割合xが0の場合でも、熱処理等によって、ThMn
12型の結晶構造の安定化を図ることができるが、熱処理のプロセスウィンドが狭くなって、製品の歩留まり率が低下するので、最も好ましい範囲は、0.1≦x≦0.2である。
【0019】
鉄(Fe)はSmZrFeCo磁性化合物における上記元素以外を構成するものである。鉄(Fe)の存在によって、磁性を発現する。本発明の化合物は、上記元素以外をFeとするが、Feの一部をCoで置換してもよい。
【0020】
コバルト(Co)はFeと置換することにより、スレーターポーリング則により、自発磁化の増大を生じ、異方性磁界、飽和磁化の両特性を向上させることができる。しかし、Coの置換量yが0.6を超えると、効果を発揮することができない。また、FeをCoで置換することによって化合物のキュリー点が上昇するために、高温度での磁化の低下を抑制する効果がある。CoはFeと比較すると高価な元素であり、製造原価を低減する立場からは、Coの置換量yは、さらに好ましい範囲は0≦y≦0.3、最も好ましい範囲は、0.1≦y≦0.2である。
【0021】
ここで、スレーターポーリング(Slater-Pauling curve)則とは、3d遷移金属およびその合金の強磁性体について、その飽和磁化を絶対零度に外挿した、1原子当たりの磁気モーメントに換算した値(ボーア磁子単位)を、1原子当たりの平均電子数に対してプロットして得られる曲線をいう。平均電子数が26.5付近に極大をもち、Fe−Co、Fe−Ni系が最大の磁気モーメントを示すことが知られている。
【0022】
(非磁性構造安定化元素)
非磁性構造安定化元素はチタン(Ti)、バナジウム(V)、モリブデン(Mo)及びタングステン(W)からなる群より選ばれる1種以上の元素である。希土類元素R−Feの2元系合金に第3の元素としてTi、V、Mo、Wを添加することによりThMn
12型の結晶構造が安定化され、優れた磁気特性を示すことが知られている。しかし、本発明においては非磁性構造安定化元素の添加は不要である。非磁性構造安定化元素量が0の場合でも、SmZrFeCo磁性化合物の成分組成の調整と熱処理等によってThMn
12型結晶相の安定化を図ることができ、異方性磁界が高まる。
【0023】
(不可避不純物元素)
Mは、不可避不純物元素、並びにアルミニウム(Al)、クロム(Cr)、銅(Cu)、ガリウム(Ga)、銀(Ag)、及び金(Au)からなる群より選ばれる1種以上の元素である。これらの元素は、原料及び/又は製造工程で、SmZrFeCo磁性化合物に不可避に混入してしまう元素である。
【0024】
Mの含有量bは、理想的には少ないほどよく、0at%であってもよい。しかし、過度に純度の高い原料の使用は、製造コストの上昇を招くため、Mの含有量bは、0.1at%以上であることが、好ましい。一方、Mの含有量bが3.0at%以下であれば、実用上許容できる性能低下である。Mの含有量bは、1.0at%以下であることが、より好ましい。1−12相での組成比率に読み替えると、3.0at%はb=0.39(約0.4)に相当し、1.0at%はb=0.13(約0.1)に相当し、0.1at%はb=0.01に相当する。
【0025】
不可避不純物元素には、N、C、H及びPからなる群より選ばれる1種以上の元素が含まれていてもよい。N、C、H及びPはThMn
12相の結晶格子内に侵入することによりThMn
12相の格子を拡大させ、異方性磁界、飽和磁化の両特性を向上させることができる。しかし、N、C、H及びPの含有量を積極的に高める場合には、製造プロセスが複雑化するので、磁化が1.80T以上確保できるのであれば、N、C、H及びPを積極的に添加する必要はない。
【0026】
以上のように、本発明の磁性化合物は、希土類元素として正のスティーブンス因子を有するSmを用いることにより異方性磁界を高めることができる。また、適量のZrで希土類元素Smを置換することで、非磁性構造安定化元素であるTi、V、Mo、及びWからなる群より選ばれる1種以上の元素の添加をすることなく、ThMn
12型結晶相の安定化を図ることができる。
【0027】
(結晶構造)
本発明の磁性化合物は、
図5に示すようなThMn
12型の正方晶系の結晶構造を有する希土類元素含有磁性化合物である。この結晶構造は、ピアソン記号(Pearson symbol)ではtl26、空間群(space group)ではl4/mmmと表記される。
【0028】
(製造方法)
本発明の磁性化合物をバルクとして製造する場合、基本的には金型鋳造法やアーク溶解法などの従来の製造方法により製造することができるが、従来の方法では、ThMn
12相以外の安定相(α−(Fe、Co)相)が多く析出してしまい、異方性磁界を低下させてしまう可能性がある。ここで、
{ThMn
12型結晶が析出する温度}<{α−(Fe、Co)が析出する温度}
であることに着目し、合金の溶湯を1×10
2〜1×10
7K/secの速度で急冷することにより、α−(Fe、Co)が析出する温度付近に長くとどまらないようにしてα−(Fe、Co)の析出を低減させ、ThMn
12型結晶を多く生じさせる製造方法を用いるとよい。
【0029】
または、急冷法の一種として、蒸着法(気相急冷法)を用いて、温度を調整した基板上に気相状態の合金を堆積させることにより、非平衡相であるThMn
12相を優先的に析出させることが可能である。蒸着法は、金属あるいは非金属の小片を真空容器中で加熱蒸発させて、対向した基板の基面に凝着させ薄膜を作る方法である。真空蒸着を行なうときは、加熱された蒸着材料と被蒸着基板との距離よりも蒸着材分子の平均自由行程が長くなるような高真空を保つ必要があり、通常10
−1〜10
−5Paくらいに設定される。蒸着材料の加熱には、高融点(タングステン、タンタルなど)のヒータを使う方法(抵抗加熱蒸着)と、加速した電子ビームで蒸着材料を衝撃して加熱する方法(電子ビーム蒸着)がある。
【0030】
本発明の磁性化合物をバルクとして製造する場合の冷却法としては、例えば
図6に示すような装置10を用い、ストリップキャスト法あるいは超急冷法によって所定の速度で冷却することができる。この装置10において、溶解炉11において合金原料が溶解され、式(Sm
(1−x)Zr
x)
a(Fe
(1−y)Co
y)
12M
bで表される組成の合金の溶湯12が準備される。なお、上記式中、Mは不可避不純物元素並びにAl、Cr、Cu、Ga、Ag及びAuからなる群より選ばれる1種以上の元素であり、0≦x≦0.5、0≦y≦0.6、0.97≦a≦1.57、0≦b≦0.4である。この溶湯12はタンディッシュ13に一定の供給量で供給される。タンディッシュ13に供給された溶湯12は、タンディッシュ13の端部、もしくは底部の出湯孔から連続的に冷却ロール14に供給される。
【0031】
ここでタンディッシュ13は、アルミナやジルコニア、あるいはカルシア等のセラミックスで構成され、溶解炉11から所定の流量で連続的に供給される溶湯12を一時的に貯湯し、冷却ロール14への溶湯12の流れを整流することができる。また、タンディッシュ13は、冷却ロール14に達する直前の溶湯12の温度を調整する機能をも有する。
【0032】
冷却ロール14は、銅やクロム銅合金などの熱伝導性の高い材料から形成されており、必要に応じてロール表面に高温の溶湯との浸食を防止するためにクロムメッキ等が施されたり、ロール内部が循環冷却水により冷却されたりする。このロールは、図示していない駆動装置により所定の回転速度で矢印方向に回転する。この回転速度を制御することにより、溶湯の冷却速度を1×10
2〜1×10
7K/secの速度に制御することができる。
【0033】
冷却ロール14の外周上で冷却され、凝固された合金溶湯12は、薄片状の凝固合金15となって冷却ロール14から剥離し、粉砕されて回収装置において回収される。
【0034】
さらに本発明においては、上記工程で得られた粒子を、800〜1300℃にて2〜120時間熱処理を行う工程を含んでもよい。この熱処理によりThMn
12相が均質化され、異方性磁界、飽和磁化の両特性がさらに向上する。
【実施例】
【0035】
次に、本発明の磁性化合物を薄膜法で製造した一実施例を説明する。
(Sm1−xZrx)y(Fe0.8Co0.2)12エピタキシャル薄膜の作製:
薄膜作製は、蒸着法の一種であるDCマグネトロンスパッタ法により行った。
マグネトロンスパッタ法では、真空中にアルゴンガスを導入して数百ボルトの電圧をかけ、プラズマ状態を作る。このプラズマ中には、アルゴン分子とプラスに荷電したアルゴン原子(アルゴンイオン)と自由電子が混在している。電場の影響で、プラスに荷電したアルゴンイオンはマイナスに荷電したカソード(ターゲット)のほうへ引き寄せられる。そこで、それらは数10〜100電子ボルト(eV)の高い運動エネルギーでターゲットの表面に衝突する。そうすると、アルゴンイオンがスパッタリングターゲットの表面から原子をたたき出す。成膜材料はそのようにして少しずつ侵食されていく。ターゲットから放出された原子は反対側の基板のほうへ真空中を飛んでいき、当該反対側の基板に付着して薄膜を形成する。
【0036】
ここでは、MgO(100)単結晶基板上にSm(Fe
0.8Co
0.2)
12と格子ミスマッチの小さいV(10nm)を下地層として用いた。(Sm
1−xZr
x)
y(Fe
0.8Co
0.2)
12層の成膜は、基板を400℃に加熱して、Zr、Sm、Fe、Coターゲットをそれぞれ同時スパッタすることにより成膜した。酸化防止のためキャップ層としてV(2nm)/Ru(5nm)を堆積した。
なお、基板としては、単結晶MgO(100)に代えて、タンタル(Ta)、モリブデン(Mo)、アルミナ(Al
2O
3)、石英ガラス、Si(100)、熱酸化膜付Siを用いてもよい。例えば、アモルファスの基板(熱酸化膜付Si基板)を用いた場合でも、例えばNiTa/MgO/Vなる積層構造の下地を用いることにより、ThMn
12構造のSm(Fe、Co)
12化合物が生成される。
【0037】
図1は(Sm
0.74Zr
0.26)
0.96(Fe
0.8Co
0.2)
12エピタキシャル薄膜の面外(out of plane)、およびX軸を調整して測定したXRD(X-ray diffractometer; X線回折装置)パターンを示す図である。面外測定結果より(002)、(004)回折パターンが観測された。またX軸を調整することによりThMn
12構造の超格子ピークである(132)、(332)回折ピークが観測された。
【0038】
図2(A)はBF−TEM(Brignt Field transmission electron microscope; 明視野透過型電子顕微鏡像)による断面の明視野像である。
図2(B)はHAADF−STEM(High-angle Annular Dark Field Scanning transmission electron microscope; 高角散乱環状暗視野走査透過顕微鏡法)像である。
図2(C)はEDS(Energy dispersive X-ray spectrometry;エネルギー分散型X線分光器)分析による元素マップ像である。
図2(A)、(B)に示す明視野像およびSTEM−HAADF像よりコラム状の(Sm
0.74Zr
0.26)
0.96(Fe
0.8Co
0.2)
12粒子がV下地上に成長している様子がわかる。表面は平坦であり、平均膜厚は351nmである。
図2(C)に示すEDS分析による元素マップからは組成が膜全体にわかり、Smは約10at%、Zrは約6at%、Feは約70at%、Coは約14at%である。磁性化合物の組成分布は、概ね均一であることがわかる。
【0039】
図3は(Sm
0.74Zr
0.26)
0.96(Fe
0.8Co
0.2)
12エピタキシャル薄膜における面外(out of plane)の磁化曲線と面内(in plane)の磁化曲線を示している。強い垂直磁気異方性を示し、XRD測定によるc軸配向に由来している。飽和磁化は2.06Tを示した。
【0040】
図4(A)は(Sm
1−xZr
x)a(Fe
0.8Co
0.2)
12エピタキシャル薄膜の磁化の値をxとaでパラメータ表示した図である。図中、薄い灰色で塗り潰した領域が、1.8Tを超える高い磁化を示す元素組成の範囲である。特に、(Sm
0.74Zr
0.26)
0.96(Fe
0.8Co
0.2)
12エピタキシャル薄膜で希土類磁石最高の磁化の値である2.06Tを示している。
図4(B)は
図4(A)に示す測定点の数値を示す表で、実施例1〜5と比較例1〜3における、元素組成のパラメータx、aと磁化の数値を示している。
【0041】
なお、本発明の実施例として、(Sm
1−xZr
x)a(Fe
0.8Co
0.2)
12のエピタキシャル薄膜での場合を示しているが、本発明の式
(Sm
(1−x)Zr
x)
a(Fe
(1−y)Co
y)
12M
b
(上式中、Mは不可避不純物元素並びにAl、Cr、Cu、Ga、Ag及びAuからなる群より選ばれる1種以上の元素であり、0≦x≦0.5、0≦y≦0.6、0.97≦a≦1.57、0≦b≦0.4である)
との関係では、y=0.2の場合に相当しており、0≦y≦0.6まで磁化の特性が予見可能である。
【産業上の利用可能性】
【0042】
以上詳細に説明したように、本発明の磁性化合物によれば、Nd−Fe−B系磁石を凌駕する飽和磁化、異方性磁場、キュリー温度を有しており、発電機や電動機に用いるのに好適であり、更にこれらの発電機や電動機を用いたハイブリット自動車や電気自動車用モーター等、様々な省エネ電化製品などに幅広く応用が期待できる。
【符号の説明】
【0043】
10 バルクの磁性化合物製造装置
11 溶解炉
12 合金の溶湯
13 タンディッシュ
14 冷却ロール